カボチャ王国VSジャック・オ・ランタン【後編】

ハロウィンの夜を騒がしていたジャック・オ・ランタン種族達。
 彼らは同じ南瓜仲間であるカボチャ王国へと侵攻し、彼らの特殊能力「増加」を使ってカボチャ王国の国民達を強制的に自分達の種族へと変換していた。
 だが殆どのジャック・オ・ランタンはカボチャ王国のカボチャ大王二世と仲の良い魔女っ子によって異世界から召喚された多くの異世界人によって捕獲され、彼らは今――。

『ちょっとー、出しなさいよー!』
『ふむ。即席とはいえこのようなカボチャの蔓で強靭な檻を作り上げるとは中々やりおる』
『なに感心してるの! もっと抵抗しなさいよ』
『はっはっは、紳士たるものある程度は余裕を持たねば』
『キィー!!』

 と、まあ。
 即席とはいえ城の広間中央にて頑強に編み上げられたカボチャの蔓の檻の中に詰め込まれているのである。当然魔法が使えぬよう手足は縛り上げて。

「で、このジャック・オ・ランタン達どうするの?」
「どうしましょうか。とりあえずハロウィンさえ過ぎてしまえば彼らは大人しくなるわけですし、せめて今宵は放置するのが一番安全といえば安全なのですが――……けれど彼らもカボチャ仲間。出来ればハロウィンを楽しんで頂きたいのがカボチャ王国の国王である私の本音です」
「……カボチャ大王二世……」
「――と、言う訳で、パーティでもしましょうか」

 ころっと声色を変え、一気にムードがシリアスからほんわかモードへと切り替わる。
 このカボチャ王国で一番大きいカボチャ大王二世はずりずり――否、ずず……ずず……っと重々しい音を立てながら今ジャック・オ・ランタン達を捕らえている檻へと近付き、その巨体をずずんっと前に突き出した。

「ジャック・オ・ランタン達。貴方達の侵攻は悪戯の範囲を超えております。よって、私は国王として命じます」
『な、何を言うのだ、でっかい南瓜は』
「でっかい南瓜ではありません。貴方達が侵攻しようとしたこの国の王、それが私、カボチャ大王二世です」
『ぐ、ぬぬ……』
『何をさせる気かしら』
『きっといやらしい事よ。ほら大王ですもの。わたくし達のような美女カボチャをはべらせたり、頭と身体を切り離して愛でたりあれやこれやそれやこれなんかを!!』
『いやですわ、いやですわ。美しい私達をお食べになるおつもりね!』
「それ共食――」
『『 そこの異世界人は黙らっしゃい!! 』』
「――……」

 女性型ジャック・オ・ランタン怖い。
 異世界人はぐっと息を飲みながら大王へと視線を向ける。彼はくいっと胸らしい場所を張ると国王としてジャック・オ・ランタン達へと命令を下した。

「貴方達も今宵のハロウィンは楽しみたいはず。ならばまず迷惑を掛けた異世界人達へ奉仕をしなさい」
『ほ、奉仕、だと!?』
「言葉を砕いて言いますと、これから行うパーティの準備を手伝いなさいという事です。パーティの最中もウェイター、ウェイトレスとして働いて頂きますが、もちろん自由時間はあげましょう。一緒にハロウィン・ナイトを過ごす事――それが私が下す命令です」
『カボチャ大王』
「最後に二世を!」
『……カボチャ大王二世』
「よろしい」

 なんだか綺麗に纏まりかけているなぁと皆が国王の采配に感心を抱いていた。しかし、そこには一つ問題がありまして。

『カボチャ大王二世、我らは料理出来んぞ』
『むしろわたくし達は悪戯をする方ですもの。お菓子を頂く側ですわ』
『教えて貰えれば手伝いくらいは出来るし、給仕の方は頑張れるが……』
『剣舞を踊ったりするのは得意ですのよ。素敵な殿方と試合もとい死合いも』
「――おや?」

 まさかの展開。
 人型を取っているというのに料理が出来ないとはなんという痛恨のミス。てっきり料理くらい出来ると思っていたが――。

「しょせんは、カボチャか」
「大王である私もその点に関してはフォロー出来ません。ならばこう致しましょう。異世界人さんに教えていただくという事で」
「ん?」
「お願いしますね」
「はい?」
「 お 願 い し ま す ね 」

―― このカボチャ、本気で料理してテーブルの上にあげてやろうか。

 ある一人の異世界人はハンターの眼で大王を見つつ、心の中でさりげなく誓った。

■■■■■

「……こんな感じで今に至る訳なんだよ」

 即席で一人人形劇を演じていた少女――人形屋 英里(ひとかたや えいり)は事のあらましを説明すると人形を撤収に掛かる。彼女の人形劇で一通りの状況を理解した面々は拍手を贈った。そんな彼女は魔女っ子に頼み、一度元の世界に戻った後着替えて戻って為この世界に飛ばされた時は和風だった衣装が今のテーマはアリスの帽子屋。
 白いブラウスに赤のリボンタイ、黒ベストに黒ズボン、帽子屋のトレードマーク的な小さい黒シルクハット。全体的にゴシックがかっている衣装である。
 そしてそれに合わせて彼女の口調は少年っぽいものへと変わり、その足元にはお菓子製作に使えそうな野菜が大量に持ち込まれている。

「ああ、そうだ。最初にいっておくけど、この野菜達で悪戯したら……朱里に形が判らなくなるくらい、刻んで貰うからね?」
『『 ひぃぃぃ!! 』』

 彼女は一言口にすると、ジャック・オ・ランタン達にトラウマを発動させた。
 要約すると「食べ物で遊んではいけません」という事だが、それでも脅しておいて損はない。先に釘を打つことは非常に重要である。

「いいなー。僕も参加したかった」

 人形劇を見て感想を口にしたのは現在、男性にも女性にも見えるチェシャ猫ストライプ服に同柄ズボン。チェシャ猫ストライプ猫耳ニットを被っている金髪赤目少年――九乃宮 十和(くのみや とわ)。
 英里の知人であり、朱里にとってはアイドルグループの仲間である人物だ。そんな彼の本来の年齢は十二だが、現在は十八歳頃まで成長し英里と朱里と並んでも年齢に違和感がない。普段を知っている面々にとってはちょっと大人びた印象を与えてくるが、言葉遣いは変わらず子供。どうせパーティの参加者が人間以外の者でキラキラと溢れかえっているし、そもそも演技をしても意味がないと思った上である。

「あ♪ ねえねえ、アッ……むぐ!」
「はーい。ちょっと黙りましょうか。十和」
「むぐー」
「私のことは外では朱里と呼びなさいと言ってあるでしょうが」
「あーう」
「で、なんと呼ぶかもう一回言ってごらんなさい」
「けほっ……えーっと、朱里兄?」
「まあ、良いでしょう」

 同じ「Mist」というアイドルメンバーのアッシュを見つけた十和は彼に呼びかけようとするが、その瞬間危険を察したアッシュ――もとい、鬼田 朱里(きだ しゅり)に口を塞がれてしまう。
 そんな彼の服装は英里と一緒に元の世界に戻った時に着替えており、今は時計兎の格好である。モノクルにブラウス、ベスト、ズボンに懐中時計。オマケのごとく垂れた白い兎の耳に尻尾が付いており、英里、朱里、十和の三人で主役のいないアリスの世界の出来上がりだ。
 口を塞がれていた十和は手を外されると一度だけ咳き込み、でも朱里のことを兄付けで呼びかける。それに満足した朱里は他の参加者様と共にパーティの準備へと戻った。

 さて十和はと言うと、例のカボチャ大王二世の元へと行くとじっとそれを見上げ。

「うわー★ 大きい」
「確かに大きいよな」

 と、一言。
 すると同じように大王を見ていた死神の仮装をした一人の人物――晶・ハスロ(あきら・はすろ)もまた同意するように頷く。その顔には骸骨のお面をかぶり、手にはおもちゃの鎌。フード付きの黒いローブを着用し、ローブの下も雰囲気崩さぬように、黒の燕尾シャツに白のベスト。下には黒のズボンを履いている。
 大王は自分の話題かと彼らへと身体を傾け、そしてもっと自分を見ろと今はパーティ用の蝶ネクタイを付けほんのり装飾品が増えている自身を見せ付ける、が――。

「黒ちゃんと同じくらいあるかなー。黒ちゃん、今日は食べちゃ駄目だよ。食べて良いのは悪い子だけだよ★」
「王様位の大きさのカボチャが八百屋かスーパーに置いてあったら、料理のしがいがあるのに……」
「こいつら私が着飾った事には一言も触れておらん! なんて屈辱っ!! むしろ料理して食べる気満々!?」

 十和は肩に乗せている現在鳥へと形を変えているペットの黒ちゃんに不吉な事を話し掛け、死神は料理の対象として誰かと同じような事を呟いていた。もっと良く見ようと晶は死神の面を取り、王様へとじりじり近寄る。料理宣言された以上、王様はずりずりと後退し逃げるわけだが――。

「おや、アキラ君じゃないか」
「あ、父――じゃない、ヴィルさん。こんにちは」
「お面を被っていたから誰かと思ったよ」

 現れたのはヴィルヘルム・ハスロ。
 変わらず吸血鬼の仮装のままだが、現在ロングコートは脱いでおりフリルタイ付きの白いブラウスに茶色のベスト、黒のズボン姿である。

「あれ、いつも一緒にいる奥さんは? まさか一人参加ですか?」
「ああ、妻はあそこのソファーで今は寝ているよ。なんていうかだね、一緒に参加をしていたんだがちょっと目を離した隙にお酒を飲み過ぎて酔っぱらってしまって……その、どうやら周りのカボチャ達やジャック達に飲みっぷりが良いとか煽てられた様で……」
「……なるほど」
「でも幸いと言っていいものか謎だけど、周りの方々に絡む前にぐっすりと寝てしまったから良いかな」
「変な男に目を付けられても嫌ですしね」

 アキラはヴィルヘルムが指差した方向を見て、そこで眠っている女性の姿を見つけた。女性の身体には風邪を引かぬようにとヴィルヘルムがかけたロングコートがしっかりと掛かっており、その表情はどこか幸せそうである。
 実は彼、アキラはこのヴィルヘルムとその妻の子供である。だがしかし何故か未来の世界からやってきて、若いこの夫婦の近所で日々過ごしているという背景を持つ。名前も皆には「アキラ」としか名乗っていない。だが、時折ヴィルヘルムの事を「父さん」と呼びかけそうになっては慌てて両手で口を封じるのももう慣れた。

「それにしても王様はとても良くお似合いで」
「お前は分かってくれて私嬉しい!!」
「他のカボチャさん達もパーティ仕様で可愛いですね」
「「きゃー、また可愛いって言われちゃったー!」」
「あ、そうか。着飾ってるんだ。カボチャが」
「「ぶー。ちょっとしたことに気付く男の方がもてますよー」」
「かぼちゃにモテても……なー」

 ヴィルヘルムは場の雰囲気に和みつつ、王様とその傍に居た女性カボチャを褒める。
 しかしアキラはちょっと対応が違っており、困ったように首を傾げた。ふと彼は会場内にいる一人の少女へと視線が向く。彼女もまた自分とヴィルヘルムの存在に気付くと、ドレスの裾を持ち上げ「御機嫌よう」と丁寧な挨拶をしてくれた。

「こんにちは、アリスさん」
「あれ、ヴィルさんも知り合い?」
「ふふ、わたくしは両方とも知り合いでしてよ」
「アリスさんは魔女の仮装ですね。とても露出度が高くてびっくりします。寒くありませんか?」
「大丈夫ですわ。お気遣い有難う御座います」
「寒くなったら言ってくれよ。俺の服貸すから」
「まあ、アキラさんまで」

 黒髪の美しい少女、石神 アリス(いしがみ ありす)は二人の青年の気遣いに気分を良くし、朗らかに微笑む。だが今宵の格好は肌の露出が多い魔女衣装。時々アキラがどこを見ていいものか迷い、ちらちらと視線を彷徨わせていた。

「私達は可愛いですかー?」
「格好良いですかー?」

 ふと褒めあっている三人に声を掛けてくるカボチャ王国の住人達。
 足元から期待の視線を向けられれば、アリスは苦笑交じりの笑顔で「ええ、可愛いですね」と答えた。
 彼女は確かに可愛いものが好きだ。それも飛び切りの美少女や美少年が好み。だがいくら可愛いとはいえ、カボチャはどうでしょう……と内心思ってしまう。

「さっき英里さんが人形劇をなさっているのを拝見致しましたわ。それに朱里さんも。この調子ですと他にも知っていらっしゃる方がいそうですね」
「あ、勇太さんには逢いましたか?」
「まあ、あの人も来ていらっしゃるのですか。どこにいるのでしょうか」
「さっきカボチャさんやジャック・オ・ランタンの子供達と遊んでいる姿を見かけましたけど今はどこかな――っと居た居た。勇太さーん!!」

 アリスの疑問にはヴィルヘルムが答え、そして身長の高い彼は人(以外も居るが)ごみの中から目的の人物を探し出すと、手を振って呼び寄せた。
 そんな彼――工藤 勇太(くどう ゆうた)は自分が呼ばれた事に気付くときょろきょろと顔を左右に振ってからヴィルヘルムの存在に気付く。そして戦闘時と同じようにチビ猫獣人の姿で大量のお菓子をせしめていた彼はヴィルヘルム達の元へ一緒に遊んでいた子供のジャック・オ・ランタン達と共に勢い良く走り寄って来て。

「トリックアトリート!」
「はい、蝙蝠型のキャンディー」
「にゃー! お菓子ー!」
『わーい、お菓子ー!』
「悪戯したかったにゃー!」
『他の人から貰ってくるー!』
「あ、行っちゃったにゃ――ってアリスさんにアキラさん!?」
「……勇太さん?」
「まあ……なんて愛らしい格好」
「待って。待ってアリスさん! 目がちょっと危ないにゃ!」
「あら、そんな事ありませんわ。勇太さんが可愛らしいからちょっと魔眼がうっかり発動しそうだなんてそんな事は……」
「ぎに゛ゃー!!!」

 五歳児の姿でしかもチビ猫獣人という姿はある意味アリスの心に響くものがあり、彼女は必死に魔眼を使わないように押さえ込む。
 彼は一応知り合いで、今までそれなりに色々協力し合った仲間。流石に此処で魔眼を使って石化させるわけには――と、一応彼女なりに葛藤を抱いているようである。

「ああ、でもこの姿の石像が出来上がったらきっともっとわたくし幸せに……」
「逃げるにゃー!」
「あ」
「あーあ、行っちゃった。よっぽど怖かったのかな」
「これでもわたくし、自制心くらいはありますのに」

 ぴゃーっと走っていくチビ猫獣人な勇太を見て三人同時に笑いあい、そしてそれぞれまたパーティ会場の中へと戻っていく。
 ウェイターとして働いているジャック・オ・ランタン達を見事すり抜けて走り去っていく彼の姿を見ていたのはある一人の女性。

「あらぁ。あんな小さな子までいるのね」

 その女性の名はレナ・スウォンプ。
 いわゆる魔女で、服装は普段とは変わらないがアクセサリーがハロウィンっぽく蝙蝠などのモチーフで飾られている。ウェイターのジャックから酒の入ったグラスを貰いながら、彼らが持つ書物が気に掛かり彼女はそれを見せてもらえるよう強請り始めた。
 客人には手をあげられない現在、男性型ジャックはしぶしぶと言う様に彼女に書物を渡す。レナは嬉々としてそれを受け取りそれはもう嬉しそうに笑顔を浮かべると本を開いた。

「ふむ、この国の王様とか国民って食えるのかな」
「きゃっ! びっくりした!」
「あはは、ごめんごめん! 俺の名は清水 コータ(しみず こーた)。コータって気軽に呼んでよ!」
「その衣装は一体なんなんかしら?」

 顔どころか肌が一切見えない黒子衣装でレナの隣に立ったのは清水 コータという人間の男性。彼は今、カボチャ達を観察しながら楽しそうにパーティ会場に運ばれてくる食事の数々を眺め見ていた。そして彼はレナを驚かせてしまった事を詫びると、一度だけぺらっと顔の部分を捲り顔を見せる。至って普通の人間の顔が見えるとレナもほっと息を吐き出し胸を撫で下ろす。

「色っぽいお姉さんは踊ったりしないのー?」
「え、誘ってくれるなら踊りたいわ」
「じゃあ、俺と一緒に踊ろうよ」
「でも今は本に興味が――ああ、でも踊りたいし!!」
「俺と本どっちを優先させる?」
「うーん……折角のパーティなんだし、踊るわ!」
「そうこなくっちゃ!」

 後で本を貸してね、とウェイターのジャックに書物を返しつつレナはコータが差し出した手に手を重ねた。
 ダンスホールへと足を踏み出し、彼らは踊りだす。知らないステップであったが、コータは即興で覚え、レナを次第にリードし始めた。その手腕にレナも驚き、そしてやがて相手へと身を任せてステップを踏む。黒子と魔女のペアという不思議な男女に注目が向くもそこはそれ。国民がカボチャであるのだからもはや黒子ごときでは国民は驚きもしない。

「あなた結構やるじゃない」
「お姉さんこそ!」

 ダンスを踊る面々を見ていれば十和もまたうずうずと身体が動き出し始める。
 元々ダンス系が大好きな彼の事、知り合いが皆料理製作に走ってしまった事もあり、誰か相手はいないだろうかと周囲を探す。
 すると一人佇んでいる女性型ジャック・オ・ランタンの姿があり――。

「君も踊るの好きなの?」
『そ、そんなことないわっ!』
「でもダンス踊りたそうにしてるじゃない」
『だ、だって……相手がいないんだもの』
「じゃあ、僕とレッツ・ダンシング♪」
『きゃあ!』

 綺麗に着飾られた女性型ジャック・オ・ランタンの手を掴み、十和はダンスホールへと駆け出す。
 一瞬悲鳴を上げた相手ではあるが、やっぱりダンスを踊りたかったらしく、十和がぺこりと頭を下げれば彼女もまたカボチャ頭を下げて応対した。そこから先のダンスはまさに激しく――剣舞のように軽やかにステップを踏むジャック・オ・ランタンに対して十和もまたリズム良く足を動かして対応する。
 細い身体を支え、時折回転させ、近付いては離れ、離れては近付き……即興のペアとは思えない見事な踊りっぷりを披露し、周囲の人間の視線を釘付けにした。

「へえ、やるじゃない♪」
『貴方こそ見事なリードっぷりだわ。人間の癖に私に追いつくなんて』
「へへ、ダンスなら負けないよ~!」
『――もし良かったら次の曲も踊ってくださる?』
「もっちろーん!」

 そして彼らのダンスを見ながら食事を楽しんでいるのはアリス。
 彼女は周囲の人間で好みの人材が居ないか、小皿に乗せたクラッカーを口に運びながら観察し始めた。そして彼女の好みぴったりの子がいると素早く相手に近寄り、アリスは声を掛ける。微笑む彼女の目を見た相手はすっかり彼女の虜。魔眼を使い催眠を掛けると、アリスへとそれはもう心を丸ごと奪われ彼女に奉仕を始めた。
 その後、相手の身に何が起こるかなど――今は知らないままに。

「トリックアトリート!」
「悪戯されちゃ困るからお菓子をあげるわ」
「有難うにゃ!」
『あ、そろそろ僕達お母さんのところに戻るー!』
「にゃ?」
『ばいばーい』

 そしてジャック・オ・ランタンの子供達と遊んでいた勇太はと言うとパーティが始まった途端子供達が親元へと帰っていくのを見てほんの少し寂しくなってしまう。ふと周囲を見やれば他の参加者達も仲の良い人達と良い雰囲気になりつつあり、ついつい寂しくなる勇太。

「カガミに逢いたくなったにゃ……」

 しょぼんっと猫耳を垂れ下げながら勇太は呟く。
 なんだか心にぽっかりと空いたものを感じ、一人じゃないのに湧き上がる感情に従い、そのまま彼はどこかへと消えてしまった。

 一方、厨房では料理組がジャック・オ・ランタン達と共にパーティ用の料理を作る様子が窺えて。

「英里さん、こちらの料理はもう運んでも大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ」
「ヴィルさん、こっちの料理も出来たよー! あ、ヴィルさんじゃなくってもそこのジャックさんでもいいや。会場に運んで」
『了解した』
「英里、さっきコータさんという方からリクエストがありまして、『カボチャプリンつくれる?』と聞かれたんですけど作れますか?」
「蒸すのに時間が掛かるがそれでも良ければ作る」
「じゃあお伝えしてきますね」

 厨房はある意味戦争。
 英里とアキラを中心に食事をどんどん作り上げ、それをヴィルヘルムや朱里が盛り付けて運んでいく。そして更に英里が召喚していた狐がメイド服、執事服に衣替えして、任せろという顔を浮かべている。……が、基本的に背丈が足りないので、もっぱら給仕はカボチャ専門となっているわけだがそれはそれでいいのかもしれない。
 カボチャ達に奉仕する狐……ある意味そんな可愛らしい光景に和んでいる者も居るのも事実である。

 さて、朱里はと言うとレナと踊り終えたコータに声を掛け、先程要求されたカボチャプリンが作れる事を伝えに言った。それを聞くとコータは「やりぃ!」と指をぱちんっと鳴らして大喜びし、また会場内をうろつき始める。
 レナはレナで女性型のジャック・オ・ランタンのドレスに食いつき、「やっだー可愛い! その服どこで買えるの!?」などとそれはもう女性トークを開始し始める。
 更にいつの間にか酒を手にしていた彼女のテンションはもう上がるばかり。

「やっぱパーティーはワインよねー」
「おや、こちらの方はもう酔っ払って?」
「きゃはははは、そんなことないわよぉー! えーい!」
「うわっ!?」

 レナが手を天井の方向へと持ち上げたその瞬間、パーンッ! と幻の花火が撃ち上がる。
 さすが魔女。綺麗に輝くそれはキラキラと輝き、皆の視線を釘付けにする。自分が愛用している紅茶セットを持ち込み、紅茶を配っていた朱里もまたそれを見て目元が思わず緩んでしまう。
 そんな時計兎の彼を見て、女性陣がおずおずと寄ってくる。彼に声を掛けたいのだが、どう声を掛けていいのか分からないといったようだ。
 だがそこは朱里のターン。
 素早く彼女達へと紳士的に微笑みかけ、「紅茶をご用入りの方は言ってくださいね」と首を傾げながら一声掛ければそれはもう遠慮という言葉を無くした女性達が殺到した。
 メインは朱里か、それとも紅茶か……それは彼にはわからない。

『ふむ、我も紅茶が欲しいのだが』
「おや、貴方は紅茶に興味が?」
『葉には少々煩いぞ。何より淹れ方にも拘りがある』
「嬉しいですね、紅茶に興味を持っていただけるとは」

 朱里の笑みではなく、純粋に紅茶に興味を抱いた男性型ジャック・オ・ランタンが声を掛ける。紅茶に対して煩いとあればそれはもう朱里とはしては嬉しいところ。戦闘中に浮かべていた黒い笑みが嘘のように今は爽やかかつふわふわとした微笑を浮かべながら癒しオーラを振りまく。それにつられて顔こそ表情は変わらないが、ジャックの方も嬉しそうに紅茶談義に入った。

 ヴィルヘルムは会場と厨房を往復しながら彼らの様子を楽しげに観察する。
 そしてキッチンで奮闘する面々を見つつ、また新たに出来上がってきたお菓子や料理を見てついつい笑みを零した。

「しかしアキラ君作の料理は形に拘りがあるね。なんだろう、この親近感。誰かの料理に似ているんだけど……うーん」
「ヴィルさん、今何か言いました?」
「あ、いや、アキラ君の料理がちょっと妻の作るものに似ているなと思ってね」
「あー……そうですか? あれかもしれませんね。育った環境とか似てるとか」
「このお化けや蝙蝠の形をしたクッキーや皆の顔に似せたクッキーも面白いよ。誰が食べるのか楽しみだと思う」
「ヴィルさんの顔型のもありますよ。後で奥さんにあげたらどうですか」
「はは、起きた時にでも渡しに行こうかな」
「ほら、そこのジャックさん達。次はカボチャ料理を教えてあげるから頑張って」
『カボチャ』
『だと……!?』
「やっぱりハロウィンにはカボチャ料理でしょ。え、駄目?」

 まさかのまさか。
 カボチャ料理がメインだと思い込んでいたアキラはジャック・オ・ランタン達に思い切りカボチャを使ったレシピを教え始める。既に中身をくり貫かれすかすかの頭を持つジャック達は少し怯えた素振りを見せるが、そこは表情があまり変わらなかったのでアキラは気にしない事にした。

「こら、そこの子供型ジャック!!」
『ぎくっ!!』
『びくぅ!』
「つまみ食いに来るとは良い度胸」
『逃げろー!』
『ろー!』
「まあまあ、怒らないからちょっとそこで止まれ」
『ぴた』
『え? 怒らないの?』

 英里につまみ食いを見つかった子供型ジャック・オ・ランタンが足を止める。
 その口には英里が作った和菓子が銜えられており、今にも食べる気満々であった。怒られないと知ると彼らは英里のほうをじーっと中身のない目で見つめる。英里はそんな彼らへとにっこりと笑顔を浮かべ。

「丁度よかった。手伝ってくれない?」

 人手が足りないんだ、と一言付け加えながら子供達への罰としてお菓子の作り方を教えながら更にペースを速めることにした。
 なんせパーティ参加人数が人数だ。作っても作っても直ぐに消化されていくのは目に見えている。

「作りすぎ……はないよね?」

 南瓜の茶巾やら芋羊羹やら和菓子をひたすら作る彼女を止める者は、今は居ない。

■■■■■

「俺さ、持参したプリンがあるんだ! 食わない?」
「あら、頂きますわ」
「あたしもちょうだいー、きゃはははは! 次は空に文字を書くわよー、えーい!」
「テンション高いなぁー!」

 レナは魔法を遠慮なく使い、会場を盛り上げる。
 そしてコータが配るプリンにも遠慮なく口を付けそれはもう幸せそうにはしゃいでいた。アリスもまたプリンを一つ頂きながら黒子姿の彼を見つめる。あの下にはどんな顔が潜んでいるのだろうか――そんな純粋な興味を抱きながら食べるプリンはとても美味しく。

「あー、邪魔でプリンが食えんっ!」

 とうとうコータは覆面状態だった頭巾を脱ぎ捨て、懐に仕舞い込む。
 その下から現れたのは快活そうな青年の顔。20歳という年齢と性格がそのまま顔付きに現れた面立ちにアリスは目を瞬かせる。これはこれで良い顔ではあるが、残念ながら彼女の好みからはややずれていた。
 やがてアリスはすっと席を立ち上がるとパーティを楽しむパンプキン大王二世の傍に寄り、何やら相談事を口にする。面白そうなその内容に王様は微笑むと、アリスの提案に快く許可を出した。

 < 会場の皆様にお知らせいたします。これより有志によるファッションショー及びオークションを行いたいと思いますので興味がある方はぜひ舞台近くまで足を運んで下さいませ >

 司会のカボチャがマイクを通して城内放送を流す。
 一体何事かと興味を抱いた女性達――ジャック・オ・ランタンも含む――は素早く会場前へと設置された舞台へと移動を開始した。
 舞台上ではアリスがマイクを持って立ち、すぅっと息を吸う。
 そしてにっこりと微笑むと、口を開いた。

< ただいまよりわたくしが持ってきた衣装によるファッションショーと、更に美術品などのオークションを始めたいと思いますわ。ぜひご覧になって下さいませ >

 そして音楽と共にこのショーに協力してくれた男女が舞台袖から現れ、その身を着飾っている服装をよく見せるためゆっくりと歩く。ドレス系からカジュアル系まで種類は豊富。ちなみに協力者はアリスが魔眼で「お願い」した人達ばかりなので、非常に愛らしい男女が多い。
 彼らは中央の方へと足を進め、モデルよろしくターンを決めてからまた舞台の端の方へと戻り、参加者へ服を見せ付ける。これにはファッションに非常に興味を抱くレナが食いつき、それはもうキラキラとした目でショーを見つめた。十和もまたアイドルという観点から自分に似合う服装の研究も兼ね、舞台へと視線をめぐらせる。その隣には先程一緒に踊っていた女性型ジャック・オ・ランタンが腕を絡めており、いつの間にか幸せそうで。

 更にファッションショーが終わると今度は今行われたショーに使用された衣装と共に美術品のオークションに入る。
 そこに出てきた美術品もまた価値が高いものが多く、観察眼を持つ者からどよめきが上がった。レナなどマジックアイテムも含め、ドレスと綺麗なネックレスを落札に掛かっている。
 競り合いで盛り上がる舞台を横目に見ながらもそちらには不参加組は料理を食べながら談笑で盛り上がっていた。

「あれ、勇太さんは?」
「そう言えば姿を見かけませんね」
「ん? 誰か探しているのか?」
「ああ、コータさん。実はですね、勇太さんといって今これくらいの小さなチビ猫獣人の姿をしている方を探しているのです」
「迷子になったとかでしょうか」
「パーティ前に人形芝居をしてた子が出してたチビ猫獣人だな!」
「その子です」
「よっしゃ、探そう! もしかしたらジャック達に悪戯されているのかもしれないしな!」

 ふと給仕をしていた朱里とヴィルヘルムが消えた勇太の存在を思い出す。
 彼の事だからオークションの方には参加していないと考えるが、簡単に会場内を見回してもその姿はない。もしかして埋もれているのだろうかと人混みの方を見るも、ぱっと見てそこには姿が無かった。
 そして途中でコータが捜索に加わり、あちらこちらと男三人で探しに回る。するとあるテーブルの前に立つ一人の青年の存在に三人は気付いた。

「ここ」

 しぃーっと指を一本たて唇に乗せる青年。
 ヴィルヘルムはそんな彼の姿を見ると、目を細めて微笑んだ。青年の名はカガミ。人間ではなく『案内人』と呼ばれる種族にあたる。今格好はパーティ用の黒タキシードを身に纏っており、場に馴染んでいて違和感が無い。普段は少年姿をとることが多いが、彼が青年姿になって出てくるにはそれなりに理由があり――それが大体勇太絡みであることを考慮するとヴィルヘルムはゆっくりと頷いた。

「なにやってんの、父――ヴィルさん」
「ああ、アキラさん。実は勇太さんが行方不明になったので捜索を」
「え、それヤバくない!?」
「料理作り終わったぞ。なんかもう多すぎるって言われたからこっちに来た」
「お帰り、英里」
「それで、勇太さんは見つかったのか」
「見つかったみたいですよ。ほら」

 朱里がカガミを指差し、英里は首を傾げる。
 青年が一人立っているだけで勇太の姿は無い。見つかったと言うが、どこが「見つかって」いるのかさっぱり分からず、意味が分からない組は首を傾げるばかり。
 だがカガミはにぃっと口端を持ち上げ悪戯笑みを浮かべると、蓋付きの銀トレイのその蓋をぱかっと開いた。普通ならその中には豚の丸焼きなどの料理が入っているはずだ。しかし今彼らの目の前に現れたのは――その中でヤケ食いをした後お腹いっぱいになって眠っているチビ猫獣人の姿であった。
 身体を丸めた子供がそんな場所にいれば流石に何も知らない人達は驚くばかり。
 むしろ料理されて運ばれてきたのかと勘違いしてしまうほどに。

「なあ、誰があの子料理したんだ?」
「私はしてない」
「俺もしてないって! むしろ食べ物じゃないし!」
「そもそもただ隠れていただけのようですしね……あーあ、服汚れていないと良いんですけど」
「おーい、勇太。起きろー」

 コータが純粋な疑問を口にし、ざわざわと周囲が騒ぐのをよそにカガミは眠っている勇太の頬をつんつんと突く。
 すると彼はむにゃむにゃと口元を動かし、やがて瞼を持ち上げる。最初はぼやーっとしていた彼だが、やがて目の前にカガミがいる事に気付くとぱあっと目を輝かせ。

「カガミーッ!!」
「よっと」
「逢いたかったにゃー! 寂しかったにゃー!」
「はいはい。呼ばれたから来た」
「一緒にご飯食べたり、踊ったりしたいにゃ!!」
「はいはい、お望みのままに」

 トレイから飛び出してカガミに抱きつくチビ猫獣人。
 そんな彼をあっさりと受け止めると、擦り寄ってくる子供の背中をぽんぽん抱きしめながらカガミは望みを叶えるためにパーティへと交じる事にした。

■■■■■

「ヴィルさんってさ、奥さんの事どれくらい好きなの」
「アキラさん、唐突ですね」
「いや、あ、えーっと……ほら、奥さん起きてたらあんまりこういう事聞けないじゃん」

 彼らの目の前ではカガミと勇太がダンスを踊っている。
 青年と五歳児という見事にでこぼこペアな彼らはそれでもカガミがステップを合わせ、勇太は飛び跳ねて楽しそうにダンスを踊る。そもそも勇太はダンスなど詳しくない。それを知っているからこそ、きちんとしたステップなど踏まなくていいとカガミは勇太に吹き込んであり、適当に踊れと言ってあった。

 そしてそのダンスのメロディーを奏でているのはヴィルヘルム。
 ピアノに覚えがある彼はその指先から旋律を紡ぎだし、繊細なそれに合わせて皆がリズムを取っていた。カボチャ達も蔓と蔓とを絡み合わせてぴょんぴょんとダンスホールを跳ね飛び回る。身体を持つジャック・オ・ランタン達はやっぱりそれなりにステップ上手で、艶やかに着飾った姿は麗しい。たとえ顔は、カボチャでも。

「この世で一番愛していますよ」
「奥さん、美人だもんな」
「取らないでくださいね」
「それはないない。絶対にない」

 だって俺はヴィルさん達の子供なんだから。
 そう続けたくても続けられないジレンマ。まだ正体を明かせない悔しさ。彼らにとって『アキラ』は近所に住む大学生という認識でしかなく、例え外見が二人の特徴を受け継いでいようが子供が存在していないこの時間軸では決して自分が「彼らの子供」である事など口に出せない。

「疲れたー!」
「うにゃ、疲れたにゃー!」

 体格差があるという事はそれだけ比例して疲労する。
 カガミと勇太がピアノを弾くヴィルヘルムとその傍でジュースを飲んでいるアキラの元へと寄って来るとぐったりと壁際の椅子に座って寄りかかり、浮いた汗を手の甲で拭った。
 それを見たアキラは二人分のジュースをウェイターから貰うと彼らは有り難く受け取り、熱くなった身体を冷やすために一気に煽り飲んだ。

「で、<迷い子>……じゃねぇ。ヴィルヘルムがどれだけ嫁の事を好きかっていう話がどうした」
「聞こえてた!?」
「まあ、一応――っていうかアキラ、アンタは――……あー、いや、なんでもない」
「ちょっと、ちょっと、こっちへ!」

 アキラは慌ててカガミの腕を引っ張り隅の方へと連れて行く。
 「失言だったなー」などと失敗した顔でカガミは素直に彼に連れられ……その後は決して「子供だってばらさないで!」とアキラから必死にお願いされるわけで。
 そして彼らが何故隅の方へと言ったのかさっぱり分からない勇太とヴィルヘルムは顔を見合わせる。

「ん……ヴィル?」
「っと、妻が起きたようだ。丁度曲も終わったし、私は誰かと交代しようかな」
「お疲れ様にゃーん」

 ソファーで眠っていたヴィルヘルムの妻が旦那を呼び、彼はすっと彼女の傍へと寄った。
 それを微笑ましく勇太は見守り、やがて返ってきたアキラとカガミを見つけるとダッシュする。そしてカガミの足へと身体をぶつけるとよじ登り始めた。

「勇太さん……なんか精神年齢戻りすぎてません?」
「こいつはこの姿だといつも甘えたがりなんだ」
「にゃんー♪」

 すりすりと甘えん坊発動の勇太に対してアキラが高校生姿の彼を思い出して呆れた息を吐く。
 それでも幸せそうな勇太の表情を見ればそれ以上突っ込む気力にはなれない。
 目の前には二組のカップル。自分にはこの世界にその相手はいない。

「それでもハッピー・ハロウィン・ナイト?」

 アキラは先の未来の家族を思い、少しだけ目を伏せた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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ソーン
【3428 / レナ・スウォンプ / 女性 / 20歳(実年齢20歳) / 異界職 / 異界人】

東京怪談
【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】
【4778 / 清水・コータ (しみず・こーた) / 男 / 20歳 / 便利屋】
【7348 / 石神・アリス (いしがみ・ありす) / 女 / 15歳 / 学生(裏社会の商人)】
【8555 / ヴィルヘルム・ハスロ / 男 / 31歳 / 請負業 兼 傭兵】
【8584 / 晶・ハスロ (あきら・はすろ) / 男 / 18歳 / 大学生】
【8583 / 人形屋・英里 (ひとかたや・えいり) / 女 / 990歳 / 人形師】
【8596 / 鬼田・朱里 (きだ・しゅり) / 男 / 990歳 / 人形師手伝い・アイドル】
【8622 / 九乃宮・十和 (くのみや・とわ) / 男 / 12歳 / 中学生・アイドル】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、ハロウィンノベル後編で御座います!
 今回は9PC様というこれまたいっぱい集まってくださって有難う御座いました! しかも初めましてさんもいると言う事で嬉しいです^^

 今回も三種類のEDが御座います。
 他のEDも合わせてご覧下さいませ。ではでは!

■勇太様
 いつもお世話になっております!
 今回はNPC指定と言う事で最後の方にひょいっと出せて頂きました。一緒にダンスを踊る二人を想像すると可愛いですが、実際はしんどそうですね; でもでも、べったりくっついているチビ猫獣人が愛しいこの頃です(笑)

カテゴリー: 01工藤勇太, 蒼木裕WR(勇太編), 集合イベント型 |

カボチャ王国VSジャック・オ・ランタン【前編】

「とりっくあんどとりっく!」

 ハロウィンの夜、ステッキを持った魔女っ子が貴方に魔法を振りかけた。
 その瞬間視界は歪み、地面が揺れる。
 やがて目を開いた時に目の前に現れたのは――。

「でっかい南瓜ー!!」
「『でっかい南瓜』ではない。私の名はカボチャ大王二世です」
「でっかい南瓜に顔が付いてて王冠被っただけじゃん!」
「そこは突っ込んではいけません。それでも私は大王二世なのですから」

 えっへん。
 どこが胸なのか分からないが人間サイズの南瓜が胸を張り偉ぶる。
 周りを見れば一面の南瓜畑。大王はその中でも一際大きい南瓜だった。
 だがへにょへにょと頭の蔓をしおらせ、カボチャ大王二世は言った。

「じつはですね、同じカボチャ仲間であるはずのジャック・オ・ランタン種族がハロウィンと言う事で我が王国で暴れまわっているのです。国民を勝手に収穫し、ハロウィンと言う事で彼らの特殊能力「増加」を使って仲間を増やし悪戯する気ではっするはっする――と!!」
「悪戯する気ではっする……って良くわかんないけど!? それで何が問題なわけ!? カボチャあってのジャック・オ・ランタンじゃん!」
「いやー、国民達が勝手に収穫されるのは私も困りますし、ハロウィンが終わったら国民がポイ捨てされるのも見てられません。――そこで、ですね。紆余曲折あって、仲良くなった魔女っ子に助けを依頼して、今色んな世界から応援を頼んでいるところなんです。貴方もその一人」
「――はぁ!?」
「貴方も別世界からやってきた異世界人ですよね。帰りたいでしょ。と、言うわけでして、私達では対処に困っておりまして、申し訳ありませんが異世界人さん。ジャック・オ・ランタン達を捕まえる、もしくは王国から手を引くようにして下さいませんか」
「自分達でやればいいじゃん!」
「だってー、私も部下もカボチャですよ。畑から動けないのです」
「…………」
「根性出しても蔓でずりずり、秒速三十センチ以下。どうです。この役立たなささ!!」

―― やっぱりただの『でっかい南瓜』なんじゃん。

 ある一人の異世界人は心の中で突っ込んだ。

■■【scene1:顔合わせ】■■

「……また異世界巻き込まれ系か。慣れてきた自分が怖いんだけど」

 そう言って呟いたのは高校生男子である工藤 勇太(くどう ゆうた)。
 彼は突然現れた魔女っ子により買い物の最中、私服姿のままこの場所に飛ばされてしまった。とりあえず様子見とばかりに一人の異世界人とカボチャ王国の王様のやり取りを眺めながらがくっと肩を落とした。だが、自分の世界もそうだが此処も現在ハロウィンの真っ最中。それならば、と彼はある決断を下す。

「もしかして――えいっ!!」

 試しとばかりに自分の秘密能力「チビ猫獣人変化」を使ってみる。
 ぽふんっと言う可愛らしい音と共に彼の姿は一瞬にして五歳児程度の肉体へと変化し、そしてその頭には猫耳、手足は猫手に猫足。二足歩行の立派なチビ猫獣人が出来上がった。服装もハロウィンとあってきりっとそれらしくタキシード姿。
 その変化に好奇心から近寄ってくるカボチャ達が居た。

「えっへんにゃ!」
「あらあら、ちっちゃい猫ちゃんですわー」
「こんな子まで召喚しちゃうだなんて魔女っ子も人を選ばないようになったものね」
「なぁに言ってるの。あの子昔から人なんて選んでないじゃない」

 囲むカボチャに囲まれる勇太。
 ひょいっと勇太はそのうちの一つを抱き上げ、マジマジと観察をするが。

「こいつらどっからどーみてもかぼちゃにゃ。にゃのにしゃべってるにゃ……えい!」
「きゃあ! 齧られたー!」
「……食べられにゃいにゃ」
「きゃー、野蛮ですわー! 煮てもないのに食べられるはず有りませんのよー!」

 どうやら女性だったらしいカボチャ達が転がるようにして逃げていく。一瞬にして自分の周りががらがらに空くと、このカボチャ達実は意外と素早いのではないかと勇太は思った。

「あら、勇太君じゃない」
「にゃにゃ?」
「あ、猫さんの方の勇太さんですね。こんにちは」
「にゃー!! ハスロ夫婦さんにゃー! う、二人の仮装が眩しい……っ」

 勇太に声を掛けたのは二人の男女。
 男性――ヴィルヘルム・ハスロの今の服装は吸血鬼の仮装。それに同色のフリルタイ付きの白いブラウスに茶色のベスト、更にその上には黒のロングコートを纏っており、すらりと長い足には黒のズボンという見事なもの。
 そして彼の妻である女性――弥生・ハスロ(やよい・はすろ)は魔女の仮装。ダークレッドのロングドレスにウィッチハットという普段のクール系の彼女とはまた違った印象をもたらす格好である。更に雰囲気作りとして典型的な箒(ほうき)と所持しており、まさに夫婦は誰もが認める美男美女カップル。カボチャ達からも「麗しいですわ、美しいですわ!」などと声が上がる。
 そんな二人のあまりにも決まりっぷりに勇太は顔の前に手を翳し、何となく感じた後光を避けるかのように振舞った。

「しかし喋るカボチャなんてどういう仕掛けなのだろう? ね、弥生」
「そうね。大王なんて凄く大きくて……こんなサイズのカボチャ、スーパーでも八百屋さんでも見たこと無い!」
「あ、突くのは止めて、くすぐったいです! あ、あ!」

 弥生はついつい悪戯心が湧き出てカボチャ大王二世をつんつん突く。
 どうやら感覚はあるらしく、彼女が突くたびに大王が反応する。それが面白くてついつい、つんつんつんつんつん。あ、止めて、悲鳴が出ちゃう。つんつんつん。ぎゃー! 以下略な触れあい中。
 そんな一人と一体? を「平和じゃないか」とつい和やかに見ていたヴィルヘルムの足に何かが絡む。彼が視線を下ろすと其処には数体のカボチャ。絡んでいたのはカボチャの蔓だった。

「そこの異世界の方! わたくし達は仕掛けじゃありませんわー!」
「え、違うんですか」
「私達はカボチャ王国の民。外見は確かにカボチャかもしれませんが、貴方達と同じように生きてますのよ!」
「それはそれはとんだ失礼をしてしまった。可愛いカボチャさん」
「きゃー! 格好良い男性に可愛いって言われちゃったー!」

 カボチャなのに美意識は似ているのか、黄色い声があがった。

 さて当のヴィルヘルムはというと異世界に連れてこられたにも関わらず全く動じていない。
 王様と国民ぎっしり状態にはやや驚いてはいたが、最初は作り物だと勘違いしてためだ。だが、国民達の必死の訴えによりやっぱりこの場所は異世界なのだと再認識する。興味津々で喋るカボチャ達から現状を聞きながら、彼は彼らの為にもジャック・オ・ランタン達をどうにか対処出来ないものか真剣に考え出した。

「あら、あっちの二人は――」

 ふと弥生が何かに気付き、集まった異世界人の中から見覚えのある二人へと視線を向ける。それに倣ってヴィルヘルムと勇太もそちらに顔を向けた。しかし勇太は身長が低かったため人混みという壁に阻まれ「見えにゃい……」と猫耳をしょんぼりさせる。それを気遣ったヴィルヘルムが彼をひょいっと抱き上げ、大体同じ視線の位置まで来るように高さを調節した。その行動を見たメイドカボチャ達が「紳士ですわー」と頬を染めていたのは無理もない。
 さてそんな風にして三人視線を向けた先には赤と青の水干姿の男女が何やら周囲のカボチャ達や大王に向かって色々している姿が目に入った。

「ふふ、折角の英里とのデートを邪魔して下さりやがりまして有難う御座います――刻んでもよろしいですか?」

 青の水干衣装を身に纏った十代後半ほどの少年――鬼田 朱里(きだ しゅり)はアイドルスマイルを浮かべながら首をこてんと愛らしく傾げる。
 普段は綺麗な敬語使いであるというのに、その言葉使いも今は怒りの為若干崩れて声色も低い。手の爪は妖力によって伸ばされ鋭く尖っており、更に言えば頭には小さな二本の角が生えている。どうやら彼は相当不機嫌らしく、その笑顔は非常に黒い。その雰囲気に圧されたカボチャ達は「ひぃぃぃ!!」と悲鳴を上げた。下手な事を言うと本当にやりかねない。そんな雰囲気が今の彼にはあった。

「おお、そうか。『じゃっく・お・らんたん』と言うのは南蛮南瓜の事じゃったか。ふむ、苦しゅうないぞ。南瓜共よ。わらわの傍に来るが良い」
「英里!」
「なんじゃ、朱里。そう怒らなくても良いではないか。のう、南瓜達」
「「「 可愛い女の子にナンパされちゃって胸がドキドキです!! 」」」
「うむうむ。愛いのう。愛いのう。わらわはそなた達の可愛い外見が気に入った。ゆえに今回の一件には協力してやろうと思う。その代わり主らを連れて帰っていいかのぉ?」
「「「 え、いいのかな。っていうか抱っこされてどきどき! 」」」
「駄目に決まってるでしょうが、この南瓜共!! そもそも胸なんてないくせに!」
「駄目なのか……残念じゃ」

 朱里に突っ込まれ、赤水干を身に纏っている少女――人形屋 英里(ひとかたや えいり)はしょぼんっと頭部に生やしていた耳を垂れ下げる。
 彼女の現在の格好は赤水干に本物の狐耳と九本の尻尾。普段三つ編みにし結っている金の髪の毛も今は下ろしており、和風狐美少女となっていた。更に言えば普段はどちらかというとクールな口調で物を喋る彼女だがついつい、悪のりで雅言葉を使っている。それが似合うものだから周りに居た使用人カボチャ達が「どこが胸だ」と突っ込まれたばかりの胸を高鳴らせている。

「ったく……おや、弥生さんこんにちは」
「こんにちは、朱里君。その頭の角凄いわね」
「もちろん作り物ですよ。良くできているでしょう?」

 首をこてんと傾げ笑顔で返す朱里。
 もちろん本性が『鬼』である朱里なのでそれは作り物ではなく本物であるが、此処で正体を明かす気は無かった。そして不機嫌ではあるもののそれを対象以外にぶつけるような暴走も彼は決してしない。いつもより若干黒さはあるものの、まだカボチャ達に向けていたものよりもさわやかな笑みで弥生へと微笑みかける。――が。

「きゃー!! カボチャ大王二世助けてよぉー!!」
「はははは、人の領域(へや)に踏み込んでおいて逃げるなんてええ度胸しとるやないか。この魔女っ子め」
「わーん! この人こわーい!」

 ふとカボチャ大王二世のほぼ真上に魔方陣が出現し、そこから二人の女の子が落ちる勢いで登場した。片方は皆が「えいっ!」と魔法を掛けられ召喚した魔女っ子。箒にまたがってひょいっと空中移動した後飛び降り、今はカボチャ大王二世に抱きついてひっくひっくと何やら泣いている。もう一人はと言うとその背に生やした二対の金の翼を広げ、悠々と城の床へと着陸した。

「あ、セレシュさんにゃ!」
「お、弥生さんに……なんや、朱里さんと英里さんまで居るやないか。ほんまにあの魔女っ子何しに来よってん」
「セレシュさんも今日は仮装してるのね。その綺麗な翼はとてもリアルで綺麗……」
「あはは、今宵はハロウィンやろ。というわけで魔法や」
「私も気になるのですが……その先端が蛇になっている髪の毛は? 繋ぎ目も見えないんですが」
「魔法です」
「ふむ、何か随分と一つ一つが上手く動いてるのぉ」
「メデューサ系でしょうか? しかし本当に上手く出来ているな。興味が湧きました」
「以上、ぜーんぶ魔法です」

 ゴスロリ風の服にヘアバンドを身に纏った外見十五歳ほどの女性は微笑む。
 だが本人は二十一歳だと主張している眼鏡を掛けた成人女性で、その名前はセレシュ・ウィーラーと言う。
 彼女は数々の問いかけに対して全部「魔法」だと言い切った。その背には黄金の二対の翼、髪の毛は蛇。……つまり、本来は『ゴルゴーン』である彼女は素の姿を曝け出していたのである。彼女はにこにこと本当にイイ笑顔を浮かべるとヴィルヘルムの腕に抱かれているチビ猫獣人を指差す。

「で、ご夫妻はいつお子さん作ったん? そちら弥生さんの旦那さんやろ?」
「にゃー!! 俺様夫妻の子供違うにゃー!」
「初めましてですね。皆さんのお話は弥生から兼ね兼ね聞いておりました。……あ、でも私達に子供はまだ早いかな。まだ二人の時間を過ごしていたいからね」
「まあ! ヴィルったら、照れちゃうわ……」
「ヴィルヘルムさんも言うところ違うにゃー! 弥生さんも何か違うにゃー!」
「ああ、その男性が噂の弥生さんの旦那さんなのか。じゃあその子は誰なのかのぉ?」
「えっと……」
「誰なんですか? さあ、きっぱりすっぱりと正体を明かしやがって下さいな」
「にゃ……にゃ、にゃ……」
「どこかで見たことあんねんけどなぁ。あ、そうや。勇太さんに似て――」
「に゛ゃー!! 違うにゃ! 俺は工藤 勇太じゃにゃいにゃー!!」
「――うち苗字まで言うてへんで? ん?」

 ヴィルヘルムの腕に抱かれているチビ猫獣人を見ながらセレシュは小首を傾げた。
 朱里と英里もまた四人の元へと集い、にこにこと笑顔を浮かべ彼の正体に付いて無言で迫ってみる。元々彼=勇太である事を知っている弥生とヴィルヘルムはどうフォローしようかと顔を合わせて迷うが。

「そこの金髪の眼鏡女、怒らせると本気でこわーいわよ」
「にゃー! 俺は工藤 勇太にゃー!!」

 カボチャ大王二世に泣きついていた魔女っ子が呟いた言葉にもはやこのメンバーならば、ばれても構わないと勇太は自ら正体を明かす。ハスロ夫妻はその豹変っぷりに自分達が彼のその能力を知った時の事を思い出し、ついつい笑みを漏らしてしまう。
 満足げにセレシュは頷き、朱里と英里もまた納得の表情を浮かべた。英里の方など勇太が生やした猫耳に興味を抱き、触りたくなりうずうずとしている。そのせいか己が生やしている尻尾もついつい、ぱたぱたと動いてしまった。

「で、結局何やの。この集会。多種族入り混じりやねぇ」
「お、俺がお話してあげるにゃ!」

 ヴィルヘルムの腕からぴょんっと飛び降りた勇太はセレシュの手を取り、たたっと素早く城の壁の方へと走っていく。この面々の中で唯一彼女が人外であるという事を知った上での行動だった。
 勇太の方はかくかくしかじかと簡単に説明をする。此処がカボチャ王国と呼ばれる異世界である事。そしてジャック・オ・ランタン種族達に攻められている事。魔女っ子が応援の為に異世界人を召喚しまくっている事。
 そこで勇太はちょっと気になっていた事をこっそり聞いた。

「で、にゃんでセレシュさんは魔女っ子さんを追いかけてたにゃ?」
「あー、うちなぁ。侵入者は石に変えたくなるねんよ」
「にゃ?」
「うちの中にある行為衝動って言うてな――まあ、つまりこうや。うちが元々居た世界のハロウィンに参加する為に着替えてた時に魔女っ子がやってきたんやけど……」

 そう言ってセレシュは人差し指を立て、事の発端を話始めた。

『とりっくあんどとりっく!』
『おお、侵入者なんて久しぶりやわー、たいへんだー』
『な、何よその棒読み! もうちょっと驚きなさいよね!』
『まあまあ、ゆっくりしていってねー』
『きゃん! 何、今の視線!!』
『ははは、石化の視線、石化の魔法、石化の魔剣、イロイロアルヨ』
『きゃー!! 眼鏡外してあたしを見ないで、魔方陣出さないで、魔剣振り回さないでー!!』
『あははははははははは!! 逃げんなこら』
『いやーん!!』

「――……セレシュさん。それじゃにゃんか悪役っぽいにゃ……」
「あかんで。ほんまあかん。いくらハロウィンやって言うても人の領域(テリトリー)に勝手に入ったらあかんと思うでー。……さてっと話終わったなら戻ろっか」

 セレシュはカボチャ王国の事の経緯を聞き、勇太は改めて彼女の恐ろしさを感じつつ皆の元へと戻ることにした。

■■【scene2:VS! ジャック・オ・ランタン】■■

「困ってるのは分かったけど、事情を説明してから呼んでや」
「説明させる気あったの? あんた」
「他の面々も知らなかった言うてんで」
「う」
「まあ、事情は分かったからうちは手伝うけどな」

 魔女っ子に指摘しつつセレシュは城の外へと出る。
 そこには城以上にぎっしりと国民達が詰まっており、見事なカボチャ畑が広がっていた。

「捕まればいいにゃ?」

 にゃにゃーん♪ と、もはや捕獲に関しては遊ぶ気分でやる気満々な勇太も今の彼に対して大きめなカボチャに溺れないように気をつけつつ外へと出た。既に他にもグループが作られており、城の周囲を固めている。門番カボチャが「お気をつけて!!」と蔓を使い、びしっと敬礼して皆を送り出した。

「力になれるなら……と引き受けてみたけど、能力を聞くと本気で掛からないと危ないね。異世界は異世界で魅力的だけど、元の世界には戻りたいし、あの世にも行きたくないよ。話せるならば説得したいところだけど……どうなるかな?」
「そうね。出来るだけ穏便に行きたいところだわ。でもジャック・オ・ランタン達に身体が付いている時点で行動範囲は広いわよね」
「気を引き締めていこうか」
「そうね」

 弥生は改めて自分が持っている箒を握り込む。
 ヴィルヘルムは出来るだけ穏便に済ませるためにあるものを用意し、それを手にして時を待つ。二人の意向としては説得で済めばそれに越した事はないというもの。至って大人な考えであった。

「さてわらわも準備じゃ準備。トランクを常備しておいてほんに良かったのう」
「さぁ、やりますか。準備運動、準備運動」
「わらわはまずは――狐を召喚じゃ!! 出でよ!!」

 トランクに妖力を注ぎ込みながらそれを開くとぽふんっと小さな煙が上がり、そこには六匹ほどの可愛らしい仮装狐が現れる。英里に召喚された狐達もまた水干姿で、しかも前足――もとい手にはフォークとナイフっぽい武器を持ちそれはもうやる気満々である。そして二本足で立っているのはもうお決まりというヤツで。

「「「 おおー、すごいですー。狐さんだー! 」」」
「ふふん、わらわの力を見たか! 見たなら主らを触らせよ」
「「「 きゃー! 逃げられなーい! くすぐったーい! 」」」
「あはははは、声を揃えて喋る南瓜も面白いのぅ! 可愛いのう!」
「朱里が楽しそうでなによりだ」

 さて陽気な英里を見て一旦は心和やかに過ごしていた朱里だが、彼も依然とやる気である。――ちなみにこの場合の漢字は恐らく「殺る気」で。
 ふふふふふ、と黒い笑みを浮かべながら彼は自分の手の中に符を数枚握り込む。

 幾つか分かれたグループではあるが、やはり見知った者同士の方が連携が取りやすいだろうと言う事でここのグループはこの六名で動く。
 セレシュはまだ敵の姿が見えないという事でジャック・オ・ランタン対策に、とある物体を用意する事にした。もちろんそれは全員分。その為に事前に仲間から一つだけある物を提供してもらっていた。

「きたー!!」
「きたー、きたー!」
「きちゃったー!!」

 やがて決戦の時。
 伝言ゲームのように遠くの方から城の方へとカボチャ達が騒ぎ始める。それを感じると皆ばっとその方向へと身体ごと向き、体勢を整えた。
 そして彼らが見た先には黒い影が数体。共通しているのはカボチャの頭にくりぬいた顔、人型ではあるが棒のように細い身体というところ。男性体はスーツ姿に外套を羽織り、女性体はハロウィンパーテイドレスにとんがり帽子を被っているのが見えた。その手にはランタン、もしくは魔法書らしい書物が握られており外見だけならハロウィンの雰囲気バリバリである。
 だが彼らはこのカボチャ王国において現在『敵』なのだ。

「きゃー、止めてー!」
『「増加」!』
「引っこ抜かないでー!」
『「増加」ですわ! さあ、私達と共にあの城を征服いたしましょう?』

 飛行能力を持つ彼らは遠慮なく畑から南瓜達を引き抜き、そして自身の特殊能力「増加」を使用し彼らに身体を与えて仲間に加える。結果、カボチャ王国の国民達はジャック・オ・ランタンへと強制的に種族変換させられ、敵の数も増えていく。

「駄目にゃ! お前ら止めるにゃー!」
「まずい、行くよ。弥生!」
「ええ! ヴィルも気をつけてね!」
「狐達も行くのじゃ!!」
「さてさて、お手並み拝見と致しますか。ふふ……今日という日を邪魔して下さった元凶は根から絶ってやりますよ」
「うちは支援魔法から行くわ。皆に防御魔法掛けるで!!」

 セレシュが素早く数拡大で呪文を唱え、見えない鎧を全員の前に纏わせる。
 これにより相手が「衝撃波」を放ってきても多少は軽減出来るはずだ。それを受けた皆は彼女に礼を言いつつジャック・オ・ランタン達との距離を詰める。

「お前ら、暴れるのはやめるにゃー!! 俺だって許さないにゃ!」

 勇太は己の能力で作り出した念の槍<サイコシャベリン>を一体の男性型ジャック・オ・ランタンに思い切り放つ。しかしそれはさっとかわされ、空中で消えた。だが一撃で終わる勇太ではない。またしても念の槍<サイコシャベリン>を生み出すと、次々と放ち攻撃の手を緩めない。

『トリックオアトリート!!』
「にゃああ!!」
『可愛い可愛い子猫ちゃんですわね。ふふ、耳もこんなにぴんっとしていて』
「にゃあ!! ぞくぞくするにゃー! 触るにゃー!」
『トリックオアトリートですわよ。どうでしょう。貴方にはわたくしからとぉーっても美味しいお菓子を差し上げましょう』
「にゃ、にゃ? お菓子?」
『わたくし達の味方になって下さるのならとびきりのお菓子を差し上げますわ』

 突如後方から現れた女性型ジャック・オ・ランタンに「はい」っと猫の手に乗せられたのは明らかに上等なチョコレート。
 勇太はじゅるりとよだれが出るのを止められず、ついつい目を輝かせた。これは非常に抗いがたい誘惑である。これは自分を陥れるための罠である。分かっている。分かっているのだが――今の勇太の精神年齢は外見と一緒に下がっており、五歳児そのもの。つまり、判断力も弱く――。

「にゃーっはっはっは! 俺様は寝返ったのにゃ! 皆にいたずらするのにゃー!」
『おお、我らの同志がまた一人増えたのか! これは素晴らしい!』
「お菓子いっぱい貰うのにゃー!! えい、念の槍<サイコシャベリン>の嵐ー!!」
「「「「「 勇太さん(君)!? 」」」」」

 まさかの味方の寝返りに一同は声を揃えてしまう。
 しかも彼の能力を知っている分、強力な槍が自分達の方へと飛んでくれば慌てて防衛に入った。その為、「きゃん! びっくりですわ!」「何か胸元に穴があいたようにすぅっとするなぁ」などとカボチャ達にも被害が及んでいる。刺さった槍は役目を終えた瞬間に消えるため、あまり痛そうでないのが幸いだ。

「なんで「催眠」も使われてへんのに寝返ってんねん!」
「え、えっと、この場合もう一回お菓子を渡したらいけないだろうか」
「今は本当に子供なのね。どうしましょ。まさか勇太君に攻撃するわけにはいかないし……」
「まさかの展開なのじゃ。ふむ、これは少々考えなければいけないのぅ」
「……ふぅん。そう来るのですか」

 五人が動揺、もしくは考えを深めている最中も侵攻は続く。
 英里の召喚した狐達も頑張ってその侵攻を食い止めるべく、ていてい! と頑張ってフォークとナイフもどきでジャック・オ・ランタン達を突いていた。

『……狐達よ。この攻撃はぜんっっっぜん痛くないのだが……』
「「「「「「 ていていてい!! 」」」」」」
『おや、なんだか呆れのせいか力が抜けてきて……』
「今じゃ!! お前達、捕獲ー!!」
『わ、ぁー――!?』

 狐達によって思い切りやる気を削がれたジャック・オ・ランタンは本人も意識していない間に精神ダメージが蓄積し、次第に動きが鈍くなる。そしてその瞬間を英里は見逃さず、狐達へと叫ぶ。すると勢いを増した狐はそのまま捕獲と言う事で隠し持っていた縄をジャック・オ・ランタンに引っ掛けそのままぐるぐる巻きにした。完全に動きを奪うと、狐達は前足もとい両手を仲間と共に叩きあわせ喜びながらぴょんぴょん跳ねる。
 そして召喚者であり、主である英里を振り返るとキラキラとした瞳を向けた。

「うむ、お前達良くやったのじゃ。抱擁して褒めてつかわす」

 さあ、おいでとしゃがみ込み、狐達を抱きしめ彼らの頭を優しく撫でる。
 その興奮は英里自身が生やしている耳と尻尾にも表現され、尻尾はぱたぱたと動き下にいたカボチャ達が「くすぐったい尻尾さんですわー!」「お、女の子の尻尾がぶつかって……」「兄さん、鼻血出てるぜよ」などとざわめいていた。
 なんにせよ、ここは畑。ぎっしりと詰められたカボチャ達を避けるのは中々難しいというものだ。
 英里はこれに気を良くすると他のジャック・オ・ランタン達にも狐を仕向けた。
 ちなみに先程捕縛したジャック・オ・ランタンは浮遊せぬようカボチャ達の蔓で押さえられつつ、城の中へと「えっさほいさ」っとカボチャからカボチャに渡され、まるでベルトコンベアーのように運ばれていく。

「あれ? どうして逃げるんですか?」
『な、何。この子、なんか妙な威圧が……』
「ちょーっと動きを止めたいだけなんですよ。ほらっ!!」
『危ないっ!』
「――……何故、避けるのですか?」

 こちら朱里VSジャック・オ・ランタン数体。
 彼は対象に対してにぃっこりと満面の笑みを浮かべながら「威圧」する。英里は今狐達を見ているため影響しないが、それをつい見てしまった仲間達にもぞくぞくっと背筋に寒い何かが走った。それはもう黒い笑み。
 今日一日英里と一緒にずぅっと楽しい時間を過ごせると思っていたと言うのに邪魔された恨み。自分達を召喚したのは魔女っ子でも、その魔女っ子が召喚せざるを得なくなった状況を作り出したのは紛れも無く侵略者であるジャック・オ・ランタン達だ。
 それはもう怒りメーターが上がっていくというもの。

「ねえ、何故避けるのですか?」
『ひぃぃぃぃ!!』
『怖ぇえええええ!!』
「ああ、符が足りないんですね。ええ、ええ、分かってますよ。遠慮なく差し上げましょう――ほら!!」

 威圧を使って相手に睨みを利かせ、そして避けたジャック・オ・ランタンに対して動きを止める符を倍増させるとそれを次こそ逃げられないよう四方から飛ばす。
 それでもかわすようならば更なる枚数を持って彼は追い詰めた。
 一体、また一体と彼の手によって符の拘束を受け、空中に浮かんでいたジャック・オ・ランタン達が落下していく。それを畑のカボチャ達が「きゃー、受け止めてー!」「任せろ、姐さん!」などとちょっとしたドラマを繰り広げながら蔓で受け取り、城へと運んだ。

「しかし「増加」を使われていてはキリがありませんね。……折角ですし、鬼女を使おうかな」
「朱里、それはやりすぎじゃ」
「そうかな。私は全然問題ないと思うんだけど」
「鬼女は戦闘用絡繰り人形ゆえに危険じゃ。そもそもわらわ達の目的は捕縛。それなら符で充分。それに足場が少々悪いしのぉ」
「え、カボチャの一体や二体、……数十体踏み潰しても良いじゃないですか」
「「「 やめてー!! 」」」
「ほら、カボチャ達からもこう訴えられておるし」
「……分かりましたよ。符で頑張ればいいんでしょ。頑張れば」
「そう拗ねるでない」

 英里と朱里の会話を聞いていた者達はいつもの朱里とは違い、やたらと好戦的かつ攻撃的なところにギャップを感じる。
 朱里は密かに舌打ちをすると、改めてジャック・オ・ランタン達を落としに掛かった。後で思う存分癒しを貰おう――そう考えながら。

『向こうの勢力も中々のもの。僕も本気で行くんだから――ん?』
「そこの少年っぽい方ー! 少しお話しませんかー!」
『なんだ、僕に何の用だ。下には降りぬぞ。降りた瞬間に捕獲されるのは分かっているからな』
「いえ、私としては出来れば穏便に話を付けたいので――これなどいかがでしょうか?」
『なっ、それは高級ハーブ入りクッキー!』
「蝙蝠型のキャンディもありますよ」
『……くっ、ハロウィンを分かってるな、お前』
「では、Trick or Treat?」
『う、ぅー……』

 ヴィルヘルムは用意しておいたバスケットの中から菓子を取り出し、まだ比較的若そうなジャック・オ・ランタンに声を掛ける。
 ハロウィン好きなのはやはりジャック・オ・ランタンも同じ。特に精神年齢が低そうな者であれば引っ掛かるのではないかとヴィルヘルムは考え、キャンディをチラつかせる。行為自体は先程敵勢力が勇太に行った事と同じだが、決定的に違う点が一つだけある。

『僕はお菓子がいい』
「ではあちらへとどうぞ。はい、キャンディ」

 それはカボチャ王国側は決してジャック・オ・ランタンを味方にはしないという事だった。
 ヴィルヘルムに選択肢を迫られたジャック・オ・ランタンは彼から蝙蝠型キャンディとクッキーを受け取るととても大人しくなり、カボチャ王国の国民に蔓で腕を捕縛されながらも自ら城へと入っていく。
 だがしかし、この手がずっと使えると思ったら大間違い。

『あーら、こちらの男性はわたくし達の同志を手懐けるおつもりよ』
『それはいけませんわね。困りますわ』
『ではでは、こうしましょ――「トリック」!』
『そして「トリック」!』
「うわっ!!」

 ふっと女性型ジャック・オ・ランタンに二体囲まれたヴィルヘルムを襲う特殊呪文。それも二連発。
 その瞬間、彼の身体に衝撃が走り煙幕に包まれる。けほけほと噎せながら彼はそれを払おうと大きく手を振った。

「ヴィル! 大丈夫!?」
「あ、ああ、少し煙たいけど、けほ……」
「貴方、その姿は……」
「え? あ……あああ!?」

 駆け寄ってきた妻、弥生が煙幕を完全に払った夫を見やる。
 そこには今まで着ていた吸血鬼姿ではなくカボチャのきぐるみを纏わされた青年の姿が在った。キリッとした印象だった吸血鬼が一瞬にして笑いを誘うカボチャコスプレ姿へと変わった事により、女性型のジャック・オ・ランタンから高笑いが上がる。

『おーほっほっほっほっほ!! お似合いですわ!』
『ええ、とってもお似合いですのよ! 更にお菓子もただのカボチャの種に変えておいて差し上げましたわ』
「ちょっと貴方達! うちの旦那になんて事をするの!!」
『ああら、年増が何か喚いているわ』
『あらほんと。素敵な旦那様をお持ちの年増が何かキーキー喚いているわぁ』
「と、年増ですって!?」
『わたくし達は新鮮野菜。今年取れたてピチピチですのよ』
『それに比べて貴方は恐らく十年以上経っているんでしょうぉ? 腐っていないだけマシですわよねぇ』
「人間と野菜と比べられてたまるものですかぁ!! もう、怒った、怒ったわよ!!」

 弥生は女性としてのプライドが傷付けられ、怒髪天を衝く勢いで持っていた箒を杖代わりに使い攻撃魔法を飛ばす。
 だが、ちょこまかと余裕の表情で逃げるジャック・オ・ランタン達。くすくすと笑いながら時折「年増」と囁きあうその行為は更に弥生の怒りを煽り立てて。

「お、落ち着いて弥生!」
「貴方! これが落ちついてられると思う!? ヴィルだって変な魔法を掛けられたのにっ」
「いや、あのね。これ脱げるから。カボチャのきぐるみだから一応脱げるから。それに弥生が年増だなんて私は思っていないし、年齢を言うなら私の方が上なんだからね」
「そこを怒ってるんじゃないのよ! あの女達の態度がムカつくのよ、ヴィル!」
「でも冷静にならないと攻撃は成功しないよ」
「……う……」
「私が隙を作るから、弥生はその時を狙ってくれないか」
「……分かったわ」
「じゃあ――行きますよ」

 ヴィルヘルムは「トリック」によって着せられたきぐるみを勢いよく脱ぎ、フリルタイ付きの白いブラウス姿へと変わる。変化させられたのはどうやら茶ベストとマントだったよう。
 そして彼は脱いだばかりのカボチャのきぐるみを思い切りジャック・オ・ランタン二人の方へと投げた。またしてもひょいっとジャック・オ・ランタン達は高笑いと共に避けるが――。

「カボチャさん達、ごめんなさい。失礼します!」
「ぷぎゃ!」「いでっ!」
「そして、貴方達も――大人しくして下さいね」
『まあ!?』
『きゃっ!』
「弥生!! 今だ!」
「貴方達――とっとと……大人しく捕獲されなさーい!!」

 己の身体能力の高さを誇るヴィルヘルムはカボチャ二体を踏み、高く飛び上がるとジャック・オ・ランタン達の身体を片手ずつ拘束に掛かる。そして顔だけ振り向かせ、落下する瞬間愛しの妻へと合図を送った。その瞬間、魔女である弥生は土属性の捕獲魔法を発動させる。
 勢いよく盛り上がる土、そこから飛び出したのは……カボチャ達を支える蔓。
 今は彼女の支配下にその蔓はあり、二体のジャック・オ・ランタンを見事捕縛した。ぐるぐると巻きついてきゅっと締め付ける蔓はそのまま下方に降り、そしてキィキィ喚く二体のジャック・オ・ランタンを国民達がえっさほいさっと運んでいった。

『おやおや、仲間がどんどん捕獲されていく。中々やりますな』

 声色からして今までのジャック・オ・ランタンより年上らしい男性体のジャック・オ・ランタンが現れる。
 その手には書物。彼はぺらりとページを捲ると、指先を紙面に走らせた。そして笑顔で固定されている表情を深めるように頷きを数回繰り返す。そんなジャック・オ・ランタンを見つけ、素早く気を巡らせたのはセレシュだ。直感が告げる。
 ――コイツは、格上だと。

 セレシュは黄金の翼を羽ばたかせ素早くそのジャック・オ・ランタンの前へと姿を現す。
 彼女の登場により、彼は「おや」と気を向けた。セレシュは素早く手先に魔力を込め、いつでも放てるよう準備をする。一対一。対面するセレシュとジャック・オ・ランタン。緊迫した空気が二人の間に流れた。

「何をしようとしてんのか分からんけど、邪魔させてもらうで!!」
『おお、随分と聡いお嬢さんがいらっしゃった。ではご期待に応えて』
「期待なんぞしとらんわー!!」
『はっはっは――では行きますよ』
「させへん!!」

 セレシュが素早く攻撃魔法を放ち、何かの行動を阻止する。だがそれは相手も読んでいたらしく、さっと身体を傾げる事で回避した。
 そして彼は指を打ち鳴らす。まるで打ち合わせでもしていたかのようにセレシュの後ろにもう一体男性型ジャック・オ・ランタンが現れ彼女の脇の下から腕を回し拘束した。ぎりっと締め付けるその力によって指先を振るえなくなったセレシュは目を見開く。

「な――!?」
『本当は貴方達のような人材は味方にしたいところなのですが……危険人物にはこの舞台を去って頂きましょう』
「まさか……」
『どうやら我らの能力を把握していらっしゃるようですし――ご期待に応えて倍掛け致しましょう』
『思い知るが良い――我らが能力、「強制案内」発動!!』
「――!?」

 格上とセレシュが見出したジャック・オ・ランタンが叫んだ瞬間、全員の足元に魔方陣が現れる。
 それは勇太にも及び、一様に皆目を見開いた。

 「強制案内」――それはもっとも危険な特殊能力。
 肉体から魂を分離させ、強制的に黄泉へとご案内するという最強呪文である。それを倍掛けで全員に掛けると宣言したのだから魔力の消費も半端無いだろう。それでもジャック・オ・ランタンはやった。それで片を付けると――勝利を信じて。

 しかし遠くの方でパンパンパンッ! と連続で何かが弾け飛ぶ音が聞こえた。そして役目を終えた魔方陣は光を失い、やがて消滅する。

『な、んだと……!?』
「ふ、ふふ。うちかて何の策も練らんと飛び込んでると思わんといてな。あんたらがその魔法使う可能性高うかったからな。事前に全員分、身代わりの形代を準備させてもろうたわ。皆に髪の毛もろてな」
『なっ――』
「うちもちょーっと怒ってんよ。折角里帰り出来ると思うたのになぁ……?」
『お前、まさか』
「折角やしちょっと固まってもらおか。遠慮せんでええで」

 ぶんっとセレシュは首を振り、自分の眼鏡を下方へと落とした。
 そして眼鏡によって抑えられていた「石化の視線」が――解放される。

『うあ、ぁ……ぁ゛、あ!!』
「くたばれ、阿呆共」
『――ひっ、そんな、まさか――!』

 前方に居たジャック・オ・ランタンが灰色の石像へと変わっていく。
 飛行能力もそうなってしまえば発動せず、完全に石化した身体は一直線に地面へと落下していった。自分を押さえ込んでいるジャック・オ・ランタンにも視線を向け、彼もまたその強い能力に抗う事が出来ず石像と化し――落ちた。
 セレシュは自分の目元に手を当てながら翼を広げ、眼鏡が落ちた地点へと降下し拾い上げる。特殊製のそれはレンズにヒビ一つ入れぬままカボチャ達の蔓によって優しく受け止められていた。その事に気付くとセレシュは思わず笑う。

「ありがとな、カボチャ達」
「「 どういたしま――ピッキーン! 」」
「あ、うっかり石化させてもた。すまんすまん。視線あるんやったね」

 眼鏡を掛け石化の視線を抑えるとセレシュはほんの少し舌を出して誤魔化しに掛かる。
 「後でちゃんと石化解除魔法掛けるから許してな」と今はカボチャのオブジェになってしまった国民達の頭をそっと撫でた。さて視界を巡らせば石像二体も国民達が頑張って運んでいくのが見える。
 その視線の先に、勇太が居た。それも真っ青な顔で。

「んー? 勇太さーん。そう言えばあんさん、今敵やったなぁ」
「あわわわわわわわわっ!!」
「こっちは片付いたわよ。あら、勇太君」
「勇太さん、まだ敵なんでしょうか」
「ひぃー!」
「こっちも片付いたのじゃ。今朱里が他のじゃっく・お・らんたんを落としておる。こうなっては時間の問題じゃのぉ」
「にゃぁー!!」
「「「「 で、どうする(のじゃ)? 」」」」

 四名に囲まれ、勇太はぴゃっとその場から逃げようと動く。しかしその行く手を阻むのは――。

「おや、勇太さん。何故逃げるんですか?」
「に、ぎゃぁああ!!」
「ああ、そう言えば敵でしたね。勇太さんってお強いですからさぞかし戦い甲斐があるでしょうねぇ?」
「にゃーにゃーにゃー!!」
「さて、私としては勇太さん相手なら鬼女を使ってもいいかと思っているんですよ。だって勇太さん凄くすごぉーくお強いですから……ね」
「にゃー!! 謝るから許して欲しいにゃー! ごめんなさいにゃー!!」

 それはもう朱里の容赦の無い『威圧』に圧され、とうとう勇太は泣き出す。
 えぐえぐと涙を零し、身の凍る思いをした勇太は必死に「ごめんなさい」を繰り返した。これには流石の皆もぷっと息を噴出し反省を認めざるを得ない。
 「きゃー!」とまたしてもカボチャ畑から悲鳴があがる。
 皆そっちの方へと向けば他のグループが取りこぼしたらしいジャック・オ・ランタンが「増加」を使って仲間を増やそうとしている姿が目に入った。

「はぁ……まだまだ時間が掛かりそうやな」
「お、俺だってがんばるにゃ!」
「勇太君は反省したんだからもうあっち側に行かないわよね? 次お菓子につられていったらメッしちゃうわよ」
「はいにゃ……もう行かないにゃ! これからは罠でも張って頑張るにゃ!」
「罠?」
「え、こう……雀を捕まえるザルの罠のデッカイ版を作ったりするにゃん!」
「「「「「 流石にそれは無理だと思う(よ/のじゃ) 」」」」」

 そこまでジャック・オ・ランタン達は知能は低くないんだから、と最後に一言付け加えられ、「にゃうぅぅ……」っとぺたりと耳が下がる勇太であった。

■■【scene3-1:お疲れ様】■■

 かくして戦闘はカボチャ王国側の勝利で終了し、王様からもお褒めの言葉を頂いた後の事。

「あー、結局石化の視線使うてもたわ。ごめんなー」
「「 いえいえいえー。こちらこそ石像の気持ちが分かりましたー! 」」
「あんたらホンマ前向きやね」

 セレシュは戦闘の際、うっかり石化させてしまった二体のカボチャへと石化解除魔法を使用し、元通りのカボチャへと戻していた。
 傍にはチビ猫獣人の勇太。
 彼はしょぼんっと耳を下げながら反省の為に自分が穴開けてしまったカボチャ達に「ごめんなさい」を繰り返していた。

「ほんとうにほんとーにごめんなさいにゃ」
「カボチャ王国の危機が去ったなら良いんですよー」
「そうですよー。例え僕らに穴が空こうと王国が無事なら良いんです」
「にゃ……でも穴塞がんにゃいよ?」
「きっとこの後行われるハロウィンパーティで僕ら美味しくなるので大丈夫です!」
「にゃにゃ?」
「美味しく食べてもらえるならこの怪我もまた男の勲章なのです」
「それはまさかの展開にゃ!!」
「そうですかぁ? カボチャ王国では毎年誰かが絶対にテーブルの上に上がりますよぉ?」
「……言葉だけ聞いてるとシュールにゃ」

 勇太は思わずグロい想像してしまう……が、所詮は目の前に居るのはカボチャなのである。
 料理されれば美味しいに決まっている。

「勇太さんは謝罪終わったん?」
「終わったにゃー! そっちも終わったにゃ?」
「うん。元に戻したし、うちらも城に帰ろっか」

 はいっとセレシュは掌を差し出し、勇太は思わずそれを見つめてしまう。
 けれどえへへっと笑みを零した後、その手を迷わず掴んだ。

「セレシュさんの『石化の視線』凄かったにゃ。思わずがたぶるしちゃったにゃん」
「他の皆には内緒やで、なーいしょ」
「分かってるにゃん。二人だけの秘密にゃん!」

 互いに唇の上に人差し指を乗せながら約束しあう。
 そんな二人をほんわかとした視線でカボチャ達は見つめ、彼らの為に城までの道を開いた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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東京怪談
【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】
【8538 / セレシュ・ウィーラー / 女 / 21歳 / 鍼灸マッサージ師】
【8555 / ヴィルヘルム・ハスロ / 男 / 31歳 / 請負業 兼 傭兵】
【8556 / 弥生・ハスロ (やよい・はすろ) / 女 / 26歳 / 請負業】
【8583 / 人形屋・英里 (ひとかたや・えいり) / 女 / 990歳 / 人形師】
【8596 / 鬼田・朱里 (きだ・しゅり) / 男 / 990歳 / 人形師手伝い・アイドル】

ゲストNPC
【NPC / カボチャ大王二世 / 男 / ?? / カボチャ王国・国王二代目】
【NPC / カボチャ / 男・女 / ?? / カボチャ王国・国民達】
【NPC / ジャック・オ・ランタン / 男・女 / ?? / ジャック・オ・ランタン種族】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは!
 今回は2012年のカボチャ王国へようこそ!! そして見事解決有難う御座いました!
 全体的に皆様何か振り切れていたので非常に楽しくプレイングを読ませて頂きました。笑わせて頂いた分、多く反映出来ていると嬉しいのですが!!

 まず工藤様の「チビ猫獣人変化」の能力に関しましてはご本人様より東京怪談内でも認識・反映OKだと発注にてコメントを頂いております。なので上記参加者様はもしご本人様がチビ猫獣人で現れたとしても「既に知っている」設定が可能となります。(ただし基本的には蒼木製作ノベルのみ)

 後は認識しあっていないPC様に関しては正体不明・きっと仮装なんだね! の認識のままです。
 セレシュ様は工藤様のみ以前のノベルにて正体ばれOKと出ているので今回こそっと反映を。

 また、今作では三つのエンディングが御座います。
 他の方の納品物と合わせて読んで頂けましたら幸いです。
 ではでは、また後半でも逢える事を楽しみにしつつ、失礼致します!

■工藤様
 こんにちは!
 寝返りプレイング&そしてごめんなさいプレイングに盛大に吹かせて頂きました。
 まさかの寝返り。まさかの展開!!
 弄りOKと頂いたので散々弄らせて頂きましたが、笑って頂けたら幸いですv

■【おまけ】OPに使ったジャック・オ・ランタンのデータ■

【外見】
 カボチャの頭にくりぬいた顔(基本的にくりぬいた顔で固定)
 身体は棒の様に細く、手には普通のランタンまたは書物が握られている。
 服装はスーツ系に外套(マント)。
 女性タイプはハロウィンパーティドレスにとんがり帽子。
 会話は可能。

【能力】

・「飛行」――標準装備。

・特殊能力「増加」――通常のカボチャに身体を与え、仲間を増やします。

・攻撃方法
 「衝撃波」――かまいたちのようなもの。風属性。
 「トリック」――攻撃を無効化。攻撃が鳩出現に変わったり、銃が玩具化したりと悪戯効果発生。
 「幻覚・催眠」――掛かってしまうと一定時間(一分)味方も敵と思い込み攻撃衝動が湧く。
 「カボチャ化」――どんな種族でもカボチャに強制変化。その後の「増加」が基本戦術。
 「強制案内」――肉体から魂を分離させ、強制的に黄泉へとご案内。

カテゴリー: 01工藤勇太, 蒼木裕WR(勇太編), 集合イベント型 |

君と過ごすハッピー・ハロウィン・ナイト!

おいで、おいで。
 誘う声は闇の中より出で。
 おいで、おいで。
 甘く甘く貴方の耳元で囁く声。

 さあ、目を覚まして。
 でも気をつけて、此処は夢の中。
 まだまだ続くハロウィン・ナイト!

 ここではなんでも叶うから。
 君の望みを――夢のまにまに。

■■■■■

 そこは夢の中に建つ一軒の家。
 アンティーク系統の外装を持つ夢の『案内人』達の住処。
 そんな彼らの家に今日も今日とてハロウィン仕様もとい猫獣人化でやってきた俺はと言うと。

「トリックオアトリートにゃ! お菓子をくれなきゃ悪戯するにゃ!」

 勝手知ったる他人の家。
 ターンッ! と勢い良く扉を開いて住人達を驚かせに掛かるのだが……。

「あれ、誰もいにゃい?」

 普段ならば部屋の中央にはフィギュアが安楽椅子に座って微笑みながら出迎えてくれて、更に傍にはミラーが寄り添っている。だけどこの家の住人達の姿が今は見えず、俺はこてんっと五歳児な猫獣人となった首を傾げた。ぴっこぴこ。耳が何か物音を拾おうと動く。しかし誰の気配も無し。
 そこまで多くもない部屋をたたっと駆け、辺りを探すもどこにも二人の姿は無かった。
 ふにゃん? とまた小首を傾げてうにゃにゃんっと猫手をちょっと握り拳にし、それを顎にあてて考え込む俺。
 そしてピコーン! と考えが閃く。

「スガター! カガミー! ちょっとミラーとフィギュアの居場所教えて欲しいにゃー!!」

 家の外に出て、呼べば出てくるであろう残り二人の案内人達の名前を呼び叫ぶ。
 二人は住居無し、ひたすら夢の中で漂うように存在している不思議な存在。でも以前「呼べば来る」と二人から教えられていたし、今までは彼らを望むだけで登場してくれたのだが――何故か今回は出てきてくれない。

「うにゃ?」

 四人が四人とも呼び掛けに応じてくれないなどと始めての事態。
 これはもしかしてどこかにお出かけしてるのにゃ?
 うーむ。案内人としてのお仕事で頑張っているのかもしれにゃいにゃ。それだったら俺様、中で全員が帰ってくるのを待つ!!
 ぐっと猫手を拳にして気合を入れる。
 きっとこの場所に俺がちょーんっと居たら皆それはそれでびっくりすると思うにゃん。皆が帰ってきたら「トリックオアトリート!」って叫んでそれはそれは大量のお菓子を……ぐふふふふふふ。
 あ、よだれにゃ。ふきふきふき。

「じゃあ、いつもはミラーがお茶を入れてくれているから今日は俺様が自分でお茶を入れるにゃん!」

 台所までとててててーっと小さな身体を移動させ、幼児にしてはあまりにも広い台所へと行く。そしてふと考えれば此処は俺様がいつも使っているコンロとかじゃにゃいという事に今更ながら気づいてみたりするわけにゃのですが……。

「き、気合と根性で何とかにゃる!! とりあえず食器! カップを出すにゃ!」

 椅子をずりずり引っ張って棚の前。
 ぴょんっと俺様飛び乗って棚の前。
 カップは多分普段飲んでいるものだったら怒られないはずなのにゃ! あっちの棚に並んでいる明らかに「わたくし、こう見えて高価ですのよ」と主張している煌びやかなカップなど間違っても使わないにゃん。――と、言うわけでいつも飲ませてもらっているシンプルな白カップをゲットにゃー!!

「たったらー! 俺様何かがれべるあーっぷ!」

 一人である事を良い事に調子に乗ってはしゃいでみる。
 しかし誰も突っ込み役がいなくてしょぼーん。尻尾も耳も寂しさのあまり垂れちゃうにゃん。

「そして新たなスキル習得! 『 勇者勇太は  寂しさを誤魔化す事を  覚えた 』とか。――そんなぼっちスキルいらにゃいー!!」

 ははははは、と乾いた笑いを浮かべながら俺様次は紅茶の葉探しに探索、探索!
 しかしミラーはいつだって俺様の好みに合わせた紅茶を出してくれていたのにゃ。そしてブレンドもしてくれていたのにゃ。つまり、つまり、つーまーりー!!

「紅茶の葉多いにゃー!! にゃんだこの量ー!! 俺様いつも飲んでるのどれー! うにゃーうにゃー!」

 棚いっぱいに並べられた葉の入った瓶を眺め見ながら突っ込みを入れてしまう。
 しかもラベルが張っているものがあるかと思えば無いものもあったり。ラベルが張っているものでも種類が多くて俺様  超  混  乱  ☆ 
 アッサムは分かる。ダージリンもにゃんとか分かる。――でもカルチェラタンってにゃに。カンヤム・カンニャムってにゃんにゃのにゃー!!
 うーうーうー。わからにゃい。わーかーらーにゃーい!!

「うー、迷うにゃー。俺様迷ってるにゃー。<迷い子(まよいご)>にゃよー? 誰か出てきてくれませんかにゃー?」

 『 しかし  案内人は  誰も  来なかった 』

 心の中で思わずゲームのようなナレーションが流れる。
 マジでどこに行ったのにゃ。こんなはじめての事態、俺様どうしたらいいのにゃ! いつもは俺様がこんなにもあたふたしていたら絶対に誰か――主にカガミが「仕方ないやつだな」って笑いながらも現れて助けてくれたっていうのに。

「ってぼーっとしてたら茶葉零したー! ミラーに怒られる! ぎゃー! お湯もあふれたにゃー!」

 台所をめちゃくちゃにしつつ、俺様それでも一人分の紅茶を淹れきってみる。
 そしてそれを前にごくり、と唾を飲み込む。かつてこんなに紅茶を飲む事に対して勇気を必要としただろうか。いや、にゃい。匂いもこんな香りだっただろうか。うーむ。紅茶って入れるの難しいんだにゃぁ……。

「予想していたけど美味しくにゃい……」

 ぺい。
 子供らしく美味しくないものはこれ以上口つけにゃい。放置。
 振り返れば茶葉が散らばり、床は零れたお湯が湯気を立てていたり、ティーポットもあんまり宜しくない扱いをして……一言で言うとぐしゃーな状態である。
 ……飽きた。
 っていうか、一人寂しすぎてもう良いにゃ!

「こういう時は遊ぶにゃ! そうすれば気分もまぎれるし、俺様寂しくにゃいにゃん! よーっし、普段あんまりこの家で探索してにゃいからきっと面白いもの見つかるにゃん、探検ー!!」

 たたたーっと滅茶苦茶にした台所を放置して俺様だっしゅだっしゅ!
 変わった置物とか綺麗な鏡とか目新しいものを見つけ、目を輝かせたりしながら探索をするのは楽しい。でもフィギュアのお部屋には入らにゃいよ。そこは聖域にゃん。女の子だからって言うのもあるけれど、『フィギュアのお部屋』って言うのがポイントにゃん。もし滅茶苦茶にしても本人は「あらあら、仕方ないわね」って笑ってくれるだろうけれど――傍にいるミラーが怖いのでぜーったいに俺様入らにゃいのだ!! はっはっは!
 ……がたがたぶるぶる。過去を思い出すと怒ったミラーはマジで怖いにゃ。

 だから家の中の探検は主に物置っぽい部屋だとか、ミラーの部屋っぽいところとかを探り探り。
 しかしここで呪いのアイテムゲットー!! とかしたら怒られるので、出来るだけ触らにゃいようにはしてるにゃん。そういうアイテムがなさそうで有りそうなこの一軒屋。にゃんんにゃん、末恐ろしいと同時にちっさなダンジョンみたいで楽しいんだにゃん♪

 そしてどれくらいの時間が経ったか分からない頃。
 それはもう遊び尽くしまくって、色々と面白そうなものを見つけては見るだけの簡単なお仕事をしつつ……。

「俺様、飽きたにゃ」

 一人で寂しい一軒屋。
 もそもそとミラーの部屋のベッドに潜り込み、俺様超不機嫌モードなう。すんすんすんすん。寂しい。皆がいないこの家がこんなにも寂しいなんて思ってもみなかったにゃん。
 いつもだったら――、とほわわわわんっと頭に浮かべる情景。

『あら初めまして、<迷い子>。今日はどんなご用時かしら?』
『待ってフィギュア、彼とはもう何度も逢っているから記憶を渡すよ』
『あはは、僕らもフィギュアに覚えてもらえるようになるまで時間掛かりましたからね』
『ほら、勇太来い来い。抱きしめてやるからさ』

 う、う、う。
 思い出したら余計に涙が出てきちゃうにゃ。そう、今こそ寂しさを誤魔化すスキル使うにゃん! そう、それは『不貞寝』! ……ぼっちスキルさぁみしぃにゃぁー!!
 めそめそすんすん。猫の手で涙を拭きながら俺様おやすみするにゃん。きっと、きっと目が覚めたら皆戻ってきてるはずにゃんだから……そうに決まっているにゃん!

 そして俺様探索で疲れきった事もあり、すよすよと。良い寝息を立てながら寝ちゃう事にいたしましたとさ、まる。

■■■■■

「やっべ、勇太超可愛い、面白い」
「カガミー。そろそろ中に入って工藤さん慰めてあげようよー」
「流石にハロウィンの悪戯にしてはやり過ぎちゃったかもしれないわね。でもあたしの部屋を荒らさない配慮は嬉しかったわ」
「まあ、入ったくらいじゃ怒らないけれど、……台所が……」
「「 ミラーから怒気が!! 」」

 カガミとスガタがびくっ! と気配に反応して身体を跳ねさせる。
 そんな彼らの現在の居場所、チビ猫獣人が眠っているミラーの部屋の扉の前。フィギュアはミラーに抱かれながら「どうしましょ」と首を傾げているだけ。本気では困っていないようだ。

「とりあえずパーティの準備でもしておこうか。フィギュア、ケーキはパンプキン仕様にするけれど、他に何かリクエストはあるかい?」
「パンプキンパイとか美味しいわよね。紅茶はあたしが淹れようかしら」
「あ、僕はそれを手伝う。カガミは工藤さんの事起こしてあげなよ」
「え、寝顔見てたら駄目か?」
「「 リア充は爆発したら(しなさい) 」」
「あら、ミラーとスガタの声が揃ったわ」

 珍しい事もあるものね、とフィギュアは可愛らしい声で笑う。
 三人は台所へ、カガミはミラーの部屋の中で眠っているチビ猫獣人の元へと足を運ぶ。泣き腫らした目元が痛々しく、カガミはベッドの縁に腰掛けると彼の目元へと唇を落とす。

「あんま泣くと目玉落ちちまうぞーっと」
「ふにゃ……」

 やがて良い香りが漂ってくる室内で、チビ猫獣人が起きるまでカガミは添い寝をして彼を見守り続ける。
 起きた直後に「お……お菓子をくれなきゃ悪戯するにゃ~っ」とカガミに抱きついてまたしても泣くチビ猫獣人が見られるまであと少し。

 ハッピー・ハロウィン・ナイト?
 いいえ、これは案内人達がちょっとした悪戯心を出した夜のお話。
 パーティが始まっても中々離れないチビ猫獣人を抱きながら、「俺得」とぐっと拳を握ったカガミは後で皆から呆れた視線を頂きましたとさ。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、単品の方のトリッキーノベル発注有難うございました!
 案内人達がいない部屋――初めてですね。その中でやってきたチビ猫獣人な工藤様がにゃーにゃーするお話で御座いました。
 彼らがいない理由はお任せという事でしたので、「ハロウィンの悪戯」で。

 それはもう最後の方でカガミが嬉々としておりますが――その後はもう色々甘やかすと思いますので、べったりと幸せな時間をお過ごしくださいませ!

カテゴリー: 01工藤勇太, その他(蒼木WR), 蒼木裕WR(勇太編) |

LOST・最終章【後編】―突入―

―― ドォォォォォォンッ!!

 それは地鳴りがするような衝撃。
 武彦が滑り込むように角に身を隠した途端起こった爆発音。轟音に耳を塞ぎながら事が収まるまで身を伏せたりして身体を庇う。
 パラパラ、と天井から欠けたくずが降り注ぎ、皆の身体に当たる。

「こんばんわぁー、草間武彦さんとそのご一行さまぁ」

 やがて間延びした男の声が聞こえ、各々自身の武器を構えた。声には聞き覚えがある。先日調査に入った幹部の男の部屋で入手したCD-ROMの中で付与術師を殺したメットの男の声だった。

「上司命令によりぃー、抹殺させて頂きたいと思いまぁす。……と、言うわけで出てこいや?」

 タタタタタッ、と多数の人間らしいものの足音が聞こえる。
 男の他にも敵が集結している事は間違いない。次に待っているのは確実なる戦闘。それも武彦と零が襲われた時以上の、だ。
 遠くで非常事態を知らせるサイレンの音が聞こえ始めた。同時にアナウンスが流れる。

『緊急事態発生、直ちに作業を停止し敷地の外へと避難して下さい。繰り返します。非常事態発生に付き直ちに――』

 それにより多くの人間が動き、ざわめく声が外から聞こえてきた。
 誘導を促す声が聞こえ、人々が恐怖を感じながら外へと逃げ出し始めている事が分かる。一般従業員を巻き込まないよう――決してこれから行われる「抹殺」を邪魔しないようにと配慮されていて。
 研究所内にも残っていたらしい一般の研究者達が動く気配が聞こえた。しかし「非常階段は爆発事故により使えません! こちらへ!」と武彦達が隠れている角の場所でも聞こえる大きな声で誘導している。一般人を隔離し、思う存分暴れる気である事は間違いない。

 
 ―― ごくりと唾を飲み込む。
 その音すら今は生々しく皆の耳に届いた。

■■■■■

『皆、悪いけど俺今からレーダーの役割放棄する! リミット解除はしないけどもう思考じゃ通じ合えないからごめん!』

 最初に動いたのは勇太。
 皆が同意する前に既に彼は臨戦態勢を取る為、すぅっと息を吸い今まで感覚だけの視界で周囲の動向を見ていた彼はやがていつもの色の付いた世界へと視界を切り替える。戻ってきた世界ではやはり男が呼びかけてくる声は続いており、彼はまず手を握ったり開いたりして精神と肉体の結び付きの感覚を確かめた。リミットを解除したままゆえにかなり脳を酷使しているわけだが、彼は此処で倒れるわけにはいかないと気を引き締める。

「草間さん、零さん、今まで護ってくださって有難う。後は二人も思う存分戦って下さい」
「戻ったか」
「……了解です。私は戦闘体勢に入ります」
「これは逃走しても危険そうですので、俺は出来る限りの援護をします。すみませんが、近くの事務室まで誰か一緒に付いてきて欲しいので――零、頼んでいいか」
「はい、祐樹さん分かりました」

 祐樹は早速パソコンを取り出し、皆にその存在を見せる。
 彼の武器はそのパソコン。先程ウィルスを流した事などを思えばこれから先来るであろう増援などを止めるためにそれを使う事を決意していた。頼まれた零は素直に頷き返し、すぅっと息を吸うと怨霊を呼ぶ準備を始めた。空気が変わる。元々冷えていた外気だが、それよりももっと冷たい――霊特有の冷たさが周囲を覆い始めた。

「今回ばかりは回避は難しそうですわね。相手も本気で掛かってくるのでしたら遠慮なく向かわせて頂きますわ。返り討ちにさせていただきましょう」
「うちは皆が戦闘すんねんやったら補助行くで。逃走する人いんねんやったらそっち優先するけど。ああ、人数足りなさそうやったら祐樹さんと零さんの方行く。防御や魔法、隠形の術掛けたら戦闘から遠ざけれるやろうし。ハスロ夫妻はどないすんの?」
「私は迎え撃ちます。先程の一件もありますし、出来るだけ早く事を終わらせましょう。正直仲間を呼ばれる前にカタを付けたいのが本音です。捕縛も考えましたが、そう簡単に上手くいく相手だとは思えません」
「それには同意よ。私も夫と同じで……むしろヴィルに怪我を負わせた輩の仲間と言う事で怒りが――っ、皆ちょっと待って、なんだか英里ちゃんの様子が可笑しいわ!」
「英里!!」
「ぅ、うあ……」

 朱里が腕の中で護っていた彼女がカタカタと小刻みに震え始める。
 戦闘における精神の過剰緊張状態というべきものが彼女を苛んでおり、落ち着こうとしても上手くいかない。何度か朱里が彼女の背をさすって安定を図ろうとするもそれも……。やがて朱里は彼女から漏れる妖力の動きに気付くとはっと意識をこの場にいる全員に向け、そして素早く符を投げて皆を守護した。
 それは妖力が安定していない英里の対する保護符であり、これによって符で護られている限りは危害が及ばないはずだ。特に機械系を持っている祐樹には念入りにもう一枚投げておいた。

「そろそろ出てきてくださいませんかねぇ? 俺も気ぃ短くねーんでー」

 ―― バリンッ!!
 瞬間、銃器が構えられ、威嚇射撃が行われる。

「ひぃっ! や、やだ、怖い、のだ」

 窓ガラスが一枚破られる音。飛んできた破片を見て英里の怯えが更に加速する。
 そして彼女の緊張状態が限界を超えたその瞬間――。

「うわっ!」
「きゃぁああ!」
「なんだ、いきなりレーダーが誤作動をっ」
「『K』、電流が走ってショートしました!」

 広範囲で英里の妖力の暴走が始まり、味方敵問わず攻撃を開始した。自動標準装置を乗せていた敵側の銃器が急に壊れ始め、一部使い物になっていくのを感じ取る。他にも生体反応を見るための装置など持ってきていた者にも危害は及び、感電した手から機械を落とし痺れた手を震わせる。こうなってしまえば防犯カメラも役に立たない。バンバンバンッ! と連続した音が響き、カメラが壊れていく。

「よっしゃ、今のうちに祐樹さんと零さん行くで!!」
「はい!」
「了解しました」
「零さんは後方から祐樹さん守護な、うち今回は前に出てるから!」

 セレシュは自分の手の中に愛用の剣を取り出し携える。
 混乱状態に陥っている敵側の動揺を突くと、三人は駆け出した。だが、その気配を感じ取れないほど相手も馬鹿ではない。壊れていく機械に囲まれながらも、ある人物が銃を構える。――そうあのメットの男が。

「何でもかんでも機械に頼ってるからそうなるってーの。やっぱ最後には――自分の腕っしょ」

 彼が所持しているのはシンプルな銃器のみ。
 メットの下でくひっと笑う声がしたかと思えば三人に目掛けて銃弾を放った。だが、それに気付いたセレシュが振り返り、素早く障壁を張る事で回避。零と祐樹に先に行くよう指示を出しつつ、彼女もまた追って来る敵勢を睨みつけながら多くの魔法を足止め用に掛けていった。

「よし、三人を行かせるぞ!!」
「分かってます! ここから先は通させません!」
「悪いけど夫に怪我を負わせた報いくらいは取って貰うわよ」
「遠慮という言葉など今は無用のようですわ。……思う存分後悔して頂きましょう」

 武彦とヴィルヘルムが慣れた兵士の動きで前線へと駆け出す。その妻、弥生は後方から魔法を飛ばしうろたえている敵勢を削りに掛かった。自分達には朱里が投げてくれた符があるため英里の気による影響はないが、それでも完全ではない。符が活動を停止、もしくは相手に術を破られてしまえば事は止まってしまう。
 アリスもまた己の魔眼を使用する為に前へ。
 勇太は鈍痛のする頭を抱えながらも一先ず戦闘は置いておき、まずは敵の数、位置、そして所持武器を探りに掛かった。

「英里、落ち着いてください、英里!」
「やだ、……あの男、の、あ……ぁ」
「――っ、英里。ちょっと失礼しますよ」

 未だに震え続けている英里を抱きしめ、戦闘開始された非常階段付近をちらっと見やった後、朱里は誰にも見られない事を確認してからそっと英里へと口付けを落とす。
 それは温かな温度。柔らかな感触。
 英里は一瞬にして目を大きく見開き、そして頭の中が真っ白になるのを感じた。接触していた時間は僅か。それでも英里から緊張を抜かすには充分な時間で、こんな状況にも関わらず彼女はかぁああっと顔を赤らめた後、やっと落ち着きを取り戻し始めた。
 本能的に過剰防衛に走っていた英里の気が静まり始めると、機械達が壊れる速度も収まる。

「私は今回前へ行きます。英里には私が持っている符を全部渡しますからこれを使って自分の身は自分で護りなさい」
「え、あ、朱里!! 今のは――っ」
「口付けの意味を考えるのは後で。今は戦闘に集中です、良いですね!」

 英里の問いに素早くそう言い切ると朱里もまた戦闘体勢へと入り、駆け出す。
 残された英里は己の唇に手を当て、けれど今は集中集中と自己暗示を掛けながら首を振り彼女は持参していたトランクを開く。中からは守護特化と治癒特化の妖力で操る絡繰り人形を召喚し、こくっと唾を飲んだ。
 勇太が目を伏せ敵勢を探っている間に自分と彼へと保護符を投げ、いつでも応戦出来るように先程とは別の種類の緊張を走らせる。それは恐怖ではなく、立ち向かう勇気だ。

「ふむ、二人術師がおる。能力までは分からないが……」
「皆!! 敵の数はメットの男合わせて十四人、それから敵の位置は正面に八人、上から四人、事務室の方から二人来ます!! 基本的には銃器系を持っているみたいですけど、英里さんの情報では能力者の中には術師が二人! 他は分かりません!」
「「「 了解! 」」」
「――え、待った! 今一人増え……って俺達の後ろ!!」
「――っ!? 誰だ!」

 勇太と英里が素早く後方へと視軸を変える。
 そこには影を纏った一人の青年。次第に彼らの方へと足を進めれば足元から次第に姿を現し、そしてその全貌を明らかにする。金の長い髪に青い瞳を持つ美麗な青年が一人現れ、彼らへと笑みを浮かべる。だがそれは決して心からのものではなく作り笑いだと察した感応能力持ちの二人はぞくりと背筋に何か凍るようなものを感じた。
 しかし青年はそんな二人の反応など意に関せず。

「ふん。たまたま手に入れた呪具を少し気にかけていたら……武彦も相変わらずな男だ」
「武彦、って」
「草間さんの知り合いか?」
「ああ、知り合いだな。今回の一件――これを手にしたので探っていた」
「とるこ石のすとらっぷ!!」
「知っているなら話は早い。武彦! 俺も動くぞ」
「海浬!? 何故お前が!」
「説明はこの危機を遠ざけてから行う。今はそいつらをどうにかした方が良さそうだな。俺は上から来るという奴らを迎え撃つ」
「頼んだ!」

 現れた青年の名は蒼王 海浬(そうおう かいり)。
 武彦が彼を味方と認めた事で全員がほっと安堵の息を吐き出す。しかし戦闘はまだ続いている。勇太はサーチを終えると自分もまた戦闘に参加するため前へと駆け出し、彼は海浬を追い掛け階段を上る。頭の痛みが視界を鈍らせるがそれでも戦い抜くまでは倒れるものかと気力を奮い立たせて。

「きゃぁあああああ! ひ、ひぎぃ、ぃ……」
「さあ、石像になりなさい。貴方の罪はそれで悔い改められますわ――生きていれば」
「くっ、魔眼使いか! 今障壁結界を張る!」
「その前に落ちて下さい。面倒なんですよ、その能力」

 アリスが魔眼を使って石化させた敵を壁にしつつ、朱里が能力者もとい術師の一人に向かって駆け出す。
 鋭く爪を伸ばしその手から繰り出す攻撃で敵を叩き落していく。特に術師には後ほどの事を考え決して能力を使用出来ないよう、アリスに改めて石化させて貰うように頼んでから徹底的に潰す。力任せの戦闘といっても過言ではない戦い方に、普段の朱里からは見えない過激さを見て唖然とした表情が思わず浮かぶ。それに応えるように朱里は拳を作りながらにっこりと笑んだ。

「何ですか、皆さん。本来、私はパワーファイターですけど?」

 意外さを目の当たりにした皆はその言葉に息を飲んだ。
 彼は爪を伸ばし、既に役立たずとなった銃を持ち抗う構成員達へと攻撃を繰り出す。その人並みはずれた力は多大で、銃で防御に走っても繰り出された衝撃には耐えられず壁に叩き付けられてまた一人崩れ落ちた。

「こっちも負けていられないな。……――さて、そのメットはそろそろ外しても良いんじゃないか。『K』」
「えー、顔見せるのやだなぁーシャイなんでー」
「その口調も苛立つから止めろ」
「そうですか。……とりあえず、草間 武彦。記憶を取り戻したようだな。あのまま死の眠りへと至ればよかったものを」
「やっぱりあの時居たのはお前か!!」
「はは、単独で動いた事がばれちゃまずいので色々させて貰いましたけどね」
「お前が元凶か――! 全てを付与術師に負わせて切ったのも」
「下っ端がお前と接触した情報は大いに役立ったが……復讐に失敗したのは痛かったな。しかしそっちにも中々良い能力者が居るじゃないか。一人分けて欲しいくらいだ」

 男はそう言いながらバイクメットを外す。
 軽かった口調はある程度丁寧な物へと変わり、印象も変わる。だがその下から現れた顔は間違いなく依頼主の男と一緒に行ったあの空き家に現れた男の顔そのもの。間違いない。『K』=バイクの男である事を確信し、武彦は銃を二丁構えた。その後ろでは弥生がいつでも武彦をサポート出来る様に術の発動を唱える。セレシュから貰った魔力貯蔵石を握り締め、攻撃魔法の威力を高めていた。
 繋がっていく情報と情報。
 バイクメットの男が『K』であると言うのならば、その上には更なる上司が存在する事になる。情報の上塗りによって改竄されていく真実。彼らの上に立つのは能力者か、それとも権力者か。

「悪いが、そちらの人間には全員に死んでもらおう。――楽しませろよぉ?」

 くひっ、と喉を鳴らす笑い声。
 殺戮快楽主義者の笑みが気味の悪さを演出し、そして彼は『変異』する。バイクスーツを圧迫するほど肉体が盛り上がり、その下には筋肉増強と共に肌を覆う獣の毛。手もまた鋭い爪を携えた獣の手へと変化し、顔付きも毛深くなると同時に形を変えていく。その顔立ちは狼。身体は人間。出来上がったのは二メートルほどもある肉体戦闘特化した獣人の姿で。

「こいつの正体ってライカンスロープ!?」
「ちっ、戦闘能力を上げやがった。来るぞ」
「銀の銃弾に入れ替えて撃ちます!」

 弥生が叫び、武彦が合図する。
 ヴィルヘルムは手早く銀のスロットへと入れ替え銃弾を装填すると同様に構えた。だがその構えが終わる前に獣はヴィルヘルムへと襲い掛かる。今までとは比べ物にならない速度で風が動き、そして対象となったヴィルヘルムの武器をなぎ払い手から叩き落し銃を飛ばした。

「ヴィル! ……撃つわ!」

 弥生が今まで溜め込んでいた魔力を一気に放出し、それを炎の鳥に変え男へと放つ。
 夫を巻き込みかねない攻撃ではあったが、それでも躊躇ってはいられない。だがヴィルヘルムは弥生の声に応えるように床をタンッ! と強く蹴り上げ自分の身体を後方へと下げた。それにより男は一人孤立し。

「っ、――!! 熱いなぁ、……燃やしてくれるじゃないか。そこの女ぁあ!!」

 炎を身に纏った獣人はヴィルヘルムから弥生へと瞳を向ける。
 そこに宿っていたのはぎらぎらとした獲物を見る目。殺意と言う感情を超越した怒り。彼は感応能力持ちではないがゆえに術に対する反応は他者より鈍い。燃え盛る炎を消すため壁に身体を擦り付けてから彼は獣の顔で笑う。その様子はグルルッ、と口端から興奮の唾液を零し床を濡らした。
 ヴィルヘルムはその間に瞬時に移動し、飛ばされたばかりの銃を拾い上げ爪によって切り裂かれた手の傷の痛みを堪えながら撃ち放つ。このままでは妻が危ないと判断した上での的確な判断である。
 ダンダンッ!! と二発の銃弾が獣の背に撃ち込まれる。その瞬間、食い込んだ銃から煙が吹き上がり、男は絶叫の声を上げた。

「グォォオオオオオッ!! 男、貴様ぁああああ!!」
「悪いがお前相手には一対一は不利だ。攻めさせてもらうぞ」
「グッ、グゥァ、アアアア!」

 武彦もまた銃弾を撃ち出し、出来るだけ頭部を狙う。
 しかしそこは敵も馬鹿ではない。いくら獣の頭とはいえその本来の思考は人間並。両腕で頭部を庇って銃弾を防ぐ。弥生も今度は足止めの為に男の傍の床に氷属性の魔法を放つ。足元から氷が男の足を覆い付くし、そして分厚く固められたそれは男が暴れるたびに欠片を剥がすがそれでも制止に至る。

「ヴィル! 草間さん! 今よ、狙って!!」
「弥生さんはこっちで護る!」

 英里が弥生の傍まで人形と共に駆け、符を何枚か使用しさらに人形仕様により安全対策として防護専念する。
 それを視界の端に見とめた二人は瞬き程度の合図で息を合わせ、そして武彦は男の後ろを取るとその腕を下ろさせるために肩部を何度か撃ち抜いた。滴り落ちていく血は人間同様赤い。毛に覆われている分落ちる流れは遅いが、それでも充分な出血量である。
 やがて肩骨を砕くような音が聞こえ、またしても獣の咆哮が上がった。そして腕が下がる!

「落ちて下さい――っ!!」

 その隙を狙っていたヴィルヘルムは頭部を銀の銃弾で射抜き、男は――『K』はグルルッ……と喉を鳴らす。ゆらり、とヴィルヘルムの方へと振り返り、その目に殺意を抱かせるも……眼球が上を向きそのままその巨体は崩れ落ちる。血と共に脳髄も壁や床に飛び散り、醜いそれに女性陣が顔を背けた。だが英里を脅かしていた『狂気』はもう、無い。

「貴方、手に怪我を! ああ、それにやっぱり私の魔法も受けていたのね。火傷も増えてるわ」
「火傷は炙られて赤くなった程度だよ。それよりもまだ敵が残っている! そっちを先に!」
「怪我人は私の人形で治せる、こっちに来てくれ」
「ヴィル! お願い、治癒を受けて!」
「ヴィルヘルム、この先何があるか分からん。先に治癒を受けてろ。俺はアリスと朱里のところへと応戦に行く」

 ここで下手に戦力を失わせるよりも治癒を優先させた方が良いと判断を下し、武彦は英里とその隣の人形を指差す。そして彼は朱里とアリスが戦っている場へと身を投じた。
 ヴィルヘルムは握っていた銃をゆっくりと下ろし、そして英里と妻である弥生の傍へと寄る。弥生は素早く夫の手や身体を眺め見て、その怪我の多さに顔を歪めた。今すぐ抱きしめたい心地に駆られるがそれは出来ない。手には『K』が付けた爪の裂傷、それに加えて身体全体には第二工場で負った傷が残っている。
 英里の人形が齎す治癒特化能力をフルに使っても恐らく時間的問題で完治には至らない。それでもヴィルヘルムは最低限の応急処置として彼女の人形に頼った。

「朱里さんが結構暴れてくださったので助かっておりますわ。……さて残り三名ってところですわね。その内能力者はあと一名。どうされるおつもりでしょう」
「さあ、私はもう突っ走るのみですので」
「では先に同士討ちを狙わせましょう。草間さん、朱里さん、暫し待機を。わたくしが危なくなったらサポートをお願いします」

 石化させた構成員を遠慮なく盾に使い潜みながら三人は即座に判断を下す。
 向こうも防弾用の諸々を持っているため重厚な装備であるにも関わらず、それでも手早く片付けていくアリスと朱里の動きに武彦も内心能力値の高さを認めざるを得ない。
 そしてアリスは前へと出た。

「わたくしの目を見て。さあ、貴方達の敵はその後ろの能力者――」
「敵を見るな! 私の声に従え! もう一度繰り返す。『敵を見るな』『私の声に従え』『お前達は私の人形達だ』」
「暗示か!?」
「どちらかというと言霊使いに近いかもしれません。と、なるとアリスさんが危ない!!」

 朱里は飛び出し、アリスの前に立つ。
 瞬間、鈍器を持った敵が襲い掛かってきて朱里へと振り下ろした。これには回避を捨てた朱里もダメージを重たく受け止める。だが彼は肩に落ちたそれを握り締めると、ぎりっ……と力を込める。
 メキメキメキッ、と音を立て鈍器が指の形に歪んでいくのが目に見え、朱里の込めている力の恐ろしさを知った敵は一瞬ひくっと反応するも、目が虚ろな状態のまま改めて振り下ろそうと動く。だがしかしそれを許す朱里ではない。瞬時にもう一方の腕を振るい、腹部に拳を叩き込めばそのまま構成員は崩れ落ちた。強化されているならともかく、一般構成員ならば彼の拳に耐えられるわけが無い。
 内臓破裂か、それとも死か。いずれにせよ手加減の出来なかった状態で食らわされ、相手は戦闘不能に陥った。
 更に武彦もまた銃弾をもう一人の構成員に連続で撃ち込み、戦闘不能へと追いやる。これで残りは術者一人のみ。怯んだ術者の前にアリスは素早く駆け、そして術者は現れた彼女の姿を思わず見てしまった。

「貴方はわたくしの魔眼を恐れていらっしゃるようですけど、それでも強制的に見せますわ」
「――っ! ぁ、ぁああ……ぁ゛、あ゛……!」
「さようなら、あの世で他の方と出会える事を祈っておきますわ」

 魔眼を利用し、石化させた術者を見ながらアリスは妖艶な笑みを零す。
 これが彼女好みの石像だったら嬉しかっただろうが、生憎と不細工な顔ゆえに興味は浮かず。

「皆、奥に入って! 今祐樹さんがシャッター下ろすで!」
「了解!!」
「移動なのだな」
「敵をこれ以上増やさんよう研究所自体を封鎖すんねんって。あと偽の情報流す言うてんよ」

 扉から顔を出し、セレシュが現在の祐樹の状態を教える。
 朱里は移動途中に石像を徹底的に潰しながら奥へと進む。アリスも今まで追ってきていたバイクメットの男を最後に石化させ、朱里は英里を怯えさせたその男の石像を力いっぱい殴り付け他の石像よりも粉々にした。その拳一発一発にはそれはもう怒気を込めて。
 そして皆は事務室へと一旦集合すると怪我人の治療へと当たる。武彦だけは事務室側から来ていると言われていた敵を駆逐するため外へと駆けて行く。

「朱里、肩を治す!」
「お願いします」
「夫妻もやで。ほれ、見せてみ」
「私より先にヴィルをお願い!」
「いえ、弥生を優先で」
「どっちも治すから早うし!」
「わたくしは待機ですわね。祐樹さん、ここのデータを読み取って今現在適当な幹部とかいらっしゃるか把握出来ます? やはり団体を潰すには頭を徹底的に潰しませんといけませんもの」
「俺もそう思う。今別のパソコン弄ってデータ探してるんだ。結構……うん、酷いよ。この組織がやってる事。盗難に偽装は予想範囲内だったけど、それに更に人体実験もどきをしてる。――それにこれ見て」

 祐樹がある一台のパソコンのモニターを指差し、画面をスクロールする。
 それは顔写真付きの団体の構成員リスト。しかし彼が見せた画面には今まで皆が知りえなかった事が新たに出現していた。
 写真の上に浮かび上がる×と「LOST」の文字。その顔は先程武彦達が倒したばかりの構成員達の顔で――。

「リタルタイムで更新されているんだ、このリスト。つまり凄く考えたくないけど……」
「全団体員の生死を把握出来る能力を持っている敵がいるって事?」
「いや、それとも頭に機械を埋め込んでいたとか」
「どっちにしても気味悪いで。ホラーじみてて嫌やわ」
「あ、また一人増えた」
「――ホンマ、どないせいっちゅーねん」
「とりあえず武彦さんが戻ってくるのを待ちましょう。それまでは怪我の治癒と此処の防衛に専念してください」
「よっしゃ、うちも手伝える事は手伝う!」
「あ、そう言えば第二工場の方に何があったのか気になるの。それも調べられたらお願いして良いかしら?」
「私もそれ気に掛かっていたんですよね。あそこに能力者が居たって事は何か隠されている可能性が高いでしょうし」
「もちろん探ってますよ。コンピューター関係ではありますけど」

 弥生と朱里の言葉に祐樹が応える。
 彼は今己が持ってきたパソコンも使い、周囲のパソコンをフル活動させこの敷地内の情報を操ったり、先程ウィルスを仕込んできた第一工場の製造ラインをストップさせたりと大忙しである。能力での足止めも大事ではあるが、こうした裏側からのサポートも非常に強く頼りになるものだ。
 祐樹はパソコンを叩いていた指を止め、ふぅと息を吐く。

「よし、研究所は完全封鎖完了。此処には一切入らないように情報も流しておいたから暫くは外部からは来ないと思う。内部はともかく、ね」
「それが厄介やけどな。なんや依頼人の奥さんの件もあるし、気ぃ引き締めていこか」

 治癒魔法を掛けたりデータを弄ったり、セレシュはセレシュで大忙しである。
 時が経つにつれて増えていく怪我人に苦々しい感情が浮かび、早く夜が明ければ良いと本気で願った。

■■■■■

 その頃、上から来ると言う敵を迎え撃ちに行った海浬と勇太は見事その敵と三階研究所廊下にて遭遇し戦闘に入っていた。相手と会話する隙など一切無く、二人の姿を見つけたその瞬間に、敵は銃弾を放ってきたのだ。
 それを勇太は素早くバリアを張り、攻撃を塞ぐ。リミッターを外している彼は自分でも己の能力がどれほど高まっているのか分からない。障壁は分厚く、決して銃弾を通りぬかせない。海浬はそんな勇太の能力を見抜きながら自分もまた行動を開始した。

「敵は四名。内、一名は能力者です!」
「分かった」
「気をつけて!」
「やれやれ、舐められたものだな」

 海浬はすたすたと何でもないかのように歩き出す。
 その度に銃弾が撃ち込まれるが、彼は自分の前に手を翳しそれを止めた。攻撃無効という能力を持つ彼に実弾での攻撃は無に等しい。ゆえに、彼が気を止めている敵は能力者ただ一人。一番奥にて指示を出している男だけだ。
 勇太も彼を追いかける。乱射した銃弾が自分の身体に当たりそうになると障壁を作り上げ、防護専念した。

「お前の能力、見抜かせてもらう」
「ひっ――」

 能力者すら圧倒する空気。
 纏う気配は神々しささえ感じられ、それが人間には畏怖すべき対象に映って見えるのである。美しき右の天色と左の矢車菊の青の瞳が能力者を捕らえた。
 途端、流れ込んでくる情報。能力は遮蔽、そして感応。攻撃能力は六大属性魔法。

「属性使いか。厄介な敵に当たったものだな――普通なら」
「『闇よ、彼の者の心を封じよ』!!」
「海浬さん、避けて!!」

 勇太は残りの三名に対して念をあわせ、そして念の槍<サイコシャベリン>を放つ。
 撃っても撃っても何故か痛みを感じないかのように立ち上がる構成員達のその様子に奇妙さを覚え、それでも撃ち放った。

「『不屈』を与えているな。肉体は限界を超えても尚、精神を無理やり奪い肉体を人形化させて操っているんだ」
「そんな――!」
「闇か、そんなもので俺の心は封じられない。俺は光に愛されている男だからな」
「効かない、だと……!?」
「悪いがお前の記憶、奪わせてもらう」

 海理はまた一歩能力者に近付く。
 幻覚を生み出し、それを能力者に見せれば攻撃など無力。相手は火を放ち、氷の矢で射抜き、風で切り裂き、床を揺らがせ……攻撃、攻撃の繰り返し。だがその全てをものともせず、海浬はそこに在った。彼の正体は異世界の太陽神。まさに神である存在に人の攻撃など通じるはずも無く――。
 そして彼の手が能力者の頭に掛かり、その瞬間対象は目を見開いた。

「う、がぁ、ぁああああ……!」
「お前の記憶を元に此処を潰させてもらう。今はただ眠れ。深く深く……」

 やがてバタバタと音を立てながら一般構成員達が倒れていく。
 能力が切れ、限界を達したためである。勇太もその時点で攻撃を止めると、彼はぜぇぜぇと荒い息を吐き出しながらじわりと浮いた汗を手の甲で拭った。リミッターを外しているせいか疲労が激しい。息がままならない感覚に苛まれ、今にも倒れそうなのを必死に留める。

 そもそも『研究所』という言葉は勇太は嫌いだ。
 かつて自分が超能力者持ちだったゆえに、幼い頃実験体扱いされた記憶がある為である。この場所はかつて居た研究所と重ねてしまい、呼吸が苦しい。ヒュー……ヒュー……と喉の奥が鳴る。明らかに過呼吸一歩手前に陥っている事が分かるがそれを上手く止める術を今の彼にはない。

「大丈夫か?」
「ぁ……」
「とりあえず下へと行こう。もうこいつらは起きないから」
「あ、……はい」
「敵の数はもうこれで終わりだな」
「……はい、探りま……っ!」

 ぐらりと身体が揺れる。
 感応能力を広げ、サーチしようとしたが勇太自身も限界が近く、疲労感が半端ではない。海浬はそっと勇太の身体を支えると、「探らなくていい」と一言だけ述べてから彼に肩を貸し、そして皆の元へと集うべく階下へと至った。

■■■■■

 そして一階事務室にて集った全員は海浬が能力者より吸い取った記憶を語りだす。
 その間、勇太は安静にするようにと部屋に置いてあったソファーに寝かされた。

「俺が読み取った能力者の記憶によるとそいつは団体に声を掛けられ、此処に来たらしい。そして此処に来たら自分と同じように特殊な能力を保持する人間……いや、人以外の者も存在しておりびっくりしていた記憶が残っているな。そして接触した者達にも話を聞いたところ大体が同じような答えが返ってきている」
「ふぅん。団体は能力者を開発してたっちゅーより集めておった方向やったんやね」
「しかし上の方の人材は違うようだ。ここを立ち上げた人物達はほぼ能力者のようでな。その顔は殆ど見ることはなかったみたいなんだ。いや、俺が下っ端に当たったせいかもしれない……例の『K』ならばもっと詳細に分かったかもしれんな」
「もう砕いてしまいましたわ。残骸から読み取れると言うのならお任せいたします」

 アリスは肩を竦めながら廊下の方へと視線を向ける。
 海浬は左右に頭を振るとパソコンを弄っている祐樹の方へと足を運び、話を続けた。

「男の記憶の中に一つ気に掛かる情報を見つけた。関係者情報だ。このパソコン借りるぞ」
「あ、はい」
「リストなんだが、実は細工がされているらしい。ここをこう弄って……ほら、パスワード画面に到達した」
「え。嘘だろ。こんなギミックがあったのか!」
「だがパスワードだけは抜けなかった。誰か探れるか」
「あ……じゃあ俺、例の『K』のところに行ってきて……」
「勇太君は寝ててちょうだい! それ以上精神を酷使すると危険よ!」
「でも……」
「そやで、脳に直接響いてるんやったら危険や」
「でも多分俺、この先役に立たなくなると思うんですよ……だったら、最後に、と思って」
「――……勇太君」

 勇太がふらりと立ち上がる。
 事実彼の顔色は真っ青に近い状態で、今にも気を飛ばしても可笑しくない。だがそれでもやると彼は言う。出来る事ならしておきたいとそう言って。
 彼を支えるためにヴィルヘルムが寄り添い、弥生もまた傍に寄って三人で『K』の元へと急ぐ。勇太が情報を読み取っている間に残りの面々は今後どうするかの話し合いへと至った。

「うちはここの研究所の方に魔術的なものがないか調べ、使えないように壊すで。例のトルコ石からの精気集積装置見つけたら逆流させて持ち主が元気になるようにしてみよかとも思っとる。後は――できたら付与術師も捕まえておきたいな。目的は知らんけど、誰彼かまわず巻き込むようなやり方は放っておけんわ」
「ああ、付与術師のほうだが、そいつらもスカウトのようだ。属している理由は様々という感じのようではあるが――、一致している点は支援目的だと記憶から読み取った」
「金がないと何も出来んってことかいな。世知辛いわー」
「死んだ付与術師も確か金目的じゃなかったか。私はそう記憶している」
「死んだ時の動画を見る限りではそうでしたね。あの付与術師曰く『小物作り』ばっかりさせられていたらしいですけど」
「だからと言うてあんな物騒なもん作ってたら駄目や駄目。今回の一件が今日で纏められるとは思てへんけど、せめて情報だけでも掴んで後でそいつら捕まえてそれなりの制裁加えさせてもらうで」

 セレシュは同じ付与術師として思うところが多々あり、此処に属する付与術師たちに対して明らかなる嫌悪を抱く。当然と言えば当然であり、彼女のその感情は全うな物だ。
 朱里と英里もうんうんと頷いて同意し、そして付与術師に関しては少々複雑な思いを抱く。

「私もこの組織の壊滅をメインに動きますわ。情報を頂いた後に動きます。具体的にはそうですわね……幹部クラス辺りから上へと連絡と取らせ、リーダー格の男と接触してみましょう。ここにそれに対応できる人材がいるのであればその人材を使いますわ」
「では俺はそれに付いて行こう。きっと芋蔓式に色んな情報が出てくるだろう。汚い世の中だしな」
「海浬さんでしたっけ。お願いいたしますわ。協力者は多い方は心強いですもの」
「例の……依頼人の妻だったか。そちらは俺は武彦達の判断に任せる。俺は見ていないし聞いてもいないという事で」
「了解した」

 アリスと海浬の意見を聞くと武彦は一回だけ深く頷く。
 そして祐樹の方へと向くと、視線で彼の意見を求めた。

「俺も正直ここの団体潰しておいた方が良いと。それも徹底的に、ですね。今出来る限りの情報をコピー中です。それを証拠としてしかるべき場所に提出し、あと関わっている権力者に関しても失脚を狙います。表舞台から引き摺り下ろさないとまた同じような団体が立ち上がりますからね。あと……」

 言葉を止め、祐樹は口篭る。
 だが決意を胸に抱くと彼は言った。

「例の依頼者の奥さんなんですが……俺としては助けてあげたいんですよね。反魂という生死の掟を覆して戻ってきた存在ですけど、彼女に対して何が行われていたのか現在探ってます。……実験データを拾い上げて……」
「何されてるか記録されとる?」
「薬物投与は間違いないです。セレシュさんが持ってきていた薬あるでしょう。あれ、一般人には依存性の高い麻薬で、能力者にとっては所持能力向上の効果が有るみたいです。その実験に……言い方は悪いんですけど『使われてた』みたいで」
「反魂の上に実験体か。ますます許せん組織やな」
「依存状態が抜ければ多分元の生活に戻れるとは思いますよ。ただ、それを現実問題としてどうしてあげるべきなのかが問題なんですよね。なんせ奥さん世間的には死んでいるわけですから」
「それは……、うん。複雑な問題なのだ」

 祐樹とセレシュの会話に英里が顔を顰める。
 彼女の心もまた判断に迷っており、意見がはっきりと纏まらないのだ。元より反魂は自然に逆らった術。ゆえに危険性も高いが、それでも依頼者の男を利用し、その見返りとして妻を蘇らせた事実はもう変えられない。彼女としては苦しみが少ない内に再び依頼人の妻を眠らせてしまうべきではないかとも思っているのだが、祐樹がパソコンから情報を見つけ出しもしかしたら助けられるかも、と言われてしまえば心は揺れる。

「ただいま戻りました」
「……一応読み取ってきました……そして俺、もう限界」
「勇太君しっかりして!」
「読み取ったもの、夫妻に記録してもらったんで……後、お願いします……」
「勇太君!」
「勇太さん!!」

 言い切った瞬間、ヴィルヘルムに肩を支えられていた勇太が完全に意識を飛ばしてしまう。ぐったりと脱力した身体をソファーに寝かせると、彼は深い精神の底へと潜った。
 先日肩に受けた銃弾の傷もそうだが、今回レーダー役を買って出てくれた負担が一番大きいのだろう。顔色は悪く、疲労しきった表情が痛々しい。
 ヴィルヘルムは勇太が読み取ったパスワード、それから関係者の情報を皆に開示する。
 その中には有名かつ好感度の高い政治家の名前も挙がってきており、言葉を失う。かつて偽装騒ぎによる失脚問題が有ったが、それでも懸命に国民に無罪を訴え続けて上り詰めてきた経歴を持つ男の名だった。
 失ったものを再び手に入れる――この団体の信念を形にしたような人物の存在が浮かび上がり、まさかの事態にアリスや海浬が顔を顰めた。

「『K』の立場としてはリーダー格の直下だったようです。上司が困る……つまり、政治家の方々が困ると言う意味だったのかもしれません」
「あと勇太君が読み取ってくれた事なんだけど、奥さんの場所も例のトルコ石が集めていた精気の収集場所が分かったわ」
「あと片桐 桂(かたぎり けい)なんですけど、完全に付与術師との仲介ですね。団体に属しておりませんし、あまり罪には問えないかもしれません」
「では片桐に関しては放置でも良いんじゃないか。私はそう思う」
「英里と同意見ですね。私もそこまで関わっても意味は無いと思いますよ。第二工場の事は何か読み取れましたか?」
「第二工場も教えてくれたよ。あそこの地下には多くの人が眠っているらしい」
「眠って?」
「信者や身寄りの無い人達が死んだ時、保管しておく場所らしい。……あまり言いたくない話だけど、構成員の中には既に戸籍の無い方々もいらっしゃるみたいだ」
「――!?」
「特に能力者が死んだ場合は、その…………能力について、色々と調べるために、……」
「あー、もうええわ。察したわ。蘇りも実験も沢山や。潰す、これに限るで」
「直接読み取った勇太君途中で気分が悪くなっちゃったみたいで、後で何か心のケアしなきゃいけないわね」

 弥生の最後の言葉に皆一様に今は眠っている勇太の方へと視線を向ける。
 勇太の感応能力はリミッターを外していたせいで恐らく自分が見た光景のように映ったであろう事を察するのは容易い。人体実験、薬物投与、そして能力を調べるために行われていたのは人体解剖。
 『失ったものを再び手に入れる』とは何か。
 それは信頼であり、命であり、土地であり、類稀なる能力だったり。

 海浬は教えてもらったパスワードをパソコンに打ち込む。
 一瞬だけ解除の音が響いた後開いた画面に映っていたのは――。

「これは裏リストだ」

 最重要たる面々の顔ぶれ。
 先程挙げられた政治家の顔写真や組織の麻薬密売ルート、薬の生産方法などの情報が其処には大量に詰め込まれており、最後には脳を切り裂く実験動画まで発見するともはや誰もが言葉を失った。

■■■■■

 アリスと海浬は勇太を連れて問題の人物の元へと移動を開始する。
 空間転移が出来る海浬はまず勇太を未だマークされていない自分の部屋へと寝かせた後、アリスと共に政治家の方へと向かった。
 二人は遠慮などしない。
 内部から組織を崩壊させるための情報は充分に集まっており、そしてそれに対する怒りも湧いている。アリスは自身の魔眼を使い、政治家と使って内部崩壊を狙うと皆に伝えてから場を離れたため恐らく明日には……いや今日中にでも例の政治家はまたしても信頼を失い失脚するだろう。

 残った面々は託された情報を元に依頼人の妻の元へと足を運んだ。
 場所は研究棟の地下。隠されたエレベーターを使って降り、太陽光の届かない場所は空気が淀んでいてどこか苦しい。

「あんまり空気が良くないのだ……」
「英里ちゃん大丈夫?」
「うー……早く事を済ませて外に出たい」
「あと少しだから頑張ろう」
「で、その収集装置みたいなのと奥さんの幽閉されている場所が同じやってホンマ?」
「ええ、勇太さんはそう言ってましたね。でも考えてみればトルコ石は奥さんのものなんですから、専用化されていても可笑しくはないですよね」
「まあそやね。後はうちは出来るだけ研究所内探って壊して回ろっと」
「こんな場所があったなんて……しかしこの裏リストバックアップ取っておこう。パソコンが奪われてもデータが無事なら色々出来るしな」
「おい、あったぞ。っと、当然だが鍵が掛かってるな」
「壊しましょう」

 武彦が問題の部屋に辿り着くとドアへと手をかける。
 暗号を打ち込むタイプの開閉ドアだったが、ヴィルヘルムは時間短縮を考え扉崩壊を選択すると躊躇無く銃で破壊に走った。それにより直ぐに扉は開き、中の様子が見える。

「ロスト」
「そう……またもう一人亡くなったのかい」
「この人もロスト」
「そう……今日は多いね」
「ロスト」
「……っ」
「ロスト」
「ああ……こんにちは、草間さん……」
「貴方、この人も……ロストだわ」
「草間さん……とうとう辿り着いてくださったんですね」
「お前は――」

 そこに居たのは依頼人の男とその妻。
 注射器と使用後のアンプルが多く置かれたミニテーブルが部屋の隅に置かれ、食器という食事の跡も残っている。男はいつから此処にいたのだろうか。土曜日以降であった事は間違いない。記憶の中では妻と共に団体から抜けさせてもらえる計らいをして貰う算段だったはずだ。だがそれが叶っていない事は男がこの場にいる事で判断出来る。
 だが、団体から抜けられなかったとしても最愛の妻と共に過ごせた日々を物語るように彼は弱々しく訪問者達に微笑んだ。

 ベッドの上で妻は紙の上に指先を置き、印刷された顔写真の上に×印を刻む。ペンも持っていないのに紙の上に浮かび上がる×の記号。そして呟かれる……「LOST」の単語。
 彼らは知る。
 誰が一体全てを知っていたのかを――。
 何故この女性が利用されていたのか、その理由を――。
 それを考えれば団体が彼女を手放すはずがないのだ。彼女こそ最大の能力者。彼女こそ団体にとっては失ってはいけないもの。反魂のリスクを考えても手に入れたかった能力者。

「ロスト」

 女性は政治家の上に指を滑らせ、そして祐樹が手に持っていたノートパソコンの中でも問題の政治家の顔写真の上に赤い×印が浮かんだ。

■■■■■

 二日後。
 政治家の死亡ニュースがテレビのトップニュースとして持ち上げられ、死して問題の政治家は話題の人となった。当然団体に関しては内部崩壊を起こし、証拠品もしかるべき場所へと提出。裏ルートを持つ面々はそれをフル活用し決して同じような団体を設立出来ないよう根回しをした。

「勇太泣くな」
「うえ、うえ……ひっく、ぅー……」
「一応終結やな。裏リストのお陰で付与術師達も捕まったし、界隈からも追い出せたからうちは満足や。あの工場も閉鎖されたし、ホンマ良かったわ」
「はい、勇太君の好きなエビフライも作ってきたのよ。食べましょう?」
「は、ふぁあい……」

 その後、結果報告も兼ねてあの時協力してくれていた面々が集い、各々処理に動いた様子などを話しあった。特に途中で倒れてしまった勇太はどういう状況で、どういう結果が出たのか知らない。
 彼に教える意味も含めて彼らは集まっていた。弥生など折角なのでとご馳走を作って興信所に訪れ、結果を聞いて泣き出した勇太に好物のエビフライを箸で掴み口元へと持っていく。

「弥生さんこれ美味いわ。料理上手やねんなー」
「確かにこの味は温かみがあって美味しいですわね。家庭の味という感じでほっといたしますの」
「あら、褒めてもらえると嬉しいわ」
「今度私も夫妻には野菜を差し入れしよう。何故かうちの家庭菜園には大量に出来てな。もし受け取ってもらえるなら野菜達も嬉しいだろう」
「本当? それは嬉しいわ」
「英里の作る野菜は本当に美味しいですよ。そこに弥生さんの料理の腕が加わったらきっともっと美味しくなると思います」
「料理上手な奥さんでヴィルヘルムさんが羨ましいですね」
「確かにな。この料理の腕は誇れる」
「まあ、朱里さんに祐樹さんに海浬さんまで。……ふふ、ヴィル。野菜が届くの楽しみね」
「じゃあ私はその野菜を使った料理が食卓に並ぶのを楽しみにしようか」

 各々自由に弥生作の料理を突きながら感想を述べる。
 零は飲み物を皆に配りながら、もう兵器としての笑顔ではなくいつもの「草間 零」としての満面の笑顔を浮かべていた。

 結果的に組織としては内部壊滅。
 最終的には政治家の自殺ニュースが世を騒がし、組織は頭角を失い解散へと至った。潜入前の約束通り零と祐樹は信者達のケアに時間を割いているし、能力者達に関しても犯罪に加担していたものに付いては相応の処罰を法的に受けてもらったり、そうでない者にも厳重注意と監視が付けられている。

「はーくしゅっ。……ずず、……で、例の奥さん、本当になんとか元に戻りそうなんですか?」
「ああ、そうだな。薬物投与に関しては依存が抜ければ何とか落ち着くらしい」
「でもあれやね。反魂の挙句、生前は微々たるもんやった感応能力が薬によって思い切り開花しよって、団体のメンバー全員の生死が判断出来るようになったとかめちゃ怖いで」
「でも奥さん自身もセーブ出来るように訓練させられていたんでしょう? なら大丈夫じゃないですか」
「今頃あの二人どうしてるのか。確か偽造戸籍だったか、アレでなんとかなったんだろう? そして誰も知らない遠い場所で暮らすとかなんとか」
「私達が踏み入った時には既に奥さん結構正気に戻ってきてましたからね。あの状態では流石に薬の依存が抜けていないとはいえ殺せないでしょう。あ、英里そっちの卵焼き私も欲しい」
「なー、草間さん。うちあの装置弄ってよかったんよね」
「んぁ? ああ。良いと思うが」
「実はあとちょっと精気足りてなくて後から反魂の術解けたら怖いちゅー話や」

 研究所にて二人を見つけた時、例の妻は「ロスト」の言葉を呟き続けていたが、それも政治家を最後に止まった。
 それはアリスと海浬が動いた際に邪魔をし、死してしまった者達が居なくなった為である。

「最後は自殺して下さいましたわ。一応良心的なものは存在していらっしゃったようですわね」
「いや、もしかしたらただのプライドからによるものかもしれない」
「あら、そうだったでしょうか」
「あのような男ならば失脚よりも自殺を選ぶだろう。二度目の失脚の重圧には耐えられないと俺は思うが」
「ふふ、…………本当に、哀れな方ですこと」

 アリスの笑みと海浬の言葉にどこか冷たさを感じるが、当人達はいたって気にしていない。
 自業自得という言葉はあの連中の為にあるようなものだと思っているからだ。二人は零が入れてくれた飲み物を頂きながら雑談しつつ、時折弥生の料理を口に運んでいく。

「ところで朱里」
「何?」
「あの時どうして口付けたのだ」
「ぶふっ!!」

 突然の英里からの質問に朱里は思わず噴出す。
 その言葉をつい、うっかり、偶然、もしくは必然的に場にいた全員が聞いてしまったため、シーン……とした静寂が辺りを包む。一部の者は微笑ましく、一部の者は内心はわわわわと、一部の者は羨ましいとすら感じながら彼らを見守り。

「え、ええええ、英里。あのね、その、それはね」
「お陰で落ち着いたが、そう言えば理由を聞いてなかったと思ってな。何か特別な意味があったのだろうか?」
「ぅ……うう……そりゃあ、え、英里をお、落ち着かせるため、ですけど……」
「頑張れ朱里さんー」
「どんまいや、朱里さん」

 まさかこんなところで発言しなくても!! と内心朱里は涙をだばだば流す。
 それでもこんな彼女だからこそ自分は好きであって、傍に居たくて。きょとんと自分を見返してくる愛らしい瞳。もう一回口付けられたら――今度は二人きりの時にちゃんとその理由を告げられたら良いとさえ思う。

「やれやれ、どこの世界も恋愛事とはそう簡単には行かないゲームのようだ」
「ですわね」

 海浬とアリスは何気なく共通するものを感じて互いに肩を竦め、はわはわする朱里を見守りながら心の中では彼の恋路を応援する事にした。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】
【4345 / 蒼王・海浬 (そうおう・かいり) / 男 / 25歳 / マネージャー 来訪者】
【7348 / 石神・アリス (いしがみ・ありす) / 女 / 15歳 / 学生(裏社会の商人)】
【8538 / セレシュ・ウィーラー / 女 / 21歳 / 鍼灸マッサージ師】
【8555 / ヴィルヘルム・ハスロ / 男 / 31歳 / 請負業 兼 傭兵】
【8556 / 弥生・ハスロ (やよい・はすろ) / 女 / 26歳 / 請負業】
【8564 / 椎名・佑樹 (しいな・ゆうき) / 男 / 23歳 / 探偵】
【8583 / 人形屋・英里 (ひとかたや・えいり) / 女 / 990歳 / 人形師】
【8596 / 鬼田・朱里 (きだ・しゅり) / 男 / 990歳 / 人形師手伝い・アイドル】

【登場NPC】
 草間武彦(くさまたけひこ)
 草間零(くさまれい)

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、今回は「LOST」の本当にラストのお話に参加頂きまして有難うございました!

 今回はとうとう戦闘及び殲滅へ。
 本当に長い間お疲れ様です。そして最終的には6PCから始まったこのシリーズですが、最終的には9PC様にお世話になりとても嬉しい結果となっております!

 結果としては団体壊滅成功。
 そして依頼人の妻に関しては助ける方向という意見が多かったので有り難く、色々報告せいを調節させて頂きました。

 今回のLOSTは「依頼人の妻の能力」及び「団体壊滅」。
 長かったこのシリーズもとうとう決着が付き、ほっと一安心で御座います。ではではまたの機会にまた参加して頂けましたら嬉しく思います!

■勇太様
 お疲れ様でしたー!!
 本当に一番精神能力使ってしんどかったかと。ぶったおれプレイングに内心はわわしたのは秘密です。妻の部屋手前まで持たせようかとも思ったのですがやっぱり無理でした。
 今は暫く、どうか休憩してやってください。

カテゴリー: 01工藤勇太, 蒼木裕WR(勇太編), LOST |

LOST・最終章【前編】―突入―

協力者達と別れた、その一時間後――未だ幼いままの草間 武彦とその妹である草間 零はある安ホテルへと移住していた。
 先程協力者達の手によって得たデータを分析・調査するには安全な場所が必要だと考え、それを行うには興信所では居場所がばれているため危険と判断し、念の為にと取ったホテルである。
 草間はソファーに腰掛けながら痛む額を押さえ、部屋に置かれた電話を使い碧摩 蓮(へきまれん)へと連絡を取った。携帯は今現在追跡不可能にするため電源を落とし、GPS機能もオフにしてある。

「――……と言う訳で、お前が知りたがっていた付与術師は団体に呪具を作らされていたらしい。例の腕輪も俺が付けられた腕輪もそいつが作ったものだ」
『そうかい。……分かった。調査お疲れ様』
「蓮、『K』という人物に心当たりは無いか? どうやら団体内において「処分」――この場合は殺害または表舞台からの抹殺を意味するが、それを行っていた人物が『K』という名で呼ばれているようだ」
『そりゃまた曖昧な情報だね。分かっているのは名前だけかい?』
「ソイツの部下が何か失態をやらかしたらしく、追われているような事は聞いた。それが付与術師の事なのかまでは分からん」
『じゃああたし側の情報を渡そう。例の付与術師なんだがね、調べたところ週に何回かある男と逢っていたようだ。男の名前は「片桐 桂(かたぎり けい)」』
「――桂、だと?」
『音だけ聞けばイニシャルにも聞こえる名前だね。ついでに苗字も名前もアルファベットの「K」だ』
「何をやっている男だ?」
『あたしが聞いたところでは情報屋だよ。表も裏も知ってる三十代の男という話だ』
「リストを調べよう。ただの仲介か、団体の人間かはっきりする」
『それから、――』
「待て」

 受話器を押さえながら武彦は顔を上げる。
 それを見た零もこくんっと頷き返した。武彦は繋がっている電話に向け舌打ちを一つ鳴らす。零は荷物を纏め、この場所の痕跡を残さぬよう周囲へと警戒を張った。そして彼女は武彦の腕を掴むと、扉の方へと視線を向ける。

「――襲撃だ。切るぞ!」
『武――』
「零、窓から出る!」
「分かりました。――……ただ今より『追っ手からの完全逃走』を目的と定め、初期型霊鬼兵・零としての活動を行います。指示をどうぞ」
「折角お前も戦闘から離れて大分人間らしくなってきたと思っていたのに――」
「優先すべきは私ではなく草間 武彦の命。どうか命令を」

 すぅっと表情を落とした彼女は任務に仕える者として言葉を吐き出す。それが武彦には重い。彼女がこんな状況下でも笑うのは「人に会ったら笑え」という命令を下されているからだと知っているからだ。

「……ほら、お兄さんは今小さいんですから、任せて下さい。ね?」

 だが最後に彼女はいつもの微笑を浮かべ首を傾げた。
 それだけが武彦の心を救う。

 そして彼女は歌うように呼ぶ。
 初期型霊鬼兵としての能力――鳥科の怨霊を呼び出し、それを己の翼へと変化させた。武彦はそんな彼女の腕に抱かれ、そして零は開かれた窓から飛び出す。
 それとほぼ同時にバンッ! と扉が開き、激しい銃弾の音が鳴り響いた。あまりにもホテルに似つかわしくない騒音に対して武彦は険しい顔を浮かべてしまう。だが零は銃撃を避ける事にだけ集中しその翼を大きく広げた。
 追っ手が掛かり、下からも銃弾が自分達に向かって飛んでくる。人気の多い場所でよくやるものだと零に掴まりながら武彦は舌打ちをした。

 零は高く高く飛び上がり、その姿を闇夜に消す。

「どこに向かいますか?」
「……アンティークショップ・レンへ。あそこならそう簡単には部外者は入れないからな」
「了解です。気配が全て遠ざかった後、アンティークショップ・レンへと向かいま――……頭を下げて下さい!」
「っ――!?」

 零が呼び、放たれる怨霊の念。
 それは自分達を囲む盾となり、何者かによって撃たれた攻撃が弾け爆発する。ショットガンらしいそれは広範囲で衝撃を与え、零が「くっ」と小さな声を上げた。
 確かに自分達を追随してくる何者かの気配が一つ。それは零の移動速度とほぼ同等で、攻撃の手が止まない。
 それでも零は第二次時世界大戦の際作られた心霊兵器として怨霊達を呼び続ける。小柄な武彦を抱き込み、荷物への被害を極力減らしながら彼女は攻撃ではなく逃走だけに集中するが――。

「どうか、攻撃命令を」
「駄目だ」
「このままではキリがありません」
「零っ!」

 追っ手は何らかの能力を持って自分達を捉えている。それは間違いない。
 だがしかし、此処で零の力を解放させ、戦闘に入れば一般市民すら巻き添えになる。それは絶対に避けなければいけないことだ。零も「草間 武彦」の保護下に入って大分経っているのだからその事は『理解』出来る。しかしそれによって目的達成の為の手段が取れないことが兵器として悔しい。狂おしい程の二律背反が零の中で湧き起こる。
 守護すべきものは一つ。だがそれを護るためにはどう動けば正しいのか。

 攻撃すべきでは? 反撃すべきでは? 勝つまで抗うべきでは?

 ――遠い歴史の彼方、零の精神に植え付けられた無意識が訴える。
 だが腕の中の存在がそれを押し留めた。

「……呼吸を止めないようにして下さい。追随を逃れるため一層高空へと参ります」
「頼む」
「怨霊で膜を張りますが高空域では酸欠と寒さに気をつけて。何か異変があれば直ぐに対処致します」
「ああ……」

 兵器として動く零の言葉はクールで、いつもの穏やかさはない。
 一気に舞い上がる彼女にしがみ付きながら武彦は事態の急変さに苦虫を噛んだかのような気分を味わった。
 今、この状態において反撃出来るほどの攻撃能力の無い自分が憎い――その想いから、彼はある決断を下す。やがて雲を通り抜けた先の空へと辿り着く。此処までくれば流石に追っ手からの攻撃も無い。

「どうやら明日辺り満月のようですね」
「そうか、気付かなかったな……」
「――暫しの間、高空域で待機。怨霊で周囲を探らせ安全を確認した後、目的地に向かいます」

 あと少しで綺麗な円を描く月を見ながら、初期型霊鬼兵として活動する零は淡々と事実だけを告げた。

■■■■■

 カランカラン……、とアンティークショップ・レンの扉のベルが鳴り響く。
 此処は店主である碧摩 蓮の許可無く踏み込めぬ場所。曰く付きの物が己の主人を求め呼んだとしても彼女の意思こそが『絶対』。
 無事店にまで辿り着く事が出来た二人は、まず店に入った瞬間既に見知った顔が並んでいる事に目を丸めた。

「やあ、武彦。思った以上に遅かったね。どうせあんたにゃ無理だろうと思ってね、使えそうな面々には連絡を回しておいたよ」
「話が早くて助かる」
「ほれ。電話じゃ言えなかったが団体の本拠地も調べておいたよ。――此処までやられたんだ、どうせ潰しに行くんだろ?」
「ああ、行く……と言いたい所だが、身体が戻らない限り俺は戦闘には参加出来ん」
「あんたはもう一回選択するといい。零、あんたは?」
「草間 武彦――もとい、お兄さんの判断に従います」
「ならさっさと相談して決めな。あたしの店に奴らを入れさせるんじゃないよ」

 蓮は己の愛用の煙管を武彦と零に突きつけながらはっきりと言い切る。
 店への被害もそうだが、武彦に関わっている人物達の身の安全を考えると長時間この場所に居る事も不可能。此処から先はやるかやられるかの戦闘へと確実に足を踏み入れている――否、侵入計画時に武彦が動かなかった事により彼の戦力が戻っていない事をどこからか知られてしまったのだろう。だからこそ相手側も急いでいる。戦力は少ない方が良い。
 それに加えて草間 武彦本人の命を狙うなら今だ。

「あたしが出来る事は此処まで。運が良ければ何かが呼んでくれるさ」

 そう言って蓮は曰く付きのモノ達へと語りかけるように――ただ、静かにその唇から煙を噴かせた。

■■【scene1:運命の呼び声】■■

 草間 武彦は呼ばれていると思った。
 ゆっくり、ゆっくりと甘い囁きが今は幼い身体に響いて聞こえ――店の中を何かに導かれるように歩み進む事にした。

「お兄さん?」
「おや、『呼ばれた』ね」

 蓮は楽しそうに微笑み、そしてまた煙管へと口付け武彦のさせたいようにさせる。
 幼い彼の身体はふらふらと導かれながら店の棚の奥に陳列してある、ある一つの鏡の前へと足を止めた。幼い子供の身長でもぎりぎり届く距離……でも普段ならば埃を被っており、決して姿を見せることのない手の平ほどのその古臭い鏡は青銅色をした竜が縁を囲っており、その中に鏡が嵌め込まれている。

 彼はそれから甘い誘惑の声を聞く。
 私を手に取れ。
 望みを叶えよう。
 私をここから出して、お前の物とするがいい。
 そんな印象を抱かせる――綺麗な囁き。
 そして、武彦は自分の運命がこれ以上壊されるくらいならば、と――それを手に取った。

「――ッ!?」
「お兄さん! 待って!」
「「「草間さん!」」」

 途端、光がその鏡から溢れ出し武彦を包み込む。
 零や皆が呼ぶ声も遠く遠く感じられるほど意識が薄れて……彼はそこで意識をぷつりと途絶えさせた。

■■■■■

『妻の形見のネックレスの件ですが、無事探し出して頂いて本当にありがたく思っております。つきまして、もう一つお願いしたい事があるのです』

『私は今、ある団体に属しているのですが……それを止めて頂きたいのです』
『――、だ?』
『どういう意味、ですか……。お話しすると長いのですが、その団体、……そうですね。宗教と言い換えても良いでしょう。それはカルト教団と言っても構わない団体です。「失った物を再度手に入れる」という目的の元、動いている集団なのです』
『……――れで?』
『私は妻を失った影響で酷く落ち込みました。なんとか日常生活を送るだけの気力はありましたが……それでも半身を失った影響は多大で日々を暗く暮らしておりました。その時にこの団体と出逢ったのです。「失った妻を呼び戻す事は可能だ」と誘惑の声を掛けられ、私は……』

『そこからの私はそれはもう表向きは明るさを取り戻し、良い方向に向かったと思います。妻が蘇る為と言われればなんでもやりました。呪具、でしょうか。それを配れというなら配り、他にも同様に落ち込んでいる人物がいるならさり気なく誘い、信者を増やして……そして先日の話です。「お前の望みを叶えよう」と、ある術者の方から声を掛けられました。名前は分かりません。名乗らなかったのです。でもこういう団体ですからそういう事もあるかと思い――、私は頷きました。もっともっとと欲望のままに命令を下されれば私が一般人である事を利用としてより多くの呪具を――妻の形見のネックレスを加工したというものを渡し、……その結果は分かりませんが、先日私はある部屋に連れて行かれました。その術者はこう言ったのです。「お前の妻はこの向こうにいる」と』

『歓喜に震えた私は蘇った妻と逢える喜びに満ちておりました。決して戻ってこない命だと思っていたから尚更です。ですが蘇った妻は――――『生来の妻』ではありませんでした』

『見た目こそ完璧に戻ったかのような姿をしているのです。ですが彼女は獣のような目で私を見て、口からは唾液を垂れ流し、唸り声をあげ続け……そうですね、麻薬中毒者のようだという印象が強かったと思います。そして苦しそうにもがくのです。ベッドの上で喉を掻きながら飢餓に苦しむ様は非常に醜い姿でした』

『そして驚きのあまり、妻に近づけない私に術者はこう囁いたのです。「彼女を苦しみから解放したければもっとより多くの協力が必要だ」と。……より強い呪具を渡すと言われ、団体に貢献しろを言われれば動くしかありません』

『ですが、この団体が薬物を扱っている会社と連携している事は知っていました。ですから私はやっとこの時点で踏み入れてはいけない領域に足を運んでしまっている事を実感したのです。術は成功していたかもしれません、ですが妻には薬を使われたかもしれない――と』

『お願いです。草間さん。どうか私をその団体から抜け出せるように手配して頂けませんかか!? 妻は……戻ってきた彼女はそれでも私の愛しい「妻」でした。苦しみ悶える姿のまま私を見て、必死に訴えるのです。「私を殺して」と。…………術者が二人きりにしてくれた部屋の中で彼女は出せる限りの声で自死を願っておりました。私に襲い掛かってこないよう手枷足枷を付けられた彼女はまさにケダモノ。しかしその根本は愛する妻でした』

『お願いします! 彼女を救って下さい!』
『分かった。場所を聞こう』
『場所は――』

『――草間さん、こちらです。この空き家がその団体の持ち主で、私が勧誘した人間を案内する場所なんです』
『ただの空き家に見えるが……』
『ここも所有者が団員なのです。ここで何が行われたとしてもそれは警察も関与出来ない事になっており――っ!』
『おい、どうした! 意識はあるか!? おい!』

『――草間 武彦か。随分と久しぶりだな』
『お前は……!』
『その男には随分と働いてもらっている。しかしお前と俺の関係を知られてはまずいからな。ちょっと眠って貰っただけだ』
『そうか、あの団体が関わっていたというのか――!』
『お前に愛しの団体を潰された恨み、晴らさずにおられるか。それもその男がお前と接触したと言うなら好都合。いつかは抜け出すためにお前に助けを求めるかと思って泳がせておいたが、こうして出会えて嬉しく思う。……さあ、戦おうか』
『っ、!!』

『どうして私が草間さんに――!?』
『裏切りは許されぬ。おぬしの手でその男に腕輪を付けろ。そうすればあの女性はより一層人間へと近付くぞ』
『くっ……』
『失った者を手に入れたいであろう? この男が死んだ後は失った愛しい妻と暮らせるよう手配してやる。安心して腕輪を付けるが良い』
『……それでもう団体から抜けれるんですね』
『ああ、お前の役目はもう終わりじゃ。随分貢献してもらったからのう』

『ゆっくりと眠れ』
『死へと至る腕輪の効果で』
『ゆっくりと眠れ』
『生まれる前の世界へと至って』
『ゆっくりと』
『ゆっくりと』
『そのまま』
『もう二度と』
『目覚めぬように』
『――――――――さようなら』
『――――――――――――――可哀想な、魂よ』

『言っておくが次はもうない』
『分かっておる。これで最後の仕上げだ――さぁて、人一人分の命、わしの研究に活かせてもらおうかのう』

■■■■■

 武彦が目を覚ました時、まず可笑しいと思ったのが自分の身体だった。
 否、それは可笑しいという表現は正しくないだろう。元の三十代の肉体へと戻っていたという方がぴったりと来るのだから。

「お兄さん!」
「……俺は戻ったのか」
「鏡を手にしたら突然倒れてんよ。びっくりしたわ。しかもそのまま光輝いて次第に肉体が大きくなってきよったから」
「これはいけないと私が蓮さんに頼んでベッドへと運ばせて頂きました」
「服も破けるし、びっくりしたわ」
「零にセレシュに、……ヴィルヘルムと弥生か」

 武彦は自分の手の平を額に当てながら声が掛けてきた人物へと目を寄せた。
 掛けられている布団を捲れば…………裸体である事に溜息をつく。その様子を見て、同じように武彦を見守っていた高校生――、工藤 勇太がぷっと息を吹き出した。その隣では呆れたように肩を竦める石神 アリスの姿がある。

「布団を捲って確認なんて草間さんのえっちー!」
「ですわね。仕方ない事とはいえ破廉恥ではありますわ」
「破廉恥って、あのな!」
「ただいまー。服は一応見繕ってきたけれど……って武彦さん起きてる!?」
「ただいま戻ったのだ。おお、草間さんが起きてる」
「無事意識が戻ったのですね」

 部屋の扉を開き、中に入ってきたのは椎名 佑樹に人形屋 英里と鬼田 朱里。
 祐樹の手には紙バッグが握られており、彼は小走りで武彦へと駆け寄るとまず嬉しそうな笑みを浮かべた。次いで手にしていた紙バッグを武彦に差し出す。これでこの数日で三回目の服の差し入れとなるため武彦は若干警戒しつつそれを開けば――。

「まともだった」
「当たり前ですよ! 俺が選んでるんですから」
「シャツにジーンズに……って、これは俺の私服じゃないか。もしかして興信所に戻ったのか」
「ええ、普段着慣れている服装の方が良いかと思いまして」
「私と朱里が護衛で一緒に行った」
「今のところ不審人物とは出逢わなかったので、幸運でした」
「そうか。てっきりそっちの方にも手が回っていると思ったんだが」
「私の幸運体質でも働いたかな?」

 朱里が冗談ぶって笑う。
 武彦は祐樹が持ってきてくれた服に着替えるために一旦皆に店の方へ出て貰うよう指示をした。数分もしない内に彼もまた着替え終えると部屋から出て店へと顔を出す。すっかり普段の武彦に戻った姿を見ると、皆わぁっと声を漏らした。

「いつもの草間さんだ!! ちっさくない!」
「もう幼稚園児探偵終わりなんやな。良かった良かった」
「……喜んで貰えるのは嬉しいが、今何時だ。即行動に入りたい」
「一時間ほど倒れていたかな。夜中の一時半です」
「意外と短かったか。良かった」

 武彦は傍にあった椅子を引っ張り出すと自分の手元へと引き寄せ腰掛ける。
 すっかり元の雰囲気を取り戻した彼は先程鏡によって見せられた映像を――『土曜日の記憶』を皆に話した。

 土曜日に依頼人の男に呼び出され、団体の話を持ち掛けられていたこと。
 依頼人の男は団体から抜け出したくて武彦に助けを求めていた事。

 既に男の妻は蘇っており、しかし正気状態ではないという事。
 それが反魂の影響か薬物による錯乱なのかは現時点では分からない事。
 男が教えてくれた場所と蓮の情報と一致している事。
 更に男が妻を逢うために連れて行かれた場所は工場ではなく研究所の方である事。

 そして腕輪を付けられた際現れた男は例の潰した団体の人間であり、個人的に動いている可能性が高いという事。
 それが恐らく『K』である事。
 付与術師は『K』の部下であったが、今までの調査からして一切の責任を負わされて殺された可能性が高いという事。

 全てを忘れぬうちに話し終えると武彦はふぅと息を吐き出す。
 その最中、祐樹はきちんとメモを取り情報を整理していた。

「で、武彦さん動けそうなんですか? 結構これ個人的な恨みも関わってますよね」
「ああ、いける。空き家での男とは勝負をつけなければいけないしな。それに男の妻の件も気になる。もし本当にその工場で麻薬など生産されていたら溜まったものじゃない」
「では今回は私もついていきます! 私だって戦えますから!」
「零……」
「勝つまでは諦めません。それが戦闘においての私の意志です」

 零はぐっと両手を拳にし己の戦闘参加を口に出す。
 それに対して武彦は若干心苦しいものを感じたが、それをぐっと堪えて飲み込んだ後頷いた。

「じゃあ、わたくしから一つ。無事草間さんも戻ったことですし、蓮さんには念のためにわたくしが知っている組織で信用できる用心棒の携帯番号を教えます。何か危険を感じましたらそちらに連絡を」
「ふむ。ありがたいね」
「事が終わるまでは蓮はもう姿を潜めておくように」
「当然そうさせて貰うよ。今貰った連絡先とあんた達以外とは連絡を絶つからね。気をつけておいき」

 アリスが番号を書いた紙を蓮に渡し、彼女はそれを素直に受け取り感謝の言葉を述べた。
 武彦はぐるりと皆へと視線を向けながら立ち上がる。今まで低かった視界が通常の高さまで戻った事に違和感を覚える。しかし本来はこっちが『自分』。
 手を握り込み、そして開く。
 何度も自分の身体が戻ってきたことを確かめるようにストレッチのような行動をすると、大分筋肉が馴染んできた事に安堵の息を吐いた。

「よし、では行こう」

 出陣の声が掛かる。
 皆の声を聞きながら歩みだす道程。しっかりと踏み固められたアスファルトの上。

 戦いはここから始まる。

■■【scene2:本拠地へ至る道程で】■■

「ネットに掲載されている情報や地図を見る限りは普通の製薬会社なんですよね」

 祐樹はノートパソコンを弄りながらそう呟く。
 現在車の中で移動中。合計で十名で動くため二台の車が問題の場所へと走っていた。先頭を走るのが草間 武彦が運転する車。後方を走るのがヴィルヘルムが運転する車である。通信機を使用しながら二つの車の中ではこれから侵入するための作戦会議が練られていた。

 失敗は許されない。
 だからこそ皆慎重に事を運んだ。

 まずセレシュたっての希望で工場を見下ろせる山へと車を移動させた。
 その車には移動中魔力を感知出来る術を付与し、追っ手が来ればすぐに反応出来るように対策を立てておくことも忘れない。彼女は山の上から魔力と人の流れを見ると宣言し、現在魔力感知が出来る双眼鏡を使用し工場を見下ろしている。夜ゆえに外気が冷え、もの静かな環境の中彼女は現在持ってきていた例のトルコ石のストラップ型の呪具から糸を手繰る。
 セレシュ曰くその糸がもしかしたらその工場へと繋がっていない可能性があると。
 もしかしたら別の場所で儀式的な何かが行われている可能性があると言う事だ。

「ん。見えたで」
「どうだ」
「まず魔力の流れやけど術的なもんやっぱりあそこには掛かっとる。でもそれを隠す術も掛けてとるから普通の術者レベルやったら見えへんやろな。あー、でもちょっと場所が遠いさかい、正確な場所までは分からんかった」
「あ、じゃあそれ俺が手繰る」
「勇太、お前は数時間前に受けた傷の回復を優先しろ」
「いや、出血が多くて体調自体は確かに不安定ですけど、意地で参加させてもらいますよ。それこそ、もう手が引けないところまで関わってるじゃないですか」
「……で、どうするんだ?」
「セレシュさん。それ貸して」
「ん」
「このトルコ石のストラップなんですけど、精気を吸い取るじゃないですか。だから俺これを所持しておいてわざと精気を吸わせて、そこから行き先を探ります。多分それが確実じゃないかと思うんですけど、他に案あります?」
「うちは突入時には持ち込まん方がええと思うけどなぁ。それの気配察して敵さんやってこられても困んで」
「でもそうやって出逢うべき敵は確実に『敵』だと思うし、能力者って事でしょ?」
「せやね。他の人の案も聞いておこか」

 セレシュの手から勇太の手へとストラップが手渡され、彼はそれを握り締めながら自分の考えを述べた。通信機を使って今の会話を聞いていた後方のメンバーも少し考え、それから後ろの車からは「それについては異論がない」という事で決着が付いた。
 よって勇太はそのストラップを落とさないよう服のジッパーに通しストラップが見えないよう内側へと放り込んだ。

「皆さん、連絡手段はどうするんですか? 携帯じゃ流石に危険ですよね」
「わたくしは携帯のメールで良いかと思っておりましたがどうでしょう。先日使用された携帯が今も手元にありますわ」
「あ、私も今回の件を聞いて持って来ました。小型のマイクとイヤホンなんですけど」
「俺も無線式の小型のインカム持って来ました」

 朱里の言葉にアリスは携帯、ヴィルヘルムは傭兵用の小型通信機、祐樹からは無線のインカムの案が出される。
 それを聞くと英里がむぅっと眉根を寄せ、腕を組む。妖力の制御が出来ない彼女は機械類を無自覚に壊してしまう体質なため、今あげられた方法では自分が直接連絡を取ることは不可能だと考えたのだ。そんな彼女の心中を察した朱里は彼女の頭を撫でる。
 ところが、ここで思わぬ意見が飛び出た。

「はーい、今回俺皆のレーダー役になろうと思います」
「「「レーダー?」」」

 それは勇太の発言。
 彼のその言葉に疑問を抱いたメンバーが同時に声をあげた。

「俺なんですけど、侵入時は戦闘じゃなくって補佐に回ろうと思ってます。で、ですね。俺の持っているテレパシー能力なんですけど、普段は無意識にセーブしているんです。でもリミッターを外したら能力が上がるんで全員と思考を繋げられるようになるんですよね。で、レーダーって言うのはそのリミッターを外した状態でテレパシーを広範囲で広げて人の念をキャッチするっていう感じです。思考を繋げた仲間相手にももし人の位置が見えたら俺経由になりますが、視せる事も出来るんでどうでしょうか。敵の反応も中継出来ますし良いと思うんですけど」
「ちょっと待ってちょうだい。私が言うのもなんだけど、それ結構厳しいんじゃないの?」
「弥生さんの言う通りなのだ。明らかに負担が大きい能力だと思う」
「でも確かに機械的なものじゃないですから一般人を避けやすくなりますよね。感応能力者が居ない限りは向こうは気付かないわけですから。それに英里にも連絡がしやすい」
「う……それを言われるとこう、もだもだするではないか」

 止めに入る弥生と英里だが朱里は勇太の案に色々思考を巡らせ、それが本当に有利なのか考え始めた。
 もう誰も傷付かないでいて欲しい。それが朱里の願いだ。
 暫し沈黙が訪れる。
 どれが最善でどれが最悪なのか。
 皆一様にして考え込み、無言の時間が数分続いてしまった。しかしその沈黙を破ったのは武彦で。

「勇太」
「あ、はい」
「その能力を使った場合、お前に何が起こる? 確かにお前があげてくれた案が一番有効だと思う。しかしデメリットはあるだろう。それを教えてくれ」
「――あー……」
「隠さずに言え」
「はーい。……じゃあ、俺の案が通ったっていう事で良いでしょうか。その上でお願いしたい事なんで」
「だそうだ。他に異論は?」

 武彦が全員に確認の言葉を掛ける。
 勇太はぽりっと頬を掻きながら視線を泳がせ、それを隣で見ていたセレシュがふぅと明らかなる溜息を吐き出した。大きな力には大きな対価が必要。それは等価交換という理(ことわり)であり変えられない定めだ。
 やがて「全員異論無し」と返事が来ると勇太はその「対価」を話し始めた。

「実はこれ弱点があるんですよ。使用している間、俺の人間的感情と思考が低下するんです。そのため俺自身が動けなくなります。……って言っても肉体的には動けますよ。ただ、集中状態に入っているので、他の能力を使うときは指示がないと一切使用出来ないし、判断も出来なくなります。つまり無防備状態」
「それは……きっついですね」
「でもね。祐樹さん。その分使う意味はあると思うんですよ! 全員に一気に情報が行けば強いでしょ?」
「確かに強いのだ。機械を壊さずに済むから私はそちらの方が嬉しいが……しかし無防備状態は……うーん」
「で、そんな訳で草間さんと零さんにはちょっとお願いがあるんですよ」
「言ってみろ」
「出来る事ならおっしゃって下さい! お手伝いします!」

 弱点に対して皆考える事は様々。
 そのデメリットを受けてでも行使するべきか、それとも勇太自身を優先し他の案を採用するか。勇太が草間兄妹にお願いと声を掛ける。運転席に居る武彦、助手席に居る零は後部座席へと振り返り、彼に視線を送った。それを受け勇太は要望を口にする。

「さっきも言ったとおり無防備状態になるので、俺の護衛をお願いしてもいいですか?」
「俺はそれで構わない」
「私もそう動けとおっしゃるのでしたらそう動きます」
「あ、でも他に武彦さんと零さんが動けそうな場所があったらそっち優先して欲しいです!」
「俺としては武彦さんは安全な場所で皆の行動を把握し、何かあった時に素早く指示を下してほしいからある意味勇太さんと一緒の方が良いかな。あ、零」
「はい、祐樹さんなんですか?」
「ここの団体を解散させた後で良いんだけど、一般信者の人に対応出来るような情報を集めたいんだ。ほら、カウンセラーとかさ。これが終わったら手伝ってくれるか?」
「それは喜んでお手伝いします! 心のケアは大事ですもんね!」
「じゃあ、勇太には俺と零が付き、皆に指示を出そう」
「「「 了解 」」」

 大体方向性が決まったところで武彦は一息吐き出す。
 続いて侵入経路の話となるわけだが。

「うちは透明化の魔術を使用して塀を飛び越えるつもりや。一人までやったら一緒に運んだるで。あとはそやな……うちは魔力的に重要そうな場所を潰すつもりで今回動くつもり。せやから研究所一直線か途中で何か魔力感じたらそこを調査やな。研究所は明らかに怪しいし。……あ、そや。うち蓮さんに呼ばれた時にな色々持ってきてんねん。魔力貯蔵石、呪具を扱う時の身代わりの形代、あと本来は術具暴走時の備えの道具なんやけど壊すと一部屋分くらいの範囲で付与術式を一時停止させる玉も持って来てんで。付与術師いるっていう情報が入ってるんやったらこれ必須やと思ってな。後は……ああ、弥生さんには魔力貯蔵石渡す。自分の魔力枯渇させると危ないから先に使うてな」
「それは本当に助かるわ。後で何かお礼をしなきゃ」
「ええねん。ええねん。何より命大事にしてや――あ、でも。うち、弥生さんのご飯とかお菓子とか食べてみたい」
「あら」

 セレシュの最後の言葉に思わず弥生が吹いてしまう。隣にいる旦那であるヴィルヘルムもこの緊張した事態の中ではあるもののほのかの微笑を浮かべていた。
 しかしいつまでも和んではいられない。

「でもセレシュさんが運べるのって一人までなんですよね。じゃあ、俺は正面突破かな。もちろん色々と偽装するよ。あ、ここの正面入り口って入場許可書とか機械で確認しているのかな」
「ちょい待ち。うち双眼鏡で見てみる」
「それで人が確認しているものだったら許可書を偽造して、トラックの運転手のふりをして中に入ろうと思うんだ。どう?」
「わたくしも正面から行かせて頂きますわ。裏のツテを使用して宅配業者の制服は入手済みですの。偽造ももちろん重要ですけど、いざとなったら魔眼を使用いたしますからご安心を。――さて、他に同じようにトラックで中に入られる方はいらっしゃいますか?」
「私もそれを考えていたからその案に乗せてもらおう。弥生もそれでいいね」
「ええ、もちろんよ。後は中に入ってからが問題よね。工場も気になるけれど、研究所が一応最終地点って事でしょう? でも依頼者の奥さんの事を考えると一直線に行って良いのかしら。変な薬を作っている場所の可能性が高いのよね」
「じゃあ私達は工場を経由していくかい」
「ええ、そうしましょう」

 夫婦が顔を見合わせ頷きあう。
 セレシュが戻ってくると「人で確認しとった」と発言が返ってきたので祐樹は偽造に走ることにする。すると弥生とヴィルヘルムの会話を聞いていたアリスがそっと静かに手を持ち上げた。

「工場の調査なのですけど、それにはわたくしも同伴させて頂いて宜しいでしょうか。魔眼を利用して情報を吐かせてみましょう。その上で工場範囲が白であればある意味安心出来ますわ」
「しかし確かヴィルヘルムさんも暗示が使用出来ましたよね。折角ですしアリスさんとは別れて行動しませんか」
「うむ。私達も動けるから安全には安全を取りたい。一般人もいるなら私の幻術も効くし、あくまでその団体に関わっている人材に話を聞いてから進んでも大丈夫だと思うのだ」
「あ、英里。また符を何枚か渡しておくね。保護符に妨害符、それから催眠符と治癒符」
「この符は本当に助かる」
「あとは一応勇太さんに何かあった時用やはぐれた時の為に通信用の縫いぐるみとマスコット型の物も持って行こう。念のためにね」
「じゃあ、勇太の能力が切れた時のことを考えてヴィルヘルムが用意してくれた通信機を一応携帯しておこう。それでいいな」

 武彦が最後に纏め、皆の同意を得る。
 工場は三つ存在するが、勇太、武彦、零は研究所の方を優先に。
 残りのメンバーは工場に何か変わったところがないか探りつつ研究所の方へと至る道を取る事となった。徐々に固まり始めた侵入経路と行動案。誰も傷付かないように、一般人を巻き込まないよう最大限の努力を惜しまないよう気を引き締める。

「では本拠地の近くまで車を移動させよう」

 武彦のその言葉に緊張感が走る。
 動き出したタイヤが徐々に問題の場所へと近付くのを見て、各々準備に取り掛かった。

■■【scene3:侵入】■■

 車を山道に隠し、偽装を施してから皆行動を開始する。
 怪しまれないよう普通の車で移動したので当然トラックを用意していなかった為、侵入するためのトラックの入手から開始。
 工場へと続く道程で待ち伏せし、そちらに向かいそうなトラックを一台見つけると両手を振ってそれを止めた。見事トラックが止まり運転手が声を掛けるとその瞬間、アリスが魔眼を発動させる。それにより無気力状態になった運転手を運転席から引き摺り下ろすと、宅配業者の制服に身を包んだ皆がその中へと乗り込む。
 何人かが「運転手さんごめんなさい!」と本気で謝りつつ。
 運転席にはヴィルヘルム、助手席にはアリスが座り、暗示・催眠組が警備員の対応を取れるように仕組む。残りは荷台。セレシュのみ透明化したまま先に侵入し、変な様子がないか伺いつつ動く事となった。

 そして一番の問題は勇太のテレパシー能力による「中継」。
 侵入及び合流までの連絡を全て彼の能力に頼るため皆心を合わせて出来るだけ彼に負担を掛けないよう気を配る。
 すぅっと勇太の目が伏せられ、それからリミッターが外され一気に全員の思念と繋がりを持たせ始めた。じわじわと自分の意識に他者のそれが染み込んでいく感覚に全員最初はぞくりと鳥肌が立つ。
 やがて再び目を開いた勇太の目は普段より虚ろ状態で、彼が本当に無防備である事を知った。

『OK、準備完了です。いけますよ』

 そう勇太の声が全員の脳裏に響き、慣れていない者は一瞬びっくりしていた。
 しかし直ぐにそれがレーダーとしての彼の役割なのだと知ると心を落ち着かせる。

 続いてセレシュが先に透明化したまま塀を飛び越え、侵入を果たす。
 高く飛んだためレーダーや有刺鉄線にも引っ掛からず無事中へ降り立ち、彼女は周囲を窺った。様子を見る限り夜の工場という点を除いて不審な点は見えない。人が少ないのも時間帯のせいだろう。そして明らかに防犯カメラであるものを見つけるとそれを皆に伝達した。

『よし、入ってきてもええで。うち自分用に警備員か工場の制服ないか探してくる』
『じゃあ、俺達はこのまま侵入するぞ』
『了解や』

 そして動き出すトラック。
 ヴィルヘルムは慣れた手つきで大型のそれを動かし、やがて入り口に辿り着くと一旦止める。そして警備員が許可書の提示を指示した。運良くこのトラックはこの工場の許可書を持っていたためすぐに見せる事が可能だったが、警備員が「規定通り荷物のチェックを行う」と荷台の方へと回ろうとし。

「失礼致しますわ」

 アリスは警備員へと声を掛け、素早く魔眼を使用する。
 暗示の内容は「荷台はチェックし、何事も問題がなかった」というモノ。それをすっかり信じ込んだ警備員は「よし、行け」と普段の仕事を素早くこなした。

「やっぱり人と接触する時は緊張しますね」
「このトラックの行き先はどこですの?」
「第一工場ですね。一番大きな工場ですよ」

 ヴィルヘルムは他のトラックとすれ違い様軽く頭を下げ、挨拶を交わす。
 あくまで現在はトラクターであり、不審な行動は極力控えなければいけないため、こうした挨拶も重要だ。

『通常通りトラックを第一工場内に入れますが、その先は幻術もしくは暗示で進めましょうか』
『わたくしは第一工場を探りますわ。あと一人か二人ご一緒して下さいませんか?』
『うむ、では私が行く。……しかし工場となると機械が多いのだな。壊れまくるかもしれんが誘導には丁度いいかもしれん』
『じゃあ私も英里と一緒に行きましょう』
『それでは私と弥生は第二と第三にも行ってみましょうか。セレシュさんは?』
『それやったらうちは透明になれるし一番ちっさい第三行くわ。あとな、なーんか第三の方から変な気がしよるんよ。それが気になるからハスロ夫婦は第二で。それで担当別れるやろ。時間も勿体無いし、分担して探った方がええ』
『俺と零、勇太は警備員の服を見つけたら着替える。そして最初に話した通り研究所の方へと行くからそこで落ち合おう。何かあればすぐに連絡を』
『『『 了解 』』』

 勇太を中継しての会話を終了させると、ヴィルヘルムがトラックを工場内へと入れ始める。
 一般業務員であろう人物が手早くトラックをどこに止めるか指示してくるので素直にそれに従い、最終的にはバックで止める。

「いつもお疲れ様です。荷台開きますね」

 ヴィルヘルムがにこやかにそう言って運転座席から降り、荷台を開く。
 そのタイミングを皆待ち構え、ゆっくりと開かれる扉を待った。

「『今から私はただ荷物を下ろすだけ』『この中には人は居らず、ただいつものように荷物が存在しているだけです』」

 荷物を運ぶためにやってきたフォークリフトを操った人物にも良く聞こえるようにヴィルヘルムは暗示を掛ける。その時を狙い全員飛び出す。
 彼らの目には荷物以外映り込んでいない。そのため出てきた面々には意識を向けず、そのまま仕事を黙々と続けた。

「弥生、これで荷物が運び終わったら私達は第二の方へトラックごと移動しよう。その方が怪しまれない」
「ええ、分かったわ。魔術の準備もしておくわね」
「助手席の方に乗っているといいよ」

 残った夫婦はあくまで宅配業者のふりをしながら事を進める。
 まだ穏便に事を進めるためにはこの方がいい。

 一方、第一工場担当の面々は先頭にアリスを置き、その隣に武彦が立ってゆっくり歩く。戦闘能力のない祐樹と現在無防備な勇太を護るために零はその傍に寄りながら真ん中に位置し、最後に英里と朱里が皆を追う。
 あくまで今は宅配業者のふりをしなければいけないため走る事は出来なかった。祐樹が頭に叩き込んだこの工場内の地図を思い出し、てきぱきと道順を指示していく。

「あ、そこを曲がって二階へ上がったら従業員の更衣室に辿り着けますがどうします?」
「でも警備員の服が欲しいのだったよな。警備室に行く方が先ではないか」
「勇太、様子を教えてくれ」

 こくり、と勇太は頷き周辺をサーチする。
 大型の製造機械が動く工場内は機械の響く音と振動が聞こえ頭を痛ませる。加えて勇太は銃で撃たれた件もあり、体調があまり良くない。それでも彼は動き続けた。

『更衣室の方、今人がいないみたいです』
『じゃあ今すぐ行こう』

 勇太が視た光景がすぐに皆に伝わる。
 武彦はこの能力は便利だが、この一件が終わればすぐに休ませようと心に決めた。

『あ、警備室の方は二人ほど居ますね。どうします?』
『アリス、工場の制服を取ったら直ぐに移動出来るか』
『もちろんですわ』
『じゃあ、まずは更衣室の方へ』

 人気がない事を確認しつつ、皆素早く動く。
 だが。

――バチッ!

 何かが壊れる音が聞こえ、皆その物音がした方へと顔を向けた。
 そこにはショートしたらしい防犯カメラが煙を上げており、しかもその衝撃で支えが緩んだのかぐらぐらと揺れている。

「ちょっとまずいな。これは警備員が見に来るかもない」
「これ、私のせいかもしれんな……」
「英里のせいかもしれないけど、今は着替えが先ですよ」
「お前らは更衣室に行け」
「武彦さん達は?」
「丁度良いから警備室の方へ行く。こっちに人が来るなら好都合だ」
「分かりました。じゃあ俺もそっちに行きます。ちょっと弄りたい事があるんですよ」
「じゃあわたくし達は更衣室へ。そっちも気をつけて下さいませ」

 アリス、英里、朱里が更衣室へと移動する。
 人気がないと勇太に言われていたため問題なくそこから自分達の身体に合った制服を選び出し身体に身に着けた。

「あ」

―― バチッ!

「……すまん、またやった」
「英里さんのその体質、本当に大変そうですわね」
「おっと、足音が聞こえてきましたね。皆、顔を隠して」

 外に出て丁度の時、またしても防犯カメラが一つ壊れた。
 衛生用に顔まですっぽりと覆うタイプの従業員服であったため、見た目だけではそう簡単に侵入者だと見抜けないだろう。

「小鬼もとい式神が使えますが、囮……出来ますかね。成功率を重視したいため、他に最善の手があればそれを使ってください。言うだけ言っただけなので」
「今のところ何も問題は起こっていないようだからいざと言う時に使おう」
「そうですわね。基本的に何もないのが一番ですわ。でも工場長辺りにわたくし接触しておきたいのですが……」

 着替えた三名は周囲をあくまで自然な素振りをしつつ、探索に入る。
 その三人の声もまた勇太を中継して皆に届いており。

『工場長は誰か分かりませんが、事務室っぽいところだったらありますよ。そこは此処』

 まさに人間レーダー状態で勇太が感知したものをアリス達に伝える。彼女達はこくりと頷きながらそちらへと向かうが――。

『ああ、待って! 俺が行くまで待って下さい!』
『祐樹さん?』
『パソコンでハッキング出来るのでそこの事務室でもちょっと色々弄らせて下さい!』
『つまり私が近付いてはいけないと言う事だな』
『……すみません、お願いします』
『いや、謝る事でないのだ。そっちの方はどうだ?』
『俺達は今着いた。そっちに人が何人か行っている様だから気をつけて』
『分かりました。では他の人物を探しましょう。勇太さん、今この工場でどれくらいの人間が動いているか探れますか?』
『ちょっと待って』

 指示された勇太はサーチを開始し、一気に広範囲の人間の気配を感じ取る。
 夜であるという点もあり、人口密度は少なく、それは直ぐに終わった。人数にして第一工場だと言うのに密度はたったの三十名ほどであることが判明する。

『指示をしているっぽい人はここと、ここにいるのでそっちに行って下さい』
『分かった』

 アリス達はあくまで従業員として動きを開始し、なるべく英里は防犯カメラに近付かないよう気を付けながら歩く事にした。途中、二名の警備員とすれ違うがぺこりと頭を下げ事なきを得る。後ろの方で「何で急に壊れたんだ?」「分からん。とにかく連絡を」などと会話がなされているのが聞こえた。

 一方、警備員室。

『今誰もいません』
『よし入ろう』

 カメラが二台も壊れたことにより壁一面に設置されているモニターのうち二つがノイズが掛かったり暗くなっていた。それを確認した途端、またしても一つ消える。

「これは一種のホラー……」
「だがある意味誘導には良いな。警備員服は?」
「お兄さん、ありました!」
「じゃあ俺達はそれに着替えよう」
「俺はその間にここの機械弄らせてもらいますね」

 祐樹が椅子に腰掛け、手早くこの工場内のパソコンと自分の持ってきたノートパソコンを繋ぎ素早くタイピングを始める。
 その作業を眺めつつ武彦達は警備服を遠慮なく頂く事にした。

「今回持ってきたのはなんだ?」
「ハッキングもですけど、ちょっとしたプログラムを」
「つまり?」
「まあ一種のウィルスを仕込みます。パソコンを遠隔操作出来るものだと後でつかえるかもと思いまして」
「またえげつない」
「それはとても良い褒め言葉です」
「勇太、腕を通せ」

 上手く身体を動かせない勇太に対して着せ替え人形のように武彦が着替えさせる。零も隅の方でこそこそっと着替える事にした。

『草間さん、草間さん。セレシュやけどええやろか』
『なんだ? なにか分かったか』
『ん、第三工場内に入ったんやけど、魔力辿ってみたらそこに不審な階段見つけてな。降りたら地下室に辿り着いてんよ。んでもって付与術師の部屋っぽいの見つけてもた。でも此処にそいつおらへんねん。どう思う?』
『工場内の様子はどういう状態だ』
『機械は動いてんよ。見た目は普通に工場って感じやけど……これ可笑しい』
『どうしたんだ』
『工場の機械自体に気持ち悪い付与術かかっとる。効果は身体能力の向上……か、うーん、精神興奮剤的な……今、ちょっと見てるけどそんな感じのが付与されとるわ。んでな、その機械がなんか透明な液体作って瓶に注ぎ込んでんねんけど、それを最後まで追いかけてみたら普通はラベル張りとかまで行くやん。でもその工程がないねん』
『ん?』
『えっと裸身で梱包されとるって言ったら分かる? 瓶のまま。これ売り出し用やないな』
『裏側のものだな。麻薬関係かもしれない』
『どうせちっさいし、そっちに三本くらい持って行くわ。研究所の方に行けばいいんやったね』
『そうだ』
『分かった。とりあえずうち付与術師の部屋と工場めちゃくちゃにしてく。こんな怪しいの放置出来んわ。工場はストップさせてもええんよな?』
『怪しいと思ったら思い切りやっても構わん』
『じゃあさり気なく壊れたっぽく仕組んでから研究所行くわ』

 頭の中でセレシュと武彦が会話し、それは全員に伝わった。
 第三工場は彼女に任せてしまって大丈夫そうだと皆一様に思う。祐樹が一つタイピングを終えると接続していたケーブルを外し、彼もまた素早く着替え始めた。

「OKです。ここから丁度事務室の方までハッキング出来たのでそっちにもウィルス入れてきました。これで何かあった場合ここの工場の生産ラインも止めれます」
「分かった。よし勇太、零。行くぞ」

 警備員服に着替えた面々を引き連れながら武彦は歩き出す。
 第一工場を抜け、後は研究室の方へと行き依頼者の妻の様子を見る事とここの組織の壊滅を行う為に。

『草間さん!! ハスロ夫婦が!』
『なんだ!』
『ヴィル!!』
『っ、こっちに能力者が出ました! すみません、こっちは戦闘開始します。皆さん出来れば早めに研究所の方に移動してください!』

 突然勇太がびくっと身体を跳ねさせながら叫ぶ。
 次いでヴィルヘルムから状況の説明がなされると残りのメンバーはさぁっと血の気を引かせた。こうなっては穏便には行かない。自分達の安全が第一であると考え、走り出す。
 それはアリス達も同じ。一人の能力者に見つかったと言う事は他の能力者に知られる可能性が高い。

『何名出た! ヴィルヘルム! おい!』
『草間さん、向こうで戦闘が始まってるから応えられないみたい……いや、違う。何か接続が切れてるみたいな感じがする』
『ちっ』
『俺達は研究所に行くか第二工場へ応戦に行った方が良いと思います』
『うち今そっちに行けん! 手があいてる人行ってやって!!』
『私達が行きます』
『うむ、私達が行こう。少ない能力でもないよりマシだ』
『接触した人物に話を聞いてもこの第一工場はどうやら表向きの工場のようですわ。もう用は御座いません。行きましょう』

 アリス、朱里、英里が第二工場への移動を宣言する。
 それを受けて武彦は零と勇太に祐樹へ視線を向け、研究所へと向かうため駆け出した。もうだらだらと動いてはいられない。

 そして第二工場内、通路では――。

「っ――! そちらの貴方、感応能力者ですね」
「ヴィル、大丈夫!?」
「大丈夫、まだいけるよ」

 対峙している敵は二十代後半ほどの男性。
 二本の刀を所持しており、一刀は炎を、もう一刀は冷気を纏わせながらヴィルヘルムと弥生へと襲い掛かる。
 その目は敵を見つけ、歓喜に震えており、表情は狂ったように笑んでいた。
 その後ろには女性の後方支援能力保持者が存在しており、彼女もまた気狂いのようににたにたと笑っている。そして邪悪な笑みを浮かべながら何事か唱えたかと思うと、急に辺りが暗闇へと変化した。敵の姿が見えず、視界が奪われてしまう。

「これは……っ」
「貴方、気をつけて! 今、光を――きゃあぁあ!!」
「弥生ッ! ――ッぐ!」

 弥生の悲鳴が聞こえ名を呼んだ瞬間、ヴィルヘルムの傍に俊足による風が当たりそれにより敵の接近を知るとヴィルヘルムは慌てて地面を蹴り飛ばし、攻撃を避けるが完全に受け止めきれず腕に熱い何かが切り込まれた。それでも反射的に下がった分だけダメージは少ない。
 闇の中という悪条件に対して相手は対して苦でもないかのように刀を打ち込んでくる。
 ヴィルヘルムは持っていた銃で刀の攻撃を防ぎつつも妻を想う。
 彼女の声が聞こえない。
 悲鳴すらも、だ。
 それが一層ヴィルヘルムの中の焦燥感を煽る。防いでも防いでも刀が打ち込まれ、自身の身体にも傷が走り、痛みが襲う。

 何か目印を探せ。
 研ぎ澄まされた感覚で、傭兵である自分を思い出し、死と隣り合わせの環境を思い出せ。
 ここは戦場。
 一瞬の油断が命取りになる場所。

「……『大丈夫』『私はまだ戦える』」

 自己暗示。
 それは痛みを麻痺させる魔法のように彼は呟いた。唇から紡がれる言の葉は重たく、そして彼の身体を活性化させていく。満月が近い事が良かったかもしれない。
 吸血鬼の血をその身に宿している彼は満月の夜に特殊能力が使用出来るようになるが、今はその時ではない。けれども命の危機に呼応するかのように身体能力が上がって、攻撃も次第にかわしやすくなってきた。

 風が躍動する度に姿を変える。
 その感覚を味わいながらヴィルヘルムはあえて目を伏せた。
 見えないならその五感の一つを切り捨てるまで。

 そして彼は両手の中に握り込んだ二丁の拳銃をまっすぐ前に伸ばし――。

「私の妻に何をした!!」
「きゃああああああああ!!」

 冷静な怒りと共に放たれる銃音。
 二発のそれは接近戦を持ち込んでいた男性相手ではなく女性に向けて放った物。後方支援者である人物はまさか自分の存在を闇の中で見抜くとは思っておらず、そのまま悲鳴をあげて――やがて倒れる音と共に闇がすぅっと消え、廊下が見え始める。
 女性の能力者は致命傷ではないが銃弾を受けた事によりぐたりと壁にもたれかかりながらヴィルヘルムを睨みつけている。その視線は殺意。男性の能力者はそんな女性能力者の様子を見てけらけら笑い始めた。

「弱いから、負ける。負けると。死ぬ」
「煩いわね……」
「だから、殺す。ころす、ころす……きひ、ひひひひひッ!!」

 気狂いの声があがり、今度は明るい蛍光灯の下で男性が能力を振るい始める。
 だがもう闇の中で研ぎ澄まされた感覚は光の助けも有りかわす事は容易となった。ヴィルヘルムは避けながらも自分の妻を探す。
 弥生は壁にもたれかかったまま気絶しているようで、動かない。その身体には裂傷があり、血液が布へと染み込んでいた。

「弥生っ!!」
「ヴィルヘルムさん、応援に来ました!」
「私より弥生を頼むっ!」
「英里、治癒符を弥生さんに!」
「分かったのだ」
「わたくし達はアレをどうにかしなければいけませんわね」

 駆けて来た朱里が素早く妨害符を敵に放ち、急に男は動けなくなった。
 朱里が放った妨害符は男の足を床に縫いつけ、移動を停止させる。彼らの目には今、血塗れになったまま戦闘しているヴィルヘルムの姿と壁に凭れ込みながら切り裂かれた傷から血を流す弥生の姿が目に入り、怒りを燃え上がらせる。
 英里は朱里から貰った治癒符を使い、弥生の治癒へとあたった。その治癒符のお陰で不意打ちを喰らった弥生の身体は癒されていき、次第に意識も浮き上がる。

「ここは既に敵の手の中ですもの、遠慮いたしませんわ。さあ、わたくしの目を見て下さいな」
「う、ぁ……っ、くそ、離れろ。はなれろ! ぐ、ぐぅ、ァァアアア!!」
「さあ、そちらの女性も」
「っ――、いや、ぁ……ぁぁ!!!」
「朱里さん、砕いてくださいませ!」
「分かりました」

 アリスの魔眼により、ピキピキと肌色が灰色へと変化し、やがて男女の石像が出来上がる。それを見た朱里はその石像が他の能力者によって戻られては困ると破壊へと走った。鬼の能力を持つ朱里は人並み外れたパワーを持つ。一般人に石像を見られても事態は悪化するだけ。彼は立ったまま石化した男性の石像を蹴り飛ばし粉々にしてから女性の石像もまたそれが一体なんの欠片だったのか判別出来ない程度まで拳と蹴りとで砕く。

「ヴィルヘルムさん、大丈夫ですの!?」
「……私の状態はいいから、弥生を……」
「ヴィルヘルムさんも酷い怪我を負っておりますわ。まずは応急処置をしましょう」
「皆、弥生さんが目を覚ましたのだ!」
「っ――私、一体どうして……」
「弥生!」
「ヴィルっ――貴方、それ酷い怪我よ……! 今治療を――ぃっ」
「弥生さんも少し安静にしておくと良い。治癒符でもそう直ぐに治るものではないのだ」

 血塗れのヴィルヘルムを見た弥生はさぁっと顔を蒼褪めさせる。
 だが自分の身体にも怪我を負っており、痛みが走ると顔を歪ませた。

『うちの仕事が終わったらそっち行く! 待っててな!』
『大丈夫です。応急処置で動けるようになったら研究棟の方へと向かいます』
『無理したらあかんで』
『いえ、能力者にばれてしまった以上留まっている方が危険です。今からそちらに向かいます』
『ヴィルヘルムさん、俺が迎えに行きましょうか?』
『勇太さんは動けないんじゃ』
『でも一応テレポートは使えるから』
『……いや、これ以上勇太さんに精神負荷を掛けるわけにはいきません。弥生、いけるね』
『もちろん行くわ。心配掛けてごめんなさい』

 弥生は立ち上がり、自分の状態を確認する。
 治癒符を張ってもらったお陰で自分でも治癒魔法が使えるようになった為回復は大分早く進むようになった。そして夫であるヴィルヘルムにも集中して魔力を注ぎ込み、腕や足、胴体など多数に渡る刀傷、それに火傷と凍傷の痕に顔を顰めながらも治療を続ける。その間はもちろんアリスと朱里と英里が神経を張り巡らせ、他に誰か来ないか警戒をしていた。

「よし、これで大分マシになったね。行こう」
「私としては一般従業員がこの騒ぎに気付かなかった事が不思議でならないのですが」
「あの女が張ったのは一種の結界よ。異空間状態にさせられていたので音が外に漏れなかったの。多分勇太君の能力も遮断されちゃったんじゃないかしら」
「確かに一時的に切れておったような」
「面倒な能力者が居たものですね」

 夫婦が動けるようになると即座に彼らは動き出す。
 もうボロボロになった服装が傍目からどう見えるかも考えている暇などない。感応能力者が現れたという事は周囲の敵に確実に侵入がばれているという事だ。人の目など気にしていられない。
 彼らは走る。
 それでも防犯カメラを避け、自分達の姿をなるべく敵に感知されないよう気をつけながら研究所の方で既に待っているであろう武彦達を目指して。

『よっしゃ、第三工場の生産ラインストップさせたで。うちも行く!』

 セレシュの声が聞こえると勇太が皆の位置をサーチし、知らせる。
 徐々に集い、近付き始める気配。
 研究所まで、あと少し。

■■【scene4:研究所】■■

「よし、無事合流出来たな」
「二人ともに治癒魔法掛けるわ。ちょっとだけ待っててな」
「第一工場では表向きの生産、第三工場では変な薬の生産か……第二は何だったんだろう」
「祐樹さん。すみません、調査する間がありませんでした」
「謝らなくていい。戦闘になったのなら仕方がないからな」
「武彦さんも」
「草間さんにはほれ、例の薬!」

 警備員服を着たセレシュがやってきたハスロ夫婦に治癒魔法を掛ける。
 その前に武彦に工場から持ってきた瓶を一つ手渡し、皆に見てもらうことにした。現在皆が集合した場所は研究所ではあるが防犯カメラの死角になっている非常階段だ。そこで夫婦の治療をしつつ、皆が集めた情報を改めて整理する事にした。
 勇太はトルコ石のストラップの糸を手繰る。
 研究所に続いているのは間違いない事が分かるとそれを皆に知らせた。ただ、それがどこに繋がっているのかまではストラップの能力自体が弱いので特定は出来ない。
 その間も祐樹はノートパソコンを弄る。
 第一工場から他の工場内へとアクセス出来ないか試みているのだ。アクセスログは直ぐに消し、ハッキングの形跡を残さない手口は機械に強いからだからこそ出来る事。
 英里はそんな彼から一定の距離を取り、ノートパソコンを壊さないようさり気なく気を使っていた。だがそんな彼女に異変が起こる。

「バイクの音が聞こえるのだ……」

 音に聞き覚えがある英里が一気に顔色を蒼白へと変えてしまう。英里ほどではないが、聞いた事のある者達はヤツの登場を覚悟する。
 朱里は素早く彼女を自分の後ろへとかばうように下げさせ、構えた。

「皆、中へ入れ!! 襲撃される!」

 武彦は非常口の鍵を自分が持っていた銃でぶち壊し、そのまま扉を開く。
 中は申し訳程度の明かりが点されており、夜の研究所の不気味さを知らせる。しかし恐怖を感じてなどいられない。武彦は素早く皆に中に入り、すぐに角へと曲がるよう指示をする。全員が入ったのを確認してから武彦も掛けて入り、扉を乱暴な音を立てさせながら閉めた。その瞬間――。

―― ドォォォォォォンッ!!

「ひっ!」
「っく――!」

 それは地鳴りがするような衝撃。
 武彦が滑り込むように角に身を隠した途端起こった爆発音。朱里は英里を庇うように身を屈めた彼女を上から抱き込み、衝撃に耐える。他の面々も轟音に耳を塞ぎながら事が収まるまで身を伏せたりして身体を庇う。
 パラパラ、と天井から欠けたくずが降り注ぎ、皆の身体に当たる。

「こんばんわぁー、草間武彦さんとそのご一行さまぁ」

 やがて間延びした男の声が聞こえ、武彦とヴィルヘルムは銃を、他の面々も各々自身の武器を構えた。声には聞き覚えがある。先日調査に入った幹部の男の部屋で入手したCD-ROMの中で付与術師を殺したメットの男の声だった。
 やはり同一犯であったと皆考えを一つにした。

「上司命令によりぃー、抹殺させて頂きたいと思いまぁす。……と、言うわけで出てこいや?」

 タタタタタッ、と多数の人間らしいものの足音が聞こえる。
 男の他にも敵が集結している事は間違いない。次に待っているのは確実なる戦闘。それも武彦と零が襲われた時以上の、だ。

 ―― ごくりと唾を飲み込む。
 その音すら今は生々しく皆の耳に届いた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】
【7348 / 石神・アリス (いしがみ・ありす) / 女 / 15歳 / 学生(裏社会の商人)】
【8538 / セレシュ・ウィーラー / 女 / 21歳 / 鍼灸マッサージ師】
【8555 / ヴィルヘルム・ハスロ / 男 / 31歳 / 請負業 兼 傭兵】
【8556 / 弥生・ハスロ (やよい・はすろ) / 女 / 26歳 / 請負業】
【8564 / 椎名・佑樹 (しいな・ゆうき) / 男 / 23歳 / 探偵】
【8583 / 人形屋・英里 (ひとかたや・えいり) / 女 / 990歳 / 人形師】
【8596 / 鬼田・朱里 (きだ・しゅり) / 男 / 990歳 / 人形師手伝い・アイドル】

【登場NPC】
 草間武彦(くさまたけひこ)
 草間零(くさまれい)
 碧摩蓮(へきまれん)

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、今回は「LOST」の第四章もとい最終章に参加頂きまして有難うございました!

 今回はとうとう敵本拠地へ。
 まずOPの時点で今回、草間武彦がこのノベルに参加出来るかどうかゲーム要素を付けさせて頂いておりました。集合PC様に三つの「記号」を指定して貰うだけの簡単なものです。

 記号は ☆ ♪ ■ の三種類。

 PC様が指定した記号が、
 半数を超えた場合→草間氏は記憶も肉体も戻る事が可能。
 同数だった場合 →草間氏は肉体的に戻る事が可能。(記憶は×)
 上記以外の場合 →草間氏は戻る事が不可能。

 結果は以下となります。

♪・勇太 、弥生、椎名、英里
☆・アリス、セレシュ、ヴィルヘルム、朱里
■・なし

 というわけで、見事半数を超えましたので草間氏の記憶も肉体も綺麗に戻るという状態からスタート。草間兄妹も参戦です! なんか二つに集中しているのが正直凄いのですが。
 草間氏の記憶が戻った事により人間関係が見えてきたという事でほっとしております。
 (戻らなかったら最後まで明かせないと思っていたので)

 結果としては工場自体は第一と第三がなんとか調査完了。第二は不明もとい戦闘発生により中断という形となっております。
 場所に関しましては指定されていたPC様は当然その場所へ行って頂きました。指定のなかったPC様は状況に応じた振り分けをさせて頂いております。

 今回のLOSTは「工場の生産ラインのストップ」でしょうか。

 次回は確実に戦闘から始まるお話です。
 どうか参加して頂けることを願いつつ!!

■工藤様
 こんにちは! そしてお疲れ様です!
 ちょっと能力の使用方法に不安がありつつもこんな感じで大丈夫でしょうか。こう解釈したのですが、間違っていたら申し訳ありません!!
 しかしまさかのレーダーという役割にびっくりしたわけですが、おかげさまで色々楽でした。連絡手段は携帯か無線だと思っていたので(笑)

カテゴリー: 01工藤勇太, 蒼木裕WR(勇太編), LOST |

LOST・3―侵入調査編―

月曜の襲撃から丸一日空け、水曜日となった朝。
 相変わらず五歳児のままの草間 武彦(くさま たけひこ)はその日の朝のニュースに目を釘付けにされていた。テレビにはある初老の男性の顔写真と名前、そして住んでいたというアパートが映し出されている。

『本日の午前六時頃――区のアパートにて六十歳後半の男性の死体が発見されました。死因は脱水症状から生じた衰弱死と見られ、現在警察では事件性がないか調査中です。死体発覚のきっかけは隣人による通報。何か臭い匂いがすると大家へ訴えたところ、部屋にて男性の死体が発見されました。争った形跡はなく、またこの男性は一人暮らしで近所付き合いも薄く、身寄りがないところから孤独死した可能性が高いと見られています』

「おい、零」
「これって……ただの事件でしょうか」

 不意に武彦の持つ携帯が鳴り出す。
 サブディスプレイを見やれば其処には「碧摩 蓮」の文字。武彦はすぐにそれを掴み挙げると応答ボタンを押した。

『まずはおはようかねぇ。……さて武彦、悪いんだけどテレビは見たかい?』
「今丁度流してる」
『アパートで孤独死したらしい男のニュースは?』
「ああ、見た。お前が俺に連絡してきたと言う事は俺の記憶に間違いはないんだな」
『そうだね。あたしの記憶からも引っ掛かったよ。ずいぶん外見が老けちゃいるがその昔その界隈で名のあった付与術師(エンチャンター)だよ。最初こそは善意ある活動をしていたらしいが、次第に己の力を過信し悪意ある付与を付け、多くの悪事に加担したって話さ。お陰で色々と叩かれて十年ほど前に表舞台からは退いていた男のはずだ。その後何をしてたかは不明だったんだが、このような形で浮上するとはまた奇妙な話さ』
「俺はそっちの方は疎いが、話だけは聞いた事がある。――零、団員リストを調べてこの男がいないか見てくれ」
「はいっ、今すぐ見ます!」

 零は指示を受け朝御飯を作っていた手を止めると素早くリストを引っ張り出し、武彦が書きとめた男の名前を探す。だが電話をしている兄へと視線を向け、両手でバツを作った。

「蓮、男は団員リストには載っていない」
『話を続けようか。今現在あたしのツテを使って調べさせているが、聞いた限りでは男はどうやら偽名を使って水面下で活動していた可能性が高い。顔も出さず人を介して決して表舞台には出ないように出ないようにってね。言っておくけど、相当の熟練者だよ』
「だが何故このタイミングで付与術師が死んだ。偶然か?」
『さあ。あたしにはわからない。真実が知りたいなら調べな。あたしは自分が知りたいからこの男に付いて調べてるだけさ』
「その調査結果は回して貰えるか?」
『その代わり何かこっちに回してくれるかい?』
「……今回得た術具などでお前が興味あるものを渡そう。どうだ」
『ああ、それなら良い。ならあんたは死んだ男んところを調べてきて欲しい。警察の調査じゃなく、あんた自身……は、無理でも、直接男のところに侵入してどういった方法で付与術を行っていたか調べておくれ。あの男のレベルに見合った付与術を行うならあんなアパートじゃ難しいはずだからね』
「分かった。あとこっちは俺が潰した宗教団体の幹部のところに行ってみようかと思っている。そこで正しい団体リストの入手、もしくは今回の一件に付いて男の口を割らせたら上等」
『そうかい。じゃあ人手がいるねぇ……しかし忙しない男だね、あんたも』
「うるさい」
『手伝えそうな人材に連絡を回そう。あんたからも探しな』
「恩にきる」

 ピッと携帯を切り、武彦は先日差し入れてもらったばかりの子供服の首元を緩めて溜息を吐き出す。零が子供姿の武彦を抱きしめ、ぽんぽんと頭を撫でた。

「肉体だけでも元に戻る方法はあるんだ、いざとなったら俺が前線に出る」
「私はお兄さんに無理して欲しくないんです。それだけは分かってくださいね」
「ああ……」

 血は繋がっていない上に人外である妹の心配を受け止めると、武彦も短い手を零に回し落ち着かせるように肩を叩いた。

■■■■■

 その日の十二時頃。
 武彦は集まってもらった面々を前に蓮と話した事柄を説明した後、ある条件を口にした。

「お前達に依頼をする前提条件として三つ、こちらから提示させてもらう。一つは素性を知られないよう変装及びそれに準じた行為を行う事。二つ、目的を達したら即解散するため逃げ足が速い事。三つ目、個人で動けば必ず狙われるため決して単独行動をしない事。以上だ」

 一本ずつ指先を上げ、武彦は皆に言葉を告げる。
 協力者達はそれを聞くと了解の意思を持って頷いた。

「今回は二組に分かれて行動してもらう。俺が潰した団体の幹部だった男への接触もしくは家宅侵入を行ってもらうグループ。そしてもう一つが死んだ付与術師の部屋へと行き、付与術をどこで行っていたか探ってもらうグループだ。潰した団体に付いては公開出来る範囲内で紙に纏めておいたから見ておいてくれ。ただし、ここからの持ち出しは禁ずる。良いな」

 零が武彦の製作した資料を渡し、協力者達に見てもらう。
 資料の持ち出しは絶対に禁止。理由は持ち歩いて万が一相手側に奪われた時危険性が跳ね上がるためだと説明する。それに関しても全員の了解を得た上で配った。

「ではまずグループを決めよう。お前達のことは信頼しているが、事が事だ。慎重にどっちに行くか考え選んでくれ」

■■■■■

 今回本業である傭兵業を終え帰国した所、妻である弥生・ハスロ(やよい・はすろ)より草間 武彦が危険だという話を聞いた男性、ヴィルヘルム・ハスロは緊急事態という事で今回の作戦に参加する事にした。
 最初こそ真面目に話を聞き、資料にも目を通していたがとうとう堪え切れず……。

「こ、これは……! 草間さん何という(可愛らしい)姿に……!」
「ヴィル、心の声が出てるわ」
「おっと、つい本音が……。何かお手伝いする事はありますか? 手の届かない場所の物とか取りますよ」
「くっ、身長百八十五センチにはどうあがいても敵わない……」
「資料に触るなというのなら抱っこして手伝えたらと」
「それは同年代の男としてこう、……俺の中の何かが駄目だと訴えているんだが」

 彼は傭兵という事で身体能力が非常に高い。
 身体作りもしっかりとしており、戦闘面では以前より武彦もお世話になっており、信頼における人物である。ルーマニア人とスウェーデン人とのハーフで、「イイ男」と評価しても誰も文句は言わないだろう。更に真祖の吸血鬼を遠い先祖に持つが、その血はとても薄くほぼ人と変わらない。だが能力は確実に受け継がれており、彼は言葉によって暗示を掛け、五感を操り幻覚等を見せる事が出来る。
 弥生と共に資料に目を通しながら彼らもまたどっちのグループに行くか話し合う。

「草間さん、よろしければこちらをご提供致しますわ」

 すっと、協力者の一人である石神 アリス(いしがみ ありす)が紙袋を差し出す。
 先日、某見た目は子供、頭脳は大人! な服装を渡された武彦としてはその行動を訝るように見つめた。だが差し入れは差し入れ。素直にそれを受け取って中を開くと――。

「ゴシック系のフリルシャツやパンツ……は、まだいいが、この宝○風のキラキラ衣装はなんだ!!」
「わたくしの趣味ですの。草間さんにお似合いの物をそれはもう昨日一日を使ってチョイスいたしましたのよ。先日のコスプレ一歩手前の子供服も愛らしかったですけれども、そればっかり着ているわけにはいかないでしょう。さあ、着替えて下さいませ」
「――うぐっ」
「確かにこの二日その服を着てましたよね、お兄さん。そろそろ臭いますよ」
「え、そりゃあかんで草間さん。今すぐ着替えてきや。あ、うちどっちかっつーと○塚風の服がええなぁ」
「セレシュ!」

 先日服を差し入れてくれたセレシュ・ウィーラーがひょいっと子供服を覗き込み、自分の希望を伝える。彼女は自分の名を叫ばれるとちろっと舌先を出しながら肩を竦めた。
 さて、と今回の協力者達の顔ぶれを彼女は再度確認する。今回は二箇所に侵入調査という事でいつもより人数が多く、それゆえに事の慎重さを改めて実感した。

 一人目はセレシュ・ウィーラー。
 二人目はヴィルヘルム・ハスロ。
 三人目はその妻、弥生・ハスロ。
 四人目は石神 アリス。

「先日襲われた分は返してやりかえそうかな。ね、勇太さん」
「もちろんっすよ! 俺達の傷の分くらいはやりかえさないとね!」

 五人目は興信所勤めの青年、椎名 佑樹(しいな ゆうき)。
 六人目は超能力を保持する高校生、工藤 勇太(くどう ゆうた)。
 二人は先日暴走バイクに襲われ、危うく重症を負いかけるという事態まで追い込まれていたため、今回の事件に関してはそれはもうそれなりの報復を、と考えている。

「ふむ、今回は二つに分かれるのか。慎重に選ばねばな」
「自分の持てる能力とグループの内容とを照らし合わせて考えると……私はこっちかな」

 七人目はゴシックドレス服に金の三つ編み姿の人形師の少女、人形屋 英里(ひとかたや えいり)。
 八人目は長い銀髪が美しい中性的な雰囲気を持つ少年、鬼田 朱里(きだ しゅり)。

 今回はこの八名が草間 武彦の協力者となる。
 武彦は差し入れてもらった紙袋を一旦自分の座っているソファの横に置くと改めて皆へと視線を巡らせた。

「服はともかく、一つだけ皆に意見を貰いたい事がある」
「なんですか?」
「蓮が持ってきた腕輪があっただろ。あれを使って俺は肉体だけでも先に強制的に元の年齢まで戻って動こうかと思っているのだが……やはり協力して貰うからには皆の意見も聞いておきたい。どう思う?」
「はーい、俺は腕輪で戻るのは反対しまーす。一応呪いなので心身の負担を推し量れないっていう意味で真面目に心配」
「わたくしも勇太さん同様出来れば草間さんにはそのままでいて頂きたいですわ。明らかに狙われているのは草間さんですもの。危険ですわ」
「うちもそう思うわ。無理がかかりそうなもんで戻るのはなぁ」
「私も危ないと思いますので腕輪の使用はやめておいた方がよろしいかと」
「夫と同じ意見よ。万が一っていう事もあるでしょう? 最悪の事態だけは避けましょう」
「――そうか。他には?」

 手を挙げた勇太を筆頭に、アリス、セレシュ、ヴィルヘルム、弥生の順番で反対意見が飛び出す。武彦は残りの三人へと視軸を変え、まだ意見を口に出していない彼らへ先を促した。

「俺としては万一武彦さん自身が危険に晒された時を考えると小さくないほうが良いと考えますね。確かに腕輪で戻るのはリスクが高い気はしますが……どっちの方が危なくないのかな」
「私は草間さんに一任する」
「英里と同じく私も草間さんに一任――と、言いたいところですが、無理をして欲しくないので使用は避けて頂きたいというのが本音です」
「――と、いう事はお兄さんは元に戻らず待機した方が良いってことですね」

 祐樹が理由と共に腕輪の使用を勧める。
 一任と口にした英里と朱里の意見も踏まえて零は指折り数えて賛成と反対とを数えた後、結論を出した。
 祐樹の発言も納得出来る部分がある。しかし危険だという意見が圧倒的に多過ぎるため、今回は武彦は子供のまま興信所で大人しくする事に決めた。正しくは『今回も』、だが。
 興信所ならばいざとなったら零が己の能力を解放し、武彦を護る事だろう。

「ではそろそろグループ分けに進もう。俺が潰した幹部側に行く意思を持つ者は左へ、付与術師の元へと行く意思を持つ者は右へと寄ってくれ。どっちでも大丈夫だと言う者は真ん中で。俺が振り分けよう」

 その言葉に反応し、皆自分が適正だと判断したグループの方へと移動を開始する。
 どちらでも大丈夫だと判断し真ん中に居た者も武彦の指示と相談によって振り分けられていく。やがて八名が左右に分かれたのを見ると、武彦はふぅっと一息付く。

 幹部側には勇太、アリス、祐樹、朱里、ヴィルヘルムの姿が。
 付与術師側にはセレシュ、英里、弥生の姿が在った。

「ではこのメンバーで動いてもらう事とする。各自相談の上、調査を開始してくれ。俺が動けない分も宜しく頼んだ」

 その言葉に皆緊張感を走らせた後、静かに頷いた。

「英里、いざとなったらコレを投げて」
「これはなんなのだ?」
「保護符と治癒符。危険な時は保護符で身を護って下さいね。あともし誰かが怪我をしたら治癒符で治してあげて」
「分かった。朱里も無理するんじゃないぞ」

 これは朱里と英里のやり取り。
 今回確かな意思を持って分かれた二人は、互いの身を案じながら他のメンバーの元へと行く。

「ヴィル、そっちは直接団体の人と出会う可能性が高いわ。どうか気をつけてね」
「弥生もくれぐれも無理しちゃ駄目だよ。草間さんの言う通り危険を感じたら真っ先に自分と……そして皆さんの安全を優先して逃げるんだ」
「分かってるわ。また後で逢いましょう」

 これはハスロ夫婦のやり取り。
 どちらでも大丈夫だと判断し真ん中に立っていた二人だが、暗示能力を持ち、かつ肉体系攻撃が強いヴィルヘルムは幹部側のメンバーへ、そして魔術に強い弥生は付与術師側へと振り分けられていた。

 絶対にまた逢う。
 どんな手を使ってでも今回の事件を解決してみせる――皆一様にそう願いながら分けられたグループの面々と作戦会議を始めた。

■■【SIDE:幹部】■■

「――っと、変装ってこんなもんかな」

 ツバ付きの帽子をくいっと上げながら黒のシャツにジーンズを履いた勇太は言う。その顔には伊達眼鏡が掛けられており普段よりかは大人しい印象を他に与えた。

「わたくしは潜入時、遠慮なく『魔眼』を使用させて頂きます。これにより変装と同じ効果を齎す事が可能ですわ。まあ、念の為制服だけは避けさせて頂きましたし、髪も結わえてみましたけど」

 アリスは自分の行動を先に宣言し、己の瞳――魔眼を収めている瞼へとその指先を滑らせる。彼女の格好は動きやすい私服着用かつ髪を結っているだけだが、魔眼の能力が相手に利けば変装せずとも、というところだ。

「しかしヴィルヘルムさんは元々が外国の方なだけあって、髪色が変わっただけでも結構印象が変わりますね」
「え、そうですか? 私は朱里さんの方が凄いと思いますけど」
「はは、銀の長髪はやっぱり目立ちますからね。それに私の肌の色も。ちょっと苦労したんですよ」

 祐樹もまた普段着を避け、自分なりの変装姿を街にあるガラスウィンドウに写し込みながら隣に立つ男性を見やる。
 現在ヴィルヘルムの格好は黒髪のウィッグを被り、更にサングラスを掛けた格好だ。その瞳には青のカラーコンタクトが入れられておりうっかりサングラスを外されたとしても直ぐには本来の瞳の色はばれないようにしている。
 朱里に至ってはまず銀の長い髪の毛をキャップの中に隠し、黒パーカーとジーンズを着用し、普段のアジア系統の民族衣装から外した。更に普段顔に施しているフェイスメイクも今はせず、ファンデで小麦色の肌を誤魔化しに掛かっていた。

 変装が必須だと武彦に言われている面々はこうして各々が出来る範囲での変装を終えると、武彦より流して貰っている情報を元に潰した幹部が現在住んでいる場所――、その高層マンション近くにて現在潜伏中である。

「とりあえず遠距離サイコメトリーで近辺をサーチしてみましたけど、今のところこっちに敵対心を持っている人物は居ませんね。あ、でも対象っぽい人物の気配は草間さんから教えてもらった部屋から感じます。あとソイツの周囲に数人取り巻きっぽいのが」
「今在宅中か。うーん、不在時に侵入した方が問題は少ないですよね。この時代、パソコンを持っていないとは到底思えないからそれを直接弄って情報を得たいんですよ。ハッキングも出来ない事は無いけれど、欲しいデータが紙媒体だった場合は無駄足だしね」
「祐樹さん、ご安心くださいませ。魔眼を惜しみなく使っても宜しいのでしたら男が居ても問題ありませんわ。いざとなったら皆さんのことを信者と思い込ませましょう」
「私も暗示が使用出来ますので乗り込む方が良いというのでしたら協力致します」
「じゃあ、私達はすぐに動くという事で良いでしょうか。どっちにしても私個人の意見としては男の口を割らせるのは無理かなとも思うですが……意外といけるかな?」

 勇太が精神感応力(テレパシー)にて事前に今どこに誰が居るのかサーチし、それを皆に伝える。
 武彦から住所を貰った時点で直ぐに祐樹はそのマンションの地図を入手に走った。それを今手元で広げ、勇太が指を差して居場所を教える。当然一般人も住居しているためあまり不審な動きは出来ない。

「本来なら何時から何時までいないとか探れれば良かったんですが」
「お、探索の基本。手袋が出て来た」
「当然用意しますよ。予備がありますので要りますか?」
「お借りします」
「祐樹さん達は?」
「俺も探偵なんでね。手袋は常備してるよ。気持ちだけ受け取っておこうかな」
「わたくしは美術商人の娘ですから常備しておりますわ。芸術品を触れるにも手袋は必須ですの」
「私も仕事柄こういう事は慣れているので大丈夫ですよ」
「……う、俺だけ持っていなかった……」
「普通は常備してませんから――はい、勇太さんどうぞ」
「本当に有り難くお借りしまーす」

 朱里がきゅっと手袋を装着するのを見て勇太が感心する。
 しかし他の面々もやはり一般人ではなく、結果的に彼だけが指紋を残す危険性があるという事で朱里から素直に予備の手袋を受け取り手に嵌めた。

「では行きますか。まずはエントランスに絶対にある防犯カメラが問題か」
「あ、それは俺が数秒だけノイズ走らせますのでその隙に入って下さい」
「OK」
「どうせオートロック式なんでしょう? エントランスに関しては一般住人でも構いませんわ。入れ違いに催眠を掛けて開かせたところをお邪魔いたしましょう」
「危害が加えないで済むならそれが一番良いですね」
「祐樹さん、エントランス以外に防犯カメラがある場所は?」
「エレベーターを除いたらこことここ。いける?」
「じゃあ、そっちはノイズじゃなくって風のぶれっぽく仕組んでみたり色々手を尽くします」
「頼んだよ」

 侵入経路と作戦が決まると皆顔を上げ、呼吸を合わせる為頷きを一つ交し合う。
 念の為マンションに侵入する時は全員一気にではなく、二手に分かれるという形を取る事も忘れない。防犯カメラが設置されているのはマンションだけではないのだ。街のどこに自分達の姿が映るか分からない以上慎重に事を運ぶ。

 二手に別れ、やがて勇太が中から一般住民が出てくるのを感じ取ると合図を送る。
 同時にカメラにノイズを走らせ画面に映らないように仕組んだ。一般住民の前にアリスが立ち、「ごめんあそばせ」と一言告げ魔眼を使用する。「誰も通りかからなかった」と素早く催眠を掛けて思い込ませ、今にも閉じようとする扉をヴィルヘルムが掴み開くと全員が素早くエントランスを通り抜ける。この間僅か五秒程度。
 そのまま降りてきたばかりのエレベーターの中に全員で乗り込み、目的の階のボタンを押す。一番最初に乗り込んだ勇太はエレベーター内に設置されているカメラに対してサイコキネシスを使い、そのカメラに繋がっている線をショートさせる形で断ち切った。
 ――暫しの間沈黙の時が訪れる。

「あ、降りる時ちょっと注意かも。人がいる」
「了解。では次は私が暗示を掛けます。アリスさんの魔眼は取り巻きの方に使用して下さい。そちらの方が強い能力を持っていらっしゃいますから、私達の安全に繋がります」
「分かりましたわ。わたくしも連続使用よりその方が嬉しいです。お互い協力しあいましょう」
「皆さん、エレベーターが止まりますよ」
「では――」

 到着のベルが鳴り、自動的に扉が開く。
 勇太が忠告した通り、其処には一般の女性住人が立っており一瞬びくっと驚いた顔をした。だがヴィルヘルムは素早く言葉を使って暗示を掛ける。

「『貴方は何も見ていない』『ただエレベーターが開いた瞬間鏡にいつもより美しい自分の姿が映って驚いただけです』」
「……私は何も見ていない。ああ、びっくりした! 私今日こんなに気合入れてたかしら」

 ヴィルヘルムの暗示が掛かった女性はすっかりエレベーターの背面に取り付けられた鏡に映った自分の姿に驚いたと思い込み、ついつい奥の方へと身体を滑らせ鏡面に映った自分に集中し始める。その脇を全員すり抜け、勇太はまたしても廊下に取り付けられている防犯カメラに対してサイコキネシスを飛ばし、あくまで自然に自分達が映らないよう仕組む。

「美しい自分って……」
「女性には魅力的な言葉でしょう?」
「実際あの女の人これからデートみたいだったから良いんじゃないっすかー。お、そろそろ目的の例の幹部の部屋だ。えーっと中には問題の男と取り巻きが……三人か」
「此処から先が本番ですね」
「まず扉を開くところから始めましょう。結構強制的にここまで上がってきてしまいましたから中から穏便に開くとなると」
「サイコキネシスで鍵自体は開けますよ。でもその瞬間ばれるとは思いますが」
「そこはもう気付かれたらわたくしの魔眼とヴィルヘルムさんの暗示連発でいいんじゃないかと思っておりますわ」
「でもどのように暗示を掛けます? 私の暗示は言葉に乗せて使うものですから明確な発言が必要なんです」
「そうですわね。わたくしは『自分達は貴方達の団体の信者』だと思わせようかと思っております。いかがでしょう?」
「あ、それだったら一つお願いしたい事があるんだ」
「なんですか、祐樹さん」
「信者は信者でも幹部クラスの人間に見えるようにして欲しい。こっちも口調とかには気を使うけど、相手の方からぺらぺら喋ってくれる方が楽だからね」
「ではそのように致しましょう」

 アリスとヴィルヘルムが顔を合わせ頷きあう。
 勇太もまたイメージトレーニングを兼ね、部屋に辿り着くまでの間シュミレーションしていた。祐樹と朱里はそんな三人の後ろへと控え部屋侵入のタイミングを待つ。
 此処から先は敵の領域。情報を入手し、持って帰ることが目的だが、敵のテリトリーに踏み入るのだから危険性は上昇している。バイクでの襲撃を考えると向こうもこちらの顔を知っている可能性が非常に高いのだ。緊張感が走る。

「開けます――!」

 カチャリ、と内部で勝手に鍵が開く音が皆の耳に届く。
 それは当然中に居た人間の動揺を煽った。早足で掛けてくる足音。距離が近くなったお陰で勇太には鍵を確認し動く人間の姿が綺麗に視えている。屈強そうな男が訝しげに鍵を見て、懐から何かを取り出す。他の二人の取り巻き達に合図を送り、戸に身体を沿わせながら外を確認しようとする――その手には、拳銃がはっきりと見えた。
 同時に勇太はジェスチャーで自分の懐に手を入れる仕草をし、それを伝える。更に指を立て、扉の傍に一人、奥に二人居る事を知らせた。

 やがて、扉が開く。
 一人の屈強なスーツ男が拳銃を突き出し、自分達の姿を見つけると発砲しようとした。だがそれを勇太はサイコキネシスで押さえ、ヴィルヘルムとアリスが飛び出す。

「わたくしの目を見て、どうか落ち着きなさい。見覚えがありますでしょう? 忘れましたの」
「『私達は貴方が護る人と同列の幹部とそのボディーガード』『思い出したならその拳銃をすぐに下ろして下さい』」

 二人同時に暗示を掛ける。
 その範囲は広く強力で、拳銃を向けていた男は「し、失礼致しました!!」と敬礼した後、慌てて拳銃を懐の中にしまい込んだ。そして奥で警戒している男達にも拳銃を下ろすよう指示をする。この時点で取り巻き三人の意識をヴィルヘルムとアリスの影響下に置く事に成功すると、祐樹達に出てきても大丈夫だと合図を送った。

「一体何事だ!」
「はっ、『K』が訪問されました」
「何!? それは本当か」
「はい、今お連れ致します」

 中で目的の男と取り巻きの一人とが会話する声が聞こえてくる。
 どうやら自分達は『K』という人物とそのボディーガードであると見事に認識されたようだ。

「この場合、まずアリスさんに前に立ってもらった方が良いでしょうね」
「誰を『K』だと思わせましょうか」
「じゃあ、アリスさん自身を。難しそうなら俺が引き受けます」
「そうですわね……ではわたくしがその『K』の役目を引き受けましょう。そして祐樹さんはその直属の部下。あと勇太さんもサイコメトリーが使えますし、バックアップ要員という事でボディーガードという暗示を掛けますわ」
「「「OK」」」
「中を探らせてもらう間は探索する方の姿は記憶に残さないという催眠を施します。思う存分探ってくださいな」

 この会話は取り巻きに案内されている間行われているものだが、彼らにはどうやら『K』とその部下が拳銃を向けられた事に対して怒りを覚えていると見えているらしい。
 機嫌を取り繕うような言葉が掛けられ、「中へ」と案内される。
 アリスを先頭に進むが、いつでも盾になれるようヴィルヘルムがその隣に立つ。
 安心しきったのか、目的の男は自分達に背を向けていた。だがやがて彼は振り返り――。

「『K』、先日の一件だが――なっ、お前達何者だ」
「お忘れですの? 貴方とお仲間ですのに――わたくしは『K』」
「――……な、んだ……と」
「思い出してくださいませ。わたくしが『K』ですわ」
「…………ああ、すまない。少し気を張りすぎていたようだ、『K』」
「ふふ、突然の訪問失礼致しました。でも少し確認したい事がありまして参りましたの。お時間を頂けます?」
「出来れば事前連絡は欲しいものだがね。まあいい、そちらのソファーに座りたまえ。話を聞こうじゃないか」
「ええ、だからこそこうして『わたくしと直属の部下とボディーガードだけ』がこちらに参りましたのよ」
「二人だけで動いて大丈夫なのか。しかもボィーガードが一人しかいないとは」
「優秀なので問題ありませんわ」

 最初こそ自分達を敵だと認識していた男だが、容赦なくこの場所に存在しているのは『K』と『直属の部下』、そして二人を護る『ボディーガード』だけという暗示を掛けられる。
 男に案内され、アリスと祐樹と勇太三人がガラス製のローテーブルが置かれたソファーへと行く。見事彼女が残り二名の存在を消し去った事を知ると、朱里とヴィルヘルムは部屋の探索に入った。尋問は三人に任せておけばいい。自分達は『隠された何か』を探しに掛かる。
 取り巻きの男達もソファーの方へと行き、男の傍で直立不動で立つ。その目に二人の姿は映り込んでいない。

「ではここからは私達の番ですね。ヴィルヘルムさんはどこを探します?」
「私は定番の机を探ってこようかと」
「なら私はファイルが入っている棚と念の為ビデオケースやDVDケースのある方も探してみます」
「何か見つかる事を期待して」
「私の運のよさが此処で発揮されると良いんですけどね」

 朱里がくすっと一つ微笑み、片手を振りながら棚の方へと足を運ぶ。
 棚の前に立つと改めて指紋を残さないようきゅっと手袋を強く嵌めこみながら一つ一つ丁寧に探し始める。取り出しては仕舞い、取り出しては仕舞い。探しているのは団体に関する情報。リストが目的だが、もし他に何か重要な情報が手に入れば持って帰ろう。朱里はそう考えながら、真剣な眼差しで一つ一つ目を通す。
 だが十分ほど経っただろうか。その時点ではファイルは男が関わっている会社の仕事に関するものばかりで怪しいところは一切見つからない。
 ちろっと男とアリス達の方を見やる。
 そちらはまだ談笑段階のようで、あまり重々しい雰囲気ではなかった。
 どうやら『K』と男は対立しあっている仲ではない様で、彼は『K』へと穏やかな口調で話しかける。そしてアリスや祐樹がそれに柔軟な対応を取っている事から、まだ本題を持ちかける段階ではないようだ。

「おや」

 ふと朱里は言葉を漏らす。
 ファイルから本の並びへと探索を移行した時に彼はそれに気付いた。今手に取った一冊の蔵書がやけに軽い。ふむ、と彼は一つ頷いてからそれを開く事にした。
 中のページがくり貫かれたそれは蔵書に見せかけた『箱』。その中に納まっていたのは一枚のCDで当然ラベルはない。明らかに不信なものを発見したのは良いが、これが何なのかは分からず、朱里は首を傾げた。

 足音を立てぬよう気を配りながら朱里はヴィルヘルムの方へと足を運ぶ。
 成果を聞けば彼の方は「残念ながら」と首を振った。やはり机にぽんっと重要機密を置くほど敵も馬鹿ではないらしい。朱里のほうは先程見つけたCDを見せ、どうしようかと彼に相談する。机の上にはパソコンも有り、それを使用すれば中身を見る事が可能だろう。だが今それを行っても大丈夫なのか、二人は顔を見合わせしかめた。流石に機械には暗示が掛けられないため下手すれば使用ログが残ってしまう。
 ところが――。

「リスト? そんなものをどうするんだ」
「改めて確認したい事があるんです。どうやら内部に裏切り者がいるようなんですよ」
「――あの男ならもう処分したはずだ」
「あの男ではなく、別の、です」
「今わたくしの手元にはリストがありませんの。ですからこちらに参らせて頂いたのですわ」
「……そうか。馬鹿な部下のせいで追われている身も辛いものだな」
「上に立つものはその分責任も負うもの。身動きが取れないよりかはマシですわ」
「分かった。こっちに来い。データ自体はやれんが見せることは可能だ」
「どうも有難う御座います」

 男との会話で重要なキーワードが出る度に勇太はサイコメトリーでそれが「真実」なのか探った。
 嘘をついていてもこれならば勇太には一瞬で見抜くことが出来る。男は立ち上がり、己のデスクへと移動する。これにはそこにいた朱里とヴィルヘルムが慌てるも、動きは極めて冷静なまま物音一つ立てぬまま机から離れ、先程朱里が探っていた本棚の方へと身を寄せる。こんなにも堂々と動いていても、彼らには朱里とヴィルヘルムの姿は認識出来ない――重ね重ね掛けられたアリスの魔眼の力を思い知る。

 男が自らパソコンの電源に触れて立ち上げ、ややしてからマウスを弄って何かのリストを引っ張り出してくる。
 途中パスワードが掛かっていたのも見えたが、そこは男自らロックを外してくれる。やがて現れたそれを『K』へ――アリスと祐樹達に見やすいようモニターを傾けてくれた。
 其処に在ったのは先日アリスが入手したものよりか遥かに詳細情報が書き込まれた団体の構成員リスト。
 二人は勇太へと顔を向ける。
 勇太はそれが「本物」であると男の精神から知り、OKの意味で親指と人差し指をくっつけた。

「そうだ、『K』。例の草間 武彦という男の件だが――処分出来るな?」
「――裏切り者の方が先ですわ」
「いや、そちらは構成員の中に居るというなら後でも構わんだろう。出来ないのか」
「それは……」
「可笑しいな。いつもなら「処分」となると楽しげに応えるお前が」

 その時、男の中に不信感が芽生えている事を勇太は知る。
 まずい、と彼は判断し、アリスと祐樹の肩を掴み手早く後ろへと引いたその瞬間、男が懐の中に素早く手を入れ銃を取り出す。
 ――その発砲に迷いは無かった。

「っ――!」
「勇太さん!」
「貴様ら……『K』ではないな! お前達、こいつらを捕らえよ!!」
「不信感の方が勝ちましたのね。こうなっては意思の強さは向こうの方が上、暗示は効きませんわ」
「では逃げますか」
「当然ですわ」
「では、失礼!」
「何を――うわぁああ!!」

 祐樹は隠し持っていた催涙スプレーを男に思い切り吹き掛け、足止めをする。
 突然の『K』とその部下達の行動に取り巻き達も正気を取り戻す。しかしまだ不信感を抱いたのは目の前の三人だけのよう。部屋の隅に居るヴィルヘルムと朱里へは意識が向いていない。
 発砲された弾は勇太の肩を抉り、そこから鮮血が溢れ出す。血を落としてはまずいと勇太は手で必死に傷口を押さえ、そしてぎりっと歯を噛んだ。そして痛みに耐えながら祐樹とアリスに向かって叫ぶ。

「俺に捕まって下さい! 飛びます!」
「――っ、了解!」
「お願いしますわ」

 勇太の声に即座に反応した二人は彼の身体へと己の手を触れさせる。
 それを確認した後、勇太はテレポート能力を使用して外へと『飛んだ』。急に場から消えた三人に、男達は動揺し拳銃を持った男はダンッと強く机を叩き、喚く。催涙スプレーが効いており、その目には涙が浮かんでいる。

「あいつらを逃がすな! 草間の手の者に違いない!!」
「はっ!」
「くそっ、向こうにも能力者持ちが居たとは――」

 慌しく取り巻き達が出て行き男一人が残された部屋の中、彼は机の前の椅子に深く腰掛けながら目を擦り上げる。
 ――否、そこにはまだもう二人存在していて。

「『貴方はそのデータをコピーし、他に移さないといけない』」
「――!?」
「『見つかっては危険』」
「……くそっ、漁られていないだろうな!」
「『このパソコンはもう危ない』」
「パスワードを掛けていたとはいえ相手は能力者……っ、この件がばれたら私は――」

 囁く声。
 それは見えない敵からの最後の襲撃。
 男は次第に強迫概念に駆られ、今しがた乗り込んできた者達の事を考えるとデータをこの場所においておくのは危険だと考える。
 だから彼は動いた。決して無理強いではない自然な流れの暗示だったからこそ、淀みなく伝わるその言葉。
 そうして男はまんまとヴィルヘルムの暗示に掛かり、パソコンからリストをUSBメモリーにコピーしてしまう。

「私達が出て行く間だけ寝ていてくださいね」

 最後にヴィルヘルムは男の手からそれをすっと抜き取ると、朱里はそっと男に符を張り眠りへと誘う。符自体に少しだけ趣向を凝らし、後ほどそれは燃え尽きるように仕組む。これにより符から朱里の存在が気付かれる事はない。
 こうしてCDを入手した朱里は傭兵であるヴィルヘルムに導かれながら防犯カメラに映らないギリギリの死角を利用して移動し、やがて非常階段の方から降りて他のメンバーと合流する事にした。

■■■■■

「朱里ーっ!!」
「え、英里!?」
「こ、怖かったのだ!」
「何があったんですか、一体!」

 時は夜七時頃。
 待ち合わせである公園の休憩所に辿り着き、朱里の姿を見つけると英里は彼に一直線に抱き付きに走る。朱里はそんな彼女をしっかりと抱きしめて背を擦る。小刻みに震えている彼女に何があったのか――死んだ付与術師のアパートに調査に行った弥生とセレシュに彼は説明を求めた。
 当然二人は一連の流れを皆に話す。

「うちらの方にバイクの奴が来よったんよ。んでな、英里さんそいつの気にあてられてしもたみたいでなぁ……」
「変装のお陰でなんとかすれ違っただけで済んだのだけれど、変な行動を取っていたり、変装してなかったら気付かれていたと思うわ」
「ほんっとーに怖かったのだ!」
「そんな事が……。こっちも勇太さんが銃に撃たれて負傷したんです。今治癒符で何とか押さえていますが」
「銃って……じゃあうち治癒魔法掛けに行く!」
「私も行くわ。朱里さんは英里さんを落ち着かせてあげてね」
「分かってますよ。ほら、英里。もう私が傍に居るから安心して」
「ぅ、うう……」

 セレシュと弥生が奥へと進む。
 そこには肩を押さえた勇太の姿が在り、その肩口を染める血液の量にまず二人は目を丸めた。一瞬取り乱しそうになるも、そこは治癒魔法を使う者としてすぐに冷静さを取り戻すと二人で魔法を当てに掛かる。

「――いてて……一応弾丸は抜けてるし、直ぐに朱里さんが治癒符張って下さったんで問題ないと思うんですけど」
「勇太さんはわたくしと祐樹さんを庇ってくださったんですの」
「バイクの時といい、今回といい……本当に申し訳ない気持ちです」
「仕方ないですよ。あの時男の感情探ってたの俺なんで、真っ先に気付いたのは俺でしょ。身体が動いちゃったんですから仕方ないですってば」
「ヴィル、貴方は大丈夫なの?」
「怪我を負ったのは勇太さんのみだよ。……その一発が大きいけどね。悔しいな」
「一体何があったん?」
「武彦さんがそろそろ来るはずだからその時に纏めて――あ、来た。おーい!」

 祐樹が零に連れられてやってくる小さな武彦の姿を見つけると片手を挙げた。
 服装は流石にアリスが持ってきたものではなく、セレシュが以前渡したシャツとズボン姿。彼もまた英里と勇太の様子を見ると非常に苦々しい顔付きを浮かべた。

「……負傷者は勇太のみだな。怪我の具合は?」
「皆で治癒符や治癒魔法かけまくっとるから後遺症とかは残らんよ。傷はうっすら残るかもしれんけどな」
「その程度で済むんだったら全然問題ないっすよー」
「それで、団体の構成員リストは手に入ったのか」
「それは私が持ってます。はい、草間さん」
「あ、あと私が何かのCDを見つけたんで誰か見てもらえませんかー?」
「CD?」
「あ、それ俺が見ます。ハッキングも考えていたんでノートパソコン持って来てあるんですよ。乗り込むって決めた時は潜伏してた場所に隠してたんですけどね」
「じゃあ、それはあとで見よう」

 ヴィルヘルムからUSBメモリーを受け取り、祐樹へと流す。
 彼は己のノートパソコンを起動させるとUSBメモリーからリストをコピーし、皆に見せる。顔写真付きのそれは確かに本物だ。

「こっちはあと『K』という男が幹部クラスにいることが判明致しましたのよ。同じ幹部クラスの人間として対面するという暗示を掛けましたところ、男からそう呼ばれましたの」
「『K』? 祐樹、該当しそうな人物はいるか?」
「イニシャルっぽいんですよね。……うーん、ざっと見た感じでは結構いる、かな」
「幹部クラスだぞ」
「分かりました、探してみます。ついでにCDも読み込んでっと――あ、武彦さんは話の続きをどうぞ」
「じゃあ、付与術師の方に行った三人の報告を聞こう」

 祐樹がリストを探り、武彦が話を進める。
 治癒に当たっている弥生と何かに怯えている英里には話を聞くのは難しそうだったため自然と説明はセレシュへと求める事になった。

「これ、見つけたで」
「これは?」
「トルコ石の欠片。ちょっと念読んでみたんやけどな。それどうやら以前の依頼人やって言うて例の男の奥さんの持ち物っぽいねん。勇太さんやったらもうちょい綺麗に読めるんやないかと思うてんねんけど……」
「あ、俺読みます」
「無理せんときや」
「読むだけなら肉体使わないんで大丈夫ですよ」

 袋に入れられた石を受け取りながら勇太はそれをサイコメトリーする。
 やはり完全には治り切っていない肩の痛みが邪魔するのか、少し時間が掛かるようだ。

「他には?」
「付与術師が付与術行ってた場所見つけたで。直接その場所行ってきたから間違いない。住所かいたメモはこれな」
「助かる。こっちは俺というより蓮が知りたがってたからな。……しかしトルコ石か。繋がりそうだな」
「うちらの成果はこんなもん。むしろええ感じやと思うわ」
「――あの、一つだけ気になった事を聞いても?」
「なんや、ヴィルヘルムさん」
「バイクの男が現れた時間っていつですか」
「えーっと五時手前くらいやな。状況が状況や。はっきり確認しとらんから五分くらいは誤差はあるかもしれんね」
「……やっぱり」
「どゆことや?」

 ヴィルヘルムは腕を組みながら険しい顔付きで考え込む。
 言い出しにくそうにするも、やがて彼は口を開いた。

「それ、私達が相手に気付かれた後の時刻です」
「は?」
「相手への暗示が切れて、データを入手した私達全員が逃走した時刻が午後四時半頃」
「男が探せと喚いていた時刻を考えますと三十分以内――移動距離としては一致いたしますわね」
「じゃあ、何か。そっちで問題が起きたからあのバイクの男はこっちのアパートに来た、と」
「その可能性は高いですね」
「……ホンマ、ぞっとするわ」

 セレシュがふぅっと長い息を吐き出す。
 もしもあの時の選択を間違えていたら確実に戦闘だっただろう。そうなった場合負傷者は勇太だけじゃなくもっと増えていたかもしれない。
 やがて勇太がトルコ石のサイコメトリーを終え、唇を開く。
 やはりそれは男の妻の物だったらしく、「誕生日のプレゼント」だったらしい。

 男の妻の形見であるトルコ石のネックレス。
 それが付与術師の手に渡る方法は一つしかない。
 間違いなく例の付与術師は団体に貢献していた。呪具を作るという目的で――。

「あ、さっき朱里さんから貰ったCD-ROMなんですが、動画ファイルが入ってる」
「開けるか?」
「大丈夫です。再生しますか?」
「頼む」
「じゃあ」

 言いつつ祐樹が再生ボタンを押した。
 その瞬間、ノートパソコンの中に表示されたのはどこかの室内。覗き込んでいたセレシュが「あ」と小さな声をあげる。それは付与術師のアパートだったからだ。
 其処には二人の人物が立っている。
 一人は死んだ付与術師。外見は皺が深く刻み込まれた老人だが、足腰などはしっかりしておりとても脱水症状から死亡したとは考えにくい。そんな彼が何かに怯えている姿が映し出されている。

『勝手な行動で規律を乱されちゃ困るんだって』
『ひぃっ――!』
『曰く付きのもん沢山売ってる店だっけ? あそこにアンタが作ったもん持っていって結構高く評価されたって聞いたよー。なのにアンタの事見出してくれた団体にまさかこんな、ねぇ』
『毎日毎日小物ばかり作らされて……わしかて自分の力を試したって……っ!』
『ああん? でもよー、場所も提供してもらって、材料も提供してもらってー、良い事尽くめだったっしょ? なのに男そそのかして腕輪を付けさせるってどゆ事? 馬鹿なのかアンタ』
『知らん! わしは知らん!』
『あー、ネタは上がってんだよねぇ。いやね、アンタの付与術っつーの。それは皆認めてたよ。でもそれで思い上がっちゃ困るってーの。しかしあの男もバカ。アンタもバカ。よりにもよってあの草間相手だぁ? 上のお偉いさんがね、かーなーり迷惑するわけですよ。――つーわけで死ぬといいと思うよ』
『――何を!?』
『ああ、アンタの能力は高くたかぁーく評価してやるよ。自分の作ったもん身を持って味わえば?』
『うあぁ、ぁぁあああああ!!!』

 腕を捻り上げられてカシャンッ、と軽い音と共に老人の手に取り付けられる腕輪。
 途端、崩れる老人の身体。取り付けた人物は明らかに男だが、その頭部はメットで隠されており、どういう顔付きをしているかは分からない。
 「ひぃっ!」と英里が朱里の腕の中で震えだす。アパートに訪れた時から彼女が感じていた何か――それの正体が動画によって明らかとなる。
 彼女は確かに感じ取っていた。男の無念を。
 そして腕に取り付けられた呪いの残骸を。

「……早送りします」

 動画の右端に刻まれている数字が時を刻んでいく。
 倒れた付与術師の身体が徐々にカラカラになり、棒切れのように変化していく様子が目に入り祐樹は眉を顰めてしまう。
 その原因は動画の日付。それは今月今週の水曜日――つまり昨日を示していたからだ。
 やがてその動画は最後に戻ってきたらしい男が腕輪を外して証拠を隠滅し、その手がアップで映し出された後、プチンっと切れた。
 日付は今日の午前三時頃を示して。

「死を持って贖え、って事か」
「ホンマ気持ち悪いなぁ、コイツ」
「蓮に連絡しないとな。アンティークショップに持ち込まれた例の腕輪の製作者が分かったと。……もう死んでいるが」
「そして付与術師はやっぱり自分の力試したかったんやね。でも依頼人の男が草間さんに運悪く付けた事によって制裁されてもた、と」

 暫しの間誰もが何も言えなくなった。
 その間、祐樹は無言で団体構成員リストをスクロールし、そして彼は見つけてしまった。

「気持ち悪いですね、この団体」

 偽名を使っていた付与術師の顔写真の上に大きく張られた赤い×の記号――そして「LOST」の文字。

 武彦は己の頭が酷く痛むのを感じながら、皆に解散の言葉を告げた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】
【7348 / 石神・アリス (いしがみ・ありす) / 女 / 15歳 / 学生(裏社会の商人)】
【8538 / セレシュ・ウィーラー / 女 / 21歳 / 鍼灸マッサージ師】
【8555 / ヴィルヘルム・ハスロ / 男 / 31歳 / 請負業 兼 傭兵】
【8556 / 弥生・ハスロ (やよい・はすろ) / 女 / 26歳 / 請負業】
【8564 / 椎名・佑樹 (しいな・ゆうき) / 男 / 23歳 / 探偵】
【8583 / 人形屋・英里 (ひとかたや・えいり) / 女 / 990歳 / 人形師】
【8596 / 鬼田・朱里 (きだ・しゅり) / 男 / 990歳 / 人形師手伝い・アイドル】

【登場NPC】
 草間武彦(くさまたけひこ)
 草間零(くさまれい)
 碧摩蓮(へきまれん)

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、今回は「LOST」の第三章に参加頂きまして有難うございました!

 今回は侵入調査。それも二箇所と言う事で本当にお疲れ様でした。(深々と礼)
 ノベル内容は調査で分かれた状態にしてありますので、二つのノベルをお楽しみ頂ければなと思います。そうすればより深く状況が読み込めるかと。

 結果としては全ての目的は達成。
 綺麗に皆様逃走プレイングで揃っておりましたので、負傷も予想していたより格段と少ない結果となっております。

 本物のリストも入手出来、更に付与術師の死亡の謎も明らかになりました。
 そして付与術師がどのように動き、草間さんに繋がったのか。
 トルコ石がどんな風に関わっているのかも明らかとなり、事件の全貌が見えたかなと思われます。
 ただし改めてはっきりしたバイクの男の存在と『K』という人物が居ますのでご注意を。

 今回のLOSTは「付与術師の死」。

 次回も参加頂けましたら嬉しく思います。ではでは!

■工藤様
 今回はかなり小さな事から大きな事までお仕事して頂きました!
 サイコキネシスとサイコメトリー強い! 今回は、というか状況的に幹部の男の状況に一早く気付けるのが工藤様のみだった為今回も負傷という形となりました。が、治癒能力保持PC様より全力で回復して貰って下さい!! 傷は男の勲章とか……言ってみたり。

カテゴリー: 01工藤勇太, 蒼木裕WR(勇太編), LOST |

LOST・2―記憶探し編―

「蓮曰くすぐに戻るものじゃなくて徐々に戻る可能性があると言っていたから一日待ってみたが……やっぱり戻らんな」
「五歳児の姿から全く変わってませんね。どうしましょう」
「徐々に若返ったなら徐々に元に、と期待していたんだがな。くそ」
「お兄さん、記憶の方はどうですか? 何か思い出せましたか?」
「……あー」

 武彦は興信所の応接間に置いてあるテーブルに広げた資料へと必死に目を通す。
 それはここ最近この興信所に舞い込んできた依頼書達で、昨日協力者達によって集められた、整理されたものだ。人探しに猫探し、浮気調査等など、「怪奇探偵」と呼ばれながらも怪奇系を極端に嫌う武彦にしては珍しく怪奇系の依頼が舞い込まなかった時期だと、そう安心していたのに――この低落ぶり。
 ふと武彦がある一枚の解決済みの依頼書を手に取る。続いて依頼人の顔写真が載った資料をその場に広げた。

「――ちょっと待て。この男」
「何か見つかりました!?」
「コイツだ。この男と逢ったような気がする。だが、コイツはただの物探しの依頼人だったはずだが……」
「何を探していたんですか?」
「トルコ石の付いたネックレス。恋人の形見だとか言っていた」
「ネックレス……最近物探しも多かったですからね。でもこれは確か泥棒に入られた人で、質屋に流れそうになった時点であっさりと差し押さえる事が出来て、解決しましたよね」
「……あー、それで、確か。改めて礼を、言いたいとか、……もう一件依頼したいとか……いや、それは別の依頼人のはずで……くそっ、記憶にもやが掛かっていて上手く流れが掴めねぇ」

 武彦は男の写真を睨みながらなんとか記憶を探ろうとする。
 だが途中で何か遮られ、記憶は空白となり、目覚めた直後に飛んでしまう。そんな兄の苦悩する態度に零は心配そうに寄り添い、子供姿の武彦の肩に両手を乗せ落ち着かせに入った。
 精神年齢は元のままだが、外見は五歳児。
 今は肉体的に非常に頼りない状況にある。零はぐっと気を引き締めると小さな兄に向けてこう言った。

「その男の人のことはともかく、今はお兄さんの記憶を取り戻せるよう皆さんに協力を頼みませんか。男性の方はその後でも良いじゃないですか」
「……零」
「もしかしたらこの男性は本当に関係ないのかもしれませんしね」

 その時零が浮かべた笑顔に落ち着きを取り戻し、武彦は「そうだな」と同意の呟きを零しながら今一番傍にいる彼女へ自分も精一杯の笑みを返した。

■■■■■

「まあ、これはこれで可愛い」
「あのな、アリス……」
「ふふ、草間さんのそんな姿が見れるだなんて、思わず……」
「待て、お前の魔眼の『力』はこんなところで使うべきものじゃないだろう」
「残念ですわ」

 開口一番武彦へと感想を述べたのは石神・アリス (いしがみ・ありす)。
 昨日の一件では関わっていなかったが、連絡を受けてこの興信所へと足を運んできてくれたさらりと伸びたストレートの黒髪が美しい十五歳の少女だ。そんな彼女の能力は『魔眼』と呼ばれるその瞳。彼女と視線が合ったものは催眠もしくは石化状態に陥らせる事が可能という恐ろしい能力持ちだ。それゆえに武彦は手を立てストップを掛ける。

「怪奇探偵の次は小学生……、いや幼稚園児探偵かいな」
「おい、あのなぁ。セレシュ」
「んー……とりあえず、飴ちゃん舐めとく? 口元が物寂しそうやし」
「貰うけど」
「ヘビースモーカーは大変やねぇ。ほい」

 セレシュ・ウィーラーはその長いウェーブ髪を少しかき上げながらポケットから飴玉を出し、今はとても小さい武彦の掌の上に乗せた。
 そんな彼女と武彦の間に若干興奮気味な高校生――工藤 勇太(くどう ゆうた)が顔を覗かせる。しかし口を開く時にはその顔はきりっと引き締め、いたって真面目に――。

「草間さん。あれやって」
「何を」
「見た目は子供! 頭脳は大人! その名は……いでっ!」
「色んな意味で黙れ」
「あ、でも思ったよりかは全然痛くない。五歳児だもんなぁ……く、草間さんがご、五歳児……ぷふっ!」
「なら次は全力で殴るか」
「えー……地で行ってると思ったのになぁ」

 幼児化してしまった武彦には当然ながら現在肉体的攻撃力はない。
 ゆえに勇太はにやにやと笑いながら武彦の攻撃を甘んじて受ける。しかしそんな勇太と武彦のやりとりを見ながら長い銀髪を持つ少年、鬼田 朱里(きだ しゅり)は同感だというように深く頷きを繰り返す。

「私だってあの漫画を思い出しました」
「朱里、お前まで」
「大人だった名探偵が子供になった例の漫画……それを現実で見ている気分ですよ」

 遠い目をしつつ、彼は言う。
 そして自分の大事な人である少女、金髪の三つ編みが良く似合うゴスロリ服を着た人形屋 英里(ひとかたや えいり)へと視線を滑らせた。英里は現在進行形で「記憶喪失」を負っており、今自分探しの途中だ。それを思うと武彦の今の状況はまるで英里と自分とを見ているようだと朱里は思わざるを得ない。
 さてそんな風に視線を向けられている英里だが、先日大活躍した子守人形の回収を行っていた。

「元に戻らなかったか……」
「その人形は本当に助かったぞ。有難うな」
「役立ったなら良い。念の為に幾つか置いていったが、その後壊れていないという事は草間さんに呪いが残っていなかったと確認出来たし、本当に良かったと思う」

 溜息を吐きつつも英里は小型トランクの中に子守人形を綺麗に仕舞い込む。
 武彦を見る時どうしても眉をひそめてしまうのは、己が現在進行形の記憶喪失という点からどうしても他人事とは考えられないためである。先日判明した術式の中に含まれていた「記憶欠如」が残っているのだろうと、そう考えながら彼女は片付けを進めた。
 その途中セレシュが人形に興味を示したので、彼女は一つだけそれを手渡してトランクを閉めた。さて付与術師でもあるセレシュは子守人形を眺め見ながら残りの面々へと視線を滑らせる。
 そこにはもう一人魔術を使う女性、弥生 ハスロ(やよい はすろ)がソファーに座りながら先日自分が読み取り、零が書きとめた術式の羅列を真剣に眺めている。
 そんな彼女へとすっと氷の入った麦茶のグラスが差し出された。弥生へと簡単な挨拶と共に顔を覗かせたのは、この草間興信所にて依頼の調査から書類の作成まで幅広く活躍している青年、椎名 佑樹(しいな ゆうき)である。

「有難う、佑樹さん。頂くわ」
「そちらは何か分かりましたか?」
「うーん……やっぱりこの術式って分からない事が沢山あるのよね。多分この『記憶欠如』っていう単語が武彦さんの記憶喪失に関係している事は間違いないと思うんだけど……」
「そっち方面は俺は駄目なんで、弥生さん達にお任せ致しますね。俺は今回も興信所を中心にサポートしていこうかと思います。一先ず武彦さんが引っ掛かったって言う依頼人を再調査かな。あと調査中の依頼等可能性が高い順番から調べ直してみます。昨日気付かなかった事も今日なら気付けるかもしれませんし」
「興信所の事は祐樹さんや零ちゃんが調べるのが確実だものね。でも一先ずは、今回皆がどうやって動くか纏めましょうか」

 全員が出揃ったところで弥生が皆に声を掛ける。
 そこで改めて草間兄妹から正式にどういう状況なのか、そして彼らとしてはどういう意向なのか伝えられた。
 武彦は肉体が戻らない場合は最悪腕輪の使用を考える――が、まずは記憶を優先したいとの事。
 零もまた兄である武彦の意思を汲み取り、記憶探しの方を望んだ。
 「状況が許さないのであれば引っ掛かった男の事は後回しでも良い」と、最後にそう付け加えて。

「記憶を戻す方法、か。皆さんだったら真っ先に何を思いつきますか?」
「「ハンマ叩ーでシいョックてを与え直てみるす」」
「――今被った二人、一人ずつ発言をお願いします」
「え、いやいやいや。「ハンマーでショックを与えてみる」なんて冗談でも言いませんよー」
「随分前にそういうのは「叩いて直せ」と友人に聞きましたが……ああ、もちろん却下しますけどね」
「お前ら……」

 武彦はがくりと項垂れ、質問した祐樹も思わずぷっと息を吹く。
 身体能力が高いといっても武彦は「普通の人間」で機械ではないのだから、例えそういう行為によって記憶が戻る可能性があったとしても更なる問題が浮上する事は間違いないだろう。
 言葉が被った二人、勇太と朱里は顔を見合わせ軽く肩を竦めた。

「しかしこう、人形みたいに物に目があり、人と同じように記憶していれば苦労はしないのにな」
「はいはいはーい、じゃあ俺からしたい事言う!」

 英里が己の所有する狐の縫いぐるみを撫でながら「独り言だがな」と呟く。
 すると勇太はその発言に反応し、片手を挙げた。草間武彦を含めて九名もいれば意見が混乱しないために挙手するのはとても賢い。
 そして勇太に発言権が与えられると彼は口を開いた。

「最初にまず、草間さんの中に記憶があるか知りたいんで、潜って良いですか? ああ、いわゆる精神同調っていうヤツですね。で、次に草間さんが気になったっていう男性に逢ってみたいです。直接会うのはマズいかと思うので、その男には精度は落ちるけどある程度距離をおいてサイコメトリーして思考を探ってみたいかな。で、その時にもしも男が黒幕で危険かもしれない事を考えて、出来れば誰かと一緒に潜るか、誰かと意識を繋げておいて危険な時に戻るように呼びかけて欲しいかなーって思ってます。その方が戻りやすいし、一緒に思考が読めて便利っしょ」
「なるほど。しかしそれだけ能力を使うと疲れないか?」
「本当は前回の腕輪と蓮さんが持ってきた腕輪もサイコメトリーしたいんですけど……」
「精神疲労半端ないと思うからどれかに絞れ。昨日あの後倒れてただろ」
「ですよねー。まあ、言うだけならタダなんで、俺はこう言うことがしたいって事で! 以上!」
「次は誰が意見を出す?」
「じゃあうちが」

 勇太が意見を述べ終えると今度はセレシュが手を挙げた。
 セレシュへと注目が変わり、彼女は腕を組みながら自分の意見を述べ始める。

「腕輪の残骸から術式をサルベージできんかやってみる。読み取って貰った中の『反魂』っちゅうのが気にかかる。草間さんを贄に誰か蘇らせようとしたんかな。もしそうなら対象を指定しとるはずなんやけど」
「反魂……死者の蘇りか」
「それと蓮さんに相談して、最近魂狩りの腕輪が取引されたとか創った人がおるっちゅう話が流れてないかとか、記憶に引っ掛かったっちゅうその男がうちと似た様な付与術師として活動しとらんか界隈で調べてみるわ」
「じゃあ蓮には俺が連絡を取ろう。他には?」
「さっきも草間さんには言いましたけど今度は俺が」
「――祐樹か。お前は興信所で調べるって言っていたな」
「ええ、それに加えて今回は時間がありますし、外に出ようかとも思ってるんですけど。興信所で調べた中で武彦さんが訪れる可能性が高い場所にて姿を見かけなかったか聞き込みするか、もしくは警察の方に協力して貰えそうなら町の防犯カメラなどに映っていないか調べたいですね。あ、もちろん動く時は他の依頼に影響させたり草間興信所の信用を落とすような真似は絶対にしないよう気をつけますよ。とにかく俺としては腕輪云々は他の皆さんに任せて、客観的な情報、事実として武彦さんのスケジュールを把握してみる方向を取りたいです」
「分かった。もし協力出来る部分があるなら手を回そう。他には?」

 武彦は今は何でも言えと言うかのように先を促す。
 暫しの間皆が皆、自分以外の動きを窺う様に視線を彷徨わせる。だが此処で意見が止まってしまった。それならば、と武彦は意見を参考に動こうとする。ところがそれを遮るかのようにアリスが手を静かに挙げた。この時まで沈黙を貫いてきた彼女に皆の視線が集まる。
 そして彼女は自分の鞄から一つの封筒を取り出すと、それをテーブルの上についっと滑らすように差し出し、こう言った。

「悪いとはほんの少し思いましたが、草間さんが腕輪を付けられたという日……つまり土曜日の行動ですが、事前調査させて頂きましたわ」
「何?」
「情報も新鮮さが勝負ですわ。わたくしが持っている情報網を使いまして、ある程度は調べさせて頂いておりますの。これはその調査結果」
「……相変わらずお前のツテは強いな」
「お褒めのお言葉有難う御座います。皆様もどうかごらんになって下さい。そこから何か引っ掛かるものがあるのでしたら、これからの行動も定まりやすいでしょうから」

 アリスはふふっと愛らしい笑みを浮かべながら自信を持って言い切った。
 差し出された封筒を開けば其処には何枚かに纏められた調査書に編集されたらしいDVDが一枚入っている。DVDの情報をアリスに訊ね聞けば「草間さんが映っていたもの」だと簡単に返答がされた。

 ――――――――――――――――――――

     「調査報告書」

 18時頃:対象は草間興信所より移動開始。

 19時頃:対象は公共交通機関を利用し、都心へ到着。
      その際一軒の喫茶店に入店。DVD内キャプター1参照。

 同時刻:喫茶店内にて待ち合わせらしき一人の男と接触。
      防犯カメラでは会話内容までは不明。
      一時間ほど店内にて男と対面し続ける。
      喫茶店従業員の証言:「依頼への感謝とかトルコ石がどうだとか言っていた」との事。

 20時頃:対象、男と共に喫茶店を出る。
      その後、地下鉄まで行動を共にした形跡あり。
      地下鉄の防犯映像・DVDキャプチャー2参照。

 20:30頃:対象と共に駅を降り、人通りの少ない住宅地へと移動を開始。
      現地の映像は入手出来ず。

 21:30時頃:対象のみ地下鉄の駅に戻り、草間興信所まで道程を一人で過ごす。
      キャプチャー3参照。興信所付近までの映像は一纏めに編集済。

 22頃:対象帰宅。

  以上が当日の対象の行動調査報告とする。

 ――――――――――――――――――――

 調査書にはプリントアウトされた画像も付けられており、武彦と男がテーブルを挟んで対面している姿が確認出来る。それを皆で回し見てみればやはり武彦が引っ掛かったと言っていた問題の男である事が発覚した。
 二枚目を捲ればそこに記されていた住所氏名、在籍会社名その他諸々は依頼書と全く同じ情報。
 男は至って普通の三十代の会社員である事。
 数年前に結婚した妻が居たが事故で死別している事。
 トルコ石のネックレスが妻の形見である事。
 会社に夫婦の写真が飾られており、妻の首にネックレスが飾られている点からそれが判明している事。

「この男の細かい点は時間の都合上調べ切れませんでしたわ。まあ、連絡を受けてからの時間じゃ当然ですわね」
「やっぱりこの男が怪しいんじゃないかな。折角アリスさんが行動調査してくれたなら俺は男の調査の方に行こうか。どちらかというとどういう生活をしていたのか気になるんだ」
「じゃあ祐樹さんにくっついて俺も外に行きます! さっきも言った通りいざとなったらサイコメトリーで思念探れるし」
「うちは此処で腕輪の方から手掛かり探ってみるわ。こっちの方で何か鍵になるもんあるかもしれへん。もしかしたら破壊したのが悪いのかもしれんしな」
「確かに私も腕輪が気になるのよね。腕輪に潜っていた私が言うのもなんだけど、あれで本当に良かったのか分からないし、読み取った術式の言葉が気になるもの。英里ちゃん達はどうする?」
「……私は男の方が気になるな。「逢ったような気がする」と草間さんが言ったが、それは何故思い出せたのだろう。もしかして男と逢ったあたりから記憶が薄れている? それならいっその事、その日一日の記憶を丸々なくしたほうが……あー、分からなくなってきた!」

 英里は考えていた事を口にし、最終的には狐の縫いぐるみを抱き込んでむすっと表情を変える。自分一人ではやはり思考に行き詰まりが生じてしまったかのように。
 彼女は隣に立つ自分の朱里の方へと視線を向ける。彼は腕を組みながら顎に手を当て、ぶつぶつと何かを呟いていた。その表情はいたって真剣で、纏う気配も尋常では無く見る者を圧する勢いだ。

「……だから、でも……んー……」
「朱里? どうしたのだ?」
「あのね、英里。一応、腕輪は壊れたから解除? 「記憶欠如」は目を覚ますのを前提したもの? 目を覚まさなければそれ、要らないよね? 「拘束解放」は何を解放するの? だったらあの時、縛っていた「縛鎖」は何よ? うーん……正直言うと、文字羅列で判らないのが多過ぎるんですけど」
「……珍しく発言がないと思えば、お前もぐるぐる考え込んでいたのだな」
「うん。考え込みだすとこう、嵌っちゃいますよね、ははははは……――はぁ、疲れた」
「せやったら、朱里さんらは外出た方がええんとちゃうか? 慣れへんもんが付与術式の文字列考え出すと混乱するで」
「そうだな、私達は外に行こう。それでいいか、朱里」

 英里が朱里の肩をぽむっと叩き、彼はその案に頷いた。
 二人も先日の一件に関しては悩みに悩んでいたらしく、発言が無かったのは深いところまで考え込んでいた為だと判り武彦は思わず笑った。幼い顔立ちに浮かんだ笑顔。それによって緊張していたものがほのかに解けていく。

「それで、少しは元気が出ましたの?」
「アリスか」
「あまり元気がないようですと零さんが心配致しますわ」
「せやで。零さん本気で草間さんの事心配してんやし、元気だし。ほれ、飴ちゃん追加や」
「あ、ああ。ありがたく貰っとく」
「さて、最後にわたくしの行動ですわね。わたくしは単独ではありますが裏のツテを使って男の調査に参りますわ。その流れで蓮さんにも顔出し致しましょう。なので途中で外組と合流するかもしれません。――ああ、もし良ければ皆さん、これを使って下さいな」
「あら、何かしら?」
「携帯ですわ。予備で十数基ほど持ってきましたから全員に行き渡りますでしょう? これなら何か問題が起きても個人情報はばれませんわ」
「え、いいの。それ」
「もしその男やその仲間が何かしら探ってきたとしてもわたくしの元に情報が集うだけ。かえって都合がいいと言うものですから遠慮なく使って下さいな。電話番号については全て入力済みです。機体の隅に番号を書いたシールを付けてありますのでそれを記録して連絡を取り合って下さいませ。メモなどで記録するのが怖いと思われるのでしたら、今回の件が終わるまでは適当な名前を入力してわかり易いようにカスタマイズして頂いて大丈夫ですわ。ようはちゃんと持っている方に連絡が行けばいいのですから」

 アリスは鞄から携帯を取り出すと皆に好きなものを使うよう指示をする。
 各自自分の携帯と似たような仕様になっているものを選び抜き、それを手にした。ただし英里だけは「英里は妖力の影響で壊す可能性が高いから私と一緒で」と朱里に言われ、電子機器は持たずじまい。そんな彼女はむぅっと少し拗ねたように、けれど自覚済みの電子機器破壊体質についてはもっともなため何も言えず、縫いぐるみを弄って気を紛らわせることにした。

「零さんも元気だし。大丈夫や、こういう変な事するやつには必ずバチ当たるって」
「セレシュさん……有難うございます! わ、私もあんまり落ち込んでちゃ駄目ですよね! 今はお兄さんと一緒に興信所で出来ること精一杯しますから」
「あ、そや。うち差し入れ持ってきてんよ」
「? 差し入れですか?」
「うん。この興信所の経営状態悪いって言うてたやろ。せやからな……ほれ! 子供服!」

 じゃっじゃーん、と効果音が付きそうな調子でセレシュは紙袋を取り出す。
 まあ、と零は目を輝かせながらそれを素直に受け取り、そして中身を早速拝見と場に広げ始める。当然着衣対象である武彦もそれには興味を示すわけで。

「――ちょっと待て、セレシュ。このラインナップは何だ」
「多少大きめのサイズにしたけどええやろ。小さすぎて着れんよりマシや」
「白カッターシャツに紺色のジャケット、灰色寄りの水色の半ズボン……極めつけは赤の蝶ネクタイ」
「参考にした方がええかと思うて!」
「お前何がしたいんだ!!」
「えー、結果的にこうなっただけでうちはあくまで善意やで? 結果的に皆の期待に答える形になってしもうたのも偶然。不可抗力、不可抗力ってな。――なぁ、幼稚園児探偵さん」
「お前は俺を弄りに来たのか……!!」

 ぶはっと吹き出し笑いに走る者も居れば、流石に武彦に同情した者も居る。
 零もまたくすくすと手を口に当ててこの時ばかりは笑みを浮かべる。
 そんな零を見て慰める事に成功した事を知ったセレシュは「ん?」ととてもイイ笑顔を浮かべながら、武彦がそれを着るのを今か今かと楽しみに見つめ続けた。

■■■■■

「んじゃ外の調査組も行った事やし、草間さんには蓮さんに連絡してもらってる間にうちらはうちらでやろか」
「私は何をサポートすれば良いかしら?」
「弥生さんはうちが情報を拾い上げるから、それを記録してもらってええかな」
「もちろんよ」
「んじゃ始めるで」

 そう言ってセレシュは作業用の魔方陣を応接間で展開し、その中央もといテーブルの上で粉々になっている腕輪へと力を注ぎ込む。破壊された腕輪はもう反射などの効果はなく、怖がる事は無い。
 先日は弥生と勇太が直接腕輪に潜ったが、今回はセレシュが表側から読み取りに掛かる。
 ほのかに光るセレシュの手元。そしてその光を吸って眼鏡越しに反射する碧眼の瞳。弥生はその魔術にも興味を抱きながらも、筆記用具を手に真剣な面立ちで腕輪とセレシュを見守った。
 やがて風も無いのにふわりとセレシュの金髪が浮き上がる。
 彼女は潜った二人が見れなかった術という文字列を確かな形で見抜きに掛かった。

「……『吸収反射』……これは対象に触れた時に起こってた効果やね。
  ……『記憶欠如』……万が一対象が目が醒ました時の保険や。記憶をあやふやにさせとく効果がある。
  ……『接触拒否』……うちらを弾いとったあれか。
  ……『生と死の逆転』……若返りの効果が付与されとる。なんか他にも読めそうやねんけど……。
  ……『魂束縛』……弥生さんが縛鎖(ばくさ)言うたヤツやな。対象を拘束するんや。
  ……『呪術反転』……ああ、これ呪い返しされんように仕組んどる。せこいやっちゃな。
  ……『反魂』……やっぱりこれ、何かしら蘇り目的で組んでんな。でも蘇らす対象が見えんのはなんでや? かすれとる感じ」

 一つずつ、一つずつ。
 それはもう確実に単語を説明へと言い換えてセレシュは拾い上げた情報を唇から紡ぎだす。それを弥生は文字が汚くても自身が解読出来れば後で書き直せるとばかりの勢いで書き記していく。

「『術式融合』……これは複数の術式を繋ぐための術式。
  『精神停滞』……あかん、これは読めんくらいぐちゃぐちゃになっとる。破壊のせいっぽい。
  『夢幻回路』……草間さんを夢に迷いこませておくシステムつくっとるね。
  『拘束解放』……これも壊れとる。多分ここが鍵やったんやないやろか。
  『覚醒要因の欠如』……これもあかん。でも覚醒要因やしなぁ。次は……。
  『不可逆固定』……ああ、なるほど。コイツで対象の状態を元に戻さんように仕組んだんや。
  『時限操作』……うわ、ムカつくなぁ! 何となく察しとったけどこれ時限式で発動するようになっとるで。そりゃ草間さんが帰ってきた時に零さんが気付かんかったわけや」

 そっと腕輪から視線を外し、セレシュは床を見ながら眼鏡を外しその下の目を擦る。
 これは己が持つ石化の視線をうっかり腕輪や弥生へ掛けてしまわない為の行動だ。見続けた瞳は少し乾き、ドライアイ状態になっていたので痛みを感じる。しかしセレシュは他に何か読み取れるようなものはないかと更に術を続けた。

「セレシュさん、私もお手伝いするわ。今読み取ってくれた分だけでも充分な情報よ」
「うーん……読み取れんかったヤツが気になるんやけどなぁ」
「構造解析の魔法をもう一度掛けてみるわね。それで穴が埋まれば嬉しいんだけど」
「じゃあうちの休憩ついでに場所交代するわ」

 セレシュが立ち上がり、今度は弥生が腕輪の前に移動した。
 弥生はすぅっと胸に外気を入れ集中を始める。そして先日と同じように呪文を唱え始めると構造解析を開始した。昨日は武彦を目覚めさせる事が目的だったが今は違う。「吸収」の無くなった腕輪に思う存分魔力を注ぎ込み、情報を何とか拾い上げようとあがく。
 だが確かに読み取れないとセレシュが発言した部分は術の文字列が分散しており、解読に困難を要する。しかし――。

「『精神停滞』……これは武彦さん自身を操り人形状態にするものね。腕輪を付けた瞬間から対象の意識を奪うの」
「それか! ああ、なるほどなぁ」
「……それから……本当にこれはボロボロね。えっと、『拘束解放』と『覚醒要因の欠如』は一対の鍵だわ。術者への保険とも言うのかしら」
「どういう意味や?」
「もしも対象以外の人物が誤って腕輪を付けた際、手順を踏めば解けたみたいなんだけど……それがなんだったかはもう腕輪自体がボロボロだから判らなくなってるみたい」
「あー、破壊してもうたから『鍵』として成り立たなくなったんやね。しゃーない、しゃーない」
「……ふー……これで大体読み取れたかしら」
「ええんとちゃう? しかしそうか……時間があらへんかったから破壊に走ってもうたけど、一応道はあったんやね」

 セレシュが弥生が書き留めた紙に今度はペンを走らせる。
 息を吐き出しながら弥生は術を止め、体中の力を抜いた。腕輪から読み取れそうな事はもうないと判断した上でだ。だが、その瞬間何かが脳裏に浮かぶ。

「――トルコ石」
「どないしたん?」
「いえ、今トルコ石のネックレスが浮かんだの。例の依頼調査書に載ってたものと同じものよ」
「……一層あの男が怪しくなったなぁ」
「ねえ、セレシュさん。知ってる? トルコ石の効果」
「なんやったかな。パワーストーン的な話やろ」

 弥生は目を伏せ、そして先程見た映像を再現する。そして再び目を開くと、少し眉根を寄せ苦々しく笑いながら唇を開いた。

「トルコ石はね、別名ターコイズ。――その石は『身代わり』の効果を持っているらしいわ」
「それ偶然やの?」
「さあ、どうかしら」

■■■■■

 一方その頃の祐樹、勇太、朱里、英里の外調査組の四人はと言うと――。

「こんにちは。ちょっとお時間頂けますでしょうか。実は自分はこう言う者なんですけど、この方について少々お尋ねしたい事が御座いまして少しお話をお聞かせ願えたらと。――ええ、もちろんお時間は取らせません。五分程度お話して頂けたら嬉しく思います」

「すみません、土曜日の夜なんですけどこういう人見かけませんでしたか? ――え、いや、ちょっと喧嘩しちゃって出て行った兄なんですけど、連絡がなくって……あ、もちろん警察には連絡入れているので! でも俺心配で心配で……あ、分かってくれます? で、話は戻しましてですね――」

「あ、えーっと。そこの人。一つお尋ねしたいんだが」
「きゃー!! え、ちょ、ちょっとMistのアッシュ!? うそうそうそー! あたし超ファンなのよー!!」
「……他人の空似ですよ。よく似ていると言われますよ」
「えー本人じゃないのぉー……でもぉ、貴方もあたしのこ・の・み♪」
「はははははははは」
「あの、すまないが、私の話を聞いてくれないか。……はぁ、……朱里、折角だ。そのまま話を持ちかけてしまえ」
「そうですね。ちょっとお話したい事があるんですけど」
「きゃー!! アッシュ似の男の人にナンパされちゃった! いいわよ、何でも話しちゃうっ!」
「で、では、土曜日の事なんですけど――」
「…………(隠れアイドルと言うのも大変なものだな)」

 と、このように各自表からそっと問題の男と草間 武彦について情報収集を行い、アリスから提供された携帯電話を使って各々分かったことに付いて交換し合う。
 祐樹は自分が探偵である事を極力隠しつつ、話せそうな人には話して情報を提供してもらう形を取った。勇太は一般人相手にはなるべくテレパシー能力は使わず、けれど何か引き出せそうな時にだけほんの僅か使用し、記憶を思い出してもらう事を優先に情報を集めていく。そして朱里と英里は典型的な聞き込み調査。だが途中何度か二人の外見の為、本筋から離れてしまう事もしばしば。それでも懸命に聞き込みを繰り返していれば見えてくるものもあった。

 やがて決めていた待ち合わせ時間がやってくると一旦四人は集い、適当なファースドフード店に入って自分達が集めた情報を差し出す事にした。
 各々ジュースやらハンバーガーなどを購入し、店内の一番奥の席をがっつり確保すると他の客からなるべく影となり、死角になるよう身を寄せ合う。

「先程セレシュさんと弥生さんの方からメールが届いたんだけど。皆見た?」
「あ、俺まだ確認してない。見る」
「私は見ましたよ。あの壊れた腕輪から術式を拾って解読したっていう一文と、各々の説明がくっついてました」
「凄く長い文章だったのだ。あれだけの文章をその小さい携帯電話とやらに打ち込むには時間が掛かっただろうに」

 アリスからの借り物である携帯には一斉送信という形で一件メールが入っている。
 そこに並ぶ術式解読の結果の文章には正直圧され、閉口してしまう。勇太も今はじめてチェックしたが、その最後にくっついていた一文に眉をしかめた。

 『腕輪には一定の手順を踏めば解除方法があった』

「そっかー、そうだよな。誤って付けちゃう、っていう事もあるのか」
「変なところで臆病な腕輪だ。術者がそういう性格なのかもしれないけどさ」
「普通そういった事態に陥った場合は自業自得というやらではないのか」
「まあね。でもこうして結果的にあの腕輪には付いていたって話なんですから何か思うところがあったんじゃないですか?」
「何かって?」
「実は――術者にとっては呪いの腕輪じゃなかったとか」
「ん?」
「へ?」
「どういう意味なのだ、朱里」
「だって手順を踏めば元に戻れたんでしょう? なら腕輪を付けて若返って……」
「そ、それっていわゆる――アンチエイジング的な……!?」
「俺やだ、そんな腕輪」
「私も横文字は弱いが何となく察した。……だが、一気に呪いが可愛くなったぞ」
「あはははは、そういう使い道もあるよねっていうだけの話ですよ。だって眠っているだけで貴方の好きな年齢まで若返り! 目覚めた時には貴方のお望みの若さをゲット!」
「どこぞの通販のようじゃないか……武彦さんに付ける意味が分からない」

 朱里の発言に皆思わず脱力してしまう。
 確かに、言われてみれば、そんな事も……と口にしてしまうのも致し方ない事。実際そんな目的で使われていれば平和だっただろうと各々遠い目をしてしまう。

「は、そうじゃない。調査結果の発表に行かないと」
「そうだった。すっかり腕輪に意識を持っていかれてたー!」
「ふむ。『あんちえいじんぐ』とやらは後回しだ。取り合えず私達の方から話そう」
「じゃあ私と英里の調査結果から話しますね。まず、何故か女性の方からぺらぺらと喋ってくれた事なのですが」
「くっ、俺的にちょっと羨ましい発言頂きましたー」
「えーっと問題の男性と草間さんなんですけど、当日アリスさんの調査書に載っていた地下鉄駅付近で見かけたという人を見つけましたよ。なんでも武彦さんの容姿が結構好みだったとかでついつい覚えていたとか。それでですね、その二人の行き先とその女性の行き先が途中まで一緒だったらしいんです」
「で、話を聞くとだな。二人は途中ある一軒屋に入ったっていう話なんだ。もちろんその男の所有物じゃないかは不動産屋に聞いてみたが違うという事だった。所有者は別に居るらしいし、今そこは空き家だという話だ」
「その所有者は分かりましたか?」
「一般人の私達じゃそこまで深く追求出来なかったので、一旦他の方の話を聞こうという事になりました。言いくるめようにもちょっとまだ情報が無くて弱かったですし……」

 残念だ、と朱里は最後に溜息と共に言い切る。
 祐樹は鞄から取り出して用意しておいた紙にペンを素早く走らせる。英里と朱里の情報発表が終わると、次は勇太へと視線を持ち上げ先を促した。勇太はぽりっと頬を掻きながら口を開く。

「俺の方はどちらかと言うと高校生っていう事で男の方に近付くの難しそうだったんで、草間さんの方について見た人は居ないか調べてみました。家出中の兄扱いで」
「武彦さんとの年齢差を考えれば……まあ、有りか」
「で、ですね。丁度パート帰りの女性から「酔っ払いだと思った」という証言が一つ出ました。時刻は夜の九時半手前だったらしいですよ。アリスさんの情報と一致してます。草間さんの状態としてはふらふらした足取りで、何かぶつぶつ呟きながら歩いていたそうで気味が悪かったと。――「もし本当にお兄さんなら捕まえておいて!」って怒られたんですけど、俺何も悪くない」
「拗ねない拗ねない」
「ふむ。ふらふらしてて」
「ぶつぶつ何か呟いていた? ――じゃあその時にはもう腕輪は付いていたっぽいですね」

 時期列に祐樹は情報を纏めながら慣れた様子で執筆する。
 最後に祐樹が情報を、と皆から促されると彼は一旦手を止め、そして自分が収集した情報を記した手帳に広げながらそれを読み上げ始めた。

「俺は今回男の方の身辺調査を行ってきましたよ。腕輪云々より男がどういった人間で、近所にどういう評判を得ているかとか。あと草間さんの方のスケジュールの把握の再調査。アリスさんの事前調査も凄かったけど、やっぱり時間的に曖昧な部分があったからそこを埋めるような形で攻めてきた」
「結果は?」
「男の評判としてはまあ、至って『普通』。本当に普通。地域の行事もそれなりに参加してたみたいですし、ごみ出しとか地域当番制でやっていく事も協力的らしい。出張とかで遠方に出かけたりすると近所にお土産を配ったりもしてたみたいだ。更に別の方から奥さんが亡くなられた時の事もお話して貰えたので聞いたけど、相当の愛妻家だったらしく葬儀の時はそれはもう声を掛けられない程落ち込んでいたとか。その後も証言では「奥さんを事故で亡くしたショックからか暫くやせ細っていたけど、今は体調が良くなっているようで良かったわ」と。ああ、奥さんの死亡日は証言と共にネット新聞で調べる事が出来ましたので、これ」

 テーブルの上に出されたのはプリントアウトされた事故の記事が載った一ページ。
 それは決して大きなものではなく、吹けば簡単に人の記憶からも飛んでしまいそうなほど小さな記事だった。内容は車との接触事故。ほぼ即死との記載がなされている。残念ながら事故は毎日起こっているものゆえか奥さんの顔写真は載っていなかった。

「ただ評判自体は良いけど、引っ掛かる事が二つあったんだよな。まず奥さんの形見だと言うトルコ石のネックレスの盗難の件なんだけど、警察に不法侵入については調査してもらっていても肝心の盗難届けが出されてないんだよ。ああ、これは今回の調査ではなく以前の調査で判明している事だ。武彦さんの書いた依頼書には「警察が信用出来ない」と書いてあったから警察嫌いなのかも」
「もう一つはなんなのだ?」
「大した事じゃないといえば大した事じゃないんだけど、聞き込みの最中にある男性が証言してくれた言葉があってさ。俺が「その男性が元気になって良かったですね」的な事を言ったら「ああ、あの人何か今嵌っている事が有るらしいよ」って」
「『嵌っている事』か、怪しすぎるのだ……」
「それこそ腕輪作りだったりして」
「ま、まさかー……あはははは。はぁあ……可能性がないと言い切れない辺りが痛いっすね」
「で、草間さんの方の動きなんだけど、俺の方は男の家付近だったためか証言が出なかった。でも念の為地元警察の方に話を通しておいて、何か分かったら連絡入れて貰えるようにはしておいたよ」

 祐樹はさらさらっと自分の手帳から皆の情報を記載してある紙へと情報を写す。
 土曜日の情報をこれで確認してみると男と武彦が移動した後に偏っている事が判明する。皆で纏め上げた紙を回し見ながら暫し購入物を飲食しつつ目を通す。そして朱里が紙に書かれたある時間軸につっと指を添えた。

「地下鉄を降りてから移動して空き家へ。そして空き家にて男と武彦さんの間で何かしらトラブルが起こり、その時に腕輪を付けられたと仮定してそのまま草間さん一人で意識が曖昧な状態で帰宅。なら、男はどこに? って事も気になるかな。地下鉄で自宅に戻ったなら間違いなく地下鉄の防犯カメラで情報出ますよね」
「なるほど、そっち方面も調べてみよ――」
「ご心配には及びませんわ」
「「「「アリスさん?!」」」」
「調査お疲れ様ですわ、皆様。こちらもそれなりの情報が集まってきましたのでご報告に参りました」
「どうやって此処が?」
「発言出来る範囲でしたらGPS機能とか……他にも色々手はありますでしょう? 裏の手を使えばいくらでも」

 手にジュースを乗せたトレイを持って現れたのはアリスだった。
 彼女は四人に声を掛け、輪に加えてもらう事にした。テーブルの上にいっぱいトレイが並ぶと窮屈なため、要らなくなったトレイを重ねて邪魔にならない端の方へと置く。勇太も残り少なかったハンバーガーを口の中に放り込んでトレイをあけた。
 その間アリスはと言うと祐樹が纏めた紙を見せてもらい、自分の知らない情報を共有に掛かる。

「ではわたくしの情報をお話いたしますね」

 中身は紅茶かお茶か。
 ストローで吸い上げられる液体の色を見つつ、皆アリスへと注目を浴びせた。

「まず蓮さんの方にも協力をお願いし、セレシュさんが申していた通りまず草間さんが付けられたという腕輪のような物が出回っていないか調査をお願い致しました。これは草間さん側からも回っている事ですわね。蓮さんからは更に付与術師関係者を当たってみると先程電話がございました。これはセレシュさんからの依頼だそうで……そちらに連絡は入っています?」
「いや、来てない」
「では恐らくわたくしやセレシュさん辺りに連絡が入ったのでしょうね。まあこれだけの人数が動けば全員に電話する時間ももったいないというもの。ですが動く前にセレシュさん自身がその界隈で調べたいとおっしゃっていましたから予想範囲内ですわ」
「他にどんな情報を入手出来た?」
「わたくしの情報源はあくまで裏の方で少々悪どいものですので詳しくはお話出来ませんから結果だけお話致しますわ。あ、くれぐれもわたくしの情報源が何か探ろうとなさらないで下さいませ。その瞬間、わたくしはお知り合いと言えど……」
「分かった、分かった! 分かりました! そういう個人的なルートに関しては手を出さないよ。探偵業でももちろんそういう分別は弁えています」
「祐樹さんは心得てくださっていて嬉しいですわ」

 にっこりと向けられた少女の笑みは筋肉が固まるような緊張を走らせる。
 アリスは乾いた喉を潤すようにまたストローに口付けてから話を開始した。

「男が嵌っている――というよりやらされている事のようですが、それはある物の『分布』ですわ」
「分布?」
「ええ、実は男の情報を裏ルートから辿らせて頂いたところ、ある狂気的な団体の存在が浮かび上がりましたの。宗教、と言い換えても良いかもしれませんわね。あまり表立って広がってはいませんが、その団体は「失ったものを再び手に入れる」事を信念とした集まりのようです。それが物であれ土地であれ……人であれ」
「……反魂ももしかしてそこに入る?」
「入るでしょうね」
「男は何を分布しているんだ?」
「大したものじゃないですわ。会社の方に出張先の土産と称してちょっとしたストラップを贈ったり、近所の方へも同様に役立つものを薦めたりしてた程度。――それが呪具でなければそれはもう好感度の高い男性でしょうね。これを見てくださいな」

 そう言ってアリスはポケットから一つのストラップを取り出した。
 それは青い石が嵌め込まれた至って普通の天然石系のストラップ。アリスが調査中接触した人物から魔眼を使用し、それはもう丁寧に頂いてきた曰くつきの物である。アリスは爪先で青い石を突く。そしてこれが「トルコ石」である事を皆に明かした。

「わたくしの知っている鑑定士に見て頂きました。これ自体には本当に大した能力は有りません。ですが同じ能力を持つ物を多くの人の手に渡せば効果が増す呪具です。その能力は『精気の吸収』と『増強』。でも一つ一つは先程も申し上げた通り弱く、持っていても決して疲れを感じない程度のレベルで吸いあげるようですわ。そしてわたくしには見えませんが、吸い上げたものを一箇所に集めている可能性があるとの事でした。探れる方は調査したら何か糸など見えるかもしれませんね」
「男が何の目的でこれを配っていたのか……」
「ここまで情報が集えば想像するのは容易いでしょう。――男が失ったものは「愛しい妻」。草間さんに付けられていた腕輪のみが何故あのような強力な能力を持っていた理由は存じませんが、過去に何か因縁でもあったのかもしれませんね。男ではなくて、団体の方が」
「なら、この団体の団員リストとか手に入らないかなっ! 俺が多分バイトしてた時期にはこんな団体知らないからもっと前だと思うんだ」
「リストについては手配済みですわ」
「アリスさん、素早いのだ……」
「あと地下鉄の件ですが、男性も草間さんが乗った二本ほど後の電車で帰っている事が判明してますわ。防犯カメラの映像を再検証させましたらすぐに判ったことです。――空き家に関してはわたくし自身が気付いておりませんでしたので調べておりませんが、調べさせましょうか?」
「出来るなら」
「では先程のリストと一緒に報告させるよう今から連絡を入れます。調査結果は直接草間さんとわたくしの方に送るようにしてありますの。その内判明するでしょう」

 だから暫くの間お待ちくださいませ? とアリスは小首を傾げて微笑んだ。
 裏のルート恐るべしというか。情報網を持つものは捜査系には本当に強いのだと思い知らされる。彼女の言う通り今どたばたしても情報が混乱しそうだと思った彼らは暫く店内で様々な可能性に付いて案を出し合う。

 例えば男が望んで団体に属しているのか。
 本当に男が望んでいるのは妻の蘇りなのか。
 妻が付けていたトルコのネックレスとストラップのトルコ石は何か関係があるのかなどなど。

 やがて祐樹が持っていた携帯が震えだす。
 マナーモードにしておいたそれを彼は掴み、そしてそれが武彦からの連絡である事に気付くとすぐに応答ボタンを押した。

「はい、こちらゆ――」
『お前ら今すぐ其処を離れろ!!』
「武彦さん?」
『良いから早く離れろ!』

 武彦の声――今は子供の為いつもより声高だが確かに彼の声が受話器を通して聞こえてくる。
 その音量の大きさに耳をくっつけていた祐樹は反射的に耳を外してしまうが、なにやら焦っている様子から尋常ではない気配を感じ取ると皆に視線を向け、鞄を肩に掛けトレイを引き取りながら立ち上がる。あくまでさりげなく、不自然にならないように気をつけながら皆その場を後にする。演技に慣れてないものは多少ぎくしゃくしていたが、それは仕方ないと言えよう。
 やがて店の外に出てしまうと祐樹は「何かあったんですか?」と問い返した。

『アリスの手配したリストがさっき届いたので見せてもらったんだが、その中に俺が過去壊滅に追い込んだ宗教団体の幹部を見つけた。蓮からも入れ違いで付与術師に関する情報が流れてきて、その団体の中に何名か属している事が判った。俺が入ったらしい空き家の所有者も団体所属リストの中に見つけた』
「……きな臭くなってきましたね」
『過去の宗教団体については電話ではなく直接話そう』
「分かりました。でも何で急に俺達に場所を離れるように指示し――」
「祐樹さん、危ないっ!!」

 武彦と同じリストを送付されているアリスはノートパソコンを広げて皆にそれを見せ、名前と性別、年齢が簡単に書かれた簡易リストに目を通していた、その時だ。
 祐樹に向かって走ってくる一台のバイク。
 酔っ払いが暴走しているかのように蛇行運転を繰り返すそれはそれでもまっすぐ彼を目指して――。

―― キキィィィィイイッッ!!

 やがて物凄いスリップ音と衝撃音が轟き、次いで人々の悲鳴が湧き起った。
 カラカラ……と祐樹が握っていた携帯が支えを失って道路に転がり、そこからは武彦の声が絶え間なく聞こえてくる。血を流して倒れている二名の姿に人々は輪を作るように集い始めた。

■■■■■

 淡い光が傷付いた肌を癒すように照らす。
 医師に見せ治療してもらったとはいえ、完全には決して治らない。だからこそ彼らは頼る。弥生の持つ治癒魔術に。

「まず調査に関しては礼を言う。助かった。……再度聞き返して悪いが、バイクのヤツはお前らを襲った後、すぐに逃げていったんだな?」
「ええ、そりゃあはもうこっちに向かってきた時の不安定な動きとは違って、素早かったっすよ。でも間違いなく祐樹さんを狙って――いっ」
「勇太君、動かないで」
「とりあえず救急車で病院に搬送してもらったんですけど、幸いにも俺の方は頭を切ったんで大量出血ではありましたが薄皮一枚ってところです。念の為に入院して検査を受けなさいと薦められたんですが……今の武彦さんの方が心配ですから日帰り範囲で戻る事にしました」
「今から入院してきても俺は怒らない。休暇も出す」
「意識もはっきりしていますし大丈夫ですってば。むしろ庇ってくれた勇太さんの方が重症ですよ。手足に無数の擦り傷、打ち身。骨折していない事に医者がびっくりしてましたからね。あと朱里さんがとっさに投げてくれた衝撃減少符で大分軽減されましたし」
「え、俺は弥生さんに治癒魔法掛けて貰えてるから問題ないですよー」
「符一つで命が助かるなら安いものでしょう」

 ひらひらと既に治癒が完了した片方の手を振り、元気である事を勇太は見せる。
 夜、外に出ていた皆が草間興信所に戻ってきた時には包帯でぐるぐる巻きにされていた腕だが、その肌は大分回復傾向にあり日常生活を送る分には問題なさそうだ。
 朱里も腕を組みながら例の一件を思い出し、眉根を寄せる。
 武彦は呆れ疲れたかのように組んだ腕を膝に乗せ、項垂れた。

「恐らく向こうも俺の目が覚めた事に気付いたんだろう。だから嗅ぎまわるお前らを襲ったんだろう。それが例えこれ以上関わるなという警告程度だとしても、だ。……何にせよ、昔俺が受けた依頼で潰した宗教関係の団体は潰れているそれは確かだ。――だがこれ以上は危険すぎる。今回の調査だけでも二名怪我人が出たんだ。正直な話、これ以上巻き込まれたくないヤツは此処で手を引け」
「草間さん……」
「俺は売られた喧嘩はどちらかと言うと流したい方だが、今回は事が事だ。先手を打ちに行こうと思う。――つまり、戦闘に入る可能性が高い」
「お兄さんは無理です! そんな身体では動けません!」
「最悪、蓮が持ってきた腕輪を付けて肉体だけでも先に戻して動けば良いだろう!!」
「――ッ……お兄さん……」

 零は心から不安そうに顔を歪め、そして唇を噛む。
 武彦は覚悟を決めたかのように蓮所有の腕輪の入った箱を睨んだ。

「草間さんも蓮さんもそない落ち込まんでもええって。これで大体の傾向も分かったし、対策も取れるやろ」
「う……セレシュさん」
「うちとしては草間さんの意向に従うわ。ここから先うちが首突っ込むかはともかく、団体単位で動いとる上に複数の付与術師が関わっとるんやったらそりゃ慎重にもなるで」
「……はい」
「ま、ほら、アレや。今は体勢立て直すっちゅーんやったら草間さんの可愛い姿見て和んどったらええって――うんうん、見事なコスプレ状態やわ、ホント」
「――お前はどこまで弄りに掛かる」
「うちが子供服持ってこーへんかったら草間さん自分のだぼだぼシャツ一枚で過ごす羽目やってんで。むしろ感謝してーな」

 固まった場の空気を和ますためセレシュは今武彦が着ている服――某大人だけど子供な名探偵とほぼそっくりな服装を見てにやにや笑う。
 それにつられて零も元気を出そうと何度か頷いた。

 凹んではいられない。
 立ち止まってもいられない。
 進むべき道が見え、そこに『敵』がいるのなら――。

「体勢を立て直して出る。一日考えさせてくれ」

 ―― 決戦の時は、もうすぐそこまで迫っている。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】
【7348 / 石神・アリス (いしがみ・ありす) / 女 / 15歳 / 学生(裏社会の商人)】
【8538 / セレシュ・ウィーラー / 女 / 21歳 / 鍼灸マッサージ師】
【8556 / 弥生・ハスロ (やよい・はすろ) / 女 / 26歳 / 請負業】
【8564 / 椎名・佑樹 (しいな・ゆうき) / 男 / 23歳 / 探偵】
【8583 / 人形屋・英里 (ひとかたや・えいり) / 女 / 990歳 / 人形師】
【8596 / 鬼田・朱里 (きだ・しゅり) / 男 / 990歳 / 人形師手伝い・アイドル】

【登場NPC】
 草間武彦(くさまたけひこ)
 草間零(くさまれい)
 碧摩蓮(へきまれん)
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、今回は連作になる「LOST」の第二章に参加頂きまして有難うございました!
 今回は完全に調査、という形で進めさせて頂きましたので結構頭を使いましたし、PC様には頑張って頂きました。
 しかし皆の心は一つだといわんばかりの草間さん弄りに拍手! 実はライター自身は某漫画の件など忘れ去っておりましたが……(遠い目)

 まず結果としては草間氏のスケジュールは大体把握完了。そして変な団体の存在が浮かび上がりました。でも嗅ぎ回ったせいで草間氏及び周囲が危険かも? という状態に入ってます。

 次回は草間氏が宣言している通り戦闘系になる可能性が高いですが……そこはまた次の参加者様次第という事で。

■工藤様
 今回もサポート有難う御座いました!
 しかし相変わらず見事なまでに草間さんを弄ってきますね……!(笑)
 さて、状況的に中々プレイングを活かしきれず申し訳ありません;
 でも工藤様らしさだけは出るようにと念頭に書かせて頂きました! 怪我に関しましては弥生様より治癒を受けておりますので、次回参加の場合でも動けますので良ければまた覗いてやってくださいませ^^

カテゴリー: 01工藤勇太, 蒼木裕WR(勇太編), LOST |

LOST―魂狩り編―

「蓮さん! 蓮さーん! 助けて下さい。蓮さん!!」
『なんだい、朝っぱらから電話を掛けてきて』
「お兄さんが、お兄さんがっ……」
『ん? あの阿呆がまた何かやらかしたのかい』
「違うんです、お兄さんがっ……う、う……」
『――なんか良く分からないけど、そっちに行った方が良さそうだね。ちょっと待ってな』
「ふ、ふぁい……す、すびませ……」
『あたしがそっちにつく頃には鼻水とか引っ込ませて可愛い顔にしておくんだよ、いいね』

 そう言ってアンティークショップ・レンの女主人、碧摩 蓮(へきま れん)は電話を切る。
 そして外出用の衣服へと着替えると素早く電話の相手――草間 零(くさま れい)のいる草間興信所へと足を運んだ。朝が早いとはいえ通勤ラッシュなどが過ぎ去った後、それなりに快適な歩みで彼女が興信所に訪れれば、零が顔を見せ蓮を中へと手招いた。

「で、一体どうしたって言うんだい」
「実はお兄さんが……」
「うん、武彦がどうしたと?」
「――小さいんです!!」
「……ん?」

 蓮は意味が分からず首を傾げ、もう少し詳しく説明するよう零へと先を促した。零は実際見てもらった方が早いと判断し、蓮をある部屋へと案内する。

「お兄さん、昨日仕事を終えて疲れたからってそのまま寝室にすぐに入って寝ちゃったのは良いんですけど……その、朝、心配になって部屋を覗いたら――」
「――!? おや、ま。こりゃ一体どういうことだね」
「それが分かってたら蓮さんに連絡取りませんー!」
「確かにその通りだ」

 案内された部屋は武彦の寝室。
 そこに置かれているベッドに横たわり眠っているのは十二歳ほどの少年。零も蓮もそれが武彦だという事はすぐに気配などから判った。だが状況がわからない蓮はその少年を起こそうとその細肩に手を掛け――。

―― バチッ!!

「っ、弾かれた!?」
「そ、そうなんです。弾かれちゃうんです~っ! だから私もお兄さんを起こせなくて……しかもお兄さん段々若返ってるんですよー!」
「何?」
「最初見た時は十五歳くらいだったのに、今見にきたら……」
「そりゃあ、危険だ」

 此処にきて流石の蓮でも危険を感じ、武彦だと思われる少年には触れないよう気をつけながら布団を剥ぎ取る。すると自分を抱きしめるように眠っている少年はぶかぶかの服を纏いながらすよすよと眠っている。だがその腕に明らかに異質な気を放つ腕輪が取り付けられている事に気付き、そして呪具等に詳しい蓮は一目でそれが何か見抜く。

「まずいね、これは魂狩りの腕輪だよ。こんなもんどこで付けられたんだい、この馬鹿は」
「え? え?」
「この腕輪はね、付けられた人間の魂を吸い取っていくんだよ。老化ではなく若返りってあたりは製作者の趣味かね。なんにせよ、このままじゃコイツは赤子になり、やがて死ぬよ」
「し、死ぬって」
「当然だろ? 胎児のままじゃ生きられないんだから」
「じゃあ、この腕輪をなんとかすればいいんですよね、ね!?」
「ああ、腕輪を外せばなんとかなるよ。でも腕輪に嫌がらせがされてるね。……んー……」
「わ、私っ、どうにかしてくれる人に連絡を取ってみますっ!!」
「そうだね、その方がいい。出来るだけ大勢、呼べるだけ集まって貰った方が良いだろうね」

 言いつつ、蓮は腕輪に施されている付与術式を読み取ろうと目を凝らす。
 犠牲者への呪いは魂吸収。
 犠牲者へ触れるものへは相応の反射。
 犠牲者本人へは夢を与え、死の恐怖を与えない。

「これは結構複雑な高位付与術式が組み合わされているけど……ホント、アンタは一体何をやらかしてきたんだい」

 蓮は己の携帯を取り出すと、自分もまた協力者を募るため電話を掛けた。

■■■■■

 零と蓮が頼み、都合が付いた協力者は六名。
 彼らはほぼ同時刻にこの草間興信所に訪れると真っ先に零に武彦の部屋へと案内された。当然此処に来るまでに武彦にどのような事が起こっているのか彼らは知っている。

 武彦が魂狩りと呼ばれる呪いの腕輪を付けており、そのせいで若返っていっている事。
 若返りが続けば死に近付くと同意義である事。
 だからこそ早くその腕輪を外したいが、腕輪には高位付与術式が組み込まれていて零と蓮とでは時間内に解く事が難しい事。
 時間は刻々と過ぎている。
 早く、早く何とかしなければ――そう皆、気を張り詰めて武彦の部屋の扉を潜った。――が。

「草間さん! なんて事に!」

 と、心配げな表情で近寄ったのは高校生男子である工藤 勇太(くどう ゆうた)。
 彼は幾つかの超能力を所持しており、これまで武彦の依頼を生活費稼ぎも兼ねて助けてきた人物である。武彦を兄のように慕っている面もあり心配してその肩を震わせている。
 しかしその震えが―― うぷぷっ、写メ撮りてぇ! ――と内心笑いを耐えている事から生じている事にはまだ誰も気付いていない。

「小さっ! ってか若!」

 勇太とほぼ同時に叫んだのは黒の短髪に黒瞳を持つ和風青年である椎名 佑樹(しいな ゆうき)。
 元々彼は大学在学時代この興信所でバイトをしていた経緯が有り、その流れで今この興信所に就職を果たした青年だ。今日は彼にとって珍しく日曜と重なった「休日」であったが、零の連絡を来てこうして馳せんじた訳である。

「草間さんは一般ピーポーだったよな?」

 金の三つあみ姿に黒いゴスロリ服、その顔には雫のペイントが描かれている可愛らしい少女の名は人形屋 英里(ひとかたや えいり)。
 彼女は首を傾げながら小さくなってしまった武彦を眺め見る。彼女は最近まで己の正体などに関して完全なる記憶喪失であったが、今は徐々に自分が人以外である事を認め始めた。その為少しずつではあるが『能力』に目覚めつつある人物だ。

 そしてそんな彼女を連れてきたのが隣に立つ銀色の長い髪を一部編み込んだアジア系統の衣服を纏い顔にペイントを施している十代後半に見える少年、鬼田 朱里(きだ しゅり)。
 直接零からの連絡を受けたのは彼で、「数打てば何かしら解決の糸口が出て来るでしょう」と英里の腕を取り、彼女と共に駆けつけた。
 そんな彼は今無言で武彦を不思議そうな目で見つめ、真剣に物事を考え込んでいる。
 彼の武器はその洞察力と己の正体に関わる「能力」。周囲に明かしているわけではないので此処では控えるが、彼もまた人外である。

「あら。武彦さんたら、随分可愛らしくなっちゃって」

 そう感想を口にしたのは協力者の中で唯一既婚者である黒い長髪が美しい人妻、弥生・ハスロ(やよい はすろ)。
 こんな可愛らしい子が、あんなヘビースモーカーに成っちゃうなんて……、と彼女もまた心の中で遠い目をしつつ、普段見られない武彦の姿にうずっとほっぺに触れたい衝動にかられるが、「触れれば弾かれる」と蓮から事情を聞いているため今は我慢の姿勢である。
 彼女の能力は「魔術」。彼女自身は人外ではなく生粋の人間。しかし魔術を独学で学び、力を付けていったいわゆる「魔女」と呼ばれる人物だ。

「ちっちゃい頃は意外と可愛かったんやな、ってそんなのんびり見とる場合やないか」

 最後の協力者はウェーブの掛かった腰ほどまである金髪に眼鏡をかけた外見十五歳ほどに見える実質二十一歳と公言している女性、セレシュ・ウィーラー。
 普段は雑居ビルの1Fを借りて開業している鍼灸院にて鍼灸マッサージ師として働いているが、今日は連絡を受けて臨時休業とし駆けつけてくれた人物だ。彼女は多くの知識を所有しており、特に神具・魔具の研究、「魔術」や「幻装学」などといった分野には秀でたものがある。その正体はゴルゴーンという神話で有名な「石化の視線」を瞳に持つ髪が蛇という姿を持つ人外。しかし本人は「石化の視線」も眼鏡で封じ、人間に変化してこの日本社会に交じり、至って平和に暮らしている。

「さて、状況を見てもらったところでそろそろ動き出さないとまずいね。あたしが見たところじゃ武彦はあと六時間程で死に至るよ。時間が無い」

 武彦の寝室は六人も入ればいっぱいいっぱいな為、皆の後ろに控えていた蓮は不安そうな零を慰めながらも現実問題を口にする。そんな蓮へと一同は注目した後誰からともなく頷きや「分かりました」などと理解を示した。

「……それにしてもこれ作ったもんは相当性格悪そうやな。うちはこの腕輪を外すか壊す方向で動くわ。皆は?」
「俺もどっちかって言うと時間がないって言うなら腕輪を何とかする方向で行きます。弥生さん達は?」
「勇太君達がそっちの方に行くなら私は調べ物の方に行こうかしら。でもこっちの状況も気になるのよね」
「零、俺は武彦さんがそれまでに受けていた依頼の資料などを調べ直して何か引っ掛かる依頼がないか調べてみたいんだ。手伝って」
「わ、分かりました! もちろん佑樹さんのお手伝いはします!」
「あ、ちょっと零さん待った。私は聞きたい事がある」

 皆がどういう方向で動くか話し出した時、英里が零に声を掛けた。
 英里は朱里へと視線を寄せ、彼もまた一つ頷きを返してから彼女は口を開く。

「私と朱里は興信所の事も呪いの事も詳しくない。だから腕輪を何とかする方向で動こうと思うんだ。だけど、情報が欲しい。とりあえず零さんが調べ物に行ってしまうならまず私の質問に答えてから行って欲しい」
「分かりました。何をお話すればいいですか?」
「草間さんが帰ってきたとき、この腕輪ついていた?」
「兄さんの腕を良く見てなかったんです。その時は変な気も感じませんでしたし、兄さん自身も長袖を好む傾向があるので付いてたとしても帰って来た時には服の下だったかもしれません」
「そうか、付けられたとしたら仕事先かと思ったんだが……ぶっちゃけその様子だと零さん自身も草間さんがなんの仕事で行ったのか知らないんだな?」
「すみません、昨日私が買い物に行っている間にお兄さんが依頼に出かけちゃって……か、書置きはあったんです! でも「依頼に行ってくる。怪奇系じゃないから安心しろ」とだけ。……あ! それをお見せする事は出来ますよ!」
「じゃあ、それは調査組に見せてやってくれ」
「分かりました!」
「あ、すみません。私からも一つ質問したいです」

 英里の質問が終わると今度は朱里が片手を挙げた。
 零は頷き、視線で先を促す。

「恐らくこれは悪意を持って草間さんに付けたんだと私は考えるんです。草間さん自身が偶然嵌めるとか不自然過ぎますからね。だから草間さんを恨んでそうな人を知りたい。その中でも特にこういう術が得意な人物がいるなら教えて欲しいですね」
「え、えっと……それがその、言いにくいんですけれど……」
「あー、それは零には答えられないとあたしは思うね。武彦はこういう職業故に多くの人間に感謝される反面恨みだって買っているさ。特に怪奇探偵なんて言われてちゃそういう筋のもんのリストアップは難しいよ。佑樹、あんたなんか特に雑務をこなしてんだ。理解するのは容易いだろう?」
「ええ、蓮さんの言う通りです。武彦さんは怪奇関係の仕事を請けるの本気で嫌がるんですが、やっぱり請けてしまう事が度々あるんですよ。ですから怪奇だけに絞っても、こう……山のように出てきてしまうんですよ。ですから俺が今から零を連れてせめて最近の中から引っ掛かったものを探してみます」
「――なるほど、分かりました。じゃあそっちは宜しくお願いしますね」
「はい、任せてください。これでも一応この興信所の一員ですから。――零、こっちに来て。もう用事が無いなら俺達は行こう」
「じゃあ、行って来ます!」

 最後に零は両手を膝の方にあて丁寧に上半身を折って礼をする。
 佑樹もまた頭だけではあったが客人に対して不快を与えぬ仕草で礼をしてから、彼女を連れて部屋の外に出た。間もなくして興信所領域内では彼らが情報収集に奔走し始める音が聞こえ始め、残された人達は顔を合わせた。
 そして次に弥生が蓮へと進み出た。

「蓮さん、私からお願いがあるの。良いかしら?」
「言ってみるといいよ。あたしに手伝える事があるならなんだってしよう」
「本当は私自身が図書館とかに行ければ良いんだけど、ちょっと時間が惜しいの。蓮さんには魔術関係の本を探して貰って過去に似たような事件が無かったかどうか調べて欲しいと思っているんですけど可能かしら?」
「過去にも似たような事件は出ているかもしれないねぇ。何故ならあたしがコイツの腕輪を見た時に即座に見抜く事が出来たのは過去に類似した腕輪があたしの店に回ってきたからさ。その時の腕輪も複数の術式が組み合わされていたけれど、今回ほど複雑じゃぁなかったね。まだ簡単なものだった」
「じゃあ、その腕輪の入手経路は?」
「――誰だったかねぇ。人相は申し訳ないが覚えてないが男であった事は覚えてるよ。ソイツが言ったのはただ一つ。「買ってくれ」だったから。……まあ、何かの研究に役立つだろうと思って買い取ってあるし、誰にも売った記憶はないから店にあるはずさ。なんならうちにある魔術関係の本と一緒にそれを探して持ってこようか」
「――っ、! お願いします!」
「言っておくけど、その腕輪と今回の腕輪が繋がっている可能性は低いよ。なんせその腕輪がうちの店に回ってきたのは……そうだね、五年、いや四年前くらいだったはずだ」
「それでもお願いします」
「じゃあ、あたしは店に戻るからあんた達は武彦の事を頼んだよ」

 蓮は言うや否や、身を翻しかつかつと靴音を鳴らしながら場を去っていく。途中、佑樹と
零に言葉を掛けて出て行くことも忘れない。弥生はこれで自分が調査しようと思っていた事を蓮に一任する事が出来たとほっと息を吐く。
 さて武彦の方へ対応に戻ろうと彼女は振り返る。
 なにやらわいわいと四人が武彦を囲み何かをしている様子が目に入り、遅れて弥生も輪に加われば……。

「う、これはきつい。持ってきていた人形がすぐに無くなってしまいそうだ」
「その子守人形凄いですね。っていうか子守、……草間さんに子守……ぷぷっ!」
「笑ってる場合やないで、勇太さん。しかし英里さんのその人形興味あるわー。後で機会があったら見して。うちそういうの好きやねん」
「英里、幾つ持ってきているの?」
「……わからん。とりあえず連絡を受けて尋常じゃない事は分かったからトランクに詰め込めるだけ詰め込んできたからな。子の呪いを身代わりに受けてくれる人形をなんとなく作っておいたのがここでこんな風に役に立つとは思ってなかった。――もしかしてこの日のために私は作っていたのだろうか」
「――英里ちゃん。それは何かしら? 私にも説明してくれるかしら」
「ああ、呪いの身代わりになってくれる子守人形だ。でも呪いの効果を遅くするのみで――あ、また壊れた。…………まあ、こういう風に頑張って草間さんの呪いを身代わりにしてみてるんだが、その腕輪の能力が相当強いらしくてさっきから勢い良く人形が破れて壊れている。一体につき二十分もつかどうか」
「それでもリミットが遠ざかるのは助かるわよね。暫くはそれに頑張ってもらいましょ」
「分かった。私は人形師として働きつつ皆に協力しよう――しかし呪いか。ちょっとやってみよう」

 ふと英里は思いつき、指先に己の強すぎる妖力を本当に微弱ではあるが込めて武彦に触れようとする。その瞬間、腕輪が光り静電気が弾けた時の様な音と共に「反射」が行われた。
 バチッ! と弾き、英里の身体に電流のような衝撃が一気に走る。気絶するほどではないが、痛みをも超えた「衝撃」が脳に直接伝い意識を一瞬奪ってくらっと彼女の身体が揺らいだ。
 そんな彼女を朱里が慌てて抱き込み、支えた。

「英里っ!」
「……跳ね返されても私は対して痛くないと踏んでやってみたんだが……いや、痛くは無かったが、目の前が真っ白になった」
「駄目よ、英里ちゃん! あまり迂闊な真似をしたら貴方自身が怪我しちゃうわ」
「ホンマに気ぃつけてくれんと困んよ。――あ、皆。今のうちに言うとくわ。うち防御符とか色々補助系の符を持ってきたんよ。だから何か行動する前には言うて。対応するわ」
「俺だってバリア的なものを張ったりすることだって出来ますから、どんどん使って下さい! ぶっちゃけ俺呪いとかよくわかんないんで、自分で出来る事教えてくれたらなんだってしますから!」
「……う、分かったのだ」

 有り難い言葉と各々の決意にも似た宣言を聞くと英里を筆頭に皆頷きあう。
 ここから先は何かしら行動を起こす時は口にすること、そして皆が協力し合う事、危険を避けるための最大限の対処はすること。自分達に反射するだけならば良い。だが腕輪を付けられている本人、武彦自身に害が及んでしまう事が一番問題である。それを心に留めながら彼らは次なる行動に移ろうとしたその時――またしても英里の持ってきた子守人形の腕がもげ、壊れる。
 時間がない。
 英里は新たなる人形を武彦の傍へと置き身代わりを続けさせた。

「えっと、英里は妖力の制御がちょっとまだ上手く出来ない為変な方向に飛んでいく可能性があるので、今から皆さんに防護符を渡しておきます。これは腕輪ではなく、対英里ですから念のために持っておいてください」
「う。早く制御出来るようにならなければ」
「良いんだよ。自覚してくれただけマシなんだから、ね。――さてと、私は今から基本中の基本をやってみようかな」
「何をするんや?」
「呼びかけです。起きてーって」
「それだったら既に零ちゃんが必死にやったと思うけど、効くかしら」
「やらないよりやってみた方がいいかなーって。もし効かなかったらすぐに次の方法に移れるよう準備がいる人は用意しておいてくださいね」

 言いながら朱里は今度は呪い系に対応した符を自分で持ちながら幼くなった武彦に寄った。
 此処に来た時の武彦の姿は十歳ほどだったが、今は九歳ほどに下がったように見える。それでも英里の人形のおかげで進行速度は格段に下がっているのだろう。
 朱里はすうっと息を吸い、武彦に触れないよう気をつけながら彼の耳ぎりぎりまで唇を寄せる。そして。

「たっけひこさーん!!! 起きて下さーいぃぃっ!!」

 それはもうその細い身体のどこから出てくるのかというほどの声量で武彦の名を呼んだ。
 びりびりと空気が振動し、控えていた英里らの耳にもキーンッ!! と痛みが走る。当然離れていてこれなのだから対象となった武彦の耳には相当の音が注ぎ込まれただろう。――聞こえていればの話だが。
 流石はアイドル。英里以外の皆は彼がMistのアッシュである事を知らないが、鍛えられた声量は並じゃない。

「皆さん! い、今の声なんですか!?」
「お兄さんに何かあったんですか!?」

 それはやはり調査に行っていた零と佑樹にも届いていたらしく、大声に反応した二人が部屋に飛び込んできた。その手には氷が浮いたお茶の入ったガラスコップが握られており、彼らは朱里が武彦の耳元で叫んだということが判明すると、ふぅううっとそれはもう脱力した。

「あー……本当にびっくりさせないで下さいよ。あ、これどうぞ、麦茶です。暑いだろうと思って丁度零と用意してたんですよ」
「あら、ありがとう。頂くわ」
「おおきに。あー、耳にきた。凄い声量やなぁ」
「俺、今耳の奥がぼわぼわってなんか、うん、暫く調子悪いかも」
「……朱里」
「あ、ははははは。これだけの音で呼びかけても無反応ですよ! これで目が覚めたらってちょっと淡い期待を抱いたんですけど無理でした! 後はもうあれじゃないですか。例えば――ほら! 眠り姫的に誰かがキスをしてみるとか」
「朱里!! 冗談は止めないか!」

 零と佑樹が配るお茶を皆受け取り、朱里にも渡る。
 その最中に冗談を交えた朱里に対して英里が叱咤の声を掛けた。実際朱里は冗談でも言わないと悶々とひたすら考え込んでしまう癖がある。英里は分かっているが、周囲はそうではない。朱里は叫んだばかりの喉を潤す為に麦茶を飲み、その冷たさに癒しを貰った。
 やがて笑っていた朱里は場の仕切りなおしとばかりに表情を引き締めると武彦もとい腰掛けていたベッドから離れ皆の元に戻り、腕を組んで考え出す。

「しかしこの製作者……いや、使用者かな。何で腕輪という形を残したのだろう? もし草間さんを殺したいなら形の無き殺し方もあろうに。なぜ、わざわざこれ?」
「んーなんでやろうな。でも製作者と使用者がもし同じならばうちはなんとなくわかんで。こういうアイテムを作るヤツっていうのはやっぱり使ってみたいもんや。そんで自分の作ったもんの効能が知りたくなる。残す残さない以前の問題やね」
「なるほどね。私もその考え方は分かるわ。あくまで同一人物だった場合に限るけれど」
「でももし違っていたとしても、呪具の製作者の方に罪を擦り付ける気だったとか色々考えられるんじゃないっすか? あくまで俺の意見ですけど――あ、佑樹さんに零さんの方はどういう感じですか?」
「俺達側? ああ、ちょっと待って。見つけた依頼書幾つか持ってくるから」

 佑樹は零に余っていたはずの菓子を皆に出すように、と指示を出した後素早く興信所の方へと駆けていく。
 その時間すら惜しい皆は次の行動へと移った。――英里の子守人形がまた一つ、壊れたのを見つつ。

「じゃあ次は私がやってみるわ。多分英里ちゃんと同じ結果になりそうだけど、駄目元でね」
「弥生さん何すんの?」
「魔術が関わっているかは現段階では分からないけど、構造を読み取ってみようかと思うの。多少苦手だけどそういう魔法を使ってみるわ」
「あ、それだったら俺手伝えるかも。俺サイコメトリー出来るから弥生さんのその術と組み合わせて使えないっすかね? だって魔術であれなんであれ、「人」が作った物、特に呪いであるならそこにある思念は強力だと思うんですよね。だから思念を読み取ってみようと思うんですけどどうでしょ。んで、一瞬だけ弥生さんとテレパシーで意識を繋げさせてもらってればもし俺が理解出来ないもの――ほら、暗号化されたものとかが見えても弥生さんには伝わるし、分かるんじゃないかと」
「それは良い案だわ」
「あ、それやったらうちも繋いで欲しいわ。付与術式見んのうち得意」
「じゃあ俺含めて三人で繋ぐって事でいいっすか? あまり大人数だとサイコメトリーに使う能力が弱くなっちゃうんで」
「私達のことは構うな。それが最善ならそっちはそっちで頑張ってみてくれ。――う、また子守人形が半壊した」
「では私は皆さんに危害が及ばないよう符を用意しますね。多分それを行っている間身体の方の防衛が甘くなると思うので、万が一外部からの攻撃が有った場合私が対応します」
「あー、それやったらうちがまず先に動いてええかな? サポートがあんねんやったら先に腕輪に破壊魔法を掛けてみたい。こっちかて駄目元やけどな。そんで無理やったら「反射」の効果を無効化する術式を編むわ。術式に関しては時間足りるか分からんけどやらんよりマシや」
「ではセレシュさんが動いてから弥生さんと勇太さんが動くと言う事でいいですね。英里は私の傍を離れないように」
「うむ、了解だ」

 各々役割を分担するとまず朱里が衝撃減少符を用意し、それを自分達の周りに浮かせた。セレシュ自身も己の持つ保護符に力を込めて発動させる。勇太や弥生も先に動くセレシュに何か害が及んだ時の事を考えて自らが行える守護魔法、能力の準備を怠らない。

「んじゃ、やるで。一番怖い「反射」に気ぃつけながらやるけど皆よろしゅうに」

 そしてセレシュが破壊魔法――つまり腕輪への攻撃を行う。
 発動した魔法は腕輪へと向かい、バチバチッ!! と物凄い音を弾けさせながら侵入を試みている。だがひゅっとそれがまるで吸い込まれるように渦を巻いて消えた。

「危ない、セレシュさん!!」
「――ッ!!」

 朱里が本能的に危険を察し、セレシュの腕を掴み後方へと力いっぱい引き自分ごと倒れるように保護した。その瞬間、腕輪が強く光り出し、先程までセレシュが立っていた場所に閃光が走り、避けた先にある壁がその光を受け止めるともろく崩れ始めた。
 それはまるで光の矢の如く。
 朱里が引かなければセレシュが貫かれていたであろう事は明白である。

「お、おおきに。助かったわ」
「いてて、セレシュさんはどこか打ちませんでしたか?」
「まあ、朱里さんがクッションになってくれたさかい大丈夫や。……しかし面倒な腕輪やね。こいつ「吸収」も持っとるわ」
「吸収?」
「英里さんの人形が壊れやすいのもそのせいやと思うよ。腕輪に向けられた何かしらの力を「吸収」してそのまま「反射」や。増幅がない分マシやけどこれはきついなー……――よっしゃ! ちょっと時間かかるけどうちは術式編む。「反射」に対してのみ対応するもんを作るから「吸収」は残ってまうけどやってもええ? 吸収まで対応してるもん編んでたらタイムリミットになってまうさかいに」
「時間が掛かっても安全に事を進めましょう。その方が良いわ」

 弥生の言葉に皆頷きを返す。
 そして先程光の矢を受けた壁を改めてみればぞっと悪寒が走る。セレシュは部屋の端へ行き、周囲に作業用の魔方陣を展開し、術式を編む準備を始めた。時間が無くても安全に、誰も傷付かぬように……、そして武彦が無事呪いから解放されるように皆祈りながら作業を見守る。

「さっきの音なんですか――ってうわ、壁が!?」
「あ、佑樹さんお帰りなさい」
「ただいま――じゃ、なくってですね。う、これ修理代大丈夫かな」
「え、えーっともし犯人が見つかったらそいつに賠償させるっつーことで良いんじゃないっすかねー、はは、ははは……」
「……本当に、見つかったらただじゃおきません。あ、これ依頼書。最近受けた中じゃ怪奇物はまずなかったですね。武彦さん本当に怪奇関係お嫌いだからな」
「セレシュさんが頑張ってくれている間に私達はそっちを見ましょう。佑樹さん、見方を教えてくれるかしら?」
「じゃあ、こっちがまず解決分の依頼、こっちが現在進行形で受けている分、これが受けなかったけど強制的に置いていかれた資料とかですね。武彦さんが昨日どのように動いたか分かりませんけれど、多分解決済みの依頼じゃないと思います」

 佑樹がてきぱきと皆に説明と共に持ってきた資料を三分割して手渡そうとする。
 だが、手渡してしまうと混ざりそうだと判断し、皆をまだ広い興信所の方へと呼び、そこで混ざらないよう資料を広げてもらう事にした。
 零は飲み干されたガラスコップを回収しつつ、また改めて麦茶を入れて持ってくる。その際お菓子を出す事も忘れない。そんな風にしてセレシュ以外の全員で資料に目を通すと確かに怪奇関係の依頼は存在していなかった。

「人探しはいいけど、猫探しって……仕事選ぼうよ、草間さん……」
「多分それ、金が無かった時に武彦さんが受けたヤツだ」
「あら、こっちは現在進行形の浮気調査。まあ、探偵だもの。やるわよね」
「旦那様が心配ならウチに依頼をお願いします」
「佑樹さん、冗談でも怒るわよ?」
「それくらいウチの興信所の金銭状況が厳しいと察してくださいよ」
「うーん……と、言う事は草間さんは零さんの言う通り本当に怪奇関係以外の仕事で昨日出て行って、でも何かに巻き込まれて戻ってきた……そういうことですね。依頼自体には関係ないのかもしれません」
「私達に出来る事はやはり草間さんを起こす事のようだな。あ、人形が壊れた気配がするから換えてくる。ついでに私はセレシュさんの傍にいて様子を見よう。術式とやらが出来たなら皆を呼べばいいのだろう?」
「英里一人で行かせないよ。私も行きます。というわけでこっちをお願いして――」
「――おや、あんた達武彦を無事起こせたのかい?」

 英里と朱里が立ち上がり、武彦の部屋に戻ろうとした丁度その時、興信所の扉が開き店に帰っていた蓮が戻ってきた。その手には布で包まれた何かと魔術書の入った鞄が握られており、彼女は興信所の応接室にて集まっている皆を眺め見る。
 武彦の部屋に行こうとしていた英里と朱里は軽く首を振って否定した後セレシュと武彦が篭っている部屋へとすぐに移動した。
 当然蓮にも今までの経緯を残された皆で伝えると、彼女は困ったように眉根を寄せた。

「ああ、セレシュが術式を編んでるなら安心しな。そっち方面は本当に頼って良い子だからね。しかし……「吸収」が付いていたとはまた面倒臭いね」
「それセレシュさんも言ってましたよ。あと増幅が無くてよかったとか」
「やっぱりあの腕輪を作ったヤツは相当の手練のようだ。っと、そうそう。これを持って来たよ。本は弥生、あんたに。腕輪は……まあ、今はあたしが持っておこうか。一応呪具だからね」
「有難うございます。助かりました。もし何も分からなくてもこれで魔法の復習が出来るわ」
「さて、依頼の方からは良く分からなかったんだね? じゃあ、直接武彦に聞くのが近道だろうよ」
「蓮さーん、俺その腕輪見てみたいー!」
「おや、勇太。あんたは嵌められたいのかい」
「見てみたいだけ! 嵌めてどうすんの!?」
「冗談だよ。まあ見るだけなら構わないが、次はあんたと弥生が二人でサイコメトリーやらを使うんだろ? あんまりお勧めしないね」
「うぐ」
「しかし……時間がそろそろまずいんじゃないかい。あたしは武彦の様子でも見に行こうかね。――と、それだとこのままじゃまずいね。佑樹、悪いけどこれを預かっておいてくれ。さっきあたしが持っておくと言ったけれど、中に入るとなれば話は別だ。で、それを持っている間はあんたはなるべく武彦の部屋に入らない事。共鳴する可能性が無きにしも非ずだ」
「分かりました。腕輪をお預かりします」

 時計を見れば既に時は午後五時半。
 英里が人形で呪いの進行速度を遅らせているとはいえ厳しい時刻だ。

 蓮は腕輪を入れた箱を佑樹に預け、武彦の部屋へと足を運ぶ。
 言われた通り佑樹はその箱を持っている間は部屋の外で待つ形を貫く決意を固めた。蓮が一歩武彦の部屋に踏み込めばそこには真剣な面立ちで術式を編んでいるセレシュの姿がある。その表情は真摯的で集中している事が一目で分かった。その筋のものには読めるが、多くの文字がある法則に基づき組み合わされ重なっていく。それが腕輪に吸い込まれる形で流れ、抵抗を破り、「中」で反射の術式を無効化させようと必死に蠢いている。
 だが相当辛いのだろう。室温からではない汗がセレシュの肌を伝い、額から流れたそれは顎からつーっと床へ落ちた。拭っている余裕すら今の彼女には無い。

 武彦の姿は人形の身代わりもあり、今は五歳児程度。
 予想では既に危ない状況に陥っていても可笑しくない時刻だが、見事なものだと蓮は笑った。

「弥生、勇太。術の準備をしな。そろそろ編みあがるよ」
「はい!」
「分かったわ」
「呪いを解くには色んな方法がある。これが出来なかったとしても別方面から攻めりゃ良い。そういう気持ちでやりな」
「武彦さんの事宜しくお願いします」

 蓮の後ろから佑樹が二人に声を掛け、何も出来ない悔しさに歯噛みしつつ預かった腕輪の入った箱を抱きとめた。
 そして蓮が指示を下す。

「朱里、英里、二人は外に! 弥生、勇太、あんた達は中に入りな! あたしが合図したら術を展開して思念を探るんだよ!」
「――っ、やる。絶対に草間さんの事助ける」
「魔術書のおかげで読みながら出来るわ。ぎりぎりなところまでやるわよ」
「無理だけはしないようにするのだぞ」
「私達も符などで援護しますから」
「お願いね」

 入れ替わる瞬間、四人は言葉を交し合う。
 朱里は符を構え、英里は最後の人形をそっと部屋の中に残し外へ。
 勇太は弥生と……本来ならセレシュとも繋ぐはずだった意識を繋ぎあう。二人の意識が見えない糸で繋がると互いに考えている事や感情がダイレクトに伝わってきた。
 ……緊張している。
 それはもう神経が痛みを覚え張り詰めるほどに。

 そして、緊張の糸を張っていたもう一人の人物の身体がぐらりと揺れ。

「入りな!」

 蓮の掛け声と共に弥生は魔術書を片手に術を唱え、発動させる。
 それを勇太が追いかける様にサイコメトリーを重ね、腕輪へと向かわせた。
 拒む腕輪の強さが能力者二人に襲い掛かり、直接触れてもいないのに雷に打たれるかのような刺激が全身を襲う。素早く蓮は床に倒れたセレシュを迎えに中へと入り、そんな彼女を保護するため朱里は保護符を放つ。

「良くやったね。次はあの子らの出番さ」
「――……やっぱ「吸収」はきっついわー……編んでる傍から食われる感じ。それ以上のスピードに加えて精巧さが必要やったからな……蓮さん、二人に合図ありがとな」
「合図くらい気にしなくて良い。それに「反射」を防いだ分穴が生まれる。それはあんたの手柄だよ」

 セレシュの腕を己の肩へと回し、引き摺るように部屋の外へと向かった。
 飛び火のように彼女達にも腕輪は攻撃を向けるが、それを防いだのは朱里の符だった。

「こっち!」
「蓮さん早く!」

 英里と零は手を伸ばし、セレシュと蓮の腕を掴み急いで外へ脱出させる。
 転げ出るように二人が出ると、今度は外の皆が中の二人――勇太と弥生の方へと視線を向けた。
 静かに、けれど弾ける静電気のような破裂音。
 勇太も弥生も目を伏せ、まるで肉体を放棄したかのようにその場に在った。

 ―― 一方。潜った勇太と弥生の精神は腕輪へと干渉し始める。
 文字列が見え、それらが絡み合い、動きを停止しているのが見えた。セレシュが編んだ術式が腕輪の「反射」の術式を喰らい、活動停止に追いやっているのである。
 思念体のような状態で彼ら二人はそこに在る。
 ゆらりゆらり、潜り、探り、文字を読み、深く、深く。

―― 勇太君、見える?
―― ええ、俺にはちょっと文字が良く分かりませんけど。
―― あっちは気にしなくてもいいわ。構造を読みに行きましょう。
―― 俺はコイツを作った製作者の思念を探しに。

 ゆらりゆらり。
 まるで陽炎のように。
 ゆらりゆらり。
 そこに在る事すら危険な区域へと足を踏み入れる。そして二人を何かが襲った。
 見えない敵。
 削られるのは『力』。
 それは精神を殺がれていくような『引力』。
 勇太を形作っていた手が一瞬消え、慌てて意識をそこに集中すると手が現れた。

―― っ、もしかしてこれが「吸収」!?
―― 見て、勇太君。奥の方に文字があるわ!
―― これじゃ、思念を読む事に集中出来ない……!
―― 落ち着いて。製作者を探す事が目的じゃないの。
―― 弥生さん……?
―― 私達の目的は「武彦さんを目覚めさせる事」よ。

 弥生は文字を読み、腕輪の構造を解析しようと試みる。
 当然その度に彼らの干渉は「吸収」によって削られていく。特にダイレクトに脳を使うサイコメトリーを行っている勇太にはそれは危険な状態である事には変わりない。しかしそれでも彼は武彦を助けるためならばと最初から決意して潜っていた。

―― 「吸収反射」「記憶欠如」「接触拒否」「生と死の逆転」「魂束縛」……。

 構造を読み取り始めた弥生の口からぽろぽろと言葉が綴られていく。
 彼女の目は虚ろで、まるで読み取る文章を口に出すための媒介と化していた。

―― 「呪術反転」「反魂」「術式融合」「精神停滞」「夢幻回路」……。

 その言葉は弥生の身体の方の唇からも零され、何が起こっているか外からでは分からない蓮達の耳に届いた。
 すぐさま佑樹が興信所から筆記用具と紙を持ってくるとそれを零に渡し書き留めるよう指示をする。

―― 「拘束解放」「覚醒要因の欠如」「不可逆固定」「時限操作」……。

 ふっと意識体の弥生が何かを見つけ、虚ろだった瞳に光を宿す。そして持ち上がる指先。
 見守っていた勇太はその方角を見やり、そこに「彼」を見つけた。

 淡い光に包まれた成人の姿。
 紛れもない、自分達が救うべき相手である武彦である。彼は今横たわる格好で宙に浮き、意識を完全に閉じている。その身体を包む光――否、文字が勇太と弥生には見えた。

―― 勇太君、あれを壊して!!
―― 了解ッ!!
―― あの文字列が「縛鎖(ばくさ)」よ!!

 勇太は弥生の言葉に従い、意識体のまま新たに能力を重ね文字列を破壊に掛かる。
 強力な「吸収」の鎖が今度は勇太を襲う。だが勇太の攻撃は肉体ではない。それは仮初めの思念体でも同じ事。彼の能力はサイコキネシス。
 念じる力こそが、彼の攻撃。

―― やぶ、れっ、ろぉぉぉぉー――!!

 強く強くぶつける見えない力の刃。
 それは武彦を捕縛していた文字列を綺麗に切り裂いていき、そしてやがて鎖として作用しなくなったそれはぼろぼろに崩れ、砂のように消えた。

―― 勇太君、出ましょう! もう限界よ!!
―― でも草間さんがっ!
―― もう大丈夫なはずだから! 私達まで外に出られなくなるわ!
―― ッ……! ……分かりました!

 不意に二人はぶち、と何かが切れるような音を聞く。
 自ら強制的に切る意識の糸。入り込んでいた糸を切断し、そして強制的に肉体へと意識を戻して……。

 そこで彼らの意識は暗闇に包まれた。

■■■■■

「……そんな事があったのか」

 興信所の応接室で武彦がソファーに座り、組んだ両手に額を当てて項垂れる。
 あの後、倒れた勇太と弥生は他の皆に介抱され、三十分後に目を覚ました。それは能力を使い過ぎた事によるもので、頭痛こそすれど肉体には傷一つない。
 一方、武彦は勇太に縛鎖を破壊された直後、腕に取り付けられていた腕輪が綺麗に割れ落ち、すぐに覚醒に至った。そして全員が揃った今、やっと自分の身に起きていた事柄を蓮を筆頭に皆から説明を受けたところである。

「しかし、現状を考えると信じずにはいられんわな。……はぁ」
「お兄さん、タバコは駄目です!!」
「零、でもな」
「駄目ったら駄目です! ただでさえ今小さいんですから!」
「うぐっ」

 興信所のテーブルに置かれていたタバコに手を伸ばした武彦を叱る零。
 その時、ぐさりと言葉の刃が武彦を貫くのを皆見た気がした。
 そう零が言い放ったとおり、武彦の身体は小さいまま――五歳児程度で止まってしまったのである。

「腕輪が壊れても戻らんってまた変な話やね。腕輪に吸収されとったもん全部草間さんに還るもんやと思とったのに」
「小さい武彦さんは可愛いけれど、本来の姿に戻らないのは困ったものよね」
「でも一応草間さんに掛かってた呪いって解けたんすよね。腕輪が壊れたし、眠っているわけじゃないし」
「武彦さんの身の危険だけは一応遠のいたんじゃないかと俺は思うけどな。肉体はともかく」
「私達は起こす方向で動いていたからな。うーむ。しかし子守人形が大量に無くなってしまった」
「英里の人形がなかったら草間さんもっと小さくなっていたと思うから私はむしろ大役立ちだったと思うよ」
「その点は感謝する。……元に戻らんのは困っているが」

 武彦の指先がタバコを欲しがるように動く。
 しかし零が素早くタバコとライターを掴み、そのままどこかに隠しに行ってしまった。

「ところでどうしてあのような腕輪を付けてたんですか? 佑樹さん曰く怪奇関係の仕事には携わっていなかったとお聞きいたしましたが」
「ああ、それがだな。実は全く記憶にない」
「え、全く? ひとかけらも?」
「あったら早々に伝えるだろう。こっちだってこんな身体になって苛立ってるんだ。喫煙も出来ん身体なんぞヘビースモーカーとしてはきつい」
「飴でも舐めときや。子供の身体にはホンマ毒やで」
「くそ、昨日なんで出かけていったんだ、俺は……」

 舌打ちをしながら武彦はぶつぶつと記憶を思い出そうと必死に頭を抱える。
 その姿に本当のことを話していると感じ取った皆は何も言えなくなってしまった。実際辛いのは武彦本人。苦しんでいるのも武彦本人。
 何があったのか。
 何故今回の件に至ったのか。
 何故――大人の姿に戻らないのか。

「大人の姿に戻すだけなら手はあるけどねぇ」

 ふと蓮が声を掛け、それから佑樹に預けていた例の腕輪が入った箱を包んでいる布を取り払う。
 箱を開けば中には武彦に付けられていた腕輪とは似ても似つかないものが出てくる。しかし術式を組み込むのに外見は関係ない。

「これはあたしのところにやってきた魂狩りの腕輪さ。効果は眠ったまま老化し死ねる呪い。これを嵌めれば元には戻るかもしんないねぇ」
「……待て。ちょっと待て」
「同年齢くらいに戻ったら外せばいい。なんせその腕輪には複雑な術は掛かっていないからここにいる連中ならあっさり解けるだろうよ」
「記憶は?」
「戻らないよ」
「意味ないだろうが!!」
「だから『大人の姿に戻すだけなら』と言ったんだよ。選ぶのはあんたや周りの連中さ」

 蓮はそう言い切ってから蓋を閉める。
 そしてついっと箱の表面を撫でながら彼女は紅を塗った唇を持ち上げ、妖しく笑った。

「何はともあれ死なずにすんでよかったねぇ、武彦。この子らにはきちんと感謝しな」
「くっ」

 武彦には言いたい事は山ほどある。
 山ほどあるが……。

「……お前ら、有難うな。助かった」

 今はただ、感謝の言葉だけを紡いで。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】
【8538 / セレシュ・ウィーラー / 女 / 21歳 / 鍼灸マッサージ師】
【8556 / 弥生・ハスロ (やよい・はすろ) / 女 / 26歳 / 請負業】
【8564 / 椎名・佑樹 (しいな・ゆうき) / 男 / 23歳 / 探偵】
【8583 / 人形屋・英里 (ひとかたや・えいり) / 女 / 990歳 / 人形師】
【8596 / 鬼田・朱里 (きだ・しゅり) / 男 / 990歳 / 人形師手伝い・アイドル】

【登場NPC】
 草間武彦(くさまたけひこ)
 草間零(くさまれい)
 碧摩蓮(へきまれん)
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、参加有難うございました!
 今回は連作になる「LOST」の序章に参加頂きまして有難うございました!
 結果としては草間氏を起こす事に成功。でもちっちゃいままだよ! っていう感じです。

 今回のLOSTは記憶と肉体(若返ったままという意味で)。

 何があったのか、これから草間氏はどうするのか……それはまた次のお話で。

■工藤様
 こんにちは!
 今回は能力的に縛鎖を壊す役割を担って頂きました、有難うございます。
 その為前半はちょっと控えめですが後半に出番ががつっと入りました(笑)あ、写メは今からでも撮れますね!

カテゴリー: 01工藤勇太, 蒼木裕WR(勇太編), LOST |

夏と言えばこれ!

その人物の手には一枚のチケット。

 それは移動手段のものか。
 アトラクションの入場チケットか。
 祭りの特別席のチケットか。
 はたまた手作りの何かなのか。

 だけどそれを手にしている貴方は思う。

 「夏と言えばこれだ!」……と。

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「夏の暑い時はここが一番にゃ!」

 にゃんにゃん♪と楽しげにチビ猫獣人化した俺、工藤 勇太(くどう ゆうた)は夢の世界を闊歩する。夢ならば夏の暑さは無視出来るし、むしろスガタとカガミ達と遊べて一挙両得というもの。良い気分のまま彼らの元へと行こうとするが何も無いはずの空間にふと何かが落ちているのが見えた。
 興味をそそられ、それを拾い上げてみればなんと遊園地の無料招待券。内容的に「わーい!」と彼は喜びながらもう一方の手でその券を掴もうとする。だが。

「ぎにゃー!」
「なに、どうしたんですか。工藤さん!」
「どうした、勇太!」
「スガター、カガミー!! 券が、券がー!」
「券?」
「あ、コイツまたやりやがった」
「にゃああー!! 遊園地の券が俺の手にペタリと張り付いたまま剥がれないにゃー!! どうにかしてにゃー!!」

 この時自分を含めてスガタとカガミもまたこの状況に呆れ返っていたと思う。
 何故なら自分は過去全く同じようにこの世界で呪われたウェディングベールを拾い、何となく被った途端脱げなくなった苦い思い出がある。それを浄化した方法は「結婚式を行う事」だったが――今回は一体どうすれば解決に導けるのか。

「また呪われるとか嫌にゃー!!」

 手から離れないチケットをそれでもぶんぶん振り回しながら俺はカガミに突進し、泣きつく事にした。

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 さて、訪問してきた俺を見て、ミラーはイイ笑顔で開口一番こう言った。
 「君には学習能力はないのかな?」……と。

 あの後、前回同様ミラーとフィギュアの住む一軒屋にやってきた俺達三人は、かくかくしかじかと説明に入る。……といっても「散歩してた時に拾った券が手から離れません。今回も呪いですか?」と簡単に説明できるものだったが。
 あいかわらずフィギュアには「初めまして、<迷い子(まよいご)>」と言われ俺の心の何かが削られてしまったが、そろそろ慣れて来たのも事実。ミラーから記憶伝達を行ってもらった後、彼女とスガタにチケットが一体何なのか視てもらい、やがて結論が出される。
 その最中もミラーは皆の為にお菓子と紅茶を出すのを忘れない。しっかりと礼儀尽くしてくれる辺りが彼の良いところだと本当に思う。

「どうやらこれは廃園になった遊園地達の悲しい想いが具現化したもののようだわ」
「今一度子供達と遊びたいという願いが結集して工藤さんに張り付いたチケットを生んだみたいです」
「それで、そのチケットはどうすれば満足してくれるのかな?」
「チケットを見ると『一家族五人ご招待券』って書いてあるから……行けば満足してくれると思うの」
「ああ? でもそれ場所とか書いてあんのかよ。だってそれ複数の遊園地の具現化なんだろ」
「それがね、カガミ。ここに小さい文字で印字されているんだよ。『準備が出来たら案内所へお連れ致します』って」
「にゃ? それってどういう事にゃ?」
「つまりだな。行く奴五人くらい揃えて、皆の準備が出来たらチケットの方から呼んでくれるんだろ。――あ、ミラー。この桃のタルト美味いわ」
「先日遊びに来てくださった方が差し入れてくれたんですよ。腐らないよう術を施してありますから安心して食べて下さいね」

 五人。
 俺は猫手のまま今いる皆の数を数える。いーち、にー、さーん……。

「ぴったり五人にゃ!!」
「何だよ、いきなり叫んで」
「カガミ達、俺と一緒に遊園地に行って欲しいにゃー!」
「はぁ?」
「だってこの世界で見つけたものなのにゃ! だったらこの世界の知り合いで行きたいにゃ!」

 俺は手に付いたチケットをずずいっと彼らに見せながら主張する。すると彼らは互いに顔を見合わせて、苦笑した。

「僕は別にいいですよ。面白そうですし」
「まあ、別に付き合ってやっても良いけど」
「僕はフィギュア次第だね。どうする?」
「あたしは行ってみたいわね。その廃園の想いの強さも見てみたいし」
「じゃあ、決定だね。準備をしよう」
「準備って……このまま行きゃいいじゃん」
「カガミ、チケットの招待人数の項目を良く見てごらん。そして出来れば口に出して読んでごらんよ」
「んー……『一家族五人ご招待券』、……あ」
「気付いたかな。つまり、遊園地に行くには『家族』じゃないと認めてもらえないのかもしれないね」

 さあ、準備をしよう。
 まずは父を――ミラーが四十代程の男性へと変化を遂げて。
 続いて母を――フィギュアがそれよりもやや年下の女性へと成長し。
 最後に兄二人を――スガタとカガミが十七歳ほどの少年へと年齢を上げる。

 その見事な変化っぷりに俺は感動し、ぱふぱふと両手を叩き合わせてしまう。
 相変わらずチケットは手に張り付いたままだったけれど、なんだか幸せな光景だった。さてチケットはこれで認めてくれるだろうか。ちらっと俺は手を見下ろす。

「にゃー!?」

 俺が叫んだと同時に券が発光し、周囲を包む。
 そして室内全てが白に塗り変わった瞬間、自分達はどこかに転移させられるのを感じた。

■■■■■

 そして目の前には見たこともない大きな遊園地が存在しているわけで。

「無事着けたようだね。フィギュア、車椅子の座り心地は大丈夫かい?」
「ええ、大丈夫よ」
「これはまた複合体とだけあって広そうな……」
「うっわー、どでかい遊園地! 何台アトラクションあんだよ、これ」

 ミラーがフィギュアの為に用意した車椅子を押しながら入園ゲートへと向かう。
 そこは異空間に存在する遊園地のためだけの世界。遠くの方から同じように誘われたらしい誰かの笑い声が聞こえてきた。ジェットコースターが頭上を通るたびに黄色い声が響き、無事機能している事を俺は知る。
 俺は皆に付いて歩き、やがて入園ゲートへと辿り着くと手に張り付いていたチケットを見せた。そこに居た案内人の女性はにこやかに俺の手からチケットを剥がす様に受け取り、『家族五人』を中へと導く。
 あの時「楽しい時間を」と行ってくれた笑顔を俺は忘れない。

―― 家族って認めてもらえたのかにゃ?

「認めてもらえたんじゃないですか?」
「っていうか、マジでこれ一日遊びつくしていいわけ? っていうか勇太だけ身長制限掛かったりすんじゃねーの」
「にゃー! そうにゃ! 今の俺様は  チ  ビ  猫  獣  人  !」
「嫌だったら高校生の姿に戻っても良いんですよ?」
「そしたら絶叫系に振り回すだけだけどな」
「……カガミの目がキラキラと嫌な意味で輝いてるからこのままでいいにゃ……」

 くすんっと肩を撫で下ろしてしまう俺。
 後ろでは両親役となったミラーとフィギュアが呆れた様に、でもどこか楽しそうな目で自分達三人を見守ってくれていた。

「それで、貴方達はどれから遊ぶの?」
「じゃあ俺はミラーハウスに入りたいにゃ! ミラーとフィギュアの家のおかげで俺様きっと何の迷いも無く進めるはずにゃん!」
「うちは壁一面鏡張りだからねぇ。いいよ、三人で行っておいで」
「わーい、スガタ、カガミ行くにゃー!!」
「うわっ」
「げっ! 身長差考えろよ、お前! 走りにくいっ」
「今の俺様は気にしないのにゃー♪」

 ミラー達に見送られ俺はスガタとカガミの手をとり走り出す。
 前屈みになった格好で走る羽目になっている二人の困惑をよそに、すぐ傍にあった鏡張りの迷路施設へと足を運ぶ。入場前にはっとフリーパス用のチケットなど貰わなかった事に気付いたが、スタッフは何も気にせず自分達を中に通してくれた。

 最初はなんでいつもこんな事に……と嘆いていたけれど、やっぱり誰かと一緒に遊べるのはいい。それが家族だって認めてもらえた面々ならば尚更の事。
 入ったミラーハウスは当然『自分』を沢山映し出す。けれど大丈夫、手探りで、いつものように進んでいけば迷わない。やがて見えてくる出口に俺は嬉々として両手を上げ外に出た。

「一番乗りにゃー!!」
「「 一番最後の間違い 」」
「――ありゃ?」

 だが既に自分より先に出ていたスガタとカガミの突っ込みに俺様はぷっくーと頬を膨らませた。

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 その後も足の悪いフィギュアとはコーヒーカップやメリーゴーランドに乗ったり、ミラーとも様々なアトラクションを体験した。
 残念ながらフィギュアの足の悪さと俺自身の身長制限のせいで、そんなに多くのアトラクションには乗れなかったけれど、絶叫系コースターに乗るスガタとカガミは楽しそうで良かった。
 そっと俺は胸元に手を当て、そしてぽつりと呟く。

「そういえばこんな風に家族で、なんて遊園地来た事ないから……」
「あら、じゃあ初体験を貰っちゃったわね」
「フィギュア、ショールを巻いて。そろそろ冷えてくる時間だよ。それで<迷い子>、君はこの遊園地に来て楽しいかい?」
「うん、楽しいにゃ!!」
「それは良かった。――おや、スガタにカガミおかえり」
「うー……酔いそう」
「あー、あのコースター揺れがきつくて首がくがくー。高さとかは別に平気だったんだけどさー……」

 構図的には遊んできた二人の子供に声をかける父。
 よほど疲れたのか、スガタとカガミはぐたりと傍にあったベンチに腰掛け、その背もたれに両肘を乗せて項垂れている。
 猫手のまま俺は慌てて飲み物を二人に差し出し、彼らは素直にそれを受け取って飲んだ。そして不意に流れ聞こえてくる音楽。それはこの遊園地が閉園するという合図であった。

「帰らなきゃ駄目ね。おいで、勇太」
「フィ、フィギュアに呼び捨てにされたにゃ!?」
「あら、だってあたしは今あなたのお母さんですもの。呼び捨てにしても何にもおかしくないわ」
「……た、たしかにそうにゃ。じゃあ、お邪魔してー」
「ほら、そこの似非双子も帰るよ」
「「 はー……い 」」

 ずいぶんと覇気の無い声でスガタとカガミが応答する。
 車椅子に座っているフィギュアの膝に俺がちょんっと腰を下ろし、ミラーがその椅子を押す。そしてその後ろをよろよろと二人が追いかけて来れば、不思議な家族の光景が出来上がり。音楽が流れ出した事により、他にも遊びに来ていたグループやカップルなどがゲートへと向かい始める。その流れに逆らうものはいない。

 『本日はご来園ありがとうございます』
 『気をつけてお帰りくださいませ』

 そんなスタッフの声を聞きながら自分達はゲートを通り抜ける。
 そして全員が固まったその瞬間――またあの光に包まれた。

「にゃ、にゃ!?」

 俺はきょろきょろと周囲を見渡し、そこがフィギュアとミラーの住む家である事を確認する。そして皆もまた変化した姿のままそこに存在していた。

「遊園地達は満足したようね。良かったわ、楽しいひと時を過ごせて」
「フィギュアは慣れない車椅子で疲れただろう。今日はもう休んだ方がいいかもね」
「そうね、早めに……」
「で、君は一体いつまでフィギュアの膝の上を占領しているつもりかな?」
「にゃー!! 殺気を飛ばさないで欲しいにゃー!!」

 ぞくりと背筋が凍るような気に慌てて俺はフィギュアの膝から飛び降りる。
 しかし座らせてくれていたフィギュアはちょっと残念そうに笑う。

「きっと同じような事がまた起きるかもしれないけど、想いを浄化させてあければ大丈夫よ。あたしはもう忘れてしまうでしょうけれど、貴方にとって今日の家族ごっこは楽しかったかしら」

 未だ、『母』としての表情を保ちながら彼女は問う。
 そして『末っ子』として設定された俺はといえばほんのりと照れくさそうに頬を引っかきながら。

「えへへ、凄く楽しかったのにゃ!」

 満面の笑みを浮かべ、心からの感想を述べた。

―― Fin…

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、常夏ノベル単品版です!
 今回は当異界メンバーと共に遊園地に遊びに行くというお話でほのぼの致しました^^
 家族の役割分担がナイス過ぎて……!!

 しかしフィギュア=「母」はさりげなく工藤様の母上を被らせてしまいそうでどきどきしております。
 今回は参加有難うございました!!

カテゴリー: 01工藤勇太, その他(蒼木WR), 蒼木裕WR(勇太編) |

Summer partyでしっとりおおさわぎ!?

「今宵はこの道を行った先でお祭りがあるんですよ。どうですか行ってみられては?」

 海の男はそう言ってある小道を指差した。
 そこは木々がわざわざ道を作ったと言っても良いほど綺麗な森の小道で、満月の光でも充分歩けそうだった。男に懐中電灯を借りると自分達は小道を歩き出す。ただ、彼らには一つだけ引っかかっている言葉がある。
 それは懐中電灯を渡してくれた時の男の言葉だ。

「そうそう、そこのね。お化け屋敷が今回のお祭りの一番目玉なんだそうですよ。何でも『本物』が紛れ込んでいるとか、どうですか。度胸試しに入ってみるのも楽しいと思いますよ」

 祭囃子が聞こえ、提灯の明かりが見えてくる。
 忘れちゃいけない――――此処は『異世界のお祭り』。

■■【scene1:お祭り】■■

「で、結局行かされる訳だ。えーっと俺はアキラ。君は?」
「俺は工藤 勇太(くどう ゆうた)。よろしくな」

 アキラと名乗った十八歳の大学生は隣を歩く高校生男子に声を掛ける。
 先程まで開かれていたバーベキューパーティでは巨大海鮮生物にあれやこれな事をされてしまった勇太がめそめそと泣きながらあわびなどを焼いていた。そこを多くの人間……中には人外にも……に慰められた勇太はそれなりに復活した。

 だがその矢先に文頭の海の男の言葉である。
 正直場に居た半数ほどはげんなりしていたが、逆にお祭りという事で逆にテンションを上げた者もいた。勇太はどちらかというとげんなり派だったが、お祭りというかそういう雰囲気が嫌いなわけではない。
 そこで丁度誘ってくれたアキラや他の人間と――そして付いて来て下さった、かっこ笑いかっこ閉じる、な海の男と共に祭りへと繰り出したのである。

 勇太の格好はハーフパンツに半袖パーカーとかなり気楽な格好。
 アキラもTシャツにジーンズといった勇太よりかは布面積があり、一見暑そうに見えるがそれでもラフな格好である。

「俺は普段複雑な環境に居て悩み事とか多いからこの日くらいは何もかも忘れて思い切り楽しみたいな!」
「おお、アキラさん。超前向きっす!」
「お、たこ焼きの屋台発見! どう、一つ」
「わっ! アキラさん早速購入してるし!」
「いやー、海じゃあれだけ酷い目に合わされちゃったけど此処は『田舎のお祭り』って言う雰囲気にしか思えないし、特別害がなさそうだからついつい手が伸びちゃうんだよね」
「じゃあ、遠慮なく頂きます」
「あ、チキンナゲット発見」
「それもかふんふか!?(それも買うんすか!?)」

 アキラからたこ焼きを受け取りそれを頬張っていた勇太が驚く。
 彼は素早く出店のほうに寄り、自分の好みの食品を購入しそれを周囲の人間にも勧めたりして祭りを楽しんでいた。更に腹が膨れると今度は遊戯の方へと興味が湧き、輪投げや金魚すくいへと走る。勇太も自分の財布が許す限りは一緒に遊んでいた。――しかし何故異世界とも言うべきこの世界で自分達の世界の通貨が通用するのか些か引っ掛かりはしていたが。

「あれ、工藤さんやないの。こんばんはー。工藤さんもこの祭りに来てはったんやね」
「せ、セレシュさん!? え、あれ!?」
「どないしたん? そないに慌てて」
「ええっと、背中の翼は収納可能なんでしょうか」
「はぁ? 何いうとんねん。それよりも夏休みの宿題終わらせたんかー?」
「だってセレシュさん、昼は思い切り翼を広げて飛んであの化け物達と戦ってたじゃないですかー!!」
「昼? ……ちょい待ち。そん時のうちの様子、ちょっと詳しく聞かせて貰おか」
「え、じゃあ――」

 かくかくしかじか。
 それはもう勇太は手短に、簡潔に身振り手振りでセレシュへと説明する。今現在彼女が身に纏っているのは白生地に薄い青紫の矢絣(やがすり)と花模様が美しい浴衣で、それを白フリルの付いた黒帯を巻き、赤紐で締めた姿は祭りの雰囲気を相まってとても可愛らしい。彼女はそれとお揃いの生地を使った和巾着と赤団扇、それから出店で購入したらしいりんご飴を持っておりそれなりに楽しんでいる事が伺える。
 しかし勇太の説明を受けた直後、彼女は「あー」とか「うーん」やらと唸り始め、そして結果的に苦笑を浮かべる羽目となってしまった。

「それ昔のうちやわ」
「え、あ。そうなんですか。――って、えええええ!?」
「でも秘密やで、ひーみーつ。テレパスの工藤さんには隠し事出来そうにあらへんもんね。正直に言った方が気が楽やわ」
「っていう事はセレシュさんは人外……?」
「他の人には言わんといてな。うち基本的に人間とは上手くやっていきたいと思てるし、今の生活気に入ってるかんな」
「はー……それだったら確かに。秘密厳守しますよ!」
「おおきになー」

 勇太はぐっと拳を握り締めながら誓いを立てる。セレシュはその心遣いに素直に感謝した。
 さてそんな彼らもとい勇太の後ろからひょいっと顔を出す人物が一人。

「ただいまー。あれ? セレシュさんじゃないですか」
「あ、アキラさんお帰りなさい。……ってなんか手荷物増えてません?」
「ああ、実はさっき遊んでた射的が上手くいってね。豪華花火セット貰っちゃった。お久しぶりです、セレシュさん」
「どうも。アキラさんは昼間の参加者さんやったんやね?」
「そうそう、こっそり端の方で地味に戦っていたんだよ。でもセレシュさんが居たとは気付かなかったなぁ。改めてこんにちは」

 アキラは汗ばんでいた掌を自分のジーンズで拭った後手を差し出す。さりげないマナーを見せたアキラに対してセレシュもまたその手を取り、二人は握手を交わした。

「ところでセレシュさんは一人? 一人なら一緒に回りませんか」
「なんや、ナンパか」
「んー、これだけでナンパ成立するなら簡単だよね。――という訳で、下心とか一切ございません。お兄さんは純粋に遊びたいだけでーす」
「うちも一人で寂しい思てたところやさかい、工藤さんらと合流出来て幸いや。むしろうちの方から交ぜて貰おう思てたし」
「俺はセレシュさんが交ざるのは歓迎ですよ!」

 アキラは両手をあげ、ナンパの意思ではない事を簡単に示す。
 勇太は両手を叩き合わせてセレシュを歓迎し、彼女は持っていたりんご飴を齧りながら二人へと並び歩き出す。他愛のない話をしつつ、歩いていく道程は穏やか。時折誰かが言い出した話題にツボ突かれ笑いながら歩いていく。
 カラン、カラン。
 セレシュの履いている女性下駄が音を鳴らすのも風流だ。

「ああ、やっぱりんご飴やイカ焼き一つにしてもこう言う祭りの雰囲気で食べるとなんでか美味しいんよね」
「分かります! 分かります! なんかお祭り効果ってありますよね。ついつい財布の紐が緩んじゃって」
「ああ、あるよねぇ。俺も結構散財した方」

 豪華花火セットを二人に見せながらアキラは頬をかく。
 ふと、セレシュが団扇を口元に当てながら浴衣を纏う手先をそっと前へと差し出した。そして人差し指を立て、他の指を折り込み、自分達の進路の先にあるものを示す。
 そこに在ったのは当然今夜の祭りのメインと例の男が言っていた――「お化け屋敷」。
 セレシュはふっと目元を緩め、綺麗に結い上げた髪の毛を軽く揺らしながら小首を傾げた。

「あれが『本物』がでるっていうお化け屋敷やろ? 面白そーやね。皆で入ってみる?」

■■【scene2:美人は呆れ、少年は拒絶し、彼は静かに壊れて】■■

 浴衣美人が誘う、お化け屋敷。
 それだけ言うならまだいい。
 ちょっとした風流的な誘惑だと思えるのだが……。

 中から聞こえる悲鳴が女性声の「きゃー!!」ならまだ可愛い。
 しかし「ぎゃぉぉおおおううう、えええええ、ちょ、うぎゃあああー! でやがったぁああ、こんちくしょぉおおー!!」と意味の分からない男の野太い悲鳴が響き渡るそれにアキラと勇太はピシッと表情を固めた。
 セレシュ自身はあまり気にしていないようで、「男の人で相当こういうの弱い人がおったんやなぁ」などと暢気に感想を口にしているのみ。
 そこでとうとう勇太の中で何かがプチっと切れるような音がして。

「あのさ、俺毎回思うんだけど。なんでわざわざ驚かされるって分ってて中に入るの? しかも何? 本物がいるって? そんなの尚の事行くかって。それでもあえて行く人ってなんなの!? Mなの!?」

 それはいっそ清々しいほどの拒絶。
 セレシュは「おやまぁ」とその見事な発言に逆にぷっと息を吹き出してしまった。そして次に勇太と一緒に固まっていたアキラへと「アキラさんはどないする?」と声を掛ける。
 アキラはそのセレシュの声に一瞬だけ意識が戻るが、出て来た客が言葉もなく生気のない真っ青な表情でまた屋台群へと戻っていく様子を見ると、顔からダラダラと滝の如く汗を流し、恐怖を感じたまま固まってしまった。

 その間にも当然興味を持った客はどんどん吸い込まれるかのようにお化け屋敷に入って行き、ほぼ同じ速度で客が出てくるわけだが――出て来た客の半数は「あれは本物じゃない。あれは作り物」「あれはスタッフの演出だから怖くなかった、うん、うん。……もう入りたくない」などとマイナスな感想を述べている。
 ただし例外ももちろん有り、「ひゃっはー! 本物に逢えちゃったぜ! 俺様ラッキーボーイ!!」とテンションがやたらと高い客もいた訳で。

「アキラさん、もしかして怖いん?」
「ま、まさか! 平気、凄く平気! おばけ屋敷大好き!!」
「なんか壊れた人形みたいな変なテンションになってんで、アキラさん」
「え、そ、そんなこと、ナイヨ? 俺、お化け屋敷とっても大好き!! 今なら嬉しくて空にもきっとのぼれちゃうかも!」
「もう、良いんです! アキラさん! 俺と一緒に外で待ってましょう!」

 ……明らかにアキラのこれは『強がり』である。
 その様子があまりにも哀れで、勇太が彼の手を取り「俺達の心は一つ!」とばかりに場に居る事を提案した。
 しかし、『奴』は非常に残酷だった。

「おや、まだ入ってなかったんですか。結構面白がって入っていく方が多いのに強情ですね」
「出たー! 海の男ー!!」
「さあさあ、ひと夏の思い出として是非堪能して行ってください」
「ぐ、ぎぎぎ! 今度こそ引っ張られたりなんかしないんだからー!!」

 勇太は昼間男に投げられ、強制的に海鮮生物の戦いに飲まれた恐怖を思い出し、傍にあった木へとひしっと捕まる。男はそれなら、と彼の背中を引っ張り引き剥がそうとする。

「いーやーだー! せめて誰かと行くならまだいいけど俺ぼっちだし! ちくしょー! リア充ども爆発しろ!」
「あれ、うちらの事無視? それともただの混乱?」
「もういいじゃないか。勇太さんも一緒に行こうよ。ね? ほら、あっちの世界もきっと楽しいに決まって、あはははは!」
「アキラさんはこれやし、うち一人だけでも行こうかなぁ」

 まさか男二人が怖がりだとは思っていなかったセレシュはこの状況に心底呆れるばかり。
 だが彼女の傍に何者かの気配が数名降り立つ。ふわりと空中から姿を表したのは四人の男女。
 二人は鏡合わせの様な容姿を持つ十二歳程の少年達。その瞳は黒と蒼のヘテロクロミア。
 そしてストレートの長い黒髪を持つ白ゴシックドレスを身に纏った足の悪い少女を抱いて現れた十五歳ほどの少年。

「おや、ミラーさんにフィギュアさんやないの。こんばんは」
「こんにちは、セレシュさん。先日はどうも」
「いやいや、この間はごめんなぁ? そういや今日はどないしたん。フィギュアさん連れてまさかお化け屋敷に遊びに?」
「そう、案内状を貰ったのでね」
「――えっと、貴女は初めましての人かしら?」
「違うよ、フィギュア。あっちの少年とこちらの女性とは何度か逢った事があるから記憶を渡そう」

 いつの間にか車椅子が地面には用意されていて、少女を抱いていた黒と緑のヘテロクロミアを持つ少年――ミラーはフィギュアをそこへとそっと下ろし、セレシュと勇太との記憶を渡すためその額に額を重ねた。二人はその瞬間だけ目を伏せ、自分達だけの世界を作る。
 やがてフィギュアの黒と灰色の瞳が開く頃、彼女は確かな記憶を得てセレシュへと向き合う。

「こんにちは。先日は桃のタルトが美味しかったわ」
「おお。思い出してくれたんやね。ところでフィギュアさん、お化け屋敷は好き? 実は連れが――」
「カーガーミ~! 会いたかった~っ」

 此処まで言って彼女の声を遮ったのは勇太。
 木から離れ、得意のサイコキネシスで自分を引っ張っていた海の男を余裕で跳ね飛ばすと、双子に見える少年の片方へと抱きついた。傍目から見ると高校生男子が小学生、良くても中学一年生程度の少年に泣きつくという情けない状況の出来上がりである。
 勢い良く大きな木の幹まで跳ね飛ばされた海の男が「くっ、やりますね」と口から無駄に血を吐き出し、格好をつけていたのはあえて全員が無視をした。

「うん、あの人がどうしたの? あとそちらの男性もお連れさんよね」
「そやねん。二人ともな、実は――」
「いーやー! カガミ止めてー!!」
「さあ、行くぞ。このお化け屋敷を楽しみに俺此処に来たんだからな!」
「そうそう、僕らもここに興味があって来たんですから」
「ぎゃー!! 俺、精神的に二人には抵抗出来ないって知ってるくせにー!!」

 にぃー、ぃーぃーぃー……。
 木霊する勇太の悲鳴。
 哀れ、彼は助け舟だと思った少年二人に無残にも裏切られ、両脇を捕まれたままお化け屋敷へと連れ込まれるという結果に陥った。

「アキラさん、どないする?」
「一人で待つ方が嫌な予感しかしない」
「やっぱり怖――」
「はっ、そ、そんな事ないです! お化け屋敷大好きだって言ってるじゃないですか!! さあ、いきますよ!」
「――うん、状況が良く分かるね」
「入る前からこれじゃ貴方も苦労したでしょうに」
「……――苦労っつーよりも、なあ?」

 状況を解してくれたフィギュアとミラーに苦笑いを浮かべたセレシュ。
 ミラーは車椅子を押しながらお化け屋敷へと足を踏み入れる。セレシュもこれ幸い、と彼らの後に続き、アキラも心中だばだばと涙を零しながらお化け屋敷へと入館する事となった。

■■【scene3:in お化け屋敷】■■

「ぎゃー! 俺の顔が腐ったー!」
「どろどろと」
「醜く融けて」
「後ろから苛めの合いの手が入ってくるしー!」

 先に入っていた勇太・カガミ・スガタ組と合流したのは割と早い段階の部屋。
 そこには壊れた人形の山や鏡が置かれ、勇太が覗いた鏡では彼の顔が融け、腐乱死体から白骨手前へと至る様子が映し出されていた。
 セレシュも興味を抱き、その鏡をひょいっと横から覗き込む。その瞬間、彼女の愛らしい顔付きも融け、白骨化していく。

「おぉぅ、こういうのはタネがわかっとっても結構精神的にくるもんあるなぁ」
「ひっ!」
「アキラさん、アキラさん。必死に耐えてんのは分かるけど、顔が面白いことになってんで」

 それはハーフミラーを使った仕掛け。
 遊園地などでよく利用されているギミックだ。もちろん悪霊の気配などせず、ミラー達も覗き込み、そこに映る自分の姿が変わるのを楽しむ。

「フィギュアさんらはあんまり驚かへんのやね」
「だって鏡には悪意はないわ」
「あえて悪意があると定めるならこれを設置した者だろうね。客を驚かそうと考えて」
「それ悪意なん? 好意とは言い難いけど……うーん」
「つ、次の部屋に行けるみたいですよ。行きましょうか!」
「アキラさんの顔がカチコチに固まっとるし、ここはこれだけっぽいし行くしかあらへんな」
「あはは、次の部屋はなーにーかなー?」
「なんでしょうー?」
「止めてー! スガタにカガミ、お前ら俺の恐怖を煽るの止めてー!」

 勇太は単純なからくりにも既に恐怖を抱いているらしく、更にそれを煽る少年ら二人に対してぎゃんぎゃん声を荒げる。それが屋敷の外まで響き、より一層ホラー演出になっているとは今は気付かずに。

 トントン。
 そして全員が次の部屋へと移動した時、後ろから何者かが最後尾だったセレシュとアキラの肩を叩いた。そして二人は思わず振り返ってしまう。

『あぁ……ぁ、あ゛あー……!』

「きゃー! 出たー!!」
「――っ!?」
「あはは、出た、出たー!! お化けが出よったー!!」
「…………」

『あ゛ー……』

 そこに存在していたのはゾンビ。
 先程鏡越しに腐乱した自分達を見た身としては大したダメージではないが、それでも自分ではない第三者が腐った姿で、しかも足をがくがくと踊らせながら近寄ってくる姿は危機を感じざるを得ない。それに対してセレシュは「こう言う場所」だと理解しているため、楽しく驚かせてもらい、悲鳴を上げる。
 ぷぅんっと香ってくる死臭も良く出来ている。正直、アキラなど逃げ出したい気持ちだ。だが「走るのは厳禁」なのがお化け屋敷の掟。彼はギギギッ、と己の身体がまるで錆びたかのように重く感じつつも必死にそれから顔を逸らそうと努力する。
 だが、そのお化けはそんなアキラが可笑しかったのか。

『あ、あ゛ー……あ』

 顔を寄せ、自分を見ろとばかりに近寄ってくる。
 そして苦しげに己の腐敗した喉を引っかくとずるり、――と偽物の肉を剥いだ。これにはアキラは全身に悪寒が走るのを感じ、完全に硬直してしまう。

「あははっ、あかん! 完全にアキラさんターゲットにされとんで!」
「ぎゃー! こっちはタコイカ触手ー!! って後ろはバイオハ――もごっ!!」
「それ以上は著作権という大人の事情で引っ掛かるから駄目です」
「可能性は潰しておかないとな。という訳で黙れ、勇太」
「もごー!」
「ん? タコイカってなんや?」

 セレシュが勇太の悲鳴に惹かれ、前へと出る。
 するとそこには昼間、勇太やアキラが散々な目に合わされたタコイカの触手が天井からぶら下がっており、今にも客をその粘ついた海水臭いそれで絡めとろうとしているではないか。これには流石のセレシュも予想外で、見た瞬間びくっ! と身体を跳ねさせた。しかしセレシュ自身は状況を把握しようともう一度後ろを振り返った。

『あー……あ゛ー―……』
『ぅ、あー……ああ゛ー……』
『……あー……』

 ――ゾンビが増えている。それもアキラを囲むように。

「ミラー、あれは助けてあげないと駄目じゃないかしら」
「いや、きっと彼はあの状況を楽しんでいるんだよ。見てごらん、あの可笑しい顔」
「ちゃうちゃう! あれは怖すぎて顔面崩壊を起こしてんねんって! ったく、情けないなぁ。ほれアキラさん先行くで!」

 セレシュはゾンビ達に対し、ていていっと手で払う仕草をしながら近付く。
 そしてスタッフは基本的に客に必要以上近付かないルールだ。セレシュがアキラを救い出すため手を伸ばし、先に進む為に引っ張れば、彼らはかなり鈍足で近付いては来るものの最初ほどのインパクトはもうない。
 そして固まったアキラを無理やり歩かせ、セレシュは触手の簾(すだれ)にも果敢に挑戦しさっさと先に進むことを決意した。
 ミラーも車椅子を押しながらその後ろに付いて歩き、フィギュアは面白そうに触手に手を伸ばす。しかし「それは駄目」とミラーは叱咤した。

 残されたのは勇太達。
 これにはどうするかとカガミとスガタがにやにやとそれはもう意地の悪い笑みを浮かべてしゃがみ込み、項垂れている勇太の行動を待つ。タコイカ触手に対してトラウマを嫌というほど植え付けられてしまったにとっては置いていかれている現状は地獄である。

「ちっくしょー!! 俺も行くー!! つーか置いていかないで、セレシュさーん!」

 もはや涙声。
 勇太は頑張って己の足を奮い立たせ触手の簾を通り抜けようとする――が、触手はしゅるんっと背後から忍び寄りその足を掴みあげ、上へ上へと引き上げていく。これには逆さまになった勇太が流石に暴れだす。

「いぎゃー!! 捕まったー!!」
「ああ、巻き込まれてる」
「お前、鈍すぎだろ」
「あ、良く見れば他にも捕まった人の持ち物らしきものが引っ掛かってるよ」
「……俺だったら引っ掛かりたくないトラップだな」
「いやー! 俺様ピンチー! カガミ助けてー!」
「「 情けなっ!! 」」

 スガタとカガミはいつも通り声を合わせ突っ込んでしまう。
 さて指名されたカガミはと言うと、「仕方ねえな」と一度舌打ちをしてから軽く床を蹴って飛び上がり、くるんっと巻いている触手を解き、勇太を己の腕に抱き込み保護する。その頃には既に自我が崩壊した勇太は大変な事になっていた。

「もういや。俺、カガミの腕の中から離れない」
「落ち着け勇太。俺は今青年姿じゃない」
「少年姿でもいい。カガミ。俺とリア充になろう」
「――スガタ」
「僕に助けを求める視線を送られてもね。良いじゃない。もう引っ付かせておけば良いと思うよ。さて、早く追いかけないと」
「そうですよ。何もたもたしてるんですか? 迷子になったんでしたら私が案内しますよ」
「「 お、海の男さん復活 」」
「元はといえばお前が原因なんだよー!!」
「さあ、私についてきてくださいなー」

 入り口で勇太に吹き飛ばされたはずの男はさらりと合流を果たし、触手の簾を通り抜け先に行って待っていた他の面々にも顔を見せる。当然、セレシュやアキラ達もあまり良い顔はしていない。
 更に言えば後ろからやってきた勇太が少年カガミに横抱きにされながら引っ付いている姿にただただ吃驚する。しかし事情を説明すると納得と……そして同情せざるを得なかった。くすんくすんっと少年に抱きついている高校生は非常に情けないが、トラウマという傷に塩を塗り込まれた事には間違いないのだから。

「さあ、私に付いて来てください! ここから先は簡単な迷路になっているのですよ! 私なら的確に貴方達を案内して差し上げますよ」

 キランッ!
 白い歯を地味に恐怖効果の為に使用されている青いライトで光らせながら彼は満面の笑みを浮かべる。
 一同は心を一つにし、思った。――うぜぇ!! と。

「次はこっちの部屋が楽しいですよ。ほーら、アキラさんいってらっしゃい!」

 男は気にせず三つに分かれていた道の一つを選び抜き、そして洋館っぽい扉を見つけると遠慮なく開く。そしてアキラの腕を掴むとそのまま力いっぱい中に引き摺り込んで彼を放り込んだ。受身も取る余裕のなかったアキラはひぃっと小さな悲鳴を上げ、バランスを崩してその部屋の中央で手を付きながら膝を付く。
 すると彼目掛けて何匹もの小さな飛行生物が襲い掛かり、しかし何もせず扉の方へと出て行く。一瞬視界を塞がれた彼は慌てて顔の前で腕を立て何が飛んできたのか目視する。するとそれは蝙蝠であることが分かった。

『ようこそ、我が屋敷に訪れし生贄達よ。今宵は貴方を恐怖のどん底に落として差し上げましょう』

 アキラが投げ入れられた部屋の内装は完全に洋館。
 その中央に置かれたソファーには明らかに吸血鬼らしき男が座っており、愉しげに尖った牙を見せると持っていたワイングラスを床へと投げ捨てる。グラスはパリンッと砕け、中に入っていた赤い液体はどろり……と粘着性を見せながら高級そうな絨毯の上に広がっていく。
 そしてシュバッ!! と白く冷やされた風が噴出され皆を包み込み視界を白める。

「凄い演出やなぁ。これでアキラさんまた固まってへんとええけど」
「吸血鬼の方がマシ」
「工藤さんはタコイカの方が嫌なんやもんね」
「言わないでー!!」

 やがて視界が鮮明になり始めた頃、セレシュの肩に触れる何者かの手。

「あー、これさっきのゾンビでやられた戦法やけどこの場合は――」
『美しき女性……さあ、私のものにおなりなさい』
「――ん? さっきの吸血鬼さんとは違うなぁ」
『麗しき乙女。君の血を吸いたい』
「まあ、この人達は女性には皆こうやって声を掛けてくれるのかしら?」

 セレシュの後ろに立つ吸血鬼、そしてフィギュアに傅き手を取っている吸血鬼は最初に見た吸血鬼の男とは違っており、それは蝙蝠がまるで変身したかのような錯覚に陥る。
 そして最初の男はどこだ、と皆探し始めると『彼』は一番最初に部屋に入れられたアキラの前に立っていた。アキラの背中に手を這わせ、その首筋に牙を今にも突き立てんと口を開いている姿がセレシュ達の目に入った。
 それは妖艶な雰囲気を醸し出しており、思わず一部のものはごくりと生唾を飲む。

『心地よい香りがする青年よ。我にその魂を捧げよ。その肉体を持って私のこの飢えた欲求を満たし――ん?』
「吸血鬼はあんまり怖くないんですよね、俺」
『貴様、その手はなんだ』
「え、出来たら握手をしてもらえたら嬉しいなって」

 アキラはその身体の中に本物の吸血鬼の系統を持っている。
 だからか先祖の血故か親近感に近い物を抱き、握手をしようと試みたのだ。これには逆に困惑してしまう吸血鬼の男。恐怖、畏怖、そんなものを与えようとしているというのに相手は暢気に手を差し出してきて、挨拶をしようとしている。どう対応しようかと一瞬困ったような動きを見せるも、そこは多くの客を驚かしてきたスタッフの意地が発動し、彼は彼の手首をやんわりと握り込み、拒絶する事にした。
 だがその牙はやんわりとアキラの首筋に軽く刺すように触れ、そしてすぐに離れる。ぱっと見、吸血行為を行ったかのように。
 そして次に男が取った行動。それは後ろに居るメンバーに近付くという事。

「吸血鬼くんなー! カガミ、俺を連れて逃げてー!」
「なんかもうキャラ崩れてんぞ、お前」
『はっはっは、泣け、喚け! その恐怖心こそ我の欲を満たすのだ!!』

 勇太の方へと行った吸血鬼。
 拒否された事に気付くとアキラは己の手をわきわきと動かしてからその部屋の壁に寄りかかり、どんよりと落ち込み始める。その空気は非常に重たく、見ている方が罪悪感を感じてしまう。

「あーあ、アキラさん落ち込みはった。折角アキラさんにとって怖くなかった仕掛けやったのになぁ……」
『さあ、先へどうぞ。美しき女性。この先の恐怖もまた貴方の心に闇を作る事を私は祈ろう』
「そりゃおおきに」
『麗しき乙女。君にはもう運命の相手がいるようだ。彼の手を決して離さぬよう先を行くがいい』
「ふふ、有難う」
「……演出といえど、少しムカついてしまったよ。先に行こうか」

 アキラを途中で回収しつつ、皆でぞろぞろと部屋の奥にある順路を行く。
 しかし、どんよりと暗い気配を放つアキラは気に敏感な者にはある意味ギミックになるかもしれない。だが問題ない。なぜなら彼が強いのはあくまで吸血鬼関係だけ。
 その後、海の男の案内の下進んだ先でアキラはまたも顔の表情筋が可笑しくなるほどの恐怖に包まれ、元通りの姿を取り戻したのだから――……何も問題ないはずだ、多分。

■■【scene4:本物はだーれだ】■■

 そのお化け屋敷には『本物』がいる。
 害はなしてこないけれど、知らない内に同じ道をぐるぐる回らされたり、自分達のグループにこっそり紛れ込んでいたと噂は様々。そもそもどういう意味で『本物』なのかどうかすら曖昧なのだという。

 だから彼らは気付かなかった。
 気付いていたかもしれないけれど――気付かぬふりをしていた。

「あー! 中々楽しかったなぁ。うちは結構満足したで!」
「……吸血鬼さんに拒否されてしまった」
「タコイカ嫌い」
「男共が暗いんやけど!」

 海の男の案内でそれはもう様々なお化けと出逢った彼らは値段以上に楽しんだ後、無事外へと出た。それと同時に海の男は「じゃ、次の案内があるので!」と姿を消す。
 セレシュは浴衣姿で伸びをする。彼女は心底遊んだと満足しているが、半強制的に入館した勇太とアキラ達は一部のギミックや演出で地味に心に打撃を負ってしまった。

「しかし何が本物やったんやろうね。ま、うちらは遭遇出来ひんかったんかもしれんな」
「? 何のお話?」
「フィギュアさんは知らんかな。ここのお化け屋敷を教えてくれた海の男さんが言うにはな――」

 そしてセレシュは何故このお化け屋敷に入るに至ったのかその理由を告げる。
 自分達を召喚したらしい海の男がこの祭りの目玉であるお化け屋敷を教えてくれた事。
 その理由も「何でも『本物』が紛れ込んでいるので度胸試しにどうか」という話。
 だから自分達は――少なくともセレシュはそれを楽しもうと此処に遊びに来たのだと告げた。

「そんな人、居ないわよ」
「ん?」
「あの海にそんな男性は居ないわ」
「――ちょい待ち! そこから先はもしや聞いちゃ駄目なことやったりすんやろうか」
「私間違った事を言ってるかしら? ミラー」
「いいや。この世界のあの海をそのような男が管理しているという話は聞いたことがないよ。なんなら確かめに行くかい?」
「――っ!?」

 ミラーがセレシュの腕を取り、カガミは勇太を抱き込んだまま、スガタがアキラの背にぽんっと手を当てたと同時に彼らは空間を転移する。

 辿り着いた先にあったのは昼間とは違い、今にも朽ちてしまいそうな海の建物。
 バーベキューパーティをした名残すら風化しかけており、そこはもう何十年も人が踏み込んでいない寂れた場所にしか見えなかった。海も今は静かで、空に浮いている月が水面で歪んだ虚像の姿を映し出している。

「……! まさかあの男がやて――」
「事実は小説よりも奇なり、っていうところかな」
「うわー!! 俺、幽霊に投げ飛ばされたー!」

 各々思うことは違ったけれど、気付いてしまった瞬間の寒気は忘れられない。
 夏の海。
 一夜の夏の思い出。
 『本物』が暴れまわったたった一日の出来事。

「これにてめでたしめでたし?」

 ミラー達はただ静かに事実に気付いていなかった彼らを見て、困ったように笑うしかなかった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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東京怪談
【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】
【8538 / セレシュ・ウィーラー / 女 / 21歳 / 鍼灸マッサージ師】
【8584 / 晶・ハスロ (あきら・はすろ) / 男 / 18歳 / 大学生】

【登場NPC】
東京怪談
【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】

イベント用NPC
【NPC / 海の男 / 男 / ?? / 幽霊】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、参加有難うございました!
 常夏ドリームノベルの集合型の後半である今作に参加有難うございました!
 今回は2PC様がNPCを希望して下さったので、ぞろっと異界NPCも一緒に遊ばせて頂く事に。
 夏のひと時を一緒に過ごして下さって有難うございました!

■工藤様
 いつもお世話になっております!
 カガミを希望有難うございました! 遠慮なく登場及び引きずり込み役をさせて頂きましたがある意味苛めだなぁと思いつつ(笑)
 ところでプレイングにあったリア充にはなれましたでしょうか? 少年カガミにべったりはリア充ではないのならまた別の機会にリア充に!

カテゴリー: 01工藤勇太, 蒼木裕WR(勇太編), 集合イベント型 |