奇跡の代価 前編

夜の公園。
 敷地はかなり広く自然も多いこの公園。植林が施され、初夏のこの季節は緑も鮮やかだった。
 昼に訪れれば来たる夏を感じるにはもってこいの、憩いの場となろう。
 だが今は違う。
 そこらに漂う殺意の気配。それはさながら戦場のそれであった。
 虫の音も響かないこの静かな世界で、怪しく光る眼光が一つ。
 その眼光が動くたびに、ズン、ズン、と低い地鳴りが響く。
 大質量。それを遠くからでも察せるほどの足音であった。
「来たよ、ユリさん」
「……あなたに言われなくてもわかっています」
 その公園の物陰に隠れていたのはIO2エージェントであるユリと真昼。
 二人はこの公園で度々目撃されている巨大な獣の討伐に駆りだされていたのだ。
 その怪物は既に数人の人を惨殺している。このまま放っておけば被害は増える一方だろう、と判断したのだ。
「でもさぁ。僕らだけでどうにかなるのかな、あれは。事前に見せてもらった書類よりも数倍強そうに見えるんだけど」
 暗視ゴーグルを掲げて、真昼が暗がりを覗く。
 林の奥に見えるのは体長五メートルはあろうかという巨大な四足獣。大きさを考えなければ狼か犬に見える。
 俊敏さと獰猛さを兼ね備えたそのシルエットに、真昼は正直ビビッていた。
「誰か助けを呼んだ方が良いんじゃない? 僕らの装備は拳銃と回復の術符が数枚だけだよ?」
「……あなたにはプライドと言う物がないんですか? 誰かに泣き付いて仕事を終えてそれで満足ですか? ……とは言え、流石に厳しそうですね」
 厳しい事を言ってはみたものの、ユリももう一度対象を確認して意見を変える。
 IO2も何を考えて自分たちを選んでこの仕事に当てたのか、全く持って謎である。
 ユリは懐から携帯電話を取り出し、連絡帳を呼び出す。
「……」
 しばし小太郎の名前を見つめた後、他の電話番号に発信した。

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「はい、もしもし?」
 着信を受け取ったのは工藤勇太。
 この間知り合ったばかりのユリからの着信に、多少疑問を感じたが、それほど気に留めることもなく電話に出る。
『……勇太さんですか? ちょっと頼みたいことがありまして』
「へぇ、頼み事? 別にいいぜ。丁度暇だし」
 今の時間、特にやる事もなく部屋でゴロゴロしていたぐらいだ。
 まだまだ眠たいような時間ではないし、何か暇つぶしがあるならそれに飛びついてもいいと考えたのである。
「すぐ行くから、ちょっと待ってろよ」
『……あ、はい、すみません』
 ユリとの通話を切り、勇太は適当に身支度を整えて、テレポートを使用した。

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 勇太がテレポートで現場に到着すると、既に状況は整っていた。
 そこにはユリと真昼だけではなく、セレシュ・ウィーラーと見知らぬ少年がいた。
「……これで、全員ですね」
 面子を確認した後、ユリが頷く。
「……皆さん、今回はご助力、感謝します。まずは状況の確認からしたいと思います」
「ちょーっと待った!」
 進行を始めるユリに、勇太が手を挙げて制止する。
「そこの子供は一体誰よ?」
「おっと、申し遅れちゃったね。俺の名前は月代慎。おにーさんの名前も聞かせてもらえるとありがたいんだけど」
「ああ、俺は工藤勇太だ。よろしくな。お前もユリに呼ばれたクチか?」
「いやいや、俺はその辺を通りかかってね。危なっかしそうだからちょっとお手伝いに」
 人懐こい笑みを見せる慎は、自然と手を差し出しており、勇太の方も自然と握手を交わしていた。
 その辺を歩いていた子供がこんな状況に介入するのもどうかと思ったが、ユリもセレシュも何も言わないので、混乱するのは勇太ばかりであった。

 状況は今も変わらず。
 公園内に獣が闊歩しており、近くを一般人が通ろうものなら、すぐにでも襲い掛かりそうな雰囲気である。
 事件が起こる前に獣を無力化し、解決させなければならない。
「事件が起こる前って言っても、もう既に何人か殺されてるんだろ?」
「……勇太さんの言う通りです。ですから、これ以上の被害者を出さないためにも、早急な対応が必要なのです」
 これまでに何人かの犠牲者が出ている。
 最初は一般人、その後は現場を立ち入り禁止にしていた警察官など。
 今やこの公園の封鎖も名目ばかりで、見張りもまばらにしかいない。
 IO2が状況に介入してからは被害も収まっていたが、あのまま獣を放置しておくわけにも行くまい。
「ちょっとええかな。獣に関して、色々聞きたいことがあるんやけど」
「……はい、答えられることでしたら可能な限りお答えします」
 セレシュの挙手に、ユリは頷いて答える。
「じゃあまず、あの獣の出所とかわかってるん? いきなりパッと現れるにしては物騒すぎると思うんやけど」
「……獣は夜になると唐突に現れるそうです」
 話によると、あの獣は日中には公園内から消えているらしい。
 林の中を隅々まで探したが、日中は影も形も見当たらないのだ。
 あるのは林の中を歩き回っていたらしい足跡だけ。
「魔力の追跡とかはできんかったん?」
「……追跡は途中までは可能でしたが、獣の巣らしき場所を発見する事は出来ませんでした。それに……」
「それに?」
「……今現在も、公園内には結界が張られています。あの獣だけを対象とし、外へ出さないようにするために。しかし、魔力追跡を行うと、逃走する魔力は公園の外へ出ているのです」
「獣が結界を破って外へ出たとか?」
「……ありえません。結界への干渉は受けていませんし、破るような衝撃があれば結界を維持している術者が気付くはずです」
 それがない、と言う事は、獣は結界に体当たりすらしていないということ。
 つまり、あの獣は出られないはずの結界の中で、現れたり消えたりしているという事だ。
「なんや、ようわからん……」
「……こちらとしても情報だけではなんとも言えません。ですが、夜の間、獣が姿を現している間は、対象は脅威レベルの低い魔獣と認定されています」
「つまり、この時間の内に倒せば……」
「……とりあえず一般人への被害は取り除けるはずです」
 その場しのぎ、とは言えなくもないが、それでもやらなくては今後も被害が増大してしまう可能性もある。
 それを回避するためにも、獣の無力化はしなければならない。謎は追い追い究明する事も出来るだろう。
「……不確かな情報ばかりですみません」
「ええよ、ええよ。あのワンコを倒せば、当面の問題は解決できるって事はわかったしな」
「さて、じゃあお仕事始めますか!」
 全員が顔を見合わせ、頷くと同時に行動を開始した。

 と、その前に。
「あ~、ユリ。ちょっといいか?」
 銃を構えていたユリに、勇太が近づく。
「……まだ何か質問でも?」
「いや、そういうワケじゃなくて。こういう時は事前に一言言ってくれなきゃ困る」
「……荒事に巻き込んでしまったのは、大変申し訳ないと思っています」
「そうじゃなくて! あんなでかい獣を倒すなら、言わなきゃならん一言があるはずだ!」
 怪訝そうな顔をして首を傾げるユリ。
 どうやら見当もつかないようである。
「教えておいてやろう。こういう時はな……」
 一拍置いて、勇太は拳を高々と掲げる。
「一狩り行こうぜ!」
 それはなるほど、大型モンスターを相手にする際には、是非言っておきたいセリフだった。
「って言わなきゃ」
「……よくわかりませんが、なんだか小太郎くんと同じような空気の読めなさを感じます」
 空気読めない、と言う評価は心にグッサリ来たが、突っ込まれなかったらそれはそれで悲しいので、よしとする。
 それよりも気になる事がある。
「冗談はさておき、今回の件、小太郎には言ってあるのか?」
 面子を眺めても小太郎の姿は見当たらない。
 遅れてきているってワケでもなさそうだが……。
「……小太郎くんには連絡していません。そうする必要もない、と判断しました」
「あ、そう……」
 なんだかギクシャクしているユリと小太郎の関係に、勇太は心中で激励を飛ばした。

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「……では、作戦を開始します」
 林の中で、ユリが静かにそう告げる。
 前方には巨大な獣。
 それを見て、勇太は一際長い息を吐いた。
「間近で見ると結構ヤバそうじゃねぇか。大丈夫なのか、これ」
 一行との距離はまだあるが、向こうもこちらに気付いている。
 動きに隙がなくなり、こちらを警戒しているようにも見えた。
「おにーさん、心配? 大丈夫大丈夫。俺だってついてるんだし!」
「年下に励まされてたんじゃ、カッコつかねぇよなぁ」
「うちだってサポートするし、最悪でも死ぬような事にはならへんで!」
 慎とセレシュから激励を受け、勇太も自分でほっぺたを叩いて気合を入れる。
「よっし、じゃあ行きますかぁ!」

 先陣を切ったのは勇太。
 テレポートを使って獣の真上へと瞬間移動し、すぐさまサイコキネシスを操る。
「これでも食らえぇ!」
 巨大な球状の塊となったサイコキネシスは獣の背中を捉えようとする物の、紙一重で避けられてしまう。
 獣はすぐさま体勢を整え、空中にいる勇太を睨みつけた。
「やっべ……ッ!」
 血の気が引くとほぼ同時、強烈なネコパンチが空を裂いて襲い掛かった。
 反射的に身を守る勇太。だが、あの鋭い爪に襲われれば大怪我を負ってしまうだろう。
 多少の覚悟は決めたところだった……が、ネコパンチは見えない壁に阻まれたように進行を止めた。
「セレシュさんか!?」
 ふと見やると、セレシュが魔法を発動しているのが見えた。
「こらぁ! ちゃんと注意して行動せなあかんよぉ!」
「悪ぃ! 助かった!」
 彼女の言う事ももっともである。
 次からはもっとちゃんと狙いをつけなければ。
 地面に降り立った後、慎重に獣との間合いを計る。
 獣も勇太を睨みつけて視線を離さない。
 どうやって攻め込んだものか、と悩んでいると、獣の頭が突然火を噴く。
「おにーさん! チャンス!」
 どうやら慎が隙を作ってくれたらしい。
 獣は突然の発火に目を白黒させ、頭を振りながら後退している。
「おぅよ! 任せとけ!」
 この隙を見逃さず、勇太はサイコキネシスを操り、獣を地面に引き倒す。
 多少抵抗はされたが、獣は音を立てて倒れこんだ。
「このまま止めを……ッ!」
 好機を逃すまいと勇太が攻め手に出るが、その直前で獣が吠える。
「グアアアアゥゥウ!!」
 耳を劈くような咆哮をもって、獣はサイコキネシスを引きちぎり、再び大地に立った。
「マジかよ、結構マジなヤツだったんだぞ!?」
 全力に近いサイコキネシスが破られたとなると、攻め方を変えなくてはならない。
 チラリと慎を窺ってみると、向こうもどうした物かと考えているようだ。
「手がないわけじゃないが、さて、どうするかな」
 獣と距離を取りつつ様子を窺っていると、
「……慎さん、勇太さん、援護してください」
 戦場へとユリと真昼がやってきた。

「……あの魔獣、恐らくは元々普通の犬か何かだった物が、無理に魔力を与えられて変形した物です」
 獣の左前足にある魔力源。アレから魔力が供給され、姿形が変わってしまったのだ。
 つまりあの左足にある魔力源をどうにかする事が出来れば、魔獣は姿を保てなくなるわけだ。
「……お二人はどうにか、あの獣の動きを止めていただきたいんです」
「そうすれば、お姉さんがどうにかしてくれるの? 危なくない?」
「……大丈夫です。これでも一応、IO2エージェントですし……作業は麻生さんがやります」
「えっ、僕!?」
 突然話を振られた真昼は驚いてユリを見返した。
「き、聞いてないけど!?」
「……ええ、言ってませんから。でもやってもらわなければ困ります」
「そんな! 幾らなんでも僕一人じゃあんなでかいの、どうしようも出来ないよ!」
「……だから私たちが援護するんです。こう言う時にしか役に立たないんですから、仕事してください」
「うぅ……ユリさんが冷たい」
 冷たく突き放すように、ユリは真昼にナイフを渡して背中を押す。
 涙目になった真昼は、それでも覚悟を決めたようにナイフを構えた。
「……では、お二人とも、頼みます」
「おぅ」「わかったよ!」

 簡単な作戦会議が終わった後、ユリは拳銃からサプレッサーを取り外し、空に向けて数発、発砲した。
「……こっちです!」
 それは獣の注意を引くための行動。
 案の定、獣はユリを視界に納め、低く構えた。
 真正面から見る巨体はかなりのプレッシャーだろう。
 だが、ユリは物怖じせずに、銃口を獣に向けた。
 間合いは獣の前足の少し外。ユリはこの距離を保ちつつ、獣と仲間の様子を窺う。
 獣はユリを注視しつつも周りへの警戒も怠っていない。
 慎が、勇太が動くたびに耳がピクリピクリと跳ねる様に動いていた。
 だが、急に獣が顎をあげ、周りを窺うように首をめぐらせた。
「うちの事も忘れてもらっちゃ困るんやけど」
 それはセレシュの使った魔法。
 人間には聞こえない音を発生させ、獣の耳をほぼ完全に封じたのだ。
「この好機は見逃せないな!」
 すかさず、勇太がサイコキネシスを操って獣の動きを止め、
「俺だって見てるだけじゃないよ!」
 更に慎が糸を数本取り出し、地面に鋲を打って獣を縫い付ける。
 ほぼ完全に行動を封じた後、フラリと現れた真昼がナイフを構えて獣の左足へと突撃した。
「確か、この辺っ!」
 突いた場所は魔力が集中している場所。
 ナイフは驚くほど簡単に毛皮を掻き分け、肉に沈んだ。
 だが、血は噴き出ず、代わりに魔力が霧状になって真昼へ襲い掛かる。
「うわぷ……!」
「……どいてください」
 真昼を避けた後、ユリは傷口に目掛けて、アンチスペルフィールドを変形させて刺し込む。
 想像以上に膨大だった魔力を、フィールドによって吸い取り始めたのだ。
 これで魔力を減少させれば、魔獣は消えていなくなるか、最低でも戦闘不能には陥るはず。
 そう思っていたのだが。
「……なっ!?」
 プツン、とフィールドが断ち切られた。
 上空から落ちてきたモノによって、能力が遮断されたのである。
 それは大きな鎌。死神が持っているような、実用性に乏しいが視覚的インパクトの強い、あの大鎌である。
 その鎌はユリの能力を無効化すると、勇太のサイコキネシスすらも無効化し、さらには慎の張った糸まで触れずに断ち切る。
「なんだよ、あれ!? どこから降ってきた!?」
「近づかない方が良いよ、ヤバい感じがする!」
 勇太と慎が警戒して様子を見ていると、鎌は見る見る内に闇に解け、その姿を消してしまった。
 残ったのは魔力の残り香だけだ。
「グルゥゥゥァアアアアア!!」
 自由を取り戻した獣は、苦しそうに呻いた後、一声吠えて地面を蹴る。
「……逃げるつもりですか。ですが……!」
 周りには慎の張った糸の結界がある。
 簡単には出られないはず……だったのだが。
「う、嘘でしょ!?」
 結界を張った本人が驚く。
 獣は糸の結界を強引に破ったのだ。
 結界に触れた端から爆発音が溢れ、光と炎を上げて獣を攻撃するも、獣はそれに構いもせずに、強引に糸を引きちぎって結界の外へと出る。
「……いけない、このままじゃ外に……!」
「慎、追いかけるぞ!」
「りょーうかい!」
 勇太と慎の二人はすぐさま獣の追跡に当たる。
 とは言え、相手は獣。当然、人間の足で追いつくような物でもない。
「おにーさん、追いつくの、これ!?」
「大丈夫……テレパスで追尾出来る限りは、テレポートで追いついてやる……って、あれ!?」
 追跡を開始してすぐ、テレパスに謎のジャミングがかかり、周りの思考が全く読めなくなる。
「これは……さっきの鎌といい、何か邪魔が入ったな」
「どうする? 一度、みんなの所に戻る?」
「そうだな、これ以上はどうしようもない、かな」 
 獣が消えていった方を睨みつけ、ため息をついた後に二人は来た道を戻った。

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 ユリは携帯電話をパタン、と閉じる。
「……公園に結界を張っていた術師から報告がありました。獣は公園の外へと出たようです」
 結界を力任せに破り、そのまま町へと消えていったそうだ。
 すぐに捜索隊が編成されて、獣の捜索に当たるそうだが、あの様子では難しそうではある。
「どうするの、お姉さん? 俺はまだ探す元気も残ってるけど?」
「……ありがとうございます、慎さん。ですが、今回はやめておきましょう。あなたも能力が使いにくくなってるはずです」
 これは慎だけではなく、この場にいる全員、能力に何かの障害が発生しているのだ。
 恐らく、原因は空から降ってきた鎌。アレが出現してから能力に障害が起きるようになっている。
 獣の拘束が易々と解けてしまったのも、その所為である。
「……捜索は別働隊に任せます。さっきの連絡で私たちの仕事は終わった、とも言われましたしね」
「終わったて……まだ魔獣は倒してへんで?」
「……気にはなりますが、上からの命令です。勝手に動けば何をされるかわかった物ではありません」
「だからってこのまま何もしない、ってのもなぁ」
 上司の指令というのにも怪しい点がある。このまま何もせずにいては癪だというのはユリも同じだ。
 しかし、これ以上IO2の仕事に無関係の人間を巻き込むのもどうか、と思ったのである。
「……皆さん、今日はありがとうございました。後ほど、お礼はします。今日はこの辺で解散としましょう」
 コートを翻して背中を見せたユリに、それ以上何も言う事も出来ず、この事件は幕を閉じた。

 余談だが、その後数日、ユリと真昼がこの公園を見張っていたが、獣は現れなかったと言う。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男性 / 17歳 / 超能力高校生】

【6408 / 月代・慎 (つきしろ・しん) / 男性 / 11歳 / 退魔師・タレント】

【8538 / セレシュ・ウィーラー (セレシュ・ウィーラー) / 女性 / 21歳 / 鍼灸マッサージ師】

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■         ライター通信          ■
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 工藤 勇太様、シナリオに参加してくださってありがとうございます。『まさかのPC、NPC含めて全員援護』ピコかめです。
 思った以上に難産でしたが、勉強する所もありましたぞ。

 今回は割りと真面目な感じで頑張ってみました。
 真昼と一緒に大転倒ってのも面白かったんですが、ちょっと真昼のヤツが仕事をしないやつなので、そもそも前線に出てこないと言う不具合。
 これじゃあどうしようもない! と言う事で、いっそシリアス目に突っ走ってみました。いかがなもんでしょ。
 ではでは、よろしければ後編の方もよろしくどうぞ~。

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タイムトラベラーと少年(勇太編)

時は不可逆と言う。
 つまり、誰も時の流れには逆らえないという事。
 時は過去から未来へ止め処なく流れ、人は抗う事すら出来ずにその流れに巻き込まれていく。
 ……だが、極稀に。
 故意か否かは定かではなくとも、その流れを逆行してしまうモノがいる。
 それが、タイムトラベラーである。

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「……待ちなさい!」
 東京のとある路地にて。
 銃を構えたコートの少女が小太りの男を追っていた。
 雑多なものが置かれた路地は走るのには大変不便であったが、逃げている側の男にとっては好都合だ。
 追っ手を邪魔する色々なものが、手を伸ばせばそこにあるのだから。
「しつこいヤツだ、これでも食らいなっ!」
 男が手にしたのは青いポリバケツ。いわゆるゴミのアレだ。
 少量の中身を有したまま、ポリバケツは少女に目掛けて転がってくる。
 少女はそれを蹴飛ばし、前方の安全を確保した後、改めて男を追いかけようとするが……。
「……それは、卑怯です」
 歯噛みする。
 男が手に持っていたのは角材。何故そんな所にあったのか、と言うのはちょっと謎である。
 角材を槍投げの槍のようにして構えた男。
 三メートルはあろうかと言う角材を片手で持ち上げるほどの筋力を持っているようには見えない、不摂生の塊のような男であったが、実際にそれは行われている。
「当たると痛いぞ!」
 男はそれを、思い切りブン投げる。
 瞬間、男の右腕に稲妻が走ったように光り、腕の太さが倍くらいに膨張する。
 強化された筋肉によって、バリスタから発射されたように一直線に飛ぶ角材。
 ゴミ箱を対処したばかりの少女には、それをかわす事も出来なさそうだった。
(……これは、かなり痛そうです……)
 冷静なのかなんなのか、少女はそんな事を思いつつ、ギュッと目を瞑る。
 訪れるであろう衝撃に対して、身を堅くもした。
 しかし、いつまで経っても角材は飛んでこなかった。
 代わりに、ガランガランと大きな音が周りの壁に反響して耳を襲ってくる。
 何事か、と目を開けると、前方には見知らぬ男性が。
「ここは、どこだ? 東京?」
 目の前にいた男性、黒いコートとスーツ、そして真っ黒なサングラスをかけた彼は、少女の追いかけていた小太りの男ではない。
「……あ、あなたは?」
「おや、君はIO2のエージェントか? こりゃ好都合」
 そう言ってニッコリ笑った男性、フェイトはサングラスを取った。

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 所変わって、街中。繁華街はいつでも人でごった返していた。
 その日も、勇太はいつも通りの生活を送っていた。
 いつも通り高校へ行き、放課後になれば帰宅するか、町をぶらつくか、そんな感じだ。
 今日は気が向いたので、興信所でも冷やかしに行ってみよう、と思ったのである。
「お、勇太じゃん、なにやってんだ、こんな所で」
 道中で声をかけられる。振り返ると、見覚えのある少年がいた。
 彼は興信所の小間使い、小太郎である。
「小太郎こそ、こんな所でなにやってるんだよ、またお使いか?」
「そうなんだよ、所長様のご命令でね。コンビニ店員にも顔覚えられてやんの」
 そう言って、小太郎はエコバッグの中に入っていたタバコのカートンボックスを見せる。
 高校生である小太郎がタバコを悠々買えるのは、コンビニ店員と顔見知りであるのと、彼自身がタバコを吸わない事を知っているからだろう。
 ホントはダメなので、周りの人には内緒だ。
「全く、草間さんにも一度、切々と副流煙の毒性について、語ってみるべきかな。タバコの所為で俺の身長が伸び悩んだらどうしてくれる」
「諦めろって、お前の身長はもう、多分絶望的だから」
「ば、バカヤロウ! 夢は諦めなければきっと叶うって言うだろ! 諦めたらそこで試合終了なんだよ!」
 小太郎は自分の身長が平均を大きく下回っている事を気にしていた。
 彼は日々、牛乳を飲んだり、公園の鉄棒でぶら下がりトレーニングなどをして身長を伸ばすように努力しているが、その成果が見れる日はいつになることやら。
「まぁ、小太郎の身長の話はどうでもいいんだ。今日は草間さん、興信所にいるのか?」
「ああ、今日も暇だろうからな。一日中、タバコをくゆらせてるか、零姉ちゃんに叱られてるか、どっちかじゃねぇの?」
「いつも通り、って事だな」
 勇太が興信所に顔を出し始めてからというもの、武彦がまともに働いている所をあまり見ていない。
 世間が興信所を必要としない程度に平和なのか、それとも草間興信所に集まる『その手のタイプ』の依頼が減っているのか。
 ともかく、勇太にとっては余暇を過ごしやすい場所である事は変わりなかった。
「気をつけろよ、勇太。お前もいつか、副流煙にやられて、身長が伸びなくなるぞ」
「お前と一緒にすんなよ。ってか、俺は小太郎よりも年上だぞ、もう少し敬意を払って敬語を使ったらどうだ。練習してるんだろ?」
「うーん、なんか同年代って感じがする」
 なんだか失礼な言動を聞いたような気がするが、とりあえずはスルーしておく事にした。

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「いや……すまなかった」
 少女を助けたはずのフェイト。彼は一転して、少女に頭を下げていた。
「……助けてくださった事にはお礼を言いますが、犯人には逃げられてしまいました」
「悪かったって! 俺だってここに来てすぐで、状況が読めなかったんだよ!」
「……そのタイムトラベル、と言うのも怪しいです」
 フェイトは現状、持っている能力の一つである時間跳躍が暴発し、本来いた時空間とは別の場所に来ていた。
 つまり、時の旅人と言うより、時の迷子と言った感じだ。
 しかし少女はその言葉を素直に納得してはくれなかった。
「……時間の跳躍と言う能力もありえない話ではありませんが……」
「わかってるよ、そんな能力を持った人間がIO2エージェントにいるってのが信用できないんだろ?」
 一応、フェイトもIO2エージェントであり、その証拠である身分証明書も見せた。
 少女もそれを確認したのだが、それでは話の整合性がつかなくなってくる。
 今のところ、IO2エージェントに時間跳躍能力を持っているエージェントは登録されていない。
「……証明書が偽造されているとも思えませんし……」
「だから、俺が未来から来たって言うんなら話は通じるだろ?」
「……わかりました、それについては保留にしておきます。問題は逃げてしまった犯人の方です」
 そう言って少女は携帯電話を取り出し、どこぞへと発信する。
「……私です、取り逃がしてしまいました。……ええ、あなたは一度、本部へ報告を。私は興信所へ行って今後の検討をします」
「誰にかけたんだ? 相棒?」
「……あんな男が相棒だというのは、勘弁して欲しいのですがね」
 心底嫌そうに、少女は顔をゆがめる。
 年恰好からすれば華の女子高生だろうに、嫌悪感で歪んだその顔は、変顔と言って遜色なかった。
 電話先の相手は麻生真昼と言う、IO2エージェントの一人。ちょっと射撃の腕が良いくらいの普通以下の男だ。
 一応、ユリの仕事上のパートナーとなっているが、そう思っているのは真昼本人ぐらいであろう。
「……とにかく、場所を移しましょう。こうなったらあなたにも手伝ってもらいますからね」
「え? さっきの犯人探し?」
「……そうです。私はユリ。あなたは……フェイトさん、でしたっけ?」
「ああ、よろしく」
 今のところ、元の時空間に戻れる方法はない。それならばもう少しこの時代を楽しんでみても良いか、と思ったのだった。

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 連れてこられたのは、草間興信所。
「えっと、ユリさん? アンタも興信所関係者なの?」
「……関係者、と言って良いかはわかりませんが、度々お世話になっています」
 興信所のある雑居ビルの入り口で、ユリは一つ深呼吸をし、その後階段を登る。
 フェイトもそれに続いた。

 興信所のドアを開けると、フェイトにとっては馴染んだ空気が漂ってくる。
 安いタバコとコーヒーの入り混じったにおい。
「ユリさん、今は西暦何年だっけ?」
 ユリは黙って携帯電話を見せる。そこに表示された年月日を確認すると、どうやら……
「俺がいた時空よりも五年前か。変わらないな、ここは」
 自然と頬が緩み、口元が上がってしまう。
 フェイトはサングラスを取り、興信所へと入った。

「おぅ、ユリ。どうだった、首尾は?」
 二人が興信所へ入ると、すぐに所長である武彦が声をかけてきた。
 ユリは彼に対して頭を下げる。
「……すみません、草間さんに助けていただいたのに、取り逃しました」
「お前らしくもないな。どんなミスをやらかしたんだ?」
「……それよりも、今は次の手を打つ算段をしましょう」
 部屋の中心にあるテーブルには近辺の地図が開かれていた。
 地図には幾つか、赤いマジックで印が付けられてあるようだ。
 その印の横には数字が幾つか。
 なるほど、とフェイトは唸る。
「これは、あの犯人の犯行現場と時刻、か?」
「……ご明察です。今日はここに現れるだろう、と思って待ち伏せしていたのですが、結局逃げられてしまいました」
 横からフェイトが口出しすると、どうやら正解だったらしい。
 ユリはマジックで待ち伏せポイントをバツで消す。
「……今日中に再犯はないでしょうか」
「いや、ちょっと待て、ユリ」
「……なんです、草間さん?」
「そいつ、誰だよ?」
 武彦が指差す先にはフェイト。
 そう言えば自己紹介をしていなかったか。
「……彼はフェイトさん、IO2エージェントです」
「へぇ。麻生から乗り換えたのか?」
「……出来る事ならそうしたいんですがね。彼は自称タイムトラベラーで、帰るまでの間、私の仕事を手伝ってもらう事にしました」
「ど、どうも」
 フェイトはぎこちなく頭を下げる。
 極力、この時代の人間とは接触を避けるべきだろうか、と思い始めたのだ。
 危惧すべきは『タイムパラドクス』。別の時空間の人間が干渉する事によって歴史が改竄されてしまう事象。
 フェイトが元の時空でも知人である武彦と面通ししてしまうのは、後々面倒くさい事になりはしまいか。
 そんなフェイトの心中を知ってか知らずか、武彦はフェイトの顔をマジマジと眺める。
「お前、どっかで会わなかったか?」
「き、気のせいじゃないですかね?」
「いや、どこかで見たような……」
 訝しげな視線がフェイトに突き刺さっているその時、興信所のドアの向こうから声が聞こえる。
『おや、猫の依頼人ってのは珍しいな』
『よーし、捕まえろ、捕まえろぉ』
 少年二人の声と、不機嫌そうな猫の声。
 しばらくドタバタと騒がしいと思ったが、すぐにドアが開く。
「よーっす、こんちわー」
 現れたのは黒猫を抱いた勇太と、エコバックを担いだ小太郎だった。
 勇太の顔を見て、フェイトは慌ててサングラスをかけなおす。
 それに疑問符を浮かべながらも、勇太は武彦に猫を差し出す。
「どぅよ、この大捕り物!」
「どこが捕り物だよ、ただの猫じゃねぇか」
「きっと草間さんへの依頼人だって! 話聞いてやろうぜ」
「ほぅ、勇太。俺にケンカを売っていると思って良いんだな?」
 幾ら暇な興信所だとは言え、猫からの依頼を受けるほど落ちぶれちゃいない。
 勇太もそれをわかっていてからかっているのだが。
「ん、勇太……」
「どうした、草間さん?」
 勇太の顔を見て、武彦はキョトンとする。
 しかし、その詳細は語らず、得心したような顔で立ち上がった。
「なるほどなぁ」
「なにが、なるほど?」
「いや、お前には……関係ないってわけでもないが、詳しく言うのは憚られるなぁ」
「なんだよ! 教えてくれても良いだろうが!」
 武彦と勇太がじゃれあっていると、奥から零が顔を出す。
「皆さん、お茶が入りましたよ……って、あら、勇太さんと小太郎さんもいらっしゃいましたか」
 彼女の手にはトレイと人数分のお茶。
 しかし、勇太と小太郎がいる事を知らなかった彼女は、カップを二つ用意し損ねたのだ。
「もう二つ、用意しますね」
「ありがとう、零さん」
 勇太は彼女にお礼を言いつつ、猫をその辺に放す。
「おい、こら! 猫を放すんじゃねぇ!」
「だってアイツ、結構なデブ猫だぜ? 持ってるのが辛くてさ」
 勇太は手をプラプラとさせて疲労を表す。
 猫は床を走り、
「きゃ! な、なんです?」
 零の足元に擦り寄った。
 それは自分の背中をかいてるようにも見えるが、
「何だ、アイツ。零さんになついてやんの。俺には引っかいてきたくせに」
 見ると、勇太の腕には赤い四本線が引かれている。
 大した傷ではなさそうだが、放っておくわけにも行くまい。
「零、絆創膏はどこにあったかな?」
「絆創膏、ですか? そこの救急箱に……ちょっと、歩きにくいですよ!」
 零は足元の猫と悪戦苦闘しつつ、ガラス棚を指差した。
「草間さん、絆創膏なんかじゃ小さすぎるぞ、この傷」
「ああ、そうかもなぁ。まぁ、ガーゼも入ってるだろ」
 武彦はガラス棚から救急箱から消毒液とガーゼとテープ、そしてネット包帯を取り出した。
 ガーゼに消毒液を染みこませて、勇太の傷口に当てる。
「いてて……」
「やっぱり痛いんじゃねぇか。我慢してんじゃねぇよ」
 手早く応急処置を終えると、武彦は改めてタバコをくわえた。
「これでよし、と」
「草間さんって意外とこう言うこと手馴れてるんだな」
「ん、ああ、俺も結構傷とか作るからなぁ」
 探偵業とは危険なものなのである。こと、オカルト探偵なんて揶揄される職業は特に。
 それでなくとも、武彦は学生時代からケンカをしていたのだし、怪我の治療くらいは出来るのだった。
「さて、そんで、あいつらは一体何をやってるんだ?」
「え?」
 武彦が目を向けた先を、勇太も見やる。
 そこにはジリジリと零との間合いを詰めるフェイトとユリの姿が。
「ええと……詰め寄るほどお茶が欲しかった、とか?」
「んなバカな。……一応、ユリのやる事だから、理由がないとは思わんが」
 武彦は所長の椅子から少し腰を浮かし、二人の様子を注意深く観察する。
 勇太も真似して二人を見やるが、彼らの視線が零ではなく、その足元に向かっているのに気付いた。
「足元……猫に何かあるのか?」
「ん、猫? そういう事か!」
 勇太の言葉を聞き、武彦は椅子から立ち上がる。
「勇太、サイコキネシスとやらは使えるか?」
「ん、ああ、もちろん。でもなんで?」
「あの猫を取り押さえろ! アイツがユリの追いかけてたホシだ!」
 武彦の言う事はよくわからなかったが、勇太はとりあえずサイコキネシスを操り、猫を取り押さえる。
 猫は『フギャ』と声を出して、床に突っ伏した。
「今だ!」
 すぐにフェイトの声がかかり、ほぼ同時にユリは猫へと滑り込む。
 勇太のサイコキネシスによって身動きを封じられた猫は、そのままユリによってガムテープでグルグル巻きにされた。
「……ええと、動物虐待?」
「違う、人聞きの悪い事を言うな」
 状況の読めない勇太は疑問符を浮かべるしかなかった。

***********************************

 勇太もその様子を見て、一件落着と気を抜いたのだろう。
 サイコキネシスを解き、猫を自由にしてしまった。
「……あっ!」
 途端にユリの腕の中で暴れだした猫は、彼女の拘束を解いて宙を舞う。
 ガムテープでグルグル巻きだったはずの猫。そのままでは床に落っこちてしまっただろう。
 だが。
 その小さく、しなやかな身体は空中で姿を変える。
 猫の身体には小さく稲妻が走り、その閃光が瞬く内にシルエットが膨張する。
 ほんの一瞬で、猫は大きな虎へと変貌した。
「な、なんだありゃ!?」
 事情を知らない勇太は、その変身に驚いたようだった。
 そりゃ、いきなり目の前で猫が虎に化ければ、誰だって驚く。
 虎を目の前にして、ユリとフェイトは瞬時に身構える。
 二人とも、携帯していた拳銃を取り出そうと、上着の内側に手を伸ばすが、それよりも虎の方が速い。
 虎の振り上げた右前足が爪を立て、目の前のユリに襲い掛かる。
 虎の豪腕を目の前にしては、少女などすぐに引き裂かれてしまうだろう。
 しかし、虎の行動に割り込むような隙もなし。
 ユリは覚悟を決め、身を堅くする。
 虎の咆哮と共に、その前足が振り抜かれた。

「……うっ」
 恐る恐る、ユリが目を開けると、痛みはなかった。
「気ぃ抜いてるんじゃねぇよ。危なっかしいな」
 代わりに、目の前には小太郎。
 ユリをお姫様抱っこで抱え、虎から数メートルほど距離を取っていた。
「あの猫、ずっとオーラの色がおかしかったから注意してみてたんだ。まさかこんな事になるとは思ってなかったけどな」
 興信所の中でも静かだった小太郎は、ずっと猫の様子を窺っていたのだ。
 ゆえに、あの突然の虎の変身などに対応できたわけだ。
 彼の能力、見鬼の力であった。
「……あ、ありがとう、小太郎くん」
「お前を助けるのなんか、もう慣れっこだよ。それより……」
 小太郎の視線の先には虎が事務所の真ん中に陣取っている。
 周りにはフェイトと勇太、武彦をかばうようにして零。
「小太郎! ユリは大丈夫か?」
「かすり傷一つないぜ」
 小太郎の返答に、武彦は『よし』と零す。
「じゃあユリの力で、コイツをどうにかしてくれ」
「……わかりました」
 床に下りたユリは、静かに自らの能力を操る。
 その力は能力を封印する空間を作り出す能力。
 彼女の展開した陣の内に入ったモノは、誰であろうと、何であろうと、その能力を一切使用できなくなる。
 その陣に収められた虎は、見る見る内に姿を変え、元の小太りの男に戻った。
「あ、あれ!?」
「……フェイトさん、お願いします」
「え? あ、うん」
 ユリに言われて、フェイトは男を後ろ手に手錠をかけた。
「はい、確保っと」
「……車を呼びます。草間さん、それまで事務所を借ります」
「ああ、どうぞ。零、改めてお茶を」
 思わぬ展開で捕まってしまった男は、落胆するよりも困惑していた。
 いや、それ以上に
「結局どういう話だったんだよ!?」
 勇太も混乱していた。

***********************************

「結局、あの一連の騒動はなんだったんだよ!?」
 小太郎と一緒に、ほぼ蚊帳の外だった勇太は不満爆発である。
「うるっせぇな。ユリの担当事件が解決したんだよって事でいいじゃねぇか」
「なんか納得いかねぇ! 小太郎、お前も何か言ってやる事はねぇのかよ!」
 事務所の隅にある机に突っ伏している小太郎に声をかけた勇太だったが、その様子を見てしり込みする。
 彼の背負っている重苦しい雰囲気は、見鬼の力がなくても読み取れた。
「ど、どうしたんだよ、お前……」
「今日、俺、この興信所が暇だと思ってた」
 そう言えば、勇太と落ち合った時に、そんな事を言っていた。
「って事は、俺、ユリに今日の件、秘密にされてたって事だよな……」
 つまりは戦力外通告、もしくは関わって欲しくない、と思われたわけだ。
 それはユリに恋心を抱く小太郎にとっては、かなりの痛手だっただろう。
「なぁ、草間さん、小太郎のヤツ、ユリが好きなの?」
「なんやかやあって、そうなってるな」
「うわ、悲惨……。好きな女子から爪弾きにされるとか……」
「こらぁ! 聞こえてんぞぉ! 死体に鞭打つ仕打ちとか、やめてくれます!?」
 涙目になった小太郎を宥めるのに、ややしばらく時間がかかったという。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8636 / フェイト・- (フェイト・ー) / 男性 / 22歳 / IO2エージェント】

【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男性 / 17歳 / 超能力高校生】

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■         ライター通信          ■
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 工藤勇太様、ご依頼ありがとうございます! 『おいでませ、彼の日記帳』ピコかめです。
 最近はウチの子たちが動かす機会に恵まれ、ちょっとほっこりしております。

 勇太さん側は前半小太郎と、後半は草間さんとの絡みにしてみました。
 話の都合上、小太郎とは元から知り合い的な雰囲気になってしまいましたが、どんなもんでしょ?
 割りと歳も近いし、良い友人になれたりしないかな、と思っております。
 ではでは、また気が向きましたらどうぞ~。

カテゴリー: 01工藤勇太, ピコかめWR |

開かずのパンドラロッカー

「おぉ、荒れてる荒れてる」
 いつものネカフェでパソコンを覗きながら、呆れ顔で雫が呟いた。
 ヒミコが店に入ってきたのはそれとほぼ同時だった。
「雫さん、どうしたんですか?」
「あ、ヒミコちゃん、おっつー。これ見てよ」
 雫は親指でパソコンのモニタを指す。そこにはゴーストネットOFFのスレッドの一つが表示されていた。
 スレッドタイトルは『駅にある開かずの108番ロッカー』。
「開かずのロッカー……って、最近噂のアレですよね?」
「そう。これぐらいはあたしも聞いた事あるし、実物も見てきたんだけどね」
 開かずのロッカーとは、近所の駅にあるロッカーの内、たった一つだけどうやっても開かないロッカーがある、と言う噂である。
 雫が見てきた物も実際に開かず、鍵がかかっているようで、非力な女子高生の雫にはどうやってもこじ開ける事はできなかった。
 ただこの噂、別にオカルトがどうのこうのと言う訳ではなく、単にロッカーが開かないというだけで、板違いも甚だしい話題だったのだ。
「その噂がどうしたんです?」
「昨日だったか一昨日だったか、またスレが復活して噂に尾ひれがついてるのよ。ちょっと見てみ」
 画面がスクロールされると、そこには気になる一文が。
 フラリと現れる謎の鍵屋の鍵を使うと、そのロッカーが開き、その中のモノを得る事が出来る。
「これって……」
「不確定情報だけど、面白そうでしょ? ゴーストネットOFFの更新材料としては持ってこいだと思って」
「でも、この鍵屋さんってどこにいるんでしょう?」
「それを探すのがあたしたちの役目よ! 手がかりだってちゃんとあるわ」
 雫が指したのは一つのレス。
 そこに書かれてあったのは『それはパンドラの箱の様。希望は最後の一つに残されている』と言う、詩のような文章。
「なんだか不思議な詩ですね」
「気になるでしょ? 大体、このスレの流れはこのレスに対しての罵詈雑言になっちゃってるけど、あたしはこれが重要なヒントだと思ってるわ」
 無根拠な自信を持った雫だが、ヒミコもこの文字列が気になって仕方がなかった。
「パンドラの箱のお話が、開かずのロッカーに関係してるんでしょうか?」
「難しい事を考えるのはヒミコちゃんに任せるわ! あたしは行動行動。まずは鍵屋探しよ!」
「アテはあるんですか?」
「扉を開けてくれそうな、ギリシャ神話の神様でも探してみるわよ。その神様の話が手がかりになるかもしれないし」
 そう言って雫はネカフェを出て行った。
 残されたヒミコはパソコンの画面を見つめて、首をかしげた。

***********************************

 ところ変わって、ここは某高校の新聞部部室。
 そこにいたのは数人の男子高校生だった。
「あ、あの……」
 そんな中にあって、おずおずと手を挙げたのは工藤勇太。
 ホワイトボードに書かれてある文字列について、意見を述べようとしたのであった。
「なんだ、工藤。何か意見でも?」
「あー……その取材って、他の誰かがやるって事にはなりませんかね?」
 勇太の周りを取り巻いているのは全て上級生。
 故に勇太も幾分かしこまった態度を取らざるを得なかった。
 しかし、そんな勇太に対して、上級生は一切の手心を感じさせない。
「お前以外の部員は他のネタを追っている。ちょうど良く手が空いてるのはお前しかいないんだ」
「ぐっ……それは確かに」
 高校の掲示板に張るための壁新聞を作成している新聞部。
 それに所属している部員はみな、躍起になってネタを探している。輝かしい青春の一ページと言えよう。
 そんな中にいて、ネタを追いかけていない勇太は特異と言えた。
「工藤が偶に持ってくる、とある探偵事務所のネタは面白いと言えばそうだが……いかんせん読者の目を引かないしな」
「探偵事務所じゃなくて、興信所……」
「なんだ?」
「いえ、何でも……」
「とにかく、おいしそうなネタが転がっているのに、それを調査しないのは我が新聞部の沽券に関わる」
 今回調べるネタは学校内でもそこそこ話題になっているモノ。
 それを紙面に載せれば生徒の目も引けるだろう。
「期日は週末まで。それまでに原稿をもってこい。良いな」
「……はぁ」
 気のない返事を返すしかなかった。

***********************************

 やって来たのは駅のロッカーが立ち並ぶ一角。
 そこにあると言われる『開かずのパンドラロッカー』の噂は勇太も聞いていた。
 どうあっても開くことのないロッカー。そしてそのロッカーの鍵を持っていると言う鍵屋。
 噂の端々から感じられる、ちょっとしたオカルト風味に顔をこわばらせる。
 幾らオカルト興信所に入り浸っているとしても、元々はオカルト関係はあまり得意ではないのだ。
「出来れば何事もなく終わって欲しいもんだなぁ」
 校内にあったコンビニで買ったコーラを開け、ロッカーの見える位置で陣取る。
 恐らくこの辺で見張っていれば何かあるだろう、という漠然とした期待だが、それでもこれ以上積極的に動く気はなかった。
 噂を聞く限りでも大した情報は入ってこない。と言う事は誰も事件の核心には踏み込めていないのだ。
 そんな事件を勇太一人に任せたとなれば、『善戦むなしく、大した情報は得られませんでした』と報告したとして、先輩も何も言えまい。
 そんなわけで、出来れば何も起こるな、と内心祈りつつ、勇太はロッカーを眺めた。
 すると、ロッカーに近付く女性が二人。
 開かずのロッカーの話を聞いて見物に来る人間はいるそうだが、噂自体は既に下火。
 こんな時期に見物客が現れるのは珍しいと言えよう。
「なんだろう、あの二人……」
 興味を引かれた勇太は空いたコーラの缶をゴミ箱に捨て、その二人に近付いた。
「ちょっと、あんたら」
 勇太が声をかけると、二人が振り返る。
 その片方は見た事のある人物だった。
「あら? 勇太さんやないの。どしたん、こんな所で」
「うぉ、セレシュさん? そっちこそ、なにやってんだよ?」
 そこにいたのは金髪青眼の女性、何度か会った事もある人物だった。
 名前はセレシュ・ウィーラー。見かけは普通の女性だが、実は単なる人間でない事もやんわり知っている。
「うちらはこのロッカーを調べに。勇太さんは?」
「俺はちょっとそのロッカーに用事があって、見張ってたんだよ」
「見張るぅ? 何のために?」
「……新聞のネタのために」
 これまでのいきさつを軽く説明する。
 するとセレシュも、見知らぬ隣の女性もウンウンと頷いて聞いてくれた。
「と言うわけで、モノは相談なんだけど、セレシュさんもこのロッカーについて調べてるなら、協力してくれないか?」
 正直、一人で調べるよりも心強いし、取材に内容が伴えばもっと良い。先輩にも一矢報いる事が出来るだろう。
 勇太の提案に、セレシュはすぐに頷く。
「なるほど、勇太さんもロッカーの中身が知れれば御の字やんね」
「いや……うん、ちょっと微妙だけど」
 オカルトが苦手な勇太としてはそれは微妙な所だった。
「ちょっと良いかしら、お二人さん!?」
 そこに割って入ったのはもう一人の女性。
 どうやら勇太とあまり年恰好は変わらないようだが、この人は一体誰だろうか?
「そろそろ、そこの男子の紹介をお願いしても良いかな? あたしは結構、蚊帳の外って耐えられないタイプなんだけど!?」
「あ、ああ、雫ちゃんは勇太さんとは面識なかったんか」
 勇太の方にも覚えはない。誰だろう、どこかで見た覚えはあるのだが……。
「状況を整理するために、ちょっと場所を移動しようぜ。近くに喫茶店もあるし」

***********************************

 そんなわけで近くの喫茶店。
 四人掛けのテーブルに各々頼んだ物を置いて、一息つく。
「へぇ、どこかで見た事あると思ったら、あんたがあのSHIZUKUか」
「ふふん、天下のアイドルとお茶出来てるんだから泣いて感謝しても良いのよ?」
「なんか、あんま嬉しくねぇな」
「な、なにおぅ!!」
 勇太の知らなかったもう一人の女性は、テレビにも出ているアイドル、SHIZUKUこと瀬奈雫だった。
 道理で見た事あるような気がしたわけである。
「自己紹介も終わった事やし、今後の予定を話そか」
 ポンと手を打ったセレシュに勇太も同意する。
「情報整理って言ったけど、俺もそっちもあんまり情報はもってないっぽいしな」
「一応、ゴーストネットOFFの当該スレッドは随時確認してんねんけどな。それっぽい情報は皆無やで」
「じゃあ、今持ってる情報の考察とかはどうよ?」
「考察ねぇ……」
 ヒントとなりそうな物と言えば『それはパンドラの箱の様。希望は最後の一つに残されている』と言う不思議な文言。
 そこから考えられそうな物と言えば……。
「ロッカーの番号が108ってのもなんか関係あるんじゃない?」
「せやけど、パンドラの箱、もしくはパンドラの壷ってのはギリシャ神話やろ? ギリシャ神話に108に関係するお話なんかあったかな?」
「俺はその辺、あんまり詳しくないぞ」
「威張って言う事じゃないわよ」
 とりあえず、ここはギリシャ神話と108は関係ない、と言うことで話を進める。
「ギリシャ神話と108が関係ないってことは、この開かずのロッカーにもあんまりギリシャ神話が関わってねぇってことなんじゃないか?」
「じゃあパンドラの箱って何よ?」
「神話では結構簡単に開くみたいやしな。パンドラさんが勝手に開けちゃったって感じやし」
「うーん……確か、パンドラの箱って最後には希望が残ってるって話だろ? だったら、そのロッカーにも希望ってやつが詰まってるんじゃ?」
「あたしはロッカーの中には災いが詰まってると思うなぁ。108ってのも不吉だし」
 108と言って最初に思い浮かんだのが『煩悩』だからであろう。
 正確に言えば煩悩は災いとは違うのは余談。
「中身の話よりも先に開けるための手段やな。鍵屋っちゅー人間を探さんと、ロッカーの中身を検めも出来んで」
「鍵屋に関しては、ふらっと現れる、としか言われてないし、探すのも難しそうね」
「この近くの鍵屋に聞いて回れば見つかるんじゃねぇの?」
「そんな簡単なら良いんだけどねぇ」
 ため息をついて、雫はアイスティーを飲んだ。

 勇太も飲み物を口に含んで、一人思案する。
 気になるのはパンドラの箱の記述。
 確かあの神話ではパンドラの箱の中に災いが詰まっていて、最後に残ったのが希望だったと言う。
 だとしたら、あのロッカーの中に希望が入っていたとして、それを見つけられなければ鍵屋には行き当たらない、と言う事では?
 ならばロッカーを開けられなければ鍵は手に入らないし、鍵がなければロッカーはあかない、と言う妙な矛盾が発生してしまう。
「ぬ、ぬがぁぁぁ……いかん、大分混乱してきた」
「勇太ちゃんはもしかして、頭脳戦は不得意系?」
「わ、悪かったな!」
「大丈夫大丈夫、その気持ち、よくわかるわぁ」
 何を隠そう、雫も頭を使った仕事はあまり得意ではない。
 その方面はどちらかと言えば相方のヒミコの役割であった。
 彼女をおいてきたのは失敗だったかもしれない。
「とりあえず、鍵屋を探さん事にはどうしようもないなぁ」
 考えが結論に至らなかったか、苦笑を浮かべたセレシュが口を開いた。
「んな事言っても、鍵屋の手がかりだってないぜ?」
「ふらっと現れるって言うんだから、適当に呼んだら来るんじゃない? おーい、鍵屋さーん」
「そんなバカな事が……」
 あるわけがない、と続けようとした時、見知らぬ男が四人掛けのテーブルの空いてる席に座った。
「なっ!?」
「お呼びかな?」
「……え?」
 呼んだ本人である雫も面を食らった。
 物凄く自然に、何の前触れもなく現れたその男。
 出で立ちは黒の外套にシルクハットを被った老紳士……と言えば良いだろうか。
 場違いな事この上ない恰好ではあるが、近付かれるまで気配すらなかった。
 一見して、ただ者でない事が窺える。
「おや、私を呼んだのではなかったかな?」
「え? あ、あなたが鍵屋さん?」
「そう呼んだのだろう? だったら、私が鍵屋だ」
 ホントにふらっと現れた鍵屋。
 突然すぎて思考が停止してしまったが、特に敵意らしきものは感じられない。
「嘘やろ、こんな簡単に見つかるなんて……」
「簡単とは言うがね、お嬢さん。私は誰の前にでも姿を現すわけではないよ」
 紳士は帽子を取り、モノクルの奥からセレシュを覗く。
「私は本気であのロッカーに挑もうとしている人物の前にしか現れない。君たちはそれに値した、と言うだけだ」
「他のやつらは本気じゃなかったってか……まぁ、ありえるかもな」
 噂は下火。デマであると決め付けている人間すらいる。
 そんな中で必死でロッカーの手がかりを探している人間は他にいまい。
「さて、君たちが鍵を求めるのならば、私はそれに応じよう」
 そう言って、紳士はテーブルの上にロッカーの鍵を置いた。
 キーホルダーには確かに『108』と書かれてある。
「これが本物であるって証拠は?」
「疑うのは構わないが、別に君たちが損をするわけではないだろう?」
「受け取った瞬間に何か呪い発動! とか?」
「……ふむ、確かに私は信用され辛いと自覚しているがね、そちらのお嬢さんならば、この鍵になんの罠も仕掛けられていない、とわかるのではないかね?」
 紳士はセレシュを見やる。
 セレシュも黙って頷いていた。
「大丈夫なのかよ、マジで」
「うちの見た感じ、開錠の魔法以外は感じられん……」
「わぉ、セレシュちゃんってそんな事もわかるんだ?」
「まぁ、一応な。……で、これはタダでもらってええんやね?」
「ああ構わんとも」
 勇太から見ても他意は感じられない。
 念のため、テレパスを行使しようとしたのだが、それも憚られた。
 テレパスを逆に乗っ取られるような危機感を感じたのだ。
 この老紳士、見かけによらずとんでもない物を内側に飼っているような気がする。
「鍵はここに置いていこう、どうするかは君たちの勝手だ。それでは私はこれで……」
「待ってや」
 立ち去ろうとする紳士をセレシュが呼び止めた。
「この噂を流したの……ううん、開かずのロッカーを作ったのはあんたなんか?」
「ええ、そうだとも」
「どうしてこんな事をしたか、聞いてもええですか?」
「……そうだな。答えよう。賭けをしたからだよ」
 老紳士は自分のあごを撫でて、答える。
「少し前に、とある少女とね。もし、ロッカーの扉を開けるような人物が現れたなら、君の勝ち。私はその少女を解放する。そうでなければ私の勝ち、と言った内容だ」
「少女? この開かずのロッカーに関係あるのか?」
「ロッカーを開けるためには、直接関係はないよ。……これ以上は私の口からは言えないな」
 老紳士は帽子を被りなおし、背中を向けた。
「では、君たちが彼女を救える様、祈っているよ」
 そう言って、老紳士は現れた時と同じように、何事もなく消えていった。
 それは今まで霞か何かを前に話していたような感覚に似ている。元々そこに老紳士がいたのかどうかすら怪しいぐらいだ。
「な、なんやったんや」
「でも、夢やなんかじゃなく、あのおっさんがいたのは間違いなさそうだな」
 テーブルの上には確かに108の鍵。
 雫はそれを引っ付かんだ。
「いくわよ、勇太ちゃん、セレシュちゃん! ロッカーの中身とご対面ってね!!」

***********************************

 一行は再びロッカーの前に戻ってきた。
 その手には108番の鍵。
「良い、二人とも? 開けるわよ?」
 それを持っている雫は、後ろに控えるセレシュと勇太に確認を取り、ロッカーの前に立つ。
 そして静かに鍵穴に鍵を差し込んだ。
 一度ツバを飲み込み、意を決して鍵を回す手に力をこめる。
 鍵はなんの苦もなく回り、ガチャンと音がして鍵が開いた事を示した。
「おぉ! 開いたで!」
「は、早く開けてみようぜ!」
 興味津々の二人の期待を受け、雫はそのロッカーを開ける。
「げっ!」
 すると、そのロッカーから泥がバシャバシャと音を立てて溢れてきた。
「な、なんだこりゃ!?」
「これが、パンドラロッカーの中身?」
 泥の量はさほど多くなかったので、目の前に立っていた雫の服を汚す事もなかったが、ロッカーと床が汚れてしまった。
 しかし、これが苦労して開けたロッカーの中身とは……。
「いたずらにしてはなんと言うか……」
「悪質やな。あのおじさんも茶目っ気が過ぎるで……」
 やはりパンドラの箱の中身は災い、と言う事なのだろうか。
 しかし、この箱の中には一片の希望すら窺えない。
 中に詰まっていたのは泥だけ。
「ねぇ、セレシュちゃん、勇太ちゃん……本当にこれだけだと思う?」
 珍しく思案顔をしている雫が二人に問いかけた。
「まだ何かあるかもしれないってか? まぁ、宝探しの最後がこれじゃ、どうしようもないけどさ」
 勇太はロッカーの中身を携帯電話で写真に取りながら答える。
 一応、これで新聞部に持っていくネタは出来た。
「パンドラの箱には最後に一つ、希望が残るはずでしょ? それが泥だけなんて……あたしは何かあると思う」
「雫ちゃんがそう思うのもわからんでもないけどなぁ……このロッカーの中には何もなさそうやで」
 セレシュがロッカーの中を覗くが、特にこれと言って仕掛けも見当たらない。
 勇太も傍目から覗いてはみたが、泥以外には何もないし、サイコメトリーも感知されない。
 恐らく、108番ロッカーにはもう何もないだろう。
 ……と思っていたら。
「待って、これは……」
「どうしたの、セレシュちゃん?」
「108番ロッカーの下……109番に何か妙な気配が」
 見ると、109番のロッカーも使用中なのか、鍵が刺さっておらず、開きそうな感じもしない。
「妙な気配って具体的にどんな?」
「108番にかけられていた魔法と同じ気配がする。雫ちゃん、その鍵、貸して」
 セレシュは雫から鍵を受け取り、109番のロッカーに刺す。
 すると鍵は108番と同じように刺さり、回り、鍵を開けた。
「こ、これって」
「もしかして……」
「こっちが本当のパンドラロッカー……!?」
 セレシュが109番のロッカーに手を伸ばす。
 扉はカチャリと静かに音を立てて開いた。
 中に入っていたのは……
「これは、いたち?」
 中を覗いた雫が首をかしげる。
 ロッカーの中で丸まっていたのはいたちなのかフェレットなのか、とりあえずそんなシルエットの動物。
 その動物は首をもたげ、セレシュと勇太を見た後、ロッカーの外へ出た。
「おわ!」
 すると、その動物は先ほどの老紳士と同じく、霞のように掻き消えてしまった。
 後に残ったのは、開いたロッカーが二つ。
「な、なんだったのよ、一体?」
 首をかしげるのは雫ばかりだった。

***********************************

「と言うわけで、開かずのロッカーは開きましたとさ」
 家で原稿用紙に文字を書き連ねていた勇太は、凝り固まった背中を伸ばすために、椅子の背もたれをグッと押した。
 今思えば、109番のロッカーに入っていたあの動物、あれはいたちでもフェレットでもなく、かわうそだったのだ。
 そして老紳士の言っていた言葉『彼女を解放する』と言う言葉。
 恐らくはあの老紳士は、かわうそと契約した神様で、今回のロッカー事件は神様とかわうその賭けだったのだ。
 未来永劫続く召使生活、それを回避するためにはあの109番ロッカーを開けなければならなかった。
 その役目をセレシュと勇太が負ったのは、偶然だろうか、それとも必然だろうか。
「はぁ……これで先輩に提出する分も出来たし……あの娘もちゃんと救われたんだよな」
 窓から外を見ながらそんな事を呟いた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8538 / セレシュ・ウィーラー (セレシュ・ウィーラー) / 女性 / 21歳 / 鍼灸マッサージ師】

【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男性 / 17歳 / 超能力高校生】

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■         ライター通信          ■
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 工藤勇太様、シナリオに参加してくださってありがとうございます。『実は前後編でした』ピコかめです。
 黒い炎と一緒に楽しんでいただければと思います。

 今回は新聞部のお仕事いう事で、ちゃんと解決して記事にも出来ると思います。
 先輩からのお咎めもきっとないでしょうが、噂自体が立ち消えてしまうので紙面に載っても衆目は集められないでしょう。
 新聞部の明日はどっちだ!
 ではでは、またよろしければどうぞ~。

カテゴリー: 01工藤勇太, ピコかめWR |

黒い炎

草間興信所のドアが叩かれる。
「どうぞ、開いてるよ」
 零がいなかったので、所長の椅子に座っていた武彦がぶっきらぼうに応対した。
 ドアが開かれると、そこにいたのは和装の少女。
 十代半ばだろうか。見目は麗しいが、どこか小動物っぽい愛らしさも窺える。
 少女が口を開く。
「あ、あの。依頼したい事があるのですが」
 ちょっと甲高い声の少女は、そう言う。
「ああ、依頼ならウェルカムだ。ただし、オカルト以外な」
 武彦は少女に部屋へ入るように促し、タバコの火を消す。

「で、依頼とはどういう内容かな?」
「……あ、あの……」
 言いよどむ少女は、キョロキョロと忙しなく視線をさまよわせた。
「……く、草間さんは、最近噂の『黒い炎を操る男』というのをご存知でしょうか?」
「ご存知たくなかったが、まぁ、知らん方がおかしいだろうな」
 最近起きている放火事件の犯人と思しき人物。それが黒い炎を操る男。
 何もないところから火を噴出させ、周りにあるモノを焼くと言う異能の持ち主。
 聞けば、その男はどうやら前科持ちで、刑務所から出所してそれほど経っていないという。
 IO2も対応を始めようとしている案件である。
「まさか君は、その男の縁者だとでも?」
「はい……お願いします。あの人を止めてください。あの人は悪い人じゃないんです」
「オカルト話は却下だ! ……と言いたいところだが……」
 武彦は頭をおさえる。
 元来の人の良さと、興信所の抱える財政難を考えれば、仕事を選り好みしている状況ではないのだ。
 これを断ったとあれば、零にも何を言われる事やら。
「つっても、お嬢ちゃんが金を持っているようにも思えないしなぁ……」
「お、お金の事でしたら、ちゃんと預かってきてます」
 そう言って巾着から取り出したのは、現金ではなく宝石。
 粒の小さい物ではあるが、換金すればそこそこの値段になるだろう。
「お願いします! どうか、どうか……」
 一生懸命頭を下げる少女を前に、武彦はどうしたものかと頭を悩ませるのだった。

***********************************

「これで依頼を蹴ったら、正直引くでぇ」
「うんうん、男としてどうかと思うぜ」
 興信所の隅で頷く影が二つ。
「お、お前ら、いつからそこに!?」
 武彦ですら気付かない内に、その二人は興信所に入り込んでいた。
 その二人とはセレシュ・ウィーラーと工藤勇太であった。
「いつからって、なぁ?」
「依頼人が来た時には既にいたよな?」
 仲良さげに首を傾げあい、そんな風に語る二人。
 武彦も既に追及する気をなくし、俯いてため息をつく。
「で、で? 武彦さん、受けるんやろ? 泣いてる女の子をほっぽりだすとか、考えられへんで!」
「……まぁ、別に受けないとは言わんが……」
「もう諦めろって、草間さん。オカルト探偵の烙印は既に消せないレベルだぜ?」
「うるせぇ、勇太は黙ってろ!」
 二人の野次を一蹴しつつ、武彦はこめかみを抑えて少女に向き直る。
「その依頼、確かに受けよう。俺たちが何とかしてやる」
「ほ、本当ですか!」
 少女は表情を明るくして立ち上がる。
「な、なんとお礼を言っていいか……!」
「礼なら依頼が終わった後にしてくれ。解決できるとも限らんからな」
「そうやで、女の子はお礼を安売りしたらいかん」
 セレシュは少女の手を取り、言い聞かせるように言う。
「もしかしたら武彦さんかて、おっそろしいド外道かもしれへんやろ? そうなったら大変やで」
「おいおい、本人の前で言ってくれるな」
 武彦は渋い顔をしながらも、諦めたようにシケモクをくわえて火をつけなおした。
 お礼の安売りを良しとしない、と言うスタンスには同意らしい。
「とりあえず、草間さんも依頼は受けたわけだし、あんたの名前を聞いてもいいかな」
「まぁ、勇太さん、ナンパっぽいで」
「え? マジ?」
 二人のやり取りを見てクスクス笑いながら、少女は改めて頭を下げる。
「申し送れました。私は『カブソ』と申します。妖怪崩れです」
 そうやって自己紹介する少女、カブソ。
 武彦は危うくタバコを取りこぼしそうになっていた。
 この少女が依頼を持ちかけた時点で既に、オカルト話は確定だったのだった。

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 妖怪カブソとはかわうその妖怪とされている。
 元々狐や狸のように人を化かすと言われているかわうそだが、少女からは人を騙すような雰囲気を全く感じられない。
「妖怪ねぇ……」
 武彦は少女をしげしげと眺める。化けたにしては耳も尻尾もないし、完全な人化だ。
 ここまでレベルの高い変化を使える妖怪が、妖怪崩れと自称するには何かわけがあるのだろう。
「普通、動物が妖怪になるには、寿命の何倍も長生きしないといけません」
 少女はポツリポツリと事情を話し始める。
「ですが、私は普通よりも短い時間で事切れました」
「どゆことなん?」
「私は親を早くに亡くした、孤児だったんです。でも、あの人が拾ってくれて……」
 あの人、と言うのは恐らく、依頼の対象にもなっている放火魔のことだろう。
 少女が親愛を込めて『あの人』と呼ぶのが多少気になるが、それは順を追って説明してくれるだろう。
「拾ってくれたってのは、そいつが出所した後か?」
「ええ、私が妖怪化したのも最近の事ですし。あの人は私を看取ってくれて、亡骸を見て涙もこぼしてくれました」
「俺の想像してた放火犯とは違うなぁ」
 勇太が頭を掻いて零した。
 確かに、出所後間もなく放火を始めるような人間が、そんな心温まるエピソードを持っているとは意外だ。
「そんな人が今、悪事を働いていると知って、私はどうしようにもいられなくなり、神様にお願いしてたった一度だけ現世に戻してもらったのです」
「それがその、妖怪崩れの姿ってことか」
「どこの神様だか知らんけど粋な事するやん」
 大体の話を聞き終えたところで、武彦はタバコを灰皿に押し付けた。
「つまりお前は、命の恩人であるその男の悪事を止めたいがために、神頼みまでして妖怪になった。でも自分一人の力だけじゃどうしようもないから俺に助けを求めたってことで良いんだな」
「はい。その通りです」
 少女の真っ直ぐな瞳を見て、武彦は腰を上げた。
 これだけ純粋な、まじりっけのない良い話を聞かされて動かなければ、それはド外道と呼ばれても仕方あるまい。
「それじゃあまぁ、いただいた依頼料の分は働きますか」

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「俺もその放火事件、ニュースとかでよく見てたけど、まさか異能とはね」
 手分けして犯人の足取りを追う事になったので、勇太は武彦と共に町に繰り出していた。
「自然発火能力、パイロキネシスって言ったっけ? そんな能力者が町にうろついてるなんて、物騒だなぁ」
「危ないからガキは帰ったらどうだ?」
「んな事言って、草間さん一人じゃどうしようもないくせに」
「……そんな事はない。俺は一人でも大丈夫だぞ」
「はいはい。……んで、どこに向かってんの?」
 適当に話題を変えた勇太は、前方を見やる。
 周りは住宅街だ。
「過去の事件をざっと調べるに、犯人は民家に放火をするケースが多い。何を狙っているのかは知らんが、この辺の住宅街を仕事場にしてるのは間違いないだろう」
「ふぅん、じゃあその辺の燃えそうな物をどかしておけば、ちょっとは邪魔になるかな」
「そんな簡単ならいいんだけどな」
 道を歩きながら、武彦はタバコをふかした。

「考えてみたんだけどさ」
 住宅街を歩きながら、勇太は指を立てる。
「その男が出所して、すぐに行きそうな場所ってどこだろう?」
「さぁな。俺たちはその男の人となりを知らなすぎる。どこに行くのか見当もつかないからこうして適当に歩いてるわけじゃないか」
「出掛けにあの娘にちょこっと聞いてみたんだけど、あの娘もあんまり知らなさそうだったしなぁ」
 今はセレシュに同行している少女に聞いたところ、詳しい事はよくわからないそうだ。
 あの少女にとっては、男は心優しい恩人であった。それ以外の情報はほとんどない。
「あ、でも一つだけ聞けた事があったな」
「なんだよ? くだらない事だったらデコピン一発だからな」
「うわ、横暴。……なんか、その男の能力なんだけど、男が捕まる前は……って言うか、あの娘が一緒にいた時期には持ってない能力だったらしいぜ」
「……つまり、最近になって能力が開花したってことか」
「どうやって能力を手に入れたのかは知らないけど、そうらしい」
 研究所に色々いじくられた勇太にとっては、胸糞悪い話である。
 その男の能力取得に他意があったのなら、もしかしたらあの研究所の関係者なんかが関わっているかもしれない。そう思うと、反吐が出そうだった。
 そんな感情を隠しながら、武彦の隣を歩く。
「もしかしたら、手に入れた能力をひけらかしたい、愉快犯かもしれない」
「……愉快犯ね。だとしたらあの妖怪娘はまんまと騙された事になるな」
 男を恩人として慕っていた少女。
 そんな子を騙して、今も悪行を働いているのだとしたら、情状酌量の余地もない。
 しかし、違ったなら。
 少女の思うとおりの心優しい男だったのなら?
「ぐあー、わかんねぇなぁ!」
「冷静になれよ、勇太。探偵が諦めたら事件は迷宮入りって、どこぞの漫画でも言ってたぜ」
「漫画のセリフを引用されてもなぁ……」
「それより、あの娘から聞けた事、他にはないのか?」
「え? えっと……」
 勇太は首を捻って記憶をあさる。
 そう言えば、もう一つ情報を得ていた。
「その男の前科ってのが強盗殺人だって聞いたぜ」
「強盗殺人……だとしたらそこそこでかい事件になってそうだな」
「もしかしてさ、その事件に関わった人間をさがしてるのかも? 実は強盗殺人も冤罪だった! とか」
「妖怪娘の印象を信じすぎている気もするが……ありえない話でもないか」
 元々復讐を考えていた男が、能力と言う便利な道具を手に入れて実行に移し始めた、となれば十分ありえる話だ。
「今まで放火された事件の関連性を調べてみよう」
「それなら、向こうがやってるっぽいぜ」
「連絡を取ってみるか」
 武彦は携帯電話を取り出し、セレシュたちと落ち合う事にした。

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 武彦の集合号令に従い、集まったのは住宅街。
 男が活動範囲として動いているだろうという疑いがある場所だ。
 そこで情報を交換した一行。
 武彦はセレシュから聞かされた、ここ最近の放火事件の関連性について考える。
「パッと聞いた感じ、あまり関連性があるようには思えないな」
「男が復讐してるって線はなし?」
 勇太が隣で憮然としているが、武彦は思案を止めない。
 代わりに少女が前に出る。
「あの人は確かに罪を犯しましたし、被害者から仕返しをされる原因はありますが……でもあの人が自発的に復讐をするとは……」
 語尾が先細る。
 事件の情報を集めるうちに、少女も男の柔らかな笑みに嘘があったのではないかと、疑心を抱いてしまっているのだ。
「うちはこの娘の言う通りの人であって欲しいけどな。でなきゃ、この娘が可哀想やで」
「でも、人の嘘を見破るのって結構難しいぜ? テレパシーでも使えれば別だけど……」
「……なぁ、武彦さんはどう思う?」
 セレシュに尋ねられて、武彦は顔を上げた。
 確かめるように、ポツポツと言葉を零し始める。
「男は前科持ち、復讐によって家を焼かれ、その後放火に走る……」
「冤罪の復讐って線なら、その男の家を焼いた被害者家族のところに行くかな?」
「でも、その被害者の親ってのも、もう捕まってるんやで? もぬけの殻の家に放火して、復讐がなるとも思えん」
「前科の事件が冤罪である可能性……妖怪娘を助けた前例……」
 事件を整理するたび、男の二面性が際立ってくる。
 本当の男の顔はどっちなのか、判断がつかない。
 もしくは、どちらも本当の顔だというのか。
「……もしかしたら、男は能力に振り回されてるのかもしれない」
「能力に?」
 一つ、答えを出した武彦に、勇太は鸚鵡返しに尋ねる。
「ああ、そうだ。能力に目覚めた人間は、開花のすぐ後、能力を使いこなせず力に取り込まれてしまう例はかなり多い」
「……今回の場合はパイロキネシスだしなぁ。割りと強力な能力だぜ、アレは」
 発火能力ともなれば、人を殺すのも容易い。それは強力な能力といって差し支えないだろう。
 勇太のいた研究所にもパイロキネシストはいたが、かなり強力な能力者として扱われていた。
 それだけ強大な力を有せば、心がおかしくなっても仕方がない。
「じゃ、じゃあ、この娘の信じてる男もホンマって事で、ええんね?」
「俺の推理の上でしかないけどな」
 少女はセレシュと顔を見合わせ、小さく笑みを零す。
 しかし、武彦の方は難しい顔を崩さなかった。
「そうなると問題は……事件の発生に法則性が見られない事だな」
「愉快犯……とはまた違うかもしれないけど、手当たり次第に放火して回ってるってんじゃ、先回りは出来そうにないな」
 犯行の法則性でもあれば、次のターゲットを推測する事はできるが、これではそうもいかない。
 放火した後、ずっとそこに居座るわけもないだろうし、後手に回れば取り逃がす確率が高い。
「あ、あの、お役に立てるかどうかはわかりませんが!」
 少女が手を挙げる。
「わ、私、ある程度の範囲に火避けの結界を張る事が出来ます」
「ほぅ、そりゃまた妙な特技を」
 一応、カブソは水妖。火とは相容れない関係となっている。それを打ち消す事も可能ではあろう。
「もし、あの人が火をつけようとしたところで、私が結界を張っていれば、放火にも手間取るはずです」
「じゃあその後は俺の出番だな。テレパシーを使えば、近くの人間の悪意なら感じ取る事が出来るぜ」
「大丈夫かよ、お前。テレパシーは一番苦手だって言ってたろ?」
「こう言う時ぐらいは役に立つって。まぁ見てな」
「うちかて、防火の魔法も使えるし、ある程度は補助魔法も使えるで。能力の底上げくらいは手伝える」
「……じゃあ、セレシュが妖怪娘と勇太の補助に回って、妖怪娘は結界、勇太はテレパシーで犯人の妨害と位置特定。これで良いな」
 と、一応対策も立てられたので、一行は行動に移る事にした。

***********************************

 時刻は夜。星が天に瞬いている。
 一行は場所を移動し、出来るだけ住宅街をカバーしやすい、中心付近に陣取っていた。
「大丈夫か?」
「はい、まだまだいけます」
 犯人がいつ動いているかわからない以上、常に気を張らねばならない。
 少女はずっと結界を張り続け、勇太も休み休みだが、テレパシーを広域で張り巡らせている。
 二人の間でセレシュも補助魔法を操り、二人のサポートをしていた。
 武彦は腕時計を見る。
 能力を使い始めてから数時間経とうとしていた。
「これで、今日は犯人が動かない日、とかだったら笑えないな」
「やめてくれ、草間さん。こっちは結構必死なんだ。冗談でもそういう事言わないでくれ」
「う、すまん」
 本当に必死そうな勇太を見て、武彦は素直に謝った。
 ……その時。
「来た!」
 勇太のテレパシーに感あり。
 住宅街の一角に、相当な悪意を持った人間が現れたのだ。
「どこだ!?」
「こっち! 割りと近くだ」
 勇太の案内で、一行はその悪意を持った人物の元へと向かう。

 そこにいたのは一人の男。
「あ、あの人です!」
 最後尾を走っていた少女が叫ぶ。
 どうやら犯人に間違いないらしい。
「そこのヤツ! 止まれ!」
 物陰でごそごそしていた男は、勇太の声に反応して顔を上げた。
「……誰だ、お前ら」
「俺たちはえっと……」
「アンタを逮捕しに来たんや!」
 セレシュがビシっと指をさして宣言する。
 すると、男は俄かに身構えた。
「お前ら……俺をまた捕まえるつもりか。またッ!!」
「来るで」
「おぅよ。草間さんたちはちょっと下がってて!」
 勇太とセレシュが武彦と少女をかばうように前に立つ。
 もう少し具体的に言うならば、最前列が勇太、そのちょっと後ろにセレシュ、更に後方に武彦とカブソといった感じの立ち位置である。
「邪魔をするなら、お前たちも燃やすッ!」

 先に動いたのは男だった。
 その手からは既に黒い火の粉がチリチリと噴出している。
 しかし、それだけでは不満らしい男は、顔を歪ませる。
「くそっ! なんでだ! どうして炎が出ない!」
 少女の火避けの結界が効いているのである。
 この結界の中にいる限り、炎は著しく弱められる。
「チャンスだ、セレシュさん! 取り押さえよう!」
「ええで!」
 勇太はサイコキネシスを操り、セレシュは捕縛魔法を唱える。
 二段構えの金縛りにあった男は、その場に倒れてしまった。
「ぐっ! クソッ! くそぉ!!」
 もがこうにも指先すら動かせない男は、怨嗟の声を辺りにぶちまけるしか出来なかった。
「どうして……どうして俺がこんな目に遭うんだッ! どうして他のやつらは……ッ!!」
「やっぱり逆恨みって事か……。悪いけど、あの娘が言うような人間には思えないな」
 武彦は遠巻きから男を眺めて、そう呟く。
 幾ら能力に飲み込まれたとしても、犯行動機が自己中心的過ぎる。
 それを傍で聞いていた少女は、意を決して男に近づいた。
「あ、危ないで!」
「大丈夫です」
 セレシュの制止を振り切り、少女は男の目の前に立つ。
「お久しぶりです。私の事、わかりますか?」
「……お前は」
「あなたに助けていただいた、かわうそです。信じられないでしょうけど……」
「かわうそ? ……あの時のか」
 狂気しか見られなかった男の顔に、少し別の感情が灯る。
「お前、死んだんじゃなかったのか?」
「ええ、一度は確かに死にました。でもあなたがこんな事をしていると知って、いてもたってもいられなかったのです」
 少女は身動きの取れない男の顔を抱いた。
「あなたは本当はこんな事をする人ではないはずです。手に入れてしまった力に中てられただけなんですよね」
「……ぐっ、うう……」
「もう大丈夫です。苦しむ必要なんかないんですよ」
 少女の優しい言葉に、男は大声を上げて泣いた。
 勇太もセレシュも、既に男の束縛を解き、武彦のように二人を遠巻きから眺めた。

 それから黒い炎の放火事件はパタリとやんだ。

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「俺が調べたところな」
 全て終わった後、興信所のあるビルの屋上に勇太と武彦がいた。
「あの男の前科、強盗殺人ってのはやっぱり冤罪だったらしい」
「……そっか」
「なんだかって組織に属していたらしくてな。そこの幹部がやらかした事の尻拭いに、あの男が罪を被ったそうだ」
「うへ、嫌な上下関係だぜ」
「だが冤罪を立証できず、そのまま実刑、根が真面目だったあの男も無実を訴える事なく刑期を全うした」
「そんで、最後には異能犯罪者になって、また逮捕かよ」
 聞けば聞くほどいたたまれない。
 男は無実の罪で投獄され、帰ってきたら被害者家族に恨まれ、そして今回の事件を起こした。
 状況から見れば男がこの世を恨んでしまったのも仕方がない事といえよう。
 ただ、恨みに恨んで出た行動が間違っていたのだ。
「出所後すぐにこんな事件だ。情状酌量の余地もなし。恐らく重たい刑が待ってるだろうな」
「どうにか……出来ないもんかな?」
 このままでは男があまりに不憫すぎる、と思ったのだろう。
 勇太は武彦に尋ねて見たが、彼はタバコをふかしてカラッと言う。
「無理だろうな。これで刑を軽くしようモンなら、反省した振りのヤツらが調子に乗る」
「はぁ……なんか嫌な世界を垣間見た気がする」
 勇太は重苦しい事実を突きつけられ、がっくりとうなだれるのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8538 / セレシュ・ウィーラー (セレシュ・ウィーラー) / 女性 / 21歳 / 鍼灸マッサージ師】

【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男性 / 17歳 / 超能力高校生】

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■         ライター通信          ■
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 工藤勇太様、シナリオに参加してくださってありがとうございます。『ビターエンド!』ピコかめです。
 こう言うエンディングは個人的には嫌いじゃないけど、どんなもんでしょ。

 基本お任せ、という事でしたので、ある程度はプレイングを尊重しつつ、俺の動かしやすいように動かさせていただきました。
 武彦さんと事件の裏側固めとか、犯人の心情部分を読み取るためのパートを作れたのはとても良かったと思います。ありがたい!
 事件解決にも苦手なテレパシーで一役買っていただきまして、ライターとしては割りと活躍していただいたと思っております。
 ではでは、また気が向きましたらどうぞ~。

カテゴリー: 01工藤勇太, ピコかめWR |

限界勝負inドリーム3

ああ、これは夢だ。
 唐突に理解する。
 ぼやけた景色にハッキリしない感覚。
 それを理解したと同時に、夢だということがわかった。
 にも拘らず目は覚めず、更に奇妙なことに景色にかかっていたモヤが晴れ、そして感覚もハッキリしてくる。
 景色は見る見る姿を変え、楕円形のアリーナになった。
 目の前には人影。
 見たことがあるような、初めて会ったような。
 その人影は口を開かずに喋る。
『構えろ。さもなくば、殺す』
 頭の中に直接響くような声。
 何が何だか判らないが、言葉から受ける恐ろしさだけは頭にこびりついた。
 そして、人影がゆらりと動く。確かな殺意を持って。
 このまま呆けていては死ぬ。
 直感的に理解し、あの人影を迎え撃つことを決めた。

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『サンプリング開始、オリジナルを起こせ』
 勇太の頭の中に声が聞こえる。
 いや、これは、スピーカーからの音だ。
『オリジナルの覚醒が遅いな……』
『かまわん、サンプルどもの扉を開けろ』
 勇太から程はなれた場所で、プシュと音がして、壁がいくつか展開される。
 その中には少年少女が一人ずつ、納められていた。
 頭には観測用の機器がつけられており、その目には生気が感じられない。
(……くそっ、なんだって言うんだ)
 遅まきながら、勇太も目覚め始める。
 勇太も同じように、壁に隠されていた部屋に、一人で寝かされている。
 具合の悪さを覚えながらも、フラフラと起き上がり、頭を振って状況を確認する。
 部屋から出ると、そこは円形の大部屋。白い壁以外は何もない、だだっ広い空間である。
(覚えがある……この部屋は確か……)
 勇太の記憶の中、封印しておきたいカテゴリの中に、この部屋の存在がある。
 能力者の研究所で行われていた、能力者同士の戦闘。それを行うのがこの部屋である。
「また気分の悪い夢だな!」
 勇太は自分の足で床に立ち、眼前に広がる大部屋を睨みつける。
 大部屋には既に、勇太の対戦相手である少年少女が五名ほど、おぼつかない足取りで立っている。
 あの五人を倒さなければ外へは出してもらえないが、正直乗り気ではない。
 能力を使うのだって嫌なのに、その相手が何の罪もない、同じ境遇の子供を打ち倒すのに使われるのならば、反吐が出て当然だ。
「せめて、あの壁をどうにかできれば……」
 壁には特殊なコーティングが施され、こちらからテレポートで外へ渡ることもできず、大概の超能力は無効化されてしまう。
 素手で分厚い壁を破る事が出来るわけもなし、勇太にはどうすることも出来なかった。
 しかし易々と諦めるのも癪だ。何か方法があれば憎き研究者たちに報復する事も可能なのだが……。
 そんな事を考えている内に、相手に動きが見えた。
「仲良く脱出の算段をするわけにもいかなそうだな」
 小さく舌打ちし、とりあえずは迎撃する事に決めた。

 はじめに襲い掛かってきたのは、異常なまでのスピードで迫ってくる少年。
 彼の能力はどうやら身体強化らしい。百メートル近くあった間合いが瞬く間に詰められる。
 そのままの勢いで突っ込んできた彼を、勇太はなんとか紙一重で避ける。
「あっぶね……ッ!」
 今の突進、当たればひとたまりもなかっただろう。
 相手は本気で勇太を殺そうとしている。
 それもそのはず、彼らは研究員から色々な実験を受けた上に、薬物も投与されている。
 既に正気などないのだ。
 やりにくい、と素直に感じる。
 だがそれでも負けるつもりなどさらさらない。
「その隙、もらったぁ!」
 突進した少年はそのまま壁にぶつかり、軽い脳震盪を起こしているらしく、そこに追撃のチャンスが生まれる。
 それを見逃す手はない、と勇太はサイコキネシスを操り、少年へ攻撃を試みる……のだが。
 不意に、身体が浮く。
「うぉ!?」
 敵の少女がサイコキネシスを使ったのだった。
 勇太の能力が研究され、それを移植された子供もいる。その一人があの少女である。
「こんの……ッ!」
 しかし、オリジナルである勇太の力には敵わず、サイコキネシスをぶつけられるとすぐに相殺される。
 身体の自由を奪い返した勇太。すぐに状況を確認しようとするが、唐突に炎に巻かれる。
 敵の一人の少年が作り出した炎。彼はパイロキネシスト。自然発火能力者である。
 猛る炎に焼かれそうになった勇太だが、とっさにテレポートを使用してその場から逃れる。
「くそっ、流石に人数差がでかすぎる……」
 五対一ではかなりの劣勢だ。
 しかも相手は一人一人が、拙いながらも能力者。その能力をコンビネーションで使用されては、勇太が切り返すのにも限界がある。
「まずは厄介な能力のヤツから潰す必要があるな!」
 今、発覚している能力は、身体能力強化、サイコキネシス、パイロキネシスの三つ。
 他の二人の能力がわからないので、それは横においておくとしても、面倒なのはサイコキネシス。
 パイロキネシスは辛うじて回避は可能だが、サイコキネシスは不意を突かれると身動きが取れなくなる。
 その一瞬が命取りになりかねないので、まずはサイコキネシストから行動不能にさせるべきだ。
 勇太はテレポートを操り、サイコキネシストの少女との距離を詰める。
「ちょっとごめんねっと!」
 すぐさまサイコキネシスで少女の無力化を図る、が、一瞬で目の前から消え去る。
 勇太のサイコキネシスが発動したわけではなく、少女は他の少年が使ったテレポートで移動していたのだ。
 勇太がテレポートをしてからサイコキネシスを使うまでの時間は、かなり短かったはず。
 にも拘らず、今の攻撃は易々と回避されてしまった。
「……読めたぞ、お前らの能力」
 わからなかった二人のうち、一人はテレポーターなのはわかった。
 そしてもう一人は恐らく、テレパシスト。
 勇太の行動が読まれていたのはそのためだろう。
 テレパシストが司令塔となり、他の四人に指令を与え、四人はコンビネーションを組んで勇太を追い詰める。
 単純な戦法だが、それゆえに効果的、ということもある。
 だが、それがわかってしまえば付け入るべき点も見えてくるというもの。
 サイコキネシス少女の無力化よりも先に、テレパシストを無力化すべきである。
 こちらの手の内が全部バラされてしまっては、どうしようもない。
「目には目を、歯には歯を、テレパシーにはテレパシーを!」
 勇太の頭を侵食しようとする敵のテレパシーに、逆にこちらから干渉する。
 テレパシーはあまり得意とするところではないが、敵の能力は劣化コピー。勇太に敵うはずはない。
 そうして読めた相手の思考は
『だが、甘い』
 背中からとてつもない衝撃。それと共に視界が一瞬暗転する。

 じわり、と意識が戻るたびに、体中に激痛が走る。
 気がつくと、勇太は床に転がっていた。
「……な、なにが……」
 事態が飲み込めず、混乱しつつ起き上がる。
 敵の少年少女は、悠々と勇太を見下ろしていた。
 どうやら追撃してくる事はないらしい。
 数での有利に胡坐をかいているのだろう。
「ちくしょ……余裕って事かよ」
 敵の余裕は癪に障るが、しかしそれで勇太に余裕もできる。
 とりあえず、状況を把握せねば。
 さっき、何が起こったのか。
 冷静に考えてみれば想像に難くない。
 勇太がテレパシーを操ろうとした時に、身体強化の少年が思い切り突進してきたのだ。
 周りへの注意を怠っていたのが原因だろう。使い慣れないテレパシーはそれだけリスクを負うということだ。
 こうなってはテレパシストのテレパシーを邪魔しつつ、他のやつらの挙動に警戒をしなければならないという、難易度が跳ね上がった状況になってしまっている。
(テレパシーを使いながらサイコキネシスを操って相手の足止め……いや、能力的に限界を超えている。今の俺じゃ……難しい)
 苦手とするテレパシーを使いながら、他の能力を使うには許容量が足りない。
 下手をすると脳みそが焼ききれる。
 ……しかし、それは今の状態ならば、と言う話だ。
「仕方ない、か」
 勇太は覚悟を決め、自分の中のたがに手をかける。
 自分の中に確かにある『リミッター』。
 それを外せば能力がぐんと強くなる。ただし、その間の制御は一切利かない。
 相手を慮る余裕もない。最悪、死に追いやる事もあろう。
 だが、今はそうしなければ勇太がやられる。
 ならば……。

 これは勇太の記憶から作られた一戦。
 しかし、これ以降の記憶があやふやなのはどうしてなのか、自分でも疑問であったが、やっと得心が行く。
 リミッターを解除してしまうと、意識が吹っ飛ぶのだ。
 そりゃ覚えているわけもない。

 穏やかな漣のようだったテレパスの支配範囲が、急に波立ち始める。
 激流となったテレパシーはテレパシストに襲い掛かり、その頭を怒涛のように蝕み始める。
 程なくして、テレパシストは嘔吐して倒れた。
 突然の出来事についていけなかった相手連中は、すぐに反応する事も出来ず、勇太の追撃に後れを取ってしまう。
 続いて飛んできたのは、サイコキネシス。
 テレポーターに向けて飛ばされたサイコキネシスの塊は、テレポーターを巻き込んだまま壁に突進し、轟音を立ててぶつかる。
「面倒くさいヤツは、片付いたか」
 頭を抑えながら、ユラリと立つ勇太の視線に、危ない光が宿る。
 もう既に、敵意を持つ相手を何の躊躇もなく潰す、そういう思考が出来上がっている。
 止めるものなどない。
 勇太から発される半端ではない殺気に、残った三人がたじろぐ。
 瞬く間に形勢を逆転されたのだから、混乱ぐらいするだろう。
「さて、あとは残務処理だ。覚悟は出来てるだろうな!?」
 劣化コピーとは言いえて妙、というもので。
 相手の能力自体はそれほど高くない。
 彼らの戦術はテレパシストで勇太の思考をトレースし、先手を打って攻撃、もしくはテレポーターを使って回避、と言うのが基本だった。
 それを根本から覆されてしまえば、能力的に劣っている彼らに、勇太とまともに戦う事は出来ないのである。
 となれば、『残務処理』というのも妥当な名称である、といわざるを得なかった。
 そこから起こったのは一方的な戦闘だった。

 やっと正常な思考を取り戻したパイロキネシストが能力を操る。
 どこからともなく自然発生した炎が逆巻き、勇太に襲い掛かる……が、それも止まる。
 サイコキネシスを使った力技で炎を押しとどめ、それどころか逆に能力者の方へ押し返す荒技。
 このままではパイロキネシストがやられてしまう、と敵のサイコキネシストがさらにサイコキネシスを上掛けしようと試みる。
「へぇ、俺と張り合おうってのか?」
 しかし、リミッターの外れた勇太と、劣化コピーの能力者とでは力量差は歴然。
 敵のサイコキネシスは炎を押しとどめる事も叶わず、打ち消されてしまった。
 ならば、と身体強化の能力者が、勇太に向かって突進する。
 能力をどうにかできないのならば、その元を断てば良い、と判断したのだろう。
 しかし彼は失念していた。
 元々敵のメンバーが行っていた戦法、それはテレパシーによる先読み。
 勇太もテレパシーを使う事が出来る、となれば敵の思考は筒抜けなのである。
 身体強化の少年の突進が空を切る。
 勇太が直前にテレポートで移動していたのだ。
「慌てるなよ、一人一人、順番に潰してやる!」
 勇太が敵から距離を取ったその時には既に、パイロキネシストの作った炎は彼に燃え移っていた。
 元々パイロキネシスとは発火させる能力で、炎を操るものではない。
 襲い掛かってくる炎に、彼はどうすることも出来なかった。
 放っておけばあのまま大火傷を負って戦闘不能だ。
 ならば、と、次のターゲットに移る。
「次はアンタだ!」
 狙いをつけたのはサイコキネシスト。
 何はなくとも、遠距離攻撃は鬱陶しいものだ。
 身体強化の少年は、それしか能がないようだし、しばらくは放っておいても大丈夫だろう。
 ならば優先すべきはサイコキネシストの無力化。
 勇太は敵の真上に巨大なサイコキネシスの塊を作り出し、それを落下させる。
「潰れろっ!」
 それは巨大な岩石と同様、サイコキネシストを押しつぶそうと迫る。
 どうやら敵もサイコキネシスを操り、対抗しようと頑張っているようだが、それもどの程度の効果をなすものか。
 彼女の顛末を見届ける前に、身体強化の少年が走りこんでくる。
 馬鹿正直に真正面から、一直線に突進してくる彼を、勇太はテレポートで悠々避ける。
「最後はアンタだ。……さっきのは痛かったからな!」
 彼から受けた突進の痛みは、まだ体中に残っている。
 その恨みもこめて、がら空きになった少年の背中へと、勇太はサイコキネシスの槍を飛ばす。
「これで、終わりだッ!!」

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「……気持ち悪ぃ」
 目覚めた勇太は、第一声でそんな事を呟いた。
 気持ち悪かったのは、寝ている間にかいた汗もそうだったし、どうやら夢見が悪かったようで、普通に具合も悪かった。
 見ていた夢はぼんやりとも思い出せないが、それはすごく嫌な夢だったのだろう。
「思い出そうとするのも億劫だわ。顔洗ってこよう……」
 のそのそと寝床から這い出し、そのまま洗面所へと向かった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男性 / 17歳 / 超能力高校生】

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■         ライター通信          ■
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 工藤勇太様、ご依頼ありがとうございます! 『パイロキネシスってなんか好き』ピコかめです。
 何か根拠があるわけではないんですがパイロキネシスって……燃えたろ? って感じで好きです。

 今回は多対一の劣勢から始まりました。相手の能力もお任せって事でしたので、勇太さんの能力から三枚、使いやすい能力を二枚って感じの構成で。
 最初は多少苦戦しましたが、最終的に完全勝利といった感じ。
 まぁ大して強くない相手でしたし、完勝も当然といったところでしょう!
 では、またよろしければどうぞ~。

カテゴリー: 01工藤勇太, ピコかめWR |

落ちてるものは拾ってしまう

いつもの草間興信所。
 所用から戻ってきた武彦は、雑居ビルの階段を上がり、自分の事務所のドアに手をかけようとしたのだが……。
「ん、なんだこりゃ」
 ドアの前に落ちていたのはボロボロの本。
 誰かの落し物かと思って手に取ってみたが、どこにも持ち主の名前や手がかりはなさそうだった。
 中身を見てみようと本を開いてみると、ミミズを走らせたようにしか見えない、文字とも付かない落書きが書かれているだけだった。
「なんだ、こりゃ」
 首を傾げ、とりあえずその本を片手に事務所の中に入ろうと、ドアに手をかける。
 こんな事務所の目の前での落し物だ。
 きっと零あたりなら何か知ってるのではないか、と思ったのだが。
「……あ、兄さん!」
 先にドアを開けられた。
 出てきたのは零。何故だか口周りを抑えている。
「よぅ、零。ただいま」
「おかえりな……臭ッ!!」
 笑顔で兄を迎えようとした零だったが、速攻で失敗した。
 どうやら異臭によって顔をゆがめたようだったが、武彦にはそんな異臭など感じられない。
「臭い? 変なにおい、するか?」
「兄さん、一体どこへ行ってきたんですか!? この臭い、尋常じゃありませんよ!?」
 そこまで言われるとなると、相当な臭いなのだろう。
 だが、武彦にはいつも通りの雑居ビルの臭いに感じられる。
 どういうことだろうか?
「あ、その本から、すごい魔力が感じられます!」
「この本? そうだ、この本の持ち主に心当たりはないか? 事務所の目の前に落ちてたんだが……」
「興信所はいつも通り閑古鳥が鳴いてましたし、そこを通りかかった人も数人しかいません。兄さんが持ってきたんじゃないんですか?」
「俺がこんなボロい本なんか持って帰ってくるかよ。……でも、じゃあ誰が?」
「とにかく、その臭いの原因はきっとその本です! 軽い呪いの様な物がかかってるっぽいので、早くお払いでもしてきてください!」
「どうやって?」
「それは兄さんが考えて下さい! その本、どうにかするまで興信所には入れませんから!」
 そう言われ、ドアは音を立てて閉められる。
 武彦はポリポリと頭を掻き、本を見る。
 呪い、といわれればそうなのだろう。どうやら手からはなれないようになっている。
 どれだけ勢い良く腕を振っても、本が離れる事はなかった。
 その内、異臭に気付いたご近所さんが顔を出し始め、このままではまずい、と武彦はこの場を撤退する事にした。
 何をするにしても、この本をどうにかしなければ。

***********************************

「あっはははは! 完全に呪いの装備じゃん、それ!」
 学校帰りに興信所へ寄った勇太が馬鹿笑いをしていた。
 武彦にとってはちょっとした不運だっただろう。
 そんな不運を指をさされて笑われれば、誰だってカチンとくる。
「勇太、お前、良い度胸だな! こうなったらお前にもこの臭いとやらを移してやる!」
「うわっ! マジで臭い! やめて、ごめんって!!」
 武彦には感じないらしい本から放たれる臭い。
 笑っていた勇太を一瞬で涙目にするほどの効果らしく、勇太は武彦から逃げ回る。
「っち、勇太と遊んでても仕方ない。とりあえず、この本をどうにかしないとな」
「何か手はあんの?」
 鼻をつまみながら、勇太が尋ねるのに、武彦は首を傾げる。
「どいつもコイツも忙しそうな奴らばっかりだけどなぁ……適当に捉まりそうなヤツを呼ぶか」
 そう言って、右手が本で塞がっているので、左手で携帯電話を操作し、連絡先からとある人物をピックアップする。

 その後、武彦の呼び出しに応じたのは冥月だった。
「よぅ、良く来てくれたな!」
「事情は大体聞かせてもらったが……誰が暇そうだ、この」
 ローキック一発。しかも結構強烈なヤツ。
「痛った!!」
「下らん用事で呼び出すな。私だって暇じゃないんだからな」
「実際、ここに来てるじゃねぇか」
「お前がどの程度の悪臭を放っているかと、多少気になったのでな」
「どういう理由だよ……」
 その悪臭具合は、武彦からかなり距離を取っても青い顔をしている勇太が表現してくれている。
 今のところ、近くにあった公園に来ているのだが、武彦から振りまかれる悪臭がハンパないのだ。
 この時間、あまり遊んでいる人もおらず、周りには誰もいないものの、近隣の住民から苦情が飛びだすのも時間の問題かと思われる。
「かなり酷い臭い、かつ効果範囲が広いな。人間公害というヤツか」
「人を公害呼ばわりとは、言ってくれるじゃねぇか」
「実際そうだろ」
 ゴミ屋敷レベルの悪臭を放つ武彦は、今や動く悪臭発生器。
 これを公害と言わずして、なんと言おう。
「ってか、冥月さんは平気なわけ?」
 かなり遠巻きから勇太が首を傾げて尋ねてくる。
「うん? まぁ、この程度なら許容範囲というヤツだ。これを凌ぐ悪臭などそこらに転がっている」
「マジかよ……その世界、俺は知りたくないなぁ」
「知らない方が幸せだろうな」
 含みのある冥月の笑いに、勇太は乾いた笑いを返した。

***********************************

「さて、とりあえず、コイツをどうにかしようと思うわけだが」
 場所を変えて、別の公園。
 流石に同じ所に長時間いると、本当に通報されかねなかったのだ。
 かといってこの時代、あまり開けた場所と言うものもないモノで、こういう公園に頼るしかない。
 武彦はベンチに座り、咳払いをする。
「零が言うには、コイツから妙な魔力が発されており、それが悪臭となっているらしい」
「勇太は魔法や術式に関して、造詣があるのか?」
「いいや? 冥月さんはどうなのさ?」
「私もそちらにはあまり詳しくないな……」
「……くそっ、人選を間違えたか」
 勇太も冥月も魔術関連に関しては解決方法を持たない。
 とすれば、楽に解呪する方法は今のところなさそうだ。
「ってかさ、草間さんは犯人に心当たりとかないの? 犯人を見つけ出せば、解呪の方法もわかるんじゃない?」
「あぁ? 探偵なんて恨み買うような商売してりゃ、嫌がらせは日常茶飯事だが?」
「……言うほど働いてないじゃん」
「なんか言ったか、クソガキ」
 武彦に睨まれた上に、手で扇がれる。
 風に乗って悪臭が勇太の鼻先に飛んできて、危うく失神しかけるところだった。
「ヤベェよ、この臭い! 完全にレベルアップしてるよ!」
「ほぅ、そうなのか。こりゃ罰ゲームに良いな」
「草間さん、マジだからね!? これ、マジで言ってるからね!? ホント、そのままでいたら公害じゃなくて兵器になるからね!?」
 どうやら時間経過によって悪臭の強さが増していく仕様らしい。
「これは早めに決着をつけたほうが良さそうだな」
 勇太が泣くような悪臭でも、平然としている冥月が冷静な判断を口にする。
「にしたって、どうするんだよ? 今から神社にでも行ってお払いを頼むのか?」
「それより手っ取り早い方法がある」
 冥月はどこからともなくナイフを取り出し、武彦の右手に当てる。
「これで手を切り落とせばなんとかなるかも――」
「恐ろしい事抜かすな!!」
 驚いた武彦は右手を庇うように仰け反る。
「冗談だよ。まぁ応急策ではあるが、これでどうだ」
 そう言って冥月は武彦の右手を影の中に取り込んだ。
 影を操る事が出来る冥月は、影の中に異空間を作り出すことが出来る。今回はそれを応用して右腕だけその空間に放り込んだのだ。
 すると、悪臭が大分収まった。
「ふむ、やはり効果ありの様だな」
「うわぁ、すっげぇ! 空気が美味しい!」
「どういうことだ、こりゃ」
「本から魔力が発されており、それが悪臭に変わるというなら、本を閉じ込めてしまえば臭いの発生を抑制できるのではないかと思ってな」
 本の魔力が匂いに変わっているという零の見立てはどうやら大当たりだったらしい。
 それを信用して対策を打った冥月の考えもまた的を射ていた。
 今、漂っている悪臭は、既に振りまいてしまった残り香というヤツだろう。
「落ち着いて話せるようになったところで、どちらから先に片付けたものかな」
「どちらからって言うと?」
「本の始末と犯人探しだ」
 どちらにもメリットデメリットが存在する。
 もし、本の始末を優先する場合、呪いのかかっているこの本を力尽くで引き剥がした時、呪いの対象である武彦に何があるかわからない。
 もしかしたら呪いが変容して武彦に降りかかる可能性だってあるのだ。
 そして犯人探しを優先した場合、犯人に仕返し出来たところで、本の呪いは解けていない可能性は残る。
 冥月が影を解除した時、その臭いのレベルはいかほどになっているのか、想像もつくまい。
「どちらにしろ、早急に行動を起こした方が良いだろうな。どうする、武彦?」
「うーん、勇太はどっちがいいと思う?」
「何で俺に振る!? 俺としては本をどうにかした方が良いんじゃないかと。最終的に、マジで兵器レベルの臭いが散布されたらと思うと、ゾッとするぜ」
 確かに、犯人探しに手間取れば、それだけ悪臭のレベルアップ幅が増えるというわけだ。
 もし武彦に呪いが移ったとしても、それはそれで誰かに解呪してもらう事も出来る。
 だったら先に本をどうにかすべきではなかろうか。
「よし、じゃあ勇太と武彦で本の始末を頼む。私は犯人探しをしてこよう」
「……そうだな。二手に分かれるって手があった」
 という訳で、二手に分かれて事件を解決する事にした。

***********************************

「おい、勇太、大丈夫か!?」
 遠巻きから武彦の声が聞こえ、勇太はゆっくりと目を覚ます。
 どうやら軽く気を失っていたようだ。
「うっ……気分が悪い……なんだこりゃ」
「目を覚ましたか! こりゃマジでヤバいな」
 勇太は頭を振って、記憶を探る。
 どうして自分が気を失うような状況になってしまったのか。
 理由は簡単だった。
 冥月が影を解除した瞬間、本からあふれ出した臭気が勇太に直撃したのだ。
 その悪臭の酷さたるや、最早人知を超えた域に達している。
「ヤバいよ、草間さん。それ、マジで兵器だ」
「だんだん笑えない状況になってきたな。どうにかできんのかこれ」
 武彦が本を睨みつけるも、どうしようもない。
 一応、冥月のやっていた事を真似て、武彦は自分の手をビニール袋で覆い、それによって何とか臭いは抑えられているようだが、それもいつまで持つかわからない。
 早急にどうにかしなくては、本当に笑えない状況になってしまう。
「どうにかって言っても……、例えば、いっそその本を燃やしちゃうとか?」
「臭いが煙になって散布されるとかは勘弁だぞ」
「いや、燃やすんじゃなくても、ビリビリに破いちゃえばどうにかなるんじゃない?」
 本がどうやって魔力を発しているかわからないので、とりあえずは本自体を破壊する事から始めてみようというわけだ。
「……これ以上、手をこまねいていても仕方ないか。とりあえず試すだけは試してみよう」
「わぁ、ちょっと待って、草間さん!」
 武彦がビニール袋に手をかけた時、勇太は全速力で彼から距離を取った。
「よし、これぐらい離れてれば大丈夫だろ」
「……俺は良くわからんが、そんなに酷いのか、この臭い」
「洒落にならないレベルだから。もう茶化すとか言ってられないから」
「お前のそんなマジな反応も久々に見るわ……。まぁ、とりあえず、覚悟しろよ」
 武彦がビニール袋を解くと、その瞬間、ありとあらゆる異臭を放つ物を寄せ集めても敵わないような、まるで異色の空気が混じったのが目に見えるような、そんな臭いが当たり一面に発散される。
 かなり距離を取っていた勇太の元にも、顔を背け、鼻をつまんでも耐え切れない臭いが漂ってくる。
「ぐっ、目が! 目にしみてきた!」
「催涙効果まで付与されたか。むしろ今までなかったのが不思議なぐらいだな」
 冷静に分析しつつ、武彦は本のページをぶっきらぼうに破る。
 すると、今まで白紙だったそのページに妙な模様が浮き上がる。
「ん? こりゃ……なんだ? 文字か?」
「草間さん、何かあったのか!?」
「ああ、本のページに何か書いてあるようなんだが……」
 まず、日本語ではない。英語でもない。
 見た事のないような文字列がつらつらと書き連ねられている。
 そして見たところ、手書きの様でもない。
 それらが本のページ全体に浮き上がり、今までまっさらだった本の中身がびっしりと書き込まれた。
「印刷されてるのか。これだけ古そうな装丁なのにな」
 ハードカバーはボロボロに見えるが、それもデザインという事なのだろうか。
 つまり、これは比較的新しい時代に作られた魔本なのだろう。
「……お? 草間さん! ちょっと臭いが収まったぞ!」
「マジか! だったらこの手法は間違いじゃないのかもしれないな。よし」
 手応えを感じた武彦は、もう一度ページを破いて捨てる。
 その度に悪臭は消え、だんだんと清い空気が戻ってきた。
「まさかこんな簡単な方法で解決できるとはな……」
「あ、見てよ、草間さん。これ」
 勇太が拾い上げたページには日本語が書かれてある。
 それは日本人向けの取り扱い注意、と書かれてあった。
「取り扱い注意?」
「なんか、無闇に本を起動させると、とんでもない事になるって書いてあるな」
「こんな注意があるなら最初に知らせろっつの……ってか、誰が書いたんだ、こんな注意」
 ページをよくよく見ると、隅っこの方に会社名が書かれてある。
 その会社はどうやら通販会社の様で、この本も恐らくその会社の取り扱っている商品なのだろう。
「……って事は、これを買った誰かが、草間さんの家にこれを置き逃げしたって事?」
「性質の悪い悪戯だな……。まぁでも、それほど被害がなくて良かった」
「俺は結構な被害を被ったけど!? 一回失神したんだぞ!?」
「貴重な経験をしたな、勇太。こうして人は大人になっていくんだ」
「ガキ扱いしてんじゃねぇよ。ってか、大体の大人は臭いで失神するような経験した事ないだろ!?」
 ギャーギャー喚く勇太を、武彦は笑って受け流した。

***********************************

 その後、興信所にて。
「つまり、雫が悪いって事だな」
 冥月の話を聞いた武彦は、彼女に仕返しをする事に決めた。
「まぁ、大事にならなくて良かったな。これ以上草間があんまり酷い事件を起こしたとなれば、いろいろなところから睨まれるだろう」
「そうでなくても、草間さんは色んな敵作りやすいんだからな」
「……いや、逆にそんな俺だからこそ、今回の件も『またアイツか』くらいの話で収まったんじゃなかろうか」
「それは誇る様に言うところではない」
「日頃の行いって、大事だなぁ」
 そんなわけで、今回の異臭騒ぎも一応終わりを迎えたのだった。

***********************************

 後日、興信所の前に饅頭が落ちていた。
「……これは何のつもりだ、勇太?」
「え? バレた? 草間さんだったら何でも拾うのかなって」
「よぅし、拳骨一発で許してやろう」
「わぁ! 暴力反対!!」

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男性 / 17歳 / 超能力高校生】

【2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】

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■         ライター通信          ■
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 工藤勇太様、依頼に参加してくださりありがとうございます! 『理科の実験でアンモニアを取り扱う際、酷い目を見た』ピコかめです。
 臭いって怖いよ……。

 さて、今回はこれと言ってバトルなしののんびり回でしたが、いかがだったでしょうか?
 勇太さんには草間さんとワイワイとやってもらって大変和やかな感じに出来たかと思います。
 本人たちは色々と切羽詰っていたかもしれませんが、書いてるこっちは割りと楽しく書けましたよw
 にしても超能力を一切使わなかったけど……普通を守りたいのならば、これでも良いんですかね?w
 では、気が向きましたらまたよろしくどうぞ~。

カテゴリー: 01工藤勇太, ピコかめWR |

限界勝負inドリーム 2

 ああ、これは夢だ。
 唐突に理解する。
 ぼやけた景色にハッキリしない感覚。
 それを理解したと同時に、夢だということがわかった。
 にも拘らず目は覚めず、更に奇妙なことに景色にかかっていたモヤが晴れ、そして感覚もハッキリしてくる。
 景色は見る見る姿を変え、楕円形のアリーナになった。
 目の前には人影。
 見たことがあるような、初めて会ったような。
 その人影は口を開かずに喋る。
『構えろ。さもなくば、殺す』
 頭の中に直接響くような声。
 何が何だか判らないが、言葉から受ける恐ろしさだけは頭にこびりついた。
 そして、人影がゆらりと動く。確かな殺意を持って。
 このまま呆けていては死ぬ。
 直感的に理解し、あの人影を迎え撃つことを決めた。

***********************************

「マジかよ……こちとら忙しいってのに」
 ボヤキながら、勇太は覚醒しつつある頭をめぐらして、辺りを窺う。
 視認出来る敵はどうやら一人。夢の中だからか、容姿がハッキリとは見えないが、どうやら勇太と同じくらいの背丈の様だ。
「雰囲気から察するに、男か。くそっ、なんだか嫌な予感がする」
 ジワリと額に汗が浮く。
 敵から感じるプレッシャーと言うわけでもないのに、どういうわけか、嫌な予感が晴れない。
 勇太の本能的な何かが告げているのだ。
 アレはヤバい、と。
『構えろ。さもなくば、殺す』
 二度目の敵の声は、戦闘開始の合図だった。

 敵の影がユラリと動く。
 間合いはかなり開いている。接近戦に持ち込むつもりなら、距離をつめるだけの時間がかかるはず。勇太にも反撃のチャンスは幾らでもある。
 ここはまず、相手の出方をみるべき、と判断し、勇太はその場で身構えた。
 敵はしかし、勇太との距離を詰めるわけでもなく、フラッと手を掲げる。
 すると勇太の身体がふわりと浮かぶ。
「なっ!?」
 強力なサイコキネシスである。
 慌てて勇太もサイコキネシスを操り、相手の力に対抗しようとするが、上手く集中が出来ない。
(サイコキネシスと同時に、テレパスも使ってやがる……ッ! こっちの考えを読んで、邪魔してるのか!?)
 完全に先手を打たれている。最初の様子見が仇になった。
 勇太は身動きが取れないまま、高々と放り投げられ、重力に引かれて真っ逆さまに落ちる。
 何とかサイコキネシスを操り、更には上手くいった受け身も功を奏して、落下の衝撃はかなり抑える事が出来た。
「ぐっ……こんの……ッ!」
 しかし完全に無傷と言うわけにもいかない。
 無理な体勢から地面に落とされ、テレパスで邪魔されたサイコキネシスも完全に発動できず、身体を打った場所がズキズキと痛む。
 勇太はそれを我慢しつつ、地面を転がった後に起き上がり、敵を見やる。
「俺と同じ、超能力の使い手……相手にとって不足無しってか。笑えないな!」
 反撃とばかりにサイコキネシスを操り、相手の動きを牽制する。
 どうやら敵はあまり近づいてくるような事はなさそうだ。
 ならばこちらからも不用意に近付かず、距離を取って戦った方が良い。
 勇太の能力を生かすなら、アウトレンジの方が得だ。
 そして相手の土俵でもあるというのなら、先手を取られた事を雪辱するにももってこいである。
「誰にケンカを売ったか、教えてやるよ!」
 あまり使いたくはないが、持っている力に自信がないわけではない。
 色々な経験を経て手に入れ、強化された力。
 思い出したくもない過去ではあるが、その記憶に裏づけされた自負がある。
 この力ならば、負けられない。
 もし負けたのなら――

「お返しだッ!」
 勇太は手を掲げ、敵に向けてサイコキネシスを放つ。
 それは敵を包み込み、そのままアリーナの壁へと吹っ飛ばす。
 頑丈そうな岩で出来た壁が凹み、ひび割れ、多少崩れるほどの衝撃。土煙が舞い、敵の姿を覆い隠した。
 そんな勢いでぶつかった敵は、生身なら無事ではいられないはず。
 しかし、土煙の中には、確かに存在が感じられる。
 テレパスでも、相手の思考がぼんやりと読み取れた。
「まだ健在ってか……結構マジだったぞ、今の」
 ほぼ全力で放ったサイコキネシスが、まさかのノーダメージ。
 これは思ったよりも敵の格が高いようである。
 勇太が認識を新たにすると同時、敵がまたもサイコキネシスを操る。
 抵抗もままならず、勇太の身体は地面に押し付けられた。
「ぐっ! くそっ!」
 先程よりも強いサイコキネシス。勇太の力では全く歯が立たないようだった。
 このままでは何も出来ずにやられる。殺される。
 背筋が凍るような悪寒。
 一瞬にしてテレポートしてきた敵が、勇太の目の前にいた。
 その手にはサイコキネシスによって作られた槍が構えられており、その切っ先は勇太の心臓を向いていた。
『本気で戦えないようなら、このまま死ね』
 敵の視線が冷たく細くなる。
 勇太の鼓動が跳ね上がり、視界が狭まる。
 このままでは、本当に死ぬ。
 その瞬間、勇太の中の一線を越える。

 勇太を縛り付けていたサイコキネシスが解ける。否、弾き飛ばされる。
 更には敵すらも吹き飛ばし、また両者の間に間合いが出来た。
「……くそっ……俺は……ッ!」
 思考がぼんやりするが、やるべき事はハッキリ理解できる。
 敵を倒さなければ、殺さなければ、自分が死ぬ。
 ならばやるべき事は、敵を排除するのみ。
「おおおおおおっ!」
 全力で練り上げるサイコキネシスは槍の形をとり、それを敵へ向けて飛ばす。
 敵はそれをテレポートで避けた。その動作にも、まだまだ余裕があるようにも見える。
 槍はアリーナの壁に深々と突き刺さり、その一角を崩した。
 その様子を見て、敵はどうやら満足したようだった。
「本気の俺と戦いたかったってのか? お前、俺の何を知ってるんだ」
 背丈も同じ、使う能力も同じ。
 まさかとは思ったが、夢の中なら何でもあり、といえば納得できる。
「お前……俺なのか?」
 敵は答えず、ただニヤリと笑った。

 次の瞬間、勇太の槍によって崩された壁の岩が、勇太に向かって飛び始める。
 敵のサイコキネシスによって礫となされたのだ。
「そんな大味な攻撃なんて……ッ!」
 勇太の方もサイコキネシスを操り、その大岩を止めようとかかるが、その瞬間に大岩が粉々に砕かれる。
 勢いはそのままに砕かれた大岩の破片が、勇太へと降り注いだ。
 サイコキネシスを操ろうにも、急に制御する対象が増えてしまった為に、咄嗟に判断できず、勇太は頭部をガードする事しか出来なかった。
 この岩の礫は敵にとって布石。
 防御の片手間にテレパスを操った勇太は、敵の本命を見破る。
 岩の破片を防御する事によって、身動きと視界が塞がれた勇太。
 その隙に敵は大量の槍を生成し、それで一気に決着をつけようとしているのだ。
「槍の量が多すぎる。こんなに一気に……俺に制御できるのか!?」
 勇太を取り囲むように作り出されている槍の数々。
 その量は今まで操ったサイコキネシスの量を軽く凌駕している。
 しかし、
「相手が俺なら、出来ないはずがないッ!!」
 脳みそが焼け切れようとも、自らに屈するよりはマシ、と、勇太はサイコキネシスを操る。
 その数は、相手の槍の量と全く同じ。
 作り出した槍の切っ先を、相手の槍に照準を合わせ、相手が槍を発射するタイミングに合わせて、勇太も槍を放つ。
 ほぼ同等の力を持つ槍同士は、ぶつかった瞬間に相殺され、一本残らず消滅する。
 敵はどうやら、今のを必殺の一手としていたらしく、それを防がれた事に多少なりと動揺している。
 その隙を見逃さず、勇太はなけなしの、最後の槍を作り出した。
「これで、止めだぁ!!」
 右手に握られたその槍は、勇太にぶっきらぼうに放り投げられると、敵に向かって一直線に飛ぶ。
 防御もままならなかった敵は、その槍に貫かれ、胴体にぽっかり穴が開いた瞬間に霧散した。
 全力を使い果たした勇太も、その場にバッタリと倒れ、荒い息のまま天を仰いだ。
「くっそ、あの岩の破片であちこち怪我した……」
 頭を庇った腕はもちろん、身体中に礫がぶつかった痕がある。
 満身創痍と言った感じではあるが、何とか勝った。
「俺が負けたら、昔やってきた事が完全に無駄になるからな……」
 なんとなく空を眺めながら、そんな事を呟く。
 ここで負ければ、研究所での辛く、苦しい日々が全くの無駄になる。
 それが許せなくて、ただ意地のみで掴んだ勝利だった。
 しかし、不思議と心が晴れない。
「……なんだろうな。勝ったのにスッキリしない」
 自分自身を倒してしまったからだろうか?
 いや、そんな感じではない。
 もっと何か別の……何かを忘れているような、そんな引っ掛かりだった。

***********************************

 ふと勇太が目覚めると、そこは自室だった。
 机に突っ伏して、どうやら居眠りをしてしまったらしい。
 眠い目をこすりながら机の上を見ると、ノートが開かれてある。
「そうだ、俺、宿題の途中だったんだっけ」
 起き抜けに嫌な事を思い出してしまった。
 夢の中で感じた引っかかりはこれだったのだ。
 しかも、なんと運の悪い事に、眠気覚ましの為に淹れてきたはずのコーヒーが机の上に撒き散らされており、ノートがグシャグシャである。
「くそぅ、またやり直しかよ……」
 文字も読み取れないような状況になった宿題を提出するわけにもいかず、勇太は真新しいノートを取り出して、宿題をやり直す羽目になったのだった。
 夢の勝負では勝ったが、どうやら今日は徹夜になりそうである。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男性 / 17歳 / 超能力高校生】

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■         ライター通信          ■
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 工藤勇太様、ご依頼ありがとうございます! 『コーヒーより紅茶派』ピコかめです。
 まぁ、嗜好飲料ならコーラが最強ですけどね!

 完全なる一対一で、しかも相手が自分と言うバトル。ベタですがやはり燃えますね! これは王道なのです!
 今回は辛勝と言ったところでしょうか。あんまり血塗れにはなりませんでしたが、全力を以って全力に対峙した結果、意地があった方が勝ったと。
 イメージとしては敵は自分自身を写しただけの幻影って感じにしてみたので、ステータスは一緒でも根性補正がかからないよ! 的な。
 それでは、気が向きましたらまたよろしくどうぞ!

カテゴリー: 01工藤勇太, ピコかめWR |

一網打尽!

工藤勇太が目覚めると、そこは汚いビルの中だった。
「あっれ……俺、なんでこんな……」
 腕と足が縛られている。
 それに後頭部がやけに痛む。
 普通ならこんなビルの中になんか迷い込む事なんかない。
 その上、こけて後頭部を打った覚えもない。
 だとしたら何故?
 痛む頭をフル回転させて、直前の記憶を掘り起こす。
「えっと……確か下校中に近道しようと思って裏道に入ったんだよな」
 高校からの下校中、普段は通らない近道を通ったところ、辺りが騒がしかったのを覚えている。
 確か、銀行の近くだっただろうか。
 その近くを通った時に突然、何かが起こって気を失ったのだ。
「何があったんだ? 近くに人はいないのか?」
 情報を求めて周りを窺ってみるが、特に何もないし、誰もいない。
 だが……
「ドアの奥に誰かいるな」
 ここから見える部屋の壁にドアがある。
 その奥から小さく声が漏れ聞こえているのだ。
「とりあえず、このヒモをどうにかしないとな」
 手足を縛られていては、満足に聞き耳も立てられない。
 と言うわけで、サイコキネシスを発動させてヒモを引きちぎった。
「よし、寝起きでも絶好調、っと」
 身体の調子を確かめつつ、硬い床で寝転がっていた身体をほぐす。
 その後、音を立てないようにして壁に近寄り、耳をつけた。
『なんであんな小僧を連れてきたんだよ』
『逃げる時に役に立つかと思って』
『バカヤロウ。荷物が増えたら足がつきやすいだろうが』
 どうやら奥の部屋に居るのは三人ほど、すべて男性の様だ。
 足がつく、とか、逃げる、とか言ってるところを聞くと、どうやらあまり真っ当な道を歩いている感じではない。
「何者なんだ……?」
 とりあえず、様子見の為に、もう少し話を聞くことにする。
『もうすぐ逃げる準備も整う。それまでに痕跡を消しておかなきゃならん』
『じゃあ、いろいろ片付けないとな』
『そうだな、あの小僧も掃除しておかなければ』
 雲行きが怪しくなってきた。

***********************************

 ドアが開き、男が三人ほど入ってきた。
「おらぁ、掃除の時間だぁ!」
 一人はのっぽ、一人はデブ、一人は中背と言うわかりやすいトリオだった。
 それぞれの頭には猫を模ったような覆面が被されており、人相を判別するのは無理そうだった。
「おや、アイツの縄、解いたか?」
「いや?」
 三人は自由になっている勇太を見て困惑する。
 部屋の真ん中で悠々と立っている勇太は、男たちにしてみれば予想外の光景だっただろう。
 だがしかし、所詮は高校生が一人。大の大人が三人で寄ってたかれば、どうしようにも出来よう。
 それに、彼らには武器がある。
「まぁ、そんな事ぁどうでも良い。とりあえず、死んでもらうぞ」
 のっぽが懐から拳銃を抜く。
「明らかに違法だね。改造エアガンってワケでもないでしょ、それ」
 勇太が指摘すると、のっぽはガハハと笑う。
「あったりまえだろ、高い金払って手に入れた銃だぜ? 本物だよ」
 そう言って、のっぽは勇太の足元に銃口を向け、引き金を引く。
 サプレッサーによって音は消されたが、発射された銃弾によって床に穴が開いた。
「ビビって身動きも取れないか、小僧?」
「ハッ、おっさんたちこそ、そんなモノに頼らなきゃ悪行も働けないのかよ」
「なんだと……?」
 勇太は三人がここへ入って来る前に、慣れないテレパシーを使って、相手の思考を読んでいる。
 ここまで至る経緯はそれで大体察した。
 即ち、三人は近所の銀行を襲った強盗で、警察がやってくる前に大金を手に入れてまんまと逃走。
 その途中で勇太に遭遇し、人質を得る目的で勇太を拉致、でも逃げる算段はついているから人質は不要。
 ならば殺す、と言う事になったらしい。
 だが、だからと言って易々と殺されるわけにもいかない。
 と言うか、相手が銀行強盗なんてわかりやすい悪党なら、勇太だって容赦はしない。
「おっさんたちも大人なら、そんなおもちゃに頼らずに、素手で来たらどう?」
「てめぇ……」
「やめろ」
 頭に血が上ったのっぽを、中背が制する。
「簡単な挑発に乗ってるんじゃねぇよ。こんな所でグズグズしてたらサツが来るんだ。さっさと片付けるんだよ」
 そう言って銃口を勇太に向ける中背。
 先程ののっぽの射撃を見たが、狙いもほとんどブレない、手馴れた射撃だった。
 恐らく、銃の扱いもどこかで訓練したのだろう。
 だとすれば、運良く急所を外してくれる、なんて事も期待薄だ。
 ならば、こちらから動くしかあるまい。
「いいのかよ? 俺に、そんなオモチャは効かないぜ?」
 勇太は中背の持つ銃に向けて人差し指を突き出す。
 子供が形だけを真似て作った、手の銃。親指を立て、人差し指をまっすぐ伸ばすアレだ。
 それを向けられた中背は、しかし淡々と冷静に、
「子供の戯言に付き合ってる暇はない」
 引き金を引く。
 サプレッサーによって音を消された発砲。
 パシュっと目立たない音と共に、銃弾が発射されたのだが……あらぬ方向へと飛んで、天井に穴を開けた。
「……何?」
 明らかな異常。
 通常はまっすぐ飛ぶはずの銃弾が、曲線を描いて上へと進路を変えたのだ。
 左右や下方向ならまだわかる。銃身に異常があって、銃弾が逸れたのかもしれない。
 しかし、重力に反して上方向へ曲がると言うのはどういうことだ。
「何が起きたんだ?」
 慌てた中背はマガジンを抜き、チャンパーから銃弾を抜いて銃口を覗く。
 しかし、見た限り何も変わったところはない。
「テメェ、何をしやがった!?」
 突然の出来事に、テンパる中背。
 他の二人も何が起こったのかわからず、しどろもどろしている。
 今起きた事を端的に説明するなら、勇太が銃弾を操ったのだ。
 サイコキネシスを使って銃弾を操り、その起動をちょっと修正したのである。
 これで、中背の銃は欠陥品だと思われただろう。
「くそっ、貸せ!」
 先程まともに動いたのっぽの銃を奪った中背。
 しかし、その引き金を引いてもやはり、銃弾はあさっての方向へと逸れた。
「な、なんなんだよ、おい!」
「だから言っただろ? 俺にそんなモノは通用しない」
「だ、だったらッ!」
 その辺に落ちていた鉄パイプを拾った中背。
 今度は飛び道具ではなく、近距離による攻撃に移ったわけだ。
 だが、それならばむしろ、勇太としても嬉しい事だ。
 銃弾を操作するよりは、人間を止める方が万倍楽なのだから。
「死ねぇ!」
「イヤだね!!」
 鉄パイプを振りかぶった中背。
 だが、振り下ろそうとした鉄パイプはそこで動きを止める。
「……ま、まさか……」
「無駄だよ、おっさん。俺には通用しない!」
 サイコキネシスによって中背の身動きを封じた勇太。
 そのまま中背の身体を持ち上げ、壁に向かってブン投げる。
「うおおお!?」
 中背は壁に背中を打ち付けて咳き込み、周りののっぽとデブはその様子に目を白黒させている。
 まるでワイヤーアクションか手品の様な場面を目の当たりにしているのだ。それは驚きもする。
 だがこれは種も仕掛けもない、純然たる超能力。
 強盗たちがどれだけ訝ったところで、勇太の力の正体は見破れないだろう。
「言っておくけど、俺は悪党相手に手加減出来るほど、オトナゲってヤツを持ち合わせちゃいないぜ?」
「な、なんなんだ、こいつ……ッ!」
 正体不明の恐怖に慄く強盗たちは、早くも引け腰だ。
 しかし勇太の方には逃がすつもりはサラサラない。
 何故なら、まだ頭が痛むのだ。
 この痛みの分は倍返しせねばなるまい。
 だが、その時。
 バラバラと一際でかい音が聞こえる。
 これは、ヘリコプターの音だろうか?
「ヘリが近くにいるのか……?」
「き、来た! おい、お前ら、行くぞ!」
 中背の号令で、三人は一目散に駆け出す。
 ヘリの音に気を取られていた勇太は、強盗たちの動きを止める事も出来ず、逃走を許してしまった。
「くそっ! 待て、こらぁ!」

***********************************

 どうやら強盗たちは屋上へと向かっているらしい。
 このビル自体、ほぼテナントは入っておらず、がらんとした作りだったので、どんなにドタバタ走っても誰も出て来る事はない。
 勇太はそれを、テレパシーを使って確認しつつ、他に強盗の仲間がいないか探っていたのだが、それも杞憂だったようだ。
 慣れないテレパシーを使いながらの追跡だったので、結局強盗たちには屋上まで逃げられてしまったが。

 そんなワケで屋上。
 バラバラと言うヘリコプターの音が、何の障害もなく勇太にぶつかってくる。
 音と共に強烈な風も。
「ぐっ……」
 息苦しさに喘ぎながら、上空を見ると、程近い所にヘリコプターが。
 その中にはどうやら二人ほど、乗っているらしい。
 遠目からだが、その二人も猫の被り物をしているのが見える。まず間違いなくあの強盗の仲間なのだろう。
「はやく、梯子を下ろしてくれ!」
 ヘリコプターの下では、先程の三人組が早く早くと喚いている。どうやら勇太がかなりの恐怖の対象になったらしい。
 着陸するような場所もないし、梯子を下ろして三人を回収する気なのだろう。
「させるか!」
 勇太はそれを阻止しようとサイコキネシスを操るも一足遅く、梯子は下ろされて三人は慌ててそれに掴みかかった。
 そして、次の瞬間には更に強烈な風圧が勇太に襲い掛かる。
 ヘリコプターが上昇を始めたのだ。
 このままでは逃げられてしまう。
「逃がさない、っていってるだろ!」
 通常ならば車一台分くらいのモノしか動かせないサイコキネシス。
 だが勇太はそのリミッターをちょっと外し、強引にヘリコプターの移動を止める。
「ぐっ!!」
 頭の痛みが増した気がする。
 無理をした反動と言うヤツだろう。
 本能が嫌がっているのだ。
 しかし、ここで手を抜けば強盗は逃げられるし、なにより殴られた仕返しが出来ない。
「負けられるかぁ!!」
 半ば意地だけでヘリコプターを押し止めていると、また別の方からヘリコプターの音が。
 そちらを窺うと、どうやら警察のヘリコプターが来たらしい。
 空路で逃げると最初から予想していたのか、かなり早い対応だった。
『そこのヘリコプター、止まりなさ……止まってる!?』
 メガホンを構えた警察官も、その様子にはビックリの様だった。
 確かに強盗たちの乗ったヘリコプターは羽をビュンビュン回し、上昇しようと力んでいるのに、その場に留まっているのだ。
 不思議な光景ではあっただろう。
「ヤバいな。このままじゃ俺まで何か言われそうだ」
 ヘリコプターの直下には勇太。
 このまま警察が強盗を捕まえるまでサイコキネシスを使ってもいいのだが、いい加減疲れてきたし、後々面倒に巻き込まれるのはご免だ。
 強盗を殴り飛ばす算段は破棄して、この場は逃げに徹しよう。
 そう考え、勇太はサイコキネシスを解いて、屋上から脱兎の如く逃げ出した。

***********************************

 後日、ニュースを見ると、どうやらちゃんと強盗は捕まったらしい。
 だが、さらに大きく報道されていたのは『空中で静止するヘリコプターの謎!』の方だった。
「マジかよ……」
 あんまり深く考えた行動ではなかったが、まさかここまで大きく取り沙汰されるとは思わなかった。
 しかもその後にちゃっかり、『付近にいた少年と何か関係が!?』とも言われており、勇太はまたしばらく超能力を使うのは控えようと心に誓うのだった。

カテゴリー: 01工藤勇太, ピコかめWR |

限界勝負inドリーム

ああ、これは夢だ。
 唐突に理解する。
 ぼやけた景色にハッキリしない感覚。
 それを理解したと同時に、夢だということがわかった。
 にも拘らず目は覚めず、更に奇妙なことに景色にかかっていたモヤが晴れ、そして感覚もハッキリしてくる。
 景色は見る見る姿を変え、楕円形のアリーナになった。
 目の前には人影。
 見たことがあるような、初めて会ったような。
 その人影は口を開かずに喋る。
『構えろ。さもなくば、殺す』
 頭の中に直接響くような声。
 何が何だか判らないが、言葉から受ける恐ろしさだけは頭にこびりついた。
 そして、人影がゆらりと動く。確かな殺意を持って。
 このまま呆けていては死ぬ。
 直感的に理解し、あの人影を迎え撃つことを決めた。

***********************************

 ゆっくりと意識が覚醒する。
 アリーナにいたのはその男と、自分……工藤勇太のみ。
 酷く懐かしい雰囲気のあるその戦場に、勇太は嫌な既視感を覚える。
「この感じ……」
 グリと胸をえぐるような吐き気。
 自分の望む『普通』とはかけ離れた場所によって呼び起こされる記憶は、相当昔の物。
「くそっ……マジかよ」
 ああ、確かにこんな感覚を味わった事がある。
 これは……あの研究所での出来事と一緒じゃないか。

 幼少の頃、勇太自身の持つ『能力』故に、とある研究所へと隔離されていた。
 その時の事は出来れば思い出したくもない過去。一種のトラウマですらある。
 それ故にこの吐き気、気分の悪さ、自分の夢だとは理解しているが、それでもこの感覚には慣れない。
「チクショウ、何だって言うんだよ……! あんた! あんたは何物なんだ!?」
 目の前に立っている人影、未だに輪郭もぼんやりしているが、どうやら長身の男性の様だが、彼は何も答えない。
 声が聞こえていないはずは無い。しかし、彼はただブラリと立っているだけで、その場から動こうとしない。
「さっきの声、あんたなんだろ!? だったら答えろよ!」
 きっぱりと『殺す』と言ったあの声、聞き覚えのあるようなその声は、しかし答えない。
 代わりに、男は極々自然な動作で懐からタバコを取り出し、それを咥えてライターで火をつけた。
「余裕って事かよ……。だったら……っ!!」
 あまり得意ではないが、勇太は自身の能力の一つ、テレパシーを行使する。
 他人の頭に干渉して、その思考を読み取る能力。
 勇太の持つ能力でも、自身があまり得意としていない一つだが、それでもこの際知った事か。
「頭ん中、覗かせてもら……うっ!?」
 普段使い慣れないテレパシーに手間取っていると、男が吹いたタバコの煙が勇太の周りを取り巻いた。
 何か攻撃か、と警戒していると、その内無形だった煙は幾つかの個体を形成し始める。
 獣、四足の犬のような獣。
 その獣が見える限りで六匹。勇太を囲むようにして唸っている。
「ああ、もぅ、どこまでも『アレ』っぽいな!」
 またも胸がえぐられる感覚。
 このピリピリとした戦闘風景も研究所での記憶にある。
 それは確か、シミュレーターの中で経験した戦闘訓練。
 その記憶を引っ張り出された時、勇太の感覚は不思議と研ぎ澄まされた。
 深呼吸を一つすると、身体中から枷が取り外されていく様な錯覚を覚える。
 意識が指先にまで深く深く浸透し、自身が戦闘態勢に入った事を自覚する。
「思い出してきたぞ、あの感覚。思い出したくもなかったけど」
 自嘲気味に苦笑し、周りを見回す。
 勇太を取り囲んでいるのは六匹の煙の獣。
 機を窺っているのか、まだ飛び掛ってくるような気配は無い。
「これがシミュレーターの焼き増しなら……これから、どうするんだっけ……」
 記憶の糸を手繰り、その時の最善手を思い起こす。
 相手が思考するならば、まずは初手。
 勇太は先程手間取っていたテレパスをいとも容易く成功させる。
 薄いテレパスの幕を、自分の周りに絨毯のように広げ、獣一匹一匹をその上に乗せる。
 瞬間、うっすらとだが、獣の感覚が読み取れた。
 力の入る後ろ足、威嚇の為に鳴らす喉、勇太を凝視する瞳。
 六匹分の感覚を共有すると、多少頭痛を覚えるが、しかし、生き残るためなら我慢しよう。
「ふぅ……よし」
 獣との意識が繋がる。
 これで、相手が何をしようと、先が読める。
「さぁ、来なよ。俺を殺せるもんなら、殺してみろ」
 勇太の言葉に弾かれたように、獣が地面を蹴る。

 右後方から、獣が飛び掛ってくる。
 振り向かなくてもテレパスのフィールド内ならば、それは感じ取る事ができる。
 だが、勇太は動かない。
 このままでは獣の爪が届く、というところで、次の手。
 テレパスの応用、相手の脳に強く干渉し、相手の思考にノイズを発生させる。
 イメージとしては頭の中に手を突っ込んで、グチャグチャにかき回してやる感じ。
 獣はそのノイズを受け、器用にも空中で苦しみもがき、そのまま舌をたらして地面にダイブした。
 それとほぼ同時、前方から二匹、同時に攻めかかってくる。
 しかし、何匹来ようが一緒だ。テレパスのフィールド内にいるなら、その思考は既に勇太の物。
 強く念じてやれば、その二匹の脳にもノイズを送る事は容易である。
 前方の二匹もノイズに襲われて意識を失い、そのまま地面を転がるように伏せた。
「何も問題なく使える……これならっ!!」
 全身に力を込める。
 これから使うのは大技。しかも使用するのはちょっと久々なので、それなりの覚悟がいる。
 そう、明確に『他者を傷つける』と言う覚悟が。
 自分が傷つくのは良い、だが獣とは言え、他者を傷つける。
 それが、自分にとって許しがたい事ではある。
 ……だったはずなのだが。
「喰らえッ!!」
 未だもだえ伏す獣たちの上に、不可視ながら空気を歪ませる程度の強力なサイコキネシスが発生する。
 その形は槍。
 騎士が持つ『突撃槍』と呼ばれる二メートルはあろう長大な槍。
 それを模ったサイコキネシスの塊が、獣の上に
「……やれ!」
 ――降る。

 血しぶきなんて物はない。何せ、相手は煙の獣。
 単に靄が晴れるように霧散しただけ。
 だが、勇太の手に残るのは他の殺害と言う感覚。
 シミュレーションの中で何度も味わった、懐かしい感覚。
 先程は嫌悪感を覚えた物だが、今は既に、そこに何の躊躇も無かった。
「今の俺なら……やれる」
 勇太は自分の拳を見つめ、少し口元を上げた。
 それを見てたじろぐ残りの獣三匹。
 すっかり戦意を削がれてしまったのか、唸り声も弱々しい。
 ならば、そこを見逃す手は無い。
 勇太は獣が動き出す前に、自分から距離を詰める。
 自らの持つ最後の超能力、テレポート。
 最低でも五キロ程度の瞬間移動は可能と言う能力だ。
 十メートル程度しか開いていない獣との間合いを詰めるのなんて、なんて事は無い。
 獣は、いきなり目の前に現れた勇太に驚き、大した反応も出来ていないようだった。
 間髪いれず、勇太はサイコキネシスを操る。
 強力なサイコキネシスは相手を傷つける事もある。
 先程の槍のような事象ではなく、『モノを移動させる』と言うその能力だけで、それは攻撃力を持つのだ。
 即ち、身体の一部分だけ吹き飛ばす、なんて事も可能なわけだ。
 勇太がサイコキネシスを発した途端、目の前にいた獣の頭はどこかへ吹き飛び、そのまま身体は霧散する。
「次ぃ!」
 完全に調子が良くなって来た勇太は、そのまま連続でテレポートし、残りの二匹の身体をサイコキネシスで吹き飛ばす。
 あっけないほどに消えていった煙の獣たち。
 そこに残ったのは勇太と、獣たちの形作っていたタバコの残り香、そして始めに立っていた男だけ。
「さて、最後はあんただ」
 肩慣らしは終わった。
 最後は本命である、あの男を殺す。
 それでこの夢も終わりだ。
 しかし、そんな状況でも男はたじろぎすらしない。
「最後まで余裕って事か。それとも、動けないって事か?」
 勇太の問いにも答えない。
 それは予想していた事なので、勇太の方も特に構う事もない。
 着々と、男を殺すための準備を整える。
 再びサイコキネシスを全力で練り、その手に巨大な槍を作り出す。
 普通ならば勇太には持てないような大きさだが、サイコキネシスに質量はない。
 勇太は槍の切っ先を男に向け、構える。
「じゃあそのまま――」
 そして地面を蹴ると見せかけ、テレポートで一気に間合いをつめる。
「――動くこともなく死んでいけッ!!」
 一瞬で勇太の間合いに収まる男。
 勇太が手に持つ槍が、その男に突き刺さろうとした瞬間、男の顔がチラリと見える。
 ここまで近付いて、初めてわかるその顔。
 タバコをくゆらすそのシルエットに、どうして気付けなかったのか。
 その男は勇太の良く知る――
「えっ!?」
 気付くと、サイコキネシスの槍はどこかへ消えてしまい、代わりに勇太の眉間に銃口が突きつけられていた。
 夢の最後に見た光景は、その引き金が何の躊躇も無く

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「……ッ!?」
 バッと起き上がると、ベッドの上だった。
 寝汗が酷い。寝巻きがべたついて気持ち悪かった。
「あ……うん? なんか、夢を見てたような?」
 気持ちの悪い夢だったような気がするが、その夢の事が全く思い出せない。
 最後の最後に知り合いを見たような気がしたのだが、気のせいだっただろうか?
「……うーん、思い出せないし、とりあえずシャワーでも浴びよう……」
 勇太は伸びをした後、着替えを持ってシャワールームへと足を向ける。
 きっと汗を落とせば、この気分の悪さも取っ払われるだろう。
 思い出せない夢、と言う事はそれほど面白くもない夢だったのだ。
 後味も悪いばかりだし、無理して思い出す事もあるまい。
「……あぁ、今日は草間さんの所に仕事の話をしに行くんだっけ……早めに準備しないとなぁ」
 高校は休日。それを利用して小遣い稼ぎに某興信所へと赴くのも、既に日常と化している。
 何せ一人暮らしは世知辛いのだ。貧乏興信所からでも小遣いがもらえるなら貰っておくべきなのである。
 ならば悪い夢の事はさっさと忘れて、いつもの日常へと帰ろう。
 勇太はそんな風に頭を切り替えて、いつも通り、部屋のドアを開けていった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■

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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男性 / 17歳 / 超能力高校生】

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■         ライター通信          ■

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 工藤勇太様、ご依頼ありがとうございます! 『槍といえば突撃槍』ピコかめです。
 直槍もいいけど、やっぱり突撃槍だよね。

 多対一から一対一の戦闘の連戦、初戦は快勝、二戦目は予期せぬ落とし穴により敗北と言う感じでしたがいかがなもんでしょう。
 勝手に筆が乗った結果、獣が煙で出来上がっちまいましたが、そんな輩の思考が読めるのも『夢の成せる業』としてご容赦下さいw
 何でも出来るって設定がこのゲーノベのコンセプトですからねっ!
 それでは、気が向きましたら、またよろしくどうぞ~。

カテゴリー: 01工藤勇太, ピコかめWR |

DIVE:02 -Tree of hope-

「一人、って言われたけど、せっかくだから皆で行こうよ。俺が守ってあげるから!」
 得意気にそう言ったのは、勇太であった。
「まぁ、いいんじゃねーの」
 と返すのはナギだ。
 彼は勇太の言葉を苦笑しつつ受け止めて肩を竦めてみせた。
 勇太はそれに少し不思議そうな顔をするが、ナギは敢えて答えずに「じゃあ行こうぜ」と言いながら、腰掛けていたカウンターを軽々と飛び降りていつものケーブルを2つ手にした。
 一つは隣の勇太に差し出し、彼は自分のこめかみにケーブルを押し当てる。
 勇太も同じようにして、遅れを取らずにケーブルを自分へと向けた。
 ビリっと身体に電流が走る。
 ある意味これがダイブの象徴でもあるが、あまり気持の良いものでもないと勇太はこっそり思った。
「……あー、この感覚が嫌なんだよなぁ」
「!」
 電脳世界へと降りた先で、ナギがダルそうにそう言う。
 心を読まれたのかと思うタイミングだったので、勇太の肩が小さく震える。
「なんかさ、ゾワっとするだろ?」
「うん……ちょっと、気持ちが悪いっていうか……」
「それでいい。思ったことは素直に吐き出せ、勇太」
 ポンポン、と頭を軽く叩かれた。
 自分とさほど年端は変わらないと思う彼も、その実はずっと年上だ。
 勇太はそう感じながら、辺りを見回した。
「あれ、そう言えばミカゲさんとホカゲさんは?」
 傍に居るはずの小さな影二人を、感じない。
「あー、なんかエラー出たから修復に当たるってよ」
 ナギはそう言いながら、おもむろに手を伸ばして何もない空間に立体マップを呼び出した。半透明の画面に浮かぶ2つの赤と青の点灯する小さな光が見える。2つは別方向に移動中であった。
「赤いほうがホカゲ、青がミカゲ。まぁ色は属性で成り立ってるってことだな。管理者って立場上、コイツらは常にこうやってフィールド内を飛び回ってる。……ん、ほら、二人から通信だ。右下にちっさい画面出るからそこ見ておけ」
 マップを眺めながらナギの話を聞いていると、ジジ、と電子がわずかに動くような気配があった。
 そしてナギというとおりに、マップの右下に正方形の小さな画面が新たに生まれる。
『……お久しぶりです、勇太さま。今日はこのような形でのご挨拶となってしまい、申し訳ございません……』
 画面に写ったのはミカゲの顔であった。そして彼女の言葉が続き、勇太がそれに反応する。
「ミカゲさん、久しぶり。なんか、大変そうだね。こっちはナギさんと一緒に進んでみるよ」
『どうか、お気をつけて』
『まぁ無理はしないことね! 次に私がちゃんとアンタに挨拶出来る時が来るその時まで、五体満足でいなさい!』
 ミカゲの言葉の後に、そんな言葉が続いた。声音は似ているが勢いがあり喋り方も違うので、すぐにそれがミカゲではなくホカゲなのだと感じることが出来た。
 画像も直後に切り替わり、ミカゲと同じ顔でありながら金髪と紫の瞳を持つ少女が映し出される。
「えーと、ホカゲさん?」
『そうよ、よーく覚えておきなさい! くれぐれも間違えないでよね!』
 植え付けられた印象は、強烈そのもの。
 ただひたすらに大人しく控えめであったミカゲとは正反対のホカゲには、赤の色がピッタリだと思った。ミカゲとは間違えようもない、とも思う。
「ギャップがすげぇだろ、この二人」
 ナギがそう言った。
 勇太は彼をチラリと見て、素直に頷く。
 ややこしいのは名前だけって思っておけば良い、とナギは続けた。
「ミカゲは漢字で水影、ホカゲは火影。こうすると解りやすいだろ?」
「あ、ほんとだ……」
 マップをスワイプさせると別画面が浮かび上がる。そこには双子のデータがあり、漢字も記されていて、目で確認できた勇太は感心しつつまた頷いた。
「さーて、進むかぁ」
「うん、そうだね」
 マップ画面に戻して、二人はくるりと踵を返す。
 眼前に広がるのは広大な大地――だが、その色は決して綺麗なものではなかった。枯色でしかないそのエリアは、本当に新しい世界なのかと疑ってしまうほどの光景である。
 立体物といえばゴツゴツした岩と葉のついていない木々のみだ。
「なんか……寂しいところだね」
 埃っぽい風を感じつつ、勇太がぽつりと本音を零す。
 電脳世界にもこんな所があるのかと改めて感じて、表情を曇らせた。
「クインツァイトが何を思ってるのかは知らねぇけど、あの双子が意味もなく何もないエリアを作る事は無いんだぜ」
「それって……?」
「まぁ、全ては勇太次第って事だな」
 ナギは遠くを眺めつつそう言った。
 彼の言葉の意味を理解する前に、前方で何かの気配を感じ取り、視線を動かす。
 グルル……という明らかによろしくない唸り声が聞こえてきた。
「……ねぇナギさん。犬と猫って言ってたよね?」
「んー、あれもイヌ科とネコ科だぞ」
「どう見たって大きいじゃん!! っていうかあれ狼と虎だよね!?」
 2つの影に震えた指先を向けつつ、勇太の語気が強まった。
 クインツァイトが言っていた犬と猫とは全く違う姿形が、二人の前に立ち塞がる。勇太が指摘するように、一つは狼、もう一つは虎のそれである。
「ほらほら、勇太が守ってくれるんだろ?」
 隣に立つナギがそんな事を言ってきた。
 自分より僅かにだが背が高い彼をチラリと見やれば、口元に楽しそうな笑みを浮かべている。
 勇太はそれを確認して、うう、と返事に困った。
「いや、だってほら……犬猫だったらさ、俺にも何とか出来ると思ったからさ……」
「そうだよなぁ。って、うわ、来るぞ!」
「!」
 狼が地を蹴る音がした。
 虎もそれに釣られるようにして、駆け出す。
 2つの影が勇太とナギに覆い被さるように伸び、想像通りの展開になる。
 数秒の迷いの後、勇太が自身の能力を発動させようとしたが、それを止めたのは隣のナギであった。
 左手で彼を制した後、右手を差し出し得意のシールドを生み出す。
 物体が弾かれる音が、大きく響いた。
 狼も虎も跳ね返り、地面に転がる。
「ナ、ナギさん」
「元はと言えば、モンスターの詳細を言わなかったクインツァイトが悪い。それから、お前がわざわざ体力消耗させる事もねぇよ」
 ダルそうに手首を鳴らしながら、ナギはそう言った。
 彼はどうやらクインツァイトにあまり良い感情を抱いていないようでもあり、勇太はそれが気になったが今は敢えて聞かずにいた。
「……ナギさんって、実は凄く優しいよね」
「なんだよ、俺は元から、優しいぜっ!?」
 勇太の言葉に、ナギは前方を見たままでそう返事をした。
 シールド展開から風を操り攻撃のそれに変えた彼の能力は、大きな一歩を踏み込んだ後に二体を吹き飛ばす。
 クリティカルを表す文字が浮かんだ後、モンスター達は地面に叩きつけられ消えていった。
「うん、システム甘いなぁ。こんな攻撃程度でクリティカル出たらマズイだろ」
「俺から見たら凄かったけど……」
「バカ言え、俺はこれでも非戦闘員だぞ」
「えー……」
 パンパン、と手を払いながら言うナギに対して、勇太は素直な感情を吐露してみせた。
 あっさりと戦いモンスターを退けたのにも関わらず、ナギはそれを否定する。
 それが勇太には納得出来ないようであった。当然といえば当然である。
「お前と似たようなもんだよ。俺の『風』は元々防御だけに特化してる。だから攻撃に切り替えるとすげー体力消耗すんだ」
「え、じゃあ、無理させた?」
「今日はちょいとチート使ったから大丈夫だ。今回はあくまでデバックと植樹が目的だからな」
 彼はそう言いながら目の前に小さな画面を呼び出した。そして指先で何かを操作して、「クインツァイト、問題有り過ぎだ」と告げて、また画面を閉じる。便利機能の一つだが、勇太はそれを知らなかった。
「ん、これ珍しいか? お前も呼び出せるんだぜ」
 マップ、って言ってみろ。とナギに言われて、勇太はそれに釣られて同じように言葉を続けた。
 すると、目の前に小さな画面が出てくる。先ほどナギが出したものと同じで、立体マップであった。
「わ、本当だ……俺の名前で、アイテムボックスとかもある」
「それがデータってもんだからな。基本はゲームだし、ステータスなんかも全部コレで見れるんだぜ」
 勇太は「へぇ……」と言いながら画面に人差し指を当てて、アイテムボックスの中身を徐ろに確認した。『希望の木(苗木)』と書かれたものが一つ収まっている。今回の最大の目的の『アイテム』であった。
「なるほど、こうやって収納されてたんだ」
「面白いだろ。きっとそのうち色んな操作も出来る様になるんだろうなぁ。……お、矢印出たな。進めるみたいだぜ」
 ナギの言うとおりに、マップ上に一つの矢印が浮かび出た。北の方角に進むと良いらしい。
「モンスターは?」
「もう出ねぇよ。危ねぇし、やめさせた」
 そんなことも出来るのか、と思いつつ勇太は前を見た。ナギが先に進み始めたからだ。
 相変わらずの寂しい色だけが広がる大地。
 数メートルを歩いた後、大きな岩場を登って降りて、枯れ木並木を抜けた先に、丘と呼ぶにはあまりにも低すぎる場所に辿り着く。
「これって、それでも丘なの?」
「まぁ、マップにそう書いてある以上、丘なんだろうさ」
 二人が見るマップの中には確かに『丘』と記されていた。
 膝下までの高さのものをそう言いはめても良いのかとも思うが、ここで考えても仕方がない。勇太はそう思いながら苗木を取り出して、一番高いと思われる位置にそれを設置した。
 自分の手で土を掘るのかと思っていたが、やはりそこはゲームなので、割愛される。
「なんか、不思議だね」
「だなぁ。俺達は確かにこの場に立って、吹いてる風も感じてるのにな」
 膝を折って言う勇太に対して、ナギはその場に立ったままで返事をした。
 彼はこの世界のことは勇太より少しだけ知っているだけで、詳細となると解らないことが多いらしい。双子たちとは違い、ナギも勇太と同じ世界で生きる存在だという何よりの証でもあったが、それでも彼は『こちら側』に近い存在のはずである。
 だが今は、それを思案する事を敢えてやめた。
「えっと……そう言えば幸せになるような話、だっけ。……俺の話は、そういう風に繋がるのかは分かんないけど……」
 勇太は咳払いを一つしてから、話を改める。
 植えた苗木を育てるまでが今回のミッションだからだ。
 ナギは黙ったままで居る。
「……俺は、この『力』を持って生まれたことで、色んな体験をしてきた。たくさん酷い目にもあったし、辛いことばかりだった。だから、俺にとっての幸せや未来って、『普通』で……平凡に暮らすことが夢だった」
 勇太は自分の両手を自然と組んで、それを膝の上に置いてぽつぽつと話を始めた。
 途中で言葉を止めたのは、過去を思い出しているからなのかもしれない。
 ナギはそれを視線だけで確認して、彼の様子を見守る。
 そして、続きを待った。
「だから、当然この先も普通に大学に行って、普通に就職して……って、思ってたんだけど、最近は少し考えが変わってきたんだ。この力を……別の方向で、人の役に立てるような何かに活かせないかって」
 サァ、と風が吹き抜けた。
 穏やかな空気の流れだと感じる。
 勇太の目の前にある苗木の葉が、微かに揺れたようにも思えた。
「まだね、迷ってはいるんだ。でもきっと、俺はそっちを選ぶんだと思う」
 この力を活かせる道を。
 続けた勇太の表情には、迷いや曇りの色はどこにも無かった。
「!」
 一泊置いて、強い光が生まれた。
 勇太もナギも、思わず自分の手の甲を眼前に持って行き、その光を避ける。
 光は四方に広がり暫く輝き続けて、その後は静かに収束していく。
「あれ?」
 勇太がそんな声を漏らした。
 光のために両目を閉じていたナギは、彼の声に釣られるようにしてゆっくりと目を開く。
「……うおっ、動いてる」
「こ、これって、成長……?」
 何かが軋むような音が間近で聴こえた。
 それは目の前の苗木から発せられていた。
 驚きの声を漏らす二人をよそに、それはどんどん大きくなっていき、あっという間に彼らの背丈を超えて立派な樹へと育っていった。
 二人が見上げるまでになった樹は、そこで綿毛のような淡紅色の花をつけて、桃のような甘い芳香を放ち始める。
 すると、勇太の足元辺りから芝のような草が生えて一気に広がり、小さな草花が混じった草原と青空が展開された。
 ほぼモノクロでしか無かった景色が、一気に緑豊かな色合いに変わった瞬間でもあった。
 降り注ぐ陽光が珠のように宙を舞う。生命の喜びの証だ。
「…………」
「…………」
 二人揃って、ぽかん、と口を開いていた。
 そして、言葉を失いつつ互いに辺りを見回す。
 ナギもこうなるとは予想していなかったようで、明らかに動揺はしていたが、口元には笑みが浮かんでいた。
「はは、すげぇな。……これが、勇太の希望か」
「え、俺?」
「言ったろ、希望の木だって。苗木を植えてそれをどうするかは各自で決まる仕組みなんだよ」
 サワサワ、と木々が風を受ける音が聞こえる。
 葉が揺れると当然花も同じように揺れて、甘い香りが再び鼻孔をくすぐった。
「……希望」
 勇太がポツリとそう零す。
 数歩下がって、改めて樹を見上げた。
 小さく頼りなかった苗木が、立派に花をつけている。その姿は誇らしげでもあった。
「俺も、こんなふうに誇れるように、前を見て歩いて行くよ」
 決意にも似た響きだった。
 ナギはそれを受け止めて、嬉しそうに口元を緩める。そして徐ろに右腕を上げて、勇太の髪をわしゃわしゃと撫で回しつつ「お前なら大丈夫だ」と言いながら笑った。
 ナギはいつでも、ヒトの生き方を体感することが好きであった。
 だからこの瞬間も、彼にとっては思い出深いものになるのだろう。

 このエリアがこれからどのように使われていくのかは、今はまだわからない。
 『ただの丘』でしかなかった場所は、いつの間にか『希望の丘』という名称に変更されていたが、勇太がそれに気づくのは現実世界に戻ってからの事になるのだった。

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           登場人物          
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【整理番号 : PC名 : 性別 : 年齢 : 職業】

【1122:工藤・勇太 : 男性 : 17歳 : 超能力高校生】

【NPC:ナギ】

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          ライター通信          
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 ライターの紗生です。この度はありがとうございました。

 工藤・勇太さま

 いつもご参加有難うございます。
 何だかんだと、ナギは勇太くんに優しいなと思いつつ。
 外見はヤンキーみたいですが、彼はきっと非情にはなれないタイプです。
 今回の敵である犬猫(笑)は完全にモブ扱いでした。
 目的が木を育てることに有りましたのでそちらに重点を置いてあります。
 少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。

 またお会いできたらと思っております。

カテゴリー: 01工藤勇太, 紗生WR(勇太編) |