転機・2

「振り向くな。そのまま聞きなさい」

 何者かに背後を取られた俺はその言葉に動かそうとしていた身体を止めた。
 危険反応として己の精神感応能力を発動させ、相手が一体どんな行動をするかすぐに知れるよう網を張る。ただしこれは一種の賭け。俺は精神感応能力は一番苦手だし、下手をすれば相手の感情に引っ張られてしまう可能性がある。声を掛けられた途端、緊張した身体はぐっと拳を作り、唇を引き締めた。

「病院で一緒だった色違いの瞳の彼は一緒ではないのか」

 声は男、だと思う。
 まだ直接この目で見てはいないけれどもし「女」と言われれば、疑うほど低い声だった。話し掛けられるたびに伝わってくる感情は何故か「興味」。しかしその興味という対象が『工藤 勇太(くどう ゆうた)』であるという点において俺は相手が過去自分を実験体扱いしていた研究所がらみの人間だと察するのに充分であると判断する。
 震え強張る手でポケットの中の指輪を握り締め、俺は念じ始めた。指輪の持ち主は俺だけど、贈ってくれたのは『案内人』のカガミ。彼はこの指輪を通してより明確に俺との感覚を共有出来るようになると教えてくれたからこそ、願う事は只一つ。

―― カガミ、絶対に来るなよ!

 巻き込みたくない。
 たったそれだけの、拒絶からの願いだった。

「まぁいい」

 黙したまま何も語らない俺に痺れを切らしたらしい相手は、周囲に誰も居ない事を確認してからある事を語り始める。それはバイト先の先輩であり記憶を失う前は俺を葬り去ろうとした男の死因であった。

「彼が何故死んだのか君は知っているか?」
「……」
「我々は君が何者で、どういう能力を持っているのか調べている。今更一般人のふりをしても無駄だ」
「っ……」
「あくまで応えないのも結構。しかし話は聞いてもらおう。――君はここで死んだ男が『イミテーション』であった事は知っているね? 人の脳に眠っている潜在能力を薬などで強制的に引き出し、開発された者の事をそう言う。覚えがあるだろう? 君は元々超能力を保持している類稀なる存在、『オリジナル』なのだから」

 一方的に耳に入ってくる話題。
 その中にある単語から相手が研究所絡みだと確信すると俺は己の神経が更に張り詰めるのを感じた。

「『イミテーション』には限界がある。そのため何のリスクも負わずに永続的に能力を保有する事は難しい。継続的に薬物摂取を行わなければいけない者もいれば、幾つかの器官が破壊される場合もある。ここで死んだ男にとっての死因は脳への負担及び薬剤の摂取を止めた事によって急激に老化が進んだ事にあるといっても過言ではない」
「……何故、その前に死なない方法を」
「選ばなかったのかって? それこそ我々が知りたい。彼に話しかけても能力の事などさっぱり忘れ、開発されていた能力など無かったかのように『役立たず』となっていた。それならば我々が彼を切っても仕方が無い事だろう。研究の材料にもならないただの一般人には用はない」
「――ッ、見殺しにしたのか」
「してはいない。研究所においでと声を掛けても『そんな胡散臭いところなんて誰が行くものか』と拒んだのは彼自身の意思だ。……無知とは時として己の死期を知らず内に早めるらしいが本当に良い例になってくれたものだ」

 呆れたような声色で語られる死。
 一般人のようにではなく、『一般人』だったからこその判断が先輩を殺してしまったのだと俺は胸の内に黒いものが生まれた。能力者だった先輩。しかしその記憶を失わせたのは俺に関わり、案内人達の手でそっと能力の使い方も研究所関係の過去も全て封じてもらったからだ。思い出すきっかけがあればもしかしたらまた能力を花開かせる事もあるかもしれない可能性はあったけれど、少なくとも俺と再会した時には彼は紛れも無く『一般人』だったのに――。

「我々が興味あるのはイミテーション達の能力ではない。『オリジナル』である君の脳だ」

 言い切られる言葉から背筋にぞっと寒気が走る。
 思い出したくない過去を強制的に引き出され、一瞬にして嫌悪感が湧き出した。鳥肌が立つ。相変わらず人を物の様に扱うそのやり方に吐き気すら湧き出そう。

「もう止めてくれ……」
「覚えているね。研究所で一緒に育った者達の事を」
「……」
「君はとても幼かったらしいが、その反応からして間違いなく脳に刻み込まれているはずだ。例え共に育ち研究に協力してくれていた『イミテーション』達の顔は思い出せずとも、君がどうやって研究に関わっていたかを」

 ああ、覚えているとも。
 定期的に行われる健康診断、俺にはあまりなかったが呼び出される他の子供達には投薬による調整がなされていた。お陰様で俺の目も投薬による副作用で緑色だ。珍しいと人に言われる事はあるけれど、瞳の色一つなら言う程生活に支障はないから俺は多分ラッキーな方なんだろうと思う。
 あの研究所が摘発された後、ばらばらになった仲間達が今後どうなっているのか俺には分からないし、知らない。それは俺の身を案じてくれた叔父が情報を止めてくれていた可能性もあるし、幸運な事に今まで研究所の人間が関わってこなかった事もある。

 でもそれが今になって何故関わってくる?
 コネクト使いだった先輩は記憶を失い、やっと一般人としての生活を手に入れたはずだ。仕事内容を教えてくれて、仕事場でも俺達は上手くやっていた。
 笑っていたあの人。
 苦痛しかない過去なんて忘れた方が正解だと思っていたのに――その判断が彼を死に至らせたなんて嘘だ。

「……俺が研究所に戻ったらもう他の人には手出しはしないか?」

 来るな、とカガミの指輪を握り締めながら念じ続ける。
 拒まれたら『案内人』である彼は動かない、動けない。巻き込みたくない対象として目を付けられてしまったカガミの存在がいる。研究所の人間達の前で超能力ではないが、類稀なる能力を使用した彼もまた彼らにとって欲しい対象だと知っているからこそ応援は呼べない。

「勘違いしないで頂きたい」
「――な、んだと!?」
「何故研究をするのか君は分るか?」
「分かりたくもないっ」
「研究心とはつまり『純粋なる興味』。君らが漫画や本の続きが知りたいのと同じように我々も知りたいのだよ。『超能力』というものを。解明すればするほどその先が知りたくなる」
「その為に人が何人も死んでるんだぞ!?」
「それがどうかしたかね。過去の歴史の中、人の死によって科学が発展した事を君は知っているか。人の中身を知る為には人を捌かなければいけない。しかし死体からでは得られるデータに限界がある。生きたまま人の脳を暴いた過去もまた発展には必要だった。ならば我々は超能力を知りたいと思うならば、そのために多くの人材を集めよう」
「生きたまま、って――!」
「今の時代は平和すぎる。ただ人が人を知りたいと思う事は純粋だが、その方法が血に濡れるモノだからと禁じて己の中にある探究心を無理やり抑え込む」

 授業でちらっと話には聞いていた過去。
 医学発展のため、毒薬開発の為……理由こそ様々だが、人々は『人』にラインを引き、解剖していた歴史がある。今でこそ封じられた過去の事柄だが、それでも人は渇望する。
 知りたい。
 暴きたい。
 隠された物事のメカニズム。
 自分達が何故此処に存在し、どうしてこのように生きているのか。
 探究心こそが人間の文明を発展させた根底の感情だと俺にだって分かるからこそ――気持ち悪い。

「我々が知りたいのは人智を超える超能力の存在。念動力、感応能力、呼び方は多種に渡るがその全てはまだ暴かれていない脳の器官が作用している事までは掴んでいるのだ。――湧き上がるこの研究心を満たす為には如何なる犠牲をも払ってもらう!」

 狂気的な負の感情。
 いや、彼にとってはただ『純粋なる興味』。
 伝わってくる俺にも興奮しているのが良く分かり、そして悲しくなる。逃げては追いかけられる運命。人生というレールの上でどうしても障害になる研究所の存在からは俺は決して目を背ける事を許されていない。
 繰り返されるのは血塗られた探究心。
 聞こえる声は狂気染みた声色を得ながらも――まるで子供のような喜びに満ちていた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、続編お待たせいたしました!

 研究所絡みの男が出てきたという事で、また今後の展開を楽しみしつつ。
 さり気なく気遣われている某NPCへの対応にちょっと嬉しくなったとか、そんな言葉を残してまたお待ちしております。では。

カテゴリー: 01工藤勇太, 蒼木裕WR(勇太編), 転機 |

転機・1

こんにちは、俺、工藤 勇太(くどう ゆうた)! 十七歳の高校生男子です。
 夏に行った旅行で今まで積み立てていた貯金を崩してしまったので冬休みにせめてその分だけは取り戻そうと俺はある宅廃業の倉庫の荷物整理のバイトを始めました!
 最初は整理程度なら気楽かなーと思ってたんだけど、実はそこである出会いが……。

「彼がここの担当だよ。冬休みだけとはいえ君の先輩にあたるから仲良くするように」
「あー、彼が例のアルバイトの人ですか。どうぞよろしく」
「え、あ、はい。宜しくお願いいたします」

 それは運命の悪戯かそれとも必然か。
 その時紹介された男の『先輩』は以前俺の命を狙っていたコネクト能力保持者の人物だった。呪術返しを受けたせいで精神を病み、その後もある集落で能力を暴走させていたが、フィギュアによって記憶も能力も封じられたはずで……。
 そのせいか、相手は自分の事は全く覚えていないらしく、普通に暮らしているようだった。一緒に働くにつれてそれが演技ではない事が判明し、内心ほっと安堵の息を吐き出す。感応能力をそっと働かせてみても嘘をついているような感覚はなかった。

「へえ、工藤君は仕事覚えが早いな」
「そうっすか? それなら良いんですけど」
「じゃあ、今度はこっちの荷物整理の方法を教えるから来てくれるかい?」
「はい!」

 男は今あの時のことを忘れて生きている。
 ならば『日常』を狂わせる事などしなくても良いだろう。俺はあくまでバイトにきた高校生で、男はそこで働いている先輩。それさえ分かっていればもうあの過去など忘れても良いんじゃないかと思う。俺に出来る事はただ初対面のふりをして接する事だけ。全てを忘却した相手は既に別人扱いしても支障がないだろう。
 この男はもう先輩であり、自分が後輩だというのならば俺はそれに従おう。仕事を覚えつつ、相手と他愛のない日常の会話をしてこのバイトを楽しめれば良い。

「ん?」
「どうした、工藤君」
「いや、なんでもないっす。――あ、次これをこっちの棚に持っていくんでしたね。で、ここの紙に個数を書くっと」

 きっと冬休みだけの先輩後輩。
 期間が終われば俺は此処を去るから――そう平穏を信じて時を過ごす。
 だけどどうしてだろうか。何かがざわめく。
 カタ、カタ、カタ……。
 時折、歯のかけた歯車が強制的に回る音が聞こえるような気がした。

■■■■■

「眠いにゃ……」
「そっか」
「カガミ、ぎゅー」
「はいはい」
「此処は夢にゃのに、夢でもねむいってどういうことにゃー……」
「バイト料は良いけど仕事がキツイからだろ。頭も休みたがってんだよ」
「にゃー……逢ってるのにー」
「文句言わずに寝てろ」
「今ベッドの上でごろごろにゃん」
「添い寝してやってる俺の優しい心遣いを知れ」
「……ごろごろー」
「ったく、おやすみ。勇太」

 夢の中の逢瀬でもうとうと気分。
 大好きなカガミと二人一緒で大きなベッドの上で横たわれば、夢の中でもまた俺は目を伏せるのみ。

■■■■■

「ったく、今日出勤だろ。なんであの人来ないんだよ」

 俺がバイトに入ってから数日が経った。
 その頃には割りと単調な作業にも慣れ、それほど周囲からあれやこれやと言われずとも仕事をこなせるようになり効率も上がってきていたと思う。同じように冬休み限定バイト仲間も出来たし、仕事環境としてはそんなに悪くはない。ただ重い荷物や繊細な荷物を上げたり下げたりするのだけが辛いだけだ。
 例の男――もとい、現時点での俺の先輩も日々声を掛けてくれるし、俺もそれを不愉快に感じたりはしない。ただ、その日はちょっと胸騒ぎがしており、出勤した時から嫌な予感がしていた。
 でもきっと気のせいだと頭のどこかで否定したがっていた自分が居た。
 ――上司から男が来ない理由を聞くまでは。

「え……亡くなった?」
「今朝、自宅アパートで亡くなったらしい。死因が何かおかしいらしくて今警察の方が調査しているみたいだよ」
「何がおかしいんです? あー、でも病気とかじゃなかったですよね。心臓発作とかでしょうか」
「いや、なんていうか自然死らしいんだよね。いわゆる老衰? ……ほら、わけわかんないでしょ。あの人二十代後半なのにね。こっちも警察から連絡入った時、良く分からなかったからさ。多分もうちょっとしたら詳しい調査結果出るんじゃないかな。まあ……会社としては人様の事情に首を突っ込む訳にはいかないから結果待ちだけしておく方向かな」
「……自然死、老衰……」
「ま、それは置いておいて。工藤君はいつも通り仕事に戻っ――」
「あのっ! 俺あの人にCD借りてたんで、後で住所教えてもらって良いですか!? せめてそれだけは返したいんです。あの人が亡くなってても持ってるわけにはいかないから、遺族の方とかにでも」
「いや、会社としては個人情報を流すわけにはいかないからさ」
「そこを何とかお願いします! この通り!」

 俺は両手をぱんっと叩き合わせながら上司に頭を下げる。
 それでも上司は「個人情報が」と渋る訳で何とか拝み倒しまくった。結果的に弔いの意味も込めて自宅アパートの位置までは教えて貰えた。あの男はそれなりに真面目に働いていたみたいだから上司に至っては葬式に参列するかもしれない。
 その日の仕事中はそわそわしっぱなしだったけれど、それでも一応問題なく作業を終え俺は教えてもらったばかりのアパートへと向かう。CDの件は嘘だから、それだけは多少申し訳なくなったけれど。

 自然死?
 老衰?

 二十代後半の男がそんな理由で死ぬなんて本当にあるのだろうか。
 時折テレビで世界の奇妙な病気特集などしているけれど、あの人はそんな症状など全く出ていなかったし、あまりにも突然すぎる。だって昨日までは元気だった。笑って「工藤君は彼女とかいるの?」とか男同士なら一度くらい出る会話をかわしあって、「そういう先輩こそ彼女いるんすかー」とか返していた事を思い出す。
 やがて住所を頼りに歩いていけばあるアパートに辿り着く。
 男が住んでいたとされる部屋番号を確かめその玄関先へと行けば、同僚が置いたものかは分からないが花が添えられていた。

「これって……」

 男は一人暮らしだと聞いた。
 たった一人でこのアパートに住み、そして仕事先から連絡が入るまでこのアパートで一人で倒れていたのだと。花束は綺麗な色をしているのに、何故か添えられるに似合わない。何故だろうかと思案を巡らせる。どうして彼は死んだのか。どうして花に違和感を覚えるのか。
 花の名前なんて詳しくないから俺は添えられた花が何なのかは分からない。でも死者に手向ける花にしてはやや派手過ぎるような……という引っ掛かりを覚えてしまう。男がそれを好きだったのならば問題ない。それを聞く相手はもうこの世にいないとしても、だ。

 男は俺が過去囚われていた研究所関連の手先だった。
 でもその事を忘れ、平和な日常をつつがなく過ごしていたはずだったのだ。そこに異常があったとするならば――俺との再接触に他ならない。

 何が正しくて何が間違っている?
 本当に男が死んだ理由が只の自然死?
 それとも……研究所関連の手先に襲われたのではないだろうか。

 冬という寒さだけではない寒気が突如俺を襲う。
 しっかりと防寒しているはずなのに二の腕を無意識に擦りながら俺はその花に触れようと身を屈めた。触れて『読み取って』しまえば真実は明らかになると、そう考えて――。
 不安が湧き上がるこの心を抑えながらも手を伸ばせば、ふっと視界が暗くなる。
 何か影が掛かったような気がして俺はゆっくりと背後を振り返った。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、新しい話の発注有難う御座いました!
 例の男登場、そして謎の死から続く物語。最後の影がどう繋がりどう動くのか……楽しみにしつつ次をお待ちしております。

カテゴリー: 01工藤勇太, 蒼木裕WR(勇太編), 転機 |

回帰・後日談3

「にゃにゃーん♪ 今日も今日とてチビ猫獣人、工藤 勇太(くどう ゆうた)様の登場にゃーん! ――と、言うわけで、こんにちはーにゃ!!」

 ばーんっと勢い良くアンティーク調一軒屋の扉を開けば、そこにはいつものメンバーであるスガタにカガミ、そしてミラーにフィギュアの姿が在る。カガミには先に勇太が先日の旅行のお土産を持っていくと話を通しておいたので彼らは突然の訪問には驚かない。むしろやっと来たかというように手招きをするばかり。当然手招かれれば勇太は即彼らの元へと駆け寄り、そして真っ先に今は少年姿のカガミにぽふんっと抱きついた。

「カガミー。数時間ぶりにゃー!」
「はいはい。それで、ちゃんとお土産を引き摺って来たのか」
「ひきずってにゃいにゃー!」
「身長足りてるか?」
「が……がんばって伸ばしてきた、にゃ……」

 ふるふるふると足先を伸ばして心持ち身長を高めながら勇太は手に持っていた紙袋をミラーの方へと差し出す。
 その紙袋を遠慮なく受け取ったミラーはその底が僅かに薄汚れているのを見て、くすっと小さく笑ってしまう。やっぱり引き摺ってきたのだと分かると、他の面々も現在五歳児のチビ猫獣人にほのかに微笑むばかり。だが、ふっとフィギュアが顔を扉の方へと向け、それに続くように他の面々も顔を戸へと向けた。勇太も乗り遅れたものの、そっとそちらへと顔を向ける。すると――。

「たのもーである!!」
「たのもーだ!!」
「ここを開けると良いのだー!」
「だー!」

 何やら激しく戸を叩く音と共に訪問者の叫びが聞こえ、ミラーがゆっくりとそちらの方へと足を運ぶ。
 勇太は一瞬「この声に聞き覚えがあるような……」と首を傾げるが、確証がないためミラーが客人と対面するのをじっと待っていた。そして開かれた扉の先には五歳児ほどの少年が二人立っており、えっへんと胸を張っていた。

「よし、ここに案内人がおるであろう」
「であろう」
「黒と蒼の色違いの目をした黒髪の青年の案内人だ」
「案内人だ」
「先日の一件にて知人となった我らはわざわざ思念を追いかけて遊びに来たのだ。感謝しろ!」
「感謝しろ!」
「――で、これはどっちのお客様なんだい? 説明してもらおうか、スガタにカガミ」

 ミラーが後方を振り返り、該当する容姿を持つ少年二人を見やる。
 するとスガタの方がぴっとカガミに指先を突きつけ、カガミはカガミで静かに挙手をした。その流れを見ていた少年二人が視線を向けるとその腕には当然チビ猫獣人の勇太がいるわけで、うずりと己の中の本能が擽られそのままミラーの脇を通り抜け走っていく。しかもその目は獲物を見つけ輝いており、攻撃の視線を保って……。

「猫発見だー!」
「だー!」
「ぎにゃぁぁ!?」
「喰らえ、我の力!」
「くらえー!」
「――とりあえず踏んでおこう」
「ぷぎゅ!?」
「ぶ!!」
「にゃー!! カガミが子供二人を踏んだにゃー!!」
「人聞きが悪いぞ、勇太。両手が塞がっているから仕方ないだろ。大体先にこいつらが手出ししてきたんだから正当防衛だ」
「ちょ、ちょっとカガミ。やりすぎだってば!」

 さらりと言い切るカガミは至ってマイペースで、突然の訪問者である子供達をやんわりと踏んで攻撃を止めた。流石にそれに関してはスガタの方が慌てて止めに入り、倒れ込んでしまった子供達を起こしに掛かる。

「君たち大丈夫?」
「ぶ、無礼者過ぎるぞ!! この男!」
「うわーん!」
「あーあ、泣かないの。泣かないの。で、君達は狛犬のようだけどどうしたの」
「うむ、真面目に話を聞いてくれる奴がいてよかったのだ」
「のだ!」
「にゃ、にゃんでお前らが此処にいるにゃ……」
「――あ、お前。この前の案内人と一緒にいた深層エーテル界侵入者か」

 ぎくっと勇太の身体が強張る。
 少年達二人の姿をきちんと確認すると彼らは先日の旅行で出逢ったとある神社の狛犬達である事に気付いたのだ。そこで色々と怒られ、かつ迷惑をかけ、尻拭いをさせられて……ある意味もう関わりたくない存在であったのだが、出会ってしまった今となってはもう遅い。
 勇太は唇を尖らせ拗ねる。

「その名称、変にゃ」
「じゃあ、ずぶ濡れ馬鹿」
「ずぶぬればかー」
「にゃー! そりゃあ、あの時うっかりしてたけど、したけどにゃー!!」
「大体なんだ、その姿は。お前もっと大人だっただろう!?」
「だっただろう!?」
「ここに来るとにゃんだか変化してしまうにゃ」

 ごろごろごろ、と既に思考が五歳児程度の勇太はカガミに思い切り甘え抱きつく。この姿の時の勇太は普段の羞恥心などなく、思う存分本能のままに甘えられるので幸せであった。
 だがその姿にぷっと兄弟達はぷっと息を噴出し、にやにやと笑い出した。

「やっぱり馬鹿は馬鹿だった」
「ばかだったー!」
「にゃー!!」
「と、言うわけで遊びに来たから遊んでくれ」
「くれ!」
「は……俺も皆にお土産と土産話をしに来たのにゃ! そして馬鹿っていうにゃー!」
「馬鹿」
「ばか」
「ううううううう……!」

 じたじたと手足を動かしながら唸る勇太をカガミはどうにか宥めようとするも、悔しさは払拭出来なかったらしく暫く腕の中で暴れる事となる。
 その隙に狛犬と呼ばれた子供達は「こっちにおいで」とミラーに手招かれ、すたたたたーっとテーブルの方へと駆けて行ってしまった。しかしちらっちらっと視線がたまに勇太へと注がれる。それにぞくりと悪寒が走るようなものを感じると勇太は耳をぴるぴるさせながらカガミにしっかりとしがみ付く事にした。

「さて、我の名は羅意(らい)! えらいんだぞ!」
「われの名はるい! えらいんだぞ!」
「そうだね、君達は高千穂神社の狛犬だったはずだけど一体どうして此処へ?」
「ふむ、我の話を聞くが良い」
「きくがいい!」
「紅茶は子供用にして……ケーキもあるよ。あと頂いたお土産も――おや、日向夏のクッキーと和菓子だね。折角だし今出させてもらおうかな」
「まあ、今日のお茶会は大人数ね」
「フィギュアが楽しそうならそれでいいよ」
「ミラーが準備に困らない程度の人数なら追い出さなくてすむもの」
「追い出し、だと!?」
「だと!?」
「ふふ、貴方達は今自由の身なのね。旅はどう? 順調かしら」

 黒く長い髪を持つ白ゴシックドレスに身を包んだ少女、フィギュアが狛犬の兄弟達へと話しかける。すると彼らは話を聞いてくれるという意思を彼らに見出し、目を輝かせた。

「うむ! 話をちゃんと聞くが良い!」
「きくがいい!」
「そこのずぶぬれ馬鹿が去った後、我らが仕えていた神より『修行をしてこい』と命を受け、一時的に我らは深層エーテル界の門番の任を解かれ、現在兄弟で風来坊の身である」
「がんばってるんだぞ!」
「だが、そう言われてもすぐに行く場所など思い当たらなかったのだ」
「思い当たらなかったのだ」
「だからとりあえずこの前知り合った案内のところにでも行くかという話となり、その男の念を辿ってきたら此処に来たわけである」
「なにかもんだいあるか!」
「――お前ら、本当に遊びに来ただけだったか。あとそろそろ勇太の事名前で呼んでやれ」
「遊びに来たと言っただろうに!!」
「むきー!」
「大体な、馬鹿は馬鹿でよい!」
「ばかだからな!」
「勇太、落ち込むな。へこむな。面倒だから」
「耳ぺったーんにゃ……」

 狛犬兄弟達の簡単な自己紹介と経緯を聞いた皆は――特にカガミは呆れ、勇太はというと「ずぶぬれ馬鹿」という不名誉なあだ名を付けられて思い切り落ち込み始めてしまう。
 神の眷属という事で、彼らに対して一応は不躾な態度は取らないもののそれでも外見がただの子供ゆえに出てくる菓子や紅茶は彼らの舌に合いそうなものばかり。
 ミラーは一瞬狛犬と言う事で緑茶でも出そうかと迷ったが、土産のクッキーの事を考えあえていつも通り紅茶を出す事にした。それにテーブル前の椅子へと円状に囲むように座った彼らは遠慮なく手を付け、幸せそうに表情を綻ばせる。

「なんだ、この茶は! 美味いぞ!」
「はじめてのあじだ!」
「緑茶とはまた違う味わいなのだな!」
「うまいうまい!」
「そこの男、ミラーと言ったか。少し尊敬してしまったぞ」
「おかわりー!」
「気に入ってもらえて何より。おかわりも遠慮なくどうぞ。でも飲みすぎには注意してね」
「――まあ、大丈夫だ」
「だいじょーぶだ!」
「……間が気になったけど、良いかな」
「ふふ、ミラーのお茶を褒められるとあたしも嬉しいわ」

 初めて飲んだ紅茶の味に狛犬兄弟はキラキラと目を輝かせ、尊敬の眼差しをミラーへと向ける。フィギュアもそんな彼らの様子を微笑ましく見守りながら、次いでケーキもどうぞ、と皿を差し出した。これにも兄弟たちは大喜びで食べ、口元にクリームが付くのもお構いなしで食べ始める。
 一方、カガミの膝の上を陣取った勇太もまた慣れた仕草で出されたケーキと紅茶を飲み食べしつつ旅行の話を皆にし始める。その最中にどうしてこの兄弟に出会い、……不本意ながらも「ずぶ濡れ馬鹿」と言われるきっかけとなった出来事も説明した。
 緊急事態という事で雨の中、傘も持たずにテレポートで飛び出したのがそれ。
 狛犬兄弟に一応声を掛けられたにも関わらず……やってしまった事を思い出し、勇太はぺしょーんっとテーブルの上に顎を乗せ凹んでしまった。

「ううう……お前らがあの時必死だったから必死に応えただけにゃのに~……」
「だからといって傘も持たずに飛び出すから雨避けの力でも持っているのかと思ったぞ!」
「思ったぞ!」
「だが、なかったらしいな! 馬鹿だ!」
「ばかだー!!」
「……にゃ、にゃきたい……」
「大体猫の姿をしおって! 弄らせんかー!!」
「とつげきー!」
「にゃにゃー!!??」
「――だから、暴れんなって」
「いだだだだー!!」
「いだー!」
「頬、頬をつねるな! 我は神の眷属であるぞ!? 無礼者!」
「ぶれいものー!」
「へぇ、一般人を襲う神の眷属か。主が泣くな」
「カガミ、離してあげなよ。ほら、こっちにおいで」

 カガミは冷ややかな表情を浮かべながら狛犬達の頬を強く抓っていた指先を離す。
 スガタはというとそんな彼らの赤くなった頬をそっと手で撫で、ゆっくりと治療の念を込めて手当てをする。言うほどの痛みではないが撫でられた事により、狛犬兄弟達はスガタの方へと意識を向けた。

「お前、顔は同じなのに優しいな!」
「やさしい!」
「そっちの男とは大違いだ!」
「いたかったのだ!」
「まあ、カガミは工藤さん寄りだからね。性格も対面した君達に合わせて変わるし……っと、これで赤みは引いたね」
「ふむ。褒めてつかわす」
「つかわす」
「そう? 痛くなくなって良かったよ」
「よし、我を膝に乗せろ!」
「のせろー!」
「え、二人も乗らないと思う」
「根性を出せば乗る!」
「のるのだ!」
「片足ずつでいいかな。……足痺れそう」

 狛犬兄弟は庇ってくれたスガタに心を許し、両手を伸ばして抱きあげをねだる。
 それに対して十二歳ほどの外見を持つスガタは己の身体を一度見下ろしてから、自身の面積を考えつつ二人を膝の上へと案内することにした。これに満足した狛犬兄弟は鼻歌を歌いながらまたもテーブルの上に並べられている和菓子へと手を伸ばし、嬉しそうに食べ始める。二人が落ちないようスガタはしっかりと彼らの腰に両手を回して固定すると、物が食べられない事に気付いた兄弟が気を使い彼に対してクッキーや一口サイズに切った和菓子を運び始めた。
 すっかり狛犬兄弟に懐かれてしまったスガタはそれでも楽しそうに笑いながら彼らが運んでくる菓子をぱくりと食べて。

「すっかり馴染んでやんの」
「にゃー……『ずぶ濡れ馬鹿』はいやにゃー。それにこの姿だと二人に弄られるにゃー」
「まあ、そうだろうな。俺達は別になんとも思わないけどよ」
「なんだ、お前。そんなこと気にしていたのか!」
「気にしていたのか!」
「ずぶ濡れ馬鹿は猫ゆえに弄りたくてたまらんのだー!」
「たまらんのだー!」
「犬の本能なのだ、諦めろ!」
「あきらめろ!」
「って言っているし、弄られたくないなら元に戻れば良いんじゃね」
「く……そ、そうするにゃ!! えい!!」
「あ、この状態で戻るのか」

 ぽふんっと力を込めて勇太はチビ猫獣人の姿から元々の高校生姿へと戻った勇太はほっと一安心とばかりに息を吐き出す――が。

「……重い」
「え、あ、うわー!! ごめん、カガミー!! 少年姿のままだったー!」
「ったく、潰す気か。よっと」
「えええ!?」

 今度はカガミが肉体を青年へと変化させ、素早く勇太の腰へと両腕を回してがっちりと捉える。この事により、元に戻った勇太は青年カガミに抱きついているという状況が出来上がってしまい、それに気付いた当人はというと……。

「うわ、ちょ、ちょっと下ろせってカガミー!」
「はいはいはい、後でー」
「恥ずかしいってばー!」
「さっきまで抱いててやったのに?」
「五歳児と高校生を比べんなよ!」
「どっちも勇太だろうが」
「ぎゃー! 耳元で囁くな! 無理無理無理ー!!」

 羞恥心で心がいっぱいになった勇太は顔を一気に赤らめ、カガミの腕の中から抜け出そうとする。だがそれを許すほど甘いカガミではない。腕にしっかりと力を込め、それはもう暴れる勇太を離すまいとにやにやと意地悪く笑うばかり。

「なんだ、あの二人。やっぱり馬鹿じゃないか!」
「ばかばっか」
「二人とも、名前はちゃんと呼んであげないと駄目だよ」
「じゃあ、スガタも我らの事を名前で呼べ!」
「よべー!」
「ん? 羅意さんに留意さんかな」
「よ、呼び捨てでもいいぞ……!」
「いいんだぞ!」
「じゃあ、羅意に留意」
「うむ。呼び捨てを許す」
「ゆるす」

 カガミと勇太のやり取りを見ていた狛犬兄弟達は結局最後の最後まで勇太の事を名前では呼ばず、彼は変わらず「ずぶ濡れ馬鹿」のまま。
 しかしスガタに自分達の名を呼ばせる事に成功して満足した彼らは「次はどこに行けば良いかのう」、などと『案内人』である彼らに相談を持ちかけ始める。

「カガミー! ホントに勘弁してくれー!」
「まだ駄目ー」
「ぎゃー!!」
「――煩い馬鹿どもだ」
「ばかだ」
「にぎやかで平和ね。ね、そう思わない。ミラー」
「多少は騒がしすぎる気はするけれどね」
「ふふ」

 今日の訪問者は猫が一匹と犬が二匹。
 部屋の中で騒ぐ彼らのにぎやかさにミラーがほんの少しだけ困ったように肩を竦めた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】
【8630 / 羅意 (らい) / 男 / 5歳 / 神使】
【8631 / 留意 (るい) / 男 / 5歳 / 神使】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、今回は3PCでの発注有難う御座いました!
 例の後日談。そして例のお二人が参加という事でうきうきと書かせて頂きました^^

■工藤様
 弄られ役ということでどうでしょうか。
 最後はがっちりホールドしておきますので、頑張って抜け出してください(にっこり)

カテゴリー: 01工藤勇太, 回帰, 蒼木裕WR(勇太編) |

回帰・後日談2

「散々朔さんに指輪の件で弄られ続けた俺、工藤 勇太(くどう ゆうた)十七歳は、既にもうHPは0に近い状態です。げっそり」
「誰に向かって自己紹介をしているんだ、お前は」
「なんとなく」

 【珈琲亭】Amberの面々から……もといそこのウェイトレスの朔さんに左薬指に付いている指輪に関して散々弄られ、疲弊困憊状態となってしまった俺はぐったりと肩を垂らし脱力する。
 隣には青年姿のカガミが居て、俺達は今母が入院している病院に向かっているところだ。その道筋で俺は何気なく己の指に嵌った指輪を見つめながら先程【珈琲亭】Amberの面々に言われた事を思い出す。

―― 勇太君ってば知らないのー? 左手の薬指は婚約指輪や結婚指輪を嵌める指じゃなーい!
   男同士でも恋人がいたらやっぱり左薬指に嵌めるでしょ。所有印的な意味も持つんだから。
―― 左の薬指は確か……絆を深めるという意味を持つ。右なら精神の安定や感性を高める……そんな意味があったような。
―― ほーら、マスタもこう言ってる事だし! 左って事はやっぱり……むふふふふっ♪

 あの二人の言う事には指輪には特別な意味があるという。
 特に薬指には特別な意味が込められていると言う事でそれはもうご丁寧に朔さんに色々言及されてしまったわけで……そのせいか、先程から隣にいるカガミを意識してしまって仕方が無い。コイツがどういう意味で俺にこの指輪をくれたのかさっぱり分からないけど、もし、……もしも、その、朔さん達が言った意味だったら……と思うと……。

「あああー!! もう頭がパーンする!!」
「だろうな。こっちも思念が飛んできてて頭が痛いぞ」
「げ、通じてた」
「指輪効果も有って以前より繋がっているからな。今だとお前がその指輪を嵌めている間は大体の事は読み取れるようになっているんだ」
「へ? この指輪そんな効果あんの?」
「まあ、話してやるからこっちこい」
「ういーっす」

 病院途中の公園に手招かれ、自販機の傍にあるベンチに座るよう促される。
 カガミはと言うと自販機からペットボトルジュースを二本購入し、その内の一本を俺へと手渡してくれた。今回はスポーツドリンク。まだまだ季節は夏。影場を選んだとはいえ照りつける太陽が周囲の気温を高めており、水分補給は欠かせない。
 俺の左隣にカガミが座り、ペットボトルを開く。俺もまたそれに倣う様に貰ったばかりのジュースが温くならない内に有りがたく飲む事にした。

 ふと、カガミが俺の左手を下から掬い上げるように持ち上げる。
 そこに嵌っている細いリング。特に大した装飾も無いただの指輪だけど、朔さんに意味を聞いた今じゃそれを意識してしまって。

「これは俺専用の『案内人の指輪』だ」
「『案内人の指輪』?」
「そう。今まで関わってくれた人に対して俺が信頼出来た人物にだけ渡す事にしている。スガタやミラー、フィギュアも同様に信頼出来た相手にのみ渡すアイテムを持っているぞ。それが何かは言わないけどさ」
「信頼出来る相手にだけ……」
「俺の場合はこれを嵌めておくか、手の中に握り込んだ状態で俺を呼ぶと今まで以上に俺達は意識が繋がっていられる。正しくは俺がお前の思念をより強く感じ取る事が可能だ。今まではこの世界だとやっぱり俺の力が及ばない所が多かったが、その指輪を嵌めている間は少なくとも距離や物理的遮蔽などは一切関係なく、お前の事を感じていられるぞ」
「……そっか。そう言えばこっちの世界だと俺の意識あんまり読み取ってなかったもんな」
「ちなみにその指輪は左右どっちに嵌めてくれてもいいけど、薬指にしか嵌らない親切設計だから」
「それ不親切設計の間違いだろ!?」

 さらりと言い切ったカガミに対して俺はついつい突っ込みを入れてしまう。
 カガミは俺に左薬指に嵌った指輪を親指で撫で、そこを意識させるように俺の方をちらっと見てからまた指輪に視線を落とした。たったそれだけの動作だけどなんだか気恥ずかしい。

「ジルが言っていたけど、指輪を嵌める位置は左だと絆、右だと精神力を高める効果があるからどっちでも好きに嵌めとけ。ああ、でも普段は外してても構わないぞ。学校もあるんだしさ」
「あ。学校に嵌めていったらまずいか」
「あんまりオススメ出来ない。俺は全然構わないけどな。勇太が女子に囲まれて『きゃー! 勇太君恋人出来たのー?!』って言われて弄られるのが目に見えてるくらいで」
「それは既にげっそりフラグ」
「友人からは『彼女可愛い? ちょっとお前写メとかあんだろ。見せろよ』と散々小突かれる」
「俺の未来があまり明るくない……」
「こんなのまだまだ日常の範囲内だろ。平和でなによりだ」

 カガミにはちょっとだけ先の未来を見通す力があり、俺はそれを知っているからこそげんなりとした顔つきを浮かべてしまう。恋人は……まあ、ともかく。彼女の写真を見せろと言われた日にゃ俺はどうにも出来ないぞ。カガミは男だし。

「女にもなれるぞ」
「なんだ、と!?」
「今度なってやろうか」

 あっさりと俺の考えを読み取るカガミはニヤニヤとそれはもうイイ笑顔を浮かべて俺を見つめてくる。黒と蒼のヘテロクロミアの中に映った俺はそれはもう動揺に動揺を重ねまくって……。

「年齢操作も自由、性別も自由。俺の心身もいつだって自由。――望むがままに、望まれるがままに『在る』のが案内人だからな」
「け、結構フリーダムだった」

 女性のカガミ……想像出来ない。
 なんなの、女の子ってどうなの。いつもの十二歳姿で女の子だと俺、ロリコンフラ……いやいやいや、まだなるとは言ってないし! 落ち着け俺の頭!
 引きつり笑いを浮かべる俺は今はもうペットボトルに口付け、話題を誤魔化しに掛かる事にする。これ以上の暴走は危険。ある意味危険。
 何よりもカガミがこの思考を確実に読み取っている事が一番危険だと、俺は本気で思った。

■■■■■

 公園で穏やか?な時間を過ごした後、俺達は目的地だった母親の病院へと至る。
 先日までは見知らぬ場所だったこの病院も、母から分けてもらった記憶のお陰で大分視界が違う。前は「こんなところ通っていたっけ?」と初めて来た場所の印象の方が強かったけれど、今見ると「そう言えば通っていたな」と感慨深くなる。記憶を所有しているのとしていないのとではこんなにも感覚が違うんだと改めて思い知らされた。

「俺、待合室で待ってるからゆっくりして来い」
「ん」
「迷子になんなよ」
「この敷地内で迷子になったらそれこそ駄目だろ!?」
「…………」
「なんだよ、その生温かい目」
「いやいやいや、なんでもない。お前は早く携帯の電源くらい切ろうなって思っているだけで」
「それは早く突っ込め!!」
「以前だったら即切りしていたからさ。どれくらい身体に記憶が馴染んでるか様子見も兼ねて黙ってたんだ」
「っ~! 場所が場所だから早く言ってくれよ!」
「じゃ、俺待合室行きー」

 ひらひらと手を振りながらカガミが病室前を離れていく。
 なんだか意地悪された気分となり、言いようの無い心境に口がもごもごと動くが反論の言葉が出てこなかった。遠くなっていく背を見送った後、俺は母がいる病室を訪問する。久しぶりに通り抜ける扉からは相変わらず病院独特の薬剤の香りが漂っていた。
 窓際の病院ベットに母は居る。
 カーテンで区切られたその場所で、彼女は今日も笑顔の仮面を張りつけて笑って――。

「こんにちは、母さん。久しぶり……って言うほどでもないけど」

 前回は母の診断結果を受け取りに来た時だった。
 でも当時は記憶が無く、彼女が自分を産んでくれた『母』であることも分からず戸惑っていた事を思い出す。僅か一週間と少し。二週間ほどの前の事だけど、それでもその期間中得た旅路では沢山の事を学んだ。
 能力を持っていても一人では何も出来ず、沢山の人によって自分が支えられて生きている事。それを自覚出来ただけでも随分と自分は成長出来たと思う。

「母さん、今回ね。俺沢山報告する事あるんだ」
「……あら、おはな綺麗、ね」
「いつも通り花を買って来たから花瓶に活けさせてもらうな。あとそれから……最初に母さんの事忘れててごめん」
「?」
「ちょっと此処に来れなかった理由としては母さんの事思い出すために九州地方の方へ行ってきたよ。ある人がそっちの方に母さんに関して思い出すきっかけがあるかもしれないって教えてくれたからさ。――あ、もちろん信頼出来る人だから大丈夫。変な人じゃないから安心して」
「――おはな、白、うすい、桃色」
「うん。母さんは母さんのペースで良いから俺の話を聞いてて」

 俺は知ってる。
 深層エーテル界に潜った時に見た母からの視点。
 彼女は心を壊して以来会話が上手に成り立たない状態に陥っているけれど、それでも俺が帰った後に必死に応えようとしてくれていた。だから今は彼女が何を言っても、例え俺よりも花に興味を示していても構わない。俺は母に伝えるべき事を伝えよう。

「俺、精神体で母さんに会いに行った。……その時の母さん、凄く温かかったよ」

 深層エーテル界での出来事をゆっくりと報告し始める。
 彼女はきっと覚えていない。覚えていられるのかも俺は知らない。もし覚えていたとしてもそれは泡沫の記憶。夢のような感覚でしか覚えていられないものであろう事は容易に想像出来る。
 どこから話して、どこまで伝えたら良いのか慎重に言葉を選びながら俺は伝え続けた。彼女はどこまでも自分のペースでただ笑っているだけだったり、たまに花の花弁に触れて遊んでいたりと一般人の常識に当てはめると「非常識」にあたる行為を続けていたけれどそれでも構わない。母さんがどんな気持ちで「こちらの世界」に戻ろうとしているのか俺はもう知っているから。

「母さん」

 思い出す。
 俺が去った後に母が誰もいない空席へと微笑みかけ、『俺』の幻影へと手を伸ばし頭を撫でながら応えてくれたいたあの仕草を。
 思い出す。
 その時の母がしっかりとした手付きと精神で微笑んでくれていた事を。

「いつか迎えに行くから待ってて」

 握り締めた母の手。
 それは生きているものの体温を有しており、とても温かい。生きている。母さんは生きている。心を壊しても、完全には精神を閉ざしてはいない。だってこんなにも今の母さんは――。

「っ――!」

 ほら、またあの無表情にも近い笑顔を浮かべながらも、ほんの少しだけ重ねた手を握り返してくれる……ただそれだけの応えが、今は嬉しい。

■■■■■

「泣くなよ」
「泣いてない」
「ハンカチとティッシュどっちだ」
「……ティッシュ」
「ほら」

 病室から出て、カガミ待っている待合室へと運んだ瞬間に言われた言葉がこれ。
 そりゃあちょっとうるっと来てしまいましたとも。でも幸せだったから良いんだ。俺は渡されたばかりのティッシュをそれはもう遠慮なく頂いて鼻を拭う。目も少しだけ腫れぼったい。そんなに長時間泣いたつもりはなかったけれど、やっぱり色々知ってしまった後の対面は心の中に来たようで。
 カガミが俺の手を引いて自分が座っているソファーの隣に移動させてくれたので有りがたくそこに座る事にした。

「話せてなにより」
「うん」
「あの人も大分戻ってきてるから大丈夫だろう」
「うん、うん」
「……もう少ししたら出るぞ。ここの病院にはお前顔知られてるんだから泣き顔見られたら恥ずかしいだろ」
「もう担当の看護士さんには見られた。だって土産渡したかったし」
「じゃあ頑張れ」
「おう、超恥ずかしい」

 カガミがくだらない会話で俺の心を満たす。
 やがて落ち着きを取り戻した頃、俺達は立ち上がり病院の廊下を歩き出す事にした。一緒に歩く廊下はこんなにも長かっただろうか。なんとなく新鮮な気持ちで俺はそう思う。
 だが、ふとカガミが足を止め、窓の方へと視線を向ける。
 少し先を進んでしまった俺は若干振り返り気味に彼を見た。

「カガミ?」
「ん。なんでもない。珍しい鳥が居ただけ」
「鳥かー。カガミそういうの好きなのか?」
「いや、どっちかと言うと今回見た『鳥』は慎重派なくせに攻撃的なタイプだから嫌い」
「きっぱり言った!」
「いずれ見るかも?」
「へえ、どんな鳥だろうな」

 俺はカガミの言葉に明るく突っ込みながら開いたばかりのエレベーターへと二人で乗り込む。
 その時の俺は知らなかった。
 カガミが何を表して『鳥』と言っていたのか。何を見つけてそれを『鳥』と言い換えてくれていたのかなど――。

 双眼鏡で病院内に居た俺達を見ている人物が居た事――そんな『誰か』に気付いていたのは何名か。
 少なくとも俺は今は気付かないまま、幸福に浸っていただけのそれだけの時間だった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【共有化NPC / ジル / 男 / 32歳 / 珈琲亭・亭主,人形師】
【共有化NPC / 下闇・朔 (しもくら・さく) / 女 / 17歳 / ただの(?)女子高生.珈琲亭「アンバー」のアルバイト】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは!
 題名的には後日談2にさせて頂きました。
 また後日談が来るなら3、新しい展開に行くならばまた何かタイトルが変わるという事で!

 今回は指輪の意味や母との対面という事でドキドキしつつ書かせて頂きました。久しぶりに二人きりの時間が多かったかなという印象で御座います。
 カガミにお任せという部分はこんな感じで。
 結構さっぱりしているのもカガミっぽいなーと思っていただければ! ではでは!

カテゴリー: 01工藤勇太, 回帰, 蒼木裕WR(勇太編) |

回帰・後日談

「たっだいまー!」

 カランコロン、と鐘を鳴らしながら俺は地下一階に存在するとある喫茶店へと足を踏み入れた。そこの看板に書かれている文字は【珈琲亭】Amber。雑居ビル地下一階に存在するちょっと寂れた雰囲気を持つ店だ。だがそこに存在する人々は暗い面立ちでもなく、ましては辛気臭いわけでもなく――。

「あーら、いらっしゃい♪ 久しぶりねん! 今日は何の用事かしら。また依頼? それともあたしとおしゃべりに来たのん?」
「朔さん相変わらず元気っすね。あ、ジルさんこんにちはー!」
「……」
「マスタ、ほら返事くらいしてあげたらどうなの!」
「あ、無理しなくてもいーんで」

 此処の喫茶店の店主、ジルさんを急かすのは女子高校生のウェイトレスである下闇 朔 (しもくら さく)さん。
 店内に入ってきた俺とカガミに対して彼女は元気よく挨拶をしてくれ、かつ素早くメニューを手にカウンターかテーブルか聞いてきてくれた。今回の訪問理由の都合上カウンターを選んだ俺はそちらへと赴き、設置されている椅子へと腰をかける。隣ではカガミもゆっくりとした動作で椅子に座っていた。
 ジルさんがカウンター奥の方からそっとお冷を差し出してくれる。俺はそれを有りがたく受け取りながら今回の訪問のワケを話す事にした。

「で、例の件ですが行って来ましたよ~!」
「どうだった」
「いやー、九州旅行も兼ねて行って来た感じで……色々と大変でしたけど、何とかなりました。えっとですね、まずこれはお土産なんで皆で食べてください!」
「きゃー、ありがとー! あら、日向夏のチョコ♪ あたし食べた事ないから後でじっくり食べさせてもらおうーっと」
「――あれ、あの人今日いないんですね。確かサマエ――」
「アイツにはあげないわよ」
「即答!?」

 つんっと顔を背けて答える朔さんに俺は思わず突っ込んでしまう。
 朔さんとここの常連客ともいえる人物、サマエル・グロツキーさんはいわゆる天敵。決して心の底から嫌いあっているわけではないが、サマエルさんの方が朔さんにちょっかいを出してそれはもう嫌がらせに嫌がらせを重ねた結果朔さんが天敵認定を下してしまったようで……それもまた大人の余裕というかサマエルさんは愉しんでいる所が否めない。
 そんな彼の姿が見えないことを口にすると、どうやら時間帯の問題だったらしい。一応医者としての仕事もある為、夕刻である現在はまだ彼の訪問時間帯ではないようだ。

 俺はと言うと水だけでは流石に申し訳ないとジュースを一つ注文し、カガミにもメニューを回す。彼は以前ここで思い切り酒を飲んでいたが、今回はすぐ隣に俺がいると言う事で彼もまた普通のオレンジジュースを頼んでいた。
 二人分のジュースが運ばれてくると俺はこの店でジルさんと――ある存在に教えてもらった事で九州に向かった事をしみじみ思い出す。
 そのある存在と言えば、カガミの丁度正面のカウンターにその小さな身体を座らせており……。

『カガミ殿も勇太殿もよくもどられた。えにしはみつかったかのう?』
「ゆつも変わらず元気そうでなによりだよ。勇太に協力有難うな」
『なに、カガミ殿がここにいるこということがなによりのあかしともいえようが、わらわにもはなしをきかせてたもれ』

 自我を持つ日本人形、ゆつさん。
 もちろんただの人形ではなく霊的走査(スキャニング・ドール)と呼ばれる特別製の人形だ。外見こそは典型的な長い黒髪が美しい日本人形のゆつさんだが、能力は半端ない。彼女にも俺が今回の旅路で何を得て、どんな風に道を辿ってきたのか聞かせるべく口を開いた。

 日数にして数日。
 一週間も無かったはずの旅行だが、それはもう色んな事がめまぐるしく過ぎていった事を思い出す。旅館で自分の母を保護してくれた女将さんや周囲の人達に出会った事。母が実は記憶喪失者であり、父と色々複雑な関係を抱いていたことを聞いた事。自分の存在がどんな風に彼女に思われ、慈しまれていたのか――それはもう気軽にほいほい話せるレベルではなかったけれど、それでもしっかりと皆には聞いて欲しくて俺は懸命に説明をし続けた。
 深層エーテル界に入った事を告げるとゆつさんが『ほう……』と、表情は変えぬままそれでも興味深そうに声を漏らす。時折カガミが注釈を入れてくれるのが俺的には助かった。
 最後に出会った神様や狛犬達の話もし終えると、朔さんの目がキラキラと何やら輝きだす。
 興味を持ってくれたのかな、と俺は考え、ちゃんと説明出来たかどうか若干不安になりつつも話を終えた。

「――と、言うわけで本当に今回の旅が俺自身にとって為になったというわけです。その節は情報提供有難う御座いました! ジルさんとゆつさんが進言してくれなかったら俺きっと母親の事さっぱり忘れたままだったと思うので」
「そうか。無事解決出来て良かった」
『ほんにのう。しんそうえーてるかいまでいったなら、えにしもきちんとしたものであろう』
「良かったわね、勇太君! と・こ・ろ・で……一つ聞いてもいい!?」
「は、はい?」

 カウンターから乗り出すような勢いで朔さんが言葉を区切りつつ俺に声を掛けてくれた……のは良いが、急に左手首を捕まれ俺は目を丸める。朔さんはマジマジと何かを観察するような目を俺の手に下ろすとやがてにやりとなにやら楽しげな表情を浮かべた。

「勇太君、この指輪なぁにー?♪」
「え、それはカガミに貰ったんだけど……」
「きゃー! なにそれ、カガミ君ってばやっるぅー!」
「え? え? 指輪に何か意味あったっけ?」
「ちょっと待って、勇太君ってば知らないのー? 左手の薬指は婚約指輪や結婚指輪を嵌める指じゃなーい!」
「え? でもそんな意味持たないだろ!?」
「なぁーに言っているの。男同士でも恋人がいたらやっぱり左薬指に嵌めるでしょ。所有印的な意味も持つんだから」
「しょ――!? え!?」

 そんな意味を持つなど知らない俺は勢いよく隣にいるカガミへと顔を向ける。
 彼はと言うとしらっとした顔付きでジュースを飲み、ゆつさんと暢気に他愛の無い話をしていた。朔さんは未だに俺の手を離してはくれず、むしろもっと良く見せてといわんばかりの勢い。俺は逃げ場所にジルさんを選び、視線を向けた。するとそれに気付いた彼は――。

「左の薬指は確か……絆を深めるという意味を持つ。右なら精神の安定や感性を高める……そんな意味があったような」
「ほーら、マスタもこう言ってる事だし! 左って事はやっぱり……むふふふふっ♪」
「ぎゃー! やめて! なんか初めて知ったんだけどー!」
「カガミ君は?」
「まあ、時代と共に認識は変わるけど、根底にある意味は変わらないし」
「ほらー、カガミ君はしっかりはっきりと分かってて勇太君に指輪をくれたんじゃなーい!」
「ぎゃー!! 無理! そんな話題無理ー!! ――はっ、俺ちょっと用事思い出した! すぐ戻ってくるから!」
「あ、逃げた」

 朔さんには申し訳ないけれど、俺は手を振り払い椅子から飛び降りる勢いで逃走する。
 本当はなんにも用事なんて無いけれどそれでもこの場に居る事が居た堪れなく、更に言えば自分の顔に熱を持ち始めたことによりそんな状態を見られるのも恥ずかしく逃げてしまった。
 カガミが本当に朔さんの言う意味で俺の左薬指に指輪を嵌めたのかは本人の口からはっきり聞いたわけじゃないから、実際はどんな意図があって贈ってくれたのかはまだ分からない。でも朔さんと一緒にいるとどんどん弄られるのは分かっているからどうしても逃げるしかなかったんだ! と、外に出て呼吸を落ち着かせながら俺は自分自身に言い聞かせる。

 そして誰も見ていないことを確認してから指輪の嵌められている左薬指を見るように手を持ち上げて――。

『お前が望むなら、傍に居る』

 あの阿蘇山の上空でカガミが言ってくれた言葉を思い出し、またボンッ! と顔が熱帯びるのを感じながらいつ店に戻ろうかタイミングを考え始める事にした。

 ―― 一方、俺が去った後の喫茶店内。

「ゆつ、これお土産」
『ほう。これはこれはごていねいに』
「選んだのは俺じゃなくて勇太だけどな。チョコが食べられないお前へ特別にって」
「あらー、姫さん可愛いじゃないその髪飾り」
『ほんに、ありがたくちょうだいする』

 日本人形の髪をそっと飾るのは日向夏の模様の髪飾り。
 本当ならば俺が手渡しする予定だったが、諸事情もとい俺の羞恥によって退席してしまったせいでカガミからゆつさんへと渡った。彼女はそれを朔さんに付けて貰いながら人形ゆえにあまり変えられない表情をそれでも幸せそうにさせて心持ち微笑んでいた事を後から俺はカガミ伝えで聞く。

『うむ。ここちよい念じゃ』

 彼女は嬉しそうな声色で自分に飾られた髪飾りへとそっとその小さな手を翳す。
 自分を思って購入してくれた俺の心が嬉しかったのだと――そう口にせずとも、雰囲気が物語る。

「で、結局勇太君いつ帰ってくるのかなー?」
「そろそろ弄るの止めてやれ」
「えー、だって勇太君ってまだその指輪が『案内人の指輪』って事知らないんでしょ? ならまだまだ弄りがいがあるって事なのにー!」
「……そう言えば使い道とか説明してなかったな。雰囲気もあったし」
「ちょっとその時の状況を詳しく」

 バンバンッとカウンターテーブルを叩いて朔さんがカガミに食いつく。
 何はともあれ、平和、平和な後日談。
 俺が帰ってくるまでカガミが質問責めにあっていることなど――必死に赤らんだ顔を撫でていた当の本人(おれ)はまだ知らない。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【共有化NPC / ジル / 男 / 32歳 / 珈琲亭・亭主,人形師】
【共有化NPC / 下闇・朔 (しもくら・さく) / 女 / 17歳 / ただの(?)女子高生.珈琲亭「アンバー」のアルバイト】
【共有化NPC / ゆつ / 女 / ?? / 日本人形】
【共有化NPC / サマエル・グロツキー / 男 / 40歳 / 開業医】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは!
 例のお話の後日談の発注有難う御座いました!
 お土産配りと言う事で早速楽しく書かせて頂きましたv

 左薬指にはもちろん婚約・結婚指輪の意味があります。
 でも何より絆を深める意味があります。工藤さんが調べる機会などあればちょっと面白いかもしれません(笑)
 ではでは!

カテゴリー: 01工藤勇太, 回帰, 蒼木裕WR(勇太編) |

回帰・20

翌日。
 九州地方を騒がしていた大雨は鬼八を倒し、瓊々杵尊(ににぎのみこと)の力により再び封印された事により収まったとあの狛犬の兄弟達から聞いた。俺はと言うとあの大雨の中傘も持たずに飛び出したと言う事で、散々カガミに弄られつつも風呂に入れられそれはもうぬくぬくと身体を温められたおかげでなんとか風邪を引かずには済んだわけだが。
 そして大雨で交通機関がストップしていたが、今はもう通常運行しているという事で俺は新幹線で東京まで帰る事を決意した。
 正直せっかくここまで来たのだから観光らしい観光もしたかったが、昼ぐらいには出立しようと決め、現在駅構内の物産品店の前。

「んー、スガタには和菓子っぽいのがいいよな。で、ミラーとフィギュアには洋菓子っぽいものがイメージ的に良さそう」
「あいつらは与えれば基本的に何でも食うぞ」
「いやー、それでもなんか違ったものとか珍しいものとかあるといいじゃん」
「そんなものか?」
「そんなもんだって。んー……ストラップとか持っていっても皆携帯持っていなさそうだし、やっぱり食べ物系がいいかな」
「持っているふりは出来るけどな」
「いや、そこはやっぱり実際使っている人にあげた方がいいかなーって思うしさ」
「この地域は今『日向夏』という蜜柑が結構有名っぽいぞ。そこにもポップが立ってる」
「あ、ホントだ。じゃあ、それ関係の饅頭とクッキーと……あ、そうそう。【珈琲亭】Amberの皆にもなんか差し入れないとな! 今回の件でこの場所を教えてくれたのはあの人達だし」

 俺とカガミは二人並びながらお土産コーナーへと足を運ぶ。
 カガミと色々相談しながらあーだこーだと買い物籠に皆の分のお土産を積みながらレジへと行けば、それなりの金額になって「うっ」などと一言漏らしてしまう。それを見たカガミが後ろからすっと札を出してくれたわけだが、そこは断固拒否! 俺のお土産にカガミが金を出すなんてそんな事させられない。
 と、言うわけで元々薄い財布が更に薄くなったのは……まあ、旅行だしと心慰めておく事にしよう。

 無事買い物も終わり、新幹線が出発するまで時間がある。
 俺はベンチに荷物を置いてからんーっと背筋を伸ばす。色々と問題が解決した分すっきりとした気持ちだ。それに大量のお土産となれば幸せも一押し。
 高揚した気分で俺はある事を決行する。

「勇太?」
「お先に!」
「おい」

 たっと俺は死角になる物陰へと走っていくとそのまましゅんっとテレポートである場所へと転移する。
 やっぱり九州に来たからにはあの場所は一度は見に行っておかないと駄目だと思うんだ。迷わずテレポートし、そして出た場所は上空。
 防御壁を張り、空気の薄さをカバーしながら俺は空からそれを見下ろしていた。

「……やっぱり凄ぇ」

 そこは阿蘇山。
 九州中央部の活火山で、外輪山と数個の中央火口丘からなり、世界最大級のカルデラ――火山の中心にできたほぼ円形の大きな凹地――をなしている。観光客の姿が蟻の様に小さく動いているのが見え、俺は思わず口元を緩めてしまった。空からの観光客なんて今自分しかいないだろう。きっと誰も気付かない、此処は最高の穴場。
 それに周囲の自然も相まって広大な景色の前に俺は思わず言葉を失った。

 始まりは自分が研究所の利用された能力者に襲われた事から始まったこの旅路。
 ミラーとフィギュアと契約し、失ってしまった母親の記憶。
 その母親の記憶を取り戻したいなら本人達に直談判するしかないわけだけど、その代わりに他の物を失うのならただぐるぐると繰り返すだけ。それならと自分で探し始めた母親の記憶は多くの出会いと、そして沢山の成長を教えてくれた気がする。

 【珈琲亭】Amberの皆に出会って九州地方に何かあると教えてもらった。
 カガミにはこの旅の最中ずっと傍にいてもらって俺が迷いそうになるとすぐに別の道を示してくれたり、的確な指示を出してくれた。それが例え<案内人>として<迷い子(まよいご)>である俺への役割だったとしても構わない。
 記憶を失くした母さんの過去を見て、父親との出会いを聞き、母を保護してくれていた旅館の女将さんにも出逢って自分の知らない過去を知ったことはとても大きな成果だったと思う。
 それでもまだまだ母さんに関しては謎だらけだけれど、いつかそれもあの人の口から聞けたらいい。

「深層エーテル界で見たあの女の子や巫女の事も、多分無関係じゃないと思うしな」

 意識体で潜った深層エーテル界……あの光の大地に同化し、沈みそうになった俺を助けてくれたあの人。
 母さんは少しずつ回復に向かっていることも知れたのだから、いつかきっと俺が母さんを迎えに行こう。
 決意を新たにし、俺は新鮮な空気を胸へと吸い込む。
 排気ガスなどに汚れていない綺麗な酸素。それは心まで清らかにしてくれるような気すらして。

「せめて荷物はロッカーに入れてから移動しろって」
「カガミ」
「買ったばかりの土産物が盗まれても知らないぞ」

 ふわりと、体温が俺を包み込む。
 後ろから回された腕が温かく俺は交差したその腕を掴んだ。ぎゅっと握り締めて後ろに体重を預ければしっかりとした胸板に俺の頭がぶつかる。彼の方が若干高めに浮いているらしい事がそれで分かった。
 優しく包み込まれて俺は少しだけ頬が熱くなるのを感じたけれど、それでも言わなければいけない事があると唇を開く。

「あのな、カガミ」
「うん」
「俺、今回の一件ホントに感謝してるんだ。いろんな人に助けてもらって、自分一人で出来る事って本当に限られているんだなって実感したよ」
「人間ってそんなもんだろ。だから助け合う」
「自分に便利な能力があるからって過信してた俺にマジで説教したい」
「今後はそんな事思わないだろ。だったらそれでいいじゃねーか」
「うん、そこは肝に免じて――で、さ」

 もごっと一瞬言葉に詰まる。
 言わなきゃと意識すると余計に恥ずかしくなってきて、顔に熱が集う。だけど素直に口にしよう。

「俺がいつか<迷い子>じゃなくなっても俺はお前を呼ぶよ。お前の事が好きだから」

 この広大な大地に生きる俺は今眼下にいる人々と同じちっぽけな存在だけど。
 沢山の人の為にお前は動いて、俺のことなんて<迷い子>の一人でしかないわけだけど、それでも、それでも――。

 傍に居てくれる幸せ。
 他愛のないその存在がいつの間にか心のよりどころになっていた事を俺はもう知ってしまっている。
 いつまでも傍に居て。
 ずっとずっとお前を呼ぶから。

「お前が望むなら、傍に居る」

 俺の左手を取って何か細いリングが嵌められる。
 きっと自分が無茶を言ってもカガミがそう答え笑ってくれることも、心の底では知っていたのかもしれない。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは!
 第二十話もとい第三部・第三話です!

 ところで風邪引いてませんよね?(第一声)
 旅路に区切りがついた今回の話。色々あったなぁとライターとしてもしみじみしつつ。多くの人と出会い、助言してもらったり、物理的に助けてもらったりと能力者ではなく「一般人」としての工藤様を見れた気がします。

 今回アイテムを渡しておりますのでそちらも見て頂ければな、と。

 ではでは、また宜しくお願いいたします!!

カテゴリー: 01工藤勇太, 回帰, 蒼木裕WR(勇太編) |

回帰・19

「――分かった、引き受ける」
「本当か!?」
「か!?」
「そもそも俺の我侭で深層エーテル界に行ったんだからカガミに罪被せられないし、それをチャラにしてくれるなら引き受けるから」
「それだったら見逃してやる!」
「やるぞ!」

 犬耳犬尻尾の兄弟達は俺が引き受けた事によって涙を止め、きらきらと期待の目で見上げてくる。そしてどうやって解いてしまった封印を収めればいいのか彼らに問いかけた。

「まず伝説通り鬼八の身体は手足、胴体、首と分けられて各地に封印されている。現在魂だけが彷徨っている状態だからな。その三つの封印を解くと鬼八は完全に復活してしまう、これが非常にまずいのだ」
「のだ!」
「鬼八自体も完全復活を狙っているはずだ」
「狙ってるのだ!」
「じゃあ場所を教えてくれ」
「手足は山の中、胴体は民家の裏、首は町の中にある」
「仕方ない、地図を出すか。ほれ書き込め」
「かきかき」
「かきかき」
「効果音まで口にしなくてもいいから!」

 カガミが手の中に付近の地図と赤ペンを取り出し、兄弟がそれを受け取って丸を付け始める。ただ、文字は知らんと言い切り、二人はチェックをつけた場所を指差しながら改めて「手足」「胴体」「首」と教えてくれた。それに従ってカガミが改めて文字を追加し、俺へと手渡す。

「時間がないから手分けして探すぞ」
「了解」
「お前達頼んだのだー!」
「だー!」
「俺は手足を捜す。お前は胴体に行け」
「分かった。もうテレポートして良いよな。記憶取り戻したんだから能力制限掛からねーよな」
「問題ないだろ。ほら急ぐぞ」
「あ」

 カガミは言い終わると同時に転移し、姿を消してしまう。
 手足が埋められているという山中へと行ったのだろう。俺も行かないとと慌てて地図を見下ろし、胴体が封印されているという民家を確認する。しかしこれ見知らぬ土地で迷子にならないだろうか。そこだけが地味に心配だったりするわけだが……。

「ええい! 急がないと駄目だって言ってるだろ。飛ぶ!」
「あ、お前!」
「お前大丈夫か!?」
「え」

 テレポートで飛んだ瞬間後ろから聞こえた兄弟達の声。
 それが一体何を意味するものなのかは――飛んだ先で大雨に降られて一気にびしょ濡れになった俺はすぐに理解する事になる。

「ふ……しかも塚は壊されているっていうオチが付いているしさ、そうだよな。普通の人間はこんな大雨の中、傘も持たずに飛び出したりしないっつーの」

 目の前の塚は明らかに人外の力によって粉々に壊されており、破片がそこらかしこに散らかっている。俺はぐったりと肩を垂れ下げながら心の中で涙を零した。

■■■■■

 水に濡れても構わないと開き直ったその後、俺は首が封印されているという塚の場所へと飛んだ。
 そこは町中だが今は大雨の為か人気が全く無い。だがゆらりと揺れている何者かの影が見え、俺は目を見張る。今にも最後の塚を壊そうとしている首だけがない人のような何か――瞬間的に俺はそれが「鬼八」である事を察した。

「止めろ! 壊すなー!!」

 咄嗟に叫んで注意を引き付ける。
 口の中に雨が入ってきて気持ち悪い。濡れた服も肌を冷やすが、まだ夏だったのが幸いした。ゆっくりと俺の方へと振り返る何か。正しくは身体を傾けて俺の方を見ようとしている首のない人のようなもの。だが首の部分には黒いもやのようなものが浮いており、目の部分が仄かに光っているのが分かった。
 ゆらぁりと姿が定まらないでいる顔の部分は気味が悪く、視線が合うと背筋が凍るような感覚に襲われた。

「勇太! 手足は無かった!」
「カガミ! 遅い!」
「文句は後で聞く。来るぞ!」
「おう!」

 襲い掛かってくる鬼八が腕をぶんっと振り上げ、俺達へと振り落とす。
 その力は強く、咄嗟に二人とも飛んで避けなかったら粉々に砕け散っていただろう。まさに今、拳が落とされ穴が空いたアスファルトのように。
 俺もカガミも宙に浮き上がりながらまだ未完成の鬼八を見下げる。それでも三分の二の身体を手に入れた鬼八の力は大分強まっており、首がくっつけばより強力な力を得る事は容易に想像が付いた。

「喰らえ、念の槍<サイコシャベリン>!!」

 俺はサイコキネシスを応用して作った槍を相手に飛ばす。
 一部かわされるが数で押した俺は見事それを相手の身体にヒットさせる事に成功した。だがその槍が消えた後、傷は再生し何事も無かったかのように肉体が復活を遂げる。カガミもまた衝撃波らしきものを繰り出すが結果は同じである。
 やはり力を取り戻しつつある鬼八の再生能力にはより強大な力が必要らしい。

「くっそ、もう一回飛ばす!!」
「伝説に従ってもう一度手足と胴体を切り離せばいけるか……」
「そんな余裕あんのかよ!」
「お前剣も使えたよな。俺が隙を作るからそれで切れ」
「カガミッ!!」

 カガミがまっすぐ鬼八へと突っ込み、攻撃を開始する。
 すると鬼八もまた地面から浮き上がり、大きく腕を振り回し始めた。それを紙一重で避けるカガミを見ると俺は手に力を込め、そして透明の刃<サイコクリアソード>を作り出す。カガミに攻撃が集中している今がチャンス。俺はテレポートで鬼八の後ろに回ると剣を振り下ろす。肉を断つ感触が手に伝わり、ぞくりと寒気が走った。だが切り落とした腕は宙に浮き、そのまままたしても胴体とくっついて。

「なんだよ、再生能力持ちじゃないか!! 切ってもすぐに治るんじゃ追いつかない――!」

 それでもカガミが気を向けようと攻撃を繰り返す。
 腕を切った俺の方へと鬼八が行かないよう素早い動きで多くの力を飛ばしていた。明らかに状況が不利になりつつあるのを感じ、俺は他に何か手はないだろうかと必死に試行錯誤する。
 その瞬間――。

―― 我が剣を貸そうぞ!

「え!?」

 急に聞こえてきた声。
 同時に手に持っていた透明の刃<サイコクリアソード>が大太刀の形を形どる。変化したその剣をまじまじと見据えていればそこには神の気が宿っており。
 声を信じるしかない。
 前を見るしかない。
 俺は両手でその剣を改めて握り込むと、テレポートでカガミと鬼八の間に割り込んで――。

「沈めぇぇえええ!!」

 剣を頭の先から下の方へと振り下ろして一刀両断にする。
 二つに切り裂かれた鬼八はもがき苦しむ声を上げたかと思うとそのまま地面へと落下していく。俺達も後を追いかけて地面へと降り、立ち上がってきた場合を考えて構えを取る。しかし鬼八は力尽きたかのようにもうぴくりとも動かなかった。

「よくやってくれた。礼を言う」
「よくやってくれたのだ!」
「だー!」
「あ、昨日の人!」

 すぅっと雨の中現れたのは俺が深層エーテル界に行く時に声を掛けてくれた年配のご老人。その服装は先日と変わらず神主っぽい。だがもう普通の人間ではない事は今の発言や、突然現れた事により分かっていた。カガミは俺の頭の方へと手を翳し、見えない防御壁のようなものを張り雨を避ける。傍目的には空中で雨が跳ね返っているわけだが、見ている人の中に生粋の人間はいないのでまあいいかとも思う。正直濡れた身体もそろそろ重たかったしさ。

「我が名は瓊々杵尊(ににぎのみこと)。この子達は高千穂神社の狛犬だ」
「ニニギ様は偉い神様である」
「敬え!」
「お前達は取りあえず黙っておるように」
「はーい」
「……」

 しゅんっと耳と尻尾を垂れる兄弟達。
 男性はすっと俺の前へと寄って来るとまっすぐ手を伸ばす。すると大太刀の姿だった透明の刃<サイコクリアソード>が元の姿へと変わった。間違いない、あの時声を掛けてくれたのはこの人だ。俺はふぅっと息を吐き出し、やっと肩の荷が降りたかのように緊張を解いた。

「この子達が迷惑をかけた。私からも謝罪の言葉を述べる。すまなかった、人の子よ」
「いえ、俺のせいだって言う話なので」
「否。そもそもエーテル界への侵入は私が既に認めていた。この子達に連絡しなかった私に非がある為、天罰など下さないので安心せよ」
「あ、……それなら良かった」
「瓊々杵尊はあの神社の御祭神だ。おい、鬼八の処分はそっちで出来るか?」
「そちらの力を借りぬよう善処しよう」
「ならいい」

 カガミと神様がなにやら対等に話しているのを見て俺はこの態度はいいのだろうかと内心心配しつつ、それでもあえて黙っている事にした。
 俺は倒れている鬼八を見下げる。最後の塚だけは無事だがそれでもこれから先どうやってまた封印をするのだろうかと気になって仕方がない。だが今は。

「へっ、くっしゅん!!」
「あ、そうだった。お前濡れすぎ」
「こいつ忠告聞かずに飛び出したからなー!」
「馬鹿だ!」
「……おい」

 夏とはいえびしょ濡れの服装を早く脱いで風呂にでも入りたい。
 俺は心の中に「自業自得」という言葉を書きながらちょっぴり落ち込む事にした。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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 こんにちは!
 第十九話もとい第三部・第二話です!

 封印を解いた狛犬兄弟達に協力して倒すお話となりました。
 文字数の都合上戦闘シーンカットしまくりで内心めっそり。もっと格好良く書きたかった! と思いつつ、とりあえず風邪を引かぬうちにお風呂に入って下さい(笑)

カテゴリー: 01工藤勇太, 回帰, 蒼木裕WR(勇太編) |

回帰・18

カガミは言う。
 「行かせたのは俺だ」と。
 「文句があるならこいつの『案内人』である俺が対応するし、罰も受ける」と。
 「お前達の領域を犯した罪は避けない」……そう、まるで自分一人が悪いのだと言うかのように彼は言い切ったのだ。実際は俺が決めて、カガミはそれを許してくれただけだというのに。
 そしてカガミの言葉に反応した犬耳犬尻尾の獣人の子達は目を大きく丸め、それからキィーッ! と両手をぶんぶん振り上げて騒ぎ始めた。

「なんだなんだ!」
「なんだなんだー!」
「ニニギ様の命でここを守れと言われてたのに!」
「言われたのにー!」
「『案内人』のくせに生意気だー!」
「なまいきだー!」
「だから別に天罰を下そうが何をしようが俺は避けんと言っているじゃないか」

 喚く兄弟にさらりと言い放つカガミ。
 途中気になる単語が聞き取れ、俺は首を傾げる。人の名前――ニニギ様という言葉にこの兄弟らしき二人の更に上の人物が居る事を知ったからだ。それがどういう人物であるかは分からない。むしろ今の俺には一体どういう状況でこうなっているのかさっぱりなのだ。
 だが明らかにこの兄弟はエーテル界について知っていた、それだけでただの獣人ではなく何かしら理(ことわり)に関係する人物である事だけは推測出来た。

「ひとまず、のちほど謝罪もかねて此処を訪れる。今はこいつを休ませるのが先だ」
「あー! 逃げるなー!」
「にげるなー!」

 ひゅんっと空間が歪む気配。
 カガミが転移を使う瞬間、ぐらりとぶれる意識。俺はいつもなら耐えられるその衝撃に堪えられず、そのままカガミに身体を預け闇の中へと沈んでしまった。

■■■■■

 暗闇の世界から戻ってくればそこはどこかの一室。
 テレビの音が聞こえ、そこからは異常気象を告げるニュース番組が流れている事が分かった。俺は寝転がっている事に気付くと声のする方――テレビと、それをみているカガミの姿を確認し、ほっと息を吐き出す。上半身を起こせば、一人用のソファーに座っていたカガミはゆっくり視線だけ持ち上げ俺へと顔を向けてくれた。

「起きたか」
「ん、ここ……どこだ? あと今何時?」
「ここはホテルの一室。今はお前が深層エーテル界に行った次の日の昼だな」
「え!? 俺どれくらい寝てたんだ!?」
「ほぼ丸一日」
「う……」
「深層エーテル界に行って疲れたんだ。ぶっちゃけそれくらい寝ても寝足りないくらいだぜ」
「そんなものなのか……ところでさ、何か外変な音しないか。雨っぽいんだけど……雨にしては激しいような」
「ああ、今降ってるからな。それはもうバケツをひっくり返したかのような豪雨が」

 カガミが立ち上がり、窓際に寄ると締め切っていたカーテンを開く。
 その向こう側には異常なほどの大雨が降り注いでおり、視界もままならない。目の前のビルを見るのがやっとという状況であろうか。その視界の不鮮明さに瞬きを繰り返す。カガミもまた外に視線を向けると、彼は唇を開いた。

「妙な気を感じるな」
「え」
「俺はちょっと昨日の神社に行ってくる。お前はもう少し休んでろ」
「俺も行く!」
「休んでろって」
「かなり寝たから平気!」

 元気になった姿を見せる為に俺は立ち上がってみせる。
 もう大分回復していた身体はあっさりと立つことが可能で、あの境内に居た時の様な脱力感はない。精神と肉体との結びつきが大分強くなったことがそれで分かる。そして一人で先に行こうとするカガミの傍に寄り、もう大丈夫だという意思を強く見せ服を掴んだ。
 だって置いていかれる方が嫌だ。
 先日の兄弟の一件もあるし、俺がいないのにもしカガミが何か罪を被せられたりするのも困る。

「仕方ない奴だな」
「もう諦めろって」
「……本当に無茶すんなよ」
「おう」

 カガミがあまり表情を変えぬまま声を掛けてくれる。だが心配げな声色が俺は嬉しい。あの境内へと飛ぶんだろう。彼は俺の肩に腕を回して、すぅっと息を吸った。
 空間が歪む気配。昨日は体力と精神力の疲労でその移動すら耐えられなかった俺だが、今回は違う。自分のテレポートにも似た彼の転移によって神社の本殿の屋根の下へと瞬時に飛べば、そこもまた異常天候の場となっており――。

「ここが一番気が濃いな」
「そんなの分かるか?」
「お前は分からないか」
「う、……流石にただの雨としか」
「まあ、人間ならそうだろうな。……っと、あいつら」

 カガミが俺の肩から手を外す。
 土に雨が強くぶつかり、跳ね上がる地面の向こう側に昨日出逢った兄弟の姿を見つけた。彼らは雨の中でも特に気にした様子はなく、でも何か慌てているようで俺達の方へと駆け寄ってくる。最初こそびしょ濡れだと思っていた彼らの服装だが、屋根の下へとやってくれば瞬時に布が乾き、汚れた様子すら見せなかった。

「うわーん! 助けてー!」
「助けてー!」
「何があった」
「お前達のせいでもあるんだからなー!」
「だからなー!」
「え、俺達のせい!? お、俺が深層エーテル界に行ったからこうなったとか……?」
「半分はそうだけどー!」
「半分は違うー!」
「カガミ……」
「いや待て。深層エーテル界に行ったのは認めるし、その罪は受け止めようとは思う。しかし天候の原因に関しては別の要因があるだろう。そこを話せ」
「僕達が遊んでいる間にお前達がエーテル界に侵入したのが悪い!」
「悪い!」

 びしっと指先を突きつけてくる兄弟。
 この雨の中では観光客の姿もなく、獣人達は人の視線も気にせず俺達の方を睨んできた。しかし涙目になっているその目に気迫はなく、むしろ子供の駄々っ子のような印象の方が強い。カガミはそんな兄弟へと近付くと膝を折り曲げ、視線を合わせる。今にも大粒の涙を零して泣き出してしまいそうな兄弟達へと更に説明を求めた。

「うー……お前達が昨日去った後、腹いせで暴れていたら」
「暴れていたらー!」
「境内にあったある封印を壊してしまったんだー!」
「だー!」
「……おい、それは俺達のせいじゃないだろう」
「いだだだだ、ほほつねるなー!」
「なー!」

 責任転嫁という言葉が相応しい様子の二人についついというようにカガミの口から溜息が出た。ついでに兄弟の頬を両手で片方ずつ摘み上げ、捻る。兄弟はその瞬間から耐えていたものを堪えきれず、ぼろぼろと涙を零し始めた。ひっくひっくとしゃっくりを上げて泣く二人を見ながら俺はカガミへと寄り、ひとまず説明をしてくれるよう頼んだ。
 俺が本当に深層エーテル界に行ったせいでこうなったのではないとカガミは言ってくれたけれど、それが目の前の二人が暴れた原因なら……多少は、こう良心がちくちく痛む。
 カガミは兄弟から手を離し、そして彼らは説明を始めてくれた。

「お前達! 三毛入野命(みけいりのみこと)という古代日本の皇族を知ってるか!」
「知ってるかー!」
「……俺知らない」
「俺は知ってる」
「く……案内人の情報量め……」
「三毛入野命は神武天皇の兄だ。こっちの方の名前は?」
「き、聞いたこと、あるよう、……な?」
「……御伽噺として聞いてくれ」
「……色んな意味で悲しいな、俺!」
「こっちこそ無知でしょんぼりなんだぞー!」
「だぞー!」
「で?」
「神武天皇の兄である三毛入野命は大変剣の腕の立つ武将だったのだ! 彼は昔々人々を苦しめていた鬼八(きはち)という鬼を退治し、封印したという伝説である! あれは本当の話なのだ!」
「なのだ!」
「鬼八は荒神でな。鵜目姫(うのめひめ)という美しい姫を無理やりさらって妻にし、あららぎの里の『鬼ヶ岩屋』に隠していたんだ。でもな、三毛入野命がある時、七ヶ池という池の水面を見るとその姫の悲しげな姿が映っていたという。その姫にどうして悲しむのかと命(みこと)は問えば、『無理やり連れてこられて悲しいのです』と答えた。それを聞いて、三毛入野命は鬼八を退治することを決意し、討伐に出たという」
「でも鬼八はやっかいなヤツで何度でも何度でも息を吹き返すのだー!」
「大変だったのだー!」
「最終的には身体を三つに分けて、別々の場所に埋めたらしいぞ。ここの神社にも鬼八を退治する三毛入野命の像があるはずだ」
「あっちにある!」
「ある!」
「――……で、すっごーく嫌な予感がするけれど、その先は?」

 カガミはすらすらと古代神話について語り述べ、兄弟達がそれを補足するように言葉を揃える。
 修正が掛からないという事はカガミの情報は正しいのだろう。俺はこの話の流れ的にそれはもう……オチというか、この雨の原因がなんなのか分かったような気がしたがあえて二人に問いかけた。すると彼らはしゅんっと犬耳を垂れ下げてしまう。だが、次の瞬間うるっとまた目に涙を溜めながらもキッとした強い意志で彼らは言い切った。

「だから、我らが暴れたせいで、境内の中に鬼八が封印されていた『鎮石(しずめいし)』を壊してしまったのだ!」
「のだ! ……うわぁあああんん!!」
「う、泣くな。泣くな……ふぇ、ぇえええ……」
「――だと思った」
「カガミ、冷静すぎるだろ」
「この大雨はその封印が解けたせいだ。責任転嫁にも程があるな」
「でも暴れた原因は俺……」
「罰は受けると言ったが、こいつらの責任まで取るとは言っていない。おいお前ら」
「ふえ」
「びくっ!」
「アイツは居ないのか。――あー……お前ら曰く『ニニギ様』」
「ニニギ様をアイツ呼ばわりするな、無礼者ー!」
「ぶれいものー!」
「で、居るのか居ないのかどっちだ」
「……お留守だ。ニニギ様が居たら助けてくれなんていわん!!」
「ふぇー……」

 『ニニギ様』という言葉に俺はまたちんぷんかんぷん。
 カガミはあー……という声を出しながら今は厚い雲に覆われている空を見上げた。そこから降り注ぐ雨は更に量を増やし地面を叩く。このままでは雨量による被害が出る事は間違いない。泣き出した兄弟は自分達の涙を拭うのでいっぱいいっぱいのよう。

「う、う。我らの非は認めるから力を貸してくれ……」
「くれー……」

 それでも必死に訴えてくる兄弟に、俺はどうするべきか。
 豪雨が神の封印を解いてしまったものであるというのならば適任者に任せた方が良いとも考えるが、それに対応出来る人物――『ニニギ様』は居ないらしい。
 カガミは俺へとちらっと視線を向ける。
 その視線はただ俺の判断を待つばかり。

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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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 こんにちは!
 第十八話もとい第三部・第一話のお届けです! 多分この位置取りで良い筈!

 これは古代神話に纏わる新たなお話ですね。
 兄弟のお願いに対してどう判断するのか――次のお話をお待ちしております^^

カテゴリー: 01工藤勇太, 回帰, 蒼木裕WR(勇太編) |

回帰・17

思念体である母さんが俺を抱く。
 その優しくて温かな腕の中、俺は彼女に向かい合い、その手を掴んで訴えた。

「母さん、俺と一緒に現実世界に戻ろう!」

 記憶を母である貴女から貰った俺は空白の時を埋める事に成功し、空虚だった場所が満たされているのを感じる。全ては全て貴女が俺を求めてくれた心を教えてくれたから。俺を捨てたのではなく、そうせざるを得ない状況に追い込んだ周囲の圧迫が彼女を俺を研究所に渡すという判断へと至らせたのだと痛いほどに分かったから。
 もう迷わない。
 母は俺を愛し、求めてくれていたと知った今は決して彼女に負の感情など――。

 だが一緒に帰ろうと訴え続ける俺に対して母さんは微笑むだけ。
 病院で浮かべるよりも感情の篭ったとても柔らかな笑みはそれだけで……胸が痛い。ここにいる母さんは決して壊れた人ではない。この場所に存在する――つまり彼女の精神の本質は正気を得ている。だからこそ俺の言葉にきちんと応えようとしてくれるのだが、それは微笑みという形で拒否されているのだ。
 何故。
 俺の中で疑問が浮かぶ。
 あんな病院に閉じ込められずに一緒に暮らせたらどんなに嬉しいか、どれだけ幸せか。今ならば俺が貴女をこの手で護って大事にしてあげる事だって出来るのに――!

「母さんが戻らないなら俺もここにいる! もう一人は嫌だ!」

 訴える。
 母子として一緒にいたいと。俺も幼き日は貴女を探し求めていた。あの研究所の日々の中、貴女が迎えにきてくれるのだろうと信じて信じて……待っていた先、やっと今こうして貴女と出会えたというのに。
 それでも、貴女は笑うんだね。
 困ったように、その笑みが謝罪の証のように――その思念体の腕で俺を抱きしめてくれながら。
 伝わってくる思念体からの念。それは唇から零される言葉ではなく、直接染み渡る声色。

『いまはまだもどれないの』
『わたしはそれでもあなたをおもっている』
『あなたはけっしてひとりじゃないわ』
『だからまっていてね』
『いつかわたしがあなたにあいにいくまで』

 言葉じゃなくてそれは感情が形になったもの。
 壊れた人は心を閉ざし、その胸に硬く閉ざした扉を抱えている。俺はそのための鍵を今所持していない。内側に閉じこもる母親を無理やり引っ張り出しても彼女はまた扉を閉めて一人で精神篭城を選択してしまうだろう。だから病院の人たちは決して彼女に負担を掛けぬよう言葉を選び、少しずつ、少しずつ、外の世界が怖くない事を教えやがては再び生きていける事を選ぶよう心のケアをしてくれている。
 今、彼女は篭城の時。
 『自我』を護るために作り上げた悲しみのない虚構の城の中で覚醒の時を待っている。

 記憶を共有しても俺は彼女を導く『案内人』にはなれない――その事を悔しく思いながらもその役割を担っている人物の姿を思い出す。
 カガミ――そしてスガタにミラーにフィギュア。彼らの代わりなど、俺には出来ない。だからこそ決意する。心と心を通いあわせられるこの瞬間に彼女には宣言する事を。

「いつかきっとまた母さんを迎えに来るから!」

 だからその時は。
 今は戻る事を俺は選ぶけれど、母さんが心を開いてくれる事を祈りながら先を行く。
 俺は一人じゃない。母さんも篭城していても俺が見舞いに行って多くを話しかけ、外の世界を教え、もう彼女が戻ってきても大丈夫であるという環境を作ってあげよう。その為なら俺はまっすぐ走っていけるだろうから。
 手足が光の粒子となり四散していく。
 選択した俺はこの場所から追い出され、ゆっくりと意識が消えゆく。これは同化の現象ではなく目覚めへと至る道程。なんて、なんて温かな光の――大地。

『あなたがいくさきにしあわせがまっていますように』

 この大地の中に立つあの人はどこか神秘的。
 両手を組み合わせて祈るその身体の小ささに俺は自身の肉体の成長とそして存在のちっぽけさを知った。
 消えても残る温度。
 それら全て一瞬の出来事。
 ねえ、待っていて、大切な人よ。貴女を護る腕は父の代わりに俺がなるから。

―― ……シャラン……。

 鈴鳴りの音が導く俺の肉体への道。
 守護するようなその音を迷わず辿れば――現実への帰還の道程が開けている。

■■■■■

 涙で呼吸が出来なくなる事を久しぶりに思い出した。
 零れて零れて、拭ってはそれでも溢れかえるその涙。止められない感情の流出はどうしてか。胸が苦しい。でもそれは不快ではない事が嬉しくて――。
 夏の強い日差しを避ける様に木々が作る影の下でカガミが座り込み、俺の頭をその膝の上に乗せてくれている。ああ、戻ってきたのだ。こっちが現実世界なのだ。まるで自分の過去分過ごしたかのような感覚に襲われ、俺は体感時間が可笑しくなっている事を知った。実際は三十分ほどだったなんて嘘だと言いたくなるほどに。

「カガミ、俺さっ」
「うん」
「俺、俺っ……母さんに会えたよ……! 母さんの記憶取り戻したよ……!」
「うん」
「ふ、……ふぇ、ぅ、ぁあ……! やっと、思い出したんだよッ……――」

 俺は感情が昂るままカガミの腰に腕を回して抱きつく。
 カガミは変わらず青年の姿のままで、俺の頭を優しく撫でてくれた。その手がどこか母さんを思い出させて――でも異なる事に安心してしまう。溢れ出す感情の逆流。憎んで憎んで、でも憎みきれなかった愛しい母親。たった一欠けらでもいい。たった一言呼んで欲しい。そう願っていた事を叶えてくれた深層エーテル界での邂逅。
 『ゆうた』、と拙い舌使いで呼んでくれた。
 更に俺を愛し続けてくれていた事を教えてくれた。
 その事実だけが俺を満たして堪らない。愛しい、愛しい、愛しい。全身がそう叫ぶかのように涙が止まるまで時間が掛かってしまう。

 けれど此処は神社の境内の中、いつまでも泣いているわけにはいかない。
 人気がないとはいえ全くとは言えず、時折自分達の方を見やる観光客も存在しているのだ。俺は落ち着きを取り戻すとそろそろ移動をしようと立ち上がろうとするが――。

「っ!?」
「まだ動けないって。深層エーテル界に居た反動で身体と精神がまだくっついてねえんだよ」
「え? え?」
「あそこに行くには肉体的感覚と精神的感覚とを切り離した状態で行かなきゃ駄目だったからな。だから精神疲労も重なっている上に『普通』に手足を動かそうと意識しても、精神体の方が動いちまって身体がそれに順応しきっていないんだよ」
「……と、とりあえずまだ動けないって事だよな。でもあんまり此処にいるのも……」
「しゃーねえ、俺が運ぶか。……で、姫抱きと俵抱きどっちがいい?」
「単純に肩を貸してくれるかせめておんぶがいいー!!」

 究極の選択肢を用意してくれたカガミに俺は思わず安全かつ人の目をそこまで引かない体勢を願う。もちろんからかっているだけだと分かってはいるが、……こう、突っ込まずにはいられないのは何故だろう。
 だがザッ、と土を踏む音が背後から聞こえる。それと同時に掛けられる声。木々の後ろから現れたのは――。

「おい、お前! 人間のくせに深層エーテル界に行ったな!」
「行ったな!」

 そこにいたのは、犬耳犬尻尾が付いた幼い子供が二人。
 その顔付きがそっくりである事から恐らく兄弟であることを推測するのは容易い。いきなりの登場とその容姿にびくっと身体が緊張する。大分身体と精神が繋がってきている事を感じるが、まだまだ思い通りには動かない。あくまで感情的な反応のみが今の俺の精一杯らしい。
 カガミの方へと顔を向ける。
 彼は呆れ返ったような視線をその兄弟へと向けて、ふぅっと溜息を吐き出す。

「行かせたのは俺だ。文句があるならこいつの『案内人』である俺が対応するし、罰も受けよう。お前達の領域を犯した罪は避けない」

 その言葉から俺はこの二人がただの獣人でないことを知る。
 カガミと二人の子供とを交互に見やりながら俺は早く自分で動けるよう祈るばかり。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは!
 第十七話もとい第二部・第七話のお届けです!

 現実世界にお帰りなさい! そして新たな人物が……とわくわくしております。まだ正体は秘密っぽいので今回は描写せず伏線っぽい言葉だけを残して。
 長い長い旅路。やっと終盤へと至り始めましたが――なんだか寂しさと共にまだまだ書ける事に感謝を。

カテゴリー: 01工藤勇太, 回帰, 蒼木裕WR(勇太編) |

回帰・16

微笑む母さんから何か光のようなものが俺を包み込むように流れ込んでくる。
 なんて温かな光り。
 それは自分を抱擁する手のような温度。だけど光特有の眩しさはなく、それは静かに俺へと染み渡った。

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「母さん、あのさ」

 『俺』が母さんに話しかける。
 それを見ている俺は驚き、つい瞬きを繰り返してしまった。だが最初こそ第三者の視線で見ていた俺だが、次に目を開いた瞬間にはひゅっと誰かの視点へと変わる。
 目の前には自分が通っている高校の制服に身を包んだ『俺』の姿。――『彼』は楽しげに『私』に話しかけてくれた。

「でさー、その時エビフライが好きって言ったらその人張り切っちゃって、凄い量のエビフライを作ってくれたんだ。こーんな量、凄くない?」

 それは俺自身も覚えている比較的最近の話。
 財布を落として迷っていた際にある知り合いの夫婦に夕食に招かれたという話題はまだ記憶に新しい。

―― これは、俺の記憶なのか?

 でも、自分の記憶ならば『俺自身』の姿を覚える事などない。俺が見た光景には自分は決して映る事はないはずだ。ならばこれは誰の記憶?
 その時一瞬だけノイズのようなモノが走り、場面が切り替わる。今度は先程よりやや幼い俺が其処にいた。また『俺』に話しかけている。今度は修学旅行の話になった。中学の制服に身を包んだ俺の姿は非常に懐かしく、僅か二年前程度しか経っていないのに何故か心がざわついた。
 ――また切り替わる。
 今度は小学六年辺りの自分が椅子に腰掛けながら床に付かない足をふらふらとさせつつ、「母さん」と呼びながら何か拗ねた様子で話しかけていた。どうやら今日は宿題を忘れて先生に怒られたという話題らしい。
 ――また切り替わる。
 更に身体は小さくなり、今度は友達と喧嘩したと愚痴る自分が其処にいた。ぷっくりと膨れた頬を見ると、不思議と愛おしい感情が芽生える。どうやって仲直りすればいいのか分からないと良い、でも答えを得られずに困っている少年(おれ)。足を抱え込みながらそれでも大事な人をその大きな瞳の中に写し込んで――「母さん」と、俺へ呼びかけた。

―― あぁ、そうだ……、これはすべて俺が見舞いに行った時に母さんに話した事だ……。

 俺が目の前にいる。
 そして俺の目の前には、母がいるはずだ。
 この視点の持ち主は紛れもなく自分の母親。心が感じた温かさやざわめきも彼女の物で、俺の物ではないことを今やっと知った。

 研究所から解放された頃、俺自身も精神面で不安定だったが、よく母さんのところに訪れて何でもいいからぽつぽつと話しかけていた。
 話しかけた事に対して返答は殆どなかったが、それでも良かった。ただ、母の傍を離れたくなくて、病院に通い詰めた。

「今日も来たよ、母さん! あのね、あのね、今日は大ニュースを持ってきたんだ!」

 笑う『俺』を見て、俺が今同調し感じている心が嬉しそうに笑っていた。
 でもその表情に変化はないようで『俺』は少しだけ苦笑のような表情を浮かべたが、それでも構わないとばかりの勢いで嬉しかった事を話す。それはテストで良い点数を取っただとか、運動会のかけっこで一番を取ったよ、とか本当に他愛のない話題だった。
 それでも、その報告に心は――幸せそうに温かさを湧かせて。

 年齢が上がるにつれて面会の間隔は開いていったが、それでも心は子供を求めていた。
 何を話してもただ笑顔を浮かべ、無反応の母。視線が合わない事も多く、時には話をしても無駄なのではないかと思う事も多々あった。

 リンクしていく。
 俺の中にある僅かな時間の残骸と、今見ている母さんの記憶の欠片。
 交わり、補い合い、そして補完しようと蠢いて――。

『ゆうた』

 誰も居ない病室で紡がれる言葉。
 首をこてんと傾げたのか、視界が斜めになった。
 視線が手を見る。その手がゆるりと緩慢な動きで持ち上がり、そして誰も居ない椅子へと向かった。誰も居ない、空席。だけど手の持ち主はそこに小さな子供がいるかのように幻覚を見て。

『ゆうた。えびふらい、よかったね』

 撫でる。
 何も無い空間を。

『りょこうたのしかった? そう、うれしかったのね』

 そこに誰かが居るかのように話しかけながら。
 何も無い空間を慈しんで。

『ごめんね。うんどうかい、みにいけなくて』

 繰り返し。繰り返し。
 母は誰も居ない空間でこそ俺に話しかけてくれる。
 看護師にも見せない母の行動。それを唯一知っているのは『母(じぶん)』だけ。

 俺が話しかけた日々。
 母が話しかける日々。

 親と子の会話は決して同一空間では成り立たないけれど、それでも俺が話しかけていた日々は決して無駄ではなかった。反応しない母は壊れてしまった人。壊れた心はそれでも時間を掛けて、なんとか反応をしようとする。即座に答えを返す事は出来なくても、必死に俺へと応えようと足掻いている事を俺は知った。
 あの日々は決して無意味ではなかったのだ――喜びで心が震え、俺は涙する。彼女と同調したまま、それでもその内側の俺は涙をぼろぼろと零し続けた。

『ゆうた』

 呼びかけてくれる母の声。
 俺には届かないと彼女は知っている。けれど呼んだ。彼女は笑って、笑って。

『おかえりなさい、ゆうた。きょうは、えびふらい、つくるわね』

 壊れた心は乞われた事を思い出しては繰り返す。
 人生が狂い始めるその前に息子が望んだ夕食のリクエスト。エビフライが食べたいと望んだ子供の声を脳内で再生させ、そしてそこに我が子がいるかのように笑っていた。
 そこにあるのは純粋な母性。母からの愛情だ。

 さぁっと景色が散り、それは光となって俺の身体に降り注ぐ。
 心の闇、迷いをかき消す多くのそれはキラキラと星の欠片のように降り落ちて、そして俺はその雨を全身で受け止めた。一粒一粒の中に込められた母からの贈り物。当然良いものだけじゃなく、後悔や悲しみもあったけれど――それでも、母の記憶の大多数を占めるのは己の子への愛情と慈しみ。
 触れられるものではない。
 形として存在するものではないその感情を受け止めるため、無意識に両手を前に伸ばして広げ、そして笑った。

 幸せだった過去の記憶を凌駕した悲しみの事実。
 だけど間違いなく愛されている事を俺は痛いほどに感じ取る。

 染み込み、満ちていく俺の中。
 涙が光り、頬に伝うそれは溢れ出した俺の感情。俺が失ったもの以上に母が今見せてくれたモノは多く、だからこそ涙という形で溢れてならない。
 愛しています――そう心で言ってくれた母。

「母さん、俺ね。……忘れていた大事なもの、取り戻しに来たんだよ」

―― ……シャラン……。

 母親へといつものように報告する俺の声。
 それに応えるかのように神楽鈴の音が母の内側から聞こえ、手の中のお守りが何かを示したような気がしたけれど、それが何かなどは今の俺には分からなかった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは!
 第十六話もとい第二部・第六話のお届けです!

 とうとうここまで来たかと感無量で御座います。
 例の一件で失ったものを取り返す旅路。そしてその中で多くを学び、知り、時に絶望した工藤様がここまで……とライターも感動を覚えております。
 時間軸ではまだまだ夏。しかし執筆時間は秋を向かえた頃。長い間書かせて頂いているこのお話がとても愛しいです。ではでは!

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