それは、いつもの時間よりも未来の話。
とある少年が、立派にIO2エージェントとして育ち、アメリカの研修から帰ってきた時の話である。
四年の歳月を経て、久しぶりに東京の地を踏んだフェイト。
「四年くらいじゃ町並みもあまり変わったりしないか」
町の中をブラブラしながら、そんな事を呟く。
いつでも東京は人がごった返し、人じゃないものも隠れ潜み、全てを丸め込んで動き続ける。
それは四年前も、今も、全く変わらない。
変わらないのだとしたら、あの場所も……。
そう思ったのが原因なのか、フェイトの足は自然ととある場所へ向いていた。
やってきたのは雑居ビル。
階段を上った先にあるのが、草間興信所。
「やっぱり、変わらないな」
ドアに貼られたステッカーをなでて、フェイトは少し笑いながら零す。
懐かしさに駆られながらドアノブを握ったのだが、それが勝手に回る。
「お?」
「うお!? 客か?」
興信所の中から出てきたのは、興信所の主……ではなく、フェイトと同じぐらいの年恰好の青年だった。
ボサボサの髪、羽織っているジャージ、顔つきにもどことなく見覚えがあるような気がする。
「あ、お前、小太郎か?」
「ん? 俺の知り合い? いや、待てよ? ……その顔、どっかで見た覚えがあるな」
「気づけよ! 今日、こっちに来るって連絡しただろうが!」
「……あ! ああ、勇太か! 久しぶりだな、おい!」
小太郎はフェイトの肩を叩きながら、彼を勇太と呼んだ。
「わ、バカヤロウ、俺は今、コードネーム使ってるんだっての!」
「あー、そうそう、そうだったな。確か……フェルト?」
「フェイトだ! ……くそ、なんかいきなりどっと疲れたわ」
ため息をつきながら、フェイトは小太郎の肩越しに興信所の中を見た。
「草間さんはいないのか?」
「まぁ、最近はよく空けるな。そのお陰で、俺が興信所の仕事をこなす事が多くなった」
どうやら興信所の小間使いから、正式な職員として雇われたらしい小太郎。
頭脳の方はあまり成長していないが、身のこなしは少年の頃よりもかなり向上している。
ゆえに荒事や頭を使わなくても良さそうな仕事は、小太郎が単独でこなす事もあるそうなのだ。
「へぇ、意外と頑張ってるんだな」
「まぁな。借金をこさえていた頃よりは給金がちゃんと貰える分、やりがいもあるしな」
「そういうもんか。……じゃあ、これから仕事か?」
「ああ、つっても、大した仕事じゃないけどな」
そう言って、小太郎は小さなチラシを見せる。
そこに貼り付けられていたのはネコの画像と、『探しています』の文字。
「……ネコ探し?」
「そ。しがない探偵の仕事っぽいだろ?」
自嘲気味に笑う小太郎。
どうやら興信所は台所事情まであまり変わっていないようだった。
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「別についてこなくても良かったのに」
「まぁ、なんかノリで?」
フェイトは小太郎の仕事に同行する事にしていた。
特にこれから用事があったわけでもないし、暇潰しがてら、ネコ探しを冷やかしてやろうと思ったのだ。
「しかし……納得いかんな」
連れだって歩いている間に、小太郎がポツリと零す。
「どうしたんだよ?」
「勇太はアメリカで研修してきたんだろ?」
最早、呼び方を直すつもりはないらしい小太郎にツッコミを入れるのも飽きてきたので、スルーする。
「そうだよ。アメリカで四年。こう見えて英語だってペラペラだぞ」
「だとしたら、だよ。アメリカを含め、西洋人の身長が高いのは生活習慣も一因していると言うのは首を傾げてしまうね」
「……どういう意味だ、テメェ」
現在、フェイトと小太郎の身長差はほぼない。
両名とも、経年に比例して背は伸びているのだが、二人の視線は同じぐらいの高さである。
これは四年前の身長差と比べても大差はない。
「いや、逆に考えて、勇太の慎重はアメリカンドリームでもどうしようもなかったと言う事か」
「おぅ、ケンカ売ってるんなら買うぞ、こら」
「だって、中身も外見も変わってないなら、アメリカ行った理由って何よ?」
「だから変わってるって言ってんだろうが!」
「きっと、誰だって今の勇太を見ても、これは勇太だと気付くだろう」
「お前、さっき会った時の自分のセリフを思い出せ」
小太郎は勇太を初見で判別できていなかった。こちらから話しかけてやっとと言った感じですらあった。
その小太郎が何を言い出すのかと思えば……である。
「そう言や、小太郎。お前、俺のこと、他の人に話してないだろうな?」
「あぁ、エージェントになったって話か? 大丈夫だよ。さっきまで忘れてたから」
「それはそれでどうなんだよ!」
フェイトは、自分がIO2エージェントになったことを、あまり広く知らせていなかった。
武彦にも教えていないのだから、その徹底振りが窺える。
ただし、小太郎にはその事を教えていたのである。
と言うのも、小太郎の知人であるユリから暗に伝わっていたため、仕方なくといった感じだ。
「でも、何で秘密にしてるんだよ? 別にいーじゃん、教えたって」
「色々あるんだよ、俺にも」
「……ふーん、まぁ、言うなって言うなら言わねーよ。言いふらすような趣味もないしな」
「お前の場合、ぽろっと喋っちゃいそうだから怖いんだよ」
「なんだと。俺がそんな口の軽い人間に見えるのか」
「仮に口が軽くなかったとしても、お前ならなんかの拍子で口を滑らせそう」
「俺って信用ないな、おい」
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「……なぁ、ネコの手がかりってあるのか?」
町をブラついているだけの二人。
当てもなく歩いているだけの気がして、フェイトは訝りながら小太郎に声をかける。
「当たり前だろ。アテも何もなしで歩き回ってるわけじゃない」
「マジかよ。さっきから適当に歩いてるだけかと思ってた」
「勇太は俺をどんだけバカだと思ってるんだよ。俺だってこの五年くらい、暇してたわけじゃないんだぜ」
そう言いながら、小太郎はフェイトの肩に手を置く。
すると、フェイトの視界に今までは存在していなかった、不思議な煙のようなものが現れた。
「こ、これは」
「俺の能力だって日々進化してるってわけだ」
「小太郎の能力……?」
「まずは見鬼の派生で、霊力の残滓を視覚化する力。これはお前のサイコメトリーを元ネタにしたりしてる」
「へぇ、俺のパクリね」
「おい、人聞きが悪いぞ」
道の真ん中に現れた不思議な煙は、どうやらネコの霊力の残り香のようなものらしい。
「これだって結構面倒くさいんだぞ。対象の霊力を判別しないと役に立たないからな」
「どうやって判別してるんだよ?」
「まぁ、そこは企業秘密だよ」
後で聞いてみたところ、感覚によるところが大きいらしく、明言化するのは難しいのだとか。
明言化できないのは単に小太郎がバカだから、と言う説もある。
「そしてもう一つ、一時的に他人に自分の力をリンクさせる力」
「俺にもその霊力を見る力が使えてるのは、その力のお陰って事か」
「俺が触れてる間しか使えないんだけどな」
「また中途半端な……」
使い方によっては有効かもしれないが、やはり制約によって範囲が狭い気がする。
しかし考え方を変えれば、元々、極前衛であった小太郎が変な小手先が使えるようになっただけ手札は増えたのかもしれない。
「とにかく、この煙を追っていけば、猫にぶち当たるって事だな」
「ふーん、それ、ホントに探してる猫だって言う確証はあるのか?」
「俺に任せておけ。この能力の的中率は三割だ」
「ヤバい、全然信用できない」
不安に駆られながらも、フェイトはとりあえず小太郎についていくことにした。
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たどり着いたのは橋の下。
「この中、か」
ネコの残した煙は橋の袂にある排水溝の中へと続いていた。
この奥は下水道。
しかし、そこには格子が施されてある。小さなネコならともかく、二人が通り抜けるのは難しいだろう。
「よし小太郎、お前の身長ならこの中にも入れるだろう」
「無理だよ、どう見ても! そんな事言うなら勇太が先に試してみやがれ!」
「まぁ冗談はさておき、どうするんだ?」
「多分、別の入り口もあるだろ。そっちを探す」
「って言っても、下水道だぞ? 別の入り口なんて……」
「その辺にマンホールがあるだろ?」
「……マジか」
大マジだったようで、小太郎は近くのマンホールの蓋を、霊刀顕現で作り出したバールのようなもので開ける。
はしごを降りると、トンネルのような場所になっていた。
「よく映画やドラマで見るけど、実際に下水道に入るとは……」
小太郎に続いてはしごを降り、下水道の中をグルリと見回したフェイトが呟く。
「俺、スーツなんだけど。こんな所に入ってくるような恰好じゃねえんだけど」
「ついて来たのは勇太の勝手だからな。ってか、IO2ではそういう仕事ってないのか?」
「ない事はないけど……俺は初めてだな」
「じゃあこれを機に、もっと汚れ仕事を請け負うがいい」
「御免被る……と言いたいが、仕事を選り好みできる立場じゃないしなぁ」
使いっ走りの現場担当は辛い身分である。
「さて、ネコはどっちかな、と」
「あっちが出口だったから、向こうかな」
小太郎の先導で、二人は下水道の奥へと歩を進める。
すると、程なくしてにゃーにゃーと鳴き声が聞こえてきた。
「ほら、発見」
「わかったよ、お前の能力もそこそこ役に立つ」
ドヤ顔をする小太郎に、フェイトは呆れたようにため息をついた。
鳴き声の場所まで来ると、下水道の床に寝そべっているネコがいた。
チラシの画像と見比べても、間違いない。探していたネコである。
「よし、コイツを回収してお仕事終了、っと」
「改めて、だけど。しがない探偵の仕事って感じがするな」
「うるせぇ、文句は草間さんに言え」
そんな事を言いつつ、小太郎はネコを回収する。
しかし、なんだってこんな所にネコが迷い込んだのか。
閉所を好むネコと言う事だろうか。それとも何か別の……
「お、おい、勇太」
「なんだよ。ってか、そろそろホントにコードネームで……」
小太郎の方を振り返りながら小言を言おうかと思ったフェイトだったが、すぐに言葉をなくす。
下水道の更に奥、暗がりから何物かが顔を出している。
その顔は魚。
「……さ、魚?」
「にしては大きすぎるだろ」
顔のサイズからして、恐らく体長は二人と同等かそれ以上。
そんな魚が下水道の中にいるわけがない。
いるわけがないのだが、今現在、そこに見えているのも確かである。
『ぐ、ぐぐぐ』
魚は低く唸ると、下水道をゆっくりと移動し始める。なんとその魚には人間のような足が生えているのだ。
明らかに常識的な生物ではない。
「アイツ、透き通ってるな」
「ああ、どうやら霊体らしい」
魚の身体は向こうが透けて見えるようになっている。つまり実体を持たない幽体なのだろう。
恐らくは魚の思念が残留し、それが形を成した霊と言ったところか。
そんな魚の霊がペタリ、とまた一歩踏み出す。
方向は二人のいる側。
「お、おい、こっちに来るぞ!?」
「ヤバい雰囲気がするよな、これ」
ジリ、と退くと、それに反応するかのように魚の死んだような雰囲気の目がこちらを向いた。
『ぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ!!!』
一際大きな声で唸ると、魚はビチビチと飛び跳ねるように、こちらへと猛進してきた。
「お、おお!?」
「ヤバい、逃げるぞ!」
フェイトが声を上げると同時、二人は踵を返して下水道を走り出した。
フェイトも小太郎も、身体はそこそこ鍛えてある。その健脚から繰り出される百メートル走のタイムだって自信はある。
しかし、それに追いつかんばかりのスピードで飛び跳ねてくる、あの魚は一体なんなのか。
「ヤベェって! アレ、マジで速いんだけど!?」
「んな事ぁわかってるよ!」
「にゃーにゃー!」
「ネコうるせぇ!」
「もしかしてコイツ、あの魚を追いかけてこの下水道に入ったんじゃ……?」
「そんな考察も後にしろ!」
ドタバタしながら下水道を引き返すも、このままではマンホールのはしごを上る間に追いつかれる。
出口であった橋の袂には格子が備えられてある。
ここは、この場で対処してしまった方が得策である。
それに気付いた時、フェイトは自分の職業を思い出す。
「そ、そう言えば俺はIO2エージェントだった!」
「そうだよ! なんかあるだろ、こう言う時に役立つアイテム!」
「あるともよ! これでも食らえ!」
言いながら、フェイトは懐からハンドガンを取り出す。
中に入っているのは対霊弾。霊体にも効果のある特殊な銃弾である。
フェイトは足を止め、両手でハンドガンを構えて魚に照準を合わせる。
『ぐぐぐぐぐぐぐ!!』
お構いなしに攻めてくる魚。
フェイトはヤツに向けて引き金を引く。
ドォン、と何の遠慮もない炸裂音が響き、火を噴いた銃口から特殊弾頭が発射される。
一直線に飛んだ対霊弾は魚の中心を捉えた。
『ぐぐぐーーーーーーーーーー!!!』
銃弾をまともに食らった魚は、間の抜けた断末魔を上げて消え去った。
「――――っ!」
だが何故だろう。耳がキンキンする。
かなり狭い場所でサプレッサーもついていない銃をぶっ放した影響であるのは、考えるまでもなかった。
「―――!!」
「ごめん、なに言ってるかわかんねぇわ」
小太郎が何かを訴えかけているようだが、しばらくは理解出来なかった。
気のせいか、小太郎が抱えていたはずのネコが逃げ出しているようだが、理由を聞くのは耳が治ってからにしようか。
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銃声に驚いて逃げ出したネコを再び探し出し、捕まえた頃には既に日が暮れる時間帯であった。
「小太郎、お前っていつもこんななの?」
「バカヤロウ、今回は勇太の所為で変な手間が増えたんじゃねーか」
興信所に戻ってくる頃には二人とも疲労困憊と言った感じであった。
ネコの身体能力恐るべし。
「さて、じゃあ興信所でお茶でも飲んでくか? 零姉ちゃんがなんか出してくれると思うぞ?」
「いや……挨拶はまた日を改めるよ。一応、俺は身分を隠してるもんで」
「そうか。……しばらくはこっちにいるんだろ? なんかあったら、気兼ねなく頼ってくれていいぞ」
「おう」
ネコの入ったケージを抱えながら興信所へ戻っていく小太郎を見送りながら、フェイトはため息をつく。
大変な帰国初日となったが、退屈はなかった。
「また大変な毎日になるのかね……」
なんて呟きながら、フェイトも踵を返す。
大変な毎日と言うのに不安も覚えるが、何故か自然と口元が笑っていた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【8636 / フェイト・- (フェイト・ー) / 男性 / 22歳 / IO2エージェント】
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■ ライター通信 ■
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フェイト様、ご依頼ありがとうございます! 『巨大魚!』ピコかめです。
魚の種類はそうですね……なんかイワシみたいな小さい魚がスゲェ巨大って方がシュールだと思います。
今回はフェイトさん時空ということで、割りと自由に動いてもらおうと思ったのですが、結局小太郎とドタバタやるだけでしたねw
もっとIO2エージェントっぽい所があれば良かったかなとは思いますが、そうでないいつもの部分ばかり出ました。
これはこれでメリハリの一環にな……れば良いなぁ。
ではでは、また気が向きましたらどうぞ~。