朝が来た。
普段どおりの穏やかな朝であったが、フェイトにとっては慌ただしいものとなった。
「な、なんで目覚まし鳴らなかったんだ……っ」
目が覚めてスマートフォンへと手を伸ばし、画面で時刻を確認すると、笑えない時間であった。
慌てて飛び起きたフェイトは、身支度も適当にそんな独り言を漏らしながら部屋を出て、朝食なしの状態だ。
「……ああ、もう……っ アメリカに居た頃のほうが、ちゃんと起きれてたな……っ」
アパートの階段を駆け下り、その先も走りながら独り言を続ける。
途中で何かに気づいて、彼は視線をわずかに落とし口を噤んだ。
――ユウタ。起きろよ、朝だぞ。
そう言って、起こしてくれる存在がフェイトには居た。
テーブルの上には毎日必ず朝食が用意されていて、彼はそれを食べて出勤していた。
「恋しいなぁ……」
トーストと卵料理とベーコン。それからコーヒー。
シンプルながらも温かい朝食を作ってくれていた人物は、元同僚であり、恋人でもある一人の男性だ。
料理上手で顔が良くて――何から何まで良く出来た男であった。
そんな彼が、何よりの存在として選んでくれたのが自分だった。
――いつでも会えるさ。
そう言って、笑って送り出してくれた彼の顔を、忘れた日など無い。
あの言葉を笑顔が記憶に強く残ってるからこそ、寂しくともやっていけるのだ。
「……っと、まずい、遅刻しそうだったんだっ」
いつの間にか歩みが止まっていたフェイトは、再び走り出して職場へと向かった。
IO2日本支部は、本部に比べるとかなりの人手不足であった。
それ故に、フェイトに割り当てられる任務が多く、休暇も潰されてしまうことが多々ある。
「あぁ……流石に腹減った……」
職場について早々に任務を与えられたフェイトは、やはり今日も一人きりでそれをクリアした。
朝食抜きだったために、一息ついたところで腹の虫が鳴く。
「やっぱり何か食べておこうかな……午後も任務あるしな……」
そんな事を言いつつ、フェイトは腕時計に視線をやった。
午前11時過ぎ。朝食というには遅すぎるが、何も食べずに午後を迎えるよりは良いと判断した彼は、馴染みの喫茶店へと足を向けた。
「いらっしゃいませ」
ドアベルを鳴らして扉を開けると、奥から優しい声が出迎えてくれた。
長い付き合いになる知り合いは、この喫茶店のマスターを務めている。美形のマスターとして近所では有名だ。
「そろそろ、来てくれると思ってましたよ」
マスターがにこにこと笑いながら、フェイトが注文をする前にホットサンドとコーヒーが差し出された。
「妻が作っておいてくれたんです」
「今日、寝坊しちゃって朝抜きだったから嬉しいです! 早速ですけど、頂きます!」
フェイトは目の前の朝食に手を合わせ、元気よくそう言ってから温かいホットサンドを口にした。そしてコーヒーを飲んでから、大きなため息を吐いた。
「あ~……生き返る……」
「相変わらず、忙しそうですね」
カウンターごしに立つマスターがそう言った。その表情は心配顔だ。
「うん……最近、ちょっと色々立て込んでて……」
「勇太君は昔から頑張りすぎるところがありますから、無理はダメですよ」
マスターの言葉は、穏やかな声だった。
彼の優しさを頷きと共に受け入れて、再びカップに口をつける。
「……確かに、余裕なんてなかった気がする……。会いたい人にも会えないし」
「おや、それは初耳ですね」
「あ、いや……ええと、その……」
マスターの言葉に、フェイトは焦って言い繕おうとした。うまく纏まらずに、言葉の並びが悪くなってしまう。
対するマスターはそんな姿のフェイトを見ながら、楽しそうに微笑んでいた。
「あ、そうだ。……マスター、ごちそうさまでした。また改めて来ます!」
「ええ、待っていますよ」
マスターと話しているうちに、フェイトはとある事を思いついてしまった。
そして彼は慌てるようにして立ち上がり、テーブルの上にモーニング代をきちんと置いて、小走りで店を出ていく。
マスターは笑みを崩さず、そんな彼を見送ったのだった。
23時過ぎ。午後からの任務がようやく終了した。
「つ、疲れた……」
アパートの部屋に戻ってこられたのは、それから更に30分が過ぎた頃だった。
さすがのフェイトにも、疲労が見える。
上着を脱いで椅子の背もたれにそれを置くと、内ポケットから何かがするりと滑り落ちてきた。
「あ、と……こっちに入れてたんだっけ……」
フェイトは床に落ちたそれを慌てて拾い上げ、そのまま傍のベッドへと倒れ込んだ。
思っている以上に、疲れが出ているらしい。
「……シャワー……浴びなくちゃ……」
言葉が既にたどたどしい。見る間に瞼が重くなっていき、フェイトはそのまま眠り込んでしまう。
そこから時間は流れ、やがて朝になった。
窓の外から、鳥のさえずりが聞こえてくる。
それをぼんやりとしながら聞いていたフェイトが、ゆっくりと意識を覚醒させていた。
――ピピピピ……。
スマートフォンが鳴った。
その音が合図になったかのように、フェイトは体を起こしてそれを手にする。
「!」
画面に浮かんでいる文字を見て一気に覚醒した彼は、慌てて通話ボタンを押して耳にそれを持っていく。
『モーニン、ハニー』
何ヶ月ぶりになるのか。
耳に心地よい声があった。すぐには聞くことが出来なくなってしまったその声の主は、ニューヨークから電話を掛けてくれていた。
「おはよう。そっち、まだ夜でしょ?」
時計を確認しつつ、フェイトはそう言った。もちろん、嬉しいという感情は抑えつつだ。
向こうとは13時間も時差がある。相手側は当然、夜の時間帯だ。それでも、夕方の任務がちょうど終わったくらいかと考えていると、だいたいそんな時間帯だと返事があった。
『そっち、どうだ?』
「うん、昨日はちょっと苦労したかな。でも、そっちにいた頃とあんまり変わらないよ」
何気ない会話であっても、こんなにも嬉しいと感じる。
そう思いながら、相手の声に張りがないような気がして、フェイトは顔を上げた。
「なんか、元気ない?」
『いや?』
問いかければ、即答であった。
逆に取れば、こういう時の『彼』は、嘘をついている。
「何かあったんじゃないのか」
『……そうだなぁ。お前が居ないからな』
「!」
そう返されて、フェイトは瞠目した。
彼もまた、もどかしいと感じているのかもしれない。
当たり前なのだ。嫌いになって別れたわけではないのだから。
「俺だって……寂しいよ」
『わかってる』
元々、研修期間としての本部配置だった。
その決められた時間が終わりを告げたために、本部から日本支部へと異動してきた。それだけの事だったのに、あちらで得たものは、フェイトが思っていた以上のモノであったのだ。
『なぁ、ユウタ』
彼がフェイトを呼ぶ。プライベートの時は、いつも本名を呼んでくれた。彼が呼ぶその響きが何より好きだと思いながら短い返事をする。
『好きだよ』
「……うん」
――俺もだよ。と心で続けながらの返事だ。
どんなに離れていても、自分の気持は変わらない。
相手もきっと、同じだろうから。
『会いに行くからな』
そんな言葉に、フェイトは小さく笑った。
彼が会いに来てくれる前に、自分からのサプライズを用意した。当日までは明かさないつもりだ。
そして彼は、寝落ちる直前に床から拾い上げてそのままでいた、あるものへと指を伸ばした。
昨日、喫茶店で思いついた事のそのものでもある。
彼の指先にあるものは、一枚の航空チケットであった。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【8636/フェイト/男性/22歳/IO2エージェント】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お久しぶりです。この度はご依頼ありがとうございました。
視点違い的なお話を書かせて頂けて大変嬉しかったです!
少しでもお楽しみ頂けましたら幸いです。
また機会がございましたら、よろしくお願いいたします。