Route3・幻なんかじゃない!

煌々と点いた玄関灯のような明かり。
 それを見上げた後、工藤・勇太は目の前の扉を開いた。
「お帰りなさいませ、ご主人様ぁ♪」
 笑顔で出迎えたメイドの愛想の良い声。それを聞きながら何とも言えない表情で頷きを返す。
 相変わらずの独特な雰囲気だ。
 店内のゴシック調の作りもそうだが、雰囲気が若干怖い。
 勇太は心の中で被りを振ると、店内を見回した。
「今日はお休みなのかな」
 ここは執事&メイド喫茶「りあ☆こい」。
 文字通り、執事やメイドが客をご主人様として迎え入れる喫茶店だ。
 この店には、1人だけ知り合いがいる。
 蝶野・葎子という女の子。
 見た目は勇太より年下なのに、実は年上の彼女は、何と言うか重みの無い体をしている。
 いや、実際には重さもあるし、厚みだって――って、そんな事は誰も聞いてない!
 そうではなく。
 何と言うんだろう。
 背負った感じが軽すぎるとでも言うのだろうか。本当なら彼女くらいの年の子は、もう少し重さがあって良い気がする。
「仕方ない。いないなら何か飲んで帰るかな」
 足を踏み入れた手前、何も注文しないで帰るのも申し訳ない。
 そんな気持ちでメイドの後をついて歩く。そうして店内の一席に案内されたところで、水色の長い髪が見えた。
「あ」
 間違いない。
 ツインテールに結んだ髪を揺らして、軽やかな足取りで店内を歩いているのは葎子だ。
 見た感じ、元気そうな様子に安堵の息が漏れる。
「ご主人様、何をお持ちいたしましょう?」
「あ、えっと……コーラがあれば、それで」
 あるかな?
 そんな思いでメイドを見上げると、彼女は極上の笑顔で頷いて見せた。
「勿論です♪ 少々お待ち下さいねぇ♪」
 なんとも無駄に愛想の良いメイドだ。
 勇太は去るメイドから目を動かすと、店内で接客の為に動く葎子を見た。
 ハキハキと元気に動く姿はいつもと何ら変わりがない。
 笑顔でご主人様をお見送りして、そして笑顔で踵を返――さない?
「りっちゃん……どうしたんだ?」
 いつもなら、踵を返した後も笑顔の葎子だったが、今日はその顔に憂いが見える。
 憂いと言っても大きなものではない。
 踵を返した瞬間に、他のメイドから声を掛けられて笑顔に戻った彼女は、いつもと変わらない表情でそこにいる。
 でも、何かが引っ掛かった。
 そんなに葎子と深い面識があるわけじゃない。けれど、何かが引っ掛かったのだ。
「もしかして、どこか具合でも――」
 そう零して立ち上がろうとした時だ。
「ご主人様、お飲み物をお持ちいたしましたぁ♪」
「え……」
 上げかけた腰に、飛び込んで来たメイドの笑顔。
 差し出されたアンティークグラスには、氷で良く冷えたコーラが入っている。
 勇太はそのグラスを見て、小さくため息を零した。
 黒い液体が入っている所為だろうか。
 グラスには心配そうな表情の自分が映っている。その顔を見て思った。
「こんな顔、見せれないな」
 もし葎子に元気がないのなら、自分は元気でいる必要がある。
 彼女に無駄な心配を掛けないように。気を遣わせないように。そうした心遣いも必要なはずだ。
 勇太は元々葎子の体調を心配してここに来た。
 もしかしたら、先日倒れた影響で元気がないのかもしれないのだ。
「飲んで落ち着こう。話はそれからだ」
 勇太は大きく息を吸い込むと、気持ちを静めるかのようにストローを咥えた。

   ***

 夏も半ばに差し掛かると虫の音が多くなる。
 勇太はそんな虫たちの声を聞きながら、落ちて行く喫茶店の灯りを見詰めていた。
「りっちゃん、出て来るかな……」
 本当はこんな風に出待ちなんてしたらいけないのかもしれない。それでも、店で見た彼女の表情が気になったのだ。
 気のせいならそれで良いし、そうでないのなら、どうにか励ます事は出来ないだろうか。とか……。
「……迷惑かな。でもなぁ……」
 あれこれと色々な考えが頭を過る。
 こんな風にしてどれだけの時間が過ぎただろう。
 店の裏口へ向かう小さな道から、ツインテールの影が飛び出してきた。
 いや、飛び出してきたと言うのはちょっと違う。
 ふらりと出て来た。そんな感じだ。
「りっちゃん!」
「?」
 声を掛けた相手。
 彼女は不思議そうにこちらを見ると、勇太の姿に驚いた様に目を見開いた。
 その表情に、いつものような笑顔はない。
――やっぱり。
 そんな想いが浮かぶ。
「一緒に帰ろ、りっちゃん」
「勇太ちゃん……なんで?」
「俺の事ちゃんづけで呼ぶだろ? だからも俺もお返し」
 きっと彼女の問いたい事は違う。
 それでもニカッと笑って近付くと、葎子は一歩、足を下げた。
 これに勇太の足も反射的に止まる。
「りっちゃん?」
「あ、ごめんね。葎子、ちょっと驚いちゃった♪」
 えへっと舌を出して笑う彼女の顔に、先程までの驚きや戸惑いはない。
 下げられた足も前に戻り、いつしか彼女は勇太の前に立っていた。
「勇太ちゃん。お店に来てたの? だったら葎子に声かけてくれれば良かったのに!」
 にっこり笑顔で小首を傾げる彼女。
 顔は笑顔なのに、何故か違和感が付きまとう。
 それは葎子の表情の変化が原因かもしれない。
 先程までの陰りや戸惑いは一切見せず、まるで何事も無かったかのように笑顔を返す。
 その笑顔は不自然さの欠片もない綺麗なもの。
 普通なら、その笑顔を見て笑顔を返す筈。けれど、今は素直に笑顔を返せなかった。
「りっちゃん。無理、してない?」
「え」
 問いかけに、彼女の笑顔が強張る。
――図星。
 そんな所だろう。
「さっきお店で元気が無いように見えたから」
 大丈夫? そう問いかけながら、やんわりと笑顔を向ける。
 この表情に、葎子の視線が落ちた。
 顔にはまだ少しだけ笑みが残っている。
 それにもまた、違和感を覚える。
「葎子、笑ってるよ?」
「え」
 今度は勇太が驚く番だった。
 慌てた様に顔をあげて、笑顔を返すその顔に、ズキリと胸が痛む。
 確かに葎子に元気になって欲しいと思った。
 彼女に笑って欲しいと思った。
 だから笑って見せた。
 でも、この笑顔は『違う』。
「りっちゃんは笑ってたよ。でも、その笑顔は……」
 彼女の笑顔と言葉。そこから覚える違和感。
 それらを問いかけようとした時、葎子の目が上がった。
「鳥鬼ちゃん」
「鳥鬼?」
 声に振り返った先。
 そこに居たのは、月を背に大きな翼を広げる鳥。
 明らかに普通の鳥ではないその存在は、巨大な嘴を開くと、甲高い声をあげて飛び掛かってきた。
「危ない!」
 咄嗟に彼女の腕を取った。
 その勢いでアスファルトに転がる体。勇太は彼女を腕に抱きながら、改めてその軽さに眉を寄せた。
「勇太ちゃん。離れてて」
「りっちゃん?」
「鳥鬼ちゃんは黒鬼ちゃんの一種。すごく素早くて大変な相手なの」
 そう言いながら勇太の体を押し返して立ち上がる。
 その上で彼女が取り出したのは、鱗粉の入った布袋だ。
 舞うように腕を広げ、鳥鬼に視線を集中する。
 毅然とした雰囲気で、優雅に舞うように鳥鬼の攻撃を回避してゆく。
 けれど、その表情に余裕はない。
「……」
 勇太は自らの唇を引き締めると、眉根を寄せて鱗粉を振るう彼女と、彼女に飛び掛かろうとする鳥鬼との間に飛び込んだ。
「ッ!」
 腕を掠めた鋭い嘴。
 若干血が滲んでいるが、この位は許容範囲だ。
「勇太ちゃん! 何で入って来るの? ここは葎子が――」
「りっちゃんは下がってた方が良い! ここは俺が!」
 前に出ようとする葎子を制して鳥鬼の前に立った。
 戦闘を邪魔された鳥鬼は、怒りも露わに翼を広げて高度を上げている。
 一気に決着を付ける。そんな所だろうか。
「勇太ちゃん、危ないからっ!」
「りっちゃんはこの間倒れちまっただろ? それに……」
 勇太は夜空に意識を集中しながら呟く。
 先程から感じる葎子の波動。
 勿論、葎子自身そんなものを発している自覚はない。
 これは勇太のテレパシー能力が教えてくれる、彼だけが知る事の出来る波動。それも、彼女の心の波動。
「……何があったか分からないけど、そんな乱れた心じゃ上手く力を操れないんじゃないのか?」
「!」
――乱れた心。
 この言葉に息を呑む音が聞こえた。
 そしてそれと同時に鳥鬼が闇に紛れて隠れると、勇太は意識をそちらに集中する。
 空を舞う奇妙な鳥。
 黒鬼とか鳥鬼とか、そんな専門的な言葉はわからない。
 けれど、何処かに隠れた敵の存在を察知するくらいは出来る。
「――そこだっ!」
 テレパシー能力の一種で捕捉した敵の存在。
 そこに照準を合わせて腕を掲げた。
 その手に握るのは、初めて葎子と会った時に見せた、光の槍。
「くらえぇぇぇぇぇ!!!」
 渾身の力を篭めて放った矢が、闇を裂く光となって月を貫く。
――ギャアアアアアア!!
 空を裂くような、近所迷惑な叫び。
 それを耳に息を零すと、勇太は呆然と立ち竦む葎子を振り返った。

   ***

 頭上に在った月が、斜めになる頃、勇太は葎子が落ち着くのを待ちながら、公園のベンチに腰を下していた。
 さっき勇太が言った「乱れた心」と言う言葉。
 これが葎子を黙らせた。
 今、彼女の顔に笑顔はない。
「……勇太ちゃん」
 ポツリ。
 零された声に、勇太の目が向かう。
「葎子の笑顔は、おかしかった?」
「え?」
 思わぬ問いに言葉を失う。
 葎子の笑顔は「かわいい」部類に入ると思うし、いつもなら全然気にならない。
 むしろ、彼女の笑顔を見ていると自然と笑顔になるくらい楽しそうだ。
 そう、彼女の笑顔はいつも楽しそうなのだ。
 そして今日の笑顔は、
「楽しそうじゃなかった、かも」
「……楽しそうじゃ、ない?」
 傾げられた首に、頷きを返す。
「何かがあったんだろうけど、いつもは楽しそうに笑ってるのに、今日は楽しそうに見えなかった。心から笑ってる感じがしねえっての?」
 そんな感じ。
 そう言って少しだけ笑う。
 すると、葎子は目を自分の手に落して、それから困ったように笑みを零した。
「葎子ね。お姉ちゃんがいるの。病院で眠ったままの、葎子の双子のお姉ちゃん」
 葎子の話によると、彼女の姉「光子」は、生まれた時からずっと病院にいるらしい。
 一度も目を覚まさず、ただ眠り続ける姉。
 それでも葎子は姉が大好きで、いつか目を覚ましてくれると信じている。
 そして、その姉を目覚めさせることが出来る蝶がいて、葎子はその蝶をずっと探しているのだと言う。
「……お母さんが、言ったの。幻の蝶なんて、いないって……そんなのを探している暇があったら、稽古をしろって」
 けれど、葎子には諦めきれなかった。
 姉への想い、幻の蝶を探すこと。
 それらが、いつも彼女が笑顔でいることにどうつながるのか。それはわからない。
 それでも、葎子は葎子なりに頑張っている。
 それだけはわかった。
「りっちゃん、頑張ってるんだな。偉いじゃん」
 そう言って、笑顔を作った。
 今は笑えない彼女の代わりに、自分が笑顔を作る。
 彼女には謎が多い。けれどそんなことは重要じゃない気がした。
 今重要なのは、彼女に本当の笑顔を取り戻させること。
 だから笑って見せる。
 彼女が笑う、その時まで……。

 END

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【 1122 / 工藤・勇太 / 男 / 17歳 / 超能力高校生 】

登場NPC
【 蝶野・葎子 / 女 / 18歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

こんにちは、朝臣あむです。
このたびは蝶野・葎子ルート3への参加ありがとうございました。
今回のお話は如何でしたでしょうか?
葎子の呼び方を教えて下さってありがとうございます。まったく違和感ないです!
そしてドシリアスな展開となっておりますが、如何でしたでしょうか。
今回のお話がPL様のお気に召していただけることを祈りつつ、感謝の気持ちをお伝えします。
このたびは本当にありがとうございました。
また機会がありましたら、大事なPC様を預けて頂ければと思います。

カテゴリー: 01工藤勇太, 朝臣あむWR(勇太編) |

Route2・秘伝の舞いをご覧あれ

下校途中、ふと足を止めた公園の前。
 今日も親子連れが多く集まるその中に、工藤・勇太は記憶を辿る様に足を踏み入れた。
「確か、もう少し行った所だったよな」
 不思議な出来事だった。
 青葉の茂る樹が、一瞬にして満開の桜の樹になったのだ。
 夢でも見ている、という表現はこういう時に使うのかもしれない。
 勇太はそんな事を思いながら、先日訪れた樹の前で足を止めた。
 風に揺らされてザワメク青葉。先日咲き誇っていた桜の気配は微塵もなく、何処か寂しい気持ちが胸を掠める。
「……あの子も……能力者、なんだよな」
 自分の力に驚かなかった蝶野・葎子。彼女が見せた満開の桜は、常人では成せない技だ。
 そしてその力は未知数で、何処か謎に包まれている。とは言え、それを暴こうとも聞こうとも思わなかった。
『いつか彼女が自分から話してくれるまで待つ』
 そう思うのは、勇太の優しさだろう。
 それに、彼女の能力を知ってからは、なんて言うんだろう。安心する、と言うのとも違う、
「――気が楽、って言うのかな」
 そう、少し気が楽になるのだ。
 今まで隠してきた能力。それらを隠さずにいれることが、何よりも楽だった。
「また近いうちに会いに行こうかな……」
 友達に会いに行くような、そんな感覚だろう。
 気楽に話をして、気楽に笑いたい。
 そう思うからこそ、彼女に会いたいと思う。それは極々自然な事で、当たり前に人が持っている感情でもある。
 勇太はニッと口角を上げると、緩く足を下げた。
 いつまでもここに居ても仕方がない。
「帰ろう。確か今日は山盛りで宿題が出てるんだよな」
 あーあー。そんな声を零して踵を返した時、思わぬ声が響いてきた。
「勇太ちゃーん!」
 良く通る元気な声に、ギョッとして振り返る。
 そして振り返った先に見えた光景を見て、彼は大きく目を見開いて固まった。
「あれ……あの子、だよな……?」
 大きく腕を振る姿は間違いない。今まさに思い出していた葎子だ。
 彼女は赤地に蝶の模様が描かれた鮮やかな着物を着てこちらに歩いてくる。
「勇太ちゃん、今日もお昼寝?」
 ニコニコと笑いながら問いかける彼女に、勇太は目を瞬いた。
 何故なら、この前は彼女が昼寝をしていたのだ。にも拘わらず、勇太の心配とは。
「俺は寝ないよ。寝てたのはあんただろうに」
 思わず笑ってツッコむと「そうだっけ?」と笑いながら言葉が返ってくる。その事に笑い声を潜めると、勇太は改めて彼女を見た。
 艶やかな着物と、清楚な佇まいの彼女に、自然と顔が綻ぶ。
「どうかした?」
 突然笑う事も、言葉も止めてしまった勇太を不思議に思ったのだろう。首を傾げて顔を覗き込む葎子に、彼は小さく肩を竦めた。
「いやぁ、着物着てると大人っぽいよね。年上みたい」
 そう言って小さく笑う。
 その声に、葎子に首が反対側に傾げられた。
「んと、勇太ちゃんはおいくつ?」
 おいくつ……いや、まあ、葎子がそういう言い方をするのは違和感がないが、あまりそう言う聞き方はしない。
「おいくつって……17歳だよ。これでも高校生」
 トンッと胸を叩いて顎を上げる。
 まあ自慢する事ではないが、この辺はノリだ。
「17歳。じゃあ、葎子の1個下なんだね♪」
 えへへ、葎子先輩♪
 そう言って笑う彼女に、勇太の思考が止まった。
 今、何て言った?
 確か、1個下とか言ったか?
「ま、まさか……年上……?」
 サアッと引いて行く血の気。
 まさかどう見ても自分より年下のこの子が年上!? どんな漫画の設定ですか!!
 そう心の中で叫んで、勇太は思い切り頭を下げた。
「ごめんなさい!」
「え……勇太ちゃん、どうしたの?」
「いや、まさか先輩とは思ってなくて。思い切りタメ口効いたし、失礼な事もいっぱい言ったし。本当にごめんなさい!!!」
 謝ってすまされるか疑問だが、謝らないよりは全然良い。
 何度も何度も頭を下げる勇太に、葎子は目を幾度か瞬いて、その場にしゃがみ込んだ。
 それは、勇太の顔を覗き込むため。
 頭を下げてこっちを見ない相手には、こうした方が効率的だと、彼女は思っているのだろう。
「葎子、怒ってないよ?」
 小さく傾げられた首に合わせて、青くて綺麗な髪が流れる。
 それに目を取られていると、葎子の手が勇太の頬に触れた。
「勇太ちゃんは葎子と楽しくお話ししてくれてるもん。謝る事なんて、ぜんぜんないよ。大丈夫♪」
 にこっ。
 花も綻ぶとは正にこのことか!
 笑顔で許してくれた彼女に、安堵の息が漏れる。
「ありがとうございます。良かった……」
「もう、勇太ちゃん違う!」
 メッと額に添えられた指に、目を瞬いた。
「そこは、『ありがとう』だよ。葎子、敬語使われるのあまり好きじゃないの。だから、勇太ちゃんは今まで通りにしてて♪」
 お願い。そう笑顔で言われては嫌とは言えない。
「……そう、言うなら」
 仕方ないな。そんな事を零しつつ、内心では更に安堵する。その上で葎子に改めてお礼を言おうとしたところで、彼女の手が勇太の手を取った。
「!」
「葎子ね、これからお買い物に行くの! 勇太ちゃんも付いて来て?」
「え……なんで、いきなり?」
「お荷物多そうなの……だめ、かな?」
 そんな上目遣いで見られたら、嫌とは言えないでしょう。
 それに勇太にはさっき許して貰った恩もある。
「わかったよ。何処にでも付き合う」
 この時、一瞬だけ宿題の事が頭を過ったが、まあ何とかなるだろう。
 勇太は重ねられた手を握り返すと、葎子と共に商店街へ向かった。

   ***

 商店街へは葎子の勧めで近道を使った。
 住宅街の入り組んだ場所を通り過ぎ、少しだけ細い道を抜ける。そうしてあと少し、と言う所で、勇太たちの足は止まった。
「下がって!」
 勇太は咄嗟に葎子の前に立った。
 そして彼女を庇うように腕を広げて前を睨み付ける。そこに居るのは、金色の鬣に金色の瞳を持つ大型の獣。グルグルと喉を鳴らして立ち塞がる姿は、異形以外の何物でもない。
「あの形は、悪鬼ちゃんの一種、獣鬼ちゃんだよ」
「獣鬼ちゃん?」
 そう言えば、葎子は依然も異形の存在の名前を知っていた。それはつまり、彼女がこうした事象に良く会うことを示す。
「いや、考えるのは後だ。コイツは俺が――」
「ううん、ここは葎子に任せて♪」
「え、でも、着物……」
 そう、葎子は綺麗な着物を着ている。
 その姿でこんな化け物と戦うなど無謀以外の何物でもない。しかし彼女は笑顔で首を横に振った。
「大丈夫♪ 葎子の家に伝わる秘伝の舞いでやっつけてあげる♪」
 ニッコリ可愛らしく笑っているが、言っていることは結構物騒だ。
 勇太は獣鬼と葎子を見比べ、そして彼女を庇うために広げていた腕を解いた。
 獣鬼には大きな手とそれに見合う鋭い爪がある。あれにやられたら一溜りもないだろう。
 もし葎子に何かあれば、直ぐに助ける準備をしておこう。そう決意して彼女の後ろに下がった。
「よぉし、葎子がんばっちゃう♪」
 勢いよく袖を捲って準備完了、そんな所だろう。
 そして獣鬼は、準備万端になった葎子を見て飛び掛かってきた。
 動きは見た目通りに速い。
 素早い動きで間合いを詰めた敵が、一気に葎子の命を奪おうと迫る。だが、葎子は一向に動こうとしない。
 それどころか笑顔で獣鬼を見ているではないか。
「危ない!」
 そう叫んでサイコキネシスを発動させようとした。だが助けに入る直前、勇太の動きは止まる。
「これは……」
 ふわりと広げられた腕に合わせて舞い上がった蝶。それが幾重にも分裂して彼女の前に立ち塞がった。
「これは、壁?」
 勇太の言葉通り、蝶は幾重にも重なり壁を作った。
 それは厚く、鋭い牙を喰い込ませても崩れないほど。
「まだ、これからだよ♪」
 そう言って振り上げた腕。それと共に揺れる着物の袖に勇太の目が引き寄せられる。
 蝶たちは彼女の優雅な動きに合わせて動いていた。獣鬼の周りを舞い、踊り、そして翻弄してゆく。
「凄い綺麗だ」
 思わず零した声に、一瞬葎子が微笑んだ気がした。
 だがそれは気のせいだったのかもしれない。
 彼女は反撃の機会を伺い、飛び掛かる獣鬼を見て、舞いを変化させた。
 先程までは優雅で華やかな舞い。
 それに対して今舞うのは、凛とした柔らかな舞いだ。
「悪い子は葎子がお仕置き。獣鬼ちゃん、お家に帰ってね♪」
 遠く吼えた獣鬼に蝶が一斉に襲い掛かる。
 直後、蝶が五芒星の形を取り、獣鬼を包み込んだ。
 そして葎子の手が舞いの終わりを告げるように閉じると、軽やかな柏手の音と共に、眩い光が溢れた。
「――蝶野家秘伝の舞い、幻影蝶舞!」
 五芒星の形を取った蝶が、1つの光となって獣鬼に突き刺さる。それは幾つも、幾つも、まるで針の山にのように。
 これには獣鬼も堪らず雄叫びを上げた。
 そして獣鬼が完全に崩れ落ちると、葎子もその場に崩れ落ちた。
「あ、おい!」
 咄嗟に伸ばした手が、葎子の腕を掴む。
 そうして強引に引き寄せると、自分の腕の中に彼女を納めた。
「! 何だ、すごく軽いっ?!」
 小柄な見た目だからそう重くはないと思っていたが、想像以上に軽い。それに何て汗の量だ。
 額を伝う汗は彼女の頬や喉を濡らし、全身にまで及んでいる。
「そんなに長いこと、踊ってなかったよな?」
 どう云うことだろう。
 こんなに披露する程に今の舞いは彼女に負担を掛けるのだろうか。
 何かがオカシイ。
 そう思った時、葎子が勇太の腕を掴んだ。
「もう、大丈夫だよ」
 ありがとう。
 そう言って自力で立ち上がろうとする彼女を引き止める。
「いや、送るよ」
「でも……」
 どう見ても彼女は大丈夫じゃない。
 勇太は無理矢理彼女を背負うと、彼女が働く喫茶店まで送って行くことにした。
「道間違えると困るから、おかしなところに行きそうになったら教えて?」
 背負っているから顔は見えない。
 それでも頷く気配がするので大丈夫だろう。
 しかし、なんて軽いんだろう。
 痩せすぎとかそういう問題ではなく、重量を感じない程に軽い。
「……ねえ、ダイエットとかしてる?」
 女の子にそう言うことを聞くのはタブーだが、彼女の健康を考えれば仕方がない。
 勇太は前を見て歩きながら返事を待った。だが一向に変事が返ってこない。
 その事に訝しんで振り返ると、寝息を立てる葎子の顔が見えた。
「あ、寝て……」
 それじゃあ、答えられないか。
 勇太は苦笑を零すと、背負う彼女が落ちないように背負い直し歩き出した。
 聞きたいことや疑問はある。
 それでも今は眠らせてあげよう。
 出来ることなら、眠る彼女が良い夢を見ていられますように……。

 END

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【 1122 / 工藤・勇太 / 男 / 17歳 / 超能力高校生 】

登場NPC
【 蝶野・葎子 / 女 / 18歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

こんにちは、朝臣あむです。
このたびは蝶野・葎子ルート2への参加ありがとうございました。
今回のお話は如何でしたでしょうか?
葎子をどう呼ぶのか分からなかったため、今回は名前呼びナシで進んでたりします。
もしよろしければ次回以降、呼び方や好感度を足して頂けると助かります。
今回のお話がPL様のお気に召していただけることを祈りつつ、感謝の気持ちをお伝えします。
このたびは本当にありがとうございました。
また機会がありましたら、大事なPC様を預けて頂ければと思います。

カテゴリー: 01工藤勇太, 朝臣あむWR(勇太編) |

Route1・黒猫のタンゴ

前日、前々日と降り続いた雨。
 それが嘘の様に止んだ空の下、工藤・勇太は衣替えが終わったばかりの制服の襟を緩めて、足を止めた。
「おかしい……なにかが、おかしい」
 呟き、見下ろすのは真新しい名刺だ。
 そこに書かれているのは、執事&メイド喫茶「りあ☆こい」の文字と、名刺をくれた女の子、蝶野・葎子の名前。
 彼はこの名刺を頼りに店を探している、はずだった。
「なんで、同じ場所をグルグル回ってるんだ」
 前日のネット検索。
 そこで店名が引っ掛かればこのようなことは起きなかったはずだ。
 しかし現実は無常。
 ネット検索の結果、店名ヒット数は0。
 そのため、こうして店を捜し歩く羽目になったのだが、それでももう1つ事前にしたことはあったのだ。
「なんで、地図を忘れるかなっ!」
 そう、ネットで引っ掛からなかったので、せめてもと地図を見て、自作の案内図を作成したのだ。
 だがそれすら忘れる始末。
 結果、自力で店を探すことかれこれ30分。いい加減めげそうだが、ここで帰るのも癪だ。
 なにがなんでも辿り着く。
「とはいっても、せめて人が居れば……いや、居ても聞けない」
 閑静な住宅街に人の姿は見えない。
 人が居れば道を尋ねるという選択肢もあるが、良く考えたら探している店の名前が名前だった。
 恥ずかしくて聞けるはずもない!
「まいったな……」
 そもそも勇太がこうして店を探すのは、名刺をくれた少女に会うためだ。
 何、女に会うためなの?
 そう言う風に聞かれたら、ちょっとぐうの音も出ないが、そこは聞き流そうよ。
 だいたいただ会いたいわけじゃない。
 こっちにはきちんとした理由があるのだ。
「化け物に、それに立ち向かおうとした女の子。それだけでも気になるって言うのに、極めつけがアレだもんな……」
 勇太の言う「アレ」とは、彼の能力を見た葎子の反応だ。
 普通、人ならざる力を目にした時の反応は決まっている。驚いて腰を抜かすか、逃げるか、もしくは泣くか。
 まあだいたいが良い反応ではない。
 しかし葎子が見せた反応は凄く予想外だった。
「助けてくれたお礼をする、だもんな」
 笑顔でそう言って、名刺をくれたわけだ。
 なぜそんな反応を見せたのか。
 純粋に、そのことに興味を持った。これが、勇太の言い分だ。
「でも、このままだとお礼にありつく事も、あの子に会う事も出来ないんだけど」
 そう呟いた時、有り得ない叫びが響いた。
――ぎゃあああああ!!!!
「!」
 尋常ではない大きさの声に慌てて顔を巡らす。
 そうして見つけたのは、見た目にも普通の喫茶店。その前には執事&メイド喫茶の文字がある。
「発見!」
 なんという偶然。
 喜ぶ勇太だったが、そんな歓喜も束の間、いきなり店の扉が開いた。
「ひ、ひいぃぃッ! た、助けてくれぇ!!」
 飛び出してきた若い男は、地面に転がりそうな勢いで駆け出して勇太の横を通り過ぎてゆく。その顔色は蒼白で、尋常ではない。
「え、なに……そんな危険な場所なの?」
 葎子からは想像できない展開に、勇太は目が点だ。
 しかも振り返った先に男の姿は無い。
 まさに一目散と言う感じで走って行ったのだろう。
 ツウッと嫌な汗が頬を伝うが、展開はここで止まらない。
「今月で4人目か……5人でペナルティだな」
 突如聞こえた声に目を向けると、そこには黒のロングメイド服を着た少女が立っていた。
 印象はクラッシックなメイドさん。けれど雰囲気はメイドとは似つかわしくないほどに偉そうだ。
 彼女は腕を組んで眼鏡を押し上げると、今気付いたかのように勇太に目を向けた。
「……客か?」
 声も態度も横柄。
 しかしそんなことはあまり気にならなかった。
 それはこの少女にはそうした態度が似合うと、直感的に思ったからかもしれない。
「え、えっと、そうとも言うけど。この子に会いに来たんだ……じゃない。ですけど、いますか?」
 慌てて差し出した名刺に、メイドの目が落ちる。
 彼女は「ふむ」と呟いて勇太の顔を見た。その視線が品定めの様で居心地が悪い。
「いや、知らないならい――」
「葎子なら休みだ。会いたいなら公園にでも行くんだな」
 そう言って口角を上げると、彼女は店の中へと戻って行った。
 その姿は颯爽としていて、やはりメイドとは思えない。
「メイド喫茶って、けっこう怖いんだな」
 勇太の初メイド喫茶の感想はコレ。
 結構間違った印象だが、今の流れでは仕方がない。
 彼は店と名刺を見比べると、緩く首を振って歩き出した。
 その足取りに迷いがないのは、迷う最中で何度も公園の前を通り過ぎたから。
 これしかない……。

   ***

 親子連れの多い公園。
 その中を歩く勇太は、すぐさま目的の人物を発見することが出来た。
 降り注ぐ日差しを遮るように聳え立つ木。
 その下で丸くなって眠る水色の髪の少女と、黒い猫は、木陰の心地良さに気持ち良さそうに寝息を立てている。
 その姿はなんとも無防備で、勇太は言葉を失ってその姿を見下ろした。
 確かに今日は天気も良いし、昼寝日和だ。
 彼女が眠る木陰は涼しい風が吹いていて、寝るにはかなりな割合で最適で、すごく気持ちが分かる。
 だが、それでも、これはないだろ。
「女の子なのに……無防備すぎるだろ」
 ガックリ気に凭れかかって呟くこと僅か。
 大きなため息を零してもう一度、葎子を見る。
 すやすやと気持ち良さそうな寝顔は、起こしてしまうには勿体ないと言うか、なんと言うか。
「……仕方ないなぁ」
 やれやれと息を吐いて腰を下すと、木の根元に寄り掛かった。
 このまま放置しておくには心配だし、そもそも自分は彼女に用があってここまで来たのだ。
 何も話さずに帰るわけにもいかない。
 そんな風に心の中で言い訳して、寝顔を見詰める。
「……こうして見てると、普通の子なんだよな」
 寝顔だけなら普通の女の子。
 けれど彼女は悪鬼と言う化け物を見て動じず、勇太の力を見ても動じなかった。
 悲鳴を上げて逃げるでも、驚いて座り込むでもなく、むしろ自分から悪鬼に向かっていくような、そんな印象。
 普通の女の子は、そんな反応はしない。
「変な子だな」
 呟いて、胡坐を掻いた膝の上に肘を乗せて頬杖を突く――と、次の瞬間、勇太の目が見開かれた。
「あ、あの……」
 上擦った声がもれて思わず口元が引き攣る。
 だって、いつの間に起きたの。
 さっきまで確かに寝てたはずなのに、なんだか大きな目がこっちを見ている。
 しかも不思議そうに目を瞬いて。
「や、やぁ?」
 慌てて片手を上げるも、なんて情けない。
 自分でも頭を抱えそうになるが、そうする前に、目の前が真っ暗になった。
「へ? ぃ、いぎゃああああああ!!!」
 真っ暗になった途端に、鼻に何か刺さった。
 慌てて手を伸ばして触ると、生暖かい。しかも毛深くて……って、これさっきの黒猫か!
「でっ、でででででででで!」
 どうやら不審過ぎる勇太の態度に、黒猫が警戒して飛びついたらしい。
 しかも葎子を護ろうとでも言うのだろうか。鼻の頭を必死になって引っ掻く姿はある意味ナイト。
 だが勇太にとっては、いい迷惑。
「はーなーせぇぇぇぇぇぇ!!!」
 このままでは鼻が捥げる。
 そう思って首根っこを掴んだ瞬間、一気に視界が開けた。
「もう、駄目だよ! めっ!」
 コツンッと黒猫と額を合わせた葎子。
 彼女は黒猫を叱咤した後で勇太に目を向けると、心配そうな表情で彼の顔を覗き込んで来た。
「!」
「うわぁ、すごい傷」
 ちょっと待って。
 そう言って取り出されたポーチに入る大量の絆創膏。その内の1枚を器用に袋から出すと、彼女は改めて勇太の顔を覗き込んだ。
「ごめんね。えっと……」
「あ……工藤、勇太……」
「うん、勇太ちゃん。ごめんね?」
 勇太、ちゃん?
 いや、近くにある顔も気になるが、今の呼び名もどうなの。
 面食らったように黙り込んだ勇太の鼻に、絆創膏が1つ。そして顔を近付けた葎子の息が鼻に――
「うわああああああ! だ、大丈夫! 大丈夫だからっ!!!」
 あまりの展開に飛び退いた。
 たぶん、傷に息を吹きかけて痛みを飛ばそうとしたのだろうが、流石に顔は近すぎる。
「そ、それより……えっと、その猫……知り合い?」
 知り合いってなんだぁぁぁぁああ!!!
 内心のツッコミはもう虚しいばかり。
 けれど葎子は気にした様子もなく、腕に抱いた黒猫に顔を寄せると、にこりと笑んで頷いて見せた。
「お友達だよ♪ ここで一緒にお昼寝するの♪」
「そ、そうなんだ……」
 つまり、ここで無防備に寝る率が高いということか。
 納得半分、妙な気分半分。
 とりあえずあがった心拍数を抑えようと深呼吸を繰り返す。そうしてだいぶ落ち着いた所で、何かが差し出された。
「へ?」
「葎子お手製のお団子だよ♪ 勇太ちゃんもどうぞ♪」
 確かに差し出されたタッパには、お団子が入っている。
 とは言っても串に刺さっているお団子ではなく、白いお団子をタッパに詰めて、その上からみたらしの餡を掛けたものだ。
「あ、ありがとう」
 そう言いながらお団子を1つ放り込む。
 甘すぎず、しつこくない餡がちょうど良い。
「美味しい。これならいくつでも食べれそうだ」
「えへへ、葎子お団子を作るのは得意なんだ♪」
 良かった♪
 そう言いながら葎子もお団子を口に運ぶ。
 美味しそうにパクつく姿は見ている方としても心地良い食べっぷりだ。
 たとえそれがどんなに早くても。
 どんなにすごい量でも気にしない!
「あの、今更だけど、この前は、変なものを見せてごめん」
 そう言って、彼女の作ったお団子を口に運ぶ。
 当初の目的はこの話題を振るため。だから慌てて口にしたのだが、言葉を掛けられた葎子の反応は意外なものだった。
「変なもの?」
「そう、変なもの」
 もしかして覚えてない?
 そう思ったがどうやら違うようだ。
「変じゃなかったよ。凄く綺麗だった♪」
 無邪気に笑う彼女に気が抜けそうだ。
「綺麗って……なんで、そう思うの。というか、なんでそんなに普通なのかな」
 思わず額に手を添えて呟く。
 やはりこの子は変わっている。
 今まで出会った人間は、勇太の力を見て恐れるか、実験対象としてしか見なかった。
 だが葎子は何の疑問も持たずに勇太の力を受け入れている。それが不思議でならなかった。
「なんでって……葎子、こういうことには免疫があるから」
「免疫?」
 どういうことだろう。
 そう思っていると、不意に葎子が立ち上がった。
「助けてくれたお礼、まだだよね♪ 葎子がとっておきを見せてあげる♪」
「とっておき、って……」
 葎子が取り出したのは匂い袋程の大きさの布袋。その中には粉らしきものが入っており、彼女はそれを摘まんで取り出すと、空に向かって大きく腕を動かした。
「綺麗なお花満開だよ♪」
 まるで踊る様に振り上げられた腕。
 そこから放たれた粉が、キラキラと輝いて舞い落ちる。そして全ての粉が空に舞った時、勇太は声を失ったように息を呑んだ。
 先程まで青々と茂っていた葉。
 それが1枚残らず桜の花弁に変わったのだ。
「えへへ、綺麗でしょ♪」
 そう言って笑った彼女に、勇太はただ無意識に頷きを返す。
 そんな彼の目には、満開の桜と、舞い散る花弁の下で楽しげに笑う葎子の姿が映っていた。

 END

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【 1122 / 工藤・勇太 / 男 / 17歳 / 超能力高校生 】

登場NPC
【 蝶野・葎子 / 女 / 18歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】

【 蜂須賀・菜々美 / 女 / 16歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】(ちょい役)

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

こんにちは、朝臣あむです。
このたびは蝶野・葎子ルート1への参加ありがとうございました。
葎子とのほのぼのシナリオをお届けします♪
半分がギャグチックで、もし勇太PCのイメージを崩していましたら遠慮なく仰って下さい。
今回のお話がPL様のお気に召していただけることを祈りつつ、感謝の気持ちをお伝えします。
このたびは本当にありがとうございました。
また機会がありましたら、大事なPC様を預けて頂ければと思います。

カテゴリー: 01工藤勇太, 朝臣あむWR(勇太編) |

Scene1・スペシャルな出会い

青い空に薄ら走る白い雲。
 それを眺めながら駆ける工藤・勇太の足は弾んでいる。
 その理由は彼が咥えているパンだ。
「ほのひはんはへはんははってほはっはへ♪」
 ……訳すると「この時間までパンがあって良かったぜ♪」だ。
 この時間と言うのは、昼が過ぎ、下校時刻である今を指す。本来なら昼の激戦で殆どのパンが売り切れてしまうのだが、今日はパンが残っていた。
 しかも、激戦中の激戦『メロンパン』がっ!
「まひめひうへふといいほほもはるほんは♪」
 えっと「真面目に受けると良いこともあるもんだ♪」とのこと。
 真面目に受けるとは、授業の事だ。とは言っても、彼がこうしてパンを齧る原因を作った授業は本来あるべき授業ではない。
 いわゆる『補修』と言う物を受けた結果、昼を食べる時間を無くしてしまったのだ。
 そのため下校途中に昼ご飯を食べながら走っているのだが、もし補修をサボっていたらこのパンに巡り会えなかったかもしれない。
 そう考えると今日はついている!
 弾む足をそのままに、勇太は上機嫌で目の前の角を曲がった。
 ここを曲がれば自宅まではあと少し。
 だが――
「ぬあっ!?」
「きゃっ」
 柔らかな衝撃に弾かれて、その場に尻餅を着いてしまった。
「あたた……思いっきり、尻打っ……う゛っ!?」
 腰を摩ってぼやこうとすること僅か、不意に彼の目が瞬かれる。
 何やら口に妙な違和感が。
 いや、それ以外にも感じる物はあるが、何よりそれよりまずは口だ。
「俺のメロンパン!」
 そう先程まであった筈のメロンパンがない!
 これは勇太にとって一大事だった。
「メロンパン、メロンパン、めろ……ん、ぱ?」
 必死にメロンパンを探すこと数秒。
 アスファルトを手探りで探しながら進んだ先に、何やら見覚えがあるような無いようなモノが。
「えっと……これって、もしかして、足?」
 細くて白い肌色の物体。
 それを辿る様に視線を上げて、勇太の顔が一気に赤くなった。
「うあッ!? ご、ごめん、触ってない! 触ってないから!!」
 尻餅を着いた状態で目を瞬く女の子。
 学生服の裾がちょっと捲れあがっていて見――って、ちっがーう! ここで気にするのはそこじゃない!
 勇太は思い切り頭を横に振ると、急いで立ち上がった。そして少女に向かって手を差し出す。
 女の子をいつまでも地面に座らせておく訳にはいかない。そういうつもりだったのだが、彼は再び目を瞬いた。
「……何だ、この匂い」
 呟き、鼻を啜る。
 口の違和感と目の前の存在に気を取られていたが、先程から異臭がしている気がする。
 しかもかなり匂っているか?
「どこから……って、そうじゃない。まずは女の子」
 言って視線を戻す。
 そうして気付いたのは、女の子が背を向けていると言う事だ。
 先程の柔らかな感触と、目の前に座り込む女の子。背中を向けていると言う事は、勇太の所為で転んだ訳ではないのだろうか。
「んー……よくわかんない状況だな――って、え? あれ、何なの!?」
 かなーり、気付くのが遅い。
 異臭の段階で見つけられればもう少し早く発見できたのだろうが、彼の第1はメロンパン。そして第2が目の前の女の子。
 遅れて第3がその他の事象となれば、まあ納得はいく。
 とは言え、遅かれ早かれ気付けたのだから良しとしよう。
「どう見ても人間じゃないよな。何なんだ、アレ」
 彼の目に映る人外の存在。
 餓鬼のように膨らんだ腹と黒く骨ばった体を持つそれは、腐敗したような匂いを放っている。
 最初に感じた異臭はどうやらコイツが放っているようだ。
「明らかにヤバいよな」
 どう見ても状況は最悪。
 危機感に眉を寄せる勇太だったが、そこに状況に似合わない明るい声が響いてきた。
「黒鬼ちゃんって言って、悪鬼ちゃんの一種だよ。簡単に言うと、悪い子なの♪」
「黒鬼ちゃんに、悪鬼ちゃん?」
 ちゃん付けしているが、どう見てもそんな可愛い物でもない。
 だが女の子は笑顔のまま言い放つ。
「ここは葎子に任せて、あなたは下がっててね♪」
 小首を傾げた瞬間、青のツインテールが揺れて、花のような香りがしてくる。それが今の状況とあまりに似合わず、勇太は思わず目を瞬いた。
「大丈夫って……具体的に、あんたは如何するんだ?」
 黒鬼に向き直った女の子に思わず問う。
 その声に彼女は両の手を後ろに組むと、反対側に首を傾げて見せた。
「黒鬼ちゃんを懲らしめるんだよ?」
 さも当然。
 そんな勢いで返されるものだから、勇太は目を点にさせて女の子の顔を見詰めた。
 どう見ても外見年齢は勇太より年下。
 しかもそこそこ可愛い上に小柄で、ちょっと風が吹いたら倒れそうなほど華奢な女の子だ。
 そんな女の子が黒鬼とか言う化け物を懲らしめるとは如何言う事なのか。
「馬鹿なこと言ってないで、あんたこそ後ろに――……あああああああ!!!!」
 女の子の手を掴んだ勇太が悲鳴を上げる。
 これに、手を掴まれた女の子を含め、黒鬼も驚いた様に動きを止めた。
「あの、どうしたの……?」
「俺の……俺のメロンパンが……っ!」
 愕然と膝を折った勇太。
 その目に映るのは黒鬼の足に踏みつけられた愛しきメロンパンの姿だ。
「てめー! 許さねぇ!」
 勇太は浮かんでもいない涙を拭うと、決死の覚悟で立ち上がり黒鬼に指を突き付けた。
 食べ物の恨みは子々孫々百代まで祟る!
 そんな勢いで睨み付ける彼に、黒鬼の目が光った。そして一気に間合いを詰めに飛び込んでくる。
「来やがったな、化け物!」
 勇太は腰を低くして拳を握り、そして――
「あ! あれは何だ!」
「え?」
 突然の声に、女の子と黒鬼の目が向かう。
 その間に、勇太の手が女の子の手を取った。
「今だ逃げろ!」
「え……でも、許さないって……――あ、待ってッ!」
 女の子の手を掴んだまま、問答無用で彼女を連れて駆けて行く。
 そうして必死に逃げる中で、チラリと女の子を見た。
 初めは戸惑っていたものの、今は素直に逃げる自分についてきてくれている彼女に、何処となく申し訳ない気持ちが浮かんでくる。
 逃げるのがカッコ悪いことは承知している。
 闘おうと思えば闘う事だって出来る。
 もしかしたら、闘えば逃げる選択肢とは比べ物にならないほど楽に、彼女を逃がしてあげる事が出来るかもしれない。
 それでも、それが分かっていても、勇太には闘いたくない理由があった。
「あそこの角、曲がるぞ!」
 言って駆け込んだ路地。
 記憶の中では、ここを抜ければ大通りに出れるはずだった。
 しかし――
「っ……行き止まり……」
 万事休すとはこの事。
 勇太は小さく舌打ちを零すと、無意識に女の子を背に庇う形で黒鬼の前に立った。
 前方以外の両サイドと背は壁に囲まれている。
 ここから逃げるには壁をよじ登る他ない。
「……少し、時間を稼ぐくらいなら」
 力を使わずとも時間を稼ぐことはできるかもしれない。
「俺がアイツを惹きつけてる間に、あんたは塀を登って逃げろ」
「……あなたは?」
「俺は……適当に逃げる」
 本当は逃げるあてなどない。
 それでも本とかでヒーローがヒロインを逃がす場面では、そう書いてあることが多い。よって、この場合のこの台詞は間違いないはずだ。
「ほら、早くしろ!」
 話をしている間にも、黒鬼は刻一刻と近付いて来る。
 勇太はチラチラ女の子を見ながら、壁に背を近付けて行った。そうして彼女の足が塀の上に上がるのが見えた頃、彼の目に別の物が飛び込んで来た。
「――っ!」
 頬を掠めた黒い爪。
 急ぎ間合いを取ったが、一筋の紅い線が頬を伝って顎に落ちて行く。
「マジか……ッ、ぅあッ!」
 辛うじて攻撃を避けたのも束の間。
 すぐさま身を反転させて迫る黒鬼に、勇太の目が見開かれる。
 そして黒鬼の腕が胸を貫こうとした時、彼は思いもよらぬ行動に出た。
「すごい……綺麗な槍……」
 女の子の呟きに、ハッとなる。
 咄嗟に差し出した手から伸びる槍。それが黒鬼の体を貫き、悪しき存在を土に還そうとしているではないか。
「……っ」
 しまった。
 そう顔に出しながら、急いで手を下げる。
 それでも女の子には見られてしまっただろう。
 念で作り出した槍――サイコシャベリン。これが彼の持つ能力の1つにして、隠しておきたいものの1つだ。
「えっと……驚かせて、ごめん……怪我、しなかった?」
 目を逸らしたまま問いかける声に、女の子の「大丈夫♪」と言う声が響く。
 それに次いで地面に着地する音が響くと、勇太の目が上がった。
「助けてくれて、ありがとう♪」
 言葉と共に飛び込んで来た、屈託のない笑顔に思わず口籠る。
 素直と言うか、無邪気と言うか、妙に調子が狂う。
「あー……それじゃ、俺はもう行くね……」
 能力を見られた以上、出来る事なら関わり合いたくない。
 そんなニュアンスを込めて言ったつもりだった。
 だが女の子はそんな様子を気にも留めずに、引きとめてくる。
「えっと……何?」
「葎子のアルバイト先だよ」
「アルバイト先?」
 勇太の手を取って、握らせた名刺。そこには彼女のアルバイト先の名称と地図、そして彼女の名前とメールアドレスが記載されていた。
「お店に来てくれたら、葎子を助けてくれたお礼をするね♪ もちろん、葎子が御馳走しちゃう♪」
 そう言って笑うと、彼女は踵を返した。
「それじゃ、またね♪」
「え、あ……」
 店に行くとも、名刺を受け取るとも答えていない。
 それでも手の中に名前を残して去って行った彼女に、勇太の目が落ちる。
「変な子だな……――蝶野・葎子か。なになに……執事&メイド喫茶?」
 確か彼女はアルバイト先と言っていた。ということは……。
「どう見ても俺より年下、だったよな……それで、メイド?」
 脳裏に一瞬だが危険な妄想が過るが、そこはチャットダウン。
 勇太は「ははは」と乾いた笑いを零すと、いま一度名刺を眺めて、胸ポケットにしまった。
「コンビニでパンでも買ってくかな……メロンパン。いや、焼きそばパンでも良いけど」
 そう零して歩き出す彼の足は、能力を見られたと言うのに、どことなく軽く、柔らかなものに見えた。

 END

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【 1122 / 工藤・勇太 / 男 / 17歳 / 超能力高校生 】

登場NPC
【 蝶野・葎子 / 女 / 18歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】

カテゴリー: 01工藤勇太, 朝臣あむWR(勇太編) |

Another One

工藤・勇太 (くどう・ゆうた)はその日、上機嫌だった。
 先日出された宿題は、とある古書店店主の協力もあり上々の成績だった。先生からも褒められ、ならば礼を言いに行かなければ……と、彼は古書肆淡雪の扉を再び叩いた。
 そう、勇太は上機嫌だったのだ。
 ――その人物に遭遇するまでは。
 古書肆淡雪に入った勇太が最初に目にしたものは、無数の本棚でも、古書店店主の姿でもなく、ただ一人の少年だった。
 その人物は、勇太より背が小さく、そしてガリガリに痩せていた。歳は恐らく勇太と同じくらい。にもかかわらず、髪は老人のように真っ白だ。
 あっけにとられた勇太をその人物がじっと見据える。互いに絡み合った視線の先、彼の瞳の色は濃い緑色をしていた。
 だがその濃い緑の瞳には暗い感情が込められている。
 澱んでいる、と言い換えても良い。
 彼はそのまま勇太の横を通り過ぎ、そして古書店の外へと出て行く。
 あっけにとられたまま彼の後ろ姿を眺めていた勇太へと大人の男性の声がかけられた。
「どうしたんだい? 勇太君」
 古書肆淡雪店主、仁科・雪久。
 穏やかな声に勇太は慌てて振り向く。雪久の姿を認めた彼は未だ驚愕を隠しきれないままこう告げた。
「俺が……」
「うん?」
「俺が居た……」
 姿はあまりに違った。それでも、相対した真っ白な少年は、間違い無く自分だと分かった。
 勇太の言葉を聞き、雪久はこう告げる。
「それは、アナザーワンだね」
 アナザーワン。それは、別世界を生きるもう一人の自分。そんな事を雪久は語る。
 そして彼は一冊の魔道書を勇太へと手渡した。
 ――これをうまく使う事が出来れば、アナザーワンをもとの世界へと戻せる、と。
 魔道書を手に店を後にした勇太は考える。
(「仁科さんの話によれば、アナザーワンは縁の深い場所に居るっていうけれど……」)
 自分に縁の深い場所。
 それは、1箇所しか思いつかなかった。
 勇太は郊外を目指し駆け出す。恐らくアナザーワンが居るであろう場所に向かって。

 ――そして勇太がたどりついたのは、正直な所彼自身思い出したくもない過去を持つ場所だった。
 現地に近づくだけでも気分が悪くなる。
 それでも彼は堪えた。堪えて進んだ。
(「あれはもう過去の事。今はもうあの場所は……」)
 以前存在したコンクリートの、仰々しさと威圧感を醸しだしていた建物は、冗談のように無くなっていた。建物は過去に取り壊されている。それは勇太も知っている。それでもここを訪れたら建物がまだ存在するような気がしていた。
 ……実際にはやはり存在はしないのだが。
 そして、跡地となったその場所に、ぽつんと佇む白い少年。
 彼は勇太の姿を認めるなり、ゆっくりと歩み寄る。そして。
「なあ、なんであんたは助かったんだよ」
 口を開くなりそう告げた。
「なんで俺は今も捕まったままなんだよ。なんで俺は今もあの辛い実験を続けられてるんだよ!」
 彼の緑の瞳は怒りと憎しみに燃えている。
 勇太のものより濃い瞳の緑色は、投薬の期間が彼より長い事を物語っていた。
「俺はモルモット扱いされているのに……幸せそうにしているあんたが憎い……殺したい程に!」
 じり、と距離を詰める彼。一方勇太はただ無防備に佇んだままだ。
 何故なら、勇太は彼の、アナザーワンの気持ちが分かってしまったからだ。
 勇太は自分に施された実験の厳しさを今も覚えている。
 2年。
 2年の間、彼は実験による苦しみを味わった。救助され、今はこうして日常を送れるようになったが、もしあの時救出されなかったら、今も研究所に捕らえられたまま実験づけの日々だったのかもしれない。
 そして――目前のアナザーワンは、救助される事なく、今も研究所に捕らえられていた彼の姿に他ならない。
 2年でも辛かった。にもかかわらず、目前の彼は10年も耐えている。
 もし自分がその立場であったなら、正気を保ち続ける事は出来るだろうか? 安穏とした暮らしをする者に憎しみを抱えずにいられただろうか?
「……お前の気持ちよく分るよ……」
 そこまで考えて、そんな言葉が零れた。
「じゃあ、俺の為に死んでよ」
 即座にアナザーワンが返す。距離をじりじりと詰めながら。
 一方勇太は穏やかに笑む。
「でもこの世界はお前には渡さない……お前、めちゃくちゃにする気だろ?]
「当たり前だ。俺を選ばずあんたが救われた世界も憎くてたまらないからな!」
 勇太は抱えたままの魔道書へと視線を落とす。
 これを使えば、アナザーワンをもとの世界に返すことが出来る、と雪久はいった。
「俺はそんな事許せない。でもな……」
 しかし、もとの世界に帰らせた所で、彼は今まで通りの苦しみを味わう日々へと戻るだけだろう。救いもなく、生き甲斐もなく、ただ飼われて実験に使われるのみ。
 いくら別の人生を歩んだ別人とはいえ、苦しむ者を見捨てる事なんて出来るだろうか?
「だからと言って帰れとは言わない……一緒に消えよう? ……俺も付き合うからさ……」
「……何……?」
 狼狽を見せたアナザーワンを、勇太は優しく笑んで腕を広げて迎えた。
 微笑みながらも、目からは涙がこぼれ落ちる。
 だが、アナザーワンとはこの世界では触れあうことは出来ない。触れた瞬間にアナザーワンも、そして本人も一緒に消滅する。
 それは勇太も理解していた。
 そうであっても、アナザーワンの……別世界の勇太の苦しみはそれ以上に重要だった。
 自分より小柄なもう一人の自分。その身を包むように抱きしめる。その途端、光が二人を呑み込み、そのままどこまでも範囲を広めていく。
 全てを呑み込む最期の光。
 それでも、二人を包んだそれは、少しだけ優しく感じられたらしい。

「ん……」
 目をあけるとそこは見覚えのある古書店だった。どうやら席を借りたまま眠ってしまったらしい。毛布がかけられているあたりをみるに、古書店店主が風邪をひかないようにとかけてくれたのだろう。
 それはそれとして、何か夢を見たような気がすると勇太は首を傾げた。
 何だっただろうと記憶を探るも思い出す事は出来ない。
「勇太君、目が醒めたみたいだね」
「仁科さん、俺、寝てました?」
「ああ、随分しっかり寝ていたみたいだね……部活も楽しい年頃だろうし、若いからまだまだ体力は有り余っているんだろうけれど……あまり無理はしないようにね」
 何故そんな事を? というような苦言と共に、雪久はポケットからハンカチを取り出す。そんな彼の顔は深刻なものを含んでいる。
 そして、ハンカチは何に使うんだろうと勇太が思う傍から、彼はそれを差し出した。
「勇太君、ほら」
「え? 俺、よだれでも出してます?」
 まさか、と勇太は慌てて口元を拭ったが、雪久はそんな彼を見て僅かに笑んだ。
「いや、そうじゃなくて、涙、零れてるよ」
「あれ……?」
 頬に触れると一筋の涙がつ、と伝った。
 それどころか、続いてぽろぽろと涙がこぼれはじめる。
「え? あれ? 何で……?」
 何か悲しい事があった、というわけでもないのに、涙は次々と溢れてくる。
「すみません、俺……なんか突然……」
「いいよ、気にしないで」
 渡されたハンカチで涙を抑えようとするも、目が熱くなり、後から後から溢れ出すそれは抑えきれなかった。
「……何か無理でもしすぎてるんじゃ、と思ったけれど、そういうわけでは無いのかな」
 雪久に言われて勇太はひたすらに頷く。少なくとも、実生活で最近は無理や無茶はしていない。
「じゃあ、もしかしたら、眠っている間に、君の中の誰かが、他の誰かの悲しみを受け取ったのかも知れないね」
「誰かが……?」
 ようやく収まりかけた涙を拭い勇太は雪久へと問いかける。
「ああ、同じ境遇をした誰かの辛さとか、悲しみとかを受け取って、泣けない誰かのかわりに泣く……。でも、それはなかなか出来る事じゃない。優しい心が無ければ他の誰かの為に泣くことは出来ないんだよ」
 雪久は優しく勇太の肩を叩く。お疲れ様、とでも言うように。
 一体誰の悲しみを受け取ったのか、そして誰の為に泣いたのか。
 それは勇太には分からない。
 けれどそれにより誰かの心が救われたならと願い、勇太は残った涙の雫をしっかりとぬぐい取ったのだった。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男性 / 17歳 / 超能力高校生

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
 お世話になっております。小倉澄知です。
 ある意味で過去の苦しみを乗り越えようとするお話……になったような気がします。
 誰かの思いを共有するって難しい事ですよね。きっと。でもそれを為した勇太さんはスゴイなと思います。
 この度は発注ありがとうございました。もしまたご縁がございましたら宜しくお願いいたします。

カテゴリー: 01工藤勇太, 小倉澄知WR |

古書肆淡雪どたばた記 ~本棚は謎でいっぱい

少々厄介な事になったなぁ、と工藤・勇太 (くどう・ゆうた)は頭をがしがしと掻いた。
 ……というのは今日出された宿題の話だ。
 宿題として出されたのは本についてのレポートだった。
「ネット全盛の現代において本とはどのような意味を持つか?」と言ったような内容である。
 普通ならば図書館で調べたりなどする所だが、部活に日々明け暮れる状況ではなかなか通うことも出来やしない。
 そんなわけで彼は学校からの帰り道、どうしたものかと悩んでいたのだ。
 既に暗くなった空の下、トコトコと彼は歩く。気分を変えようと普段とは違う道を選んでいたのだが……そんな彼を店のものらしき明かりが照らし出す。
「こんな所に店があったんだ……」
 小さく呟いてよくよく看板を見上げると「古書肆淡雪」とある。
 丁度おあつらえ向きに古本屋のようだ。
 ここならある程度の資料は見つかるかもしれない。それに、もしかしたら古書店の店主から話を聞ければ、このレポートの答えを掴めるかも知れない。
「ちょっと入ってみようかな……」
 勇太は店へと入り込む。様々な本を見ていくうちに、ふと奇妙なモノが目に入った。
 メガネをかけた中年男性が何か困った顔で本棚の隙間を覗き込んでいたのだ。更には大きなため息までつく始末。
 ……そこで彼はようやく勇太の存在に気づいたらしい。
「あ、お客さんだね。いらっしゃいませ」
「それよりどうしたんですか?」
 あまりに困った様子の店主――仁科・雪久に彼は訊ねる。すると。
「……見えるかな?」
 店主は本棚の隙間を指した。そこにあったものは黒い澱みと、そこに浮かぶ単眼。
「何でしょうね?」
 こんなものは見たことが無い、と勇太も首を傾げる。しかしながら雪久からこの単眼が現れてからのあらましをきいて持ち前の正義感故か何とかしたいという思いが湧いた。
「何とか出来るかな~……」
 おそるおそる勇太は書棚の隙間へと手を伸ばす。単眼はただじっとこちらを眺めるばかりだ。
 距離感から言えば指が触れるはずの所だが、彼の指先は空を切るのみ。
 しかし。
「アレ? なんだろ?」
 何かが、勇太の脳裏でぱしん、とはじけた。誰かの感情のようだ、と思った直後、勇太の視界が大きく揺れる。伸ばした指の先からはずるりと黒い澱みが入り込もうとしている所だ。
 単眼と精神が共鳴した……と思う間もなく、崩れ落ちた彼はその場に倒れこむ。
「……勇太さん! 勇太さんしっかり!!」
 次第に暗くなっていく視界。そして意識が途切れる瞬間、遠くに古書店店主の声が聞えた。

(「……ここは?」)
 周囲は何やら真っ白な空間だった。
 真っ白な場所にも関わらず、真っ黒な何かが乱立している。
 それは、全て人の形をしていた。
 ヒトガタの影。それが、勇太の回りにかなりの量存在していた。
 あまりの事態に一瞬あっけにとられたものの、勇太は一瞬前に起こった出来事を思い出す。
(「そうだ、俺は……」)
 古書肆淡雪にて、あの謎の単眼に触れ倒れた事を。
 つまり、ここは恐らく自分の意識の中。
 ではこの影のような存在達は、と考えた直後、背格好から見るに、まだまだ小さな小さな男の子といった風合いの影がやってきた。
 彼はトコトコと両手の本を掲げている。
 この場所全体はおぼろげな雰囲気にも関わらず、妙に本だけが、タイトルさえも読み取れる程にはっきりとしている。古びては居るものの、勇太もよく知っている程の有名な童話の本だ。
「ねえねえ、お兄ちゃん、見て! これね! 誕生日に贈られた本なんだ」
 素敵でしょ! と誇らしげに笑う。そして彼はくるりとターンをすると本を大事そうに抱えたまま走り去る。
「あ……」
 勇太が呼び止める間もなく、影の少年は駆けていく。
 そして勇太の傍に居た何処か女性的なラインを持つ影。ベンチと思しき影に腰掛け、彼女は手元の文庫本を撫でる。くたびれた様子はどれだけ読み込んだかもはっきりと解るというもの。
「この本を読みながら想い人を待っていたわ」
「それで、想い人は……?」
 勇太が問いかけると女性の影は僅かに笑った。表情は全くわからないが、それでも笑った、という気配が確実にあった。
「フラられちゃった。だからこの本、思い切って手放す事にしたのよ。持っていると未練が残りそうで……」
 女性は立ち上がるとどこかへと歩んでゆく。
 ――恐らく、古書店へと。
 そして他の影が動き出す。背丈の高さからみるに青年だと思われる人物。
「この本、俺が生まれた時に書かれたモノなんだな……なんだか情が湧いたよ」
 胸元に彼は本を抱く。
「父さんも母さんも知らない俺だけれど、この本は俺と同い年なんだな……」
 影の青年は本をぎゅっと抱えたまま俯く。僅かに零れた嗚咽に勇太は心配そうに声をかけた。
「……辛いのか?」
 その言葉に青年は目元と思しき部分を拭い、勇太の方へと向き直る。
「辛くないと言ったら嘘になるけれど、なんだかこの本の事を知ったら、兄弟が出来たみたいで少し落ち着いたかな」
 それじゃあ、と青年は本を大事そうにかかえて何処かへと消えていく。
(「そっか、これって……」)
 彼らと話すうちに、勇太も気づいた事があった。
(「本を持っていた人の、思い出だ」)
 本を持っていた人の、本に関わるエピソード。
 古書肆淡雪には、様々な古書が集う。それこそ膨大な量なのは勇太も古書店に入った瞬間に実感した。
 何せ隅々にまで本棚があり、どこまでも本が積みあげられている状況。圧迫感が無いのが不思議なくらいの圧倒的な量だった。
 それだけの量の本に詰まった、様々な想い。
 それらが凝縮し、あの単眼となったのだろう。
(「きっと、誰かに聞いて欲しかったんだろうな……」)
 勇太は一人一人、影達の言葉を耳にしていく。
 それは楽しいものばかりではなかった。悲しいもの、辛いもの、怒りすら覚えるようなものまであった。
 一方、とても幸せな記憶を持った者達も居た。楽しい思い出。何らかの記念日を持つモノ。
 しかしそれは勇太にとってそれは疑問となり小さな棘のように引っかかる。
(「大事な本なのに、なんで手放したんだろう……?」)
 大事な思い出の本や、手放したくないと思う程気に入っていた本。それらを彼らはどうして手放したのだろう?
 そうこうしているうちにも、最後の一人の影が本を抱えてトコトコとやってくる。
「おじいちゃんが大切にしてた本だったけど、またきっと良い人の手に渡りますように」
 表紙を大切そうに撫でて、その人物は勇太の後ろに何時の間にか現れていた明るい扉へと向かう。
 恐らく、そこが古書店への扉であり、この精神領域からの出口。
「……ああ、そっか」
 勇太は小さく笑んで扉へと向かう。
 何故気に入った本でも手放したのか。それは――。

「……さん、勇太さん!」
 雪久の声に勇太はゆっくりと目を開ける。古書店の明かりが眩しい。どうやら倒れてから時間は対して経っていないらしい。
 勇太はゆっくりと身を起こす。そして本棚の隙間を指した。
「もう大丈夫ですよ。ほら」
 黒い澱みは欠片も残さず消えていた。
「……一体何が?」
「ただ、話を聞いただけです」
 事のあらましを勇太は語る。
「想い、か……」
 雪久は小さく呟き書店内を埋め尽くす本の群れを見やる。
 誰かの手を経由した以上、本には想いが込められているのだ。
「仁科さん、俺思ったんですけれど、古本屋って、本を捨てる場所ではないんですよね」
 勇太の言葉に雪久は少し驚いたような顔をした。
 その合間にも勇太は続ける。
「例えば……本が要らなくなったら、捨てるっていう選択肢もあるわけじゃないですか。でもそれをしないで、ここに持ってくるって事は……」
 勇太の脳裏に最後に聞いた言葉が過ぎる。
『おじいちゃんが大切にしてた本だったけど、またきっと良い人の手に渡りますように』
 望む人が読んでくれるなら、捨てたり死蔵するよりよっぽど良い。そんな思いの込められた言葉。
「……本に新たな生を送らせようとしてるのかな、って思ったんです」
「それはまた綺麗な言い方だね」
 雪久はにっこりと笑って見せた。
「確かにここの本は新たな主を待っている所だよ。ただ、それは半分だけの理由だね。残りの理由は……」
「理由は……?」
 勇太が鸚鵡返しに問う。
「……まあ、身も蓋も無い言い方になるけれど、商売でもあるからね」
「そう……ですか」
 少し残念そうに勇太は肩を落としたが……。
「でも、ひとつだけ言える事があるよ。どんな本であれ『価値を見いだした』人しか買う事は無いんだ。有料である以上はね。心無い人に手に取られ、そして捨てられるより、誰かに価値を見いだして欲しい、そんな思いも持っている。だから、私は……こんな形ではあるけれど、本達が新たな主を見つけるまでは、ここで一緒に暮らしていくのさ」
 雪久はそういうと両腕を広げてみせる。その動作はこの古書店の主として相応しい堂々としたものだった。

 事件の解決を喜び勇太は古書店を後にする。
 雪久に見送られ、店の戸口にさしかかった所で……彼はふとある事実を思いだした。
 事件の解決に夢中になりすっかり忘れていたのだが、厄介事があったではないか!
 そう、なんとか片付けないととても大変な事になりかねないヤツが!
「あ、宿題の資料!」
 ぴた、と足を止めた勇太はゆっくりと後ろを振り向く。正直揚々と引き上げようとしていた所だっただけにちょっと気まずいモノはあったが、宿題を忘れた時の事を思うと背筋が冷える。
「……探すの手伝ってくれます?」
 振り向き告げた勇太はちょっぴり涙目だったものの。
「ああ、構わないよ。さて、何から探したものか……」
 雪久に再び招かれ勇太は古書店の中に。
 何度見ても圧倒される本の量。
 この本1冊1冊に、それぞれの本を愛した誰かの思いが詰まっている。
 ただの情報媒体というだけではなく、誰かの『新たな持ち主に愛されて欲しい』という願い。
 そして勇太は思う。
 もしかしたら、この中に自分を待っている本もあるのかも知れないな、と。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男性 / 17歳 / 超能力高校生

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
 初めまして、小倉澄知と申します。
 ちょっぴり優しい話になったような気がします。本に込められた想い。きっと色々ありますよね。
 書物として手元にある事で装丁や触り心地なんかで想起出来る思い出も沢山あるんじゃないかな……なんて思いました。
 この度は発注ありがとうございました。またご縁がございましたら宜しくお願いいたします。

カテゴリー: 01工藤勇太, 小倉澄知WR |

優しい時間・痛む傷

薄曇の隙間から、太陽の光が差し込む。
 昨日から一層寒さを増した大気は肌を切るように寒く、北風に煽られて一層身に染みた。
 そんな寒空の下を、勇太は吐く息を白く小走り気味に目的の場所へと急いでいた。
「まったく、なんで直前になってあいつドタキャンすんだよ。せっかくお祝いだってのに……」
 厚手のコートの襟を両手で引き寄せながら、ポツリと愚痴る。
 今日は弥生とヴィルの産まれたばかりの赤ん坊をとお見舞いに行く予定で、勇太は近所の友人と一緒に行くはずだった。だが、友人は直前になって雲隠れしてしまい、連絡も取れないのだ。
 ムッと眉根を寄せて何度も電話を入れてみたがやはり何の音沙汰もない。これだけ連絡しても何もない事に勇太は堪りかねて、結局一人で病院へ行く事にしたのだった。
「今度あったら絶対文句言ってやる」
 寒さも相まって、足取りはますます速くなる。
 ようやく病院の前まで来ると、荒い呼吸を整えるよう深呼吸を繰り返し、そしてゆっくりと病院の入り口をくぐった。
 大勢の患者が診察を待っていたり会計を済ませたりする中、勇太は人々の間を縫うようにして入院病棟へ急ぐ。エレベーターで産婦人科のある階まで上がると、ナースステーションに向かった。
「すいません。弥生・ハスロさんの部屋は何号室ですか?」
「弥生さん? えーっと……503号室ですよ。面会の方はこちらに記載と、面会バッチを付けて下さいね」
「あ、はい」
 優しい笑顔で丁寧に教えてくれるナースに促されるまま、面会者の名前を置かれていた紙に記入し、面会バッチを受け取る。
 それを胸元に取り付けながら、広い病院の503号室を目指して歩き出す。
「503……503……。あ、あった」
 勇太は病室の入り口に記載されている名前で再度確認すると、緊張を落ち着かせる為に一度胸に手を当て大きく深呼吸してから病室に足を踏み入れた。
 大部屋だけに、空いているベッド以外は皆カーテンで仕切られていて、どこに誰がいるのか分かり難い。
 勇太はそろっと声をかけてみる。
「弥生さん……?」
「はーい」
 一番奥の窓側から明るい声が上がり、同時に引かれていたカーテンが開くとヴィルが顔を覗かせた。
「やぁ、勇太くん。来てくれたんだね」
「あ、はい」
 ヴィルの満面の笑みに出迎えられ、少しばかり緊張しながら近づくとベッドに腰をかけていた弥生もまたにこやかに微笑んだ。
「勇太くん。寒いのにわざわざありがとう」
「いえ……。あ、おめでとうございます」
 やや遠慮がちに頭を下げると、二人は口を揃えて「ありがとう」と微笑みかけた。
 その二人の幸せそうな微笑に、勇太の心が僅かにチクリと痛む。
 何だ。この痛みは……。
 勇太は密かに眉根を寄せ、そっと胸元に触れる。
「勇太くん、ここに座って。立っているのも疲れるでしょう」
 ヴィルはにこやかな笑みを浮かべたまま、傍に置いてあった丸椅子を引き寄せ自分の隣に座るよう促してくる。
 勇太はハッと我に返り、促されるままに椅子に腰を下ろすと、持ってきた果物の籠を差し出す。
「あの、これ良かったら食べて下さい」
「まぁ。美味しそうな果物ね。ありがとう。気を使わせてしまって申し訳ないわね」
「いえ。俺からの気持ちですから」
 ニッコリ笑って果物を渡すと、勇太は弥生の腕に抱かれている赤ん坊に目を向ける。
 赤ん坊はほんのりと石鹸の良い香りがし、僅かに上気したピンク色の頬をしてスヤスヤと抱かれ心地良さそうに眠っていた。
 その様子に、自然と勇太の目尻も柔和に微笑む。
「可愛いですね」
「今丁度授乳が終わって、眠ってしまったところなのよ」
 弥生は我が子を慈しむ優しい眼差しで見下ろしながら、そっときめ細かな頬を撫でる。すると、赤ん坊はピクリと片手を広げて反応を示した。
「ふふふ。可愛い」
「あぁ、本当だね」
 赤ん坊のちょっとした動きさえも、二人には可愛くて仕方が無い。
 勇太の目から見ても確かにどこか満足そうな顔で眠っているようにも見える。そしてとても愛されているのだなという事も。
 そう思うと同時にズキリと、また胸の奥を刺激する小さな痛みを覚えたが、勇太はあえて気付かない振りをして子供を見つめていた。
「名前は決まったんですか?」
「まだ決めてないんですよ。これからを生きるこの子に相応しい名前と言うのを、なかなか決められなくてね」
 ヴィルははにかむように小さく笑いながらそう応えた。それに続き、弥生も口を開く。
「名前は、その子の一生を左右する大事なものでしょう? ましてこの子は男の子だし、ちゃんとした名前にしなくちゃね」
 そう言って微笑む弥生の表情は、実に順風満帆なのだなという事が窺えた。
 あぁ、二人は本当に幸せの絶頂に立っている。これ以上ないほどの至福の中に、この赤ん坊は生まれたんだ……。
 勇太はどこか呆然としたように、そう心の中で呟いていた。
「勇太くん?」
 ふいに黙り込んだ勇太を気にかけて弥生が声をかけると、急ぎ取り繕うように目を瞬かせた。
「え? あ、すいません。ついボーっとしちゃって……」
 いつもと変わりない風に装ってニッコリと微笑んでみせる。だが、一瞬見せた勇太の陰りを、ヴィルと弥生が気付かないわけがなかった。
 勇太はサラリとその場を流すように、別の話題を振って来る。
「そう言えば今日はこれから雪が降るみたいですね」
「あら、そうなの?」
 何気なく窓の外に目を向ければ、先ほどまで薄っすらと日が差していた太陽は今はもう厚い雲に隠れてしまい、見えなくなっている。今にも雪が降り出しそうな感じを醸し出していた。
 時折窓を叩く北風が、より寒さを強調しているかのようだった。
「……」
 どうしようか……。
 勇太はふいにそう思った。
 この寒空の下、雪が降り出す前に帰るかどうかと言う模索ではなく、勇太の意識は別のところにある。
 見て見ぬ振りができれば良かった。だけど、これは思った以上に辛かったみたいだ……。
 窓の外を見やりながら、先ほどからズキズキと胸が痛んで仕方がない。言い表せない感情が溢れ出しそうで、思わずキュッと口を引き結ぶ。
「ふぎゃ………ふぇえええぇぇええぇっ!」
「!」
 背後から、突然泣き出した赤ん坊の泣き声に、勇太は驚いてそちらに目を向ける。
「あらあら……どうしたのかしら。急に泣きだすだなんて……」
「ほらほら、どうしたんだい?」
 弥生がうろたえたように赤ん坊をあやし、ヴィルがその傍らで同様にあやしている姿が目に映る。
 駄目だ……。
 勇太は堪らず、膝の上にあった手をきつく握りこむ。
 これ以上ここにいたら駄目だ……。これ以上、この家族を見ていられない……。この優しい空気に包まれていられない……。
 鼻の奥にチリッとした痛みがこみ上げてくる。自分の意思に反して自然と目頭は熱くなり、勇太は慌てて俯いた。
 今はまだ駄目だ。いつも通りの俺を演じなければ……。
 勇太は自分に言い聞かせるようにそう思い少し慌てた様子でガタリとその場に立ち上がると、弥生とヴィルは同時に視線を上げて見上げてきた。
 そっと深く息を吸い込みながら、もう一度自分に言い聞かせる。
 大丈夫。まだ、笑える……。
 俯かせていた顔を上げると、いつもと変わらない明るい笑顔を向けて二人に声をかけた。
「すいません。俺、用事思い出したんでもう帰ります」
「え?」
「急ですいません。でも、二人に愛されて幸せそうな赤ちゃんも見ることが出来たし、弥生さんも元気そうなので安心しました」
「勇太くん……」
 どこか驚いた様子の二人を前に、もう一度勇太は笑ってみせる。
「この赤ちゃんは、絶対幸せになりますね」
 何とかそう言うと、勇太は軽く頭を下げて少し足早にその場から立ち去っていく。
 どうしよう……。そんなつもりなど毛頭無かったのに、さっきの言葉はなんだか皮肉めいたように聞こえてしまっただろうか。
 ギリギリのところで堪えていた、目頭にこみ上げる熱い物が迂闊にもポロッと頬を伝い落ちる。
「勇太くんっ!」
「……っ!」
 病室を出る前に背後から呼び止められ、勇太はビクッと肩を震わせた。
「……大丈夫かい?」
 すぐ真後ろで声がかかり弾かれるようにそちらを振り返ると、心配そうな面持ちのヴィルの姿が飛び込んでくる。
「あ……」
 不覚だった。
 一度零れ落ちた涙は、もうどうやっても止められない。
 次から次へと溢れ出て、勇太の頬を濡らしていく。雫は顎を伝い床の上にこぼれていった。
 みっともない。こんな風に人前で泣くだなんて……。
 心の中は冷静にそんなことを考えているのに、体の方は正直に今の感情を表してしまう。
 勇太はすぐに顔を伏せると同時に瞳を閉じる。するとその肩にそっとヴィルの手がかけられた。
「すいません……。君には、少し辛かったですね……」
「……いえ」
 ゆるゆると首を横に振る。
 祝いたかったのは本当だ。彼らの幸せを心から祝いたい。そう思ったからここに来た。笑顔で最後までいられると思ったから……。
 でも、予想以上に心の傷は過敏に反応を示してしまってどうしようもなかった。
 自分と比べても仕方が無いことぐらい分かっている。赤ん坊は無条件で愛されて当然だ。ただそこにいるだけで皆を幸せに出来る、最大限のパワーを持っているのだから。
 そんな赤ん坊を相手に、嫉妬なんてみっともないことをするつもりなんか微塵も無かったはずだったのに……。
 勇太は自分に対する恥ずかしさと、抉るような切ない気持ちに肩が震えた。
 無条件で愛される……。なら、自分も、赤ん坊の時には愛されていた? あの二人に……。
「……ごめんなさい……俺……」
「……君が謝る必要なんてないんですよ」
 ヴィルが優しく声をかけると、勇太はゆるゆると首を振った。
「……自分も、こんな風に愛されていたのかな……って思うと、何か……っ」
 辛くて……。
 最後は言葉にならなかった。
 今自分に出来るのは、二人にこれ以上迷惑をかけないことぐらいだ。
 そう思った勇太は無理やり顔を上げて微笑むと、ヴィルも、そして赤ん坊を抱いたままベッドから降りてきた弥生もどこか辛そうに眉を寄せる。そしてふんわりと微笑みかけた。
「私は……ううん。私たちはそう信じてる。勇太くんがこの世に生まれて出会えたことを、嬉しく思っているはずだわ」
「親とは、皆そう思うものだと思いますよ」
 その言葉に、勇太は小さく頷いた。
 二人の言葉は胸に染み入る。だから、久し振りに入院している母の見舞いに行こうと、密かに心で思ったのだった。

カテゴリー: 01工藤勇太, りむそんWR |

ペリト卿の宝石【2】―アレクサンドラパート―

 何でこんなことに……と、半ば泣きたい気持ちで工藤・勇太(1122)はスーツケースを運んでいた。
 盗まれたペリト卿の宝石。
 それが今、ロシアにあると言う事が判明し、ペリト卿の要望で勇太と斡旋屋(NPC5451)はロシアに飛ぶ事になったのだ。

「顔色が悪いですよ、工藤さん」
 斡旋屋の言葉にも、何でもないから! と思わず過剰反応してしまう。
 マフラーがずり落ちて、首に寒気が辺り、勇太は肩を竦めた。
 飛行機に乗ればロシアの首都、モスクワまで約10時間半。
 ペリト卿が用意したのはファーストクラス、広々としたものだったが10時間半のフライトで身体はクタクタだ。
 海外は初めて、だとはしゃぐ訳にも行かない――秋のロシアは寒すぎるし、何より目的が『アレクサンドラの威光』の奪還なのだ。
 寒風吹き荒れる、秋のロシア……気温は一桁だという。
 吐く息が白くなり、そして消えていった。
「なるべく、穏便にいきたいな……」
 自分自身に言い聞かせるような呟きだったが、斡旋屋の耳には聞こえていたらしい。
 勇太の言葉にゆっくり、頷いた。
「そうですね。空港閉鎖とかされると、厄介ですし」
「晶、怖い事言うなって!」
 住所と地図を手掛かりに、アレクサンドラ・ミハイロヴィナの居場所を探すが――。
 ロシアの言語と言えば、キリル文字である……勿論ながら、日本では馴染みのない文字。
 見まわしても日本語などは存在しておらず、教科書の文字すら、恋しくなってくるのだから不思議である。
 遠いところまで来たんだなぁ……と言う実感が、ゆっくりと湧いてきた。
「工藤さん、工藤さん」
 斡旋屋が勇太の服の裾を引っ張り、何事か告げた。
「え、どうしたの、晶」
「GPSと言うものがあるらしいですね――携帯電話には」
 ああ、と勇太は頷いた、確かに携帯電話のGPS機能を使えば、自分の居場所もわかるし――目的地まで辿りつく事が可能だろう。
 自分の携帯電話か、それともペリト卿に渡された携帯電話か――と迷って、勇太はペリト卿に渡された携帯電話を手に取った。
 海外でも通じると言うその携帯電話は、銀色の冷たい光を放っている。
 GPSで居場所を送信し、地図を呼びだせば既に、目的地である『アレクサンドラ・ミハイロヴィナ』の住所が入っていた。
 ペリト卿が自ら入れたものなのか、それともメイドが入れたのか――それは分からないが、ペリト卿にとってあの宝石は、大切なものだったのだろう。
(「頑張らなきゃな――」)
 自分自身に対しての決意は、言葉になる事はなく、灰色のロシアの空に消える。
「晶は携帯電話、持ってないの?」
「文明の機器とは思っていますが、無くても支障はありません」
 何時もより、ほんの少しだけムキになったような声の張りがあった……機械、苦手なんだろうな、と苦笑する。
「じゃあ、しっかり付いて来て」
 本当は海外にドキドキで、ついて行きたいのは勇太の方だったのだが――悟られないように息を吐く。
 ……いるかどうかも分からない神様に、ボロが出ないように祈った。

『アレクサンドラ・ミハイロヴィナ』の邸宅は歩いて、30分のところに建っていた。
 テレパシーで見たとおりの、無機質な邸宅。
 豪華、と言うよりも堅牢、と言う方が似つかわしいものだった……周囲には鉄の柵が張り巡らされており、灰色の壁は冷たく光を反射している。
 恐らく、古い建物なのだろう――歴史ある、と言った方がいいのかもしれないが。
(「でも、何て言って会えば……真っ正面から行っても、通して貰えないだろうし」)
 ペリト卿の使いです、と言ったところで追い返されるのがオチだろう。
 身体は頑丈だと自負しているが、冬に近づくロシアの外気に何時間も晒されるのは考えただけで、ぞっとする。
「如何致しますか?」
 全面的に斡旋屋は勇太に任せるつもりなのだろう、斡旋屋の閉じたままの瞳も、人形の暗い瞳も勇太を見つめ――少しばかり居心地が悪い。
「うーん、テレパシーで在宅中か、確認してみるよ」
 テレパシーは苦手なのに、最近良く使うな……と、苦笑を洩らす。
 意識を張り巡らせば、無彩色の中に――浮かんだ一つの光、尤も強い思念。
 それは、彼女の部屋の中から発せられていた……そして小さな、思念も。

 彼女は、その日を待っていた。
 プラチナブロンドの柔らかい髪が、床に付く程に伸ばされている――共産主義を掲げる政府の下で、住み込みの使用人は離れてしまった。
 だが、彼女は寂しくはなかった――ただ、衰退していくロマノフ家の事を思う。
 その姿には、物悲しさが宿っていた。

「……見つけた」
 彼にしては鋭い言葉に、斡旋屋が顎を引いた……頷いたのだろう。
 人形は無機質な視線を邸宅へ、向けたままだ。
「晶、ええっと……人形、も掴まって」
 斡旋屋と人形の手を引き、意識を集中させる――明確に思い浮かべる、豪奢な調度品の集まる、アレクサンドラの部屋へ。

「――随分と、無礼な訪問ね」
 彼女、アレクサンドラはツン、と顎を上げ言い放った。
 いきなりテレポートし、現れた2名と1体を恐れる様子もない。
「……晶、言葉分かる?」
「ええ、長く生きていますから――『無礼な訪問だ』と言っています」
 どう見ても自分より幼い少女から発せられた『長く生きている』宣言に苦笑しつつ、斡旋屋を仲介に交渉する。
「ペリト卿の持ち物だから、返して欲しいんだ」
 答えは『Нет』と言う、断りの言葉が返ってきた。
「うーん、ニュアンスが、伝わりにくいなぁ……異質能力者なら、もう少し伝えやすいんだけど」
「勇太さん、彼女は異質能力者です。その『瞳』を用いて、魅了し、記憶を書き換える」
 合点がいった……テレパシーで記憶を探った時に、歪に感じられた記憶の、意味を。
 思念で会話する――何故『アレクサンドラの威光』を欲しがるのか、と。
 言葉よりも曖昧な、それでいて分かりやすいやり取りに、アレクサンドラからの返答が返って来る。
 ――それは『アレクサンドラの威光』に対する執着、やはり、答えは『Нет』だった。
 そして、強い拒絶と共に――頭を強く殴られたかのような、衝撃。
 瞳と瞳が合わさり、掻き乱すかのような強い意志――思考が溶けだすのを感じ、咄嗟に勇太は精神にガードを張り巡らせる。

 ――バチン!

 精神界と物質界の壁を破って、弾けるような光が飛び散った。
 背中で斡旋屋を庇い、勇太はテレパシーで干渉し、アレクサンドラのテレパシー攻撃に対抗する。
 瞳を扱い、精神に干渉するのであれば瞳を見なければいい――だが、その瞳の悲しげな色から、目が離せないでいた。
 ガードを強め、精神汚染で精神を揺さぶる……アレクサンドラは、椅子から立ち上がる事もないまま、記憶を書き換えようと勇太の思考に侵入する。
 思考の中に、他人の思考が侵入する、と言う状態はどうしても慣れない――膝を付き、ガードを強める勇太。
「大丈夫ですか、工藤さん!」
 勇太の背を擦る斡旋屋、だが、その声は聞こえていない――思念が入り込むのだ、記憶が、薄れていく。

 ……編まれた記憶は取りだされ、そして別の色遣いで編まれ始める。

 いけない、と呟いたのは誰だったのか……。
 勇太は爪を立てると一気に力を解放する――否、自身を作り変えようとする外敵に対しての過剰防衛。

「――!」

 アレクサンドラの表情が歪んだ、術は反射し、強大な思念が襲い来るのが分かった。
 勇太は見ていた、プラチナブロンドの女性が寂しげな笑みを湛える。

「わたくしには『アレクサンドラの威光』が必要なのです」
 諦念、とも呼べる哀しみを宿した瞳だった。
「逃げられない運命――『アレクサンドラの威光』の正当な所有者は、アレクサンドラ」
 哀しくも傲慢な、瞳だった。
「『アレクサンドラの威光』……『彼女』は、今もアレクサンドラを求めているのよ」
 吹き荒れる寂しさと、そして熱病のような渇望。
 その元凶は――静かに光る、紫色の宝石。

「アレクサンドラ……」
 かすかな思念が、伝わってくる。
「殺さねば、アレクサンドラを――」
 哀しい言葉は、やがて一つの結論に達する……アレクサンドラを殺さねば。

 ――包丁が肉を切る事に、意味があるだろうか?
 その役割を与えられたから、それを行うのに過ぎない。
 ……『アレクサンドラの威光』もまた、アレクサンドラを殺せと役割を与えられただけなのだ。

「これは、返して貰うよ」
 痛む頭を抱えながら、思念の場所に手を伸ばす、大ぶりな宝石は転がるかのように勇太の手に滑り込んだ。
 アレクサンドラは何も言わない、いや、その様子を見て、何かを呟いた。
「『アレクサンドラの威光』はまた、アレクサンドラを殺すのかしら――? と」
 斡旋屋が言葉を翻訳する、勇太はゆっくりと首を横に振って、言った。
「殺させない――」
 抱きしめた宝石に、テレパシーで干渉する……そして。

「もう、殺さなくてもいいから――」

 だから、ペリト卿の手元に置かれ、ゆっくりと眠って。
 ――解放された『アレクサンドラの威光』の思念が、揺らぐ。
 そして、哀しげな思念はもう、消え去っていった。

 その言葉を、待っていたの――そう、心に痕を残して。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【1122 / 工藤・勇太 / 男性 / 17 / 超能力高校生】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

工藤・勇太様。
発注ありがとうございました、白銀 紅夜です。

このお話は、これで完結です。
お付き合いありがとうございました。
超能力戦と共に、絡み合う思念同士を感じて頂ければ、幸いです。

では、太陽と月、巡る縁に感謝して、良い夢を。

カテゴリー: 01工藤勇太, 白銀紅夜WR(勇太編) |

ペリト卿の宝石【1】

精巧なシャンデリアから放たれる光は、飴色の調度品を優しく照らしている。
 ベルベットのソファーは、身体が沈み込むほど柔らかい。
 イングリッシュメイドが目の前に置いたティーカップからは、ベルガモットの香り。
 高価そうなボーンチャイナのカップの縁を見ていた工藤・勇太(1122)は静かに話を聞いていた。

 午前2時に、忽然と消えた『アレクサンドラの威光』と言う宝石。
 上質なアレキサンドライトと呼ばれる宝石は、アレクサンドル二世に献上された宝石の一つ。
 今は、ペリト卿のコレクションの一つとして存在していた筈……だが。

「頼めるかい、きみ達に」
 ペリト卿の言葉にすく、と立ちあがった勇太は、きっぱりと言い切った。
「任せてください! この高校生探偵、工藤ゆ……っ」
 しん、と静まり返る屋敷内――まるで、屋敷までもが息を潜めたかのようだ。
 その中で、ペリト卿と斡旋屋、そして人形だけが何も無かったかのような表情をしている。
「あ……、すみません、冗談です。はい……俺のやれる範囲で調査させて頂きます」
 いきなり腰低く口にした勇太に、ペリト卿は面白そうに笑った。
「頼むよ、勇太君。私としても、警察には頼みたくなかったんだ」
 何事もなかったかのように、メイドがお代わりの紅茶を注ぐ。
 いたたまれない思いを抱きつつ、勇太は小声で隣に座る斡旋屋(NPC5451)へと声をかけた。
「でも、俺賢くないの知ってるよな」
 何故自分に、斡旋されたのか――少しだけ首を傾げ、斡旋屋が耳を傾ける。
「探偵の真似事なんて出来ないって。俺が出来るのはテレパシーを応用したサイコメトリーで犯人の痕跡を探るくらいだ」
「それが、重要になりますよ。痕跡を知れば、相手からも動きが出る筈です」
「……あ、そっか。そ、そうだよな、うん」
 二人のやり取りを知ってか、知らずか。
 ペリト卿は穏やかな表情で、アールグレイを口に運ぶ。
「わかりました。早速、現場に行ってみます」
「ああ、何か分かったら教えておくれ」

 犯行現場である、宝物庫。
『アレクサンドラの威光』はガラスケースに入れられ、監視カメラが付いていた。
 勇太の持つ超能力の一つ、サイコメトリーとは物に宿る残留思念を、読み取る事である。
「何か、手伝えることはありますか?」
「あ、ありがとう、晶。集中させて貰えば、多分何とか」
 斡旋屋の言葉に頷き、目を閉じて目の前のガラスケースに意識を集中させる。

『自分』を刻々と刻み続ける、監視カメラの無機質な瞳。
『アレクサンドラの威光』ではなく、得体の知れない『贋作』を中に入れられた屈辱と、痛み。
 犯行時刻に騒ぎ立てる、警備員達とその中に一人、警備員が与える『傷』を、ガラスケースは記憶していた。

「……『アレクサンドラの威光』は、ニセモノだったみたいだ」
「すり替えられていた、と言う事ですか。……なら、ペリト卿がこの宝物庫に入った後ですね。彼の目利きは、大したものですから」

 既に『アレクサンドラの威光』は持ち去られていたと言う、事実。
 少し前に巻き戻し、残留思念を読み取る勇太。
 過去の記憶は『ガラスケース』にとっても曖昧なのか、だが、鍵がカチャリ、と開けられると同時に手を伸ばした、その人は。

「……ペリト卿? いや、でも、念波動が違う」

 勇太の呟きに、斡旋屋は驚いた様子もなかった。
「つまり、誰かがペリト卿に扮していた、或いは監視カメラの映像に手を加えた。それは、何時の記憶ですか?」
「ええっと、感覚からして――2日程前かな。念波動は覚えたし、此れで、同じ波動を持っている人を探れば!」
 思念はそれぞれ『形』が存在している。
 喜怒哀楽と言う簡単に分類できる感情ですら、個人個人、同じものはない。
 まるで其れは、指紋の様な確実なもの。
「テレパシーは苦手だけど、何とかやってみるよ」
「では、警備員を呼んで来ましょう」
 斡旋屋が宝物庫をすり抜け、別々の部屋にいる警備員を連れてくる。
 得体の知れない少女に連れて来られた警備員達は、不満を隠しもせずに悪態を付いていたが、ペリト卿の雇った人物だと知ると口をつぐんだ。
 一番最初に踏み込んだ、警備員C、そしてD、B、Aの順。

「犯人は、二人組です。二つの念波動が感じられました」
 話を切り出した勇太に、超能力、や、念波動、と言った不可思議かつ、非科学的だと騒ぎたてる警備員達。
 それを諌めたのは、他ならぬペリト卿だった。
「まあまあ、超能力でも何でも構わないよ。自分達には、及び付かない力があっても不思議じゃないだろう」
 話してくれないかね、と口にしたペリト卿の瞳は、好奇心旺盛な少年のように輝いていた。
 勇太は目を閉じ、警備員一人一人の心の中に干渉を試みる。
 テレパシーは苦手ではあるが、大見栄を切った手前、退く事は出来なかった……そんな事をすれば、男が廃る。
 雑音混じりの、罵倒混じりの心の中を覗き込むのは好きではなかったが、心のガードを掻い潜るようにして意識を読み取る。

 ……警備の間は、監視カメラの映像を以前のものに切り替えればいい。
 警備員の一人が過去の映像を、モニターに移しだす。
 2人ずつの交代制、相棒は宝物庫に忍びこむ、自分はセキュリティシステムを停止させておく。
 偽物の宝石にすり替え、そして――アリバイを作ってから、偽物が溶けるのを待つ。
 ガラスケースに傷を付ければ、その日が、犯行時刻。

 ユラリ、と揺れる記憶の中に移る、寂しげな瞳。
 それはプラチナブロンドの美しい女性へと変化し、その瞳に焦がれる激情。

「わたくしにこそ『アレクサンドラの威光』は相応しい。ロマノフの血を受け継ぐ、わたくしにこそ」

 憂いを帯びた、彼女の名前は――。

「アレクサンドラ。宝石に名付けられた名前と同名の女性の為、この犯行は起こった。犯人は、最初に現れたあんたと、そして、最後に現れたあんただ」
 指を差された警備員Aと、警備員Cは、苦い表情を浮かべ首を横に振る。
「続けてくれるかね」
 ペリト卿は警備員達の動揺を気にした様子もなく、勇太を促す。
「まず、二人は2日前、2人組として警備を担当した」
 交差する視線、頷く二人と、そして大きく頷いたのは彼等の同僚だった。
「一人が、監視カメラの映像を過去のものにすりかえ、セキュリティシステムを解除。もう一人がニセモノに入れ変える」
 嘘だ、と口にするより前に成程、とペリト卿が追撃を加えた。
「と言う事は、だ。監視カメラの映像を警察に持っていけば証拠も、揃うと言う訳だね。だが、宝石についてはどうなる」
「偽物が溶けるまで、時間を置いておけばいいんだ。多分、鑑識が入ればニセモノの宝石と同じ成分のものが検出されるんじゃないかな?」

 監視カメラが過去の映像を映し出しているのなら、変化は存在しない。
 溶けた頃を見計らって、現在の状況を映せば『いきなり消えた』宝石が存在すると言う訳だ。

「最初に駆けつけたのは、勿論、監視カメラを監視していたって言う理由もあるだろうけど。ガラスケースを傷つけて、犯行時刻をその時間にする必要がある」
 勇太と、警備員二人の瞳が交差する。
 警備員二人の瞳に、恐れの色が浮かび、そして消えた。
「最後に駆けつけた人は、監視カメラの古いテープを破棄すればいいけど、時間が無かった」

 ――ポケットの中に入っているのは、証拠のテープだよね?

 弾かれたように、警備員Aの肩が跳ねた。
 首を振る警備員Cは、溜息を付いて頭を抱えた。
 ペリト卿は楽しげに、笑みを浮かべている……そして、容赦のない一言を突きつけた。
「じゃあ、そのテープを再生してみようかね」
「……その必要は、ない。だが、宝石は、俺たちの手元にはない」
 ペリト卿の表情が冷たい、仮面の様なものに変化する……その瞳の冷たさは、陽気な常識人に見えてもやはり、裏社会を歩いて来た人物の目だった。
「『アレクサンドラ・ミハイロヴィナ』だ、彼女が、持っている」
 勇太に視線が集まる。
『アレクサンドラ・ミハイロヴィナ』は、誰だ、と。

「――ロシアのロマノフ家の傍流で、二人に依頼した張本人。プラチナブロンドの女性で、ロシアに住んでいる」
 ところで、と勇太は口を開く。
 何か重大な事実が、もたらされるのか――だが、彼は言った。
「ところで、ロマノフって何?」
「ロマノフ。ロシア革命以前、ロマノフ朝として国の権威者だった王族だ……そうか、血筋は絶えたと思っていたが」
 そこで、ペリト卿は少し考え、口を開いた。
「勇太君、晶、ロシアに飛んでくれないかね」

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【1122 / 工藤・勇太 / 男性 / 17 / 超能力高校生】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

工藤・勇太様。
発注ありがとうございました、白銀 紅夜です。

勇太探偵の、独特の調査方法は書いていて楽しかったです。
犯人調査、テレパシーによる居場所調査で『アレクサンドラパート』へ分岐しております。
宜しければ、今後もお付き合い下さいませ。

では、太陽と月、巡る縁に感謝して、良い夢を。

カテゴリー: 01工藤勇太, 白銀紅夜WR(勇太編) |

斡旋屋―雨遊び―

工藤・勇太(1122)はいきなり雨脚を強めた空に、慌てて店の軒下に駆けこんだ。
「つ、冷てぇ……」
 しっとりと濡れた服の水滴を払えば、隣に立つ人物に気付いてあれ、と勇太は首を傾げる。
 人形を連れた、斡旋屋(NPC5451)である――この雨で、足止めを喰らったのだろうか?
「あれ? この前の斡旋屋さんだよね? たしか……ショウとか、アキとか――」
「ええ、その様子では、まだ迷っていらっしゃるようですね。ああ、此方をお使いください」
 差し出された手ぬぐいを受け取り、礼を述べて服や鞄の雨粒を拭う。
 まだ迷っている事を知られて、少しばかりばつが悪い。
 好きに呼んでいい名前――ふ、と薫ったのは秋風の薫りだ。
 夏の風の暖かさと太陽の薫りとは違い、木枯らしと木の薫りが強い。

「それじゃ、今秋だし、晶(アキ)って呼ばせてもらおうかな」
「わかりました……そう呼ぶ方は、珍しいですね」
 ショウ、の方が良かったのだろうか、と頬を掻いた勇太の心情を察したのか、ゆっくりと斡旋屋は首を振った。
「いえ『斡旋屋』で事足りる、と言う方が多いものですから」
「……そんなもんかな? 名前があるんだし、呼んだ方が断然いいって、俺は思うけど」
 決して買いかぶっている訳ではないが、勇太としては斡旋屋は悪い人物ではない、と感じていた。
 確かに、唐突に仕事を斡旋したりと……少々、常識と呼ばれるものからは逸脱しているのかもしれないが。
 隣の人形だって、良く見れば――。
「傍らの人形だって、よ、良く見れば……」
 つるり、と陶器の様な白い滑らかさをもって、人形が此方を見返してくる。
 跳ねた雨が、その白い人形の表面をツルリ、と滑っていった。
「あ、愛嬌が――うん、愛嬌が……」
 なくも、ない……と思う、多分、と心の中で呟く。
 人形は表情なく、勇太を見ていた――ぽっかり、と空いた眼の部分は暗く、深く。
 まるで飲みこまれそうな――何とも言えない思いを駆りたてる。
「……気に入りましたか?」
 中に入りましょう、と促した斡旋屋に続いて、勇太も中に足を踏み入れた。
 喫茶店の中は、珈琲の香りと甘いケーキの匂い、学校帰りの勇太の胃袋が、くぅ、と空腹を訴えた。
 お腹を抑えて思わず赤くなる勇太に構わず、斡旋屋がどうぞ、とメニューを差し出してくる。
「え、でも――俺、お金……」
「工藤さんのお時間をお借りする、お礼ですよ。私も退屈していましたから――此処で断られると、私の面子が立ちません」
「……う」
 女の子に奢らせるのは、と思わず言い返しそうになったが……先手を取られて勇太は、小さく呻いた。
 結局、一番安いアイスティを頼み、斡旋屋がグリーンティを頼む――そうして、先に口を開いたのは勇太の方だった。

「どお? お仕事は順調?」
 未だに、作り物の様な完璧さを保った斡旋屋へ声をかける。
 しとしとしと、降り続く雨に耳を澄ませてから、斡旋屋は頷いた。
「順調ですよ。工藤さんがしっかり、取り立てて下さったお陰で、斡旋料を払わない輩もいませんし……工藤さんこそ、学業の方はどうです」
「え、まあまあかな。って、俺、高校行ってるって言ったっけ?」
「情報も、私の武器ですから……」
 何時の間に、と勇太は口の中で呟くがそれはアイスティとグリーンティを持ってきた店員の声にかき消された。
 不自然な明るさを持った店員の声が響き、両者の前に飲み物が置かれる。
 ふ、と奇妙な間が出来、斡旋屋は口を開いた。
「……どうです、肩は」
 どうやら、勇太の肩に視線を向けたようだった――尤も、その瞳を見る事は出来ないが。
「あ、そうそう、肩の怪我。痛みはさほどないんだけど、なんだかちょっと違和感が残っててさ」
 肩を動かしながら、勇太は告げる。
「でも、この程度だからどうしようか迷ってたんだよね」
「――そうですか。少しお待ち下さい」
 斡旋屋が袂から、一枚の名刺を取り出した……斡旋屋の名刺と似ているが、そこには鳳凰の模様が描かれている。
 やがてそれは、燐光を発し、一羽の鳳凰となって斡旋屋の手から飛び立った。
「へぇ、綺麗……」
「修復屋を見て、意気消沈しない心の準備をお願いします」
 容赦無い斡旋屋の言葉に、曖昧に笑いながら、心の準備――をした時だった。
 ガラン、と店の扉に取りつけられたベルが鳴り、一人の青年が入って来る。
 大きなヘッドフォンを外し、これまた大きな声で店内へと声をかけた。

「晶、いるかー!」

 浅黒い肌をした、銀髪の青年だった――精悍な顔立ちをしている。
「えーっと、もしかして」
「アレです。紬、此方は私がお世話になった、工藤・勇太さん。肩を負傷しているので、診て差し上げて下さい」
 サラサラと告げられた言葉に、紬、と呼ばれた青年……修復屋(NPC5452)は斡旋屋と勇太を交互に見、口を開く。
「お、あんた。晶の、無茶苦茶な斡旋を受けたんだろ」
 当たらずしも遠からず……頷きそうになって、慌てて戦いで負傷したのだ、と言い直した勇太の背中を軽く叩く修復屋。
「少し待ってろ、よっと――」
 レッグポーチから取り出したのは、一本の針だった――銀色に輝く小さな針を勇太の肩に刺すと、丁寧に傷に沿って縫いあげていく。
 服の上からでも、修復屋には『修復すべきもの』が視えているようだった。
 勇太の方はと言うと、針が通る感覚はあったが……不思議な事に、痛みは存在していなかった。
 斡旋屋が、修復屋と勇太の顔を交互に見る――同じく交互に視線を移す人形、その二つに大丈夫、と勇太は頷いた。

「ありがとうございました」
「礼を言います、紬」
 勇太と斡旋屋の礼を受けて、修復屋はまんざらでもない様子だった。
 頭を掻いて、あからさまに照れている、と言う様子である。
「傷はしっかり、修復……いえ、治りましたか?」
「うん、大丈夫。お陰で治ったよ……違和感もないし」
 斡旋屋の言葉に力強く頷いた勇太は、少し肩を回してみる――違和感は皆無だ、寧ろ、前よりも調子が良いくらいに。
 表情の裏を読み取ろうとでもいうのか、斡旋屋は無言のままその肩を見つめていたが、どうやら勇太の言う事が本当だと分かったらしい。
 チラリ、と修復屋へと視線を移して首肯した。
「それは良かったです……」
「そう言えば、晶と……えーっと、修復屋さんって仲いいの?」
 何だか仲が良さそうだよね、と人懐っこい笑みで言った勇太だったが、両者から返事が返って来る。
「とんでもないです」
「絶対ない」
 ……あれ、もしかしてステレオ? と思わなくもなかったが、何やら両者の間に火花が散っている――気がする。
 仲が良いのか、悪いのか。
「そうそう、俺は修復屋のお兄さん。『お兄さん』な」
 やたらと『お兄さん』を強調して、一枚の名刺を差し出してくる修復屋。

『修復屋 紬』

 鳳凰の透かし絵が書かれたその名刺を受取り、そう言えば斡旋屋が持っていた名刺と同じものだなぁ……と記憶を探った。
「その名刺があれば、俺のところまでひとっ飛び。表向きは形成外科医やってるから、また何かあったら来いよ」
「……表向き?」
 目の前の人物が白衣を着ているところを想像し、思わず口元が引き攣る……申し訳ないが、似合っていない。
 それは当人も理解しているのか、修復屋は頬を掻いた後、わしゃわしゃと勇太の頭を撫でた。
「な、何するんだよ!」
 いきなりの子供扱いに、思わず声を上げる。
 その様子を見て、カラカラと声を上げた修復屋は椅子の上に胡坐を掻いた。
「……って、椅子の上で胡坐組まない」
「あ、すみません。いや、弟みたいだなーと、言わば家族、ふぁみりぃ」
『家族』の言葉に、ふ、と勇太の表情に翳が差したことに、修復屋は気付かないようだった。

 華やかな笑い声の響く、喫茶店の中に、しとしと、しとしと――雨の音。
 自分と、その他を隔離してしまう音。
 それはベールのように、己を覆い尽くして……息が出来ない。
 人は孤独で息が詰まるのだと、今更ながら思い出す――周りには沢山の人がいるのに、孤独であるという事実。

「世界は一つの家族! 血の繋がり!? そんなものは吹っ飛ばせ!」
 いきなり腕を上げて、修復屋が声を上げた……小刻みに身体を動かし、どうやら彼は何かのリズムを取っているようだった。
 その大きな声に、客の視線が集まる、思わず身体を小さくして頭を下げた勇太と、涼しい顔の斡旋屋。
「いいか? ミュージックがあれば、世界は一つの家族になる。はーと・とぅ・はーと!」
 ヘッドフォンを装着し、じゃあな! と修復屋は去っていく……その手に吸い込まれるように鳥が舞い降りた。
 ――仕事が入ったのかもしれない。

「お気を悪くさせたのなら、申し訳ないです」
 斡旋屋はばつが悪そうに呟いた……カラン、と氷が溶けだして音を立てる。
 殆ど飲み干された、勇太のアイスティと、口を付けて貰えない斡旋屋のグリーンティ。
「いや、いいけど……面白い人だね」
「ええ。単細胞とでも言うのでしょう――そろそろ私達も、行きましょうか」
 パチン、とがま口の財布を取り出して、斡旋屋は言った。
「もう止んだかな?」
 勇太がガラス越しに、空を見上げる……雨の止んだ空、雲の切れ間から太陽が顔を覗かせていた。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【1122 / 工藤・勇太 / 男性 / 17 / 超能力高校生】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

工藤・勇太様。
発注ありがとうございました、白銀 紅夜です。

勇太様は、明るく笑っているかと思えば、ふ、と過去を思い出して翳のある表情をするのではないかと。
そう思い、書かせて頂きました。
修復屋も交えて、楽しんで頂ければ幸いです。

では、太陽と月、巡る縁に感謝して、良い夢を。

カテゴリー: 01工藤勇太, 白銀紅夜WR(勇太編) |