でっぷりと肥えた身体に、大僧正のきらびやかな装束が、まあ似合ってはいる。
その着飾った肥満体に、何人もの若い女が寄り添い、艶やかに微笑んでいた。大勢の女性信徒の中から、大僧正の妾として選りすぐられた女たち。
酒杯を片手に美女を侍らせる。あまりにもわかりやすい、破戒の聖職者。
そんな姿を晒す、この男が、ドゥームズ・カルトという組織における最高権力者なのだ。
元々、虚無の境界で、それなりの地位にあった男である。
そんな男が、虚無の境界からの独立分派を成し遂げて新組織ドゥーム・カルトを立ち上げた。
黒蝙蝠スザクの見たところ、この男に、そこまでの力量手腕はない。
協力者がいるはずだ。
ドゥームズ・カルト本部施設。その中枢たる、大僧正の間。
スザクは見渡した。
高僧の装束に身を包んだ幹部たちが、ズラリと居並んでいる。ドゥームズ・カルト幹部一同。
有象無象としか言いようのない者たちである。この中に、陰の協力者と呼べるほどの大物はいない。
「黒蝙蝠スザク……大僧正猊下の御前であるぞ。拝跪せぬか」
高僧の1人が、偉そうな声を発する。
「聞こえぬか貴様!」
「まあ、良い良い」
大僧正が、鷹揚な声を発した。
「良いぞ、黒蝙蝠スザクよ。跪く必要はない。その美しく可憐な立ち姿を、私に見せておくれ……うむ、そなたは本当に美しいのう」
どろりと濁った眼差しが、スザクの全身にまとわりつく。ゴシック・ロリータ調の黒ワンピースの上から、少女のしなやかなボディラインを嫌らしくなぞり回す。
「可愛いそなたに、罰など与えたくはないのだが……悲しいかな、そうも言っておれぬ状況よ。私が何故このような形で、そなたを呼び出さねばならなくなったのか、わかっていような?」
「……その女どもに加われ、というお話でしたら、何度もお断りしたはずですけど」
真紅の瞳で、大僧正とその周囲の女たちを見据えながら、スザクは言い放った。
「それよりちょっと、そこ……どいて下さいません? 実存の神に、あたしこれから拝謁しなきゃならないんです」
実存の神のまします場所は、この大僧正の間のさらに奥。スザクのような末端の戦闘員が立ち入る事など本来許されぬ、聖殿と呼ばれる領域である。
「痴れ者が……貴様一体何を言っているのか、わかっておるのか!」
高僧たちが、口々に喚く。
「実存の神に御拝謁適うは大僧正猊下のみ! 貴様ごときが聖殿に立ち入るなど!」
「猟犬は猟犬らしく、我らの敵を狩っておれば良い! いや、それすら出来ずに失態を晒し、今まさに罰を受けんとしておるのだぞ貴様は!」
失態。心当たりがスザクには、なくもなかった。
「もしかして……あの役立たずな人形を大量生産していた、ガラクタ工場の事を言ってるわけ?」
「そなたには、かの工場を防衛せよと命じておいたはずであるが」
大僧正が言った。
「工場は失われ、そなたは生きてここにおる。不問とするわけにはゆくまい? 私も心苦しいのだよ、可愛いそなたに罰を与えるなど」
「あんな工場よりも、ずっと実存の神の御ためになるものを見つけたんです。それを御報告しなきゃいけません……さ、そこをどいて下さい」
「黒蝙蝠スザク……哀れな、そして愚かな娘よ。私はそなたを、甘やかし過ぎてしまったようだ」
女の1人を左手で嫌らしく抱き寄せながら、大僧正は右手を上げた。
重量のあるものが4つ、しかし意外に軽やかな動きで、スザクの周囲に着地した。
4人の、大男……大柄な人型に組み立てられた、機械である。右腕は大型のチェーンソー、左腕は超銃身ガトリング砲。
ドゥームズ・カルトの戦力の1つ、兵器人間だ。この4体は、いくらか改造が施されているようである。
「そなたの美しい手足を、切り落とさねばならぬ……だがスザクよ、芋虫のようになったそなたも可愛いのであろうなァ」
大僧正の濁った両眼が、ギラリと輝いた。おぞましい欲望の輝き。
それを合図として、兵器人間4体が一斉に襲いかかって来る。
4つのチェーンソーが、轟音を立てて回転しながら、スザクの四肢を狙う。
四方からの襲撃。その中央で、スザクは跳躍した。猛回転するチェーンソーが、4つとも空を切った。
ゴシック・ロリータ調に黒く彩られた少女の細身が、まさに蝙蝠の如く空中を舞う。
そこへ4体の兵器人間が左手を向ける。
4門のガトリング砲が、一斉に火を噴いた。
空中でスザクは、手にしていた傘を開いた。そして地上へ向ける。
蝙蝠の翼のように開いた傘が、くるくると回転しながら銃撃を跳ね返す。
銃弾の嵐が、ことごとく地上に向かって跳ね返され、高僧たちに、そして兵器人間4体に、降り注ぐ。
阿鼻叫喚の地獄が、そこに出現した。
跳弾の雨が、高僧たちの頭部を、兵器人間たちの全身を、容赦なく穿つ。
優雅に傘を折り畳みながら、スザクは着地した。
周囲では、間接的に射殺された高僧たちが、死屍累々と言うべき光景を作り出している。
全身に跳弾を打ち込まれた兵器人間4体は、身体のあちこちからバチバチッと火花を飛ばしながら硬直し、立ち尽くしている。
そちらへ向かってフワリと踏み込みながら、スザクは身を翻した。
ツインテールの形に束ねられた黒髪。その片方の房が、優美に弧を描いて舞う。
黒髪の房から、艶やかな黒色が溢れ出し、燃え上がった。
黒い炎が、4体の兵器人間を薙ぎ払い、焼き払う。
黒焦げの金属屑が、大量にぶちまけられた。
「ひ……ひぃ、ままままままま」
待ってくれ、とでも言おうとしているらしい大僧正にも、黒い炎が襲いかかる。
大僧正も、その周囲の女たちも、遺灰と化して一緒くたに舞い散った。
「だから、どけって言ったのに……」
殺戮の現場と化した大僧正の間を見回しながら、スザクは溜め息をついた。
「えー、これってつまり……あたしが次の大僧正? めんどいなあ。前線で汚れ仕事やってる方が、あたし性に合ってるのに」
「貴女は現場の人なのよね、黒蝙蝠スザク」
声がした。涼やかな、若い女の声。
「戦いの現場を求めるあまり、末端の戦闘員という身分に甘んじて……本当に、よく頑張ってくれたわね。私、貴女には感謝しなければ」
高僧が2人、生き残っていた。
いや違う。いつの間にか、大僧正の間に入って来ていた。
1人は、女性である。スザクと、そう年齢の違わぬ少女に見える。高僧の装束に身を包んだ少女。
たおやかな手で、錫杖のような杖を携えている。
こちらを見据える瞳は、赤い。ルビーが生命を宿したかのような、禍々しい生気を漲らせた真紅の瞳。
その眼光を、同じく赤色の瞳で受け止めながら、スザクは問いかけた。
「レディ・エム……貴女、いつからそこにいたの」
「少し前からよ。貴女の活躍、楽しませていただいたわ」
レディ・エム。
この少女に関して知られているのは、その呼称のみである。
ドゥームズ・カルトという組織が立ち上がった頃から、大僧正の近辺に、彼女の影はちらついていた。
間違いない、とスザクは思う。
あの愚かな大僧正に、虚無の境界からの独立分派などという難事を成し遂げさせた協力者。それは間違いなく、このレディ・エムだ。
だが彼女の事など、スザクはすぐに、どうでも良くなった。
もう1人の高僧。いや、高僧の衣装を着せられた若い男。
「フェイトさん……! ちょっと、何なのよその格好!」
自分の声が弾むのを、スザクは止められなかった。
「もしかしてドゥームズ・カルトに入信希望!? いいわ、いいわよぉ。あたしが貴方を、思いっきり有効活用してあげる!」
「…………」
フェイトは、何も言わない。
高校生にも見えてしまう童顔には何の表情も浮かんでおらず、緑色の瞳は、眼光を抜き取られてしまったかのように虚ろである。
「ちょっとレディ・エム……貴女、この人に何かした? 洗脳の類?」
「そこまで大掛かりなものではないわ。まあ、催眠術レベルの処理をね」
レディ・エムが微笑んだ。
美しくも禍々しい笑顔。それに、真紅の瞳。
その美貌は、よく見るとフェイトに似ている。だがその微笑みは、ある1人の女性を彷彿とさせる。
「フェイトったらね、たった1人でここに乗り込んで来たのよ? だから私が……かわいそうだけど、ほんの少しだけ痛い目に遭わせてあげたの。これに懲りて、無茶を控えてくれると良いのだけど」
「そう……相変わらず正々堂々、1人で真っ正面からカチ込んで来たわけね」
無表情なフェイトの頬に、スザクはそっと手を触れた。
「その男らしくて、おバカな魂……あたしが、もらうわ。身体の方は、今言った通り有効活用してあげる。偉大なる、実存の神の御ために」
ちらり、と聖殿の方に視線を投げる。
末端の戦闘員が立ち入る事は許されない、とは言えスザクは何度も忍び込んだ。実存の神に、何度も拝謁した。
拝謁する度、目の当たりにせざるを得なかった。
「偉大なる実存の神が、その実……どれほど脆弱で不完全な存在であるのか」
レディ・エムが言った。
「貴女は知っているのよね? 黒蝙蝠スザク」
「レディ・エム……貴女、下っ端のあたしなんかより、ずっとよく知ってるはずよね? 実存の神について」
フェイトとレディ・エム。お揃いの高僧衣を身にまとう2人の姿が、スザクの視界の中で、急速にぼやけてゆく。まるで、水中に沈んだかのように。
涙に沈んだのは、スザクの瞳の方だった。
「神は……あの子は……ねえ、いつまで保つの?」
「……今、生きているのが不思議なくらい」
「そう……でも、助けてあげられるのよね? だってフェイトさんが、ここにいるんだから」
泣きじゃくりながらスザクは、フェイトの身体にすがりついた。
綺麗な五指が、僧衣の内側に忍び込んでゆく。
形良く引き締まった胸板が、少しだけ露わになった。
「戦ってみて気付いたわ。フェイトさんの力は、身体は、偉大なる実存の神と同じ……この強くて綺麗で健康な身体の、いろんな部分……あの子に、移植してあげられるんでしょう? あの子を助けてあげられるんでしょう? ねえレディ・エム」
「やってみなければ、わからないわ」
「やってもらうわよ。貴女も、虚夢の境界を裏切ってこっちに来たんでしょう? ドゥームズ・カルトと、運命共同体で行くしかないんでしょう?」
レディ・エムは、もはやドゥームズ・カルトを裏切れない、はずであった。
「フェイトさん……貴方の身体は、あの子のもの。貴方の魂は、あたしのもの……」
表情のないフェイトの顔を、スザクはそっと撫でた。
その瞬間、睨まれた。
フェイトに、ではない。彼の瞳は相変わらず、一切の眼光を失ったまま、ぼんやりとした緑色を湛えている。
スザクが感じたのは、青い眼光だ。
冷たく鋭いアイスブルーの瞳が、どこからか視線を突き刺してくる。
スザクは、思わず飛び退り、見回した。
「なっ……何……誰!?」
青い瞳をした何者かの姿など当然、どこにもない。この場にいるのは、真紅の瞳の少女2人と、緑眼の青年1名のみだ。
だがスザクは、殺意に近いものを宿したアイスブルーの眼光を、確かに感じていた。
「殺る気満々で、あたしを睨んでやがるのは一体誰!? ちょっと出て来なさいよ!」
「あの子は、ここにはいないわ。フェイトを通じて、貴女に警告の眼差しを送っているだけ」
謎めいた事を言いながらレディ・エムが、ゆらりと身を寄せて来る。
錫杖のような杖が、しゃら……と微かに鳴った。
それが聞こえた時には、もはや遅かった。
「だけど私は……警告なんて、してあげないわよ?」
杖の先端が、スザクの細い脇腹に、めり込んでいる。
何か叫ぼうとしながら、スザクは血を吐いた。折れた肋骨が、体内のどこかに刺さっている。
「あの出来損ないに、フェイトの身体を捧げる? 移植する? ……世迷言も、休み休み言いなさい」
レディ・エムの声が、冷ややかに降って来る。
スザクは、倒れていた。
ゴシック・ロリータ調に着飾った細身が、痛々しく痙攣し、のたうち回る。可憐な唇が、苦しげに開閉しながら吐血で汚れてゆく。
そこへレディ・エムが、にこやかに声を投げた。
「フェイトの身体も魂も、私のものよ。手間はかかったけれど、フェイトはこうして私のもとへ来てくれた……貴女たちドゥームズ・カルトのおかげよ」
「……………………ッッ!」
悲鳴も怒声も、吐血に潰されてしまう。スザクはただ、睨む事しか出来なかった。
真紅の瞳が、レディ・エムに向かって眼光を燃やす。
同じく真紅の瞳が、スザクに向かって冷ややかな眼光を降らせる。
「フェイトが欲しい、それは私の個人的な望み……そのために虚無の境界を動かす事は出来ない。私の個人的欲望を叶えてくれる組織がね、必要だったのよ」
それが、ドゥームズ・カルト。
このレディ・エムという、美少女の姿をした悪しき何者かは、組織立ち上げの協力者などではない。
ドゥームズ・カルトという組織の、設立者なのだ。
あの大僧正ら、虚無の境界において己の待遇に不満を抱いていた者たちを、巧みに誘導して独立分派させ、新組織の本尊として『実存の神』を当てがった。
そのようにしてドゥームズ・カルトを作り上げた少女が、さらに言う。
「実存の神……ふふふ、大切に扱ってくれたようで嬉しいわ。フェイトのクローンの中で、比較的ましなものを選んだつもりだけど、思った以上に役立ってくれたわね。そして、それは貴女も同じ」
レディ・エムが、高々と杖を振り上げた。
「今まで、本当にありがとう。ご苦労様……一足先に、霊的進化への道を歩みなさい」
その杖が、スザクの頭に振り下ろされる……寸前で、止まった。
フェイトが横合いから、杖を掴んでいた。
「わざと捕まった……なんて言っても、信じてもらえないかな」
緑色の瞳に、眼光が蘇っている。
あの工場で戦った時と同じ、闘志に満ちたエメラルドグリーンの眼差し。
「フェイト……貴方……」
「レディ・エム……霧、ミストのMって事でいいのかな」
霧を名前に含む女を、スザクも知っている。
「あ……あたしを……」
スザクはようやく、声を発する事が出来た。
「……助けてくれた、つもり? そんな事したって……」
「別に、恩返しを期待してるわけじゃあない」
言いつつフェイトは、レディ・エムの細腕から杖を奪い取り、放り捨てた。
「あんたを助けたつもりもない……俺自身、自分が今何やってるのか、よくわかってるわけじゃあないんだ」
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