斡旋屋―取り立て―

『異質』を『世間』は受け入れはしない。
 表面上は、驚き、喜び、受け入れるフリをしながら決して、異質は同質には成り得ないのだ。

(「この子も、普通じゃなかった……って事か」)

 頬を掻きながら、工藤・勇太(1122)は参ったなぁ、と心の中で呟いた。
『異質』は『異質』の臭いを嗅ぎつけるのか……。
 斡旋屋(NPC5451)の横に立つ人形は、紙袋を抱えたまま無表情で立っていた。
 勇太は、転がった林檎を拾い、人形に差し出す。
 ゆっくりと動き、その林檎を受け取る人形――時折、人形の中を通って行く人を見ると、まるで全ては幻の様な気がしてくる。
「……魔術、ね。俺の能力と相性悪いんだよね……。おまけに俺バカだし、交渉とか苦手……」
「問題ありません」
 ……何が問題ないのか。
 この確信が何処から出てくるのかは不明だが、どうやら目の前の斡旋屋と名乗る少女は自信があるらしい。
 きっと、自分には判らない理由があるのだろう――と勇太は思う。
 困っているのなら、放っておけない……このままにして、斡旋屋が魔法使いにでも殺されれば、自分は後悔するだろう。
「まぁ、あんたのボディガードだったらなんとか出来るかな……」
「ありがとうございます。1人では、不安だったものですから」
 どうやら、斡旋屋はその返事を聞いて少しばかり安心したようだった。
 ペコリと頭を下げられて、そんなのいいから! と勇太は慌ててしまう。

「お礼は終わってからで、ほら――行かなくていいのか?」
「そうですね。秋の日はつるべ落とし、と言いますから」
「つる……?」

 思わず首を傾げた勇太に、行きましょうか、と斡旋屋は歩きだす。
 その後ろを付かず離れず、歩く勇太と人形。
 魔術師の所に行くのだから、魔法陣だとか怪しげな呪文だとかを唱えるものだと思っていた勇太だったが。

「――此処?」
 目の前に広がるのは、白い壁をもつ洋館だった。
 庭は様々な色の植物に覆われ、東京と言う土地にありながらまるで、森を思わせる。
「ええ。彼は『異質』とは言え、社会の一員でもありますから」
 チャイムを鳴らすと、音楽の授業で聞いた様な音色が鳴り響いた。
 何だか聞いたことがあるなぁ――などと思いながら、音も無く開かれたドアに勇太は足を止める。
 自動ドアのような、稼働音はしなかった。
「此処、何時でもこんな……なのか?」
「ええ。電気を止められたらしいので、魔力で開けているようです」
 千の魔法を使う魔術師ですから、と平然と返って来る言葉に勇太は思わずぽかん、と口を開けた。
「――いや、他人の家に色々言うのはあれだけど」
 どれなんだ、と自分でツッコミを入れる。
『頭は固く狡猾で魔術師の力量も高い』魔術師が、電気を止められている、とは。
「……魔術かぁ、便利だなぁ」

 最早、そう呟くしかなかったのだ。

 白骨の使い魔に通され、勇太達は洋館の一室に通されていた。
 秋と言ってもまだまだ暑い中、白骨の持ってきたお茶をズズーと啜る。
 庭は鬱蒼としていたが、元来几帳面な性質らしい住人の部屋は、ぎっしりと魔術書が詰まっている。
 魔術的な意味を持つ文字なのか、勇太には理解出来ないものばかりだ。

「……何だ、小娘。斡旋料なら払わんぞ」
 年月を顔に刻んだ、老いた魔術師は傲慢な仕草で鼻を鳴らした。
 此方の目的を知っているらしい――斡旋屋はどうでるのか、と視線を移せば、正座したまま表情を変えない。
「契約書にサインもあります。第一、内容問わずと言ったのはそちらでしょう」
「後払いにしたのが、失敗だとは思わないのかね」
「後払いは、貴方の希望でしょう。仮にも魔術師、契約書の重みを知らない事はありませんよね?」
「ふん。そもそも小娘が、斡旋屋をするなどと無理な話。身の程を知るんだな」

「はぁ!? 何言ってんだ?」

 思わず呟いた勇太に、視線が集まる。
「何だ、この小僧は。身の程知らずな……」
「事情は知らないけど、そんな頭ごなしに否定しなくていいだろ!?」
「事情を知らずに口出しするのは、おこがましいと思わんのかね」
「話は聞いてるよ。払うって言ったものを、払ってないってな」
「依頼は失敗だった。そもそも、私向きじゃない依頼を斡旋した方が悪い」
 勇太が説明を求め、斡旋屋へと視線を移す。
「尤も報酬の高い依頼を紹介するように、と言われたので肉体労働の依頼を斡旋しました。契約書にサインもあります」
「知らん知らん、とっとと帰れ!」

 バチバチバチ――

 突如、空中が爆ぜる……癇癪を起こした魔術師から放たれる、魔力の奔流。
 斡旋屋を背に庇い、サイコシールドを張った勇太は、直ぐにサイコジャミングを相手にかける。
 脳の中に干渉し、呪文の詠唱を阻害する。
「要するに――魔術を発動させなきゃいいんだろ!」
「……小僧!」
 魔術師が古い本を手にする、いけません、と斡旋屋が小さく呟いた。
「既に魔法を込めたものならね、例え……」
「――説明、ご苦労さん」
 サイコクリアソードを放ち、古い本を穿つ……だが其れより速く駆け抜けたのは、白骨の使い魔。
「……ッ!」
 振り下ろされた瘴気の刃を腕で受け、あくまで斡旋屋を守るボディガードとなる。
 伏せた状態の斡旋屋に怪我はなさそうだ、とは言え勇太の肩には侵食されるような痛みがあった。
 サイコシャベリンで白骨を破壊し、魔術師へ向かって攻勢に出る。
 ワラワラと出てくる、白骨兵達をグラビティボールで押しつぶす。
 サイコジャミングで詠唱を阻害させるが、既に魔力の込められたマジックアイテムには効果がない。
 だが、後ろに隠れている斡旋屋に危害を加えさせる訳にはいかないのだ。

「……くっ!」
「大丈夫ですか?」

 魔術と思念の力がぶつかり合い、それは反発を起こすと小規模な爆発を起こす。
 家が振動し、几帳面に並べられた本達が落ちていく。

「く、此れ以上、家を壊すわけには」

 ガクリ、とうなだれる魔術師……散らばった白骨兵の残骸を見、溜息を吐いた。
「か、勝った?」
「不本意だが。……適当に持って行け」
 不満げに鼻を鳴らした魔術師は、後を白骨兵に任せ、そそくさと部屋から出て行った。
「迷惑料と延滞料も押収しましょう。ところで、傷は」
 斡旋屋の視線に、瘴気に焼かれた肩や傷を見せる。
 魔術での傷痕はまるで、身体の芯に纏わりつくような熱と痛みを訴え、勇太は少しだけ、眉を顰めた。
 それでも、笑みを作り口にする。
「怪我がなくて、よかった」
「お陰さまで」
 テキパキと傷の手当てを始めた斡旋屋は、一番大きな肩の傷を見た後、本を探る。
 魔術師のマジックアイテムだ……古い本の独特の臭いが鼻に付く。
「治療の魔法を施しました。……治らないようでしたら、またご連絡ください。不本意ですが、優秀な医者がいます」
「……優秀な医者? しかも、不本意?」
 表情も声のトーンも変わらない言葉が、ほんの少し刺々しくなり勇太は肩の傷をなぞりながら問いかける。
 優秀ならば、いいのではないだろうか――?
 と思うが、それを言うのは何故だか、憚られた。
「ええ、ただ。何処にいるかも分からない『もの』ですから」

 魔術書と本に、置物など沢山の荷物を手に、斡旋屋は機嫌が良さそうに見えた。
「そう言えば、報酬をまだ、お支払いしていません」
 何が良いですか? と問いかける斡旋屋に、静かに勇太は首を振った。
「報酬? いらないよ」
 元々、報酬の為の行動じゃなかったのだ。
 勇太は報酬を必要としていないし、ただ、困っていたから助けた、それだけだ。
 だが斡旋屋は少し、首を傾げ。
「何故でしょう?」
「――別に俺、報酬が欲しい訳じゃないから」
「人間は、解せません」
 俺にも分からないよ、と勇太は苦笑を浮かべる――空には、間の抜けたうろこ雲。
 日が暮れかかった空は、切なくも美しい桃色と赤、そして紫をしていた。
 じぃ、と視線を感じ、勇太はもう一度、斡旋屋に視線を移し、そして、人形に視線を移す。
「でも。怪我がなくて良かった」
「……怪我人に言われると、少しばかり違和感を感じます。ああ、よろしければ、此方を」
「――何?」
 斡旋屋が差し出したのは、一枚の名刺だった。
 一瞬、その『作り物』の右手に視線を奪われた後、真っ白な名刺に書かれた名前に視線を移す。

『斡旋屋 晶』

「転移の魔法が籠っています。その名刺を持って、念じれば私の店へ来ることが出来ます――効力は1度ですが」
「へぇ……ええっと、しょう? それとも、あき?」
 その名刺には、漢字のみが書かれている。
「どちらでも。ショウ、でもアキ、でも。勿論、斡旋屋でも。傷が痛むようでしたら、そちらをお使いください。此方で、医者を手配します」
「……不本意だけど、優秀な医者を?」
 その言葉に、斡旋屋は頷いた。
「あ、俺は工藤・勇太。うん、名刺は貰っておくよ――っと、家まで送ろうか?」
 また、変な相手に絡まれたら困るし、と付け足した勇太だが、ゆっくりと首を振る斡旋屋に、そうか、と頷いた。
 きっと、何らかの意図があるのだろう。
「じゃあ……また、会えたら」
「ええ。縁があれば――」

 カァ、カァ、と烏が鳴く。

 烏が鳴くから、帰ろう、と何処かで聞いた様な歌を思い出しつつ、勇太は帰路に着くのだった。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【1122 / 工藤・勇太 / 男性 / 17 / 超能力高校生】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

工藤・勇太様。
この度は、発注ありがとうございました、白銀 紅夜です。

頂いた文章から、とても真っ直ぐでひたむきな印象を持ちました。
戦闘シーンを入れつつ、コメディタッチで綴らせて頂きました。
お気に召して頂ければ、幸いです。

では、太陽と月、巡る縁に感謝して、良い夢を。

カテゴリー: 01工藤勇太, 白銀紅夜WR(勇太編) |

草間零のお使い

「ああ、何も食い物がねえや」
 草間武彦は冷蔵庫を開けて、大きな独り言を発した。
 時計は正午前を指していた。
「何か、買ってきましょうか?」
 草間零は無表情で、尋ねた。
「お、行ってきてくれるか。わるいな」
 全く悪びれた様子もなく、武彦は言った。
「何がよろしいですか?」
「なんでもいい。適当に買ってきてくれ。財布はその辺にあるから」
 武彦は財布をどこに仕舞ったか覚えていなかったが、適当にそう言った。
「わかりました」
 零は散らかった書類の山から、淀みなく財布を掘り出すと、
「それでは、行ってきます」
 お使いに出掛けたのだった。


「あ、零さん」
 工藤勇太が草間零を見かけたのは、学校帰りの途中だった。
「こんにちは……」
 零は勇太に振り返り挨拶をしたかと思うと、すぐに視線を手元に落とした。
「どうしたんですか?」
 勇太が零の手元を覗くと、そこには両手に収まる程度の包みがあった。
「何ですか、これ?」
「先程、拾ったのです。どうやら落とし物みたいで」
 勇太の質問に、零はそう答え、
「落とし物は交番に届けるものだと聞いたことがあります。なので、そうしようと思っていたところなのです」
 勇太に視線を向けた。
「なるほど。それなら俺も付き合いますよ」
 勇太は笑顔を浮かべた。零さんは律儀だな。
「勇太さんも一緒に来て下さるんですか? それは心強いです」
 零は勇太に一歩近づき、見上げるようにして目をキラキラとさせた。姉のように慕っている零に、そんな風にされると少しむず痒くもある。勇太は頭に手をやり、照れを隠すように、
「それで、その包みの中身って何なんですか?」
 零の持つ包みを指さした。
「何でしょうかね?」
 零は小首を傾げて、そう言った。零も中は確認していなかったみたいだ。
「それじゃ、俺が確認してみますね。最近は物騒ですから。一応、交番に届ける前に調べておいた方がいいですよ」
 冗談混じりで勇太はそう言い、零から包みを受け取った。おっ、意外に重いな。見ため以上の重量に少し驚きながら、勇太は包み広げ、中を確認した。
「げっ!」
 思わず勇太はそんな声を上げていた。
「どうしたのですか?」
 零が不思議そうに尋ねた。
「こ、これ」
 勇太はそう言い、自分の手の上に乗っているものへ視線を向けた。零も勇太の視線を追い、勇太の手元を覗き込んだ。そして、こくりと頷き、
「銃ですね」
 事も無げにそう言ったのだった。


 「ど、どこでこんな物騒なもの拾ったんですか!?」
 勇太は取り乱しながら、零に尋ねた。最近は物騒だなんて冗談で言ったが、本当に包みの中身がこんなものだとは予想だにしていなかった。
「先程、そこでです」
 そんな勇太とは対照的に、零は落ち着いた仕草で後ろを振り返り、指を差した。零がこれを拾ったのは本当についさっきだったらしい。零はほんの十メートルほど向こうを指差していた。
「ど、ど、ど、どうしましょう、これ?」
 勇太は視線を手に持った銃と零に何度も往復させた。
「だから、交番に――」
「それはやばいですって!」
 勇太は零の言葉を最後まで聞かずにそう叫んだ。
「どうしてですか?」
 零は不思議そうに勇太を見た。
「そりゃ、だって」
 こんなものを持って交番に押し掛けたら、いらぬ誤解を受けるかもしれない。それに、何も悪い事はしていないが、これを交番に届けるという選択は地雷な気がしてならなかった。
「でも、落とし物は交番に届けるものだって」
「それはそうなんですけど、今回は例外というか」
 勇太はなんとか零を説得しようと試みる。なんて言ったら納得してくれるんだ、と視線を彷徨わせ、考えを纏めようとして、何か見てはいけないものが視界に入った気がした。
 おいおい、嘘だろ? 勇太は恐る恐るそちらに視線を向けた。そこには黒服の男が三人、勇太たちを睨みつけるようにして立っていた。
「……」
「……」
 時が止まったかのように勇太と黒尽くめの男たちは数秒間、見つめ合い、
「ぎゃーーーー!!」
 勇太は零の手を掴むと、男たちに背を向け一目散に駆け出したのだった。


  やばい、やばい、やばい!
「どうして走っているのですか?」
 勇太は全力疾走しているのだが、そう尋ねる零の表情は涼しい。
「そ、それは、だって」
 勇太は息を弾ませながら、後ろを振り返り、
「あんなのに追いかけられたら、逃げるだろー!」
 そう叫んだ。
 それもそのはずだ。なにせ勇太たちを追いかけてきているのは、
「待てや、おらぁ!」
 もの凄い形相をした黒服の男たちなのだから。どう見てもあれはヤの人たちである。
「しかし、あの方々は待て、と仰っていますよ。待たなくてもよろしいのですか?」
「零さん、それはちょっと、よろしくないと思いますよ!」
「ですが、私の推測が正しければ、あの方々はこの包みの持ち主だと思われるのですが」
「俺もその推測は正しいと思うけど、そんなことより今は逃げるのが先決っす!」


「やっと追い詰めたぜ。手間取らせやがって」
 黒服の男の一人、スキンヘッドの男が言った。
 周りにひと気はなかった。気づけば、勇太と零は路地裏に追い詰められていた。
「そのお譲ちゃんの持っているものを大人しく返してくれないか?」
 熊みたいに体の大きな男が言った。
「まあ、大人しく返してくれても、大人しく帰してはあげないけどね」
 金髪の若い男が下品な笑みを浮かべた。
「という訳で、そいつは返してもらうぜ」
 黒服たちは一斉に勇太たちに襲い掛かってきた。
 勇太は一歩前に出て、零を守るように立った。こうなったら、超能力者とばれない程度に能力を使って、なんとかするしかない。勇太はそう考え、黒服たちを迎え撃った。


 黒服たちは素手で襲いかかってきた。勇太をただの高校生だと思ったのだろう。勇太としては有難いことだ。相手が油断をしてくれているなら、その隙に一気に片を付けてやる、と勇太は前に踏み出した。
 まずは金髪の男だ。勇太の顔面目掛けて、右拳を突き出してきている。体を横に少しずらすことでそれを避けながら、勇太はその右腕に自分の右手を添えるようにした。男の腕を下に引くようにし、同時にサイコキネシスを発動。
 男の体は前転するようにくるりと回り、背中から地面に墜ちた。
「こ、こいつ」
 勇太の思わぬ抵抗に、熊男が覆いかぶさるように勇太に両の腕を伸ばした。勇太を掴まえて、拘束するつもりなのだろう。この体格差だ。捕まると不味い。
 勇太はその場にしゃがむことでそれを避け、男の脚を払う。それだけではこの熊男はびくともしなかっただろう。勇太は先程と同じようにサイコキネシスで男の体を持ち上げ、地面に叩きつけた。あたかも、脚を払って男を倒したかのように。
 金髪と熊男は地面に倒れたまま、顔を歪めてなかなか起き上がらない。普通に倒れるよりも強く地面に叩きつけたからだ。苦しそうに咳き込んでいる。
 なんとかなりそうだ。勇太はそう思った。
「おっと、動くな」
 勇太がしゃがんでいた状態から体を置き上がらせようとしたところで、スキンヘッドの男が言った。勇太は男に視線を向けた。
「妙な事してみろ、頭の風通しが良くなるぜ」
 男は銃を勇太の頭に構えていた。


 これはかなり不味い。勇太は思った。超能力を使えば何とでも出来るが、超能力者とばれないようにするのは、さすがに厳しい。
「お譲ちゃん、この坊やを助けたかったら、そいつを大人しく渡しな」
 男は零に向かって言った。
「零さん、俺なら大丈夫だから」
「てめえ、黙ってろ!」
 男は勇太の腹を思い切り蹴り上げた。勇太の鳩尾に男の革靴のつま先が突き刺さった。勇太は一瞬、呼吸ができなくなり、噎せ返りながら腹を押さえた。
「今度、余計な事を言ってみろ、そんときは命はねえぞ」
 男は右手に持った銃を勇太の後頭部に押し当てた。
「さあ、譲ちゃん、さっさとそいつを渡しな」
 男は左手を零に突き出した。
 零さん、駄目だ……。勇太の思いもむなしく、
「分かりました」
 零はそう言って頷いた。


「ようし、利口な嬢ちゃんだ。ご褒美をくれてやってもいいかもな」
 男は嫌らしい目を零に向けた。しかし、零は気にした様子もなく男の目を見据えて、言った。
「あなたは勇太さんを傷つけました。私にとってあなたは敵であることが、分かりました」
「なっ!」
 男は驚きと怒りの交ざった表情を浮かべた。慌てて零に銃口を向けようとする。
 だが、それよりも零の行動は速かった。侍の怨霊を刀に具現化し、その刃で男の持つ銃を真っ二つに断ったのだ。
「な、何もんだ、お前?」
 男は一歩、二歩と後ずさった。その表情は明らかな恐怖を示している。
「私は草間零。草間興信所の探偵見習いです」
 零は気負った様子もなく、淡々と答えた。
「く、草間興信所だな。覚えてやがれ。いつか絶対に痛い目を見せてやるからな」
 男はそんな捨て台詞を吐くと、
「おい、いつまで寝てやがんだ。起きろ!」
 倒れていた二人を起こして、逃げるように走り去っていった。その後ろ姿に勇太は、ああ、なんかすみません、と心の中で呟いたのだった。


 男たちの姿が見えなくなったところで、勇太は安堵の息を吐いた。
「ふう、助かったよ、零さん」
「いえ、私が手を出さなくても勇太さんなら、何とでも出来ましたよね?」
「まあ、そうなんだけど、超能力者だとばれないようにしたかったしね。だから、ありがとう」
 勇太がそう言って、笑顔を向けると、
「そうですか……。それなら、よかったです」
 そう言った零の表情は少しだけ嬉しそうに見えた。
「それより、それはどうする?」
 勇太は零が持っているものを指さした。零の手には包みにくるまった銃が持たれたままだった。
「そうですね。あの方たちに返し損ねてしまいました……」
 零は銃を眺めながら、少し考えて、
「兄さんへのお土産にでもしましょうか」
「いや、絶対に迷惑がると思うよ」
 勇太は苦笑いを浮かべた。それに、零はあの男たちに草間興信所のことを名乗ってたけど、また厄介ごとになるんじゃないだろうか、とも思った。痛い目を見せてやる、とか言ってたし。
 このことを知ったら、草間さんはどんな反応をするだろうか。がっくりと肩を落として、最悪だ、とか漏らすんだろうな。むやみやたらに興信所の名前を出すな、と零に説教をするかもしれない。そうなったら、俺もその説教の巻き添えを食らうかもなあ、と勇太は嫌な未来がはっきりと想像できた。
 せめて零さんに、草間さんには今回のことは秘密にしておくように、口止めをしておこう、と勇太は零に視線を向けた。だが、その前に零が口を開いた。
「そろそろお肉屋さんのタイムサービスのコロッケの販売が始まります。勇太さんもどうです?」
 零はそう言って、にっこりと微笑んだ。
 勇太はげんなりと肩を落としながら、笑うしかなかった。
 何というか、零さんには敵わないや。
 
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1122 / 工藤・勇太 / 男性 / 17歳 / 超能力高校生】

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■         ライター通信          ■
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どうも、はじめまして。影西軌南です。この度は依頼して頂き誠にありがとうございました。プレイングがとても纏まっていたので、作品イメージがすぐに湧きました。少しでも楽しんで頂ければと、ラストの描写にオリジナルを加えさせて頂きました。少しでも楽しんで頂ければ、幸いです。では、ご縁がありましたら、そのときはまたどうぞよろしくお願いします。

カテゴリー: 01工藤勇太, 影西軌南WR |

草間興信所と拳銃

それは、ある日の昼下がりのことだった。
「ただいま戻りました」
 外出していた草間零の声を聞き、ソファに寝転んでいた草間武彦は体を起こした。ダルそうに目元を擦り、零の姿を確認する。
 零は買い物袋を提げている。冷蔵庫の中身がスッカラカンになっていたので、零におつかいを頼んでいたのだ。
「うん? 何でお前がいるんだ?」
 武彦は零の隣に視線を止めた。そこには工藤・勇太の姿があった。
「あ、どうも。さっき偶然、零さんと出会いまして。お邪魔しまっす」
 爽やかに挨拶する勇太を、こいつ、昼飯をたかりにきたな、と武彦は半目で見る。
 すると、勇太もそんな武彦の視線に気づき、ニッコリ笑顔で、いえいえ違いますよ、そんなわけないじゃないですか、と無言の返事を返す。
 むむむ、と暫く二人は無言のやりとりをしていたが、先に折れたのは意外にも武彦だった。こんな事をしていても仕方がない、というように視線を零に向ける。
「零、買い物ご苦労だったな」
 武彦は零の頭をポンポンとする。すると、零の表情は心なしか緩んだように見える。
 武彦は零から買い物袋を受け取り、中を覗いた。最初に目に留まったのはコロッケだ。まだ温かい。揚げたてを買ってきたのだろう。
 さっそくいただこう、と素手で掴む。そこで、零が何かを取り出し、武彦に差し出した。
「なんだ、これは?」
「拾いました」
「……そうか」
 武彦は、敢えて関心のないふりをして、この話を流してしまおうとしたが、零は手を引っ込めない。
「俺に、これをどうしろと?」
「差し上げます」
 ぐいっと、零はさらにそれを武彦に押しつける。
「いや、いらねえよ!」
 零が持っていたのは拳銃だった。しかも、銃口を武彦に向け、零の指が引き金に掛かっているから、まるで脅されているみたいな形だ。
「おい、ここにいるの分かってるんだ!」
「隠れてないで、出てこいや!」
 外から、そんな物騒な声が聞こえてきたのは、そのときだ。
 武彦は勇太に視線を向ける。どういう事だ、これは、と言っているのは、表情を見ただけで分かる。
 いやー、すみませんっ、と勇太は武彦を拝むように、両手を合わせた。
 武彦は大きな溜息をついた。
 ああ、また厄介事だ……、と。


「すみません、草間さん……。実はかくかくしかじかで……」
 玄関口では今もドンドンという扉を叩く音と、男たちの厳つい声がする。そんな中、勇太は零からもらったコロッケをおかずに、ご飯をもぐもぐ。申し訳なさげに事のあらましを武彦に説明した。
「なんだそりゃ……」
 草間武彦は呆れ顔で、大きな溜息を一つ。だが、勇太と同様、口をもぐもぐさせながらなので、行儀が悪いし、様にもならない。
 未だに玄関口は騒がしいが、どこかアットホームな雰囲気すら漂っている。
「無視すんのも、ええ加減にせえや!!」
 怒りのせいか、なぜか関西弁で叫びながら、黒服の男三人組が、扉を蹴破り強引に部屋に上がり込んできた。勇太は黒服たちに視線を向ける。先程、撃退したばかりの、金髪と坊主とデカぶつの三人組だ。
 さすがに、男たちが上がり込んできたことで、緊迫した空気が流れる。そんな中、意外にも最初に口を開いたのは、零だった。
「ちょっと、あなたたち」
 ピンと張りつめた糸のような、細くて鋭い声だ。いつにも増して零さんがやる気だ、と勇太は零を見る。ぱっと見は、か弱い少女にしか見えないが、今の零は只ならぬ空気を纏っている。そんな零に、男たちも一歩、思わず後ずさる。逆に零は一歩、前へ踏み出して、決然と言った。
「他人の家に上がるのに土足とはどういう了見です! ちゃんと靴を脱ぎなさい!」
 ええー、問題、そこですか!? 勇太は内心で激しくツッコんだ。
 黒服三人組も、きょとんとした目で零を見ている。予想外の言葉に、どう反応していいのか分からないのだろう。武彦だけが動じることなく、我、関せず、といった様子で、欠伸をしながら窓の外を眺めたりしている。この人はホント、動じないよなあ、と勇太は感心すら覚える。
 すると、そんな周りの様子に気づいた零が、勇太に視線を向けた。
「どうしたのですか? 私、何か間違ったことを言いましたか?」
「い、いやー、間違ってないとは思いますけど……」
 頭をポリポリと掻き、
「今、気にするところ、そこですか?」
「だって、土足なんて! ここの掃除をしているのは私なんですよ」
 黒服たちに襲われても動じることのなかった零が、感情を露わにするのを見て、勇太は少し面食らった。零さんって、そういうこと気にするんだ、と。ただ、零の意外な一面を見れてラッキー、とも思う。
 何を暢気なことを、という感じだが、実際の所、勇太はそれほど緊急事態だとは思っていない。何せ、未だに手に握る茶碗と箸を手放してはいないのだから。


「おいおい、俺たちのことは無視かよ」
 金髪の男が苛立たしげに言った。零と勇太の、漫才のようなやりとりを見て、コケにされたと思ったのだろう。
「舐められたもんだな。さっきのようにいくと思うなよ。今度は本気を出させてもらう」
 スキンヘッドの男が、指の骨をポキポキと鳴らす。やる気満々である。
「ああ、ちょっと、ここではそういう荒事は控えてほしいんだけどな」
 窓に視線を向けたまま、武彦が独り言のように呟いた。武彦は黒服たちに全く興味なさげである。
「おい、オッサンはひっこんどいてもらおうか!」
 金髪男はそう言うと、デカぶつ熊男に指示を出した。熊男がのしりと前に出る。熊男は腕をぶんぶんと回す。今にも暴れだしそうだ。
「今の言葉は聞き捨てならないな」
 熊男に立ち塞がったのは武彦だった。
「お前らは机の下にでも隠れてろ」
 オッサンと言われたことに過剰反応した武彦が、勇太と零に指示を出す。こめかみをピクピクとさせているところを見ると、これは本気だ。
「零さん」
「うん」
 勇太と零は頷き会い、大人しく机の下に隠れたのだった。


 目の前では、武彦と黒服たちの戦闘が繰り広げられている。三対一だ。武彦のほうが圧倒的に不利である。武彦は周りを取り囲まれている。
 黒服たちは武彦を捕まえ、動きを封じようとする。そうすれば、後はどうとでもなる。数の利があるのだ。動きさえ封じてしまえば、武彦はどうすることもできなくなる。
 しかし、狭い部屋の中で武彦は細かく動き回り、黒服たちを撹乱し、翻弄する。
 拮抗し、緊迫した戦闘だ。というのに、
「零さん……。このコロッケ美味しいですね」
「うん……、美味しい……」
 勇太と零はのどかに食事を続けながら、そんな会話をしていた。
「コロッケ、もう一個もらってもいいですか?」
「どうぞ」
 そして、それは勇太がコロッケに箸を伸ばした時に起きた。
「ぐふっ!」
 黒服の一人、熊男が二人の隠れる机に突っ込んできたのだ。
「……!」
 勇太は驚愕の表情を浮かべる。黙ったまま、目の前に倒れる熊男ではなく、自分の手元をじっと眺めている。そこにあるはずの物が無くなっていた。視線を落とせば、それは無残な姿を晒している。
 勇太の視線の先にある物、それはご飯を床にこぼし、二度とは元に戻らない割れた茶碗だった。


「俺……、力使っていいですか……?」
 勇太の体はわなわなと震えている。キッと上げられた勇太の目は怒りの炎に燃えていた。
「ああ、別にいいぞ。俺もそろそろ疲れてきたし」
 武彦は手をひらひらと振りながら、それを了承した。深く考えず、適当に返事をしているのは明らかだ。
 だが、今の勇太にはそんなこと関係ない。草間さんの了承も得たんだ、と勇太はリミッターを解除する。
「はんっ、またテメエが相手か」
 金髪男が嘲るように鼻を鳴らし、
「今度はさっきのようにはいかな……、いぞ……?」
 スキンヘッドが威勢よく、金髪男に続いて言葉を発したのだが、勇太の様子に気付いて、尻すぼみになった。最後が疑問形になったのは、
「な、なんだ、これは!?」
 部屋の中の机や椅子、ありとあらゆる物が重力を失ったかのように、宙に浮いていたからだ。黒服たちは我が目を疑う。しかし、驚愕の光景はそれだけで終わらない。
 宙に浮いた机や椅子が、伸びたり、膨らんだり、合体しながら、その姿を変えていく。気付けば、机だったはずのものは巨大な虎に、椅子だったはずのものは合体し大蛇へと、その姿を変えていた。
「ひいっ!」
 と黒服たちは悲鳴を上げ、後ずさる。
「この程度で許されると思うなよ」
 しかし、これは勇太にとって、ただの脅しにすぎない。これはサイコジャミングによる幻覚だ。恐怖を与えることは出来ても、幻覚では制裁をくわえることは出来ない。食べ物の恨みは、深く恐ろしいのだ。
 勇太は右手を黒服たちに掲げる。すると、勇太の頭上に光が集まり、次第にその形を形成していく。念の槍、サイコシャベリンだ。
「ちょちょちょ、ちょっと……、いいい、いったん、落ち着こう……、ね?」
 顔を真っ青にしながらも、引き攣った笑顔でスキンヘッドが言った。その後ろで、金髪男と熊男も、ぶんぶんと首を縦に振っている。
 すると、勇太はニコッと笑顔を浮かべ、
「そうだよね。いったん落ち着いて……、られるかああああ!!」
 鬼の形相で叫んだ。
「ぎやああああ!!」
 黒服たちは勇太に背を向け、一目散に扉へと逃げだす。
「待てこらああああ!!」
 その背中に槍をぶちこもうとする勇太の頭を、
「それはやり過ぎだ」
 丸めた新聞で、ぽこっと、武彦が叩いた。
「あいてっ」
 と勇太が振り向くと、そこには武彦の呆れ顔があった。そこで、勇太ははっとする。完全に我を忘れて、能力を暴走させていた。
 勇太が落ち着いたことで、念の槍は消え、虎や大蛇に見えていた机や椅子も、重力を取り戻してガタガタと床に落ちた。
 すると、遠くから、
「噂は本当だったんだあああ! くそお、もう二度とこんな所には近づかねえからなあ!」
 という叫び声が聞こえてきた。武彦はやれやれ、と溜息をつく。これで、あの黒服たちが興信所にちょっかいを出してくることはもうないだろうけど、武彦にとって有難くない噂がまた広がることだろう。


「あの……、すみません……」
 勇太は部屋の惨状を見て、二人に頭を下げた。サイコキネシスを辺り構わず使ったせいで、部屋の中はゴミ箱をひっくり返したような有様だ。深く反省である。
「まあ、気にするなって」
 武彦は勇太の肩に手を置き、笑顔を浮かべた。
「草間さん……」
 勇太はそんな武彦の優しさに感激する。そこで、ふと零の事が気になった。やけに静かだ。方向性は少し違ったが、黒服たちに最初に怒っていたのは零である。まさかとは思うが、もしかしてどこか怪我でもしたのだろうか、と勇太は零に視線を向ける。
「零さん、大丈夫?」
 見た感じ、怪我をしている様子はないが、念のため本人に確かめておく。
「はい、もちろん」
 零は力強く頷いた。よかった、と勇太が安心すると、
「もちろん、コロッケは無事です!」
 どこか誇らしげに、零はコロッケを勇太に見せた。いや、俺が心配したのはコロッケじゃないんだけど……、と呆れながらも、ほっとする。
 すると、零が勇太の顔に、ぐいっと顔を近づけた。少しドキッとする。
「でも、お片付けはちゃんとしてもらいます」
 ああ……、そうですよねー、と勇太は肩を落とす。零が綺麗好きだというのは、先ほど知ったばかりの事だ。
「ははは、まあ頑張れよ」
 武彦がバシバシと勇太の背中を叩く。すると、
「お兄さんも一緒にやるのです」
 ぎろっと零が武彦に視線を向ける。ええー、俺もー? と面倒くさそうにしながらも、最終的には、やれやれ仕方ねえな、と一緒になって片付けを始める。
「さあ、片付けが終わったら、食事の続きにしましょう」
 テキパキと片付けをしながら、零が言う。
「はいはいさー!」
 勇太は無駄に元気に返事をした。
 視線を横に向けると、渋々といった様子の武彦、その横にはテキパキと二人に指示を出す零。こうやって三人で部屋の片づけを一緒にやるというのも悪くない。勇太は自然と笑みを浮かべていた。
 部屋の隅に置かれた、皿の上に盛られたコロッケが、三人に食べられる瞬間を今か今かと待っている。そして、その横には黒く光る拳銃。すっかり、三人は拳銃のことなど、忘れているのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1122 / 工藤・勇太 / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

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■         ライター通信          ■
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どうも、お久しぶりです。影西軌南です。この度はご依頼いただき、ありがとうございます。
前作の続きということで、ギャグ中心に描かせて頂きました。少しでも楽しんでいもらえればいいのですが。
勇太、武彦、零、三人のやりとりは書いていて、とても楽しかったです。今後、またご縁があることを楽しみにしています。
それでは、またどこかでー。

カテゴリー: 01工藤勇太, 影西軌南WR |

幸せな夢を見た

「うわぁ」
 季節は既に梅雨を過ぎて夏、じりじり照りつける日差しの中で陽光に輝く若葉が眩しい。そろそろ蝉の声も聞こえてくるだろうか、という陽気の真下である。
 ――そこに満開の桜が咲き誇っている光景、というのは、なかなか常軌を逸したものがあった。
 ついでに言うとその巨大な桜の立派な枝に、荒縄で簀巻きにされた少女が一人ぶら下がっている、というオマケがついているので余計に酷い光景である。
「間の抜けた声出してないで、助けてよ、そこの通りすがりさん」
 蓑虫よろしく桜にぶら下がった少女は、呆然とする少年――勇太に気付くなり不機嫌そうにそう声をかけた。慌てて近付いた勇太は、巨木の根元に二人の人物が折り重なるように倒れているのを見つけてしまい、ぎょっとして足を止める。それぞれ地元高校の制服姿の人物に、勇太は見覚えがあった。
「…佐倉さんと秋野君?」
 一瞬、怪我でもしたのかと慌てて二人を確認しようとするが、頭上から降る呑気な声がそれを押しとどめた。
「ああ、大丈夫。それ寝てるだけだから」
 ああ、何だ眠ってるだけか。胸を撫で下ろし――かけたところで我に返って勇太は樹上を見上げた。両腕で、夏の日差しに咲き誇る桜と、倒れて動かない二人を交互に指示して、
「なんていうかシチュエーションからして色々大丈夫じゃないよねこれ!」
「わお、普通のリアクションだわ詰まらない。もっと面白い感想とか無いの?」
「何で俺、今、初対面の蓑虫から無茶振りされてるんだろう…」
「まぁまぁ気にしちゃ負けよ。で、ねぇ、ちょっと、助けてくれない?」

 東雲響名と名乗った自称、見習い錬金術師の少女曰く、ここで倒れている二人も、夏に狂い咲いたこの桜の巨木も、全てこの神社の「かみさま」――さくらの見ている「夢」に原因がある、らしい。
「…このまま放置しとくと、さくらちゃんが見てる『夢』に町中飲まれちゃうかもねぇ」
 勇太が幹に絡まっていた麻縄を解いてやると、妙に手慣れた様子で、響名はするりと縄を抜けた。縛られていた腕を摩りながら、異常事態だというのに酷く軽い調子でそんなことを、言う。意味は分からずとも剣呑な響きだけは覚えて、勇太は眉根を寄せた。
「そうなると…えーと、どうなるんだ?」
「さぁ? 夢が現実に侵蝕した、って事例は幾つか記録にあるけど、これだけの規模で、ってなると、どうなるのかしら。……ちょっと興味が湧いてきたわね、放置してみるか」
「いやいやいや待って待って!」
「冗談よ?」
 ――冗談に聞こえなかったのだが。と思って彼女を軽く睨むと、響名は苦笑いして、肩を竦めた。彼女の視線の先には、樹の幹にもたれるようにして眠る二人の男女が居る。
「…まぁ知的好奇心が疼かないって言えば嘘になるけど、このまま放置してたら、先輩と藤が『こっち側』に戻れなくなっちゃうもの。あたし、そこまで倫理観は捨ててないもん」
「うん…一応は信用しておくよ、一応は」
 響名の本音がどうあれ、桜花と藤を彼女が大事な友人と捉えていることには間違いあるまい。それと加えて言えば、この巨木の桜に対しても。夏の日差しを見事な薄紅で遮るそれを振り仰ぎ、勇太は軽く嘆息した。
「この桜も夢ってことだよな」
 かつてはこの神社には、こんな具合に立派な桜のご神木があった。らしい。
 勇太はそれを、我が事のように胸を張って解説する藤や、その藤を後ろからどつきながらも、失くしたものを懐かしむように目を細めて語る桜花から聞いたことがある。
 そして二人の話は、いつも同じように終わる。「今は、もう亡いのだ」、と。
 眼前の巨大な桜が彼らの思い描く「失ったもの」の象徴なのだとしたら、この夢はあんまりにも甘美で、悲しい。
 勇太は少しだけ躊躇して、それから息をひとつついて、思案げに腕を組む響名に声をかけた。
「俺に手伝えること、あるかな」

**
 ここまでが事の始まりである。
 ということを、今、勇太は目の前に並ぶ二人の男女に説明していた。一人は神主の恰好、もう一人は紅白の巫女姿。――勇太が先程まで目にしていた、巨木の根元で倒れ込むようにして眠っていた秋野藤と佐倉桜花である。眠っていた二人が何故ここに並んで立っているのかと言えば答えは至極単純であった。
「で、ここが『夢の中』なんだね」
 確認する勇太には、冷ややかな声で肯定があった。
「ええ、そうよ。何だって工藤君、あなたここに入ってきちゃったの、響名の説明聞かなかった? 馬鹿なの? もしかしなくても馬鹿だったの?」
 不機嫌を隠しもせずに勇太を睨んで腕組みをしていたのは、桜花だ。一応は何か助けになれるかと思ってこの「夢の世界」に飛び込んできた勇太は言葉に詰まるしかなかった――元より、感謝を期待しての行動ではなかったのだが。
 そんな桜花を、まぁまぁ、と苦笑しながら藤が宥める。それから彼は両手で辺りをぐるりと示した。
「でもほら、境内ならこの通り静かだし、大丈夫じゃないかな?」
 彼の示す周囲の光景は、まぁ「夢の外」とあまり変わり映えのしないものではあった。強いて言えば、先程まで勇太の肌をじりじりと焼いていた夏の日差しが感じられないくらいで、それ以外はまるっきり違わない、境内の風景が見えるばかりだ。境内の隅に狂ったように咲いている桜のご神木までまるっきり、そのまま。さすがに、「表側」に残った響名の姿は見えなかったが。
 藤の同意を求める問いに、苛立たしげに眉を動かしてから、桜花は嘆息したようだった。
「逆に静かすぎて怖いわよ。…さくら様は『すごく気持ちのいい夢を見てて自力で目を覚ませない』って話だったはずだけど。これのどこが『すごく気持ちのいい夢』な訳?」
 ――問われましても。
 勇太としては困る、としか言いようがない。ただ、
「すごくいい夢、かどうかは分かんないけど、切られる前の桜の樹がそこにあるよね? さくら様…でいいのかな。神様の今見てる夢って、要はいつもの日常に、切られる前の自分が居るって風景なんじゃないのかな」
 勇太としては、彼なりの視点で思ったことを述べただけである。が、眼前の二人はどうにも奇妙な顔をして、揃って首を傾げた。
「工藤君、何を言ってるの」
「そうだよ勇太君。さくらは、『切られてなんかいない』ぞ」
 まるきり当たり前のことを述べる表情で、口調だった。本人たちがそれを微塵も疑っていないのは明白だ。それが否応なしに理解できてしまうからこそ、勇太は背筋に嫌な汗が流れるのを感じた。
(…え、何、これ? どういうことだよ?)
 一瞬、もしかして自分の記憶が間違っていたかと思い返してしまう。ここは夢の中だ。現実の自分の記憶が曖昧になっていないと、誰が断言できるだろう。そう考え始めると自分の足元すらあやふやになったような気がして、勇太は眩暈を感じて目を閉じた。が、すぐにその緑の眼を瞠る。
「…ッ、ご神木は、切られてるんだよ! 二人とも、しっかりして! だって二人が俺に教えてくれた話だろ!」
 既に桜の巨木は亡く、切り株だけが残っていることを、勇太は藤に教えて貰って知っている。頬杖をついて少し寂しそうに口を尖らせていた。切られた時代はもう数十年も前の話らしいが、藤はしきりに、「俺が生まれてれば、さくらをこんな目には遭わせなかったのになぁ」と悔しげにぼやいていたものだ。
 生憎と、勇太には「かみさま」を見ることが出来ず、藤や桜花のようには「彼」を身近なものとは捉えていない。だが、二人がさくらのことを語る時の表情はよく覚えているのだ。大事な友人を誇るような、でも少し寂しそうな。
 今の二人は――違う。今更ながら勇太はその事実に気付いた。人の感情の機微に、能力故に人一倍敏い彼だからこそ気付いたのかもしれない。桜花も藤も、「さくら」のことを語る時に抱えていた、あの悲しそうな、寂しそうな感情が抜け落ちてしまっている。
 だが勇太の声にも、桜花も藤も、きょとりとするばかりだ。それだけではなく、勇太の背後からするり、と白い腕が伸びて、彼の口を塞ごうとする。
「余計なことをお言いでないよ、少年」
 耳元で脅しつけるように、そんな声までしたもので、驚いて、勇太は咄嗟にその腕を「弾いて」しまった。明らかに不自然な勢いでその腕は引き剥がされて、我に返った勇太は「しまった」と先程と違う意味合いで冷や汗をかく。そうしながらも振り返ると、そこには和装の青年が一人、ぽつねんと立ち尽くしていた。不思議そうに自分の腕をまじまじと見ている。
「…不思議な力を使うね?」
 しかもその青年に小首を傾げて問われてしまったもので、あーうーと唸った末に勇太は叫んだ。
「夢の中! そうほら夢の中ですから!! 俺普通の男子高校生ですし!!」
 苦しい。自分でもそう想いながらの誤魔化しだったのだが、
「え、ああそっかー。人間ってすごいね。夢の中でなら不思議なことが出来るんだねー」
 相手は存外すんなり納得してくれた。
 しかし見ればどうにも奇妙な形の人物である。派手な薄紅色の着物を羽織っていて、ほっそりとした体躯だがどうやら青年らしいことは分かる。分かるのだが。
 顔は、長い薄紅色の髪と、それから狐の面のせいでまるきり見えない。
「…さくら様?」
 もしやと思って問いかけてみると、狐面の下から笑い声がした。
「うん、こんにちは。ゆーた君だっけ。この間は美味しいお料理をどうもありがとう」
「え、いえ、お粗末様です…?」
 これはどういう状況なんだろうか。
 思いながら再度肩越しに振り返ってみると、藤も桜花も平然とした様子だった。
「さくら様、いい加減目を覚まされたらどうです?」
「さくらー、勇太君に絡んでないで、さっさと起きろよこの寝坊助」
 ああ、一応ここが「夢の中」で、夢を見ているのが「さくら」だという自覚だけはあるのか、と、勇太は密かに胸をなでおろした。「夢の中」の影響なのだろうか、二人の中にある「桜のご神木の記憶」だけがどうも現実と食い違ってしまっているらしいことだけが不穏ではあったが。
「うふふ、もう少しだけ」
「さっきからそればっかりじゃないか!」
 苛立たしげな藤を置いて、さくらはその白い腕を勇太に絡めた。
「勇太君、ちょっと付き合ってくれる?」
「え?」
「少しお散歩。…桜花、藤、お前達はそこに居るんだよ」

 いつまで寝てる積りなんですか、と、とりあえず勇太が問いかけてみると、桜の神様は困った様子で頬をかいた。
「…起きないといけないのは分かってるんだけど。分かってるんだけどね…」
 狐のお面がすい、と視線を動かす。境内の立派な桜の樹。つられて視線を動かし、勇太も困った顔になる。――「さくら」は本体であるご神木を失った、瀕死の神様なのだという。夢から醒めた現実に残るのは、自分がもうすぐ死んでしまうという事実だけだ。それを思えば、あまり強く「目を覚ませ」とも言い難いものがある。
 だが、口ごもる勇太の様子に何を察したか、肩を竦めて、狐面の神様はけろりとした調子で告げた。
「いや、私は別に、私が死ぬこと自体はもう諦めてるからいいんだよ。長く生きたし、妹が居るから町の事は任せられるし、人間が死ぬんだから神様だってそりゃ死ぬよ」
「人がどうフォローしようか悩んでたのを吹っ飛ばす一言をありがとうございます。…じゃあ何だって夢ん中に引き籠ったんですか」
「いや、うーん、あの、ね、怒らない?」
「それ尋ねる人って大体怒ることやってますよね…」
「じゃあ言わない」
「すみません怒らないんで教えてください」
 変な話だが、夢を見ている当人に原因を確認できるのだから、確認しない手は無い。勇太は迷わず頭を下げた。それを受けて、神様は困ったようにしょんぼりと肩を落とす。相変わらず顔は見えないので表情は分からないが、眉尻を下げて困った顔をしている青年の顔が何故だか勇太の脳裏にはありありと浮かんだ。
「あの、桜花と藤の様子、見たでしょ? 私が切られて、もう死ぬのを待つだけだってこと、すっかり忘れちゃってる」
 ああ、と頷く勇太の表情が自然と胡乱なものになる。
「……あれ、吃驚したっていうか、心臓に悪かったんですけど。俺自分の記憶が間違ってんのかと思いましたよ…」
「え、あ、ごめんね? 驚かせちゃったんだね。って言うか、そっか、君は『影響』を受けなかったんだ」
「『影響』って」
「えっとね。『私が切られてしまったことを忘れる』って言う、この夢の世界の、影響?」
 本人も自信がないらしく、みたいな? と首を傾げられたが、問われても困る。
「…だって、藤も桜花も、私の話をする時少し寂しそうでしょう。こんな身だからどれくらい生きられるかも分からないし、きっと私が死ねば、二人とも悲しい想いをすると思うんだ」
「そりゃ、」
 そうだろう。身近な人の死が悲しいものだということは、勇太にだって理解に容易い。相手は「神様」かもしれないが、桜花や藤にとっては家族か、幼馴染みたいなものでもある。
「だからって…。じゃあ、二人が現実の桜の樹のことを忘れちゃってるの、あなたのせいだったんですか?」
「ううん。この『夢』が勝手に私の望む『夢』になっているだけだよ。私は何もしてない。そんな力を使ってたらまず間違いなく寝込んでるからね! 伊達に瀕死じゃないよ!」
「…胸張って言うことじゃないです…」
 嘆息して、それから、勇太ははたと気付いて顔を上げた。
 嗚呼。
「…さくら様は…つまり、佐倉さんと秋野君を悲しませたくなかったと」
「そゆこと。二人が悲しまないでいてくれる世界だったらいいなー、と思ってたからこんな夢になったんだろうね」
 狐面は俯いて、口調を聞く限りでは彼は苦笑しているのかもしれない。
「……だからなかなか、目を覚ます気になれなくって」
 現実に戻れば、私は二人を悲しませるのだから、と。
 告げる口調に、勇太は眉根を寄せて、ぎゅ、と拳を握った。何を言うべきなのか、どう伝えるべきか、躊躇していた筈がするりと口から言葉が漏れた。

「俺、自分が普通の家庭の、普通の男の子だったら良かったなって思うことがあります」

(あ、しまった。自分が普通じゃないって宣言してるようなもんだろこれ…)
 冷静にそんなことを思うものの、考えてみれば相手は神様だし、もしかすると勇太の隠し立てなんてあまり意味のないことなのかもしれない。そう思うと気が楽になり、勇太はす、と肩の力を抜いた。

「…でも、その仮定って、あんま意味ないっすよね。俺が『普通』だったら、その、会えなかった人が色々居ると思うし」
 特に彼が頻繁に顔を出している探偵事務所なんてその筆頭だろう。考えてみれば、桜花や藤、そして眼前の「かみさま」との縁を取り持ったのもあの探偵事務所だから、彼が「普通ではない」人生を送っていなければ、恐らく出会うことの無かった相手なのだ。
「秋野君は確かに、さくら様が死にかけてるってこと知ってて、それで時々悲しそうな顔もするけど。佐倉さんもそうだけど…でも、なんていうか、『そうじゃなかったら』って、意味が無いと思います。さくら様に会ったこと自体は、二人ともきっと後悔なんてしてないんだろうと、傍から見てるだけの俺だってそう思うくらいだから」
 だからこそ、いつか来るかもしれない別れの時を予感しながら、二人はさくらと関わることを、心配することをやめないのだろう。それから、と、勇太は笑った。思い出したことがあったのだ。
 少し前、この町と縁を持つことになった切っ掛けになった出来事。少し遅い花見を、勇太はこの町でしたことがあった。
 桜の古木をご神木として抱いていた――いくら切り倒したとは言ってもだ――経緯もあってか、町には桜の樹も多い。そのどれもが、町の人に手入れされ、大切に扱われている。
 それも、それらは全てご神木である「さくら」本体から接ぎ木されたものだそうで、霊的な繋がりもあるとか無いとか、そんな話をしていたような記憶がある。
「ここでずーっと寝込んで、町の桜まで眠りこんだらどうするんですか。それこそ秋野君達だけじゃなくて、町中の人が心配して、悲しむんじゃないですか?」
 そう告げてみると、狐面の下から、微かな嘆息があった。出過ぎたことを言ってしまっただろうか、などと瞬間弱気なことを考えるが、さくらの方から不穏な感情は感じられない。
「……ふふ。長生きはするものだ。藤と同じ年頃の子からこんなお説教をされてしまうとは」
 むしろ、どこか可笑しそうな。笑いの気配だけが伝わってくる。それからふわりとした足取りでさくらは勇太に近付くと、その頭をぽんぽん、と撫でた。
「やれやれ、町の人達まで引き合いに出されたら、起きない訳にもいかないねぇ」
 仕方が無いなぁ。
 そんな呟きと同時、勇太の視界が薄紅色で染まる。何の前触れもなく、夢の世界が輪郭を失ったのだ。
「わ――」
 足元が、崩れる。
 身体を襲う浮遊感に、反射的に目をぎゅっと閉じた。

 ――次の瞬間、目を開くとそこは神社の境内だった。
「あ、れ?」
 どうやら玉砂利の上に座り込んでいたらしい。状況が把握できないままゆっくりと立ち上がる。じりじりと強くなる日差しが皮膚を焼く中、先程までそこにあったはずの「桜のご神木」の姿が消えていることに気が付いて、勇太ははっとした。
「…あら、工藤君。お目覚め?」
「勇太君、大丈夫?」
「…、秋野君、佐倉さん? あれ、俺…」
「ちょっと、大丈夫? しっかりしてよ」
 甲高い元気な声は、響名のものだ。三人から心配げに覗き込まれていることに今更気づき、勇太は我に返る。
「…! そうだ、夢! 神様は!?」
「さくらなら起きたみたいだぜ。ありがとな、勇太君」
 藤にそう返されて、勇太は安堵の息をついた。それから、藤と桜花の背後――さっきまで桜の巨木がそびえていたその場所を、じっと見遣る。
 かつてそこにあった姿は、今は、亡い。無残に切り倒された巨大な根と切り株という痕跡だけが、注連縄と共にそこに残されているばかりだ。
 ――勇太には知る由もないことだが、その時、そこには狐面を被った、薄紅の髪の青年が腰を下ろして頬杖をついていた。藤がちらりとそちらを見て、それから勇太へ視線を戻す。
「さくらが『ありがとう』だって。勇太君、あいつに何言ったの? あんなにあっさり目を覚ますなんて」
「何、って、別に大したことは…。そのまま寝込んだままだと、色んな人が悲しむよってだけ」
 そうして勇太は思い出す。夢の中での、藤と桜花の姿と。
(藤と桜花を悲しませたくないんだよねぇ)
 のんびりとした口調で、でも寂しそうに呟いていた神様の姿。
「……その、二人とも…起こさない方が良かったのかな」
 だが、気遣うような勇太の言葉に思うところがあったのだろう。彼の言葉を遮って口を開いたのは桜花であった。
「良い夢を見たわね、藤」
 常に淡々とした口調の彼女は、いつも通りの調子で、それでも微かに口角が上がっていたから機嫌が良さそうだ。ほう、と息を漏らして、彼女は頬に手を当てる。遠く、どこかを見るように。藤も頷いて、微かに遠くを見るような目をして、それからにこりといつもの人懐こい笑みを浮かべた。
「うん、本当に、良い夢だった」

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 1122/  工藤・勇太  】

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ライターより

ご依頼ありがとうございました。
色々試行錯誤したところ、頂いたプレイングからやや外れた形に落ち着いてしまいました。
楽しんでいただければ幸いです。

カテゴリー: 01工藤勇太, 夜狐WR |

春告の手紙

花見の料理と言えば。三食団子などの和菓子も悪くは無いだろうが、お弁当が王道だろう。これといって決まりがあるものでもないから、好きなものを適当に詰め込もう、と料理を任された勇太は決め込んだ。普段の料理と違うのは食べる人間が多いことと、「弁当箱」という制限から解き放たれていることである。
「弁当箱で時々途方に暮れることがあるわよね。どうやっても埋められそうにない隙間とか」
 ひとつ、ひとつ。完成した料理をタッパーや紙皿に並べながら、ふ、と、勇太同様に花見の料理を任されていた少女――桜花が呟いた。どうやら勇太と同じことを考えていたのだろうか。
「だよねぇ。キャラ弁なんて作る人達、ホント尊敬する」
「…工藤君はお弁当男子なのね。最近は珍しくも無いけど…いえ、高校生だと珍しいわね。私のクラスメイトにはお弁当を自作する男子なんてそうそう居ないわ」
 それはそうだろう、と勇太は曖昧に笑みだけ返した。――そもそも普通の高校生男子は「料理をする必要性」に駆られることが少ないのではないだろうか。
 話を変えようと、勇太は桜花へと矛先を変えることにした。
「佐倉さんも大変じゃない? いつもお弁当、二人分作ってるんでしょ」
「そうかしら。かえって気楽かもしれないわ。一人分の方が気苦労が多そう」
「う。否定はしにくいかな…」
 卵焼き。ウィンナー。筑前煮。春キャベツはそのままが美味しいだろうという結論に至ったので、オーブンに入れて軽く焼いたものに、戸棚から出てきたアンチョビの缶詰をあけて和える。その手慣れた調理の様子を見ながら、桜花が目を細めて付け加えた。
「…それに、食べてくれる人が居るのと、自分だけが食べるのでは、張り合いも違うもの。藤はいつも美味しそうに食べてくれるから、こちらとしても頑張り甲斐があるし」
 目をあげた勇太に、桜花が微笑みかける。
「――あなたにも、そういう風に料理を作ってあげたいと思える相手が居るといいのだけれど、どう?」
 本当に心の底からの問い掛けの言葉らしい。え、と、勇太は瞬間言葉に詰まる。が、彼女はすぐに冷淡な無表情に戻り、こう続けた。
「何しろ、そういう『気持ち』を込めて作らないと、神様をお迎えする宴会には相応しくないわ」
「ああ、そうか、そういう流れになるんだねうん。頑張ります…」

 今現在、勇太が桜花と並んでせっせと作っている料理は、ただ食べる為のものではない。
 桜の下で花を愛で、華やぐ気持ちでもって春を告げる女神様をお迎えするための、非常に重要な使命を帯びた料理作りである。

 勇太にとっての「事の発端」は数日前だ。
 世間では、学生たちは「春休み」という期間に突入していた。独り暮らしで、おまけに学年の節目である春休みにはあまり宿題も多くなく、自然暇を持て余した工藤勇太が顔を出したのは、何くれと世話になっている探偵事務所であった。度々面倒事や厄介事にも巻き込まれている場所でもあるが、それ以上に、彼にとっては色々な意味で気安く過ごせる場所のひとつだ。
 が、顔を出すなり、草間は厭そうな顔をした。
「…暇だなお前。他に顔出すとこねぇのかよ」
「いや、無いことは無いっすけど。酷い言いぐさだと思わない、零さん」
 折角顔を出したのに、と、わざとらしい仕草で口を尖らせて見せる。零は苦笑しながら、来客の使ったものらしい湯呑を洗っていた。
「そうよ兄さん。…それに兄さんだって、しばらく顔を見なければ見ないで心配する癖に」
 その言葉にはあえて反論もせず、ふん、と草間は不機嫌そうに鼻を鳴らしただけであった。が、すぐにその口の端に笑みが浮かぶ。
「そうまで暇なら、お前、ちょっと遠出してくるか」
「遠出?」
「花見の手伝いだよ、花見。そろそろそういう季節だろ?」
 先程の不機嫌から一転して機嫌良さそうな笑みを浮かべた草間に、零が嗜めるように、呆れたように言葉を差し挟んだ。
「兄さん。…秋野さんからのお仕事、お願いする積りじゃないですよね?」
「いや、ほら、あいつは『料理が出来る人もいてくれると助かる』とか言ってたしなぁ。お前、料理出来る方だろ」
「少なくとも草間さんよりは」
 即答すると、零が噴き出した。
「兄さんじゃ比較対象になりません。…でも確かに、勇太さん、ご自分でお弁当作ってるんですよね」
「ほれ、見ろ。適任だろ」
「今思いついたばかりのことを偉そうにさも『考えてました』風に言わないでくださいね兄さん。…で、どうされますか、勇太さん」
 草間の机の周り、山になった資料の中から一枚を引っ張り出して差し出しながら、零がそう尋ねるのは、仕事を請けるか否か、という話なのだろう。料理の人出を探しているとは、きっと平和な依頼なのだろうなぁ、とさして深く考えもせず、勇太は頷いていた。
「料理の手伝いでしょ? 暇だし、俺で良ければ行って来るよ。それにしても、草間探偵事務所に不似合な平和な依頼だね?」
「うるせー『不似合』、は余計だ! ウチだってたまに平和な依頼が来るんだよ!」
「…兄さん、あんまり胸を張って言える台詞じゃないですよ」
 零の冷静なツッコミはさて置き、軽い気分で勇太はその依頼を承諾したのである。

 ――勿論。
 依頼で指定された町に着き、既に桜も見頃を終えるというこの季節に雪がちらつく風景と、肌がひりつく強烈な寒さに襲われた時点で、「ああ、あの事務所に来る依頼が『まとも』な訳なかったよな…」と遠い目をしながら勇太は悟る羽目になるのだが。

***

 桜前線は北上を続け、そろそろ東京の桜は見頃を終えるらしい。そんなニュースが夕方のテレビで流れる時期だったのだが、ロングコートを着込んだ少年は白い息を吐いて空を見上げた。隣にはダウンジャケットに手袋、耳当てという冬場の完全武装をした少女が居る。
「…本当に真冬並みの気温だな」
 彼――蓮生の視界には、道端に積った雪の影で飛び回る妖精染みた生き物や、冬場にしか見かけ無いような精霊や、妖怪の類までもが見えていた。日本全体が春を迎える中、追いたてられた「冬」の存在がこの小さな町に一堂に介しているような錯覚さえ覚えてしまう。
 そんな中で道端に身を小さくして開こうとしているたんぽぽに彼が手を触れると、その場の空気が一息に緩んだ。
「もう冬は終わりだ、今までご苦労様」
 また来年、と彼が、道端で友人に挨拶をするような調子で告げる。雪の精霊が戸惑ったように顔を見合わせ、道端に咲いたたんぽぽを見て、ふ、と蓮生に向けて笑みをこぼした。手を振り、小さな彼女達が去ると、その場の雪が徐々に解けていく。
「あら」
 目を瞬かせて、蓮生の隣に居た少女が空へ視線を向けた。
「…凄い。言って聞かせるだけで冬が引いていくみたい。冷泉院君、ありがとう」
 律儀に頭を下げる少女に、蓮生は微かに口元を緩めるだけの笑みを見せた。彼としては、辺りを彷徨う冬の精霊、恐らく「黒姫」――冬の女神の配下なのであろう「モノ」達に礼を言っているだけの積りである。今年もありがとう、来年もまたよろしく、と。それだけの「お願い」で相手はあっさりと引き下がってくれている。
「物わかりのいい相手で助かったな」
「そうなの?」
 不思議そうに少女に問われ、蓮生は無言で頷く。町を徘徊している「冬」の配下のモノ達は、相手によっては依怙地になってその場に留まろうとするモノも居て、それでも殆どの場合は蓮生が辺りの花を咲かせて見せたり、「春」であるということを告げることで立ち去ってくれて入るのだが、
(…時折妙に依怙地になって粘る相手がいるな。『黒姫』の配下、とやらか?)
「冷泉院君」
「何だ?」
 物思いに耽る彼の思考を断ち切ったのは、彼がエスコートしていた少女であった。神社の居候にして巫女見習いの立場の彼女――桜花と蓮生が行動を共にしているのはそれなりに理由があるのだが、今は。
「ごめんなさい。大豆を買いたいので、もう少々買い物にお付き合いしてもらえるかしら」
 淡々と告げられた言葉に、蓮生は無言で頷こうとして、それからふと眉根を寄せる。彼女が挙げた名前がいくらか唐突に感じられたためだ。
「……大豆?」
「ええ。説明すると長いのだけど……ああ、丁度いい所に」
 折よく、蓮生が「冬」を祓った場所に向けて歩いてくる人影がある。同じくらいの年頃の少年二人で、一人が元気よく桜花に向けて手を振っていた。満面の笑みで駆け寄って、
「桜花ちゃん3時間くらいぶり! 寒いからハグしていい!?」
「この馬鹿が迷惑かけていないかしら、神木君」
 が、手を振る少年のことは一瞥すらせずに無視して少女はもう一人、こちらは仏頂面の少年の方へと視線を向けた。声をかけられた彼――神木九郎は、軽く頷くだけで応じる。その彼の手にはタッパーがあり、そこにぎっしりと詰められていたのは、
「…大豆だな」
「大豆だよ」
 蓮生が戸惑った様子で見たままを口にした通り、炒った大豆であった。一つまみそれを掴んで手の中で弄いながら、九郎は半目で自分と行動を共にしていたこの町の「神社の跡取り息子」である少年、藤を呆れた様子で見遣っている。
「何で大豆なんだ?」
 腕組みをして怪訝そうに問いかける蓮生に答えたのも、九郎の方だった。
「季節遅れにも程があるけどな、節分だ」
「節分…、ああ、確かにあれは、『季節を分ける』ためのもの、でもあるが」
 別名を追儺、とも言う。本来は季節の変わり目ごとに行うべき儀式であり、一般に知られる2月の「節分」は、その中でも冬と春の境目に行われていたものが、長い年月と共に形を変えて来たものである。
 黄昏しかり、節分しかり。時間や季節の「境目」は邪気の生まれやすいものだ。「節分」は元々、そこに生じる邪気を追い払い、新しい「季節」を迎え入れる為のものである――と。
 話の流れでおおよその経緯を呑み込んだのだろう。蓮生は思わず、と言った風に藤の方を見遣った。桜花にハグを全力で拒否された少年は拗ねたように膝を抱えて雪が微かに溶け残った塀の影で何事か小さな「モノ」達に話しかけていたのだが、蓮生の視線に気づいたのか、顔を上げてこくり、と首を傾いだ。歳の割には幼い所作だ。
「ん、どしたの、蓮生くん」
「いや…まさか、この町に春が来ていない原因なんだが、……節分を忘れたのが原因じゃないだろうな?」
「あはは」
 否定は無く。どういう訳か笑顔だけが返ってきた。隣に居る桜花が深い深い苦悩に満ちたため息を落とし、代わりというように肺から押し出すような声で呻く。
「…………なんていうかその、ごめんなさい」
 ――遠回しではあるが間違いなく、それは肯定の言葉であった。

 とはいえ、彼らとて決して節分を忘れて居た訳ではない。
「…変だとは思ったんだよなー。俺は風邪引いて高熱出すし、桜花ちゃんはその間に妙に連続して地縛霊やら疫病神やらを引き寄せて取りつかれて体調崩してて、姫ちゃん――あ、うちの祭神様な。姫ちゃんは留守にしてたんだ」
「それで節分が出来なかった、と」
「他にも色々。とにかく偶然が重なり続けたんだよ、それはもう不自然に」
 嘆息しながら、藤は手にした熱々のココアに口をつけた。場所は町の中心、小高い位置にある神社の境内にある休憩所だ。室内には、町の外であればとっくに仕舞われているであろうストーブが、冷えた室内を暖めていた。
「…ええと、ごめん、俺話が見えないんだけど…」
 集まった面々を見渡して一人きょとん、としていたのは、神社に併設されている神主一家の家の台所から顔を出した少年だった。こちらも九郎、藤とあまり変わりない年頃の高校生らしき少年だが、明らかに女物のエプロンをつけていて、それが妙に似合っている。
「だからね、工藤君。あなたに頼むお仕事が増えたって言う話」
 その少年に、買い物を済ませた桜花が手にした袋を手渡す。中身は色々だが――商店街で購入した魚や野菜、肉類はともかくとして、大量に購入された大豆は異様な存在感を放っていた。中身を覗き込んだ少年、勇太は、話の流れが見えないらしく、引き攣った笑みで桜花に向けて首を傾げた。
「つまり俺、どうすればいいの?」
「あなたは料理続行よ、工藤君。あとついでにその大豆、片っ端から全部炒り豆にして頂戴」
「そっか、分かっ……全部!?」
 思わず、という様子で袋の中身と、集まった面々――藤と桜花、それに蓮生と九郎――を見比べる勇太に、笑顔の藤と不機嫌そうな九郎がそれぞれ頷いた。
「そうだね、全部だね」
「そうだな。まぁそれくらいあれば町中で節分やるには足りるだろ」
「あの…ここ、家庭用の調理器具しか無くて、オーブンとか割とサイズが小さいんだけど」
 おずおずと申し出た彼の言葉に、無表情に頷いたのは桜花だった。
「そうね」
「…業務用の調理器具とか借りられたり」
「しないわ」
「ですよね…!」
 半ば自棄、という様子で叫んでから、勇太は桜花から大量の大豆を受け取った。町中にばら撒くと言っていたが、その質量はもう凶器に近い。項垂れる勇太の肩を、桜花はぽん、と叩いた。あまり表情の変わらない口元が僅かに緩む。
「花見の料理は私がやるから、あなたは大豆を炒る作業だけしてもらえればいいわよ」
「それはそれで辛いものがあるよ!? 大体これ、2,3時間は水戻ししないと使えないでしょ」
 ぶつくさ言いながらもどうも頼まれたことを無碍には出来ないタイプであるらしく、彼は律儀に台所へと戻って行った。それを見送り、桜花が立ち上がる。
「私も手伝ってくるわ」
「うん、桜花ちゃん、『気を付けて』ね」

***

 彼らが出かけ、境内が静まり返ってから、どれくらい経過しただろうか。
「…うわー…」
 真っ先にその「異変」に気が付いたのは、神社の近く、台所でせっせと大豆を炒っていた勇太だった。それまでびゅうびゅうと冷たい北風に揺れていたガラス窓から、一転して、暖かな日差しが差し込んできたのだ。それで窓を開けると、本当に今までの光景がまるきり嘘のように、彼の目の前では薄紅の桜が咲き誇ってり、冬の空気はすっかり塗り替えられていた。
「…あら。とうとう佐保姫が来てくださったのかしら」
 その隣で、こちらもせっせと昆布巻きを作っていた桜花が手をとめ、目を細める。
「やっと、ここにも春が来たのね」
 ふぅ、と細く長く彼女が息を吐きだす。――と。
 最初に違和感を覚えたのは勇太の方だった。台所は室内故に、日差しが差し込めば影も出来る。未だ、さっきまでの冬の冷たさが取り残されたようなその小さな影から、強烈な感情を彼は察知したのだ。
「佐倉さん――」
 その影に近い位置に居る桜花に警告をしようとして、だが、その言葉は僅かに間に合わない。え、と顔を上げた桜花が、影から「何か」にのしかかられて、悲鳴も上げずにその場に倒れ伏した。
<嫌だ! まだ帰りたくない! 帰らないからな!!>
 子供が癇癪を爆発させたような強烈な感情が、勇太の神経に突き刺さる。
「…これ、まさか、例の冬の…」
 黒姫――冬の女神の配下。町中で冬をばら撒いていた「モノ」。
 神社までは入ってこない、と藤はそう請け負っていた筈だが、どうやら呼び寄せられた「春」に追い詰められ、とうとうここに入り込んでしまったものらしかった。
 咄嗟に能力のリミッターを外しかけ、はっと我に返る。相手は形を持たない、霞のようなものだ。サイキックとしての彼の異能は確かに相手の心の声を、言葉を感知出来ているので、恐らくテレパシーの類は通用するのだろうが、
(…どうしよう。攻撃できるものなのかな。出来るとしてもこの位置だと、佐倉さんを巻き込みかねない…)
 迷う勇太の前で、床に這いつくばるような恰好になっていた桜花が、吐き出すように声を絞り出した。
「…工藤、君…ッ、豆…!」
「こ、この状況で豆のこと気にしてる場合ー!?」
「…い、いいから、豆…大豆、撒いッ…!」
 言葉が途中で途切れたのは、完全に彼女が背中にのしかかる「モノ」に耐えられなくなり、倒れ伏したからだった。時間が無い、と、勇太は腹を決める。
(よく分からないけど、相手が相手だし…!)
 ええいままよ、とまだ粗熱の取れていない豆を一掴み。そのまま、勢いに任せて勇太はそれを投げつけた。
 ぱらぱらと軽い音をたて、大豆は桜花の身体にぶつかり、床に落ちる。
 ――間は、一瞬。
<――――――――!!!!>
 声ならぬ声をあげ、桜花の身体から「何か」が飛び出した。熱いものに触れて驚いた、というような、そんな殆ど反射的な動きに、勇太にはそう見える。
<くっ…黒姫様が節分を遠ざけておいてくれたというのに、この人間め…! 何てことしやがる!>
「何って、そっちこそ何してるんだよ!」
<その人間の身体を乗っ取ろうとしてたに決まってるであろうが>
「駄目に決まってるじゃない。乙女の身体なんだと思ってんのよ」
 腹立たしげに長い髪をかきあげながら、倒れていた桜花がやっと身体を起こす。勇太がほ、と安堵の息をついたのも束の間、
<ふん、そんな脆弱な身体で何が出来る…! せいぜい黒姫様の役に立って貰うぞ、小娘!>
 影に居た「それ」が、再び鎌首をもたげ、桜花に狙いを定めた。が。
 ――今度は勇太の方が、早かった。咄嗟の判断で勇太が「動かした」のは、台所に積まれていた大豆の山である。それが崩れ、――観察している人間が居れば「不自然な」と感じる程度の勢いで、「それ」に襲い掛かる。ぎゃ、と悲鳴をあげてのけぞった「それ」に、相変わらず無表情のまま、しかし完全に目の据わった桜花が、いつの間にか手にしていた榊の枝を突きつけた。
 ひ、と、黒い靄は悲鳴を呑み込んでするすると消えて行く。
 それを見送り、今度こそ安堵に笑みを浮かべた勇太に向けて、桜花が僅かに微笑んで見せた。
「ありがとう、工藤君。助かったわ」
「何のこと? たまたま運よく大豆が落ちてきたんだよ」
「ふぅん。じゃあそういうことにしておいてあげる。謙虚な男は嫌いじゃないわ」
「だから、謙虚とかじゃないって…」
<私も嫌いじゃないわねぇ。こういうタイプはからかって楽しむのが一番だわぁ>
 と。唐突に、場にもうひとつ、声が混じる。驚いて勇太は当たりを見渡すが、そこにあるのは自分と桜花の姿だけだ。
 しかし桜花には察しがついたらしく、彼女はす、とその場で膝をついた。冷たい台所のフローリングに躊躇なく正座をして、頭を下げる。
「…佐保姫様。ウチの馬鹿の馬鹿な召集に、応えて頂いてありがとうございます」
「え…」
 佐保姫。春の女神。名前だけは聞かされていた勇太はぎょっとして、声の聞こえた方を見遣る。そこからはぼんやりとだが、暖かな気配が伝わってきた。
<あらぁ、いいのよー。可愛い男の子の頼みだもの、おねーさん頑張って答えちゃうわー。こちらこそごめんなさいねぇ、ウチの妹がどうやらオイタをしたみたいで>
 ――応じる声は呑気というか、鷹揚と言うべきか。それから彼女は勇太に向けて、うふふ、と小さな笑みと共に声をかけた。
<それじゃあ、黒姫を叱ってから、お花見と洒落込みましょうかぁ。この町に、ちゃーんと春を呼ばないとねぇ>

***

 既に時刻は夕刻になっていた。薄暗く群青色に染まる空気に、しかし昼まで漂っていた凍てつくような寒気はもう混じっていない。混ざるのは、はらはらと落ちる薄紅の花弁だけだ。
 それから、賑やかな気配だけ。
 神社の境内から漏れ聞こえる喧騒は華やかな春の気配を帯びて、空気を塗り替えていくようだ。

 辺り一帯から雑多な「気配」だけを感じながらも、それらが決して悪意を向けては来なかったので、勇太は気付かぬふりを通すことに決めた。それよりも、いつの間にか――本当にいつの間にか人数が増えた花見客に振る舞う料理で彼は忙しかったのである。台所で追加分の卵焼きを焼いていると、隣に来た桜花が愚痴るように呟いた。
「節分も後できちんとやり直しておかないといけないのよねぇ」
 彼女の視線の先は、さっき勇太が崩してしまった大豆の山がある。
「…じゃあこの大豆、やっぱり全部炒るんだね、佐倉さん」
「そうね。まぁ、急がないから、のんびりやることにするわ。…それとも工藤君、手伝ってくれる?」
「で、出来れば遠慮したいかな…」
「あら、節分の話よ。幼稚園や老人ホームで、豆撒きをするの。ボランティアだからお金は出ないけれど」
 邪気祓いだからやっておきたいけれど、季節外れだから、施設の人にどう言い訳するかが面倒ね。
 そんなことを告げられて、勇太は少し思案する。ボランティアで、幼稚園で豆撒きのお手伝い。今度こそ平和な依頼になりそうではある。お金が出ないのは難点といえば、やや難点か。
「それなら考えておこうかな」
 肯定的な返答に、桜花が口角を微かに上げる。機嫌が良さそうだ。
「そうね。是非お願い。『鬼役』やってくれる人、なかなか見つからないの」
「そっか、鬼役か…うん…」
 複雑な気分ではあったものの、悪い気分ではなかった。勇太は春休みの自分の予定表を思い起こし、さて、空いている時間はいくらでもあるが、どうしようかと思案に耽ることにした。
 彼の思案を余所に、神社の境内からは、明らかに勇太の眼に見えている人数分以上の喧騒が聞こえてくる。どうも先程から規模が大きくなっている辺り、「見えない」客人は数を増しているようでもあったが、何しろ桜が綺麗で、風が温かくて、空には月も見え始めている。
 悪い気分になれるはずもなかった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 2895 / 神木・九郎  / 17歳】
【 3626 / 冷泉院・蓮生 / 13歳】
【 1122 / 工藤・勇太  / 17歳】
【 3689 / 千影  / 14歳】
【 7969 / 常葉・わたる  / 13歳】

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■         ライター通信          ■
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納品が大変遅れ、申し訳ございませんでした。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。

カテゴリー: 01工藤勇太, 夜狐WR |

未来航路と羅針盤

それはとある、よく晴れた爽やかな朝のホームルームでの出来事だ。

「よーし、じゃあ今から進路希望調査の用紙を配るぞ。よく考えて、来週までに先生の所に提出する事」

 そんな事を言いながら、手にしたプリントを配り始めた担任の言葉に、クラスの空気がざわり、と何とも言えない感じにざわめいたのを、工藤・勇太(くどう・ゆうた)は感じた。それは、彼自身の胸の内にも去来した言葉には表せない感情と、同じ種類のものだ。
 前の席から回ってきたプリントを、1枚とって後ろに回す。そうしながらプリントに印刷された『進路希望調査票』という文字を、見て。

(もうそんな時期なんだ‥‥)

 決して早過ぎるというわけじゃない、事は勇太にも解っていた。1年生の時にも、入学したばかりの頃に同じような用紙を配られて、立ち止まる事を許されないのかというような、漠然とした落胆を覚えたことを思い出す。
 けれどもどうしても、まだ早いんじゃないのか、という気持ちが拭えない。だが同時に、ぼんやりと感じていた未来への不安に、明確な形をつけるべき時期なのだと否応なしに突きつけられた様な気も、して。
 勇太だけではなく、クラスメイト達も似たような気持ちだったのだろう。朝のホームルームが終わり、担任が教室から姿を消した瞬間に、教室中のそこかしこから悲鳴にも似た声が上がった。

「どうする?」
「俺、こないだの模試の成績、悪かったからなー‥‥」
「こないだだけじゃないだろ、お前は」
「実家から通える所かなぁ、やっぱ」
「国立行けたら良いけど、キツイんだよな」

 そうして賑やかにクラスメイト達が話し合うのは、そんな内容だ。勿論当たり前のように、友人達は進学を考えているのが、その会話から伺える。
 それは実のところ、勇太も同じだった。やはりどこかの大学に進学したいと思っていたし、面倒を見てくれている叔父も幸い、進学を推してくれている。
 けれども、どこの大学を目指しているのか、行くなら何学部なのか、という話題で盛り上がる友人達の話を、どこか遠い世界の出来事のような気持ちで聞いている自分が居る事も、勇太は感じていた。確かにそれは自分自身が思い描く未来でもあるはずなのに、掴もうとした瞬間に手の中でほろりと崩れ落ちてしまう、陽炎を見つめているような気持ち。
 ――勇太は普通に、ごくごく平凡に暮らすのが夢だった。ありふれた、ありふれた日常。どこにでも掃いて捨てるほどある、ありきたりで代わり映えのない。一体あの人は何が楽しくて生きているのだろうと、誰もが首を傾げるような、飽き飽きするほどの平凡な――
 ならば草間興信所になど行かなければ良いのだと、事情を知る誰かが聞けば思うだろう。自分でもちょっと、そう思っている部分は、あるのだし。
 だが草間興信所へ行けば、超能力で所長である草間・武彦(くさま・たけひこ)の助けになれる。それが勇太には嬉しかったし、何より、彼の前では能力を隠さず、思うままに使える事が嬉しかった。
 あの場所では、あの人の前では勇太は、本当の自分を偽らなくて良い。超能力者である自分を曝け出しても受け入れてもらえる、と言う開放感や安堵感――それは確かに今の勇太を支える、礎の1つとなっているものだ。
 だが、それは勇太の望む『平凡な暮らし』ではありえない事も解っていた。そも、平凡な一般人というものは、超能力を使って事件を解決したり、人助けをしたりはしないものだろう。

(‥‥‥ッ)

 つきり、痛む胸を抑えて知らず、吐息を漏らした。
 普段は我ながら本当にバカな事もやって、クラスの友人達と騒いで、努めて明るく過ごしている勇太だけれども、自分の中にずっと巣食っている過去や、この身に宿っている能力への葛藤が消えているわけではない。むしろ吹っ切れていないからこそ、それは時に驚く程の影響力を持って、勇太の胸の中で荒れ狂う。
 能力者である自分を肯定し、あるいは開き直り、在るがままに居たいという思い。だがそんな事は許されないのだと、自分の能力は忌避するべきものなのだと、確かに人に不幸を齎したのだという事を忘れるなと、激しく警鐘を鳴らすもう1人の自分。
 一体どちらが本当の気持ちなのか、実の所、勇太にもまだ解らない。どちらも本当な気もするし、どちらも偽りな気もするし――そんな風に惑う自分自身すら本当は許されないのではないかと、嫌悪にも似た複雑な気持ちがずっと、胸に巣食っている
 複雑な心境だった。だから勇太はがしがしと頭を掻いて、賑やかな教室の中で1人、盛大に溜息を吐きながらプリントの『進路希望調査票』という文字を見つめる。
 勇太の困惑などもちろん置き去りに、このプリントには何らかの文字を書いて、担任に提出しなければならない。だが一体、何と書けば良いのだろう‥‥?

「進学希望。何をやりたいかはこれから考える。――って書いたら怒られるかなぁ?」

 誰にともなく尋ねた言葉は、教室の雑踏に紛れてどこかへ消えてしまう。何だか、道に迷ってしまった子供のような心地がした。

 放課後になると今日も今日とて、勇太は草間興信所へと足を運んだ。それは勇太にとって意識せずとも向かってしまうもう1つの居場所のようなものであって、今日は行くまいと思っていても自然と足が向いて気付けば興信所の前、なんて事も珍しくはない。
 そんな勇太をいつも通り、武彦は当たり前に出迎えてくれた。そうして彼が抱えている事件の、もちろん詳細な所までは教えてくれなかったけれども――テレパスである勇太にはその気になれば解ってしまうのだけれども、それは彼に対しては何となく躊躇われる――大まかな話を聞き、協力を申し出る。
 テレパス、サイコネキシス、テレポーテーション。それらを駆使すればたいていの事は解決するように思えるけれども、実のところ、使い所を考えるのはあくまで勇太な訳で、なかなかに頭脳労働だったりして。
 それでも幼い頃から身の内にあった能力だから、ある程度の事は感覚で掴めている。テレパスで相手に働きかけて、あたかも自分の意志でそれを行ったかのように思わせ、動かすことも可能だ。
 だから今日もそんな能力を駆使して、武彦が依頼を片付ける手伝いを、した。最終的には逃げる犯人の足元をサイコネキシスで絡ませ転ばせて、武彦と共に犯人の間近までテレポートして取り押さえる。

「今日も助かったよ。ありがとう」
「たいした事じゃないです」

 そうして取り押さえた犯人を警察に引き渡した後、武彦がてらいなく当たり前のように笑ってくれるのに、勇太はそう言いながら、はにかむ笑顔を浮かべた。この人は絶対に、勇太の能力を否定したり、奇異な目を向けたりしない。
 ただ当たり前に、当たり前に勇太を、勇太の能力を認め、一個の人間として接してくれるのが、勇太には本当に嬉しかった。平凡ではありえないと、解っていても此処に居るのが気持ち良くて、もっとこの人に認められたくて――惑って、しまう。
 また、進路希望の紙を思い出して勇太は眼差しを、揺らす。それを武彦には悟られたくなくて、ぐっと力を込めて『いつも通り』の笑顔を、作る。

「じゃ、俺はそろそろ帰りますね。また何かあったら呼んでください」
「あぁ、気をつけて‥‥と。思ったより遅くなったな。勇太、時間はあるのか? どうせだから夕飯を食って帰ろう」
「夕飯、ですか? そりゃ、予定なんかないですけど」

 武彦の言葉に頷くと、よし、と頷いた彼はきょろ、と辺りを見回した。そうして見つけた看板へと、勇太を促しすたすた歩き始める。
 そうして連れて来てもらったのは、大人の雰囲気漂う気取ったお店なんかじゃなくて、ありふれたファミレス。にっこり笑顔のお姉さんが「何名様ですか?」と尋ねるのに、武彦が2本の指で応えると、頷いたお姉さんがメニューを手に店内を歩き出す。
 その後ろについて歩きながら、何気なく店内を見回すと、勇太ぐらいの年代の者もちらほら見られた。学校か塾のテストが近いのだろうか、イヤホンを耳に挿し込んで勉強に勤しんでいる女子高生が居る一方で、友人同士なのだろう、数人でテーブルを囲んだ男子学生が賑やかに、ああでもない、こうでもない、と話し合っている。
 聞くでもなく耳に届いた会話は、やっぱり進路の事だった。それに何となく気まずさを覚えて勇太は、そちらへ視線を向けないようにしながら案内された席に座り、メニューをざっと見てチキンライスを注文する。
 そうして注文した食事が運ばれて来るまで、聞こえてくる会話を掻き消そうとするように、さっきの依頼の話や、テレビなんかのどうでも良い話を休みなく喋りまくった。我ながら実にくだらないと思うような話題まで、ひたすらに。
 ――そんな勇太の、進路に惑い悩む心境を見抜いていたのか。さほど待たずに運ばれてきた料理を2人食べていたら、武彦がふいに店内にちらほら見える高校生達に視線を向けながら、言った。

「そういえば、俺がお前くらいのころは、色々と悩んでいたな」
「色々?」
「進路とかな。大学に行こうか、それ以外の道に進もうか。行くならどの大学にするか」
「――草間さんが?」

 その言葉に、勇太は思わずチキンライスを食べる手を止めて、愕然と武彦を見つめる。よく考えて見れば当たり前なのかも知れないけれども、どこか信じられない心地だった。
 もちろん日頃から迷いも悩みもない姿ばかり見ている、というわけではないにせよ、勇太にとって武彦は遥かな大人なのだ。だから、そんな彼が勇太達のように高校生だった、という事だって俄かには信じられないし、その場面を思い浮かべようとしても、どうやっても想像出来ない。
 勇太の引き攣ったような表情からそれを察したのだろう、武彦はほんの少しばかり傷ついたような表情を作って、心外だ、と呟いた。けれどもその響きは、勇太の戸惑いをむしろ楽しんでいるのが、解る。
 ちょっと拗ねたように唇を尖らせた勇太は、だって、と呟きチキンライスを掻き混ぜた。そんな勇太を見て武彦はまた笑い、手元のミートスパゲティをフォークに絡める。
 そうして口に運び、飲み込んで。

「結局、色々と悩んだわりに、行き着いたのは探偵なんて怪しい職業だ」
「怪しいって‥‥それ、草間さんが言っちゃいますか?」
「俺だから言うんだろ。――探偵なんて生業、一般人から見たら怪しいに決まってる」

 くつくつと笑う武彦に、それもそうかと勇太は笑った。笑って、冷めかけたチキンライスを頬張る。
 勇太自身は武彦の手伝いをするために、超能力を使うからこそ彼の手伝いをするのは『平凡ではない』と判断していた。だがそれこそ、超能力なんて関係なく、そこらを歩くサラリーマンや主婦から見れば探偵なんて、存在する事は知っていても縁の遠い、どこか得体の知れない職業だろう。
 それを、当の武彦自身が言うからこそ、説得力がある。そして自分で言ってしまうからこそ、その言葉は嫌味にはならない。
 何だか愉快な気持ちになって、口の中のチキンライスを飲み込んでから、それで、と勇太は武彦に尋ねた。

「それで結局、どうしたんですか?」
「あぁ? 結局、なぁ‥‥さて、どうしたんだったか。散々悩んだ挙句、やりたい事をやろうと思った、んだろうな」
「やりたい事?」
「ああ。やりたい事だ。――今の暮らしもな、人から見りゃ怪しげだろうが、俺にとってはこれが当たり前だからな。日々、平々凡々に暮らしてるさ」

 ミートスパゲティを口に運びながらそう言った武彦に、ふぅん、と鼻を鳴らす。鳴らして、チキンライスをまた頬張る。
 そうして2人、顔を突き合わせてもさもさと料理を平らげた。それだけじゃちょっと物足りないと、追加で注文したフライドポテトとウィンナーに、ケチャップをつけて口に放り込みながら、さらに話す。
 それはひどくのんびりとした、穏やかな未来への時間。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【整理番号 /  PC名  / 性別 / 年齢 /   職業   】
 1122   / 工藤・勇太 / 男  / 17  / 超能力高校生

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

初めまして、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

息子さんの進路相談会(違)な物語、如何でしたでしょうか。
お言葉に甘えて、かなり自由に書かせて頂いてしまいましたが‥‥何かイメージと違うところがございましたら、お気軽にリテイク下さいますと幸いです。
高校生の頃って、身近な大人の人が遥かな高みに見えたりするよね、とか思いながら書かせて頂きました。

息子さんのイメージ通りの、惑い惑う中に道の1つを見出すノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と

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宝石の瞳

あやかし荘、柊木の間の縁側。一人の青年と1人の少女の間には、シュークリームが1つ乗った皿と緑茶が入ったグラスが2つ。
「それにしても、美味しいね、これ。」
そう言って少女、柚葉がシュークリームに笑顔でかじりつく。
「そいつは良かった」
青年、勇太は軽く微笑んでその光景を見ている。もちろん彼のシュークリームは、二人のあいだに置かれた皿の上だ。
「勇太ちゃんはたべないの?」
あっという間にシュークリームを食べ終わり、柚葉が尋ねる。
「食べるならやるよ」
「ありがとう」
嬉しそうに笑って、皿の上に置かれたシュークリームにかじりつく。
「本当に旨そうに食べるなぁ」
感心しながら勇太がそういうと柚葉は食べる手を止め首をかしげる。
「なんで?これ、美味しいもん。特別なシュークリームだから」
「特別?」
今度は勇太が首をかしげる番だった。
「うん。だって勇太ちゃんが買ってくるシュークリームだよ?」
柚葉が嬉しそうにしっぽを揺らしてシュークリームをほおばる。

勇太が柚葉に初めて出会ったのは、少し前のことになる。
犬を苛めようとしている、男数人と、犬をかばう柚葉を学校からの帰り道に偶然見つけたのだ。
「お……」
止めさせようと勇太が声を出した瞬間、柚葉を男の一人が金属の棒で殴ろうとしたのだ。
とっさに、サイコキネシスで、柚葉に向かって振り上げられた棒を男の手から弾き飛ばす。
その棒が勇太の足元まで転がっていくのと同時に男たちの視線も勇太に集まる。
「アンタら、いい歳して……やめろよ。カッコ悪い」
そういって勇太が棒をひろい、男たちを睨みつける。
「ば、化物!」
棒を弾き飛ばされた男がそう怯えたようにそう言って逃げ出すと、他の男たちもお互いに顔を見合わせ、逃げていった。
「大丈夫か?」
柚葉と犬に駆け寄る勇太。
「うん。ありがとう」
そう笑顔でお礼を言う柚葉と、くぅーんと甘えたような声で鳴く犬。犬の怪我もたいしたことないようだった。二人の言葉にホッと胸をなでおろす勇太だったが、さっきの男の言葉がずっと引っかかっていた。
『ば、化物!』
その言葉が脳内で何度もリフレインする。もう言われ慣れた言葉のはずなのになぜか胸が痛かった。
その時、柚葉が勇太の服を引っ張って、こう言った。
「化け物(妖怪)ならあやかし荘にいっぱいいるよ。遊びにおいでよ」
それは、彼女なりの励ましなのだと、力を使わなくても分かった。少し笑って勇太は柚葉の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「なっ、なにするんだよ」
「ありがとな。俺は工藤勇太。あんたは?」
「ボク?ボクは柚葉だよ。なんで頭わしゃわしゃ、ってするの?」
「褒めてるんだよ。で、その『あやかし荘』ってのはどこにあるんだ?」
そう言って、勇太が手を離すと柚葉はポケットから小さくたたまれた地図を出し、
「これ、地図だよ。じゃあ待ってるね」
そう言って走って去っていった。
そして、もらった地図を頼りに後日、あやかし荘に初めて行った時、土産に買ったのがこのシュークリームだった。

「そうだったけ?よく覚えてるな」
「うん、勇太ちゃんが初めて来た日のお土産だもん」
嬉しそうに話す柚葉の頭をわしゃわしゃして、勇太は笑った。
その笑顔を不思議そうに見ていた柚葉が急に勇太の顔を両手で包んだ。
「どうした?」
「勇太ちゃんの目、綺麗。」
突然のことに固まる勇太に柚葉がそう言う。
その声から、純粋な感想だろうと感じた勇太は嬉しく思ったが、この目の成り立ちを考えるとそんな気分も消えてしまった。
「俺はこの目が嫌いだ」
つぶやくように言う勇太に柚葉は不思議そうに尋ねる。
「なんで?宝石みたいにキラキラしてすごく綺麗だよ?」
純粋な瞳で覗き込むように見つめられて勇太は無意識にフッと微笑んだ。
「何?ボク変なこと言った?」
「いや、でもあんたの目も綺麗だよ。金色で琥珀みたいだ」
「こ……は……く?」
「宝石の一種だ。あんたの目みたいに綺麗な金色の宝石」
「そうなんだ。見てみたいなぁ」
心から楽しそうな柚葉に勇太は胸のあたりが暖かくなるのを感じた。

こんな穏やかで明るい日が続けばいいのにと心から勇太は思った。
その思いに答えるように、カラン、と2つのグラスの氷が呼吸を合わせ同時に音を立てた。

Fin

カテゴリー: 01工藤勇太, 川知真WR |

作戦名は大掃除

【オープニング】
 ある日の午後のこと。
 草間武彦は、事務所のデスクの上を引っ掻き回して、何かを捜索中だった。
「おっかしいな……。たしか、このあたりに置いたと思ったんだがなあ……」
 ぶつぶつと呟いては、積み重ねた書類の山をあっちこっちとめくってみたり、どかしてみたりとせわしない。
 新年が明けて久しいが、草間興信所には「年末の大掃除」などという言葉は無縁だったらしい。そこいら中にファイルや紙の束、書籍が山をなし、デスクと来客用のテーブルの上には吸殻で一杯になった灰皿と、コーヒーのシミがこびりついたカップがそのままになっている。
「おーい、零。あの資料……」
 とうとう探すのをあきらめ、草間は奥へと声をかけようとして、言葉を途切れさせた。
「そうだった。今、零はいないんだ」
 麗香たちに誘われて、年末から温泉旅行に出かけたのである。草間は、仕事が忙しくて残念ながら同行できなかった。
「そういえば、零。明日は戻って来るんだよなあ」
 ふとそんなことを呟いて、草間は改めて室内を見回した。そして、思わず頭を掻く。
「これって……マズイよな」
 誰がどう見ても、事務所は汚かった。何日も掃除していないだろうことがすぐわかる。零が戻って来たら、当然その場で掃除を始めようとするに違いない。だがさすがに、旅行から戻ったばかりの義妹にそんなことをさせるのは忍びない。
「掃除……するか」
 呟いたものの、これを一人でどうにかできるとは、彼にもとうてい思えなかった。
 ――ということで。彼はケータイを手にすると、助っ人を呼ぶべく、電話をかけ始めたのだった。

【1】
 工藤勇太の元に草間から電話があったのは、彼が宿題と格闘しているさなかだった。
『冬休みなんだし、暇だろ? 掃除を手伝ってくれよ』
 電話の向こうでそんなことを言う草間に、勇太は思わず返したものだ。
「俺だって、忙しいんだよ? 冬休みの宿題が、まだ終わってなくて。今やってる最中で……」
『おい……。高校の冬休みって、明後日ぐらいには終わりじゃないのか?』
「そうですよ。だから、忙しいんですって」
 草間の声の不穏な響きに気づかず、勇太はここぞとばかりに、「忙しい」を強調する。途端に。
『そりゃ、おまえが悪いんだろうが。自業自得だ。それより、いいから事務所に来い』
「草間さん、横暴」
 強引な言葉に反論するも、一方では彼がこんな言い方をするのはよほど困っているのだろうとも思う。だが、宿題をここで放り出してしまっては、始業式に間に合わない。
 しばし考えた末、勇太は言った。
「じゃあさ、手伝うかわりに、俺のも手伝ってもらえませんか?」
『おまえな……』
 むっつりとした声が返って来たが、それはすぐに溜息に変わる。
『わかったよ。少しだけなら手伝ってやるから。……じゃ、とにかく頼むな』
「ありがとうございます!」
 内心に小さく喝采しながら、勇太は礼を言って電話を切った。そのまま、すぐに草間興信所へと向かう。
 行ってみると、中には草間ともう一人、彼と同じく高校生ぐらいの、しかしどう見ても外人だろう金髪の少年がいた。
「悪いな、勇太。……こっちは、若命永夜だ」
「……よろしく」
 草間の言葉に、永夜と紹介された少年がうっそりと頭を下げる。草間は永夜にも勇太を紹介してくれたので、勇太も挨拶したものの、内心には相手が日本人らしいことにかなり驚いていた。
 もっともそれも、事務所内に視線を向けて、すぐに吹き飛んでしまったけれど。
「……なんか、すごいですね」
 事務所の中は、これまで彼が見たこともないほどちらかっていて汚かった。草間は簡単に「掃除」と言ったが、これをかたずけるなら「大掃除」だろう。
「えっと……で、まずは何をやったらいいんですか?」
 勇太は、気を取り直して尋ねる。
「あー、そうだな」
 草間も途方にくれたように、頭を掻いて室内を見回した。
「捨てるものと……必要なものを仕分けして、捨てるものは捨てると少しはきれいになると思う」
 それへ永夜がぼそりと言った。
「あ、なるほど。そうだよな。まずはゴミを捨てて、拭いたり掃いたりはそれからだよな」
 勇太もぽんと手を打ってうなずく。
 そんなわけで、三人はまず、ゴミ袋を片手に事務所内にちらかったものの仕分けを始めたのだった。

【2】
 小一時間ほどで仕分けは終わり、事務所内は多少マシな状態になった。
 だが、不要なものがゴミ袋におさまり、必要なものもスチールラックや机の引き出しの中などにかたずいてしまうと、今度はテーブルに置かれたままのカップや、放置された洗濯物が目についた。もちろん、事務所内の埃や汚れも気になる。
「……洗い物、洗濯。やることがいっぱいあるね」
 ぼそりと言って、永夜がてきぱきと洗濯物をかき集め、カップを手に奥へと入って行く。
「悪い。台所にも、洗い物が残ってるんだ」
「……了解」
 草間の言葉にぼそりと答え、彼はそのまま奥へと消えて行った。
 それを見送り、勇太は草間をふり返る。
「じゃあ、俺たちはこっちを掃除してしまいましょうか」
「そうだな」
 草間もうなずき、奥から掃除用具を持って来た。
 二人がかりでやれば、掃除などすぐに終わるだろうと誰もが思う。だが、さにあらず――。
「うわっ!」
 ハタキ掛けしていた勇太の口から、頓狂な声が上がった。勢いあまって、せっかくスチールラックに並べたファイルを盛大に落としてしまったのだ。
「おい、勇太」
「ご、ごめんなさい!」
 草間に呆れ顔で見られて、慌ててサイコキネシスを使い、落としたファイルを元のラックに戻す。だが、草間からはハタキを取り上げられてしまい、掃除機を掛けるよう言われてしまった。
 やや悄然として、今度は掃除機を掛け始める。が。
「……っと、おい、こら、そんなもん吸い込むんじゃねぇ」
 デスクの上に重ねた書類を吸い込んでしまい、青くなった。
「勇太。真面目にやれ」
「いや、別に遊んでるわけじゃあ……」
 草間に睨まれ、笑ってごまかしつつも、今度もサイコキネシスで吸い込まれた書類を取り戻す。
 それでもなんとか掃除機を掛け終わり、草間ともども雑巾を手にした。しかし今度は。
「わわわっ!」
 雑巾掛けに集中するあまり、バケツに気づかず足に引っ掛けてしまったのだ。
 おかげで床は水浸しになり、勇太自身も靴やズボンがびしょ濡れだ。
「おい~。勇太?」
 草間もさすがに、呆れ果てたという顔つきでそれを眺めている。
「す、すみません……!」
 勇太は謝りつつも、みたびサイコキネシスをフル稼働させ、床に流れた水を全てバケツの中へと集めた。ついでに、草間が用意した雑巾全部を動かして、濡れた床を拭く。

【3】
 ようやくあとかたずけが済んだところへ、奥から永夜が出て来た。
「……僕の方は、終わったよ」
「すまなかったな。じゃ、こっちも手伝ってもらえるか。あとは、拭き掃除だけだから」
「……了解」
 草間の言葉にうなずき、永夜は雑巾を手に取った。そのまま彼は、黙々と拭き掃除を始める。
 それを見やって勇太も、改めて雑巾をしぼった。今度は、慎重に床を拭く。
 草間はともかく、初対面の永夜の前で自分の持つ力を使うことには、抵抗があった。なるべくなら、他人にこの力は知られたくない。
 つまり、もう失敗してもサイコキネシスでそれを取り繕うことはできないというわけだ。なので、どうしても慎重にならざるを得ない。
 やがて、三人でせっせと拭いたおかげか、事務所の中は見違えるほどきれいになった。
「あとは、ゴミを捨ててくれば終わりだな」
 室内を見回して、草間がホッとしたように言う。
「ゴミは俺が捨てて来るから、おまえたちは掃除用具をかたずけておいてくれ」
「はい」
「……わかった」
 草間に言われて、二人はうなずく。
 一杯にゴミの詰まった大きな袋を四つ、両手に抱えて出て行く草間を見送り、二人は雑巾の入ったバケツと掃除機、ハタキをそれぞれ手にして奥へと向かった。
 それらを二人で手分けしてかたずけ、事務所の方へ戻ろうとした時だ。
「それ……どうしたの」
 永夜に指差され、自分のズボンを見やって勇太は軽く顔をしかめる。ズボンは濡れたままだった。床にぶちまけた水をかたずけるのに必死で、自分のことにまでは頭が回っていなかった。
「あー、ちょっと、バケツの水こぼしちゃってさ」
 笑ってごまかしつつ、勇太は頭を掻く。
「ふうん」
 永夜は曖昧にうなずきつつも、あたりを見回していたが、つと部屋の一画を指差した。
「……あれ、使えば」
 見れば、台所に続く洗面所の一画に、ドライヤーが置かれている。たしかに、あれを使えば、少しは乾くかもしれない。が、冬物の厚手のズボンだ。ドライヤーよりサイコキネシスで絞った方が、早いだろう。勇太は慌ててかぶりをふった。
「いいよ。俺んち、ここから近いし。帰ったらすぐに、着替えるからさ」
「……そうなんだ」
 永夜は怪しむ様子もなく、ただうなずいた。
「そうなんだよ。さて、戻ろうぜ」
 勇太はそれにホッとして言うと、事務所の方へと足を向ける。
 二人が事務所に戻ってみると、草間もちょうど帰って来たところだった。
「ご苦労さん。おかげで、助かったよ。ありがとうな、二人とも」
 草間が、二人の顔を交互に見やって言う。
「……これからは、ちゃんと定期的に掃除とか、した方が……いいと思うよ」
 小さくかぶりをふって、永夜が返した。
「俺もそれ、賛成。……って、そう言えば、彼女はどうしたんですか?」
 言ってから勇太は、初めて零の姿が見えないことに気づいて問う。
「年末から出かけてるんだよ。それが、今日帰って来るんだ」
 嫌な顔になって答える草間に、勇太は笑う。
「なんだ。草間さんも俺と変わらないんじゃん」
 言って、勇太は自分がまだ宿題をやりかけのままだったことを思い出す。
「……と、じゃあ俺、そろそろ帰ります。草間さん、約束、忘れないで下さいね」
 じゃあ、と軽く手を上げて挨拶すると、勇太は踵を返した。
 外はすでに、暗くなり始めていた。その空を見上げて大きく伸びをすると、勇太は寒風の中、家路をたどり始めるのだった。

【エンディング】
 翌日の午前中。
 勇太は、再び草間興信所を訪れていた。
 約束どおり、草間に宿題を手伝ってもらうためである。
 来客用のテーブルの上にはノートや宿題のプリントが広げられ、勇太も草間もただ黙々とシャーペンを握る手を動かしている。
 そこへ、お茶とお菓子の乗った盆を手にした零が現れた。
「少し、休憩にするか」
 草間の言葉に勇太はシャーペンを置き、大きく息をつく。
「やっぱ、手伝ってもらうと早いや。この分なら、なんとか始業式には間に合いそうです」
「そうか。そりゃよかった」
 幾分複雑な顔でうなずく草間を見やり、勇太は改めて室内を見回した。
 昨日訪れた時の惨状が嘘のように、きれいなままだ。もちろん、昨日三人で掃除したのだから、当然ではあるのだが――考えてみれば、これまで訪れた時もこんなふうだった。
(彼女がいるといないとじゃ、こんなに違うってことか。すげぇなあ……)
 テーブルにお茶とお菓子を置いて去って行く零の背中を見送り、勇太は小さく感嘆の吐息を漏らす。そのままつと草間をふり返れば、彼の傍の灰皿には、すでに吸殻がぎっしりと詰まれている。
(……らしいっちゃらしいけど、草間さん一人だったら、またあの惨状に逆戻り、かなあ……)
 小さく胸に吐息を落とし、勇太は苦笑と共にお茶を飲み込んだ――。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1122 / 工藤勇太(くどう・ゆうた) / 男性 / 17歳 / 超能力高校生】
【8714 / 若命永夜(わかな・えいや) / 男性 / 15歳 / 高校生】

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■         ライター通信          ■
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はじめまして。ライターの織人文です。
依頼に参加いただき、ありがとうございました。
こんな感じにまとめてみましたが、いかがだったでしょうか。
少しでも楽しんでいただければ、幸いです。

それでは、またの機会がありましたら、よろしくお願いいたします。

カテゴリー: 01工藤勇太, 織人WR |

Gate

「――――……これは、そっちの編集部で何とかする問題じゃないのか?」
 正月明けの草間興信所、しばらくの間武彦と零は年を跨いでの大掃除に明け暮れていた。そうして、ようやく落ち着いてきた頃、今更ながら依頼者が一人も来ないことに気付かされる。
「そうしたいのは山々なのですが、生憎別の案件で立て込んでまして。こちらはお任せすると碇さんが」
 そんな日の夕方、チャイムの音に慌ててドアを開ければ、そこには月刊アトラス編集部の桂が居り今に至った。 
「任せるも何もうちは祓いやでもなけりゃ、お前らの取材の手伝いなんて――」
「たまには零さんを良い場所へ連れて行ってはいかがですか?」
 その言葉には、思わず反論に詰まる。
 桂が持ってきた資料によると、最近とある遊園地の入場ゲート付近に霊のような存在を見かけるようになったらしい。その姿は高校生位の女の子で、開園前から閉園までずっとその場に居るという。誰かに危害を与えるわけではないものの、微動だにしないその姿は不気味かつ誰の目にも見え、噂は広まり客が減り続けていた。
「一応取材という名目なので、入園することになったとしても草間さんにパスポート料等の負担もありません。お食事も領収書貰ってきていただければ」
 その言葉に武彦の片眉が上がるものの、資料をテーブルに置き桂を見ると冷静に問う。
「おい……報酬はなし…ってことか?」
「強いて言うなら、解決できた場合状況を元に出来上がった雑誌を数冊――と言った所でしょうか。お名前は載せるので、宣伝効果はあると思いますよ」
 結局取材の肩代わりということである。
 そうして武彦が答えを出す前、桂は数枚のパスポート券をテーブルに置き帰ってしまった。最初からこの話に拒否権など無かったということだ。
「まっとうな探偵としての宣伝にはならないだろこれ……」
 先ほどまで桂が座っていたソファーに投げかける言葉は力なく、武彦は項垂れる。
「…兄さん、遊園地行くんですか?」
 やがて奥から控えめに出てきた零が武彦の背中に問う。そんな彼女に、武彦は顰めていた顔を戻すと振り言った。
「…………あぁ。何人か誘って遊びに行くか」

 そんなやり取りがあった数時間後。学生にとっては放課後と呼べる頃。
「草間さーん、こんにちは!」
 彼、工藤・勇太は興信所のブザーを押しながらそう声にした。程なくしてドアは零によって開けられ、彼女の笑顔で迎えられるが、室内へ入ればどうにも不機嫌な武彦がソファーでだれながら、眼だけで勇太を見る。
「今日はどうした、遊びに来ただけか?」
「はい? いや、何か依頼や調査があれば手伝いますけど」
 遊びがてら寄ったというのが動機としては正しいものの、武彦の口ぶりだと何かあるように思え、勇太は自ら話を広げた。すると武彦はソファーからずり落ちそうな体勢を整え、そのまま立ち上がり自分の机へと歩いていく。
「よし、じゃあ座っててくれ。多分、丁度良い頃合だ」
 そう言って時計に眼を向ける。時刻は午後四時を少し回ったところだった。
 もしかして誰か呼んでいるのだろうか?と勇太が考えたのも束の間、丁度興信所のブザーがけたたましく鳴り響く。零がドアへと走り寄り、ゆっくり開けた先には見慣れた姿を見つけた。
「あっ、」
 現れたのは男女の二人組だが、その男性――アキラと勇太は面識がある。しかし隣に佇む、ゴシックロリータを身に纏う少女には見覚えがなかった。揃ってやってきたということは、アキラの知り合いなのだろうが。
 ひとまずアキラに挨拶をしようと勇太が腰を上げかけた瞬間、煩いほどの足音が近づいてきたかと思えば、閉まりかけのドアからもう一人、金髪の少年が勢いよく興信所へと滑り込んできた。

 草間興信所には今、武彦と零はもちろんのこと、たまたま訪れたり呼び出されたりの四人がソファーに座っている。零がお茶を用意しに行った間に、まずは勇太が正面に座るアキラに対し口を開いた。
「アキラさん、お久しぶりです」
「勇太さん、久しぶり」
 面識のある勇太とアキラはそれぞれにこやかに挨拶を交わすものの、勇太は他の二人とは初対面であり、その二人も交わす会話がないことから、後の者とは初対面のようだ。
「ところでアキラさん、隣の方はお友達ですか?」
 まさか彼女ではないだろう……と考えながらそう言うと、アキラが口を開く前に少女が名乗り出た。
「初めまして、東雲杏樹と申します、どうぞ宜しくお願いしますね。お隣の方も」
 そう言い微笑んだ少女――東雲・杏樹(しののめ・あんじゅ)に、勇太は「俺は工藤勇太って言います。こちらこそ、宜しくお願いします」とわずかに頭を下げる。見た目からは同じくらいの年だろうが、見た目に反した日本名がなんともいえない違和感を与えていたし、結局アキラとの関係は明かされなかった。詮索するものでもないだろうと気持ちを切り替え、今度は隣に座る、こちらも見た目は明らかに外国人な少年に目を向ける。
「ん、俺か? 俺はメイリ・アストールだ。まぁ、よろしく」
 こちらは正真正銘の外国人なようで、勇太は内心安心すると同時、再度名乗っては「宜しくお願いします」と挨拶をした。
「もう名前は出てるけど…アキラです、宜しくお願いします」
 メイリに続きアキラがそう名乗ると、自己紹介が終わったことを確認する。こうして見ると、どうやら皆年が近い者が集まったようだ。
「宜しく頼むぞ、アキラと勇太は大丈夫だろうが――」
 そう武彦が横から口を挟んできた。
「あれ、二人はもしかして初めてだったりします?」
「ええ、私は彼に誘われて共にきたので」
「俺は姉貴に頼まれて、な」
「そうなんだ……俺は時々草間さんからこうして依頼受けたりしてて。今回は一緒に頑張りましょう!」
 勇太がそう言ったところで、零が五人分のお茶を運んでくる。
「あー、お前ら頑張るのもいいが、今日は話だけだぞ」
「そうなんですか?」
 アキラがそう言うと、早速武彦から依頼内容が伝えられた。その話に、勇太の思考が一時停止する。
「……(ゆ、うれい? って、当然幽霊? 幽霊、だよな?)」
 思わず内心何度も反芻してしまった。そう何度も確認してしまうほど幽霊は苦手だ。
「――あ、俺……ちょっと、腹が…この調子だと無理、かもしれません……」
 そうして思わず、考えもなく口をついて出た言葉。
「行こうと思ってるのは今度の土曜だ。日はまだ十分あるが、それまでに治らんか」
 それには武彦の気にかけるでもない、むしろ勇太の考えなど見破ったかのような追い討ちがかけられ、思わず「ぅ、ぁ…」と唸った後黙ってしまう。
 しかしふと隣に座るメイリの異変に気づき、思わず勇太は横目で彼を見た。愕然とした表情に開けっ放しの口。どこを見ているのか分からない目は、メイリが同士だと教えている。
 そして目の前のアキラへそっと目を向ければ、彼は苦笑いを浮かべていた。
「いや……俺も幽霊は苦手というか、ちょっと怖――っ!?」
 勇太が何か言う前に力なく正直に「苦手」と言葉にしたアキラは、唐突に声を失い身体をくの字に曲げた。これではまるで彼のほうが深刻な腹痛を訴えているようだ。あるいは幽霊の話などしていたからまさか寄って――という考えは即座に振り払い。
「あ、…アキラさん、どうしました? 大丈夫ですか?」
「うっ……だ、大丈夫。なんでもない、から」
 そう答え、片手を上げて見せたアキラに勇太はどうしたのだろうかと思いながらもひとまず身を引いた。
「ぁ、あの…少し、いいですか?」
 そこでそれまで物静かだった杏樹がおずおずと出した声に、思わず目を向ける。そういえば武彦の話を聞いて反応を変えなかったのは彼女だけだった気もする。しかしその考えに反し、彼女は今目にうっすらと涙を溜め、口元に手を当てていた。その手が少し震えているようにも見える。
「あの、私も幽霊は怖いですけれど……その、頑張りますから…。だから一緒に、頑張りましょう……?」
 最後、少し小首を傾げた仕草に、勇太は思わず胸が熱くなった。
「あっ、杏樹さんっ……」
 杏樹の隣で顔を上げたアキラも、目をキラキラと輝かせ彼女を見つめている。
 そして勇太の隣では、それまで放心しかけていたメイリが弾かれたかのように立ち上がり唐突に言った。
「おっ、俺は最初からこえーとか行かねーなんて…言ってねぇし!!」
「え」
「あら」
「……(相当ビビってはいたみたいだけど……)」
 思わず声を上げたアキラと、少し驚いた様子の杏樹、無言のままな勇太の視線を一気に受け、メイリは勢いのまま喋りだす。
「だ、だ、大丈夫たいしたことねーって! 怖がるようなもんじゃ――えーと何だっけ……」
 そこまで言っては一瞬考える素振りを見せ、「あ、思い出した」と、わざとらしくポンと手を叩いた。
「ほら、『みんなで行けば怖くない』って言うじゃん?」
 そうとは言わないと思うものの突っ込みは控えたが、結局自分が怖がっているのを誤魔化しているようにも思える……。
 先程驚いてはいたものの、今尚零れ落ちんばかりの涙を目に溜める杏樹とメイリの台詞を受け、勇太も結局後に続く。もうここからは勢いでいくしかない。
「いやっ、俺だってたまたま腹の調子がちょっと悪くなっただけで……土曜には完全に治ってるだろうから行けますってば!」
 そう一気に捲くし立てる。
「そう、だね……俺も、頑張り…ます」
 アキラはそう力なく笑みを浮かべていた。
「良かった……ではこの四人で、頑張りましょうね」
 最後に杏樹が涙を拭い、両手を顔の前で合わせながら笑みを浮かべると、思わず顔が緩んだ。
「……よし、んじゃあ土曜遊園地近くの駅前に、開園一時間前集合だ。頼んだぞ、ビビリども」
 武彦はそう言うと椅子を回転させ四人に背を向けてしまった。
「ちっ、違いますってば草間さん!」
「…ふふっ」
「っはは……」
「おっ、お、俺だってビッ、ビビリじゃねーし!」
 そうして四人各々複雑な思いを抱えながらも、土曜の朝はやってくる。

    □□□

 その日は絶好の遊園地日和といわんばかりの快晴。集合場所には武彦に零は勿論のこと、勇太に杏樹、アキラにメイリが集合し、それぞれ朝の挨拶を交わす。
 こんな現象が起こる前、開園一時間以上前から行列が出来ていた入場ゲートも、今では遠巻きに待つ人ばかり。ここからでは少女の姿は確認できないものの、ぽっかりと開いた空間から少女がどこにいるかは明らかだった。
 挨拶を交わした後の口数は皆少なく、内心武彦は失敗するのではないかと不安を抱きながらも遊園地へと足を進める。一歩遅れ零が続き、後に杏樹、隣にアキラ、その斜め後ろに勇太、その後ろにメイリと続いた。
 入場ゲート前まで来ると、駅前広場から見た時よりも、思っていた以上に入場待ちの人が居たことに気づく。
「皆さん、怖くないのでしょうか?」
 周囲を見渡し、杏樹が言う。
 しかし本当にこの場に佇んでいるだけの存在ならば、きっと気にさえしなければ問題はないのだろう。ゆえに入場客は減ったと言えど、居なくはなっていない。加えて、ここに居る者たちは足繁く訪れる熱烈なファンかもしれない。この遊園地に関連しているファッションや、持ち物をあちらこちらに見かけた。
「と、とりあえず開園前になんとかしたいけど、問題の少女って――?」
「もっ、もしかして…あの、子? え? まさか?」
 メイリは見つけた少女と皆を交互に見ながら、「そ、そうなの?」「いや、違う?」と誰にともなく問いかける。
「確かに彼女みたいですね……でもなんだか、思ってたよりも全然――」
 そうアキラが言うよう、恐怖はなかった。それは勇太も同じで、彼女を見て逆に何とかしてあげたいという思いを抱き始めていた。
 改めて彼女という存在は誰の目にも見える上、身なりもきちんとしている存在だ。言われてみれば確かにまだどこか幼さあるものの、長く綺麗な黒髪とシックな装いは、彼女を実際の年齢よりも大人に見せている。時折腕時計を気にしてみせる仕草は、事前の話どおり。
 メイリはそんな彼女に見惚れ、完全に言葉を失っていた。
「……可愛らしい方ですね。それで、皆さんこれからどうなさいますか?」
 各々抱く感情は多少違えど、すっかり口を閉ざしてしまった彼らに対し杏樹が口を開く。すると勇太が「まずは一つ」と、手を上げた。
「俺の力で、彼女と対話したいと思うんだ。そこで何かきっかけが掴めれば、その先動きやすくなるだろうから」
「まぁ、もしかしてテレパシーですか?」
「うん…勇太さん、お願い」
「テレパシー!? すっげぇな!」
 杏樹に感心されアキラに励まされた後、興奮するメイリに勇太は思わず苦笑いを浮かべる。正直テレパシーは一番制御が苦手で、普段はあまり使用しない。今回はこれが突破口になるだろうから、と思いながら一歩を踏み出す。
 後ろに佇む五人の視線が勇太へと集まるのは勿論、周囲で入場待ちをする者達の視線も六人に集まっている気がした。ただ、傍から見れば何をしているかなど分かるわけもないだろうと、勇太は頭を振ると彼女へ集中する。
 目の前に立っているにもかかわらず、彼女は勇太の存在など気にも留めていなかった。まるで、最初から見えていないかのように。それは勇太に限らずだが、彼女と周囲には見えない隔たりがあるように思えた。
 その証拠に、まず対話が成立しない。力が上手く作用していないのかと思うものの、何らかの情報はぼんやりと流れ込んでくる。彼女の感情の断片だろうか? それは怨みの念ではないものの、哀愁や喜びが入り混じった複雑なものだった。
「くっ……」
 次第に集中力が削げ、周囲の声が混じりだす。彼女の声が、感情が、乱れ掻き消えていくその瞬間。
「――あの、私もお手伝いいたしますね」
 微笑みながら、杏樹が勇太の隣に立った。その右手の平には小さなオルゴールが乗っていて、彼女がそれを回すと綺麗な旋律が辺りに響く。
「――――ぇっ!?」
 そしてそれは勇太の力に同調するよう。
「――…うぁっ!?」
 瞬間、それまで曖昧だった全てがクリアになり、勇太の頭の中へ一方的に情報が流れ込んだ。それは相変わらず断片的ではあるものの、先ほどまでとはまるで違い、彼女自身とその周囲が伺えた。彼女の学園生活、付き合っていた男の存在、プレゼントの時計、生々しい事故の前後。それを生前――の物という言葉では表せない事実にも気づく。
 力を使うことを止めると反動か、無意識の内半歩程後退りした。オルゴールの音はいつの間にか止んでいる。周囲の視線ももうこちらにはない。何も起きないことが分かり興味が失せていたのだろう。
 勇太は先ほど流れ込んだ情報を素早く整理し、どうしたものかと考える。気づけば隣に立つ杏樹が心配そうな顔で自分を覗き込んでいた。
「今ので何か分かりましたか?」
「あ……東雲さん、ありがとう。それ不思議な力、ですね?」
「お役に立てたのならば光栄です」
 いつの間にかオルゴールは彼女の手の中から消えている。種明かしはされないが、恐らくあの旋律のおかげで作用が増したのに加え、別の力も加わっていた気がした。
「っと言うか、勇太さん…大丈夫?」
「なんか顔色悪いし、調子良くねぇんじゃねーの!?」
 駆け寄ってきた二人は勇太を見るや否やそう言うが、確かに疲労感はあるものの、勉強疲れに似たようなものかもしれない。聴覚だけかと思っていた情報が、視覚的にも流れ込んできたため少し混乱しているものの、今のところ身体に異常はきたしていない。
「アキラさんにメイリ君……ありがとう、大丈夫。けど、これから言うことをちょっと調べてもらいたいんです」
「勿論、何でも言って」
「調べ物? んなの俺に任せろって!」
 言いながらメイリは得意げにスマートフォンを取り出した。
「彼女の名前は鷹木・卓美(たかぎ・たくみ)さん、ここに来る前に交通事故にあった。時期は恐らく去年の春頃、この周囲の道路で。そして彼女は今もどこかの病院で眠ってる」
「亡くなっていない……生霊と言うことですね。可哀想……」
 言いながら杏樹は目を伏せる。
「彼女は多分、彼氏であるコウくんって男を強く意識してる」
「自分が行けなかったこの場所で、生霊となってその方をずっと待っているのでしょうか……? 健気ですね…」
 悲壮感漂う杏樹の声が相槌を打つ。
「……もしずっと待ってるのならば、もしかしてその男性を連れてくれば?」
 少し考えた後アキラがそう言うと、勇太は頷いた。
「多分。でもその為にはまず、彼女がどこの人間だったかを知らなくちゃいけなくって」
 と言ったところでメイリが「分かった!」と大きな声を上げる。先ほどから黙っていたと思ったら、勇太の情報からこの場で調べ物を終わらせてしまったらしい。器用かつ素早く指先で画面をタップしていくと、拾い上げた情報を皆に伝えた。
「都立高校に通ってた子だってさ。病院はこの近辺みたいだけど? 卒業遠足でここに来る途中ひき逃げにあって、犯人はまだ捕まってないって」
 そこまで伝えると、メイリは得意気に顔を上げた。この短時間にどれだけの情報量を捌いたのか、その腕は賞賛に値するものの、今はそれよりも大事なことがある。
「その高校へ行って話、聞けないかな。そうすればコウくんって、人のことも分かるかもしれないですし?」
「そうですね、そうしましょう」
 アキラの考えに杏樹が即座に同意した。
「ぇ、杏樹…さん?」
「というわけで、私たち二人はその高校へ行ってみますね」
 言うや否や、杏樹はメイリが調べた高校の所在地を確認し、アキラの腕に自らの腕を回すと歩き出す。
 その光景は最初こそまるで恋人のようにも映るが、どういうわけかその後アキラが杏樹に引きずられるようにも見えた。
 残された二人はと言えば――。
「行っちゃったし」
「俺はちょっと休んだらまた動こうかと思ってるけど、メイリ君は?」
 勇太が問えば、「俺か? 俺は……――」と少し考えて見せた後「あ」と声に出し。
「ところでさ、事故現場って正確に分かるか?」
 メイリはふとそう言った。
「? 地理と景色が分かれば、大体は」
 実は先ほど事故のビジョンが少しだけ見えてしまっている。だから現場を見るかすれば、思い当たる気はした。
「んじゃ、地図」
 するとメイリは地図アプリを起動させ、勇太へと提示する。
「ええっと――この辺り、じゃないかな。多分」
 少し自信がなさげなものの、そう指すとメイリは「……確かに近い」と呟き、位置情報を記録した。一体どうしたというのか。
「んじゃ、俺ひとっ走りしてくるから!」
「えっ!?」
 そして一体どこに何しに行くのか聞く前に、メイリは驚きの速度で走り去ってしまった。
「元気だなぁ……」
 苦笑いを浮かべると、ずっと後ろに佇んでいたらしい武彦が声をかけてくる。
「さて、ひとまず話が進展したところで開園時間だ。俺たちは中に居るから、まぁ適当にやってくれ。終わったら連絡よこしてくれれば後は閉園まで自由にしていいぞ」
「あ、はーい」
 返事をすると、勇太は一度ゲート手前のベンチに腰掛けた。
 憎悪こそないものの彼女の感情は強く、このままここに留まらせておくのは良くはないだろう。結局開園前に解決することなど到底不可能だったものの、早い内にどうにかしてあげたい――そう考えながら、気づけば勇太は眠りに落ちていた。
 日差しと南風のお陰か、とてもぽかぽかとした空気に包まれている。そう考えられた辺り、それは転寝程度のものだったのかもしれない。ただ、突然肩を掴まれたかと思えば激しく揺れ動かされ、脳を揺さぶられる感覚が気持ち悪い。
「――――おい」
 続く声に目を開けると、目の前に一人の男が立っていた。
「こんなとこで寝てるとさすがに風邪、引くぞ。あんた……」
「ぇ……あ…?」
 一瞬自分がどこに居るかを思い出せず、尚且つ目の前の男が帽子を目深に被りサングラスまでしているものだから、意識が完全に覚醒すると思わず何事かと身構えてしまう。
「誰か、待ってんの? 待ち合わせ、こないの?」
 しかし男は変わらぬトーンで勇太に問いかけてくる。どうやら心配されているような気がした。
「あ、そういうわけじゃ」
「そう…? こんな場所で、一人で誰かをずっと待つなんて止めとけよ……」
 そう言うと、サングラスの奥の目が後ろに佇む彼女へとわずかに向けられた気もする。当然姿が見えるわけではないものの、それは彼女の存在を意識した動きだったのかもしれない。
 勇太の反応を待たぬまま、男は一人で園内へと入っていった。
「なん、だ…あいつ?」
 疑問だけが残るものの、なんだかんだで一時間くらいは眠っていたらしい。これまで誰にも声をかけられなかったのが不思議なくらいだ。男の親切心には感謝すべきだったかもしれない。
 結局少し園内を探索しようかと思った考えは、戻ってきた杏樹とアキラの姿を見て断念した。

    □□□

 ゲート手前のベンチから立ち上がった勇太は、戻ってきた二人に手を振った。
「二人とも、お帰りなさい」
「ただいま戻りました」
「ただいま。勇太さんもしかして休んでたんですか? まだ具合悪い?」
「大丈夫。それより、何か分かりました?」
 勇太の言葉にアキラが口を開きかけた時、遠くから「おおおおおおい!」と叫ぶ声がする。
「あ、メイリ君もお帰り」
「ただいまっと」
 全力で走ってきた割に、メイリの息はさほど切れていないように見えた。
「えっと、それでアキラさんたちは何か分かったんですよね?」
 一体どこに行っていたのかという問いは後にして、勇太はまずアキラに問う。
「……そうそう、鷹木さんと交際していたのは、日向・航平(ひゅうが・こうへい)さんと言うらしいのだけど、残念ながら今は消息不明でした」
「卒業アルバムの写真は拝借してきましたよ」
 そう言い、杏樹は一枚の紙を取り出し、勇太とメイリへと見せた。卒業アルバムのクラスページのコピーだ。メイリはまだ息を整え中なのかまともには見ないものの、日向と書かれた名前の顔に勇太が息を呑む。
「どうかしましたか?」
「いやぁー……さすがに全速力で戻ってきたら疲れた。さてと、俺にも見せ――」
 そしてようやく写真を見ようとしたメイリに、勇太が切羽詰った様子で言い寄った。
「っ……メイリ君! この人を全速力で捕まえて、数分前に中に入ったはずだから!!」
「ひっ!!!? もっ、もちろん、任せてくれよ! って……あれ??」
 言った後に写真を見てメイリは首を傾げる。
「と、とにかく行って来るから! ちゃんと捕まえとくからついてこいよ!」
 言い終わるや否や、メイリはスタートダッシュをきった。あっという間にゲートを抜け、園内奥へと消えていく。
「一体どうしたのですか?」
「俺、少し前にここでこの男と会ってるんですよ」
 杏樹の問いにそう答えると、勇太はアキラへと視線を移す。
「あれについていくのは無理だけど、俺たちも行きましょう」
 そう言って三人もゲートをくぐった。
 一体どこまで行ったのか、本当に無事捕まえられたのか。三人の不安を他所に、メイリが屋外フードコートで手を振っている姿を見つけた。
「つっ、捕まえたからな、ちゃんと。こいつだろ!」
 そう言うメイリの横には、椅子に座った状態で首根っこを掴まれた男が確かに居る。
 風貌を見る限り、彼はやはり高校生か大学生くらい。明るい茶色の髪と軽そうな雰囲気が、大人っぽく清純そうに見えた彼女ととても不釣合いにも思えるものの、写真より少しやつれて見えた顔は、彼がこの一年をどんな気持ちで生きてきたかの現われのようだった。
「なっ、なに……あんたはさっき探し物してたヤツだし、そっちは入り口で眠ってたヤツで…」
 今の状況が理解できていない男は囲まれる形となり、杏樹が近寄ってくると更に萎縮する。
「日向航平さん、ですよね?」
「うっ……なっ、なんだよ……お前ら一体」
 まともに杏樹の顔を見ることもなく男はそう言うが、彼が日向で間違いなさそうだ。
「鷹木卓美さんの件なのですが――」
 アキラが本題に入ろうとすると、彼は途端にメイリの手を振り払い逃げ出そうとした。
 咄嗟に勇太が構え、思わず杏樹がオルゴールを取り出そうとする、そのどの一手より早くアキラが動く。
「ぐぁっ…!!!?」
 男は短い悲鳴を上げた途端ばたりと地に倒れた。
「もしかして、アキラさん?」
「ちょっとした電撃を。スタンガン並くらいだから大丈夫、時期に起きますよ」
「今の内に彼をゲートへ連れて行く戦法ですか?」
 杏樹の問いという名の提案に、三人は顔を見合わせる。話を聞かず逃げ出そうとした彼には、やはりそのような方法が一番手っ取り早そうだ。
 杏樹を除いた三人の内二人が順番に日向の腕を肩に回し、少し彼のつま先を引きずりながらもゲートまで戻ることにした。多少人目はあったものの、途中わざとらしく「大丈夫か?」など話しかけているように装い。
「皆さん、頑張って下さいね」
 そんな美少女の声援を受けなんとかゲートまで戻ると、再入場スタンプを押してもらい外へと出た。
 彼女は相変わらず同じ場所に居て、今この場からは後姿が伺える。近づいても彼女はまだ気づかない。ただ、介助された日向を目の前にした瞬間、彼女の顔に生気が戻った――というには多分語弊があるものの、確かに表情からは哀しみが消え、その眼に光が射した気がする。
「…コウくん、どうしたの? それにあなたたちは?」
 日向を認識したと同時、あんなに目に入らなかった四人の姿も今この瞬間認識したようだ。
 そして彼女の声が届いたのか、たまたまそのタイミングで意識が戻ったのか。
「――ん…うっ……ぇ…?」
 目覚めた日向は正面に立つ彼女に驚き、自分の両腕が勇太とメイリになかば拘束されていることに驚き暴れだした。
「バッ、カ…! ちょっ、…」
「うわっ、メイリ君!?」
 暴れる身体を上手く支えられず、そのまま総倒れとなってしまう。
「ふふっ、大丈夫? でも…ようやく来てくれた」
 彼女はその場から動くことはないものの、三人を少し心配した後日向に向かいそう言った。言葉通り、彼女はずっとここで彼を待っていたことに間違いはないようだ。
「なっ、なんでこんなことをっ…!?」
 地面に転がり起き上がった男は、四人を見ると酷い形相でそう言った。
「依頼もあるけど、俺たちは彼女を助けたいんです」
「待ち合わせ、されていたのでしょう? 女の子を待たせるなんて、駄目ですよ?」
 勇太と杏樹の言葉に顔を伏せる。
「でも……こんなことしたら」
 力なく発した声。それに反し朗らかな彼女の声。
「まず時計ね、探してくれてありがとう。壊れて時間は分からなかったけど…これがあったから、ずっとこうして待ってられたよ」
「時計――もしかして……?」
 彼女の言葉にメイリが何か呟いた。
「アイツが消えるかもしれない……」
 出会いたかった彼女と、出会いたくはなかった彼。
「それを恐れて、あえて彼女と対面することを避けていたということですか?」
 確かに、こうすることで彼女が消えるというのならば、現在意識が戻らない彼女も消えてしまうかもしれない。そんな不安を抱いても仕方ないのかもしれなかった。けれど、そうして避け続ければ彼女の未練は晴れないまま。もしかしたら四月から学校で又三年生を繰り返すかもしれない。そしてこの時期に又、遊園地に現れるのかもしれない。それがいいことだとは思えなかった。
 彼女は彼の言葉を聞きながらも、自分はただ去年果たせなかった遊園地デートをしたかったと言う。
「ね、あの時果たせなかったデートをしよう?」
 念を押すよう繰り返す彼女に根負けしたのか、彼は立ち上がり彼女の手を取った。
「えーっと、これでもしかして解決じゃん?」
「一応は。でも、明日この場に彼女が現れなければ解決確定、ってことじゃないですか?」
「草間さん、終わったら連絡くれれば後は自由にしていいって言ってたけど――」
「折角ですから遊んでいきましょう? 遊園地、楽しそうですしね」
 しかしそうして再び園内に入ろうとした四人の目の前、彼と彼女が共にゲートをくぐった瞬間、彼女の姿だけが忽然と消え四人は思わず足を止めた。
 彼にその感触はなかったけれど、繋いでいたはずの手が彼女を求め宙を掻く。けれど何も掴めずその場に崩れ落ち、俯き肩を震わせた。
 しばらくすると一度拳で地面を殴りすくりと立ち上がる。そうして四人を振り返ると一礼した。上げられた表情は出会った時よりほんの少し晴れて見えるものの、そのまま彼は遊園地を後にする。

 終わってみれば、当初怯えたほどの恐怖などなく、三人は内心胸を撫で下ろす思いだった。本当の恐怖はここからだということも知らず――…‥。

    □□□

「まずは何乗りますー?」
 勇太は園内マップを広げ、三人にどうするかを問う。
「……コーヒーカップ、なんてどうです?」
「ああ、いいじゃん! あのぐるぐる回る――」
「最初はやっぱり絶叫系、ですよね」
 杏樹の静かな提案にアキラとメイリが口を噤んだ。
「お、東雲さん分かってる! で、最後も絶叫系ってヤツ!」
「ですよね。間にも勿論入れておきたいです」
 盛り上がる勇太と杏樹を見て、蚊帳の外な二人は思わず顔を見合わせた。
「…………えーっと、メイリくんはどうしますか?」
「……っ、俺も絶叫系! 空いてれば降りてまたすぐ乗りたい勢いだしっ!」
 やけっぱちにしか聞こえないものの、そのノリと勢いはやはり評価すべき点かもしれない。
「それでは、そんなに絶叫系がお好きなメイリさんは是非先頭にどうぞ」
 そして今、メイリは後悔している。
「え…?」
「あ、俺も先頭がいい! メイリ君隣おっ邪魔しまーっす」
 流されるがまま、メイリは先頭に座る羽目になってしまった。
「あ…杏樹、さん……は大丈夫、なんですか?」
 安全レバーを両手でぎゅっと握り締め、その手をがくがくと震わせるアキラは、興信所で見た時よりはるかに怖がり、顔面蒼白状態だ。
「はい、絶叫系は楽しいですよね。スッキリしますし」
 そう言うと同時、アトラクションは動き出す。まずはもっとも頂上を目指し緩やかに上っていく。その処刑台に向かわされるような、じわじわとした恐怖にメイリが早くも足をばたつかせた。
「め、メイリくん? 叫ぶにはまだ早いよ?」
「だ、だだだ…」
「……だ?」
「だめだぁああああああああああああ!」
「ちょっ…!? え?」
「ぅ…うぁあああああっ!?」
「えっ、何、今度はアキラさんなの!?」
 メイリの声に驚いたのか、まだのろのろと動く車体の上でアキラまでもが声を上げ始めた。
「……全く、男の恥だな」
 早くも上がった絶叫の中、杏樹がポツリ呟いた言葉と同時車体は頂上に辿り着き、一瞬声が掻き消える。
 風が、とても冷たかった。
「ぎっ、ぎゃぁあああああああああぇぁああああああはぁあああああっっ、ぎっぁ…!!!!」
「ぅっぁあああっっっ!!!?」
「いやっほー! 気持ちいいー! サイコー!」
「ふふっ、ふふふっ」
 終点まで辿り着くとたまたま並んでいる客が折らず、そのまま折り返し乗ることになった。アキラはベンチで休もうとするものの、杏樹が腕を掴んで離さない。メイリは今しがた下手に叫びすぎて噛んだ舌から血が出て、しかめっ面状態となっているが、勇太に「ほらほら、楽しいからもう一度行こうよ!」など言われ、それにノってしまう。
 二度目は杏樹とアキラが先頭で、再び園内に男の叫び声がこだました。
 そして二度目を終え出たところで、勇太が何かに気づき足を止める。
「あ、これ!」
「最初の落下地点での写真ですね」
 モニターに映し出された映像は、コースター横のカメラで撮られたものだろう。勇太と杏樹はとても楽しそうだが、残念ながらアキラとメイリは先頭でそれぞれ白目をむいていた。いい顔が台無しだ。あまりにも不憫すぎるので、写真を印刷してもらうことは諦め、四人は再び園内をさまよった。
「――それにしても、少し歩き疲れてしまいました……」
「杏樹さん大丈夫ですか? 気づいたらもうお昼も過ぎてるし、少し休憩にしましょう」
「まだちょっと遊び足りないけど賛成!」
「俺先に行ってさっきの辺りで席取ってくる!」
 さっきとは、フードコートのことだと三人もすぐに理解する。
 そうしてメイリが確保した席で四人は遅い昼食を取った。途中食事や飲み物が足りなくなると、メイリが挙手して走っては買いに行く。日本での生活がこんなパシリのようなものでいいのかという疑問も残るが、彼は嬉々としてそれを引き受けていた。
「では、食後も絶叫系からですよね」
「賛成~……――って、なんですかここは、東雲さん!?」
 杏樹がそう言って足を止めた先を見て、勇太は思わず突っ込まずにはいられない。
「何って…とても怖くて絶叫すると評判らしいお化け屋敷ですよ」
「皆さん今日は彼女と対面してなんともなかったようですし、もしかして克服できたのではないでしょうか?」
 本物の幽霊よりも、人の手によって作られたお化け屋敷という空間は、案外心霊現象よりも読めなくて無茶が酷い。
「あの……でも私は正直まだ怖くて。でもあと少しで克服できるかもしれないので、もしもの時は守って…くださいね」
 その初めてではない光景は、三人にとってまさに悪夢の始まりの合図である。
 まるで広く複雑な迷路とお化け屋敷が融合したかのような場所で四人は道に迷った。
「出口はどこでしょう? でも思ったよりも楽しいですね。ね、皆さん?」
「む、むっむり、むりもう絶対無理嘘だって言ってくれよぉおおおおおおおお!!!!」
「ぁあうぅぁあああっ、あんじゅさぁああん!? うっ、ど…どこ、どこですかぁ……うっ、ひっく…み、見えないです…何も…」
「ううっ…あの子は、大丈夫だったのに……うっ…くっ…こんな、作り物に…ひっ!?」
 その後泣き喚き叫び散らした男三人は、途中の非常口から外へと脱出し、杏樹一人が悠々と出口から出ては、なんともいえない笑みを浮かべていた。
 やがて少しずつ陽は落ちていくものの、閉園まではまだ時間がある。もう少しすればナイトパレードも始まるだろう。四人はその後、後半戦の絶叫系――ジェットコースターなどを思う存分楽しみ、叫び、たまにはコーヒーカップを回してみたり、杏樹以外にはまるで罰ゲームのようなメリーゴーランドの白馬に乗ってみたりと、遊園地を満喫しそれぞれの家路へと着いていった。

「はぁ…疲れた……」
 重い溜息を吐くものの、楽しい一日――であったには違いない。少し疲れすぎただけだ。
 後半あまりにも叫びすぎたものの、なんとか声は保っている。アキラとメイリは完全に潰していたし、目も腫らしていた。自分の目も多少腫れているかもしれない。重くて眠い目を擦りながら、勇太は夜道を行く。
 彼女のその後は分からなかったけれど、最後に見た笑顔はしばらく忘れられそうにもない。
「――幸せ…だったよな?」
 空を仰ぐと、丁度星が流れたところだった。

 結局今回の件が月刊アトラスの大々的な特集記事になることはなかったものの、遊園地にもう彼女は現れなくなったという点を中心に、今までの経緯が記された。
 見本誌を読み終わった武彦は、本を音を立て閉じるとテーブルの上に放り投げる。
「――……結局うちの名前は書かれてないじゃないか!」
「あ、忘れちゃったみたいですね」
 載せたら載せたら多分怒るくせに――と内心思いながらも、桂はそう軽く言ってのけ「次回ちゃんと載せるよう、言い聞かせておきます」と、本を放り投げてきそうな勢いの武彦に微笑み消えた。
 行き場のない怒りを込めた拳をジッと見つめていると、奥で大人しくしていたはずの零が手に何かを持って走ってくる。
「兄さん、兄さん」
「なんだ? ……土産の皿に土産の菓子を乗せたのか」
「はいっ。とっても可愛いです」
 零は遊園地に満足したらしく、今でも当時を思い返してはご機嫌だ。
「……まぁ雑誌も来たことだし、あの四人も呼んで茶にするか」
 そう言いながら、武彦はゆっくり電話に手を掛けた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 [1122/  工藤・勇太  /男性/ 17歳/超能力高校生]
 [8650/  東雲・杏樹  /女性/999歳/高校生]
 [8584/  晶・ハスロ  /男性/ 18歳/大学生]
 [8484/メイリ・アストール/男性/ 16歳/高校生]

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、李月です。お届け遅くなりまして申し訳ありません。
 この度はグループでのご参加有難うございました。今回こうした括りでの参加でしたので、解決後のお遊び以外ほぼ個別(それぞれの視点)状態のかなり特殊な進行となっております。お時間が許しましたら他の方も見ていただけると、それぞれ意外な発見があるかも…ないかも……です。心情的な部分はほとんど他の方には出ていませんので…。
 さて、多少曖昧な部分や有耶無耶感は残りますが、ほぼ良い結果として解決しました。お疲れ様です。
 大筋は前部隊と変わりないものの、前には出なかった方面の情報が出たり、出会わなかった人が居たり…となっています。
 全員お初ということで、動かしながらちょこちょこ修正していたのですが、大きな誤差がありましたら申し訳ありません。
 少しでもお楽しみいただければ幸いです。

【工藤勇太さま】
 初めまして、この度は有難うございました。最初はというより、日向が現れるまでは正攻法では意思の疎通が取れない彼女なのですが、テレパシーにプラス杏樹さんの力が作用し一気に情報を吸い出せました(+映像が流れ込んできました)。情報量と事故の光景程度ではへこたれないかもしれないですが、後は少々お休みいただき、最後に向け(笑)英気も養って頂きました。
 杏樹さんとメイリくんが初対面だったので、年が近いとは言え最初は多少敬語混じりな雰囲気で。アキラさんにはイメージ的には元気よくライトな敬語で喋っている感じで書かせていただきました。
 とても好みのタイプなのですが、設定を頭の片隅において置くとなかなかこれでいいものか…最後まで悩んでしまいましたが、少しでもイメージに近ければ、と思います。

 それでは、又のご縁がありましたら……。
 李月蒼

カテゴリー: 01工藤勇太, 季月蒼WR |

【SOl】Fate of the Hero

工藤勇太(くどう・ゆうた)は、一人午後の街を歩いていた。
 春の日差しが心地よい、平和な午後。
 ただ、この季節の、この時間帯の、この場所にしては、妙に人通りが少ないのが少しだけ気になった。

 その平和は、突然に破られた。
 前方の交差点、曲がり角を曲がった奥辺りで、爆発音のようなものが聞こえたのだ。
 いかに人気がないとはいえ、街中で爆発などそうそうあっていいことではない。

 間違いなく、何か大変なことが起きている。
 そう考えて、勇太は急いでそちらへと向かった。

~~~~~

 角を曲がった先にいたのは、対峙する二人の人物だった。

 勇太に背を向ける恰好になっているのは金髪の女性。
 そして、二人の正面に立っているのは――明らかに通常の人間とは思えない「何者か」だった。
 その「何者か」は、異様なまでに発達した腕を持ち、さらにその手にはなぜかペンとメモ帳があった。

 一体これはどういう状況で、何がどうなっているのか?

 勇太が状況を完全に把握するよりも早く、「何者か」が動く。
 その相手は、手にしたメモ帳に素早く何かを書きなぐると、そのページを引きちぎって乱暴に丸め。
 それを、目の前に立つ女性ではなく、勇太の方に向かって投げつけてきた。

 ちぎられたメモ帳のページなど、ぶつけられても別に痛くも痒くもない。
 だが、それはもしそのメモ帳のページがそのまま飛んでくれば、の話で。
 投げつけられたメモ帳のページが、途中で火がついた爆弾に変化したのであれば、話は別だ。

「危ないっ!!」
 相手の狙いに気づいた女性が、とっさにその射線に割って入る。
 次の瞬間、爆弾が爆発し――その爆風で吹き飛ばされるようにして、彼女が勇太の方に飛ばされてきた。
 その彼女を受け止めようと、勇太はとっさに手を伸ばした。

 そう大柄ともいえない女性一人くらいなら、彼の「能力」を使わずとも十分受け止められる。
 そのはずだったのだが、飛ばされてきた女性はその見た目からは想像しがたいほど重く、勇太はそのまま押しつぶされる形になってしまった。

「……っ!? す、すみません、大丈夫ですか!?」
 慌てて飛び起きた彼女に、勇太はこう答えた。
「ええ、なんとか……けど、案外重いんですね」
 その言葉に反応して、彼女は拳を振るい――倒れたままの勇太の頭のすぐ横、アスファルトの道路に、文字通り「拳がめり込んだ」音が聞こえた。
「あんまり女性相手にそういうこと言っちゃダメですよ?」
 怒りと笑いが入り交じったような表情の彼女に、勇太は反射的に何度も頷く。
 それで少し気持ちが落ち着いたのか、彼女は目の前の「敵」に向き直りながら、声だけでこう尋ねてきた。
「それはそうと、どうして入ってきちゃったんですか?
 ちょっと危険そうな相手だったから、人払いの結界を張っておいたのに」
「結界? 俺は何も気づきませんでしたけど」
 言われてみれば、確かにこの近辺の人の少なさは異常である。
 おそらく、彼女が張った結界によって「普通の人は」この近辺には立ち入れないのだろう。
 けれども、勇太は「力を持っている」ため、その結界を無意識に踏み越えてしまった、というところだろうか。

「それより、あいつは何なんですか?」
 今度は、逆に勇太の方から質問する。
「『虚無の境界』のテロリストです。
 異常身体能力に加え、メモ帳に書いたものを実体化させる能力があるようですね」
 なるほど、これで先ほどの攻撃の正体もはっきりした。
 きっと、あの時のメモ帳には「爆弾」とか、それに類することが書かれていたのだろう。
「もちろんそれにも限界はあるようですけど、結構キツい相手です。
 人一人かばいながら戦える相手じゃありませんから、すぐに退避してください」

「虚無の境界」と戦っているということは、彼女はIO2やそれに類する組織の関係者だろう。
 そして、彼女はまだ勇太が「戦える」ことに気づいていない。
 だとすれば、厄介事を避けるためには、おとなしく彼女の言葉に従うのが得策だろう。

 だが、彼女も言っていたように、敵は容易ならざる相手である。
 このまま彼女を見捨てて、また、テロリストを野放しにしたまま行けるだろうか?
 もちろん、勇太の答えは「ノー」だった。

「手伝います。俺もそこそこは戦えますから」
 退くのではなく、一歩前に出て彼女の隣に立つ。
 彼女は驚いたような顔をしたが、すぐに勇太の覚悟を見て取ったのか、にこりと笑ってこう言った。
「感謝します。一応救援は呼んでるんですが、正直ちょっと厳しい感じでしたから」

 さて、そんな二人のやり取りの間、敵はただ黙って見ていたのだろうか?
 もちろんその答えはノーであるが、ならば敵が何をしていたのか、と言うと。
「ヒャッハァ!!」
 奇声とともに、敵がメモ帳のページをちぎって投げる。
 そのページは姿を変え、拡散し――「銃弾の雨」となって二人を襲う。
「そのくらい!!」
 勇太が右手を突き出し、得意のサイコキネシスの応用で壁を作り、その全てを受け止めた。
 だが、その時にはすでに敵は次の手を打ち終わっている――先ほどの時間を利用して「書きだめ」をしていたからだ。
 同時に左右に投げられた二枚のページは、地面に触れる直前で漆黒の「魔獣」に姿を変じ、両側から二人に襲いかかる。
「させません!」
 霊子レーザーライフルの光が、左から来た魔獣を貫く。
 そして右から来た魔獣は、勇太がサイコキネシスで動きを封じた。
 けれども、敵の攻撃はこれで終わりではない。
 二人が足元に気をとられている間に、空に舞い上がった紙飛行機。
 それが二人の頭上に辿り着いたとき、それは「16t」と書かれた巨大な重りへと姿を変えた。
「そんなベタな……っ!!」
 とっさに勇太がそちらに意識を向け、重りをギリギリで受け止める。
 その間に、女性はもう一匹の魔獣を撃ち抜くと、敵に向かって一気に間合いを詰めた。

 が。

「えっ!?」
 目の前に不意に出現した巨大な障害物に、彼女は哀れにも真っ正面からぶち当たってしまった。
 敵が最後に呼び出したのは「壁」。それも容易には破れないことが一目でわかるシロモノである。
 もしこの連続攻撃がしのがれるほどの相手であれば、勝ち目が薄いと判断して逃げようと最初から決めていたのだろう。

 しかし、ここであの敵を逃がせば、きっとまたテロ活動を続けるに違いない。
 それでは、何の解決にもならないではないか。

 先ほどの魔獣が消えた辺りに残る、破れたメモ帳の切れ端。
 勇太はそれを拾い上げると、サイコメトリーの応用でその持ち主の位置を探った。
 思った通り、まだそう遠くへは行っていないことを確かめ、その前方にテレポートで転移する。

「壁」の召喚で逃げ切ったと思っていた敵にしてみれば、目の前に勇太が現れたのは全くの想定外だったのだろう。
 それでも、敵はすぐに気を取り直し、再びペンを構え――。

 次の瞬間、銃声が辺りに響いた。

 バラバラになったペンの破片が、辺りの道路に散らばる。
 それと同時に、敵の両腕が本来あるべき姿に戻り――後に残ったのは、放心したように立ち尽くす小柄な中年の男だった。

「ペン一本吹っ飛ばすには、過ぎたシロモノなんだがな」
 横道から、銃を構えたままの男が姿を現す。
「『SOl』の鷺沼だ。協力感謝する」
 そう言いながら、鷺沼と名乗った男はテロリストに手錠をかけると、勇太の方を向いて一度軽く頭を下げた。
 そこへ、あの壁を力ずくでぶち破ったらしい先ほどの女性が合流してくる。
「副長!?」
「おう、MINA。ご苦労さん」
 どうやら、彼女も「SOl」の一員だったらしい。
「SOl」の噂は勇太も聞いていたのだが、実際に見かけたのはこれが初めてだった。
「ヒーローとしてのイメージアップ」を掲げる組織だけに、多少派手な立ち回りなどをやることもあるそうだが、さすがに今回は相手が相手だけに、犠牲者を出さずに事件を解決することを優先せざるを得なかったのだろうか。
「悪い、まさか『不幸の手紙』程度に虚無の境界が絡んでるとは思わなかった。
 ともあれ無事で何よりだ。そしてそっちの青年も、改めて協力感謝する」
 鷺沼のその言葉に、MINAと呼ばれた女性も慌てて頭を下げる。
「いえ」
 そう軽く答えて、勇太はその場を後にしようとした。
 ややこしいことになりそうなので、その前に――という思いだったのだが、残念ながら手遅れだった。
「で、一応聞くが。俺たちと契約してヒーローにならないか?」
 冗談めかした様子で、鷺沼がそう尋ねてくる。
「せっかくですが、お断りします。俺はなるべく普通に生きていきたいんで」
 勇太がそう答えると、鷺沼は小さく笑ってこう言った。
「だろうな、そういう目をしてる。それが一番いいさ」
 鷺沼があっさり諦めたことに、そばで勇太の戦いぶりを見ていたMINAが不満そうな顔をするが、鷺沼はそれを手で制する。
「それじゃ、さっきの言葉は取り消す。
 あいつを食い止めたのはMINAで、『ここには他に誰もいなかった』。そうだろ?」
 つまり、勇太がこの事件に関わったこと自体を記録から抹消する、ということらしい。
 勇太にとっては厄介事に巻き込まれる理由が一つ減り、「SOl」やMINAにとっても手柄を独り占めできるのだから悪くない話であろう。
「ええ。犯人の他には『あなたたち二人しかいませんでした』」
 勇太の返事に、鷺沼は一度小さく頷く。
「いい判断だ」
 そして、勇太の方に歩み寄ってくると――勇太にだけ聞こえるくらいの声で、ぽつりとこう言った。
「……ただな、これだけは覚えとけ。
 あいにく『運命』ってヤツは、お前が思ってるより数段しつこくて鼻が利く」

 その言葉は、強い実感を伴って勇太に突き刺さった。
 平穏な暮らしを手に入れたと思ったことが、そしてそれが打ち砕かれたことが、これまでに何度あっただろうか。

「……ご忠告感謝します」
 どうにか、それだけ言葉を絞り出す。
「ああ。それじゃ、『またな』」
 そう言い残して、鷺沼はくるりと背を向けた。

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 そうして、鷺沼とMINAが犯人を伴って去ってほどなく。
 MINAが張った結界が解除されたのか、急に人通りが増え始めた。
 先ほどの戦いの痕跡を残すものは、今は何の力もないただの紙くずとなったメモ帳の切れ端と、道路に残された拳大の穴一つくらいしかない。

 春の日差しが心地よい、平和な午後。
 これが日常。これが平穏。
 ここが自分のいるべき場所。ここが自分がいたいと思う場所。 

 いつかは鷺沼が言ったように、「運命」が追いついてくる日があるのかもしれない。
 けれども、今からそれを恐れても仕方ないし、そもそもそれはもう何度もあったことだ。

 そう思い直して、勇太はまた歩き出した。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 1122 / 工藤・勇太 / 男性 / 17 / 超能力高校生

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■         ライター通信          ■
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 はじめまして、西東慶三です。
 この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。
 また、納品の方が少々遅れてしまいまして申し訳ございませんでした。

 さて、今回のノベルですが、こんな感じでいかがでしたでしょうか。
 ギャグあり+戦闘中心ということで、こんな話になりました。
 最後の展開は勇太さんの過去設定等から考えさせていただきました。
 MINAは冷静にこういうこと言えるキャラではないので、リクエスト外ですがここは鷺沼が登場する形にさせていただいております。

 それでは、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。

カテゴリー: 01工藤勇太, 影西軌南WR |