草間零のお使い

「ああ、何も食い物がねえや」
 草間武彦は冷蔵庫を開けて、大きな独り言を発した。
 時計は正午前を指していた。
「何か、買ってきましょうか?」
 草間零は無表情で、尋ねた。
「お、行ってきてくれるか。わるいな」
 全く悪びれた様子もなく、武彦は言った。
「何がよろしいですか?」
「なんでもいい。適当に買ってきてくれ。財布はその辺にあるから」
 武彦は財布をどこに仕舞ったか覚えていなかったが、適当にそう言った。
「わかりました」
 零は散らかった書類の山から、淀みなく財布を掘り出すと、
「それでは、行ってきます」
 お使いに出掛けたのだった。


「あ、零さん」
 工藤勇太が草間零を見かけたのは、学校帰りの途中だった。
「こんにちは……」
 零は勇太に振り返り挨拶をしたかと思うと、すぐに視線を手元に落とした。
「どうしたんですか?」
 勇太が零の手元を覗くと、そこには両手に収まる程度の包みがあった。
「何ですか、これ?」
「先程、拾ったのです。どうやら落とし物みたいで」
 勇太の質問に、零はそう答え、
「落とし物は交番に届けるものだと聞いたことがあります。なので、そうしようと思っていたところなのです」
 勇太に視線を向けた。
「なるほど。それなら俺も付き合いますよ」
 勇太は笑顔を浮かべた。零さんは律儀だな。
「勇太さんも一緒に来て下さるんですか? それは心強いです」
 零は勇太に一歩近づき、見上げるようにして目をキラキラとさせた。姉のように慕っている零に、そんな風にされると少しむず痒くもある。勇太は頭に手をやり、照れを隠すように、
「それで、その包みの中身って何なんですか?」
 零の持つ包みを指さした。
「何でしょうかね?」
 零は小首を傾げて、そう言った。零も中は確認していなかったみたいだ。
「それじゃ、俺が確認してみますね。最近は物騒ですから。一応、交番に届ける前に調べておいた方がいいですよ」
 冗談混じりで勇太はそう言い、零から包みを受け取った。おっ、意外に重いな。見ため以上の重量に少し驚きながら、勇太は包み広げ、中を確認した。
「げっ!」
 思わず勇太はそんな声を上げていた。
「どうしたのですか?」
 零が不思議そうに尋ねた。
「こ、これ」
 勇太はそう言い、自分の手の上に乗っているものへ視線を向けた。零も勇太の視線を追い、勇太の手元を覗き込んだ。そして、こくりと頷き、
「銃ですね」
 事も無げにそう言ったのだった。


 「ど、どこでこんな物騒なもの拾ったんですか!?」
 勇太は取り乱しながら、零に尋ねた。最近は物騒だなんて冗談で言ったが、本当に包みの中身がこんなものだとは予想だにしていなかった。
「先程、そこでです」
 そんな勇太とは対照的に、零は落ち着いた仕草で後ろを振り返り、指を差した。零がこれを拾ったのは本当についさっきだったらしい。零はほんの十メートルほど向こうを指差していた。
「ど、ど、ど、どうしましょう、これ?」
 勇太は視線を手に持った銃と零に何度も往復させた。
「だから、交番に――」
「それはやばいですって!」
 勇太は零の言葉を最後まで聞かずにそう叫んだ。
「どうしてですか?」
 零は不思議そうに勇太を見た。
「そりゃ、だって」
 こんなものを持って交番に押し掛けたら、いらぬ誤解を受けるかもしれない。それに、何も悪い事はしていないが、これを交番に届けるという選択は地雷な気がしてならなかった。
「でも、落とし物は交番に届けるものだって」
「それはそうなんですけど、今回は例外というか」
 勇太はなんとか零を説得しようと試みる。なんて言ったら納得してくれるんだ、と視線を彷徨わせ、考えを纏めようとして、何か見てはいけないものが視界に入った気がした。
 おいおい、嘘だろ? 勇太は恐る恐るそちらに視線を向けた。そこには黒服の男が三人、勇太たちを睨みつけるようにして立っていた。
「……」
「……」
 時が止まったかのように勇太と黒尽くめの男たちは数秒間、見つめ合い、
「ぎゃーーーー!!」
 勇太は零の手を掴むと、男たちに背を向け一目散に駆け出したのだった。


  やばい、やばい、やばい!
「どうして走っているのですか?」
 勇太は全力疾走しているのだが、そう尋ねる零の表情は涼しい。
「そ、それは、だって」
 勇太は息を弾ませながら、後ろを振り返り、
「あんなのに追いかけられたら、逃げるだろー!」
 そう叫んだ。
 それもそのはずだ。なにせ勇太たちを追いかけてきているのは、
「待てや、おらぁ!」
 もの凄い形相をした黒服の男たちなのだから。どう見てもあれはヤの人たちである。
「しかし、あの方々は待て、と仰っていますよ。待たなくてもよろしいのですか?」
「零さん、それはちょっと、よろしくないと思いますよ!」
「ですが、私の推測が正しければ、あの方々はこの包みの持ち主だと思われるのですが」
「俺もその推測は正しいと思うけど、そんなことより今は逃げるのが先決っす!」


「やっと追い詰めたぜ。手間取らせやがって」
 黒服の男の一人、スキンヘッドの男が言った。
 周りにひと気はなかった。気づけば、勇太と零は路地裏に追い詰められていた。
「そのお譲ちゃんの持っているものを大人しく返してくれないか?」
 熊みたいに体の大きな男が言った。
「まあ、大人しく返してくれても、大人しく帰してはあげないけどね」
 金髪の若い男が下品な笑みを浮かべた。
「という訳で、そいつは返してもらうぜ」
 黒服たちは一斉に勇太たちに襲い掛かってきた。
 勇太は一歩前に出て、零を守るように立った。こうなったら、超能力者とばれない程度に能力を使って、なんとかするしかない。勇太はそう考え、黒服たちを迎え撃った。


 黒服たちは素手で襲いかかってきた。勇太をただの高校生だと思ったのだろう。勇太としては有難いことだ。相手が油断をしてくれているなら、その隙に一気に片を付けてやる、と勇太は前に踏み出した。
 まずは金髪の男だ。勇太の顔面目掛けて、右拳を突き出してきている。体を横に少しずらすことでそれを避けながら、勇太はその右腕に自分の右手を添えるようにした。男の腕を下に引くようにし、同時にサイコキネシスを発動。
 男の体は前転するようにくるりと回り、背中から地面に墜ちた。
「こ、こいつ」
 勇太の思わぬ抵抗に、熊男が覆いかぶさるように勇太に両の腕を伸ばした。勇太を掴まえて、拘束するつもりなのだろう。この体格差だ。捕まると不味い。
 勇太はその場にしゃがむことでそれを避け、男の脚を払う。それだけではこの熊男はびくともしなかっただろう。勇太は先程と同じようにサイコキネシスで男の体を持ち上げ、地面に叩きつけた。あたかも、脚を払って男を倒したかのように。
 金髪と熊男は地面に倒れたまま、顔を歪めてなかなか起き上がらない。普通に倒れるよりも強く地面に叩きつけたからだ。苦しそうに咳き込んでいる。
 なんとかなりそうだ。勇太はそう思った。
「おっと、動くな」
 勇太がしゃがんでいた状態から体を置き上がらせようとしたところで、スキンヘッドの男が言った。勇太は男に視線を向けた。
「妙な事してみろ、頭の風通しが良くなるぜ」
 男は銃を勇太の頭に構えていた。


 これはかなり不味い。勇太は思った。超能力を使えば何とでも出来るが、超能力者とばれないようにするのは、さすがに厳しい。
「お譲ちゃん、この坊やを助けたかったら、そいつを大人しく渡しな」
 男は零に向かって言った。
「零さん、俺なら大丈夫だから」
「てめえ、黙ってろ!」
 男は勇太の腹を思い切り蹴り上げた。勇太の鳩尾に男の革靴のつま先が突き刺さった。勇太は一瞬、呼吸ができなくなり、噎せ返りながら腹を押さえた。
「今度、余計な事を言ってみろ、そんときは命はねえぞ」
 男は右手に持った銃を勇太の後頭部に押し当てた。
「さあ、譲ちゃん、さっさとそいつを渡しな」
 男は左手を零に突き出した。
 零さん、駄目だ……。勇太の思いもむなしく、
「分かりました」
 零はそう言って頷いた。


「ようし、利口な嬢ちゃんだ。ご褒美をくれてやってもいいかもな」
 男は嫌らしい目を零に向けた。しかし、零は気にした様子もなく男の目を見据えて、言った。
「あなたは勇太さんを傷つけました。私にとってあなたは敵であることが、分かりました」
「なっ!」
 男は驚きと怒りの交ざった表情を浮かべた。慌てて零に銃口を向けようとする。
 だが、それよりも零の行動は速かった。侍の怨霊を刀に具現化し、その刃で男の持つ銃を真っ二つに断ったのだ。
「な、何もんだ、お前?」
 男は一歩、二歩と後ずさった。その表情は明らかな恐怖を示している。
「私は草間零。草間興信所の探偵見習いです」
 零は気負った様子もなく、淡々と答えた。
「く、草間興信所だな。覚えてやがれ。いつか絶対に痛い目を見せてやるからな」
 男はそんな捨て台詞を吐くと、
「おい、いつまで寝てやがんだ。起きろ!」
 倒れていた二人を起こして、逃げるように走り去っていった。その後ろ姿に勇太は、ああ、なんかすみません、と心の中で呟いたのだった。


 男たちの姿が見えなくなったところで、勇太は安堵の息を吐いた。
「ふう、助かったよ、零さん」
「いえ、私が手を出さなくても勇太さんなら、何とでも出来ましたよね?」
「まあ、そうなんだけど、超能力者だとばれないようにしたかったしね。だから、ありがとう」
 勇太がそう言って、笑顔を向けると、
「そうですか……。それなら、よかったです」
 そう言った零の表情は少しだけ嬉しそうに見えた。
「それより、それはどうする?」
 勇太は零が持っているものを指さした。零の手には包みにくるまった銃が持たれたままだった。
「そうですね。あの方たちに返し損ねてしまいました……」
 零は銃を眺めながら、少し考えて、
「兄さんへのお土産にでもしましょうか」
「いや、絶対に迷惑がると思うよ」
 勇太は苦笑いを浮かべた。それに、零はあの男たちに草間興信所のことを名乗ってたけど、また厄介ごとになるんじゃないだろうか、とも思った。痛い目を見せてやる、とか言ってたし。
 このことを知ったら、草間さんはどんな反応をするだろうか。がっくりと肩を落として、最悪だ、とか漏らすんだろうな。むやみやたらに興信所の名前を出すな、と零に説教をするかもしれない。そうなったら、俺もその説教の巻き添えを食らうかもなあ、と勇太は嫌な未来がはっきりと想像できた。
 せめて零さんに、草間さんには今回のことは秘密にしておくように、口止めをしておこう、と勇太は零に視線を向けた。だが、その前に零が口を開いた。
「そろそろお肉屋さんのタイムサービスのコロッケの販売が始まります。勇太さんもどうです?」
 零はそう言って、にっこりと微笑んだ。
 勇太はげんなりと肩を落としながら、笑うしかなかった。
 何というか、零さんには敵わないや。
 
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1122 / 工藤・勇太 / 男性 / 17歳 / 超能力高校生】

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■         ライター通信          ■
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どうも、はじめまして。影西軌南です。この度は依頼して頂き誠にありがとうございました。プレイングがとても纏まっていたので、作品イメージがすぐに湧きました。少しでも楽しんで頂ければと、ラストの描写にオリジナルを加えさせて頂きました。少しでも楽しんで頂ければ、幸いです。では、ご縁がありましたら、そのときはまたどうぞよろしくお願いします。

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