escapes

その場に集まったメンバーは、中々に色んな意味で『異色』であった。
 学校帰りにたまたま寄っただけであった勇太は居合わせてしまった為に強制参加、千影はフードの少年――ナギの気配を感じて立ち寄り、大福と晶は野生(?)の勘と言うもので此処に辿り着いたらしい。ちなみに野生とは真っ白なチンチラの姿である大福の感性からのようだ。
 そして。
「お前もカウントでいいのか?」
 ナギが最後に視界に入り込んできた『彼』にそう向かいながら言った。視点は大分低い位置にある。
「何言ってやがる、お前の目は節穴か? それとも良からぬこの計画のせいで目が濁ってんのか? 俺様はそれを正すために此処に来たんだぜ」
「……被りモンかぁ?」
「おいコラ、話聞けよ! ……っていうか、耳引っ張るな!」
 ナギがカウンターから腰を下ろして、『彼』を珍しそうに触った。すると周囲の者達も釣られるようにして集まってくる。
「これって、ぬいぐるみ?」
「クマちゃんかわいい~! チカも触っても良い?」
「リモコンか何かで動いてるの?」
「アキラー、アキラ! ボクもクマにさわってみたい!」
 四方から振りかかる声。
 誰の目から見てもクマのぬいぐるみである『彼』はその体に黒スーツを着用しサングラスをかけている。
 名前は田中哲夫というらしいのだが、
「その名を口にするな。俺の名はブラッティベア――IO2エージェントだ……って、お前ら俺様を気安く触るなぁ!!」
 と地の文ですら否定をするほど本名を嫌っているらしい。
 短い手足をばたつかせながら群がる他のメンバー達に向かって抵抗を見せるが、口調こそ乱暴なもののどうにもそれ以上が見られない哲夫を、誰も『可愛い』以外の言葉で表現しようと思えなかった。
 そうこうしているうちに、千影が哲夫をひょいと抱き上げて、くるりと向きを変える。
「うおっ!?」
 ぐりん、と真横に視界が回転して、思わずの声が漏れた。
「こんにちはクマちゃん、あたしはチカだよ。貴方のお名前は?」
「……田中哲夫です」
 あっさりとフルネームを告げる哲夫。
 ある意味、向かうところ敵なしである千影には哲夫の貫く『渋さ』がスルーされたと言ってもいいだろう。
「あー……どうでもいいんだけど、ゲーム開始してくれよな、お前ら。取り敢えず参加メンバーも把握したし、スタートしてくれ」
「おいクソガキ! 首を掴むな!!」
 がし、と哲夫の首の後ろ……というか肩口を掴んで千影から引き離したナギが、そう言った。
 哲夫が暴れながらそう言うも、ほぼ無視の状態である。
「離せ! 離しやがれ!!」
「わかったわかった。――じゃあ、また後で、なっ!」
 ナギは哲夫を掴んだままガラリと窓を開けて、彼の身体を放り投げる。
「あーーーー……っ!!」
 ヒューン、と音を立てて宙を舞い、キラーンと姿を消す哲夫。
 漫画のような展開に呆気にとられている他のメンバーは、口出しすら出来ない状態であった。
「哲夫ちゃんズルーイ! チカも行くーーっ!」
 唯一、状況を理解していないらしい千影が楽しそうにしながら外に飛び出した。それと同じくして、ナギの頭上に存在し続けていた影の狼が一歩を駆け出す。
「ほらほら、お前らも行ってくれ。取り敢えず哲夫と千影を先に追いかけるだろうけど、この場に居た奴は全員追いかけるからな、コイツは」
「え、えぇー……」
 なんて無茶ぶりな後付だ、と思いながら勇太もネットカフェを出て行く。
「にげるの、がんばる!!」
「……頑張るの、俺なんだけどね」
 最後になった晶とその彼の肩口にちょこんと座りながら意気込む大福を見送りながら、ナギは言い知れぬ脱力感を身体から漏らしつつ、ベランダを蹴った。
「俺の想像としては、もっと緊張感バシバシの展開だったんだけどなぁ……」
 空気抵抗を一切受けずに彼はビルの屋上に立つ。
 そして狼が走り去っていた方向を見て、はぁ、とため息を零した。

 長い滞空時間を飛んでいると哲夫は思った。
 あの怪しげな少年、手首のスナップとコントロールは中々のものだ、とも思っては見るが現実に飛ばされているのは自身であり、何故投げ飛ばされたのかも分からない。理不尽である。
「くそっ……俺は天下のIO2エージェントだぞ! こんな悪の手に負けてたまるかぁーー!!」
「……うわっ!?」
 大きな大きな弧を描いて、地上に落ちてきた哲夫をキャッチしたのは後から走ってきたはずの勇太だった。
「ナイスキャッチだ、少年」
「た、田中哲夫……」
「俺はブラッティベアだ!!」
 走りながらの会話が続く。
「中身どうなってんの?」
「だーかーら! 耳を引っ張るな! ……っていうか、おま……なんでアイツ引き連れてきてるんだよぉ!?」
 勇太が哲夫の耳をぐいぐいと引っ張っていると、背後から咆哮が聞こえた。
 肩越しに振り返れば、百メートルほど離れてはいるが、あの狼が迫ってきている。改めて見ると、普通の狼の三倍ほどの大きさであった。
「おい少年、もっと早く走れよ!」
「いや、これでも全力だよ! っていうか、哲夫さん走れないの?」
「ブラッティベアと呼べ!!」
 何とも感嘆符が抜け切られない会話である。
 勇太は哲夫を抱きかかえながら走り続け、一つの建物の角を曲がった先に『それ』はあった。
「あからさまにわざとらしいバナナの皮……! 俺がそんなトラップに引っかかるとでも……っ」
 走り続ける勇太の足の先にあったものは、彼の言うとおりに明らかにわざとらしいバナナの皮であった。何故設置されているのかは分からないが、勇太はそれを見てニヤリと笑い、軽やかに横に飛んでみせる。
 だが。
「あれ?」
「……オイ!!」
 次の瞬間には地面の感触を足先に得るはずであった。
 その地面が、無かった。
「アッーーーー!!」
「少年っ! なんつーお約束なんだよっ!! つーか、俺を巻き込むなあぁぁ~~っ!!」
 二人の声が重なり、反響する。
 勇太がバナナの皮を避けた先には偶然にもマンホールの蓋が開いた状態であり、彼は抱きかかえたままの哲夫とともに落ちていった。
「?」
 勇太を追い続けていた狼はその場で立ち止まり、犬が見せる仕草のように首を傾げてから、フンフンと鼻を鳴らして匂いを追う。
 そして一つの気配を感じ取った後、再び顔を上げたところで横から飛び出してくる影があった。
「わんちゃーん!」
「!?」
 狼の首元に僅かな重みが生まれた。
 細い腕を回してそれに抱きついた存在がいる。千影だ。
「やっと見つけた~! 走るの早いんだね!」
「……? !?」
 狼は明らかに狼狽しているようであった。
 このような事態になるなど、予想もしていなかったのだろう。
「お話出来る? お名前は?」
「ガルルル……ッ」
 千影は恐れを全く感じていないのか、笑顔のままであった。
 狼が唸っても、ビクリともせずにいる。
 彼女には無限の能力が備わっている。それ故に、『恐れ』そのものが無いのかもしれない。
「――千影」
「あっ、ナギちゃん」
 狼の首元にしがみついたままの千影に、声が掛かる。
 千影は視線だけを動かし、その主を確認してまた笑った。
「あー……もー……お前だけは、ほんっとに規格外だから、困るな」
「チカ、この子とお友達になりたいの」
「んー、まぁ、それはまた次の機会にな。取り敢えずこのままじゃ『散歩』が終わらねぇから、そいつを離してやってくれ」
 ヒョオ、と風が吹いた。
 周囲に人気が無いのは、ナギの結界が働いているためだ。
 狼は小さな少女にしがみつかれたまま唸り続けているが、身動きがとれない状態でもあり、苛立っているようであった。本来なら非常に危険な状態でもあるが、ナギは焦りを見せてはいない。千影の能力を知り尽くしているが故であった。
「千影、今は『鬼ごっこ』の途中だろ?」
「あ、そっか……。ねぇナギちゃん、この子お空は飛べる?」
「ジャンプの滞空時間が長いだけで、飛べねぇよ」
「じゃあ、チカも飛ぶのやめるね」
 そう言いながら千影が狼から離れたところで、ナギが片腕を上げた。それで、狼の動きを止めている状態であった。相当の力がいるのか、彼の眉根が寄っている。
「……ナギちゃん」
「五つ数えるから、行ってくれ。今度はうまく逃げ切って帰ってこいよ」
「はぁーい」
 千影がナギの様子を気にして声をかけたが、彼は敢えてそれを無視して言葉を続けた。
 影の狼が牙を向く。
 チラ、と横目で見ながら、千影はそんな返事をして、彼らから一歩を離れる。
「一、ニ、三……」
 ナギが数を数え始めた。
 千影はそれを合図にして、地を蹴り走りだした。一歩がバネのように伸びて、あっという間に距離が生まれる。パルクールのような動きの千影を見送りつつ、ナギは腕を振り下ろした。
 すると、狼も一瞬でその場から姿を消す。
「……はぁっ」
 がくり、と膝が折れた。
 狼の制御にはかなりの体力を削られるらしく、ナギの顔色が悪い。
 肩を揺らしつつ息を整えて、彼はまたゆらりと立ち上がった。
「しょっぱなからこれじゃ、さすがの俺もお手上げだぜ……」
 そんな事を苦笑しながら漏らしつつ、前を見据える。メンバーの誰一人として怪我をさせるわけにはいかない。こんな危険なゲームを仕掛けておいて今更何を、と自分でも思うがそれでも『散歩』は続けなければならなかった。
「……そういや、勇太と哲夫はマンホールに落ちた後に気配消えたな。テレポートでもしたのか?」
 ポン、ポンと地を蹴りまたビルの屋上に上がる。
 そしてゲームの流れを把握するために気配を追った。
 千影が四方に上手く逃げて、狼の動きを翻弄しているところだった。
「あれ、……うわ、オイ」
 ナギの口からそんな言葉が漏れる。
 気配を追った先に結びついたもの。千影を覗く四人(三人と一匹)の気配が突然ぶつかりあったのを感じ取ったのだ。
「あーもう、ある意味最強だよお前ら……っ」
 その場で状況を読んでから、彼はまた地を蹴る。フルフルと肩が震えていたのは怒りのそれではなく、笑いの延長上であったのだが、それを知るものは誰もいかなった。

 時間にして、数分前。
「アキラー! もっとはやくー!」
「や、物凄く精一杯だよ……!」
 商店街を必死に走り抜けているのは晶。彼の肩口から頭に移動して、楽しそうにしているのは大福であった。
「うおお、たかーい! よい、ながめ~!」
 前足で晶の茶髪を掴んで、キャッキャとはしゃぐ大福。狼に追われているという事自体、忘れ去っているようであった。
 ふ、と彼らの頭上に一つの影が生まれた。
 それを見た晶は青ざめるが、影は彼らを追い越して一瞬で前方へと移動していく。
「あ、あれ……さっきの、女の子……?」
「狼ちゃん、こっちだよ~!」
 彼らの頭上を飛び越えたのは千影であった。身軽に跳ねて、くるりと弧を描いて数メートル先にある歩道橋の手すりの上へと足を向ける。
 その際、ひらり、とスカートの裾が舞った。
 その瞬間に顔を上げてしまった晶は慌てて自分の手のひらで視界を覆い、うっすらと頬を染める。
「見てない……俺は見てないよ……!?」
「わー、アキラの、えっちー!」
「見てないって!! っていうか、そんな言葉どこで覚えてきたの、大福!?」
 ぐいぐい、と晶の髪の毛が大福によって引っ張られた。
 大福は楽しそうにしながらそんな言葉を放ち、それを耳にした晶は慌てて彼(?)を手のひらに降ろして涙目で口を軽く塞いだ。
「むぐぐ……」
「……ん、あれ? また影……うわぁっ!」
 晶の頭上に再びの影が生じた。
 それに気づいてすぐに顔を上げたところで、『降ってきた』のは勇太と哲夫だった。
 どさどさっと音を立てて、晶と大福の上に重なるようにして落ちた彼らはどうやら勇太のテレポートによって移動してきたらしかった。
「い、たた……っ」
「くそっ、どうなってんだ……!」
 背中から落ちて晶を下敷きにした彼らは、それぞれに言葉を漏らして地面に転がった。
 大福はギリギリのところで晶の手から逃げ出して、ちょこんと彼らの横に座り「だいじょうぶ?」と晶の頬をペチペチと叩いている。
「……い、一体、なにが……」
 見事にべしょっと地面に沈み込んでいる晶が突然の状況に追いつけずにそんな声を漏らす。
 その数秒後。
「ねぇねぇ、そんなところで寝てたら危ないよー?」
 少女の声が降り掛かってくる。
 そうだ、自分たちは今、逃げているのだ。
 ――謎の狼から。
「うわあああぁぁ!!」
 眼前に迫るそれに、同時の叫び声が上がった。大福は事の事態を把握していないのか「おお~っ」と感嘆の声を上げて目をキラキラとさせていた。
「おい少年ッ、さっきのアレやれよ!!」
「む、無理だって……! すごい体力使うんだから……!」
「っていうか、なんで俺を差し出す!! 立って逃げろよ!」
「いやだから、立てないんだって……!」
 哲夫と勇太の言葉が飛び交った。相当焦っているらしく、それぞれが大変なことになっている。
 狼は彼らの傍に迫っていた。ガルルル……と唸り、一歩一歩をゆらりとした歩みで寄ってくる。
「お、俺達食べても、美味しく無いと思うよ!?」
 震える声でそう言ったのは晶。恐ろしいと思いながら、彼は傍に居た勇太と哲夫を抱き込んで庇う姿勢を見せる。大福は晶の肩口に登って、服の影から狼を見ていた。
 狼の口が大きく開く。
 逃げる術は無い。
「……ッ」
 数メートル離れた歩道橋でそれを見ていた千影が、表情を変えて彼らに向かい飛んだ。
「…………!!」
 万事休す。
 男性陣の誰もがそう思った。
 その、数秒後。
 
 ――バチンッ!!

 そんな、空気を弾くかのような音が鳴り響いた。
「……はぁー……なんで俺が真打ちみたいになってんだ……」
 ぼそり、とそんな声が聴こえる。
 その声にそれぞれが閉じていた瞳を開く。
 彼らの前には右腕を宙にかざした姿勢のままのナギがいた。彼の手のひらから青白いシールドが張られて、狼の口をそれで防いでいる。
「ナギ、さん……?」
「――お前らなぁ、なんで非戦闘員ばっかりなんだよ? 危なくなったらあいつに攻撃しろって言っただろ」
「ば、バカにすんなよ! 俺はいつでも戦えた!!」
 ナギの言葉に反抗するのは哲夫だった。そして彼はお腹に隠し持つ銃をようやく取り出して、戦闘スタイルを取る。
「田中哲夫。お前のその姿勢はイイ感じだと思うぜ」
「だから、俺はブラッティベアだ!!」
「はいはい。じゃあブラッティベアさん、あいつにちょいと血ぃ見せてやってくれ」
 がし、と哲夫の頭がまた掴まれたかと思えば、その体は何かに乗せられた。
 哲夫は驚き足元を見る。
「……へ?」
『哲夫ちゃん、しっかり掴まっててね』
「はぁぁ!?」
 哲夫は漆黒の獣の背の上に居た。
 次に聞こえてきた声に覚えがあるが、『少女』の姿ではないそれに動揺する。
「じゃあ千影、頼むな。アイツの興味逸らして、ここから距離取ってくれるだけでいい」
『はーい』
「え、うわっ!? なんで!? っていうか、うわオイ、ちょっと待てぇぇ!!」
 それは、千影の真の姿である黒獅子であった。
 哲夫を背に乗せて、ナギの言葉に返事をして彼女はその場を飛び立っていく。
 すると狼は千影に反応して、彼女を追った。
「うわ~……」
「す、すごい……」
「わ~~っ チカゲすごい! テツオかっこいい!」
 地面に座り込んだままの勇太と晶、そして大福がそれぞれの感想を述べた。
 それを確認してから、ナギは静かに腕を下ろす。
「……ナギさん、腕……!」
 彼の震えた右手の異変に気づいたのは晶だった。
 先ほどシールドを発生させたナギの右手の甲に走るものは浮き上がる脈のようなもの。あの狼を抑えるのにそれでだけの負担があるのだろうか。
「だ、大丈夫?」
「ん、俺のことは気にしなくていい……。それより、勇太も晶も、戦おうと思えば出来たはずだ。なんで動かなかった?」
「だって……あの狼、ナギさんと繋がってるんだろ?」
 表情を隠しつつ彼らにそう言えば、勇太がそんな言葉を返してきた。
 右腕は左手で内側に引いて隠していたが、それを制して腕を引いたのは晶だった。彼は小さく何かを呟いて、ナギの右手に自分の手をかざしている。
 ふわ、と緑色の柔らかなオーラが発せられた後、ナギの右手はじわりと治癒し始めた。
「……お前らなぁ、お人好し過ぎだって」
「今更だけど、あの狼って何なの?」
 ドン、と空中で音がした。
 哲夫が狼と交戦しているらしい。
 それを見上げながら、勇太が問う。
「無茶苦茶なゲームだと、俺は思ったよ。だって、最終的にはナギさんが一番危ないってことだろ?」
「!」
 彼の言葉に肩が揺れた。それを間近で見たのは晶であった。
「ナギ、なきそうなカオしてる。かなしいのか?」
 いつの間にか、大福が晶の腕を伝ってナギの肩口へと移動していた。そして彼の顔を覗きこんで、大きな丸い目をきゅるりと動かす。
「あ~……お前らほんと、なんつーか……侮れねぇわ……」
 かくり、とナギの頭が垂れた。
「……まぁ、ちょっとな。過去に捜査で失敗してさ、仲間が喰われそうだったから俺がそれを助けたってわけ。俺、人間じゃねぇしさ、バケモンみたいなモンだから、耐えられるだろって思ってな」
「消すことは出来ないんですか?」
 晶が続ける。いつの間にか治癒は終わっていて、ナギは右手を不思議そうに眺めてきちんと動くことを確認してから、再び口を開く。
「あんま詳しいことはまだ話せねぇけど、なんつーか、アイツとは契約みたいなもんが成立しててな。まだもうちょい時間が必要なんだ」
 狼を消すこと自体は簡単なんだ、と彼は独り言のように言った。
 だが、自分の体に巣食っている状態であるので、それも容易には実行できずにいるようである。
「うわあああ!!」
「!」
 頭上で叫び声が聞こえた。
 哲夫のそれだった。
 皆が慌てて声の方向へと視線を向ける。
『……あっ、哲夫ちゃん……』
 ひらり、と華麗に宙を舞うのは翼の生えた黒獅子のみ。
 狼との距離を取りつつ移動していたようだが、その背に哲夫の姿が無かった。
「え、喰われたのか……?」
 ナギが焦りの表情を見せる。
 だが、次の瞬間には、それが呆気の表情に変わった。
 遠心力か何かで千影の背から身体を浮かせてしまった哲夫は、その場で狼に一度は喰われた。もぐもぐ、と狼の口が動いたかと思った数秒後、ペッと吐き出すのを見てしまったのだ。
「……くそがあぁぁ!! よだれまみれになっちまっただろうがぁぁ!!」
 吐出された直後、哲夫はそんなことを言いながら遠くに飛んでいってしまう。方角的には、ネットカフェのあるほうだった。狼はそれを見て、彼を追うために走り去っていった。
「うわ、ヤベっ。おいお前ら、戻るぞ!!」
「あ、うん……」
「千影、戻るぞー!」
『はーい。じゃあ勇太ちゃんと晶ちゃん、乗せてあげるねー』
 上空で待機をしていた千影が獣の姿のまま降りてきた。
 そして勇太と晶をその背に乗せて、また地を蹴り宙へと浮かび上がる。
「うわぁ~すごい、たかい!」
 素直に喜びを表現しているのは大福であり、他の二人は戸惑いながら獅子の背に乗っていた。
 そして彼らは、スタート地点であるネットカフェに向かって空に駆けていった。

「誰か裁縫できる人ー」
 ナギがそう言うも、その場で手を上げるものはおらず。「しゃーねぇな、ある程度乾いたら俺がやるか」と溜息を含みながら彼は続けた。
 狼によってボロボロになった哲夫はネットカフェ内でナギが丁寧に洗ってやり、今はドライヤーの風に当てられているところであった。
「くそっ覚えてろよ、あの狼……っ」
 哲夫は始終不満そうであった。あの後も狼に何度か噛まれたり転がされていたりと完全に遊び道具と認識されていたことに、腹を立てているようである。
「哲夫ちゃんって、サングラス取ったらおめめがまん丸。かわいいね~」
「かわいい、かわいい!」
「俺に可愛いとか言うな……っ」
 洗われたために黒のスーツやサングラスを取り払われた状態である哲夫は、普通に可愛いクマのぬいぐるみであった。それを見た千影と大福が嬉しそうに言う言葉に対して、やはり哲夫は反抗してくる。だが、まんざらでもないのか言葉にはそれほどの強さは見られなかった。
「……ところで、狼は?」
「あ、さっきナギさんの身体に戻っていったのは見たけど……」
 ついでだからと哲夫のスーツを手洗いして、ベランダにある物干し竿に干す作業をしていた勇太がそう問えば、後ろで手伝っていた晶がすぐに返事をくれた。そして、彼らの視線はナギに向かう。
 ナギは店内をウロつきながら、どこかにあるはずの裁縫箱を探しているようであった。その頬と額には、狼の証拠である黒い刺青が戻っている。
 結局、詳しいことは分からず仕舞いだが、取り敢えずは目的は果たせたようであった。
「いつまでもあのままじゃいられないと思うけど」
「うん、いつか……力になってあげられればいいよね」
 二人はひそりとそんな会話をする。
 ナギという少年の秘密を共有する形となった彼らには、それぞれに思うところがあるようだ。
「おーい、勇太、晶。お前らにお使い頼んでいいか? 奢るから、なんか甘いもん買ってきてくれ」
 勇太と晶に向かって、ナギが自分の財布を投げてきた。
「……そういえばドーナツショップで限定メニュー出てたっけ」
「オレンジのやつ、美味しいよね」
 勇太がそれを思い浮かべると、晶も同じようにして言葉を続けた。
「好きなモン買ってこいよ。……まぁこんなんじゃ、今回のお礼にはなんねぇかもしれねぇけど。取り敢えず、付き合ってくれてありがとうな」
 ナギは二人に向いそう言いながらニッと笑った。
 今のところは、彼の身体には問題はないようであった。
「適当に見繕って来たらいい?」
「ああ、頼むな」
 勇太と晶は揃ってネットカフェを出て行く。それをベランダから見送ったナギは、店内に戻って先に見つけておいた裁縫箱の蓋を開け、茶色の糸と一本の針を取り出した。
「ねぇナギちゃん。お手伝いすることある?」
「千影はそのまま哲夫を乾かしてやっててくれ」
「ねぇねぇ、ボクはー? ちくちくのおてつだい、できるよー!」
「おっそうか。じゃあこの針の穴に糸通してくれるか、大福」
 ナギは針の先を持って、大福へとそれを向ける。すると大福は瞳をキラキラとさせながら茶色の糸を引っ張り、先を針の穴へと持っていった。
「……なんか、こう……むず痒いラストだな」
「悪く無いだろ、こういうのも」
 身体を乾かすために座ったままの哲夫が、ポツリとそう言った。
 それを耳にしたナギが苦笑しつつ返す。
 すると哲夫は「ふっ」と笑った。くまのぬいぐるみであるので表情は変わらなかったが、それは渋く深みのある笑みであった。
「お前らも、今日は付き合ってくれてありがとな。特に哲夫……ブラッティベア、あんたはカッコ良かったぜ」
「よせよ、照れるだろ……。俺は俺の、やるべきことしたまでさ……」
 哲夫の返事にナギは楽しそうにハハッと笑った。
 本音からくる笑みに、千影は彼を見上げて目を細める。大福は彼女の膝の上にちょこんと座り、笑い合う彼らを見て満足そうに鼻を鳴らしたのだった。

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            登場人物 
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【整理番号 : PC名 : 性別 : 年齢 : 職業】

【1122 : 工藤・勇太 : 男性 : 17歳 : 超能力高校生】
【3689 : 千影 : 女性 : 14歳 : Zodiac Beast】
【8584 : 晶・ハスロ : 男性 : 18歳 : 大学生】
【8697 : 大福 : 男性 : 1歳 : 使役される者】
【8717 : 田中・哲夫 : 男性 : 17歳 : IO2エージェント】

【NPC : ナギ】

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           ライター通信           
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 ライターの紗生です。このたびはご参加有難うございました。

 工藤・勇太さま
 今回もお付き合い下さりありがとうございました。
 勇太くんのプレイングに思いっきり吹いた事を思い出しつつ、書かせて頂きました。
 少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。

 またお会いできたらと思っております。有難うございました。

カテゴリー: 01工藤勇太, 紗生WR(勇太編) |

DIVE:01 -Embodiment-

「あら、可愛い子」
 クインツァイトが勇太に向かってそう言った。
 言葉を受けた勇太は若干引き気味にになりつつ、クインツァイトからダイブのケーブルを受け取る。
「ダイブするのは初めてよね? もうちょっと詳しく教えましょうか?」
「い、いやあの、さっきの説明だけで、大丈夫、です」
「あら、残念。無理しちゃダメよぉ?」
 いやに熱っぽい声音でそう言われて、勇太はさらに一歩を引いてから「は、はい」と小さな返事をした。
「他のメンバーとの自己紹介なんかは、あっちに降りてからね。アタシもこっちから見てるから、どうしようもなくなったら深追いせずに、離脱すること」
「はい」
「じゃあ、行ってらっしゃい」
 ポン、と軽く肩を叩かれる。
 勇太はそれを合図に、ユビキタスの世界にダイブした。

 体が一瞬ふわりと浮いたような気がした。
 体験したことのないような感覚に戸惑いの色を見せるのは勇太とヴィルヘルムだ。
 万輝は慣れきっている体験のためか特に表情をすら変えずに千影を腕に、静夜を頭に乗せながら、空間の地面を目指す。
「う、わわ……っ」
「……っと」
 四人――もとい、三人と一匹は同時にその場に降り立った。
 勇太もヴィルヘルムも最終地点の予測が付かずに、バランスを崩しそうになり慌てて体制を直しつつ、辺りを見回す。東京を模した世界は空がないと言う以外は現実とさほど違いのない空間であった。
「勇太くん、大丈夫かい?」
「は、はい。ヴィルさんも大丈夫ですか?」
「にゃ~ん、二人とも平気?」
 互いの無事を確認しあう二人の間に、黒い子猫が掛けてきた。千影である。
「だ、大丈夫。ありがとう。……えっと」
「チカはチカよ。千影っていう名前なの。あっちは万輝ちゃん。チカのご主人様よ」
 千影は猫の姿のままで尻尾を振りながらそう言って、少し離れた場所にいる万輝へと顔を向けた。
 彼はこの空間の解析を独自の能力で始めていて「ここまで忠実に現実を再現するなんて……暇人なの?」と独り言を漏らしながら、真剣な眼差しで辺りを細かにチェックしていた。
「俺は勇太。工藤・勇太。チカちゃんは何度か会ったことあったよね。ちゃんと自己紹介できてよかった」
「私はヴィルヘルム・ハスロです、よろしく。……そちらの君も」
「……どうも、よろしく。工藤サン、ハスロサン」
 万輝は視線のみで彼らを見て、軽く頭を下げての挨拶のみだった。生来のミステリアスさに勇太もヴィルヘルムもその場で肩を竦めて苦笑いである。
「ところで、ミカゲさん探さないと」
「――お呼び、ですか?」
「!!」
 勇太がそう言うと、彼の背後にユラ、と小さな気配が突然現れた。声も同時だったので、思わず全身がビクリと震える。万輝もヴィルヘルムもその出現にそれぞれ驚いているようだった。
「あなたがミカゲちゃん? あたしはチカだよ、初めまして!」
 突然の登場に唯一驚きもせずに元気な声を発したのは千影だった。彼女はその場で少女の姿に変容して、自分より小さな少女に手を差し出す。
「……あ、あの……皆様、初めまして、ミカゲと申します」
「あれ?」
 ミカゲと言う名の少女は千影の変容に驚いたのか、数歩下がって一番近くにいた勇太の後ろに隠れるようにしてそう言った。小さな声音でボソボソと話すミカゲは、どうやら人見知りをするらしい。
 腰まであるストレートの髪は水色で、瞳の色は紫色。黒一色のロリータ服を着用していて、まるで人形のようであった。
「創世者mikage……キミがこの世界を作ったの?」
 膝を折ってそう話しかけたのは万輝だった。解析はひと通り済んだようだ。
 ミカゲは彼に目を合わせることが出来ずに視線を下にしたまま、こくりと頷いてみせた。
「私と、もう一人……。『ホカゲ』と一緒にこの世界は存在します。今もまた、ずっと作り続けています」
「その姿は仮想ヴィジョンで僕達に見せているんだね。……まぁ、よく作られていると思う」
「ありがとうございます、万輝さま」
 この空間内では一番近しい存在となる万輝の名を呼び、ミカゲは静かに頭を下げた。
 万輝はそれを受けて「名前、キミに言ったっけ?」と小さく呟く。
「万輝さま、千影さま、勇太さまに、ヴィルヘルムさま。……この世界に降りたその瞬間に、皆様のデータが私に伝わる仕組みになっているのです」
 ミカゲはようやくその場でそっと顔を上げて、彼らの名を読み上げて言葉を繋げた。
 すると彼女の足元が淡く光って、放射状にそれが放たれる。ネットワークの流れを示したのかもしれない。
「そういうものなんだ……」
「私もこちらのほうは詳しくないから、そうなのかと思うしかないですね」
 勇太とヴィルヘルムが互いに顔を見合わせて、そんな言葉を交わす。
「ミカゲちゃん、ウイルスって……お風邪なの?」
「……いいえ、そちらのウイルスではありません。この世界で、悪戯をしている存在です」
「あ、そっか。悪い子がいるのね。かくれんぼしてるのかな?」
「そのようです」
 主と違ってこの世界に疎い千影は、自分の思った通りの事をミカゲに告げた。
 受け答えにより千影より幼いミカゲのほうが賢くも見えるが、やはりミカゲはどこか朧気でもあった。
「そう言えば、具現化するウイルス……でしたね。金魚にりんご飴……夏祭りをイメージしてしまうのですが」
 ヴィルヘルムがそう言うと、勇太も「俺もそう思ったんだよね」と続く。
「この仮想世界のどこかで、夏祭りとかやってないかな?」
「一般サーバーのほうで、現在納涼イベントを行っています。この道を出て大通りへと向かう方向です」
「それだ」
 ミカゲの返事に対して、一同が頷いた。
「……でも一般サーバーとこっちって、一応切り離されてるんでしょ?」
「厳密に言えば、一般の方が『こちら』に来られないだけで、私達は行き来できるようになっています」
「なるほどね……」
 万輝はミカゲの言葉を聞いて、思案の姿勢を見せた。
 ちなみに『こちら』とは彼ら能力者がいるダイブサーバーの事を指している。
 主が思案を始めたところで、千影がミカゲの傍に寄って彼女の手を取った。
「?」
 ミカゲは不思議そうに小首を傾げる。
「ミカゲちゃん、チカと着てるお洋服似てるね。クインツァイトちゃんが選んでくれたの?」
「はい、そうです。お父様が、女の子は精一杯オシャレにしなさいと……」
「お揃いみたいだね。チカの服もね、万輝ちゃんが用意してくれるのよ」
 千影は楽しそうに笑いながらミカゲにそう言った。彼女が手を繋いだままでくるりと回るので、ミカゲも同じようにその場で彼女と一緒に回る。困り顔のままであったが、まんざらでもなさそうだ
「可愛いですね」
 くすくすと笑いながらそう言うのはヴィルヘルムだった。
 人形のような二人が揃ってクルクルと回っている光景は、やはり愛らしいものがある。
「……仕方ないな。索敵のついでに僕達も一緒にお祭り気分を味あわせてもらおうじゃない」
 思案のポーズを決め込んでいた万輝が口を開いて、すっと右腕を払った。すると、全員の衣服が浴衣に変化し、それぞれに驚く。
「わっ」
「こんなことまで出来るんですか、万輝さん」
「これくらい普通だよ、ね? ミカゲさん」
 それぞれに見合った色の浴衣。この世界のプログラムを少し書き換えて作られたものらしいが、もちろんミカゲも同様に浴衣を着ていて、その行為に驚いている。
 自分の世界で、別の能力者がこういった事をするのが初めてだったのかもしれない。
「……素晴らしい能力です」
 ミカゲは俯きながらそう呟いた。万輝の視線に照れているようでもあった。表の顔にモデル業を持つ万輝ならではの流し目は、小さな少女にも有効のようだ。
「不謹慎かもだけど、お祭り気分になってもいいのかな」
「わーい、お祭り~!」
 自分の浴衣姿を気にしつつ、勇太がそう言えば千影が全身で喜びを表してそう言った。
 そして彼女は万輝とミカゲの手を片方ずつ取って、「お祭り会場に行ってみよう」と促した。
「一つ、確認させてください。ここは私達が住む都心とほぼ同じだと捉えていいんですね?」
「はい。あとは皆様の能力も現実世界と同じように使うことが可能です。それから、もしこちらで死亡してしまった場合、現実には戻れなくなりますので、その点だけはご留意を」
「!」
 ヴィルヘルムの問いかけに淡々と応えるミカゲ。
 その言葉に、全員の肩がピクリと震えた。
「……まぁ大体はそんなものだけど。それに今回はそれほど大事にはならないでしょ。ウイルスだって今のところ攻撃してくる様子もないんだし」
「あ、でも、クインツァイトさんが隔離してるって言ってなかった?」
「隔離地区はこの場所も含まれています。ですが、万輝様の仰る通りで、今回のウイルスは移動しつつプログラムを食べているだけですので、大きな戦闘にはならないかと思います。皆様にはそれを探して頂きたいのです」
「駆除方法は?」
 続けられる言葉に、ミカゲが一度視線を落としてそれを止めた。
 万輝が眉根を寄せるが、千影が「万輝ちゃん、怖い顔ダメだよ~」と彼を窘めてミカゲの次の言葉を待つ。
「……わかりません。今までこのような例はありませんでした。私自身でも当然、駆除は試みたのですが、とにかく変化が早くて」
「じゃあ、とにかく探してみようよ。時間制限もあることだし」
「そうですね、行動開始しましょう」
 勇太がそう言い、ヴィルヘルムが頷く。そして彼は年長でもあるためか、彼らの先頭に立って歩みを始める。
 その後ろに手を繋いだままの万輝と千影とミカゲが続き、最後に勇太が後ろを確認しつつ進んだ。
 遠くから聞こえる祭り囃子。
 それを目指して、彼らは移動を開始した。

「万輝ちゃん万輝ちゃん、アレ食べてみてもいい?」
「……今日だけだよ」
 祭り会場は通りに面して長く続いていた。現実と同じように露店が並び、賑わっている。
 千影は瞳を輝かせながら赤や青の奇抜な色のシロップが目立つかき氷を指さして、万輝にねだっていた。
 身体に悪そうだと思いつつも今日くらいはいいかという気持ちもあるのか、万輝は彼女の希望通りにかき氷を購入していた。
「歳相応な反応ですね。……勇太くんも」
「え?」
 仲の良い二人を微笑ましく見守りながらそう言うのは、ヴィルヘルムだった。
 そして彼の隣で千影たちと同じように綿飴片手にたこ焼きを買っている勇太を見て、苦笑する。
「あ、その……ヴィルさんも食べる?」
「私はいいよ。食事は家族揃ってと決めているからね。ところで、味覚も変わらないのかな?」
「うん。ふつうに美味しいよ。……あ、イカ焼き発見」
 カラン、と下駄の音を響かせて勇太が一歩を進んだ。
 どこまでが仮想世界であるのか。――それすらを忘れてしまいそうなほどの自然な空間。
 この空気に慣れきってしまえば、世界に取り込まれてしまうのではないかという不安が逆に生まれてくる。
 そんな事を考えながら歩いていると、千影たちと一緒にいたはずのミカゲの姿がない事に気がついて、ヴィルヘルムは視線を動かした。
「……私はこの世界の監視者です。皆様とは一定の距離を取らせて頂いてます」
「それでは、寂しくはないですか?」
 背後から聞こえたミカゲの言葉に、ヴィルヘルムはまた小さく困ったように笑みを作ってゆっくりと振り向いた。
 ほんの数メートル後ろであるが、ミカゲは後ろを歩いている。
 そんな彼女に歩み寄り、ヴィルヘルムは静かに膝を折った。
「私はこの世界には詳しくないですが……それでもミカゲさんが、改めて私達と距離を取る理由に首を傾げてしまいます。誰かがダメだと言っているのですか?」
「いいえ」
「では、今日くらいはいいじゃないですか。一緒に露店巡りをしましょう」
「……ヴィルヘルム様……」
 ヴィルヘルムはミカゲの右手をそっと握った。子供にしては冷たい指先だと感じながらも、自分の子へ送るように笑ってみせると、彼女の瞳が潤んだように見えた。
「ヴィルさんらしいなぁ」
 イカ焼きを半分ほど食べながら、勇太がぽそりとそう零した。
 ヴィルヘルムの優しさを知っている彼は、それを見て納得したように笑っていた。
「ちょっと工藤サン、そんなに食べて大丈夫なの」
「えっ、いや、だってほら、この中にウイルスいるかもだし――」
「あ、勇太ちゃん、その綿飴!」
「!」
 猫のお面を手にしていた千影が、声を上げた。
 先に進みすぎていた万輝たちが勇太の元へと戻ってきたところで、彼が手にしていた綿飴の袋が怪しげに光る。
「えっ、うわ……これってもしかして当たり!?」
「そうか、もうとっくに十五分は過ぎてる……金魚の段階から結構変わってるはずだ」
 慌てた勇太が足元に綿飴を落とすと、それは地面に付く前にふわりと浮いた。
 万輝が袖口から取り出した時計を見て時間を確認する。この世界に降りてからすでに四十分は過ぎている。クインツァイトは隔離時間は一時間と言っていた。ここでこの『綿飴』を何とかし無くてはならない。
「あ、ねぇ、ちょっと待って。――俺、話ししてみたい」
「……出来るの?」
「逃げる様子も俺たちを攻撃してくる感じもしないし……できれば、穏便に行きたいなって」
 それぞれが攻撃態勢に移ったところで、勇太がひとつの提案を示してきた。彼が選んだのは戦闘ではなく、ウイルスとの交信である。
 万輝が若干、怪訝そうな表情をしたが、それでもそこは勇太に任せるらしく一歩を引く。
「……あの、勇太様は、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫ですよ、きっとね」
 ミカゲの隣にはヴィルヘルムがいた。彼女を守ろうとしたのか、しっかりと前に出て盾になる姿勢のままであった。ウイルスに一番近い場所にいる勇太を心配して、ミカゲの表情には焦りの色すら見えたが、ヴィルヘルムが安心させるように優しくそう言うとほんの僅かにその表情が和らぐ。
「ミカゲさん、あの綿飴が何かに変わる気配は感じますか?」
「今のところは、何も……。とても安定してるように思います」
「では、勇太くんに任せましょう」
 ヴィルヘルムの声音がじわりとミカゲの身体に染み込む。
「言葉……言霊……これもヴィルヘルム様の能力なのですか?」
「ああ、いえ、どうでしょう。意識はしてませんでしたよ」
「不思議な方ですね……」
 彼の能力には言葉による暗示というものがある。それをデータとして受け取っていたミカゲではあったが、確認をとってから彼をゆっくりと見上げて、素直な自分の感情を吐露した。
 不思議な。でも、温かい。
 勇太も万輝も千影もそうだが、皆がそれぞれ『不思議』だとミカゲは思った。
 今まで触れたことのない、『お父様』や『ホカゲ』が与えてくれる感情とはまた別の『何か』を感じて、彼女は左手を胸の前できゅ、と握りしめた。
「さて……持っても大丈夫、かな」
 勇太がそう言いつつ、足元で浮いたままの綿飴を手にした。
 淡い光を放っているという以外、何も無い。
 それを確認してから、彼はゆっくりと瞳を閉じた。
(――俺の声、聞こえる?)
 勇太の能力の一つ、テレパシーで問いかけてみる。
 綿飴からは返事のようなものは感じられない。
(聞こえてるなら、返事がほしい。どうしてこの世界に降りた?)

 ――遊ビタカッタ。

「!」
 小さな声のようなものが聞こえてきた。
 それは周囲にいる万輝たちにも届いて、目を見張る。
 
 ――遊ビタイ。皆デ遊ビタイ……。遊ビタカッタ……。

「過去形……? もしかして、霊みたいなものなのか?」
「……お父様」
 勇太の言葉を受け、ミカゲがそう言いながら上を向いた。
 すると。
『――該当者が一人だけ。一般サーバーのユーザーよ。体が弱くていつも寝床からゲームをしてた男の子がいるわ。残念ながら、夏を待たずに亡くなったんだけどね』
 頭上がら響いてきたのはクインツァイトの声だった。
 それを受けて、勇太やヴィルヘルムが肩を落とす。
「ここの納涼イベント、楽しみだったんだろうね。だから彼の意識体がそのまま電脳世界に入り込んじゃって、ウイルスみたいな行動を起こしたんだ」
 万輝が目を伏せながらそう言う。彼もそれなりに思う所があるのだろう。
「チカたちがここで遊んであげるのは、ダメかな?」
「僕らがここにいられる時間もあと少しだけど、まぁそれくらいは許されるんじゃない?」
「……それで、この存在が落ち着いてくださるのでしたら。プログラムを食べずにここの露店のものを食べてくださいと、お伝え願えますか、勇太様?」
「あ、……うん。わかった」
 聞こえはするが相手に伝える術は勇太を頼るしかないのか、ミカゲがそう言えば勇太は再びテレパシーを使い相手にその旨を伝える。
 すると綿飴は小さく「ウン」と言ったあと、その姿を変容させた。
 不完全な形ではあるがヒトの姿を真似て、小さな子供になったそれは皆に向かってペコリと頭を下げる。
「反省してるってこと?」
「そうみたい」
「素直で良いですね」
 万輝の言葉に勇太が答え、感想をヴィルヘルムが繋げる。そして彼は静かに立ち上がって数歩進み、勇太の肩を支えた。
「……ヴィルさん」
「少し、疲れているように見えたから。制御が難しいんだろう?」
 勇太はへら、と笑いながら小さく頷いた。テレパシーの能力はコントロールが難しいようだ。
「勇太様、ご無理させてしまいましたか?」
 ミカゲが勇太のそばに寄って、申し訳なそうな顔をする。そして彼女は金魚すくいの屋台の隣にあった長椅子へと指をさして彼に座るように促した。
「ありがと、ミカゲさん。ちょっと休めば大丈夫だから」
 ヴィルヘルムに付き添われてその長椅子へと腰を下ろした勇太は、未だに心配そうな顔をしているミカゲに優しくそう言った。
 その、目の前に。
「ほら、水分。現実世界じゃないんだから、無理しないことだね」
「……あ、ありがとう」
 勇太の目の前に差し出されたのは紙コップに入った冷たいグリーンティーだった。それを差し出したのは万輝で、彼は視線を明らかに逸しつつでの行動であったので、それに苦笑しつつも勇太はコップを受け取ってお礼を言う。
 千影はといえば、子供の姿に変容した『綿飴ちゃん』の手をしっかりと握って、露店巡りをしていた。
「ミカゲちゃんもおいで~。一緒にお買い物しよ」
「……、でも……」
「いってらっしゃい、ミカゲさん」
 千影の言葉に戸惑いを見せたミカゲの背を押したのは、ヴィルヘルムだ。
 彼を見やったあと、隣の勇太とその目の前に立つ万輝に目をやり、それぞれが頷いてくれた事を受けて、彼女は千影のもとに駆け出す。
「……彼女は今までどれだけ、孤独な時間を過ごしてきたんでしょうね」
「正体自体はまだ良くわからないけど……現実世界でも会えたらいいのにね」
「まぁ、出来ないことはないと思うんだけどね。それはあの『お父様』次第なんじゃないの」
 お父様と言えばクインツァイトの事なのだが、それぞれにあのインパクトの強すぎるオネエな店長を思い出して、なんとも言えない表情を作り上げていた。

「――あら、いやね。これじゃアタシが悪者みたいじゃないの。……いや、場合によっては……そうなのかもしれないわね」
 現実世界、パソコンから彼らを見守っていたクインツァイトがそんな独り言を漏らす。自嘲気味に笑う彼はその後、深い溜息とともに額に右手を当てて表情を隠していた。

 残り十五分程度の時間であったが、電脳世界内でのお祭りを『綿飴』中心に楽しんだ彼らは、最後はミカゲの見送りによってその世界を離れ、現実へと戻るのだった。

「はい、お帰りなさい! お疲れ様!」
 クインツァイトが満面の笑みで出迎える。テーブルの上にはホールのアップルパイと飲み物が置いてあり、どうやらそれが労いの形であるようだった。
「あら、そういえばウイルス……あの子はどうしたの?」
「綿飴ちゃんはチカがお預かりしてるよ~。後でお空に連れて行ってあげるの」
 さあさあ座ってちょうだい、と言いながら勇太やヴィルヘルムを席につかせて、万輝と千影を向かい側に座らせようとしたところで、そんな会話があった。
 千影が両手で包み込んでいるものがあり、どうやらそれが『綿飴ちゃん』らしかった。感情の欠片は、言わばその者の魂のようなものだ。
「まぁそういう理由なら、チカちゃんに後処理は任せるわ。とにかく座ってちょうだい。お疲れさま会するわよ~」
「…………」
 半ば強制的に座らされた万輝は面白くなさそうな表情をしていたが、アップルパイとは別に千影用のシシャモが用意されているのを見て、はぁ、と諦めたようにため息を漏らしていた。
「今回は助かっちゃったわ~。勇太クンのテレパシー無かったらこのコの事も分からず仕舞いだったし、アタシも立場上、店開けた状態でダイブ出来ない身でしょ? だからほんと、アンタ達がいてくれて良かったわ。それから、先に向こうでの危険性を言わずに送り出しちゃったのはアタシの落ち度よ。それは認めるわ、ごめんなさい」

 ――もしこちらで死亡してしまった場合、現実には戻れなくなりますので、その点だけはご留意を。

 あちらでのミカゲの言葉を思い出す。
 実際、その事例があるのかどうは定かではないが、もし起こるとすればそれは恐ろしいことである。
「今回は危険性が最初から感じられなかった。だからクインツァイトサンだって敢えて言わなかった。……そういう事だと思ってるよ」
「うん、実際危なくなかったしね」
「こうして無事に戻って来られたんですから、大丈夫ですよ」
 万輝の言葉に頷きながら勇太もヴィルヘルムもそう続けてくれた。
 クインツァイトは「皆優しいのねっ」と言いながら身体をくねらせて感動を露わにし、一同を一気に引かせるが、直後に皆で笑い合った。
「今後も何か起こったらアンタ達みたいな能力者を頼るだろうけど、また縁があったらよろしくお願いするわね」
 クインツァイトがそう言ってカップを差し出す。
 すると皆も手元にあったカップを手にして差し出し、お疲れさまの乾杯をしてそれぞれに喉を潤すのだった。

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           登場人物          
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【整理番号 : PC名 : 性別 : 年齢 : 職業】

【1122:工藤・勇太 : 男性 : 17歳 : 超能力高校生】
【3689:千影 : 女性 : 14歳 : Zodiac Beast】
【3480:栄神・万輝 : 男性 : 14歳 : モデル・情報屋】
【8555:ヴィルヘルム・ハスロ : 男性 : 31歳 : 請負業 兼 傭兵】

【NPC:ミカゲ】
【NPC:クインツァイト・オパール】

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          ライター通信          
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(このお話は冒頭のみ個別の描写を入れてあります)

 工藤・勇太さま

 ライターの紗生です。一応、初めましてになるのでしょうか…。
 この度は『DIVE:01 -Embodiment-』へのご参加有難うございました。
 プレイングを元に戦闘を避けて勇太くんの能力を頼らせて頂きました。少しでも楽しんで頂けましたらと思います。

 またお会いできたらと思っております。

カテゴリー: 01工藤勇太, 紗生WR(勇太編) |

Last Route・紡がれる誓いの音

――5年後。
「……ここに来るのも、久し振りだな」
 そう呟いてサングラスの柄に指を掛けた工藤・勇太は、数年越しになる故郷の姿に笑みを零した。
 とは言え、彼の心に安らぎは無い。
「1日でも早く悪鬼を処分しないと……それにしても、俺の上司はああも人使いが荒いんだ?」
 勇太は高校卒業後に渡米し、ある場所のエージェントとなった。今はその仕事の一環として帰国している。
 1つ事件を解決しても、次から次へと新しい事件が舞い込んでくる。その殆どは悪鬼絡みなわけだが、はじめて悪鬼に遭遇してからこんなに長い付き合いになるとは、正直思っていなかった。
 そんな彼の元に通信が入る。
「噂をすればなんとやら、だな」
 苦笑しながら繋いだ通信の先に居たのは、先程零した上司からのものだ。
『どうだ。もう現地には着いたか?』
「ええ、無事に」
『それは良かった。その辺りは最近こそ治安は良いが、昔は酷いものだった。君も、それは知っているだろう?』
 クスリと笑う通信向こうの声に「まあ、それなりに」と曖昧な言葉を返す。
『君は昔に比べて強くなった。力も、心も……そろそろ、過去と向かうのも悪くないだろう』
「それはどういう……」
『君と私が初めて出会った場所の因縁を、解決したまえ。君の「先輩」にくれぐれもよろしく伝えてくれ。ではな』
「先輩って、ちょっ!?」
 一方的に切られた通信にため息が漏れる。
 最後に放たれた言葉の節々に思い当たる節はある。だが因縁など持ったこともない。
「いや、あの人と会ったこと自体が因縁な気もするか」
 やれやれと肩を竦め、改めて辺りを見回した。
「情報によるとこの辺りなんだけど……ん?」
 調査報告書に目を通していたとき「近いな」と思った。それは確かだ。
 けれどまさか、本当にここに到着するとは……。
「――戻って来たの、か?」
 殆ど無意識だったかもしれないし、先の上司の言葉を思い出すと必然だったのかもしれない。
 けれどどんな経由であれ、訪れたこの場所は勇太に安心感と安らぎを与えてくれる。
「こんなことでもなければ、自分からここに来ることもなかったか……」
 これが上司の言う「因縁の解決」だろうか。
 なんにせよここは懐かしい。
 そんな思いで足を動かしていると、周囲の家々と比べてもかなり大きい屋敷に、目が吸い込まれた。
「ここは……」
 思わずそう呟いた時だ。
「ふぇぶっ!」
「ぬあ!?」
 感傷に浸っていた為、開いた扉に反応出来なかった。
 扉に押しやられる形で弾き飛ばされた勇太の手から対霊用マグナムが転げ落ちる。と、彼は慌てたように腰を上げた。
「……拙い」
 一般人にこれを見られるわけにはいかない。
 だが、次に聞こえて来た声に勇太はハッと動きを止めた。
「あいたたた」
「――っ、だ、大丈夫!?」
 そうだ。自分が転んだのならその向こうには人が居たはず。となれば、その人物も転んでいる可能性があるのだった。
「すみません。良く見ていなくて……っ」
 そう言って手を差し伸べた声が止まる。
 まじまじと視線を注ぐ先にいるのは、水色の髪を持つ女性だ。
 上品な着物姿でこれから出掛けるところだったのだろうか。とてもよく、見覚えのある女性だ。
「私の方こそ、まさか扉に向こうに人がいるなんて思っていなくて……ごめんなさい」
 差し出された手取りながら困ったように笑う女性に、勇太の瞳が寂しげに揺れる。
「……『私』、か……」
「え?」
「いや……」
 零した声に反応した女性に苦笑を返す。
 そうして立ち上がらせようとした所で、勇太と、そして彼女の目が上がった。

 キィィイイーーッ!

「「悪鬼!」」
 重なった声に勇太の目が一瞬だけ女性に向く。
 だが今の最重要事項は目の前に現れた悪鬼の処分だ。
「武器は落ちたまま……仕方がないか」
 サングラス越しに見える目標は空を舞っている。
 鳥鬼の一種だろうか。
 目標を定め降下の動きを見せる存在に、勇太の手が翳される。そしてそこに念を送り込んでいると、視界端に柔らかな線が触れた。
「?」
 何だ? そう目を向ける間もなく、その正体は発覚した。
「蝶野家秘儀――幻影蝶舞!」
 凛とした声と共に無数の蝶が鳥鬼に飛び掛かる。そうして降下しようとする動きを引き留めると、再び女性の凛とした声が響いた。
「今の内に、逃げて下さい!」
 声の発し方も言葉遣いも違う。けれど「逃げろ」と言うその言葉や、自分が前に出ると言う気持ちが「彼女」と被って見える。
「蝶の幻影……やはり、彼女なんだな」
 一瞬目を伏せて、捕獲されたままの鳥鬼に目を飛ばす――瞬間、勇太の手に念で作り上げた槍が出現した。
 光を纏う神々しいばかりの槍に、女性の口から声が漏れる。
「……綺麗」
「!」
 耳を掠める声にギュッと唇を噛み締める。そして目の前の鳥鬼を見据えると、勇太は全てを振り払うように口を開いた。
「お前の居る場所はココじゃない。消えろッ!」
 声と共に放たれた槍が、蝶に捕獲されたままの鳥鬼を貫く。

 キュイイイイイイッ!!!

 耳を裂くような叫びを残して消えゆく鳥鬼を見送り、勇太はサングラスのずれを直して女性に向き直った。
「……大丈夫、か?」
 本当はもっと言いたい事がある。
 なぜ逃げなかったのかとか、何故戦えるのかとか。色々な思いがある。
 けれど、言葉が出て来ない。
 そんな勇太に女性は頬を紅潮させて笑うと、首を大きく縦に振った。
「はい。大丈夫です! それよりも、貴方は大丈夫ですか? 怪我とか……あ、そうだ。さっきの槍って何ですか? すごく綺麗でした!」
 目を輝かせて興奮気味に話す彼女を見て、勇太の中で何かが弾けた。
「あの……?」
 頬を伝う一滴の涙に、慌ててそれを拭う。
 けれど涙は納まることなく流れ続け、勇太は困ったように笑って顔を背けようとした。
 けれど、それを繊細な手が遮る。
「――っ!」
 なんでもない。そう言おうとした。けれど伸びてきた手に言葉が詰まった。
 頭を優しく撫でる手に、いつかの出来事が蘇る。
 何度も往復する手。宥めるように動く手に、サングラスの向こうの目が伏せられた。
「……なんでもないのに」
「なんでもなくないですよ。葎子……じゃない。私、たまに空気が読めない時があるので。失礼なことを言ってしまっていたら、ごめんなさい」
(ああ、そうか……だから……)
 勇太の中で彼女の言葉が重なって行く。
 5年も経てば彼女も立派な成人女性だ。
 いつまで経っても自分のことを名前で呼ぶわけにはいかない。だから「私」になっていたんだ。
 それでも長年沁みついた言葉は簡単に消える訳もなく、突然の出来事には対応できなくなるのだろう。
 そのことに思い至って、思わず笑みが零れた。
 蝶野・葎子――彼女は5年前の蘇生劇の後、一命を取り留めた。
 実際に命を取り留めたのは、病室でベッドに寝ていた彼女だが、彼女こそが「葎子」で、そして彼女の中に「夢」の中の出来事は残っていない。
 夢は時として思い出すこともなく消えてしまう。
 それは記憶に留める価値がないとかそう言うことではなく、単純に覚えていられないのだ。
 そして葎子の見ていた夢も、それと同じで消え去っていた。だから勇太は、今日まで彼女に会うことなく過ごして来たのだ。
 彼女が目を覚ましたその日から。
(俺がここに来たことがあの人の誘導だとしても、実際に会えたことまでは違うだろう……これが必然なのか……)
 ふと上司の言葉を思い出し、苦笑が漏れる。
 それと同時に思い出したことがある。
(そうだ。俺はまだ、成してない)
「……俺は、貴女によく似た人を知ってる。その人はいつも明るく笑って皆に元気を与えてくれた。俺はその人に約束したんだ。守るって」
「素敵な、話ですね」
 目を上げると、どことなく寂しげな表情が飛び込んで来る。
 何を想い、何を考えてそんな表情になるのかわからない。もしかしたら今の話を聞いて、その女性が今はいないと感じたのかもしれないし、実際のところは不明だ。
 それでもその表情は勇太の心を動かした。
「……ちゃん」
 思わず零れた空気だけの声。
 その声に葎子の首が傾げられる。
 何と呼んだのか、誰にも聞き取れない声は勇太だけがわかっていれば良い。彼はその名を噛み締めるように口角を上げると、目の前の女性を見た。
 葎子であって葎子でない女性。
 けれどそんな彼女の根っこは今も残っている。そして勇太が彼女と交わした約束も――
「いつでも呼んで」
 そう零した彼に葎子の目が見開かれる。
 戸惑うのは当然だ。
 けれどこれは突然の、何の意味もない言葉じゃない。過去に交わした約束と、改めて心に浮かんだ想いが紡ぎ出した言葉だ。
 勇太は驚く瞳を見ながら誓う。
 今度は近くで、影ながら彼女を守ろうと。
「……でも、私、貴方のお名前、知りません……それじゃあ、呼ぶことも出来ません」
 そう言った彼女の期待に満ちた目に思わず笑う。
 やはり彼女は「葎子」だ。
 そのことに確信を得て口にした。
「俺の名は『フェイト』」
――運命の名の元に貴女を守る者。
「それが、俺の名だ」

 END

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 1122 / 工藤・勇太 / 男 / 17歳 / 超能力高校生 】

登場NPC
【 蝶野・葎子 / 女 / 18歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは蝶野・葎子ルート・ラストへのご参加ありがとうございました。
最終話、切なくも未来を覗けるシナリオをありがとうございました。
今の勇太PCと葎子の気持ちを考えながら綴らせて頂きましたが、如何でしたでしょうか?
少しでもこの物語の最後が心に残れば幸いです。
機会があればこの2人の続きを綴ってみたい。そう思うラストでした。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
心からの感謝を、勇太PCと彼を生み出して下さったPL様に送らせて頂きます。

カテゴリー: 01工藤勇太, 朝臣あむWR(勇太編) |

Route9・いっくよー!

ゆっくりとした時間が流れていた。
 切羽詰まった気持ちと、フル稼働し続ける頭が異常ジャンじゃないかと思うほど、本当に穏やかな午後だった。
「はい、今日の授業はココまで。さっき言った場所はテストに出るから控えておくんだぞ」
 教師の声すらやたらと穏やかで、なんだか自分が悩んでいることすら、実は夢なんじゃないかとすら思う。
 けれど、夢なんかじゃない。
「……見えている真実が真実とは限らない」
 何度も頭を巡った言葉だ。
 教科書を鞄に詰めながら目に入った小さな布袋。この中には饕餮(とうてつ)と名乗る少女が残した蝶の鱗粉がある。
 出来るならこの鱗粉を調べたいが、勇太にそうした力はない。あるのは超能力と呼ばれる類の力だけだ。
「俺にもっと別の力があれば、もっとマシな考えが出来たのか?」
 考えても仕方の無いことだが、どうしても考えてしまう。
 そもそも饕餮の言った言葉と蝶の鱗粉。これらがピースであり、答えに繋がるのだとしたら、出てくる答えはそう多いものではない。
 しかも良い方向ではなく、どちらかと言うと悪い方に進む答えばかりだ。
「りっちゃんは舞いを披露する時に決まって鱗粉を使ってた。そして、りっちゃんの術は幻……――っ、くそ!」
 バンッと机を叩いて立ち上がったところでハッとした。
 そうだ。まだ教室だったんだ。
「あ、悪い。ちょっと考えごとしてて……」
 集めてしまった視線に慌てて言葉を発する。
 そうすることで離れてゆく視線にホッと息を吐いて、勇太は鞄を手にした。
 あれから葎子と連絡を取っていない。
 葎子自身も連絡を寄越して来ないことから、彼女にも何か思う所があるのだろう。
 もしかしたらもう、幻の蝶を見付けて何処にもいないかもしれない……いや、葎子に限ってそんなことはない。
「もし何かをするなら、りっちゃんは声をかけてくれるはずだ。だから、声を掛けて来ない今は安全で……でも……」
 声をかけて来る時があれば、それはつまり何か行動を起こすとき、そう言うことになる。と、そこまで考えて足が止まった。
 いつの間にここまで来たのだろう。
「りっちゃんのお姉さんがいる病院?」
 そんなに長い時間考えていたとは思えない。
 でも勇太は確かに、葎子の姉――光子がいる病院に辿り着いていた。
「俺、そんなに思い詰めてたのかな」
 呆れ半分、苛立ちが半分。
 思わず零した声に苦笑して踵を返そうとした。だがその足が再び止まる。
「勇太ちゃん?」
「りっちゃん」
 ちょうど病院に来た所なんだろう。
 花を手に佇む葎子に、勇太の足も縫い付けられたように止まってしまう。
 トクン、トクン、と胸の奥が早鐘を打ってゆく。
 色々考えた。
 考えて、自分なりに出した答えもあった。
 でも、実際に葎子を前にした瞬間、それらの考えが一気に吹き飛んだ。
 何を言っていいのか、どう動いて良いのかすらわからない。
 そんな勇太にクスリと笑って、葎子はいつもの笑顔を浮かべて歩み寄ってきた。
「勇太ちゃん、酷い顔」
「え」
 ぷにっと鼻頭に触れた指に視線が吸い寄せられる。そして近くに迫った葎子の顔を見て「ああ……」と妙な納得がした。
「俺、見届けたいんだ」
「勇太ちゃん?」
 思わず漏らした声に、葎子の目が瞬かれる。
 そして離れてゆく指を見送って、勇太はゆったりと微笑んだ。
 自分が導き出した答えが真実かどうか、そこが重要なんじゃない。
 葎子が長年抱いてきた願いが叶おうとしている今、勇太が出来ることは1つしかなかったのかもしれない。
「りっちゃんは、りっちゃんが思うことをやればいいんだ」
 目の前にある笑顔が消えることを恐れてた。
 目の前にある存在が消えることを恐れてた。
 でも、それは絶対じゃない。
 消えてしまうことは可能性でしかないんだ。
「もちろん、りっちゃんには消えて欲しくない。でもりっちゃんがずっと願ってたことが叶おうとしてるんだろ? だったら、胸を張ってやればいいんだ」
 葎子を守ると言った言葉は嘘じゃない。
 今でも彼女を守りたいと思うし、彼女を失うことなんて考えられない。
 でも、だからと言って何もしないでいたら、彼女の姉は消えてしまうんだ。それは葎子の望むことじゃない。
 なら、勇太に出来ることは1つだ。
「俺、ずっとりっちゃんの傍にいるよ。りっちゃんの舞いを見守ってる。だから――」
 だから、饕餮の所に行こう。
 そう言葉を篭めて、饕餮が残した蝶の鱗粉の粉を差し出した。
 たぶんこれが葎子の探していたものだ。
 勿論確証なんてない。
 でも、そんな気がするんだ。
「……勇太ちゃん、覚悟、決めたんだね」
――覚悟。
 そう言われて思わず頷く。
 自覚は無かったけど、たぶんそうなんだと思う。
 葎子を見守ると言うことは、勇太自身も多くの不安を払って立ち向かうことを意味する。
 それは立派な覚悟だろう。
「葎子も、決めなきゃ……」
 そう言って伸ばされた手が、勇太の差出した布袋を受け取った。

   ***

「来ましたか……」
 硝子でつくられた街。その広場に佇む饕餮は、そう呟いて来訪者を迎え入れた。
「ここは?」
「光子の精神世界……そう、説明しておきましょう」
 饕餮はそう言うと、硝子の地面に降り立った葎子と勇太を振り返った。
 その表情は冷たく何の色も伺えない。
 今までの彼女とは違う。そう感じさせる表情に、思わず身構える。
 だが饕餮は何をするでもなく、ただ葎子と勇太を見比べ、そしてこう零した。
「工藤勇太。余計なことをしてくれましたね」
「え?」
 饕餮の言葉に反応したのは葎子だ。
 そんな彼女に、勇太は何も言わずに視線を下げた。

 時はほんの僅か前に遡る。
 葎子と勇太が病室に辿り着いたとき、そこに居たのは光子だけだった。
 相変わらず眠り続ける彼女を前に、葎子は渾身の舞いを披露したのだ。勿論、饕餮が残した鱗粉を使って。
「……もう、30分にもなる」
 葎子の舞いはずっと見ていても飽きないくらい綺麗で、色々な変化があった。
 でも舞いを向けられている光子は違う。
 一向に何も起きないし、彼女が目覚める気配もない。
「このままじゃりっちゃんの体力が持たない」
 葎子の舞いは体力を大量に消費する。
 もしかしたら舞いを続け、体力を消耗することで葎子の命が消えてしまうと言うことだったのだろうか。
 そうだとすれば、本当に勇太はただ見ていることしか出来ないことになる。
 元々そのつもりだったのだからそれで良いのかもしれない。でもそれは光子が目覚める前提のことだ。
 どう見ても、このままでは光子は目覚めない。
 それどころか2人が消えてしまう可能性だってある。
「……一か八か」
 勇太はそう零すと、目を閉じて念じ始めた。
「俺に出来るのは、これくらいだから……」
 舞いを続ける葎子の意識と、眠り続ける光子の意識。そしてどこかにいるであろう饕餮の意識。
 それら全てを手繰り寄せ調和させてゆく。
 どうか、葎子の想いが、光子や饕餮に届きますように。
 そんな、想いを込めて……。

 そうして繋がったのが、この世界――そう言うことらしい。
「あのまま舞い続ければ、葎子はやがてその生を終えたでしょう……そして、光子も」
「!」
 葎子と光子の消滅は饕餮の望むことだ。
 だから勇太がそれを止めたことは、饕餮にとって邪魔な行為であり、かなりの割合で不本意だったのだろう。
「で、でも、そんなことしたら、アンタだって!」
「私は元よりそのつもりです。葎子も光子も必要ない存在。そして私も……」
「そんなことない!」
 叫んだのは葎子だ。
 現実の影響だろうか。
 苦しそうな表情で歩み寄る彼女に、饕餮の表情が僅かに動く。
「光子ちゃんも、饕餮ちゃんも、葎子には必要な存在だよ。だって葎子は……」
「葎子、貴女はまさか」
 饕餮は初めて驚いた表情を見せ、そして葎子のことを見詰めた。
 何かを見定めるように、まるで探るように動く瞳。それがやがて伏せられ、僅かな沈黙が走る。
「……もし、そうなら」
 冷たい硝子の空間に響いた小さな呟き。
 それを残して饕餮の瞳が開かれた。
 そしてその目が、真っ直ぐに勇太を捉える。
「工藤勇太。貴方は葎子と光子、そして私の意識を繋げました。ですがココに光子はいません」
 その意味が、わかりますか?
 そう問いかける彼女に勇太の目が上がる。
「りっちゃんとお姉さんは、元は1人の人間だったんじゃないか?」
 そう言った瞬間、饕餮の口角が上がった。
「面白い考えですね。ではその考えが正しいかどうか。現実で見極めて下さい」
「それって、どういう――」
「こう言うことです」
 言うや否や、饕餮は硝子の刃を取り出すと自分の胸に突き刺した。
 その瞬間、彼女の体が硝子細工のように凍り付いて弾け飛ぶ。そして勇太の隣にいた葎子もまた、硝子細工のように凍り付いた。
「りっちゃん!?」
 勇太には何が起きたのかわからない。
 ただ自分の考えを言った。それだけにすぎない。
 なのに、目の前で饕餮が消え、葎子もまた消えようとしている。
「りっちゃん、何で!」
 思わず伸ばした手が、硝子と化した葎子に触れる。そしてどうにか足掻こうとした瞬間、葎子の顔に笑みが乗った。
「……勇太、ちゃん……」
「っ、りっちゃん大丈夫だから! 今、助け――」
 助ける。
 そんな言葉が虚しく響き、葎子の体が弾け飛んだ。
 まるで雪でも降るようにキラキラと舞い落ちる硝子片。それを見ながら、勇太は自分の意識が遠退いてゆくのを感じていた。

   ***

 現実に戻った勇太は、耳に響く喧騒と、目に飛び込んできた光景に息を呑んだ。
「目覚めたか、少年」
 まるで、夢で響くような声に視線を動かす。
 そこに居たのは見たこともない人物だ。
 中性的な印象を与えるその人は、勇太が起き上がるのを確認すると、医師らに囲まれている光子を見て、こう言った。
「幻は消え、現が残った。現の『彼女』は果たして君を覚えているだろうか。それとも……」
 そう言って笑った人物は、再び光子に目を向ける。

――幻は消え、現が残った。

 この言葉と、そして繋いだ意識の中で見た光景の意味とは。
 勇太は何とも言い難い喪失感の中、目の前で繰り広げられる蘇生劇を見詰めていた。

 END

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 1122 / 工藤・勇太 / 男 / 17歳 / 超能力高校生 】

登場NPC
【 蝶野・葎子 / 女 / 18歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは蝶野・葎子ルート9への参加ありがとうございました。
葎子ルートも次回で最終回となりました。
私のヒントが混乱を招いたようで申し訳ありません。
次回の最終話は、勇太PCが考える未来が現実です。
自分が見たいと思う未来をプレイングにしてください。
この物語は葎子の物語ですが勇太PCの物語でもあるので。
では残り1話となりましたが、もしよろしければ最後までお付き合いくださいませ。

このたびはご参加いただき、本当にありがとうございました。

カテゴリー: 01工藤勇太, 朝臣あむWR(勇太編) |

Route8・極上☆スマイル

小さな照明を1つだけ灯した部屋の中、工藤・勇太は丸くなるようにしてベッドに転がっていた。
 その脳裏にあるのは昼間のことだ。
「あの女の子、りっちゃんに似てた……」
――あの女の子。
 それは葎子が家の蔵で見付けたと言う本の中にいた少女のことだ。
 何もない空間に存在したガラスの街。空には無数の星と流れ星があって、透き通った建物が点在する夢のような場所に彼女はいた。
 まるで、その国に住むただ1人の住人であるかのように……。
「……そう言えば、りっちゃんのお姉さんにも。それに……」
 それに、饕餮(とうてつ)と名乗る謎の少女にも似ていた。
 つまり、あの少女は葎子にも、光子にも、そして饕餮にも似ている。そういうことになる。
 勇太と葎子は本の中にいた少女と目が合った時、強制的に現実に引き戻されてしまった。まるで本の中にいる少女が、そこに来ることを拒むように。
「……あれは、りっちゃんじゃない。じゃあ、りっちゃんのお姉さん? いや、それとも違う気がする」
 それなら当て嵌まるのは「饕餮」と名乗った少女だけだ。
 どこからきて、どこへ消えているのか。全てが謎に包まれた少女。以前会った時、彼女は葎子を知っている風だった。
「彼女なら、何か知ってるのかな?」
 漠然と零した声だった。
 けれどそこに僅かな光が見え隠れしている気がする。自分が何をすべきなのか、どこへ進むべきなのか。
 確実な光ではないけれど、それでも何かの光が見えた。そんな気がした。
「……もう一度本の中に入るのは危険だ。俺にも、りっちゃんも、負担が掛かり過ぎる」
 そう零して、勇太はベッドから起き上がると、自らの手に視線を落として、そこを握り締めた。
 本の思念と向かうには相応の力が必要だ。
 それは物理的な物ではなく精神的な力で、あまり掛け過ぎると心にも影響が出てしまう。
 自分はまだしも、葎子にそんな負担を掛けるわけにはいかなかった。
「でも、もしあの子が饕餮なら、俺はもう一度あの子に会いたい……でも、どうすれば……」
 本に入らずに会う方法が必ずある筈だ。
 それは現実世界で彼女と会っているから間違いない。なら、その方法は何処にある。
「――……くそっ!」
 ドンッと思い切りベッドを叩いた。
 焦っても、苛立っても仕方がないのは分かっている。それでもどうしても気持ちばかりが急く。
 こうしている間にも光子の余命は迫り、葎子は彼女を救う唯一の方法を実行しようとするだろう。
 それをさせないために努力すると誓ったのに、結局のところ何も出来ていない。
 それがもどかしくて情けなくて、どうしても腹が立った。
「……落ち着かなきゃ……落ち着いて、考えなきゃ」
 そう、呟いた時だ。
 携帯に着信を示すランプが付いている事に気付いた。
「いつの間に……」
 手を伸ばして引き寄せると、確かに着信の文字がある。
 時間はちょうど5分くらい前で、ベッドの中でぐるぐる考えごとをしていた時間だ。
「おかしいな。携帯の音はしなかったんだけど……え?」
 着信履歴を見て驚いた。
「りっちゃんが、俺に電話?」
 彼女から電話をかけて来る事は滅多にない。
 その逆に勇太からかける事やメールなら何度かあるが、こうして携帯に直接連絡が入った事はなかった。だから驚いたのだが、このタイミングにも驚いてしまう。
「りっちゃんも、俺に何か用があるのかな」
 昼間にあんなことがあったばかりだ。葎子自身も何か思う事があってもおかしくない。それに、勇太も葎子と話したいと思っていた。
 だから、こうして折り返し電話を掛ける事は、なんら不思議の無い事だった。

 トゥルルル……トゥルルル……。

 携帯の向こうから聞こえてくる呼び出し音が無性に長く感じる。
 実際にはそんなに経っていないのに――
『……勇太ちゃん?』
 カチャリと繋がったその先から聞こえた声に、勇太は無意識に唇を引き結んだ。
『ごめんね……葎子、急に電話なんかしちゃって……勇太ちゃん、寝てなかった?』
 携帯の向こうから聞こえる声は、どこか元気がない。けれど彼女がその向こうで笑顔を作ろうと努力しているのは想像が出来た。
 結局の所、無理に笑う事を良しとしないのに、彼女がそうしないでいられる環境を作れていない事に、虚しさやら悲しさやらが込み上げる。
「……ごめん」
『勇太ちゃん?』
 思わず零れた小さな声に、心配そうな声が響いた。
 その事に慌てて口を開く。
「いや、なんでもないよ。それより、どうしたの?」
 葎子からかけてくるなど余程の事だろう。けれど、携帯の向こうから聞こえてきたのは、勇太の想像を外れた物だった。
『病院から帰る時、勇太ちゃん元気無さそうだったから……大丈夫かなって』
 まさか自分の心配をしてくれているなんて。
 どうしてこうも予想外のことばかり起きるのだろう。勿論、この予想外な出来事は嫌なことじゃない。
 寧ろ嬉しくて暖かいものだ。
「ん、大丈夫。それよりも俺、思ったんだ」
 思わず零れた笑み。
 自分の手を見詰めながら、ふと浮かんで来た言葉を口にする。
「俺に大事なお姉さんを会わせてくれて、ありがとう。俺、ますます二人を守りたいと思ったよ」
 こんなにも優しくて暖かな女の子を傷付ける事はしたくない。
 守ると言ったことも、彼女が死なずに済む解決方法を探すと言ったことも、必ず実行して見せる。
「絶対、りっちゃんもお姉さんも助けるから」
 湧き上がってくる決意。それを新たに口にして、勇太は部屋の時計に目を向けた。
 時計の針は既に午前0時を指そうとしている。けれど、勇太にはどうしてもやっておきたいことがあった――否、やらなきゃいけないことが浮かんだ。
「りっちゃん。今日もかなり冷え込んでるから暖かくして寝てね。俺ももう寝るから」
『うん、わかった。勇太ちゃんが良い夢を見れるように、葎子頑張ってお祈りしておくね!』
「ありがとう……おやすみ、りっちゃん」
 そう言って携帯を切った。
 今の言葉通り、葎子はこのまま眠りに落ちるだろう。けれど勇太はまだだ。
「夜間窓口から入れるよな」
 携帯とコートを拾って防寒を施すと、勇太は闇が帳を下す外にその身を落とした。
 向かうのは、昼間葎子に連れて行ってもらった病院だ。もし勇太の考えが正しければ、きっとそこにあるはずだ。
 今後の自分と葎子を決める、何かが……。

   ***

 深夜の病院は想像以上に静かで近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
 けれどここで引き返す訳にはいかない。
 勇太はこっそり夜間窓口から忍び込むと、記憶を頼りに病院の屋上に向かった。そして外に出た途端、冷たい風がコートを攫うように吹き込んで来た。
「……きちんと着込んできて良かったな。あとは……」
 コートの前をしっかり閉じて空を見上げる。
 昼間に本の中で見たのと相違ない程の星が空を埋め尽くし、そして冷たい風が時折強く吹いてくる。
「ここならきっと」
 確かな情報がある訳じゃない。
 それでもなんとなく、ここなら『会える』んじゃないか、そう、思った。
 だから……。
(硝子の街に住む女の子……饕餮……もし届いているなら、俺の言葉に応えてくれ……どうか……)
 記憶にある本の思念に住む少女。その少女の思念に向かってテレパシーを使って呼びかける。
 何度も、何度も。
 それこそ、月が位置を変えるほど長く。
 そしてどれだけの時が過ぎただろう。勇太がテレパシーを送ることに限界を感じ始めた頃、ひときわ強い風が吹いた。
「――ッ!」
 目を塞ぎたくなるような突風に、思わず腕で顔を覆う。
「今の風は」
「何か、ご用ですか」
「!」
 抑揚のない、突然の声に顔を上げる。
 そこにいたのは、水色の髪の幼い顔立ちの少女――饕餮だ。
 彼女はフェンスの上に立ち、微笑みながら勇太を見ている。けれどその表情が本当に笑っていない事を、勇太は見破っていた。
「饕餮も、りっちゃんと同じように無理して笑うんだな」
 葎子と同じ顔だからか、なぜかそう判断することができた。だからだろう。
 勇太のこの声を聞くと、饕餮はすぐさま表情を消して勇太を見た。その視線に僅かな戸惑いを覗かせて。
「……用件がないのでしたら、私は失礼します」
「待って!」
 踵を返そうと顔を動かした彼女に慌てて叫ぶ。
 その声に、冷たい色の瞳だけが向けられた。
「あの本の中にいたのは饕餮だよな? 何であそこに……いや、饕餮は何がしたいんだ? 何が望みなんだ?」
 葎子の前に現れたこと。そして本の中に居たこと。それらに意味がないとは思えない。
 そう問いかける勇太に、饕餮は思案気に目を落し、そして真っ直ぐに勇太を見た。
「……蝶野葎子の消滅……そして、光子の消滅。その双方を私は望みます」
「なっ!?」
「……葎子はそれを望んでいます。愚かなほど真っ直ぐに……」
「そんなはずない! だって、りっちゃんは――」
――りっちゃんは死にたくないって……言った、か?
 叫ぼうとしてハッと我に返った。
 よく考えてみれば、葎子から『諦める』と言う言葉を聞いていない。それにこの前も葎子は『大丈夫』と言う言葉を口にしていた。
 それはつまり、
「……諦めていない?」
「アナタが何を思ってこうした行動に出たのか、理解に苦しみますが……そうですね、その行動力は褒め、ヒントを与えましょう」
 饕餮はそう言うと、フェンスから飛び降り、勇太の目の前に立った。
 そして間近に勇太の顔を覗き込み、こう囁いた。
「私が消えれば光子が消えます。けれど、私が生き続ければ必然的に葎子が消えます……蝶の羽根は2対あれど、元は1つ。見えている真実が真実とは、限らない……そう言うことです」
 クスリ。そんな笑みが零れ、饕餮は勇太から離れた。
 その瞬間、蝶の鱗粉が舞い上がり、勇太の周囲を包み込む。その光景は葎子が披露してくれる舞いに似ていた。
「……見えている真実が真実とは限らない……」
 勇太は無意識に饕餮の言葉を繰り返し、手を伸ばした。
 いつの間にか饕餮の姿は消えていた。
 残ったのは掌に残った鱗粉だけ。
 けれど勇太にはこれがただの鱗粉には思えなかった。
 饕餮の残した言葉と手の中の鱗粉。それらがゆっくりと繋がり、徐々に形を成してゆく。
 それはまるでパズルのピースが合わさるような、そんな不思議な感覚だった。

 END

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 1122 / 工藤・勇太 / 男 / 17歳 / 超能力高校生 】

登場NPC
【 蝶野・葎子 / 女 / 18歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは蝶野・葎子ルート8への参加ありがとうございました。
葎子ルートの終盤に差し掛かり、謎の解明の一歩手前まで来ました。
次回は最終話直前です。そして最終話直前を控え、饕餮以外に私からも1つだけヒントを。
えっと、解決の糸口は「蝶の鱗粉」です。
今までどの場面でこれが使われたか。それを思い出してみてください。
では残り2話となりましたが、もしよろしければ最終話までお付き合いくださいませ。

このたびはご参加いただき、本当にありがとうございました。

カテゴリー: 01工藤勇太, 朝臣あむWR(勇太編) |

Route7.5希望につなぐ光

チュンチュン、チュチュッ。

「……朝……ぜんぜん、寝れなかった……」
 擦れた声で呟き、工藤・勇太は重たい瞼を開く。
 カーテンの隙間から差し込む朝日が頬を撫で、彼は眩しそうに目を細めると、その光を避けるように背を向けた。
「りっちゃんは、寝れたのかな……」
 まるで悪夢のような告白を受けた昨日。
 外の冷たい空気が嫌と言う程充満した彼女の実家の道場で、寝たきりである葎子の双子の姉を助ける方法を聞いた。
 それはとても信じられないもので、許せるものでもない。
――蝶野家の人間の命。
「何が、命だ……りっちゃんの、いや、りっちゃんだけじゃない。命はそんな軽いものじゃない……っ!」
 命を賭けて姉を助ける。
 葎子はそのことを受け入れようとしていた。
 でもそんなのが本心であるはずがない。いや、気持ちはきっと本物だ。
 それでも本当にその覚悟を決めている人間なら、何故あんなにも震えていた?
「……怖いからに決まってる」
 呟いて自身の手を見下ろした。
 まだ発展途上中の手だが、昨日はこの手が葎子を支えたのだ。
 震える小さな肩を抱き寄せて、彼女を支えることが自分にも出来た。だから、きっと……
「探して見せる!」
 決意して飛び起きた。
 部屋の時計はまだ朝の7時を指している。
 健全な学生であれば起きているはずだが、昨日の今日で葎子はどうだろう。
「昨日あんなことがあったんだ。寝れなくて今も……ん?」
 不意に、勇太の目が充電中の携帯に落ちた。
 いつの間に受信したのだろう。
 携帯の着信を示すライトが点いている。
「誰から――って、りっちゃん!?」
 どうしたんだろう。
 何があったんだろう。
 早鐘が胸を打ち、慌てて携帯を取り上げる。
 そうして開いた先に見えた文字に、勇太は慌てたように携帯を充電器から放し、上着を引っ掴んだ。
「俺のばかっ! 何で気付かなかったんだ!!」
 そう叫ぶと、彼は急いで部屋を出て行った。

   ***

――国立希望が峰総合病院。
 都内某所に建てられたその病院の前で、葎子は待っていた。
 寒そうに肩を竦め、胸の前で手を組む姿はまるで祈りを捧げるかのようだ。
「りっちゃん、遅くなってごめん!」
 息を切らせて駆け寄った勇太に、葎子の顔がゆっくりと上がる。そうして手を上げる彼女の顔にはまだ曇りが見えた。
 やはり昨日の事が尾を引いているのだろうか。
 だとしたら、今日も彼女の心は……
「おはよう、勇太ちゃん」
 にこっと笑うその顔にホッと息が漏れた。
 どうやら昨日のように無理をして笑っているわけではなさそうだ。
 自然に漏れた笑みってだけで、なんだか嬉しくなる。
「おはよう。すごく待ったんじゃない? メール、ぜんぜん気付けなくて……」
「大丈夫だよ。葎子の変な時間にメールしちゃったから、おあいこ」
 そう言って笑いかけてくれるが待ってないはずがない。
 葎子がメールをくれたのは6時ごろ。
 そしてメールに気付いたのが7時だから、最低でも1時間は待っていたことになる。
「ごめん……」
「勇太ちゃん気にし過ぎ。それよりも、行こ」
 そう言って、葎子は勇太の手を引いて歩き出した。
 どこに行くのか、何をするのか、そんな説明は一切ない。それでも病院の中に歩いて行く様子から、ある可能性だけは浮かんで来た。
「もしかして、お姉さんの所に連れて行ってくれるの?」
 葎子の姉は病院にいると聞いている。
 生まれた時からずっと寝たきりで、1度も目を覚まさないと言う彼女。そしてその姉に対して葎子は罪悪感を抱いている。
 それは昨日、彼女が口にした言葉からも理解できた。
――葎子のせいでずっと眠ってるんだし、だったら今度は葎子が何かしてあげないと。
 それが命を差し出すと言うことなら、そんなのは却下だ。絶対に許せるはずがない。
「……勇太ちゃん?」
 突然足を止めた葎子にハッとなった。
 いつの間にか葎子の手を強く握っていたのだ。
 そのことに慌てて手を放すと、葎子の首が傾げられた。不思議そうに、それでいて少し面白そうに。
「あ、いや……なんで俺がここに来たいって分かったのかな、って」
 そう、これは偶然じゃない。
 寝れなかった間、布団の中でずっと考えていた。
 どうすれば葎子を助けられるか。そして彼女の姉を助けられるか。
 それを発見するためにも――違う。それを発見しなきゃいけないと自分自身に言い聞かせるためにも、葎子の姉に会いたいと思ったんだ。
「俺、りっちゃんにお願いしようと思ってたんだ。りっちゃんのお姉さんに会わせて欲しいって」
「何で……葎子も、勇太ちゃんに会って欲しいって思ったからだよ。勇太ちゃんに見て欲しかったの。葎子の大事なお姉ちゃんだもん」
 そう言って笑うと、彼女は勇太を病室に案内した。
 そこで目にしたのは、冬の柔らかな光を浴びて横になる少女。
「……本当に、そっくりだ」
 双子とは聞いていたが、ここまでそっくりだとは思わなかった。
 違うのは伸びっぱなしの髪と、顔色くらいだろうか。
 それ以外は本当にそっくりで、勇太はギュッと手を握り締めた。
「……絶対、2人を助けなきゃ」
 覚悟が固まって行く。
 「必ず助ける」そんな言葉が頭を過り、全身が奮い立つような、そんな気にさえなってくる。
「りっちゃん!」
「……な、なにかな?」
 向かい合わせになって肩を掴んで見詰めた勇太に、葎子の目が瞬かれる。その頬が少しだけ赤くなっているのだが、勇太は気付いていない。
「蔵で見付けたって言う本、持ってないかな!」
「え」
「持ってたら見せて欲しいんだ! もしかしたら他にも何か方法が載ってるかもしれない!」
 熱弁する勇太と、きょとんとしている葎子。
 2人の間に短い沈黙が流れ、不意に葎子が吹き出した。
「あ、あれ……何か変なこと言った?」
「ううん、大丈夫。勇太ちゃんは勇太ちゃんだなって。ご本だったよね……本ならここにあるよ」
 葎子はそう言うと持っていた鞄から本を取り出した。
 ふるぶるしい表紙の分厚い本。
 1ページを捲るだけで壊れてしまいそうなそれを受け取り、勇太はゆっくりと表紙を開いた。
 そして1つ1つ丁寧に中を確認していく。
 けれど――
「何も、ない……本当に……あの方法しか……っ!」
 何度も何度も繰り返し見るページ。
 どこをどう探しても、何度見返しても、別の表現なんて出て来ない。
 徐々に焦る気持ちがページを捲り手にも表れていたのだろう。唐突に葎子の手が勇太の手を掴んだ。
「勇太ちゃん、大丈夫だから……葎子なら大丈夫」
「!」
 寂し気に笑んだ彼女の表情に息を呑んだ。
 次に出てくる言葉が容易に浮かんだ。
「だ、ダメだ! 絶対にダメ!」
「……勇太ちゃん」
 勇太は本に目を戻すと、覚悟を決めたようにキッとそれを睨み付けた。
「この本に宿る思念に真相を聞こう」
「え?」
「俺の能力なら出来るはずだよ。一緒に、この本に宿る思念に話を聞きに行こう!」
 勇太が持つテレパシー能力。その一種である精神共鳴――サイコレゾナンスと呼ばれるその能力を使えば、本の思念と話をすることが出来るはずだ。
「絶対りっちゃんを守るから」
 そう言って握り締めた手に、葎子の目が落ちる。
 そして目が上がった時、彼女も勇太の手を握り締めていた。
「わかった。葎子も勇太ちゃんと一緒に行く」
 こうして2人は本の意識に潜ったのだが……
「これが、あの本の中……」
 真っ暗で何も見えない不思議な空間。
 まるで波の上を漂うようなそんな感覚の中、勇太と葎子は手を繋ぎながら奥へと進んでいた。
「りっちゃん、大丈夫?」
 問いかけに頷く様子が見えると、勇太は繋いだ手に力を込めて意識を集中した。
 もっと奥。もっと奥にこの本の思念がいるはずだ。
「必ず、見つけるんだ」
 そう呟いた時だ。
 突然、目の前の視界が開けた。
 何もない空間に忽然と現れたガラスの街。
 流れ星が流れる星空と、白く透き通った建物が点在するそこはまるで夢の国だ。
 本の中なのだから不思議はないのかもしれない。けれど違和感を覚える。
「あの本はもっと古い感じがしたんだけど……」
 けれどこの街は確かに存在している。
 そしてその街に足を下した時、彼等の前に1人の少女が現れた。
 水色の髪に幼い顔立ち。
 長い髪を頭上で括った少女は、2人の姿を見ると僅かに驚いたように目を見開き、そして睨み付けてきた。
「――……ッ!」
 突風で巻き上げられるように体が浮き上がる。
 そして意識が飛ぶ。そう思った時には、勇太の意識は現実に戻って来ていた。
「……今のは……」
 擦れた声で呟きながら葎子に目を落とす。
 すると彼女もちょうど目を覚ましたようで、ゆっくり体を起こしているのが見えた。
「りっちゃん、大丈夫?」
「……うん、大丈夫。それよりも、今の女の子……」
 葎子はそう言うと、姉が眠るベッドを見た。
 静かに寝息を立てて眠り続ける少女。その顔は本の中で出会った少女とそっくりだった。
 そしてその少女に似ている人物を勇太と葎子は知っている。
「……もしかしたら」
 淡い期待が胸を過る。
 もしかしたら「彼女」なら知っているかもしれない。
 勇太は浮かんだ考えを噛み締めるように息を詰めると、繋いだままの葎子の手を握り締めた。

――END

カテゴリー: 01工藤勇太, 朝臣あむWR(勇太編) |

Route7・ついに発見☆

 灰色に近い空。
 覆われた雲が少しだけ重いそこを避けるように、工藤・勇太は執事&メイド喫茶「りあ☆こい」に駆け込んだ。
「今日は特別寒いな。手袋とか持ってくれば良かったか」
「あ、勇太ちゃん! おかえりなさい♪」
 入店と同時に掛けられた声。
 目を向けると、メイド姿の蝶野・葎子が駆け寄ってくるのが見えた。
「ただいま、りっちゃん。席、空いてる?」
「うん、大丈夫♪」
 笑顔で返される返事に、自然と笑顔になる。
 はじめはこうした店の接客方法は慣れなかった。
 お帰りなさいとか、いってらっしゃいとか、まるで家に帰って来たみたいに言われて、なんだかムズ痒い。
 でも今ではそのやり取りが当たり前のようになっていて、心地良ささえ感じる。
「今日の飲み物はどうする?」
「クリームソーダ、かな」
「はい。では、少しだけ待ってて下さいね、ご主人様♪」
 にこっと笑顔で言われて顔が赤くなった。
「これだけは、やっぱり慣れないかも……」
 去って行く葎子を見送り、頬を掻く。
 普段言われ慣れない言葉だからか、それとも葎子だからか、その辺はちょっと考えないようにしている。
 そもそも、こうして店の中を見ていると葎子のファンは結構いるのだ。
「りっちゃん、珈琲のおかわりもらえる?」
「りっちゃん、今日のおススメどれか教えて!」
「りっちゃん、今度映画行こうよ~」
「今日こそ写メ撮らせて!」
 ……後半2名はちょっと待て。
「くそっ……俺だって映画とか写メとかないっての……」
 そりゃ、一緒にお茶したり、下校したりとかはあるけど。と、そこまで考えてハッとなった。
「あれもデートの内に入るのか? いやでも、りっちゃんにはそう言うつもりはないだろうし」
「葎子がどうかした?」
「うわあ!?」
 飛び上がらん勢いで驚いて胸を押さえる。
 心臓がバクバク言ってる。
「な、なんでもないよ……はは、ははははは」
 自重しなければ。
 そんなことを自分に言い聞かせて苦笑する。
 そもそもこれだけ人気のある葎子が自分とどうこうとか、そんなことあるはずがない。
「何か悩みごと?」
 葎子は首を傾げてグラスとスコーンの乗った皿を置いてゆく。その仕草は慣れていて、彼女の長いツインテールも邪魔をしないようにちゃんと後ろに下がっている。
「もし悩んでることがあるなら言ってね? 葎子、勇太ちゃんの力になるから」
 心配そうに顔を覗き込む顔に、ドキッと胸が高鳴る。
 ヤバい、この顔は近い。近過ぎる!
 慌てて視線を逸らすけど、ふとあることに気付いた。
「りっちゃん……また、なんかあった?」
「え」
 間近で見る彼女の目が見開かれる。
 その表情に勇太は確信を持った。
 パッと見は笑顔だし、元気だし、動きや言葉にも違和感はない。でも勇太にはわかる。
 何故わかるのかは、疑問だけど。
「困ったね……勇太ちゃんには葎子の気持ち、見えちゃうんだね」
 くすっと笑って小首を傾げる仕草に、また鼓動が早くなる。
 今日は盛大に動き過ぎだろ!
 そんなツッコミは取り敢えず置いておいて、気になるのは葎子の言葉だ。
「なにかあったんだ?」
「うん。ちょっと、良いことがあったんだ」
「良いこと?」
「うん、良いこと」
 なんだろう。
 はにかんで笑う顔は可愛いけど、やっぱり何かが引っ掛かる。
 言葉通り嬉しそうだし、笑顔もいつもより明るい。それでも拭えない違和感がある。
 そもそも葎子は笑顔で何かを隠そうとする節がある。勇太はそのことを嫌というほど知っているので、葎子の子の笑顔に簡単に騙されることはことかった。
 とは言え、これ以上突っ込んで聞くのもどうかと思うし……。
 そんなことを考えていると、葎子の顔が遠のいた。
「それじゃ、ゆっくりして行ってね♪」
「あ、待って!」
 慌てて飛び出した手と声。
 咄嗟に掴んだ手に、ボボッと顔が赤くなる。
「あ、えっと……りっちゃんのお家って、道場か何かやってるの?」
 ちっがああああああう!
 何で今その言葉が出てくる!
 確かに葎子の家は気になっていたし、行ってみたいとも思っていたが、今は彼女のことを気にするべきであって、出す言葉はそれじゃない。
「……葎子の、お家?」
 ほら、葎子だって驚いて固まっているじゃないか。
「普通のお家だけど……」
 呟いて、葎子は考えるように下を向いた。
「ご、ごめん! 別にりっちゃんの家に行ってみたいとかそう言うんじゃなくて――」
「もう少しでお仕事終わるから、そしたらお外で待っててくれる?」
「え」
 今度は勇太が驚いて固まった。
 何度か頭の中で葎子の言った言葉を繰り返す。
 そうして出て来た言葉は、
「行って、いいの?」
 単純な言葉だった。
 けれど葎子はその言葉に嫌な顔1つせずに頷いてくれる。それも、少しだけ照れたように頬を染めて。
「勇太ちゃんは特別だよ♪」
「特別って……」
 へたりと座り込んだ勇太を他所に、葎子は元気に接客へ戻って行く。
「う、嘘だろ?」
 ヤバい。顔がニヤける!
 必死に頬を抱えて抑え込もうとするが、まあ無理だ。
 その結果、店を出るまでの数十分。葎子ファンの冷たい視線を受け続けたのは、言うまでもない。

 ***

 葎子に連れられて彼女の家に到着したのは、もう直ぐ日も落ちるかと言う夕方。
 外灯の明りが灯り、寒さが更に厳しくなる中、勇太は到着した家の大きさに驚愕していた。
「す、すごい家……」
 まるで日本の武家屋敷を思わせる建物は、勇太の想像を越える物だった。
 高い塀に囲まれ、何処までも続く瓦屋根だけが見えるそこは、明らかに普通の家ではない。
「……もしかして、お嬢様……?」
 考えてみれば、生まれた時から寝たきりの娘が病院に居ること自体普通じゃない。
 ただ病院に入っています。
 それだけでもかなりの費用が掛かるはずだし、寝たきりとなればそれ相応の医療費も掛かっているはずだ。
 それを葎子の年齢と同じだけの時間病院にいて、医療費も払い続けているのだとしたら、それはかなりな額だ。
 並みの家庭では家自体が傾いてしまうのではないだろうか。
「お家の中はちょっとだけど、こっちなら大丈夫だから!」
「え、こっちって……」
 勇太の手を強引に引いて歩き出した彼女は、門を潜ると屋敷とは別方向に向かって歩き出した。
「もしかして、俺が来たらまずかったんじゃ……」
 家の中は駄目という事は、まあ、そう言うことだろう。
 けれど葎子は大きく首を横に振って否定した。
「そんなことないよ、大丈夫!」
 そうは言うが、葎子の足取りを見てもマズかったのは確実だ。
 それでも勇太を招こうとしてくれたのは、勇太に見せたい何かがあったのか、それとも言いたい何かがあったのか。
 その辺は確かめてみなければわからないが「何もない」という線は、これでなくなった。
「ここは蝶野家の道場。入って♪」
 葎子は豪華すぎる日本庭園を横切り、屋敷から少し離れた位置にある道場に勇太を招いた。
 庭を望める道場は、清潔感溢れる綺麗な物だった。
 きっと毎日掃除を欠かさず行っているのだろう。
「今日は誰も使わないはずだから、ゆっくりして大丈夫だからね♪」
 そう言って笑った葎子の顔に憂いが見える。
 けれどその中には安堵にも似た表情も伺え、やはり自分が来てはいけなかったんだと自覚する。
 けれど来てしまったものは仕方がないし、聞きたいこともある。
 なら、まずすべきことは、
「手合せしようか?」
「え」
「折角の道場だし、りっちゃんさえ嫌じゃなかったら、だけど」
 どう? そう首を傾げると、葎子の顔にパアッと笑顔が乗った。
 ここまで来たのは良いけど何をして良いかわからなかったのだろう。
 彼女は嬉々として鱗粉の入った布袋を取り出し、やる気満々な仕草を見せる。そして勇太も気合を入れて闘う準備をするのだが――
「うわあああああ!」
 ドシーンッ☆ と大きな音が響き、勇太の体が道場に床に叩き付けられた。
「勇太ちゃん、やる気ないでしょ!」
 そう言って、葎子が少し怒ったようにして駆け寄ってくる。
 まあ一切避けずに攻撃が直撃すれば無理もない。
 でも、仕方がないと思う。
「りっちゃんの舞いが綺麗だから、つい見惚れちゃって」
「え」
 勇太の言葉に葎子の顔が真っ赤に染まった。
 それを見て勇太も固まる。
 なんとも言えない雰囲気が流れ、沈黙が道場の中を支配する。
 けれどその空気は直ぐに破られた。
「そ、そう言えば、りっちゃんの良いことって何だったの?」
 空気に耐え切れず、勇太が言葉を切ったのだ。
 それも慌てて紡ぎ出した物だから、聞きたかったことの核心をズバリ突いてしまっている。
「さっき、言ってだろ。ちょっと良いことがあったって」
「うん……あったよ、良いこと」
 葎子ははにかんだ様な笑みを浮かべ、そして勇太から視線を逸らした。
 そうして見詰めるのは蝶野家の屋敷。
 開け放たれた道場の戸からは、日本庭園を含めた蝶野家の屋敷全てが見える。
 彼女はそこを見詰め、そして少しだけ表情を歪めた。
 そしてポツリと呟く。
「幻の蝶……光子ちゃんを起こす方法が見付かったの」
 ちっとも嬉しそうじゃない声に、胸の奥がザワめく。
「……その方法って?」
 嫌な予感を振り払うように、そっと問いかける。
 この声に、弾かれたように葎子が振り返った。
 その顔にはいつもの笑顔があって、
「蔵にあった本で見付けたから、確実なの! ちょっと大変な方法だけど、これで光子ちゃんが目を覚ますんだから、ちょっと大変でも大丈夫なの!」
 必死に捲し立てる声が、自分自身に言い聞かせているように響いてくる。
 何をそんなに必死になっているのか。
 姉が目を覚ます方法が見付かったのに、今の葎子は嬉しそうでもなんでもない。
 何かに縋るように紡ぎ出される声も変だ。
「りっちゃん、その方法って何?」
 本当は突っ込んで聞くつもりはなかった。
 でもどうしても聞かなきゃいけない気がした。
 ここで聞かなければ、彼女はとんでもないことをしてしまうんじゃないか。そう、思ったから。
 けれど葎子はこの期に及んでまだ言う。
「確実な方法で、ちょっと大変な――」
「だからその方法って何!」
「っ!」
 遮るように発した怒声に自分でも驚いてしまう。
 これでは葎子を責めているようではないか。
 でも、この声に葎子の唇が動いた。
「……蝶野家の人間の、命」
 ゆっくりと、少し不明瞭な声で呟きだされた声に、サアッと血の気が引いてゆく。
「それのどこが確実な方法なんだよ! ちょっと大変なことでもないじゃないか!」
「で、でも、光子ちゃんは葎子のせいでずっと眠ってるんだし、だったら今度は葎子が光子ちゃんのために何かしてあげないと……」
「ダメだ!」
 ピシャリと言い切った勇太に葎子の言葉が止まった。
「ダメだよ、そんなの」
 真剣な眼差しと声。
 それを受けて、葎子の目が伏せられた。
 そこから零れ落ちる涙が彼女の心の内を示している。
「ダメだよ、そんなの。きっと他にも方法があるはずだよ。だから、そんなことしたらダメだ」
 そう言って無意識に彼女を抱き寄せる。
 腕の中に納まった葎子は生きている人間の温もりがする。
 今日は特に寒いからそう感じるのかもしれない。
 けれどこの温もりは葎子の温もりだ。
 これを失う訳にはいかない。
「俺も一緒に考えるから。だから、その方法だけはダメだ」
 良いね? そう囁きかけ、ギュッと腕に力を篭める。
 季節は巡り、もう直ぐ冬が来る。
 光子に与えられた死の宣告まであと僅か。
 勇太は葎子を抱きしめながら、蝶のように舞い降りる粉雪を1つ、見ていた。

 END

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 1122 / 工藤・勇太 / 男 / 17歳 / 超能力高校生 】

登場NPC
【 蝶野・葎子 / 女 / 18歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは蝶野・葎子ルート7への参加ありがとうございました。
葎子ルートの核心に入って参りました。
そしてかなりなシリアス具合で、なんだか申し訳ありません。
そして勇太PCがかなり男の子らしくなってますが、如何でしたでしょうか?
もし何かありましたら遠慮なく仰って下さい。

このたびは本当にありがとうございました。
また機会がありましたら、大事なPC様を預けて頂ければと思います。

カテゴリー: 01工藤勇太, 朝臣あむWR(勇太編) |

Route6・お家騒動?

薄らと白い雲がある他は目立つ物もない空。それを見上げて息を吐くのは、工藤・勇太だ。
「もしかしたら、嫌われたかもな……」
 再び落ちたため息。
 思い返せば、つい先日も同じようにため息ばかり落していた気がする。それでもあの時はまだマシだった。
「あの時は、りっちゃんのことが心配なだけだったもんな。でも、今は……」
 はうあうあー。
 ちょっと長すぎるため息を零して電柱に片手を突いた。そうして項垂れること1分弱。
 葎子のことが心配なのは変わらない。ただ、そこに自分への危惧が増えただけで、他は何も変わってない。
「――って、そこが一番重要なんだろ!」
 思わず叫んで青空を扇ぐ。
 そんな彼の後ろを親子連れがそそくさと通り過ぎると、勇太は改めてここが何処かを思い出した。
「や、やばい……これじゃあ俺、不審人物じゃんか」
 独り言が多い段階でアウトなのだが、まあ気付いただけマシだろう。
 彼が今いるのは閑静な住宅街。ここを抜けると、人通りの多い商店街に入る。
 今日はこの後、学校で出された宿題の為に辞書を見に行く予定だ。さっさとこの場から離れて本屋に行くのが吉だろう。
「……行くか」
 正直、今は何をするのにも億劫で、本屋に行くのすら気が滅入る。
 それでも行かなければならないのが学生の性だ。勇太はもう何度目かもわからないため息を零し、渋々と歩き出した。
 そうして商店街に入ったところで足が止まる。
 商店街に人が多いのは当たり前だ。でなければ閑古鳥が鳴いて、お店自体が潰れてしまう。
 だから人がいても良いのだが、何故……
「りっちゃん……?」
 思わず漏れた声に、声を掛けられた相手は驚いた様に顔を上げた。
 その顔に複雑そうな表情が浮かんでいる。
「あ、あの……」
 そんな顔をさせたいわけじゃない。
 そうじゃなくて……。
 そう言葉を発しようとして手を伸ばす。が、しかし――
「ゆ、勇太ちゃん。あの……ご、ごめんなさいっ!」
「あ」
 伸ばされる手を振り払うように、葎子は駆け出した。
 まるで逃げるように姿を消した彼女に、勇太の手が虚しく落ちる。
「……逃げ、られた……嘘だろ……」
 落ちていた気持ちが更に落ちて行く。
 マズイ。このままじゃマズイ。
 そうは思うが、もうどうして良いのか。
「ん?」
 反射的に手を突いたお店のショーウィンドウ。その中に置かれている物に、彼の目が落ちた。
 そう言えば、葎子はこの中を見ていたような。
「……これって」
 ショーウィンドウの中に鎮座する陶器の人形。
 形や大きさからしてオルゴールだろうか。2人の女の子が手を繋ぎ合って向かい合う人形は、どこか葎子に似ている気もする。
 似ていると言えば、先日会った饕餮(トウテツ)も葎子に似ていた。いや、似てるなんてものじゃない。
 それこそ生き写しの様によく似ていた。
「りっちゃん、饕餮のことを光子ちゃんって呼んでたな……それだけ似てたんだろうけど……」
 葎子の姉・光子は今も病院に居る。
 だから饕餮が光子であることはまずない。
 そもそも光子は余命を宣告されていて、葎子はそのことで悩んでいる様だった。そこに悪鬼や饕餮が現れ、それと戦って……。
 そこまで考えて、勇太は思い至った。
「もしかして、りっちゃん……」
 余命を宣告された姉。姉を救うために幻の蝶を探していると言っていた葎子。
 葎子の親は彼女に幻の蝶などいない。そう言って、彼女に蝶探しを辞めるように言っていたと、彼女が言ってたじゃないか。
 希望を断たれ、それでも希望に縋り。
 死にゆくしかない姉をどうにかしたいと願う彼女の前で「俺」は何をした?
「くそっ!」
 勇太はショーウィンドウの壁を叩くと、勢いよく駆け出した。
 まだ葎子がいなくなってからそんなに時間は経っていない。急げば間に合うはずだ。
「なんで気付かなかったんだ。なんで、彼女の気持ちを汲んであげなかった!」
 後悔しても遅いことはわかっている。それでも後悔せずにはいられない。
 それだけ勇太は葎子のことを――
「りっちゃん!」
 息を切らせて足を止めた先。
 そこに佇む葎子を見付けて思わず叫んだ。
「あ、あの……」
 叫んだのは良い。
 おかげで葎子は足を止めたのだから。
 でもその先はどうする?
 なんて声を掛けたらいい?
 自分のしたことへの謝罪か? それとも、なにか別の話題をふるか?
 頭の中でいろいろな疑問が行き交う。
 でもそれらの疑問は、彼女の足を見て消えた。
「怪我、大丈夫……?」
 葎子の膝には以前についたらしい傷を隠すように絆創膏が着けられている。そしてそれは勇太も同じ。
「ゆ、勇太ちゃん……その、顔……っ」
 鼻頭に絆創膏を着けた勇太の顔。それを見て、葎子の口元が緩んだ。
 思わず口元に手を添えて、必死に笑うのを堪えている。
 まあそれもそのはず。
 鼻頭にある絆創膏だけでも笑いを誘うのに、勇太ときたら泣きそうな目で葎子を見上げているのだ。
 上目遣いに、じっと、縋るように。
 これでは捨てられる寸前の子犬だ。
「ぷっ……ぷふーっ!」
「え、ちょっ、え!?」
「勇太ちゃんの顔、おかしいーっ!」
 あははは、と声を上げて笑う葎子に目を瞬くこと数回。
「窓、窓見てー!」
 笑いながらショーウィンドウを示す彼女に、勇太の目も向かう。
 そこに映っていたのは、泣きそうな顔をしているのに何処かコミカルな顔。それを見た瞬間、勇太の顔がボッと赤くなった。
「こ、これはっ」
 言い訳をしようとするが、上手く言葉が出て来ない。わたわたと手を振り、それに合わせて葎子が更に笑い声を零す。
 その声を聞いていると、自分が笑われていることも忘れて嬉しくなってしまう。
 それこそ、さっきの曇った心が嘘のように晴れ、頭上にある空のように、清々しく明るくなっていった。
   ***

 商店街の隅にある甘味屋は、実は絶好の穴場スポットだったりする。
 学生にリーズナブルな価格で置かれた甘味の数々は、値段以上に美味しくボリュームもある。
 しかも甘味屋と言う名前だけで敬遠されているのか、客足も他の店に比べたら遠かった。
 おかげで、おやつ時のこの時間でも席を確保できたわけだが、やっぱり量が凄い。
「美味しい♪」
 口いっぱいに餡子を頬張った葎子のなんと幸せそうなことか。
 対する勇太も餡子をほんの少し口に運ぶ。
 確かにここの甘味は美味しい。
 ただ、甘さ控えめとは言え、どんぶり並みのお椀にあんみつが大量に詰まったこれは、高校生男子にとって究極の難関だ。
 チマチマと口に運びながら、葎子をチラリと見やる。
 さきほどから他愛のない話をしていて重要な話に入れていない。
 聞きたいことは山ほどあるが、出来ることなら彼女を傷付けたくはなかった。
「あの、さ……さっき、陶器の人形を見てたよね?」
 おずっと問いかけた声に、葎子の手が止まる。
 そうして零された笑みに、勇太の胸が小さく痛んだ。
「光子ちゃんと、あんな風にお話しできたらなって……この前、饕餮ちゃんと会ったでしょ。その時から考えちゃって……」
「あ、いや。あれは……」
 まさか陶器の人形の話からいきなり核心に近付くとは思ってなかった。とは言え、ここで話題を逸らすのも微妙と言えば微妙だ。
 困ったように俯いた勇太に、葎子は小さく笑い声を零す。そうして再びあんみつを口に運ぶと、にっこと笑った。
「勇太ちゃんは優しいね」
「そんなこと、ないよ……」
 勇太の気遣いに気付いた葎子の方が優しい。
 そう言おうとしたが、それでは饕餮の話題に戻ってしまう気がした。
 だからだろうか。
 普段はあまり話さない自分のことが口を吐いたのは……。
「俺、小さい頃、自分の能力のせいでちょっとした迫害を受けててさ。だから、自分の能力、あんま好きじゃなかったんだ」
 そう言った彼に、葎子は食べる手を止めると緩く首を傾げた。
 その仕草に思わず笑みが零れる。
「俺の力は普通じゃないから。だから隠してきたんだ。ずっと……」
 そう。初めに葎子と会った時も、本当は力を隠すつもりだった。
 でも隠していたら彼女を助けることは出来ない。
 そう思って力を発動した。
 それこそ逃げられるのも、嫌われるのも覚悟して。
 でも実際は、
「俺のさ、の力……。綺麗だって言ってくれたの、りっちゃんだけだよ」
 葎子は勇太の力を否定しなかった。
 それだけじゃない。彼の力を認めて受け入れてくれた。
 そのことが、勇太には嬉しかったのだ。
「ありがとう。俺の力を綺麗だって言ってくれて」
 そう言ってはにかんだ笑みを零す。
 でもこれだけじゃない。
 もっと言わなきゃいけないことがある。
「だから、ごめんっ!」
 勢いよく下げた頭に、葎子の目が瞬かれた。
 それを気配で感じながら更に言葉を捲し立てる。
「りっちゃんの気持ちを考えない戦い方をして、本当にごめんっ!」
 深く、深く、頭を下げて――

 ゴンッ☆

「――――ッ!」
 下げすぎたぁああああ!!!!
 激痛に頭を抱えて蹲り、もう情けなさに泣きそうになる。
 でもそこに、優しい手が触れてきた。
 頭を撫でるように、ゆっくりと動く手は葎子のものだ。
「葎子も、ごめんなさい。勇太ちゃんが助けてくれたのに、自分のことしか考えてなくて……勇太ちゃんの優しさ、見逃してたもん」
「りっちゃん……」
 ごめんね。
 そう響く声に勇太の顔があがる。その目に飛び込んできたのは、優しく柔らかな笑顔だ。
 その表情は、今まで見たどの笑顔よりも綺麗で、勇太は自分の頬が熱くなるのを、静かに感じていた。

 END

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 1122 / 工藤・勇太 / 男 / 17歳 / 超能力高校生 】

登場NPC
【 蝶野・葎子 / 女 / 18歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは蝶野・葎子ルート6への参加ありがとうございました。
今回のお話は如何でしたでしょうか?
最終的にギャグっぽい流れになってしまいましたが、如何でしたでしょうか?
今回のお話がPL様のお気に召していただけることを祈りつつ、感謝の気持ちをお伝えします。

このたびは本当にありがとうございました。
また機会がありましたら、大事なPC様を預けて頂ければと思います。

カテゴリー: 01工藤勇太, 朝臣あむWR(勇太編) |

Route5・宣告された時間

 電柱の影に置かれた体。
 日が陰り始めて良くは見えないが、そこにいるのは膝に傷を負った葎子だ。
 彼女は俯く様にして膝を抱いている。
 そんな彼女の前には、心配そうな表情でハンカチを取り出す勇太の姿があった。
「りっちゃん、大丈夫?」
 勇太はハンカチを折りたたみ、葎子の膝そっと当てた。
 ビクッと彼女の足が動き、一瞬だけ躊躇う。
 それでも流れる血を止めるにはこれが一番なのだ。
「痛いだろうけど、我慢して」
「……うん」
 そう返しながら逸らされた目に、ぎゅっと唇を引き結ぶ。
 何故こんなことになったのか。
 何故こんな風になってしまったのか。
 思い返せば数分前。
 久方ぶりに彼女を発見した時から、始まった気がする――。
   ***

 放課後、職員室から出て来た勇太は、長く重い溜息を吐いて肩を落とした。
 彼が今職員室から出て来た理由は、ここ数日の授業態度のせいだ。
 遅刻欠席もせず、真面目に授業に出ていたのだが、その間ずっと上の空。
 指名されても何をしていたのか、何をするべきなのか全くわからない。
 そんなことが両手でも足りないほど積み重なり、ついには呼び出しされて注意されると言う結果になった。
「……ダメだな」
 こうなった原因に心当たりはある。
 あるのだが、それを改善しようとなると、かなりな苦労を要すると言うか、色々と大変なことは間違いない。
「りっちゃんは、元気なのかな……無理してないと良いけど……」
 そう勇太の上の空の原因はこれ。
 どうもこの前から葎子のことが頭を離れず、気付けば彼女のことを考えているらしい。
 ちなみにこの前と言うのは、彼女と温室に行ったときからだ。
 蝶と空を飛ぶ葎子。その楽しそうな表情が今でも頭を離れない。
 葎子は1コ先輩の、それだけど「可愛い」くて「守ってあげたい」と思ってしまう人。
 それが悪いことだとは思わない。
 むしろ、そう思っても仕方ないのだと思ってしまう。
 では、何がいけないのか。それは……
「きっと、学校でもお店でも、モテてたりするんだろうな……」
 そう零して溜息を吐く。
 何故こんなにも葎子のことを考えてしまうのか。その辺の思考が上手く回らない辺り、恋愛に自信のない彼らしい。
 勇太はもう1つため息を零すと、トボトボと歩き出した。
「りっちゃんは可愛くて、強くて、綺麗で……でも、戦うのは辛そうで……」
 いつだったか舞いを舞った後、彼女は突如として倒れた。
 闘いながら辛そうな顔をしている時もあった。
 普通なら、そんな彼女に何もしてやれない。それが一般的な考えだ。
 でも、勇太は違う。
「……俺には、力がある」
 葎子を守れる力が。
 悪鬼と呼ばれるモノから彼女を守ることが、勇太には出来るのだ。
「そう、だよな……俺は俺の出来ることで彼女を助けよう!」
 そうだよ、それならできる。そう思って拳を握った――その時だ。
 校門の辺りに見覚えのあるツインテールが横切った。
 水色の流れるような髪。
「まさか、今のって……」
 口に出したときには走り出していた。
 急いで階段を駆け下りて、下駄箱の中の靴を放り投げる。そうして上履きを下駄箱の中に放ると、転びそうな勢いで飛び出した。
「りっちゃん、なんで」
 校門に辿り着いた時、葎子の姿はなかった。
 もし勇太に会いに来ているのなら、彼女はここにいるはずだ。けれど、彼女はいない。
「確か、こっち!」
 ツインテールが抜けていった方角なら覚えている。
 そこを辿れば葎子がいるはず。
 勇太は勢い良く駆け出した。
 さっきの葎子はおかしかった。あんなに必死に走ってどこに向かうつもりだったのか。
 まさか、また何かあったんじゃ。
 焦る気持ちが足をもたつかせる。それでもなんとか走り続けると、先ほど見失ったツインテールが目に飛び込んできた。
「りっちゃん!」
 思わず叫んで駆け出す。
 だが、その足が直ぐに止まった。
「来ちゃダメ!」
 珍しく切羽詰まった声。
 よく見れば葎子の表情がおかしい。
 以前は辛いことがあってもなんとか笑顔を保とうとしていた顔に笑顔がない。
「まさか、また何かあったんじゃ」
 ギュッと拳を握り締めて駆け出す。
 その時、勇太の視界に覚えのある粉が降ってきた。
「勇太ちゃん、目を瞑って!」
 切羽詰まった葎子の声に、反射的に目を閉じる。
 しかし次の瞬間、閉じたはずの視界が揺らいだ。
 頭を持って行かれる様な奇妙な感覚。意識を吸われて眠りに誘われる様な、そんな感覚に足元がふらついた。
「勇太ちゃん!」
 間近で葎子の声がした。
 手を握り締め、必死に呼び戻そうとする。
 その温もりに頭を振ると、ぎゅっと拳を握り締めた。
「まだ……倒れるわけには、いかない」
 自分には葎子を守れる力がある。
 そして自分は彼女を守りたいと思っている。
 それならここで倒れる訳にはいかない。
「……、…りっちゃん、下がってて」
 まだ多少頭はクラつくが、立ていられないほどではない。
 勇太はゆっくり目を開けると、葎子の前に立った。
 だがそんな彼の目に、人と同じ姿をした「モノ」が飛び込んで来る。
 整い過ぎた顔を持つ、男性とも女性とも判別の付かない「モノ」。見た目こそ人間だが、感じる気配が人間とは違う。
「あれは……」
「悪鬼ちゃんの一種、妖鬼ちゃん」
「妖鬼?」
 葎子が妖鬼と呼んだソレは、手にしている布袋を揺らすと、自分の周囲に蝶を舞わせた。
 それは葎子が舞いながら蝶を生み出す姿と同じ。と言うことは、さきほど頭が揺らいだのも、この鱗粉のせいか。
「……勇太ちゃん、下がってて」
 そう言って前に出た彼女の足元に目が向かう。
 膝の頭にだが傷が見える。
 大した怪我ではない。それでも彼女に怪我があるのは絶えられなかった。
「りっちゃん、手当てしよう!」
「え……勇太ちゃん、待って!」
「ダメだ」
 怪我をした彼女をそのまま放っておくなんてできなかった。
 半ば強引に彼女を抱き上げて妖鬼を見る。
「……直ぐに戻る」
 言って、テレポートで妖鬼から離れた場所に飛んだ。そうして彼女を地面に下し、そっとその頭を撫でる。
「ここで待ってて。すぐに戻るから」
 にっこり笑って立ち上がると、直ぐに足元に違和感が生まれた。
「勇太ちゃん、ダメ! 1人でなんて、危ない!」
 必死に声を掛ける葎子だったが、勇太は頑として譲らなかった。
 彼は葎子の手をそっと外させると、テレポートで妖鬼の元に戻った。
 葎子と同じ技を使う敵。
 正直、この手の相手は苦手だ。
 それでも内に湧き上がってくる怒りを思えば、こんな敵、どうということはなかった。
「……こんな、もんッ」
 幻覚は蝶の姿を自在に変化させて迫ってくる。
 それこそ頭を惑わしに、体を傷付けに。まさに縦横無尽と言った感じだ。
 次々と生み出される蝶は、羽根そのものを刃にして迫る。
 肌を裂き、服を裂き、視界さえも裂こうと動く。
 けれどその全てを、自身の体を張ることで防ぎきった――否、防ぐと言うよりは受けたのだ。
 おかげで全身はボロボロ。
 傷も葎子の比ではなく、至る所についている。
「こんなものか……」
 頬の血を手の甲で拭って呟く。
 体に受けた傷よりも、葎子が怪我をしている事実を知った時の方が痛かった。
「悪鬼だかなんだか知らないが――」
 彼の手の中に力が集まってくる。
 それは葎子がいつか綺麗だと言ってくれた念の槍を作り出し、彼の手の中にすっぽりを納まる。
 そうして睨み付けた先。
 そこにいるのは、未だに葎子の真似をして蝶を繰り出す妖鬼だ。
 彼は槍を握り締めると、一気にそれを放った。
「――これ以上彼女を傷つけるんじゃねぇ!」
 苛立ちをぶつけるように放った槍が、妖鬼の胸を貫く。
 途端、耳を劈く様な悲鳴が響き、妖鬼が無へと還る。
 勇太はそれを見送り、ホッと息を吐いた。
 そして葎子の元に戻ろうとしたのだが、彼の足が止まる。
 振り返った先に葎子がいたのだ。
 息を切らせ、電柱に手を添えて佇む彼女。
 膝の怪我はまだそのままで、それを見るだけで胸が痛む。
 けれどそれ以上に、勇太は彼女の表情に首を傾げた。
「りっちゃん……?」
「……なん、で……なんで……」
 うわごとのように繰り返される「なんで」の言葉。
 それを口にして、電柱にしがみ付く様にして座り込んでしまった彼女に、勇太は慌てて駆け寄った。
 しかし――
「なんで、あんなこと……!」
 キッと睨み付る彼女に、勇太の目が見開かれる。
「勇太ちゃんが危険な思いする必要なんてない! なんであんな危険なことするの!」
 初めて見た彼女の怒る顔に、勇太は何も言い返せなかった。
 ただ彼女の膝から流れる血に目を落し、自らのポケットに手を伸ばす。
「怪我、治療してなかったね……」
 言って手を伸ばすと、勇太の手を避けるように、葎子の膝が抱えられた。
 拒否されている。
 そのことにハンカチを持つ手に力が篭った。
 そこへ声が届く。
「……馬鹿ですね……アナタ、も葎子も」
 塀の上。そこに佇むポニーテールの少女に、勇太の目が見開かれる。
 水色の髪の幼い顔立ちの少女は、葎子と勇太を見据え、そして微笑みがら呟く。
「お互いを庇った所で、何になるのか……私には、皆目見当もつきません」
 表情とは裏腹、淡々と抑揚のない声だ。
 少女は無言で自分を見詰める葎子と勇太を見、そして踵を返そうとした。
 その姿に葎子が叫ぶ。
「光子ちゃん!」
「え」
 聞こえた名前に葎子を見た。
 確か光子とは葎子の姉のはず。そしてその姉は病院で寝たきりになっているはずだ。
 それがここにいるだと?
 驚く勇太を他所に、少女は言う。
「――……私は饕餮(とうてつ)……余命僅かと宣告された、アナタの姉……光子ではありません」
「!」
 息を呑む音が聞こえた。
「余命、僅かって……」
「……今日、お医者さんが言ったの……このまま光子ちゃんが目を覚まさなかったら、あと半年の命だって……」
「……」
 饕餮と名乗った少女は、葎子の言葉を聞き、そして今度こそ背を返した。
「見たいものは見れました……今日は、これで失礼します……」
 饕餮はそう言って姿を消した。
 突然の嵐が唐突に去った衝撃。それに葎子の肩がガックリと落ちる。
 確かに饕餮は葎子に似ていた。
 2人が姉妹だと言われれば思わず信じてしまうほどに。
 けれど、彼女が葎子の姉であるはずはない。
 しかし饕餮は葎子の姉のことを知っていた。そして、葎子のことも。
「りっちゃん、大丈夫?」
 勇太はハンカチを折りたたみ、葎子の膝そっと当てた。
 ビクッと彼女の足が動き、一瞬だけ躊躇う。
 それでも流れる血を止めるにはこれが一番なはずだった。
 確かに、外傷はこれで止まる。
 じゃあ、心の傷は?
「痛いだろうけど、我慢して」
「……うん」
 そう返しながら逸らされた目に、ぎゅっと唇を引き結ぶ。
 葎子の心に影を落とした存在――饕餮。
 そして彼女の姉に告げられた余命。
 色々なことが一気に押し寄せてきて頭が爆発しそうだ。
 それでも彼女を守りたいと思うことは間違っているのだろうか。
 勇太は暮れてくる日の中で、そんなことを考えながら葎子の膝にハンカチを巻いた。

 END

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 1122 / 工藤・勇太 / 男 / 17歳 / 超能力高校生 】

登場NPC
【 蝶野・葎子 / 女 / 18歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは蝶野・葎子ルート5への参加ありがとうございました。
今回のお話は如何でしたでしょうか?
ついに葎子ルートで饕餮が姿を現しました。
今後彼女がどのように絡み、葎子や勇太PCがどうこれからの試練を乗り切るのか。今からとても楽しみです。
今回のお話がPL様のお気に召していただけることを祈りつつ、感謝の気持ちをお伝えします。

このたびは本当にありがとうございました。
また機会がありましたら、大事なPC様を預けて頂ければと思います

カテゴリー: 01工藤勇太, 朝臣あむWR(勇太編) |

Route4・蝶と戯れる少女

夏休みが終わって少しした頃のこと。
 放課後になっても鳴き止まない蝉の音を聞きながら、工藤・勇太はのんびりとした足取りで校門を目指していた。
「ふぁあ……今日も眠かった」
 夏休み明けと言うのはどうしてこうやる気が出ないんだろう。
 いや、休み明けじゃなくても出ない時は出ないけど。それでも感じるダルさは通常の比じゃない気がする。
 そんなことを思いながら、大あくびをもう1つ。と、聞き覚えのある声がしてきた。
「大きいあくびだね?」
「っ!」
 突然聞こえた声に、あくびが途中で止まってしまった。
 目を瞬いて、声のした方を見る。
「え……りっちゃん……?」
 まさか、こんな場所に、なんで?
 声は確かに蝶野葎子のものだった。けれどここは勇太の学校だ。
 彼女がいるはずもない。
 けれど、そんな驚きを他所に、葎子は校門を抜けると、屈託のない笑顔で顔を覗き込んで来た。
「勇太ちゃんを待ってたんだ♪ 今日、この後は時間あるかな?」
 水色の長いツインテールを揺らして笑う彼女は、いつもと同じ笑顔。
 でも、その笑顔にはまだどこか陰りが見える。
 もしかすると、まだこの前のことを引き摺っているんだろうか。
「りっちゃん、この前のことだけど」
「うん、葎子もこの前のことで勇太ちゃんに会いに来たんだよ♪」
「え」
 思ってもみない言葉に再び目を瞬く。
 この前のこと――
 それは、葎子のお姉さんの話。彼女が探す「幻の蝶」が、生まれてから眠り続けるお姉さんを起こすことが出来る。
 少なくとも葎子はそう思っているし、勇太も彼女の気持ちを大事にしたいと思う。
 だから自分にできることなら手伝いたいとも思う。けれど、この話はそう簡単なことでないことも、この前の彼女の様子でわかっていた。
 だから、屈託のない笑顔で「この前のことで会いに来た」と言われて、驚いたんだ。
「この前のことって、何かわか――」
「葎子、この前勇太ちゃんに励ましてもらったでしょ? だから勇太ちゃんにお礼がしたくて!」
 良いでしょ?
 そう言いながら言葉を遮るように手を取った彼女に、なんだかまた違和感がした。
 でも、目の前の彼女は笑ってる。
 この前みたいに、周りに心配をかけないように気を付けながら、必死にそれを隠している。
 なら、自分に出来ることは1つ。
「わかった。で、そのお礼って?」
 彼女の希望を聞くこと。そして、彼女と一緒に笑うこと。
 これが、今の勇太に出来ることだ。
「葎子が良く行く温室に行こう。そこにね、綺麗な蝶々がいっぱいいるの♪」
 そう言った彼女に笑顔が乗った。
 初めて会ったときに見た、自然な笑顔。
 その顔を見て安堵を含んだ笑みが零れた。
「俺の考えも、まんざら外れでもなかったか」
 ポツリと零して少し笑う。
 当然その声は葎子には聞こえない。
 彼女は突然笑った勇太に首を傾げ、そしてニコッと笑って歩き出した。
 今日は残暑が厳しい。
 そのせいか、繋いだままの手が異様に熱く感じた。

   ***

 勇太は家族というものを良く知らない――否、知ってはいるけど、その暖かさというものをほとんど知らない。
 だからだろうか。
 葎子の姉を思う気持ち。それは大事にしてあげたいと思う。
 姉を助けたいと願う彼女と、それを阻もうとする親。泣きながら自分の気持ちを貫こうとする彼女を助けたい。
 そう思うからこそ、彼女の申し出を受けようと思った。
「……これは、すごいな……」
 葎子が案内した温室は、彼女の言うように蝶で溢れていた。
 色とりどりの花は勿論、それに誘われるように舞う蝶のなんと綺麗なことか。
「ここには珍しい種類の蝶々もいるの♪」
「へえ」
 確かに見たこともない蝶がチラホラ見える。
 これだけの種類がいれば、葎子の探す「幻の蝶」もすぐ見つかりそうなものだが、さすがにそう簡単に見つかるはずもないか。
 もし見つかっていたら、彼女が悩む必要もないのだから。
「りっちゃんはよくここに来るって言ってたけど、お昼寝もしたりするの?」
 いつだったか、公園で会った彼女はお昼寝をしていた。
 黒い猫と一緒に、気持ち良さそうに。
 それを思い出して笑みを零すと、葎子は大きく首を横に振って腕を広げた。
「葎子はみんなと遊ぶんだ♪」
「遊ぶ?」
「うん、こうやって♪」
 腕を広げた彼女の元に、複数の蝶が集まり始めた。
 まるで彼女を止まり木にするように舞い降りた蝶は、ヒラヒラと羽根を動かして「早く遊ぼう」と急かす。その姿に、葎子がニッコリ笑って足を動かし始めた。
 くるくると、この前見た踊りとは違う、自然で流れるような踊り。
 形に捕らわれない、流れに任せる柔らかな踊りは、蝶たちにも歓迎されているようだ。
 鱗粉を舞わせながら、ヒラヒラキラキラと彼女の動きに合わせて踊っている蝶。
 その数は、彼女がステップを踏むたびに多くなって、「幻想的」そう思わずにはいられない光景になってゆく。
「……」
 勇太は声を失って、蝶と共に踊る葎子に魅入った。
 兼ねてより変わった子だとは思っていから、大抵のことでは驚かない。そう、思っていたのに。
「結局、驚かされるんだな」
 そう笑って肩を竦める。
 でも、悪い気はしないし、むしろ見ていて楽しい。
 ただ、やっぱり気になる。
 彼女の中に見え隠れする、ほんの僅かの陰が。
「……ねぇ、りっちゃん」
 突然の呼びかけに、葎子の動きが止まった。
 ふわりと風を纏って舞い上がった髪が、彼女の頬を撫でて肩へ落ちてゆく。
 それを見ながら、勇太の首が傾げられた。
「りっちゃんもこの蝶達みたいに飛んでみたいと思わない?」
「飛ぶ……?」
 どういうこと?
 そう問いかける彼女に、勇太は悪戯っぽく笑って手を動かした。
 まるで魔法をかけるみたいに、ゆっくりと人差し指を上に動かす。
 すると……
「――……うわぁ♪」
 葎子の足が地面から離れた。
 ふわりと重力に逆らって浮き上がった足に、葎子の目がキラキラと輝きだす。
「どう? 大丈夫? 怖くない?」
 これは一番得意なサイコキネシスで、物体を浮かせられる超能力の1つ。
 本当はこの力を誰かに見せるのは好きじゃない。でも、葎子が相手なら違う。
 彼女は自分と同じように変わった力があって、そしてこの力を怖がりはしなかった。
 それでも矢継ぎ早に問いを重ねたのは、もし葎子が怖がったらどうしよう、って。そんな思いがあったんだと思う。
 けれどそんな心配は無用だった。
「すごい! 勇太ちゃんすごいよ! 葎子、蝶みたいに浮いてる!」
 頬を紅潮させて興奮したように叫んだ彼女に、ホッと安堵する。
「すごいね! 勇太ちゃん、魔法使いみたい!」
 魔法使い。
 この言葉になんだか胸の奥がくすぐったくなる。
 今まで、この力のせいで畏怖の感情を持たれることはあった。けれど、好意的に取られることは殆どなく、葎子の反応は勇太にとって新鮮だった。
 彼女の言葉には素直さや、明るさ、そして何でも受け入れてしまう優しさがある。
 だからこそ彼女は周りが傷つくよりも、自分が傷つく道を選び、笑っているのではないだろうか。
 もちろん、これは憶測。
 けれどこの考えは、あながち間違っていないと思う。
「じゃあ、もう少し高く飛んでみようか?」
「うん!」
 葎子の同意をもらって、更に高く舞い上げる。
 本物の蝶と一緒に温室の中を舞う彼女。
 そんな彼女の周りを蝶たちも楽しそうに舞っている。
「……りっちゃんが、蝶みたいだ」
 思わず零した声に、ふとあることを思いついた。
「もしかして、彼女の姉を治せる幻の蝶って……」
――葎子のことじゃないのか?
 そう思った所で、慌てて首を横に振った。
 それなら何故、彼女の母親はそんなものはいないと言ったのか。それに、探すことすら無意味だと、そんな風に言ったのか。
「……わからないな」
 呟き、視線を上げた、その時だ。
「うっ」
 無邪気に笑う葎子は良い。
 ようやく心の底から笑ってくれているのがわかるから、それはすごく良い。
 ただ、ちょっと待て!
「りっちゃん、スカート!」
「え……きゃあ!」
 当然だ。
 彼女は制服姿でスカート。
 この状態で空を飛べば必然的に中の方が見えてしまう訳で、それはつまり、自分的にはおいしいけれど、彼女的には――って、ちっがーーーう!
「ご、ごめんね、今すぐ下すから!」
 そう言って、慌てて手を下す。が、これが更に拙かった。
「ふぇ――……ええええええ!」
「わ、わわわ!!」
 持ち上げるときは意識してゆっくり上げたのに、下すときは慌てて下げたものだからさあ大変。
 急降下する葎子に、勇太は慌てて駆け出した。
 後で考えると、この時に彼女を持ち上げ直せばよかったのだけど、そこまでの機転はききませんでした。
「――っ!」
 ズンッと腕に衝撃が走って、仰向けに倒れる。
 その上には、いつもの如く、ものすごく軽い葎子が座っていて、彼女は勇太に馬乗りになった状態で彼の顔を覗き込んだ。
「ゆ、勇太ちゃん、大丈夫!? ごめんね! ごめんね!!」
 目をパチクリさせて今にも泣きそうな顔。
 そんな顔をこの体勢で見せられるのは、健康な男子としては結構厳しいもので……。
「いや、大丈夫。大丈夫だから、りっちゃん、そろそろ退いて――え」
 勇太の目が、葎子の顔を見て止まった。
 まじまじと見つめる視線に、半泣き状態の葎子の目が瞬かれる。
「ぷっ」
「!?」
「っ、ふ、あははははは、りっちゃん、顔!」
「え?」
 顔? 顔に何か付いて……?
 そう零しながら、葎子の手が顔を辿り、そして鼻に付いた瞬間、ボッと顔が赤くなった。
「なんで!?」
 触れた場所に真っ白な粉。
 これは蝶の鱗粉だ。それもかなりの量。
「みんな、いたずらしたんでしょ!」
 珍しく怒った様子で立ち上がった葎子に、蝶たちは楽しげに彼女の周りを舞う。
 その姿を見ながら起き上がると、勇太は再び笑みを零した。
 さっきの考え、それを考えるのも伝えるのも、また今度にしよう。
 いまはこの楽しい時間を、葎子が自然に笑ったり怒ったりできる空間。それを大事にしよう。
 そう心の中に留め、勇太は蝶と戯れる葎子を見詰めた。

 END

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 1122 / 工藤・勇太 / 男 / 17歳 / 超能力高校生 】

登場NPC
【 蝶野・葎子 / 女 / 18歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは蝶野・葎子ルート4への参加ありがとうございました。
今回のお話は如何でしたでしょうか?
まさかの浮遊提案に、不覚にも私がドキッとしてしまいました。
変わった世界や設定があるからこそできる素敵なお話をありがとうございます。
今回のお話がPL様のお気に召していただけることを祈りつつ、感謝の気持ちをお伝えします。
このたびは本当にありがとうございました。
また機会がありましたら、大事なPC様を預けて頂ければと思います。

カテゴリー: 01工藤勇太, 朝臣あむWR(勇太編) |