戦士邂逅

扉を開けた瞬間、むせ返る様な血臭がフェイトの鼻腔をついた。
 どろりと粘性を持ったかのように体に絡みついてくる空気はほぼ飽和状態寸前まで血の匂を帯びている。
 血の滴を観た。果たして、それはフェイトの幻視であったのか?
 否、それは天井から滴り落ちてきている。
 天井を見上げる。
 そこには、男が貼り付けにされていた。
「まったく。趣味の悪い」
 悲鳴をあげるように言うとともに、なんとしてもこの悪趣味なオブジェを作り上げた張本人、ギルフォードを捕まえねばと決意を新たにする。
 ギルフォード。それは生来の犯罪者。殺しを快楽で行う異質者。
 人を、人間を、それたらしめるのは、理性だ。
 あらゆる欲望を律しうる理性が、人間と畜生との境界になるはず。
 ギルフォードとは、その理性を自らの意志によって放棄した快楽殺人者。
 人を殺す。犯罪を犯す。ゆえに、我あり。それがギルフォードなのだ。
 到底、ギルフォードの思考などわかり得る訳もない。
「わかりたくもない」
 フェイトはごちる。
 この廃病院に侵入して、死体を何体も見た。
 この廃病院ではかねてよりよくない噂が流れていた。
 手術を失敗されて亡くなった患者の呪いによって、この病院は廃業した。そして、さらにその呪いは、付近の不浄霊を呼び寄せて、結果、ここは吹き溜まりになった。
 肝試しで忍び込んだ人間が発狂した、などという噂もある。
 しかし、現実はなんてことはない。
 この病院は、ただの経営不振で廃業しただけだし、霊的なスポットでもない。まあ、今日より後は、ギルフォードに殺された人間が化けて出るかもしれないが。
 しかし、それだって、彼らは故意にこの廃病院の良くない噂を流し、誰も寄り付かないようにして、ここを麻薬の取引場所にしていたのだ。
 ギルフォードを用心棒にして。
 しかし、その用心棒に、彼らはこうして殺されてしまったのだが。
 壁に貼り付けられた男をそのままにしてもおけず、フェイトは彼を天井からおろした。
 そこで、意識を失う。
 天井に貼り付けにされていた男の衣服のどこかに神経毒がたっぷりと塗られていた針が仕掛けられていたのだと気づいたのは、フェイトが次に意識を取り戻して、手術台に拘束されている自分の状況を認識した時だ。
 身体は痺れて、動かせそうもない。
 呼吸もままならない。
 神経毒と、酸素不足で、意識がもうろうとする。
 だが、そんな中でも自分の現状を客観的に認識できるのは、フェイトの何が何でも生き抜いてやる、という意思のたまものだった。
 傍らで不気味に空気が振動した。
 まるで死霊の叫び声かのように硬い音が鳴る。
 啼く。
 先ほどの戦いでもフェイトの銃口から発射された銃弾は、その死神の咢は、ギルフォードの命を食らいつくすはずだった。
 しかし、そうならなかったのは、ギルフォードの驚異的な身体能力もさることながら、彼の持つその義手の強度による物だった。弾き返されたのだ、全て。
 そして、それが今度は、フェイトの命を奪おうとしている。
 キリキリと奇怪な駆動音を上げながら義手の指先の先端が動けないフェイトの首筋に突きつけられる。
 白い肌を真紅の珠が飾る。
 どろりと空気が血の滴を垂らしそうなほどに、その部屋には濃密に血臭が立ち込めているというのに、さらに加わったフェイトの血の匂がわかったというのか、ギルフォードはニヤリと嗜虐的に口の片端を吊り上げた。
 もはや我慢できない。そうギルフォードの目が言う。
 しかし、その目を見つめ返すフェイトの目からも意思が、生きる、生き残る意思が、失われてはいなかった。
 ギルフォードの義手に力が籠められる。
 転瞬、湿った音がした。
 そして、血が大量に流れる。
 今度こそ、空気が血の滴を垂らした、かのように思えるが、床を濡らす血は、先ほどまで義手がはめられていたギルフォードの肘のあたりの傷口から大量に迸っていた。
 ギルフォードの、まるで射精をした瞬間の男のようなイッタ目が見たのは、サイコキネシスベースの振動波で自分の腕を切り落としたフェイトの顔であった。
 ギルフォードはにやりと笑い、フェイトの顔に残った左腕の拳を叩き付ける。
 否。しかし、ギルフォードの拳がうがったのは、誰もいない手術台だった。
 トリガー。拳銃の咆哮があがる。
 今度こそ、死神の咢は、ギルフォードの背中から撃ち込まれ、その穢れた魂を食らいつくすはずだった。
 否。
 しかし、ギルフォードは平然と振り返り、フェイトを見た。
 我知らずフェイトは唾を嚥下しようとし、だが、己の口の中が戦慄によって乾ききっている事に気が付く。
 ギリギリだった。サイコキネスシの振動波によってギルフォードの腕を切り落とし、そこに生まれたギルフォードの一瞬の心の隙に付け込んで、催眠を施し、自分の身体から動けるようになるまで生体コントロールで毒を解毒し、なんとか動けるようになるまでの時間を稼いだ後に、背後に回り、もう出血死していてもおかしくないギルフォードの背中にさらに止めの弾丸を叩き込んだのは。
 連続で強力な超能力を使用し、さらに解毒をしたとはいえ、体力を根こそぎ奪われた状態で銃を撃った事で、フェイトの肩は、その振動に耐えきれずに脱臼をしていた。
 もう、フェイトは銃を撃つことすらできない。
 超能力ももう、発動することはできない。
 対してギルフォードは、床に落ちた自分の義手を拾うと、それを振り上げて、ゆっくりとゆっくりと、フェイトをなぶるように近づいてくる。
 そうして、フェイトの前に立つ。
 自分を見上げるフェイトの、その眼差しに、満足げに微笑みながら。
 そう。ギルフォードは、ただただ純粋に、笑う、という行為を、体現していた。
 それは子どものように純粋無垢な笑みだったのだ。まるで何の罪悪感も抱かずに、蝶の羽をむしる子どものように。
 フェイトとギルフォード。二人が居る空間は静かだった。
 その小さな世界は、夜の闇に怯える子どものように、息を詰めていた。
 そして、世界が悲鳴を上げる。
 ギルフォードがニヤリと笑ったのを見て……。

 後日、IO2の上層部にあげられたフェイトの報告書を見た幹部は、戦慄した。
 報告書の最後に記された、ギルフォードは自分の顔を見て、笑うと、動けない自分を残し、立ち去って行った、という文章を読んで。
 それはつまり、ギルフォードはフェイトを当分の自分の玩具、宿敵として認識した事を意味していたのだから。

 END

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ラスベガスーその後ー

豪華ホテルのベットは、改めて見ても大きなものだった。
 そもそもベッドルームが室内にあるというだけでも驚きだったのだが、そこに足を踏み込むと余計に高級な雰囲気に飲まれそうになる。
「……ユウタ、そんなとこで足止めるなよ」
「だ、だって」
 入口を潜って一歩進んだ後、フェイトは足を止めてしまった。後に続いていたクレイグが彼にぶつかりそうになりながら、不満を口にする。
「一緒のベッドなんて今更だろ?」
「そうじゃなくて……なんていうか、色々凄いだろ」
「あー、そうだな。でも、それこそもう慣れだろ。……ほら、寝るぞー」
「!」
 雰囲気に押されて未だに歩みを再開しないフェイトを、クレイグはいとも簡単に抱き上げた。そして彼の反応を待たずにスタスタと歩いて、ベッドの上にフェイトを降ろしてから自分も傍に座る。
「……いきなり、お姫様抱っこは無いだろ……」
「ボーッとしてるお前が悪い。しかし良いベッドだなぁ」
 ぷぅ、と頬を膨らませて抗議をしてくるフェイトを横目に、クレイグはベッドの質を確かめてそう言った。後半はほぼ独り言だ。
「…………」
「どうした、ユウタ」
 寝転がったままで自分を見上げてくるフェイトに、クレイグは声のトーンを落として言う。
 肩越しに振り向く彼の姿は、どこと無く色っぽい。
 そういう風に意識してしまったフェイトは、慌てて「なんでもない」と言いながら、くるりと身体の向きを変えてクレイグに背を向けた。
「……無防備だな、お前は」
 ギシ、とベッドがしなる音がした。
 直後にクレイグが近寄る気配があって、フェイトは身をすくめた。思わず息も止めてしまい、それに気づいたクレイグは小さく笑う。
「ユウタ、意識しすぎだ。……何もしねぇよ、今日は」
「クレイ……」
 低い声が耳元に落ちる。
 それにビクリと震えながら、フェイトは閉じていた瞳を開いた。
 ゆっくりと振り向いて、傍の彼を見上げる。
「……キスだけはしていいよな?」
「何もしないって言ったばかりなのに」
「言うなよ、これでもめちゃくちゃ我慢してるんだぜ。交換条件だとでも思ってくれよ」
 そんな会話をしている間にも、唇が近づいてくる。
 フェイトもそれを拒絶しきれずに、そのまま彼のキスを受け入れた。
 必然的に高鳴るのは胸の内。それをクレイグに知られないだろうかと思いながら、彼は瞳を閉じる。
「……、ん……」
 重なる唇がゆっくりと交わされた。
 フェイトが吐息を外へ漏らすタイミングをクレイグは僅かに作ってくれる。
 改めてのことになるが、クレイグはキスが上手かった。こうして数回交わしているだけでもそれが伝わって、フェイトはどんどん自分の心臓が高鳴っていくのが分かる。
「ク、レイ、……も、やだ……」
 思わず、彼の胸に手が伸びた。そして腕の力を込めてクレイグの身体を押そうとするが、彼はそれを許してはくれない。
「……こう言う時の抵抗は、相手を煽るだけだぜ、ユウタ」
 クレイグは至近距離でそう告げた後、またフェイトの唇を貪ってくる。
 胸に添えられたフェイトの手は、すでに取り払われてベッドに押し付けられている状態だった。
「んん……っ、……」
 言葉を作れずに、数秒。
 クレイグの舌がフェイトのそれを捕らえてくる。ビクリ、と身体を震わせるがそれ以上はどうにもならずにフェイトは深い口付けに翻弄された。
 うっすらと瞳を開けば、直後に飛び込んでくるのはクレイグの青い瞳だ。彼はフェイトの反応や表情を見ながらキスをしていたらしく、楽しそうであった。
「……っ、クレイ、ほんとに、もうやめ……」
 フェイトがもがきながらそう言う。
 するとクレイグは口元で小さく笑みを作ってから、彼を解放した。
「これ以上続けたら本気になっちまう」
「ほ、本気って……」
「お前が欲しくなる」
「う……」
 密着した状態で凄いことを囁かれた。
 つい数時間前まで、「まだ」と言っていたのにと思うが、この状況下では仕方のない事なのかもしれない。
 フェイトはクレイグの言葉にまともに応えることが出来ずに、頬を真っ赤に染め上げて視線を逸らすのみしか出来なかった。
「ユウタ、俺を見ろ」
「……い、嫌だよ。無理」
「――見ろ」
 顔を背けたために、容易に声音が届けられる。
 低い声はフェイトの全身に響いて、また身体が震えた。
 恐る恐る、クレイグを見上げる。
 すると彼は優しい笑みを浮かべて、嬉しそうにしながら「好きだよ」と囁いた。
「色々、ズルいよ、クレイは……」
「嘘は言ってねぇだろ」
 フェイトが頬を膨らませながらそう言う。どう足掻いても目の前のクレイグには適わなくて、少し悔しいようだ。
 だが、いくら狡いと思っても、フェイトもクレイグを好きな気持ちは少しも変わらないし、変わり様が無かった。
「さて、寝るかぁ」
「うん……」
 クレイグがきフェイトの髪をクシャリと撫でながらそう言う。大きな手はいつ触れられても暖かくて心地が良く、フェイトは思わず目を細めながらの返事となった。
「……クレイ」
「ん?」
 クレイグの手を取って、静かに彼の名を呼ぶ。そしてその手を口元に持っていった後で、言葉を続けた。
「好き、だよ……」
「……知ってる」
 か細い声はそれでもきちんとクレイグの耳に届いて、彼はまた優しく笑う。
 フェイトの傍に再び寄ったクレイグは、彼の前髪を払って額に唇を寄せてからゆっくりと返事をして、また彼も横になるのだった。

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そして未来へ

『弦也の娘』

「お、おい! 待てよ! 何なんだよ、お前!」
「フン、アンタ達が絡んで来たのが悪いんでしょ?」
「チィッ、こいつ、能力者かよ!」
「う、うわぁぁぁぁ……ッ!」

 夜の公園に響き渡った男達の叫び声。
 そんな叫び声の中心に立っていた少女は、倒れた男達に侮蔑めいた視線を送りつけると、小さく鼻を鳴らしてくるりと踵を返した。

「能力者なんて、別に珍しくないでしょうに。
 なんてったって、ここは……――」

 そう呟いて少女は遠くに光るビル群を見つめた。

 東京。
 今となっては“能力者”達が集められた能力開発都市として栄えたこの街には、多くの“能力者”が存在している。
 そんな彼らを守るべく、IO2が国に働きかけて作り上げたこの“能力者開発都市”は、能力開発という目的と同時に、“能力者”の人権を守るべく築き上げられた都市である。

 十五年前。東京で起こった能力者達のテロ行為。
 そしてそれを止めた、数名の能力者の存在。

 今となっては、まるでおとぎ話の様なそんな過去があったこの都市だが、それはれっきとした現実であり、それらのおかげでこの場所が造られたと言っても過言ではないのだ。

「……勇太兄……」

 少女は呟く。
 その苛烈な戦いの中心に身を置いていたのは、自分とは従兄弟に当たる存在なのだと知ったのは、少女が小学生の頃だった。

「……私も、勇太兄みたいに強くなるから……!」

 それは少女の、否。“工藤 優”の誓いであった。

 学園の寮へと帰ると、門の前に立っていた一人の少女がその顔に花を咲かせて振り返り、優へと駆け寄った。

「優姉ちゃん!」
「あら、どうしたの?」

 まだ十歳程度の少女が抱きついて来た事に、優はいつもの事だと慣れた様子で対応する。

「待ってたんだー」

 えへへ、とはにかむ少女。
 優はその少女の頭を撫でて、その瞳を見つめる。黒と、黒の中に混在する様な緑色の瞳。それは少女の父親の血を引いているのだとしっかりと物語っている様な、そんな瞳である。

「いこっか」
「うんッ」

 ――二人の少女の物語りが、ここから始まろうとしていた。

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「――今日、でしたか」

 桜が舞う四月。
 入学の時期に相応しい白と桜色のコントラストが風に舞ってヒラヒラと揺れていた。それらを見つめながら、何やら感慨深い表情を浮かべる白髪混じりに男性。その髪はぴっちりと六対四で分けられており、身を包んだ焦げ茶色のスーツは堅苦しすぎずに正装をしている事を表現している。

 ――この日、ついに彼らがやって来るのだ。

 男性は静かに窓の外を見つめた。

 超能力開発都市、東京。
 虚無の境界との熾烈を極めた戦いがもたらした、超能力への民間人への認知。そして、人間としての進化のネクストステージ。そんな世界への憧れを抱かない者はいないだろう。

 故に、この超能力開発都市は、これまで非公認であった組織、IO2が全面共同するという形を取る事で、この都市は成立しえたのであった。

 超能力とはそもそも、誰もが持ち得る能力であった。
 それを司る人間の染色体。第三染色体が発達した者のみが、一定の干渉力を得るのだ。それは人によって異なり、例えば風。例えば水。それぞれの能力はそれぞれの独自の進化を遂げるとされている。

 しかしながら、東京には一般家庭も存在し、企業の中枢が存在している場でもあった。交通の便を考えると、東京にそこまで大々的な変革をもたらすべきか否か、それらに疑問視する声もあがったのである。
 故に東京と呼ばれるのは、この東京湾を埋め立てて作り上げられたジオフロントによる人工形成島、超能力開発都市東京と、これまで通り存在していた一般の東京の2つに分かれたのだ。
 たかだか十年の着工。そしてそれでも十分過ぎるだけの都市機構の完成をやってみせたIO2以下協力企業。それらの行動力には、日本はもちろん、世界各国が言葉を失ったと言える。

 そんなジオフロントに建てられた一角の学園。
 今日そこに、双子の兄弟が入学してくるのだ。

 たかが二人の新入生であれば、窓辺に立っていたこの男性――学園長もまたここまで気を引き締める必要もないだろう。
 しかし、その双子の少年の姉は、まだ入学して二年程でありながら、既に能力値の計測が困難を極める程である。

「まったく、あの一族は……」

 そんな事を思い出しながら学園長は苦い笑みを浮かべる。
 そんな型破りな兄弟と親戚であった、一人の少女。その子もまた、この超能力開発都市きっての天才と呼ばれている麒麟児である。
 そんな一族の中でも、もっともその親の血を色濃く継いだと思われる双子が入学してくるとなれば、彼が頭を抱えるというのも無理のない話である。

「学園長、入学式が間もなく始まります」
「うむ」

 学園長は歩き出す。
 その胸には大きな不安を抱き、そしてそれ以上にまだ見ぬ才能を見る事が出来るのでは、という淡い期待が込められているのであった。

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弦也と志帆

『志帆と弦也の静かな夜』

「勇太クン、泊まっていけば良かったのに……」
「なぁに、あれはあれで気を遣ってくれたんだろうさ」

 勇太が訪れたその日の夜。
 夕食の並べられた机を挟んで弦也と志帆は静かに話し込んでいた。優はもう食事を済ませ、小さなベッドの上で両手両足を忙しなく動かしている。

「……あの虚無の境界との戦いから五年……。今でも忘れないわ、あの子の功績も、力も」
「……怖いかい?」

 弦也の言葉に志帆は柔らかな笑みを浮かべて首を横に振った。

「そんな事ないわ。アナタの息子、でしょ?」
「……まいったな。聞こえていたのか?」
「えぇ。私、少し心配だったの。あの子からアナタを取り上げてしまう事になるんじゃないかって。あの虚無の境界との戦いの最中、あの子に命を救われたのは私も同じ。そんなあの子から、大事な人を取り上げても良いのかな、って」

 志帆は静かに告げた。

「……志帆」
「もちろん、私だって譲る気はないですよ?」
「……まったく、お前はいつもそうやって……」

 強気な言葉。
 そもそも弦也に恋をして、一生懸命にアプローチしたのは志帆であった。最初は弦也も歳と勇太の事を考えてか断ってはいたものの、志帆のその甲斐甲斐しいアプローチについには折れ、今の仲へと進展したのである。

 志帆らしいとすら言える様なそんな言葉ではあったが、勇太についてまで口にされた事はなかった弦也。弦也は志帆の心情を初めて聞き、そして若干の驚きを胸に抱いていた。
 煽ったグラスが空になり、そこへ志帆がビールをついだ。

「……勇太は、前にも話したと思うが悲愴を抱いている。だがそれでも、あの子の周りには多くの仲間と呼べる人々が出来たんだ。
 私も、あの子の為に傍に居続けてきた。だが、私がいつまでも独り身では、勇太の負担になるかもしれない。あの子は優しいからな。きっとそう感じるだろう」

「……フフフッ、アナタはやっぱり優に対しても親馬鹿になりそうね」

 志帆の言葉に、口につけたグラスをブッと噴き出し咽る弦也。そんな弦也を見つめて笑いながら、志帆が続ける。

「私はあの子のお母さん、にはなれないかもしれないけど、せめて姉の様に接してあげれればと思っているわ。だから弦也さん。勇太クンをもっとウチに呼んで下さいね」

 志帆の言葉に、弦也は実感する。
 ――本当に志帆と一緒になって良かった、と。

「……あぁ、ありがとう。だが……――」
「――だが?」
「IO2の特級エージェントをそんなにちょこちょこと呼びつけていては、私に言及がきそうだな、と」

 弦也なりの冗談混じりの嘆きに、志帆はまた小さく笑みを浮かべるのであった。

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ヨーハンー懐かしい記憶ー

『懐かしい記憶――ヨーハン でぃれくたーずかっと』

「どういう事です? アイツはただのエージェント志望なんじゃ?」

 ユウタ――いや、フェイトを迎えに行って帰った俺に部隊長が告げた、唐突な決定事項。
俺の配属されているGUNSの訓練に、あのフェイトとやらをGUNSの特殊任務に付き添わせ、
戦闘能力を計ると言い渡されたのだった。

 GUNSはバスターズに所属する銃火器部隊。日本にもそういった部隊はあるそうだが、
ここはニューヨーク。自由と犯罪が背中合わせになった街だ。平和ボケした島国とは訳が違う。
足手まといを連れて歩くってのは、俺や隊員の仲間の命にリスクが増えるって事だ。

 納得出来るはずがねぇ。

「サポーターと一緒に動く事になるんだが、彼のサポーターにエルアナをつけるつもりだ」
「エルアナ!?」

 思わず声をあげて部隊長に尋ね返した。
 エルアナ=トレイニー。

 若干十六歳にしてIO2に入って来た、IQ140を超えた女。
 天才に相応しい頭の良さと、年齢に不釣合いな冷静な女。今は二十歳だったか。
 パートナーの腕に納得が出来ない限り、あっさりと自分からサポーターを降りるっていう、
なかなか性格のキツい女だ。

 特に面識はないが、それでもアイツの名前ぐらいなら俺だって知ってる。

「日本のディテクターの推薦。その実力を、しっかりと見せてもらおうと思ってな」

◆◇◆◇◆◇◆◇

 ブリーフィングに用意された書類は、日本語でわざわざ修正された物もある。お客様扱いにしちゃ、
ずいぶんと厚待遇って訳だ。

 GUNSのメンバー7名と部隊長。それにエルアナとフェイト。
 何だってんだ、この異質な組み合わせは。

『――作戦概要は以上だ。何か質問は?』
「ヨーハン」
「あ?」
「通訳お願い」
「……チッ、何だよ?」
「この程度の仕事に、こんなにメンバーを揃える必要があるの?」

 フェイトの放った一言に、俺は思わず椅子から立ち上がり、フェイトの襟首を掴んだ。

「……テメェ、何様のつもりだ……?」
「正直、こんな程度なら人数はいらないと思う」

 真っ直ぐと俺の目を見つめて、フェイトはそう告げた。
 任務は、能力者のギャング集団の制圧だ。確かにGUNSがわざわざ出張る必要はねぇ。
だが、素人のガキがそんな事を言うってのは論外だ。

 俺達GUNSはバスターズの精鋭部隊として訓練している。そのやり方を、俺達自身を
こいつは否定的に見たって事じゃねぇか。

「テメェ、フザけた事――!」
「――私は彼に同意ですね」
「んだと!?」

 日本語での会話に、エルアナが口を挟んできた。

『隊長。フェイトは能力者であり、かのディテクターの推薦です。ここは彼の言う通り、
人数を減らしてみれば良いのではありませんか?』

 エルアナの野郎、乗っかってきやがった……。
 だが、フェイトを信頼してるって訳じゃねぇな。あれは見定める為にテストする腹、か。
眼鏡の奥の目は冷淡にフェイトを見つめてやがった。

『GUNSとしての任務に、口を挟まないでもらいたいね』
『あら、良いではありませんか。彼を任務に連れて行くのは、力量を計る為でしょう?
それなりの価値があるか見極めるのなら、彼の提案を踏まえた上での方が良いですわ』

 ――冷笑、か。
 エルアナの野郎も、どうやらフェイトが噂程じゃないと踏んでやがるな。

 失敗するならそれまで。日本に帰れ、とでも言うつもりか……?

 確かにフェイトが言った事は俺達に対する侮辱だが、エルアナの野郎の言い分を聞いて
失敗させるってのは生け好かねェ。

『隊長。だったら俺達は後方支援にまわりましょう。人数を減らして、失敗したら
元も子もない』
『……良いだろう。エルアナ、異論はないか?』
『えぇ』

 くすっと笑って答えたエルアナ。
 見た目的には味方の体裁ってか。フェイトの野郎じゃ気付きはしないか――。

 ――いや、どうやら気付いてやがるらしいな。

 ブリーフィングが終わり、俺達が解散してる中、エルアナがフェイトに声をかけた。

「良かったわね。アナタの要望が通ったわ」

 あの野郎、よくもしゃあしゃあと。

「感謝はする。けど、アンタの予想通りの失態なんて俺は起こさないよ」

 その言葉と同時に発せられた威圧感。
 それは、まるで別人かの様な圧倒的な強さを醸し出していた。

 俺だけじゃない。その場にいた全員が、エルアナでさえも、
 フェイトのその発した空気に息を呑んでいた。

**********************************************

俺達は近くの指示車からその状況を見つめていた。
 エルアナは早速周囲の状況を把握すると、指示を送った。
 ご丁寧に日本語で。

「フェイト。その先に目標の溜まり場があるわ。サーモグラフィーから見るに、人数は――」
「――12。ブリーフィング内容とは違うみたいだし、何人か出払ってるみたいだ」

 思わずエルアナも俺達も言葉を失った。
 フェイトのいる位置から、相手の人数を把握出来る事なんて不可能なはずだ。もちろん、
その為の装備を持たせてる訳でもねぇ。

 なのに、どうして正確な状況把握が出来る。

 ――「ジュニアハイスクールって何だよ」

 ……そうか。あの野郎、能力で思念を読み取りやがったみたいだな。

『……フフ、ここまでは合格ね』

 エルアナの野郎も大概尋常じゃねぇ、か。
 フェイトの能力に対して驚きながらも、楽しんでやがる。

「おい、フェイト。どうするつもりだ? 後方支援、いるか?」
「いらないね」

 ――瞬間、フェイトの身体につけていたカメラの映像が溜まり場である倉庫の中に入り込んだ。

『な……ッ!?』
『嘘!?』

 モニターを見つめた俺とエルアナは、思わずその唐突な行動に声をあげた。

『なんだ、テメェ! どっから――!』
「――生憎だけど、俺英語苦手なんだよね」

 そこから先は、まさに刹那だった。
 その場にいたギャング集団が一斉に周囲の壁に叩き付けられて、そのまま身動き一つ取れずに
宙に浮いていた。
 唐突過ぎるその能力と、その直後にフェイトが告げた一言。
 日本語が理解出来る俺とエルアナだからこそ、その言葉はただの嘲けりじゃないと分かった。

「能力を使って悪事を働く、なんてさ。その能力のせいで、人がどれだけ傷ついて、自分がどれだけ
苦しめられるか。アンタ達はそれを知らないんだね」

 ――制圧所要時間、数秒。
 アイツの言っていた人数に対する指摘は、ただのハッタリでも何でもなかったらしい。

『……フフ……フフフフ……。良いわ、フェイト……。その凶暴なまでの強さに、その言葉……。
私が知らない何かを、アナタは持ってるのね……』

 ――エルアナとフェイト。
 この日、俺の目の前にはこの二人の『化け物』がその姿を焼き付けた。

 結局、この一件で圧倒的な力を見せちまったもんだから、GUNSからは顰蹙を買い、
上層部からは『能力使用制限』を設けられる事になった。

 それからは銃の特訓をしたんだが、何せ酷いもんだった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 俺の妹、メイ。
 アイツがIO2に入ったのは、四年後。つまり、つい先日の話だ。

 仕事の話は例え家族であっても厳禁。その上、エルアナと同じサポーターとして
働く形になっちまったが、どうやらフェイトとエルアナにすっかりあてられちまったらしい。

 離婚して離れて暮らしていたせいか、何処か他人行儀になりがちだったメイと俺の関係だったが、
あの『フェアリーダンス』の事件以降、何かと俺に電話してきてフェイトとエルアナに会いたがりやがる。

 おいおい、妹まで『化け物』の仲間入りなんて勘弁してくれよ。

 アイツが日本に行ってる間に、一人前のサポーターになるって息巻いてたのは良いんだが……。
 頼むからアイツには惚れないでくれよ?

 エルアナを敵にしたら、色々な意味で心配だから、な。

                               FIN

カテゴリー: 02フェイト, おまけノベル(白神WR), 白神怜司WR(フェイト編) |

FateーN.Yにてー

『とある年を迎えた日』

「3,2,1.A HAPPY NEW YEAR!!」

 割れんばかりの歓声が、ネオン煌めくニューヨーク。
 タイムズスクエアで行われる大晦日のカウントダウンと共に、花火が打ち上がる。
 道路は何ブロック先も遮断されている。

 西側のポートオーソリティーバスターミナルよりやや北東にフェイトはいた。既にここはもう
エリア内に入場できないぐらいの人であふれかえっている。

 歓喜し、歓声をあげて手に持ったビールを煽る者達。テレビクルーの取材に向かって、何処か
同情的な視線を送りつつ、勇太はこのニューヨークに来て幾度めかのイベントに身を投じていた。

「うへぇ、盛り上がってるなぁ……」

 日本にいたら、成人式を迎える年。
 勇太の場合は成人式を何処で受ければ良いのかすら見当もつかないのだが、幼い頃に転々とした
生活を送っていたせいか、どうにも自分には縁遠い話だ。

「にしても……人ばっかりで何処だか解らないよなぁ……」

 フェイトは周囲とは違う日本語で小さく呟いたのだった。

 ――迎春のパーティーをしよう。

 金髪碧眼。長身でスタイルも良く、眼鏡をかけた美女にフェイトはその提案をされた。
 オペレーターと呼ばれる、エージェントに対して位置情報や作戦状況を連絡する人間。彼女はフェイトの
専属オペレーター、エルアナ・トレイニーだ。

 周囲の熱烈なアプローチを尽く撃沈し、ついた仇名は『イージス』。まさに潜水艦の如く、魚雷で全てを
海の藻屑へと変えてしまう。

 閑話休題。

 エルアナに誘われたのは、ジャッシュとフェイトの二人だったが、ジャッシュは承諾したにも関わらず、
結婚したばかりの赤毛の妻、ネミーの待つ我が家で寛いでいる。要するに、ドタキャンした。
 それに便乗しようものなら、フェイトに今後エルアナからの八つ当たりが発生する事は容易に想像出来る。

 つまり、フェイトは見事に逃げ遅れた、という訳だ。

 アンダーグラウンドに展開する、情報通しか知らないこじんまりとして薄暗いバー、“ファクター7”という店。
そこで待ち合わせをしているのだが、このタイムズスクエアに近い場所では十分に移動するのも大変だった。
おかげでカウントダウンには間に合わず、エルアナからも何度も着信が入っているのだが、周囲の歓声によって
その事にフェイトは気付いていなかった。

「あぁ、もうっ!」

 人の視線から外れるように人波から路地裏へと逃げ、フェイトはテレポートする。
 街中での能力の使用は、極力事件を追っている最中以外は禁じられている。しかし、このままエルアナを放置する
という訳にもいかない。それはかつての脅威、“虚無の境界”に献血するのと同義だ。

 かくして、フェイトは“ファクター7”のトイレにテレポートして現れた。

 トイレから出たフェイトは静まっている店内に目を向けると、カウンターで携帯電話を片手に肘をついている
エルアナを見つけ、歩み寄る。
 長く流れるようなストレートの髪をなびかせ、いつもは近寄り難さを増す眼鏡と色気のない黒いスーツを着る
エルアナ。しかし今日は、背の大きく開いた青いドレスと、銀細工のされた髪留めで髪をアップにし、眼鏡をかけ
ていない。

 その姿を見て、思わずフェイトも胸の高鳴りを感じた。

「エルアナ。ごめん、間に合わなくて」

 エルアナの隣りで手を合わせて頭を下げるフェイト。日本式のその作法が通じるかどうかは別として、フェイトは
それをしながら口を開いた。
 ロックのブランデーが注がれたグラスに入った氷をクイっとグラスを回して動かすエルアナ。上気した頬は色気を
増し、その表情はいつもとは違う。目は酒のせいか潤み、目元のホクロが眼鏡がない為に強調されている。

「……フラれたかと思ったわ」
「え……?」

 ボソっと小さな声で呟いたエルアナの言葉を聞き逃したフェイトが、尋ね返すように、エルアナへと声をかける。
怒っている様子ではなく、呆れたような小さな笑みを浮かべた後で、エルアナは立ち上がる。フェイトと同じ程度の
身長。バーテンダーに軽くウィンクをしたエルアナにバーテンダーが頷きを返し、しゃがみ込んでバラードジャズを
流した。

「ダンスに付き合ってくれる? 遅れた罪滅ぼし、よ」
「で、でも俺、そういうのは知らないし――」
「――良いから」

 エルアナがそっと両手をフェイトの首に回し、歩み寄る。胸元の空いたドレスに、上気した表情。『イージス』と
呼ばれている事を一切感じさせない姿で、エルアナがするりとフェイトの手を取り、身体を密着させてステップを
踏む。ゆったりとしたステップで顔をフェイトの横へと近付ける。香水の匂いがふわりとフェイトの鼻をくすぐった。

「あ、の……」
「フフ、顔を赤くしちゃって。緊張してるの?」
「そ、そんな格好で近づかれたら、そりゃあ――」

 エルアナがフェイトの言葉を遮るように、頬に唇を当てた。

「――……アナタと一緒に新しい年を迎えたかったけど、今日はこれで我慢するわ」
「え……っと……」

 エルアナがフェイトから身体を離し、笑顔を浮かべて口を開いた。

「ハッピーニューイヤー、フェイト――いえ、ユウタ」
「あ、あぁ……」
「飲みましょ?」

 何処かふわついた空気を感じながら、フェイトはエルアナの隣りに腰かけた。

FIN

カテゴリー: 02フェイト, おまけノベル(白神WR), 白神怜司WR(フェイト編) |

Fateー予告編ー

□■□■エージェント・Fate■□■□

「失礼します」

 室内にノックの音が響き渡り、中からの返事を待たずにドアが開かれた。
 黒く伸びた髪と、その服装が数年前の巫女装束から離れた黒いパンツスーツを着た女性、
護凰 凛だ。
 カツカツとヒールを慣らして歩く姿と、まだ二十三歳という若さにも関わらずにIO2の
女性エージェントとして成果をあげている彼女の名前は既に知れ渡っている。

 そんな彼女がオフだというのにIO2に訪れたのは、今凛の正面に腰を降ろしている男、
ジーンキャリアにこの人在り、と言われた鬼鮫による呼び出しが理由だった。
 かつての直属の上司に、オフに呼び出された事はない。それだけ事態は深刻なのだ、と
凛は何処か緊張した面持ちで鬼鮫の前へと歩み寄った。

「せっかくのオフだというのに、手間を取らせたな」
「いえ。デートの約束がある訳でもありませんでしたから」

 自嘲するように笑う凛の答えに対して、鬼鮫も小さく口角を緩ませた。

「お前ぐらいにしか適任者がいなくてな」
「というと、悪魔や怨霊といった類の仕事、ですか?」

 凛の脳裏に浮かんできたのはそういった仕事の類だった。
 とは言え、単純にそういったものを祓う訳ではない。そういった類を使役する能力者や、
それらを悪用しようとしている輩を捕らえる事を指している。

「いや、今日からこの東京本部に配属される男を迎えに行って欲しい」
「はぁ……」

 それなら自分ではなくとも良いのではないだろうか、と凛が思わず拍子抜けするような
態度で鬼鮫へと返事を返した。

「アメリカで研修していた、エージェントネーム『フェイト』。類稀な実力からアメリカも
手放したがらなかったエージェントなんだがな。本人のたっての希望で今回日本に帰って来る」
「帰って来る、と言いますと?」
「日本人なんだよ、そいつは」

 そんなエージェントの存在は知らない。少なくとも凛の頭の中に入っている有名なエージェント
の基本情報と『フェイト』と呼ばれる名前は誰も一致しない。
 fate、つまりは運命か。そんな事を名前にするなんて、何かを皮肉に抽象しているのだろうか、と
凛は頭の中で考えを巡らせた。

「見た目の特徴はありますか?」
「……生意気、だな」
「は……?」
「アイツの特徴は、生意気という事だ」

 知ったような口ぶりをする鬼鮫に凛は困惑していた。
 確かに、この実力社会で若くして頭角を現すものは自分に自信や誇りを持っている。それは凛も
十分に理解している事だ。
 しかし、それにしてもそんな表現をされるとは、と思わず凛がため息を漏らすのだが、鬼鮫は
そんな凛を見て少し意地悪く笑ってみせた。

「なに、お前なら行けば分かるだろう。すでにフェイトにはお前が迎えに行くと伝えてある。
十五時に成田に着くだろう」
「時間もあまりありませんね。解りました、向かいます」

 とりあえず、といった感が強いのだが、凛はIO2東京本部を後にした。
 ここから成田空港までの道は車で一時間半程度だ。時刻は十三時。タイミングとしては丁度良い。

 車の免許も課程上で取った凛は、赤いスポーツカータイプの車を走らせていた。とは言っても、
これはIO2の技術開発部が作った任務に使う為の車であって、その搭載された機能や装備はただの
車とは比べ物になるはずがない。
 車に乗って静脈認証を行わなくては動きもしないという特殊な車だ。
 携帯電話も支給品を利用するのだが、それの端子入出力部分を車の中にある電子機器の読み取りに
使う端子を繋げ、これでようやく本来の力を発揮する。

 –言うなれば自動走行システムを造り上げているのだが。

 助手席側のフロントガラスにナビゲーションマップが浮かび上がり、左手のシフトレバーの横に
ある指をはめるゴム製の操作リングを装着し、指を動かすだけでそれらが連動する。
 時代はこの数年で更に進化を続けているのだ。

 首都高速を走り出した凛だったが、少しして携帯電話が鳴り響いた。凛が「チェック」と口を
開くと、携帯電話の音声がスピーカーから流れた。

『エージェント、凛。成田空港に向かっているな?』
「はい。ジーンキャリア、鬼鮫殿の指示によって行動中です」
『ちょうど良い。今から君が行こうとしている成田空港に到着する便、十五時にロサンゼルスから
到着予定だった旅客機、BJ2100がハイジャックされたと連絡が入った』
「ハイジャック、ですか……。それにしても、その機には多分鬼鮫さんから言われているエージェ
ントが乗り合わせていると思うのですが……」
『その通りだ』

 なんとまぁ運の悪い人なのやら、と凛は呆れたようにため息を漏らした。さすがはfateね、と
思わずその名に同意した。

「でも、そんな事で何故IO2に連絡が?」
『エージェント、フェイトから先程連絡が入ってな。犯人は成田に着いてから給油を要求。
その後、金の要求に移るだろうとの事だ』
「そんなの警察の仕事では……」

 助ける気がない訳ではないのだが、凛にとっては意味が解らない行動だった。

『いや、エージェント、フェイトが成田に到着と同時に犯人を取り押さえるつもりらしい』
「え!?」
『能力者なんだよ、彼も。そこで、事態の隠蔽を頼みたいそうだ』
「……メチャクチャね、その人……。解りました。私も向こうで作戦指揮下に合流します」
『あぁ、頼んだ』

 ただの迎えに行く任務のはずが、どうしようもない事態に巻き込まれる事になったらしい。
 凛はそんな事を考えながらため息を漏らすのだった。

to be countinued

□■□■エージェント・Fate - Ⅱ■□■□

 想定外の事態は成田空港に向かっている凛にも起こった。

「もう、よりによって渋滞にハマるなんて……」

 順調は走り出しだったとは言え、成田空港に着いたのは十五時過ぎ。
 既に成田空港はIO2の指揮下に入っているらしく、この車もIO2から発信された誘導信号に従って
特殊な空港の侵入口から入る事になったのだ。
 つまり、ここは非常時用の通用口で、一般開放がされていない場所だ。

 到着して携帯電話を抜き取り、車から降りた凛を見てIO2千葉支部のIO2
エージェント達が凛に敬礼をした。
 東京本部のエージェント、というだけで一目置かれるのだが、その中でも
ヴィルトカッツェと並ぶ程に凛の名前は有名になっている。

「おい、あれって護りの巫女だろ?」
「エージェント、凛だったか……。綺麗な子だなぁ……」
「あの若さで車も持たされるのか……」

(何も私だけじゃないけどね。車持たされてて若くて有名なのは、彼女も一緒なのに)

 周囲の声を耳にしながら、百合はある女性の事を思い浮かべていた。
 そんな凛の元へ、千葉支部の作戦指揮官であるエージェントが駆け寄った。

「東京本部のエージェント、凛です。状況はどうですか?」
「遠い所、お疲れ様です。今の所、膠着状態が続いていますが、怪我人などは出ておりません」
「報道規制は?」
「はい、手配済みです」
「解りました。エージェント、フェイトからの連絡は入ってますか?」
「はい。実は先程彼はこちらに顔を出されました」
「えぇ!?」

 思わず素っ頓狂な声をあげてしまった凛に周囲からの視線が集まる。ハッと我に返り、
凛がコホンと咳払いをした。

「か、顔を出したというのは?」
「はい。こちらとの情報確認に一度機内から離れていらっしゃって、情報を確認した後で
再び機内に戻ったかと……」
「どうやって?」
「解りません。忽然と姿を現したかと思えば、また忽然と姿を消してしまいまして……」

 なんて自由な男だ、と凛は思わずため息を漏らした。
 自由の国にいたせいなのだろうか、と無理やりなこじ付けを頭の中でくっつけてみるが、
それにしたってやる事が無茶苦茶過ぎる。

「それと、エージェント、凛に伝言を預かっています」
「私に?」
「はい。『凛が来たら俺も動く。その場所に全員送ったら突入してくれ』だそうです」
「……いきなり呼び捨ての上に意味が解らないわよーー」

 そう凛が呟いた次の瞬間、凛達の目の前に人が数十名一斉に忽然と姿を現した。エージェント達も
その人々も、一瞬の出来事に目を丸くして時が止まった。

「えっ……?」
「人質の乗客全員だよ。記憶操作班。頼んだよ」

 サングラスをかけた男がその中から姿を現した。スーツの上下に、黒いタイトなシャツ。ワイシャツを
着ないで上着を羽織っている若い男。
 男が凛に向かって視線を向け、目が合ったと同時に「突入開始」と口を動かした。
 訳が分からないまま突入の命令を下した凛に、エージェント達が反応する。すると、エージェント、
フェイトが凛の腕を掴んだ。

「飛ぶよ」
「へ!?」

 シュッと音を立てたかと思えば、凛の視界は既に飛行機の中に移っていた。思わず声をあげて抗議
しようかと思ったのだが、能力者である事を考えれば対処出来ない事態ではない。
 とりあえず物陰に隠れ、様子を覗う。武装した犯人達が、忽然と人質が消えた事に驚き、慌てている。
突入部隊と合わせて挟撃する予定か、と凛が考えた次の瞬間、フェイトが堂々と犯人達に向かって歩き出した。

『てめぇ、何者だ!?』
『人質は既に解放した。大人しく投降するなら、射殺される事はないと思うけど?』
『な、何しやがった!』
『普通の人間には分からない事かな』
『ば、バケモンが!』

 英語での言い合いの後で犯人達が銃口をフェイトに向けたが、胸元からフェイトが銃を取り出し、
犯人グループよりも素早く銃を撃ち落とした。
 この動きに誰よりも驚いたのが凛自身だった。かつてのディテクター、草間 武彦の銃の腕を見ているような、
そんな錯覚すら覚えた。
 さらにフェイトは素早く犯人達に駆け寄り、体術で一人ずつ気絶させていく。その身のこなしも、
やはり常人のレベルを超えている。
 見入ってしまっていた凛の後ろに犯人グループの一人が歩み寄り、凛にマシンガンの銃口を向けた。

『大人しくしろ! こいつがどうなっても良いのか!?』

 しまった、と凛が思わず油断していた自分に舌打ちした。
 能力を使うにも、符を使わなければならない。あまりに唐突な突入だった為、符はポケットの中に入れたまま。
 人質になってしまったのは失態だ、と自分で自分に腹を立てながら両手をあげて立ち上がった。

『撃ってみなよ』
『ーーッ! 何だと!?』
『アンタが撃ったって、その人には傷なんかつかない。つけさせる気もないからね』

 流暢な英語の会話だが、凛にも言っている事はなんとなく解る。
 挑発された犯人が銃口の引鉄を引こうと指に力を加えるが、銃口はまったくビクともしない。そんな犯人と
凛に向かって、フェイトが手を翳した。
 その直後、真後ろから声が聴こえて凛は振り返った。遥か後方に吹き飛ばされ、犯人が倒れていた。
 あまりに唐突な出来事に凛が驚き、フェイトを見つめるとその後ろで一人の男が銃を構え、今にも引鉄を
引こうとしていた。

「ーー危ない!」

 声が響き渡ると同時に銃弾が回転しながらフェイトの背に向かって放たれた。間に合わない、と感じた凛だったが、
その銃弾はフェイトに当たる事もなく、宙に浮いて動きを止めた。

『な、何でだ……!』

 犯人が逆上して銃を乱発する。しかし、全ての銃弾がフェイトの前で宙を漂い、力なくその場に落ちた。
フェイトは混乱する犯人に歩み寄り、首に手刀を当てて気絶させた。

「……うん、五人。これで全員だ」
「あの……、さっきはすみません」

 背を向けているフェイトに向かって凛が声をかける。フェイトが振り返って凛に向かって口を開いた瞬間、
慌しくエージェント達が機内に突入してきた。

「お怪我は!?」
「ありません。能力を使ったので、こっちのも記憶操作お願いしますね」
「ハッ! ご協力感謝します、エージェント、フェイト!」
「行こう」
「えっ?」

 フェイトに腕を引かれて凛は再びテレポートで車の前に飛ぶハメになった。さすがにあまりに事態が急過ぎて、
凛の頭は混乱している。そんな凛に向かってフェイトが頭をポンと叩いた。

「久しぶりだね、凛」
「え……?」

 ――薄々は気付いていたのかもしれない。
 凛はそんな事を感じていた。テレポートに、あのサイコキネシス。そして、相変わらずのツンツンと跳ねた髪に、
何処かどうしようもなく優しい声。それでいて、この強引なやり方。
 そして、その予感が当たってさえいるのなら、あの鬼鮫が何故あんな事を言ったのか、と全てに筋が通る。

 サングラスを外したフェイトという名のエージェントを見つめて、凛は目に浮かんできた涙を必死に堪えた。
 黒髪に映える、不思議な色をした瞳と無邪気な笑顔を数年前から変わっていなかった。

「……ゆ……うた……?」
「ただいま」
「……ッ! おかえり……なさ……い」

 人目をはばからずに凛は目の前に現れた青年に抱き着いた。

 ――かつて、自分の命を救い、自分が生涯を賭けて共にいたいと願った相手。

 ――運命に翻弄されながら、必死に生きる事を選び続けていた最愛の人。

 そんな彼、工藤 勇太が帰ってきたのだから。

 ここから、新たな物語が紡ぎ出されようとしていた……――。

            エージェント・Fate Fin

□■□■再会の宴を■□■□

 感動とは、どうにも涙腺を緩ませる。
 情けない姿を見せてしまったかもしれない、と凛が車を走らせている隣で、
勇太は慣れた手付きで先程使った銃を手入れしていた。
 IO2から支給されたこの車が遮光フィルムを貼っていなければきっと混乱が
起こるのではないだろうか、と凛は少々呆れたようにため息を漏らした。

「ずいぶん久しぶりだなぁ、日本も」
「……勇太が高校を卒業して日本を離れた時以来、ですか?」
「うん。『工藤 勇太』って名前は虚無の境界との騒動の時にIO2に知られ過ぎたから、
エージェントネームをつけて海外で研修する。鬼鮫さんの意外な発想だったけどね」

 そう、あれはもう四年前の出来事だ。

 虚無の境界との騒動はIO2を巻き込んだ大きな戦いになった。その折、クローン技術の
集大成のオリジナルとして名を知られた勇太の存在は、IO2にとっても忘れられない名だ。
 不信感を募らせつつあった勇太を支えたのは、言うまでもなく草間 武彦と勇太の叔父で
ある弦也の存在だったが、鬼鮫もまたその勇太の処遇には人肌脱ぐ形となった。

 護凰 凛。柴村 百合。
 彼女達はその後、IO2の中で優秀な成績を残しながらその名を周囲に知らしめた。
 百合は元・虚無の境界という事で半年間の拘留を受ける事になったのだが、その後、
元・ディテクターと勇太の進言によって刑を免れる事になった。
 彼女は幸い、誰も殺すような真似もしなかったからこそ、その情状酌量の余地ありという
極めて異例な判断を受けたのだ。

 今となっては、護凰 凛は『護りの巫女』として名を馳せ、柴村 百合は『冷笑の仮面』という
よく解らない呼び名がつき、現在に至る。

「じゃ、じゃあ私もフェイトと呼んだ方が良いのでしょうか……?」
「ぶっ、やめてよ。凛にはそんな呼び方されたくないって」

 立派に仕事をこなし、『護りの巫女』と呼ばれた凛はその美しさから言い寄る男も多い。
だと言うのに、彼女は振り向こうともせず、そうした姿勢を貫く内に素を出さなくなった。
 そんな凛だと言うのに、勇太の前では数年前と何ら変わらない喋り方をしてしまう。その
事実を何処かのエージェントが見れば、きっと卒倒するだろう。
 勇太に名前で呼んで欲しい、と言われるだけで、凛の心臓はどうしようもなく高鳴っていた。

 車内での会話は凛にとっては嬉しくも心臓に悪いものだった。
 高鳴った心臓と、たくさん話したかった言葉を整理して出そうとするのだが、どうにも上手く
いかない。顔が熱く、胸が張り裂けそうな程に苦しい。
 そのせいか、勇太のアメリカでの話を聴く事も出来ず、勇太からの現在の日本のIO2の状況や
仕事の質問ばかりに話が及んだ。

「そういえば、百合もIO2にいるんだっけ?」
「は、はい。彼女は遠くに遠征任務に出る事が多いのですが、確か今日は本部に戻るとの事です。
綺麗になりましたよ」
「四年も会ってないからなぁ。凛も綺麗になったし、なんかちょっと会うの楽しみかも」
「ぇ……っと……」

 言われ慣れているはずの褒め言葉だと言うのに、どうしてそれを口にする相手が違うだけで、
どうしようもなく恥ずかしくすらなってしまうのだろうか、と凛は俯いた。
 勇太に関してはそういった言葉を、昔に比べて自然と口にするようになりつつあった。
 アメリカという国での暮らしは、勇太に社交術を学ばせるには良い国だった。天然で女性に
好かれてしまう厄介な性格も相成って、勇太は向こうでも女性から好かれる事が多かった。

 それでも、たいした付き合いに発展する事もなかったのは、相変わらずの鈍さ故だったが
本人はそんな事を解っている訳もなかった。

 自動走行システム。IO2のみに許された道路交通法の特殊権限がなければ、今の凛ならば大事故を
引き起こす可能性すらあっただろう事に、この時の二人は気付いていない訳だ。

 IO2東京本部に着いたのは十七時を回った後だった。勇太の住まいに関しての情報もない上に、
これから先の仕事についての指示は鬼鮫が出す予定だ。
 ジーンキャリアとして前線を退く事を望もうとしなかった鬼鮫だが、IO2としてはそれを容認は
出来ない。

 ――だったらデスクワークもしろ。

 それがIO2が鬼鮫の前線続行を認める為の取引内容となった。

 カツカツと東京本部内を歩く百合と、胸元にあったサングラスを改めてかけて隣を歩く勇太に、
周囲からの視線はおのずと集中していた。
 と言うのも、エージェント、フェイトの名もまた、アメリカから海を越えてその名を知られて
いたのは凛も知らなかった。これには鬼鮫の情報操作が介入していたのだが。

「失礼します」

 凛と共に扉を開けて室内に入った勇太の前に、懐かしい面々の顔が映り込んだ。予想だにしていない、
百合と萌の登場と、楓と馨の二人の姿。そして、草間 武彦がそこにはいた。
 よりにもよって、パーティーでも始めるかのような大きなケーキと食事。それに、シャンパンやワイン。
極めつけは、パーティー用の三角帽子を被せられた鬼鮫から漂う殺気だ。
 昔の勇太なら爆笑して鬼鮫を怒らせる所だが、四年ぶりに会う面々に向かって勇太が敬礼をする。

「工藤 勇太。いえ、エージェント、フェイト。本日付けでこの東京支部に配属されました!
まだまだ一人前とは思っておりませんが、何卒宜しくお願い致します!」

 ――決まった。これが俺の四年の成長ぶりだ……!
 そんな事を思った勇太に誰一人感動する事もなく、爆笑が渦巻いた。これには勇太も拍子抜けする。

「何ドヤ顔してんのよ、アンタは」

 最初に声をかけたのは百合だった。
 虚無の境界との戦いが終わり、その肉体を完全な人間に戻すという実験に自ら志願し、
それに成功したのは、その近くにいる馨と楓による共同研究の賜物だった。
 当時のツンとした印象より、目頭を少しばかり熱くしている百合の姿は、
まさに美人で近寄り難い雰囲気すら感じる程だ。相変わらずウェーブのかかった髪を肩まで伸ばし、
大人になっている。

「ですが、やはり腕は上がったようですね」

 次に声をかけたのは萌だった。
 四年前の虚無の境界との戦いから知り合ったヴィルトカッツェの少女は、今ではまだ幼いながらも
大人びた印象すら感じさせる。髪を留めていた可愛らしい髪留めだった萌も、今では歳相応に髪を
真っ直ぐ下ろし、少し短い髪と整った顔を笑顔で緩めた。

「おかえりなさい、勇太」
「おかえり」

 馨と楓が声をかけてきた。
 彼女達とは良くも悪くも色々あったが、結局は勇太が守り通した相手だ。詳しい事はいずれ話す事に
なるだろうが、楓には最初はずいぶんと嫌な想いを強いられたものだ、と勇太は小さく苦笑した。

 そして、相変わらず紫煙を撒き上げながら、ちょっとばかり皺が出来た気がする武彦の姿が勇太の目に映った。

「久しぶりだな、勇太」
「お久しぶりです、草間さん」

 似合わない敬語はやめろ、と武彦が笑って答えると、勇太は嬉しそうに笑ってみせた。
 彼には何年もの間、いつも世話になっていた。自分があるのは彼と、自分の叔父の弦也のおかげだ、
と勇太は心からそう思っている。
 久しぶりにあった、歳の離れた兄のような存在が、勇太にはどうしようもなく嬉しかった。

「……笑ったら、コロス」
「だったら帽子取ってもらえますか、鬼鮫さん……」

 相変わらずのやり取りを始める勇太と鬼鮫に、周囲は既に腹を抱えている。
 こんなやり取りの中でも、鬼鮫はそのサングラス越しに少しばかり優しい目をしている事は誰も気付かない。
 

 改めて勇太はサングラスを外し、顔を笑顔にして告げた。

「ただいま、みんな!」

 クラッカーの音が弾ける中、百合は涙を浮かべながら笑い、凛は泣き出した。萌は嬉しそうに表情を緩め、
楓と馨はシャンパンを注いだ。
 こんな所で再会を祝したパーティーを行う事など、勿論IO2上層部が許すはずもなかったのだが、
実は鬼鮫が上層部に睨みをきかせた為に敢行されたものだと、後日に聞いた勇太も思わず驚いてしまった。

to be countinued

カテゴリー: 02フェイト, おまけノベル(白神WR), 白神怜司WR(フェイト編) |

勇太ー17歳予告編ー

『虚無の境界、17歳編』 ~Guilty~

「―来るな、勇太!」

「草間さん!」

 勇太が手を差し伸べるが間に合わない。武彦が光りの渦へ飲み込まれる。

「…草間さんを、何処へ飛ばした…、柴村 百合!」

「…フフフ。焦らなくても、直に会えるわ…」

虚無の境界、17歳編。遂に賽は投げられた…。

「…勇太。お前…―」
「―さよなら…。…草間さん…!」

――。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
『17歳編、guilty終了後。完全オリジナルストーリー』 ~Gift~

――「ねぇ、勇太? 私の事、憶えている?」

「虚無の境界との戦いが終わって、もう一ヶ月かぁ…」風を切る何かが
勇太へと一閃を描き、飛んで行く。「―っ! これは…、“念の槍”…!?」
「…零距離念力」勇太へ触れた白く細い手と声が、勇太を吹き飛ばす。
「ぐっ…! がはっ…!」

「…何で…お前が…!」
「…武彦、会いたかったよ…」
「嘘だ…! お前はあの時、俺の手で…っ!」

武彦と勇太の元へ現われた、新たなる刺客―。

「…どういう…事だよ…父さん…!?」

「欠陥品に用はない。死ね、勇太」

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
~Gift~ 

 虚無との壮絶な戦いから一ヶ月。勇太は何気ない日々に戻れた安堵感
と、その空虚感に襲われながら退屈な日々を過ごしていた。
「…はぁ…」
 あれだけの激しい戦いをした後に平穏が訪れる事は、勇太にとっても
願っていた事だ。しかし、何かが物足りなくすら感じてしまう。武彦と
鬼鮫、親しい仲間達とは遂に別の世界の住人となってしまった。そんな
気分すら感じる。
「…俺、何でこんなに退屈な気分なんだろう…」勇太が不意に呟く。
「退屈なら、遊びに付き合ってよ」
 何処からともなく声が聴こえ、殺気が襲う。不意に飛んで来る殺気の
篭った何かが勇太を貫こうと一直線に風を切って襲い掛かる。
「―…っ!」勇太が後ろへ飛び、飛来した何かを見つめる。「これは…
俺の“念の槍”と同じ…!?」
「…避けれるんだね…」一人の少女が勇太に向かって手を翳す。「これ
はどう?」
「…“重力球”…!?」少女の手から放たれる球体に思わず勇太が驚く。
「はっ!」勇太が同じく“重力球”を使って相殺させる。
「ねぇ、勇太? 私の事、憶えている?」少女が勇太へとそう言って真っ
直ぐ勇太を見つめた。
「…悪いけど、知らない…。でも、俺と同じ能力に、その緑色の瞳…。
無関係って訳じゃ、ないよね…」勇太の表情に緊張が生まれる。「あんた、
一体誰?」
「…何も知らないんだ…」少女はそう言って勇太の背後へと一瞬でテレポ
ートした。「私の名前は…○○」
「…?」
「アナタの○○だよ…」
「…っ!?」

カテゴリー: 01工藤勇太, おまけノベル(白神WR), 白神怜司WR(勇太編) |

鳳凰の島にて

勇太と凛が神主に用意された部屋へ連れられた時の事。

鬼鮫編。

「…おい、ディテクター」
「何だ?」武彦が勇太を、神主が凛を布団に寝かせた所で
鬼鮫が不意に口を開いた。
「不健全だ」
「は?」
「…まだコイツらは十五歳やそこら…。そんな多感な時期に
同じ寝室で隣りの布団など…」
「…鬼鮫」武彦が鬼鮫の肩を叩く。「不健全な妄想は程々にし
ておけ―って、冗談だ! 刀をしまえ!」
「ディテクター…、やはりさっき斬り捨てておくべきだったな…」
「…お前は相変わらず冗談が通じない男だな…」武彦が銃を取り
出す。「良い機会だ。そろそろ白黒つけてやろう…」
「望む所だ…」
「…二人とも、どうなさいました?」殺気を感じたエストが部屋へ
訪れる。
「…。」
「……。」
「…あら、こんな光景…」エストが勇太と凛を見て驚く。
「フン、見ろ。驚くに決まって…―」
「―護凰の神主。布団が別とはどういう事です?」
「そうだ、やはりそこに…おい」鬼鮫がエストを見るが、エストは
構わず続けた。
「凛に既成事実を作らせてしまえば、少年に拒む事は出来なくなる
と、何故そこに気付かないのです」
「ややっ、これは失敬…!」
「…ディテクター、古いのか、俺は…?」
「…いや、さすが天使様だ。スケールが違い過ぎて俺もどうすれば
良いのか解らん」
「…任務に戻る」
「おい、待て! この事態を収拾するのはお前のまともなツッコミだけ
しか…―」
「…古いのか、俺は…」ブツブツと呟きながら鬼鮫は歩いて行った。

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

『護りの巫女・旅立ちの刻』

 ―勇太と武彦がこの地を訪れたあの日から、もうすぐ半年が経とうとしていた。

「はぁっ!」

 神気に触れたお札が魑魅魍魎の身体へと舞い、光りの彼方へ消し去る。

凛が呼吸を整えながら周囲を見回す。どうやらある程度片付いたらしい。

―――

――

「この地は元々霊気や妖気が溜まり易く、私と分身の私がそれらを吸収しなくなり、

魑魅魍魎達が生まれ始めています」

 ある日、時折洞窟へと向かったエストに理由を尋ねた凛に、エストがそう告げた。

「魑魅魍魎が?」

「はい。彼らは人に害こそ加えませんが、集まり過ぎれば話しは別です。そこで、

定期的に私があの中にいる魍魎を祓う事でバランスを保たせていたのです」

「…そうだったのですか…」凛が小さく呟いた。「…あの、エスト様…。私は―」

「ーどうすれば強くなり、あの子の元へ行けるのか、ですね」

「―ッ!」凛が思わず目を見開く。

「…凛、貴方の神気は護凰の血の中でも、右に出る者がいない程の才覚を秘めています。

恐らく、鍛えれば私とほぼ同等の力を持つ事も可能になります」

「私が…エスト様と…!?」

「そうです。貴方の力は、その強大な力の一端を制御して出しているに過ぎません。

それを操る程の実力がなければ、彼らの立ち向かう戦いには足を踏み入れる事は出来ません」

「……。」

「貴方がこの地の魑魅魍魎を一人で倒せる日が来れば、私からIO2の鬼鮫さんに貴方の面倒を

頼んでみましょう。外界を知り、その力を洗練するチャンスを与える事が出来るかもしれません」

「…ほ、本当ですか…!?」

――

―――

 そして今日、それを行う為に一人で洞窟の中へと足を踏み入れていたのだ。

――。

「…(…勇太、憶えてますか? 私に全てを話してくれたあの日の事を…)」

 ―初めて着た洋服。

 ―初めてデートをした自分。

 ―初めて、恋をした…。

「…(どうすれば解らず、手を触れるだけで、私は…)」

 ―胸をきゅっと押さえつける。

「…(貴方を想うだけで、胸がこんなに締め付けられてしまう様に…)」

 ―時が経つ程に、私は貴方を好きなっていく。

「…(不安で、眠れない日もありました…。忘れられてしまうんじゃないかと…)」

 ―叫びたくなる程、痛いくらい、苦しいぐらいに貴方に…

 ―私は、恋してる…。

――。

「凛、気を付けるんじゃぞ」

「凛」エストが凛を抱き締める。「行ってらっしゃい、私の可愛い凛…」

「…はい…」凛がエストの腕の中で、そっと目を閉じて返事をする。

「…行ってきます」

 ―そしてこれから、貴方に会いに行きます…。

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柴村百合

『眩しすぎる世界』(百合目線)

 ―現行時間からおよそ一年前、夏。
 時刻は深夜。街を見下ろせるこの建設中の建造物。そして、その頭頂部に、私はいた。
「…(…あれから、もう四年…)」
 不意に手を見つめる。この手にはもう、人としての温もりを感じる資格なんてない。

 ―薬品がなければ生きれない身体。
 ―失敗作というレッテルと、憐憫の眼差し。
 ―耐え切れない迄の屈辱…。

 心は枯れている。悔しい、憎い。そういう負の感情ばかりで、それを哀しむ人間も、
私をそんな闇の中から救おうとする人間も、この世界にはいない…。

「…(…盟主様は、私を利用した…。それだけの為に、私は…)」

『アンタは“被害者”だった! それを救ったのはIO2じゃないか!』

 ―アイツの言葉に、私は耳を傾けなかった。
 ―アイツなら…、私を救おうとするのかな…

 不意に胸がきゅっと苦しくなる。締め付けられている様な痛みに、何故だろう。泣きたい…。

「…でも、もう戻れない…。戻れないよ…」

 ―身体は既に薬品まみれ。
 ―アイツの首をこの手で絞めてる夢を見た。
 ―でもそれは、本当は自分自身。今の私が、戻りたいと泣く私の首を絞めていた。
 ―それを、私は泣き出しそうな気持ちで見ていた。

 いっそ、この汚すぎる心と身体と共に朽ちてしまいたい…。そうすれば、少しは楽になれる。
 そんな事さえ、脳裏をいつも過る。

「うっ…!」

 急に襲い掛かる激しい頭痛。発作だ…。
 ―このまま薬を投与しなければ、私は死ねる…。

 ―でも…、生きたい…!
 ―どんなに醜くても、死にたいと願ってみても、私はまだ生きたい…!

 注射器を空間転移から引きずり出し、自分の腕を幕って突き刺す。薬品の臭いが鼻につく。
 休息に痛みが引いていく中、私はアイツの顔を思い出す。

「…工藤 勇太…。もし私が死ぬなら、その時、アナタは泣いてくれるの…?」

 答えが返って来る筈はない。
 アイツに、聴こえる筈ないのだから。

 ―なのに、アイツなら言ってくれる気がする。
 ―こんな壊れた私にも、「生きろ」と怒って、泣いてくれる気がする…。

「…会いに行きたいよ…」

 百合の頬を、ほんの一粒だけ涙が伝う。

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