回帰5

それは工藤 勇太(くどう ゆうた)が生まれる前の話。
 彼女と『案内人』であるスガタとカガミが出逢った頃の話。

 カガミは今片膝を立てて座っている自分の隣、布団の中で眠っている少年の姿を見下ろしていた。格子窓から淡い光が入り込み、室内を仄かに照らす。愛しげにカガミは少年の髪の毛へと唇を落とすと片手を前に伸ばした。そして指先を折り曲げ、くいっと何かを引き寄せる動作をする。するとその手の中に出現したのは音楽プレイヤーとイヤホンだった。
 彼はそのイヤホンを耳に引っ掛けるとプレイヤーのスイッチを入れた。

 片膝を抱きながらカガミは流れてくる音に自身の思考を浸らせる。
 情事後で気だるい身体が逆に傍にいる少年との繋がりを感じさせていい。

『それでも堕胎はしたくないっ……』

 あの時そう決断した少女が生んだ子供は十七年と少しの歳月を得て今、カガミの隣で寝息を立てている。あの時、彼女は誰よりも『幸せ』を望んでいた。記憶を失った彼女が恋をしたのは素性の知れぬ男。その男を誰よりも愛し、腹に宿した命を決して見捨てることなく周囲の反対を押し切って生んだ彼女は心強き『母親』だった。

―― 俺は少しだけ知っていた。
    彼女がどういう道を選べばどういう結果になるかなど。

 未来は未知数で、選択肢は無数に存在している。
 一歩足先を変えるだけで結果は散らばり、小さな変革が大きな綻びへと繋がる事も知っていた。『案内人』であるのなら誰しもが知っていて当然のこと。人間でさえ、平行世界の話を論じるくらいなのだから想像するに容易い。
 だからカガミは言ったのだ。

『どうか、幸せな道を』
『――ッ!』
『後悔をしない道を選ぶなら俺達は――俺は何も言わない』
『ごめんなさい』
『謝らなくても良い。これから先、本当に辛いのはお前自身なのだから……道が決まったお前の先には俺達はもう必要ない。だからどうか笑っておけ』
『……ありがとう』

 そう言って少女は両手を組み、自分の顔の前まで持ち上げて涙を零していた。
 迷いが無くなれば彼女は『案内人』に逢えなくなると思い込んでいる。本当はカガミ達は異世界の住人で、彼女の住む世界とは『夢』という形で繋がりやすいだけ。空間を移動する能力があるのならば生身のままでも遊びに来れる。
 だけど大抵の人間にその能力は無く、迷いさえなくなれば案内人のことを忘れていく。
 夢で出逢った人物としてうっすらと記憶の隅に残るだけだ。

―― 俺達は神じゃない。
    俺達は万能じゃない。
    貴女にとって幸せとは何か考えた後、俺はあの時言った。
    『どうか、幸せな道を』と。

 イヤホンを通じて流れてくる思考はスガタのもの。
 スガタはカガミの考えを知らない。『案内人』の中で唯一未来を視ることが出来ない彼だけが彼女の先を知らなかった。生きている限り決して人は幸せだけで生きる事など不可能。あの頃の彼女は選ぶ先を一つ間違えるだけで、歩いている道から転落する事が多かった。

 堕胎を選べば彼女は生涯その事を悔やみ、喪った命を思い泣き暮らしただろう。
 男を見捨てれば人を愛する事に絶望を抱き、死を選択していた未来だってあった。
 まだまだ未熟な精神状態だった彼女は、自分を必要としてくれている人のいない人生を決して望まない。
 だからこそ旅館で過ごす日々を完全なる幸福と感じていなかった彼女はいずれ心のバランスを崩し――結果はいずれにしても崩壊に辿り着いていたのだとカガミは知っていた。

 だけど子供を生んだ事で彼女はほんの少しだけ道を繋いだ。
 腕に抱いた愛しい自分の子供に元気を貰い、笑顔を浮かべて、子守唄を歌いながら過ごしていた毎日……それを彼女は紛れもなく『幸せ』と感じていたのだから。

『私ね、幸せよ。あの人に出会えて、あの人の子供を産めて、あの人と共に生きる事が出来て』
『このガキ、ちっさいなー。そうか人間ってこんなに小さいんだよなー』
『ふふ、抱いてみる?』
『え、落しそうで怖いんだけど』
『大丈夫大丈夫。こうやって手で首を支えてね、それから――』

 そして……触れて分かった事があった。
 またいくつにも分かれたその時間の先は、抱いた子供の未来。
 見えた映像は腕の中の子供が母親と手を繋いで笑っているものかと思えばすぐに切り替わり、どこかの施設で一人泣いている姿。切り替わって、小学校に入学したばかりの子供が母親を呼ぶ。また切り替わり、子供が「お母さんはどこ?」と走って探している姿が視える。
 切り替わって、切り替わって、切り替わって、切り替わって、切り替わって、切り替わって。
 未来が一つではない事を知りつつも、カガミがこの子供を攫う権利など当然無く。

 やがて「母親」となった少女は微笑みながら、案内達に言った。

『ねえ、スガタにカガミ。迷いが無くなった私(まよいご)を、きっと貴方達は忘れるわね』

 イヤホンを通じて聞こえてくる無音。
 否――本当に小さくて小さくて聞き逃しかねない僅かな雑音がそこには存在している。
 それは「心音」。腹の中に存在していた頃の工藤 勇太の小さな鼓動。覚えている。あの頃、生まれる前の子供が精一杯打っていた命のリズム。その音はただの一般人が聞けばただの雑音(ノイズ)にしか聞こえないけれど。

「どうか貴女は笑っていてください。それだけが<忘れられた俺達>の願いです」

 別の曲に変える為にリモコンに手をかければ、そこからは彼女が子供のために歌った子守唄が聞こえてきた。もう一つ先へと曲を進めれば彼女が好きだった女性ボーカルの音楽が流れてくる。二十年近く前に彼女が好んで歌っていた古き歌。俺はその歌声に合わせて、今回の旅行での待ち合わせの時にように小さく口ずさみ、当時を懐かしむ。この旅館で彼女は精一杯生きていた事を思い出し、ふっと口元が緩んだ。
 今カガミの隣で眠るのは彼女が生んだ『宝物』。

「どうかお前は笑っていて。それが<いずれ忘れられる俺>の願いです」

 眠る子供の唇へ願いを呟きながらカガミは顔を寄せた。

■■■■■

 朝、工藤 勇太もとい俺は目を覚ます。
 枕が少し細長くて動きづらい。うーんっと唸りながら寝返りを打とうとすれば何かにぶつかり、俺はまだ重たい瞼をそれでも必死に開いた。そこには裸体を晒したカガミの寝顔があり、俺はびくっと身体を硬直させる。

「あ、あああああ……っ、そ、そうだった。俺、またっ……」

 ごにょごにょな展開に陥ったんだったと眠気が一気に飛び去る。
 相手の腕を枕にして眠っていればそりゃあ寝心地も普段とは違うというもの。両手で頭を抱えながら顔を一気に赤らめた。その流れでそっと腰に手を伸ばせばほんの少しだるさはあるものの、痛みは言うほどない。
 俺は指先を相手の頬へと伸ばし、突く。そこには人間と全く同じような弾力があり、ふにふにと何度か突いた。

―― これで夢の世界の住人なんだもんなー。

 人と同じ姿をしていて、同じように感情を持っていて、ちょっとだけ特殊能力を持っているだけ。
 だけど住む世界が違う人物の姿に俺はちくりを胸を痛ませる。だけど自分を今抱きしめてくれている事は事実。

 いつか消えるんじゃないかと。
 同じ場所にいるのに『同じ場所』にいないんじゃないかと。
 今回の旅でそんな風に不安になったけれど、こうして俺を抱擁してくれている手は本物だと安心出来る。

「もっと知れたら、良いのに」

 一方的に俺の事を知られているのは少しだけ不公平。
 いつか機会があったら俺は彼に言ってやろうと心を決めながらもう少しだけ相手の腕の中に身を任せる事にした。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 五話目の発注有難うございました!
 NPCの心情を知りたいという事でしたので、大部分がNPCの描写、後半に工藤様の朝の様子を入れさせて頂きました。
 こうして書いてみて分かったんですが、カガミは工藤様の事を生まれた時から目をつけてました的な展開にも見えて笑えますね^^
 ではでは!!

カテゴリー: 01工藤勇太, 回帰, 蒼木裕WR(勇太編) |

回帰・4

「あー……やっぱり新幹線でも時間掛かるかー」
「飛行機だったらもう少し早かったかもな」
「そっちの手も考えたけど、時期的に新幹線の方が安かったんだよ」

 新幹線から降り、電車を乗り継いで高千穂までやってきた俺達。
 さて目的地付近までやってきたのは良いけれど、時は既に夕暮れ。流石に今日はこれ以上動けないと判断した俺は宿を確保する為に雑誌に載っている宿泊施設をピックアップし始める。雑誌に載っているだけあってさすがというか、値段も質も高いし、時期が時期もあるし、同じように雑誌やネット予約をしたグループなどで部屋が埋まっており中々宿が取れない。

「カガミも携帯使えるなら手伝えよ!!」
「えー、俺携帯使えないー」
「嘘付け」
「あ、電話繋がるぞ」
「――っ、あ、すみません! 突然で大変申し訳ないのですが本日そちらの宿って部屋は空いて……」

 同行者であるカガミにも手伝わせようとするが、彼はきょろきょろと周辺を見渡すだけで何か手伝ってくれる様子はない。まあ、最悪そこらへんの漫画喫茶にでも入ればいいだろうと考えていたから良いけどさ。ただ、カガミが何も口を出さずに周辺を見てるその目がいつもと違った光を帯びているように見えたのは……なんでだろうか。

「え、あいてるって!? じゃあ、そちらに今から伺わせて頂きます。はい。えっと連絡先は――」

 そしてやっと一件キャンセルが出て空き部屋があるという旅館を見つけ、必死に俺は予約を取り付ける。突然の事だったから大したもてなしは出来ないと言われたけれど、それでも構わないと俺は部屋を取った。
 そして携帯を切った瞬間、カガミはひょいっと俺の手元にある雑誌を覗き込んでくる。

「どこの宿が取れた?」
「ここ。掲載場所がかなり端っこの場所だったからかな。キャンセルが出てラッキー」
「ふぅん。…………やっぱりな」
「カガミ?」
「その場所まで行くのにどうやって行くんだ?」
「あ、親切にも旅館の人がミニバスで迎えに来てくれるからバスターミナルで待機しててくれって言われた。なんか分かりにくい場所にあるからって」
「んじゃ、行くか」

 カガミは自分の分のカバンを抱え上げると、もう一方の手では俺のカバンを抱えそのまますたすたとターミナルへとまっすぐ歩いていく。その足には迷いがなく、俺は慌ててその背中を追いかけた。

 旅館の人だという若い男性は旅館の名前が印刷されたミニバスでやってきた。
 「この時間に突然すみません」と俺は何度か頭を下げ、けれど彼は「気にしないでください」と笑顔で俺達の荷物をトランクに入れてくれた。カガミはと言うと先にバスに乗り込んで軽く足を組みながら既に寛ぎモードに入っている。俺が乗り込んだのを確認してからバスは出発した。

 やがて辿り着いたのは言っちゃなんだけど古そうな旅館。
 寂れた、までは行かないけど、……年季が入ったとも言いがたい宿だった。

「いらっしゃいませ。工藤様。本日は当旅館にお越し頂き、まことに有難うござ……」

 カランカランと下駄の音を鳴らしながら中から出迎えてくれたのは高齢の女将。
 しかし俺の顔を見て挨拶を途中で止め、着物の袖を口元にあて目を見開いて言葉を失った。後ろではカガミとミニバスの運転手を務めてくれた青年が二人で荷物を下ろしに掛かっている。流石の俺も女将の異変に気付き、「どうしました?」と声をかけた。

「い、いえ。その失礼いたしました。まずは当旅館にお越し頂きましてまことに有難うございます。工藤様のお部屋はこちらです」

 カガミが荷物を手にして俺の傍に寄る。
 俺はカガミへと視線を向け、女将の様子が可笑しい事をテレパシーで伝えた。しかしカガミは特に気にしたそぶりも見せず、くいっと顎をしゃくり中に入るよう示した。中に入ってみればどこか懐かしさを感じる内装で、手入れもきちんと行き届いており一泊するには十分だと思った。それに当日の訪問ということで料金も安くしてくれたし、財布が少し楽になったのは有りがたい。
 やがて二階の一番奥の部屋へと案内され俺たちは荷物を端へと置く。女将さんが夕食の説明をした後去ろうとするがそこはさっきの一件が気に掛かっている俺が彼女を引きとめた。

「あの、先ほど俺の顔を見てびっくりしていらっしゃいましたよね? あれは何でですか?」
「いえ、大した事では……」
「教えて下さい、やっぱり気になるじゃないですか」

 出来るだけ軽く、明るく、相手が話しやすいようにと俺は口調を重たくしないように笑いながら話しかけた。後ろではカガミが自分で茶を入れ、置かれていた饅頭に早速食いつきながら俺達を見やる。
 女将はいささか迷った後、室内に入り襖の前できちんと正座しそれから折った膝の上に手を乗せながら唇を開いてくれた。

「昔、お客様に大変よく似た仲居が当旅館に居りました。仲居は当然女性ですが、お客様があまりにもその娘に似ておりましたので言葉を失ったのでございます」
「その人は今も此処に?」
「いえ、居りましたと過去形で申し上げましたように……現在は当旅館では働いておりません」
「あー、じゃあ働く場所を変えたのかな」
「いえ、そのような事では」
「……? 何か訳有りですか?」
「――……その顔で尋ねられると少しだけ気が緩んでしまいますね。懐かしい思い出が蘇るようで」
「良ければ話して貰っていいですか? あ、自分とそっくりの女性の顔なんて俺知らないんで」
「さようでございますか。それなら……」

 少しだけ嘘をついた。
 ほんの少しだけ女将に嘘をついた。
 自分に似た顔を持つ人を本当は知っている。知っているというよりも、今の俺にとっては『逢った事がある』程度だけど……俺は、母親という女性が自分に似ていることを知っている。
 だから嘘を付いた。
 後ろではカガミが暢気に茶を啜っている。気のないふりをして、茶碗を持って窓際に寄りその枠に腰を下ろして辺りの光景を眺めているのが気配で分かった。同行者であるカガミが止めてこないということはつまり――此処は追求すべき場面だということだ。
 俺はあくまで他人のふりをしながら女将から話を聞きだす。
 カガミは窓から見える光景を懐かしさを込めた瞳で見やりながらまたずずっと茶を啜った。

■■■■■

 昔々、二十年ほど前の話。
 一人の少女がこの旅館の人間の目の前で事故に遭い、記憶を失っていた。身分を証明するものも持たず、また失踪届けが出されている人物と全く一致せず、病院で路頭に迷うかと思われた少女を引き取ったのが女将を筆頭としたこの旅館の人々。
 女将いわく、仲居として住み込みで働いていたその記憶喪失の少女と俺がとても良く似ているのだという。
 だが数年後、長期滞在をしていたある一人の男性客とその少女は恋に落ち、その身に子を宿したのだという。生みたいと少女は願い、けれどどう考えても男性客の方も訳有りの身分にしか感じられなかった女将達は堕胎するよう薦めた。
 けれど彼女は頑固として首を立てに振らず、そしてある時期を境に決意を固めたのだという。

「今でも忘れられません。あの子が私達を前に凛とした表情と声で口にした言葉――『私は記憶と共に家族を失った。ならば私は自分の手で家族を作りたい』と……」
「……っ」
「私達は結局彼女の何を見てきたというのでしょう。私はそっと彼女と彼女のお腹の子を案じ、高千穂神社のお守りを渡しましたが――彼女は結局私にも相談なく消えてしまった」
「消えてって、え? え?」
「いわゆる駆け落ちというやつですね。若い人達は行動が早くてびっくりです」

 女将は若干苦笑いを浮かべながら話し終える。
 俺もそれにあわせるように乾いた声を出しながら笑った。

 だけど心の中では確信する。その少女……女性こそが自分の『母』なのだと。
 叔父が言っていた、母の『身元不明』が記憶喪失に繋がるのならば納得せざるを得ない。失踪届けの出されていなかった少女。引き取られた先の旅館の人間とも戸籍を繋がなかった人。女将達が用意していたその白紙の上で彼女は待っていたはずだ――自分の本当の家族を。

「貴重なお話を聞かせて下さって有難うございます」
「いえいえ、あ、夕飯は先ほど説明した通り、出来上がり次第お持ちいたしますので」
「はい、お願いします」

 俺は最後に深く深くお辞儀をする。
 一度は頭を上げるが、彼女が去った後ももう一回礼をし、話してくれた事に対して感謝の念を込めた。だがやがて後ろにいるカガミへと体ごと振り返らせると彼はアルミ柵に寄りかかりながら目を伏せていた。

「なあ、カガミ」
「んー」
「知ってたよな、お前は」
「何を?」
「此処が俺の母親と父親の居た場所だって」
「まあな」
「本当は分かってたんじゃないか。俺がこの宿に泊まる事まで」
「……さあ?」

 カガミは饅頭を全て食べ終えると残りの茶を啜る。
 肯定されない、だけど否定もされないことが答え。誤魔化されている様な気もするけれど、今の受け答えはどこかに真実を含んでる。先を見通す案内人の蒼と黒のヘテロクロミアは今『どこ』を視ているのだろうか。
 俺は窓枠に腰掛けるカガミの傍に寄るとその膝元に頭を乗せるように身体を寄りかからせた。カガミはそんな俺の髪をくしゃりと撫でて、次にあやすように背中へと手を下ろし軽く叩いてくれる。

 急に見つかった父と母の軌跡。
 不思議な縁を感じつつも動揺を隠せない。
 揺れる心。
 父の記憶も――母の記憶もない今の俺。
 それでも引き寄せた糸は誰かが仕組んだ意図?

 カガミの腰にぎゅっとしがみつきながら彼の腹部に俺は顔を埋める。

「ごめんカガミ……俺、お前に頼ってばっかで情けない奴だけど……また抱いて欲しい……」
「ここ、お前の父親が滞在してた部屋だけど?」
「え? マジで」
「そういう場所でそういう事を言われると――背徳的で抱きたくなるだろ」
「う……」

 そういう意味じゃないんだけど。
 抱擁の意味で抱いて欲しかったんだけど――でも、いつもやられっぱなしじゃアレだし。今日は貴重な話も聞けたことだし。

「飯と風呂が終わったら」
「ん?」
「それが終わったらお前の布団の中に入れて」

 ほら、カガミが珍しく目を丸くする。
 俺はきっと勇気を振り絞ったせいで顔面が真っ赤だけどまだ伏せているから見えないはずだ。でもぎゅっとまわした腕は放さず、しがみついたまま。
 「覚悟しろよ」なんて落ちてくる言葉に俺はぞくりと身を震わせた。

■■■■■

 甘く抱いて。
 手を重ねて。
 一夜の夢を。

 唇を噛み締めるその上からキスをして。

 心を繋げて。
 体も繋げて。
 思いを馳せる。

 ここは父と母が愛を育んだ場所。
 その不思議な感覚に包まれながら、俺はその夜カガミの布団の中で彼の腕に抱かれていた。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 四話目の発注有難うございました!
 さて無事旅館に辿り着いた工藤様ですが、ここでやっとお母様の過去がちらっと見えたわけです。
 そしてまさかの発注に朝チュンだったので拳を作りながらやんわりと書かせて頂きました(笑)
 しかしこの時期ですから神社とかでもお祭りとかやってそうですだとぼんやり思いながら書かせて頂きました。カガミは窓からそんな様子を見てればいいなっと。

カテゴリー: 01工藤勇太, 回帰, 蒼木裕WR(勇太編) |

回帰・3

「落ち着いたか?」
「うん」
「じゃあ席に戻るぞ」

 カガミに促され、俺は新幹線の自分の席に戻り母の事を考える。
 窓枠に肘を付きながら窓をぼんやり見てもまだまだ目的地には遠い。

 実は出発前、叔父になんとか話を合わせて聞き出した母の情報が幾つかある。叔父は「今更どうして」というような顔をしていたが、それでも俺にある程度の情報を提供してくれた。
 そこで新たに知った事実なのだが、叔父自身も俺の母親の事を知らないと言うのだ。
 叔父は父親筋だ。叔父の兄……つまり俺の父親は若い頃に勘当され家を出たらしい。その後は全くの音信不通で、自分の兄が結婚し子供を儲けていたことすら知らなかったと彼は語ってくれた。
 だから工藤 勇太(おれ)の存在を知ったのはあの研究所に突入した時だったという。彼はあの研究所を摘発した側の人間で、突入部隊の一員だった。だが、その時既に彼の兄は不明、その伴侶である俺の母も精神病院に入院しているという事実。
 一体何が二人の間にあったのかと彼なりに調べたと教えてくれた。しかし真実は浮かばぬまま、未だ沈んでいる。ただし、一つ確かな事を叔父は口にしてくれた。

『お前の母親の戸籍を調べたところ、身元が不明になっている』
『え、どういう意味?』
『普通戸籍には父母など、本人の身内……保護者でも良い。とにかく誰かしら繋がりのある人間が記載されているものだ。しかし彼女の戸籍にはそれがない。誰にも引き取られず施設育ちだという可能性も考えたが、その場合は備考欄にでも一文があるはずだが、それすら無かった』
『……それって叔父さん』
『彼女は一体何者なのだろうな』

 叔父は苦味のある笑顔を浮かべながら俺の頭を撫でてくれる。
 俺は新たに分かった事実に少しだけ心を痛ませながらその手が与えてくれる優しさに暫し甘えていた。彼女には謎が多すぎる、と叔父は呟く。だけど俺はそれを探る為に行くのだ。

 ―― きっと旅の先には真実が待っている。
 そう信じて。

■■■■■

「当時貴女は十七の少女だった」

 誰も居ない病院の屋上で金網フェンスに指を絡めながら彼は言う。

「事故に遭い、とある旅館で助けられた貴女は一切の記憶を失っていた。身元を証明するものも無く、失踪届けも出されていなかった貴女は心優しき旅館の人々に救われ、住み込みで働きながら生きていましたね」

 イヤホンを掛けた耳。
 流れている音楽。
 彼女が歌っていた楽しげな音楽。
 洗濯物を干しながら歌っていた声。
 客室を掃除しながらリズムを取っていた音。
 記録されている数種類の彼女の為の――記憶。

「貴女は頑張って働いていた。旅館の人々は優しくしてくれていたけれど、それでも『自分が何者か』と問い続ける貴女の心は不安で押し潰されそうでしたよね。――だから僕らは出逢った」

『私は、私が何者か知りたいだけなのっ!! ――貴方達が全てを見ているなら私の事を教えてよ! <迷い子(まよいご)>だなんて言われてもそんなのどうでもいいわ! 私は私が知りたいの』
『苦しいよ。悔しいよ。だって私にも親がいるよね。きっと親がいるんだよね。でも誰も探してくれてないんだって……失踪届け、出てないから私が誰なのかわからないって言われたんだよっ……っ、ひっく、ぅ。う……悔しいよぉぉ……!』

「貴女の心はいつだって張り詰めた風船のような状態で少しの刺激でも、割れてしまいそうだった。でも表には決して出さなかった強さ……旅館の人々に心配をかけないようにと笑っていた貴女。僕達はあの頃の彼女の強さを知っている。この青年の姿で出逢った僕達に対して十七歳の少女は沢山心の内を明かしましたね、時にすがり付いて泣きましたね」

『いつか必ず私は幸せになるの。ねえ、聞いて。スガタ、カガミ! 私ね、もう記憶が戻らなくてもいいと思えるようになってきたのよ。あ、あの人に出会えたから、かな』

「そして数年後、恥ずかしげに報告してくる貴女の姿は愛らしく、けれどその腹に命を宿すには些か精神的にも肉体的にも若すぎた」

『ちょっと訳有りのお客さんみたいだけど、私、……彼について行きたい。一緒に彼と共に生きたいの。――勇気を出して女将さん達に相談したけど、あの人達は反対するの。当然だよね、私が何者かわからないのに、それに加えてただのお客さんと出ていこうだなんて今までの恩恵を仇で返すようなものだもの』
『それでも堕胎はしたくないっ……』

「僕達は神じゃない。僕達は万能じゃない。貴女にとって幸せとは何か考えた後、カガミはあの時言ったね。『どうか、幸せな道を』と」

『――ッ! ごめんなさい、ありがとう』

「カガミは先が視えていたはずだ。僕は過去を視るけれど、君は未来を少しだけ視る事が出来る。彼女がその後どうなるか知っていたんじゃないの? ……そして少女だった貴女は結果的に男についていく事を選び、駆け落ちした」

『私ね、幸せよ。あの人に出会えて、あの人の子供を産めて、あの人と共に生きる事が出来て』
『このガキ、ちっさいなー。そうか人間ってこんなに小さいんだよなー』
『ふふ、抱いてみる?』
『え、落しそうで怖いんだけど』
『大丈夫大丈夫。こうやって手で首を支えてね、それから――』

「あの頃の貴女は確かに幸せそうでした。腕の中に子を抱き、歌う姿は誰よりも美しい『お母さん』だった。だからあの時の僕はカガミの言葉が間違っていないと思っていたんだよね」

 イヤホンの中から聞こえてくる音楽。
 母が子に歌った子守唄。
 口ずさむ音程。
 誰もが一度は聞いたことのあるその歌は、確かに愛しい我が子に向けられた『生きる命に捧げる歌』。

 フェンスをぎりっと握り締めながら彼は――スガタは少女だった『お母さん』を想う。
 過去を慕う彼だからこそ、カガミの言葉にどう言った意図が含まれていたのか知りたくて――この精神病院での闘病生活が本当に彼女にとって幸せな道だったのか、知りたくて。

「今回の旅路は工藤さんにとってどう目に映るでしょうか。それでも僕は願わずにはいられない」

『ねえ、スガタにカガミ。迷いが無くなった私(まよいご)を、きっと貴方達は忘れるわね』

「どうか貴女は笑っていてください。それだけが<忘れられた僕ら>の願いです」

 彼女の腕の中には生まれたての赤子。
 乳飲み子はあの緑の瞳ではなく、当時は黒い瞳で皆を見ていた。

■■■■■

「んぁ……あ……寝ちゃってた」
「まだ目的地には先だぞー」
「んー……」

 俺はうとうとしていた思考をはっきりとしたものに戻すため、旅行雑誌を引っ張り出す。ぱらぱらとページを捲れば、暫くして眉間に深い皺を作ってしまう。

「あー……これ、グルメばっかで肝心な事載ってないや……」
「そりゃあ、地方のグルメ特集が組まれた雑誌じゃな。寝惚けてんのか」
「……ああ、九州地方で有名なあのバーガー食べたい……」
「色気より食い気だな、お前」
「うー、カガミ。腹減ったー!」
「寝惚けんな! お前目的忘れ掛けすぎてるぞ!」
「えー、思いを馳せるのは良いと思う」
「このまま本当に旅行になっちまわないと良いけどな」

 カガミの腕にすりすりと頭を寄せながら、まだぼんやりとした思考の中俺はほわわわわんっと雑誌に載っていたハンバーガーを思い浮かべじゅるりと……いかんいかん。垂らすのは流石に恥だ。
 袖で口元を拭った後、俺はそのままカガミに寄りかかりつつ目を伏せる。

「なんか懐かしい夢を見た気がした」
「そうか、寝惚けるほどに飯の夢でも見てた、と」
「違うって、そんなんじゃ、なくって」

 それは赤子の頃に誰かに抱かれた記憶。
 彼の知らない――『初めまして』の過去。

「とても優しい腕に抱かれる夢を見た」

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 早速の発注有難うございました!
 途中の回想はお任せ状態でしたので、ならばとスガタからの思い出という形にさせて頂きました。
 彼らはいずれ必要とされない時期が来る。でも再度必要とされる時期が来るかもしれない。

 この先の旅にてどう工藤様が変わっていくのか楽しみでございます。

カテゴリー: 01工藤勇太, 回帰, 蒼木裕WR(勇太編) |

回帰・2

どうかあの時の貴女に幸せを。
 どうかあの頃の彼にも幸せを。

「あ」
「すみません、大丈夫ですか? お怪我は有りませんでしたか?」
「……大丈夫。あなたは?」
「僕は平気ですよ。あ、お隣良いですか?」
「ええ……」

 青年はぶつかってしまった女性に声を掛け、病院の中庭のベンチに腰掛ける。
 次いで懐から音楽プレイヤーを取り出すとイヤホンを耳に掛けようとするが、ふと隣の女性が彼を見つめている事に気付いた。年齢で言うなら丁度母親に当たる女性だろうか。青年は「どうしました?」と声を掛け、女性はゆっくりと目を細めた。

「私、あなたをしっているような気がした……でも……きっと気のせいね」
「そう、ですか?」
「今思えば……昔夢の中で見た人……だった気がして。現実なら、もっと老けている……はず」
「そうですね。――あれから随分経ちますから」
「?」
「笑っていてください。どうか、それだけが『僕ら』の願いです」

 『お母さん』。

 どうか貴女に生の喜びを。
 どうか彼には生の意味を。

 彼女には分からない言葉を吐く青年――スガタと呼ばれる蒼と黒のヘテロクロミアを持つ男は昔を懐かしむように微笑んだ。それは秘密の逢瀬。
 多くの出会いをし、
 多くの縁を結び、
 多くの別れの中の一つを彼は思い出し。
 やがてスガタはイヤホンを耳に付けると再生ボタンを押し、隣の女性が看護師に呼ばれるまでずっとそのベンチに座っている事にした。

■■■■■

 新幹線の中が静まり返っている。
 いや、違う。俺の聴力が外の音を遮断しているのか。だって向こうの席では子供が笑っているし、親がそれに対して人差し指を口に乗せ軽く叱っているのにその声が聞こえない。絶対他にも喋っている人はいるのに……新幹線の走行の音すら聞こえないなんて、こんな事可笑しいじゃないか。
 原因は精神的なものだと分かりきっている。耳に取り付けられたイヤホンを外し、俺はゆっくりと身体を起こす。……いや、起こそうとした。しかし手がそれを拒絶する。離れがたいと、カガミから離れがたいと……。

―― そうだよ……俺何期待してんだよ。彼は案内人。俺は<迷い子(まよいご)>。

 初めから決められていた別離。
 出逢った時から定められていた掟。

 俺は前にカガミが言っていた言葉を思い出す。
 『求めなくなったものとは自然と縁が消滅する』という……つまりそういう関係。カガミは迷っているものを案内する役割を担っていて、<迷い子>達は彼の案内を受けて己の行き先を見つける。まるで遊園地の巨大迷路。スタッフにこっちだよ、とヒントを出してもらいながらゴールまで辿り着く……あれのよう。
 カガミがスタッフで俺はあの迷路に迷い込んだ子供だと例えれば答えは簡単だ。
 スタッフは客である子供達を出来るだけ安全にゴールへと導く。子供達はそうと知らないままゴールと定められた場所まで歩いていき……そして到着したら、中に居たスタッフの存在などもう忘れて、現実世界の友人なり家族なりとまた楽しい道を歩み始めるのだ。

 俺はカガミがあんまりにも自分に優しくしてくれるからつい、彼と同じ位置に立っていると勘違いしてしまった。

 俺は『迷路』の中で優しいスタッフを見つけて、その人の手を掴み離さない子供。
 自分が踏み込んだ迷路の中は複雑で、スタンプを押すのにも助言を一つ一つ貰いながら進む。自分がしている事が本当に正しい事なのか不安になりながら、スタッフの――いや、カガミの方をいつだって見ながら歩んできた。
 その度に彼は「大丈夫だよ」って笑ってくれたから……ずっと傍に居てくれるんだと勘違いしていた。
 でも俺はいずれ彼の手から離れていかなくてはならない。
 ゴールの先に例え『誰の存在』も無くても。

 でも俺、ずっと一人だったから……自分の味方が欲しくて……それがカガミで……。
 いずれは確実に来る別離だと分かっていたけれど、この手を失うくらいなら――。

「……俺、やっぱ帰る」
「は? 何言ってるんだよ。この新幹線が急に止まるわけないだろ」
「次の駅で降りて東京に引き返す。これでいいだろ」

 動いている新幹線の中、俺はカガミの身体からやっと離れ、それから廊下の方へと出ようとカガミの足を跨ごうとする。その瞬間、止まっていた音もまた動き出した。しかし、急に変わった俺の態度にカガミは目を丸くし、イヤホンを首に掛けると慌てて止めに入った。
 車内で動く俺に気付いた他の客が気付く。
 注目を浴び始めるけど、ふつふつと湧き上がってしまったこの激情を収めるのに必死で、そんな事気にしていられない。暫くは攻防を繰り返していたが、やがてカガミは一度息を吐き出すと彼自身が立ち上がりそれから廊下に出た。
 次に付いて来いとばかりにくっと顎で先を示す。カガミが客席の間に作られた廊下を歩き始めると、俺は居心地の悪さを感じながらも彼に付いていく事にする。やがて辿り着いたのは自動扉と客席を繋ぐ僅かなスペース。携帯電話も使用可能な区域で、喋るなら確かにこの場所が一番迷惑にならない。

「で、何で戻るなんて結論に至ったんだ?」
「――お前の事だから読めてんだろ」
「読めない」
「……な、んで」
「お前が拒んでる事は俺には一切読めない。言っただろ、『案内人』は神じゃないし、万能でもない。こっちの世界だと尚更だ。俺達の管轄フィールドなら無理やりでも開いてみる事が出来るがこっちじゃ制限が掛かるんだよ」
「……ああ、そう、だっけ」
「だからお前が心を閉ざしちまうと俺にはわからない」

 心を閉ざしている。
 その文章がちくりと胸を刺した。
 今自分は一番信頼している相手にすら内側を見せたくなくて、篭っている事を知らされた気がして。
 対面した格好で相手を見れば、カガミは身体を壁に寄りかからせながら俺を見つめている。スガタとは正反対の蒼と黒のヘテロクロミア。いつだって俺を導いていてくれたその瞳の中に映っている俺は……怒っていた。

「母親の記憶なんていらない」
「どうしてそう思った?」
「あの人が母親なら俺に何をしてくれたっていうんだ。俺を研究所に引き渡して、その後勝手に精神壊したんだろ? ……叔父さんに引き取られた後も結局は俺は一人で……。いつだって一人で……。あの人の記憶なんて無くても変わらないっ」
「それは嘘だ」
「っ」
「今言ったことは殆ど言い訳だろ。どうしたんだよ。『俺が母親の記憶を取り戻すっ!』って意気込んでたお前はどこに言ったんだ」
「だって……」

 だって、ともう一回呟きながら俺はカガミに手を伸ばす。
 此処に居るのに、いない人。
 『案内人』は必要とされなくなったら、<迷い子>だったものから離れてしまう。カガミは俺が迷い続けているから傍に居てくれるんだ。俺がもしいつの日か全てを吹っ切る事が出来て、一人でも歩めるようになったら……。
 伸ばした手はカガミの胸元の服を掴み、そして深く皺を刻む。
 ぎりぎりと布が悲鳴を上げるのが分かった。それほどまでに俺は力を込めないともっと罵声を叫んでしまいそうで……唇をきゅっと引き締めながら目の前の人物を想う。

「俺は」

 だから最低限だけの言葉を選び抜いて、相手に伝える。

「何もしてくれなかった人の記憶より今はお前を失うのが怖いっ」

 その事を伝える事で性別も種族も寿命さえも関係ないと、――どうか伝わって欲しい。

■■■■■

「いいお天気ですね」
「……」
「音楽を、聴きますか? あ、イヤホンはわけっこになっちゃうんですけど」
「私、あなたとしりあい……?」
「昔々の物語では、あるいは――」
「こっちに……窓は、あぶないわ」

 病院服を身に纏った女性が病室へと手招く。
 窓枠に足を下ろし、上部の枠に手を掛けて立っていた青年はその誘いを受け、ふわりと中へと降り立った。円形のパイプ椅子を使いベッドの傍に彼は腰を下ろすと、耳に引っ掛けていたイヤホンを女性へとそっと差し出した。
 長い闘病生活であまり外の世界の物に慣れていない彼女はどうやってそれを耳につけていいのか分からず、暫し掌の上で見つめる。それに気付いた青年は彼女の耳に優しく取り付け、そして再生ボタンを押す。

「……懐かしい音」
「ええ」
「なんて、……あたたかな……」
「あの頃の貴女の歌、です」
「私の歌? ……ちがうわ、これは」

 ―― 生きる命に捧げる歌よ。

 彼女の言葉に、青年はまた少しだけ優しく微笑み、イヤホンから流れてくる女性声の音楽に耳を傾けた。

■■■■■

 気がつけば俺はカガミの腕の中に抱かれていた。
 引き寄せられた二の腕。強く抱きこんで来る俺より大きなその腕はとても温かい。

「彼女は何もしなかった訳じゃない」

 カガミは言う。
 俺は目を見開いた。

「確かに結果的には勇太、お前の言う通り彼女は研究所にお前を預け、その心苦しさから精神を病んだ。結果が精神病院での闘病生活。でも誰にも他人を全て理解出来ないように、お前だって彼女がどうして苦しんだのか分かるはずがない。彼女が心の無い人形のような女ならば――心を壊す事もない」
「――でもッ」
「だから行くんだ。『何もしてくれなかったか』どうかを探しに行くんだろ?」

 その言葉に俺ははっと気付く。
 俺が失ってしまった記憶は大きく、それによって自分自身まで歪もうとしている事実を思い知らされる。目的を忘れ、ただ目の前の存在だけを掴み、病院で一人過ごすあの人の事を今葬り去ろうとした。
 カガミは教えてくれたはずだ。『母親の記憶』が一番俺にとって大切なものだったのだと。

「カガミは全てを知ってるって……聞いた」
「ああ」
「でも俺に教えないってことは俺自身が思い出すことが試練なんだって教えて貰った」
「そうだな」
「……この旅で、俺変われるかな」
「お前は変わっていくよ」
「でも俺、この旅が終わったらお前がどっかに行くの嫌なんだ。ずっと……ずっと傍に居てほしい」
「我が侭だな」
「我が侭でいい。俺、欲しいもん全部欲しいって言いたいお子様だから」
「知ってる」

 俺はカガミの腰に腕を回しぎゅっと抱きつく。
 カガミは天井を見上げるようにしつつ、それからふっと息を吐いた。けれど目を伏せ、俺をしっかりと抱く力はとても強い。

 これは昔々の物語を探しに行く旅。

「俺はお前にも『お母さん』にも、笑っていて欲しいよ」

 その言葉の意味はよく分からなかったけど、それでもカガミが望んでいるのは旅の続行。
 俺は暫し彼の存在を確かめるように抱擁を続け、そして彼もまた俺が落ち着くまで抱きしめ続けてくれた。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 新しい旅。
 その一話目のラストから寂しい終わり方となってしまいましたので、二話目はしっとりしつつも前向きに進むようにと風向きを変えて。
 途中入っているオリジナル要素もとい青年と彼女との逢瀬は工藤様には現在分からない状態ですが、これが出来れば今後の旅に役立てば……とちょっとした演出です。

 ではでは、また旅の続きをお待ちしております!

カテゴリー: 01工藤勇太, 回帰, 蒼木裕WR(勇太編) |

回帰・1

東京駅での待ち合わせ。
 俺がボストンバッグに沢山の衣服を突っ込んで待ち合わせの場所に着いた時にはもう青年の姿をしたカガミはデジタル広告がかけられた柱に寄りかかりながら、何か音楽を聴いていた。
 小さなイヤホンを耳に掛けて、まるで何処にでもいる「普通の人間」のように小型音楽プレイヤーを胸元で揺らしながら彼は口ずさむ。その音は人混みの音で消されてしまっているけれど、光景だけは目に焼きつく。

 「まるで普通の人間のように」。

 ――それは彼が人間ではないと自分が認識している事も示していて、胸元が僅かに苦しくなった。
 その足元には俺が持っているバッグに似た鞄も置いてあり、傍目から見れば彼は旅行者そのもの。イヤホンに手を当て、何かを聞いているその姿は珍しくてもう少し見ていたかったけれど、あいにくと相手の方が俺に気付いてしまい片手を挙げられる。流石にそれはもう無視出来ない段階で、俺は慌ててカガミの方へと駆け寄り「ごめん、待たせた!?」と今更ながらの挨拶をした。
 カガミはイヤホンを首に引っ掛け、音楽プレイヤーを操作して音を切る。俺はその一連の仕草から目が離せず、彼をじっと見たまま。

「勇太? どうした?」
「――っあ、そ、そうだ! え、駅弁買おうぜ! 俺旅行とかあんましねーからさ。すっげー楽しみにしてたんだよな!」
「おう。じゃあ俺はその間に切符を買っておくかな。あ、お前学生証貸せ。学生割引効くだろ」
「あ、そうじゃん! 何気にカガミ色んなことに詳しいよな」
「まあなー。じゃあ、適当に宜しくー」

 カガミに学生証を渡せば相手は足元に置いていたボストンバッグを掴み、窓口の方へと足を運んでいく。はぁっと俺は安堵の息を吐きながら駅弁コーナーへと向かった。
 なんていうか。
 実は先日酔っ払った一件での事を今でもしっかりはっきりと憶えておりまして、実は気恥ずかしかったりする。カガミの顔を直視出来ずになんとか誤魔化したのは良いが、これがいつまで持つか……。

 今回の旅行は夏休みを利用した俺の母親に関する記憶を探る旅。
 その為何泊になるか分からない為切符を買うのも片道分だけ。宿泊施設も現地に行けばなんとかなるだろうと全く予約もしていない。いざとなれば漫画喫茶ででも寝れるし、今の世の中きっと何とかなるだろうと……本当に旅行好き人間から見たら見事なるノープランで怒られそうな旅である。

「しかしあのスクリュードライバーはマジで参った」

 オレンジジュースだと思って飲んだのは良いけれど、実はお酒でした、というオチが付いた先日の一件を思い出し、仄かに頬が熱くなる。その後酔いに任せて普段なら躊躇する言葉を吐けたり、旅行に付いてきてと素直に甘えられたり、報酬のキス一回を頬にしたり出来たけどその記憶はばっちりと俺の中に残っているからちょっと逢う事に戸惑ったけど、カガミはやっぱりカガミのままだった。
 何があっても揺らがない存在過ぎて時々その存在が遠く感じる。

「おい、勇太。まだ飯買ってなかったのか?」
「あ」

 ひょいっと横から顔を覗かせた問題の人。
 俺は手に持っていた弁当から視線を持ち上げそっちを見る。彼は封筒を手に持っており、それが切符だとすぐに分かって、いつの間にか過ぎていた時間に俺は慌てて本当にてきとーな弁当を二つと飲み物を購入した。

 やがてホームへと移動すると俺はそわそわと落ち着きなく身体を揺らす。
 こういう旅行の体験は学校行事でもない限りなかったため、心が騒ぐ。しかも学校行事の場合は大抵がバス移動だし……。
 俺達は新幹線に乗り込み、安かったという自由席に腰を下ろすとまだ立ったままのカガミが鞄を寄越すように俺に手を出す。俺は一瞬なんのことか分からなかったけど、鞄を預ければ頭上の荷物入れに二人分の鞄をカガミが入れている姿を見て納得した。やがてカガミも俺の隣に座り、窓側が俺、廊下側がカガミと言う二列座席に腰を落ち着ける。
 駅弁を広げ、ペットボトルホルダーに買ったばかりの飲み物も置いて俺は早速それを食べ始める。カガミも続いて弁当を開けば、意外と美味しそうな品目が並んでいて、咄嗟に選んだとはいえほっと安堵の息を付く。

「俺さ、俺さ、こういう旅行って始めてなんだよなー! あー、スガタも呼べば良かったなー。三人だったらもっとこう、別の楽しさもあっただろうしさ!」
「お前本来の目的を忘れかけてないか?」
「そ、そんな事ないって!」
「遊びに行くんじゃないだろ」
「いてっ」

 拳にした手の甲で軽く叩かれ、俺はぷくっと頬を膨らませる。
 当然目的は『母親の記憶探し』なんだから遊びに行くんじゃないって分かってるけど、高ぶる気持ちはとめられないもので、新幹線が動き出し、周りの景色が変わり始めると俺は窓に視線を向け思わずガラスに両手を付けながら景観を楽しんでしまう。
 テレポートしていたら見れない景色――俺はいつもこういう光景を飛ばして目的地に到着しているのかと今更ながら能力による弊害を感じる。
 例えば田畑で働く人の姿。途中トンネルを通り抜けて山に入り、森林地区の自然。東京とはまた違う都会の景色。
 それは能力を使って、ただ目的地だけに飛んでいては見られないもの達――。

「そうだよな、……普通、人間ってこうやって移動するんだよな」
「お前も普通の人間だよ」
「カガミ」
「人間、異質とかそういう尖った枠に入れるから面倒な傷を作る。俺から見たらお前もただの人間だよ」

 言うや否やカガミはいつの間にか食べ終えていた弁当を袋の中に片付け、イヤホンをまた耳に掛けて音楽プレイヤーを再生させる。
 一体なんの音楽を聴いているのか気になったが、相手がそのまま腕を組みながら目を伏せてしまったので邪魔するのもどうかと思い、俺も大人しく弁当を食べ終えた後片付け、窓枠に肘を付けながら外の景色を楽しむ事にした。だが不意に自分の左手に絡む何か。すぐにそれが何か分かり、俺は一瞬硬直してしまう。
 指と指を絡め、掌と掌をくっつけるだけの動作。
 さっきまで腕を組んでいたくせにと思い、仄かに頬を染めながら相手を見やれば、カガミは廊下側の肘置きに肘を乗せ、手の甲に頭を寄りかからせながら目を伏せていた。
 相手の胸元では再生のマークが動く音楽プレイヤーが新幹線の振動で揺れている。

「長い旅路だ。ゆっくり楽しめよ」

 瞼を下ろしたままのカガミがそう呟くのを見て、俺は俺で改めて窓の方へと視線を向けた。
 もちろん……手は繋いだままで。

■■■■■

 俺は今、ぼーっと窓の外を眺め考えに耽っている。
 流石に景色が変わる様にもそろそろ飽きが来ているが、隣のカガミは静かに眠っているように見える為声を掛けられない。
 そのせいか、俺は自分自身の事について考える時間が出来てしまった。

 あの『男』の精神に潜った時の事。
 俺は力尽きて男の精神に飲み込まれ、同化し、あのままだったら浮上出来ずにきっと消えて無くなっていたのかもしれない。だけど誰かが引き上げてくれた……その感覚すら憶えていないけれど、俺は半ば確信している。あの時助けてくれたのは今隣にいるカガミなんだろうと。

 『カガミ』……。

 彼は夢の世界の住人で、迷っている人や動物……時には物をも導く『案内人』。
 最初はスガタと鏡合わせの容姿で出逢った『子供』。だけどその姿は変化自由で、青年になった時は本気でびっくりしたっけ。しかもその時はあの『男』が使った呪具の影響で彼の自我を支配されていて、結果的に大怪我を負わせた事を今でも俺は忘れていない。

 ……そうだ、夢の世界は精神の世界と似てる。
 いや、同じなのかもしれない。
 スガタもカガミも『夢でいい』という感覚で接してくれているから、俺は夢だと思っているけれど、本当はあの世界は何で構築されているのか俺は知らない。
 何も無い空間の中、あの二人は存在していた。
 どこから産まれたとか聞いたこと無いけれど、無の空間でずっと自我を保てる『案内人達』の存在は不思議だ。精神論なんて難しい事を考えても俺の頭じゃ限界があるけど、何となくしか感じ取れないけど……カガミは俺達人間よりもずっと高次元な存在なのかもしれない。
 人間である俺とはそもそも組織構築からして違っていて、姿を自由変化させられる事からして『肉体が在る』様に見せかけていると考えた方がずっと考え方としては分かりやすい。

 隣にいるよな。
 今、俺の隣にいるよな。

 一瞬だけ新幹線が大きく揺れ、ふとカガミの右耳からイヤホンが外れる。
 ぽろりと落ちたそれはコードの長さの都合上、途中で落下が止まり、ふらふらと揺れている。でもカガミは眠っているのか、それに気付いていない。俺は何となくそのイヤホンを摘み、相手へとそっと身体を寄せそしてそれを己の耳に付けた。

 隣にいるよな。
 今、隣にいるのは――カガミ、だよな?
 俺の手を握ってくれているのはお前だよな。

 再生ランプは変わらず光っており、音楽が流れている事を示している。リピートマークも付いている。
 なのに、俺は思わず喉がひくっと鳴らしてしま……った。

―― 今同じ場所にいるのに、違う場所にいる……のか?

 急に不安になり、俺はもう一方の手でカガミの裾を握り締める。
 流石にその行動には気付いたのか、カガミは瞼をふっと持ち上げ些か眠そうな動作で俺を見た。

「なんだよ、勇太。そんな顔してさ」

 カガミがコードが伸び、俺に繋がっているイヤホンを見やる。

「こんなの聞いたってつまらないだろ。なんなら好きな音楽を鳴らしてやるからリクエストしてみろよ」

 俺は首を振る。
 カガミは困ったように笑いながら俺の頭を撫で、それから小さな声で「ごめんな」と謝罪してくれた。

 奪ったイヤホン。
 再生されていた音楽プレイヤー。
 でも俺の耳に入ってきた音は――無音。
 見せ掛けの「人間」は待ち合わせ前のあの時、一体何を口ずさんでいたのか。

―― どうしよう。
    此処に居るのに、この存在(あいて)は同じ景色を見ていない。

 これはただそれに気付いた。
 それだけの――恐怖。

 耳に優しい女性声の旋律が聞こえ流れてくる頃、俺はカガミの肩に額をくっ付け、静かに目を伏せた。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 新しい旅、その出発の話の発注有難うございます。
 そしてラスト。寂しい描写となり、こちらもしんみりとした気分で書き上げさせていただきました。
 工藤様の不安を取り除けるかどうかはこの先次第で、まだまだ始まったばかりですがご一緒させてもらうNPCは彼らしく最後までご一緒させて頂こうと思います。

 ではでは!

カテゴリー: 01工藤勇太, 回帰, 蒼木裕WR(勇太編) |

カガミからの手紙2

【件名】無題
【差出人】――(かすれた名前は読めずに)

 (数行の空白)

 元・<迷い子>であるお前は自分を捉えていた鎖から解き放たれた。
 ゆえに『案内人』との関係は絶たれ、全てはゼロの境界へと戻った。
 別れを始まりへと繋げるのであれば『目的に至る道』を探せ。
 ただしお前が現実を忘れる事を俺は望まない。

 時を刻むからくり。
 鎖を片手に絡めながら俺は自らの意思で動けぬこの場所でお前を見ている。

 俺は今、多くを話せず、感情も露呈出来ない。
 塗り替えられたルールにより俺は物を語る口を封じられているからだ。
 ただ願う事は同じ。
 思う気持ちは同じ。

 しかし、お前が苦しむのならばどうか忘却を。
 『彼ら』はその為の助けをしてくれるだろう。

 この場所は暗くて寒い。
 別れが再会に繋がるのであれば、お前の温かさも絶対に取り戻せる。

カテゴリー: 01工藤勇太, カガミからの手紙, 蒼木裕WR(勇太編) |

カガミからの手紙

【件名】ばーか(笑)
【差出人】カガミ

 勇太へ。

 何改めて手紙なんて……、本気でびっくりしただろうが!
 んー、この間の話な。
 お前の友人らに突っつかれていた時のアレはただの悪戯だ。
 可愛い可愛い男の子(笑)でも行ってやってもよかったけど、それじゃ今後の生活がまずいだろ。基本的に案内人は<迷い子>の人生狂わしちゃダメだからさ。
 まあ、友人らに逢わせろって言われたらまたあの姿になってやるし、それが嫌なら適当に別れたとか言っとけば? ただし、お前また彼女居ない歴追加されっけどな(にやり)

 別に男女なんて俺にはどうでもいいし、お前がどういう気持ちだったのかも知ってるから気にすんなよ。
 貰った時計だけどお前と逢う時は付けていく。同じ時間を過ごしている間だけでも時計に時を刻んでもらえたら嬉しいよな。俺もお前が俺を必要としてくれる限りは傍にいて見守りたい。

 お前が幸せになれるよう、心から祈ってる。

 カガミ

カテゴリー: 01工藤勇太, カガミからの手紙, 蒼木裕WR(勇太編) |

今宵、どんな夢を見る?・2

可愛い可愛い女の子とクリスマスにデート。
 それは本当に彼女いない歴○年の俺にとっては願ってもいない事だけど――そんな『彼女』が普段は十二歳ほどの少年だって誰が信じてくれるでしょうか。

 ああ、俺の頭がぐるぐると混乱して回る。
 黒のツインテールにカジュアル系コートにミニスカと茶ブーツ。寒空の下で太ももの『絶対領域』を晒す彼女の隣で歩きながら、俺はなんとか街の地図を脳内に広げた。

「じゃ、じゃあ、あそこの店に行ってみよう!」
「入った事は?」
「ないけど」
「じゃあ、冒険」
「き、気に入らない?」
「いんや。お前がどういう趣味なのか気になっただけ」
「うぐ……流石にレディースファッション系の店に入ってたら俺の精神がおかしいと思う」
「まーなー」

 口調も態度もいつも通りの『彼』なのに、今のカガミはどこからどう見ても可愛い女の子。
 俺と同年代ほどに引き上げられた外見年齢は愛らしく、生意気な口をきいていてもどこか愛嬌さえ感じられてしまうほどだ。有り難い事にそんな『彼女』と歩いているのは俺で、先程から歩く度に人々が振り返るので内心どきどきしてしまう。
 しかもその視線の持ち主達の思考と来たらこれまた酷いもの。

 例えば女性から聞こえる「あのコ可愛い」は許せる。
 でも男性陣から聞こえる「あんな可愛い子になんであんな奴が!」という明らかなる嫉妬の思念は聞こえてきた瞬間思わずむっとしてしまう。だからついつい、強気な態度で俺は腕を伸ばし。

「勇太?」
「ほら、早く店に入るぞ!」

 これ見よがしにカガミの肩を抱き、自分の方へと寄せる。
 あー、ほっそい。どうしよう、マジ細いです。普段の少年姿は細いというより幼い。青年の時はむしろ俺の方が抱かれているのに……まさかカガミの事をこんな風に感じてしまうだなんて思わなかった。
 多分カガミは周囲の視線や思念も感じ取っているんだろうと思う。だって俺よりも感受性が高いはずなんだから聞こえていないはずがない。でもカガミは堂々としていて、特に気にした様子もなくて、ただ普通の女の子みたいに俺を見て少し笑っていて……。

「別に気にする事じゃないだろうに」
「気にするってーの!」

 そう言ってカガミは俺の手へと己の手をするりと伸ばし、絡め繋がったのは指先で。
 俺がどれだけ相手にドキドキしているのかも伝わっているだろうし、周囲の人間がどんな目で見ているのかも知っているんだろうけれど、――あえてそれを無視して尚戯れてくる相手に俺は一体どんな方法でエスコートしようか。
 ……雑念を振り払い、今はただそれだけを考える事にした。

■■■■■

「勇太まーだー?」
「まだ!」
「良いけどな、別に」

 アレから何軒かの店を回りつつ、お互いに気になったものを購入したり食べ歩きをしたりとそれはもう至って普通のデートを楽しんだ。
 そして今はとあるアクセサリーショップへと辿り着き――そこから既にうんうんと一時間程唸りながら俺は迷っているわけです。
 店の端にある一人掛け用の椅子に座り、揃えた膝の上に肘を乗せて両手で頬杖を付くカガミがこれまた可愛い。相手を待たせるのは良くないと思ってはいるのだけれど、入った店先に陳列されている商品がちょっと好みで目を引き、財布と相談しつつ商品をピックアップしていく。
 店員にオススメを訊きながら選び、やっと数個に候補を減らしたけれどそこから先が中々難しい。本当は本人に試着してもらう方が良いんだろうけど、びっくりさせたい気持ちがあるからそれは出来ない。
 椅子に座ったカガミに時折男性店員が声を掛けるけれど、それに対してつい鋭い眼光を向けてしまう。店員に邪念があるわけじゃないけれど今は俺の『彼女』なわけだし、これくらいは……まあ、うん、許してもらおう。

「お待たせ」
「うん、すっげー待ったけど無事買えてなにより」
「ホントーに待たせてごめんってば!!」
「別に怒ってないって。で、何買った?」
「――秘密」

 やっとの思いで購入物を選ぶとそれが包装された小さな袋を手に俺はカガミの方へと戻る。
 本当に知らずにいるのか、それとも知っていて知らないふりをしてくれているのかは分からない。割となんでも知っているカガミだからとっくの昔に俺が何を選んで、何に迷っていて、何を買ったのかなんてお見通しなのかもしれないけれどそれでもいいと思う。
 店外へと出て街中に戻ればすっかり暗い。
 時間だけを見ればまだ夜手前というところではあるが、冬という季節柄日が落ちるのが本当に早くなったとつくづく思う。街を飾る様々なイルミネーションが艶やかに輝き始め、辺りを彩る。俺は相変わらず腕に抱きついてくるカガミと一緒にツリーの見える場所へとさり気なく誘導し……多分、多分さり気なくだから! けっして緊張のあまりぎこちなく歩いてなんかないからな!

「カ、カガミ。あのさ、これ」
「んー?」
「これ、受け取って欲しいんだけど」
「これさっきお前が選んでたやつじゃないか」

 ぱちぱちと、それはもう可愛い音を立てそうな動きで瞬きが数回繰り返される。
 俺が差し出した手乗りサイズの紙袋をカガミは両手でそっと受け取ってくれたので内心安堵の息を吐き出した。そしてそれを開封するよう視線で促すとカガミは素直に袋を開く。
 その中から出てきたのは細い鎖で出来たシルバーウォッチ。男女兼用デザインのもので、サイズも多めに切り替えが出来る。カガミはそれを手の平の上に乗せると俺の方へと視線を向けた。黒と蒼のヘテロクロミアが俺を映し出し、不思議そうな表情を浮かべている。

「カガミには時計なんて必要ないかもだけど……でも、それでも……俺と同じ時に居てくれたらいいなって思ってさ……」
「さっき選んでたのこれか。何か真剣な念を感じたからあえて感じ取らないようにしてたんだけど」
「付けてみてくれるか?」
「ん」

 どうやら気を使っていてくれたらしく、カガミは本気で今俺が買った物がなんなのか知ったらしく嬉しそうに目を細めた。言われるがままに手首に袋の紐を通してぶら下げた後、その女性らしい手首へと贈ったばかりの時計が嵌められる。シャラリ……と金属特有の音が聞こえ、収まったそれを俺はじっくりと観察した。

「似合うか?」
「うん」
「そっか。アリガトな」
「……似合うよ、カガミ」

 俺は嬉しそうに微笑むカガミを見つめながら今までの相手との出来事を振り返る。
 最初は変な少年だと思っていたけれど、口が悪いように見えて実は的を得ていたりして、そこからやっぱり相手は俺の知らない長い時間を過ごしてきた「案内人」だと感じる出来事が多々あった。更にカガミが青年の姿になれる事を知り、出会いから今までの時間の半数はその姿で一緒に過ごしてきた事を思い出す。
 母親の記憶を失った時も二十歳ほどの青年の姿のままで九州まで付いていてくれたし、夢の世界での逢瀬も今はもう慣れたものだし……。

「勇太、有難う。大事にする」
「……カガミ」

 良い雰囲気だと思う。
 本当に、本当にとーっても良い雰囲気だと思うんだ。
 でも何故だろう、この違和感は。

 俺が過ごしてきたのは確かに目の前にいるカガミである事は間違いない。
 でも可愛い女の子ではなかったし、むしろガンガン攻撃するタイプの少年もしくは青年だった。共に過ごしてきた時間の中、これほどまで甘いムードが漂った事はあるだろうか。……あ、あったかもしれないけど、どちらかと言うと俺の方が受身でリードされる事が多かったから正にこれは反転状態。
 可愛い女の子とデート出来たのは嬉しい。でも、でも……!!

「ああ!! 俺のアイデンティティーが崩壊する!」
「勇太!?」
「無理! 確かに可愛いコを希望したけど! カガミはカガミのままがいい!」
「――あー……そんな涙目にならなくても良いじゃん」
「むーりー! くっそー! いつものカガミに戻ってくれぇぇええー!!!」

 全力で叫びだした俺に周囲の人たちの視線が集まる。
 それはもう涙がだばだば流れるし、心の中の何かが壊れるような音が聞こえ始めて、何から何までもう限界! 俺は確かにカガミが好きだけど、女の子であって欲しいなんて思っていなかったから余計に無理!

「可愛い男の子とかどうよ」
「それ色んな意味でアウトだろ!?」
「えー、じゃあ格好良い青年?」
「……うー」
「はいはい、あっちの姿が良いわけだ」

 カバンの中から手早くハンカチなんかを出してきて俺の頬に当ててくれる可愛いカガミの気遣いが心に刺さって痛い。
 別に今の姿が絶対に駄目って言うわけじゃない。この姿もカガミの一部だと言うのならば好きになれると思う。でも俺が好きになったのはあくまで青年カガミの姿だったから――。

「じゃあ、あっちのホテルで青年姿になって過ごそうか?」
「さり気なく問題発言に聞こえるんだけど!?」
「別にラブホテルに行くわけじゃあるまいし」
「発言がアウトー!!」
「ふーん、ホテルが嫌ならお前の部屋にでも行くぞー」

 ここで変化するわけにはいかないしな、と一言付け加えられながら俺はカガミに手を引かれる。
 その腕には俺が選んだばかりの時計がイルミネーションの光を吸って輝くばかり。
 歩く街並みは確かにクリスマス仕様でいつもより変わって見えるけれど、それとはまた違う特別な人が此処には居る。

 歩いている最中やっぱりカガミを見て振り返る人々の姿は耐えない。
 だけど俺が好きな人は――。

「勇太ー、ほら泣き止めって」
「うー……」

 繋いだ先には細い手の持ち主。
 少女が青年に変わって俺を抱く時こそ、心から安堵の息を吐けるのだと自分はもう知っている。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 こんにちは、続編の発注有難う御座いました!
 青年の方がやっぱり良いというオチでしたので、どうやってフォローしようかと思いましたが周囲の目とか考えると変化出来ない……と考え、青年姿に戻った時の事は妄想にお任せ致します。
 抱擁に走る事は間違いないので!
 ではでは!

カテゴリー: 01工藤勇太, その他(蒼木WR), 蒼木裕WR(勇太編) |

今宵、どんな夢を見る?

貴方は、幸せそうに笑うでしょうか。
 それとも悲しみに心を沈めていますか。

 さあ、目を覚まして。
 そして教えて、そこはどんな世界?
 鏡合わせの中に存在する虚像のように、またそこには別の貴方。

 貴方は聖夜の夜にどんな夢を見るか。

■■■■■

「工藤君、あたしと付き合ってくださいっ!!」

 それはクリスマスの告白。
 くしくもクリスマス当日生まれて初めてクラスの女子からとある店にて呼び出しを受け、それはもう賑やかな街のお祭りムードの中で告げられた言葉。目の前にはクラスの女の子の中では結構可愛いと噂されている子が居て、性格面もまた気遣いが出来て気安く喋れるとあって男子達の中での評判は上々。時折告白する男子も居て、俺自身玉砕している姿を他人事のように見ていた。
 でもまさか断っていた理由に自分が含まれているなんてこれっぽっちも思っていなくて、最初呼び出しされた時はてっきり何か相談事だと思っていたくらいだったのに。

「え、えっと」
「だ、駄目かな。工藤君ちょっと前までどこか人との距離に一線置いているところがあったんだけど、今はもう大分そんな事無くって、えっとね、えっと上手く説明出来ないんだけど凄く魅力的に見えたの! だから、その……目で追いかけていたんだけど……」
「う……あ、ありがとう?」

 一線置いていた、という点に少しだけドキリ。
 確かに自分は超能力を保持しているという人間ゆえ、それがばれないように――でもあくまで自然に出来るだけ人の中に身を置こう身を置こうと気を使っていた時期がある。友人達の事は当然大好きだが、能力についてばれないよう必死だった事を思い出す。
 本当ならこの告白も以前ならばそれはもう涙流して喜んでいたが、今目の前で告白してくれている彼女が言ってくれたように、昔よりも大分人との距離が緩和されたというのならばそれは恐らく原因は――『彼』の存在があったからだろうと思うからこそ、俺はくっと唇を甘く噛み締める。

 決して同じ世界を生きる人物ではないけれど、それでも望めば傍に居てくれる――カガミの顔が思い浮かんでしまった事がもう決め手。
 俺は心苦しさもあり、女子にゆっくりと困った表情を浮かべながらこう言った。

「……俺、好きな奴いるから……ごめん」

■■■■■

 そして幾許かの時が過ぎ去り、一人残された店内にて。

「女の子を泣かせてしまった……」

 ぼんやりと俺は去っていった女子が人込みに消えていくのを見送る。
 告白を断った瞬間、彼女は目を見開きそれはもうぽろぽろと小粒の涙を零し始めてしまったのだ。そりゃあもうその後は動揺の嵐。泣かせたかったわけじゃないし、でも本心を誤魔化す事も出来ない俺にはアイツの存在を心の底に追いやりながら他の女の子と付き合うなんて出来ない。
 当の本人はもしかしたら気にせず付き合えとか言い出しそうだけど、俺の方が嫌なんだからこれはもう末期というしかない。ついついテーブルの上に両肘をつけ、頭を抱えてしまう。

「……あー……俺ってホント、駄目なヤツ」
「ですねー。女の子泣かせて上手くフォロー出来なかった駄目な男ですなぁー」
「げっ!」
「あそこはもうちょっと他の言い回ししろって。なんで直球で『俺好きな子いるから』だよ。つーかなになに、お前好きな奴出来たの?」
「お前らいつから居て!?」
「割と最初の方から?」
「あ、かもしんねー。っていうかお前らが後から店に入ってきたんだぜ。俺らが先」

 急に声を掛けられ、ボックス席に「詰めろ詰めろ」と二人の友人が押しかけてきた。
 不意打ちのその声掛けに一瞬身体を跳ねさせ俺は友人らをマジマジと見つめることとなる。しっかり注文書ごと移動してきた二人は更にウェイターのお姉さんに席替えの話を通す徹底振り。これはもう嫌な予感しかしないと自分の本能が危険を訴え始める。

「で、好きな子って誰?」
「俺らも知ってる子?」
「う、そ、それは……」
「学校違うとか? つーか、勇太ってば俺らに相談無しとかなんなのー、先にリア充になっちゃうのかよー」
「そうそう、クリスマスに呼び出し喰らって断るくらいなんだからもしかしてその子とこれからデートとか?」
「ん? いや、待てよ。『好きな子がいる』って言ってただけで付き合ってるとは言ってなかったから……デートじゃなくってただの勇太の片思いじゃね」
「あ、そうか。もしくはただの断り文句。――んー、でも勇太『恋人欲しいー』って言ってたからわざわざ女子遠ざけんのおかしいよな。やっぱ好きな子が出来たっていうオチかよ」
「お前らっ……! 人のこと詮索すんなよ!」
「で、結局好きな奴って誰よ」
「――っ」

 こいつら、俺は密かに悩んでいる事を突っ込んできやがる……!
 大体俺だってカガミの事好きだけど、アイツ自身も俺のこと好いてくれていると思いたいけど……そう言えば一度も好きとか言われた事ないんだぞ!!
 ついつい、好きな子がいるって言ったけど相手は同性だし、望めば傍には居てくれるけどカガミの方から傍にいろとか言ってくれた覚えなんて殆どないし――う、考えれば考えるほど落ち込みたくなってきた……。
 実際問題俺たちも関係ってなんだ。
 キスをした事はある。手を繋いだ事もある。抱きしめあった事もある。一緒に夜を過ごした事もある――身体の繋がりだってあるけれど……相手は人間ではない。同じ時間軸を生きているのかも怪しい、虚像の人物だといっても過言ではないのだ。

「お前もしかして見栄張ったとかじゃないだろうな?」
「エアー彼女ほど悲しいもんはないんだぜ。勇太」
「ちょっ! 俺どれだけ寂しい人!? いるってば! 実在してるって!」
「じゃあどんな子だよ!」
「可愛いコだよ!」
「「へぇ~?」」
「う」

 つい、咄嗟に口から飛び出してきた言葉に俺は慌てて自分の口を押さえる。
 しかし時は既に遅し。友人らは俺の言葉ににやにやと感心の笑みを抱きながらじりじりと顔を寄せてくる。その笑みは明らかに興味津々で、これはもう逃がしてくれない事など明白。俺はがくりと頭を垂れさせるしかない。

「勇太の可愛いコねぇ。まあまあ、俺達にも紹介しようぜ?」
「紹介って!」
「実際いるんだったら逢わせてくれるだろー。ほらほら、連絡取れってば」
「それとも連絡先すらまだ交換してない感じか?」

 ぐいぐい押してくる友人らに俺は焦りを感じざるを得ない。
 逢わせろと言われても相手は男。
 しかも普段の姿は十二歳程度の少年。青年姿の時もあるけれど、どっちの姿で出てきてくれたとしても俺の好きな子には当て嵌まりにくい。というか当て嵌まってしまったら色んな意味で困ってしまうわけで。
 ああ、ぐるぐるする。
 どうにかこの場を潜り抜けるいい方法はないだろうか。好きな奴がいるのは本当だけど、ここでカガミを呼ぶわけにはいかない。だってアイツは――。

「勇太、お待たせ。女の子の呼び出しは終わったか?」
「え」

 カガミは男――だったはず。
 しかし聞き覚えのある声に顔を上げた俺の目の前にはふわふわの淡いピンク色のコートに身を包み、長い黒髪を両側頭部に結わえたいわゆるツインテール姿の『少女』が一人。茶スカートも膝上と丈が短く、その代わり茶のロングブーツと黒フリルの装飾が付いた白ニーハイソックスが可愛らしさを演出している。
 『彼女』はにっこりと微笑む。
 その黒と蒼のヘテロクロミアだけは『彼』そのままの面影を残し、コートの中にポケットを突っ込みながら待ち合わせでもしていたかのようにあくまで自然に俺達の前に現れて。

「そっちは勇太の友人か? 初めまして」
「え、あ、は、初めまして」
「こっちこそ初めまして!」
「勇太、店のセール時間迫ってるから友人らと用事があるなら先に行ってて良いか?」
「待った! 俺も行く! ――じゃあ、俺行くからお前らまたな!」
「お、おう。彼女と楽しめよ!」
「なんだよ、ガチ彼女かよ。今度は名前教えろよー」
「やなこった! お前らからかってくんのわかってんだよ、馬鹿!」

 小首を傾げながら聞いてもいない話を持ち出し、『彼女』は店の外へと視線を向ける。そのまま本当に先に店を出て行ってしまいそうな気配にチャンスとばかりに俺は食いつき、領収書と共にレジへと向かう。
 後ろからは好奇の視線が追いかけてくるが今は仕方ない。店を出れば流石に追ってこないだろう。

「……なあ」
「なに」
「お前、マジでカガミ?」
「可愛いだろ」
「…………」
「可愛くないのか」
「か、カワイイデス」
「ぷっ……! しかしマジでクリスマスセールやなにやらで賑やかだな。なんか奢れよ」
「何かって、なにを?」
「そこはちゃんとエスコートしろって」

 結わえられた髪の毛の先を指でくるくると巻き込んで遊ぶカガミの姿は確かに可愛い。
 自分よりも身長も低く、小柄で、幼い顔付きに心臓が跳ね上がる。スカートとソックスの間の……えーっと『絶対領域』だったっけ。見えそうで見えない肌色の部分もドキドキします、はい。コートを着ているから中がどんな服装をしているのかまで分からないけれど、多分カジュアル系だろうという事は察する事は容易。
 纏う雰囲気はあまり変わらないのに、自分と恋人に見られてもおかしくない年齢の女性であるという事実だけが何故か今日という日を特別な色に飾り立てて仕方がない。

 俺が戸惑っている気配を察したのか、カガミは俺の右横に立ちそのままぽふんっと腕にしがみ付いてくる。
 手がするりと俺の手に絡めばその指の細さと柔らかさに女の子特有のものを感じてより一層心臓は高鳴るわけで……、更に言えばコート越しに微妙に感じるアレが……女の子の胸がぶつかってきて俺は顔が赤くなるのを感じ始めた。

「勇太ー、服見立てて、服。もしくはアクセな」
「俺女の子の服とか分からないんだけど……」
「じゃあアクセ。これだけじゃ寂しすぎるからなんか買ってくれ」

 そう言ってカガミは左手を持ち上げ、その薬指に嵌っている指輪を見せ付ける。
 シンプルなリングは以前俺が『彼』に貰ったものとお揃いで、多分それを考慮してつけてきてくれたんだと思うんだけど……あれ、ちょっと待て。もしかしてこれはペアリングというヤツ!?

「お前気付くの遅くね?」
「――思考読み取るの反則!」
「いーまーさーらー」

 きゃらきゃらという擬音が似合うほどに愛らしい少女。
 普段とはやっぱり違うその容姿に俺はどう対応して良いか分からない。でも多分普段と同じで良いはず。それで良いはず……だけど。

「なあ、カガミ」
「んー?」
「これデート?」
「別にお前が俺に貢ぐ男兼荷物持ちになりたいって言うならそれでも」
「全力でデートがいいっす」
「だろ。ほら、行こう」

 即答で不名誉な言葉を却下すると俺はカガミに引っ張られるままに街中を歩いていく。
 今までにないこの新鮮なクリスマスの光景に俺は心の中でガッツポーズを決めるけれど――これが今後どう響くかは今の俺は知らないままで。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 こんにちは、今回はカガミ女体化設定での発注有難う御座いました!
 普段とは違う少女姿での登場で御座います。
 いわゆるカジュアル系女子。足元が寒いけれど「お洒落には我慢も必要」の心意気でスカートの丈も短く! 髪形はどうしようかと迷いましたがツインテールにしてみました。ほどほどに化粧もしておりますので気に入っていただけますように!

カテゴリー: 01工藤勇太, その他(蒼木WR), 蒼木裕WR(勇太編) |

クリスマスなんて爆発しろ!!

『――クリスマスなんて爆発しやがれぇええッ!!』

 それはどこかの世界に存在する「loneliness」という孤独神の咆哮。
 その叫び声は多くの世界に響き渡り、その声を聞いたものは一瞬身を固めたという。しかしその後何事も無く平穏な時間が訪れたため「ああ、きっと独り身の男が叫んだだけか」と殆どの者は哀れみ、もしくは同情した。

 さて時はクリスマスから数日後。
 君の目の前には何故か一つの扉が存在している。興味ある者もない者もその扉を見たが最後、引き寄せられるようにドアノブに手をかけた。

 扉の向こう側に広がっているのは暗黒。
 しかしその暗黒空間の真ん中には王座が有り、そこに座っている青年が一人。漆黒の髪は床に流れるほど長く闇に溶けるほどの色合いを持つ。身に纏う黒ローブも装飾が一切施されておらず、一見怪しげな美形魔法使いにしか見えない。
 だがそんな黒色彩とは正反対に垣間見える肌は白く、その左頬には「loneliness」と文字が刻み込まれていた。

『ようこそ、扉を開けし異界人。つっても俺様が開かせちゃったんだけどよぉ。――俺様の名前はloneliness(ロンリネス)、孤独を愛する神様っつーわけですよ』

 右頬に手を付き、にぃっと口端を持ち上げる様子は怪しげ。
 身にまとうオーラは若干暗く――失礼、黒くその場に居た者達をぞっとさせた。

『で、早速で悪ぃんだが、俺様ってばクリスマスってーのダイキライなわけですよ。つーか行事全般ダイキライ。ロンリー野郎が増えるイベントはダイスキだけどねん。――というわけで、ちょっとお前らには俺様に付き合ってゲームをして貰おうと思う、おっけ?』

 彼は王座から降り立つ事無く指をパチンっと鳴らす。
 その瞬間、現れたのは――。

『ルールは簡単。お前が愛しいと思うヤツをその手で殺しちゃって?』

 白の衣服を身に纏った愛しい人。もしくは愛しいペットだったり、『自分』だったり。
 逢えないはずの故人までその場に存在し、彼らは愛しげにこちらを眺め見てくる。

『白を赤に染めてサンタ色にしてくれたら俺様きっと満足すっから頑張ってよ』

 その言葉を合図に『彼ら』は自分達に歩み寄ってきた。

■■【scene1:邂逅】■■

「あらイケメン♪」

 孤独神lonelinessを見た腰までのウェーブがかった金髪の可愛らしい少女、レイチェル・ナイトは素直に己のイケメンセンサーを働かせ幸せそうに一言感想を漏らす。
 例え自分にとって思いがけない空間に飛ばされ今にも命の危機に襲われていたのだとしても、彼女のセンサーは相変わらず通常運行のようであった。だがそんな彼女も決してゲームの例外には当て嵌まらない。彼女の元へと歩み寄る一人の影に気付き、そちらへを振り返れば……――。

「うそ……」

 口元を押さえて驚愕した表情を浮かべる彼女の『最愛』はかつて孤児であった自分を拾い育ててくれた一人の神父。真っ白な神父服に身を包みながら静かに微笑む彼は既に三百年前に死去した身であり、当時のままの姿である事に動揺を隠し切れない。
 最愛の人物であり、更に言えばヴァンパイヤハンターとしてもマスターでもある神父の登場に彼女の心は酷く揺らされ、心ではlonelinessの作り出した幻影のようなものであろうと思いながらも涙が零れ出るのは止められない。

「逢いたかった、マスター……」

 そこには普段の気丈さは無く、本当にただの一人の少女のように神父へとその両の手を伸ばして抱きしめ愛しさを募らせる。神父もまた彼女を抱きしめ返し、伝わりあうその体温が温かくてレイチェルはまた涙を零した。

 そんな彼女を見ていたのは石神 アリス(いしがみ ありす)。
 レイチェルにとっての愛しい人物を見たのは当然初めてで、彼女がしおらしくしているのも珍しく思わず感心の息を吐く。だがそんな彼女の方にも当然魔の手は伸びる。
 カツン、と固い地面を叩く靴音。
 アリスもまた予想はしていたが、その姿が目の前に現れれば愛しさは募るばかり。

「今宵もご機嫌麗しゅう、お母様」

 白い清楚なタイトラインドレスにこれまた白いショールを羽織った己の母親へと尊敬の意味を込めて挨拶の言葉を述べる。自分にとってもっとも愛おしくて尊敬している人物はただ一人。対面した時には驚愕するも、その表情にはほんの少し喜びが宿り浮かび笑顔を形作った。
 lonelinessが選んだのか、それとも自分の心が選んだのかなど彼女にとっては些細な事。心の隅では自分の最愛の者を『自分の物』に出来る期待を僅かに寄せながら彼女は己の目元へと手先を寄せた。アリスの目は『魔眼』と呼ばれる能力を宿しており、彼女はそれを母親に向けることを何よりも楽しみに心躍らせる。
 美しい自分の母親は彼女の本意など知らず、ただ形の良い唇を引きあげて笑みを浮かべながら時を待つのみ。

「何言ってんだよ! 誰がお前の望みどおりになんてしてやるかよ!」
『おや、俺様に反論するなんてなかなか元気な少年がいるじゃん? でもお前にも相手はいるみたいだけどねん。ど? 気にいった~?』
「って、やっぱり『お前』が相手か!」

 さて前述の二人とは違いlonelinessに食って掛かったのは十七歳の高校生男子である工藤 勇太(くどう ゆうた)。
 そこまでは良いのだが登場した人物の姿を見止めると思わず赤面し、叫んでしまう。
 彼の目の前には一人の二十歳程度の青年の姿があり、彼は今白コートを羽織り、ズボンすら白のスラックスと普段とは違う雰囲気の衣服を身に纏っている。勇太の『最愛』はカガミという黒の短髪に蒼と黒のヘテロクロミアを持つ人物で、人間ではなく虚構の世界を漂う<迷い子>を導く『案内人』である。
 紆余曲折あって彼らはそれなりに仲が良く、勇太も思いを寄せているためある程度は覚悟していたつもり……ではあったが、こうして見せ付けられると「本当に俺はこいつの事が好きなんだな」と心の中で再確認せざるを得ない。

「勇太、何馬鹿面さらしてんだよ」
「え……ちょ、ホントにお前カガミなの?」
「お前のぬくもりを感じたいんだけど、抱きしめて良いか?」
「げ、幻影に決まってる……! カガミはこんな事――言わないわけじゃないけど、皆の前じゃ多分言わないー!!」
「素直になれよ」
「ぎゃー!」

 愛しげに接してくるカガミにたじたじになり、目の前の彼を精一杯否定しようと足掻く。
 だがそれなりにカガミと同一の態度を取られてしまうと相手は本当にカガミなのではないかという気分にもなってくる。どうしようもなく優しい声を掛けられれば困惑も一押しであった。

「――そっか。皆は人間か……でも俺はお前が相手で嬉しいよ」

 そう言いながら他の人物の『最愛』の中から己の『最愛』を見つけ出した青年――アキラは今、幼い頃に飼っていた今は亡き愛犬へと駆け寄った。柴犬であるその犬もまた飼い主であるアキラへと一直線に向かって走り、そして彼へと身をこすり付ける。服こそ着てはいないが、犬の首輪は白い。嬉しそうに尻尾を振りじゃれ付いてくる愛犬の姿を見ると、幼き日に共に遊んだ記憶が蘇りついついうるっと来てしまう。
 例え人間ではなくても愛しい相手には違いない。
 零れる直前で涙を拭いつつ長身を屈ませてひたすらその毛を撫でれば、その手に伝わる感覚も懐かしい。抱きしめれば自分が成長したせいか愛犬の方が小さくすら感じられた。

 彼女には彼が。
 彼には彼が。
 彼には彼女が。
 時には異種族のものが迎え、共通して愛しさを持って相手に接する。そこには殺伐とした空気は無く、ただ各々が得た愛や友情、親愛など温かさがあるのみ。

 やがて孤独神lonelinessは参加者の元へ無事『最愛』が届いたのを確認すると、双眸を細める。
 足を改めて組みかえれば口からは「くひっ」と喉が引き攣る様な笑い声が静かに零れ落ちた。

『愛しいものに逢えて結構結構。喜んでもらえて嬉しいですねぃ。――さあ、ゲームを始めようか』

 幸せな時を不幸に変えよう。
 まるでそう言うかのように孤独神lonelinessの指先が再び音を鳴らした。

■■【scene2:DEATH GAME】■■

 幸福が一変し、狂気へと変わる。
 合図と共にくるりと反転した感情は『殺意』。愛しいのに憎い、――愛憎。
 ゆらりゆらり、揺れる身体は『神に操られる傀儡』という枠から逃れる事は許されていない。

 所々から悲鳴が上がる。
 今まで優しく接してくれていた者達が放つ攻撃によって身を切り裂かれる者、逆に本能的に相手を攻撃し返してしまう者。最愛達の衣服が赤く染まっていく様子をlonelinessは両手を叩いて愉快そうに笑った。

『あはははは! そう、そういうのが俺様好きなんだよねん。油断大敵とはこの事だっていうねぇ?』

 崩れ落ちていく身体は参加者か傀儡か。
 満足した顔で散っていく命も中には存在しており、lonelinessは興味深げに観察をし続ける。何が幸せで何が不幸か。絶望、後悔、心の虚無。湧き上がる感情は単語では言い表しきれない。
 人は局面に達した時、どういう行動を取るのか――ただただ彼は個人個人が持つ『特徴』を愉しみながら声を上げていた。参加者達の中には知人友人も存在しているが、それは『最愛』を超える程の存在であろうか。参列した者達の意識を彼はこの暗黒空間を通じて読み取りながらひたすら生き物というものの動きを眺め見た。

「もともと貴方と共にあった命です。貴方の手にかかり眠りに付くのがあたしの願い」

 レイチェルは周囲の悲鳴を聞きながら、己もまた最愛のマスターの手に掛かる事を望む。
 彼女の願いは現世に転生したマスターを探し出し、そしてその手によって己を『不死』という呪縛から解き放ってもらう事。マスターが死んで三百年という長い時を生きていた彼女にとってこれはまさにチャンスとも言えよう。
 彼女は幸せな気持ちで満たされ、より密接にマスターへと寄りかかった。
 動く手先は振りあがり、やがてレイチェルの背中に激しい痛みと衝撃が襲い掛かる。

「――ッぐ……!!」
「レイチェル……」
「……マスター……」
「すまない……」
「いいえ、いいえ。マスター……マスターに再び逢えた事があたしの幸せ」

 ずるり、と身体から力が抜けて彼女は地面に膝を付く。
 彼女の最愛であるマスターから鋭いナイフで背中を貫かれた彼女は頭を項垂れた。

「レイチェルさん!!」
「勇太、どこに行く」
「離せ、やめろって――ッ!!」

 それを間近で見ていた勇太が叫び、そして自分もまたカガミの腕の中から抜け出すため身体をもがかせた。
 色違いの瞳に宿っているのは紛れもない殺意。それでもなんとか身体を離す事に成功すると今度はカガミが手を横へと滑らせ衝撃波を放ってきた。慌てて防御壁を張ってそれを防ぐが、やはり相手が相手のせいか反応がいつもより鈍い。戸惑いが反射速度へと影響しているのは間違いなかった。
 優しそうに笑う笑顔は普段のカガミと変わらない。だけど笑みを浮かべたまま攻撃する行動には矛盾を感じずにはいられなかった。どうにか止めてくれと勇太は呼びかける。だが傀儡であるカガミにそれは決して通じない。

「お前が原因なら、攻撃するまで――!」

 勇太は強い意思で自分を奮い立たせると攻撃対象を対面しているカガミではなく、孤独神の方へと向ける。
 念の槍<サイコシャベリン>と呼ばれる超能力で作り出した槍を放つ。だがlonelinessはそれを避けようともせず、ただ其処に在るのみ。やがて達した槍は彼の身体を貫いた――かのように見えた。

「……え?」
『なにかやったぁ?』

 貫くではなく通り抜けた槍達。
 ダメージなど一欠けらも通っていないとばかりにけろっとした顔でlonelinessは変わらず間延びした声色で一言問い返した。
 まるで其処にいるのに其処に存在していないかのよう。もしかして孤独神として今目の前にいる彼はただの虚像、もしくは『神』に攻撃する事など不可能であるとそう判断せざるを得ない。
 勇太は呆然と場に立ち尽くし、動きを止める。そんな彼にもカガミは容赦なく追加攻撃を放った。

「勇太さんは相変わらず血気盛んですこと」
「アリス。貴方は無茶など致しませんわよね」
「ええ、お母様。わたくしはわたくしのやり方がありますもの」
「ふふ、良い子に育ってくれて嬉しいですわ」
「お母様の事ですから――わたくしの事を良くご存知でしょう?」

 それは表面上とても穏やかな会話に見えた。
 アリスの母親は殺意を宿さず、けれどその手には小ぶりのナイフが握り締められている。談笑しているだけの風景の中、その凶器だけが異質。優雅な雰囲気を纏わせたまま母親は娘へと一歩、また一歩歩みを進める。瞳には殺意など宿さず、けれどその目的は明らかで。

「お母様、わたくしを見てくださいませ」
「まあ、何かしら」
「お母様の事は愛しております……人として、商売人として、そして――その美しさを」

 本当に彼女がアリスの母親であれば、娘が所有している能力がどういう物だったかきっと把握出来たはずだ。しかし傀儡は所詮傀儡。本人ではない『偽の母親』はアリスへと視線を向けた瞬間、動きが鈍くなる。
 だがそれもほんの一瞬。
 仕掛けられたそれに気付くことなく母親は再びアリスの方へと足を寄せた。そんな母親を見ながらつくづく美しい女性だとアリスは思う。言葉に乗せた思いは本当。自分を生み出してくれた母親を誰よりも尊敬し、商売人としても目指すべき人材だと彼女は思っている。更に美貌に関しても――。

「お母様がわたくしを殺したいと言うのでしたら、どうかわたくしのやり方を知ってくださいませ」

 仕掛けられた伏線は回収される時を待っている。
 アリスは母親の向こう側にてアキラとその愛犬の姿を今は静かに見守っていた。

「待て! 俺だって、アキラだってば!」
「グルルルルッ……!」
「くそ、やっぱりお前は――」

 様子が変貌し、牙を剥く愛犬にショックを受けざるを得ない。
 分かっていた。もうこの世にはいない事を。
 だけど再会できた喜びでその認識を拭いさろうとしていた事もまた事実。もしかしたら生きているのかもしれない。『もしかしたら生きている』のかもしれない。――未来から来たアキラは時間軸を考えてそう切なさを抱く。
 だからこそ防御を続けながらも姿こそ愛犬だが別の存在である事を自身に言い聞かせた。
 思い出が身を焦がす。一緒に育った時間は間違いなく蓄積されており、愛犬が死んだ時は涙で目を腫らした。

「やっぱりお前を殺すなんて出来ないよ……」

 生きてくれたら。
 生きていてくれたなら。
 人と犬という種族の違いこそあれど、家族であった日々は本物で色褪せることなどない。lonelinessは自分か『最愛』かをサンタ色に変えろと言い、周囲はそれに強制的に倣う形でどちらかが命を絶っている。
 戸惑いながらも殺されてやる人、逆に躊躇いつつも己の命を優先し攻撃を放つ人。葛藤だけがアキラの中で渦巻き、呼吸が苦しくなる。

「ごめんな」

 それでも決意せざるを得ない時は必ず来る。
 アキラは涙で滲んだ視界の中、襲い掛かってきた愛犬へと一言謝罪の言葉を吐いた。

■■【scene3:選択】■■

「ぃ、やぁぁぁぁぁああああ!!」

 肌の色が灰色へと変わり、硬化して行く。
 美女があげる声は例え悲鳴であろうとも美しかった。

「すみませんお母様、そのような表情が私の好みなんです」

 知っているでしょう? とわざとらしくアリスは小首を傾げる。
 予め魔眼によって催眠を掛け、母親が己へと殺意を向けた瞬間『娘を殺した』という幻影を見せた。満足し、放心状態に陥った母親へと続いて石化の視線を向けたアリスに戸惑いは無い。伏線を張ったならば出来るだけ回収をするのが基本。
 すっかり石像になってしまった美しい母親像をうっとりとした目で見つめながら彼女は冷たいその身体へと手を這わせた。

 手に入れたのは自分だけの母親。
 もちろん本物に魔眼を掛ける事は有り得ないが、ひと時だけでも幸せに満ちる事が出来るならアリスは手段を選ばない。
 恐怖に引き攣った顔、石化に抗い身をよじった石像は他者から見れば醜いのかもしれないがアリスにとっては至高の物。

「ごめん、本当にごめんな……」

 そしてアキラもまた選択していた。
 最終的に出来るだけ苦しまない方法で愛犬を殺す事を選び、彼もまた実行した。犬の心肺機能を弱らせ、徐々に眠りに付かせるように犬の周囲だけ温度を下げ続ければ寂しげに鳴きながらも動きが鈍っていく。愛犬が苦しまないように選んだ『死』は凍死に近いもの。まず本来ならば治癒魔術の効果をより良くするために使われる睡眠を掛け、愛犬を眠らせた。そこから次第に温度を下げ、恐怖も痛みも感じないまま『生』を終える。

「二回目……か」

 くたりと横たわった冷たい躯を抱きしめながらアキラは呟く。
 大粒の涙を零し、大声を上げて泣いていたのは幼い頃の自分だった。でも今は涙こそ零れるものの耐え忍ぶような泣き方を身につけてしまった。酷く滅入った気持ちがアキラを襲い、唇を噛む。
 決してこの身体が愛犬のものではないと分かっていても、それでも触れられる事実が彼をより落ち込ませた。

 孤独神の仕掛けた罠は『最愛』にも実体がある事だ。
 幻影ならば触れられずに済み、それだけで理性を保つ事が可能だっただろう。だけど触れる事が可能だったからこそ躊躇する。

「……赤く染めるのは相手のじゃなくてもいいんだろ?」

 勇太も選んだ。
 カガミの攻撃をかわし続けていた身体を止めぽそりと呟くと、やがて近接してきた相手の刃を甘んじて受け入れる。
 飛び散る血は赤く、それが真っ白な衣服を纏った相手の身体に掛かるのをぼんやりと見ていた。不思議と思ったよりかは痛みはなく、倒れいく己を第三者のような意識で感じていた。
 鮮血により染まるカガミの服は綺麗な染まり方ではなかったけれど……きっとこれでいい。

「……ちぇ、最悪なクリスマスだ……」
「俺はお前の行動が嬉しいけどな」
「……カガミじゃ、ないのに」

 それでもカガミを傷つけるのなら自分が傷ついた方がいい。
 何度もカガミに助けられた命だし……と、そう考えるほどに勇太は虚像であれなんであれ攻撃する事は出来ず、次第に沈んでいく意識をそのままにゆっくりと目を伏せた。
 倒れ込んだ身体を抱きしめたのは血に染まったカガミ。愛しげに、嬉しそうに笑って狂気の笑い声を上げる。それはまるで狂ったかのような声色をしていた。
 が、――。

「残念ながら勇太の選択と俺の選択は違うんだ」

 『カガミ』を貫く一本の筋。
 光の槍は生み出された傀儡を容赦なく打ち倒し、そしてそれを放った人物は勇太の身体の傍でしゃがみ込みぺちっと頭を軽く叩いた。

「それもお前の良さか」

 呆れたように呟く青年――本物のカガミの後ろでは血塗られた<迷い子>が転がっている。

「で、そっちの<迷い子>はそろそろ現実を知っただろ。心はもう決まっているはずだ」
「……」
「本物でないと死ねないのがお前の運命。どれだけ苦しもうともそれは現時点では変えられない」
「……カガミクン」

 地面に横たわっていたレイチェルは両手をつけて上半身を起こす。
 マスターは意外そうに目を見開くが、まだ止めをさせていなかったのかと彼女にもう一度ナイフを向けた。しかしそれを今度はレイチェルは受け止めなかった。十字架を素早くレイピアへと変化させ、彼女は悪魔討伐の時のようなしなやかな動きで『敵』を絶ちに掛かったのだ。傷付けられた肉体は既に完全なる治癒を果たし、肌には傷一つ無い。
 刃はマスターの姿をした傀儡へと食い込み、そして白い神父服を赤く染めていく。lonelinessの言う通りの結果となるそれをレイチェルはきゅっと唇を引き締めながら見守り続け、やがてマスターはまるで『人』のように倒れていった。

「あたしね、嬉しかった」
『ふむ、これでゲームセットってところかねぇ』
「例え幻影で本物でなくてもマスターに逢えて嬉しかったのよ」
『俺様も楽しかったぜぇ? 茶番劇を繰り返しては結局は己の命が大事な者の方が多いことがわかってよぉ』
「―― 貴方は寂しかったんじゃないの?」
『お?』

 勝者として立っている者達――レイチェル、アリス、アキラ、それにカガミの他参加者達はこのゲームを仕掛けた孤独神に視線を向けた。
 寂しかったのでは? との質問には彼は答えない。けれど僅かに目を細めてからくっと口端を持ち上げると、人差し指を空間に滑らせた。

『愛するという意味は深いよねぇ。ロンリー野郎だとしても生きてるからには何かしら思うところがあるだろうし、こうして対決出来る相手がいるってことは幸せなのかもしれないけどー』

 ひとつ。
 ふたつ。
 みっつ。
 彼は倒れた躯の数を無駄に数えながら淡々と独り語る。

『それでも俺様的にはクリスマスで浮かれている連中が嫌いってのーには変わりねーってー言うわけで。とりあえずお前らはお疲れさーん。機会があったらまた暇つぶしにでも付き合わせるんで宜しく的な?』

 それまで孤独で居ろよ、と彼は言い残し姿を消す。
 玉座すら無くなったその場所に代わりに現れたのは入ってきた時と似たような扉だった。

「っ、身体が勝手に動く!?」
「待って下さい。勇太さんがまだ中に居るのに!」
「あの男……口調こそアレですけどやってる事は本当に根暗ですわね」

 それは参加者を強制的に誘い、ノブを握らせる。
 勝者のみが潜り抜けられる扉は開いた瞬間光を溢れさせ――やがて彼らの身体を包み込み暗黒を消し去った。

■■【scene4-3:得たもの失ったもの】■■

「――……うぐ!?」

 彼は目覚める。
 布団の中に入ったままの状態だったため暫しの間意識が混濁しているのを感じた。いつ就寝したのか記憶が無く、戸惑いを覚えてしまう。
 だが傍に其れがあるという事実を見つけると彼はほうっと身体中の力を抜いた。

「おはよう、勇太」
「お……おはよう。カガミ」
「魘されてたけど寝れたか?」
「……夢見は悪かったけど、夢で良かった……」
「ふぅん?」

 さて敗者である彼は何を得て、何を失ったのか。
 同じ布団の中で横たわっているカガミに抱きしめられながら、彼は次第に瞼が重くなるのを感じてそのまま夢へと誘われる。

「本当に夢なら良かったのにな」

 カガミの呟きは勇太には届かない。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】
【7348 / 石神・アリス (いしがみ・ありす) / 女 / 15歳 / 学生(裏社会の商人)】
【8519 / レイチェル・ナイト / 女 / 17歳 / ヴァンパイアハンター】
【8584 / 晶・ハスロ (あきら・はすろ) / 男 / 18歳 / 大学生】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 こんにちは、N.Y.E煌きのドリームノベルへの参加有難う御座いました!
 lonelinessが仕掛けたゲーム、愉しんでいただけましたでしょうか?

 さて短いですが今回のEDは全PC様違っておりますので他の方のも覗いて頂ければ幸いです。

■工藤様
 カガミ指定有難う御座いました!
 攻撃出来ずに甘んじて受け入れるとの事でしたので、カガミからも動いてみましたがどうでしょうか。最後もこっそり甘くしつつ、シリアスになっておりますので気に入って貰えたら幸いです。

カテゴリー: 01工藤勇太, 蒼木裕WR(勇太編), 集合イベント型 |