ファミレスにて。
「お待たせしましたー。エビフライ&ハンバーグセットですー」
「…ゎ……」
勇太の目の前に現われた夢のコラボ。それは、エビフライ大好きな勇太
にとっては極上の組み合わせだった。私は勇太のその表情を見ただけで
嬉しくなってしまう。
「ははは、作ってやれないんだけど、な。…? どうした?」
私の言葉に反応がなく、勇太は目を点にして目の前に出された料理を見つめ
ていた。そっと手を伸ばし、フォークでエビフライ2本を横に動かし、
真下にある大きなハンバーグを見つめて再び固まる。不意に私を見つめ、
勇太が口を開いた。
「…これ…食べて良いの?」
「え…?」思わず私は驚いてしまった。勇太がまともに私に喋りかける事は
施設から勇太を連れ出すあの日以来だ。「あ…あぁ…! 勿論だ!」
「…へへ…」小さく笑う勇太。あの日の勇太とは違う、何処となく明るい
少年の表情。
どうやら今の私は食事を済ませる所ではないらしい。目頭が熱く、こみ
上げる涙を堪えるだけで必死だ。目の前に出されたスパゲティを口に運ぶ。
ただそれだけで堪えている想いが爆発して、泣き出してしまいそうだ。そんな
私を少しの間見つめていた勇太がハンバーグを切って口に運んだ。嬉しそうに
初めて笑顔を見せる。
「…美味しい…か…?」崩れそうな笑顔で私は勇太に尋ねた。この時の私の顔は
随分と情けない顔をしていただろう。
「…泣いてるの…?」勇太が一瞬悲しそうな顔をする。
「…はは…は…」俯いた私の手に、温かい涙の感触が伝わる。「ごめんな、こんな
情けない姿を…」
「ううん、情けなくないよ」私は勇太の言葉に思わず涙を伝わらせて振り向いた。
「…勇太…?」
「だって、あの子を助けてあげた時、カッコ良かった…」
「…っ! …はは…そうか…。カッコ良かったか…」私は俯き、パスタを乱暴に
口へと運んだ。「…そうか…っ。…そうか…」
この日の事を、私は忘れないだろう。眩しすぎる勇太の笑顔と、あまりにもしょっぱい
パスタの味を…。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
シチュノベ→ギフト編への発端?
「…何故…」
私は目を疑った。不意に目の前に現れた男。私は彼を知っている。
「…久しぶりじゃないか、弦也」
「…今まで…何を…!?」私は男へと睨み付ける様に尋ねる。
「おいおい、随分と冷たい視線だな、数年ぶりに会った兄に…。
何でも俺の後をついてきていたお前らしくない表情だ」
“工藤 宗也”。彼は私の兄であり、勇太の実の父にあたる男。
そして、私にとっては憎しみの代名詞の様な存在だ。
「…何を言うかと思えば、そんな昔の私だと思うか…!?」
「…憎しみや恨み。どれも実にくだらない感情だな…」鼻で笑う様に
宗也は私に向かって言い捨てた。
「何…だと!?」
「お前と分かり合うつもりはない。お前では俺には何をしても
勝てないのだから、な…」
「くっ…」
確かに私は幼い頃から兄に何をしても越える事は出来なかった。
「だが、お前はよくやってくれたよ…」
「…?」
「感謝するよ。“俺の息子”をあそこまで立派に育ててくれて、な」
「何が言いたい…!」
「単刀直入に言おう」宗也が小さく笑う。「“俺の息子”を返してもらおう」
「…っ! そうはさせない!」
――。
「…やれやれ、笑わせる」
薄れ行く意識の中で、兄が嘲笑う。
「…じゃあな、弦也。勇太は俺が連れて行く」
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
何故か今になって15歳編のアフターストーリー
「ふぅ…」
やれやれ、といわんばかりのため息を吐いた私は、仕事から
帰るなり、真っ直ぐに勇太の部屋を覗き込んだ。真っ暗な部屋
が怖いからといつも机の上の電気をつけて寝ている勇太の寝顔。
私にとってはこの姿を見る事が出来るのは、学校で大型連休と
なってくれたこういう時期だけだ。
「…凛…キスしないで~…」
「……」
私は物音を立てずに部屋の戸を閉めて廊下に出てリビングへと
向かった。
「…まさか…不純異性交遊に…!? いやいやいや、勇太はまだ…。
だ、だが…、研究所でも危険な行為の形跡が…っ!」
その日、弦也が寝不足になったのは言うまでもない。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
何を話せば良いのだろうか。こんな時、私はそう考えてしまう。
能力を暴走させ、あのディテクターに救われた。私は勇太と共に帰路につきながら、
その事だけを頭の中に巡らせていた。
「…勇太、落ち着いたか?」
「……」
私の問いかけに、勇太は頷く事しかしない。そして何より、昔と同じ、輝きを
失くした瞳。それだけ心に受けた傷は大きいのだろうか。とは言え問い詰める事は
出来ない。
最近の勇太は安定していた。私の提案とは言え、吹奏楽を続け、友達とも親しく
している様子だった。だと言うのに、暴走。原因の見当がつかない私にとって、今回の
騒動は正直な所では不安材料だ。
「…叔父さん」
「どうした?」
「俺、もう人前で能力を使ったりしない…。絶対に…」
「…そうか…」
それは決して、安堵するべき言葉じゃない。
勇太は昔からそうだ。兄に似てしまったのかもしれない。何でも自分の中で背負い込み、
全ての事を解決しようとしたがる。預かる身としては手のかからない楽な子だが、親として
私はこの子を見つめている為、少々寂しくすら感じる。
「…勇太」
「……?」
「お腹空いてないか? ファミレスでも寄って帰ろうか」
「…うん」
そう、私に出来るのは、今この目の前で疲弊している勇太の傍にいる事。そして、
少しでも喜ばせてやる事だけだ。
大きくなった勇太の、まだまだ小さな心。私は、それを守る為に何が出来るのだろうか…。
□■□■□■□□■□■□■□□■□■□■□□■□■□■□□■□■□■□
―弦也を背に歩き出したディテクター。
「…フフフ、らしくないね」
IO2の門を歩いて行った先に立っていた一人の女性。
黒髪の落ち着いた雰囲気を放った綺麗な女性が小さく笑う。
「…かもしれないな…」
「ま、アナタの言った通り、あの子の情報は抹消済みよ。何もしなければ、
今後IO2に見つかる事はないわ」
「…すまないな」
「あら、他人行儀ね…」歩き去ろうとしているディテクターを横目に、
女がまた小さく微笑む。「…潜入が決まったわ。お別れを言いに来たの」
「…そうか…」ディテクターが立ち止まる。
「相手は虚無。下手をすれば、殺されるでしょうね」
「…あぁ」
「…ねぇ、武彦」女が振り返る。「もしも私が虚無に殺されたら、
アナタはどうする?」
静けさが漂う中、ディテクターが再び歩き出した。
「…お前を殺したヤツらを、俺が殺す」
「…バカ。だったら死ぬ前に助けてよね」
女の言葉に、ディテクターが立ち止まる。
「…死ぬなよ。お前の情報の確証を取れれば、俺もすぐに動ける」
「…フフ、女ディテクターって呼ばせるまで、死んであげないわよ」
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■