アイドルとストーカーと俺

1.
 5年経っても変わらないものがいくつもある。
 その中のひとつに、昔来た覚えのあるネットカフェがある。
 扉をくぐると…そんなに変わらない店内。ほぼあの頃のままの姿だ。
「さて、依頼人は…ここにいるはずなんだけどな」
 サングラスをしたフェイトは、ぐるりと店内を見回した。
 IO2にアイドル護衛の依頼が入り、それがフェイトに回ってきた。
 …なんだかどこかの探偵のような依頼だが、IO2に依頼するってことは相当の大物アイドルに違いなかった。
 少なくとも、フェイトはそう思っていた。
 だが…店内のどこを見てもそのような感じのする人影は見当たらない。
「おっかしーなー?? アイドル…アイドル…??」
 首をひねるフェイトに、後ろからトントンと不意に肩を叩かれた。
「キミ、IO2の人?」
 振り向くと…どこかで見たようなサングラスの女性が立っていた。
「…どっかでみたことあるような…」
「当たり前だよ。だってあたし、アイドルだもの」
 女性はサングラスをちらりとずらして、可愛い目で悪戯っぽく笑った。
「げ! 護衛するアイドルってお前だったのかよ!」
「…ちょ! 誰!? あたしを『お前』呼びとか!」
 SHIZUKUは顔色を変え慌ててカップルシートへとフェイトを連れ込む。
「サングラス取ってよ! あたしの知り合いなの!?」
「イエイエ、全然知リ合イジャナイデス」
 フェイトは拒む。全力で拒む。
 冗談じゃない。なんでよりによってコイツなんだ…?!
「いいから取ってったら!!」
 SHIZUKUが力づくでフェイトのサングラスをひったくった。
「うわっ!?」
「…キミ…ゆ…」
 記憶の底のその名を呼ぼうとしたSHIZUKUをフェイトは慌てて止める。
「それ以上言うな! 俺仕事なの! 仕事中だからフェイトで! わかった!?」
「あ、そっか…ふ~ん。そうなんだ…フェイトね。そっかそっか」
 SHIZUKUはニヤニヤとしている。
「あー…くそっ!!」
 簡単な任務だと思って、内容を詳しく読んでなかったことがこんなに悔やまれたのは初めてだ。
 フェイトはひとつ咳払いをすると、SHIZUKUに改めて依頼内容を確認した。

2.
 5年の間、SHIZUKUはオカルトアイドルとしての地位を不動のものとしていた。
 その人気は天井知らずで、オカルト番組=SHIZUKUの名は欠かせぬ存在とまでなっていた。
 そんな人気者であるがゆえに、必ず出るのがストーカーの存在である。
 しかしそこはオカルトアイドルSHIZUKU。並みのストーカーはつかない。
 『幽霊ストーカー』である。
 衣装の着替え中に鏡に映るが後ろを振り向いても誰もいない。未開封のDMに『好きです』の血文字が大量に書かれたり、番組の収録中ずっと後ろに張り付いているのを視聴者に指摘されたり。
 …とにかくうざいことこの上なくなったのだが、警察ではさすがに対処してくれない。
 そこで、敬虔なお寺からお札を頂き『悪霊退散!』と唱えたのだが…これがいけなかった。
『俺は…悪霊じゃないいいいいいい!!!』
 と、本格的に悪霊と化し、SHIZUKUに本格的に危害を加えるようになったのだという。

「…自業自得じゃねぇの?」
 フェイトはそう言うと、持ってきた飲み物を飲んだ。
「うっ…で、でもあたしに危害加えるのはいけないと思うんだよね」
「中途半端なやり方で、しかも悪霊じゃない奴に『悪霊退散!』って…おまえホントにオカルトアイドルなのか? 大体さ、なんで肩書きがまだ『女子高生』なんだよ。5年前に確か…」
「ちょ! 永遠の17歳! 永遠の女子高生なんだから…そ、その辺はスルーしてよ!」
 ぷんぷんとSHIZUKUは頬を膨らませて、怒っている。
 こいつも昔と変わらない。
 フェイトは声を出さずに笑った。
「と、とにかく! フェイトの仕事はあたしを守ること! いい? 国民的アイドルなんだからね」
「はいはい、国民的『オカルト』アイドル様。任務はしっかりやりますよ」
 フェイトがそう言うと、SHIZUKUはふぅっと息を吐いた。
「ホントに大丈夫? あいつ…結構力強いよ? あたしがヤバいと思うくらいだもん」
 真面目な…少し心配そうな顔をして、SHIZUKUはフェイトを見つめた。
 フェイトはそんなSHIZUKUの不安を感じ取って、にやりと笑った。
「心配するなって。俺、IO2のエージェントだぜ? エキスパートなんだぜ?」
 フェイトの自信満々な言葉に、SHIZUKUはぽかんとした。
「キミ…昔から一言多いっていうか…むしろそれが不安になるっていうのに…」
「な、なんだと!?」
 思わず噛みついたフェイトに、SHIZUKUはあははっと声を上げて笑った。

「嘘、嘘! 信じてるよ。守ってね、あたしのこと」

 SHIZUKUの笑顔から、不安が消えていた。

3.
 それから、SHIZUKUの警護をするにあたり付き人としてSHIZUKUの傍にいるようにした。
 確かに、SHIZUKUの周辺では怪奇な現象が度々起こった。
 スタジオの天井から落ちてきた照明器具。点検はきちんとしたとスタッフに確認した。
 それから、セットに配置された壁がSHIZUKUめがけて倒れてたのをフェイトが危機一髪で救った。
 これもまた念入りに組まれていたと、スタッフの証言が取れた。
 ただ、ひとつ気にかかることがあった。
 それは、フェイトがSHIZUKUの傍についてから、そのストーカーとやらを見ていないのである。
 SHIZUKUにそれを訊くと、SHIZUKUもあれ?という顔をした。
「そういえば、あのお札の時以来姿は見てない…かも」
「………」
 なにか、何かが気にかかった。それがなんなのか、フェイトにもわからなかったが。
「その時のお札は? 今どこ?」
「ん~? んーっとね…あれ? どうしたんだろ? 捨てた覚えはないんだけど…」
 SHIZUKU自身、お札の行方については全く覚えがないようだ。
 引っかかる。お札はいったいどこに行った?
「…気になるなら、その時のスタッフさんに訊いてみようか? 持ってる人がいるかもしれないし」
 SHIZUKUがそう言ったので、フェイトはこくりと頷いた。
 その時、鋭い視線を感じた。刺すように鋭く、激しい憎悪の塊のような…悪意ある視線。
「予感…的中かもな」
「え? な、なにが??」
 SHIZUKUの質問には答えられなかった。いや、答える暇がなかった。
 天井につりさげられた照明の破裂する音。降り注ぐガラスの雨。
「逃げるぞ!」
「ひゃあ!?」
 SHIZUKUを軽々と抱きかかえて、フェイトはガラスの雨をよけながらスタジオを出た。
「使ってないスタジオ、わかるか?」
「えっと…確か、今なら第4スタジオが空きのはず…」
 フェイトはそのまま第4スタジオを目指して走り出す。
 後ろからパーン! パーン! という何かの破裂音がフェイトたちを追いかけるように聞こえる。
 後ろは振り向かず、フェイトはそのまま第4スタジオに入るとSHIZUKUを下ろして隅に避難するように指示した。
「なにが始まるの?」
 SHIZUKUが問うと、フェイトは淡々と答えた。

「終わり…だ」

4.
 閉めた筈の第4スタジオの扉が勢いよく開いた。
 突風がフェイトに向かってくる。何も見えない。だけどわかる。悪意の塊だ。
 それがフェイトに直撃する手前で、フェイトは微動だにせず2丁のマグナムを懐から取り出して撃つ。
 普通のマグナムじゃない。対霊用に作られた特別仕様だ。
 1発目は悪意の真ん中に。そしてもう1発は、1発目と全く同じところを打ち抜く。
 すると、1発目が道を作り、2発目がその核にあった何かを打ち抜いた。
 核が飛び散った。
 と、同時に悪意の塊は霧散し、小さな半透明の人型だけが残った。
「あ、こいつ…例のストーカー…!」
 SHIZUKUが驚いたようにフェイトに駆け寄る。
「なにが…どうなってるの?」
「原因はこれだ」
 フェイトはバラバラになって小さな紙切れを拾った。それはフェイトが2発目に打ち抜いた核だった。
「これ、お前がこいつに『悪霊退散!』ってやったお札じゃないか?」
 SHIZUKUはフェイトの手元を覗き込んだ。小さく細切れになっていたが、赤い縁とよくわからない文様のような文字が見てとれた。
「そう、これ…。でも、なんで?」
 不思議そうなSHIZUKUにフェイトは淡々と答える。
「中途半端な術と、こいつの負の感情がその辺にいた悪い奴らを呼び寄せて塊になったんだ。…お札を憑代にして」
 その憑代となるべきお札はもうない。残ったのは小さな霊だけだった。
「あいつも直に消えるよ」
 力を吸い取られ、悪霊になり、そして今それすらもなくなった霊はもう消えるしかない。
 フェイトがそう言うと、SHIZUKUは小さな霊に駆け寄った。
「あのね…あたしのこと、好きになってくれてありがとう。ごめんね」
 SHIZUKUの最後の言葉は、届いたのだろうか?
 その姿は音もなく消えていた。

「仕事終了だな」
 立ち去ろうとしたフェイトに、SHIZUKUが「待って!」と声をかけた。
「また…会えるかな?」
 少し考えてから、フェイトはサングラスを外してにかっと笑った。

「俺は高いぜ? なんてたってIO2のエージェントだからな」

□■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■□

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 8636 / フェイト・- / 男性 / 22歳 / IO2エージェント

 NPC / SHIZUKU (しずく) / 女性 / 17歳 / 女子高校生兼オカルト系アイドル

□■         ライター通信          ■□
 フェイト 様

 こんにちは、三咲都李です。
 このたびはご依頼いただきましてありがとうございました。
 クールなフェイト様とフレンドリーな素のフェイト様。
 …大人になりましたねぇ…(しみじみ
 少しでもお楽しみいただければ幸いです。

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