回帰・15

この想いを「嘘」だと誰かが言うのなら、それを証明する何かを下さい。

 血の繋がりを求め。
 心の繋がりを求め。
 魂の繋がりを求め。
 糸の繋がりを求め。

 これは貴女を見つける為の旅路――この気持ちを「嘘」だと誰かが糾弾すると言うのなら、どうか俺の「心」を晒し出して下さい。

■■■■■

 彼女はゆっくりと伏せていた顔を持ち上げる。
 深層エーテル界に潜った先で作られた病院の一室。ベッドの上に上体を起こして座る妙齢の女性。「貴方にそっくりな仲居が昔居たんです」と旅館の女将に教えてもらったその本人。
 ここにいるのは決して「本人」ではない。正しく言うと彼女の意識する精神ではない。
 目の前に存在しているのは彼女の「イド」。決して普段は触れることのない無意識の精神体だ。

 目が合う。
 それだけで息が詰まりそうな想いを知った。
 唇が震える。
 声が紡げなくなりそう。記憶がなくてもこの身体が……魂がこの人を知っている、彼女こそ自分の『母親』なのだと。
 胸が強く強く締め付けられ、俺は自分の左胸元を掴む。ゆらりゆらり。動揺したせいか、自分の身体が陽炎のように揺らめいているのが分かった。集中して身体を保とうとするけれど、それよりも目の前の女性の方へと気を取られ、どうしても上手く『自我』を保てない。
 ゆらりゆらり。
 手先が、足先が薄れていくのを感じているのに、それでも――。

 そしてそんな俺を見た彼女はその時三つだけ音を発す。

『ゆうた』
「――っ!!」

 ふわりと誰かが俺を抱きしめてくれるのを感じた。
 カガミかと思って振り返る。……だけど違った。そこに居たのは自分と同じように透けた身体を持つ母――彼女の思念体だった。
 なんて温かくて、切ない。
 そして、なんて寂しい。

「母さん……」

 俺は自分の頬に涙が一筋伝うのを感じたまま、そっと彼女に身を預け瞼を伏せた。

■■■■■

「今日はエビフライがいい!」

 俺が『俺』を見ている。
 年齢は五歳くらいだろうか。上目遣いになりながら誰かの手と自分の幼い手とを繋ぎ合わせながら街を歩いていた。

「ねえ、母さん。エビフライー!」
「はいはい。分かったわ。今日は勇太の好きなエビフライを作りましょうね」
「やったー!」

 子供ははしゃぐ。
 その大きくて純粋な瞳に映るのは一人の女性。――若かりし頃の母だった。けれど彼女はどこかびくびくと怯えた素振りで街中を歩く。子供の俺はそれに全く気付いていない。いや、気付いてはいるけれど大好きな母親と一緒にいるためそれほど気にしていないと言った方が正しい。

『あの子供、テレビで見たわ』
『ええ、超能力だとか言ってインチキを働いていたんでしょう?』
『若い母親が子供を使ってテレビ会社から金をせしめたって聞いたわ』
『まあ、あの母親ってば子供をなんだと思っているのかしら』

 ひそひそと囁かれる声。
 聞こえてくるそれはわざと母に届くように、見えるようにと噂を広げる。母はそれでも懸命に笑っていた。自分の手を繋いで「エビフラーイ♪ エビフラーイ♪」と楽しげに歌う子供の為に泣き出すわけにはいかなかったのだ。

―― ……一体誰がこんな事を……この子の力は本物なのに。

 母の心が俺の中に入ってくる。
 それはなんて不安定な念。そして息苦しさを持つ想いなのだろう。工藤 勇太(くどう ゆうた)という子供の力を見出したのはテレビ局側だ。決して母がテレビ局へインチキを働いたわけではない。だけど最初こそ盛り上がっていたその超能力も、やがて世間ではインチキだと弾圧され、次第に人々は俺達親子から離れていった。
 うっすらと俺も覚えている。
 掌を返したかのような大人達の態度。仲の良かった子供すら親に「あの子と遊んじゃ駄目よ」と言われ、遠ざけられた。迫害は徐々にエスカレートし、母を苦しめ続けたのだ。

 不意に自分達の前にいかにも不良と言った格好の大学生辺りの男性数人が集まり、母と俺を囲む。にやにや嗤っている彼らの笑みは酷く醜く下卑たものだ。

『超能力少年だなんて嘘を付いたってのはアンタだってぇ』
『ひゅー、俺達とそう年齢が変わらない癖に国中の人間を騙して楽しかったぁ?』
『金あるんでしょ。ねえ、ちょーっと貸してくんない。ああ、アンタ自身が相手してくれてもいいよ。許容範囲だしねえ』
『ちょっと止めて、触らないで! 勇太!』
『母さんー!!』

 男達が母さんの腕を取り、どこかに連れ去ろうと動く。
 気持ち悪い。俺の中に入ってくる男達の感情は金への欲望と性への欲情。けれどそんな事五歳の俺が理解出来るはずもなく、受け取ってしまった思念に吐き気を催して前屈みになった。
 苛々する。
 子供だった俺が分かったことは母さんがこのままじゃ危険だと言う事だけ。
 怒りが湧き上がる。
 揺らめく炎が心の中に灯り、俺の髪の毛が風もないのに揺れた。

『母さんをはなせっ』
『ああん? ああ、コイツが例の超能力少年ってか』
『母さんをはなせーっ!!』
『ッ!?』

 瞬間、男達に襲い掛かるかまいたち。
 風の刃が服や鞄を切り裂き、場を荒らす。もっと、もっと。母さんを傷付けるんだからもっとやらないと――。そんな念が小さな俺の中に湧き上がる。
 だけど、いきなり自分の身体に電流が走った。

『な、なんだよ、この親子! 気持ち悪ぃ!! おい、お前ら行くぞ!』
『勇太っ!』

 見えない。
 何も見えない。
 意識が閉じている俺。
 母さんの視点で見る子供の俺は今、誰かの腕に抱かれていて――その手にはスタンガンが握られていた。

『勇太、勇太っ!!』
『こちらへどうぞ。貴方達親子の安全は私達が護ります』
『――貴方達、何者なの?』
『話は後です。――さあ、こちらへ。車でご自宅まで送りましょう』
『……』
『大丈夫です。どうか私達を信じて下さい。例え世の中の誰が貴方達を糾弾しようと、私達は貴方、いえ……工藤 勇太さんの能力を信じます』

 それは甘い甘い誘惑。
 母の心が揺れているのが分かった。痛いほどの二律背反。現れたスーツ姿の男を信じたい気持ちと信じたくない気持ちが天秤に掛かっているのが今の『俺』には理解する事が出来た。
 震えている。
 身体が、心が……もう苦しいと叫んでいて。

 車に乗り込む母さん。隣には寝かされた俺。
 その手の平で包み込めるほど小さな頭を彼女は優しく撫で続けてくれていた。愛しい、愛しいと願いながらも――苦しい、苦しいと訴え続けながら。
 やがて自宅まで乗り込んできた男はとある研究所の研究員だと母に告げた。

 これが全ての悲劇の始まりだと、まだ知らぬままに。

■■■■■

『必ずお子さんの力を制御出来るように訓練し、さらには医学の発展に役立てるとお約束致しましょう』
『よろしく……お願い、します……』

 心弱っていた母さんは研究所に俺を引き渡す事を決意した。
 不安がる俺には『大丈夫よ』と繰り返し説得し続け、研究員と共に幼少の俺は車に乗り込む。後部座席に乗った俺は外に居る母さんと研究員が言葉を交し合うのをじっと見つめる。母の心が少しだけ軽くなっているのを精神感応力、いわゆるテレパシーで感じ取り、自分が『けんきゅうじょ』という場所にいう事が正しいのだとその時の俺は思い込んだ。
 隣に座る女性研究員も嬉しそうな気配。でもどこか緊張していて、俺は瞬きを繰り返して彼女を見る。そんな俺に気付くと女性は「お菓子食べる?」と用意していた飴やチョコレートを差し出し、俺を懐柔していた。

 母は、もう限界だったのだ。
 世間から白い目で見られること。
 それから自分の産んだ子供が超能力を持っており、その能力の力を制御出来ずに居る事も、何もかもが辛くて、苦しくて……。

 車が発進する。
 俺は貰ったばかりの飴を舐めながら徐々に小さくなっていく母を見ていた。
 母もまた次第に遠ざかっていく俺を見て、手を振ってくれる。だから俺は頑張ろうと思って――そう、その時はただただ純粋に母の為に自分の力を使いこなせればいいなと思っていただけだった。

 だから知らなかった。
 母が後悔していたなんて。

『っ、勇太!』

 車が走り去り姿が見えなくなると彼女は追いかけた。

『勇太、勇太ぁ……っ!!』

 人の足では決して追い付けないと分かっていても車が走り去った方へと彼女は足を動かす。公道に出てしまえば更に交通量が増え、追いかける事は不可能となり彼女は――母は人目も気にせずその場にしゃがみ込んだ。
 その顔には拭いきれないほどの涙を零し、髪がぐしゃぐしゃになるほど手でかき乱す。
 俺は知らない。
 こんなにも動揺し、乱れる母の姿なんて知らない。

『ごめんなさい、ごめ、ごめんなさい……勇太ぁ……!!』

 愛してくれたその心だけしか、その時の俺は知らない。

■■■■■

 その後の母は死に物狂いで『俺』を探す。
 研究所の名前を探しても該当するものは出てこない。必死に探した。愛する息子を一時の迷いで手放した彼女はこの手に我が子を再び抱くために懸命に関係性のありそうな場所を探した。
 時に裏側の怪しい店に入り、情報屋と接触して金銭のやり取りを。
 時に自分の身の危険も顧みず、自分達親子を『断罪』と言う形で世間から追放したメディア関係にも連絡を取った。
 だけど彼女のその細い手は我が子には届かない。
 彼女よりはるかに大きい存在が行く手を阻み、子供の存在を亡き者にしていたからだ。

 愛しています――愛しい人との愛しい子。
 愛しています――誰よりも大事な私の宝石。
 愛しています――決して手放してはいけなかった大切な命。

 返してください。
 神様。
 お願いします。あの子を私に返してください。
 あの時の判断を覆すためならなんでもしますから。
 どうかあの子を私に返してください。

 母は追い掛け続けた、我が子の存在の糸を。
 彼女は『迷わなかった』。探すという選択肢を。
 だからこそ、彼女を助ける者の手は現れず――。

 ―――― 一年後、母は心を壊し、病院に搬入された。

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 この想いを「嘘」だと誰かが言うのなら、それを証明する何かを下さい。

 血の繋がりを求め。
 心の繋がりを求め。
 魂の繋がりを求め。
 糸の繋がりを求め。

 これは『我が子』を見つける為の旅路――選択肢を誤った母親の心は砕け散り、十数年以上も病院という檻の中にいる。
 我が子を追い求めた彼女の気持ちを「嘘」だと誰かが糾弾すると言うのなら、その思いを今初めてこの場で知った俺は決してその存在を許さないだろう。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは!
 第十五話もとい第二部・第五話のお届けです!

 今回は過去編という事で書き込ませて頂きました。
 心理描写を多用致しまして、工藤様を探す事に対して迷わなかったお母様がどんな風に我が子を見て、想い、追いかけたか……どうか伝わりますように。

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回帰・14

「さっきの子、どこかで見覚えが……っぃ、つぅ!」

 頭が痛い。
 精神力が酷く削られているのを感じ、俺は焦りを感じた。この世界に長時間留まるのは危険だと知っていたけれど――こんなにも身体に負担が掛かるものなのか。
 ミラーは言っていた。カガミも言っていた。ただ潜るだけではこの深層エーテル界では迷い、膨大な精神情報に飲み込まれ同化してしまうと。だからミラーとフィギュアは助言として「縁を探せ」と教えてくれたのだ。何も持たぬまま踏み込めばそこは精神の光がもたらす永遠の闇へ堕ちるだけ。だけど縁のあるものを持って踏み込んだ場合は惹き合うはずだと――。

「――カ……」

 俺は一緒に来たカガミの名前を呼ぼうと唇を開く。
 だが頭痛が酷くなり、額に手を当てて苦痛に呻いた。その痛みが俺の意識を刺激し、唇を強く噛み締めた。此処でカガミに頼ってはいけない。俺が探るべきだと信じて彼は送り出してくれたはずだ。だったら俺は……自分の力でやり遂げるんだ!

 鈍痛を堪えながら手の中のお守りを見下げる。
 其処には依然として細く伸びている光の糸。弱々しさはあるものの、それでも消えぬ様はあの病院で見た『母親』を思わせた。くっと手首を折り胸へとぶつけるとその手の上に左手を乗せる。瞼を引きおろし、俺は念じる。

―― あの人の……、いや母さんの元へ……導いてくれ!

 長くはこの場所には居られない。
 それに状況を考えると入り直すこともきっと出来ないだろう。そんな甘い考えで挑めるような場所じゃない事くらい俺にだって分かる。そんな手があるのならもっと楽に進める道程を「案内人」であるカガミ達が示さないはずがない。
 だからこれは一発勝負。決して逃走など許されない……命がけの、賭け。
 ――そして、不意に自分を導く引力。

「わぁ!?」

 それは強く念じた瞬間発生した事態。
 お守りがぐんっと意思を持ったかのように――磁石が強く引き合うように俺の手を引っ張った。当然腕を前に突き出す形となるが、それでも決してお守りを離さない。俺は歯を食いしばって耐える。此処は地面があってないような世界。もう自分がどこから入ってきて、どこへ導かれているのかも――そんな不明瞭な世界を俺は行く。
 周囲の景色が変わる。
 沢山の人々の話し声が聞こえたかと思うと、また別の場面へと切り替わる。自分が動いているのかそれとも周辺が変化しているのか。高速移動しているためか内容までは分からない。だけどふと、ちらほらと俺はその中に見覚えのある顔ぶれが交じっている事に気付いた。

『おい勇太、宿題やってきたかー?』
『工藤くんは部活どこに入るの。僕はね――』
『ちょっとやだー! 足怪我してる! 先生ー、工藤くんがこけちゃったよー!』

 あれは高校の友達。
 あっちは中学からの旧友。
 小学校の時の遠足の光景――……巻き戻る、巻き戻る、過去の残像、残滓。今通り過ぎていっているのは自分が作り上げてきたものの歴史だった。なんてそれは懐かしい。

 それはまるで自分が投影機にでもなったかのよう。
 俺という存在の内側から光が零れ、闇の天幕に映しだされる数々の映像。
 そしてそれは決して選択されたものではなく、ひたすら平等に『過去に起こった出来事』を視覚を持って俺を襲う。だからこそ思い出したくもないあの研究所の日々さえも――ただ、『平等』に過ぎて。
 息が詰まりそうになる。
 精神体とはいえ胸元を掴み、見えた研究員へと睨みを利かせる。今ならばあんな扱いなど受けない。決して俺はあんな風にモルモットになどならないと言えるのに……。

『君は素晴らしい被験者だね。その力の源を教えてくれないか。沢山、沢山楽しいことをしよう。君がどうやってその力を使うのか、どうやったらそのような力が生まれるのか……さあ、今日も楽しい遊びを教えてあげよう』

 それでも過去は変えられない。

 投影される過去。
 止めてと心が叫び苦痛を訴えても無常なほどにその時間は過ぎていく。傷口を抉られ、呼吸が出来なくなりそう。苦々しい感情が浮き上がっては、自分の救われてきた「未来」を思い出して呼吸を取り戻す。大丈夫。ここは現実じゃない、と……呪文のように繰り返して。

―― 視線?

 過ぎ行く歴史の中、明らかに俺を見ているそれを見つけた。
 人ごみの中に紛れ込んでいる黒と緑のヘテロクロミアを持つ十五歳ほどのゴシック服の少年。彼の腕の中には長い髪の毛に白ゴシックドレスを纏う愛らしい少女の姿。旅館で分かれたはずの彼らが今、この世界で俺をまっすぐ見つめていた。
 その表情は微笑み。瞳の中に映り込み俺に向けられる感情は――『導き』。

「え? え? なんで二人が此処に――!?」
「工藤さん、こっちですよ」
「――スガタ!」

 声に反応して振り向けば其処にはスガタの姿。
 青年体で彼はその場所に在った。だが俺は彼を視認した途端びくっと身体を震わせてしまう。スガタが立っている場所はとある部屋。白さが基準の薬品の香りが鼻先を擽って仕方のない――病院内の一室だった。
 彼は一つのベッドの隣に立ち俺を見る。そこで上半身を起こし座っている三十代後半ほどの女性を見つけた。――ツキン、と胸が痛む。心臓が高鳴り、脈拍が速くなる気配を感じた。
 震える唇は見つけ出した興奮の為か、それともベッドの住人である目の前の女性と目線があわない事への恐怖か。

 手の中のお守りが熱を抱く。
 確かに繋がっている糸。今までで一番はっきりと見える世界の意図。

―― ……シャラン……。

 あの鈴鳴りの音が意識を導く。
 少女の面影と目の前の女性の面影が被り――意識の水底で俺は神楽舞の音を聞いた。ああ、そうか。……やっとあの子が誰なのか分かった気がする。
 シャラン……と音が鳴り、手の中のお守りがそれに呼応する様に光を強めた。

 何かの意思が俺と同調して神と交わっていた光景を見せつけ、その悲しい一族の末路を感じたように、この世界は俺の感知出来ない程巨大な力で蠢きちっぽけな意識を覚醒させた。それは人によっては『仕組まれた運命』のように感じることだろう。まるで予定調和のような物事の流れにそれでも俺は乗ったのだ。

 俺が見た神は夢の中で出会う可愛い神子にお告げを与えていた。
 愛しい、愛しい、と『吾子(わがこ)』と呼びながら一つの魂を抱きしめ愛したあの光景。――あれはとても羨ましく、そこに純粋な愛を見た。慕う巫女、慈しんだ神。何度生まれ変わっても二人は惹かれ合い、手を取り合って時代を生きる。廃れていく一族を悲しみながらも――愛し続けた。

 そんな風に求めては応える確かな存在達。
 今の俺には目の前の人が『母』とは感じられない。
 だけど、だけど――。

「さん……」

 どうかその瞳で俺を見て。
 どうかその唇で俺を呼んで。

「……『母さん』っ!」

 「我が子」と呼ぶその音――どうかあの神と巫女が得ていた無償の愛を貴女から貰いたい。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは!
 第十四話もとい第二部・第四話のお届けです!

 今回はとうとうお母様へと至る道程、その過程となります。
 なので自分は多くは語らず、そっと次へ繋がる道を見守りに徹しましょう。では失礼致します。

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回帰・13

「ここから先はお前一人で行け」

 繋いでいた手が離され、俺は頷き一人で歩き出す。
 ここは高千穂神社の夫婦杉が導いてくれた道の先。
 今まで神社の境内のような景色に包まれていたが、やがては其処は精神世界へと突入した。ゆらゆらと揺れる精神体で潜る光の川。纏わり付く温度は人と同じ。
 ゆらりゆらり。
 意識しないと「自分」を形作る事が出来なくなる――そんな場所。
 手が消える。
 意識して手の存在を思い出す。
 足が薄れる。
 こけそうになり、慌てて足の存在を思い出し歩く方法を記憶から引き出した。

 失われていく意識。
 同化しようと自分を誘う空間。
 優しい温度に身を委ねてしまえば俺はきっとこのまま『静かなる永遠』を得られるだろう。

 失われていく生存本能。
 未熟者の精神体は肉体の存在にしがみ付き、まるでこの場所で『生きている』かのように振舞い続ける。確かなものは己の意思。だけどこぽっと、まるで溺れるかのように俺は息を求めてしまう。どんどん呼吸が苦しくなり最終的にはその場に膝を付き、首を引っかいた。

「勇太! 精神体で行動してる間は呼吸は不要だ! 肉体の方に影響しないよう振舞え!」
「――カ、ガミ……」
「俺といつも夢の世界で逢ってるだろ。あれと同じように振舞えばいいんだよ。夢を見ていても『肉体はいつだって呼吸を忘れない』」
「……は……ふ、おっけ。なんとかいけそう」

 カガミの声が聞こえ俺はやっとどういう風にこの空間で立ち振る舞えば良いのか理解する。
 それはもう至って簡単な事。カガミの言葉に俺は感覚を思い出していく。
 ――夢を見ていても肉体は呼吸を忘れない。精神が肉体に及ぼす影響は多大だ。けれどカガミが教えてくれたたったそれだけの言葉で俺は救われ、溺れかけていた精神が再び活動を再開し始めた。

 俺の手には母親のお守りが握られており、今も変わらずどこかと糸を繋いでいる。
 けれどその糸はか細く消えてしまいそうで怖い。どうか消えませんように。どうか失いませんように。どうか俺を導いてくれますように。
 両手でお守りを握り締めて額に当てる。決して工藤 勇太(くどう ゆうた)と言う「自分」を失わぬよう、この光の川に流されてしまわぬように念じ続けた。

「――えっ!?」

 不意にぐいっと見えない力によって下へと引っ張られ――いや、違う。自分の足元が蠢き、まるで蟻地獄や砂時計の渦のように穴が開いて俺を吸い込もうと引き摺っていく。徐々に地面らしき場所に埋まっていく身体。遠ざかっていく光の川。
 そこにいるはずのカガミに伸ばした腕。
 助けを求めようと開く喉から飛び出る声は掠れ、音にならない。包み込まれる熱はやはり人の温度をしていて、不安を払拭するかのよう。
 どこへ? どこへ? どこへ?

―― 勇太っ――!

 聞こえる声はおれの名まえ。
 おれの、……。
 おれ、の…………。

 抗えない力に意識が遠のく。
 やがて上へと伸ばしていた手がすっぽりとその場から消え、俺の身体は完全に『そこ』に飲み込まれてしまった。

「――惹き合う運命なら、それもまた道であろうよ」

 それは誰の言葉?

■■■■■

『お慕い申し上げております、我らが神』
『愛しい吾子(わがこ)よ。こちらへ参れ』
『御意』
『汝の名はなんと申す』
『私の名は――』

 愛しい私の神。
 一族の誰もがこの神を敬愛し、崇め奉り、そして神に選ばれた神子(みこ)は心身ともに寄り添った。神の中には気に入った子を神子ではなく『吾子(わがこ)』と呼ぶ神も居た。私はその内の一人。
 集落にある夢殿の中で儀式を行い、私は夢へと潜る。選別された特別な巫女衣装を身に纏い清らかな身体のまま、けれど神は私を夢の中で抱き、そして深く深く愛してくれた。手を重ね、身体を重ね、心を重ね……。
 そして私は夢と現実を彷徨いながら愛しの神(おや)からお告げを聞く。

『可愛い吾子。三日後に雨が多く降り注ぎ、川が氾濫する』
『愛しの我が神。それは大変危のう御座います。どうすれば災害を避けれましょう』
『麻袋に土を込め、河原を固めよ。高く積み上げて堤(つつみ)を……土手を作り上げるがよい』
『有難う御座います、我が神』

 私は私の愛しい神(ひと)の胸元で感謝と共に愛しさを募らせていく。
 生まれた姿のままに愛されれば愛されるほどにこの心が神の物だと信じられた。目が覚めれば逢えない愛しの人。それでも目覚めれば私を待つ大勢の一族の者が居た。私は神からのお告げを一語一句間違えず伝え、そして一族の猛者達は自分達の持つ力を使って災害からこの集落を守るのだ。
 神から授かった力を持つ彼らもまた特別な存在。か弱い巫女(わたし)とは違い、その力を使う事で神と通じる者達。

『愛しい我が神。貴方様のお告げにより災害は避けられました』
『吾子が無事であればそれで良い』
『一族の者も感謝の言葉を貴方に捧げております』
『我は吾子が喜ぶならそれで良い。そして吾子に連なる子達も無事ならば――』

 私は私の人生を愛しい神に捧げた。
 神通力が失せれば次の神子が選ばれ、神の声を聞く。けれど私の神は生涯一人。ただ一人。継がれていく神と通じる幸福、儀式の快楽、生まれては消える神の声。

 私は死して生まれ『俺』となり、また神と通じる『覡』となる。
 何度でも繰り返す時の輪廻。
 愛しい私の神、俺の神。生涯忘れえぬたった一人の自分だけの神。巡る巡る、人生は始まりと終わりを繰り返し、朝と夜とを繰り返す。木々は年輪を刻み続け、一族を見守り続けた。私はまた俺となり、俺はまたあたしとなり、あたしは僕となり、また私となって。

 一人の魂に一人の神が。
 私だけの愛しい神が。
 巡る巡る。
 何度でも私の魂を愛しの我が神が掬い上げ、夢を見ることで貴方に逢えるのならば――。

『可愛い愛しの吾子、それでも廃れ行く流れには抗えまい』

 それは愛しい神の放った悲しげな言葉。
 年号が幾度も変わり時代が流れ、少なくなった一族の滅亡を暗示する切ない瞳。それでも私は――俺は――誰よりも愛した。絶対的な神ではないと知っていても尚――この胸の鼓動は止められずに。
 一族の力も弱まり、夢を見る自分も神子として選ばれたのも数十年ぶりという事。
 それでも、あああああああああ。
 どうか。
 どうか。

『可愛い吾子よ。それでも廃れ行く流れは止められない』

 ならば、私は――俺は、いずれ生まれいずる他の者に幸せを委ねよう。

■■■■■

 浮上していく感覚。
 誰かの手が俺を押している?
 それとも空間そのものが自分を押し上げている?

 わからない。
 私は誰だったのか。
 私は確かに『娘』だった――昔々一族の神を愛し通じた娘として。
 私は死後『彼』になった――昔々一族の神から力を得た男として。

 私は俺となり、沢山の生と死を繰り返し、長い年月を一族の中で過ごした一つの小さな魂。
 お告げを聞く事が好きだった。神と同調し、災害を避けるために力を振るうのが好きだった。自然と同化し、風や木々の気配を身に纏う事によって一族は静かに生きていただけ。そこに在るだけの生と幸せを覚えている。
 だけど、時代はそれを許さなかった。開拓されていく土地。そこに在るだけで訪れる死と不幸。戦を好み、人が人を支配し、大地に境界を敷いて統一し始めた時代が訪れた頃にはもう、もう……――!

 私は誰だっただろう。
 俺は誰だっただろう。
 この意識は誰の物だろう。

―― シャラン……。

 その時、意識を覚醒へと導く美しい鐘の音が聞こえた。

■■■■■

「――ッ!!」

 目を開けば俺は自分の手が見えた。

「俺は工藤 勇太。高校生。で、今は男。母親の記憶探しに深層エーテル界へと来ている。俺は……工藤 勇太だ。そうだ、大丈夫、大丈夫だ……」

 確認する。
 俺がなんなのか。俺がどうしてこの空間に存在しているのか。生み出された記憶の濁流に飲まれかけていた事を知り、ぞっと背筋に寒気が走る。
 これがカガミが危険視していた事か。多くの意識に飲み込まれ一体化を望まさ、自我を保てなくなる恐怖を感じて精神体であるというのに身が震える想いを感じた。

 保て。
 『俺』を保て。

 この場所では俺は自分を自分だと意識しなければ存在出来ない。強く願え。俺を思え。意識しろ。この手は俺のもの。この足は俺のもの。俺の記憶は俺だけのもの。例え同調しても奪わせない。
 だけど今確かに『誰か』の意識に引き摺られ、記憶を見ていた。早回しの映画を見るかのように誰かの人生を朝と夜とを繰り返すかの如く生と死の輪廻を見た。
 誰の記憶かなどは分からない。だが伝わってきた痛いほどの神への愛しさと一族滅亡への悲しみ。
 引き摺られそうになり、ぐっと胸元を掴んだ。

―― シャラン……。

 ああ、また美しき音色が聞こえる。
 俺はそちらへと視線を向けた。

―― シャラン……。

 神楽舞の巫女服を着た少女。
 手に持っていた神楽鈴を再度振り鳴らし。

―― ……シャラン…………。

 風が奪い去るかの如く、その麗しき姿は緩やかに消えた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは!
 第十三話もとい第二部・第三話のお届けとなります!
 今回は潜った後のお話。そして工藤様のルーツに纏わるお話を書かせて頂きました。
 神子部分はマスタリング可能という事でしたので、相変わらずのアドリブ炸裂ですがどうでしょうか。雰囲気重視で書かせて頂いたのですが気に入ってもらえるかな、とドキドキしております。

 また次の旅へと行くのだろうと思いつつ……どうか最後までお付き合い出来れば嬉しく思います。ではでは!!

カテゴリー: 01工藤勇太, 回帰, 蒼木裕WR(勇太編) |

回帰・12

俺を狂わそうとした夫婦杉の気に気を当て払ってくれた男性は自分が何者なのか答えない。
 カガミが俺の身体を支えてくれたので、そのままゆっくりと立ち上がる。若干ふらつきはしたが、肩や腕を貸してくれているカガミのお陰で倒れる事はない。
 白着物に袴姿の年配の男性は変わらず夫婦杉を見やる。
 俺はカガミへと視線を向ければ、彼は何故か男性の方を睨む様に見つめていた。

 やがて時は静かに流れ、男性が俺達の方へと身体を向ける。
 その面立ちには掘り深く皺が刻み込まれ、何か圧するような威厳があった。その唇が開かれれば、俺はやっと名乗ってくれるかと思ったが。

「君は神通力を操る民の話を聞いたかね?」
「え――あ、はい。聞きました。確か神様からお告げを聞いたり、神通力を操って災いを退けていたって言う民の事ですよね」
「そうか。聞いているなら話は早い」

 そう言って男性は頷く。
 一瞬カガミの方へと視線を向け、カガミもまた男性の方を見ていた。何故自分ではなく彼らがそういう風に視線を交じらせるのかは分からない。けれど真剣な面立ちをしているカガミに今質問をぶつける事は出来ず、俺はただ黙って話を聞いていた。

「その民は、夢の世界でお告げを授かっていた」
「――え、夢」
「夢とは何か? 君はどう思われる」
「え、えっと……俺にとって、ですよね。俺にとって夢っていうのは――夜に見る夢とか将来的な意味での夢、みたいな?」
「そうか……」

 何故このような話をするのか俺にはさっぱり分からず、思わず表情が引きつる。
 本当は別の答えがあったのだけれど、それを口には出来なくてカガミの腕を服の上からきゅっと掴んだ。
 俺にとって『夢』とはカガミ達と出会える異空間。異世界。別世界。
 でもそれをこの年配の男性に伝える事は戸惑いがある。
 男性の瞳が俺を見る。まるで何か探っているような……そんな気配のする瞳だった。

「夢とは個の深層意識。そして個の外にはすべての意識が繋がった外界深層意識がある。その民はそこで得た情報を持つ神と通じ、情報を……つまり『お告げ』を得ていた」
「え、えーっと? 深層意識の中に神という概念があって、民の人達は夢の中でその神様っていうのからお告げを貰っていたって事、でしょうか?」
「かの民に神と呼ばれる者は『神ではない』と否定するかもしれないが」

 そこで一旦言葉が止まり、男性の視線がカガミへと向かう。
 なんだろうこの人。
 何か引っ掛かりを感じ、胸の内がざわつく。でも男性はただカガミに微笑を浮かべているだけで、危害を加えようとはしていない。俺がカガミの方を見ようとすれば、彼はそっと顔を背け表情を見せてくれなかった。

「しかし力無き人間から見ればそのような者達は『神』に等しいもの」
「はぁ、そうですね……」
「君がこの話を聞いて何を思うかは自由。だが私は道を示した」
「……道を示す?」
「私から告げることは以上。どうかよく見聞きせよ、さすれば道は開ける」

 最後にそう言い切る男性の声は迷いが無い。
 きっとこの神社の神主なのだろうと俺は思い、暫し地面を見るようにして考え込む。夢の世界に存在する神のような者。夢の世界でお告げを貰っていた民。お告げによって災いを避けていた人達。
 それは『神話』の世界のはずだ。
 口伝で伝え続けられている物語であり、現実かどうかなど定かではない話。でもあの男性はしっかりとした口振りで一連の話を俺に言い聞かせた。
 でも何故?
 俺がその話を聞いていたのは偶然。そして夫婦杉に来たのも偶然。男性に出会ったのも偶然――のはずだ。頭の中に沢山の疑問符が浮かび、そして溜まっていく。

「あのっ――あれ、いない!?」

 ついに耐え切れなくなった俺は混乱の原因を語り聞かせてくれた男性に直接問いかけようと顔を上げた。
 しかしそこに男性の姿は既に無く。

 カガミは俺の隣に立ち、腕を組んで何事か考えている。
 その神妙な表情と雰囲気は夫婦杉の気の影響もあるのか、カガミを改めて人ではない事を知らせた。纏う気は人間と変わらない。でも彼はそう見せかけているだけであって、本質は決して『人間』ではないのだ。

 話の途中一度カガミの方を見て微笑んだ男性。
 一切今回の話題に触れず、むしろ俺に対して避ける様な素振りを見せたカガミ。

 彼ら二人にしか通じなかったものがあったようで、俺は少しだけ心が痛んだ。これは自分の理解力が悪いせいなのかもしれないけれど、と心の中で卑屈になる。
 だけどその気持ちだけはカガミは汲んでくれたようで、理解に苦しみ拗ねた俺に対してぽんっと頭が撫でられる。その手の温度が心地よくて、結局一度深い溜息を吐き出した後、俺は自分の顔を叩き、そして鞄の中からあるお守りを取り出した。
 それは旅行前に借りていた二十年前の高千穂神社のお守り。
 母さんが唯一あの旅館の思い出として持っていたであろうものだった。

「カガミ。俺、これが縁の物だと思う」
「……」
「深層エーテル界に行く為に必要な縁の物はきっとこの神社のお守りだ」

 お守りを握り締めながら真剣に俺はカガミへと声を掛ける。
 彼自身は深層エーテル界に俺が行く事に反対しているが、俺が行くと決めた以上決してそれ以上の制止は掛けてこない。だけど今だって心配げに俺を見ているのが判った。だからもう一回言う。納得して貰えないなら何度でも言うだろう。

「カガミ、見える? あそこ」
「…………」
「さっきまで良く分からなかったんだけど、あの男の人に気を当ててもらったせいかな。あの夫婦杉の思念が今は規則的に渦を巻いているのが見えるんだ」
「……そうか。見えるようになったのか」
「カガミは見えてた?」
「否定はしない」
「――俺さ、道が見えるんだ。えっと道って言っても地面じゃないぜ。こう、気が分かれて……ってカガミには説明しなくてもわかるよな。『見えてる』んだから」
「ああ」

 それは常人では見えない空気のような道。
 神木と呼ばれるだけのことはあると感じながら流れていく道筋を俺は視覚ではなく感応能力の目で見ていた。
 入り口のような場所を見つけると俺はそちらへと向かう。カガミもまた後ろをまっすぐ付いてきて二人一緒に夫婦杉が形作る『道』へと足を踏み入れた。
 俺の手にはお守りがしっかりを握られており、決して落とすまいと力を込める。

 ふと、何かを通り抜けたような感覚。
 それは神社なのに、神社ではない場所に出たと言った方が正しく身体が緊張し始めた。
 ――何かに導かれている感覚がある。夫婦杉に触った時のように、おいでおいでと手招きされているような……でも、決して先程のような強制的なものではない導き。
 それに惹かれて進めば、お守りを持った手とは反対の手――俺の左手にカガミが手を絡ませてきた。

「行くぜ、カガミ」
「いつでもどうぞ」

 たったそれだけの確認の言葉と交わす視線。
 たったそれだけで通じ合う事が嬉しくて思わず俺は笑ってしまった。

 此処は現実であって現実ではない場所。
 ならばどこか。
 そんな事は俺には分からない。けれど進むべき道は知っている。良く見て、聞いて、――どうしても迷っていたら手を引いてくれる案内人という『最強の守護者(かみさま)』が俺には付いているから。

 自分の身体が保てなくなり、分解する気配。
 それは不思議と怖くは無かった。まるでそれは眠りに入る瞬間のようにあまりにも自然だったから。そんな俺に対してカガミは変わらず個を保ったままだったけれど、それは恐らく存在のあり方の差なのだろう。
 意識が入り込んでいく。
 どこかに。
 導かれるように。
 次第に手の中のお守りが温かくなり、俺はカガミにも見えるように右手を持ち上げた。それは手の上で淡く光り、そして――。

「カガミ、糸を見つけた」

 お守りと何かが引き合って、一筋の糸を生み出して惹き合う。
 そう、此処がどこかなど、――そんな事は慣れ親しんだ精神はとっくの昔に知っているのだ。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■         ライター通信          ■
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 さて、第十二話もとい第二部・第二話のお届けです。
 今回は道に至るまでのお話。最後のプレイングがちょっと曖昧だったので、こちらでマスタリングさせて頂きまして、肉体を得たまま道を進む表現を使ってみました。
 ただし、途中で空間分断表現も入れましたので、肉体ではなく精神体で潜ったでも有りなのでそこは工藤様にこだわりが御座いましたら後々のプレイングに組み込んで頂ければ幸いです。
 (その場合は恐らく気絶状態ですね。話の中では真夏なのに!/笑)

 例の男性がカガミになんだか挑戦的?だったのでどうしようかと思いましたが、これはこれで楽しく書かせて頂きました、有難う御座います^^
 ではではまた次をお待ちしております!

カテゴリー: 01工藤勇太, 回帰, 蒼木裕WR(勇太編) |

回帰・11

宮崎県の高千穂神社に俺とカガミはバスを乗り継ぎやってきた。
 其処は宮崎県でも有名な観光地の一つで、神社の本殿は国の重要文化財にも指定されており、他にも古くから存在する杉が宮崎の重要文化財に指定されていたりと見所が沢山ある場所だ。
 当然周囲は自然に囲まれており、木々の隙間から指し照らす地面や建物は聖域と言う事もあり清らかに見え、雰囲気や気配も洗浄されたそれが漂っており呼吸をするだけでどこと無く気分が落ち着くのを感じた。

「――そして、こちらの杉が噂の――」

 ふと、俺は神社の敷地内を案内しているツアーガイドの声を捕らえ、観光客一行を見つけた。
 観光地なのだから平日でもそれなりに人が集まっており、むしろご年配の方々は休日を避けるように平日に動く傾向がある。その観光客一行もどちらかというと年配の方々が多いが、夏休みという事もあって子供連れも中には存在していた。
 ガイドが説明しながら敷地内を進めば団体が動く。
 俺はその声に何となく惹かれるものを感じ、情報収集も兼ねて後ろを付いて行くことにした。カガミも観光客らしく周囲の建造物や狛犬や鳥居などを面白げに眺めていたので丁度いいかもしれない。

「実はこの地には神話に纏わる話が沢山残っております。その中でも口伝えでしか残っていない伝説があり、今も尚語り部によって文書ではなく口伝(くでん)で伝えられております」
「どんなお話なんですか?」
「では私が受け継いだ話を一つお話致しますね。これも文書化されていないものです」

 そう言ってツアーガイドさんは皆を本殿の方へと案内しつつ説明を始めた。
 俺はラッキーとばかりにその話に耳を傾けるが、立ち止まって向かいあった狛犬二匹を見ていたカガミの腕を掴み引っ張る。その行動によってカガミの意識が俺に向き、ツアーガイドの方を見てから少しだけ口元を緩めたのを俺は見た。
 置いていきそうになったと視線で訴えれば、向こうからも片手が上がり顔の前に立てて謝罪するというジェスチャーが見られ、これで離れなくて済むと胸のうちを下ろす。

「この地にその昔、神の力を使う民が存在していたという言い伝えが残っております。民の名前は既に口伝では失せており、正しい名はありません。でもその民は時に神からお告げを授かったり、またその神通力を持って災いからこの地の人々を救っていたといわれています」
「じんつーりき?」
「神通力とは『神に通じる力』と書きます。一般の人が持っていない超人的な能力の事を纏めてそう言いますね」

 子供の質問に丁寧にツアーガイドは答える。
 小さな手を挙げる子供の姿が愛らしく、俺はぷっと息を噴出しながら表情を綻ばせた。

「はは。神通力だって。超能力みたいなもんかな」
「これを貸してやる」
「ん?」
「電子辞書」
「……お前のその鞄はまるで国民的アイドル青狸のポケットみたいだよな」
「こんな場所で空中から物を出したらそれこそ『神通力』だろ?」

 カガミがボディバッグから薄い電子辞書を取り出し、俺の方へと差し出してくれる。
 人目を気にしてわざわざ鞄を介して取り出してくれる辺りやっぱり人間っぽい。いや、旅行中なんだから確かにカガミの言う通りなんだけど。人前でカガミの力を使えばそりゃあもう立派な神通力だろうよ。
 俺は有り難く電子辞書を受け取ると国語辞典のボタンを押してから「じんつうりき」と打ち込む。
 そこに出てきた説明を読めば確かに「超人的な能力」を書かれていた。だがふと参照リンクがあったのでそこにカーソルを合わせてボタンを押せば「通力」の方へと飛ばされる。
 其処にはその言葉が仏の言葉もしくは仏教に関する意味である「仏語」であること、そして「禅定(ぜんじょう)などによって得られる、何事も自由自在にできる超人的な能力」と詳細が載っていた。

「おお、辞書って便利ー」
「あのツアーガイドが言っているのはもっと神掛かったものだと思うけど、まあ超能力に似たようなものではあるだろうな」
「巫女さんっぽいもん?」
「それはお告げを授かる方だな。ちょっと辞書返してもらうと――……ああ、出てきた。女が『巫』、男が『覡』という字を使う。ひっくるめるなら神の子と書いて『神子(みこ)』」
「男の方は知らなかったなぁ」
「あんま神話的に男の神子――覡は伝わりにくいからな。巫女も覡も神に仕える者で、神の意を民に伝える役割を担っていることには違いないんだが……どちらかというと現代に伝わるイメージとしては神主系のほうが強い」
「確かに」

 カガミが辞書を使い、「かんなぎ」と打ち込み巫と覡の文字を出す。
 俺はカガミの肩に手を乗せその手元を覗き込むようにしながら説明を受けた。まさか文字についてレクチャーを受けるとは思っていなかったが、少しだけ頭が良くなった気がする。

「じゃあ、神通力を使って災いを避けたっていうのは?」
「それこそ民の中に何かしらの能力者が居たんだろう。己を媒体として神々の力を借りていたかもしれないし、本人そのものの力かはあのツアーガイドからの説明じゃ曖昧だけどな」
「神話だもんなー」
「別の地の神話じゃ神の血を引いている子らが近親婚を繰り返し、ある程度の集落を作って暮らしたという話もある。その民がどういう経緯でお告げを聞いていたか、神通力を持っていたかはその時代の人間にしか分からないし――まあ人の言葉で伝わっているものならその頃一般的に知られていなかった技術が民以外の者には『神通力』に見えたという可能性もあるって事で」
「う、一気に現実的になった」
「歴史に置きかえるとそうなるって話だろ。ほら、ガイドがまた何か話し始めたぞ」
「あ、聞く聞く!!」

 カガミに指差され、俺は慌ててガイドの人の話へと意識を向けた。
 ガイドは敷地内の建造物がどうやって作られたのか、いつ頃作られたのかという話を旅行客にも分かりやすいように噛み砕いて説明をし続ける。
 そして話題は夫婦杉という根が繋がった二つの杉の話へと至る。

「夫婦杉はこの先を行った場所にある二つの杉です。その根っこは繋がっており決して離れられない様子が如何なる時でも別れられない形を示しているとされています。木に近づくことは禁じられておりますが、その二つの木の廻りを離れたくない誰かと一緒に手を繋いで三回廻ると縁睦まじく過ごす事が出来ます。何故三回かと申しますと縁睦まじく過ごせる事、家庭安全、子孫の繁昌、この三つが得られるとされているためです」

 旅行客から関心の声が上がる。
 当然俺もその話には興味を抱き、夫婦杉があるという方角を向く。旅行客がガイドに案内されて先に行くので俺も慌ててそちらへと足を向けた。

「勇太、少し間を空けろ。そろそろ旅行客に付いていく変な二人組になりかけてる」
「え、そうなの?」
「珍しい事じゃないが、旅行客にとっちゃあんまり気持ち良いとは言いがたいだろ。明らかにガイドの話を盗み聞いてる挙句ちょこちょこ付いていくんじゃ金を払っている側としては気分が良くない」
「……お前が忠告するって事は、そう思ってる人の思念を感じ取ってるって事だよな」
「――……お守りでも買いに行くか。それとも御籤を引くとかどうだ。ああ、本殿に参るのも有りだよな」
「否定しない事は肯定なんだぞー」

 ぷくっと頬を膨らませつつも俺はカガミの案に乗る。
 確かに色々聞きすぎた気はする。情報収集は大事だけれど、一般客の不快を買うのはよろしくないのは確かな話だと思うから。
 だからこそ去っていくツアー客を視界の端で捕らえながら俺は本殿に参拝する事を選んだ。

■■■■■

 そして、時を空けてからやってきた夫婦杉。
 其処には今人一人居らず、自分達二人きり。
 それはいい。むしろ気楽。
 だけど――。

「何、この杉……纏わり付いてる思念が……」
「ああ、これは『強い』な。ちょっと感受性が強い者だとこの木々が普通じゃない事を感じ取る事は容易だ」
「力を使わなくても……うわ、なんだろ、圧倒される」

 だがそれは不快なものではなく、多くの人々の想いの念が集まっているのだと知っているからこそ怯えはしない。
 夫婦杉は確かに根が一つとなり、互いがどんな状況に立っても離れられない事を一目で知らせてくる。寄り添う仲の良い男女。夫婦。それをこの不思議な関係を持つ杉に重ねて多くの者が祈願していった証がこの思念。

「おい、勇太!?」

 夫婦杉の周りには柵が立てられており、立ち入り禁止とされている。
 だが俺は何かに憑かれたかのようにその木柵を乗り越え中へと踏み込む。カガミはその行動を読めなかったのか慌てて周囲に気を張り、「人間」の気配を感じないことを確認してから俺と同じように柵を乗り越えた。
 だがその時差が隙を生む。
 俺は誘われるかのように夫婦杉に……その二本の木に片手ずつ掌をくっ付け――。

「――っ!?」

 直接触れた事によって纏わり付いていた以上に密度の高い思念が一気に己の中に流れ込み、俺の意識を侵食していく。
 見えるのは祈りを捧げる姿。
 聞こえるのは願い事。
 楽しげに周囲を巡る多くの人達。
 この夫婦杉が望まれる奇跡を辿る軌跡。

 飲み込まれていく俺の意識。
 思念の触手が何かの媒体を求めるかのように俺の中を蠢いて……――!

「ぁ……あ、あ……!」
「勇太っ!」

 制御不能になる。
 自分が何なのか分からなくなる。
 漏れる『力』。
 望みを叶える為に必要だと言われているかのように『力の解放』を願われているのが分かった。
 がくがくと震える俺の身体をカガミが横抱きにし、柵の外へと飛び出す。だけど侵食は止まらない。風が吹く。自然のものではない――人為的な風。カタカタと木柵と夫婦杉の前に置かれていた賽銭箱が揺さぶられて音を鳴らす。杉の枝が風に煽られて葉がザザッ!! と激しく鳴り始めた。
 抱きかかえられた俺の意識を引き戻そうとカガミが柵の外でしゃがみ込みながら頬をぺちぺちと叩く。だがそんな刺激など今の俺には覚醒のきっかけにもならず、ぱくぱくと血の気が引いた顔で俺は相手の名を呼ぶことすら出来ずに足掻いて。

「君、少し耐えなさい」

 急に聞こえた俺の知らない誰かの声。
 カガミも目を丸めながら現れた年配の男性を見やる。袴姿の外見は神職に携わっている者だと視認するには容易で、彼はそのまま俺を抱くカガミの前にしゃがみ込むとゆっくりと何かを当ててきた。
 それが杉から送り込まれていた気を静かに俺の中から追いやるように動くのを感じ――そして次の瞬間、一気に苦痛が無くなった。

「――ふ、はっ! ……はぁ、はぁ……」
「大丈夫か、勇太!」
「ぁ……うん、今苦しくなくなった……」

 念の為カガミは俺の襟元を寛げ呼吸をしやすいようにしてくれる。
 俺はまだ支えられたまま思念を払ってくれた男性へと顔を動かして視軸を変えた。男性は真剣な表情で俺を見ており、そしてすっと立ち上がった。

「気を当てて払った。どうか気を付けられよ」
「有難う、ございました。……あの、貴方、は……?」

 その質問に男性は何も返答せず、夫婦杉を見上げる。
 カガミは俺の肩を摩る様にしつつ、ぎりっと唇を噛んだ。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■         ライター通信          ■
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 さて、第二部に当たる第十一話のお届けとなります!
 今回は神社のお話。
 相変わらずがつがつとアドリブを突っ込んでおりますが、そこも楽しんでもらえればと。

 最後はアレです。
 「人間」の気配にばかり気を張っていたカガミの悔しさだと思ってもらえれば!

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回帰・10

「悪いね、僕らの分まで奢ってもらっちゃって」
「い、いや……約束したしな!」
「でも工藤さんってば良い人ですね。まさか追加注文した物まで奢って下さるなんて」
「たまには、ほら、年上ぶりたい年頃なんだよ」
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいますね。ほら、フィギュアも」
「……えっと、有難うございました?」
「疑問系で返さないで! 俺、悲しくなっちゃう!」

 さてさて次の日。
 無事ミラー達から情報を貰った俺もとい全員で旅館をチェックアウトをしたのだが、駅に向かうミニバスの前でミラーにそれはもう丁寧な文章でお礼を言われてしまった。
 はっきり言って寒い。
 どうしよう。
 すっごく、寒い。
 だってスガタとカガミも……フィギュアですらミラーの笑顔にどう対応するか迷っているのが俺でも良く分かる。ミラーの外見は十五歳ほど。対して俺はれっきとした高校生もとい十七歳。傍目から見て年下の男の子に世話を焼くお兄さんポジション……は、良いんだけど。
 やっぱり相手の中身を知っている分寒い。やばい、心の中にブリザードが吹き荒れてる!!

 車椅子を折り畳んでフィギュアはミラーに抱かれながらミニバスへと乗り込む。
 運転手のお兄さんはその慣れた動作に感心の息を吐きながら、スガタにも乗るように指示をする。カガミが俺に肩ぽんしてくれたので、なんとか凍った身体を動かしながら俺はそれが旅館を出る時になんとか手を振って見送る事が出来た。

「工藤様達も乗って行かなくて良かったんですか?」
「あ、俺達は神社へと行こうと思うんです。確かここに有名な神社があるって聞いたんで」
「ああ、高千穂神社の事ですね」
「旅行雑誌に載ってる限りではなにやらパワースポットだとか」
「ええ、ええ。それはもう有名な神社でございますよ」

 旅館に着いた初日から丁寧に案内してくれる女将さんに話を聞けば、親切丁寧に色々と教えてくれた。ここからの経路はもちろん、神社本殿は平成十六年に国の重要文化財になった事とか、「秩父杉」という杉が高千穂町指定文化財であり大変見ものである事とか、時期はずれてしまったものの、十一月には高千穂夜神楽まつりが行われる事など有り難く拝聴させてもらった。
 客を退屈させず、かといって要領を得ない話をだらだらと喋るわけでもない。
 きちんと整理されすっきりとした口調で述べられる神社の説明は正直雑誌で書かれている旅行者向けの文章よりすっと頭に入ってきて嬉しい。

 やがて話を聞き終えた俺達は深々と頭を下げた女将さんに見送られつつ、旅館を後にすることにした。
 バス停までの道程は昨日行ったばかりなので迷わず行ける。出る時間もそれに合わせたから待つ時間も短くて済むというものだ。

「あのさ、カガミ」
「ん?」
「出る前に俺さ。再度サイコメトリーしてみたんだけど、旅館には母さんの縁は無かったんだ」
「縁以外では何か見つかったか」
「いいや。……何も見つからなかった。あの場所は母さんにとってどんな場所だったんだろう。引き取ってくれた人達と一緒に過ごしてたら、少しは名残惜しい念とか残って居そうなのに……」

 俺は一度振り返り、旅館を見る。
 そこにはご親切にも自分達へとまだ手を振ってくれている女将さんの姿が在った。客を出迎えるのも心からなら、送り出す時にも心から、という事なんだろう。多分曲がり角で俺達の姿が見えなくなるまで見てくれてると思う。そんな風に振舞ってくれる人がいる旅館だからこそ俺は母さんがあの旅館になんの思いも残さなかったのが不思議でたまらない。
 だけどカガミは俺の言葉に対して意外な言葉を返してきた。

「『残せなかった』んだろ」
「どういう意味?」
「お前の母親と父親は駆け落ちをするくらいの人間だ。想いを残していけば『心残り』になる。決断した人間が前に進む為に今まで培ってきた感情を一切合財切り捨てる事は少なくはない。帰らない覚悟であの旅館を出たなら尚更お前に感じ取らせてしまう程の念は残さないだろな」
「そっか……真剣だったんだな。母さん」

 やがて角を曲がり、後はバス停まで一直線。
 カガミの話を聞いて俺はしんみりとした気分になってしまう。哀愁……とはちょっと違う。駆け落ちをしたという俺の母さんと父さん。その後連絡を入れずに、家族同然に暮らしてくれた人々を「切る」というのは苦渋の選択だったに違いないのに。
 俺は落とさぬよう持っていたお守りを取り出して掌の中に握り込む。
 これは旅立ちの時に借りてきて持っていた母さんの高千穂神社のお守り。旅館の女将さんが母さんに渡した安産祈願のものだ。確かに此処からはあの人の念を感じる。それは言葉じゃなくてとても温かい……子供を包み込むような優しい熱だ。
 これが思考まで読み取れたらあの女将さんの思いや受け取った母さんの願いとかきっと分かったんだろうなと、少しだけ読み取れない事を勿体無く思う。

 それに可能性の一つとして。
 ……本当に可能性の一つにしか過ぎないけど――父さんが触れていたなら彼の思念も封じられているかもしれない。この掌から伝わる熱の中に父さんの思いもあるなら、もっと俺は『家族』を身近に感じられるだろうに。

 バス停までやってくると俺はお守りの紐を掴み、太陽に掲げてみる。
 これは母さんと共に生きたお守り。二十年近く傍にあったこれでは駄目かと考えたけどそれなら旅館に居た時にミラー達が教えてくれると、思う。多分だけど。
 やがてやってきたバスに二人して旅行鞄と共に乗り込む。
 チェックアウトの後だから昼近くになっており、乗っている人は少ない。後ろの方の席を取り鞄を足元に下ろしながらカガミと共に腰を下ろした。バスがアナウンスを響かせてから発車する。ここから神社の最寄まではバスで暫し時間が掛かる。

 ちらっと俺はカガミを見る。
 通路側のカガミはふぁっと欠伸を漏らしながら俺の方へと視線を向けた。

「あのさ、カガミ。言わなくてももう分ると思うけど……」
「じゃあ言うな」
「いやいやいや! 言わせろって」
「聞きたくない」
「……でも言うからな。――俺、神社で行き詰ったら深層エーテル界に行ってみようと思う。もちろん神社で記憶を取り戻す事が出来たならそれで良いよ。でもそれが困難だって俺スガタに聞いちゃったんだ。だから――」
「聞きたくないって」
「聞けよ、カガミ!」
「知ってるんだよ。お前が何を言いたいのか。スガタが何を言ったのか全部知ってんだって、俺は」
「――え」
「……俺とスガタは運命共同体……は言い過ぎだけど繋がってるからな。スガタが意識的に俺を追い出さない限り俺達は繋がっていられる。プライバシーが欲しいなら当然俺とスガタは繋がらないようにしてるけどな。だから俺達は個別で居られる」
「……え、え、ちょっと待てカガミ」
「だから、聞きたくない」

 カガミは己の両の手を自分の耳にくっつけ、拒絶の姿勢をとる。
 昨夜の出来事を全て知っていると彼は口外した。そして改めてスガタとカガミは繋がっているとも――――つまり、スガタと話していた時眠っていてもその精神状態は――。

「待て、待てよ。ちょっと考えを纏めるから待て」
「そのまま口を塞いでしまえ」
「昨日のことを知ってるって事は――」

―― その後の事も、です、か?

「ギャー! どこまで知ってる!? あの後のアレも!?」
「バスん中で騒ぐな。喚くな。他の客の迷惑になる」
「マジでカガミどこまで知ってる、教えろってばー!!」
「その後のアレまで」
「ぎゃー!!」
「煩いっ! 黙れ、勇太!」
「もごっ!?」

 不意に俺の後頭部にカガミの手が回されそのまま引き寄せられる。そしてぶつかると思った瞬間に唇に触れる柔らかくて温かい何か。――っていうか、近い。超、近い。
 何がって。
 アレだ。
 カガミの顔が。
 ぼやけるほどに――……!!!

「っ――!?」
「おっと、悲鳴はあげるなよ」
「……」
「睨んでも駄目」

 触れたそれはすぐに離れたから、他の客から見ればカガミが俺の口を素早く手で塞いだように見えている……と、思う。いや、そう思わせてください。マジで。
 ぷしゅううっと顔から熱が出る勢いで俺はそのままぐったりとバスの背もたれに自分の身体を預け倒れ込んだ。

―― ……ホント、カガミには敵わない。

 悔しい。
 どこまで敗者でいればいいのか分からない。むしろ勝てた気分になった事の方が少ない。

―― カガミがこんな風に俺の事を恋人みたいに扱ってくれるから……。
    って、恋人!?
    いやいやいや、そう言えば俺達の関係ってそれなの!?
    いや、でも俺はカガミが好きで、好きだから色々しちゃってて。
    カガミは遊び人っぽくないし……乱暴だけど優しいし、俺の事ちゃんと見てくれるし、それになんだかんだと一緒に居てくれるし俺にとっては「大事な人」だし……うわ、うわ、うわぁああああ!!!

「勇太、顔真っ赤。ついでに思考と同時にじたばたと暴れるの止めてくれ」
「っ! だ、だってっ!」

―― 無理無理無理!
    俺ばっかりカガミの事好きで、カガミは俺の事そうじゃないだなんて嫌で。
    でもカガミもきっと俺のこと好きだって思えるんだ。

 だって隣に座るカガミの顔はそっぽ向けられて見えないけれど、少しだけ見える耳がほんのり赤く色づいている。
 きっと俺のこの心も読み取っているんだろう。むしろ感情の昂りによって感応能力がある能力者なら望まなくても感知しちゃってるかもしれない。
 俺は今にもまた地団太を踏み出しかねない足を必死に押し留めながら、「昨日の夜の悪戯」まで知っているというカガミに叫ばないよう耐える。

 顔の紅潮具合で言うなら俺の方が酷いんだろうけど、カガミが赤面する方が面白い。

―― くそ。……やっぱり好きだなぁ。

 だから、眠ったふりをして相手に寄りかかる。
 ぶつかったふりをして、人気が少ない事を良いことにカガミの手を掴んで繋ごうと試みてみたりする。――その手が指の合間を縫うようにしっかりといわゆる恋人繋ぎで応じられるから……他愛ない幸せを貰ってしまうんだ。

 この瞬間が幸せ。
 バスを降りたらまた母親の記憶探しに出るけれど、今この時だけは二人だけの時間だと……そう願うだけ。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、十話目です。
 とうとう二桁となった旅路! 今回はいちゃらぶでいいという事でしたので本当に色々させて頂きました。有難うございます。書いた本人がNPCの動きに恥ずかしいです(笑)
 さりげなく最初の方のミラーの猫かぶりが楽しかったとかも付け加えておきます。

 ではでは失礼致します!

カテゴリー: 01工藤勇太, 回帰, 蒼木裕WR(勇太編) |

回帰・9

その夜、俺は一人で考え事をしたいとカガミ達に一言述べてから部屋を出た。
 フィギュアは既に就寝、ミラーもそんな彼女の傍に寄り添っているのだから二人が俺を追いかけてくることはない。
 自分が取っている部屋へと移動してから窓へ出て、そこからタンッと飛び上がり、屋根の上へと出て夜風に当たる。夏場であるというのに夜というだけでやや冷えた空気が纏わりつき、ほんの少しだけ頭をすっきりさせてくれる気がした。

 深層エーテル界。
 ミラーとフィギュアに教えて貰った多くの人々の精神が集う――自分でも意識していない場所にある精神世界。そこに潜り、意識あるもの全ての中からたった一つの情報を探し出し、自分の望み通りの記憶を得る……そういう選択もあるのだと彼らは教えてくれた。
 だけどそれは非常に危険の高い行為で、潜った者自身の自我が逆に深層エーテル界に奪われる可能性がある。

「工藤さん」
「……スガタ」
「これからどうするんですか?」

 俺と同じように――否、彼は空中から自身の姿を登場させ屋根の上へと足先を下ろした。
 もう彼がどういう登場の仕方をしようと気にしない俺はただ彼が現われたという事実にだけ着目した。カガミではなく、スガタがやってきた事……そこにどんな意味が含まれているのか……それが気になって。

「俺、深層エーテル界に行こうと思う」
「それはもう貴方の中で決定された事項なんですね」
「うん」
「じゃあ、僕からはもう何も言える事は有りません。ただ、一つだけ聞いて貰ってもいいですか」
「何?」
「カガミの事です」
「カガミのこと?」

 スガタの姿が雲に隠れがちな月光に照らされ、逆光となり、黒さだけを際立たせる。その中でも蒼の瞳だけが浮き上がって見えて、俺はその瞳の中にカガミの面影を見た。
 カガミとスガタは誰が見ても「対(つい)」だ。
 互いに向かい合った虚像。
 だけど実体があり、互いに個別意識のある存在。
 しかし彼らは誰よりも互いを理解し、繋がりあってしまう。
 そんなスガタが話したいと言う。
 母親の件を除いて俺が今一番気にしている存在の事を――。

「カガミはね、工藤さんの事本当に好きなんですよ」
「あ、……うん。それは嬉しいと思う」
「だから今回、能力の使用なしで完全なる記憶の復活など出来ないと最初から判っていても――貴方に付いていくのだと彼は言った」
「え?」
「無理だと僕らは知っていたんです。人智を越えた力で奪われたものを何の力も使わずに取り戻す事など出来ないのだと」
「じゃあ、どうして、カガミは――!? そんな事一言も言わなかった!」
「知っていても尚、彼は可能性に賭けた。もちろん、この世の中には完璧などありえない。もしかしたら工藤さんが何も能力を使わなくても、周りの環境や関わってきた人達によって影響される可能性は有りました。でも、完全に記憶を取り戻すのは――」
「それは絶対に能力の使用無しじゃ出来ないって……カガミは最初から知っていたんだな」

 こくんっとスガタが頭を頷かせ、俺は溜息を一つついた。
 本人に確認を取っているわけじゃないからスガタが言っている事が真実かどうかは判断出来ない。けれど、スガタが嘘を付いてもなんのメリットもないことを俺は知っていた。

「カガミはね、工藤さんにはあくまで人間でいて欲しいんです」
「? どういう意味?」
「記憶を取り返す方法は幾らでも本当はあります。でもその方法は決して『人間』では成しえない。カガミはね、人智に超えた世界に触れることによって『人間離れ』していく事を望まない。でもその事は決して彼の口からは直接工藤さんに伝えられる事は有りません。少なくとも貴方が行く道を完全に塞ぐような真似は僕らには出来ない」
「人間離れ、か。確かにそうかもしんない。俺は自分が能力者っていう時点で結構酷い落ち込み方をしてたもんな」
「工藤さんの能力を否定するつもりはもちろんありません。その能力があってこそ、工藤さんという存在が成り立っているんですから。……でもね、否定はしないけれど心配はするんです。特にカガミは工藤さんが人間として何の能力も使用せず行き詰ったとしても、そこから先の道は作るつもりだったようですし」
「――え」
「案内人ですからね。もしも貴方が駄目だと思い込んでも、僕らは道を示します。今回の件が済むまでカガミは決して工藤さんを見捨てないし、ずっと傍にいるつもりですよ」
「うわ……マジか」
「それが工藤さんにとってどう受け取られるかっていうと話は別ですけどね」
「いや! すっげー嬉しいっ! ホントに……ホントに、さ……」

 急に胸が温かくなり、俺は一気に多幸感に包まれる。
 カガミは自ら自分の気持ちを明かそうとはしない。それは判っていた。俺が俺の道を歩くために必要な事で、彼の感情に左右されてはいけないと知っているからだ。だけど旅を一緒にすると言ってくれたことの真意がそれならば――。

「俺部屋に戻る! 教えてくれてありがとうな!」
「あ、工藤さん!」
「ん?」
「今回の旅――帰って来たら『彼女』が笑っていたか教えてくださいね」

 『彼女』、それは一体誰を示しているのか。
 俺の知らない世界を生きる案内人達の触れる人々の中にきっとその人は居て、俺は多分その人ともう出会っている。だからこんな言い方をされたんだろう。全ては記憶を取り戻した先にあると、スガタはそっと示唆するように。

 俺は笑って片手を上げ、それに肯定で答えた。
 この旅がどんな終結を迎えるのか――それとも此処が始まりなのかもわからないけれど俺は行く。
 部屋に戻るとそこにはカガミは二組敷かれた布団の片方に潜り込んで眠っていた。その枕元に立ち、俺はしゃがみ込みながら彼の顔を覗き込む。瞼を伏せられた顔。眠っているのか、息はすよすよと定期的に浮き沈み、胸もそれと連動するように動く。

「俺、絶対帰って来るよ」

 眠っていると思われるカガミに向かって俺は言う。
 カガミが起きたらちゃんと話をしよう。彼特有のヘテロクロミアを見つめて、俺は見つけた道を……決意を口にしよう。
 でも今は。
 この時だけは。

「いつも気にかけてくれてありがとう……大好きだよカガミ」

 その顔に俺は顔を近付け触れながら――気付かれないことを祈りつつ本音暴露という悪戯を仕掛けることにした。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、九話目です。
 なんだかあっという間にここまで来ましたね。びっくりです。
 今回はカガミと工藤様の絆というかそっと繋がっている部分の確認や『彼女』の存在の仄めかし、それから久しぶりにスガタと二人きりでのおしゃべりという事でこんな風に。
 ラストのプレイングが個人的に嬉しく、こういう形に仕上げさせてもらいました。
 起きていたかどうかは……今は秘密で。

 ではでは、次をお待ちしております!

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回帰・8

「あら、このご飯美味しいわ。でもあたしがあまり箸の使い方に慣れていないのが難点ね」
「僕達は和食より洋食の方が好んで食べるからね。気を使ってフォークなどを持って来てくれたここの宿の方々には感謝するよ」
「カガミー、工藤さん飲んでるー?」
「こら、勇太に酒回すな! コイツにはジュースしか駄目だっつーの!」

 スガタが俺へビールを注がれたコップを握らせようとしたので反射的に受け取りそうになるが、その前にカガミがさっとそれを奪い取り釘をさす。するとスガタはそれでやっと俺が未成年である事を思い出したらしく、ぽんっと両手を打ち鳴らす。
 その後ろでは黒髪では有るものの明らかに日本人離れした容姿を持つミラーとフィギュアがほのぼのと出てきた郷土料理を食べていた。――スプーンにフォーク、それとナイフを使って。
 そんな二人の様子を何故だかほのぼのと見つつ、俺は改めて握らされたオレンジジュースの入ったグラスに口をつけ、有り難く喉を潤していた。

 さて話は二時間ほど前まで遡る。
 自分達が知り合いである事を仲居さん伝いに聞きつけてくれた女将さんが、「ご夕食は一緒のお部屋でお取りになられますか?」と俺に訊ねてくれた事が始め。
 別に問題もなかった為その案に乗せてもらった俺は、人数の都合上部屋の広かったスガタ達が取った部屋の方に夕食を運んでもらう事にした。
 ちなみに彼らの部屋は真ん中を襖で仕切る事が出来、男女で泊まるには適した部屋である。
 そんなスガタ達の部屋に資料の整理や風呂等を済ませてから改めて集合したのが三十分程前の話。
 訪れた時には既に五人分の食事が運ばれ、かつ綺麗にお膳が並べられておりちょっと感動したものだ。ちなみにその時にフィギュアが「お箸の使い方が分からない」と発言した事により、仲居さんはフィギュアとミラーを完全に海外の人間認定したらしく彼らのお膳にはスプーンなどが並べられた。

 正直この流れには今まで張っていた気が抜けるのを感じたが、まあ良いかと俺は思う。
 風呂に入り、浴衣に着替えた俺とカガミは他の三人と対面する形で並んで座り、そして今に至る。

「おや、君はお酒が飲めない年齢だったっけ。忘れそうになるね」
「んー……未成年だからなぁ」
「この国くらいだよ、そこまで厳しく律しているのは。まあ、飲めないなら仕方がない。残念だが君の分にと頼んだ果実酒は僕が美味しく頂こう」
「はぁ? って、ええ!? ミラーが俺の為にだって……!?」
「そう、君が落胆する様を見たいがために」
「――……ミラーの意地悪」
「なんとでも言ってくれて構わないよ」

 ちょっと「ミラーってばやっぱり俺の事嫌ってない! なんかちょっと優しい!」と感動してしまったのに、……。返せ。この俺の心のトキメキ!!

「ときめいたのかよ」
「ぎゃー! カガミに心読まれた!」
「あーあ……俺ぷちしょっくー」
「今の流れでなんでカガミがショック受けんだよ!?」
「他の男にときめきやがって、浮気者」
「まあ! 浮気はいけないわ。めっ!」
「フィギュア……もしかして酔っ払ったのかい」
「え? そんな事ないわ。この程度では酔わないわよ」
「――頬を赤らめる君も可愛いから良いけどね」

 カガミは明らかにからかっての言葉を吐いてくるがそこにフィギュアが乗ってきた。
 その頬はほんのり赤く、手には俺が飲めない果実酒が入ったグラスが握られており、自分では否定してみてもフィギュアがちょっと酔っている……というよりも普段より気分が良くなっている事は一目瞭然。
 フィギュアに「めっ」された俺はそんな彼女の様子も愛らしいと思うが……それを口にする事はない。なんせ、傍にいるミラーが怖いので。

「で、スガタは此処に来る予定がないって言ってたけど、それならミラーとフィギュアが此処に来る用事があったって事になるよな。一体何の用だよ」

 そろそろ食事も終わり、皆あとは飲むだけという状態になった頃合を見て俺は本題を口にする。
 ほろ酔い気分になっているところに持ってくる話題ではないけれど、それでも重要だと判断したし、俺も彼らの目的が早く知りたかった。
 するとミラーがすぅっと目を細め、俺へと視線を向ける。その隣ではフィギュアが甘えるかのように彼の肩に寄りかかり静かに目を伏せた。

「行き詰った君に情報を提供しようかと思ってね」
「――な、んだって?」
「此処に来て君は限界を悟ったはずだ。能力を使わずして求めるものを得る事の限界を」
「……」

 図星、だった。
 普段ならば結構好き勝手に自分の力を使って無理やり引き出している情報も今回は能力に制限を掛けている以上、もう俺の手では行き詰ったと正にその言葉しか当て嵌まらないところまで来ている。実際、あとは例の神社に行くくらいしか思いつかなかったのだ。
 そこにミラーからの言葉は甘い蜜のように耳に届き、そして俺は寛いでいた足を寄せ、無意識に正座し気持ちを整えた。

「君は情報が欲しいかい?」
「欲しい」
「それと引き換えに君は今度何を差し出す」
「――!? そ、れは……」

 記憶探しに記憶を渡す事は出来ない。
 彼らとの取引は等価交換だ。情報には情報。俺が有している情報は当然『記憶』が妥当となる。俺は唇を噛み締めながら考えた。
 渡せない。
 今渡したら今度こそ俺は駄目になる。重要な記憶、今大事にしたいもの。それは隣に居る――。

 ところが、そこに甘いねだり声。

「ミラー、あたしね。果実酒をおかわりしたいわ」
「じゃあ、取引材料にそれを要求してみようか」
「――は……はい?」
「フィギュアが果実酒を飲みたいんだそうだよ。それ一本や二本分くらいで得られる情報なら安いものじゃないかな」
「そ――それでいいのかよっ!?」
「今回の情報は割りとありふれた情報だから、元々高くつける気もなかったしね」

 「だからいいよね?」と笑いながら、ミラーはスガタに内線で追加注文を頼んでくれるよう声を掛ける。もしかして遊ばれたのだろうか。額に手を当てつつ、俺は呆れた様に深い息を吐きだしながらもミラーの要求を飲む事にした。

■■■■■

「深層エーテル界?」
「そう。『集合的無意識』とも人は言うかな。かの昔、有名な心理学者であるユングが説いた言葉にそう呼ばれるものがあって、それを世界化した場所だよ」
「ユングは名前しか知らないから詳しくないけど……」
「ではユングではなく、深層エーテル界について説明しようか。個々の精神世界の最下層のさらに奥は、すべての生命体はその昔、一つの生命から生まれたようにすべてが一つに繋がっている」
「俺達の意識が繋がってるって?」
「そう、動物も植物も人間も全ての意識が――だ。その精神世界を深層エーテル界と呼ぶ」
「深層エーテル界……」
「ユングが説いたのは全ての生き物――特に同種族が同じ行動を何故行うのか、そこには無意識に働く精神的な何かの作用があるからだと……そう言う事だったかな。大災害の前に何かを察知して多くの者が破壊的な『夢』を同時期に見たりする事も過去の例ではあったそうだよ。そういう点で人は深層意識で繋がっていると信じられており、実際僕らの存在を考えるとそこに繋がるよね」
「ミラー達の存在……?」

 俺の呟きにカガミが顔を顰める。
 スガタもほんの僅かに困ったような笑顔を浮かべた。

「まあ、今は僕らの事は置いておいて話を続けよう。僕が話したいのは君が行えばいいのではないかというただのアドバイスだ」
「……う、うん。それで?」
「深層エーテル界には当然膨大な量の精神があり、当然ながらそれに相当する情報がそこには存在する。君はそこに潜り、欲しい物を探ってくればいい」
「――危険だ! 俺は反対する!!」
「カガミが口を出す問題じゃないよ。僕はただそういう方法があるという事を彼に教えているだけだからね。選ぶのは僕じゃない、まして君でもない。――工藤 勇太(くどう ゆうた)という個が選択すべき事だ」

 ミラーは先程注文したばかりの果実酒の瓶を傾け、フィギュアと自分二人分のグラスに酒を注ぎ込む。
 この場で一番『情報』を持っている彼が言い切った――その瞬間、カガミはぐっと息を飲み込み、ふいっと顔を逸らす。言い返せない悔しさからか、ビールを煽り飲む様子が痛ましい。
 更にミラーはグラスを己の口につけ、喉を潤しながら話を続けた。
 逆に俺はといえば何かを飲む事すら忘れ、必死にミラーの言葉を記憶する事に必死だった。

「君は母親の精神世界に潜る事を思い付いた。それは確かに近道だ。潜る目的も場所も絞られている分、正しく相手の精神から情報を得る事が可能だろう。しかしそれでは潜った者も潜られた者も後々互いに影響を及ぼす。つまり危険性が高い」
「カガミはそれをした場合、母さんが悪化する可能性があるって言った」
「その通り。最悪の場合、死ぬ可能性もある」
「でもその深層エーテル界は違うのか? 誰も傷付けずに情報だけを得る事が出来るなら、俺は――」
「物事を得るためには相応の危険は付きものだよ。残念ながら誰も傷付けずに――というよりも潜った者の安全までは僕も保障しかねる。下手をすれば情報の多さに潜った張本人が吸収及び同化を求められ、自我を失う可能性が高い。更に深層エーテル界は『意識あるもの』全てが存在する世界。そこから個を探し出すのは砂粒の中から一粒の砂金を探し出すより難しい。自分が飲み込まれるのが早いか、探し出す方が早いか――考えるまでも無く前者だろうね」
「じゃあ、どうすれば――!!」
「……縁(ゆかり)を探しなさい」

 ふぁっとあくびを漏らしながらフィギュアが口を開く。
 酒が入って眠気が来たのだろう。しかし彼女はミラーに寄りかかったままでも全ての話を聞き、そして『理解』していた。忘れてはいけない。例え彼女が物事を長く記憶出来ない人物でも、彼女が『案内人』であり『情報屋』である――その事実だけは変えられないのだから。

「深層エーテル界で特定の人物の思念を探す場合、その人物に縁のある地もしくは縁のある物を握り締めて潜るの。そうしたら共鳴するかのように思念と縁は糸を結び惹き合うわ。危険性も大分軽減する」
「縁……の、あるもの?」
「探しなさい。本当に貴方が本気で何かを得たいというのなら――貴方の母親に結び付く縁(ゆかり)を」

 ミラーの肩を押し、彼女は自力で上半身を立たせる。
 その頬はやはりほんのりと赤らんでいたけれど、口調は決して酔った人間のものではなかった。そして俺を見つめてくる彼女の黒と灰色のヘテロクロミアも決して――。

「有難う」

 俺は礼を口に出す。
 行き詰った俺に出来た更なる選択肢の道に心から感謝を込めて。

「有難う、二人とも……」
「まだ先は長い。ゆっくりと選択する事をお勧めするよ。――さてフィギュア。今日はもう寝るのかい。隣の部屋に布団が敷いてあるからいつでも眠れるよ」
「……ん、寝るわ。おやすみなさい、<迷い子(まよいご)>」
「おやすみ、フィギュア」
「――明けない朝は無いわ。いつかきっと貴方は選び抜くでしょう。その結果をあたしは自分の目で見れることはないかもしれないけれど、機会があれば教えてね」

 ミラーがフィギュアを抱き上げて襖で仕切られていた隣の部屋に敷かれていた布団に彼女を寝かせる。さぁっと空気が一瞬変化する気配がし、次の瞬間にはフィギュアは女性用浴衣に身を包んでいるのが分かった。やがてミラーに頬や額を撫でられたフィギュアは瞼を下ろし、夢を見るかのように意識を沈めていく。

 そして俺はと言えば縁(ゆかり)という言葉に心を占められ、暫くの間誰からの言葉にも返答する事せず考え込む事にした。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、八話目です。
 深層エーテル界、精神世界のお話は個人的に好きなので、うきうきしつつ書かせて頂きました。ちゃっかり、前半の宴会も楽しく……!!
 ちなみに情報料云々はミラーの虚勢です。
 本来は以前の取引が正しく行われていないため、ミラーは何も要求する事は出来ない立場ではありますが、姿勢を変えず対面する事が一種の「信頼」に繋がるかなと試みてみました。
 今後工藤様がどういう選択をなさるのかは分かりませんが、新たに出来た道も踏まえ、前進する姿を見れることを楽しみにしております。
 ではでは!

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回帰・7

今日も泊まると女将さんに告げ、俺とカガミは貰ったばかりの近辺地図を手に外へと歩き出す。
 自分達は表向きは観光客なのだから、ここら辺の名物や名産品の話を聞きながら地図を貰った。だが実際の目的は役場と図書館で母に関する記録を探し出す事にある。親切な女将さんの説明にお礼を言ってから俺達は旅館に荷物を預けたまま、今はカガミと二人きりで田舎の長閑な空気を吸いながら一時間に一本しかないという貴重なバスに乗る為にバス停へと向かった。
 本当はテレポートで移動しても良いけれど、この旅行の前に「出来るだけ移動には能力は使うな」ってジルさん達に教えて貰っているから極力足で進むことに決めていた。

「あのさ、俺。午前中に旅館内をサイコメトリーしてただろ」
「何か見えたか?」
「んー、母さんの残留思念的なものはなくって、むしろ女将さんや旅館の人達が母さんの事を心配する思念ばかりが見えた。――母さんにとってあの旅館は言う程執着が無かったのかな……なんて切なくなった。普通はちょっとは残っていそうなんだけどなぁー。後は年月の問題もあるのかも」

 バス停であと五分ほどしたら来るであろうバスを待ちながら俺はカガミに報告する。
 持ち物は貴重品という最低限のみ。カガミに至っては持ち物を持つ必要すら本来無いのだから便利な存在だ。それでも「ふり」だけはしておくために、小さめのボディバックを彼は肩から掛けていた。

「で、勇太。今日の予定はどうするつもりなんだ?」
「んっと、まず役場に行って母さんが事故に逢った当時の事を聞いてみたいかな。で、図書館に保管されてるだろうと思われる新聞で記録を探すつもり」
「まあ、そんなもんだろうな」
「もちろん『母さんの軌跡』は『俺の母親の記憶』じゃない事だって分っている。でも記憶喪失だって言うなら、それはそれで彼女の為に少しでも記憶を見つけてあげたいしな!」
「『彼女』、ね」

 カガミは何故かその部分だけ反芻し、口元に手を当てながらあくびを漏らす。
 その眠そうな雰囲気が昨夜の行為を思い出させ、俺は一瞬びくっと反応してしまったが当の本人は気にしてる様子は全く無い。
 やがてバスがやってきて俺達は開かれた扉を潜り抜け、二人掛けの椅子に並んで座る。乗車客は少なく、発車のアナウンスを合図にバスは動き始める。

「勇太、さっきの話だけど役場には行かない方が良いと思うぞ」
「へ、なんで?」
「役場に行って何かを聞くのは良い案だろう。だけどな、話をするにしてもまず自分が『息子』である事を話さなきゃならない。当然資料や記録開示に至ればそれなりの手続きが必要になるから、お前自身の『証明』の為に戸籍謄本なり用意して改めてこっちに来ないと行けない場合がある。そうなると今日だけじゃ終わらないぞ」
「げ、それは考えてなかった」
「それにこの田舎だ。もしそんな事をすれば、身元引受人だった旅館の人間に即、連絡が入ると思え。そうなったら女将辺りが『実はあの娘の息子だった』と言う事で逆にお前に色々聞き出そうとしてくるし、その結果をお前は話せるのか?」
「……そうか。そうだよな。顔が似てるって言うだけで息子っていう点は信じてもらえるだろうけど……結果、か。……そこは多分、言えないな」

 自分は貴方達が引き取って大切に接してくれた娘の息子です。
 ですが貴方達の反対を押し切り駆け落ちしたあの記憶喪失の娘はその後色々あって精神病院に居ます。
 だから俺は当時の母親の事が知りたくて此処に来ました――と。

 「説明する事」……、それ自体は道理に適っていそうだが、確実に旅館の人達を傷つける結果になるだろう。
 何より幸せになってほしいと願って、この場所にくるきっかけになったお守りを渡してくれた女将さんの事を思うとあまりにも伝えがたい『現実』だ。特に田舎では一つの情報が周囲にあっという間に散らばってしまう都会には無い情報四散傾向がある。
 『記憶喪失の娘』を引き取った時にも何か言われただろうし、その娘が駆け落ちして出て行った時も近所の人間が何も口にしなかったとは考えにくい。そこに更に上塗りするように「『息子』が母親の事を探りに来た」などと噂になってしまった場合、それは普段刺激の少ない田舎の人間には格好の餌となり、旅館の人々にとって精神上非常に辛いものになる事など容易に想像がつく。

「――分かった。俺、図書館で調べるだけにしておく」
「そうしておけ。それでももし何か気に掛かる事があって――」
「? カガミ?」
「いや、なんでもない」

 言いかけて止めたカガミは窓枠に肘を置き、外の景色を眺めている。
 流れていく景観を眺め見ながら俺は目的地に決めた図書館近くのバス停を地図でチェックした。

 この旅行中、俺はひっそり思っていることがある。
 カガミは記憶喪失前の俺の母親について知らないのだろうか、と。
 いや、記憶喪失だった事は恐らく知っているだろう。あの旅館に着いて女将さんから話を聞いていた時、カガミは何も言わなかった。俺に確認もしなかった。
 俺が聞いてみたいのは「カガミは一体どこまで俺の母親に関して知っているのか」、だ。

 カガミは『案内人』だ。
 迷った人を迷わない方向に導き、先を示す事が彼らの役割。だからこそ、全てを知っていて口を噤んでいる可能性が非常に高い。だが、傍にいる彼に訊いてもきっと正解は得られないだろう。
 もしそれが最短の距離であるというのならば、彼は最初から口を開いてくれているに違いないのだから。

 やがて聞き慣れない停留所のアナウンスが流れ、俺は慌てて近くのボタンを押して降車の意思を示す。図書館近くのそこに俺達は降り立つと、少々古さが目立つ図書館を見やる。建物高さは二階建て、田舎とあって広くも無い。

「これで何か見つかると良いんだけどな」

 俺は地図を折り畳み、ポケットの中へ入れると知識の塊もとい図書館へと足を踏み入れる事にした。

■■■■■

 夕方、閉館の音楽が流れ俺達は半強制的に図書館から出る事を余儀なくされてしまう。
 俺の手の中には事故当時小さく新聞に載った記事のコピーが握られている。それは女将さんから聞いたことそのままだった為、残念ながら収穫は無かったに等しい。
 帰りのバス停に設置された簡易椅子に腰を下ろしながら俺は今まで得た情報を纏めてみる。

 母さんは約二十年程前、何かしら事故に遭い記憶を失った。
 その際事故に遭っていた母さんを見つけた旅館の女将さん達に引き取られた。
 当時、失踪届けを出されていた人物とは該当しない為、母さんが何者かは不明。その後保護者を名乗る人物も現れず、結局旅館に住み込みと言う形で母さんは過ごす。
 そして数年後、俺の父親になる人物が現れ、母さんと恋に落ち、俺を身篭った。
 その頃の父さんは既に勘当されて家を出ており、身元を名乗っていなかったらしい。
 それ故に旅館に長期滞在していた父さんとの恋は当然応援されず、旅館関係の人達から反対を受ける。だが、女将さんだけはそっと「高千穂神社」のお守りを渡したりして案じてくれていた。
 だが結局は母さんは父さんと駆け落ちして――その後、旅館の人達とは一切連絡を取っていない。
 

 それから時は数年流れ、あの研究施設の壊滅まで飛ぶ。
 つまり、俺が研究施設から解放され、叔父に引き取られた時期だ。調べてくれた叔父曰く、母さんの戸籍には「保護者」に該当する人物が居らず……それが情報の一番最初の『記憶喪失』に繋がる……と。

 でもこれをあの人に報告してもあの人の心には多分届かないし、自分の記憶だって戻った事にはならない。
 どうすればいい?
 どうすれば母さんにとっても、自分にとっても最良で最善なのか。
 行き詰ってしまった俺はバスに乗り込みながら必死に考える。そんな俺の周囲を注意しながらもカガミもまた二人掛けの――今度は廊下側へと腰を下ろした。

「あ、いっそ、あの人の精神世界に潜ればあの人の過去も俺の記憶も分って一石二鳥じゃん?」
「止めろ」

 即座に制止の声が聞こえ、俺は今まであまり口を開いていなかったカガミへと顔を向けた。彼は真剣な面立ちで俺を見ており、その瞳は殺気にも近いものを宿している。向けられた俺の肌がぞくりと寒くなるのが分かった。

「お前は確かに以前、能力者の精神に潜った事があったがあれは緊急事態だから許された行為だ。そもそも人の頭の中を覗き見するのは『人』として良くないし、お前のやり方じゃ危険過ぎる」
「――っ、でもさ、結局それが近道かもしれないじゃん?」
「でも、じゃない。危険だって言ってるんだ。それはお前じゃなくて使用された相手にも及ぶんだぞ。つまり、最悪の場合お前の母親は今より『悪化』する」
「え……」
「お前は自分の母親を殺したいのか」

 カガミから綴られる言葉はきつく、そして決して執行させないように最悪の人質を例に出す。
 母親の存在は今の俺の中にはない。しかしその存在を大事にしていたであろう事は病院の職員の様子や自分の貯金、それから自分の中にぽっかりと空いてしまった穴が訴える。隙間風が吹き込んでも止められないその穴は思った以上に大きく、俺は言葉を失う。

「ちぇー。分かったよ。やらない」

 危険は承知していたがカガミの言葉により、一層恐ろしさを感じ取った自分は頬を膨らませつつ精神世界に潜るという案を自分の頭の中から消す事にした。
 今度は自分の方が窓際なため、枠に肘を付き窓の外を見やる。そこからは自分が住んでいつ場所では決して見られない田園の景色や農家特有の格好をした人たちが歩いていく姿が見えた。
 日の傾きからそろそろ宵闇が近付いて来る時刻だと分かる。

―― 『案内人』って本当に一体何なんだろう。

 案内をしてくれる人と言えば例えばショッピングセンター等にいるインフォメーションセンターの案内嬢、それからツアーガイドさんなどが容易に頭に浮かぶ。
 だけどカガミはそういう人達ではない。『<迷い子(まよいご)>を案内するのが役割』である彼らは最短ルートで物事を導きはしないし、案内しているように見せない節だってある。でも確かに彼らは経験上、自分にとって進むべき道を何となく示唆してくれているのだ。
 ここにいるのに――本当はここに居ない人物。
 きっとここにいるのはカガミの存在の一部でしかない。じゃなきゃ<迷い子>の多さを考えれば案内人が一対一で対応する事など出来やしないだろう。

「……いつか知りたいよ。お前の事……」

 その言葉に対して、カガミからは何の言葉も掛けられなかったけれど。

■■■■■

「は、え、俺にお客さん、ですか?」
「ええ、夕方頃に工藤様のお知りあいだという方がいらっしゃって……でも私達がお部屋に直接案内する事は出来ませんので、その方々もお部屋を取られました」
「お客って誰だろう……」
「そちらの男性と良く似た男性が一人いらっしゃったので、知り合いだとは思うのですが……」

 カガミを見る仲居さんのその言葉に俺は隣の人物を見上げる。
 見られたカガミはと言うと居心地悪そうに頬をぽりっと掻いている始末。
 知っていたな! と心の中で叫んでおく。きっとこの声はカガミには通じるだろうから。そして実際、カガミは仲居へと向き合うとフォローの為に口を開いた。

「多分そいつは俺の双子の兄、かと」
「ああ、そうなんですか。確かにそれならあの顔も納得出来ますね」
「部屋の名前教えてくれる? 俺達の方から連絡を――」
「――あ、二人とも居た居た」
「スガタ……」

 噂の張本人、カガミの双子の兄(?)である青年姿のスガタが階段の上から俺達の方へと手を振っている。
 これで旅館の人間がほっと安堵の息を付いたのを俺達は見た。情報が確かなものであった事に安心しているのだろう。仲居さんにはお礼を言ってから俺達はスガタの方へと向かい、階段を上がっていく。

「スガタ、どうして此処に?」
「うん。僕も来るつもりはなかったんだけどね。僕は」
「『スガタは』?」
「勇太、仲居は客を複数形で話していたはずだぞ」
「っていう事は、つまり」
「ただいまー! 二人とも連れて来ましたよー」

 スガタが自分達の取っている部屋の隣の部屋の戸を開く。
 そこにいたのは予想通りのメンバーで。

「ミラー! それにフィギュアじゃんか! どうして此処に!?」

 一番現れる事がなさそうな二人がこの場所に居る。
 長い黒髪を持つ白ゴスロリ少女とその彼女の傍らに寄りそう少年――『案内人』であり『情報屋』でもある彼らの出現に俺は目を丸めた。
 何故? と俺は大きな疑問符を浮かべる。
 対して彼らは「早く中へ」と俺を優しく部屋の中へと手招いた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
【共有化NPC / ジル / 男 / 32歳 / 珈琲亭・亭主,人形師】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、七話目です。
 今回は情報探索、そして最後にNPC達登場という事で……実は一番苦戦した回であります。
 何が苦戦したってNPC達が知っている事と工藤様が知っている事が違うので、1から読み直して今現在「工藤様が得ているお母様の情報」を纏めるのが大変で(笑)
 でも読み直して頭を整理するには本当に良い機会でした。
 あと、役場に関しては一応現実的に無理だろうなという判断の元こういう形でそっと避けさせてもらいました。その分のフォローは次回!! きっと次回に!

 では次回の宴会プレング(笑)をお待ちしております^^

カテゴリー: 01工藤勇太, 回帰, 蒼木裕WR(勇太編) |

回帰・6

この旅館に来た次の日。
 俺は朝御飯を食べた後、ふわりと旅館の屋根の上へとテレポートし風に当たっていた。とても身体が軽い。それだけじゃなく、今まで憑いていた何か――厄のようなものがさっぱり落ちたかのように自然と顔が前を向く。
 田舎の中にひっそりと建てられた旅館。その屋根に上り、朝から外の景色を眺め見ている俺はばれたら説教ものだろうけれど、それでもこの場所から一番眺めのいい所はやっぱり昔ながらの瓦が敷かれた屋根の上だろうと思う。
 俺が生まれる前、母が泊り込みで働いていたところ。
 ここに導かれたのは本当に偶然だったのか――カガミが傍にいる以上疑いは多少ある。『案内人』であるカガミは<迷い子(まよいご)>を導く存在だ。その彼が何も仕組んでいないとは思いにくい。

「こんなところにいたら女将さんに叱られるぞ」

 ふわりという形容詞が似合う緩やかさでカガミが転移し、同じように屋根の上へと降り立つ。
 風が凪ぎ、俺の前へと現れた彼を見た瞬間、伝えなければいけないことを思い出し、俺は唇を開く。

「あのさ、カガミ。夕べの事だけど……」
「夕べ? っていうか何顔を赤くしてんだ、お前」
「えっと、その……べ、別にアレの事じゃなくて……いや、アレの事なのかもしれないけど……あぁ! 俺何言ってんだっ!」
「落ち着け、言いたい事があるなら聞いてやるからここで怒鳴るな、本当に見つかるぞ」
「ぅ、ぐ……」

 肉体的な繋がりの話がしたいわけではないのだと無自覚に言い訳をしようとしてしまった俺は自ら墓穴を掘る。カガミはそんな俺に呆れた表情を浮かべ、腰に片手を添えて立つ。だが立っている方が目立つのは火を見るより明らか。俺達は瓦の上に腰を下ろし、各々気楽な格好を取りながら話を続けた。

「俺さ、夕べ……その、アレ、の最中にお前の思考が少し見えた」
「へ?」
「……っ~! すっごく恥ずかしいけど、恥ずかしいんだけどっ!」

 カガミの腕に抱かれながら流れ込んできた映像について俺は説明を重ねた。
 実はカガミ達と自分の母親は昔会っていた事。
 自分は望まれて生まれてきた事。
 母親に愛されていた事。
 当然全ては見えてはいない。恐らく俺が見たのは彼らと母が過ごした時間のほんの一部でしかない。それでも俺は頭を抱えつつ、その……アレだ。例の『最中』に見た事をぽつぽつとカガミに話した。

「本当にぼんやりとだったけど、俺さ。そういうの伝わって来て嬉しかったんだよ」
「お前は感応能力があるしな。……そうか、視たのか」
「でもその数年後、家族は崩壊しちまった。これは変えられない事実なんだよな」

 母は選んだ。子を産む事を。
 母は選んだ。子を離す事を。
 母は選んだ。未来を全て……。

 行方不明の父親の存在、それが彼女にとってどんなに支えになっていたのか俺には分からない。むしろ父親がどういった人物なのかまでは俺は知らない。叔父から聞いたことが全て。叔父だって父が家を出た後の事は一切知らないのだから、今生きているのか、死んでいるのかすら分からない。
 だけど父は母と子供(おれ)を捨てたのだ。少なくとも――離別したという点ではそう俺は感じる。

 母は選んだ。父という生涯を共にしようとした存在を。
 母は選んだ。若さを弱さに変えずに子供を育てる道を。

 俺は、そんな母が歩んできた道程を今、辿っている……。だからこそこの先どんなキーワードが出ても俺は揺るがない。揺るぎたくも無い。だけど思わず親指の爪をぎりっと噛んでしまう。それは悔しさでもあり、虚しさでもあり、怒りからの行動からでもあった。
 隣に座っているカガミがそれを制しようと手を伸ばす。俺は逆にその手を掴んでやった。そして――彼をまっすぐ見、視線で射抜く。

「……やっぱり悪いのは全部、能力を持って生まれて来た俺のせいなんじゃないのかって卑屈になっちまうけど……でも、落ち込むのはこの旅行ですべてが分って、それでも最悪だった場合の時にする!」

 強く強く。
 時に弱く、儚く。

 人は生きる。
 例えば何かを忘れても、例え失ったものが二度と戻ってはこないと分かってはいても、自分の生を選び抜いて生きていく。だけどカガミは違う。多くの<迷い子(まよいご)>と出会い、彼らを導いて存在している。彼自身が何かを選ぶことなどそう多くない。
 それでも母は導かれて生きて、俺を産んでくれた――その事実もまた変えようの無い過去。
 だから俺は笑う。
 笑って元気を出して、最悪の状況になったらまた思い切り泣こう。
 この能力は決して誰かを不幸にするために持って生まれたんじゃない。きっと誰かを幸せにするために俺の中に存在するんだって――そう信じて。

「ところでさ……」
「ん? 次はなんだ」
「えっとだな、その、なんだ」

 俺はカガミの手を掴んだまま、かぁっと顔を赤らめる。
 それを不思議に思ったらしい相手は首をやんわりと傾げた。こっちの気持ちは読み取っていないらしいその動作に俺は自分で伝えなければいけない事実に覚悟を決める。

「俺は絶対お前の事忘れないよ」

 カガミが目を見開く。
 そうだ、その表情が見たかった。
 俺は彼の手を振り払い、そしてあっかんべーっと指で瞼を下げた後、やや声高に言い切る。

「……つーか、あんな行為までして忘れられっかっつーの!」

 そして俺はその場から消えた。
 それはもう文字通りテレポート能力を使って逃げましたとも。これ以上相手の顔を見ながら自分にとって恥ずかしい言葉など並べられない。今だってどれほど自分の顔が赤らんでいるのか予想が容易に付く。
 茹蛸? トマト? ポスト?
 赤いものならなんでもいい。
 顔一面だけでなく耳の裏、首の方まで熱が集まっているのが分かるのだから。

「くっそっ、ぜってー忘れられないってーの」

 俺が垣間見た映像の中の『母』は「迷いが無くなった私(まよいご)を、きっと貴方達は忘れるわね」と言っていた。
 そして彼女は恐らくその通り、彼らを忘れてしまったのではないかと思う。もしくは覚えていても彼女の封じられた精神状態が記憶の再生を許さないだろう。
 だけどカガミ達は忘れてなどいなかった。母の存在を、過去に僅かに関わった小さな俺の存在すら全て……。

―― だから『愛しい』んだ。

 この身体、生命全てをもってして彼らを――彼を忘れないと俺は誓う。
 テレポートで逃げた先は借りている部屋。やがてカガミもこの部屋に戻ってくるだろう。だけどその気配が中々しないという事はカガミの心に結構キたのかもしれない。
 今の俺の精一杯。
 母の記憶がない俺がそれでも口にした『最上』。

「ざまぁみろ。少しはカガミも俺の気持ちを分かればいいんだ」

 ぐしっと俺は熱のある己の頬を手の甲で拭いながら、暫しの間開け放たれた窓から入ってくる夏にしては涼しい風に身体を預け肌を冷やす事にした。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■         ライター通信          ■
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 六話目の発注有難うございました!
 今回はびっくりどっきり、工藤様からの言葉にカガミもきっと(ごにょごにょごにょ)

 工藤様の男らしさというか、決意が見えた今回のノベル。
 それと共にカガミへのまっすぐなお言葉本当に有難うございました!

 では次をお待ちしております♪

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