朱華の手袋

背中にまだ日の暖かさを感じながら、ドア一枚向こうの小暗い空気へ踏み込む。
 アンティークショップ・レンへ日の光は入って来ない。
 骨董品は凶暴な紫外線を浴びると劣化を免れることはできず、また、光りの洗礼を嫌うものが集まっているので、多くは掛けられた布の下で眠っている。
「まあ、そんな所につっ立ってないで座ったらどうだい?」
 迎えた女店主は手際よく、急須、茶海、蓋碗、飲杯を用意すると茶を入れ始めた。
 茶器は透明感のある白磁に赤い蝙蝠が描かれており、中国茶器らしいが、茶葉はそうではないかもしれない。
「こいつは、骨董と呼ぶにはまだ若い品、セミアンティークってところだが、使われていくうち“そういったもの”に育つ可能性はあるな」
 蓮が指で飲杯を弾くと驚くほど澄んだ音が奏でられた。
「……日本で蝙蝠ってのは不吉だと言われ、中国では幸運を運ぶ縁起物。見方や解釈でまったく異なったものになる。だがな、“それ”は、ただ、あるだけで何一つ変わっている訳ではないんだよ」
 無言の促しで杯を傾けると、啜った茶から薔薇の甘みと松の苦味(くみ)を感じた。
「さて、本題へ入ろうじゃないか」
 蓮はスツールの上で長い足を組み替え煙管に火を点けた。いつの間にか、目の前、テーブルの端で蝋燭の灯りが揺れている。
「この通りにある古いテーラーを知っているかい? 仕立屋だよ、洋服の。その筋では何でも繕(つく)う“なんでも屋”とか皮肉られてはいるが、腕は超一流でね」
 店主が片手で広げた外套は、天鵞絨金黒を思わせる。所々銀色に光っているのは星を摸した刺繍のようだ。
「これと対(つい)になっている《朱華の手袋》(はねずのてぶくろ)をテーラーから回収してきて欲しいんだよ。ただし、仕立屋はひねくれ者の上、クチも達者だ。用心した方がいいかもな」
 メモ書き程度の地図を確認していると、再び声をかけられる。
「それから……。もし《朱華の手袋》が見つからなければ、深追いはしなくていい」
◇◇◇◇◇
 最後まで聞いていた工藤・勇太(くどう・ゆうた)は表情を曇らせた。
 同席していた城ヶ崎・由代(じょうがさき・ゆしろ)は出されたお茶の余韻を楽しんでいるかの穏やかさを保っている。
「聞いていい? それは正当な行為なの?」
「回収の正当性を問うのか。では、あんた、何を物差しにして“正当”とするんだい?」
 しばし、勇太の唇が火吹男の形になっていたが、『期待はしないでください』の科白で締めた。
 少年が外套へ触れたいと申し出たので、蓮は星を纏った滑らかな肌触りを差し出し、“読み取り”を行う間、瞬かない猫の仕草で眺める。
 外界との狭間である店の客溜まりで由代が、
「蓮さん、その外套を借りていってもいいだろうか」
 そう、訊ねたら、あっさり承諾された。
「見極めは任せようじゃないか」
 艶めいた唇から零された言葉はレース編みの糸のごとく絡み合い、寸後、送り出す微風となった。
◆◆◆
「触れた外套から、分かったことはあるかい?」
 考え込んでいる風な勇太に由代が深いバリトンの響きで話しかける。
「確か“対”って言ってましたよね? 探しものは似た“波動”を持っているんじゃないかと」
「なるほど。キミは物探しが得意ってワケだ。でも、まあ。外套と対になるデザインであろうはずの手袋を、仕立て屋が渡したがらないとは、余程の事情があるのだと思うよ」
 進む先、手持ちの地図で示された場所まで辿り着き、枯れた蔦が這う煉瓦造りの細長い店舗が立っている。見上げた看板には“Tailor……”の文字。
 本来、Tailor(テーラー・仕立屋)の後、書かれているはずの主の名がかすれて読めない。
「貫禄のある店構えだ。何代にも渡って守ってきたようだね」
「どっちかと言えば、お化けが出そうな雰囲気だけど」
 冷たさを伝えてくる真鍮のドアノブを回して店内へ入る。
 一瞬、由代の頬を摩擦と似た小さな衝撃が通り過ぎる。勇太は気が付かなかったようだ。
 静まり返った空間、磨かれた床の上は埃ひとつなく、あらゆる布のにおいが充満していた。
「ようこそ。本日はお仕立てですか? 繕いですか?」
 素早く首を回せば痩身な女が立っていた。
 後頭部で三つ編みにされた黒髪が膝裏まで届いて、まるで童話の住人を連想させる。白く小さな顔、通った鼻筋、長い睫毛で縁取られた瞳は、銀縁眼鏡の下、鈍色の眼光を放っていた。藍白のシャツと漆黒のズボン、合わせた鉄紺色のネクタイへ銀のタイピンが留められている。
 首から下げられた採寸用のメジャー、手首に装着しているピンクッションから見て、彼女が店の主人らしい。

 ……随分と若い店主だな。
 通常、テーラーと言えば紳士服専門。老舗で女性テーラーは極めて珍しい。

 由代は彼女と向かい合ってから一礼した。
「僕は城ヶ崎・由代と申します。今日は、こちらに探し物があると聞きまして」
「…………」
「えっと、ですね。俺たち碧摩さんから頼まれて来ました」
 勇太が堂々と明かし、由代は片手で口元を覆いつつ苦笑をもらした。
 碧摩・蓮の名を聞いた店主の視線が、由代の持っている手提げまで落ちたので、借りてきた外套を取り出して見せた。
「とても美しいですよね。刺繍も見事なものです。余程の手でない限りここまでの仕事はできないでしょう」
「目的は朱華の手袋か。わざわざこんなカビ臭い店にまで御足労なことだ」
 由代が店主と話している間、勇太はサイコメトリーで読み覚えた波動の在処を探し始めていた。

 うわ、この店。かなり強い思念が渦巻いてるな。
 あまり力を使いすぎると悪酔いしそうだ。

「私は、やるべきことをしているだけ。職人はそういうものだと理解できないのかね。確かにアレは対として作られたもの。だが、そうではなかった」
 店主は黒鶴が警戒する声とよく似た調子で捲し立ててから息を整えた。ほつれた数本の前髪を戻し、眼球だけ動かして勇太を捕らえる。
「仕事場を奇妙な力で触るな。ここは私の領域。勝手が出来ると思うなよ」
 彼女の指が一本の待ち針を摘んで向けた直後、勇太の肺から酸素がしぼられ、水から打ち上げられた魚の苦しみが襲いかかる。
「彼を放してください。許しなく探そうとしたことは謝ります」

 やはり。彼女は魔術の心得がある。
 店の入口で感じたのは……恐らく呼び鈴代わりの結界だろう。

 遮る由代から針先が遠退き、背後の少年は咳き込みながら店主を睨んだ。
「探されたら困るってことは、やっぱりあるってことだ!」
「無いとは一言も言っていない。持って行くなとも」
「うあぁ、もうっ! まどろっこしいんだよ!」
「騒ぐな。おまえの声は少し大きすぎる。怯えて出てこなくなるぞ」
 言ってから店主は腕組みして沈黙した。両瞼を綴じ付け、二人の来訪者を視界から追い出している。
「さて、工藤くん。手分けして探そうか」
 由代が店内を散策するかの気軽さで呟き、勇太は目を見張った。
「えぇ!? いいんですか?」
「今は見ないフリをしている。いつ気が変わるか分からないからね」
 動かなくなった店主を残して目的の手袋を探したが、それらしきものは見当たらない。
 壁一面へ収められたあらゆる質感を持った布の織り目を凝視していると、試着室から勇太のため息が聞こえた。
「こうなると、残るは二階?」
 一階は仕事場、二階は生活の場があるようで、進入をためらわれたが、遠慮している時間はなさそうだ。軋む木製の階段を登ればワックスがかけられた廊下へ繋がっている。
「小さな店なのに、思ったよりずっと広いですよ」
「外からは想像できない面積だ。いや、ドアを潜った直後はここまで広くなかったな」
「さっきより部屋数増えてないですか?」
 並んだ扉は三つ、だった気がする。だが、今は六つになっていた。

 ……マジでお化け屋敷かよ。

「あれ? 城ヶ崎さん?」
 その場で一回転して見渡したが、由代の姿が忽然と消えている。
 悪寒を感じながら体勢を戻せば、奥から二番目のドアがゆっくり開いていくのが見えた。
 ……何かの気配がする。
◆◆◆
 一方、由代は勇太の姿が見えなくなっていた。彼の存在は近いようだが視覚で情報を収集することができない。
「……ずれたか。面白い作りになっているな」
 別の場所と重なっているのかもしれない。そう、考えながら廊下を進む。
 奥から二番目のドアを選び、だが、鍵は掛かっておらず、蝶番が高く鳴きながら先の空間を展開させた。
 部屋は薄暗く、猫足テーブルの上でランプが小さく光っている。目が慣れてくると、体にフィットした服を作るためのトルソーが、幾つか置かれているのが確認できた。首のないそれらへ、スーツやシャツが着せられている光景は少々不気味でもある。
「お客様ですか。ここは、ボクの作業場のようなものです。ご依頼でしたら下で承りますが」
 一脚あった空席の椅子で、金髪の青年が笑みを浮かべて座っていた。
「失礼した。知っていたならノックぐらいしただろう」
 一歩下がろうとした時、
“……たすけて……”
 彼の重ねた手から伸びる採寸用メジャーの先、石榴の花の色をした少女が消え入るような声で囁いた。
「その子は誰ですか?」
 由代の質問で、青年は片方の眉じりを上げる。
「あなた、これが見えるのですか?」
「人ではないようですね」
「……まったく。あのひとの悪あがきも、ここまでくるといっそ憐れです」
 彼が言う“あのひと”とは、一階の女店主のことだろうか。目の前の青年は同じ職人だと思える。
 少女の細首に巻き付いていたメジャーが解かれ、彼女は火の粉のような明るい光りを帯びながら素早く由代の後ろへ隠れた。
「出て行ってください。ボクは機嫌が良くありません」
 青年の表情は温順そのものであるのに、瞳の奥が冷め切っている。上着の裾を小さな手が掴む感触を確かめながらドアまで歩いた。
「うわっ! え? 城ヶ崎さん!?」
「工藤くん。来たのか」
「小さいヤツがここの部屋入って行ったから、追っかけて来たんですけど。コロされる、とか物騒なこと言ってて」
 由代の両脇、よく似た顔の子供が二人くっついている。振り返れば、青年の姿は消失していた。
「“朱華の手袋”ってソイツらですか?」
「まあ、たぶんね」
 ガーネットの瞳を持った双子は、二人の人間をじっと見てからしゃべり始めた。

“ワタシたち、ご主人様の両手を焼いてしまったの”
“でも、それはやらなきゃいけないコトだったわ”
“そうよ。ワタシたちそうするよう作られたんだもの”
“燃え尽きてしまうのが怖いことではないわ”

 『帰りたくないなら、帰らなくてもいい。そんな選択だってあるはずだ』勇太はそう言いかけたが、由代が黙って首を振ったので下唇を噛んで留まった。
「キミたちの“親”に聞いてみよう。きっと理解を示してくれるはずだ」
 彼女らは顔を見合わせ、瞬間、風の早さでドアを抜けてから、廊下の突き当たりまで走り始めていた。
「待てってば! おまえらを助けたいだけなんだ!」
 勇太はテレポートで先回りして少女たちを確保した後、廊下と階段の継ぎ目へうっかり踵を引っかけてしまった。
 腕の中の軽い感触を庇いながらも、今一度、廊下まで戻ろうとしたが、力を結ぶことができない。建物内は集中力を削ぐもので満たされている。
 駆け寄ろうとする由代が目の端に見え、しかし、落下していくのを止めることができず、覚悟してできるだけ身を縮め……そして、柔らかな影のようなものが支えた。
「騒がしくてたまらんな。頭が痛くなる」
 不機嫌そうな女の声で体を起こせば一階のフロアだった。勇太を包んでいた“宿星の外套”は、双子を連れて音もなくテーラーの所まで戻っていく。
「これは、私の一族が作った“人工精霊”。探求者が則(のり)を越えて真理を掴もうとした時、両手を警告の炎で焼く。焼かれた手のさまが石榴の花に似ているため、“朱華の手袋(はねずのてぶくろ)”と呼ばれている」
「……ひでぇコトさせてんだな。ソイツらに」
「酷いか? だが、持ち主は死を免れた。不相応な理に押し潰され、脱ぎ散らかされた服と同じ、裏返ることはなかったという結果だ」
 手から離れた外套は上から下まで黒ずくめの男の姿形を取って、似た表情をした二つの真朱(まそお)の巻き毛を撫でていた。
「彼らを、失敗作だと思っているのかい?」
 階段をおりてきた由代の声で、店主は顎を上げ三体の作品へ近づいた。
「存在意義を失ったものは処分と決まっている。だが……まだ引き合うのか。ならば、証明せよ。己の使命を果たせ。離れようとも、私の目はおまえたちを映している」
 そう、言葉がくくられ、“星宿の外套”と“朱華の手袋”は本来の衣服(魔具)となった。
「少々、人間と似せて作り過ぎたか」
 独り言はほとんど聞き取れなかったが、テーラーが彼らを制裁することはもうないだろう。
「最後に一つ。キミは魔女、もしくはそう呼ばれる類なのだろうか?」
 由代の問いかけで、女は瞳孔が見えないほど黒々燃える目を向けた。
「私は職人だ。探求することを恐れない者の援護が私の役目」
 テーラーは微笑らしきもので頬を掃いてから一礼し、拈華(ねんげ)を匂わせていた。
◆◆◆
「これで、良かったのかな? 戻るのがイヤなんだと思ってた」
 無言の見送りの後、勇太が頭の後ろで両手を組みながらつぶやく。
 由代は空を流れる茜雲を見上げ、ゆっくりとした調子で答えた。
「心配しなくても、相応しい者の元へ渡るだろう。僕はそう思うよ。少なくともあのテーラーは、処分したかった訳ではないだろうから」

 蓮から持たされた手提げの中で、帰りは外套と手袋が睦まじくおさまっていた。

=END=

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■登場人物■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

◆PC
2839 城ヶ崎・由代(じょうがさき・ゆしろ) 男性 42 魔術師
1122 工藤・勇太(くどう・ゆうた) 男性 17 超能力高校生
☆NPC
NPC5402 店主/ベルベット(べるべっと) 女性 25 テーラー(仕立て職人)
NPC5403 青年/サテンシルク(さてんしるく) 男性 23 テーラー(仕立て職人)

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■ライター通信■
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 ライターの小鳩と申します。
 このたびは、ご依頼いただき誠にありがとうございました!
 私なりではございますが、まごころを込めて物語りを綴らせていただきました。
 少しでも気に入っていただければ幸いです。

工藤・勇太 様。

 はじめまして。
 回収ミッションはいかがでしたか?
 元気な中にも優しさをお持ちの工藤様の魅力を
 少しでも表現できていたでしょうか?
 魔術的なフィールドのため工藤様の能力を十分発揮
 できませんでしたが、回収は成功。
 手袋の正体は人工精霊の宿る魔具でした。
 ふたたびご縁が結ばれ、巡り会えましたらお声をかけてくださいませ。

カテゴリー: 01工藤勇太, 小鳩WR |

ピアノ葬送曲

<無題>の記事がある。

 私は、古の時代から、そのお屋敷の大きな部屋の真ん中に住んでおりました。天井がとても高く、窓はステンドグラスで飾られて、太陽の光はいつでも眩しく私を照らしていました。
 私はピアノです。そのお屋敷のご主人に買われたピアノです。ある日、私を弾いたのは、白いドレスに身を包んだお嬢様でした。次の日私を弾いたのは、美しい指をしたお母様でした。その後私を弾いたのは、お嬢様のお友達でした。しあわせな日々が何日も続き、私はこのお屋敷に住めたことを本当に嬉しく感じていました。
 ところがある日、ご主人が亡くなりました。それからのことです。あっという間に、お屋敷から人はいなくなりました。お母様は別のお屋敷へ、お嬢様は親戚の方へ引き取られていきました。
 そして、私はお屋敷に一人取り残されることになったのです。お屋敷には誰も入れないようになっていました。鍵が掛けられ、窓も閉められ、差し込んでいた太陽の光の色も、そのうち忘れていきました。

 ずっとずっと時間の経った後です。
 いえ、私はピアノですから、皆さんからすればほんの少しの時間だったかもしれませんが。

 お嬢様のお友達が、扉を開けたのでしょう、大広間にひょっこりとやってきたのです。
 彼は、お嬢様が引っ越されたことを知っているはずでした。それなのにここにやってきた。何故だったのでしょう。私はまだ人間の言葉がわかりませんでしたし、彼も何も話しませんでした。
 ただ、埃を被った鍵盤を、弾き始めたのです。その曲が、私の心へある感情を伝えてきました。いとおしさとさみしさです。
 ……その日には、私にとっても彼にとってもひとつ不幸なことがありました。お屋敷が燃される日だったのです。入り口から火が点けられ、周りからも火が放たれ、瞬く間に廻りは炎に包まれていきました。
 ですが、私の鍵盤を引き続ける彼は、その手を止めませんでした。黙々と演奏を続けていたのです。

 私と彼は死にました。跡形もなく焼かれてしまいました。ですので、彼が亡くなったことは、彼の家族には伝えられておりませんし、お嬢様も知りません。行方不明であるということは伝わっているかもしれませんが。
 なぜお屋敷が燃されたのかは、わかりません。普通のことなのでしょうか?

 そして、残念なことがもう一つ。
 ……彼は自縛霊となってしまいました。
 私に取り付き、夜な夜な葬送曲を弾きつづけています。いとおしさとさみしさが溢れ出すような曲です。人間の言葉は通じるようです。ただ、人々は、幽霊が弾く幽霊ピアノの曲に怯えて近づいてきません。……ええ、私も幽霊として、この地に残ってしまっています。
 また、お屋敷にも意志があったようで、恨みからか他人を惑わす術を掛けているようです。私が見る限りでは、近づいてきた人間に石の破片をぶつけ、また時間が経つとお屋敷の敷居の外へ追い出してしまう魔法を使うようです。お屋敷の敷居へ辿り着くにも、夜の間だけでないとなりませんし、音楽が聞こえて来る方向が正しい方向とは限らないようです。
 お屋敷も……さみしかったのでしょうか。お屋敷の所謂本体は、私の傍、焼け残った大黒柱に宿っているようです。

 ここに書き込みをさせていただいたのは他でもありません。
 どうか、彼を空へ還して上げて下さい。お嬢様もそれを望まれていることと信じております。お嬢様と彼を、同じ場所へ連れて行ってください。私の居るお屋敷跡については、この書き込みをしてくれた黒電話に伝えてあります。
 どうか。宜しくお願い致します。

 それだけの書き込みだった。レスもURLもメールアドレスも、ひとつも付いていない。ただ、記事の最後に、ある喫茶店の住所が書いてあるだけ。この記事にある、人知れず聞こえて来る音楽の話は、他の記事にもあった。別の怪奇現象を集めた雑誌にも、そっと紹介されている。
 人ならざるものは、待っているのだ。自分たちを救ってくれる者が現れるのを。

 住所を頼りにやってきたのは、小ぢんまりとした喫茶店だった。一人で掃除をしていた店員は、あなたに気が付くと、カウンター席を勧めた。すぐ隣に黒電話がある。
 メニューを取りに行ったのだろう、店員は店の奥へと入っていた。すると、電話が鳴る。しばらくの間ベルが鳴るのを聞いていたあなただが、ベルは鳴り止まない上に、店員は戻ってこない。仕方なく受話器をとることにした。
「キミたち、ピアノの書き込みを見た人?」
 喫茶店で手にした電話から、ノイズ交じりの声がする。どうやら、声の主は少年のようだ。あなたが返事をすると、ふうんと鼻を鳴らした。
「じゃあ、ピアノのことは頼むよ。地図は持ってる? 店員に聞いて」
 ちょうど、喫茶店の店員が戻ってきた。あなたが用件を伝えると、彼は一枚の地図を差し出した。広げると、いびつな赤丸がひとつ付いている。
「この森の中に……うん、森の中にそのお屋敷があったんだ。今は、瓦礫の山になってるんだよね。で、ピアノも亡霊も、その真ん中に残ってる」
 そこまで言うと少年は……彼が『黒電話』であることは間違いないはずだ……黒電話は、小さくうなった。携帯電話のバイブ音に似ていなくもないうなりだ。

「気になることがある。まずは屋敷のことだね。あいつは意地っ張りで、頭が固くて、気難しい。だから、燃やされたことをまだ根にもってるんだ。説得したけど、僕じゃだめだね。自分が燃やされる理由はなかったって、その一点張りだね。人が来ると、また傷つけられるんじゃないかって思い込んでるから、攻撃してくるんだ。ピアノのいる広間に近づくにつれて、攻撃は強くなるよ。気をつけてね、OK?」
 そこまで一気にしゃべると、彼は息を吐いた。身体の中のあくを吐き出すような息。
「次は、屋敷が焼かれたことについて。どうもおかしいって、僕は思う。まわりは森だろ? それに、なんで普通に解体されなかったんだろうね?」
 一瞬の沈黙。「解体は、そりゃ、いやだけどさ」と、ぼそぼそつぶやいている。
「とにかく、屋敷を撤去するにしては変な方法だって思うだろ。僕は、人がやったんじゃないかと思ってる」
 ちきちきと混じるノイズの中、黒電話は確信を込めて言った。
「キミには、もちろんピアノたちのことも頼むけど……その謎の部分も解いて欲しいんだ。もう『屋敷』に愚痴られるのは勘弁だね」
 あなたが了承すると、少年は「それじゃあ」と電話を切った。感情のない電子音。

「さて、どうなさいますか?」
 隣に立っていた店員が、メニューを差し出した。

「じゃあ、全員図書館に向かうってことで……いいか?」
 少年が振り向く。二人の少女が、応えるように頷いた。
 黒電話に呼ばれ喫茶店に集ったのは、三人の高校生だった。一人は、先頭を歩く工藤・勇太。その後ろに着いて行くのが、双子の姉妹……日高・晴嵐と日高・鶫だ。
 姉の晴嵐が、組んでいた両手を解く。
「ええ。まずは情報を集めてから。お屋敷に向かうのはその後にしましょう」

 図書館での情報収集を提案したのは勇太だった。
 黒電話との通話を終えた後、三人は喫茶店のテーブル席に移り、それぞれの指針の意見交換を行った。
 結果、三人の意見はほぼ一致した。その内のひとつが、現場に向かう前に情報収集を行うこと、だった。
「図書館なら、火事が起きた当時の新聞も保管しているはず。日付も住所も調べたし、ネットも使ってみようか」
 鶫の申し出に同意する二人。飲んでいたコーヒーや紅茶のカップを置き、店員に礼を言う。
「事件解決こそ、お代にふさわしい、です」
 店員はそう言って、彼らを見送った。

 都内の図書館。広さもさることながら、蔵書や館内施設の質は随一だ。案内を見れば、新聞のバックナンバーのコーナーも、インターネットにつながるパソコン室も、すぐに見つかった。
 さて、と、鶫が息をつく。
「私はネットで事件のことを調べてみる」
「俺達は、新聞を捜してみるよ」
「よろしくね、つぐちゃん」

 新聞バックナンバーのコーナーで、三人は別れた。パソコン室の扉が閉まる音。勇太と晴嵐が、別々の新聞を手にする。事故の起きた詳しい日付は解らないが、年数と季節だけは教えてもらっている。
 新聞をめくる音。ある三か月に的を絞ったとはいえ、その量は膨大だ。朝刊、夕刊。火災の文字が目に付いたら、教えてもらった住所と照らし合わせる。本文には軽く目を通すだけにとどめ、すぐに机へ積み上げる。
 数時間後、勇太と晴嵐の手が止まった。最後の新聞へと、ようたく行き当たったのだ。火災を取り上げた新聞は、調べた新聞の数よりもずっと少なかった。最も大きくて三面、たいていはそれよりずっと小さな欄にぽつんと取り上げられているだけだった。
「これで日付は絞れそうだな」
 それだけでも、十分な情報になる。
 勇太が、適当な新聞を取り上げた。火事の記事を調べる。日付を確かめ、持ってきた小さいメモ用紙に書き取る。
「つぐちゃんにメールしておくわ」
 テーブルの下でこっそりと携帯を開き、メールを打つ晴嵐。
「俺は、とりあえずこれをコピーしてくる」
 束にした新聞を振ってみせ、小声でささやく勇太。晴嵐が小さく同意したのを確かめて、財布を鞄から取り出す。幸いにも小銭に余裕があった。
(これって、領収書持ってけば返して貰えたり?)
 そもそもコピー機に領収書があるのか。首をかしげながらも、蓋を開けて新聞紙をセットする。自腹だとするなら、失敗はできない……などと考えながら。

 コピーが終わった。新聞紙の山が待つテーブルへ戻る途中、晴嵐とすれ違った。手に持っている束の厚みからして、自分だけですべてのコピーを済ませてしまうつもりらしい。頼みます、という意味のお辞儀をすると、まかせといて、という笑顔が返ってきた。
 勇太はパソコン室の扉を開けた。鶫はプリンタの隣にいた。彼女は一人でネットの情報を整理していたはずだ。まわりに利用客がいないことを確認すると、勇太はかるく手を挙げて鶫を呼んだ。
 鶫によれば、情報のまとめはもう少しで終了。先に集めた情報をプリントアウトして、勇太と晴嵐のところへもっていくつもりだったらしい。勇太は手伝いを申し出た。いくつか開かれていたニュースサイトの情報をまとめ、印刷ボタンを押す。データは無事にプリンターへ送信されたようだ。
 鶫に手招きされ、プリンターのそばに歩み寄る。
「いくつか情報はあったんだけど、このあたりが確実かな」
 印刷されたコピー用紙に、ざっと目を通す。いくつかのサイトから抜粋されたもののようで、特に犯人像の憶測や、屋敷の使用人、関係者の発言が記載されている部分が多かった。
「そっちは?」
「晴嵐がコピーしてる。一応、それっぽい記事はあった」
 二人の会話をBGMにしながら、プリンターが静かに紙を吐き出していく。ニュースサイトの次にプリントアウトされたのは、おどろおどろしい背景を背負ったホームページだ。
「オカルト関連のサイトでも、あの屋敷は話題になってたね。小さくだけど」
 それを聞き、勇太がため息をつく。
「俺、それ見るのはパスしたいな……」
 一瞬きょとんとした鶫だったが、わずかに間をおいて、小さく笑った。
「意外だな、なんか」
「そういうサイトとかだと、ワザと怖く書かれてたりするんだよ」
「それじゃ、これは私と姉さんで読むよ」
 書類を持ち上げ、机をぱたぱた叩く。
「オカルトサイトの分はこれだけ。他のは勇太に任せるよ」
「おう」
 静まり返ったコンピュータ室でプリンターの作動音を聞きながら、無造作に広がっている資料を適当な束にする。最後の一枚のプリントアウトが終わるのを待ち、二人で部屋を出る。ちょうど新聞紙のコピーも終了したらしく、晴嵐が新聞を元の棚に戻しに行くところだった。
 鶫が晴嵐を手伝い、勇太がそれぞれのコピーをまとめる。空いた机を見つけ、椅子を引く。コピー用紙の枚数は多くない。
 持ってきたカバンの中からペンを取り出したところで、日高姉妹が戻ってきた。
「どうする? とりあえず、適当な記事から見ていくか?」
「まずは、これかな」
『――区高台にて、火災発生』と書かれた小さい記事だ。三人がペンを取り、各々が気になる部分に下線を引いていった。有用な情報の他、役に立ちそうもない文章もある。「記者の主観が入っている」と晴嵐が諭すこともあれば、「今回は気にしなくてもいい」と勇太が首を振ることもあった。「これはウソ」と、鶫が言い切ることもあった。
 情報の整理が進んでく。持ち寄ったノートに、有力な情報をまとめる。その中の一行に、鶫が線を引いた。
『火災による犠牲者はなかった』
「やっぱり、そこが気になるよな」
 勇太が顎に指を当て、首をひねる。手近に合ったコピーを手に取り確認すると、そこにも『幸いにも、死傷者はゼロ』という一文が載っていた。
「見つからなかった、っていうことだと思う」
 遺体が、とは言わず、しかしはっきりと言う。
「それとね。これも見つけたの」
 晴嵐が指差したのは、別のコピー用紙だ。日付と、一部の記事に赤い丸が付いている。火事のあった三日後の夕刊だ。
『――さんの長男、数日前から行方不明』
 地方のピアノコンクールで準優勝に輝いた将来有望な少年が、家族に行き先を告げず外出し、戻らない。小さな記事だった。彼の住所と、両親の名前が載っていた。
 記事によれば、彼がいなくなったのは、火災があった日の前日。
「どう?」
 まっすぐな晴嵐のまなざしが、代わる代わる二人を捉える。うーん、と、勇太が唸る。
「彼が『見つかった』っていう記事は載ってないのか?」
「同じ会社の新聞を、一か月分調べてみたの。でも、だめだったわ。他の新聞には、行方不明事件そのものが載ってないみたい。大きな事件じゃないから」
「少年が見つかったけど、新聞に載ってない……っていう可能性もあるよね」
「うん。それは、これから現地で調べてみたいの」
 鶫に頷いてみせる晴嵐。勇太がテーブルに両肘を付いた。
「でもこれで、お嬢さんの友達が――たぶん、その行方不明になった少年ってのは、友達で間違いないと思う。――そいつが、自分の意思で家を出て行った……と考えていいんだろうな」
「そして、遺体は見つかっていない。もし、……火災に巻き込まれているとすればね」
 鶫は言いづらそうだった。それを責めるでもなく、勇太が言葉を続ける。
「それがたぶん、『お屋敷の霊』の仕業なんだろうな」
「うん、そのとおりだと思う」
 控えめに、しかし力を込めて頷く晴嵐。鶫も小さく同意の声を上げる。

「オカルトサイトの方はどうだった?」
 勇太が鶫へ振り向いた。鶫は「んーと」とつぶやき、手元にあるメモの文字を読み上げた。
「場所が場所だから、あまり情報はなかったね。“噂の噂”が一番多かった」
「ネットだしな」
 頬杖を着いたまま苦笑する勇太。
 メモ帳のページをめくる音。
「ただの『事故現場』として扱ってるところと、『特殊な力』……これはたぶん、お屋敷や少年の霊力のことだと思う。『特殊な力のある場所』って紹介しているところがあった」
「『事故現場』として扱っているのは、ニュースサイトね。こっちの情報は、新聞の記事と似たり寄ったりだったわね。『特殊な場所』だと扱っているのは、オカルトサイト。『怪奇現象』として紹介しているのは……依頼主の黒電話くんがくれた情報とほぼ一緒ね」
 テーブルの端を見つめ、ため息を飲み込む晴嵐。
「でも、新しい情報がひとつだけあるわ」
「霊の攻撃方法だよ。まとめといたから見ておいて、勇太」
 勇太が受け取ったメモには、罫線いっぱいに書かれたボールペン文字が並んでいた。上から下まで目を通す。線の強弱と大きさで、姉妹どちらが書いたか一目でわかってしまう。こみ上げてくる小さな笑いをこらえ、勇太が礼を言った。

 他、彼らが取り上げた情報はこんなものだ。
 自然発火するような危険物は、屋敷に残っていなかった。屋敷に住んでいた住人達が恨まれていた覚えはないし、外部とのさまざまな問題は屋敷から人が出て行く前に片付いていた。立ち退きを強制されていたわけではない。火災さえなければ、あの屋敷と土地は売ってしまうつもりだった。あれから、屋敷の関係者が出入りしていた様子はなかった。
「本当に放置されていたんだね」
 鶫が首を振る。
「そりゃ、お屋敷も怒るわけだ。ほっとかれたと思ったら、いきなり火事だよ?」
「お友達の霊がお屋敷に受け入れられているのも、お屋敷が……うーん……安心したから……、なのかもしれないね」
「でもさ、もうお嬢様はいないじゃん」
 机に突っ伏した勇太が、唇をわずかに尖らせた。
「それなのに、最後の味方を囲って、守り続けて。それって、どうなんだろうな」
 鶫と晴嵐は顔を見合わせた。
「それを教えてあげに行きましょう、みんなで」
 音を立てないように椅子を引き、立ち上がる。晴嵐を追うように席を立つ鶫。
 机に突っ伏したまま考え込んでいた勇太は、二人がコピー用紙を束ねるのをぼうっと見ていた。あっという間に半分のコピー用紙がきれいに整頓される。最後の書類を整える、机にぶつかるとんっという音で、ようやく我に返る。
「あー、悪い。考え事してた」
 身体を起こし片手で頭を掻き、深呼吸。勢いよく椅子を弾き飛ばし――かけて、
「よし。行くか」
 そっと手を添えるに留め、にっと笑って見せた。

「ああ、あの時の火事ね」
 火災があった街で事件のことを尋ねれば、誰もが最初にそう言った。すごい炎だった、空が焼けていた、真っ赤な光が見えた。屋敷のある森からわずかに離れた町での火災の認知度は、その程度だった。しかし、近所の高台で起きた火災である。すぐ目に入る高台が炎に包まれているのを見て不安がる人々も少なくなかった。
「森には引火しなかったの。こっちまで飛び火したらどうしようって思ってたから、ほっとしちゃったわ」
 そう言った女性も居た。
 今でも緑の残る活気ある森とはいえ、長時間にわたって火災が起きたなら引火してもおかしくない。心配するのも当然だろう。

 最後まで、ほとんど有力な情報を手に入れることはできなかった。屋敷の事情を知る者はおらず、火災の原因の詳細を掴んでいる者などいなかった。
 しかし。街を歩き始めてから数十分。通りがかった女性が、お屋敷の話を聞き、「ああ、それなら」と手を叩いた。
「あのお屋敷の使用人さんなら、この先のお家にお住まいよ」
 夕飯の材料でいっぱいになった手提げを揺らし、彼女は身振り手振りを交えてその家を教えてくれた。

 日の落ちてきた空を見上げ、案内された道を歩く。
「なんとなく、なんだけれど」
 雲の流れを追っていた晴嵐が、目を伏せうつむいた。
「その、お嬢様の友達は、火事が起きるのを知って、あのお屋敷に行ったんじゃないかしら」
 言葉を選ぶように少しずつ、推理の断片を零す。
 その隣で空を見上げていた鶫がふいにつぶやく。
「火をつけたのって、そのお友達だったんじゃない?」
 夕日を眺めていた勇太が眉をひそめ、彼の影を眺めていた晴嵐が顔を上げた。
「お屋敷によく出入りしていたんなら、引火を防ぐための……そうだな、灯油の量なんかを、適当にできたのかな、って」
 そういい終わった後に、はっとする鶫。ごめん、物騒だったよねと、苦笑する。

「もし、そうだとするなら、どうして」
 勇太が口ごもった。だが、それも一瞬のこと。
「いや。それを解き明かすのも、俺達の仕事なんだよな」
 夕日から目を逸らさずに、まっすぐに歩を進める。足跡の代わりに、三人の影が道路に伸びていた。

 その家は街の中心からわずかに外れたところにあった。インターホンを押す手前で、戸惑う。どう説明すれば取り合ってもらえるのか――。そう相談していた中で、鶫がメモを取り出した。屋敷のお嬢様に関しての項目を指差す。
 鳴り響く玄関チャイムの音。スピーカーに告げるのは、私立中学校の名前。同じ部活仲間です、火災のことがどうしても気になってしまって個人的に調べているんです。多少警戒されはしたものの、三人の真摯な態度を無碍にすることなく、家主は扉を開けてくれた。

「私達も、どうしても取り戻したいものがあって、あの場所を調べてみようとしたんですが」
 彼女は丁寧に、申し訳なさそうに言った。
「焼け跡に近づくと、妙なことばかり起こるんです。ピアノの演奏が聞こえてきたり、瓦礫やレンガが飛んできたり。私も体験しました。普通じゃないこと、です。ですから、もうあの場所には近づかないようにしよう、と」
「他も……ええと、あなた以外の方。例えば警察なんかもあの場所へ行ったんでしょうか?」
「ええ。放火の可能性もあると言うことで。……しかし、調べに行った警察官も、青い顔をして戻ってきて……。それ以来、私や警察はあの場所に近づいていません」
 あなた達も、できたらあの場所には近づかないように。わずかに表情をこわばらせた晴嵐が「約束します」と頷くと、家主はほっと息をついた。

「それと、非常に立ち入った話になってしまうんですが」
 鶫が緊張した面持ちで切り出す。
「お嬢様は、それから……引っ越してから、どうされたんでしょうか?」
 使用人の表情が曇った。
「お嬢様は、亡くなられました。大人になってから、お屋敷に戻ってくることになっていたのですが……」
 三人の間の空気も、ふっと重くなる。
「私は、しらせを受け取っただけなので……詳しいことは存じ上げません」
 顔を伏せて、悲しげに言葉を紡ぐ。三人は顔を見合わせた。彼女の言葉に嘘はないはずだ。そう、無言のうちに確かめ合った。
 では、と、晴嵐が小さく咳払いをする。
「あなたの他に、使用人は雇っていらっしゃいましたか?」
「はい。少数ですが」
「その人達と連絡は?」
「残念ながら……。使用人同士で連絡を取り合うことは、当時もあまり多くなく……。住所は知っているので、手紙を書くか、今からそこを訪ねれば会えるかもしれませんが、引っ越した方もいらっしゃるかと」
 この近くに住んでいるあのお屋敷の関係者は、彼女だけだった。他の者だけが知りえる情報はあるか、それを持つ人はいるかと問えば、主人の秘書の名を挙げる。しかし彼は遠方へと越していた。簡単に訪問できる場所ではなく、手紙の返事もいつになるかわからない。彼が仕事のために持っていた携帯電話の番号は、すでに使用されていなかった。

(向こうとこちらを行き来する渡り鳥さんなんて、めったに見つからないだろうし)
 晴嵐がひそかに眉を曇らせる。空には闇が差し始めている。
 これ以上、家主に時間を割かせるわけにもいかない。鶫と勇太が使用人に礼を言うと、彼女もすぐに正面を向き、深く頭を下げた。
「お嬢様とお屋敷のこと、私の分も調べてください。よろしくお願いしますね」
 細かいしわの刻まれた顔をほころばせ、婦人は三人を見送った。

 三人は森へ向かった。住宅街の奥にある高台の、コンクリートの側面。そこに刻まれた階段を、ひたすら上る。途中で晴嵐の休憩に付き合いながら、街を見下ろした。
「お嬢様もお友達も、みんなこの階段を上ってたのかな」
 階段の中腹に差し掛かったところで、鶫が独り言のように言った。
 高台には、森と屋敷の跡しかない。ましてや屋敷はいまやいわく付きだ。好き好んでこの階段を上る者はいないだろう。
 これから街の人々は屋敷を忘れ、火災を忘れ、階段を忘れ、そこに住んでいた人々を忘れていくはずだ。
「姉さん、もう大丈夫?」
 視線を晴嵐に戻す。
「うん、大丈夫。行こう、二人とも」
 細い指で手すりを掴み、息を整えて、三人は再び階段を上り始めた。

 森のにおいがする。土と緑の混ざり合った、しめったにおいだ。人の気配も、動物の気配もない。重量のある静寂で満ちた森だった。黒い土を踏みしめて、三人は歩く。
 晴嵐は、この森に住む鳥達の意識を探していた。彼女の念能力が周囲を駆け巡り、鳥達にそっとささやく。
「ここにあったお屋敷のことを知ってる?」
 眠っていた鳥達が、小さく返事をする。
『お母さんは失意のままに、お嬢さんは未来に怯え』
『固い絆で結ばれた、三人だけの家族でも』
『大きな力にゃ逆らえない』
『知っていたのはこの森の、お部屋と小さなピアノ弾き』
 その言葉を受け取った瞬間、彼女の足は止まった。勇太が手振りで二人を制したのだ。
「たぶん、近い」
 鶫が勇太の隣にそっと踏み出し、身を乗り出して遠くを見つめる。
 道の先の開けた場所、人為の影と形が消えかけた広場の真ん中に、淡く光るものがあった。

 白い柱。白いピアノ。白い服を身につけた少年。古びたタイルに乗る彼らはわずかな光を纏い、風化した瓦礫の中に浮かび上がっていた。
「ここから一歩踏み出せば、『お屋敷』の領分だな」
 勇太がローファーで地面をつついた。硬い音が鳴る。目を凝らしてみると、土に半分埋もれている白いレンガが、ローファーのつま先にぶつかっていた。どうやら、ここはお屋敷の庭の入り口だったらしい。森の道を覆うレンガは火災を免れたらしく、焼け跡などは見られなかった。今でこそ、夜の闇と灰交じりの土に覆われてしまったが、ここには立派なレンガの道が広場に向かって伸びているのだろう。
 いまやその行く先に屋敷の原型はなく、焼けて崩れた瓦礫と、天井と共に崩れ落ちた細い柱だけが残されていた。それらは、少年とピアノと柱の光にてらされ、ぼんやりとした光の輪郭に縁取られていた。
 ピアノの旋律が聞こえてくる。細く甘く、冷たい音。かすかな音だった。物音ひとつしない森の中で、耳を澄ませばようやく聞こえてくるくらいの音量。
『今日は』
 晴嵐の頭に、小鳥の声がささやく。
『悪い人がいないから』
『あなたはいい人達』
『だから愛の歌を、二人とも歌ってる』
 二人。おそらく、少年とピアノのことだ。彼らが奏でる音以外は、聞こえてこない。

「行くよ、姉さん、勇太」
 空に浮かぶ月を見上げ、鶫が拳を握る。
「そうだな。このままぼーっとしてたって、何も解決しないもんな」
「その通り、だね。あの意地っ張りな柱にも言ってやろうっと」
 腕を回し屈伸する二人の後ろで、晴嵐がくすくすと笑う。
 そして三人は、誰からともなく歩き出した。

 靴の底がこつこつ鳴り、時々灰を踏み、炭を砕く。森の道は終わり、視界が開けた。今尚煤臭い焼け跡の真ん中で、ピアノの演奏を続ける少年。

 少年は演奏をやめた。鍵盤の上で止まった細い指は白く、そのまま溶けて象牙の一部になってしまいそうだった。髪も肌も服も真っ白だ。全身が完全に同化している、純白のシルエット。
「と、いうよりも」
 少年の意識を探っていた勇太が、心の中でつぶやく。
「あいつとピアノ、融合し始めてる?」
 なぜそうなったのかまでは、まだ解らない。

 少年の顔の真ん中に、黒い瞳が現れる。閉じていた双眸を開き、三人の客人を順々に眺めた。
 そのとき。三人の頭に、ぴぃーんと糸を張るような音が響く。それと同時に、周辺の瓦礫が宙に浮かんだ。屋敷もこちらを感知したのだ。
 勇太が身構え、鶫が腕を前へ突き出す。鶫は精神統一を行っていた。念能力により作られた光の刀が、彼女の両手に握られる。とたん、その流れる漆黒の髪が、風に吹かれた稲穂のように滑らかに、銀色へと変化していった。晴嵐はともかく、勇太がその変化に目を見張ったが――彼もまた超能力を持つ者。一切言及せず、再び正面を見据える。
 こぶし大の礫が、三人目掛けて襲い掛かる。が、その速度は次第に緩まり、三人の目の前で止まった。勇太が腕を振ると、礫が押し戻され、弾き出される。続けていくつもの瓦礫が降り注ぐが、勇太のサイコキネシスの前ではなすすべもない。見えない壁ですべて受け止め、すべて弾き返す。

 太陽が沈みかけた時のことだ。三人は森の入り口で、それぞれの作戦を口にした。
 月の下、この調子で進めば、三人全員の目的が達せられるだろう。

 鶫に目配せをした後、勇太は瞑想に入る。目を閉じて、辺りの残留思念を探る。かつてこの屋敷に住んでいた人々の思いが、勇太の心へ伝わっていく。その中でも、火事が起きた当時のものを探すため、意識を集中させる。
 その邪魔をさせないように刀を振るうのは、鶫だ。四方八方から迫り来る瓦礫と岩の礫を、次々と切り払っていく。その刃の切れ味は、瓦礫の断面を見れば嫌でも解る。屋敷からの攻撃で、そして自らが振るう刃で味方を傷つけないために、彼女の剣舞は密やかで、静かだった。剣の先を使い、瓦礫に込められた怨念を切る。
 思念と思念がぶつかり合うとき、より強い思いの込められた方が残る。念を集中させた刀が、細かく分けられた怨念によって操作される瓦礫をものともしないのは当然だ。
 しかし、刀で捉えられないほど小さな瓦礫の攻撃を受け止められないのも事実。細かな石であれば、勇太が無意識のうちに発動している超能力で弾き返せる。だが、刃の切っ先とサイコバリアをかいくぐり、三人にダメージを与えることもあった。
「――っ!」
 鶫が表情を歪める。すかさず晴嵐が手をかざし、彼女の癒しを願う。鶫の出血はすぐに収まり、傷が塞がっていく。
 互いを守りあい、三人は少しずつ進んでいく。決して敷地を傷つけることの無いよう、いっそう慎重に。

 飛び回る瓦礫の真ん中で、広場のピアノに手をかけながら、白い少年は三人を見ていた。
 勇太は、彼の周りの思念を探った。少年のたたずむ広場は、ほぼ屋敷の思念に支配されていた。
(でも、)勇太が目を開く。(屋敷は『お屋敷』だけのものじゃない)
 彼が見たのは、かつてここで暮らしていた人々の思い。そして、あの火事を発生させた張本人の思いだった。
「鶫、晴嵐。あいつに言ってやりたいこと、教えてくれ」
 先に口を開いたのは晴嵐だ。
「もうあなたを傷つける者はいない、この場所を守り続けなくてもいい、と」
 伝えてください。琥珀色の瞳がまっすぐな輝きを放つ。
「私も同感」
 刀を正面に構えたまま、鶫が頷く。
「この場所にいなくてもいいんだ。あなた達の新しい居場所を、私も一緒に探してあげる」
 尚も降り注ぐ瓦礫をいなし、破壊しながら、よく通る声でそう言った。
 勇太は深呼吸をした。二人の声と自分の意識と、お屋敷に残る思い出をつなぎ合わせる。そしてそれを『お屋敷』への意識へと流し込む。勇太の強い思いを乗せて。
(ここにいれば昔の幸せが戻って来るって、思ってるんだろ?)
『お屋敷』が抵抗しているのがわかる。
「いつまでもここに居ちゃ駄目だ。アンタ達のお嬢様だって、そう思っているはずだ!」

 ぽん。
 と、音が鳴る。
 飛び回っていた瓦礫が、静止する。奇妙な光景だ。焼けたレンガに四方八方を囲まれて、広場の入り口で立ち尽くす三人。白い瓦礫は夜空を背負い、まるで星のようだ。ただ、古い灰から立ち上る焼け焦げたにおいだけは、醜い。あんなにも白く輝くピアノの、一音が灰に消えていく。
 少年は無言のまま椅子から立ち上がる。足取りからして、敵意がないのは明らかだった。
 ぽん、と、再びピアノが鳴る。
 広場のタイルから下りる少年。彼の前に浮いていた瓦礫とレンガが、道を空ける。
 鶫が念を解き、刀が光となって散る。勇太も、超能力の盾を解除した。
「あなたは、お屋敷が燃やされたときからここに?」
 姿勢を正し、晴嵐が少年に訪ねる。彼は頷いた。そして、黒い瞳があるだけの顔で、三人の顔を見上げ、覗き込んだ。
「アンタ、どうしてずっとここに? ずっとここに居たって、仕方ないだろ。『お屋敷』も。『ピアノ』だって」
 勇太がそういいきる前に、少年は広場へ向かって駆け出した。逃げた、というようには見えなかった。ためらいながらも、三人が後を追う。

 広場――いや、ピアノの置かれていた部屋には、まだ家具が残っていた。そのうちのひとつを、彼が指差す。その戸棚に一番近い場所にいた鶫が、指差されるがままに引き出しを開けた。
「あ」
 と、思わず声が出てしまう。晴嵐と勇太が駆け寄る。そこには、真珠やルビーやサファイヤや……いまだ輝きを失わない宝石達が眠っていた。別の棚にも。
 勇太が、棚に残る残留思念を探った。
『これは、あなたがお嫁にゆく時、持って行くのよ』
『これは、お父様に買っていただいたネックレス』
『これは、いつかあの子と一緒に付ける指輪』
『これは、娘のために取っておく真珠』
 棚だけではない。宝石ひとつひとつに、そこにしまわれたもの一つ一つに、それぞれの思い出が詰まっている。いくつかの宝石を調べてみるだけでわかった。
「あなたは、これを守るために?」
「いや、違う」
 晴嵐に返事をしたのは勇太だ。彼は広場からはずれ、焼け落ちた『部屋だった場所』へと向かう。
「ここに残ってる思念。たぶん、火事が起きたすぐ後の思念だと思う」
 勇太がつぶやいた言葉、ここに残る思念は、悪意に満ちた言葉ばかりであった。お屋敷やその主に向けての敵意は少なく、ただ、この焼け跡に残された宝石を拾い集める、汚い欲の痕跡が残っていた。
『お屋敷』が怒り、守り続けていた物は、その思い出だった。自分が守れなかった思い出に怒り、この部屋に残された最後の思い出を守っていた。

「それじゃ、あなたは? 一体、どうしてここにいたの?」
 晴嵐が膝を曲げ、少年と目を合わせる。
「もしかして。お嬢様のところに、お家とピアノと一緒に……行きたかった?」
 少年が頷き、ピアノが鳴る。
「だからって、こんなこと」
 鶫が渋い顔をする。少年はわずかに目を伏せ、うつむいた。
「ねえ。この子、なんて言ってる? あなたならわかる?」
「ん。それが」
 晴嵐を振り返り、勇太が首の後ろを掻いた。
「こいつとピアノの思念が混ざり合ってて。こいつはもう、ほとんど物質みたいなものらしいんだ。だから、はっきりした言葉がない。なんとなく、こうかな、っていう感じでならわかるけど……」
「いいよ、もったいぶらなくて。で、こいつはどうしたんだ?」
 勇太の肩を叩く鶫。
「えーと。守るためにやったことが、傷つけた。だから今度は本当に守る。……だって。それと、悲しいとか、愛しいとか……いろいろ抱えてるみたいだな」
 目を閉じて意識の同調を図る勇太が、ぽつぽつと語る。
「でも、もう大丈夫」
 勇太の声にピアノの音が重なる。
「思い出は全部、行くべき場所へ。ってさ」
 目を開き、顔を上げた。

 とたんに、三人は目を見開く。ピアノと少年は、跡形もなく消え去っていた。
 残っているのは屋敷の焼け跡だけ。焦げたタイルと崩れた天井と、灰の山。大黒柱。そして、部屋の隅に置かれた宝石棚。
 朝日が昇ろうとしている。
 三人が散り散りになった。それぞれが思う彼らの思い出を、あるべき場所へ還すために。

「で、業者の方はなんだって?」
 勇太が、テーブルにひじを付きながら言う。再び喫茶店に戻ってきた三人が、それぞれが後にとった行動を報告し合っていた。
「いわくつきってところで渋ってたけど、そういうのを集める博物館があってさ。そこの『柱』として、使ってもらえるって」
 鶫が提案したのは、『お屋敷』の大黒柱を、どこかの施設で再び利用してもらうことだった。ひとまずその道の人物に浄化してもらい、表面を丹念に磨き上げ、引き取り先を探した。その引き取り先というのが、アンティークを集めた博物館。館長が、いわゆる物好きだったのが決め手だ。
「宝石は、使用人さんに渡しておきました」
 晴嵐が穏やかな微笑みを浮かべる。
「あの宝石は、それぞれの持ち主の元へ返すそうです。ご主人、お母様、お嬢様……きっと喜んでくれていますよ」
「ああ。あいつらもな」
 霊が消えたということは、心残りもなくなったということ。彼らは自身が思い出で出来ているようなものだ。あるべき場所へ帰るというのは、彼らが本当にいるべき場所へ行くということ。もう再びこの世に姿を現すことはないだろう。
(というよりも、現さないように、この世の俺達がどうにかしないといけないんだけど)
 決して簡単なことではないが、不可能でもない。
「それで、勇太は? ご両親は、受け取ってくれた?」
「ああ」
 勇太は、少年の遺骨を拾った。彼の骨は、ピアノが不思議な力で守っていたらしく、広場の真ん中に……ピアノの残骸に埋もれるようにして、残っていた。全焼してもおかしくない火災が森中に広がらなかったのは、もしかして『思い』のせいだろうか。と、誰もが一度は考えた。
「納得させるの、大変だったけど。使用人さんが手伝ってくれて、鑑定もして。それでちゃんと、かえしてきた」
 俺、こういうのに弱いんだよな~。ため息をつきながらも、どこか満足げな表情を浮かべ、笑う。

「お電話です」
 突然、店員が三人の座るテーブルに近づいてきた。指差す先には黒電話。保留、に、なっているのだろうか。とりあえずと立ち上がった勇太が受話器に耳を付け、しばらく耳を澄ましていた。が、すぐに二人を呼び、かわるがわる、受話器から流れるメロディに耳を澄ました。
 ピアノの旋律。悲しさの一切ない、愛しさと喜びのメロディ。
 録音できないことを恨みながら、三人はそれを聞き続けた。言葉にならない気持ちを浮かべ、言葉にならない気持ちを受け止めながら。

おしまい

カテゴリー: 01工藤勇太, 北嶋さとこWR |

第一次東京異界戦争鏖(みなごろし)編

○プロローグ
東京駅地下、過去に多くの人間の血を吸いヴァンパイア化してきた無限女王。女王に恨みを持ったヴァンパイアたちが列車を占拠してやってきた。女王を殺すために。ヴァンパイアたちの数は数百。尋常ではない戦闘能力で女王の命を狙う。だが無限女王が殺されれば地獄のカマから溢れ出た魔は東京を埋め尽くし一般人が全滅する。東京駅に居合わせた〝強き者達〟。毎日の生活には不満が積もっている。しかし、この街と人を愛する参加者たちは「女王が殺されれば東京が終わる」事実は知っている。全てを察した参加者たちは立ち上がる。愛する人々と東京を護る為に。

○東京の守り手達
 暴走列車の突入と同時に一般市民を避難させる超能力高校生・工藤勇太。「ここは戦場になる!」己の能力が危機を察知していた。善良な市民を片っ端にテレポートで駅構外へ飛ばす。
 同時に駅の中にヴァンパイアハンターが一人いることを超能力で突き止めていた。どこかで落ち合うように連絡の念を飛ばす。
 無限女王も事態は察知している。女王は従僕・修羅を従えて山手線ホームへと向かった。
「波紋」のようなものがあった。「戦う者は山手線のホームへ」そんな念が波紋のように東京駅構内に広がり、ヴァンパイア達と無限女王達が山手線ホームへ集う。ヴァンパイアではない者、一目瞭然、工藤勇太と、ヴァンパイアハンターのレイチェル・ナイト。強力な能力は持っているが、ヴァンパイアではない一般人である。勇太は彼女と落ち合い、共闘を誓った。
 勇太はここぞとばかりに能力を解放し、数十名のヴァンパイアを念の槍でズタズタに引き裂いた。しかし、ヴァンパイアは基本的にそのヴァンパイアを作ったマスターを殺さない限り死ぬことはない。ヴァンパイアハンターのレイチェル・ナイトも大元のヴァンパイアを殺すつもりで攻撃しているが、目印などない。
 時間が経つにつれレイチェル・ナイトが傷を負い、勇太も疲弊してきた。そして駅構内の全ての役者は、山手線ホームに集った。

○正しいのは誰の正義?
 山手線の車体の上に陣取った無限女王と、その従僕・修羅。修羅の二刀は空間を切断してサンダーストームを巻き起こす。誰も迂闊に近付けない。
 工藤勇太の超能力とレイチェル・ナイトの攻撃で血まみれのヴァンパイアたち。彼らは無限女王のいる山手線を囲む。
 工藤勇太とレイチェル・ナイトは背中でお互いにもたれかかって座る。レイチェル・ナイトは肩口を負傷。勇太は身体に傷は負っていない。が、他者を傷付ける度に自分の心にダメージを負う。今も自分が破壊した多くのヴァンパイアたちの身体を思い起こし、目を見開いて震えていた。迫害を受ける人の心の痛みは嫌と言うほど知っている。
「……あんたは、なんにも悪いことしてないじゃん、勇太クン」
 傷口が再生中のレイチェル・ナイトだった。
「俺は……何も、人を殺したくて念の槍や精神攻撃の能力を持って生まれたわけじゃないんです……。全て、開発されて与えられた能りょく――」
 途中でレイチェル・ナイトの人差し指が勇太の口を「しー」と閉じていた。
「あたしは勇太クンのお陰で助かった。ありがと」
 勇太の顔が赤らんだ。

 ヴァンパイアたちの中から一人の紳士が前に出た。
「オレ達はお前らにヴァンパイアにされた。無限女王、修羅、ケルベロス!」
 この場にケルベロスの姿は無い。女王も修羅も一筋のかすり傷も負っていない状態で、「主を守る為に」登場する必要は無いのだ。ヴァンパイアは続ける。
「無限女王! お前とお前の従僕、鏖(みなごろし)だ! そうすれば〝オレ達も死ぬことが出来るから〟な!」
「はぁっ!?」
 工藤勇太が素っ頓狂な声を上げた。レイチェル・ナイトも口ポカーン。
 ヴァンパイアは更に続けた。
「お前らは知っているのか? ヴァンパイアがいつまでも、無限に生きなければならない、その苦しみが! オレ達はもう死にたいんだ! だからオレ達をヴァンパイアにしたボス、マスターの無限女王を殺しにきた。オレ達が灰と化して死ぬためにッ!」
 レイチェル・ナイトと工藤勇太は顔を見合わせる。雲行きが変わってきた。
 東京駅に押し寄せたヴァンパイア達を駆除するために――殺すために戦ってきた。だがそのヴァンパイアたちの目的は「死ぬこと」だった。
 無限女王にヴァンパイアにされ、長い悠久の時を生きてきた、生かされてきたヴァンパイアたち。もう生きることに疲れ果て、灰になりたかったという。
 レイチェル・ナイトと工藤勇太にも理屈は解る。だが、この場合誰の味方になって戦うのが〝正義〟なのか。
 レイチェル・ナイトは「悪しき者を狩るハンター」を自称してきたが、今「悪しき者」は誰なのか?
 工藤勇太も同様。モラルのある基本的に〝正義〟を重んじる少年だ。そして今、正しいのは〝誰の正義〟なのか?
 もう誰も誰かを攻撃しない。

○真実
 じっと皆の主張に耳を傾けていた黒いロングヘアの赤い振り袖の少女。少女が山手線の車体の上で一歩前に出る。中学生ほどの外見年齢の、ヴァンパイアの王。蠱惑的に眉を吊り上げ口の端を吊り上げ、語り始める。
「まるで私一人が諸悪の根源のような言い分ですね。あなた方が私にヴァンパイアにされた理由、その一点だけを伏せれば私が悪いようにも聞こえるでしょう。しかし――。この国では人を一人殺しても〝死刑〟にはならない。二人以上殺さなくては死刑にはならない、そういう〝判例〟で殺人犯が保護されているフシがある。……その〝保護されて出所した殺人犯〟に私が個人的に裁きを下して――何が悪いッ!?」
 周囲が一気にざわつく。レイチェル・ナイトと工藤勇太も。
「じゃあ、このヴァンパイアたち……」
「みんな、元殺人犯?」
 無限女王が二人に優しく目を向ける。
「この中に混じっている二人の善良な市民よ。他の一般市民の盾となり戦ってくれてありがとう。傷まで負って……あなた方なりの矜持があるんでしょうね、感謝します。その傷であなた方がヴァンパイア化することはありません。今すぐお逃げなさい」
 無限女王は静かに続ける。
「私達もこのヴァンパイア達も、心配いりません。『善人なおもて往生す。いわんや……』そんな風に言った〝知り合い〟が昔いましてね……」
 レイチェル・ナイトは状況判断から撤退を決め込み、勇太は「善人なおもて往生す」の言葉を思い出す。学校で習ったばかりだ。
「知り合い? 親鸞聖人が知り合いって、あなた一体歳いくつ……!!」
 ヴァンパイアのみとなった東京駅構内。ケルベロスは呑気にどこかを散歩している。無限女王は、忠実な従僕に許可を出した。修羅に、その力の一部を使う許可を。
 修羅は――二刀を抜刀する。
 ダッシュで撤退するレイチェル・ナイトと、彼女に手を引かれて逃げる勇太は、ここで初めてあの長身の黒いコートの男の――修羅の声を遥か遠くに聞いた。惚れ惚れする美声で、恐ろしい単語を叫んだ。
「サンダーストーム!」
 修羅の風神の剣と雷神の剣が交錯し、数百万ボルトの雷撃を纏った嵐が東京駅構内に巻き起こる。荒れ狂う雷撃に当てられてヴァンパイ達の身体が沸騰し、逃げ惑う。この雷撃で身体が破壊されても苦痛に襲われるだけで死ねないからだ。
「はーっはっは! 咎人たちよ! 無限に生きよ! 罪の意識と良心の呵責に苛(さいな)まれてな! あはははは!」
 無限女王の無邪気な声が高らかに響いた。だが言っている内容は「無邪気」とはほど遠い。
(狂ってる!)
 勇太は恐怖した。

○ふつうの日常へ
 東京駅では爆弾テロが起こったことになっていた。死者の出ない爆弾テロ。ヴァンパイア達は逃走したようだった。
 近所のホテルに避難していたレイチェル・ナイトと勇太はベッドの上でそのニュースを観ていた。
「勇太クンすっごい可愛かっ――」
 その口を勇太が片手で封じた。
「うるさい黙れ。俺は寝てただけ、俺は寝てただけ……。さぁ、帰ろう」
「勇太クゥン……」
 甘えてみせるレイチェル・ナイトに勇太はすまし顔で言う。
「俺の〝ふつー〟を邪魔しないでね」
 勇太の姿が消える。テレポートだった。レイチェル・ナイトもフリフリのロングスカートの姿に戻る。
「ヴァンパイアハンターの服装のままだったのが失敗だったか。また、どこかにイケメンいないかな」
 呟いて部屋を後にする。

 東京の街に夜が訪れる。多くの人や物や怪異が戦い、守り守られ、夜は街中がネオンに照らされる。この街が眠りに就くことはないのだった。

<おわり>
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1122/工藤・勇太/男性/17歳/超能力高校生
8519/レイチェル・ナイト/17歳/女性/ヴァンパイアハンター
NPC 無限女王(むげんじょおう)
NPC 修羅(シュラ)
NPC ケルベロス
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■         ライター通信          ■
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 工藤勇太様、レイチェル・ナイト様、ご参加ありがとうございます。
 この作品はこの個室(無限の部屋)の一作目に当たり、そのため「無限」というテーマに少し多めに字数を割いております。
 あ、最後に二人が避難したのは「普通の」ホテルですよ? (^^;)。
 またのご参加をお待ちしておりますm(_ _)m。

カテゴリー: 01工藤勇太, よしずみWR |

D・A・N ~Second~

その日、何となくぶらぶらと街を歩いていた工藤勇太は、つい先日見知った人物を見かけて声を上げた。
「あ、えーと――カイ!」
 咄嗟に名前を呼び捨てたのだが、当人に許可をとっていなかったことに遅ればせながら気付く。とはいえ名前しか聞いていないし、別人だけれど同一人物のようなものらしい律には呼び捨ての許可をもらっているので、まあ許してくれるだろう。多分。
(…っていうか聞こえた、よな?)
 勇太が声を上げたのと前後して足を止めたものの、その場から動かないカイに少しばかり不安になる。こちらとしては印象深い出会いだったから見間違うということはないだろうが、あちらはどうだか分からない。律は『縁』がどうとか言っていたけれど。
 などと考えていたら、ふいに視線を巡らせたカイと目が合った。
 髪色と同じく色素の薄いその瞳が、間違いようもなく己を捉えたのを察して、勇太は彼に駆け寄った。
「あー…ええっと。確かアンタこないだの――」
「工藤勇太。律に聞いてるかも知れないけど」
「ああ、うん。『くどークン』ね、工藤クン。そういえば名前聞いてたっけ」
 記憶を探るようにして答えたカイに、勇太は笑みを向けた。
「会えて良かった。アンタにお礼言いたかったんだ。俺を助けてくれただろ? ありがとな」
 少しはにかんで言えば、カイはなんとも曖昧な表情を浮かべて手を左右に振る。
「いやー、アレは助けたっていうかオレの都合がありきで勝手に介入したみたいなモンだし、別にお礼言われるほどじゃ」
「でも助けてもらったのは事実だし」
「そりゃまあそうかもしんないけど」
 「ホントお礼言われるようなことじゃないんだけどなー」などとブツブツ言いつつも、カイはそれ以上言い募る気は無いようだった。
 そんな彼に、勇太はお礼とは別に、彼に会えたら言おうと思っていたことを切り出すことにする。
「俺が律に会ったのは知ってるんだよな?」
「あー、まあ知ってるっていうか、記憶は結構共有してるから。でもなんで?」
 突然の話題の転換に首を傾げるカイ。
「律に少しだけアンタ達のこと聞いたんだけどさ」
「うん?」
 いったい何を言い出すのか、と目で言いつつ首を傾げたまま促すカイに、勇太は一気に言った。
「アンタ達みたいな人に会ったの初めてだし驚いたけど、ここは東京だからなんでも有りさ。だからアンタ達がどんな存在でも俺は気にしてないぜ」
 言い終えた勇太がカイを見れば、彼は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていた。傾けていた首を戻して、目を瞬かせ、反応を待っていた勇太をまじまじと見ながら、一言。
「えーと、オレ、なんかそうやって言われるようなことしたっけ?」
 困ったような視線に、勇太は何だか自分が早まったような気がした。よく考えてみればカイは別に自分の在り様に関して勇太に何を言ったわけでもないし、励ましてほしいような素振りも見せていない。
(もしかして俺、色々早とちりしたっていうか何て言うか…外した?)
 この『東京』は『普通でない』ものを多く含むけれど、だからといって異端が排除されないわけではない。それを身に染みて知っているからつい口出ししてしまったが、本人がさほど気にしてないのなら自分の言は唐突にしか思えないだろう――というのが一瞬で理解出来てしまった勇太が続ける言葉を探しあぐねていると、「あ」とカイが声を上げた。
「そうだった、オレ今あんまり他人と長く居ない方が良いんだった」
「…は?」
 片手に持っていた掌に納まるくらいの包みを持ち上げて言ったカイに、勇太が発言の意図を問うより先に――。
「って、え、あれ、何で…っ!?」
 突然カイの持つ包みから禍々しい光が放たれ、名状しがたい気配が一帯を覆ったかと思うと。
 ――瞬きの間に、カイの姿が消えていた。

◇ ◆ ◇

(え、消え、た…!?)
 たった今、目の前で起こった出来事に、思考が追い付かない。状況としては先日カイが律に変化した時と似ているが、姿を消したカイの代わりに律が現れることはない。そもそも。
(なんか、すごいヤな感じがする…)
 視線をカイが居た辺りに向ける。『イヤな感じ』はそこを中心にしていた。カイが消える瞬間――禍々しい光が放たれた瞬間が最も『イヤな感じ』が強まったが、今もそれは在る。
「なんだ、これ…手鏡?」
 カイが立っていた位置にあったのは、小さな手鏡だった。ちょうど先程カイが掌に持っていた包みくらいの大きさで、恐らくはこれがあの禍々しい光を放ったのだろうとは思うが。
(ここにこれがあって、カイが消えたってことは、これがカイを消したモノなんだろうけど)
 拾い上げようと屈みかけて、無闇に触れていい物かどうか迷う。カイが手に持っていたときは、妙に厳重に包んであったように思うし、その包みが跡形もなく消えているというのも気にかかる。
(でも、このまま放っとくわけにもいかないよな)
 カイは否定していたが、勇太にとっては助けてくれた恩人だ。目の前で異常事態に巻き込まれたのなら助けたい――恩を返したいと思う。
 だが、助けるためのとっかかりすら見つけられない現状では動きようがない。
 もう一度、足元で光る鏡を見る。
(…仕方ない。今はこれしか手がかりがないんだし)
 多少の危険を覚悟して、それに触れようとした瞬間。
『――聞こえるか』
 頭の中に直接響くような声が、した。
(……テレパシー!?)
 思わず息を呑む。他者からの意識への干渉。呼びかけ。自分の能力として他人に向けたことはあるし、思考を読んだこともある。だがこれは。
『驚いているところすまないが、時間がない。望むのなら説明も吝かではないが、今は遠慮してもらいたい』
(この声――律?)
『そうだ。君が同系統の能力持ちで良かった。この状態からでもラインが繋げられたのは僥倖と言う他ない』
 カイと同じく、一度しか会っていないが、印象深い人物――律の声なき声が、尚も頭に響く。
『君の推測通り、カイはその手鏡に肉体ごと囚われた。予想外の事態だ。申し訳ないが手を貸してもらいたい』
 その言葉は、カイを助けようと考えていた勇太にとっては渡りに船だった。恐らく、律にとっても勇太の存在がそうだったのだろうが。
(俺にできることなら何でも言ってくれ! 何をすればいい?)
 勇太の問いに、律は一呼吸の間を置いて答えた。
『――手鏡を、壊せ。物理的に破壊してくれればいい』
(…え、それ、大丈夫なのか? 中に閉じ込められてるんだよな?)
 告げられた内容の単純さに、逆に心配になる勇太。しかし律は淡々と答える。
『問題ない。肉体ごと囚われているといっても、鏡は扉のようなもの。内側から開くことが困難故に、物理的な破壊によって外と内を繋ぐ手段を採るというだけだ』
(そういうことなら…)
 声には出さずに答えながら、勇太は再度屈みこんで鏡に手を伸ばす。踏み割ってもいいが、より確実に壊すのならば地面に投げつけて割る方がいいだろうと考えてのことだった。
 鏡を拾い上げても、特に身体に変化は感じられない。律も何も言わないので大丈夫だろうと思ったが、少しだけほっとする。
 それから、手にした鏡を腕ごと振り上げて――思い切り、地面に叩きつけた。

◇ ◆ ◇

『――多くが狂った。もう、限界なのだろう、私達一族は』
『そうやって簡単に諦めて、そうして置いていくつもり?』

『“対”の概念も、歪みきった。私達も、また』
『それが悪いことだって、そういうこと? だからって今更――』

『“月”と、“陽”。どちらが先に駄目になるかなど、とうの昔に分かっていたことだろう』
『――それを認められるなら…納得できるなら。それはもう、“対”じゃない、――そうだよな?』

 途切れ途切れの映像と声が、脳裏に閃いて――消える。
 顔は見えない。けれど、声は聞き覚えのあるものに思えた。まだ幼さを残す二つの声の主は――。

「……あれ。工藤、クン?」

 瞬間、目が覚めたような心地がした。目を瞬いて前方を見遣れば、同じく夢から覚めたような顔をしたカイの姿。
(…あ。ちゃんと助けられた、のか)
 詳しい事情も方法も不明だが、手助けはきちんと出来たらしい。無事な姿のカイが目の前に在ることがその何よりもの証だ。
「よかった、――無事だったんだな」
「ああ、…うん。そっか。無事、なのか。オレ」
 小さく呟いた内容が引っかかって、改めてカイを見る。多少顔色が悪いものの、他に異常は見受けられない。
(っていうか、今――なんか残念そうじゃなかったか?)
 律曰くの『予想外の事態』で鏡に囚われ、無事に助け出されたのに、何故。
(多分、何か隠してんだろうけど…)
 そしてそれは、多分先程脳裏に過ぎった映像に関わっているのではないかと漠然と思うが、自分はカイと律にとっては一度――今日を入れて二度会っただけの人間だ。隠す、というよりは話す機会そのものもないし、義理もないだろう。
 気にはなるものの、そんな立場の自分が踏み込んでいいものかどうか――どこか心ここに在らずな様子のカイを見つつ、とりあえずどこかで休ませた方が良いかな、などと考える勇太だった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1122/工藤・勇太(くどう・ゆうた)/男性/17歳/超能力高校生】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、工藤様。ライターの遊月です。
 「D・A・N ~Second~」への参加、ありがとうございました。

 呪具の標的はカイ、ということで、主に外からの救出をメインにさせていただきました。
 とはいえ物理的干渉しかできないため、地味な感じになってしまいましたが…申し訳ありません。
 NPC設定の都合上、プレイングを反映できない部分もありましたが、ご了承くださいませ。

 ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
 それでは、本当にありがとうございました。

カテゴリー: 01工藤勇太, 遊月WR |

D・A・N ~First~

(んー…どうすっかなー…)
 工藤勇太は思案していた。
 どこにでもあるような街の裏路地。その壁に背を預けるような格好で、眼前のいかにもな不良を見遣る。
 さっきからどこかで聞いたような陳腐な悪役の台詞ばかり口にしているその不良は、ついさっき、これまたどこかで見たような陳腐な絡み方をしてきて勇太を路地裏に引き込んだ当人だったりする。
 それなりに背が高く体格も悪くない上、勇太への絡み方からしてこういうことをするのは初めてではないらしい不良と、さほど背も高くなく、ぱっと見は身体も細く決して屈強とはいえない勇太。
 恐らくこの現場を見た人間は十中八九、勇太があえなく不良に搾取されるものと思うだろうが――。
(この場を『何とか』するのは簡単なんだけどな)
 心中で呟いた通り、勇太にはこの場を切り抜ける――事によっては不良を叩きのめすことのできる――手段があった。
 俗にいう、超能力。
 サイコキネシス、テレポート、テレパシー…超能力の中でも割とメジャーなそれらを、勇太は生まれつき持っていた。
 それらの能力はメリットだけでなくデメリットも勇太に与えたが――むしろこれまでの自身の人生を振り返るにデメリットであった記憶の方が濃いわけだが――それを自由自在とまではいかずとも、ある程度思うように使用できることは、誰よりも己がよく知っている。
 けれど。
(でもこんなののせいで力持ってるのバレたりするのもなぁ)
 たかだかその辺の不良のために、能力者だとバレるような危険を冒すのもどうなんだ、と思う自分が居るのも確かで。
 というか、「めんどくせぇなー」というのが正直なところだったりもする。
 結果、ただただ不良の言い分を黙って聞いているような状態になっていた、その時。
「あっれー? なんかマズイとこに出ちゃった感じ?」
 唐突に聞こえた声に、驚いたのは勇太も不良も同時だった。
 路地の更に奥、暗がりから現れたその人物は、色素の薄い茶色の髪を掻きつつ、首を傾げていた。
「ん? んんー?」
 何やら唸ったかと思うと、まじまじと勇太を見る。その視線の強さに勇太が思わずたじろぐと同時、不良が声を上げた。
「ンだよ、お前。とっととどっか行け」
 そう言って睨みを利かせる不良に、恐らく勇太と同年代だろう見た目の少年はにかっと笑った。状況にそぐわないその笑顔に、こいつ大丈夫かと色んな意味で不安になる勇太。
「や、サスガにこの状況でそのままどっか行くってのは良心的なアレが疼くっていうか何て言うか。とりあえずさ、」
 そのままひょいっと不良との間合いを詰めて。
「『どっか行く』のはアンタの方だよ。――分かった?」
 不良と視線を合わせて、そんなことを言った。
(いや、言って聞くんなら最初からこんなことしねぇだろ…)
 よっぽど空気の読めない馬鹿だとしか思えない行動に、呆れ半分、興味半分で成り行きを見守っていると――不良がふらり、と動き出した。
 一瞬見えた表情が妙に虚ろに思えて、確認しようと反射的に踏み出す――その一瞬前に、能天気な声がそれを止めた。
「ちょーっと訊きたいことあるんだけど、いい? まあダメでも訊くけど。むしろダメとか言わせないけど」
 それはどうなんだという発言をしつつ勇太に向き直った少年は、人好きのする笑みを浮かべて言った。
「ここ、『東京』であってる?」
「……は?」
 あまりに意味不明――というかとんちんかんな『質問』に、間抜けた声が漏れた。
(ここが『東京』かって…それわざわざ他人に確認することか?)
 そう思ったのが表情に出たのか、少年は更に言葉を重ねる。
「あーいや今の質問は海より深く山より高いやむにやまれぬ事情があってのことなわけでね? 決してオレが現在地の都道府県すら分からないようなカワイソウな頭してるわけじゃなくってさ。いや確かにオレは鶏頭だって常々言われてるし自分でもそう思うしムズカシーことは律の管轄だって思ってるわけだけど――ってのはまあ置いといて」
 ぺらぺらと紡がれる言葉は内容を肯定するようにまったくもって理路整然としていない。あんまり相手を意識して話してないんだろうな、と勇太は思う。マイペースというかなんというか。
(っていうか律って誰だ?)
 この流れでいきなり出てきた人名に、つい脳内でツッコミを入れる。どうでもいいこと――勇太自身に関わることではなさそうなのは分かっているので口にはしなかったが。
 「置いといて」の部分で無駄にジェスチャーなんかをした少年は、再度勇太の目を見て、問う。
「で、ここって『東京』だよな?」
「……そうだけど」
 質問の意図は分からないままだが、ひとまず答える勇太。対する少年は、考え込むように目を伏せた。
「あれー? んじゃまさか違う『東京』に出ちゃったとか? でも感覚にひっかかるくらいのヒトは結構いるしなー…」
 何やらぶつぶつ呟いているものの、完全な独り言のようで、勇太にその内容は窺えない。
 暫く怪訝な表情で思考に没頭していた少年は、不意に「ま、いーか」と顔を上げた。
「答えてくれてありがとー。助かった!」
 にっこりと笑って礼を言う、その顔にオレンジの光が差す。
 沈みゆく夕日の光がこの路地に差し込んだ、それだけのこと。勇太は「ああもうこんな時間か」と思っただけだったが――少年の反応は違った。
「うあ、やばっ?!」
 ざっと顔色を変えて、あたふたと辺りを見回す。
(何してんだ?)
 どうしようどうしよう、と全身で叫びつつも何かを探しているようなその動きに、勇太が首を傾げた――その瞬間。
 焦りを映したその顔の輪郭が、揺らぐ。色彩が褪せて、薄れる。空気に溶ける。
 そして極限まで薄れたそれは、差し込む光が消えた――陽が完全に沈むと同時、再構築される。
 揺らいだ輪郭は、先ほどよりもやや細身の身体を形作り。
 褪せて薄れた色彩は、色を変え、鮮やかに。
 そして先ほどまで少年が立っていたそこには――…全くの別人が立っていた。
 日に当たったことがないような白い肌、先の少年よりも幾分か長い、夜闇の如き黒髪。
 呆れたように細められた対の瞳は、髪色よりなお深い漆黒。
 夜を纏ったその人物は、勇太を見て溜息を吐いた。
「まったく、あの阿呆は救いようがないな」
 発した言葉は勇太に対するものではないようだった。この場には勇太と目の前の人物以外見当たらないので、一体誰に向けての言葉なのかは謎だが。というか。
(…え? 今の、何?)
 明らかに通常起こりえないことが目の前で起こったように見えたのだが。
 勇太の見間違いでなければ、一人の人間が、全く別の人間へと変化する――そんな信じがたいことが起こった、のだが。
 動揺でパニックに陥った勇太だったが、それは一瞬だった。動揺が行動に表れるより早く、気持ちを立て直す。
(いや、でも霊とか悪魔とかいたりするわけだし、こういうこともあるのかも…? 人間に見えるけど人間じゃないとか)
 そもそも自分も『超能力』という『普通でないもの』を持っているわけだし、今目の前で起こったようなことだって起こりうるのかもしれない。
 そんな風に考えて自分を納得させた勇太に、黒髪の少年――先の勇太を助けた少年と同年代に見える――は軽く頭を下げた。
「突然のことに驚かせただろう。すまない」
「え、あ、いや……」
 どう返すべきか咄嗟に判断できず、曖昧に言葉を漏らした勇太に、彼は続けて言葉を紡ぐ。
「見られてしまったからには一応説明しておこうかと思うが――その前に」
 そう言って居住まいを正した少年に、何事かと勇太が身構えれば。
「私の名は律。そして先程君の前で阿呆な言動を晒したのがカイという。差し支えなければ、君の名前も聞かせてもらえないか」
 真面目な顔で、自己紹介をしてきた。
(…さっきの――カイってのもそうだけど、マイペースだな…)
 確かに名乗りは人間関係の基本かもしれないが、何故にこの流れで。
 しかしこれでさっきカイが口にした人名の謎が解けた。解けなくても全く問題なかったが。
「俺は工藤勇太。…えーと、呼び捨てでいい? 同年代っぽいし」
「……。…構わない。好きに呼んでくれ」
 意味深な沈黙があったものの、律は首肯した。
「それで――説明だが。私とカイは全くの別人だが、今は同じ存在であるとも言える。それ故に先程のような現象が起こった。太陽が出ている間はカイが、太陽が沈んでからは私が存在できる――そういう『存在』になっているからだ。理解するうえでは姿の変化を伴う二重人格とでも思ってもらえばいい。実際は違うが」
「へぇ……」
 わかったようなわからないような。というか実際は違うならその理解の仕方は駄目なんじゃないだろうか。
 徐々に暗くなる空に視線を遣った律は、淡々と勇太に告げる。
「…大分暗くなってきたな。君も早く帰るといい。先程のように再度誰かに絡まれることがないとも限らない――まあ、カイの手出しは余計なことだったかもしれないが」
「…っ、それ、どういう――」
「それでは。――恐らくは此度つくられただろう『縁』により、次があるかもしれないが、そうならないことを願おう」
 真意の読めない言葉と、何故か気遣うような視線だけを残して。
 その姿は、消えた。
(…何だったんだ…?)
 あんまりにも不可思議な出来事が続きすぎて、なんだか色々麻痺している気がする。
(消えた…みたいに見えたけど、テレポートとかだった、のか?)
 考えても、答えは出ない。少なくとも超常の力が働いたんだろうということだけが確実で。
 明らかに『普通』でない彼らだが、それを理由に敬遠しようとは考えない自分に勇太は気付く。己の願う『普通』から確実に外れた存在だろうと思うのに。
(なんか、こう…気になるんだよな。何でだろ)
 例えるなら、崖っぷちをふらふら歩いている人間を見ている心地というか。あと一歩でも間違えればまっさかさまに落ちるだろう場所を望んで歩いている人間を見てしまったような、そんな感覚。
(あの言い方だと、最初からああいう存在じゃなかったみたいだし…その辺のこと、聞いたら教えてくれるのかな)
 名前と顔しか知らないけれど、何故か『次』があると思えた。去り際に律もそんなことを言っていた気がするし。
 ともかくも、不可思議な二人に思いを馳せつつ、勇太は律の忠告通りに家に帰ることにしたのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1122/工藤・勇太(くどう・ゆうた)/男性/17歳/超能力高校生】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして、工藤様。ライターの遊月です。
 「D・A・N ~First~」にご参加くださりありがとうございました。

 専用NPC・カイと律、如何でしたでしょうか。
 昼メインということでしたが、説明の関係上、交わした言葉の数は似たり寄ったりに…。まあ律はコミュニケーションというより好き勝手喋っただけですが。

 ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
 リテイクその他はご遠慮なく。
 それでは、本当にありがとうございました。

カテゴリー: 01工藤勇太, 遊月WR |

其々の出発

ピロリロリ・・・ピロロ
「はい。工藤です」
昨夜買ったばかりのゲームを片手に工藤勇太(くどうゆうた)が電話にでる。
『肥前唐津に幽霊船の討伐に行ってくれ』
「ヤダ」
草間武彦からの仕事の電話のようだが、勇太は一言返事をすると電話を切ろうとする。
『待て、切るな。今回は報酬がたっぷりでるぞ?』
電話を切らせまいと草間が必死に喰らいつく。
「え?報酬多いの?」
今月新しいゲームソフトや欲しかった物を買い込んで貧窮状態だった勇太には、魅力的な言葉だった。
『・・・』
一通り草間から依頼内容を聞いた勇太は一先ず考える。
「わかった。肥前唐津ってどこ?草間さんも勿論来るんだよね?」
予想外な答えに草間は一瞬動揺したがここで依頼を受けないなど言われては堪らないので同行に合意した。
電話を切ると勇太は慌てて手に持っていたゲームをセーブし、準備をし始める。

一方その頃。
草間は強い能力を持ちながら霊とかが苦手な勇太だけでは不安に思い応援を頼む事にしていた。
「あ、はい。松本ですが」
スーツに身を包んだ松本太一(まつもとたいち)が電話にでる。
『俺だ。すまねえが、明日肥前唐津まで来てくれ』
草間は一通りの説明をする。
「明日・・・ですか。わかりました」
太一は電話を切り、有給届けの紙を取り出すと記入し急いで部長に渡す。
「急で申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げるとまた仕事へと戻っていった。

その日の夕刻。
ブーブーブー!
「草間さん、さっそく行きますよ」
人殺しかのような音を鳴り響かすブザーを押す勇太の姿が興信所にあった。
「待て。お前、どこかわかってるのか?」
地図を引っ張り出し、場所を指し示す。
「今からだと、バスを使うのが安・・・」
草間が話しているにも関わらず勇太は地図をチラッと見ると草間の腕を引っ張る。
「さ、行きますよ」
草間は嫌な予感がし、腕を放そうとするが勇太はニッと笑って見せると、草間の腕を強引に掴みテレポートを行う。
「お前、ちょっと待て」
草間の言葉を無視し、更に数回テレポートを行う。
「はい。着きましたよ」
「・・」
「草間さん?」
「・・・だ・・から・・・ゥップ・・・」
どうやら草間は、テレポートに酔った様だ。
「仕方ないですね。宿屋にでも入りましょうか」
草間の腕を肩にまわし、勇太は宿屋を探す。
その顔は、新しい玩具を貰った時の無邪気な少年の様だった。

草間が酔って潰れていたちょうどその頃、
仕事を終えた太一は、夜行バスに乗り肥前唐津へと向かっていた。
「うーん・・・」
持っていたノートパソコンを開き、何やら難しい顔をする。
目線の先には、玄界灘で起きた過去の事件が表記されたモニターが映っている。
「この付近では難破する交易船が度々いるのか」
明日依頼主の少年に依頼を再度確認しようと心の中で呟き、一先ず眠りに就く事にした。

■肥前唐津
翌朝になり、夜行バスで向かっていた太一と勇太・草間が合流する。
「おはようございます」
草間の姿を見かけて太一が駆け寄ってくる。
「おう、おはよう」
「あんたは?」
何も聞かされてなかった勇太が訝しげに太一を見る。
「初めまして。私は松本太一と言います。宜しくお願いします」
「あ・・・俺は工藤勇太。よろしく」
太一に釣られ勇太も思わず頭を下げる。
「説明がまだだったな。今回、この三人体制で挑もうと思う」
草間はケロッとした顔で勇太に言う。
少し不貞腐れている勇太の首には、安産やら交通祈願やら沢山のお守りがぶら下げられている。
やはり幽霊船が怖いようだ。
「まあいいや。頑張ろうぜ」
太一に向かって右手を差し出しお互い握手を交わす。
「あ・・・興信所のおっちゃん」
少年は草間の姿を見つけると大きく手を振る。
「少し確認したい事があって」
太一が少年に話しかけ、依頼内容の再確認などを行う。
「ねぇ草間さん。彼とっても丁寧だね」
「そうだな。おまえも見習ったらどうだ?」
「えー。俺いつでも丁寧じゃん」
少し後ろで太一の様子を見ていた勇太と草間がボソボソ話す。
「お待たせしました」
話し終わった太一が二人を見る。
「な・・・何か?」
「いや、何もない」
「丁寧だねって話してたんだ」
ニコッと笑いながら勇太が答える。
その後、三人は町人から話を伺うが参考になりそうな話はなかった。
町長から一隻の小船の使用許可を貰い一行は浜辺へと向かうのであった。

■玄界灘浜辺
「黄色の旗~♪」
鼻歌を歌いながら町長から許可を貰った船を捜す勇太。
「少し寒くなりましたね」
「そうですか?俺は大丈夫・・・うわぁ」
「おまえ、やっぱり怖いのか?」
勇太の首筋にふぅっと息をふきかけた草間が意地悪な笑みを浮かべる。
「そんなわけないじゃん!」
じゃれ合ってる二人を見つつ、太一は周辺を捜索する。
浜には流れてきた流木などが見られる。
「船ってこれじゃないですかね?」
太一が二人から少し離れ探索していたその時、急に霧が立ち込めだし辺りは不気味な雰囲気に包まれる。
玄界灘の沖には先程までいなかった一隻の船が航行しているのがぼんやりと見える。
ズドオォォン!
突然、海のほうから砲弾が飛んできたため、太一は慌てて『夜宵の魔女』を使用し防壁を展開する。
「あんた変身するんだ」
「あ、これは」
魔女の力を使用すると、魔女装束を身に纏った清楚な紫眼の女性へと姿を変えるのだ。
「面白い能力だね」
ニヤニヤしながら太一を見る。
その時空気を割るかのような音が辺りを響かせたかと思うと一層霧が濃くなる。
ヒヤッとした空気が辺りを漂ったかと思った瞬間
(ウワアァァ)
突然勇太がパニックを起こしテレパシーを暴発させる。
「え?どうしたんですか?」
(お守りなんて・・・うわあぁ)
「勇太が少しパニックになってテレパシーを乱発してるだけだ。それより気をつけろ」
突然テレパシーが飛んで来た為、焦る太一に草間が現状報告と注意を促す。
「わかりました。勇太さんの事は任せます」
草間は冷静に勇太を宥めようとするが、全く聞く耳を持っていなさそうだ。
ドドオォン
容赦なく砲弾が雨の如く降って来る中、太一は防壁を展開し続ける。
同時進行で、攻撃術式を唱えるが砲弾の数が多すぎるためいとも簡単に防壁を破られる。
ズゴオォォン
一発の砲弾が太一の頭に降ってきた瞬間、太一の視界がぐるりと回る。
「あっぶねえな」
草間に促され正気に戻った勇太が太一を抱えテレポートを行ったのだ。
「ありがとうございます」
「いや、俺の方こそ悪かった」
二人は草間と船の方を見るが、残念な答えが返って来る。
船は先程の砲撃を受け木っ端微塵となっていた。
「仕方ない」
勇太は溜息混じりに呟くと、再度船に向かってテレポートを行う。
玄界灘の沖に見えていた一隻の船が二人の目前に現れる。
見るからにボロボロでいかにも何かがでそうという雰囲気である。
「・・・邪妖精?」
船首に佇むそのモノに対して二人は連想した言葉を思わず口にしてしまう。
『邪妖精?異ナ事ヲイウモノダナ』
『我ハ船ノ守人ナリ』
「俺たちは、あんたに町人を襲うのを止める様に言いに来たんだ。話を聞いてくれないか?」
『コイツラガ船ニゴミヲ投ゲツケタ!』
背中に四枚の黒い光る羽根を付けたカレは続ける。
『ダカラコイツラニは天罰ヲ!』
「ゴミ?」
二人は呆気に取られてしまう。
『何時モ何時モ!』
守人は完全に怒りで我を忘れ、捕らえた人々に向かって一つの光弾を撃つ。
咄嗟に太一が防壁を展開させ、勇太がテレポートで人々を浜に送る。
『邪魔スルナ』
怒りに呑まれたのか守人から邪のオーラのみが感じられる。
「仕方ないですね」
太一は溜息を吐きながら防壁を展開しつつ、術式を展開させる。
蒼白い光が太一を包んだかと思うと、守人に向かって光芒を放つ。
ギギャアァ
接触発動でなかった為、威力は半減し掠ったのみだった。
「後ろからごめんね」
守人の真後ろから勇太の声が聞こえたと思った瞬間、守人はサイコキネシスによってその体を拘束される。
すかさず太一は接近し、守人の間傍で術式を展開する。
眩く暖かい光が辺りを包んだかと思うとやがてその光は太一の手に集束され光の弾丸を作り出す。
「頭を冷やしてください」
守人にそっと光の弾を浴びせると、光が彼を包み邪のオーラを消滅させる。
『・・・我ハ一体?』
正気に戻った守人に、二人は人々を誘拐していたことなどを説明する。
また守人から町人が船に貝殻や針・使い古した網などが投げ込まれた事を聞く。
つまり、これは町人達がゴミを投棄しなければこの事件は起きなかったという事だ。
「分かりました。人々には私達がきっちりお説教しておきますので」
「そうそう。今後こんな事がない様にしっかりお灸を据えとくよ」
守人は二人の言葉を聞くと一礼をし沖へ舵を取るとやがて消えていった。

浜へと戻った二人は、町人を軽く睨み付け、お説教時間が始まった。
彼此一時間近くお説教され、本人達も今回の事を深く反省しているようなので、町に送り届ける事になる。
町に着くと依頼主の少年が一人の男性目掛けて飛び込んでくる。
「すまなか。心配ば掛けてしもた」
「にーちゃん達ありがとう」
礼を言う少年の瞳には淡い水色の滴が朝日を浴び光っている。
「よかったね」
太一が少年の頭を軽く撫で、手を振り町を後にする。

「あんた、いつまで変身してるつもり?」
「わ、忘れてた」
「実は結構気ににいってるとか?ね、草間さんはどう思う」
「そうだな。意外と似合ってるしな」

三人はそんな他愛もない話をしながら帰り路に就くのでした。

+++登場人物+++
 整理番号 8504
 松本・太一 (まつもと・たいち)

 整理番号  1122
 名前 工藤・勇太 (くどう・ゆうた)

 NPC 草間 武彦

+++りね便り+++

工藤様、シナリオ参加、有難うございました
いかがでしたでしょうか?
遊びや絡みを少し入れさせて頂いております
拙い文章ですが、気に入っていただけると嬉しく思います
もし、イメージが違っていたりした場合は、遠慮なく申しつけ下さい

カテゴリー: 01工藤勇太, 戌井凛音WR |

Leading you to a strange land.

——————————————————

 特に目的があったわけじゃない。
 今思えば、不思議で仕方がない。
 どうして、あんな何もない森へ踏み入ったのか。
 思い返せば、疑問ばかりが浮かぶけれど。
 それらに対して、追求する気は起きなかった。
 どうしてかな。そうだな……例えるならば。
 運命、とでも言おうか。
 少し、大袈裟かもしれないけれど。
 間違ってはいないはず。
 そうだろう?
 
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 異界。その偏狭にある森。
 薄っすらと青白い光が灯る、そこは神秘の森。
 それ故に、魔物が自然と引き寄せられるようにして集まる場所。
 この森には、いくつかの魅力がある。
 中でも一番の魅力と言えば……聖なる果実だろう。
 森にある木々に実る、桃色の果実。
 一口食せば、極楽気分。
 極上スイーツとして、各地でもてはやされている代物だ。
 この果実目的で、危険を承知の上、森に踏み入る者もいる。
 だが、それらを数で示すとなると、とても少ない。
 ハイリスク・ハイリターン。
 それは確かなことだが、近頃は、そのような危険な賭けを実行する者は少なくなった。
 その原因というのが、現在、異界各地で発見されている謎の魔物だ。
 様々な姿形で出現する為、一概に『このような』とは説明出来かねるが。
 とにかく、現在、異界で行動する際は、警戒を怠ってはならない。
 ましてや、魔物が集まる森に、一人で踏み入ることなど。
 あってはならない……のだが。
 一人の少年が、森へ踏み入らんとしている。
 背丈、顔付きから察するに、ごく普通の少年だ。
 どうして、ここに来たのか。いや、来てしまったのか。
 第三者が口にするであろう疑問。
 少年もまた、その疑問を胸に抱いていた。
(何で……俺、こんなとこ来てんだろう)
 森の入り口にて、はて? と首を傾げた少年。
 少年の名前は、工藤・勇太(くどう・ゆうた)
 地球という星、日本という国、そして、その首都である東京という街。
 彼は、そこにある高校に通う学生だ。
 ただ一つ、普通の学生とは違う特異な能力を除けば、
 彼は、ごく普通の、どこにでもいる男子高校生。
 何故、こんなところに来てしまったんだろう。
 こんなところ、来たことないのに。
 っていうか、変だよなぁ……。
 覚えてないんだよ。
 ここまで来る、その道のりを。
 どうやって、ここまで辿り着いたのか、その過程を覚えてないんだ。
 何だろうな、これ。まるで、夢でも見てるような……。
 一応、ほっぺは抓ってみたけど。うん、痛い。夢じゃないね。
 さて……どうしたもんかなぁ。これ。
 美しくも、踏み入れば二度と戻って来れないような。
 森は、そんな雰囲気で満ちている。 
 理解できないままの勇太が躊躇うのは、当然の成り行きだ。
 うーん。何だろう。何ていうか……気持ち悪いな。
 いや、まぁ、確かに綺麗だよ。思わず見蕩れてしまいそうになるくらい。
 けれど、不気味っていうかねぇ……。
 風に揺れる木の葉の動きと音が、
 おいで、こっちにおいで、って手招きしてるように見えるんだ。
 三途の川……とかさ、そういうのに似てるような気がするんだよね、これ。
 呼ばれるがままに踏み入ってしまえば、戻って来れなくなる、っていう。
 そういうパターン……なんじゃないかなぁ。
 森の入り口にて、一人首を傾げて躊躇っている勇太。
 もう、どのくらいの時間が経過しただろう。
 ふと携帯を取り出して見やれば、時刻は二十時。
 うわぁ、もう、こんな時間? まずいなぁ。
 母さんに怒られちゃうよ。晩御飯もまだだし……お腹すいたな。
 嫌な予感がする。それは、もう十分に感じ取った。
 踏み入る気がないのなら、立ち去れば良い。
 帰って、ちょっと母親に叱られて。ごめんなさいって謝って。
 いつものように、美味しい晩御飯を食べて。
 部屋に戻って、宿題を片付けて。テレビを見て笑って。
 お風呂に入って疲れを癒したら、そのまま、ぐっすりと眠る。
 そして朝になって。起きて、学校へ行って。友達と笑いあう。
 そう。ここで引き返せば。戻れば。
 楽しくも、少し物足りないような、そんな平穏な生活に戻ることができる。
 けれど、何故だろう。どうして、俺の足は動かないんだろう。
 地に根を張ったように、動かない、動けない。
 引き返そうにも、それをさせてくれないんだ。
 探るようにして一歩踏み出せば。それは難なく。
 一歩、退こうとすれば、それは叶わず。
 先に進むしかない。選択肢は、一つしかないのか。
 参ったなぁ……。ただでさえ、ちょっと面倒な人生なのに。
 この森に踏み入ったら、尚更……面倒なことになりそうな気がするんだよなぁ。
 うん。っていうか、絶対に、そうなるよね。うん。
 予感っていうか何ていうか? 俺の、こういうのって百発百中だしね……。
 はぁ、と大きな溜息を落とした勇太。
 これから先、起こる事件に対する気持ちの表れか。
 その勇太の『予感』は、案の定、的中した。

 ゴォッ―

「んなっ!?」
 突如、背後から飛んできた炎の矢。
 無数のそれは、勇太を掠めて、真っ直ぐに森の中へと放たれた。
 バッと振り返り確認すれば……そこには、自分と同じくらいの齢であろう少年が。
 少年の指先には、赤々と燃える炎が灯り揺れていた。
 えぇと……これは、何だろう。どういうことかな。
 俺を狙って撃ったわけじゃないみたいだけど……一歩間違えば、大火傷だったよね、俺。
 頬を掻きながら勇太が苦笑していると、指先に炎を灯した少年がダッと駆け寄ってくる。
 ものすごいスピードで向かってくるものだから、咄嗟に身構え。
 少年は、そんな勇太の肩をポンと叩いて笑った。
「お前、何してんの。こんなとこで」
「え……? いや、うん。それは、こっちが聞きたいっていうか……」
「ちょっと危ねーからさ、下がってろ」
「え? 何が……」
 そう尋ねようとした瞬間、勇太の目に異形なるものが映りこむ。
 先程、少年が放った炎を身に纏い、のっしのっしと森から姿を現す……魔物。
 絵本だとか童話だとか、そういうものに出てきそうな魔物。
 小さな子供が見たら、泣いて一目散に逃げるであろう……鬼のような姿。
 剥き出しの牙、そこから垂れる紫色の唾液。
 どこから見ても、魔物でしかない、その存在。
 うっわぁ……やっぱり、そういうパターンだったかぁ。
 一人でノコノコと森の中に入ってたら、あいつに食われてたとか、そういう……。
 苦笑を浮かべる勇太。そんな勇太の前に立ち、彼を護るようにして、少年は魔物に飛び掛った。
 軽い身のこなし、こういっては何だけど、まるで猿のような。
 ちょこまかと動いては翻弄し、その合間に指先から炎を放つ。
 ただ闇雲に放っているわけではなく、急所狙いで。
 だが、今日は風が強い。魔物が抵抗して暴れ回ることに加えて、煽る暴風。
 その所為で、ビタリと急所を狙ったつもりが、僅かにズレてしまう。
「うあーー!! 風、うぜー!! まじ、うぜー!!」
 悪気はないのだが、風が邪魔しているのは確かな事実。
 苛立ち、その感情を露わにしつつ、繰り返し炎を放つ少年。
 飛び跳ね回る少年を見やりつつ、勇太は、ふと空を見上げた。
 うん……確かに、ちょっと風が強いね、今日は。
 それにしても、不思議な能力だね、それ。
 魔法……っていうのかな、そういうの。
 俺には縁のない能力だから、ちょっと見入っちゃうね……。
 って、ただボーッと見物してるってのも何か。
 困ってるみたいだし。ちょっとだけ、手助けしようか。
 この風を、落ち着かせれば良いんだよね、要するに。
 スッと右手を前方に差し出し、目を伏せた勇太。
 すると。
「お……? あれっ……?」
 辺りに吹き荒んでいた風が、ピタリと止んだではないか。
 何とも不思議な光景だ。風だけじゃなく、全ての動きが停止している。
 揺れる木の葉も、流れる雲も、果てには魔物の動きさえも。
 今がチャンス。少年はニッと笑い、魔物の眉間に炎を叩き込んだ。
 高い火柱を昇らせ、炭と化していく魔物。
 身動きの取れぬまま、鳴き声を上げることなく。
 灰になった魔物が地にサラリと落ちた瞬間、動き出す時間。
 ザァッと吹き荒ぶ風に煽られ、灰は空へと舞い上がった。

 *

「お前、すげーなー」
「はは。その台詞、そっくりそのままキミに返すよ」
 魔物の討伐を終え、勇太と少年は、大樹の下でお喋り。
 正直なところ、お腹が空いて堪らない。早く帰りたい。
 そうは思うのだが、少年に捕まってしまい、逃げることが出来ずにいた。
 キラキラと目を輝かせている少年。名前は海斗、というらしい。
 勇太が使った『能力』に興味津々のようだ。
 気味悪がるとか、そういう感じじゃないんだよな。
 普通なら、っていうか、いつもなら、一歩退くのに。
 まぁ、場所が場所だしなぁ。ここは異界だし。
 この能力も、大して珍しいものではなく映るのかもしれないね。
「操るってのとは、ちょっと違うんだよなー? それ」
「うん。少し違うね」
「そーゆーの何て言うんだっけ。えーと。エ、エス……」
「エスパー?」
「そーだ! それだっ!」
「ははっ。うん、まぁ……そんなところかな」
「見たことない服だけどさ、それ、制服か?」
「あぁ、うん。通ってる高校のね」
「へー。どっから来たんだ?」
「東京」
「ほー。何でまた、こんなとこに? 観光?」
「いや……。それが、俺にもわかんなくてさ……」
「ふ~~~~ん……」
 どこから来たのか、それは答えることができるけれど。
 どうして来たのか、それを尋ねられると困る。
 こっちが教えてもらいたいくらいだよ。ほんとに……。
 ふぅ、と溜息を吐き、勇太は海斗を見やった。
 海斗もまた、一見、どこにでもいそうな少年だ。
 十九歳らしいが……もっと子供っぽく見える。
 豊かな表情が、そう思わせるのかもしれない。
 思うが侭、ありのまま。そうやって生きている。
 海斗の表情は、自由と好奇心に満ちていた。
 こういうのを天真爛漫っていうんだろうなぁ。
 俺も、よく言われるけどさ……演じてる部分があるからなぁ、俺は。
 毎日が充実してる。そうじゃなきゃ、出来ない表情だよね、それって。
 ん~。ちょっと羨ましくもあるかも……?
 目の前で満面の笑みを浮かべ、楽しそうにあれこれ話す少年。
 少年に、少しだけ重ねた、自分の姿。
 憧れ……とまではいかないけれど、そんな雰囲気。
 自分にはないものを、自分では手を伸ばし得られないものを。
 持っていることに対する、不思議な感情。
「さて、と。そろそろ戻るよ、俺」
 立ち上がり、服についた葉を落としながら言った勇太。
 すると、少年はパーカーのポケットに手をつっこんだままピョンと跳ねるように立ち上がり、
 勇太の肩を軽く小突いて、自身の名を告げた。
「おー。あ、俺さ。海斗っつーんだ。お前は?」
「勇太」
「おっけー。これから、よろしくなっ」
「……これから、って」
「あー。うん、まぁ、ほら。また、どっかで会うかもしんねーだろ?」
「まぁ、ね」
「ん。じゃ、そーいうことで! またなー!」
「うん。また」
 両手をブンブンと振りつつ、走り去っていく少年……海斗。
 海斗の背中を暫し眺め、勇太は首を傾げて苦笑した。
 何だろうな、これ。妙に引っかかるっていうか、何ていうか。
 言うとおりかもしれないね。海斗の。
 何となくだけど、キミとは、また会うような気がする。
 それも、偶然なんかじゃなくて。必然的に。
 俺の、こういう『予感』は、能力の一種だからなぁ……。
 でも、深いところまでは把握できないんだよね。
 どうして、キミとまた会うことになるのか。
 その意味だとか、そこまでは把握できないんだ。
「……帰ろ」
 ポリポリと頬を掻き、クルリと引き返していく勇太。
 また今度。さりげない約束の果てに、彼は何を見るのか。
 ここまで、どうやって来たのか理解らないはずなのに。
 すんなりと、サクサクと帰路を行く。
 不思議だなと思いつつも、勇太は、それを受け入れていた。
 スベテが、繋がっている。
 そんな『予感』を胸に。

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた)) / ♂ / 17歳 / 超能力高校生
 NPC / 黒崎・海斗 (くろさき・かいと) / ♂ / 19歳 / ????

 シナリオ参加、ありがとうございます。
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 2008.08.30 / 櫻井くろ (Kuro Sakurai)
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カテゴリー: 01工藤勇太, 藤森イズノWR |

鬼ごっこ

◆追う者と追われる者

月光が朽ちた建物を怪しく浮き立たせている。
不気味な静寂を保つ廃墟には昼夜問わず人の気配はほとんどない。
しかし何故か――地元住民ですら近づかないこの区域に、高い靴音が響いていた。

(だから、何でこんなことになっちまったんだよ――!?)
セツカは胸中で絶叫する。

「はぁ、はあ、はっ――!」
セツカは胸中で舌打ちしながら背後を振りかぶる。
ぃいん、と形容しがたい音を発して闇が這うようにセツカへ襲い来るのが見えた。
周囲には街灯の類もなく、頼りになるのは月光ばかりだ。
幻想的な月の光が映し出したそれは、どこか蜘蛛の足を思わせた。
ぞっとしてセツカは走る速度を上げていく。
「はあっ……くそ、」
ジグザグに走り、何度も角を曲がる。
日が落ちると共に『それ』はセツカの前に姿を現した。
あんな煙なんだか影なんだか分からないもんに襲われたら逃げるのが人情というものだ。
形振り構わず走り出して、そして今に至っている。
しかも不気味なことに――周りの人間には、影が見えていないらしい。
逃げる途中、何度か他人にぶつかってしまったが聞こえるのはセツカに対する罵声だけだった。
あんなに大きな影が迫ってきているというのに誰一人気付いた様子もない。
(何だよこれ――!)
影はセツカの居場所を的確に認知し、ひたりと追ってきていた。
それは影というほかないものだった。伸縮し、膨張し、弾けては闇を滑る。
「何だよ、何なんだよ!俺が何したってんだ、くそ――!」
もう数時間だ。徐々に足がもつれていく。
視界が揺らいだ。
限界が――近い。
こんな訳の分からないものに追われる覚えはない。
セツカ・ミヤギノはごく普通に高校生ライフをエンジョイしていた。
たった数時間前までのことだ。
家に帰れば妹が待っている。
裕福ではないかもしれないが食べるのに困っているわけでもない。
なのにこの仕打ちだ。
いつから走っているのかも思い出せなかった。
警察を呼ぼうかとも思ったがそんな悠長なことをしていたら確実に影に囚われてしまう。
せめて大通りのほうに逃げるべきだった。自分の馬鹿さ加減を呪っても、もう遅い。

「やれやれ、楽しませてくれる」

「っ!?」
涼やかな声に、セツカは驚いて足を止めそうになった。
「なかなか骨があるようですね。雪極(ユキギメ)様もお喜びになるでしょう」
走る速度は緩めない。だが声は遠ざかるどころか、徐々に近づいてすらいた。
「もうお止めなさい。お疲れでしょう?」
「だ、まれ」
「私と共にいらして頂ければ、楽になりますよ」
「黙れっ!!」
「おや、こわいこわい」
激昂するセツカの前に、唐突に光が集まった。
(蛍?)
咄嗟に足を止めてしまう。淡い光はいくつも集まり、辺りを幻想的に染め上げていく。
その光はやがて人の形を作り上げ、ぱちん、と弾ける。
光の中央、青年は突然姿を現した。
月光で織り上げたような髪、青銀の瞳――およそ人間の持ち得ない色で構成されたその男は微笑する。
「ですが、そろそろ飽きてきました。鬼ごっこはこれまでとしましょう」
柔らかな声音であるにも関わらず、セツカは肌が泡立つのを感じた。
時代錯誤な衣装に、不自然に優しげな笑み――そしてその背後からは影が迫る。
逃げられない。
「っだよ……!」
青年はす、と片手を上げる。
影が今にもセツカを襲おうと蠢いていた。
「何なんだよ――あんた、何なんだよ!?俺に何の恨みがあるってんだ!」
「恨み?そんなものはありませんよ」
青年の唇が弧を描く。
「ただ大人しくして下さればそれで良いのです。なに、悪いようには致しません」
信じられるわけがなかった。
セツカはなりふり構わず、今度は真横にあった建物の隙間に飛び込んで再び走り出す。
「逃がしませんよ」
影がセツカめがけて襲い掛かった。
ツタのようなそれは目で追えぬ速度でセツカの右足へと絡まっていく。
「ぅわ――っ!!?」
疲労で判断力が鈍っていたセツカは呆気なく転倒した。
盛大に地に叩き付けられると、急に立てなくなった。
元々限界近かった体を無理に動かしていたのだ。
「ここまでですね――」
ざり、と男の靴音が響く。
もう指一本動かせそうにない。
「さて、私と一緒に来て頂きましょうか……」
月を背に男が笑う。影が伸縮するのを音で聞いた。
影は矢のように無数に空間に浮かび上がり、一つ一つがセツカに狙いを定める。
次の瞬間、それはセツカを目掛けて襲いかかった。
「――――っ!!!!」
もうダメだ。これまでの人生が走馬灯のようにセツカの脳裏を過ぎっていく。
セツカは反射的にぎゅっと目を閉じた――

瞬間、ふわっと一瞬体が浮き上がったような気がした。

「――ッ!?」
「こっちだ!」

次いで、ぐいと思い切り腕を引かれる。いつのまにか地に足がついていた。
「な、あんた……っ」
背丈はセツカと同じ程度だろうか。黒髪に学生服を着た誰かがセツカの腕を取り全力疾走している。
足がもつれながらもセツカは懸命についていこうとした。
その間にも影はどんどん迫ってきている。
相手が誰だかは分からないがあの状況から助けてくれた、らしい。
「早くしろ、追いつかれるぞ!!」
前を走る少年は鋭く声を上げると、更に走るスピードを速めた。

「――おや、とんだ邪魔が入りましたね」
すんでのところで獲物を掻っ攫われて、青年は呟いた。
とはいってもどこか余裕の残る口振りである。

「いいでしょう。楽しませてもらいましょうか」

『影』で彼らを追わせつつも、青年はどこか楽しげに笑った。

◆宴のはじまり

工藤勇太がこんな時間に、人気の無い廃墟に足を踏み入れたのは、ここが近道だからである。
学校の用事で遅くなった帰り道。
いつもならば大通りを通って迂回して帰るところを、気まぐれで近道をする気になったのだった。
不良や犯罪者が多く潜むと言われる廃墟街――地元住民でさえ、こんな時間に近づく馬鹿はまずいない。
とはいえ、それは己の身を守る術がまったくない一般人の話である。
あいにくと、勇太は『普通』ではなかった。

しばらく進んでいたところで、唐突に目の前を少年が全力で駆けていった。
勇太は知る由も無いが、それがセツカだ――彼は、明らかに『普通』ではない男に襲われていた。
どうも相手の高校生は一般人、おまけに衣服もボロボロになっていた。
あの『影』にやられたのだろうか。
怪我はないようだったが、今まさに絶体絶命、という場面に出くわしたのである。
咄嗟に神経を尖らせていた。
勇太の中に眠る超能力――サイコキネシスでセツカの体を浮かせることで、攻撃を避けさせたのである。
青年の注意がこちらに引かれた一瞬、勇太はセツカのすぐ隣までテレポートした。
一瞬で出現したことにセツカが気付く間もなく、そして、今に至る。

セツカはかなり疲労していたのか、たまに足がもつれて転びそうになる。
腕を引いてやりながらも、いくつもの『影』がセツカの足や腕を捕らえようと襲ってきていた。

……勇太の『力』は人を怯えさせる。
未知のものに恐怖を怯え、排除しようとするのは人間の性である。
個人が特定出来ないことが安全の常套手段である現代において、『力』を持っているだけで勇太は何度も拒絶と迫害を味わっている。
その為、勇太は出来るだけセツカの死角でサイコキネシスを行使しうまく『影』の攻撃を弾いていた。
「はぁ、はぁ、はっ…………!!」
「っおい……大丈夫か!」
「あ、ああ。その、助かったぜ!ありがとな」
「それはいいが、あんた何であんな厄介なのに襲われてるんだ!知り合いか!?」
能力者同士の決闘であればそれは勇太が関知すべき事柄ではない。
巻き込まれる前にさっさと退散するのが利口ではあったが、セツカはどう見ても一般人にしか見えなかった。
あの『影』をまともに食らっていたらひとたまりもないだろう。
襲撃される理由次第ではセツカを見捨てることも考えられたが、当のセツカは勢い良く首を横に振る。
「わ、分からないんだ!家に帰ろうとしたら、さっきのが急に襲ってきて!」
「じゃあ赤の他人なのか!?」
「ああ、ぉわあ!?」
言いつつ、セツカの右腕に絡み付こうとしていた『影』を咄嗟に手近な石をサイコキネシスで飛ばすことで弾く。
急に飛んできた石にセツカが叫び声を上げるが、構っていられなかった。
廃墟街は夜に沈み、入り組んでいる。
いくつもの角を曲がり、ジグザグに駆け続けるが『影』と勇太達の距離は縮まりつつあった。
「くそ……ッ」
四方から襲い来る影を、意識を集中させてサイコキネシスで弾いていく。
「なっ、何だ!?」
セツカの左足を狙っていた影にコンクリートのブロックを繰り出すと、さすがに気付いたのかセツカが叫び声を上げた。
おそらく、セツカには物が勝手に影に吸い込まれていくように見えただろう。
異様な光景には違いなかった。
「い、今、コンクリートが勝手に……!?」
「……喋ると舌噛むぞ!」
衝撃音と共に飛ばした鉄パイプが新たな『影』を襲う。
今度こそ、セツカはその決定的な異常さに気付いたのか、大きく目を見開いた。
(どうする……!?)
堂々と力を使ってしまえれば窮地を脱する方法がないわけではない。
だが、セツカに気付かれないようにという制約が掛かってしまうと勇太に出来る事は限られる。
いつまでもこんな方法が通じるとは思えない。
この様子だと、セツカも不信感を抱き始めているだろう。
どうする――勇太は再び自問した。

その時だった。

「――これはこれは。お見事ですね」
不意に、ぱちぱちと場違いな拍手が上がった。
視線を動かすとそこには先程の影使いがいる。あからさまにふざけた態度だった。
勇太は眉を寄せた。一体いつの間に目の前に現れたのか――気付けなかった。
男は平安時代を思わせるような時代錯誤な装束を纏っていた。
顔だけは笑みを作ったまま、影使いは楽しげに続ける。
「我が宴にようこそ、お客人?歓迎しますよ」
「……招待を受けた覚えはないけどな」
慎重に答えながら勇太は視線をめぐらせる。
隙がない。
単純に人を殺める術だけを比べれば青年の方が勇太よりも上手と言える。
これ以上セツカを巻き込まないためにもうまくやり過ごして逃げたいというのが本音だった。
「ですが、感心致しませんね。こちらにも宴の準備というものがありまして、飛び入りというのはお勧め出来ません」
「一般人を巻き込むなんて悪趣味なんじゃないか?こいつに何の用なんだよ」
「おや、心外ですね。私は、彼とちょっとお話がしたいだけですよ――」
勇太の言葉に男はわざとらしく肩を竦めてみせる。
「ああ、申し遅れました。私は祈月(きづき)と申します。以後お見知りおきを」
言って祈月は優雅に一礼した。隙のない所作だった。
「……。……」
相手の考えが読めない。
名乗る義理もないので、勇太は祈月を睨んだまま沈黙した。
「ああそうだ。せっかくですから、あなたも我が宴にいらっしゃいませんか」
「……頷くと思うのか。悪いが、御免だな」

「おや、残念。ひどいですよねえ。私はただ、一緒に来て頂ければそれでいいというのに」

祈月の呟きと同時、チリチリと肌が焼かれるような感覚が熱波のように二人を襲った。
(殺気……!どうする、やれるか……?)
いつでも動けるよう、見咎められない程度に軽く腰を落とす。
瞬間、マントでも広げたかのように、祈月の背後から影が噴き出した。
それは分裂して、いくつもの影の塊となって不気味に空間を漂っている。

「雪極(ユキギメ)様の御意思は絶対です。来ないというなら、力づくでもお連れします」

「邪魔をしないで頂けませんか?ここで退けば見逃しますよ、お客人」
「悪いけど……、そういうわけにはいかない」
「何故?あなたと彼は今会ったばかりの赤の他人でしょう?庇う義理があるとは思えませんが」
「それでも、だ。あんたに正義があるとは思えない」
「正義ねえ」
くつくつと可笑しそうに祈月が笑い、勇太は不快に顔を歪ませる。
だが、次の瞬間顔を上げた祈月の瞳には、違う色が宿っていた。

「――成程。よく分かりました」

すいっと祈月は目を細めた。

「邪魔者は消します」

同時にいくつもの影が矢のように鋭く尖っていく。
セツカの顔がさっと青ざめた。

「なっ……ま、待てよ!?だからあんた、誰なんだよ!何で俺を…っ」
「下がってた方がいいぞ。こっちの話を聞く気はないみたいだ」
「うっ……」
「――?どうした?」
突然、セツカが小さく呻いて蹲った。問いにセツカが小さく首を横に振る。
「……んだ?これ…、ぅぐっ」
「!っおい、来るぞ!」
勇太の叫びと共に、影は一斉に空間を疾った。

◆影疾る

矢を模した影が祈月の頭上へと集まり、影の球に変わっていく。
それは異様な光景だった。影はまるで命ある生物のように伸縮する。
やがてそれは一つの巨大な塊になった。
祈月はすっと片手を上げる。
「さて、宴の始まりです」
ぱちんと祈月が指を鳴らすと同時、塊は風船が割れるように弾け飛んだ。
弾丸のようなそれが雨のようにセツカへと降りかかる。
勇太はセツカの腕を無理矢理引っ張り上げると、駆け出した。
紙一重のところで影の矢が地を抉っていく。
その時、目の前に新たな影の矢が出現した。
「っ!」
咄嗟に襲ってきた矢を『力』で直接弾く。
キィンという甲高い音と共に霧散した矢を尻目に、勇太は再びセツカの手を引いて駆け出した。
「……、なあ、あの……今のって」
「…………」
セツカの呆然としたような呟きにずきりと胸が痛む。
今のは、さすがに誤魔化せなかった。
いかな混乱しているとはいえ、セツカもさすがに気付いてしまっただろう。

『何あれ?』
『なあ、勇太…………今のって』

ざわざわ。過去の出来事が勇太の胸を抉る。

『……こわい』

落とされた呟きを最後に、友人達は一斉に勇太から離れていった。
人とは違う力、人とは相容れない力ゆえに実験動物にされそうになったこともある。
以来勇太は意識して力をひた隠しにして、『普通』になろうとした。
手が届かないから憧れる。ただそれが、眩しく思えたから――
誰だってわざわざ傷つきたくはない。だが、だからといって、放っておけない。

「……っぶない!!」
瞬間、ぐいとセツカに腕を引かれた。
ヒュンと風を切る音と共に目の前を何かが過ぎる。
「――!?」
「おい、大丈夫かよ!?」
勇太のすぐ横の壁が奇妙に抉れている。『影』の死角からの攻撃だった。
「次、左!」
セツカの鋭い叫び声に、勇太は咄嗟にセツカの腕を引いて攻撃をやり過ごす。
(……何だ?)
違和感があった。
今――どう考えても、矢が出現する前に、彼が警告を口にしたような……
(まさか……)
そんなはずはない。咄嗟に否定するが、ジグザグと廃墟外を縦横無尽に走り回る中で、何度かセツカが叫ぶ。
その度に勇太の死角から『影』が襲おうとしていた。
こう見えて勇太は常人より気配に聡い。

勇太はセツカの腕を引き、唐突に手近な廃墟に駆け込んだ。
一瞬追撃相手を見失い、『影』がざざざっと一歩先へと這っていく。

「……なあ、訊いてもいいか」
「俺も訊きたいことがある」
勇太が言うと、セツカも頷いた。
直前まで迷ったが思い切って口を開く。
「俺には、『力』がある。人とは違う……サイコキネシスとか、そういう……いわゆる超能力ってやつだ」
「……うん」
「お前、もしかして予知能力者じゃないのか?……あの、祈月とかいう奴はその力を狙ってるんじゃないのか?」
「え?」
指摘するとセツカはきょとんとした。
「自覚ないのか?」
「い、いや……でも、あんたが何か、すげー力があるのは分かった。うん」
「さっき、『影』が出現する前に気付いただろ」
「そ、そうだったか……?何か、そういうのが見えたから」
「『視』えたから、か」
なるほどな、と勇太は思う。セツカが狙われている理由にも我点がいった。
「あのさ、それより気になってたんだけど」
「……ん?何だよ」
「あんたの名前聞いてない。俺は、ミヤギノセツカだ」
一瞬、勇太は呆けた。
――『力』のことを知って尚、名前を聞く人間を、勇太は研究所の学者以外に知らなかった。
「…………、勇太。工藤勇太」
「勇太か。よろしくな!」
ニカッと笑ってセツカは言った。
その心地よさを、勇太は長い間忘れていたような気がする。
「……」
「って、勇太!ここがバレる!」
「!!やべっ」
セツカの読みの的確さは先程実証済みだ。ここで襲撃されては逃げ道がない。
勇太とセツカはビルを出ると、再び駆け出した。

「どっちだ!?」
「左っ!」

セツカの予知に加え、勇太が攻撃をさばいていく。
堂々と力を使ってしまえば予想以上に爽快な気分を味わえた。
このまま逃げ切れるかもしれない――

だが、そこで。
ぱちぱちぱち、と場違いな拍手が闇に響いた。

「素晴らしい」

祈月が闇から溶けるように姿を現した。
ぎくりと勇太とセツカは身を竦ませる。
テレポートを使おうかと思ったが、セツカと共にテレポートするとなると、タイムラグが発生してしまう。
意識を集中させながら、勇太は祈月の隙を探った。

「お強いですねお客人。いやはや、愉快愉快」

気付いているのかいないのか、すいと影使いは目を細める。

「その強さ、是非雪極様のために。――君、我らが“斬華(ザンカ)”に加入しませんか?」

奇妙な言葉に、勇太が眉を顰めた。
「――斬華?それが……お前の所属する組織か」
「ええ。そのようなものです」
「嫌だ」
きっぱりと首を横に振ると、祈月は苦笑した。
「まことに残念……素晴らしい。実に素晴らしい」
ふとセツカへと視線をずらす。

「セツカ様――それでこそ、ミヤギノ家の正統なる後継の証」
「ミヤギノ…?何なんだ、どういう――」

祈月は応えずに笑みを深める。
「致し方ありません。邪魔が入ってしまいましたし、今宵はこれまでと致しましょう」
すっと祈月が片手を掲げて、咄嗟に勇太が臨戦態勢を取った。
「では御機嫌よう、お客人がた」
影の柱が祈月の姿を包む。
一瞬後、廃墟から祈月の姿は跡形もなく消えていた――

◆戦闘の果て

「に、逃げた……のか?」

唐突に姿を消した襲撃者に、呆然とセツカが呟いた。
「て、ていうかっ、何なんだあいつ!消えたぞ!?」
「テレポートが使えるらしいな」
とりあえず一息吐いて、勇太は静かに答えた。
向こうが退いてくれて助かったという気持ちは強い。
祈月に焦りはまったくなかった。
(これは……遊ばれたかもな)
「ま、何とかなったな。お疲れさん」
勇太が肩を鳴らしながら言うと空気がふと柔らかなものになる。
「あ……っ、そうだ!勇太、俺を助けてくれたんだよな?…助かったよ。ありがとうな」
「ああ、何とかなって良かったな。それよりもセツカ……、本当に襲われる心当たりないのか?」
「や、それが――俺にもさっぱりで」
セツカは腕を組むと首を傾げる。どうやら、本当に心当たりがないらしい。

「じゃあ、十中八九お前の『予知』だな」
「……かなあ」
「自覚、ほんとになかったのか?」
「あるわけないだろ。俺も、あんなのさっきが始めてだよ」
「ふうん……」
「それより勇太、お礼にラーメンでも奢るよ」
「お、本当か?儲けたな」
「一杯までだからな!」
「はいはい」

先立って歩き始める勇太に、セツカは不意に夜空を見上げる。

『セツカ様――それでこそ、ミヤギノ家の正統なる後継の証』

脳裏には、祈月と名乗った男が残した言葉だけが重く渦巻いていた。

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◆登場人物
1122 | 工藤・勇太 | 男性 | 17歳 | 超能力高校生

◆ライター通信

初めまして、ライターの蒼牙大樹と申します。
この度はゲームノベル【鬼ごっこ】にご参加頂きましてありがとうございました。
セツカと同じ歳ということで、友達っぽく書けて楽しかったです。
いかがでしたか?
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
まだまだ祈月が諦めていない様子ですので、どこかでセツカを見かけたら
助けてあげて下さると嬉しく思います^^

それでは、またお会い出来ることを心よりお待ちしております。

蒼牙大樹

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カテゴリー: 01工藤勇太, 大樹WR |

実録!三下さんの華麗なる受難

「うぎゃああぁぁぁぁぁぁ~~~~~ッ!!」
 少年の絶鳴が鍾乳洞中に響き渡る。
 鋭い叫声は空間を切り裂き、己が耳も破壊せんとする勢いで鳴り響いた。
「嫌だ嫌だ、い・や・だ。嫌だぁーーー!!」
 ふるふると頭を振り、後ずさる。背後の壁に張り付いた形になっても、逃げ場の無いことに少年は気が付かなかった。
 何時の間にか瞳の端に溜まった涙がポロリと落ちる。
「さぁ、少年。僕の元へおいで」
 闇の中でそれはいった。
「・・・い、い・・・」
 歯根が合わず、ガチガチと音を立てた。喉は締め上げられたように言葉を失っている。
「怯えた君も素敵だよ。お兄さんたちと遊ぼう・・・・・・勇太クン♪」
 手が伸び、勇太と呼ばれた少年の腕を掴むと、有無を言わせぬ強さで引っ張った。
「そ、そっちの世界は嫌だぁぁッ!!」
 少年の訴えは無視される。
 こんな依頼なんか受けるんじゃ無かったと後悔したがもう遅い。覆水は盆に帰らず、落ちて溶けたアイスは元には戻らないし、喰えない。
 全てが遅かった。
 薄れ逝く意識の中、忌まわしき事件の発端を勇太は思い出していた。

●住めば地獄の一丁目・ここはその名も「あやかし荘」

「ここら辺りだったはずなんだけどな・・・」
 長めになった前髪を掻き揚げながら、俺は呟いた。
 短く刈った髪は散髪する頃合いらしく、髪を触ってしまうクセがついた。そろそろ床屋かなぁと考えながら、俺はもう一つ路地を曲がる。
 もうすぐ『あやかし荘』のはずだケド・・・ホント、ここってわかりづらいなぁ。

 俺、工藤・勇太。
 親元から離れ、一人、下宿しながら都内の高校に通っている、17歳だ。
 何故、一人暮らしをしているのかといえば先天的に持っている超常的な能力のせいで、異端に対する周囲の感情は冷たかったからだ。・・・っていうとドラマチックでカッコイイかもしれないなぁ~。
本当のことを言えば、結構、お気楽なもんで、一人で暮らすのってのは利点が多い。
 夜更かし自由の上、遅刻も休みも好きなだけ出来る。後は兎に角、俺の超能力に過敏になってる親からのストレスが無くていいというとこかな?
 なぁ~んて云うと暗い奴とか言われそうで嫌なんだけど、きっと俺の立場に立ったら誰もそんなことはいえないだろうと思うよ、マジで。
 何より好意と好奇がない交ぜになった子供同士の関係ほど厄介なのは無くってさ。それらの感情はある日呆気なく排他的な行動へと変わるワケで・・・・・・。
―― あー・・・暗くなってきた。よーっし、リフレッシュ!
 まあそんな経緯から自分の超能力についてはちょっとした秘密にしてる。出会って数ヶ月の親友(十年来の・・・って感じがする奴なんだ!)の菊地澄臣にも打ち明けてない。
 バイトが出来る高校進学を目前にした時、俺の取った行動は早かった。 子供時代にテレビ出演で稼いだ貯金でアパートを借り、生活費の一部と小遣いはバイトで稼ぐことにすれば、決して無茶なことじゃなかった。一人暮らしをする決心を親に伝え、「いい」も「駄目だ」も言われる前に実行に移した。
 一番悩んだことは永久的な経済力の持続についてだった。生活を切り詰めなければあっと云う間に貯金は消えちまう。
 悩んだあげく、心配した母さんからの提案で生活費と学費だけは貰う事にした。
 やっぱり、時間給のバイトだけじゃ安定性はあっても収入が限られるもんな。 超能力の他に特別な技術も無い俺は、仕方なく自分の能力で最大限に活躍できる方法を選ぶしかなかった。
 バイトの内容は『不可思議な事件の解明』、もしくはそれに順ずる結果と調査終了後に提出するレポート等の作成。
 つまりオカルト探偵(モドキ)ってやつ?
 カッコ良いバイトというよりは、意外に面倒臭いんだ・・・これが。
 学校のレポート提出にさえ四苦八苦する挙句、評価はCマイナスの上、現国の成績も無残な有様の俺にとって、調査書の存在は苦痛以外に何ものでも無い!
 オマケに調査書を書く度、超能力からは逃れられないことを俺は痛感しちまう。そんな自分に毎度毎度苛立った。

 正月が明け、冬将軍の侵攻も本格的になってきたせいか、厚めのウールの黒いコートが手放せない。
「うぅ・・・寒ぃ~(泣)」
 羽織ったコートの襟を寄せ、寒さから逃れるように俺は身を竦めた。折角、鮮やかなブルーのセーターにジーンズ姿という一張羅も、これでは人に見せることも出来ない。
 俺は周囲を注意深く見回した。
 依頼の場所は確かここだったはずなんだけど、グルリと張り巡らされた生垣のせいで、それらしき家屋の周囲は窺えなかった。
 目的地が見つからず、俺は肩を竦める。
 リュックの中から封筒を開け、便箋と手書きの地図を取り出す。
 手を止め、俺はそれを見つめた。
「ふっふっふ・・・・・・♪」
  生成り色の紙にピンクのチェック柄の封筒はどこのファンシーショップに売っていそうなありふれたものだ。
 こんな封筒で郵送してくるとしたら女の子しかいないだろう。
 実際、差出人は【あやかし荘管理人 因幡 恵美(いなば めぐみ)】と書いてある。
 実りは多いが苦労も並々ならぬ依頼をこなすなら、ちょっとぐらい条件の良い所に行きたいと思うのも人情だった。
―― 相手も高校生らしいってゆーワケで、ウキウキしているんじゃないぞ。丁寧な筆跡と巧みな文面に好感を持ったこそだ!  
 ・・・と自分自身に言ってみる。
 興味が無いと云ったら、それは嘘だ。
「あの・・・・・・」
「ふっふっふ・・・」
「・・・・・・あのぉ~」
「ふ・・・?」
 ぽんぽんと肩を叩かれ、俺は振り返った。
 そこには女の子が立っていた。俺の身上を窺うような、怪訝そうな顔で見つめている。
―― み、見られた!!
 俺はいきなり現実に引き戻され、自分の口元に手を当てた。
 指先にはニヤケ笑いをしたまま硬直している頬の筋肉の緊張が感じられた。慌ててみても、もう遅い。
 ヤニ下がった顔は、中々、元には戻らなかった。
「どなた様でしょう?」
 怯えすら感じているような表情は強張ったままだ。
「あ・・・こ、ここはあやかし荘じゃ・・・」
「はい・・・そうですけど・・・」
「あの・・・俺、工藤勇太っていいます・・・依頼の・・・」
「え?・・・もしかして、お手伝いに来てくれた人?」
 さっきの顔と打って変わって、明るい笑顔になる。
 笑う彼女は眩しいぐらいに可愛い。 
 オレンジ色の布に茶色の肉球の絵がプリントされたエプロンを着けた姿からすると、ここに住んでいるのかもしれない。
「私、因幡 恵美・・・よろしくね♪」
 そう云うと彼女は手を出して、俺に握手を求めてきた。
「あっ・・・ど~も」
 勿論、俺はしっかりと握手をした。
―― 役得役得vv
 彼女は「こっちへどうぞ」と云うと、生垣を刳り貫いたような入り口の中へ入ってゆく。
 俺はその後ろをくっついて行った。
「ん?」
 さっきまで、こんな入り口は見当たらなかったはずだぞ。
「変だなあ・・・・・・」
 俺は合点がいかず、入り口を通る途中で立ち止まった。
 もしかして、ここは異空間に繋がっているなんてことは・・・・・・無いわけでもないかぁ。
 不思議に思った俺はホンのちょっと確認したかったんで、ひょいと見比べた。
 門とも云えないような入り口のこちらと向こうでは、明らかに何かが違った。う~ん・・・それは何が根拠だ?といわれると困る。
 だけど、違うということだけは理解できた。
 何でかって?こちら側からでは、生垣が異様に長いんだ。
「・・・・・・・・・・・・」
 あやかし荘側から見ると一辺が200メートル以上ありそうだった。首だけ傾け、反対側を見る。
「・・・・・・・・・・・・」
 では、もう一度。
「・・・・・・うむ~・・・」
 やれやれダヨ・・・と、俺は心の中で呟いた。
 半ば諦め気味に外を覗くと、生垣は20メートルあるか無いかで・・・・・・
「はぁ~~~・・・」
 マリアナ海溝よりも深い俺の溜息に気がついたのか、因幡恵美ちゃんはニッコリと笑った。
「気がつきました?」
「え・・・あ、あの・・・・・・」
「大丈夫よ。最初はみんなびっくりするの・・・あやかし荘って、何部屋あって、どんな人がいて、何人住んでるのか管理人の私にも分からなくって困るのよ~・・・」
 ここは「はぁ・・・」と云うしかないだろうなぁ・・・なんて思ってるあたり、俺って救いようが無い。
 日本語についてのキャパシティー皆無。俺の頭はショート寸前だった。
 『どんな人』が『何人』住んでるのかも、『何部屋』あるのか分からない?それって、大事な管理人の仕事なんじゃないだろうか。
 クラクラきてる頭をフル回転して言葉を捜している俺に、恵美ちゃんは玄関先で立ち止まって言った。
「そうそう・・・あのね・・・中に入ったら、ビックリすることが起きるかもしれないから、気をしっかり持っていてね」
 云うやいなや、玄関のドアを開けた。
「一体、な・・・」
 言いかけた俺の耳にそれが飛び込んできた。
「ぃぃいいや~~あああああああああ・・・・・・・・・・・・」
 男のソレと分かる、処女(おとめ)のような悲鳴に、俺の胃の中身は上へ下へと行ったり来たりした。
「うぉえっぷ・・・・・・吐きそう・・・・・・」
 気色悪さに閉口した俺はしゃがみ込み、競り上がる強烈な吐き気を必死で堪える。
 我慢して俺は顔を上げた。
 玄関から数メートル先にある扉の前で、スーツを着た男がけたたましい悲鳴を上げながら扉の向こうへと消える。
 おや?と思うと同時に、男の姿が扉の前に現れる。
 そして、また悲鳴。
「ぃぃいいや~~あああああああああ・・・・・・・・・・・・」
「な、何だぁ!?」
「あれね、消えてしまう前の三下さんの残留思念なんですって。当時の三下さんの強い恐怖がトイレの前にこびり付いちゃったらしいの・・・・・・この残留思念って、すっごく気まぐれで困っちゃうのよ。始まったら何回もリフレインするし。昨日なんか、夜中の三時半に現れたのよ・・・・・・」
 ふうっと恵美ちゃんは小さな溜息を吐いた。
―― そ・・・そりゃ、困るわな・・・・・・(汗)
「で、誰も三下のおっさんを探しには行かなかったのか?」
「うーん・・・みんな大丈夫だって言って、ちっとも動いてくれないし。嬉璃(きり)は何か知ってそうなんだけど・・・・・・」
「嬉璃?」
「それはワシじゃ」
「おう~わッ!!」
 振り返ると、そこには着物を着た幼稚園児位の女の子がいた。
 造りは可愛いほうなのに、何だか可愛げがなさそうな感じがする。
 ててっとこちらへ歩いてきた。
「・・・・・・・お?」
 ふいに俺の鼻に水っぽい香りを嗅いだ。
「何じゃ?」
 怪訝そうな目で俺をねめつける・・・可愛くねぇガキンチョだなぁ。
「何か花の香りがするような・・・・・・」
「・・・・・・」
 眉根を寄せて嬉璃と呼ばれた子供は溜息を吐いた。
「ここはな・・・今はトイレだが、昔は『薔薇の間』という部屋だったのじゃ」
「薔薇の間ぁ~??」
「そうじゃ・・・・・・奴等はまだ根に持っているのかのぉ」
 それって、住んでた奴が居たってこと?背後関係はわから無いケド、何か怪しい感じ。
 俺はゾッとするような感覚が背中を駆けて行くのをぐっと堪えた。
「思うに、薔薇の間にいた連中の仕業ではないかの・・・・・・」
「そこまでわかってるンなら、早く行ってやりゃいいじゃんか!」
「決まっておろう・・・ワシが行かないのはな」
 そう言ってニヤニヤ笑いを浮かべる。
「行きたくないからじゃ!」
 嬉璃は俺をいきなりどついた。
「うわッ!!」
 よろめいた俺は開いているトイレの扉に手をついたが、身体を支えきれなくてトイレの中に転がり込んだ。
「お?・・・おわっ、お・お・おおッ!!」
 いきなり足元がグラリと揺れ、俺の身体は傾いだ。次秒後には地面が消滅し、虚空に投げ出される。
「頑張ってくるんじゃぞー」
 と、無責任な嬉璃の声。
「ばッ・・・・・・馬鹿言ってンじゃねぇぇぇぇぇ~~~ッ!!」
 叫んでもすでに遅かった。
 落下しながら、あらん限りの言葉で罵倒する俺を、闇が飲み込んだ。

●奇妙な一日の始まりは迷路

「こ、ここは?・・・・・・ッ、痛ぅ!」
 起き上がろうとして上体を起こしかけた俺は、頭痛の酷(ひど)さに頭を抱え、蹲(うずくま)った。
 更に追い討ちをかけるように、大音響が俺の頭部を狙い撃ちする。激しいリズムが身体を打ち、時折、野太い男の声が合いの手が入った。
 辺りを見回すと、蝋燭の灯がほの明るく照らしている。
「どこだ?ここ・・・・・・」
「ぼ・く・ら・のッ!『薔薇の間』へよぉ~こそッvv」
「何!」
 振り返った俺が見たものは・・・・・・トイレの前で消えた奴。三下のおっさんだった。
 だた、違ったのは、首から下がプロテクターみたいにめっちゃ発達した筋肉に覆われてるマッチョマンだったってことだ。
 盛り上がった筋肉をより美しく見せたいんだか何なのか、奇妙なポーズを決め、顔には気色悪いほどのポジティブスマイルを浮かべている。
「ぼくらぁ?」
「そうだよ、少年」
 云うやいなや、ボンゴのリズムは次第にお馴染みの曲に変わった。
 続いて、『うふっふ~~~vv』という野太い漢たちのコーラスがはじまる。何処からとも無く三下マッチョは現れ、増殖し、鍾乳洞中に溢れ返った。
 彼等が歌うそれは、井上陽水の『夢の中へ』サイケデリック・マンボバージョンだ。
 それぞれが深紅の薔薇を手にし、しきりに『うふっふ~~~vv』と歌い上げる。熱き漢の肉体と薔薇と歌の織り成す悪夢としか言いようが無い。
「ぐげぇ!!・・・し、死ぬぅ・・・・・・」
 俺は嘔吐感に見舞われ、うめいてこの異状な光景に目を背けた。
 ・・・と、その方向におかしな物を見た。
「何で檻?」
「助けてー!」
 檻の中に誰かが囚われていた。
「さ、三下のおっさん!」
「わァん!恐いよー・・・恐いよーっ!」
 二十歳をとうに過ぎた男が、年甲斐も無く泣きじゃくっている。泣きはらした目は赤く、瞼は腫れていた。鼻水を滝のように垂らして、「出してくれ!」と喚いている。
「恐いよー、こんなの嫌いだよ~~~ッ」
『んん??・・・そんなこと言う三下(キミ)には・・・・・・』
 そう云うとマッチョ三下はビシィッとフロントバイセップスポージングを決める。
『ヘッドロック♪』
 檻番の【三下マッチョその一】はそのまま両腕を華麗な仕草で上げ、降ろすと同時に優し~く強ぉーくヘッドロックをかました。
「くーさーいぃ~~~~!」
『はははッ♪』
 キュッと締め上げる力にも愛おしさがこもっているのが、マッチョ三下の表情からもわかる。
 咽返るような薔薇の芳香と、つんと鼻を衝く汗の匂いが堪らなく酷(むご)い。
『うふっふ~~~vv』
「あわわっ・・・・・」
『うふっふ~~~vv』
「かっ、怪電波系??」
『うふっふ~~~vv怪電波、うふっふ~~~vv』
――も・・・もしかして、電波って言葉が気に入ったのかァ?
「やばい・・・ヤバ過ぎる・・・・・・」
『さあ、君も仲間になろうねぇ♪』
 そういうとマッチョ三下は俺に薔薇を差し出す。
「ゲゲッ!!」
 無意識に異常事態から逃れようと、俺の超能力は放出を始めた。
「嫌だ嫌だ、い・や・だ。嫌だぁーーー!!」
 ふるふると頭を振り、俺は後ずさった。何時の間にか瞳の端に涙が溜まり、ポロリと落ちる。
「さぁ、少年。僕の元へおいで」
 闇の中で三下マッチョはいった。
「・・・い、い・・・」
 歯根が合わず、ガチガチと音を立てた。喉は締め上げられたように言葉を失っている。
「怯えた君も素敵だよ。お兄さんたちと遊ぼう・・・・・・勇太クン♪」
 手が伸び、俺の腕を掴むと、有無を言わせぬ強さで引っ張った。
「そ、そっちの世界は嫌だぁぁッ!!」
『ここでは仲間外れはタブーなのさ♪』
「げろヤバ!!」
 暴走寸前の精神の波を感じた。
 セーブしようとすればするほど歯止めが効かない。
「仕方ない・・・念動力で!・・・・・・ん??」
 念動力で弾き飛ばそうとしたが、何故か超能力は発動しない。
「な・・・何で・・・くそ、もう一度!」
『無駄無駄無駄ァ』
「わあ!」
 一気に視界がホワイトアウトする。それはテレパシー系の能力が発動する予兆だ。
「違ぁ~う!そっちじゃなーいッ!!」
 コントロール不能になっていた精神波は念動力ではなく、最悪なことに普段はあまり使わない『精神共鳴』(サイコ・レゾナンス)を始めてしまった。
『うふっふ~~~vv電波電波♪」
「あわっ、うわわ・・・・・・」
『うふっふ~~~vv電波電波♪電波電波♪電波電波♪電波電波♪電波電波♪電波電波♪電波電波♪電波電波♪うふっふ~~~vv電波電波♪電波電波♪電波電波♪電波電波♪電波電波♪電波電波♪電波電波♪
「ぎゃあぁぁぁぁぁッ!!」
『電波電波♪電波電波♪』
「ひえぇ・・・・・」
 三下マッチョの逝ってる思考が、俺の脳裏を駆け巡る。
『あと、もうちょっとvv』
「・・・ヒ、ヒャハ・・・ヒャッハァ♪」
「あぁッ!お願い、あぼ~んしないでぇ・・・僕を助けてくれない気ですかァ(泣)」
 三下が更にわめいた。
―― 三下のおっさん・・・俺だって大変なんだよぉ・・・
「だ・・・だって・・・イヒ・・・俺だって精一杯・・・・・・ヒャハ・・・」
―― 嗚呼、誰か俺を助けて。神様・・・この際、文句は言わないから。
「しっかりしてくださいよぅ!」
「もう・・・だめ・・・・・」
「そんなァ・・・・・・」
 俺は意識を手放した。
 これから先のことは覚えていたくない。きっと恐いことだらけに違いないからだ。
 さようなら、俺の世界よ・・・
 俺は静かに目を閉じた。

●受難の申し子
「・・・・・・ねぇ、勇太。・・・勇太ってばァ!」
「うにゃぁ??」
「にゃぁ・・・じゃないよぅ・・・もう。やっと取れたお休みなのにィ!」
 目の前で美少女が口を尖らせて不服を申し立てる。
「あ・・・れ?」
 俺は辺りを見渡した。
 どうやらここは遊園地らしく、行き交う人のざわめきに、俺の意識は覚醒し始めた。
「えっと・・・」
「ボケちゃ嫌だよ~。今日は一日ずっと遊ぶ約束でしょ・・・寝ちゃダメ」
「あ・・・悪りィ」
 えーっと、同じ依頼で仲良くなった如神(ルーシェン)と親友の菊池・澄臣(きよみ)の三人でディズニ―ランドに来てたんだっけ。
「居眠りしちゃうんだもん、勇太」
「ゴメン・・・」
「おーい!」
「ん?」
 ふいに呼ばれて俺は振り返った。
「起きたか、寝ぼすけ勇太。こんな可愛いお嬢ちゃんを隠しとった上に、放っぽっとくなんて、えげつないでぇ~」
 両手に三人分のアイスクリームを持って、こっちに歩いて来るのは澄臣だった。
「お待たせ、お嬢ちゃん♪」
「お嬢ちゃんじゃないよぅ、如神だよー」
「ホンマ、可愛いなぁ・・・」
「ありがと♪澄臣も良い人だよねvv」
「そうかぁvv」
「おーおー・・・鼻の下伸ばしやがって」
「ほっとけ」
 そう云うと澄臣は如神にアイスクリームを渡した。
 俺もアイスクリームを受け取ろうと手を伸ばす
「サンキュー・・・」
 ふいに澄臣は手を引っ込めた。
「お前にはやらん」
「何でぇ!」
「彼女も俺も放って居眠りこいてる奴にゃぁ~、食べ物の有り難味はわかるまい」
「わかる。わかるからそれをよこせ、溶ける!」
「だ・か・ら、何でも有り難~く喰える、俺が喰ったるわ」
「よ~こ~せぇ~!」
「嫌やぁ~♪」
 そんな俺たちのやり取りを、ケラケラと転げまわって如神が笑う。
 その反応に気を良くした澄臣はもっとふざけ回った。
 俺は途中で疲れ果て、如神のほうはというと、笑い過ぎたせいか肩で荒い息をしていた。
 へとへとになるまで遊びまくり、閉館の十時五分前になると、俺たちはホテルの方へと移動を始めた。

「ねえ、勇太・・・」
「あぁ?」
「疲れてるの?」
「何で?」
「だって・・・さっき居眠りしてた時、うんうん唸ってたよ・・・」
「えぇ!!本当か」
―― うーわ、俺って何かヤバイ状態?
「うん。何か嫌な夢でも見たの?」
 心配そうに如神が覗き込んだ。
「えっと・・・」
 ありゃ?そういや、何か見たような見ないような・・・う~~~ん、分からん。嫌な仕事を引き受ける夢だったような気もするが。
「見た気がするんだけど・・・忘れちまったなぁ」
「ふ~~ん・・・明後日、お仕事だったよね?」
 こちらを窺うように如神が見る。
 どうやら休めと言いたいらしい。
―― 愛い奴だなぁ♪
「大丈夫だろ、きっと危険なところじゃないさ。・・・アパートだし」
「う~ん・・・何て云うアパートなの?」
「確か『あやかし荘』って・・・・・・」
 ふと、ボンゴのリズムが脳裏に閃き、俺は身震いした。
「どうしたの?」
「い・・・や・・・な、何でも無い・・・」
―― き、急に吐き気がぁ・・・
「無理しないでね」
「う・・・ん、わかった」
―― やっぱり、明後日、キャンセルしようっかな(汗)
 そう心に硬く誓うと、嫌なことは、ずぇ~~~~~んぶ!忘れることにした。

 一方、こちらのほうはというと・・・

「うわ~ん!誰か助けてぇ!」
 三下は今日も泣いていた。
「折角、助けに来てくれたと思ってたのに。勇太クン、時間の狭間に逃げないで下さいよぉ~~~ぅ(泣)」
 精神崩壊から逃れる為、緊急処置として時空の彼方へと逃避行した勇太に置いてきぼりを食らった三下は、地面に突っ伏して嘆いていた。

 時同じくして、あやかし荘のほうでは・・・

「勇太クン、堪えられなかったみたいね・・・」
 管理人・因幡恵美は深い溜息を吐いた。
 誰も行きたがらない上に、行った人間が皆、壊れて返ってくるか、逃げてしまう。これでは何時まで経っても三下は助けられない。
「もっと早く彼等の正体を云って欲しかったわ、嬉璃ちゃん」
「いったところで如何にもならなかったはずじゃ。彼奴等相手に一人では太刀打ちできんじゃろ。前の管理人が異空間なぞに押し込めたからいけないのじゃ。恨まれても文句は言えんのう・・・しかも、元・『薔薇の間』の住人共は究極の嫌がらせを考案するのが趣味じゃからの・・・」
 嬉璃はボリボリと煎餅を齧りながら、目はお昼のワイドショーを見ている。
「まぁ、その悪癖が祟って閉じ込められたんじゃし」
「はぁ・・・でも完全な方法じゃないみたいよ。こっちに出てきちゃったらどうしよう。しかも、無限増殖の無形生物ってトコが困りものなのよね。次の人を呼んでも収拾がつかなさそうだわ」
「見捨てちゃえば?」
 屈託無く笑って答えたのは、狐耳の柚葉。
「ダメよ!」
「犠牲者は少ないほうがいいって・・・」
「そう云う問題じゃ・・・」
 恵美はがっくりと肩を落とした。
「涙なーど見せない、強気な貴女を~♪」
 たおやかな手を胸に当て、黒髪の美少女が歌い始める。
「ほら歌姫も、『元気をだして』って云ってるよvv」
 はしばみ色の尾を振って、柚葉が笑う。
 ちょっと選曲が違うんじゃないかしら?と恵美は思ったが、あえて言わなかった。気持は素直に受け取り、新たな犠牲者・・・もとい、救出者を探すべく立ち上がる。
 また一つ溜息を吐いて、恵美は受話器を取った。
 混迷する三下とあやかし荘の明日はいったいどこにあるのだろうか・・・

 END

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

1122  / 工藤・勇太 /  男 / 17 / 超能力高校生

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■         ライター通信          ■
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 毎度毎度、長いお話をお読み戴き、誠にお疲れ様でございました。
 あけましておめでとうございます!朧月幻尉です。
 早いもので【熱血超能力少年、勇太クン・シリーズ】も三回目になりましたvv <<勝手にシリーズって言うなって・・・(汗)
 本当にありがとうございます。朧月は嬉しいですvv
 なんだか澄臣くんでしゃばってますねぇ・・・しかも、お約束どおりにディズニーランド行ってるし。
 混迷する異次元で歌い踊るマッチョ三下・・・
 澄臣と戦わせてみたいものです・・・ふふふ

 では次回作をお楽しみに♪

カテゴリー: 01工藤勇太, 朧月幻尉WR |

誰か・・・ 

調査組織名   :ゴーストネットOFF

執筆ライター  :朧月幻尉

——<オープニング>————————————–

 「今すっごいウワサになってんのに知らないのぉ~!」
 瀬名雫は可愛らしい手で『びしぃっ!』と、指差した。
 「不特定多数のBBSを狙っての『荒し』なのよ。って、云っても荒し なんていつでも不特定多数よね」
 危険なことをネットカフェ内であっさり言ってのける。
 背後では、少々不穏な空気が漂ったが、当の瀬名雫は気が付いていない。
「でもさあ、いくら何でも事件が起きてから、こう日にちが経ってるのにね。犯人見つからないし。段串カマシても足が付くよね」
 ケーキを突付く雫は暢気なものだ。
 「何か変なことも、そのHPで起きてるみたいだし。調べてくれるかなぁ?」
————————————————————-

●依頼

「おーい、勇太ぁ!これからディズニーランド行かへんか、ナイトパスで」
 中間テスト最終日の余裕もあってか、自称俺の【悪友】は超ご機嫌ってな感じに声をかけてきた。
「悪い、俺、臨時のバイトあンだわ」
 今日は依頼の情報集めにインターネットカフェに行かなきゃならなかった。本当はすぐにでも解決したかった依頼だけど、テスト期間中の高校生にそれも望めない。やっと最終日になってくれたお陰で俺は依頼に集中することができるわけだ。
 まあ・・・・・・テストの結果やら補習についての追及はなしということにしよう。気が重くなるだけだ。腹心地の悪い問題は触れないに限る。
「また今度な」
「付き合い悪りーわ、お前」
「今度、埋め合わせすっからさ」
「ホントかいな、大将」
「あったりめーだろーが」
「ンじゃ、後楽園+マクドや」
「げェ!マックは余計だろ」
「いやいや・・・・・・俺の誘いをフッてくれたお礼はマクドだけじゃぁ足らへんな。本来なら帝国ホテルのランチと云いたいとこやけど、それは親友のよしみちうことで無しにしたるわ」
 ひょいと袖に手を引っ込めて、よよと涙を拭く仕草をしたトンチキ野郎はクラスメイトの菊池澄臣(きよみ)だ。二ヶ月ほど前に大阪から転校してきてからというもの、何かと俺にまとわりついてくる。

 あ、俺、工藤勇太。花の高校生で17歳。
 実は世間でいうところの【超能力者】ってヤツなんだけど、何かそういうのってあんまし良い印象無いらしくって、今まで受けた誤解はゴマンと有る。まぁ、ヤッカミもあったとは思うんだけどね。結構、俺自身は傷付いてたみたいで、やるせなくなるのも悔しいから、今はあんまし人には言わないことにしてる。
 だって嫌じゃんか。楽しいはずの学生時代に「良い思い出がありませんでした」じゃぁ、何のために生きてるんだかわからなくなる。
 そんなワケで、俺は持ち前のバイタリティーとお気楽モードで毎日を過ごしてるってわけだ。
「勇太ぁ~」
「んあ?」
 俺は澄臣の声で現実に引き戻された。おぉ、我ながらなんと間抜けな声だ。
「無い頭で考え事かいな」
「ぶっ!テメェ、ふざけんな。誰の何が無いって?」
「この頭や。それ以外に一体何があるっていうんや」
 そう云うなりヘッドロックをカマしてきた。俺はヒイヒイいいながら、力の強い澄臣の腕から逃れようとした。
「俺に勝とうなんて、百年早いんや。さて、どう言う風に調理したろうか」
「馬鹿力、ゴリラ!手ぇ離せちゅーの!」
 俺が本気で怒り始めたことに気がついた澄臣は「おっとっと」なんていって、やっと俺を自由にした。
「俺よか十センチもでけえくせにじゃれるなっつーの」
「まあ、そーいうなって」
 澄臣は笑った。
「来週だったら行けるからさ」
「おっ、じゃぁ来週は後楽園とマクドやな・・・・・・」
「まだ諦めてないのか」
「冗談や」
「まったくぅ・・・・・・」
 ぶつぶつ云った俺の頭をぐしぐしとやってくれやがる。だーもー、お前よか身長低くて悪かったな。これでも標準ですよーだ!
「キヨミちゃぁん!行くよ~♪」
 隣のクラスの女子がでっけえ声で叫んだ。顔に満面の笑みを乗せている。
 ありゃ、澄臣にホの字だな。こんなグリズリーみたいにでっかくて、腹ばっか空かしてる奴のどこがいいんだか。
「んじゃな勇太。来週行こうな」
「おう!」
 のしのしと身体を揺らして澄臣が教室を出て行った。何故か急に人気が少なくなったような気がした。
 その時は澄臣がここに居ないせいだとは気が付かなかった。

 依頼に取り掛かるために俺はよく行くインターネットカフェに向かった。こじんまりとした店の壁は綺麗なクリーム色。カーテンも暖色系で統一してて、居心地が良く、時間を感じさせない。だから、つい長居をしてしまう。
 PCを買えばいいんだろうけど、貧乏な学生としては〆て十万円也という買い物はできなかった。毎月のプロバイダー料金も通信費もばかにならない。携帯電話の料金でいっぱいいっぱいだ。
あぁ、何もかもが高いよ・・・・・・日本。
「こんにちわ~・・・・・・」
「おっ、勇太くん、いらっしゃい」
 にっこり笑ってカウンターから出てきたのは、名物店員(この店の中た限ってだけど)のユーシローさんだ。手にはコーラの入ったグラスを持っている。
「そろそろ来ると思ってたよ・・・・・・コーラでいいんだよね?」
「あっ、どーも。よくわかりましたね」
「そりゃショーバイだもんさ・・・・・・ってのは、ウ・ソ。さっき、キミの学校の生徒さんが来ててね。テスト最終日って言ってたから、来るだろうなと思っただけさ」
「ふーん、大当りじゃん」
「待ちに待った解禁日だからね、学生にとっては・・・・・・今日は何か食べてくのかい?」
「うへ~っ、そんなに金無いよ。無理無理」
「奢りはいかがかね、苦学生クン」
「ははあ~っ、頂きますデス!」
「正直でよろしい・・・・・・牛肉ライスでいいね?」
「うおう!牛が食えるぜ、ウッシッシー♪」
 手を揉む仕草をしながら俺はパソコンの前に座った。IDとパスワードを打ち込んだ。ゲームやネットが好きな自分としてはBBS荒らしなんぞ言語道断だった。何がウレシクて荒らしなんぞするのか理解できない。
 荒らされたBBSから精神感能力(テレパシー)で犯人の残留思念を探れないものかと思い、今日はそれを実行することにした。俺は荒しをする犯人(ヤツ)の心情(キモチ)に興味があったからだ。
 例のBBSのURLを打ち込むと、瞬時に画面が表れた。
 BBSのトップには利用者に対するお詫びと攻撃した人間に対する忠告文が掲載されていた。
俺は神経を集中させパソコンを覗き込む。
 極彩色と鈍色の光が脳裏で瞬き、渦を巻いた。パソコンはネットで繋がなければただの物体みたいだったが、接続されている間は意識が繋がった。どっちかっていうと【集団想念】って感じなんだけど、自動的に送受信が終わってしまうと、こちらとあちらの境界線が大きくなって途端に【視】(み)えなくなる。
―― あと、もうちょい・・・・・ええい!これじゃない!!
 目の前がヘッドライトを直視したみたいにチカチカとしてきた。
―― くそッ!これじゃない、被害者の意識じゃない!・・・・・・あとちょい・・・うわ回線切れた!!
 何度も更新してみたが、中々お目当ての情報はキャッチできないことに俺は苛立ってきた。それに伴って俺を襲う思念の相手もしなきゃなんないし、えらく疲れる作業だった。
 堪えてその先を見ようとしたが、結局、管理者と利用者の怒りの感情しか感じることができない。俺の胸の中を熱いものが行ったり来たりしてるみたいな感覚で一杯になる。これが焦燥っていうんだなと思ったが、今はカッコつけたって何にもならない。
 俺は机上のマウスをガンッってな感じに叩いた。
「ぜんぜんダメじゃん!」
「何をだい、勇太クン」
 振り返ると、牛肉ライスとコーラを乗せたトレーが目の前にあった。
「あ・・・・・・」
「あ。じゃないよ。マウス叩いたりなんかして・・・・・・そんなにお腹が空いたかい?」
「え・・・あ、へへ・・・・・・そう見えた?」
 照れ隠しを装ってみる。苛ついてたり、変に集中してるみたいなのって妖しいと思われるだろうし。上手く誤魔化されてくれればいいけどなと思っていたら、あんまりユーシローさんも気にしなかったみたいで笑っていた顔はいつものまんまだった。
「ん~・・・・・・腹空き過ぎて寝てるかと思ったら、いきなり「ガンッ!」だもんなァ・・・・・・これはここに置いていいかな?」
「あ、はい。すんません」
「いやいや・・・・・・勇太クンは一人暮らしをしながらガンバッテるんだからさ」
「やぁ、そんな事ないッスよ」
「まあ、中間テストも終わったってことで、【お疲れ様】の奢りだよ」
「ありがたく頂きま~す♪」
「はい、召し上がれ」
 そういうと、トレーごと置いていった。これは食べ終わったら持って来てねのサインだ。
 俺はありがたくご相伴に預かることにした。
 刻んだ高菜漬けの塩味とガーリックの風味が鼻をくすぐる。スプーンに巻き付けてあったペーパーナプキンをもどかしげに外し、手を合掌すると、俺はライスをかけこんだ。浅葱のシャリシャリ感を楽しみながら、牛肉のこってり感に舌鼓を打つ。隠し味はたぶん醤油とごま油だろう。
 上手くいかないもんだなあ、何か良い方法は無いもンかなと考えても良い案は浮かばず、地道に調査することにした。しかし、あてもなくネットサーフィンをしても、料金はかさむばっかりで情報はまったくなかった。
 トレーをユーシローさんに渡すとお礼を云って、お釣りが無いようにお金を払って店を飛び出した。
 その時俺はかなり焦っていたんだと思う。俺には【力】があるんだって言う自負と、この依頼は上手くいかないじゃないかっていう思いの板挟みになって正しい判断が出来なくなっていた。思い余った行動だと気が付いた時には一気にテレパシー能力を完全開放した後で、ゲロヤバな自分の精神状態に舌打ちをしたのは裏通りでぶっ倒れた後だった。
「う・・・あ~・・・・・・吐きそう・・・・・・」
 少しでもBBS荒しの思念を掴もうとする根性は見上げたもんさ、勇太。ホント、なんも考えてないトコが青春してるぜ。膨大な人々の思念が流れ込んでパンク寸前になるだろうとはどうして考えられないんだよ。
 無様な格好でぐったりしている俺の耳にバタバタという音が聞こえてきた。誰かが俺を発見したみたいだ。ふいごみたいな息をしている俺はもう自分で立ち上がるのも億劫で、なすがままになっている。
 駆けて来た足音は俺の背後で止まった。
「大丈夫ですかっ!」
 慌ててるみたいけど、綺麗な声だ。澄んでて、優しくて・・・・・・
「しっかりして、君!!」
 すんげェ、イイ・・・・・・ずっと聞いていたい。
「勇太さん!勇太さんですよねッ!!」
―― え?・・・・・・名前・・・・・・
 焦点の定まらない俺の意識と目はぼんやりとその人を捕らえた。
「・・・・・・てん・・・し・・・・・・?」
 俺は翼を持たない天使を見た。
 金髪じゃなくて黒髪だけど瞳は碧色で、細い顎が優しげな雰囲気の天使だ。
 だって、純粋とか暖かさとか優しさ、暖かさ、豊かさのオーラをまとって降臨(おり)てきたような、そんな顔した男なんてきっと天使以外何者でもないはずだから・・・・・・
「何云ってらっしゃるんですか?俺は人間ですよ・・・・・・あぁ・・・・・・もっと早くに合流できれば・・・・・・」
 愁眉を寄せ、軽く頭を振ると彼は溜息を吐いた。
―― 早くに?合流?
 言葉のロジックが上手く噛み合わないでいる頭で、俺は必死になって考えた。
 え~っと、【早く】ってのはわかンないけど、【合流】ってのは仲間だってことかな?するとこの天使も依頼を受けたのか?
 へェ・・・・・・天使も【東京】じゃ依頼を取るんだなと思っていたら、俺は天使に抱えられた。
 相変わらず力の入らない俺の身体は路地の端に下ろされた。壁に背をもたれさせて、まだ思考も手放したままでいると、こちらを伺っている視線とぶつかった。
「本当に大丈夫ですか?」
 柔らかな音(こえ)だ。
「気分はどうですか?」
「だいぶいい・・・・・・」
「そうですか・・・天使だなんていうから頭でも打ったかと思いました」
「俺の名前・・・何で・・・・・・」
「ええ、俺は同じ依頼を受けた仲間ですよ。同じ時間にと思っていたんですけど、手が離せなくて。勇太さんは試験最終日にお仕事をなさるだろうと思っていましたから、それまでには帰ろうと・・・・・・勇太さんを独りにしてしまって」
「そんなの・・・・・・」
「【いつものこと】だからですか?」
「知ってるのか・・・・・・」
―― 俺の、痛み。
「はい」
 彼は笑った。
「ずっと・・・・・・そう思ってらっしゃったんでしょう?」
 その笑顔は、何だか今まで起きた嫌なことが全部溶けて消えて、新しい何かが俺を満たしていってくれるような、そんな気がした。
 別れとか、傷とか、思い過ごしとか言葉にしたくないぐらいの焼付くような気持を手放してもいいんじゃないのかなと思うような。不思議な気持だった。
 何だか目の周りが熱い。胸の奥がきゅうっと痛くなって、鼻がツンとした。瞬きをしたら、頬を雫が流れていった。
 そうか、この人は仲間なんだ。
 俺は独りじゃないって、独りじゃなくていいんだってそう云う気がしてきたら涙が出た。
「すみません・・・・・・」
 俺が泣いたせいなのか、一つも悪く無いのに彼は俺に謝った。
「勇太さんは一人でやろうとしてたのでしょう?」
「ま・・・・・・まあな・・・・・・ドジったけど」
「俺のせいです」
 先に他の依頼が入ってたらしくて、現地から駆けつけて来ようとした挙句、時間転送のセットに手間取り、送れてきたんだと教えてくれた。
「申し訳ありません」
「いいよ・・・・・・来てくれたんだし」
 これは本音だ。
 テレパシーを解放した瞬間雪崩れ込んできた意識達は、東京中の悪意や辛酸そのもので、俺を溺れさせようと俺の中で猛威を奮った。べっとりと纏わりついた感情たちは藍色のインクの様に俺を染め上げかけた。俺の持つ過去の傷のせいだろう。
 それをあんたは救ってくれたんだ。文句なんて言えないさ。
「あんたの名前聞いてない」
「俺ですか?・・・・・・俺は遼・アルガード・此乃花です」
 スラリと高い背を折って、丁寧にお辞儀をした。
「どうせ知ってるんだろうケド、俺の名前は工藤勇太」
「ええ、知ってます。改めて、はじめまして」
「よろしくな・・・・・・あ~・・・なんて呼べばいいんだ?」
「遼でいいです」
「おっと、それは無いだろう。いくら俺だって、年上のしかも助けてくれた恩人に呼びつけは出来ないよ」
 遼は意味深にクスッと笑った。
「・・・・・・勇太さんはおいくつですか?」
「え・・・17歳だけど・・・・・・」
「じゃあ、俺より1歳上ですね♪」
「何!・・・ってーと、16か?」
「はい」
 俺はあんぐりと口を開けて見つめてしまった。
 こんなに綺麗で、俺よか15センチは背が高そうで、落ち着いてて柔和な兄貴そのものって感じのこいつが?
 16歳!?
「参ったね・・・・・・こりゃ」
「はい?」
 俺は奥歯を無意識に噛み締めていた。
「俺のこと・・・・・・からかってなんか・・・・・・ないよな?」
「どうしてからかわなくっちゃいけないんですか?」
 遼は何だか分からないと云う風に小首を傾げ、俺を伺っている。
「いい・・・・・・何でも無い」
「そうですか?」
 俺は肺に溜め込んだ息を吐き出した。まったく今日は何て日だろう。
 ルックス1000%割増しの上に、性格も所作も完璧としかいいようの無い相手がパートナーなんて・・・・・・神様(もしも、居るならば)の意地悪としか思えない。
「まだ具合が悪いんじゃ・・・・・・」
 普通に話してるんだろう丁寧な言葉が更に俺を煽った。俺は腹立たしくなって立ち上がった。
「続きをやんなきゃな・・・・・・」
「俺も行きます」
「付いてくんなよッ!!」
 腹を立てた自分自身に腹を立て、俺はズンズンと歩いた。それが矛盾した感情だっていうことはわかっていた。
 なんだか全てのものに赦され愛されてるような気分にさせたこいつが仲間で、能力解放なんてやって道端に無様なカッコでぶっ倒れたのを目撃されて、介抱されて、「天使だ」なんて思って。俺の気持をわかってくれた奴・・・・・・それが自分より年が下なんて・・・・
 つまらないプライド。見栄っ張り。何処かに自負心があって、粉々に打ち砕かれたからこうして俺は八つ当たりをしてる。
 あぁ、そうだとも!これは八つ当たりだ。
 そうさ、俺は目の前に居る奴に対して僭越にも嫉妬なんかしてるさ。出来過ぎなぐらいなのに、ちっとも嫌味に見えないんだから余計に頭にくる!
「俺・・・・・・何か変なこといいましたか?」
「云ってねーよ!」
 俺は前を向いたままいった。
「でも、勇太さん怒ってる・・・・・・」
「ンだよッ!」
 ムカついて俺は振り返った。何か云ってやろうと思ったからだ。
 そこには一雨来そうな瞳があった。じっとこっちを見て、そして黙っている。俺は一瞬、言葉を失った。
「何だよ・・・・・・・」
 それでも遼は何も云わない。
 瞬くと長い睫毛が遼の涙を攫った。
「俺・・・・・・」
 遼はそういってまた黙った。形のいい唇をきゅっと噛み締めて、堪えるように俯く。
 俺は自分が情けなくなった。心配してくれた奴を、年が下だからって八つ当たりして、俺ってかっこ悪い奴だ。
「わかったよ・・・・・・付いて来いよ、お前だって依頼受てンだろ?」
「でも・・・・・・」
「来いったら!」
 俺は遼に近づくと背中をバンと叩いた。
「勇太さん?」
「来い!」
 まだビックリしているのか、おずおずと言った風にこっちを見た。それが何だか拾ってきた犬みたいなんで、俺は意外だなと思った。何でも出来そうな感じなのに、おっかなびっくり俺の様子を伺ってやがる。
 俺が腹立てたからって「機嫌を取る必要も無い」って行っちまってもいいのに、こいつはそれをしない。
 そうか。そうなんだ。こいつはそんな奴じゃないんだ。取り繕うことも、疑われたりするんじゃないかと思うことも、離れてくんじゃないかと心配することもないんだ。
 俺の痛みを理解かってくれた奴なんだから。
「なあ・・・・・・依頼やるんだろ?」
「いいんですか?」
「あったりめェだろ・・・・・・実は・・・さ」
「はい?」
「困ってるんだ、情報掴めなくってサ・・・・・・何か良い案無いか?」
「そうですね・・・・・・・手掛かりになりそうなものはありませんか?何でもいいんですが」
「ん~・・・そうだなぁ、BBSには被害者の怒りしか感じなかったからな」
「被害者だけ?加害者は?」
「え?そういや、残留思念があってもいいはずだよなァ・・・・・・待てよ、残るはずの残留思念が残らないって云うと、移動しちまったのか?」
「考えられますね」
 ちょっと考えて、遼が言った。
「は?どういう・・・・・・」
「つまり、加害者はBBSないしネット内を移動してるんですよ」
「なんだそりゃ!?」
 俺は頭を抱えた。
 ネット内を移動する加害者??どうやったら人間がネット内を移動できるって言うんだ。電波になれるとでも言うんだろうか。
 確かにテレパシーは電波に近い。それは認める。でも・・・・・・
「人間は電波にはなれないだろう?」
「いいえ」
「何!?なれるのか??」
 少し考えてから、遼はごく簡単に説明してくれた。
「電話が掛かってきた時に、「これは誰それからの電話だな」とか思ったりすることありませんか?」
「あぁ・・・・・・そういうのならあるなぁ。しょっちゅう聞く話だし・・・・・・」
「そう云うことですよ」
「は?」
「電話って繋がるんです・・・・・・霊的に。霊と話をするってそういうことなんです」
 霊関係の話に疎い俺に遼はそう説明してくれた。
 同じ念(おも)いの周波数がぴったりと合えば意見の交換が出来るようになり、離れれば聞こえなくなるんだそうだ。
 良い念は良い霊を呼び、悪しき念は悪魔を呼ぶ。
「波長同通の法則と言うんですけどね。ネットも回線を使ってますから、理論は同じです」
「そんじゃ犯人は・・・・・・霊?」
「恐らく・・・・・・・」
 俺は溜息を吐いた。
 それじゃ俺には解からなかったはずだ。俺に霊知識なんて無い。たぶん、霊に話し掛けられてもそれが霊だなんてわからないだろうし、さっきのテレパシーでキャッチ出来たとしても理解出来なかったはずだ。
 俺はやっと自分のした失敗の原因を正確に理解した。正しい知識が無かっただけなんだ。
「お前、霊媒師か・・・・・・・」
「え?違いますよ。俺は魔法使いです」
「何!?魔法と霊って関係あるのかッ!」
「ええ、ありますよ。奇跡を起こすには大いに関係がありますねェ・・・・・念いは【心の在り様の連続した方向性】です。その一瞬に考えたことがその人そのものですから」
「はぁ・・・・・」
「奇跡を起こすのが俺たち魔法使いの仕事です」
「じゃぁ、今度はBBSそのものに入り込まないとダメってことか」
「それならネットカフェに行った方がいいですね」
「そうと決まったら行くか」
「ええ・・・・・・・それで・・・ですね・・・・・・」
「ん?」
 もじもじとした様子で遼は俺を見た。あっと言う間に耳まで真っ赤になる。そして俺にこっそりと打ち明けた。
「俺・・・・・・パソコン苦手なんです・・・・・・まだ勉強中で」
「いじったこと無いなんて言うなよ」
「ちょっとなら・・・・・・つい最近東京(こっち)に来たばっかりなんです・・・・あの、魔法界に電気製品が無いものですから」
「はァ~~??」

 魔法使いの上に理想が服着て歩いてるような奴の弱点が機械音痴だなんて、この街だけのとびっきりのジョークかもしれない。

●ホーンテッドBBS
 再びネットカフェに俺たちは戻った。洗物をしながらユーシローさんは型通りの「いらっしゃいませ」を云った。洗物に集中しているらしい。
 この店はログインした時点で利用時間が計算されるシステムだから、わざわざユーシローさんが出てこなくてもいいようになっている。つまり精算時にさえユーシローさんがいればいいのだ。
「こっちだ、遼。奥に行くぞ」
「あ・・・・・・はい」
「あそこなら見えないな」
 俺たちは店の何処からも死角になっているパソコンを使うことにした。IDを打ち込んでトップ画面を出した。
「勇太さんがいてよかった」
 そういうと遼は心底情けなさそうにした。
「気にすんなよ・・・・・・んで、これから先どうすりゃいいんだ?」
「えっとですね・・・・・・ちょっと待ってください」
 遼は慣れない手つきで携帯電話を出した。
 それはパールホワイトの二つ折りになっているタイプだ。多分、京セラあたりの携帯かPHSだろう。
「携帯は使えそうだな」
「はァ・・・・・・でもまだ苦手です・・・・・・・その・・・初めて使った時、わからないので・・・・・・大きな声で喋ってしまって・・・・・・・」
 真っ赤になりながら遼が言った。
「五月蝿いって怒鳴られてしまって・・・・・・」
 それを聞いた途端、俺は堰を切ったように笑い転げてしまった。
「ひ~ひゃっひゃ・・・・・・!」
「勇太さん・・・・・・そんなに笑わなくても・・・・・・」
「ぅひゃひゃッ・・・・ひい~~っひひ・・・」
「もぉ!勇太さん!」
「わりーわりー・・・・・・・ぷくく・・・・・・」
「そういうドジばっかり踏むから機械は嫌なんですっ!」
 遼は拗ねて口を尖らせた。そうするとすげェ子供っぽくて、年相応に見える。俺は必死で笑いを堪えようとした。腹がよじれて吐ききった空気を元に戻すのが結構辛い。肩でハッハッと息をして、ようやく笑いの発作は治まった。
「・・・・・・んで、誰か呼ぶのか?」
「えぇ・・・・・・こちらの準備が出来たので、その旨を伝えないと・・・・・・」
 ピポパと遼は電話を掛けた。
「あ、もしもし俺です、遼です。・・・・・・はい、お願いします・・・・・・」
 手短に終わらせると遼は電話を切った。
「誰だ?他の仲間かぁ?」
「う~ん・・・・・・協力者というべきでしょうか」
「協力?」
「はい・・・・・・すぐわかりますよ」
「え?」
「あ、来た」
 そういうと遼は液晶画面を見た。
 いきなりウィンドウが立ち上がって画面が真っ黒になる。俺は眩暈を感じ、目を擦った瞬間、虚空に投げ出されるような感覚が全身を襲った。  臓腑を引き千切られるような感覚が俺を襲う。上げた筈の悲鳴も俺の耳に届かなかった。
 痛みが引き、目を開けるとネットカフェはそこには無かった。
 薄灰色がかった蒼い空間が広がっているだけだ。
「な・・・・・・何だ・・・・・・・こりゃ」
 手前も奥も無い。いや、横とか縦とか高さとかそんな風に表現できるような次元でもなかった。地面が無い。漠然として掴み所がないくせに、妙に生々しいねっとりした空気が何よりリアルだ。しかし、風が無かった。
 にしても、足場に相当するモノがないのに一体どうやって??
 あまり時間が経っていないように感じていたのだが、それも気のせいだったのだろうか。飛ばされたにしても変だなと考えていたところに、遼のの声が聞こえてた。
 振り返ると、遼がボンヤリとした視線をこちらに向けていた。
「おはようございますぅ~~・・・・・・vv」
 ぺこりと美身を折って、三つ指付いて遼は挨拶した。
「あー・・・おはよー・・・・・・ん?」
「はいぃ?」
「ば・・・馬鹿かお前はッ!『おはようvv』だなんていってる場合か!」
 垂れた遼の頭を俺はスパコーンってな感じにぶっ叩いた。
「あう~~・・・・・・そうでした。勇太さん大丈夫ですかぁ?」
 まだボケてやがる。
「お前は?」
「大丈夫です・・・・・・・けど・・・やっぱり何回やってもこの感じには慣れないですぅ」
「げェ!これ前にもやってるのかよ!」
「はいー・・・・・・気持悪くって嫌です、ホント」
 顔をしかめて、遼は頭を振った。
「さっきの電話ってこれを頼む為だったのか?」
「そうです。知り合いに【コネクター】という能力を持った人間がいるんですけどぉ、彼に頼みました~・・・」
 まだボケた声で遼は言った。
 遼曰く、【コネクター】とは精神とデジタル社会を繋げる能力で、今回の協力者は単に人の精神をネットに移動させるのではなく、能力も一緒にデジタル化する特殊な人材らしい。
「どこに行きゃいいんだ?」
「さぁ・・・・・・例のBBSにでも行ってみましょうか」
「いい加減だなぁ・・・・・・まあ、BBSフォルダー内のDATAでも見りゃいいか」

 暫くあるくとブラウザ状のゲートがあり、いくつかを抜けたころ、例のBBSに着いた。
 そのBBSは赤々と燃え滾るような赤銅色のオーラを放っていた。
 それを見て遼が顔をしかめた。
「どうした、遼?」
「すっごく気持悪いです・・・・・・」
「何?」
「怒りの感情が・・・・・・」
 BBSの前に入りたがらない遼を置いたまま、俺は中に入った。DATAの欠片を見ながら【透視】を行なう。物質化に近い状態だったんで、割合簡単に情報は集まった。近物質化していなかった為に俺の能力が発揮出来なかった事が改めて理解かった。
 かつて、このBBSでは学校で流行ったある人物に対する執拗な虐めが取り沙汰された。しかもそれは【虐めを加えている】人物たちのもので、BBS事件の【被害者】は【加害者】である事が分かった。
 俺たちは全貌を知って、暫く黙ってしまった。
 ありとあらゆる虐めの破片がBBSの中に残留思念として残っていた。真の【被害者】は身も心も叩きのめされ、屈辱と恥辱にまみれた学校生活を余儀なくされただろうことは想像に難くない。
 それ程の壮絶な思念だった。
 ふいに起こった吐き気を噛み堪え、遼を見た。いつもなら穏やかな遼の瞳には冷徹な色さえ伺えた。
「行きましょう・・・・・・」
 凍えるような声で遼は言った。
「行くって・・・・・・何処にだよ」
「本当の【被害者】の元にです!」
 遼は明らかに怒っていた。多分この様子だとこのBBSに救いの手は差し延べる気は無いらしい。俺だってそうだ。こんな卑怯な奴等に何をしてやれるというのだろう。
「どうやって【被害者】の元に行く気だ?」
「さっきDATAの欠片をサイコメトリングしましたので、場所の特定は出来ると思います」
「一体、どうやるつもりだよ」
「勇太さん、手を・・・・・・・」
「手?・・・・・・繋げばいいのか?」
「はい・・・・・・」
 遼と手を繋いだ瞬間、脳が沸騰するような感覚に襲われた。0と1の羅列が脳裏を駆け巡って行く。俺はその時何をすべきなのか悟った。正確な情報を使って【テレパシー】をすればいいのだ。
 俺は集中し、そこから必要な情報だけを剥ぎ取り、ネットそのものとシンクロする準備を始めた。
「・・・・・・・う・・・・・・ぐ・・・・・・ッ!」
「勇太さん、無茶しないで下さい!シンクロなんてダメです!!」
「俺が・・・・・・やんなきゃ・・・・・・」
「ダメですって!」
 怒りの奔流が俺の全身を雷光のように貫いた。精神力で悲鳴を押し込める。複雑に絡み合う黒い情報の渦が見えた。
―― この感じ・・・・・・まさかッ!!
「勇太さん!もう止めてください!!」
「わ・・・・・・わかった・・・・・・『2,1Chねる』だ・・・・・・」
「え?」
「巨大BBSサイトだよ・・・・・・そこで【被害者】は暴れてる・・・行くぞ!」
「勇太さんに負担が!」
「だからどうしたって云うんだよッ!!裏切られて、まだ泣いてる奴を見捨てんのかよ・・・・・・俺・・・」
「勇太さん・・・・・・・」
「俺は嫌だからなっ!!」
 遼は俺の手を握り、俺は遼の手を握り返した。二人で顔を見合わせ、ゲートを越えた。

●ともだち
自分自身が旋風になって駆け抜けるような感覚が終わったと思ったら、実に禍禍しい光景が俺たちの理性を犯そうと待ち構えていた。
 今度は殆ど墨色をした空間に転送されてしまった。
 液体状の闇を塗り込めた空間。
 所々、蛍光色の光が奇妙なダンスを踊る。更に濃い色が蛍光色を飲み込み、飲み込まれ、うねうねと斑を作る。飲み込まれた闇を透かして、蛍光色がボウと光り、膨張と収縮を繰り返した。
 嫌なものを見たと俺は思った。まるで、それは生きたままの光る直腸の内壁ようだ。蛍光ナマコの腹の中と称すべきか。
 どちらにしろ気持ちのいいものではない。
 たぶん、ここは【2,1Chねる】の内部だろう。
「遼・・・・・・居たぞ、あいつだ」
「え?」
 ねとりとした液を吐きながら、『それ』はのたくっていた。巨体を震わせるたびに、ブルンと膿色の液が飛び散る。
「ぐっ!・・・・・・何だこれは・・・・・」
「グウゥゥゥゥゥァァァァ!!」
 ガボッと音を立てて、そいつは液を吐き出す。かろうじて勇太は身体を捻って避けた。
「恨ンデヤル!!皆ァ!・・・・・・・ゥヲ前モアイツノ仲間カァ!」
「仲間だと?」
「虐ラレル者ノ気持チ思イ知レ!憎イィィィィィィィィ!!」
「俺はそんなことしない!!」
「グウウ・・・・・・何モシテナカッタノニ!!アルコト無イ事、アイツラハBBSニ書イタ!親ハ信ジテクレナカッタ・・・・・・」
「そうだ!お前は何もしてないよ!!」
 本当に何があったかなんて俺は知らない。だけどこんなに苦しんでるならこいつの言ってる事は嘘じゃないはずだ。
 俺の言葉にそいつは大人しくなり始めた。
「あなたは一体どうしてここに・・・・・・」
 遼はそいつに近づきながらいった。
 ブルリと身を捩ってそいつは俺たちに顔を見せた。かさぶたと粘膜で覆われたそれは、やっと顔だと理解できる代物だった。
 憎しみがそいつの顔をそんな風に変えてしまったみたいだった。
「ビルから飛ビ降リテモ、何モ変ワラナカッタ。憎クテ哀シクテ、BBSサエ無カッタラト思ッテ・・・・・・ココヘ入リ込ンダ。オ願イ、タ・・・・・・助ケ・・・・・テ・・・ココカラ出レナイ」
 ポロリと雫が落ちた。
 それは涙だった。
 また、ぽろぽろと落ち、跳ねる。
 暴れていたのは自分の悪口を書いた人間に復讐しようとネット世界に入り込んだ自殺者の魂だった。そいつはいつしか自我のコンロールを無くし、暴走をはじめたのだ。
「あなたは帰りたいのですか?」
 呟くように遼は云った。
「帰リタイ・・・・・・ココハ、辛イ。外ノ世界ヨリモ辛イ・・・・・・」
「わかった・・・・・・ここから出せるか、遼・・・・・・」
「えぇ・・・・・・ですが」
「何だ」
「成仏させるしか無いんです」
 遼は黙った。
 俺も黙った。
 【被害者】の低く哀しい遠吼が静寂を打った。
「上手くいけば・・・・・・」
 先に口を開いたのは遼だ。俺は次の言葉を待った。
「天上(うえ)に上がれるかもしれません」
「失敗したら?」
「地獄行きです・・・・・・」
「何でだよ」
「すでに罪を犯してるからです」
「こいつは【被害者】だろッ!」
 遼の言葉にやり切れなさを感じて俺は叫んだ。
「何があっても自殺してはいけないんです!」
「逃げだったのは俺も認めるよ・・・・・・だけど」
「命は自分のものじゃないんです!自分の人生だと思って、自分を自分で殺したりしてはいけないんです!」
「自分のものじゃない?」
「そうです・・・・・・【与えられた】ものなんです。自殺者は死んだ後、死んだと分からずに緩慢な【偽の自殺】を繰り返すのが殆どです。そうでなかっとしても、家族が自殺者を出したことで苦しみながら生きるのを本来の寿命が来るまで見せられるんです」
「それが罰なのか?」
「はい・・・・・・命の本当の意味を教えられるんです」
「命の本当の・・・・・・意味・・・?」
 この世から離れことができずに本当の意味を知ることなんて出来るんだろうか。苦しみしか感じないんじゃないんだろうか。
 疑問がぐるぐると俺の頭を巡った。
 遼はふと優しい顔で笑う。
「【命】を英語でいうと、どう書きますか?」
「【LIFE】・・・・・・だろ?」
「LIFEの他の意味は?」
「・・・・・・人生だろ・・・・・」
「それが命の別名です」
 遼は穏やかに言った。
 俺は遼の云いたかったことが何なのか分かった。

 人生・・・・・・【命の別名】

 それそのものが命なんだ。だから、自分の命を自分で絶ってはいけなかったんだ。
 やれるだけこいつにやってやりたい。たとえ天に届かなくても。
 俺は遼を見た。遼も同じ気持みたいだった。でも俺にはやり方が分からない。でもいい・・・・・・何も出来なきゃ祈るだけだ。
 遼は小さな杖を取り出した。何か唱えると杖は金色の光を帯び、形を変えた。遼の手の中でそれは物語の賢者が持つような杖に変わった。二本の蔓と女神の刻印の杖だった。
「遼・・・・・・俺に何か出来ること無いか・・・・・・っても、霊関係は苦手なんだけどな」
「ありますよ」
 ニッコリ遼は笑って云った。
「祈ってください」
「あ、やっぱり?・・・はぁ・・・そんだけかぁ・・・・・・」
「勇太さん、それが本当は一番大事なんですよ・・・・・・」
「大事?」
「人は大事なものをすぐ忘れてしまうんです。何も無くなった時こそ、上手くいかない時だからこそ、本当は祈らなきゃいけないんです」
「お前って変な魔法使い」
「自分でもそう思います。師匠もそういう人でした・・・・・・では、始めましょう」
「おう!」
 俺の掛け声に遼がまた笑った。

 俺はその時の遼の笑顔を絶対忘れないと思う。だって、泣けて泣けてしかたがないから・・・・・・

 遼は杖を前に突き出すと詠唱(うた)い始めた。
 俺は自分の持つ力の全てを祈りとしてぶつけた。それしかわからなかったから、それしか出来ないから、だから精一杯やりたかった。

 It will be audible if the heart is cleared.
 Sound of the wave which crosses the stellar sea.

 届け、俺の念(おも)い

 The Lord voice sounds in the universe and the ground is dyed gold.
 Many should grieve and exceed.
 I become strong.
 If an eternal wish is prayed, it will be noticed that something  is love.

 今、これしか出来ないから・・・・・・

 Oh, up to where.
 Oh, up to when.
 Oh, dazzling memory.
 All are the sake of this day.

 これしか出来ないなら

 Oh, open your eye.
 Oh, a solar time.
 All are the sake of this day.

 それだけを精一杯やるから。俺の願いを叶えて・・・・・・

 金色の光が天上が降注いだ。
 ゆっくりと有翼の青年たちが降りてきた。
 天使。
 俺は本物の天使を見た。皆、優しい顔をしてた。
 俺が遼と初めて会った時に感じた、あの思いと同じ気持。ひどく懐かしいような、暖かい気持だった。
 満たされて、赦されて、無限に愛されていると実感できる光。
 俺は泣いていた。頬に雫が伝ったけど、気になんかならない。
 ふわりと俺は遼に抱きしめられた。天使が暖かい笑みを俺に向け、俺の元へ舞い降りる。天使は俺たちを抱きしめてくれた。
 光の奔流が俺を駆けて行った。
 俺はそっと目を閉じた。大きな手の中で暖めてもらっているような気がした。目を閉じたままこのままずっとこうしていたいと思った。
 ふと耳元で俺に天使が囁く。
『随分と傷付いてきたみたいですね』
「まぁ・・・ね・・・・・」
 俺は片目を開けた。胸の中に込み上げる暖かさに浸ったまんま、そう答えた。
『貴方は自分と戦い、常に「明るさを持ちつづける」という【勝利】を得てきました。そして今回も貴方は勝利を得ました。最後まで【信じ】【念い続ける】という勝利です。主は貴方の念いを聞き、特別にあの自殺者の霊を天上へと上げて下さいました』
「じゃあ、あいつは・・・・・・」
『はい。もう大丈夫です・・・・・・しかし、過去は元には戻りません。天上界では一番下の階層で反省に励むことになります。しかし、地獄で反省するよりはずっと良いと私たちは思っています』
「地獄で反省??・・・・・・プッ」
 俺は何か可笑しくって笑ってしまった。
 天使は茶目っ気たっぷりに片目を瞑って見せた。
『本来、地獄とは反省の為にしか存在しません。ですが、人々はそれを知らないものですから、自分のしてきた事に気が付かないまま、地獄で「苦しい」というんですよ』
「へぇ・・・・・・」
『多分、貴方にはこれからも関係の無いことでしょうけどね。さぁ、貴方には安らぎと幸福を。そして思いっきり生きてください。そして、また遭いましょう・・・・・・勇太さん、貴方は私たちの・・・・・・」
 緩やかに下ってゆく意識に最後の言葉は聞こえなかった。

 気が付いた時、俺はパソコンに突っ伏して寝ていた。ユーシローさんに揺り起こされたのだ。
「勇太くん、勇太くん!!」
「ん・・・・・・・にゃぁ?」
「にゃあ、じゃないですよ。終電無くなっちゃいますよ!」
「え・・・うっわ、こんな時間!!・・・・・・わぁ!ログアウトしてない!!」
「随分前にやっときましたよ」
「おッ、サンキュ♪」
「まったく・・・・・・」
 笑って云うとユーシローさんは肩をすくめてみせた。そして予め計算してあったらしく、伝票を渡してくれた。
 俺は料金を払うと立ち上がった。カッコつけに潰した学生鞄を片手に俺は店を出ようとドアを開けた。
「勇太くん、レシート」
「え?」
 ふいに渡され、つい受け取ってしまったレシートをポケットにしまった。
 外は冷え込み、寒さが身にしみた。でも、俺はどこかほこほことして幸せな気分で一杯だった。
 俺は手袋を出そうとダッフルコートのポケットに手を突っ込んだ。
 カサリと音がした。俺は何気なくそれに触り、ポケットから出す。
 さっき渡されたレシートだ。
「ん?」
 何かを書き記したような筆跡が透けて見える。裏に何か書いてあるらしい。俺はそれをひっくり返してみた。
それは小さく丁寧な字でこう書いてあった。

『DEAR 勇太さん
 お仕事お疲れ様でした。急な依頼が入ってしまい、挨拶も出来ずに去らなければならないことが申し訳無く、心苦しく思っています。
 遅刻してしまったこと、それが言い訳にしかならないのはわかっています。それと、ネットカフェの料金も掛かってしまったこともありますし、俺の分の依頼料を受け取ってください。先方にはもう連絡しておきました。』

「ったく・・・・・・余計なことしやがって」
 俺は独りごちた。
 そう云ってみたものの、実際掛かったネットカフェの料金は俺の経済を圧迫している。だけど、有り難く頂戴するのにも気が引ける。
 そんなことを俺が考えながら続きを読んだ。

『・・・・・・ですが、勇太さんのことですから、そのまま受け取っては下さらないと思いました。
 もし宜しければ、今度の日曜日に買い物に付き合って欲しいんです。俺は引っ越してきたばかりで東京の街を良く知らないのです。ですから今回の依頼料は差し上げる代わりというのも変なんですが、お願いします。
 俺は地下鉄とかが苦手なんです。(ほうきに乗るったほうが早いんですけど、そういうわけにはいかないので・・・・・・)
急に居なくなってしまったことへのお詫びをその時にしたいと思います。
連絡を頂けたら幸いです。
 俺の携帯番号は 090-1403-××○○です。
 では、日曜日に会えることを願って・・・・・・
 遼・アルガード・テオフィルス・此乃花』

 俺とBBSに縛り付けられた霊の為に天使を呼んだ、天使みたいな魔法使い。とことん最後まで可笑しな奴だ。
 何だか笑えて仕方が無い。
 あの霊が確実にマシな場所に導かれたことを俺は信じれたし、確信みたいのものすら感じる。
 本当の意味で解決したんだと俺は思う。
― 俺とアイツで解決したんだ!
嬉しくて俺は叫んでしまいたいような気持になった。

 雲ひとつ無い夜空の下を俺は駅に向かって歩く。寒さの為ではなく、抱えた暖かい『何か』が零れ落ちないように俺はコートの襟を合わせた。
 あわただしく駅へ向かう会社員の群れ。
 しどけなく同僚に寄りかかるOL。
 誰もが駅へ・・・・・・
 家へ・・・向かう。
 玻璃色の音を立てて砕けそうなニ日月が、蒼暗い宇宙に浮かんでいる。
 月は見ることは出来るけど、遠く離れた場所なら見る(会う)ことさえ出来ない。日曜日なんて尚更だ。一瞬先なんて不確かで、今しか俺の手に無い。
「今度は遅刻すんなよ・・・・・・」
 俺は呟いた。
 遼の面影に良く似た月が天空で微笑った。
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

1122  / 工藤・勇太 /  男 / 17 / 超能力高校生

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■         ライター通信          ■
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 こんにちわ、朧月幻尉です!
 今回はハッピーな終わり方で、書いた本人がほっとしているという変な状況で御座います。
 私信を有り難う御座いました。
 メール頂いて、『私はやったんだ!』叫んでしまいました。
 勇太くん、ブラボー!ハレルヤ!私は幸せモノです。
 日に3~4回は鴨居に頭をぶつけるほど天然ボケな遼くんとの冒険を今回は届けさせて頂きます♪
『がんばりやさんで、明るくて、人の為に生きれる優しい勇太くん。君は最も幸福な子だよ。君の人生に幸あれ!
 From 朧月幻尉 』

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