少しずつ近づく距離

都内某所の喫茶店で、テラス席に座る男性が一人。
コーヒーカップを目の前に、両肘をついて両掌の上にアゴを乗せ、ボーッと流れゆく人の波を見ている。
目の前にあるコーヒーからは既に湯気が消え、それがどのくらいの時間ここに居たのかを表していた。
彼の名はフェイト。 今は時間潰しの為に、ここにいるようだ。
テーブルの上に置いた腕時計にチラリと視線を落とし、続いて小さく溜息を落とす。
音は乗せずに、ゆっくりと彼の唇が動き、その動きは「長い」と言っているようだった。
片手をテーブルの端に伸ばして砂糖を手に取り、スプーンで掬ってコーヒーの中へと沈めてかき混ぜる。

「溶けないんじゃねぇの、それ……」
聞いたことのある声が耳へと届き、フェイトはふと顔を上げた。
「村……、えっと、翔馬だったっけ?」
視線の先に居たのは、片手で清算済みのトレーを持った村雲翔馬。
村と言いかけたものの、どうやらフェイトはその先の苗字を思い出せなかったようで、記憶に残っていた名前の方を呼んだ。
「おぉ、やっと名前を憶えてくれたんだな」
翔馬は目を細め、ニィと白い歯を見せて笑った。
「──…(苗字が思い出せなかったのは内緒にしておこう)」

ココ座ってもいいか?と聞いているように、翔馬はフェイトの向かいの席を指差す。
フェイトも掌を上に前へと差し出して椅子を指し、どうぞ、との言葉に代えた。
フェイトから了承を受け取ると、小さくサンキューと言いながら翔馬が椅子に腰掛ける。
「スサノオは元気?」
コーヒーカップに口をつけた翔馬の方を見たまま、フェイトが問いかけた。
カップを口につけたまま、視線だけでフェイトを見て、翔馬がこくこくと頷く。
「そういえばお前とは変な場所でよく会うよな」
ようやくカップを置いて、翔馬が口を開いた。
「あぁ、たしかにそうだね。 俺はもともと職場の拠点がココ(東京)だから」
「俺と会う度に毎回仕事仕事って言ってるよな、何の仕事してんだ?」
翔馬からそう聞かれ、フェイトは一瞬黙った。
そして少しの間考えたが、フェイトも翔馬にならばと思ったようで、再び口を開いた。
「IO2のエージェントだよ」
フェイトの答えに、あぁ、と翔馬が声を零した。
「IO2か。 どうりで変な場所で会うはずだぜ」
「知ってるんだ?」
「噂を聞くって程度にはな。 俺だって無意味に全国飛び回ってるわけじゃねぇし。
まぁ、実際にIO2のエージェントに会ったのはあんたが初めてだけどな」
「全国?」
「自由気ままに、各地の悪霊を潰しながら全国を旅してる。」
「へぇ……」
どこにも所属することなく各地を旅している翔馬を、フェイトは多少羨ましいと思う気持ちもあるようだった。
「って、俺のことはいいから、折角だし今日はお前のことでも話せよ」
完全に相手のことを聞く側の姿勢でいたフェイトに、翔馬が問いかけを返し、フェイトの唇から、えっ、と漏れる。
「俺のこと? 何を話せばいいんだ? IO2のエージェントで……」
「それはさっき聞いただろ。 たとえば、あんた歳は?」
「……………22」
「おい、ちょっと待て。 なんで自分の年齢を言うだけのことに、そんなに間が必要なんだよ」
「なんか苦手なんだよ、自分のことを話すのって」
フェイトが横を向いて、頭をカシカシとかいた。
本名さえも名乗らない環境に慣れてしまっているようで、フェイトには自分のことを明かすということは、とても不思議な気分だった。

──ピピッ!

偶然が味方するフェイトの助け船。
暫くの間、翔馬に誘導される形で、フェイトは少しずつ自分のことを話していったが、腕時計のアラームが鳴った。
「あ、いけない、時間!」
時間が来たことを強調するかのように、フェイトが大げさに立ち上がる。
その様子を見て、翔馬はプッと笑いを堪えた。
「何? これから仕事か?」
翔馬にも、嫌がる相手から無理に聞き出す趣味はない。
それでもフェイトが、思いのほか色々と話してくれたことが嬉しかったようで、表情は穏やかになっていた。
少し前まで眩しく照り付けていた太陽が沈んでいる。
それくらいの時間、二人は会話を続けていたようだ。

「この先に廃病院があってね、そこに巣食ってる悪霊を殲滅しに」
そう言いながら、フェイトが少し離れた場所を指差した。
翔馬もその指の先を目で追い、カップに残っていたコーヒーを飲み干して立ち上がる。
「じゃぁ、手伝ってやるよ」
「えっ?! いいよ、悪いし……」
「へぇ、今回は『仕事だから』とは言わないんだな」
「あ……」
自分の口から出た言葉に、フェイト自身も驚いたようだ。
少しずつ、二人の距離が近づいていることに、ようやく気付き始めたのかもしれない。

「──し、仕事だから、手は出すなよ」
「はいはい、わかりましたよ」
視線は行く先を向いたまま、逃げるように早足で歩き出したフェイトを、クスクスと笑いながら翔馬が追いかけて行った。

Fin

———

この度は、ノミネートのご依頼ありがとうございました。
フェイト君と翔馬君に、またお会い出来てとても嬉しいです。
今回は二人の会話がメインということで
少しずつ距離が近づく感じを大切に、会話を多めに書かせて頂きました。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
また機会がありましたら、どうぞ宜しくお願い致します。

カテゴリー: 02フェイト, 三上良WR |

再会

「土砂崩れ…か?」
ここはいつも通る山道。
普段は自分以外の車を見ることも殆どないのだが、この日は妙に混んでいた。
沢山の車のイラつきがクラクションの音へと姿を変えている。
天候は見事な大雨。
この大雨のせいで土砂崩れを起こし、道が封鎖されているようだ。

フェイトはフロントガラスから目を凝らして正面を見たが、前にいる車は結構な数。
ましてやこの止む気配を見せない大雨では、復旧にもまだ時間がかかるだろう。
「迂回路を探すしかないか」
ハンドルに肘をつき、手のひらに顎をのせて、ふぅ、と溜息をついた。

旧道らしき道を走らせていると、古いトンネルが見えてきた。
ずいぶんと使われてない様子だが、迂回路はおそらくここだけ。
だが、フェイトはトンネルに入る直前でブレーキを踏み、目を細めた。
「──霊気?」
まずは肌で憶えた違和感。
そして神経を研ぎ澄まし、確定。
正面に位置しているトンネルからは霊気が溢れていた。

雨のせいで殆どの音が遮断される中、ひとつの排気音がフェイトの耳へと届いた。
バックミラーで確認すると、見えてきたのは一台のバイク。
この大雨の中バイクで、しかもヘルメットをしていない。

「………」
そして顔が確認出来ると、驚きと呆れが入り混じった表情でフェイトの口が開く。
「バカじゃないのか……」
少し遅れて、その唇が音を得た。

フェイトの車の真横に、バイクが停止する。
運転していたのは、少し前に会った男、翔馬だった。
当然ながら翔馬も、車の中にフェイトが見えた瞬間は驚きの表情を浮かべていた。
フェイトがウィンドウを下げる。
「あんたは……」
「よう、偶然だな。 たしか名前は『運命』…だったか?」
「ちが……、フェイトだ。 ヘルメットしろよ、危ないだろ」
「ヘルメットかぶると雨で前が見えねぇんだ」
それは嘘だろう、と思いながらも、フェイトは口を閉ざした。
翔馬が自分から視線を離し、トンネルの方を真っ直ぐに見たからだ。

「霊気か」
翔馬の表情が鋭いものに変わり、バイクから降りてエンジンを止めた。
「そうだね」
フェイトも車から降りて雨の中へ。
そして同じく、トンネルの方へと視線を戻した。
「他に迂回路ってあるのか?」
「ないと思う。 多分、この道だけかな」
「被害が出る前に片付ける必要がありそうだな」
「その方がいいだろうね」
二人はゆっくりと、トンネルの中へ足を踏み入れた。

肌で感じたとおり、沢山の浮遊霊が漂う中、二人は奥ヘと進む。
すると、突然壁が崩れ、中から骸骨が顔を出した。
その瞬間に響く銃声。
襲ってくる暇もなく、フェイトの銃が骸骨を貫く。
「スケルトンか?」
床に崩れ落ちた骸骨を見て、翔馬が呟いた。
「わからないけど、襲って来そうだったから」
フェイトが銃に弾丸を補充しながら、言葉を返す。
「お前、わからないのに発砲すんのか……。 見た目に反して激しい性格してんのな」
「襲われてからじゃ遅いからね」
フェイトは銃を持ったまま、両手を広げて肩をすくめた。

フェイトのその予感通り、間もなく骸骨達が次から次へと襲ってくるが、今回は前回のように親玉がいそうな気配はない。
トンネルの中でフェイトと翔馬は別々に、だが時折互いを助けながら、ただひたすらに倒していった。

***

「はい、大雨のせいで土砂崩れが……、はい…、はい…、わかりました、お疲れ様です」
そこは近くの温泉宿。
更衣室でフェイトが携帯を持ち、IO2と連絡を取っていた。
ことの顛末を説明すると、帰りは明日以降でいいと言われ、ここで一泊することに。
雨のせいか他に客もおらず、殆ど貸切状態。
フェイトは携帯を切ると、天井を見てひとつ、溜息を零した。
今回は親玉こそ居なかったが、その代わりに数が多く、流石のフェイトも疲れたようだ。

「電話か?」
フェイトが浴場へ足を踏み入れると、先に入っていた翔馬が彼を見た。
「ああ、報告をね」
「面倒くさいことしてんのな」
「これが俺の仕事だから」
「その台詞、前も聞いたな」
「そうだっけ?」
湯に浸かりながら、フェイトと翔馬が言葉を交わす。
会うのはこれで二度目なのだが、長い時間一緒に闘っていたせいか、まるで古くからの友達のような状態になっていた。

「そういえば、さっきここの女将に、あのトンネルのことを話したら驚いてたぜ」
その翔馬の言葉に、フェイトが「え?」と、音は乗せずに口を開いた。
「昔よくこの付近で土砂崩れが起こってたんだと。 それであのトンネルを作ったらしいが、人柱として埋まってる奴がいるそうだ」
「人柱って……、トンネルが崩れないように?」
「そうだろうな。 まぁ、それで人柱の幽霊が出てちゃ意味ない気がするけどな。 そのせいで幽霊が出るって噂と、事実、原因不明の事故もあったとか」
「………」
「──? どうした、フェイト」
「いや……、なんでもないよ」

フェイトが言葉を詰まらせるように、そこで会話が途切れた。
コポン、と音を立てて、フェイトは頭てっぺんまで湯に浸かる。
翔馬はそれを首を傾げながら見ていた。

湯の中で、フェイトは薄く目を開いた。
そして、倒した骸骨達の姿を思い出す。

── 俺が今まで戦ってきた相手の中にも、そんな人間が居たんだろうな。
望まぬ未来を辿り、悪霊へと姿を変えた者が。

「(考えても仕方ないか……)」
湯の中から見上げた水面が、ただユラユラと揺らいでいた。

まるでフェイトを包み込むかのように。

Fin

———

この度は、ノミネートのご依頼ありがとうございました。
フェイト君と翔馬君に、またお会い出来てとても嬉しいです。
今回はちょっと悩んだのですが、二人が打ち解けていく感じを出せればと思い
前回よりも二人の会話部分を重点的に出してみました。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
また機会がありましたら、どうぞ宜しくお願い致します。

カテゴリー: 02フェイト, 三上良WR |

俺の名は

「うーん、いかにもって感じの廃墟だなあ……」
左の手で握った拳銃を右の肘に添え、右手で握った拳銃を顎に当てて、一人の青年が天井を見上げている。
彼の名はフェイト。
IO2からの任務を受け、一人でこの場所へと乗り込んだ。

とある山中の元鉱山町。
そこに位置する廃墟、元はおそらくホテル。
この場所に悪霊が溜まり、ひとつの固体、つまり化け物となった。
『ひとつの化け物』それだけならば放置されることも多いが、今回のケースは既に死者が出ている。
被害者の殆どは若者。
悪霊が居る、それを知らずに興味本位で肝試しをと足を踏み入れ、そのまま帰らぬ人となる。

「肝試しする方もする方だよねえ」
ここで一度、右に向けての発砲音。
「見えきゃ仕方ない気もするけどねえ」
もう一度、左に向けての発砲音。
そして、その方向に居た悪霊が砕けて消える。
そこに残るのは、両腕を交差し、銃口から煙を帯びた拳銃を握るフェイトが一人。
この薄気味悪い建物の中をフェイトは何も起こっていないかのように歩いているが
周囲には小物の悪霊がうじゃうじゃと点在しており、それをひとつずつ順番に、時折独り言を呟きながら確実に処理していた。

「たいしたことないな。 拳銃だけでいけそうな気がす…る……」
たいしたことないな、と言った直後、フェイトの言葉が不自然に途切れた。
振り返ると、これまでとは違う気配を帯びた大きな固体がひとつ。
おそらくは、この騒ぎの大元となっている悪霊。
それがフェイトを静かに見下ろしていた。

***

流石のフェイトも、廃墟の中を走り、空間を飛び、逃げながら戦う。
無駄なダメージを受けたくないというのもあるが、何より、相手の一撃はとても重い。 …多分。
おそらく一度でも食らえば、致命傷になる。
それをフェイトは本能で感じていた。
「これは弱点を探さないと駄目かな」
途中で何発か打ち込んだ対霊弾により、多少のダメージは与えているようだが倒れる気配はない。
普段なら体術で戦うことも可能だが、それも今回の相手には通じそうにない。
よって、まずは『避ける』と『逃げる』。
それが最善だと判断した。

「うわッ!!!」
そんな中、フェイトの叫ぶ声と、バキィと何かが割れる音が響いた。
このホテルが廃墟になってから、どれほどの時が流れたのか定かではないが
床が朽ち、重みが掛かれば抜ける程度に劣化するには充分な時間だったようだ。
バランスを崩し、床へと倒れこんだフェイトに、うっすらと影がかかり
バッ!と風を切る音が聞こえる程の勢いで、フェイトは上を見た。
そこには、最初と同じように、この騒ぎの大元となっている悪霊が、フェイトを静かに見下ろしていた。
ただし、今回はフェイトに向けて、明らかな殺気を帯びた状態で。

起き上がって逃げるにも、間に合う気がしない。
能力を発動するにも、発動までの時間すら許してくれないだろう。
───絶体絶命。
フェイトは死を覚悟し、固く目を閉じた。

「なーに諦めてんだ……よッ!!!」

語尾の「よッ!」という言葉と同時に、ガンッ!と重い音が聞こえた。
覚悟していた筈の攻撃もなく、フェイトは再び目を開く。
そこには、右手に不思議な光を帯びた見知らぬ青年が一人。
その青年の前で、化け物の大きな体がグラリと斜めに揺れていた。

「あんた、肝試しに来たのか? 悪いけど、危ないから帰ってくれる?」
青年の姿が視界に入ったと同時に、フェイトが言葉を発した。
「この状況でソレ言うか?」
目の前の化け物を指差しながら、青年はそう返した。
「翔馬殿、喋っている場合ではござらぬ」
さらに、青年の右腕の辺りから、声がもうひとつ。
「あぁ、そうだな。 えーと、悪いんだけど、コイツを退治するから、そこどいてくれるか?」
そう言いながら、左手をフェイトへと差し伸べた。
フェイトは、自分へと差し伸べられた手を見て怪訝そうに眉を寄せる。
「あんた誰だ?」
「名前か? 村雲だ。 村雲翔馬。 …と、これが、スサノオ。 一応、この化け物を倒しに来た」
拳を握ったままの右手を見せて、翔馬がそう答えた。

のんきな会話を交わしていると、突然、いつまでも手を取らないフェイトの腕を翔馬が掴み、引っ張り上げた。
そこでようやく床からフェイトの足が抜け、それとほぼ同時に化け物がその場所を、残った床ごと叩き割った。
フェイトも翔馬も、反射的に後へ飛び、距離を取る。

「で、正直ちょっとコイツを倒すのは骨が折れるんだが……」
「あぁ、俺が倒すから、あんたは手伝ってくれ」
「フザけんな、俺が倒すから、おまえが手伝え」
「あんた、コイツを倒せるのか?」
「そのままそっくり返すぜ、その台詞。 おまえコイツを倒せんの?」
「倒さなきゃならないんだ。 これが俺の仕事だから」
フェイトと翔馬は顔を見合わせたまま言葉を交わす。
お互い初対面なのだが、何故かどちらも遠慮という言葉が辞書にないようだ。

「…わかった。 じゃあ、俺が押さえるから、おまえは外さずに撃てよ」
「すまない。 あぁ、わかった」
結果、仕事という言葉を聞き、翔馬が先に折れた。
それに対して、謝罪の言葉を返すフェイト。
二人の間で役割分担のような会話が成立すると、それを待っていたかのように化け物が再び襲い掛かって来た。

「頼むぜ、スサノオ」
翔馬が小さな声で呟くと、人の形を帯びた神霊スサノオが現れた。
スサノオが翔馬から離れ、化け物を後から押さえ込む。
「おいスサノオまで纏めて撃つんじゃねぇぞ、頭を狙え」
「言われなくても」
フェイトが銃を構え、動きを封じられた化け物へと銃口を向ける。

───その弾丸は一寸の狂いもなく化け物の頭を貫いた。

***

「とんだ邪魔が入っちまったぜ」
そう言いながら、頭をガシガシと引っかく翔馬。
フェイトと翔馬は廃墟を離れ、喫茶店でコーヒーを飲んでいた。
勿論、化け物は退治済み。
翔馬の拘束と、フェイトの弾丸によって。
「悪かったってば。 でも、ありがとう。助かったよ」
フェイトが礼を言うと、翔馬は舌打ちを零してそっぽを向いた。

「それじゃ、俺は帰るよ。 まだ報告が残ってるから」
そう言って、フェイトが伝票を持ち、席から立ち上がった。
「…よォ」
去ろうとしたフェイトに、翔馬が声を掛ける。
フェイトは振り返り、もう一度翔馬を見た。
「おまえ、名前は?」

正直、友好的には見えていなかった翔馬から、自分の名を聞かれたことに驚くフェイト。
ほんの少しだけ目を見開いたが、やがて微笑を浮かべた。

「俺の名はフェイト。 …『運命』だよ」

Fin

———

ノミネートの受理が遅くなり、申し訳ございませんでした。
はじめまして。 この度は、ご依頼ありがとうございました。
今回は初めてということで、「物語の始まり」というイメージを込めて書かせて頂きました。
また機会がありましたら、どうぞ宜しくお願い致します。

カテゴリー: 02フェイト, 三上良WR |

コネクション

それはある日、午前中からフェイトが草間興信所へと足を向けた時の事であった。
「こないだは小太郎のヤツに引っ掻き回されて、まともに挨拶どころか顔を合わせることも出来なかったしなぁ」
 そんな事を呟きつつ、やってきたのは雑居ビル。興信所が入っているビルの入り口であった。
 しかし、今になって少し不安になる。
 フェイトは自分が工藤勇太である事を隠している。それは武彦にも教えていない。
 彼の正体を知っている人間は極僅か。小太郎もそのうちの一人であるが、彼には口止めをしている。
 こんな状況のまま、草間興信所に挨拶をしに行って、なにか意味があるのだろうか。
「いや、エージェントとして活動するのにも、興信所と面通ししておくのは有益な事だ。これも仕事を有利に回すためだと思えば……」
 そうやって自分を納得させつつ、フェイトは雑居ビルの階段を一段登る。
 ――と、同時にすぐ上にある興信所のドアが開いた。
「お、勇太じゃん」
「……また、なんてタイミングで顔を出すんだ、お前は」
 現れたのは小太郎。
 フェイトが少年から青年に成長したと同じように、彼もまた青年へと成長している。
 立ち振る舞いは変わらないが、体躯だけは立派になったものだ。
「今日はどうしたんだよ? また草間さんに挨拶しに来たのか?」
「そうだよ。草間さんはいるのか?」
「お前もタイミング悪いねぇ。今日も出かけてるよ」
「マジかよ……今度は先に電話かけてアポ取った方がいいのか?」
「その方が確実かもな」
 前回もそうであったが、武彦はどうやら最近、興信所を空ける事が多いらしい。
 その留守を守っているのが小太郎と零であるのだが、いつでも閑古鳥の鳴いている興信所では小太郎でも留守番が務まるのだろう。
 仮に小太郎がヘマをしても、零が何とかバックアップをしてくれるという寸法だ。
「お前、信用されてるのかされてないのか、よくわからんな」
「何をいきなり……」
 訝るような哀れむような微妙な視線を向けると、小太郎は警戒したように退いた。

「で、お前は今からどこに行くんだよ?」
 興信所から出てきた小太郎に尋ねると、彼は財布を見せる。
「草間さんのお使いだよ。なんか、タバコがなくなったとかで」
「草間さん、出かけてるんだろ? ついでに買ってくれば良いじゃん?」
「そう思うよなぁ? でもこれが、俺にツケさせて踏み倒すつもりなんだよ。狡いやり方だぜ、全く」
 そうは零しつつも、律儀に買ってくるところ辺り、小太郎もかなり飼い慣らされているようであった。
「近くのコンビニまで行くけど、勇太はどうする?」
「んー、折角だし、ついて行こうか。適当に飲み物でも買って……ん?」
 その時、フェイトの携帯電話が鳴る。
 ディスプレイを見ると、ついこないだ、連絡先を交換したばかりの女性からだった。
「お? 電話? 誰から?」
「人の携帯電話を覗くんじゃない。ユリからだよ」
「……ユリ!?」
 かなり近しい人物の名を聞いて、小太郎は目を丸くしていた。
 ……のだが、すぐに手を打つ。
「そーか。二人ともエージェントだもんな」
「そうだよ。ついでに言うなら、一応、ユリは俺の先輩になる」
 中学生の頃からエージェントとして働いているユリ。
 数年前にエージェントになったフェイト。
 同年代でありながら、その勤務時間には結構な隔たりがある。
「なるほど、勇太はユリの後輩なのか。考えてみればそうだよなぁ」
「何を感慨深げに……」
 フムフム唸りながら頷く小太郎を放っておき、フェイトは電話に出る。
「はい、もしもし?」
『……フェイトさんですか? 今、どこにいます?』
「今ですか? 草間興信所の前です。挨拶に来たんですが、空振りでしたよ」
 電話の向こうは既知の友人ではあるが、一応は先輩。
 とりあえず形だけでも敬意を払って、敬語を使う。社会人としては常識である。
『……そうですか。興信所……思ったより遠いですが、大丈夫でしょう』
「何の話ですか?」
『……今からそっちに迎えを寄越します。すぐに応援に来てください』
「応援? 何か、事件ですか? 俺に直に言うよりも、本部に言った方が……」
『……大層な案件ではありません。ですが、私たちだけでは少し手に余ります。よって、あなたに白羽の矢が立ったのです』
 要は、簡単に捕まる人手としてフェイトが選ばれたというわけだ。
「勘違いかもしれませんが、俺を暇人か何かだと思ってませんか?」
『……今はお仕事ではないんでしょう?』
「今はそうですけど――」
『……だったら先輩のお願いくらい、聞いてくれてもいいですよね?』
 なにやら反論を封じられたような気がする。
 これは、小太郎も苦労していそうだな、とすら思った。

***********************************

 と言うわけで、雑居ビルの前で待っていること、しばし。
 一台の乗用車がビルの前に停車した。
「君がフェイトくん?」
 運転席から顔を出したのは、男。
 その顔を見て、小太郎が手を振る。
「お、麻生さんじゃん。元気そうで」
「小太郎くんかい? フェイトくんとは知り合いなのか?」
「まぁね」
 どうやら小太郎とは知り合いらしいその男。
 だが、フェイトは知らない。ユリと顔合わせした時も、この男はいなかったような気がする。
「小太郎、誰だ、コイツ」
「一応、ユリのバディらしいんだけど。もう有名無実だな。ユリは一人で働いてるし」
「へぇ、名前は?」
「麻生真昼。とんでもないデクのボウって話だ」
 ニヤニヤと笑っている小太郎。
 小太郎にまでそう言われるとなると、相当ダメと言う事なのだろう。
 一瞬にして、この事件の解決が難航しそうな気がしてきた。
「俺がフェイトです。あなたが迎えですか?」
「そうです。僕は麻生真昼。よろしく。すぐに乗ってくれ。移動しながら概要を話すよ」
 そう言われてフェイトは助手席のドアを開け――小太郎は後部座席のドアを開けた。
「おい、小太郎。なんでナチュラルについて来ようとしてるんだ」
「え? 面白そうじゃん?」
 ニヤニヤ顔を崩さず、小太郎は後部座席に乗りこんだ。
「こないだは、ゆ……フェイトにも俺の仕事を手伝ってもらったしなぁ。そのお返しって事で」
「お前、そんな事、微塵も考えてないだろ」
「いいから、早く乗ってくれ!」
 麻生に急かされ、フェイトも助手席に乗る。
 小太郎にしては珍しく、気を利かせて呼び名を変えた事に免じて、同行を許してやる事としよう。

「現場は近くにある廃ビルでね。そこで妙な儀式が行われていたんだ」
「妙な儀式? 東京のど真ん中で度胸あるな」
 とは言いつつ、しかしとも思う。
 東京は既に魔都と呼ばれて久しい。
 そんな都市の真ん中でどんな儀式が行われていようと、気にする人間の方が少数か。
「で、そこで行われていたのが、反魂の儀式でね」
「死人を生き返らせようと? そりゃ大掛かりな儀式になったんじゃないですか?」
「いや、それがね。小規模に収めようとして失敗したらしいんだよね」
 大きな効果を得ようとするならば、その儀式の規模もかなり大きくなる。
 儀式に使う場所は広く、捧げる供物などは多く必要になるわけだ。
 しかし、それをケチって儀式を強行してしまったため、当然の如く失敗してしまったのだろう。
「結果的に、廃ビルの一角に悪霊が大挙してしまったんだよ」
「ユリさんと麻生さんの二人でどうにかなる規模なんですか?」
「ちょっと厳しいね。儀式の行使者は一人だったから、本当は儀式が行われる前に止めようと思ってたんだけど、ちょっと手違いでね」
 魔術師が大仰な儀式を行おうとしたのだ。
 現場には幾重にも罠が仕掛けられていたに違いない。
 エージェント二人ではそれを突破するのに時間がかかってしまったという事か。
 そんな風に一人で納得していると、後ろの座席から小太郎の声が聞こえる。
「フェイト。難しい顔をしてると、後で疲れる事になるぞ」
「どういう意味だよ?」
「まぁ、後々わかるさ」
 意味深な小太郎の台詞であったが、気にせず確認事項に移ろう。
「それで、麻生さん。こちらに何か武器は?」
「トランクに拳銃とマガジンが幾つか。他にも幾つかあるけど……あまり大層なものは持って来れなかったんだよね」
「それなら多分、大丈夫です。変に大きなものより、拳銃の方が扱いに慣れてますし」
 一応、私物である拳銃も持って来ているが、換えのマガジンはない。
 マガジン一本では流石に大量の悪霊とやら相手にするのに心許ない。
「小太郎くんはどうする? 何か必要かな?」
「麻生さん、俺のスタイル知ってるだろ? テッポなんかに頼るわけないじゃん」
 ふてぶてしい態度の小太郎であるが、確かに彼の戦闘スタイルであれば拳銃はいらないだろう。
 むしろ扱いになれていない人間が銃器を持つ方が危険だ。
「じゃあ、現場に急行するよ」
 そう言って、麻生はアクセルを踏み込んだ。

***********************************

 と、勇んで車を加速させたは良いものの、結局現場に到着したのは予定よりかなり遅れてからだった。
「なんでこんな近くの廃ビルに来るのに、こんなに時間がかかってるんだ……」
 興信所からでも直線距離にして大した距離ではないはずなのに、時計を見るとかなり時間が経っている。
 フェイトは気疲れしたかのように肩を落として車を降りる。
「いやぁ、すみません。少し迷ってしまったみたいで」
「少しってレベルじゃねーぞ」
 頭をかいて苦笑する麻生に、小太郎が突っ込みを入れていた。
 フェイトも、もう少し元気があれば小言の一つでも言ってやりたいぐらいだ。
 もしかしたら、儀式の発動を阻止できなかったのは魔術師の仕掛けた罠などではなく、麻生がハンドルを握っていたからではなかろうか。
 いや、ここでそれを論っても仕方ない。
「それで、ユリさんは大丈夫なんですか?」
「ユリなら大丈夫だろうけど……中の状況は気になるな」
 フェイトと小太郎に言われ、麻生が通信機を取り出す。
 ある程度、妨害も無効化する特殊な機器である。携帯電話よりは信用が置ける。
「ユリさん、大丈夫ですか?」
『……麻生さんですか。私が思ったより大分早くつきましたね』
「そうですか? ちょっと遅れたと思ったんですけど」
『……皮肉です。まともに受け取らないで下さい』
 通信機から漏れ聞こえてくるユリの声が、かなり刺々しい。
「なぁ、小太郎。もしかしてユリって、麻生さんの事が嫌いなのか?」
「あのとぼけたスペックの野郎とバディ組んでるんだぜ? そりゃ嫌にもなるだろうよ」
 ということは、車で迷ったのは偶然などではなく、平常運転と言う事だろうか。
 だとしたなら、ユリの苦労が窺い知れる。
『……こちらは現在、敵と交戦中。儀式を行っていた魔術師は確保できず。恐らく儀式を行っていた場所で気絶しています』
「敵の数は?」
『……嬉しいやら悲しいやら、一体ですよ』
 麻生の情報では大量の悪霊、と教えられていたが、どうやら数が減ったらしい。
「ユリさんが倒したんですか?」
『……それなら良かったんですが、先方、合体できるようで』
「合体、したんですか?」
『……蘇そうとしていた死体を触媒に、強力なレギオンが出来上がりましたよ』
 ユリが『嬉しいやら、悲しいやら』と言ったのはそういう理由だろう。
 多数を相手にするのは難しいが、強力な一個体と言うのも難敵である。
 どちらが良い、とは一概に言えまい。
『……そちらの首尾はどうです? フェイトさんを拾えましたか?』
「ええ、フェイトさん」
 麻生に通信機を渡され、それを受け取る。
「こちらフェイト。ユリさん、応援に来ましたよ」
『……ありがとうございます。私は廃ビルの六階にいます。敵も近くに』
「わかりました。すぐに向かいますので、頑張ってください」
『……出来るだけ早くお願いします。麻生さんは放っておいてもいいので』
 何気に酷い事を言う。
 普段のユリなら他人に気遣う事が出来るはずだが、麻生ばかりはその範疇ではないという事か。
「あ、あと、小太郎も連れてきましたよ」
『……小太郎くんも?』
「ええ、百人力でしょ?」
『……まぁ、人手は多い方が良いです』
 照れ隠しか、少しぶっきらぼうになった言い方だった。

 通信を終え、三人は廃ビルの前で準備も終える。
 車に積んでいた銃器を取り出し、
「さて、じゃあ突入しましょうか!」
 フェイトの号令で全員が廃ビルへと侵入した。

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 ビルの中はヒヤリとした空気が支配している。
 たまに地響きのような物音が聞こえてくるが、恐らくこれは上階で戦っているユリと悪霊とやらの戦闘音だろう。
「もう始まってるな」
「早く行かないと、ユリさんが危ないかもしれませんね!」
「誰の所為で遅れたと思ってるんだ……」
 キリッと決めている麻生の言葉に、冷たい小太郎のツッコミが刺さっていた。

 廃ビルなので、当然エレベーターなどは動いていない。
 階段を上りながら、次第に大きくなってくる物音を頼りに現場へと向かう一行。
 ようやっと六階へ上ってくると、廊下のいたるところに深い穴が開いていた。
「コンクリに穴を開けるレベルか。悪霊ってのはかなり強力っぽいな」
「流石にユリさんの力……ではないよね」
「アンタはユリの能力を何だと思ってるんだ」
 穴を真剣に眺めながら呟く麻生に、やはり小太郎の物言いは冷たい。
 そんな二人のやり取りの合間に、銃声とコンクリを殴る音が響いてくる。
「近いな。二人とも、行くぞ」
「はいよ」「了解」

 廊下を転がりながら、敵の攻撃を避けるユリ。
 腐った身体から繰り出されているとは思えない程の一撃は、かすっただけでもかなりのダメージを受けるだろう。
「……一撃も食らえませんか。その上で能力を使わないとなると、かなり難しいですか」
 物陰に身を隠しながら、ユリは汗を拭う。
 現在、彼女の武器は拳銃が一丁のみ。装填されているマガジンには数発の銃弾が残るのみ。
 そして、彼女は個人的な訓練として能力を使わずに敵を制圧する方法を模索しているのだった。
 確かにユリの能力は強力だ。ことさらに、超能力や幽霊、霊魂などを相手取れば致命的なダメージを与えられると言っても良い。
 だが、そこにあぐらをかいてしまっては自己を高めるなど夢のまた夢、と言うことで、能力以外のスキルを上げようとしているわけである。
「……触媒になっているあの死体を破壊すれば、悪霊は霧散すると思うんですが」
 死体はかなり腐食している。
 銃弾を数発当てれば部位欠損は出来るだろう。その調子で悪霊が取り付く余裕がないほど破壊してしまえば、あのレギオンは瓦解するはずだ。
 だが、問題はあの悪霊が強力なサイコキネシスを扱うほどの力を持っていることだ。
 弾道が捻じ曲げられ、死体に銃弾が当たらないのだ。
「……どうにかしないと、ジリ貧ですね」
 銃弾の残りは少ない。考えて戦わないと、結局能力に頼らずにはいられないだろう。
 打開策を速めに思いつかねばならない。
 ――と、その時。
「ユリさん、援軍に来たぞ!」
 廊下に響いて、フェイトの声が聞こえてきた。

「なんだあれ、死体が浮いてるぞ!?」
「随分強力なサイコキネシスを持ち合わせてるみたいだな」
 驚く小太郎に、フェイトは冷静に分析する。
 廊下の向こうに、一人で空中に浮いている死体を確認したのだ。
 死体自体はかなり腐っているように見えるが、アレがブラブラと四肢を揺らしながら飛び回っているのはかなりホラーである。
「あれってサイコキネシスで浮いてるのか?」
「そうらしい。俺も嫌だが、同種の能力の臭いがするよ」
 死体や悪霊と同じ能力、と言うのは多少の嫌悪感を覚えたりもするが、それで萎えていても仕方ない。
「まずはユリさんと合流しましょう。僕が敵をひきつけますので、二人はそのうちに、ユリさんを探してください」
「麻生さん、大丈夫なんですか?」
「ええ、ユリさんにもよく言われますが、他人のヘイトを集めるのは得意らしいんです」
 良い笑顔でそう言う麻生。
 どうやら彼の言動がヘイトを集めている事は、本人としては自覚がないらしい。
「じゃ、じゃあ頼みます」
「ええ、お任せあれ!」
 物陰から飛び出し、死体を引き連れていく麻生。どうやら囮としては役に立っているらしい。
「じゃあ、この隙にユリと合流しようぜ、勇太」
「他人がいなくなった途端に呼び方が戻るのかよ……」
 呆れつつも先行した小太郎を追って、フェイトもユリのいる方へと駆け出した。

「……小太郎くん、フェイトさん」
 物陰に隠れていたユリと合流する。
「ユリ、怪我はないか?」
「……大丈夫です。あの程度の相手に遅れは取りませんよ」
 小太郎の気遣いにユリは笑顔で答える。
 そんな二人を見つつ、フェイトはマガジンを取り出した。
「これ、変えのマガジンです。麻生さんの車から取ってきたので、多分規格もあってると思うんですが」
「……ありがとうございます。残弾が少なくて困ってた所です」
 マガジンを受け取り、ユリは上着のポケットにそれを入れた。
「さて、じゃああの死体をやっつける方法を練ろうか」
 準備も終わった所で、早速対策を練る事にする。
「……あの死体は取り憑いてる悪霊によって、強力なサイコキネシスを発生させてます。それによって銃弾が避けられてしまうんです」
「じゃあ、小太郎の近接攻撃で攻めるってのはどうですか?」
「俺の剣がサイコキネシスとやらに弾かれないといいけどな」
 確かに、銃弾を曲げるほどのサイコキネシスとなると、小太郎の霊剣にも影響しそうな気がする。
 それどころか、死体を浮遊させる程度の力である。小太郎の身体だってブン投げられるだろう。
「……物理的に死体を傷つける方法は悪くないと思うんです。なので、敵のサイコキネシスを無力化できれば良いんですが」
「最悪、ユリの能力に頼る事になるな」
 ユリの自主訓練の内容を知っている小太郎としては、出来ればユリの力に頼りたくはないらしい。
 とりあえず、ユリの能力に頼るのは最後の手段にしておこう。
「そうだな、俺のサイコキネシスをぶつければ、どうにか相殺できないだろうか?」
「そんな事できるのか?」
「うーん、五分五分かなぁ。成功するかしないかは、ちょっとやってみないと」
 以前に他人のサイコキネシスに自分のサイコキネシスをぶつけて相殺した事はある。
 ただ、あれは夢の中の出来事だったような気がするし、現実でその現象が再現されるかどうかは定かでない。
「まぁ、多分何とかなるんじゃないか?」
「そんな不確かなスタンスで大丈夫なのかよ……」
「じゃあ何か代案をどうぞ?」
「……それで良いです」
 閉口した小太郎は、渋々ながら頷く。
 ユリもその方針で何も問題ないようで、特に反論してこなかった。
「じゃあ、麻生さんを追いかけましょう。早くしないと、彼一人では手に余るかもしれない」
「……いっそ適当に大怪我を負ってくれれば良いんですけど」
「何か言いました?」
「……いえ」
 なにやら黒い発言が聞こえたような気がしたが、とりあえず気のせいにしておく事にしよう。

 どっかんどっかんと壁を穿つ音の聞こえる方へとやってくると、案の定、麻生と死体が追いかけっこをしていた。
「……あの死体、どうやって壁を掘るほどの攻撃をしているのかと思ったら、実際に壁を叩いているのはサイコキネシスなんですね」
「そんな冷静な分析してる場合!? 麻生さん、結構ヤバそうだけど!?」
 顎を押さえながらフムフム唸るユリを前に、フェイトは突っ込みを入れざるを得なかった。
 何しろ、麻生は息も切れ切れ、死体の攻撃を紙一重で避け続けているのだ。
 下手をしたら次の一発が当たらないとも限らない。
「腕にサイコキネシスを纏い、それによって攻撃力を増しているのか。死体ながら考えているな」
「小太郎まで何乗っかっちゃってんの!? 助けないの!?」
「いや、助けるけどさ。そういう分析も大事だぜ?」
「そりゃそうかもしれないけど!」
「……仕方ない、フェイトさん。お願いします」
「仕方ないって言った!?」
 小太郎とユリのコンビの相手に疲れながらも、フェイトはサイコキネシスを操る。
 小太郎の見鬼の力によって、死体が纏っているサイコキネシスの範囲はわかっている。
 その視界をフェイトとリンクする事によって、的確にサイコキネシスをぶつけてやろう、と言う作戦である。
 そして、サイコキネシスを相殺した所に、ユリが銃弾をぶち込んでフィニッシュと言う算段だ。
「……こちらの準備はいいですよ。始めてください」
「了解っと」
 ユリに言われて、フェイトは死体の死角であろう方向から、サイコキネシスの塊を飛ばす。
 球状になったサイコキネシスは周りの景色を歪めるほどの力を持って、死体へと突進する。
 そして、その球状のサイコキネシスが死体にぶつかろうか、という時。
 バチン、と炸裂音がしてフェイトのサイコキネシスが消える。
「ユリ、今だ!」
 小太郎が叫ぶ。彼の目、そしてリンクしているフェイトの目にも、死体のサイコキネシスが消えたのが確認できた。
 声を聞くとほぼ同時、ユリは照準をつけていた拳銃で死体を狙い撃ちする。
 引き金が引かれ、銃口からは煙を吐き出しながら銃弾が飛び出す。
 弾は何かに阻害される事もなく、真っ直ぐに死体へと飛び、その腐った肉を弾き飛ばした。
「当たった!」
「……まだまだいきますよ!」
 ほぼブレのない射撃体勢から、ユリは二発目、三発目と立て続けに引き金を引く。
 容赦のない銃弾の連撃が死体を襲い、その身体を抉っていく。
 ……だが、
「しまった、サイコキネシスの再発生が早い!」
 小太郎の目が捉える。
 死体はこちらを振り返りながら、サイコキネシスを再発生させている。
「フェイト! こっちもサイコキネシスだ!」
「わかってるよ!」
 小太郎に言われる前に、フェイトは自分のサイコキネシスを再発生させる。
 そして、すぐさま打ち出す。
 発射されたサイコキネシスは、また死体にぶつかるだろう、と思われたのだが……。
「なっ!?」
「向こうもサイコキネシスを発射したぞ!?」
 驚く事に、死体の方もサイコキネシスを射出。
 フェイトのサイコキネシスとぶつかって相殺された。
 結果、死体の纏っているバリアは健在である。
「……これでは銃弾が届きません」
「死体のクセに小賢しい……」
「……それに、あれほど再発生が早いとなると、次にバリアを剥がしたとしても私の射撃速度では死体をばらばらにするのは難しいです」
 死体をバラバラにしなければ、悪霊の触媒としては機能を保ったままだ。
 何とか速めに処理しないと、消耗戦になればどう転がるかわからない。
「でも、俺だって手伝おうにもサイコキネシスを操りながら射撃は難しいですよ?」
「俺は銃なんか使えないし、近付くのも難しそうだしな」
「……全く、男連中は役に立たない」
 顔を歪ませ、唾棄するように呟くユリ。
 そこまで言わなくても、とは思わなくもないが……。
「男連中、と言えば、もう一人忘れてると思ったんですけど」
「……あの男の事は頭数に入れないほうがいいです」
「酷い言い方ですね……」
 最早名前すら読んでもらえない麻生に、少しの憐憫が湧いた。
「……とにかく、バリアを剥がしながら、死体を破壊します。フェイトさんはサイコキネシスを打ちまくってください」
「それでどうにかなりますかね?」
「……どうにかします。ですから、バリアの方、しっかり剥がしてくださいよ」
「了解」
 無根拠ではあったが、ユリの言葉にはどこか信用できそうな感じを覚えた。
 ならば、それに乗っかってみるのも一興である。
「小太郎、ちゃんとフォローしろよ!」
「わかってる。フェイトこそ、外すんじゃねーぞ!」
 お互いに声を掛け合い、小太郎はフェイトとの視界リンクを強くする。
 フェイトはそれを頼りに狙いをつけ、サイコキネシスを打ち出す。
 死体はそれに対応し、フェイトのサイコキネシスを打ち消すように動き始める。
「チッ、やっぱり対応してくるか。でもなぁ……ッ!」
 フェイトの口元がニヤリと歪む。
 所詮相手は悪霊が固まっただけの烏合の衆。
 これまで自分の能力を高めてきたフェイトとは、その技術の差が出てくる。
 見る見る内に、死体の対処が遅れ始め、ぶつかり合う位置が死体の方へと押されていく。
「おぉ、やるじゃん、フェイト」
「まだまだ、どんどん回転上げてくぞ!」
 言葉の通り、フェイトの操るサイコキネシスの塊は、瞬く間に数を増し、やがて死体はその対処が出来なくなる。
 ついにバリアにまで届いたサイコキネシスは、大きく弾けてバリアに大穴を開けた。
「よし、こじ開けた!」
「……では、ここからは私が!」
 機会をうかがっていたユリは、懐からもう一丁、拳銃を取り出し、それを両手に構えた。
 いわゆる両手拳銃と言うスタイルで、銃口を死体へと向ける。
「……いきますよ、ロックンロール!」
「うわ、似合わない」
「……小太郎くん、うるさいですよ」
 キャラに似合わない台詞を口走ってしまった事を自覚しているのか、少し頬を赤らめたユリは構わず銃をぶっ放す。
 先程よりも単純計算で二倍になった銃撃の数は、確かに死体の傷を増やしていく。
 ……しかし、
「ああ、やっぱり狙いがそれてるなぁ」
「変に格好つけるから……」
「……うるさいですってば! こっちだって頑張ってるんです!」
 確かに手数は倍になったが、その分、狙いが甘くなってしまう。
 両手で構えている時よりもリコイルが大きく、一発ずつ確実に銃弾がそれてしまう。
 結局、死体がサイコキネシスを再発生させるまで、大したダメージを与える事が出来なさそうだった。
「ユリ、サイコキネシスが発生する!」
「……わかってますって! でも、これ以上はどうしようも……」
「また俺が頑張るしかないかぁ」
 ため息をつきながら、フェイトはサイコキネシスの準備を始めるのだが、その時、後方からバタバタと足音が聞こえる。
 現れたのは、麻生。
「ユリさーん、援軍にきましたよー!」
「……あなた、今までどこに……」
「これ、秘密兵器持ってきましたー」
 そう言いながら、麻生はこぶし大の何かを死体に向けて放り投げた。
 恐らく、一度自分の車まで戻り、役に立ちそうなモノを持ってきたのだろうが……
「そ、それって……」
「まずい、ユリ、伏せろ!」
「……えっ、えっ?」
 放り投げられた黒い何か。
 よく見ると、既にピンが抜かれた手榴弾であった。
 その手榴弾は運良く死体のサイコキネシスの間を滑り込み、バリアの内側へと入る。
 そして、
「耳塞げぇ!」
 小太郎の言葉と同時に炸裂。
 至近距離で爆発した手榴弾は死体を粉砕。
 それによって触媒をなくした悪霊たちは四散していった。

「……いやぁ、僕の秘密兵器が役に立ったようで、なによりです」
「なによりです、じゃねぇよ! あんな近くで手榴弾を投げるヤツがいるかよ!」
 結果的に状況は好転したが、フェイトたちと死体との距離はそれ程離れていなかった。
 フェイトがサイコキネシスで、小太郎が光の壁で、それぞれ防御していなかったらこちらにまで被害が届いていた可能性がある。
「……って言うか、手榴弾なんてどこから持ってきたんですか」
「支給されてましたよ? こりゃ便利、と思って持ってきてたのを忘れてたんです」
 それを逃げ回っている間に思い出して、一度車に戻っていたのだという。
 道理で姿が見えないと思った。
「なんか、あの人があまりよく言われない理由がわかった気がする」
「……理解していただけたなら幸いです」
 フェイトの零す感想に、ユリは眉間を押さえながら頷いた。

***********************************

 その後、儀式の現場で気絶していた魔術師を捕獲し、後の処理を完全に麻生に任せて、他の三人は近所にあった食堂に来ていた。
「……本当にここで良いんですか? もっと別のお店でも良いんですよ?」
「良いですよ。久々に帰ってきたんですから、日本っぽいモノも食べたいですしね」
 仕事を手伝ってくれたお礼に、と言うことでユリが食事をご馳走してくれるらしいので、この店にやってきたのだ。
 フェイトの言葉にもそれほど嘘はない。
 確かにもっと良い店で奢ってもらうのも悪くはないが、こう言うのも悪くはない。
「……そうですか。では、好きなものを頼んでください」
「あの貧乏少女だったユリが、人にモノを奢るなんてねぇ」
「……小太郎くんだって、昔は借金するほど貧乏だったでしょう」
「そりゃそうなんだけどさ。時の流れってスゲェなって話さ。あ、俺はしょうゆラーメンとライス。あとコーラね」
 カウンターにいたおばちゃんにオーダーを告げつつ、小太郎はお冷やを人数分用意する。
 手馴れているのは興信所での給仕経験ゆえだろう。
「じゃあ俺は……オススメ定食かな」
「……もっと高いモノでも大丈夫ですよ? 私だってお金ぐらい持ってるんですから」
「いえいえ、気遣いとかじゃなくて、こう言うところのオススメは本当に美味しいと思ってるから頼んでるんですよ」
「……そうですか。では、私は生ビール」
「……えっ?」
 時刻は昼。
 まだ日も高い時間である。
 そんな時間から、生ビール。
「……なにか?」
「いや、なんか俺の知ってるユリさんとはちょっと違うな、と思って」
「……そうですか? 美味しいですよ、ビール」
「そりゃ、美味しいでしょうけど」
 なんだか知らなくていい一面を垣間見てしまったような一日であった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8636 / フェイト・- (フェイト・ー) / 男性 / 22歳 / IO2エージェント】

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■         ライター通信          ■
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 フェイト様、ご依頼ありがとうございます! 『ユリの扱いが変わらないかと思いきや』ピコかめです。
 筆の向くままに書いていたら、何故だか酒飲みのステータスが。不思議っ!

 今回はNPCと色々やるって感じでしたが、あんまりユリに先輩風を吹かせる事が出来ませんでしたね。
 そもそも、あまりユリ自身が先輩っぽくない上にフェイトさん、と言うか勇太さんとは既知の仲だったので、それほど先輩っぽい立ち振る舞いが出来なかったのではないかと思います。
 代わりに、麻生の方はちょこっとでも『イラッ』っとしてくれたら、それで成功です。
 ではでは、また気が向きましたらどうぞ~。

カテゴリー: 02フェイト, ピコかめWR |

いつかあなたは

それは、いつもの時間よりも未来の話。
 とある少年が、立派にIO2エージェントとして育ち、アメリカの研修から帰ってきた時の話である。

 四年の歳月を経て、久しぶりに東京の地を踏んだフェイト。
「四年くらいじゃ町並みもあまり変わったりしないか」
 町の中をブラブラしながら、そんな事を呟く。
 いつでも東京は人がごった返し、人じゃないものも隠れ潜み、全てを丸め込んで動き続ける。
 それは四年前も、今も、全く変わらない。
 変わらないのだとしたら、あの場所も……。
 そう思ったのが原因なのか、フェイトの足は自然ととある場所へ向いていた。

 やってきたのは雑居ビル。
 階段を上った先にあるのが、草間興信所。
「やっぱり、変わらないな」
 ドアに貼られたステッカーをなでて、フェイトは少し笑いながら零す。
 懐かしさに駆られながらドアノブを握ったのだが、それが勝手に回る。
「お?」
「うお!? 客か?」
 興信所の中から出てきたのは、興信所の主……ではなく、フェイトと同じぐらいの年恰好の青年だった。
 ボサボサの髪、羽織っているジャージ、顔つきにもどことなく見覚えがあるような気がする。
「あ、お前、小太郎か?」
「ん? 俺の知り合い? いや、待てよ? ……その顔、どっかで見た覚えがあるな」
「気づけよ! 今日、こっちに来るって連絡しただろうが!」
「……あ! ああ、勇太か! 久しぶりだな、おい!」
 小太郎はフェイトの肩を叩きながら、彼を勇太と呼んだ。
「わ、バカヤロウ、俺は今、コードネーム使ってるんだっての!」
「あー、そうそう、そうだったな。確か……フェルト?」
「フェイトだ! ……くそ、なんかいきなりどっと疲れたわ」
 ため息をつきながら、フェイトは小太郎の肩越しに興信所の中を見た。
「草間さんはいないのか?」
「まぁ、最近はよく空けるな。そのお陰で、俺が興信所の仕事をこなす事が多くなった」
 どうやら興信所の小間使いから、正式な職員として雇われたらしい小太郎。
 頭脳の方はあまり成長していないが、身のこなしは少年の頃よりもかなり向上している。
 ゆえに荒事や頭を使わなくても良さそうな仕事は、小太郎が単独でこなす事もあるそうなのだ。
「へぇ、意外と頑張ってるんだな」
「まぁな。借金をこさえていた頃よりは給金がちゃんと貰える分、やりがいもあるしな」
「そういうもんか。……じゃあ、これから仕事か?」
「ああ、つっても、大した仕事じゃないけどな」
 そう言って、小太郎は小さなチラシを見せる。
 そこに貼り付けられていたのはネコの画像と、『探しています』の文字。
「……ネコ探し?」
「そ。しがない探偵の仕事っぽいだろ?」
 自嘲気味に笑う小太郎。
 どうやら興信所は台所事情まであまり変わっていないようだった。

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「別についてこなくても良かったのに」
「まぁ、なんかノリで?」
 フェイトは小太郎の仕事に同行する事にしていた。
 特にこれから用事があったわけでもないし、暇潰しがてら、ネコ探しを冷やかしてやろうと思ったのだ。
「しかし……納得いかんな」
 連れだって歩いている間に、小太郎がポツリと零す。
「どうしたんだよ?」
「勇太はアメリカで研修してきたんだろ?」
 最早、呼び方を直すつもりはないらしい小太郎にツッコミを入れるのも飽きてきたので、スルーする。
「そうだよ。アメリカで四年。こう見えて英語だってペラペラだぞ」
「だとしたら、だよ。アメリカを含め、西洋人の身長が高いのは生活習慣も一因していると言うのは首を傾げてしまうね」
「……どういう意味だ、テメェ」
 現在、フェイトと小太郎の身長差はほぼない。
 両名とも、経年に比例して背は伸びているのだが、二人の視線は同じぐらいの高さである。
 これは四年前の身長差と比べても大差はない。
「いや、逆に考えて、勇太の慎重はアメリカンドリームでもどうしようもなかったと言う事か」
「おぅ、ケンカ売ってるんなら買うぞ、こら」
「だって、中身も外見も変わってないなら、アメリカ行った理由って何よ?」
「だから変わってるって言ってんだろうが!」
「きっと、誰だって今の勇太を見ても、これは勇太だと気付くだろう」
「お前、さっき会った時の自分のセリフを思い出せ」
 小太郎は勇太を初見で判別できていなかった。こちらから話しかけてやっとと言った感じですらあった。
 その小太郎が何を言い出すのかと思えば……である。
「そう言や、小太郎。お前、俺のこと、他の人に話してないだろうな?」
「あぁ、エージェントになったって話か? 大丈夫だよ。さっきまで忘れてたから」
「それはそれでどうなんだよ!」
 フェイトは、自分がIO2エージェントになったことを、あまり広く知らせていなかった。
 武彦にも教えていないのだから、その徹底振りが窺える。
 ただし、小太郎にはその事を教えていたのである。
 と言うのも、小太郎の知人であるユリから暗に伝わっていたため、仕方なくといった感じだ。
「でも、何で秘密にしてるんだよ? 別にいーじゃん、教えたって」
「色々あるんだよ、俺にも」
「……ふーん、まぁ、言うなって言うなら言わねーよ。言いふらすような趣味もないしな」
「お前の場合、ぽろっと喋っちゃいそうだから怖いんだよ」
「なんだと。俺がそんな口の軽い人間に見えるのか」
「仮に口が軽くなかったとしても、お前ならなんかの拍子で口を滑らせそう」
「俺って信用ないな、おい」

***********************************

「……なぁ、ネコの手がかりってあるのか?」
 町をブラついているだけの二人。
 当てもなく歩いているだけの気がして、フェイトは訝りながら小太郎に声をかける。
「当たり前だろ。アテも何もなしで歩き回ってるわけじゃない」
「マジかよ。さっきから適当に歩いてるだけかと思ってた」
「勇太は俺をどんだけバカだと思ってるんだよ。俺だってこの五年くらい、暇してたわけじゃないんだぜ」
 そう言いながら、小太郎はフェイトの肩に手を置く。
 すると、フェイトの視界に今までは存在していなかった、不思議な煙のようなものが現れた。
「こ、これは」
「俺の能力だって日々進化してるってわけだ」
「小太郎の能力……?」
「まずは見鬼の派生で、霊力の残滓を視覚化する力。これはお前のサイコメトリーを元ネタにしたりしてる」
「へぇ、俺のパクリね」
「おい、人聞きが悪いぞ」
 道の真ん中に現れた不思議な煙は、どうやらネコの霊力の残り香のようなものらしい。
「これだって結構面倒くさいんだぞ。対象の霊力を判別しないと役に立たないからな」
「どうやって判別してるんだよ?」
「まぁ、そこは企業秘密だよ」
 後で聞いてみたところ、感覚によるところが大きいらしく、明言化するのは難しいのだとか。
 明言化できないのは単に小太郎がバカだから、と言う説もある。
「そしてもう一つ、一時的に他人に自分の力をリンクさせる力」
「俺にもその霊力を見る力が使えてるのは、その力のお陰って事か」
「俺が触れてる間しか使えないんだけどな」
「また中途半端な……」
 使い方によっては有効かもしれないが、やはり制約によって範囲が狭い気がする。
 しかし考え方を変えれば、元々、極前衛であった小太郎が変な小手先が使えるようになっただけ手札は増えたのかもしれない。
「とにかく、この煙を追っていけば、猫にぶち当たるって事だな」
「ふーん、それ、ホントに探してる猫だって言う確証はあるのか?」
「俺に任せておけ。この能力の的中率は三割だ」
「ヤバい、全然信用できない」
 不安に駆られながらも、フェイトはとりあえず小太郎についていくことにした。

***********************************

 たどり着いたのは橋の下。
「この中、か」
 ネコの残した煙は橋の袂にある排水溝の中へと続いていた。
 この奥は下水道。
 しかし、そこには格子が施されてある。小さなネコならともかく、二人が通り抜けるのは難しいだろう。
「よし小太郎、お前の身長ならこの中にも入れるだろう」
「無理だよ、どう見ても! そんな事言うなら勇太が先に試してみやがれ!」
「まぁ冗談はさておき、どうするんだ?」
「多分、別の入り口もあるだろ。そっちを探す」
「って言っても、下水道だぞ? 別の入り口なんて……」
「その辺にマンホールがあるだろ?」
「……マジか」

 大マジだったようで、小太郎は近くのマンホールの蓋を、霊刀顕現で作り出したバールのようなもので開ける。
 はしごを降りると、トンネルのような場所になっていた。
「よく映画やドラマで見るけど、実際に下水道に入るとは……」
 小太郎に続いてはしごを降り、下水道の中をグルリと見回したフェイトが呟く。
「俺、スーツなんだけど。こんな所に入ってくるような恰好じゃねえんだけど」
「ついて来たのは勇太の勝手だからな。ってか、IO2ではそういう仕事ってないのか?」
「ない事はないけど……俺は初めてだな」
「じゃあこれを機に、もっと汚れ仕事を請け負うがいい」
「御免被る……と言いたいが、仕事を選り好みできる立場じゃないしなぁ」
 使いっ走りの現場担当は辛い身分である。
「さて、ネコはどっちかな、と」
「あっちが出口だったから、向こうかな」
 小太郎の先導で、二人は下水道の奥へと歩を進める。
 すると、程なくしてにゃーにゃーと鳴き声が聞こえてきた。
「ほら、発見」
「わかったよ、お前の能力もそこそこ役に立つ」
 ドヤ顔をする小太郎に、フェイトは呆れたようにため息をついた。

 鳴き声の場所まで来ると、下水道の床に寝そべっているネコがいた。
 チラシの画像と見比べても、間違いない。探していたネコである。
「よし、コイツを回収してお仕事終了、っと」
「改めて、だけど。しがない探偵の仕事って感じがするな」
「うるせぇ、文句は草間さんに言え」
 そんな事を言いつつ、小太郎はネコを回収する。
 しかし、なんだってこんな所にネコが迷い込んだのか。
 閉所を好むネコと言う事だろうか。それとも何か別の……
「お、おい、勇太」
「なんだよ。ってか、そろそろホントにコードネームで……」
 小太郎の方を振り返りながら小言を言おうかと思ったフェイトだったが、すぐに言葉をなくす。
 下水道の更に奥、暗がりから何物かが顔を出している。
 その顔は魚。
「……さ、魚?」
「にしては大きすぎるだろ」
 顔のサイズからして、恐らく体長は二人と同等かそれ以上。
 そんな魚が下水道の中にいるわけがない。
 いるわけがないのだが、今現在、そこに見えているのも確かである。
『ぐ、ぐぐぐ』
 魚は低く唸ると、下水道をゆっくりと移動し始める。なんとその魚には人間のような足が生えているのだ。
 明らかに常識的な生物ではない。
「アイツ、透き通ってるな」
「ああ、どうやら霊体らしい」
 魚の身体は向こうが透けて見えるようになっている。つまり実体を持たない幽体なのだろう。
 恐らくは魚の思念が残留し、それが形を成した霊と言ったところか。
 そんな魚の霊がペタリ、とまた一歩踏み出す。
 方向は二人のいる側。
「お、おい、こっちに来るぞ!?」
「ヤバい雰囲気がするよな、これ」
 ジリ、と退くと、それに反応するかのように魚の死んだような雰囲気の目がこちらを向いた。
『ぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ!!!』
 一際大きな声で唸ると、魚はビチビチと飛び跳ねるように、こちらへと猛進してきた。
「お、おお!?」
「ヤバい、逃げるぞ!」
 フェイトが声を上げると同時、二人は踵を返して下水道を走り出した。
 フェイトも小太郎も、身体はそこそこ鍛えてある。その健脚から繰り出される百メートル走のタイムだって自信はある。
 しかし、それに追いつかんばかりのスピードで飛び跳ねてくる、あの魚は一体なんなのか。
「ヤベェって! アレ、マジで速いんだけど!?」
「んな事ぁわかってるよ!」
「にゃーにゃー!」
「ネコうるせぇ!」
「もしかしてコイツ、あの魚を追いかけてこの下水道に入ったんじゃ……?」
「そんな考察も後にしろ!」
 ドタバタしながら下水道を引き返すも、このままではマンホールのはしごを上る間に追いつかれる。
 出口であった橋の袂には格子が備えられてある。
 ここは、この場で対処してしまった方が得策である。
 それに気付いた時、フェイトは自分の職業を思い出す。
「そ、そう言えば俺はIO2エージェントだった!」
「そうだよ! なんかあるだろ、こう言う時に役立つアイテム!」
「あるともよ! これでも食らえ!」
 言いながら、フェイトは懐からハンドガンを取り出す。
 中に入っているのは対霊弾。霊体にも効果のある特殊な銃弾である。
 フェイトは足を止め、両手でハンドガンを構えて魚に照準を合わせる。
『ぐぐぐぐぐぐぐ!!』
 お構いなしに攻めてくる魚。
 フェイトはヤツに向けて引き金を引く。
 ドォン、と何の遠慮もない炸裂音が響き、火を噴いた銃口から特殊弾頭が発射される。
 一直線に飛んだ対霊弾は魚の中心を捉えた。
『ぐぐぐーーーーーーーーーー!!!』
 銃弾をまともに食らった魚は、間の抜けた断末魔を上げて消え去った。
「――――っ!」
 だが何故だろう。耳がキンキンする。
 かなり狭い場所でサプレッサーもついていない銃をぶっ放した影響であるのは、考えるまでもなかった。
「―――!!」
「ごめん、なに言ってるかわかんねぇわ」
 小太郎が何かを訴えかけているようだが、しばらくは理解出来なかった。
 気のせいか、小太郎が抱えていたはずのネコが逃げ出しているようだが、理由を聞くのは耳が治ってからにしようか。

***********************************

 銃声に驚いて逃げ出したネコを再び探し出し、捕まえた頃には既に日が暮れる時間帯であった。
「小太郎、お前っていつもこんななの?」
「バカヤロウ、今回は勇太の所為で変な手間が増えたんじゃねーか」
 興信所に戻ってくる頃には二人とも疲労困憊と言った感じであった。
 ネコの身体能力恐るべし。
「さて、じゃあ興信所でお茶でも飲んでくか? 零姉ちゃんがなんか出してくれると思うぞ?」
「いや……挨拶はまた日を改めるよ。一応、俺は身分を隠してるもんで」
「そうか。……しばらくはこっちにいるんだろ? なんかあったら、気兼ねなく頼ってくれていいぞ」
「おう」
 ネコの入ったケージを抱えながら興信所へ戻っていく小太郎を見送りながら、フェイトはため息をつく。
 大変な帰国初日となったが、退屈はなかった。
「また大変な毎日になるのかね……」
 なんて呟きながら、フェイトも踵を返す。
 大変な毎日と言うのに不安も覚えるが、何故か自然と口元が笑っていた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8636 / フェイト・- (フェイト・ー) / 男性 / 22歳 / IO2エージェント】

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■         ライター通信          ■
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 フェイト様、ご依頼ありがとうございます! 『巨大魚!』ピコかめです。
 魚の種類はそうですね……なんかイワシみたいな小さい魚がスゲェ巨大って方がシュールだと思います。

 今回はフェイトさん時空ということで、割りと自由に動いてもらおうと思ったのですが、結局小太郎とドタバタやるだけでしたねw
 もっとIO2エージェントっぽい所があれば良かったかなとは思いますが、そうでないいつもの部分ばかり出ました。
 これはこれでメリハリの一環にな……れば良いなぁ。
 ではでは、また気が向きましたらどうぞ~。

カテゴリー: 02フェイト, ピコかめWR |

妖刀みつがさね

「盗難事件、ですか」
 訝しげな顔をして、武彦は依頼人の顔を見る。
 現れたのはピシッと着物を着た男性。
 椅子に座っていても背筋がピンと伸び、姿勢がすごく良い。
 立ち振る舞いからも、どこか育ちがいいのではないか、と言う雰囲気が感じ取れる。
 そんな男性が、困った顔を浮かべて額に浮いた汗を拭った。
「私どもの蔵に納めてあったモノが盗まれてしまいまして……」
「警察に届けは?」
「もちろん、済ませております。ですが、この数週間、何の進展もなしで……」
「警察の手に負えないモノなんですか?」
 コトリ、とお茶を差し出した零が尋ねる。
 男性は言い難そうにしながらも、ポツリ、と言葉を零した。
「妖刀、と呼ばれる品物です」
 胡散臭い単語に、武彦は思わず顔をしかめる。
 また、オカルトの臭いがしてきた。
「私たちの保管していた妖刀の銘は『みつがさね』と言います。出所はわかりませんが、戦国時代の頃から存在していた、と伺っております」
「そんなものを、どうしてあなたが?」
「祖父の遺したモノでして、値打ちモノだから大事にするように、と」
「お祖父さんの形見だから、妖刀なんて危ないものを蔵にしまっておいたと」
「兄さん!」
 トゲのあるような武彦の物言いに、零が戒める。
 しかし、男性はあまり気にした様子はなく、困ったように笑っていた。
「何しろ、私どもは本当に言い伝えにあるような妖刀が存在するとは思っていなかったのです。盗難にあうその夜までは」
「なにかあったんですか?」
「……盗人が、家の者や手伝いに呼んだ者を斬りつけたのです。そしてその状況が……」
 自分で見た光景が夢であったのではないか、とでも思っているようであった。
 男性は今も自分で口に出そうとしている事実を疑ってかかっているのだ。
「十数メートル離れた場所から、斬られたんですよ」
「……そりゃあ、随分長い刀だ」
「いいえ、刀身は届いておりませんでした。あの刀は……斬撃が飛ぶのです」
「仰っている意味がよくわかりませんな」
 なんとなく察しのついていた武彦だったが、とりあえずとぼける。
 こんな特殊な――異能力を有した――変な――言い方は何でも良い。そんな事件に関わるのは遠慮したかった。
 それは普通の探偵の仕事ではない。
「その手の事件なら、その手の業者がおります。俺たちのところではなく、そちらに話してみてはいかがですか」
「兄さん!」
 もはや零の声は諌めるというよりは、単純に怒っていた。
 そして男性も困った風に眉を寄せる。
「ですが……この手のお話に明るい方へ尋ねた所、こちらの興信所ならばあるいは、と言われたのですが……」
 どこの誰だか知らないが、後で突き止めて殴る、と武彦は決めた。

***********************************

「と、言うわけらしいが、IO2エージェントとしてはどう思う?」
「えっと……」
 話を振られたのは、興信所で一緒に話を聞いていたフェイト。
 依頼主は既に興信所から去っており、武彦はフェイトに対して依頼の本質を尋ねていた。
 あの依頼が本当か、それとも嘘か。
 草間興信所のような事務所になると、たまに嘘の依頼をして武彦を釣りだそうとする輩もいる。
 その目的は様々であるが、今回の場合もそうでないとは言い切れない。
 しかし、フェイトはキッパリと答える。
「依頼人の雰囲気からすれば、彼の話していたことは真実と思っていいと思います」
「特別演技が上手い人間だった、とは考えないのか?」
「ええ、まぁ嘘を見抜くのは得意でして」
 頬をかきつつ、フェイトは愛想笑いを浮かべた。
 フェイトの力にはテレパスも含まれている。それを使えば相手の心の内を読むのは簡単だ。
 それによれば、彼は嘘はついていなかったし、実際に飛ぶ斬撃によって人が斬り飛ばされる様子も記憶に残っている。
 妖刀の存在、そして彼がそれを恐れている事、回収したい事は全て本当だ。
「じゃあ、ここはお前を信用してみるとするか。間違ってたら慰謝料ふんだくるからな」
「本当だったら分け前でももらえるんですか?」
「欲しいのかよ?」
「いえ、別にお金に困ってるわけではありませんから」
 それにこの時代であまり派手には動きたくない。
 お金に絡んだりすると、そこから何か起こらないとも限らない。
 何せ、お金には色々と思念がまとわりつく。
 触らぬ神にタタリなし、と言うわけではないが、下手に手を出さない方が無難だろう。
 だが、この事件、フェイトの時代でも幾つか情報として手に入れたものがある。
「飛ぶ斬撃と妖刀か……」
「なにか知ってる事でもあるのか?」
「いえ、詳しくは……ですが、小耳に挟んだ事はあります」
 フェイトの時代では無事に解決された事になっている。
 そこに草間興信所が関わっていたか、というところまでは確認していなかったが、こんな時分の事件だったのか。
「案外と、早く解決するかもしれませんよ」
「何を根拠に?」
「俺の勘、です」

***********************************

 その日の夜。
「草間さん、どこまで行くんですか?」
 町の明かりも届かなくなりそうな路地裏。
 ヒンヤリとつめたい風の流れる場所に、武彦とフェイトがやって来ていた。
「助っ人を一人、呼ぼうと思ってな。俺たちだけじゃちょっと手に余るかもしれないんでな」
 そう言って路地の真ん中に立ち止まり、グルリと首を回す。
「おーい、千影! いないのか?」
 暗闇に向かって声をかけると、どこからともなく、鈴の音が壁に反響して聞こえてくる。
「あらぁ、武彦ちゃん。どうかしたの?」
 暗闇から染み出すように、ジワリと現れたのは黒猫。
 遠目から見ると、輝く緑の瞳ばかりが深い闇の中に浮かんでいるように見える。
「……ネコ、ですか?」
「んぅ? 武彦ちゃんのお友達? 初めまして、あたしはチカだよ、よろしくねぇ」
「こら、あだ名じゃなくてちゃんと名乗れよ。こいつは千影。まぁ、なんと言うかマイペースなヤツだが役には立つ」
 改めて武彦から紹介されたネコは、アスファルトの地面を音もなく踏みながら武彦とフェイトの近くへやってくる。
 そうして見たネコの姿に、フェイトは少し唸った。
(普通のネコ、とも言いがたいな)
 美しい毛並みのその身体、しかしそこには本来ネコにはないモノが一対。
 これまた黒い羽で覆われた翼である。
 単なるアクセサリと言うわけではなく、それは彼女の自由意志によって動かされているものの様で、今も陽気にパタパタとはためいている。
「俺はフェイトです、よろしくお願いします」
「フェイトちゃんね、よろしく。……それで、武彦ちゃん、今日は何の用事?」
「ああ、ちょっとお前に手伝ってもらいたい事があってな」
 武彦は今日引き受けた依頼の事を話す。
 千影は毛繕いをしながら、なんとなくその話を聞いていた。
「ふぅん、遠くまで斬れる刀、ねぇ。ちょっと気になるかも」
「お、乗り気になったか?」
「うん! そのみつがさねちゃんを~……壊して食べちゃえばいいんだっけ?」
「違う違う! 回収するんだ。破壊するかどうかはその後で決める」
 武彦の撤回を受け、黒猫は器用に表情を変え、残念そうにしょげた。
「壊しちゃダメなのぉ?」
「そりゃそうだ。俺たちが受けたのは『妖刀を回収する事』だからな。……まぁ、回収した後、依頼人が持て余すようだったらこっちで引き取るって手もあるけどな」
 依頼人の様子は妖刀に対して困っていたようである。
 信用していなかった妖刀の曰くが事実であり、どうしたらいいのかわからないようでもあった。
「まぁ、その時は処分代としてもうちょっと金がもらえるだろうからな」
「草間さん、小ズルイ」
「違うな。俺は小ズルイんじゃなく、頭が切れるんだ」
 フェイトのツッコミに対して適当に反論しつつ、武彦は『さて』と仕切りなおした。
「じゃあ、この三人でみつがさねとやらを追う。俺とフェイト、千影は一人で情報収集だ。みつがさねの居所を見つけたら報告してくれ」
「えぇ~、あたし一人?」
「フェイトはちょっと一人にしておけないんでな」
 そう言われ、フェイトは『うっ』と武彦を見た。
 武彦の方は気にした様子もないが……やはり、フェイトの正体について何か悟られているのだろうか。
 確かに、この時代で派手に動く事は避けたい。武彦と一緒にいれば情報収集も楽ではあろう。
「く、草間さん?」
「なんだ?」
「……い、いえ」
 確かめてみたい気持ちはあるが、変な勘違いだったとしたら墓穴だ。
 確証が得られるまでは黙っておこう。
「さぁ、始めようか。刀狩りだ」

***********************************

――と、格好つけたのは良かったものの。
「全部はずれっぽいですね」
「くそぅ、まさかアテが全部外れるとはなぁ」
 武彦の懇意にしてる情報屋に当たってみたが、どこへ行ってもみつがさねの詳しい情報は聞けなかった。
 彼らが知っていることと言えば、最近の斬殺事件が幾つか頻発している事ぐらい。
 妖刀のよの字すら出てこない事の方が多かったぐらいだった。
「犯人は余程隠れるのが上手いんでしょうか」
「事件が発生し始めてからまだ間がないからかも知れん。情報が出揃うほど拾いきれてないって可能性がある」
 もしくは情報の正誤を判断している最中、と言う事もある。
 どちらにしろ、情報屋の側もみつがさねについては持て余している感じがあった。
「俺が見た感じでも、不自然に記憶を捻じ曲げられた感じでもなかったですし、異能力や魔法なんかが関わってる可能性は低いでしょうしね」
「そんな事までわかるのか?」
「はい、ちょっとタネがあるんです」
 テレパスの応用である。
 それまでの記憶とそれからの記憶に全く齟齬がなければ、十中八九は外部の影響はないと見ていい。
 逆にそれがあれば、誰かの干渉を受けて記憶が捻じ曲げられた証拠だ。
「まぁ、そのタネとやらは聞かないで置いてやるよ」
「それにしても、これでは難航しそうですね」
「千影の方を頼りにしてみるか。向こうは独自の情報ルートだからな」
「独自……ってもしかして、ネコのたまり場とかじゃないですよね?」
「お、勘が冴えてるじゃないか」
「……マジですか」
 そんな話をしていたからだろうか。
 ふと、二人の歩いている方向に、物陰から猫が飛び出てくる。
「首輪がないな。野良か?」
「……逃げませんね」
 何の気なしに、二人はそのまま歩を進めていたのだが、どれだけ近付いてもその猫は逃げなかった。
「人になれてるんでしょうか?」
「俺らをなめてる……ってわけじゃないだろうな」
 怪しんで足を止めると、むしろ猫のほうから擦り寄ってきて、武彦の脛をこする。
 しばらく背中のかゆみを取った後、猫は背を向けて路地を歩き出した。
「なんなんだ、アイツ……」
「待ってください。……妙ですよ」
 フェイトが言うように、猫の様子が妙であった。
 逃げ出すのかと思ったら、少し歩いてすぐにこちらを振り返っているのだ。
「まさか、とは思うが」
「千影さんからのメッセンジャー、ですかね?」
「ついて来い、とでも言ってんのか?」
 武彦の独り言にも答えるように、猫は『にぃ』と鳴く。
 二人は訝るように顔を見合わせたが、とりあえず、その猫について行く事にした。

***********************************

 猫に連れられて繁華街から程離れた路地へとやってくると、路地の壁に反響して、なにやら破壊音が聞こえてきた。
「草間さん、これって……」
「千影のヤツ、勝手に始めてやがるな!?」
 既に戦闘は始まっているらしい。
 これは急がねばなるまい。

 二人が戦場へとやってくると、少女とネコの千影が戦っている所であった。
 少女の手には怪しく光る刀。恐らく、アレがみつがさねなのだろう。
 少女は白刃を手に、千影へと切りかかる。
 しかし、身のこなしならばネコの方が数段上だ。
 千影は易々とその斬撃を回避した……のだが。
「な、なんだ、あれは!?」
 思わず声に出てしまう。
 少女が剣を振るった先、切っ先の方へ少女の影が伸び、伸びた先でまた少女の形を作る。
 千影の目の前に立っていたはずの少女は、一瞬で千影の背後に回ったのだ。
「あんな力、持ってるなんて聞いてないぞ!」
「それよりも、今は!」
 武彦が混乱している間に、フェイトは自分の能力を操る。
 千影は不意に目の前から消えた少女に対して、虚を突かれてしまっている。
 このままではあの刃が届いてしまうだろう。
 そうさせないためにも、フェイトはサイコキネシスの塊を作り、千影と少女の間に発生させた。

 ガキン、と音を立てて刀の切っ先が空中で止まる。
「間に合った!」
 すぐさま、フェイトは懐のショルダーホルスターから拳銃を二挺抜き、少女に向けて構える。
 引き金を引くのも、瞬く間であった。
 セミオートの拳銃が火を噴き、数発の弾丸が発射される。
 銃声は周りの壁に反響し、暴力的なまでの音を発した。
「あ、ヤバい。サプレッサーを忘れてた」
「このアホ! 撃つなら撃つって言いやがれ!」
 近くにいた武彦は、どうやら耳を傷めたようであった。
 銃弾の方は、全てはずれ、と言うより回避されたようである。
「……さっきの瞬間移動の能力か」
 影に紛れるようにして移動するあの能力は厄介だ。
 あれを発動している間は、実態がないようである。そこに攻撃を仕掛けても無意味だ。
 そんな事を考えている内に、千影がこちらへと飛びのいてきた。
「遅かったねぇ、フェイトちゃん、武彦ちゃん」
「お前が先走ったんだろうが! なんで合流しなかった!」
「だってぇ、早くしないと逃げられちゃいそうだったし」
 確かに、ここまで離れた場所にいられたなら、フェイトと武彦に合流していたら、行方を掴むのにまた苦労していただろう。
 そこは千影の判断が正しかったであろう。
「二人とも、戦闘中ですよ」
「わかってるよぉ」
 千影は足に力を込めながら少女を見据える。
 フェイトも同じように、銃を構えながら少女を窺った。
 少し距離が離れすぎている。
 逃げられる、だろうか?
「くく……くくく」
 不意に少女の笑い声が聞こえる。
「燃える、燃えるわよ。明らかな劣勢! これを退けてこそ、私は剣士として更に高みにいける!」
「な、なんだぁ、アイツ……おかしいのか?」
「純粋な強さを求める剣士、ですか。ある意味正しいのかもしれませんが、時代柄、人を殺してまで高みを目指すのはいかがなものかと」
 武彦とフェイトの呆れ声も聞こえないかのように、少女は手に持っている剣をゆらゆらとしながら、こちらを窺っている。
 彼女はどうやら、いわゆる戦闘狂であるらしい。
「行くわよ、もっと楽しませてよねぇ!!」
「来ます!」
 フェイトが身構えた。

 真っ直ぐ突進してくる少女に対し、千影は壁へと跳んでいった。
 しかし、フェイトの背後には武彦。
 能力も持ち合わせない武彦を一人にするわけにもいくまい。
 フェイトは銃を構えながら能力を使う。
「これでっ!」
 地面に出っ張りのようにしてサイコキネシスを這わせる。
 波のように走るサイコキネシスは、不可視。
 少女には見えないはずのサイコキネシスの出っ張りは、彼女の足を引っ掛ける――はずであった。
 だが、
「……っ!」
 サイコキネシスがぶつかる直前に、少女は飛び上がったのだ。
 危機感か何かを覚え、本能的に飛び上がったのだろうか。戦闘狂の嗅覚、恐るべしである。
 だが、少女の飛び上がった先には千影が……いや、大きな獅子がいた。
「あ、あれは!?」
「あれは千影の本当の姿だ。ぶつかるぞ!」
 少女と千影の衝突は免れないコースであった。
 だが、またも少女が剣を一振りすると、影が歪んで伸びる。
 再び現れたのは千影の更に上空。そして、その刀は鞘に収められている。
「抜刀術……?」
「嫌な予感がします、草間さん、伏せて!」
 次の瞬間、瞬閃が光の弧を描いた。
 あれが話に聞いていた飛ぶ剣閃である。
 離れた位置にいた千影は、何かにぶつかったかのように跳ね飛ばされ、だがしかし器用にも体を捻って着地する。
 そして、その途端、
「フェイトちゃん!」
「えっ!?」
 急に呼びかけられ、フェイトは呆気に取られるも、すぐに意図を理解する。
 テレパスを通じて、千影の考えを読み取る。
 そこで伝えられた作戦は……

 フェイトは空中の少女に向けて、すぐさま発砲する。
 恐らく、これは回避されるだろう。
 あの影の移動は実態を伴わない移動だ。銃弾は素通りするはず。
 だが、そこが狙い目である。
「……見えたよぉ!」
 影の移動の出口、少女の出現する位置の真上に、千影が飛び上がっていた。
 千影は少女を捕まえ、
「千影さん、これでっ!!」
 フェイトは更に、千影の直上にサイコキネシスの壁を作り出した。
「そんな……そんな、バカなぁああ!?」
 敗北を察したか、少女は青い顔で叫び声を上げる。
 千影はサイコキネシスの壁を蹴り飛ばし、勢い良く地面に向かって少女をたたきつけた。

「……殺しちゃったかな?」
「いえ、まだ息はあります。血がかなり流れてますけど、すぐに処置すればなんとか」
 かなり良い勢いで地面に激突した少女は、全身打撲で更に頭からの出血が認められたが、なんとか生きているらしい。
 フェイトがサイコキネシスで止血しておけば、まだ何とか助かるだろう。
「IO2の病院に連絡しておいた。すぐに救急車が来るだろうよ」
 手際の良かった武彦の報告。
 どうやら、これで一件落着らしい。

***********************************

 元の時代に戻った後、フェイトは改めてみつがさねの事件の事を調べてみた。
 当時の記録には、やはり草間興信所が関わり、その事件解決に大きく貢献したと書かれてある。
「いや、でも待てよ……?」
 ふと首を捻る。
 今いる『現在』がもし、フェイトが時代を遡ってあの事件に出くわした事のある時間軸だったのだとしたら。
 みつがさねの事件を解決し、過去改変が行われていたのだとしたら、それを今のフェイトが確かめる術はない。
「……多分、大丈夫だろう」
 フェイトは記事を閉じ、見なかった事にしていつもの業務へと戻るのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3689 / 千影・ー (ちかげ・ー) / 女性 / 14歳 / Zodiac Beast】

【8636 / フェイト・- (フェイト・ー) / 男性 / 22歳 / IO2エージェント】

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■         ライター通信          ■
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 フェイト様、シナリオに参加してくださり、ありがとうございます! 『ガッツリ戦闘!』ピコかめです。
 犯人に対しても、妖刀に対しても、あんまり深い設定はないです。

 今回は後衛からの援護をメインに立ち回っていただきました。
 能力的にどのレンジでも対応できるスペックに加え、銃スキルもあると幅が広がりますね。
 色んな立ち回りをするフェイトさんを見てみたいものです。
 ではでは、また気が向きましたらどうぞ~。

カテゴリー: 02フェイト, ピコかめWR |

タイムトラベラーと少年

時は不可逆と言う。
 つまり、誰も時の流れには逆らえないという事。
 時は過去から未来へ止め処なく流れ、人は抗う事すら出来ずにその流れに巻き込まれていく。
 ……だが、極稀に。
 故意か否かは定かではなくとも、その流れを逆行してしまうモノがいる。
 それが、タイムトラベラーである。

***********************************

「……待ちなさい!」
 東京のとある路地にて。
 銃を構えたコートの少女が小太りの男を追っていた。
 雑多なものが置かれた路地は走るのには大変不便であったが、逃げている側の男にとっては好都合だ。
 追っ手を邪魔する色々なものが、手を伸ばせばそこにあるのだから。
「しつこいヤツだ、これでも食らいなっ!」
 男が手にしたのは青いポリバケツ。いわゆるゴミのアレだ。
 少量の中身を有したまま、ポリバケツは少女に目掛けて転がってくる。
 少女はそれを蹴飛ばし、前方の安全を確保した後、改めて男を追いかけようとするが……。
「……それは、卑怯です」
 歯噛みする。
 男が手に持っていたのは角材。何故そんな所にあったのか、と言うのはちょっと謎である。
 角材を槍投げの槍のようにして構えた男。
 三メートルはあろうかと言う角材を片手で持ち上げるほどの筋力を持っているようには見えない、不摂生の塊のような男であったが、実際にそれは行われている。
「当たると痛いぞ!」
 男はそれを、思い切りブン投げる。
 瞬間、男の右腕に稲妻が走ったように光り、腕の太さが倍くらいに膨張する。
 強化された筋肉によって、バリスタから発射されたように一直線に飛ぶ角材。
 ゴミ箱を対処したばかりの少女には、それをかわす事も出来なさそうだった。
(……これは、かなり痛そうです……)
 冷静なのかなんなのか、少女はそんな事を思いつつ、ギュッと目を瞑る。
 訪れるであろう衝撃に対して、身を堅くもした。
 しかし、いつまで経っても角材は飛んでこなかった。
 代わりに、ガランガランと大きな音が周りの壁に反響して耳を襲ってくる。
 何事か、と目を開けると、前方には見知らぬ男性が。
「ここは、どこだ? 東京?」
 目の前にいた男性、黒いコートとスーツ、そして真っ黒なサングラスをかけた彼は、少女の追いかけていた小太りの男ではない。
「……あ、あなたは?」
「おや、君はIO2のエージェントか? こりゃ好都合」
 そう言ってニッコリ笑った男性、フェイトはサングラスを取った。

***********************************

 所変わって、街中。繁華街はいつでも人でごった返していた。
 その日も、勇太はいつも通りの生活を送っていた。
 いつも通り高校へ行き、放課後になれば帰宅するか、町をぶらつくか、そんな感じだ。
 今日は気が向いたので、興信所でも冷やかしに行ってみよう、と思ったのである。
「お、勇太じゃん、なにやってんだ、こんな所で」
 道中で声をかけられる。振り返ると、見覚えのある少年がいた。
 彼は興信所の小間使い、小太郎である。
「小太郎こそ、こんな所でなにやってるんだよ、またお使いか?」
「そうなんだよ、所長様のご命令でね。コンビニ店員にも顔覚えられてやんの」
 そう言って、小太郎はエコバッグの中に入っていたタバコのカートンボックスを見せる。
 高校生である小太郎がタバコを悠々買えるのは、コンビニ店員と顔見知りであるのと、彼自身がタバコを吸わない事を知っているからだろう。
 ホントはダメなので、周りの人には内緒だ。
「全く、草間さんにも一度、切々と副流煙の毒性について、語ってみるべきかな。タバコの所為で俺の身長が伸び悩んだらどうしてくれる」
「諦めろって、お前の身長はもう、多分絶望的だから」
「ば、バカヤロウ! 夢は諦めなければきっと叶うって言うだろ! 諦めたらそこで試合終了なんだよ!」
 小太郎は自分の身長が平均を大きく下回っている事を気にしていた。
 彼は日々、牛乳を飲んだり、公園の鉄棒でぶら下がりトレーニングなどをして身長を伸ばすように努力しているが、その成果が見れる日はいつになることやら。
「まぁ、小太郎の身長の話はどうでもいいんだ。今日は草間さん、興信所にいるのか?」
「ああ、今日も暇だろうからな。一日中、タバコをくゆらせてるか、零姉ちゃんに叱られてるか、どっちかじゃねぇの?」
「いつも通り、って事だな」
 勇太が興信所に顔を出し始めてからというもの、武彦がまともに働いている所をあまり見ていない。
 世間が興信所を必要としない程度に平和なのか、それとも草間興信所に集まる『その手のタイプ』の依頼が減っているのか。
 ともかく、勇太にとっては余暇を過ごしやすい場所である事は変わりなかった。
「気をつけろよ、勇太。お前もいつか、副流煙にやられて、身長が伸びなくなるぞ」
「お前と一緒にすんなよ。ってか、俺は小太郎よりも年上だぞ、もう少し敬意を払って敬語を使ったらどうだ。練習してるんだろ?」
「うーん、なんか同年代って感じがする」
 なんだか失礼な言動を聞いたような気がするが、とりあえずはスルーしておく事にした。

***********************************

「いや……すまなかった」
 少女を助けたはずのフェイト。彼は一転して、少女に頭を下げていた。
「……助けてくださった事にはお礼を言いますが、犯人には逃げられてしまいました」
「悪かったって! 俺だってここに来てすぐで、状況が読めなかったんだよ!」
「……そのタイムトラベル、と言うのも怪しいです」
 フェイトは現状、持っている能力の一つである時間跳躍が暴発し、本来いた時空間とは別の場所に来ていた。
 つまり、時の旅人と言うより、時の迷子と言った感じだ。
 しかし少女はその言葉を素直に納得してはくれなかった。
「……時間の跳躍と言う能力もありえない話ではありませんが……」
「わかってるよ、そんな能力を持った人間がIO2エージェントにいるってのが信用できないんだろ?」
 一応、フェイトもIO2エージェントであり、その証拠である身分証明書も見せた。
 少女もそれを確認したのだが、それでは話の整合性がつかなくなってくる。
 今のところ、IO2エージェントに時間跳躍能力を持っているエージェントは登録されていない。
「……証明書が偽造されているとも思えませんし……」
「だから、俺が未来から来たって言うんなら話は通じるだろ?」
「……わかりました、それについては保留にしておきます。問題は逃げてしまった犯人の方です」
 そう言って少女は携帯電話を取り出し、どこぞへと発信する。
「……私です、取り逃がしてしまいました。……ええ、あなたは一度、本部へ報告を。私は興信所へ行って今後の検討をします」
「誰にかけたんだ? 相棒?」
「……あんな男が相棒だというのは、勘弁して欲しいのですがね」
 心底嫌そうに、少女は顔をゆがめる。
 年恰好からすれば華の女子高生だろうに、嫌悪感で歪んだその顔は、変顔と言って遜色なかった。
 電話先の相手は麻生真昼と言う、IO2エージェントの一人。ちょっと射撃の腕が良いくらいの普通以下の男だ。
 一応、ユリの仕事上のパートナーとなっているが、そう思っているのは真昼本人ぐらいであろう。
「……とにかく、場所を移しましょう。こうなったらあなたにも手伝ってもらいますからね」
「え? さっきの犯人探し?」
「……そうです。私はユリ。あなたは……フェイトさん、でしたっけ?」
「ああ、よろしく」
 今のところ、元の時空間に戻れる方法はない。それならばもう少しこの時代を楽しんでみても良いか、と思ったのだった。

***********************************

 連れてこられたのは、草間興信所。
「えっと、ユリさん? アンタも興信所関係者なの?」
「……関係者、と言って良いかはわかりませんが、度々お世話になっています」
 興信所のある雑居ビルの入り口で、ユリは一つ深呼吸をし、その後階段を登る。
 フェイトもそれに続いた。

 興信所のドアを開けると、フェイトにとっては馴染んだ空気が漂ってくる。
 安いタバコとコーヒーの入り混じったにおい。
「ユリさん、今は西暦何年だっけ?」
 ユリは黙って携帯電話を見せる。そこに表示された年月日を確認すると、どうやら……
「俺がいた時空よりも五年前か。変わらないな、ここは」
 自然と頬が緩み、口元が上がってしまう。
 フェイトはサングラスを取り、興信所へと入った。

「おぅ、ユリ。どうだった、首尾は?」
 二人が興信所へ入ると、すぐに所長である武彦が声をかけてきた。
 ユリは彼に対して頭を下げる。
「……すみません、草間さんに助けていただいたのに、取り逃しました」
「お前らしくもないな。どんなミスをやらかしたんだ?」
「……それよりも、今は次の手を打つ算段をしましょう」
 部屋の中心にあるテーブルには近辺の地図が開かれていた。
 地図には幾つか、赤いマジックで印が付けられてあるようだ。
 その印の横には数字が幾つか。
 なるほど、とフェイトは唸る。
「これは、あの犯人の犯行現場と時刻、か?」
「……ご明察です。今日はここに現れるだろう、と思って待ち伏せしていたのですが、結局逃げられてしまいました」
 横からフェイトが口出しすると、どうやら正解だったらしい。
 ユリはマジックで待ち伏せポイントをバツで消す。
「……今日中に再犯はないでしょうか」
「いや、ちょっと待て、ユリ」
「……なんです、草間さん?」
「そいつ、誰だよ?」
 武彦が指差す先にはフェイト。
 そう言えば自己紹介をしていなかったか。
「……彼はフェイトさん、IO2エージェントです」
「へぇ。麻生から乗り換えたのか?」
「……出来る事ならそうしたいんですがね。彼は自称タイムトラベラーで、帰るまでの間、私の仕事を手伝ってもらう事にしました」
「ど、どうも」
 フェイトはぎこちなく頭を下げる。
 極力、この時代の人間とは接触を避けるべきだろうか、と思い始めたのだ。
 危惧すべきは『タイムパラドクス』。別の時空間の人間が干渉する事によって歴史が改竄されてしまう事象。
 フェイトが元の時空でも知人である武彦と面通ししてしまうのは、後々面倒くさい事になりはしまいか。
 そんなフェイトの心中を知ってか知らずか、武彦はフェイトの顔をマジマジと眺める。
「お前、どっかで会わなかったか?」
「き、気のせいじゃないですかね?」
「いや、どこかで見たような……」
 訝しげな視線がフェイトに突き刺さっているその時、興信所のドアの向こうから声が聞こえる。
『おや、猫の依頼人ってのは珍しいな』
『よーし、捕まえろ、捕まえろぉ』
 少年二人の声と、不機嫌そうな猫の声。
 しばらくドタバタと騒がしいと思ったが、すぐにドアが開く。
「よーっす、こんちわー」
 現れたのは黒猫を抱いた勇太と、エコバックを担いだ小太郎だった。
 勇太の顔を見て、フェイトは慌ててサングラスをかけなおす。
「……どうしたんです? フェイトさん?」
「え、あ、いや……」
 言葉を濁すフェイト。
 声をかけたユリはフェイトと勇太を交互に見て、ピンと思いつく。
「……もしかして、彼がこの時代のあなたなんですか?」
「そうだよ。まさかこんな所で会うとは……って興信所なら当たり前か」
 フェイトはずっと興信所に入り浸っていたのだ。ここにいれば自分に会ってしまう危険性はグンと増す。
 それがわからなかったわけではないが、出会ってしまったからには仕方ない。
 ここは全力で誤魔化す。
「……大丈夫なんですか? ちゃんと誤魔化せます?」
「そうしなきゃタイムパラドクスがおきるってんなら、やらなきゃならんだろう」
「……まぁ、そうなんですがね」
 重大な歴史改変が起きてしまうかも知れない。バタフライエフェクトなんて言葉もあることだし。
 ここは最大限の慎重さを持って行動すべし、と強く戒めた。
「皆さん、お茶が入りましたよ……って、あら、勇太さんと小太郎さんもいらっしゃいましたか」
 その時、奥の台所から零が顔を出す。手にはトレイと人数分のお茶。
 しかし、勇太と小太郎がいる事を知らなかった彼女は、カップを二つ用意し損ねたのだ。
「もう二つ、用意しますね」
「ありがとう、零さん」
 勇太は彼女にお礼を言いつつ、猫をその辺に放す。
「おい、こら! 猫を放すんじゃねぇ!」
「だってアイツ、結構なデブ猫だぜ? 持ってるのが辛くてさ」
 勇太は手をプラプラとさせて疲労を表す。
 猫は床を走り、
「きゃ! な、なんです?」
 零の足元に擦り寄った。
 それは自分の背中をかいてるようにも見えるが、
「……あれは」
 フェイトは何かに気付く。
 猫の動きが不自然だったのだ。そこにどこか人間臭さを感じる。
「ユリさん、ちょっと聞いていいか?」
「……なんです?」
「君の追いかけていた犯人は何かの能力者だったか?」
「……ええ、確か動物に姿を変えて、覗きや下着泥棒などを繰り返して……」
 そこまで言って、ユリも気付く。
 零の足元をうろうろしている猫の視線。
 彼女のスカートの中を覗くように、上を見上げている。
「……最低ですね、あの男」
 嫌悪感を最大限示すように、眉根を寄せるユリ。
 フェイトはテレパシーを使って、猫の思考を読み取る。
 すると下卑た考えが流れ込んできて、苦笑してしまった。
「あれほど人間臭い考えの猫がいたなら、猫社会ってヤツも大変だな」
「……猫の思考がわかるんですか?」
「ああ、そういう能力でね」
 猫にテレパシーを使ったのは初めてだが、アレの正体が人間ならば問題なく通用する。
 あの猫が犯罪者だとわかれば、すぐに取り押さえるべきだ。
「……ですが、一体なんでこんな所に、猫の姿で現れたのでしょう?」
「大方、君に仕返しでもするつもりだったんじゃないのか? 猫に変身して尾行してきたんだろう」
 だとしたら、相当に器の小さい男だ。自分が捕まるのもいとわず、仕返しのために動くのだから。
 フェイトとユリは静かに気を張り詰める。
 身体能力で言えば、現状は猫である犯人の方が上であろう。
 ならば相手の虚を突かなければ取り押さえるのは難しい。
 注意深く距離を測っていると、ガタンと音を立てて武彦が立ち上がる。
 見ると、武彦と勇太でなにやら相談をしているようだった。
 しばらくすると、フェイトのテレパシーの網に勇太の思惑が引っかかる。
「これは……サイコキネシス」
「……なんですか?」
「ユリさん、タイミングを合わせて」
「……は、はい」
 状況が読めないなりに、ユリはフェイトを信じたのか、いつでも飛びかかれるように腰を落とした。
 次の瞬間、猫が『フギャ』と声を出して床に突っ伏した。
「今だ!」
 フェイトの掛け声と共に、ユリは猫へと滑り込む。
 勇太のサイコキネシスによって身動きを封じられた猫は、そのままユリによってガムテープでグルグル巻きにされた。
「……ふぅ、なんとかなりましたね」
「おめでとう。これで一仕事終わりかな?」
「……ええ、ありがとうございます、フェイトさん」

***********************************

 勇太もその様子を見て、一件落着と気を抜いたのだろう。
 サイコキネシスを解き、猫を自由にしてしまった。
「……あっ!」
 途端にユリの腕の中で暴れだした猫は、彼女の拘束を解いて宙を舞う。
 ガムテープでグルグル巻きだったはずの猫。そのままでは床に落っこちてしまっただろう。
 だが。
 その小さく、しなやかな身体は空中で姿を変える。
 猫の身体には小さく稲妻が走り、その閃光が瞬く内にシルエットが膨張する。
 ほんの一瞬で、猫は大きな虎へと変貌した。
「な、なんだありゃ!?」
 事情を知らない勇太は、その変身に驚いたようだった。
 そりゃ、いきなり目の前で猫が虎に化ければ、誰だって驚く。
 虎を目の前にして、ユリとフェイトは瞬時に身構える。
 二人とも、携帯していた拳銃を取り出そうと、上着の内側に手を伸ばすが、それよりも虎の方が速い。
 虎の振り上げた右前足が爪を立て、目の前のユリに襲い掛かる。
 虎の豪腕を目の前にしては、少女などすぐに引き裂かれてしまうだろう。
 しかし、虎の行動に割り込むような隙もなし。
 ユリは覚悟を決め、身を堅くする。
 虎の咆哮と共に、その前足が振り抜かれた。

「……うっ」
 恐る恐る、ユリが目を開けると、痛みはなかった。
「気ぃ抜いてるんじゃねぇよ。危なっかしいな」
 代わりに、目の前には小太郎。
 ユリをお姫様抱っこで抱え、虎から数メートルほど距離を取っていた。
「あの猫、ずっとオーラの色がおかしかったから注意してみてたんだ。まさかこんな事になるとは思ってなかったけどな」
 興信所の中でも静かだった小太郎は、ずっと猫の様子を窺っていたのだ。
 ゆえに、あの突然の虎の変身などに対応できたわけだ。
 彼の能力、見鬼の力であった。
「……あ、ありがとう、小太郎くん」
「お前を助けるのなんか、もう慣れっこだよ。それより……」
 小太郎の視線の先には虎が事務所の真ん中に陣取っている。
 周りにはフェイトと勇太、武彦をかばうようにして零。
「小太郎! ユリは大丈夫か?」
「かすり傷一つないぜ」
 小太郎の返答に、武彦は『よし』と零す。
「じゃあユリの力で、コイツをどうにかしてくれ」
「……わかりました」
 床に下りたユリは、静かに自らの能力を操る。
 その力は能力を封印する空間を作り出す能力。
 彼女の展開した陣の内に入ったモノは、誰であろうと、何であろうと、その能力を一切使用できなくなる。
 その陣に収められた虎は、見る見る内に姿を変え、元の小太りの男に戻った。
「あ、あれ!?」
「……フェイトさん、お願いします」
「え? あ、うん」
 ユリに言われて、フェイトは男を後ろ手に手錠をかけた。
「はい、確保っと」
「……車を呼びます。草間さん、それまで事務所を借ります」
「ああ、どうぞ。零、改めてお茶を」
 思わぬ展開で捕まってしまった男は、落胆するよりも困惑していた。
 いや、それ以上に
「結局どういう話だったんだよ!?」
 勇太も混乱していた。

***********************************

 男を搬送する車の前で、ユリはフェイトに頭を下げた。
「……今回は助力、ありがとうございました」
「いやいや、IO2エージェントとしては当然の事だよ」
「……そう言えば、あなたはこの時空間の人間ではない、と言っていましたが、元の世界へ戻る方法はあるのですか?」
 素朴な疑問をぶつけてみたユリだが、フェイトはポリポリと頭をかく。
「うーん、正直な話、望み薄かな」
「……では、こちらのIO2に頼んで、どうにか帰る方法を探りましょう」
「いや、方法がないわけじゃないんだけど、ランダム性が高くてね」
「……ランダム、ですか?」
 そんな話をしている間に、フェイトの頭上に妙な空間湾曲が現れる。
 ビリビリと雷が張り付き、見るからにヤバそうな代物だった。
「……ふぇ、フェイトさん!?」
「うん、これが戻る方法。なんか、ある程度時間が経つと現れるらしいんだ」
「……そ、そんなものなんですか?」
「俺にも原理はわかってないんだけどね」
 苦笑しつつ、フェイトはユリに手を差し出す。
「ありがとう、ユリさん。この世界の俺にもよろしくやってくれ」
「……礼を言うのはこちらです。ありがとうございました」
 二人は握手を交わし、笑顔で別れを告げる。
 その内、フェイトの身体がフワリと浮いて、空間湾曲の中へと飲み込まれていった。
 ユリはその超常現象が収まるまで見送った後、車に乗り込んでIO2へと帰っていった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8636 / フェイト・- (フェイト・ー) / 男性 / 22歳 / IO2エージェント】

【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男性 / 17歳 / 超能力高校生】

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■         ライター通信          ■
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 フェイト様、ご依頼ありがとうございます! 『おいでませ、彼の日記帳』ピコかめです。
 最近はウチの子たちが動かす機会に恵まれ、ちょっとほっこりしております。

 さて、今回フェイトさん側はIO2繋がりと言う事でユリとの絡みを多めにしてみました。
 時間跳躍とタイムパラドクスの関係で、あんまり大っぴらに素性を話せませんでしたが、草間さんには察してもらえたようですよ。
 因みに裏設定では、ほぼパラレルワールドからこっちの世界にやってきた的な感じです。ゆえに草間さん以外とは面識がなかったりします。
 ではでは、また気が向きましたらどうぞ~。

カテゴリー: 02フェイト, ピコかめWR |

限界勝負inドリーム

ああ、これは夢だ。
 唐突に理解する。
 ぼやけた景色にハッキリしない感覚。
 それを理解したと同時に、夢だということがわかった。
 にも拘らず目は覚めず、更に奇妙なことに景色にかかっていたモヤが晴れ、そして感覚もハッキリしてくる。
 景色は見る見る姿を変え、楕円形のアリーナになった。
 目の前には人影。
 見たことがあるような、初めて会ったような。
 その人影は口を開かずに喋る。
『構えろ。さもなくば、殺す』
 頭の中に直接響くような声。
 何が何だか判らないが、言葉から受ける恐ろしさだけは頭にこびりついた。
 そして、人影がゆらりと動く。確かな殺意を持って。
 このまま呆けていては死ぬ。
 直感的に理解し、あの人影を迎え撃つことを決めた。

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 この夢には見覚えがある。
 学生時代に何度か見た事のある夢だ。
 懐かしさすら覚えるその光景に、フェイトはこの後起こるであろう事象に気を張る。
 このアリーナでは、何の脈絡もなく戦闘が始まる。それを知っているのだ。
 だとすればどこかに敵がいるはず。
 そう思ってフェイトが首をめぐらせると、そこに人影が。
「……ははっ、マジかよ」
 無意識の内に声が漏れてしまった。
 目の前にいる人間には、見覚えがある。
 フェイト――いや、工藤勇太の恩人でもあるのだ。忘れるわけもない。
「まさか、こんな風に対峙するとはね」
「……これは訓練じゃねぇぞ?」
 フェイトの目の前に立ちふさがる人物が、タバコの煙を吐き出し、そう言う。
 ロングコート、サングラス、スーツ。
 フェイトと敵、二人の出で立ちはとても似通っていた。
「やるからには本気だ。わかってるな?」
 男はサングラスの奥からでもわかる眼光で、フェイトを射抜く。
 フェイトは自分のサングラスを取り、コートの内ポケットに入れた。
「わかってるよ。アンタ相手に手を抜けるわけもない」
「だったら、かまわん」
 男はタバコを吐き捨てる。
 煙がタバコの落ちる軌跡を描き、地面にぶつかった瞬間に、チラリと火の粉を舞った。

 次の瞬間には、アリーナの風景が一変していた。
 世界が再構築され、フェイトの四方を壁が囲む。
 気がつくと、そこはビルの一室となっていた。
 立方体の部屋に出口が一つ。家具やインテリアなどは一切置かれていない。
「夢だからって何でもアリかよ……」
 多少、面は食らったが、すぐに冷静さを取り戻す。
 まずは自分の装備の確認。
 手持ちの武器は.44のマグナムが二丁。実弾は装填済み。あわせて十二発。
 それに予備の弾がリローダー二つ分、十二発。装填済みの弾丸とあわせて、合計で二十四発。
「こりゃ派手な弾幕を張るのは無理だなぁ」
 その他にはナイフが一本。あとは武器と呼べそうなものはない。
 次に防具。スーツの下には防具は一切ない。着ているコートもIO2から支給されたものではない。
 恐らく相手も銃を持っているだろうし、普通のスーツやコートでは銃弾を防ぐ事はできまい。
 つまり、相手の銃弾を避け、こちらの銃弾をぶち込む。
「なんだ、いつも通りじゃないか」
 フェイトは口元を上げつつ、部屋の出口へと近寄った。

***********************************

 不思議な事に、このビルの間取りは頭に入っている。
 このフロアは全六部屋。東西の壁際に三部屋ずつ並び、その部屋を行き来できるように配置された廊下、そして中央にはエレベーターシャフト。
 廊下は正方形を描くように伸びている。一片は二十メートル弱ほどだろうか。北側と南側はエレベーターホールも兼ねており、乗降口はそこにある。
 今はエレベーターは動かない、などという付随情報まで頭に植え付けられているのだから、お膳立ては十分と言った所か。
 かいつまんだ話、このフロアだけであの男と戦う事。それがルールだ。
 敵の位置は、テレパシーを使えば簡単に把握できるし、新たに習得した超能力を使えば、簡単に状況を支配する事は可能だろう。
「でも、それじゃあフェアじゃない。俺は、あの人にガチで勝ちたいんだ」
 ピリピリとする緊張感の中に身を置きつつ、フェイトは普段ならばありえない状況に高揚していた。
 あの男と戦える機会など、そうそう巡ってこない。ならばこの状況を最大限楽しんだ方が得ではないか。
 フェイトは耳を澄まし、部屋の外に誰もいないか確認した後、ドアの隙間から廊下を覗く。
 左右に伸びる廊下には人影は見当たらない。
 相手もこちらを探っているはず。下手に物音を立てて位置を把握されるのは下策だ。
 とりあえず、息を殺し、足音を殺しながら、フェイトは廊下へ出た。

 フェイトがいたのは、東側にある三部屋のうち、中央の部屋だったらしい。
 両脇の部屋からは物音がせず、人の気配もない。
 敵は恐らく、西側にいるのだろう。
 距離は十分にある。それならば策を巡らせるだけの余裕もある。
 昔からあの男のすぐ近くで生活していたのだ。相手の行動予測ぐらい出来る。
「あの人……草間さんなら、どう動く……? こんな状況で、どうするのがベストだと判断する……!?」
 意識を敵にトレースする。
 これは超能力ではない。これまで培った経験と記憶に基づいた予測。
 まず、こんな状況からのスタートならば、相手の情報を収集する事を優先するだろう。
 相手の位置を知るだけでも十分に状況を好転させられる。
 ならば、敵もフェイトの位置を探るはず。
 しかし、索敵の途中で相手と鉢合わせになるのは避けたがるはずだ。
 確実な勝利を得たいのならば、出来るだけ自分に有利な状況を作り出し、そこに敵を追い込んでから攻めにはいるはず。
 それが出来ていない状況での鉢合わせは、出来るだけ避けたい。
 そんな時に出来る事といえば、相手が近づいてくるのを待つか、それとも相手に気付かれないように近づくか。
「草間さんなら、消極的な方法は取らない……動くはず」
 相手の行動に当たりをつける。
 完全な勘ではあるが、ほぼ予測どおりで間違いないだろう。それだけの自負がある。付き合いの長さが裏づけだ。
 相手の行動は大筋、読めた。ならばここからどう動くか、だ。
 もしかしたら敵は既に行動を始めているかもしれない。フェイトもぼやぼやしていられない。
 相手の策が読めたのなら、こちらの取るべき行動は一つ。相手の策を潰す事。
 索敵を目的に動いているのだとしたら、こちらは見つからないように行動すれば良い。
 とすれば、物音を立てずに移動するのが良いだろう。廊下のど真ん中にいてはすぐに見つかるし、部屋の中では逃げ場がない。
 装備が心許ないので、篭城もありえない。
 今は左右どちらかの廊下を移動するのが最善策のはず。
 そして出来る事ならば、相手に見つからずに背後を取れると良い。そうすれば相手を仕留める好機となる。
 左右どちらかの二択で、その好機を得られるかどうかが決まる。
 だが、これも予想は立てられる。
 敵は右利きだったはず。だとすれば反時計回りに移動するはずだ。
 何故ならば、右手で銃を構える場合、そちらの方が壁に隠れつつ射撃がしやすいからである。
「だったら、俺のやることは決まってる」
 行動方針は、敵の背後を取る事。つまり、フェイトも反時計回りに進む。
 行き止まりのない廊下でそんな事をすれば、延々と追いかけっこをするハメにもなりかねないが、その時はその時だ。
 まずは行動あるのみ。
 そう思って右手に伸びる廊下を歩き出す。

 一つ目の角にやって来た時の事だ。
 とりあえず、壁に隠れて通路の奥を覗く。
 北側と南側の通路は、エレベーターホールになっている。
 ビルの内側にある壁にはエレベーターのドアがあり、逆の壁には6の文字が貼り付けられている。
「地上六階、って事か」
 部屋にも廊下にも窓がなかったので確認できなかったが、どうやらここは六階らしい。
 これはどうにか壁をぶち破って建物の外へ逃げ出すと言う選択肢もなさそうだ。
 とりあえず、他に目を向ける。
 通路には他にモノがない。観葉植物の一つでも置いていそうな雰囲気の建物なのに装飾がなく、殺風景なのはいかがなものか。
「戦場としてはそれで十分って事か」
 人影はない事を確認し、フェイトは通路に入る。
 モノがないと言う事は隠れる場所、敵の弾を防ぐ場所がないという事。
 一直線の通路にいては、格好の的である。
 出来るだけ物音を立てないように、素早く走り抜ける。
 フェイトが廊下の中間くらいまで来た時だ。
「……うっ!?」
 向こうの廊下の角から、人の手が現れた。
 その手には銃が握られ、銃口はこちらを向いている。

 一瞬にして血の気が引く。
 視野が狭まり、心臓が痛いくらい高鳴る。
 世界がネガ反転したように、色がおかしくなったように錯覚した。

 こちらの動きが読まれていた。
 策を潰すつもりが、さらにその裏をかかれた。
 何故気付かなかった、と喉を鳴らす。
 こちらが相手の思考を読めるなら、向こうだってこっちの思考を読んでくる可能性だったあった。
 ……いや、反省は後だ。まずは対応。
 ここを誤れば、最悪死ぬ。集中しろ。

 乱れかけた呼吸を一瞬で引き戻し、慌てかけた精神を落ち着ける。
 刹那の時間の中で、精神をコントロールする術は既に身につけてある。
 落ち着けば対応できない問題じゃないはず。

 視野を広げろ。
 呼吸を落ち着けろ。
 集中して活路を見出せ。

 動転しかけた世界に、色が戻る。
 フェイトはすぐさま対応に移る。
 敵の姿が見えているのは手だけ。にも拘らず、その照準は確かにフェイトにピッタリと合っている。
 周りに遮蔽物はなし。隠れられそうな場所は後方数メートルにある曲がり角。そこにたどり着くよりも早く、敵の引き金が引かれてしまうだろう。
 ならば……っ!
 フェイトはエレベーターのドア側にある壁に跳ぶ。
 それとほぼ同時に敵の銃が吠えた。
 銃弾が飛び、今までフェイトのいた場所を音速で走った。
 間違いない、敵の顔は見えないが、こちらの位置は把握されている。
 フェイトはすぐに辺りを窺い、その仕掛けを探す。
 廊下の隅にチラリと光るものを発見する。
「鏡か……ッ!」
 廊下の壁に立てかけられるように小さな鏡がセットされていた。
 フェイトはすぐにそれを打ち抜く。.44が火を噴き、鏡は粉々に割れた。
「これでこっちの位置を把握するのは難しくなったろ!?」
「ちっ、目ざといヤツめ」
 フェイトは廊下の奥に向けて銃を構えつつ、エレベーター側の壁に寄り添う。
 この位置ならば、敵は攻撃しづらいはず。
 相手は壁に隠れながら、右手で銃を構えて射撃している。それはかなり無理な体勢だ。
 射撃可能な角度は限られている。その点、今、フェイトがいる場所は完全に死角になっている。
 つまり、こちらからも攻撃は出来ないが、相手からも攻撃は受けない。
 落ち着いて息を吐きつつ、廊下の向こうに声をかける。
「チラッと見た感じ、そっちはオートマの銃みたいで?」
「ああ、愛用のリボルバーでないのが残念だ」
 相手の発言を鵜呑みにするのは危険だ。
 フェイトだってマグナムを二丁持っているのだ。相手だって二丁持っていても不思議ではない。
 今のオートマの拳銃はサブウェポンだと言う事も考えられる。
「お前の持っているのは……音からするにマグナムか?」
「さて、どうかな」
「弾痕を見ると大口径……ロマン溢れる.44ってところか。良いチョイスだ」
「そりゃどうも」
 鏡を撃った時の弾痕が壁に残っている。そこから推察されたか。
 その観察力はさすがとしか言い様がない。
 さて、雑談はともかく、これからどうしたものか。
 策においてこちらの上を行かれた動揺はもうない。落ち着いて考えを巡らせられる。
 こちらから距離を詰めるか? いや、相手も気を張っている。不用意に近づけば迎撃される。
 ならば一度退くか? 物音を立てれば、背中を撃たれる危険性がある。
 だが現実的に考えれば、後退するのが良いだろうか。敵のいる方を警戒しつつ、最悪でも曲がり角までは後退したい。
 ……だとしたら相手に声をかけるのは失敗だったかもしれない。
 フェイトもよく知る敵ならば、声を聞いてこちらの位置を大体把握してくるはず。距離も測っているはずだ。
 今後、相手の言葉に返事をしなかったとしても、それはそれで怪しまれる。
「何から何まで、草間さんの掌の上ってか。気に食わないね」
 五年前に比べて、格段に成長した自信はあった。
 だが、未だにあの人には敵わないと言うのか?
 ……いや、そうじゃない。まだ気概が足りない。
 まだどこかで甘えている。あの人を超えるための気持ちを高めろ。
 相手の思考の上を行け。今の自分になら出来る。
 フェイトは再び、視線をめぐらせる。
 相手は何を考えている。
 この十メートルちょっとの距離を、どう活かす?

 フェイトが考えている間に、敵が先に動く。
 足音が聞こえた。それにドアの音も聞こえる。どうやら部屋の中へ逃げるらしい。
 ここで逃がすのは得策ではない。放っておけば何をされるかわかったものではない。
 すぐに追いかけるべく、フェイトも駆け出す。
 十メートルの距離を詰めるのはすぐだった。
 角を曲がると、長い廊下が目に入る。敵の姿は当然見当たらない。恐らく、手近な部屋に入ったのだろう。
 いや、それよりも……
 目の前に転がる、銀の筒。その形状がまたも、フェイトの背筋を凍らせる。
 それは手榴弾。
 既にピンが抜かれ、レバーも外れている。
「やばっ……!」
 完全に気を抜いていた。
 次の瞬間に、手榴弾は轟音を上げて爆ぜる。
 眩い閃光が辺りを埋め、甲高い音がフェイトの耳を侵蝕する。
 フラッシュバンである。
 それによって視界と聴覚を奪われたフェイトは、一気に劣勢へと追いやられる。
 周りの状況が全く読めない今、敵に接近されても感知する事が出来ない。
 敵が近くの部屋に隠れているのだとしたら、完全なピンチである。
「仕方……ないっ!」
 意識を集中させ、テレパシーの波を当たり一帯に広げる。
 それが視覚と聴覚の代わりを果たし、周りの様子をフェイトに教えてくれる。
 流石に壁の位置や距離などはわからないが、敵の位置は把握できた。
 ドアを開けるところだ。まずは後退して壁に身を隠して……
「いや、ダメだ。それじゃあ相手の思う壺だ」
 退く足を何とか止め、銃を構える。
 フラッシュバンの効果が切れるまで数秒。その時間を耐えてみせる。
 敵は恐らく、フラッシュバンを仕掛け、こちらがその罠にまんまと引っかかる所まで計算しているはず。
 当然、その後の行動まで幾つか候補を考えているはずだ。
 だとしたら、こちらも相手の読みの上を行くなら、ある程度の危険を冒さなければならない。
 相手が予測していない行動、いや最悪でも確率が低いと見積もっている行動を取り、相手の動揺を誘う。
 予測していない、確率が低いと見積もると言う事は、それは現実的ではないということ。
 そんな行動には当然、危険がついて回る。
 視覚、聴覚共に封じられた状況で敵を迎撃するなんて、うってつけの行動だろう。
 フェイトは敵がドアから出てくるタイミングを見計らって、そちらに銃を向け、引き金を引く。
 耳鳴りのするフェイトの耳には何も聞こえなかったが、轟音を上げて銃弾が放たれる。
 敵はその行動にどう思っただろうか? 少なくとも虚は突かれたはずだ。
 相手の予測するフェイトの行動は後退、もしくはフラッシュバンの効果で立ち往生と言った所だろう。
 ならば、フェイトがこれから距離を詰めようだなんて、考えもよらなかっただろう。
 視界は大分ハッキリしてきた。
 目の前には床を転がり、銃弾を回避していた敵。既にこちらに銃口を向けている。
 フェイトは姿勢を低くし、顔を左手でガードしつつ、右手ではマグナムを構える。
 二人の射線が交差する。
 刹那、銃声。
 両者共に相手の銃弾を避けようと、身を捻る。
 銃弾はフェイトのわき腹、敵の左肩を掠め、壁や床に穴を開けた。
 致命傷ではない。それを理解するや否や、次の行動に移る。
 敵は未だに立ち上がってはいない。その点、フェイトが有利である。
 横に走りこみながら、もう二発、敵に向けて銃を撃つ。
 敵は回避をする事が出来ず、左手で銃弾を防御した。
 至近距離でマグナム弾を受けた左手は、かなりの損傷であろう。恐らく、敵の左手は使い物になるまい。
 しかし、フェイトの持っているマグナムにはあと一発しか銃弾が残っていない。
 あと一発で仕留めるか、もしくはもう一丁のマグナムを取り出すか。
 一瞬の判断の遅れが、敵の行動を許してしまう。
 フェイトは敵の横を通り過ぎつつ、相手の背後を取ったが、相手はフェイトが銃口を向けるより先にドアが開きっぱなしだった部屋へと転がり込んだ。
 相手の逃げの姿勢を見て、仕留められる、と確信した。
 フラッシュバンの効果はほとんどなくなった。行動に支障はない。
 フェイトは二つ目のマグナムを取り出しつつ、追撃に移る。
 ドアに近づくと、部屋の中から迎撃を受けた。
 銃弾が三発ほど、廊下に向かって発射された。
 威嚇射撃だろう。狙いも何もなかった。足音に反応して発砲しただけに過ぎまい。
 追い詰めている。そう実感した。
 ここで追撃の手を緩めてはいけない。あと一手で詰みの状況で躊躇していれば、相手に状況を立て直す隙を与えてしまう。
 例えば、もし敵がもう一個、フラッシュバンを持っていたりしたら、廊下に放り込まれた瞬間にまたフェイトが慌てる番だ。
 ならばそれを回避するためにも、ここは行動しかない。
 意を決し、部屋へと踏み込むフェイト。
 ドアの正面には敵影なし。
 ならば敵はドアの左右、どちらかの壁際に姿を隠してるはず。
 敵はこちらが右利きである事を見越して、右手側に姿を隠している……と山を張る。
 右側に陣取られれば、構える腕によって多少なりと視界がふさがれる。その隙を狙って、敵は待ち伏せを仕掛けているはず。
 ……いや。
「こっちだッ!」
 部屋に押し入る寸前に、狙いを左手側に向ける。
 そこには敵の姿が。
 ここまで何度もフェイトの思考の上を行った敵。ならば今回もフェイトの思考の上を行くはず。そうやって裏の裏をかいた結果、それがドンピシャだった。
 自分に向かって銃を構えるフェイトに、敵は何を思っただろうか?
 再び交錯する二人の射線。そして、ほぼ同時の発砲音。

***********************************

 勝てはした。
 目を覚ましたフェイトは、夢の終盤を思い出す。
 確かに、フェイトの銃弾は敵を撃ち抜いた。敵の銃弾はフェイトの致命傷には至らず、フェイトは最後まで戦場に立っていた。
 だが、まだまだ地力では到底敵わないと実感する。
「あの人、能力者でもないのに、なんて戦闘力だよ、マジで」
 フラッシュバンを食らった時、テレパシーがなければやられていた。
 フェイトは敵の術中にはまりっぱなしだった。
「まだまだ、精進しなきゃな」
 朝日に照らされる町を見ながら、そんな風に零した。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8636 / フェイト・- (フェイト・ー) / 男性 / 22歳 / IO2エージェント】

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■         ライター通信          ■
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 フェイト様、ご依頼頂きありがとうございます! 『FPS脳!』ピコかめです。
 以前は肉弾戦が好きだった俺ですが、某FPSゲームをやってから銃撃戦も良いんじゃないかな、と思い始めました。

 今回は辛勝、と言う事で。
 怪我を負うわけではなく、相手に翻弄されて死地を何度も越えさせられると言うタイプの辛さでした。
 完璧な出藍の誉れを達成するにはもうちょっと時間が必要そう、ですかね?
 ではでは、また気が向きましたらどうぞ~。

カテゴリー: 02フェイト, ピコかめWR |

おべんきょしましょ

「………」
草間興信所の片隅に座り込んだ少女は、草間の行動をずっと見つめ続けていた。
何も言わないオッドアイの少女に、少し困惑しながら草間が声をかける。
「あー……あれだ。おまえ、珈琲でも飲むか?」
ゴシックロリータ調の服を着て、綺麗になったばかりの床に座り込んだ遥瑠歌は、無表情のままじっと草間を見つめた。
表情の変わらないオッドアイに見つめられる、というのは結構のプレッシャーがかかるのだと草間が感じていると。
「草間・武彦様」
少女が声を上げた。
相手の事をフルネーム且つ様付けで呼ぶのは、遥瑠歌の癖だ。
直そうと何度も試みたが、少女は断固として拒否したのを覚えている。
「草間・武彦様」
もう一度呼ばれて、はっと草間は意識を戻す。
「何だ?」
問いかけると、小さな少女は座り込んだまま、驚くような事を口にした。
「『こーひー』とは、何で御座いましょう」
「……は?」
目を丸くする草間と零に、遥瑠歌は微かに表情を曇らせた。
滅多に変わらない少女の表情の変化に、更に草間が驚く。
「わたくしの居た空間には、その様な物は存在しませんでした。何分、わたくしと砂時計。それと迷い込まれたお客様しかいらっしゃいませんでしたから」
遥瑠歌は今まで、此の世界とは別の、何も無い漆黒の空間に居たらしい。
それが、草間の砂時計が今迄に無い動きを見せた事に、初めて『興味』という感情を抱いて、興信所へとやって来たのだ。
感情も、常識も何も知らない少女。
それが遥瑠歌だ。
「……よし。今日は臨時休業だ」
「休業、で御座いますか」
立ち上がった草間に、少女が表情を常に戻して首を傾げる。
「今日は遥瑠歌の勉強会だ。事務所じゃ知れてるし、出かけるぞ」

フェイト(8636)は、徹夜明けで気怠い体をぐっと伸ばした。
「草間さん達、大丈夫だったかな……」
急に仕事が入ってしまって、結局二人のその後を見守ることが出来ず、仕事の間のずっと気になっていたのだ。
かなり強引に草間へと押し付け、そのまま仕事へと向かってしまったのだから、当然と言えば当然だろう。
「とにかく一度家に戻って、少し休んでから……」
ふと姿勢を戻したフェイトのその視界の端に、ふと何かが映った。
何処か気だるげなこげ茶のジャケットと、その後ろを音もなくついていく黒を基調としたゴシックワンピース。
ちぐはぐなその二つの影を見つけた瞬間、彼は疲れを何処かに追いやったかのように駆け出す。
「草間さん」
フェイトの声に、目を細めつつ振り返る草間と、会った時と同じ無表情で振り返った少女が彼をみやる。
「よぉ、フェイト。仕事大丈夫だったのか?」
「はい」
足を止めた流れで、胸ポケットから煙草を取り出した草間に軽く会釈した後、フェイトは微笑みつつ腰を折った。
無表情の紅玉と水銀のオッドアイを見つめる。
「やぁ、おはよう、でいいのかな?」
「お早う御座います『    』様」
名乗ったはずのない本名をさらりと呼ぶ少女に苦笑をひとつ。
本当にどうしてこの少女は、自分の名前を知っているのか。
(能力者、になるのかな。この子も)
「ちゃんと名乗ってなかったね。僕は『フェイト』っていうんだ。よろしくね?えぇと……」
そういえば。
自分が『今』の名前を名乗ったはいいものの、良く考えれば眼前の少女の名を知らないのだ。
確か少女は自分の事を『創砂深歌者』と言っていた。
けれどどう考えても、それは名前ではないだろう。恐らくそれは役職というか、能力者としての呼称というか。そういうものだろう。
「『遥瑠歌』で御座います」
無表情な少女が、小さく色違いの瞳を瞬かせながら音を紡ぐ。
「草間・武彦様が、わたくしにその名を与えて下さいました。ですからわたくしは『遥瑠歌』で御座います」
何処か誇らしげにそう告げる少女の頭を、思わず撫でてしまったのは反射だろうか。
「それじゃあ遥瑠歌。改めてよろしくね」
こくりと頷いた少女――遥瑠歌の頭をもう一度撫でて、フェイトはゆっくり体を起こす。
軽く伸びをするフェイトを見て、草間は煙草に火を着けつつ何か思いついたかのように口を開いた。
「丁度いい。フェイト、お前も手伝え」
「はい?」
手伝うとは、一体何の事だろう。
首を傾げたフェイトを見て、草間は肩を竦めつつ手にした安物のライターを遥瑠歌へと見せた。
「遥瑠歌、これが何か分かるか?」
(いや、草間さん。いくらなんでもそれは……)
思わず苦笑を漏らしそうになったフェイトの傍で、紅玉と水銀の瞳を持つ少女は、常の無表情のまま。
「いいえ。存じ上げません、草間・武彦様」
至極当然のことだと言わんばかりに、そう告げるのだった。

「人の名前は知ってるのに、物の名前は知らないなんて……」
のんびりと歩きつつ、思わずぽつりと呟くフェイトを見上げつつ、遥瑠歌はゆっくりと口を開いた。
「わたくしが人の名を存じ上げているのは、心を読んでいるからでは御座いません。フェイト様」
思わず心を覗かれたかのようなその言葉に、フェイトは無言のまま足を止める。
「人の心を読む事は不可能で御座います。わたくしに出来る事は、砂時計を介した情報を得る事だけで御座います」
「いや遥瑠歌。それを一般的には『読んでる』って言うんじゃねぇか?」
「……そうなのでしょうか」
申し訳ありません。気を付けます。と頭を下げる遥瑠歌に手を振って大丈夫だと伝え、フェイトは苦笑を一つ。
なかなか難しい少女だ。
恐らく、本人は本当にそのつもりはないのだろう。ただ、手に取るように分かってしまうのが、少女にとっての『自然』なのだ。
(これは今度、その辺りの話もした方がいいかな)
遥瑠歌がこれから草間と共に過ごすのなら、その辺りの制御も必要だろう。
「まぁ、その辺りはまた追々な。その前に必要なのは知識だ」
草間の意見は最もだろう。
遥瑠歌というオッドアイの少女は、人の名前とそこから伝わる何かを知る事は出来る。
しかし、それ以外の。つまり、人でないもの以外はさっぱりなのだ。
『ライター』というものの名前ですら、少女は知らなかった。
「そうですね。それじゃあ、遥瑠歌さん。ゆっくり街を歩きながら、気になるものがあれば声をかけてくれますか?僕たちで教えられるものは教えますから」
「有難う御座います、フェイト様」

遥瑠歌が主に興味を持ったのは、不思議なことに広告やポスター類だった。
「フェイト様、あれはなんで御座いますか?」
「え?あぁ、あれはポイ捨てはやめましょう。っていう呼びかけみたいなものだよ。ポイ捨て、っていうのは……」
「……おい。なんでそこでこっち見るんだよ」
「いえ。その煙草どうするのかな?って」
「草間・武彦様。ポイ捨てはやめましょう、とあの女性がおっしゃっていますが」
「わぁってるっつの。ちゃんと携帯灰皿持って来てるからな」
そんな会話を交わしつつ、あれはなに。これは。あちらは。と次々質問してくる少女の表情が、どこか楽しげなものに見えるのはフェイトの気のせいというわけではないはずだ。
何となく楽しくなってきたフェイトが笑みを浮かべる。
そんな彼の服を引いた遥瑠歌が、あれは、と指さした先には広告ではなく一軒の店。
「あそこに、沢山の人がいらっしゃいます。あちらはなんでしょう」
「あぁ、あそこ?あそこはファミリーレストランって言ってね。比較的安い値段で色々な種類の食事が……」

――きゅるぅ……。

フェイトの言葉に重なるように響く音に、新しい煙草を取り出そうとした草間と、服を引っ張る遥瑠歌が同じタイミングでフェイトを見やる。
「……フェイト様。今の音はなんで御座いましょう」
「え、いや、えぇと……あはは……」
そうだ。急な仕事が入って、そしてやっと解放されたのが明け方で。
そのあとなし崩しにこの二人に出会った。
気付けばどれくらいの間、食事を摂っていなかったのだろう。
「ま、今のは腹の虫ってやつが鳴いたんだよ。腹が減った!ってな」
「つまり、フェイト様は空腹なのでしょうか」
色違いの瞳が、自分の顔と腹を交互に見ているのが妙に気恥ずかしい。
「丁度いい。今から飯にするか」
小さく肩を揺らす草間を思わずジト目で睨んでしまったのは、仕方のない事だと言えるかもしれない。

「遥瑠歌さん、何が食べたいですか?」
自分の分を選び終えたフェイトが、メニューを少女に示しながら笑いかける。
食べ物についての知識もないのだろう。首を傾げる少女へと、ひとつひとつどんなものなのかを教えつつその表情を伺っていく。
「これはパスタ。こっちはピザ。こっちは……」
ゆっくりと説明と商品の写真を見比べていた遥瑠歌の目が、ふいに一つの食べ物の上で止まった。
「……遥瑠歌さん、これが食べたいですか?」
「あ……いえ、あの……」
短時間とはいえ、基本的に自分の意思をはきはきと口にしていた少女が、初めて口ごもった。
少女が目を止めていたのは、ガラスの器に美しく盛り付けられたアイスや果物。そしてたっぷりとかけられたチョコレートソース。
「チョコレートパフェか。遥瑠歌さんも女の子ですね」
零れた笑みそのままに告げるフェイトと、何処か楽しげな表情で先に運ばれてきていた珈琲を啜っていた草間を交互に見た後。
無表情ばかりだった少女は、紅玉と水銀の瞳を揺らしながら顔を俯かせる。
波打つ銀の髪の隙間から覗く耳が、ほんのりと色づいていた事には、気づかないふりをすることにした。

どうやら初めての食事、というか、食べ物はお気に召したらしい。
どこか柔らかい表情で空になった器を眺めている遥瑠歌と、草間のおごりという事でいつもより少しだけ食事量を増やしたフェイトを置いて、草間は自販機まで煙草を買いに行ってしまった。
二人きりになったところで、ふとフェイトは自分のジャケットの中に忍ばせていたケースを思い出す。
「遥瑠歌さん、少し聞いてもいいですか?」
「はい」
あっさりと器から視線を自分へと向けてくる少女に見える様に、フェイトは懐からケースを取り出すとそっとそれをテーブルの上へと置いた。
オッドアイが静かに、そのケースを――そして、その中に護られるように入れられている『欠片』を見つめる。
「これは、草間さんの、だよね?」
静かに、まるで欠片自体が鼓動を刻むように。そして時間を刻むように。
『動いて』いるその欠片について、フェイトが問いたいのだと『知って』いる遥瑠歌が無言で頷いた。
頷き返して、フェイトは二度、ケースを指先で叩く。
言葉は紡がない。
紡がなくとも、少女には『分かる』のだから。
少女は手を伸ばさない。ケースをただ静かに眺め、そしてフェイトを見つめ返すだけだ。
紅玉と水銀は、静かに凪いでいる。
少女の瞳は言葉よりも雄弁だと、フェイトは思う。
無表情な遥瑠歌の瞳は、よく見ればその奥にしっかりとした意思を宿している。
自分を見つめる少女の頭を一度優しく撫でて、フェイトはケースを自分のポケットへと戻す。
恐らくはそれが、正解なのだと。確信をもって。

「フェイト様」
店を出て、事務所へと向かう草間の後ろを歩いていた遥瑠歌が、さらにその後ろを歩くフェイトへと振り返る。
「なんだい?」
草間は歩みを止めない。気づいていない、訳ではないだろう。
変なところで変な気遣いをするのが、その男だ。
足を止めたフェイトへと向き合った遥瑠歌が、ゆっくりと首を垂れる。
深く、深く。願うように。祈るように。
「これからも、よろしくお願い致します」
――その欠片と、ともに。
顔を上げた、少女の顔に。

フェイトは初めて、微笑を見た。

END

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8636/フェイト/男/22歳/IO2エージェント】
【公式NPC/草間・武彦/男/30歳/草間興信所所長・探偵】
【NPC4579/遥瑠歌/女/10歳(外見年齢)/創砂深歌者】      

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■         ライター通信          ■
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再びのご縁、有難う御座います。
遥瑠歌と名付けられた少女との邂逅、第二話をお送りいたします。
無表情な少女が向けた、小さな微笑。
それは恐らく、信頼の証なのでしょう。

ご発注誠に有難う御座いました。

カテゴリー: 02フェイト, 風亜智疾WR |

悲しい子供の愛し方

『今日は全国的に天気が悪く、関東地方では夕方以降雷雨の可能性が高いでしょう。降水確率は……』

悪天候の中、タイミング悪く買い置きの煙草と電池が切れてしまった。
草間・武彦は陰鬱な気分に陥りながら、傘がまるで役に立たない空の下へと繰り出している。
一番近いコンビニまでの五分が、とてつもなく長い。
コンビニまであと少しといった所で草間が感じ取ったのは、一種異様な空気。
自分では認めたくないが、探偵稼業の中で、そういった空気に身を投じる事が多い。
だからこそ、遠目で見ただけでも理解出来たのだ。
其処だけが、違う。
ほんの少しの興味心があった事は、認めざるを得ないだろうが。
平素の草間ならば、完全に無視して通り過ぎるというのに。
何故か其の時だけは、其処へ向かって歩みを進めていた。

其処には、水銀色の髪を腰の辺りまで伸ばした小さな少女が佇んでいた。
黒を基調にした白レースをふんだんに使ったゴシックワンピースに、同じデザインのヘッドドレス。
見える横顔から覗く瞳は、瞳と同じ色。
雨の中、傘も差さずに空を見上げているその表情は。
無。
見る限りでは、十歳前後だろう。
だというのに、視線の先の少女の纏う雰囲気は、年とはかなりかけ離れたものだった。
「おい。何してるんだ、こんな雨の中」
草間の問いかけに、少女はゆっくりと視線を彼へと動かした。
其処で初めて分かる。
少女の瞳は左右非対称、紅玉と水銀のオッドアイ。
顔を顰める彼を見ると、少女は濡れる事も厭わないのか緩慢な動作で頭を下げた。
「お初にお目にかかります。草間・武彦様」

フェイト(8636)は、コンビニでその場凌ぎに購入したビニール傘越しに空を見上げた。
「急に降ってくるなんてな……」
折角の休日だというのに、全くついてない。
街をぶらりと散策しようかと思ったが、これは予定を変更して何処か喫茶店にでも入った方がよさそうだ。
「この辺りにある喫茶店は……ん?」
急遽目的地にした喫茶店を目指して歩いていると、ふと視界の端に見慣れた影。
「……草間さん?」
しっかりと確認すれば、其処には傘を手に立ち止まる昔馴染みの探偵の姿があった。
こんな雨の中、何故立ち止まっているのだろうか。
気になって歩み寄る最中で、その理由に気付く。
草間の前に、見知らぬ少女が傘も差さずに立っていた。
原因はその小さな少女だろう。
「草間さん」
驚かせない様に、けれどこの雨で声が掻き消されない様に。
柔らかいけれどしっかりと通る声で呼びかければ、草間が振り返る。
「あぁ、フェイトか。お前、仕事はどうしたんだよ」
「今日は非番なんです。……それで」
笑いつつ、フェイトはそっと傘を持つ手を草間の眼前に立つ少女の頭上に伸ばした。
「この子は草間さんの『お知り合い』ですか?」
「……いや」
含みを持たせたフェイトの問いに気付いた草間が、何処か苦い表情で首を横に振る。
草間でも分かるレベルの異質。フェイトが気づかない訳がない。
この悪天候の中少女は、何の感情も映す事なくただ只管草間だけを見つめ。
傘を差し掛けているフェイトに見向きもしない。
まるで、紅玉と水銀の世界には草間しかいない。と言うかの様に。
草間が自分に投げかける「助けてくれ」という視線を無視する訳にもいかず、フェイトはそっと草間の横で少女と同じ目線になる様に腰を折った。
「こんにちは。どうかしたのかな?」
フェイトの優しい問いかけに、漸く少女が非対称の瞳を彼へと向ける。
微かに首を傾げた少女が徐に口を開いた。
「わたくしは、草間・武彦様にお渡ししたいものがあって参りました」
「草間さんの事を知ってるんだね。前に会った事があるの?」
頭上で首を横に振る草間を感じつつ、笑みを絶やさず少女に声をかけ続けるフェイトをじっと、色違いの瞳が見つめている。
「いいえ。お会いしたのは先ほどが初めてで御座います」
「それなのに、草間さんの名前を知ってるの?何処かで聞いたのかな?」
「いいえ。わたくしは貴方様の名前も存じ上げております。『    』様」
名を呼ばれ、フェイトは僅かに目を見開いた。
記憶をどれだけ遡ろうとも、眼前の少女に会った事などない。今回が間違いなく初対面だ。
なのに少女は自分の名を呼んだ。しかも、フェイトという今現在名乗っている名ではなく、本名で。
草間と顔を見合わせて、フェイトはゆっくりと少女へと向き直った。
「君は一体……」
紡がれた言葉に、ビニール傘の下の少女はゆっくりと深く首を垂れるのだった。
「初めまして。わたくしは『創砂深歌者』と呼ばれるもの。草間・武彦様に、砂時計をお届けに参りました」

悪天候の中会話を続ける訳にもいかず、三人は草間の事務所へと場所を移した。
インスタントコーヒーを準備した草間が、自分の分を啜りながら小さな少女へと声をかける。
「で、何だったか。砂時計?」
「はい。此方が、草間・武彦様の砂時計で御座います。先日より不可解な動きを見せておりましたので、管理を行っているわたくしが、この度お持ち致しました」
淡々と告げて少女は何処からともなく一つの砂時計を取り出すと、そっと草間へと差し出した。
「この砂時計は、草間・武彦様の刻む時そのものに御座います。通常であれば其のまま進むべきものなのですが、つい先日から砂は行ったり来たりを繰り返す様になり……」
「ちょっと待て。一気に話すな混乱するだろ」
左手で砂時計を受け取りつつも、右手を突き出して静止を促す草間を苦笑しつつ見やって、フェイトは助け船を出すべく口を開く。
「えぇと。つまり、この砂時計は草間さんの『寿命』を示すもの、って事なのかな。普通は下に砂が落ちるはずなのに、今は落ちたり戻ったりしてる、と」
草間から視線をフェイトへと移し、自らを『創砂深歌者』と名乗った少女は一つ頷いた。
「はい。わたくしもこの様な現象は初めてで御座います。ですが、出現してしまった以上、この砂時計は草間・武彦様のもの。ですのでお届けに上がった次第です」
お受け取りください。と無表情のまま草間へと頭を下げる少女に、突き出していた右手を頭に運んでガシガシと掻く草間。
「この砂時計は草間さんのものだから、君としては草間さんに持っていてもらいたいんだね」
「いいえ」
フェイトの言葉に、少女は首を横に振った。
「その砂時計をどうするかは、草間・武彦様の自由で御座います。持ち続けるも壊すもご自由にどうぞ」
「壊す、って……」
「砂時計は、持ち主の『時』を刻むもので御座いますので」
そのフレーズに、フェイトはふと思いつく。それは、つまり―――。
「砂時計の砂が落ちきる時が、持ち主の寿命……」
呟かれた言葉に、無表情のまま少女はひとつ頷く。
「はい。その通りで御座います」

暫く、三人は動きを止めていた。
草間は砂時計を見つめ続け、フェイトはそんな草間と無表情のままの少女を交互に見やり。
少女は、草間を只管に見ていた。
「俺の自由にしていいんだな?」
「はい」
「草間さん、どうするつもりですか?」
溜息交じりに告げる草間へと問いかければ、草間は空いた手で頭を掻いたまま。
「こうすんだよ」
無造作に。まるで、吸い終わった煙草を捨てるかの様に。

初めて少女の目が、驚愕に見開かれる。
止める間もなく、草間の手を離れた砂時計はそのまま落下し。
―――ガシャン。

「寿命が分かるだか何だか知らねぇが。俺の寿命は俺が決める。砂時計なんぞに決められてたまるか」
「草間さんらしいというかなんというか」
吐き捨てる様に言った草間へと笑いかけつつ、フェイトはそっと立ち尽くす少女の肩へと手を置いた。
「ごめん。びっくりしたよね。でも、これが『草間・武彦』さんだから」
草間から視線を外し、粉々に砕けた砂時計をじっと見つめる少女は。
のろのろと口を開いた。
「申し訳御座いません。理解が出来ません」
何処か悲しそうな声音で紡がれる言葉に、フェイトはそっと微笑みながら話しかける。
「そっか。それじゃあ、こういうのはどうかな。君はこれから草間さんと一緒に過ごしてみるんだ。一緒にいれば、草間さんがどうして砂時計を壊したのか、分かるかもしれないよ?」
「一緒に……」
「おいフェイト」
「いいじゃないですか草間さん。この子が普通の子じゃないって、最初から気づいていたでしょう?」
「いや、そういう問題じゃ」
「じゃあ、こうしましょう。これは俺からの依頼です。草間さん、暫くこの子の面倒を見てあげて下さい」
勿論報酬もお支払いしますよ。と。草間の逃げ道を少しずつ削っていく。
万年『怪奇』と友人状態の草間の事務所だ。今更もう一つ『怪奇』が増えた所で構わないだろう。
それに、長年の付き合いだ。フェイトはちゃんと知っている。
草間・武彦という男は、口ではああだこうだ言うけれど意外と面倒見がいい、という事を。
大きなため息を一つ。口を開いた草間が答を返そうとした、その瞬間。
フェイトの持つ通信機に、緊急招集連絡が入った。
「あぁ、すみません。俺行かないと」
「ちょっと待てフェイト!」
「それじゃ、待たね?草間さんは『いい人』だから、きっと大丈夫だよ」
「畏まりました」
「フェイト!」
「それじゃあ草間さん。依頼、よろしくお願いしますね」
笑いながら事務所を出れば、中から草間の声が響き渡った。

(ま、なんだかんだ言っても草間さんの事だし。大丈夫だろう)
事務所の入ったビルを見上げつつ、フェイトは思う。
そう遠くない未来、草間の事務所には正式にもう一人居候が増えるだろう。
波打つ銀の髪、紅玉と水銀の瞳。
ゴシックドレスを身に纏い、不思議な砂時計を管理する小さな少女。
「頑張って、草間さん」
笑う自分のズボンのポケットで、小さな破片が音を立てた事を。
フェイトはまだ、知らない。

END

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8636/フェイト/男/22歳/IO2エージェント】
【公式NPC/草間・武彦/男/30歳/草間興信所所長・探偵】
【NPC4579/遥瑠歌/女/10歳(外見年齢)/創砂深歌者】      

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■         ライター通信          ■
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大変お待たせ致しました。
草間と遥瑠歌(まだこのお話では名前がついてはいませんが)とフェイト様の3名で出会い編。をお届けいたします。
気心の知れた草間とフェイト様であれば、きっとこういう流れで少女を受け入れたのではないかな。と思っております。
ポケットの中には、少女がそっと忍ばせた何かが。
ご発注誠に有難う御座いました。

カテゴリー: 02フェイト, 風亜智疾WR |