叔父さんと一緒

ファミレスにて。

「お待たせしましたー。エビフライ&ハンバーグセットですー」

「…ゎ……」

 勇太の目の前に現われた夢のコラボ。それは、エビフライ大好きな勇太

にとっては極上の組み合わせだった。私は勇太のその表情を見ただけで

嬉しくなってしまう。

「ははは、作ってやれないんだけど、な。…? どうした?」

 私の言葉に反応がなく、勇太は目を点にして目の前に出された料理を見つめ

ていた。そっと手を伸ばし、フォークでエビフライ2本を横に動かし、

真下にある大きなハンバーグを見つめて再び固まる。不意に私を見つめ、

勇太が口を開いた。

「…これ…食べて良いの?」

「え…?」思わず私は驚いてしまった。勇太がまともに私に喋りかける事は

施設から勇太を連れ出すあの日以来だ。「あ…あぁ…! 勿論だ!」

「…へへ…」小さく笑う勇太。あの日の勇太とは違う、何処となく明るい

少年の表情。

 どうやら今の私は食事を済ませる所ではないらしい。目頭が熱く、こみ

上げる涙を堪えるだけで必死だ。目の前に出されたスパゲティを口に運ぶ。

ただそれだけで堪えている想いが爆発して、泣き出してしまいそうだ。そんな

私を少しの間見つめていた勇太がハンバーグを切って口に運んだ。嬉しそうに

初めて笑顔を見せる。

「…美味しい…か…?」崩れそうな笑顔で私は勇太に尋ねた。この時の私の顔は

随分と情けない顔をしていただろう。

「…泣いてるの…?」勇太が一瞬悲しそうな顔をする。

「…はは…は…」俯いた私の手に、温かい涙の感触が伝わる。「ごめんな、こんな

情けない姿を…」

「ううん、情けなくないよ」私は勇太の言葉に思わず涙を伝わらせて振り向いた。

「…勇太…?」

「だって、あの子を助けてあげた時、カッコ良かった…」

「…っ! …はは…そうか…。カッコ良かったか…」私は俯き、パスタを乱暴に

口へと運んだ。「…そうか…っ。…そうか…」

 この日の事を、私は忘れないだろう。眩しすぎる勇太の笑顔と、あまりにもしょっぱい

パスタの味を…。

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

シチュノベ→ギフト編への発端?

「…何故…」
 私は目を疑った。不意に目の前に現れた男。私は彼を知っている。
「…久しぶりじゃないか、弦也」
「…今まで…何を…!?」私は男へと睨み付ける様に尋ねる。
「おいおい、随分と冷たい視線だな、数年ぶりに会った兄に…。
何でも俺の後をついてきていたお前らしくない表情だ」
 “工藤 宗也”。彼は私の兄であり、勇太の実の父にあたる男。
そして、私にとっては憎しみの代名詞の様な存在だ。
「…何を言うかと思えば、そんな昔の私だと思うか…!?」
「…憎しみや恨み。どれも実にくだらない感情だな…」鼻で笑う様に
宗也は私に向かって言い捨てた。
「何…だと!?」
「お前と分かり合うつもりはない。お前では俺には何をしても
勝てないのだから、な…」
「くっ…」
 確かに私は幼い頃から兄に何をしても越える事は出来なかった。
「だが、お前はよくやってくれたよ…」
「…?」
「感謝するよ。“俺の息子”をあそこまで立派に育ててくれて、な」
「何が言いたい…!」
「単刀直入に言おう」宗也が小さく笑う。「“俺の息子”を返してもらおう」
「…っ! そうはさせない!」

――。

「…やれやれ、笑わせる」
 薄れ行く意識の中で、兄が嘲笑う。
「…じゃあな、弦也。勇太は俺が連れて行く」

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

何故か今になって15歳編のアフターストーリー

「ふぅ…」
 やれやれ、といわんばかりのため息を吐いた私は、仕事から
帰るなり、真っ直ぐに勇太の部屋を覗き込んだ。真っ暗な部屋
が怖いからといつも机の上の電気をつけて寝ている勇太の寝顔。
私にとってはこの姿を見る事が出来るのは、学校で大型連休と
なってくれたこういう時期だけだ。
「…凛…キスしないで~…」
「……」
 私は物音を立てずに部屋の戸を閉めて廊下に出てリビングへと
向かった。
「…まさか…不純異性交遊に…!? いやいやいや、勇太はまだ…。
だ、だが…、研究所でも危険な行為の形跡が…っ!」

 その日、弦也が寝不足になったのは言うまでもない。

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

何を話せば良いのだろうか。こんな時、私はそう考えてしまう。

 能力を暴走させ、あのディテクターに救われた。私は勇太と共に帰路につきながら、
その事だけを頭の中に巡らせていた。
「…勇太、落ち着いたか?」
「……」
 私の問いかけに、勇太は頷く事しかしない。そして何より、昔と同じ、輝きを
失くした瞳。それだけ心に受けた傷は大きいのだろうか。とは言え問い詰める事は
出来ない。
 最近の勇太は安定していた。私の提案とは言え、吹奏楽を続け、友達とも親しく
している様子だった。だと言うのに、暴走。原因の見当がつかない私にとって、今回の
騒動は正直な所では不安材料だ。
「…叔父さん」
「どうした?」
「俺、もう人前で能力を使ったりしない…。絶対に…」
「…そうか…」
 それは決して、安堵するべき言葉じゃない。

 勇太は昔からそうだ。兄に似てしまったのかもしれない。何でも自分の中で背負い込み、
全ての事を解決しようとしたがる。預かる身としては手のかからない楽な子だが、親として
私はこの子を見つめている為、少々寂しくすら感じる。

「…勇太」
「……?」
「お腹空いてないか? ファミレスでも寄って帰ろうか」
「…うん」

 そう、私に出来るのは、今この目の前で疲弊している勇太の傍にいる事。そして、
少しでも喜ばせてやる事だけだ。

 大きくなった勇太の、まだまだ小さな心。私は、それを守る為に何が出来るのだろうか…。

□■□■□■□□■□■□■□□■□■□■□□■□■□■□□■□■□■□

―弦也を背に歩き出したディテクター。

「…フフフ、らしくないね」
 IO2の門を歩いて行った先に立っていた一人の女性。
黒髪の落ち着いた雰囲気を放った綺麗な女性が小さく笑う。
「…かもしれないな…」
「ま、アナタの言った通り、あの子の情報は抹消済みよ。何もしなければ、
今後IO2に見つかる事はないわ」
「…すまないな」
「あら、他人行儀ね…」歩き去ろうとしているディテクターを横目に、
女がまた小さく微笑む。「…潜入が決まったわ。お別れを言いに来たの」
「…そうか…」ディテクターが立ち止まる。
「相手は虚無。下手をすれば、殺されるでしょうね」
「…あぁ」
「…ねぇ、武彦」女が振り返る。「もしも私が虚無に殺されたら、
アナタはどうする?」
 静けさが漂う中、ディテクターが再び歩き出した。
「…お前を殺したヤツらを、俺が殺す」
「…バカ。だったら死ぬ前に助けてよね」
 女の言葉に、ディテクターが立ち止まる。
「…死ぬなよ。お前の情報の確証を取れれば、俺もすぐに動ける」
「…フフ、女ディテクターって呼ばせるまで、死んであげないわよ」

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

カテゴリー: 01工藤勇太, おまけノベル(白神WR), 白神怜司WR(勇太編) |

鬼鮫さんアラカルト

勇太12歳編、ラストのアフターストーリー、
  ■ “鬼鮫の苦悩” ■

 
 壮絶な虚無の境界との戦いは、一人の少年の手によって終止符を打たれ
た。IO2最強のエージェント、“ディテクター・草間 武彦”。そして、その
監視下にいた“元・危険人物 工藤 勇太”。IO2本部はその功績を労い、
工藤 勇太には引き続きの監視と解放を。そして、最強のエージェント、
草間 武彦にはIO2を離れる許可を与えた。かくいう鬼鮫は、相変わらずの
任務の続く日々。何も不満はない。強いヤツと戦える事。それだけが彼に
とっての存在意義を満たす理由と成り得たのだから。
「ほらよ、見舞いだ」
「あ、鬼鮫さん! 自分なんかに…!」
 IO2の任務の中で、鬼鮫は自分の無茶に迷惑をかけた部下の見舞いは欠か
さない。それが、自分勝手にやりながらも部下から慕われる所以だ。
「…なぁ、メロン好きか?」
「へ…? えぇ、好きですよ~。高価ですし、いつも鬼鮫さんがくれる桐箱
のメロンは、俺らみたいな一般エージェントじゃ買えないですし」エージェ
ントがにっこりと笑いながら答えた。
「…そうか…」
「どうしたんです?」
「…その…あれだ…。痒くなったりしないか?」
「…はい?」
「その…果汁で…?」
「…ぶっ!」
「おい、笑ったな?」鞘から剣を抜く。
「こら! またアンタなの!?」バインダーで殴りかかる看護婦。勇太の時と
同じ看護婦だ。「ジーンキャリアってのは頭も獣になっちまうのかい?」
「…貴様、俺を侮辱しているのか?」鬼鮫が立ち上がる。見舞いに来られた部
下の血の気が引き、真っ青な顔になっていく。
「侮辱されるのが嫌なら、守り事ぐらいしっかり守る事だね!」
「…チッ…」鬼鮫が部屋を後にする。「おい」
「はい!?」エージェントが強張る。
「…ちゃんと口の周りは洗え」
「…はい…」

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
『まるで夫婦? エストVs鬼鮫』

 ―勇太と凛が楓と話し込む間、エストと鬼鮫は廊下で少し立ち止まる。
お互いに勇太(凛)が気がかりな様だ。
「…今日の話では、あのガキのクローンの話しが出る…」
「クローン…?」
「遺伝子を使った分身みたいなモンだ。虚無の境界がそれをやろうとしてるらしい」
「…?」
 エスト、年齢○○○歳。携帯電話が最も最近覚えた現代語。
「…要するに、子供みてぇなモンだ。勇太が親で、その長所をそのまま受け継ぐ偽者の生命だ」
 

 鬼鮫がエストに解り易く説明した。
 ―…つもりだった。

「成る程…」エストが暫く俯く。「つまり、この後凛と共に交わる、と?」
「…は?」
「全く、いつまで経ってもそれがないので心配してましたが、虚無の境界もなかなか解ってますね。
勇太さんは十七歳。既に元服を迎えています。一人の男性ですわ」
「…バ…ッ」

鬼鮫説明→エスト暴走→鬼鮫整理中→理解←今ココ

「バカ言ってんじゃねぇ! 時代が違う! アイツはまだまだそんな歳じゃねぇ!」
「フフフ、見た目に寄らず真面目な方ですね」
「そ、そうじゃねぇが…! あ、アイツはまだまだガキだ! そんな事…」
「あーら? 何故貴方がそんな事を許さないと? 保護者は別の方でしょう?」
「と、とにかく、ダメなモンはダメだ!」鬼鮫が歩き出す。
「―で・す・が、二人は既に一つ屋根の下(し・た)…」
 

 鬼鮫の足が止まる。

「一夜の過ちなど、取るに足らない事…。ましてや、夫婦となるのであれば…――」
「――俺だ! 至急、工藤 勇太の部屋を別にしろ!」
 こんなやり取りが、勇太が暴走してる間も続いた事は誰も知らない。

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

R18?

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
「ぐっ…あ…あぁぁ…っ」
 勇太の受けた傷口から毒が身体に回っていく。
「…チッ、バスターズは未だか…!」鬼鮫の焦りが色濃くなる。
「うっ…うああぁぁ…あ…ぁ…」瞳孔が開く勇太の声が漏れる。
「チッ…」鬼鮫が勇太の服を破る。腹部に刺さった毒針を引き抜き、
鬼鮫が口をつけ、毒を吸い出す。
「うっ…あぁっ…」痛みと共に勇太の手が鬼鮫の肩へ食い込む。
「…ッ!!」痛みに堪えながら鬼鮫が毒を吸っては吐いていく。
「…はぁ…はぁ…」瞳孔が次第に閉じ、勇太が鬼鮫を見る。「あ…、
ありがと…」
「…フン、気にするな」鬼鮫が口を拭い、ライターでナイフを炙る。
「…はぁ…はぁ…ぐっ…!」
「傷口を焼く。気を失うかもしれないが、耐えろ…」
 鬼鮫の言葉に勇太が力なく頷く。熱を宿したナイフを見つめた後、
鬼鮫が勇太に目を覆う様に抑える。
「いくぞ…」
「……~~っ!! う…! あっ…、あつ…っ!」
「力を抜け」勇太が暴れる中、鬼鮫が勇太へと声をかける。「すぐ、
楽になる」
「う…あぁぁっ!」勇太が必死に力を抜こうとするが、痛みで身体が
跳ねる。

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

「ぐっ…あ…っ! アツ…イ…!」勇太の瞳が潤む。身体が
反射的に跳ね続ける。「あ…っ、痛い…よ…」
「我慢しろ…」鬼鮫の額が汗ばむ。「…くっ、キツいな…」
「うあ”ぁ…っ!」意識が遠くなる。勇太の鬼鮫に絡み付く手も
腕も汗ばみ、頬が紅潮していく。「鬼鮫…さん…っ」
「くっ、あぁぁっ!」
「だ…ダメだよ…壊れ…る…っ!」勇太の表情が苦痛に歪む。
 速度を増す様に鬼鮫の動きが徐々に激しくなる。
「…ッ!」
「う…あ…あっ…! もう…もうダメだって…っ! あ…っ!」

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

カテゴリー: 01工藤勇太, おまけノベル(白神WR), 白神怜司WR(勇太編) |

吸血鬼~おまけ~

「…帰るか…」

「…ですね…」

 灰と化した吸血鬼の傍で絆創膏を取り合った二人は呆れた様に声をかけあった。

「それにしても、あの“鉄の少女”って技。なかなか破壊力高いな」

「でしょ!?」勇太が得意気に声を武彦へと返事を返す。「今日授業で出たんだけ

ど、響きが良くて思いついた!」

「だが、あれはあまり使えないな」武彦が煙草に火を点けて呟く。

「え!? 何でさ!」

「…“虚無の境界”との戦いの様に、能力者や人間にあれを使えば、お前は人を殺す

事になる」

「…あ…」

「お前の叔父さんやお袋さんが、それを望む訳ない。俺だってそうだがな」

「…草間さん…」

「それに、“アイツ”がお前がそんな事したって知ったら、お前どうするんだ?」武

彦がニヤリと笑って尋ねる。

「…あ、“アイツ”ってまさか…。草間さん、人は殺さないから! 変な事言ったり

しないでよ!?」

「ハッハッハ、お前がそんな事するとは思ってないが、な」

「からかったの!?」

「あぁ。ほら、帰るぞ」

「…まず人に使うなら草間さんから最初に…」

「り――」

「―わぁぁ! ちょちょちょ!」

カテゴリー: 01工藤勇太, おまけノベル(白神WR), 白神怜司WR(勇太編) |

そして君は流転する

俺はとある病院の一角に立っていた。
 黒スーツに黒ロングコートという全身黒ずくめの姿。それから顔にはサングラスを掛けて一見して『誰』なのか分からないようにしていた。ただ遠目から見た雰囲気は物静か、けれどどこか触れるには戸惑うその無意識に出た拒絶感。
 俺は知っている。ここが本来の自分の居場所ではない事を。
 そして「案内人」たる『彼』もまた知っていた。

「見っけ」

 病室で眠っている一人の少年。
 その傍に寄り添うように、両手で少年の片手を包み込み額に当てる『彼』の姿に思わず俺はにっと微笑を浮かべた。第三者からの視線で見たそれは『思い出』。
 そして俺の視線に気付いていた『彼』は、迷わず視線を交わらせた。距離はそう離れていない向かい側の病院棟。そこに立つ黒ずくめの男の正体を一瞬にして理解した彼――カガミは少年の手に最後の口付けを落とした後、転移した。
 それを感知した俺は追いかけるように同様に転移する。己の能力テレポートを使って。
 二人が選んだ場所は病院の屋上。今は誰もいないその場所で対面したのは――。

「身長伸びたな」
「おう」
「お前は『また』勝手に飛んできたのか」
「え、いやいや、別に勝手に飛んできたわけじゃ……!」
「能力制御出来ずに飛んでりゃ勝手の分類に入ると思うけど?」
「うぐっ――お、おっしゃる通りです」

 図星を差されて俺はがくっと肩を垂れ下げる。
 時空転移の能力に目覚めたばかりの俺はその能力を自らの意思で使用する事が困難で、度々現在軸から様々な地点へと飛ばされてしまう。それを彼――カガミは指摘したのだ。
 しかし今回は『あの日』に到達するなんて、何か意味があるのだろうかと俺は考え込む。目の前のカガミは今の俺よりも幼く見える――なんて、それが時を定めか。
 こほん、と俺は改めて言葉を口にするため咳払いをする。カガミは屋上の網フェンスにその背を寄りかからせ、キシッ、と鳴るそこに身体を預けた。

「あの後、一時カガミの事忘れて大変だったんだぜー?」
「運命はお前と共にある」
「俺がお前の事を忘れたのも運命?」
「世には変えられない掟や理がある。選択を終えた以上、俺が「案内人」であり、お前が<迷い子(まよいご)>であった関係は先程の時点で一旦幕を下ろした。その事実だけはこの世界では間違いない『事実』。多くの過去、多くの未来で多くの選択肢があろうともこの場所では俺達は別つだろう」
「……本来だったらあそこで<迷い子>と案内人の関係は終わりだったのか?」
「お前の母親と俺は――俺とスガタは縁を得た。しかし彼女が迷いを絶ち、選択した瞬間から俺達は彼女との縁は切れている。それが最善か最悪かはその人の次第。俺達は幸福の神じゃない。あくまで<迷い>を導くだけの存在であり、その先に行く着く運命までは弄られない」
「母さんはお前を呼ばなかった。それが普通なのかもしんないけど――」

 俺はそっと手を持ち上げ、そこに嵌めている細い輪を見せる。
 銀色のそれは相変わらず俺の左指にぴったりと嵌め込まれており、輝きを失う事もなくそっと存在していた。カガミはカガミで自分の手を持ち上げる。そこには細い鎖で飾られた時計が嵌められている。

「俺さ、指輪に彫ってあった名前でお前の事思い出した」
「ふうん」
「言ったろ? 『迷い子じゃなくなってもお前を呼ぶって』――それともそうなる事をお前が望んでくれたのか?」
「俺はお前にとって過ぎ去る人格の一つしかない。特別だと思ってくれた、それだけで充分」
「カガミは相変わらずカガミだよな」

 理想は低く、望みはあくまで<迷い子>主体。
 彼は自我があるようで、時折どこか高みから操られた人形のよう。全てが全て、遊戯盤の上の人生だとすれば彼はきっとトランプでいう白紙の存在。どのカードが失われてもどのカードの代わりになれる者。プレイヤーの意思で彼は善にも悪にもなり、生と死も思うがままに弄られ続けるのだろう。
 それはカガミの『人生』なのか――存在すら怪しい彼に当て嵌まるのか分からないけれど。

「今の俺は幸せだよ。辛い事もたくさんあるけど、それでも俺はこの道を選んでこの力で救える人がいる事に幸せを感じている」
「俺はそんな未来知らない」
「知ってるはずだろ。カガミは俺よりなんでも知ってる。だから『今の俺』が案内人達とどうなっているかなんて……お前には分かるんだろ?」

 くすりと笑みながら俺はカガミに問う。
 だが彼は目を細め、少しだけ顔に影を落とした。

「『今の俺』が知っているのはこの瞳が捉えた複数の未来視だ。その中に確かにお前の存在はあるが、この時間軸では俺がお前を固定する事は出来ない。その上で答えるならば、この先の未来で俺達がどうなっていようとそれは可能性の一つでしかない」

 黒と蒼のヘテロクロミア。
 カガミの蒼の瞳にはほんの少し先の未来を見通す能力があるという。だからこそ彼はいつも先読みをする。悲しい未来も、楽しい未来も、全ての選択肢を知りながら選ばせるのは<迷い子>自身に。その結果起こりうる最悪も最善も彼はその度に受け止めてきたんだろう。
 蒼の瞳へと手を当てて、彼は『俺』を見た。
 その瞳は不変の色をしているような気がして、背筋がぞくりと跳ねる。だけど、それがカガミだ。終始余裕の笑顔を浮かべながらも俺は『過去』を懐かしむ。
 俺が辿ってきた人生の中で決して排除してはいけない因子。
 IO2へと至る道程を決心させてくれた存在の一人。

「じゃあ、俺は戻れる時までこの時間軸で遊んでるな」
「迷惑だけは掛けるなよ」
「おう!」

 この時間で俺と彼が長時間いる事は多分ない。
 過去と未来が交差した影響は考えてはいけないのだ。だからこそ、俺は影響を考えて過去との接触を極力避けながらまた戻れる時を待つ。
 その時もそのつもりだった――のに。

「勇太」

 俺を抱きしめるのは誰だ。
 ほんの少しだけ俺より大きくて、その手が視界を遮るようにサングラス越しに被せられる。気配が『二つ』に増えた事に対して俺は笑うしかない。
 そうだった。彼はいつだって人間である俺よりも多くの<迷い子>と共に複数存在し、場合によってはその生涯を共にするのだ。笑いがこみ上げてきて仕方が無い。
 どうしたら彼に勝てるのだろう。
 どうやったら彼を驚かせる事が出来るのだろう。
 フェンスに寄りかかったままの気配と俺を抱きしめてくれる気配。
 同一軸に存在して尚、ぶれる事のない希少な存在『達』。

「やっぱりカガミには敵わないなぁ」

 生み出されては分かれて行く人格達。
 多くの個の中には邂逅を得る時間もあって、うぬぼれかもしれないけどきっと俺専用のカガミも存在しているのだ。俺を抱く腕の温かさと強さは変わらないのか。

「勇太」

 比べる事の出来ない未接触。呼びかけてくれるのはどちら?
 後ろに存在する『共に生きる存在(カガミ)』に俺はただただ笑うしかない。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【8636 / フェイト / 男 / 22歳 / IO2エージェント】

【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 こんにちは、フェイト様としては初めまして!

 今回は(も?)カガミ指定有難う御座いました。例の話の後と言う事で最後はタイムパラドックス風味に。
 これからもフェイト様の活躍を楽しみに待たせて頂きますね^^
 あと指輪所有設定という事ですのでこちらにも贈らせて頂きます。ではでは!

カテゴリー: 02フェイト, 蒼木裕WR(フェイト編) |

Infinity or Mebius ring・3

可能性の数だけ存在する未来。
 これから俺が選ぶべきその先に存在する――沢山の俺。
 「これは何か」と本能が叫ぶ。
 事態を重く見た俺はチビ猫獣人から本来の高校生の姿へと戻り、彼らを一瞥した。

「……イド!」

 それは俺が下した判断の名前。
 過去という時間軸に葬り去られた『無意識の集合体』が以前具現化し、俺から「俺」の居場所を奪おうとした事を思い出す。彼らはもしかして今の俺の精神が不安定すぎて完全に同化出来なかったのではないかと背筋がぞっと凍るような寒気を覚えてしまう。
 不快を避け、快を求める快楽原則。
 その名を呼んだ俺に対して目の前に存在する多種多様の『俺』は静かに首を振った。

『俺達はイドではない』
「え」
『確かにアレらに似てはいるけれど、俺達の存在はあくまで可能性の一つ。選択肢の先の未来。いわゆる妄想に似て異なる者』
「俺は此処にいる皆は表に生まれたがっているのだと思っている」
『選択した先に誰が居ようと俺達は抗わない。抗う意思すらない。選られた未来が生き、他は消えていく――それは確かにイドのように』
「お前達はイドじゃないのか」
『此処は可能性の世界だ』

 一般人のように現実世界だけを生きる俺。
 夢の人を追いかける選択をした俺。
 現実と妄想の境界に堕ちて壊れてしまった俺。
 母親との未来を選び、友人と共に生き、超能力もまた有効活用していく俺。
 沢山の俺が俺を見ている。
 けれどそれは無意識の集合体ではなく、あくまでも『可能性』なのだと彼らは答えた。

 俺は警戒しつつも彼らの話を聞く。
 一人一人が言葉を繋ぎ、文章を作り出すそれは聞き逃してはいけない事ばかり。俺は混乱しつつも、懸命に頭の中で整理をしようと思考を巡らせる。彼らはイドではなく先の未来の可能性達。確かに彼らは以前俺が切り捨てて行った過去の存在ではない。イドは無意識の集合体ではあるが、それは未来にまでは及ばないのかと俺は必死に結論付けてみる。
 やがて一人の『俺』が俺の前へと歩みを進め、片手を広げた。
 その表情はどこか悲しみに満ちていて――。

『……あのまま戻ってたらお前は確実に案内人の事を忘れていただろうな』
「え?」
『思い出せよ、あいつらの言葉を』
「こと、ば?」
『案内人達もまた認識されて存在するもの。認識しない状態だと道端に転がっている石のようなものだ。在るのに無い状態とでも言うべきか。お前が認識しないのであれば案内人達の姿は決してお前の目には映らない』
「――それはっ」

 『俺』の言葉に以前カガミ達に言われていた事を思い出す。
 彼らとて認識されて初めて存在しえる者達。もちろん彼らが存在するのに俺は必要ないだろう。「導き」を無意識に求める<迷い子>達は多いだろうし、その数だけ彼らは存在しうる。
 だけど俺が認識し、今まで一緒に過ごしてきたカガミ達は俺だけの唯一の存在だ。だからこそ俺が彼らを忘れてしまえば当然彼らの存在は無いに等しくなってしまう。

 目の前の『俺』の言葉に俺は歯軋りをし、多種多様の自分達を見つめた。
 これが未来。
 俺に用意されている先。
 でも此処には――。

『さあ、選べ』
「……選べない。ここにはカガミに再び会う俺がいないじゃないか」
『それは案内人と別ったお前の未来だからだ』
「俺は再びカガミと会う! カガミ、スガタ……、ミラーにフィギュア……皆、皆、俺の中で認識してんだ! 俺はもう迷い子じゃない! でもあいつらは確実に生きてるんだ!」

 拳を作って己の胸を強く叩く。
 願い事は彼らとの再会。自分が覚えている限り彼らは決して俺の中から消滅する事はない。だからこそ俺は此処にいる『俺』を選ぶ事など出来ないんだ。
 だけど時は一刻を争うかのように残酷で。

―― 先生、工藤さんの心拍数が!
―― 昨日まで安定していたのに、どうして!
―― まるで目覚める事を嫌がっているみたい……。
―― 私達に出来ることは彼を生かすことだ。処置を続けるぞ!
―― はいっ!

 聞こえてくる現実世界の声。
 このまま夢の世界に居ればもう一度彼らに逢える? それとも別の未来がまた生まれるのだろうか。今選択すべきは生か死か。現実か夢か。

「俺は、ただ、逢いたいだけなのに……――!」

 その願いすら叶えて貰えないのは、俺が既に<迷い子>の枠を外れたからだと知っているからこそ感情と共に表情は歪み、俺は酸素を求める魚のようにぱくぱくと口を動かして苦しさに喘ぐのみ。

■■■■■

「こんにちは、フィギュアにミラー」
「いらっしゃい。スガタ」
「ようこそ、お茶はいかが?」

 それはアンティーク風の一軒屋に訪問した一人の案内人の少年。
 彼らを迎え入れたのは同じく<迷い子>を導く『案内人』であり、夢の情報屋でもある少年少女。三人で円形テーブルを囲み、用意したクッキーや紅茶などで楽しむティータイム。

「スガタ。カガミは未だあの場所で?」
「僕は動けるけど、彼は動けないから」
「至る道の先の目的地。彼は今、『何者でもない存在』になって選択の時を待っているんだね」
「工藤さんがカガミを求めるならカガミはずっとあの場所にいるんじゃないかな」
「<元・迷い子>の為の彼は今、言ってしまえばご褒美のようなものだからね。あ、フィギュアはこっちのカップの紅茶をどうぞ」
「頂くわ。――どうして人は夢を見るのかしら。夢の中の人物なんて忘れてしまえば現実世界で生きることが出来るのに」
「さあ、それは当人にしか分からないね」
「僕らは僕ら以外にしかなれないけれど、外部からの願いによって変化はあるからこそ――僕達もまた『生きている』」
「ねえ、ミラー。あたしも幸せになりたいわ」
「君の幸せは僕が作るよ」
「でもカガミの幸せは誰が作ってくれるのかしら?」
「―― それは誰にも分からない『未来』の掟さ」
「人の強さが運命に勝った時、僕らは生まれ変われるのに」

 三人の案内人達は語り合う。
 此処にはいないもう一人の案内人――カガミと彼を求める工藤 勇太の存在をテーマにして。
 ここは夢と呼ばれる世界。
 生まれては消え、消えては別の存在が生まれる多層世界。その中で膝を抱えて漂う存在を思い、三人は各々夢の中で夢のような事を喋りあうだけ。

「カガミは幸せかしら」
「カガミは多くを望まないし、もし工藤さんが選ばなくてもカガミはそれで良しとするよ」
「流れゆく時の定めの中、あたし達はどうやって生きてきたのかしら――あたしには分からないけれど」
「君はずっと僕の傍で幸せに暮らしていた。それは間違いないね」
「まあ」
「うん、二人はそれで良いんだろうけどね」

 スガタは呆れたように目の前で微笑み会う二人を見つつ、カップに唇を付ける。それからふぅっと息を吐き出して目を伏せた。

「カガミの悪いところは多くを望まず、ただ<迷い子>の為に動くところにあるよね」

 最善の答えは誰にも分からず、けれど感想だけは各々言い合うのみ。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 こんにちは、三作目となりました!
 今回以前使ったイドの話が出てきたので色々調べたところ、心理学における「id(イド)」とプレイング内容と相違が御座いましたので、出てきた工藤様に関しては「未来の可能性」という形でマスタリングさせて頂いております。どうかご理解頂きますよう宜しくお願いいたします。
 ではまたお待ちしております。(礼)

カテゴリー: 01工藤勇太, Infinity or Mebius ring, 蒼木裕WR(勇太編) |

Infinity or Mebius ring・2

「<迷い子>は複数の可能性で、<案内人>は未知数の存在。だからこそ彼は過去を失い、あの子は未来を得た。しかしカガミは未来を得たけれど、新たなルールも同時に課せられる」

 とある案内人達のティータイム。
 漆黒の空間の中に建つアンティーク調の屋敷の中で少年少女達は談話を楽しんでいた。少女の濡れ羽色の髪は長く、白いゴシックドレスに流れ落ち多数の線を描く。彼女の目の前には少年が一人、カップに紅茶を注ぎ込みながら淡々と言葉を紡ぐのみ。
 少女は微笑む。
 少年は笑う。
 共通して見えた視界の中、彼らの「案内人」としての性(さが)が語り合わずにはいられない。

「でもそれは誰の為のルールなのかしら」
「君はもう忘れたんだね」

 不完全体なる少女は<迷い子>の姿を視認しながらも既にその存在を記憶から抹消し続け、完全体なる少年は彼女の方へと手を伸ばし髪の毛を一房指先で摘んでそこに口付けを落とす。

「残念ながらこれが誰が為の遊戯なのかは僕にも分からないんだ」

 ただ愛しい存在以外は彼は迷わず、見えた夢の欠片を視界から振り払った。

■■■■■

「現れにゃい……」

 どうして?
 こんなにも望んでいるのに、こんなにも求めているのに、いつもならば呼べばすぐに現れてくれていたのにどうして今は現れないのか。
 指輪を握り締めてもう一度彼を必死に呼ぶけれど、状況は全く変わらず俺は相変わらず独りきり。指輪は彼がくれた「信頼の証」だ。これを握って願えばカガミに俺の考えている事がいつも以上にはっきりと分かるって説明してもらった事を思い出す。
 でも、今彼は――。

「カガミが現れないにゃら自分で探すにゃ!」

 何か事情があるのかもしれない。
 他の<迷い子>のところで必死なのかもしれないし、単純に動けないのかもしれない。それくらいだったら俺が彼を探して会いに行けば良いだけの話だ。その為にはまず何でもいいからカガミの情報を手に入れる必要がある。
 俺はテレパシー能力を使用し、カガミの思念を探り始める。この空間は無限であると同時に有限。だからきっとカガミの存在は今もここにあると信じて俺は感応能力を開いた。

「あっち?」

 いつも以上に微弱で、自信の無い感知。
 だけど何かを感じ取って俺は駆け出す。だがそれはある一点を通り抜けると多方面へと分かれ、びくりと思わず身体を跳ねさせてしまう。複数の気配が感じられて俺の頭は混乱を起こし、整理をしようと足を止めた。
 だが能力を解放している限りは感じられるカガミの気配が消えない。沢山広がっている存在の軌跡。今までに無い感じ方に俺は何故か鳥肌が立つような感覚に襲われてしまう。
 しかしいつまでも立ち止まってはいられない。俺は一番近くに感じる気配の方角を探し出すとそちらの方へと必死に走り出した。
 やがて明かりが見え、世界が開けてくる。

『さぁさぁ、お待ちかねのすごろく大会だよ!』
『今回は誰が優勝するのか楽しみだね!』

 ……そこは正月商品達が意気揚々と喋り、双六版の上できゃっきゃうふふと動き回っている世界でした。

「こんなところににゃんかカガミ絶対にいにゃいー!!」

 俺はヤバそうな気配を感じ取ると脱兎のごとくその場を離れる。
 一目散に走っていたためその双六大会の中から俺を見ている『彼』の視線にも気付かずに、だ。
 体力も考えずに走りまくるも未だ闇の中。疲れきってしまった俺はやがて歩みが遅くなり、最終的には座り込んでしまう。両手を頭に当ててぐるぐる考え込み始めた俺はやっぱり独りだった。

「もしかして<迷い子>じゃにゃくにゃったからカガミとは逢えない?」

 至る、結論。
 手の中の指輪を眺め見ながら彼に逢う方法を必死に探した。だけどテレパシーで探せないならば一体どういう方法で探せばいいのかさっぱり分からない。
 もしかして逢わない方が理に適っている?
 その方がカガミの為になる?
 深く深く沈んでいくマイナス思考はずずんっと俺の気分を暗めて、目じりに涙が浮かび始めた。

「だって<迷い子>というお荷物ひとつ減ったんだもんにゃ……カガミは俺だけのカガミじゃにゃかったんだにゃ」

 指輪をぎゅっと握り締めながら零れ落ちてくる涙を懸命に拭う。
 この姿の時は精神年齢まで逆行してしまうから困る。高校生の時には簡単には泣かないけど、子供姿の時はちょっとした刺激でぼろぼろ涙が溢れ出てしまって止まらない。あんなにも傍に居たのに今はどこにも姿は見えず、応えてもくれない存在。
 それはまるで夢の中の子供のようで――。

―― ……さん、工藤さん!?
―― 先生、血圧が急速に下がってます!
―― すぐに処置室へ運べ!

 誰。
 その声は俺が欲しい声じゃない。
 だけど分かるのは『戻らなくてはいけない』という事。故に『どこに?』という問いは非常に愚問だ。

「……戻らなきゃ」

 だってこれは『夢』。
 現実じゃない世界では何でも出来るなんて誰が決めたのか。夢見たままじゃ生きられない事を俺は身に染みるほどに知っている。だからこそ自分が生きるべき場所は――目を覚ました先の未来。
 だが立ち上がり、足を一歩進めたそこに地面は無くて。

「――にぎゃああ!!?」

 すかっと地面を踏み外したかのように身体は傾き、風を切るように俺は落ちていく。
 浮遊感が襲い、絶叫系アトラクションに乗った時のような気持ち悪さが胸元にせりあがって来た。ひゅるるるるる、と、それはもうどこかのアリスかと突っ込みたくなるほどに俺は落ちていく。でも景色は相変わらずの漆黒で、本当に俺は『落ちているのか』も分からなくなった。次第に速度が緩やかになるのが分かり、いつの間にか目を閉じていた俺はそぅっと瞼を持ち上げる。とんっと足先を地面に下ろしつつも目の前の光景に驚きを隠せず、大きく目を見開いた。
 辿り着いた先にあったのは――新しい道。

『きっとあれは全部夢だったんだ。そう考える事にしよう』
『え。この指輪俺のじゃないっすよ。誰かのが紛れ込んだんじゃねーっすかね?』
『――……カガミが見つからない。見つからない。見つからない。見つからない。見つからない。見つからない。何で? どうして? 俺の傍に居てくれるって言ったのに、なんでなんでなんで』
『はぁ? 俺に高校の時に彼女がいたって? 馬鹿言うなよ。居たら俺がクリスマスに独りでなんか……う、泣けてきた』
『母さん、迎えに来たよ。家も用意したからこれからは二人で幸せになろうな』
『あれー。俺の貯金なんでこんなに減って――ああああ!! 俺夏に旅行に行ったんじゃん! 一人旅行!』

 それは別った未来。
 様々な選択をした『俺』が描く映像の数々。沢山の俺が笑ったり、泣いたり、怒ったり、幸せそうだったり――壊れていたりする世界。白んだ空間に多重の人格達が集まったそこは異常な光景で、背筋に寒いものが走る。

「にゃんだ、これ」

 ついぽろりと零した声。
 その瞬間、沢山の『俺』が合図も無いのにザッと俺へと一斉に顔を向け、彼らは唇を開く。

『お前は俺を選ぶのか?』

 多くの俺が発したそれは多重音声のはずなのに、まるで一人の声のように聞こえた。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 こんにちは、続きの発注有難う御座いました!
 最後のプレイングが『勇太劇場』だということに吹き出しつつ、書き出してみたらちょっと恐怖光景に……。そして完結が新春ノベル期間中に間に合いますように!

カテゴリー: 01工藤勇太, Infinity or Mebius ring, 蒼木裕WR(勇太編) |

Infinity or Mebius ring・1

さあ、年末年始はどう過ごそうか。

 友人達と年末パーティ?
 年が明けたら恋人としっとり初詣?
 どれでも良いけれどやっぱり皆違って皆良い。

 ―― だから此処に紡がれるのは『自分だけの物語』 ――

■■■■■

 俺、工藤 勇太(くどう ゆうた)。十七歳の高校生!
 実は先日超能力を持つ俺を研究対象として捕縛しようと企んできた悪い奴らと戦って何とか勝ったものの、現在その代償に大怪我を負って病院に入院中だったりする。え、説明が簡単すぎる? でも戦闘自体はかなりのもんだったって覚えているんだけどなぁ。
 実際腕を動かすのも……。

「いててっ! あー、くそぅ。お正月なのに病院のベッドだもんな~」

 包帯が多分に巻かれた腕を持ち上げて不貞腐れた表情を浮かべる。
 一人きりの正月がこんなにも寂しいとは思っても見なかった。そりゃあ病院にいれば看護師さんや医師がそれなりに声を掛けてはくれるけれど、友人達とは違うから疎外感は多少ある。入院も共同部屋だけど年末年始だけは帰省届けを貰って、実家に帰っている人が殆ど。普段は同室で喋る相手も今はいなくて、やっぱりちょっと寂しい。

「勇太ー、見舞いに来たぞー!」
「お」
「お前年末に事故に巻き込まれたんだって? なんか幸先が不安なヤツだよな」
「うっせぇ」
「工藤君、お見舞いに来ちゃった。これ皆で買ったケーキだから食べてね」
「うわ、有難う」

 ベッドの中でごろんごろんして拗ねていた俺に天の声ならぬ友人達の声。
 そしてクリスマスの時に告白してきてくれた女の子もそこに交ざっており、有名な洋菓子店の箱を俺の方へとそっと差し出してくれる。これには上半身を起こし両手を伸ばして素直にお見舞い品を受け取った。中を開くとシンプルなショートケーキから煌びやかに飾られたフルーツタルトまで五個くらい入っている。俺は現金なもので、たったそれだけで先程まで曇らせていた気分をぱぁぁっと晴れやかなものへと変えてしまった。
 いそいそと冷蔵庫へと入れようとするけれど、全身包帯だらけの俺はその瞬間痛みに顔を歪めてしまう。それに気付いた彼女が慌てて近寄り、俺の代わりに冷蔵庫の中にケーキを入れてくれる。
 「お前、取り出す時にも一苦労しそうだな」なんて友人らは笑っていた。

「あ、俺ちょっとトイレ」
「俺もー」
「ん? トイレはでて左歩いて右曲がったところな」
「了解了解」
「んじゃ、ちょっと行ってくるわ」

 友人らが連れだって部屋を出て行けばふと気付く。俺と彼女の二人きりのシチュエーションだという事に。
 あれ、これちょっと気まずくね? とたらっと心の中で汗を垂らしてみるけれど、女の子の方は特に気にしていないのか見舞い客用のパイプ椅子へと腰をおろし、足を揃えて座っていた。
 先日彼女いない歴○年の俺に告白してきてくれた貴重な女の子。だけど「何かが違う」と思って俺は素直にその告白を断った。告白の断り方はある意味定番の「俺、他に好きな子がいる」だったけれど――今思えばその断り方はないだろうと自己嫌悪に陥ってしまいそう。
 でも確かに彼女と付き合う気はなくて、むしろその時なんでそんな事を言ったのかも思い出せなくて……咄嗟の嘘だったんだろうと今になって思う。

「あのね、工藤君」
「ん?」
「クリスマスじゃあんな事言っちゃったけど、これからも友達でいてね」
「それはこっちだって!」
「良かったぁー……工藤君に嫌われたらどうしようかと思っていたの。クラスメイトだし、雰囲気悪くなるのも嫌だったから」
「俺も気まずいのはやだなぁ」

 そうか、二人きりにされたのは友人らの企みかと、その時やっと察する。
 彼女と俺が二人きりで喋る機会を設けてくれたらしい男性陣にそう思いを馳せながら彼女と俺はその後は普段のクラスメイトとしての他愛のない話題で盛り上がる。冬休みはこんな事をした、とか、休みが明けたら実力テストが待っている、とか。
 テストの話が出た時には正直頭が痛くなったものだけれど、それはそれ。折を見て友人達が戻ってくればわいわいとまた別の話が飛び出してくる。
 一人きりで寂しい正月だなんて思っていたさっきまでの自分はどこに行ったのか、今は結構心が満たされつつある。

「じゃあ、勇太。また見舞いに来るわ」
「学校の方に出れる様になったらノートとか回してやんよ」
「工藤君、また学校で。その為には今はしっかり休養して元気になってよね」
「おう、頑張って治すからまた学校で逢おうな」

 やがて面会時間が終わる手前、彼らは挨拶をして部屋を退室していく。
 一気に賑やかだった部屋が静まり返るけれど、心は満たされて――いるはずなのに、何かが物足りない。こんなにもわがままな神経だっただろうかと俺はがくりと頭を押さえて肩を垂れさせた。
 折角だし、と冷蔵庫から見舞いに貰ったばかりのケーキを一つ取り出して夕食前にはぐはぐと食べて先程までの会話を反芻してみるけれど、やっぱり『何かが欠けている』――そんな気持ちが拭えなかった。

「あ、工藤君。ちょっと今良いかしら?」
「ふぁい?」
「あら、口端にケーキのクリームが付いてるわよ」
「お、おっと、すみません。今拭きます」
「ふふ、お友達さんと楽しそうに喋っていたから良かったわ。あ、そうそう。貴方に渡すものがあるのよ」
「なんですか?」
「処置をしている時に外して保管しておいたものなんだけど、指輪が無い事にもしかして気付いてなかった?」
「――え、これ俺のですか」

 看護師さんが俺の手の中にころんっと落とすように渡してくれたのはシンプルな銀色の輪。
 俺の持ち物だと彼女は言うけれど、俺にはそれがなんだったのか記憶に無い。必死に記憶を思い出そうとするけれど、『誰』から貰ったのかさっぱりで、まるでその部分だけ抜け落ちたかのように霞みがかっている。

―― これはなんだろう?

 何か気持ちが押しつぶされそうな不安。
 思い出せない事に恐怖を抱き、表情をつい歪めてしまった。それを見取った看護師さんが「もしかして工藤君のじゃなかった?」と声を掛けてきてくれたけれど、俺はその問いには素早く首を左右に振った。しかしその行動すら俺の意図したものではなく、否定した行動自体に正直驚きが隠せない。看護師さんはやや心配げに「何か記憶に引っ掛かるようなことがあったらすぐに先生や私達に相談してね」と言って去っていった。
 俺はゆっくりと手渡されたばかりの指輪を眺め見る。
 本当に俺の物だったのだろうか。
 それとも誰かから預かったものなのだろうか。
 ――そこに在るのは抜け落ちている空白。

「これは一体誰の物だ?」

 唇から零れ落ちる疑問に答えてくれる人は誰も無く、ただ声は部屋に虚しく四散するだけだった。

■■■■■

 夢を見ている。
 自分は最初からこれが夢だという事に気付いていた。病院で用意してくれた病人服を身に纏った俺は周囲を見渡し、そこが『闇』であることを再認識する。だがそれは光が無い状態ではなく、俺自身の身体は見ることが出来た。ただ自分の周りが何者の存在も許さない単純なる暗黒で埋め尽くされており、そこから俺はこれが夢なのだと知った。
 だけどこの夢を見るのは決して初めてではない――どこか懐かしい感覚に襲われて堪らない。

「なんだろう、なんか……今だったら猫にでも変身出来る気がする! えいっ!!」

 頭の中によぎった何か。
 それに従うがままに俺は猫になれ、猫になれと強く念じた――その瞬間ぽふん! と可愛らしい物音が立ち上がり、そのままなんと俺はチビ猫獣人へと姿が変わったじゃないか! 元々暗闇で比較対象物は無いけれど明らかに身長は幼児程度まで縮み、手は猫の手、頭にはぴこんっと猫の耳、そして尻尾までゆらゆら揺れながら生えている。
 服はあれ、時代劇の子供が着てる服。庶民じゃなくてちょっと身分が高い人が着る――えっと水干? あれっぽいのを着ていた。

「おおー! 俺様ってばにゃんかすごくね?」

 口調もにゃんにゃん。
 これはまさに漫画かアニメのような光景。ついつい感動し、夢だしとこの暗い空間をきゃっきゃっと走り回って遊んでみる。行けども行けども何も見えない不思議な闇。だけど不思議と此処は怖くは無く、逆に安心感があった。
 夜眠る時に電気を消して心を落ち着かせる時のあの感覚とでも言うのだろうか。決して不快ではないし、恐怖もない。
 ――……だけど何かが足りない。
 現実世界でも同じことを思い、考えていた俺は遊ぶのを止め、むぅっと眉間に皺を寄せる。一体何が物足りないのだと言うのだろう。
 ふとカラン、っと何かが転がり落ちる音がして俺はそちらへと視線を向けた。床だか地面だから分からないけれどとにかく立てるらしい場所に落ちているそれは看護師に渡されたばかりの指輪だった。

「これにゃんでここにあるにゃ……?」

 猫の手でそっと持ち上げてぎゅっと握りこむ。
 夢は記憶の整理だと言う。だからこの指輪も無意識がつれて来たものに違いない。そう思うも何故か手にした瞬間から寂しさが止まらなくなった。じわりと視界が滲む様な、鼻先がつんと引き攣るような感覚に苛まれて俺は目元を手で押さえる。
 子供の姿だから涙に弱いのかもしれない。普段だったらこんなにも感情に任せるままに泣かない。そんな記憶無いのに――。
 でもそれすらも否定する自分がどこかにいる。誰かによって揺り動かされ、わんわん泣いた自分もいたんじゃないかと第三者のような自分が心の中で訴えかけてくる。
 分からない。
 何もかも分からない。
 ……思い出せない、寂しさが胸を襲う。

「? にゃんか、ほってあるにゃ……」

 ふと指輪の内側を見ればアルファベットの並びを見つけて俺はぐしぐしと涙をふき取る。
 綴られている文字は――。

「K、……KAGAMI?」

 瞬間、巻き戻る記憶。
 初めて出逢った時は小生意気な少年だと思っていた相手。黒と蒼のヘテロクロミアを有した「案内人」。年齢を上げられて青年となり、俺の事を沢山翻弄してきた存在。一緒に様々な場所に行った。一緒に夜を過ごした事もあった。クリスマスに告白してきてくれた女の子を断った理由にも関わっていた「好きな人」で、女の子の姿になってまでからかいに来てくれた稀有な人。失った母親の記憶探しにも付き合ってくれ、一人だった俺の手を引いて前を歩いて導いてくれた――たったそれだけの「案内人」。
 何故忘れていたのだろう。
 どうして忘れてしまったのだろう。

「カガミ……カガミッ――!!」

 あんなにも「傍に居て欲しい」と望んだ相手を、俺はどうして失ったのだろう。

■■■■■

「呼ばれているね」
「呼んでいるな」
「君は行くの?」
「俺は行かない」

 それはとある案内人達の会話。
 鏡合わせのような外見を持つ少年二人が背中を寄せ合いながらの『自問自答』。
 君は僕で、僕はお前で、お前は俺で、俺は君だから。

「僕達に課せられたルールを覆す方法を彼は望むのだろうか」
「<迷い子(まよいご)>ではない勇太は既に俺達との関係を絶っている」
「先を繋ぐルールは人それぞれだけど、彼は君を望んでいるね」
「だが『案内人』としての役割を終えた俺は己の意思を持って『選ぶ』ことが可能となった」
「だって僕も君も『個』だもの。ただただ従う人形じゃないもの」
「だからこそ俺にもまた新たなルールが課せられる」
「<迷い子>の傍に居る事とはまた違う意味を得る事が『君』は出来るかな」
「思い出のまま終わるならそれもまた選択の一つ。けれども、それを望まずアイツが俺を望むのなら――アイツは俺に至る道を探さなければいけない」
「選択肢は無数にあるから楽しいとも言うね」
「だからこそ『誰もが自由』だ」

 指輪を通して聞こえてくる感情。
 求められる音。
 案内人達は何も無い空間の中、互いの存在だけを認知し、戯れに心を撫でていく生き物達の魂を愛でた。<迷い子>が求められるなら応じよう。しかしそうでない者が求めるならば「至る道」を歩む必要がある。

 これは彼が諦めへと覆る運命か。
 それとも運命が彼によって覆される話か。

 Reverse≠Rebirthの言葉遊びの遊技場に駒が置かれるのかは分からない。
 だがしかし、既に複数の駒とキーワードが用意されている事を案内人達は知っていた。――それを人は『チャンス』という言葉だと捉えるという事も。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 こんにちは、発注有難う御座いました!
 連作と言う事で次を楽しみに待ちつつ……再び稼動した新しい物語がどう動くのか今からどきどきです……!!

カテゴリー: 01工藤勇太, Infinity or Mebius ring, 蒼木裕WR(勇太編) |

転機・5

鼻につく薬の香り。
包帯だらけの身体の下には無数の傷が存在していたけれどこれもまた勝者の証。
痛みはあれどそれは誇り。
立ち向かい、抗った先の結果。
これは俺――工藤 勇太(くどう ゆうた)の物語。

 

 

「カガミー、りんご」
「ウサギ型でいいか」
「やっほーい!」
「ほれ、食え食え」
「あーん」

 

 

さて現在、例の研究所の一件が終わり俺が運び込まれた先の病院にて見舞い?にきてくれたカガミにりんごを剥いてもらっていたりする。満身創痍の俺は両手が動かす事が出来ないので、相手に思い切り甘えまくりの強請りまくりで、カガミもまたそれなりに対応してくれるものだからついつい調子に乗ってしまう。
口元に運ばれてきたリンゴをぱくりと銜えながら俺は幸せそうに咀嚼する。カガミもまた剥いたばかりのリンゴを自分の口の中に放り込んでいた。

 

 

「カガミ、カガミ」
「ん?」
「カガミー、キス」
「ん、ほい」

 

 

つい、という言葉がある。
うっかりという行為がある。
リンゴを強請る要領もといそのままのノリでキスを求めてしまった俺に対してカガミは何の躊躇も無く唇を寄せ、簡単に触れ合わせてきた。一瞬にして自分の失態に気付くとぼんっ! という音が出る勢いで顔面が真っ赤に染まりあがり、俺は枕へと自分の顔を押し付けもだもだと暴れだす。
俺が入院している部屋は個室ではない。共同部屋だ。自分の他に数人一緒に入院している部屋で先程の発言などしてしまった日には枕ではなくむしろ土に埋まりたくなるというもの。
幸いにも検査や休憩部屋に行っている人が多く、更に自分のベッド周りにはカーテンが引かれていたため視界的には周囲から隠れていたが……「どうか残っていた人達が俺の言葉を聞いていませんように」と今はただ祈るだけ。

 

 

「あのさ、カガミ」
「おう」
「俺お前に話したい事があるんだ」

 

 

やがて落ち着きを取り戻した頃、俺は枕から顔を起こしちらっとカガミへと視線を向ける。
その先の人物は自分が剥いたばかりのリンゴをしゃりっと齧りながら手を平行に滑らせた。ピンッ――っと何かが張る様な気配がして俺は目を丸める。カガミはリンゴの最後の一片をウサギ型へを剥き終えるとそれを遠慮なく自分の口へと運んだ。

 

 

「空間遮蔽をした」
「え」
「今からお前にとって重要な事を話すんだろ。それをうっかりでさっきのキスみたいに言われても困るし」
「う、っぐ……」
「今此処の空間は外部の物音は聞こえても俺たちの声は出て行かない。カーテンが境界線だから出たい時は勝手にやってくれればいい」
「お、おう。分かった」

 

 

キスについてまだ突っ込むか、と内心また顔を赤らめそうになりつつも俺は上半身を整えながらベッドにしっかりと座る体勢を取る。下半身には布団が掛かっており温かい。
こくりと唾を無意識に飲み込むと、俺はゆっくりと口を開く。

 

 

「俺がどんな俺になってもお前は許してくれるかな」

 

 

例え<迷い子>ではなく、前を見てがむしゃらに生きる人間になったとしても「案内人」は傍に居てくれるのか。
これから話すのは俺の決意の話。
その結果、カガミにとって「工藤 勇太を導く」という役割を終えるのではないかと危惧しながらやんわりと目を閉じ、俺は語りだす。

 

 

「今回の件で俺は研究所の連中と改めて戦う事を決めたんだ」

 

 

カガミがどう反応するのか。
視界を閉ざした俺には何も見えない。感応能力もわざと抑えて、ただただ言葉を紡ぎ続けた。

 

 

「もちろん俺一人じゃやれる事に限界が有るって言うのは知ってる。だから以前から耳にしていたある機関に身を置こうと思うんだ。そういう組織的なもんって、やっぱ研究所とどこか重ねちゃって今まで敬遠してたんだけど……でも今考えればそこに行くのが一番良い気がするんだ。そこの事は――話さなくてもカガミはどんな機関か分かるだろう?」
「……ああ、そうだな」
「少なくとも俺がそこに身を置く事にとって不利益じゃないとは思う。なんせそこは超常現象に関しては出来るだけ民間に害を及ぼさないように、という理念を持って動いているところだから。――でも、今すぐっていうわけじゃなくって自分を支援してくれている叔父の事もあるからさ、其処に行くのは高校卒業後にするつもり。向こうだって俺を受け入れてくれるかも分かんないからこの計画ももしかしたら駄目になっちまう可能性はあるんだけど」

 

 

怪我をした手で布団をぎゅっと握れば痛みが走る。
それを見たカガミが今まで座っていたパイプ椅子から立ち上がり、ベッドの脇へと腰を下ろして手を外した。二人分の体重を受け止めたベッドがぎしりと音を立てて揺れる。一層近くなったカガミの存在を感じながら、俺はまだ終わっていない話の続きを語り始める。

 

 

「俺、本当に色々考えたんだ。最初こそ『一般人』に拘ってたんだけど――やっぱり俺が持つこの能力って無視出来ないものだと思う。持っている以上使用に対してそれなりの責任が付きまとうし、ただ力を使って逃げてお終いだなんて出来ないだろ。だったら、って思ったんだ。それだったら俺は自分のこの能力を活かす道を歩もうと心に決めた。それが例え周囲から『工藤 勇太』の存在が消えてしまう結果になってしまったとしても俺が俺である事には変わりないから――」

 

 

寒いわけじゃない。
けれど声が、身体が無意識の内に震える。
この言葉はカガミにどう届いているのか知りたい、でも知りたくないという二律背反が心を襲う。繋いでくれている手は温かいけれど、この温かさがいつかは消えてしまう事を最初から知っていた。
「案内人」は<迷い子>を導く存在。
既に『迷い』を失った俺にとって彼はどんな存在なのだろうかと――気になって仕方が無い。けれど俺の人生は俺にしか選べず、彼がレールを敷くべきものではないことも俺は重々承知していた。

 

 

「研究所に対抗できる組織があるって聞いた時は正直驚いたんだぜ。でもさ、そういう組織を後ろ盾にして自分自身も更に向上して、そして自分のこの特殊な能力をその組織を通して誰かの役に立てる事が出来るんだったら――俺が昔願っていた『平穏な生活』とは遠くなっちまうけれど、それはそれで俺も幸せになれるかもしれない」
「勇太」
「人は皆歩むべき道があって、選ばなければいけない選択の時があって、それら全部同じ道じゃないって俺はもう身に染みて思い知ったからさ」
「――『選んだ』んだな」
「ああ、『俺が選んだ』」

 

 

助言こそあれど、最終的に決断を下したのは紛れも無く自分。
そこに迷いは無い。

 

 

「――カガミ」

 

 

目を伏せたまま俺は傍に居るであろう相手の名前を呼ぶ。
静かに、願う、その存在。
<迷い子>ではない俺は彼にとってどう見えているのか――それだけが唯一の『迷い』。心臓が早鳴り、俺は口付けを強請る。

 

 

「勇太、どうかお前は笑っていて。それが<いずれ忘れられる俺>の願いです」

 

 

その言葉はまるで呪文。
唇に触れる柔らかな感触と共に急速に訪れた眠気に抗えず、俺は意識を手放した。

 

 

■■■■■

 

 

とある案内人達の会話。

 

 

「人の一生を共に過ごした事があるね」
「人の一生を共に過ごした事があった」
「僕らを伴侶とし、住処を変え、外見を変え――僕らは最後まで一緒だった」
「愛しいと囁きあい、身を委ね、望むがままに望む居場所を与えた道も過去にはあった」
「カガミ、君は一体何人存在するの?」
「スガタ、お前は一体何人存在してるのか」
「僕らに課せられた運命は多種多様。<迷い子>に作用されない存在でありながらも、彼らに揺らされ続ける」
「俺達は平行世界の中で同じ人物と同じように出逢っても、愛し合ったり憎みあったりと結果を違(たが)う」

 

 

そこは彼らの住処。
戻るべき最初の地点。
過去でもなく現在でもなく未来でもない、ただの点のような場所。
二人背を寄りかからせながら、同じ姿をする少年達はただただ答えの出ない質疑応答を繰り返すのみ。

 

 

「僕らは約束を違える事をしない」
「だからこそ出来ない約束はしない」
「どうか幸せになってね」
「どうか幸せに」

 

 

「「 それだけが<多くの存在から忘れられた案内人(僕/俺)>からの唯一の願いです 」」

 

 

これから訪れるであろう複数の未来をカガミはその蒼の瞳で見届けながら、とある一人の<迷い子>が贈ってくれた時計を指先で撫でた。

 

 

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

こんにちは、第五話です。
決意のお話、ということで若干しんみりしつつ最初の方のうっかりさんにはほのぼのさせて頂きました^^
今後どういう展開になるのか、どうやって生きていくのか楽しみにしつつ――今回は多くを語らずこの辺で失礼致します。

カテゴリー: 01工藤勇太, 蒼木裕WR(勇太編), 転機 |

転機・4

「『君』はそれを望むのかい」

 

 

それはある少年の呟き。
彼は自室ベッドにて腰を下ろし、その膝の上に『不完全』と評された黒髪の長い少女の頭を寄せる。少年――ミラーは己の緑の瞳に指先を這わせ、瞼の上からそっと撫でた。愛おしい少女、フィギュアはそんな彼に身を寄せながら己の肉体を覆うゴシックドレスをそっと整える。ミラーの膝の上に置かれた腕に顔を伏せ、黒と灰色の瞳は静かに視界を閉ざす。

 

 

しかし閉ざした二人の目に見えているのはある一人の<迷い子(まよいご)>の存在。
生まれ持った超能力という特別な力を周囲の悪意ある研究員達に目を付けられ、散々実験体扱いされてきた若干十七歳の少年――工藤 勇太(くどう ゆうた)の姿である。
彼は今、己が幼少の頃に軟禁されていたとある研究所の人間達と対峙しており、再び協力者として……否、実験体として来るよう願われている。本人の意思は当然嫌悪と不快でしかなく、拒絶行動を取る事は推測するに容易い。

 

 

「ねえ、ミラー」
「なんだい、フィギュア」
「この綺麗な<切り札/カード>は彼のものだったかしら」
「そうだよ。彼が以前大切なものを守るために大切なものを差し出してくれた取引の結果さ」
「失っても尚、彼は生きていけるわね」
「それが彼の人生ならば」
「選択肢は一つかしら」
「選択肢は無数に」
「あたし達は一人かしら」
「僕達の認識は<迷い子>の数だけ多く、そしてこれからも生み出され続けるだろう」
「運命は一つかしら」
「僕達に選ぶ権利があれば無数とも言えたけれど、僕達は望まれて変化し続ける存在さ」
「それは生き物なのかしら」
「僕達を認識してくれるものに対応する――それこそが、僕らに課せられた『制限』だね」

 

 

彼らの目には超能力を使用しあい、互いに攻撃しあう能力者達の姿が視えている。
フィギュアの手の中には一枚のカードが指先で摘まれ、それは淡い光を放ちながら存在を主張していた。それは工藤 勇太が差し出した『母親の記憶』の凝縮した姿。カードに浮かぶのは彼からみた母親像。
儚くて、頼りなくて、壊れそうな虚像。
差し出された当時抱いていたものが描き出されたそれをフィギュアは興味深げにただ見つめるのみ。

 

 

「あたしはきっと覚える事が出来ないけれど、彼が今とても大きな分岐点に立っている事だけは分かるわ」
「拒むべき道と進むべき道が見つかったのならばそれこそが彼の人生」
「どうか幸せになれますように」
「……どうか、最良を」
「その結果、『あの子』も幸せになれればあたしは嬉しいわ」

 

 

静かに淡々と成される『自問自答』と『願い事』。
やがて少女の手からカードは滑り落ち、溶けるかのように空中ですぅっと姿を消した。

 

 

■■■■■

 

 

―― 人が来ないことが奇跡だと、俺は思った。 ――

 

 

サイコキネシスで石礫を浮かばせ銃撃戦のように撃ち合う音も、念波を飛ばし脳を揺さぶる不快な音も辺りには響いている。花火と勘違いするには音の種類が違い、サイレンにしては系統が異なるそれらは河川敷とはいえ明らかに誰かが様子を見に来てもおかしくないレベルの騒音だ。
だが、誰も来ない事が現実。
……誰も訪れない事が予め張られた計画の一部。

 

 

身体とはこんなにも重たいものだっただろうか。
地に伏しながら俺は考える。躊躇い、戸惑い続ける俺に対して容赦なく攻撃し続ける敵対者達は俺を憎んでいるだろう。『オリジナル』と『イミテーション』。天然物と人工物。本物と偽物。呼び方は幾通りも存在しても、彼らが『劣』と評価されている事には変わりは無い。
ゆえに『イミテーション』と呼ばれた男女の能力者達は自身の引き出された力を主張する。改良に改良を重ねた結果、人工物でさえ美しいと評価された鉱石達の様に彼らもまた優秀であると認められたいのだ。

 

 

彼らもどれだけ策を練ってきたのだろう。
たった一人の『オリジナル』を捕縛するために敷いた複数の糸。言い換えればそれは意図。人が来ないように事前に体制を整え、思う存分暴れられるように仕組んでいたのは間違いない。
目を伏せれば遠くの方で何かが見える。心の中に視えて来るものがある。
道路工事とわざとらしく通行止めしている複数の人。それらしく置かれたトラックやシャベル。規制を掛ける人達の呼びかけ。

 

 

それは奇跡ではなく『結果』だと俺は冷たい地面に体温を吸い取られながら知った。

 

 

地を擦る足音が聞こえ、やがて止まる。
警護するように二人分の物音がそれらの前に立ち、そして俺の頭上からはアパートにて出会った男の声が落ちてきた。

 

 

「君がこちら側に来る――これは運命なのだ。それともこの前のように自殺でも図るか」

 

 

数ヶ月前の事柄を掌握されている事を苦く感じながら、俺はゆっくりと瞼を持ち上げた。
目に入ってくるのは己の手先。そこに嵌め込まれている指輪をぼんやりと眺めながら俺は思う。
たしかに以前なら捕まるくらいならば死んだ方がマシだっただろう。逃げて逃げて、それでも逃げ切れなかった先の選択は『死』であると考えていた時期がある。
でも今は違う。
今は俺の幸せを願ってくれる人がいるし、母さんだって迎えに行かなくてはならない。

 

 

「死、……な、ない」

 

 

地面を引っかけば爪の隙間に細かな粒子が入り込み僅かに圧迫する。だが、その痛みは生きてこそ味わえるもの。四肢を石礫で貫かれ、限界まで削られた体力は自分のものであるくせにまるで別物のよう。
まだ生きていたい。
痛みも受け入れて尚、俺は決断する。
俺は俺でありたい、決して自我を失った人形のようにはならないと――!

 

 

―― カガミ……傍に居てくれてるよな。

 

 

指輪越しにきっと伝わっている願い。
カガミが教えてくれた……俺は一人じゃないのだと。

 

 

「お前らが与える運命なんてクソくらえだ! 俺には幸せに導いてくれる『最強の守護者(かみさま)』がついてんだよ!」

 

 

どくん、と……大きく心臓が鳴り、強く生を示し胎動する赤子のように俺は覚醒する。
普段は制限を掛けている能力のリミットを外し、ふわりと俺の身体は浮き上がった。暴走ではない心穏やかな力の解放は心地よく、そしてその感覚はとても自然体だと思える。足先が地面から浮き、立ち上がった状態で俺は多くの念の槍<サイコシャベリン>を作り上げて逃げ場など与えぬ勢いで撃ち放つ。

 

 

「障壁を張れ! 私を護れ!」
「きゃぁああ!!」
「ぐっ――!」

 

 

予想していない事態に研究員の男が瞬時に叫び命令するが、俺の攻撃の方が早くそれは叶わない。俺の脳を刺激し妨害していた念波すら中和する勢いでこっちからもテレパシー能力を使用すれば、イミテーション達は焦り始めた。
完全に周囲の脳波を掌握するという状況を初めて『見た』。人としての輪郭はある。しかし目ではない器官が彼らの脳に潜む揺らぎを見つめ、どこを攻撃すれば影響が出るのか瞬時に把握出来るのだ。
イミテーション達が焦れば焦るほど揺らぎは大きく不安定となり、それを無理やり押し込もうとしている様子すら手に取るように分かる。

 

 

それは「人」として踏み込んではいけない領域。
同時にそれこそが研究員達が解明したい未知の部分であった。
俺は自身の身体がまるで空気のように軽くなったのを感じ、全てを掴んだ気持ちになる。だが『それ』は――。

 

 

「もっと、もっと力を!」
「いや! いやぁあ! 私達の方が優秀なのよっ、私達の方が――っぐ、げほ……ッ」
「恐れるな、臆するなッ――っ、我らの方が――」

 

 

『それ』は人智を超える能力か、それとも人を叩き潰すただの武器か。
実力以上の能力を発揮しようとしたイミテーション達の脳波が異常に乱れ、禁断症状が出始めているのが分かる。痛み、傷む細胞。急速に萎縮し劣化していく哀れな脳髄の末路。もがき苦しむ手は空を掻き、そして最終的には空気を求めるかのように喉を引っかく。
人は何故人を解しようとするのだろう。
俺には分からない。生まれ持った能力が異端であるがゆえに分からない。

 

 

「一旦引け! 体制を立て直す!」
「了解、しまし、……たっ」

 

 

形勢不利を確信した研究所の手先達は残った力を逃走に使い、転移する。
目の前から消えた三人の気配を確認すると俺は降下し、足先を地面へと下ろした。だがその瞬間、身体は無様にも地面に崩れ倒れていく。

 

 

「――はは、なんだ……もしかして俺、サイコキネシスで『自分を動かしてた』……?」

 

 

それでもいい。
それでも構わない。
再度痛みと共に笑いがこみ上げて来るけれど、満たされた気持ちに俺は心が熱くなる。これが望みか。これが願いか。これが――快楽か。
人が人であり続けるための境界線は多数に渡り、俺もまた俺である事を選ぶだろう。

 

 

「俺はもうどこにも逃げない」

 

 

生と死。
人生と運命。
偶然と奇跡。
決意と断念。
巡る輪廻のようにそれは終着点を求めて今に至り――選び抜いた先には未来が存在する。

 

 

薄れ行く意識。
どくどくと熱い血の流れを感じながら俺は抗えない睡魔に誘われながら落ちていく。

 

 

「『お前』はそれを望むのか」

 

 

聞こえる音は耳馴染みの良い声。
瞼へと触れそっと視界を閉ざしてくれるその手の温かさは、誰よりも愛しい『彼』のもの。

 

 

「では俺は次の道先へとお前を誘おう」

 

 

意識沈む瞬間零された言葉の意味は考える事など出来ず、思い出したことは彼が「案内人」であるという事だけ。<迷い子>を導く存在だという事だけ。

 

 

…………ただ、それだけの違和感だった。

 

 

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

こんにちは、第四話です。
展開としては落ち着いた感じでしょうか。台詞より描写が長くなりましたが相変わらずのアドリブも含めつつ書かせて頂きました。
NPC二人もそっと出しつつ、また次のステージへと進む様子を見守らせていただきます。ではでは。

カテゴリー: 01工藤勇太, 蒼木裕WR(勇太編), 転機 |

転機・3

逃げられない過去。
 逃げずに立ち向かう勇気。
 浴びせられたのは自分にとって理不尽な言葉で、そこから湧き上がるのは胸の痛みを伴うほどの激情。
 研究所の人間達から逃走しても無駄。諦めて彼らと共に施設に戻っても相手はきっとより多くの人材を犠牲にするだろう。己の探究心を満たしたい――ただ、それだけのために。
 人が人を知りたいと思う気持ちは理解出来る。だけど彼らのやり方は理性を伴って相手と接して知っていくのとは訳が違う。ただメカニズムを解明したいだけ。ただ渇望する何かを満たしたいだけ。そして満たされた瞬間にはまた次の欲求が湧き上がることを知っていながらも人は動き続ける。

「さあ、君の協力が必要だ。こっちに来たまえ」

 ぴりぴりと張り詰める空気に顔を顰める。
 俺が何を口にしても相手は聞き入れることはない。背に立つ男の望みは俺が研究所に戻る事。そして「オリジナル」である俺をまたしても実験動物のような扱いをし、ただただ超能力の解明のためならどんな手段でも使うだろう。
 立ち向かうしかない。
 固く心の中で決意をすると俺はポケットの中に手を突っ込み、握り締めていた指輪をそっと取り出して己の指に嵌める。カガミから貰ったその指輪は俺の指にぴったりと嵌めこまれ、抜ける気がしない。この指輪を通して俺の決意がカガミに伝わっているならば、どうか聞いて欲しい。

―― カガミ……俺、戦うよ。

 願いは「平穏な日々」。
 普通の高校生として過ごし暮らしていく、ただそれだけ。級友達が得ているような日々を同じように過ごしたいという些細な願いさえも俺には難しいと知っている。恐怖に震えていた身体が次第に落ち着き始め、俺は深呼吸を一回行ってからゆっくりと背後へと振り返った。

「もう俺はアンタ達の研究の道具じゃない! 自分の意思で抗ってみせる!」

 完全に男の方へとその身を向ければ、相手の目は狂気染みており今まで以上に飲み込まれそうになる。その目を見た事が何度もあった。研究所に居た頃の研究員達、興味本位で寄って来た人達の目にそっくりだ。だがそれよりも深い場所に宿る色は醜ささえ感じられ、俺は嫌悪感を感じて歯を噛み締めた。

「――残念だ」

 パチン、と指が鳴らされると同時に瞬時に男の背後に二人の男女が現れる。
 見覚えのある彼らに俺は目を丸めるも、すぐに気を引き締めた。それは以前スタジアムに連れて来ていた男女の能力者達。男も俺が素直に身を預けるなどと最初から信じていなかったのだろう。戦闘を予想していたのは二人が登場したことで明らかとなり、俺はぐっと息を飲んだ。
 俺が「オリジナル」ならば彼らは「イミテーション」と呼ばれる分類に入る。
 本来はただの一般人であった人達が研究員達に身を寄せ、無理やり能力を引き出された――人為的な能力者達の事である。彼らはあれから強化を重ねたようで、その瞳の色が変色していた。俺は自分の瞳の色の事を思い、彼らへ胸が締め付けられるような切なる感情を抱いてしまう。
 薬物投入によって本来の黒から緑へと変色した俺の目。
 彼らもまた同様に――と、思うだけで言葉が出ない。

「彼らは協力者達だ」
「なに……!?」
「君とは違い、自らの意思で実験体になってくれた素晴らしい賛同者達だよ」
「自分の意思、だと……ッ」
「世の中には凡人では満足出来ない人も多く存在する。そんな彼らがより優秀な能力を求めても問題ないだろう? なら私達が彼らを導いてあげれば良いだけの話だ」
「お前達がやっている事は異常だ!」
「『異常』? 多数派の意見に圧されて発展を虐げられる事の何が異常かね。――さあ、話はここまでにしよう。彼らはオリジナルである君より優秀であると認めて貰える為なら本気で君に襲い掛かるだろう。今ならまだ間に合うよ。さあ、どうする?」
「――答えなんて最初から決まっている。誰がお前達のところになんか行くもんか!」
「……本当に残念だ」

 俺が決して揺らがない事に男は溜息を吐き出し、首を左右に振る。
 まるで俺のほうが愚者であると彼はその動作で語るが、俺はそうは思わない。控えている男女の能力者達は今にも俺に襲い掛かってきそうなほどの殺意を向けてくる。感受性が強い俺はその念を肌で感じ取り、季節だけではない寒さを感じた。

「脳さえ無事なら多少の損傷は厭わない。お前達、彼を捕獲したまえ!」
「「はっ!」」

 声が揃えられ、戦闘の意思がはっきりと示されると俺もそれに対抗するため周囲を見渡す。
 ここは民家が密集した場所であるがゆえに戦うのには適さない。彼らは気にしないかもしれないが、俺は無関係な人間を巻き込みたくは無い。
 どこか適した場所はないだろうかと瞬間的にサーチし、俺は視界に入った河川敷を見つける。くっと小さく息を飲んだ後にテレポート能力を使って『飛ぶ』と、イミテーションである彼らもまた転移して追いかけてきた。
 周囲に灯りが少ない時間帯が幸いし、その場所には人の気配が無いに等しい。野犬のような気配はあるが、動物達は危険を察知したら逃げるだろうから問題はなさそうだ。
 だがそれは相手にとっても有利な事。
 人目が無いという事は彼らにとっても暴れやすい環境である事には間違いないのだ。

 隙を狙って転移し、俺へと攻撃を開始し始める二人に応戦する。
 物理攻撃をしてくるならば、障壁を張ってそれを拒む。弾かれる身体はまるでしなやかな動物のように衝撃を吸収し、受身を取りながら地面へと降り立った。周囲の石粒に力を込めて、銃弾のように撃ってくるのならば避けられる限りは転移して避け続ける。その後整備された地面に多くの穴が空くのを見て衝撃の強さにぞくりと背筋に寒いものが駆け抜けた。

―― 脳さえ無事であればそれでいいって、マジでやばいって!

 頭こそ確かに能力者達は狙ってこないが、それでも胴部など的確に動きを鈍らせる場所に攻撃してくる二人に俺は内心慌て始める。
 「攻撃こそ最大の防御」だという言葉があるが、俺はそれを実行するのは些か戸惑いが生じ力を使い切れない。敵がいくら望んでこの場所にいるのだとしても、人を傷つける事に迷いが無くなった時点で自分は彼らと同類になってしまう。
 念の槍<サイコシャベリン>を作り出し、彼らへと撃ち放ってもどうしてもそれは逸れ、威嚇以上の意味を持たない。直接攻撃を当てる事をしない俺にやがて苛立ちを感じ始めた彼らは、表情を歪ませ始める。

「本気で戦わないというのならば、死ね!」
「『オリジナル』よりも私達の方が優秀なのよ。その力を持て余してるというなら、私達がより強くなるための材料となれば良い!」
「――っ、く!」

 言葉は言霊。
 急に俺は頭に痛みが走り、片手で額を押さえた。それは相手の感応能力による脳への直接妨害。脳波を乱し、俺の能力を防ぐその手段は乱暴で嘔吐感がこみ上げて来た。
 もう一方の手で口元を押さえて耐えるが、それでも湧き起こる吐き気と頭痛は治まらない。更にその状態に好機を見出した能力者達は再度俺へと石礫による射撃攻撃を行ってきた。
 慌てて防御壁を張ったが間に合わない。素早く撃ち放たれ俺の四肢を貫く石は銃弾以上の威力を持っていた。

「……ぅ、あ……」
「『オリジナル』なんて研究以外には役立たずなんだから、大人しくくればいいのに」
「誰が、行くか……ッ!」
「持て余した能力なんだろう? なら今後の発展の礎となってくれればそれで良い」

 全身の力が抜けてがくりと俺はその場に膝を付く。
 服もぼろぼろになり、鮮血が溢れ出す。外気との温度差で血からほんの少し白い煙のようなものが揺らいでいるのを見て、俺は息を吐き出した時に白くなる現象を無意識の内に思い出していた。
 痛い。
 身体が、心が痛い。
 肉体的な苦痛に耐え、心に与えられる衝撃に耐え、俺はそれでも二人を睨みつける。
 緑色の瞳は研究員達によって人体実験を施された証だ。同じように変色した瞳を持つ男女もまた僅かな光を吸ってその目を輝かせているのを俺は見た。

―― まだ、戦える。まだ、俺は立ち上がれる。

 嵌め込んだ指輪を無意識の内に擦り存在を確認しながらも、俺は力の入りにくくなった身体をゆっくりと起こした。

■■■■■

「カガミ、行かなくて良いの?」
「行かない」
「僕らが『案内人』であるがゆえに?」
「それは愚問だろう」
「君はそれを望むの」
「同じ時を、と願われた――それだけで俺は充分」
「そうだね、カガミ。制限のある生き方しか出来ないのは人だけじゃないのだと僕は知っている」

 二人背中をぶつけて膝を抱えあって漂う暗黒の空間。
 個として存在する彼らはただ未だ『自問自答』で世界を満たすのみ。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 こんにちは、第三話です。
 能力者達の能力が脳波妨害という事しかなかったので後は作らせて頂きました。研究所からの追っ手、やってくる魔の手にどう抗うのか……次をお待ちしております。ではでは!

カテゴリー: 01工藤勇太, 蒼木裕WR(勇太編), 転機 |