□■□■エージェント・Fate■□■□
「失礼します」
室内にノックの音が響き渡り、中からの返事を待たずにドアが開かれた。
黒く伸びた髪と、その服装が数年前の巫女装束から離れた黒いパンツスーツを着た女性、
護凰 凛だ。
カツカツとヒールを慣らして歩く姿と、まだ二十三歳という若さにも関わらずにIO2の
女性エージェントとして成果をあげている彼女の名前は既に知れ渡っている。
そんな彼女がオフだというのにIO2に訪れたのは、今凛の正面に腰を降ろしている男、
ジーンキャリアにこの人在り、と言われた鬼鮫による呼び出しが理由だった。
かつての直属の上司に、オフに呼び出された事はない。それだけ事態は深刻なのだ、と
凛は何処か緊張した面持ちで鬼鮫の前へと歩み寄った。
「せっかくのオフだというのに、手間を取らせたな」
「いえ。デートの約束がある訳でもありませんでしたから」
自嘲するように笑う凛の答えに対して、鬼鮫も小さく口角を緩ませた。
「お前ぐらいにしか適任者がいなくてな」
「というと、悪魔や怨霊といった類の仕事、ですか?」
凛の脳裏に浮かんできたのはそういった仕事の類だった。
とは言え、単純にそういったものを祓う訳ではない。そういった類を使役する能力者や、
それらを悪用しようとしている輩を捕らえる事を指している。
「いや、今日からこの東京本部に配属される男を迎えに行って欲しい」
「はぁ……」
それなら自分ではなくとも良いのではないだろうか、と凛が思わず拍子抜けするような
態度で鬼鮫へと返事を返した。
「アメリカで研修していた、エージェントネーム『フェイト』。類稀な実力からアメリカも
手放したがらなかったエージェントなんだがな。本人のたっての希望で今回日本に帰って来る」
「帰って来る、と言いますと?」
「日本人なんだよ、そいつは」
そんなエージェントの存在は知らない。少なくとも凛の頭の中に入っている有名なエージェント
の基本情報と『フェイト』と呼ばれる名前は誰も一致しない。
fate、つまりは運命か。そんな事を名前にするなんて、何かを皮肉に抽象しているのだろうか、と
凛は頭の中で考えを巡らせた。
「見た目の特徴はありますか?」
「……生意気、だな」
「は……?」
「アイツの特徴は、生意気という事だ」
知ったような口ぶりをする鬼鮫に凛は困惑していた。
確かに、この実力社会で若くして頭角を現すものは自分に自信や誇りを持っている。それは凛も
十分に理解している事だ。
しかし、それにしてもそんな表現をされるとは、と思わず凛がため息を漏らすのだが、鬼鮫は
そんな凛を見て少し意地悪く笑ってみせた。
「なに、お前なら行けば分かるだろう。すでにフェイトにはお前が迎えに行くと伝えてある。
十五時に成田に着くだろう」
「時間もあまりありませんね。解りました、向かいます」
とりあえず、といった感が強いのだが、凛はIO2東京本部を後にした。
ここから成田空港までの道は車で一時間半程度だ。時刻は十三時。タイミングとしては丁度良い。
車の免許も課程上で取った凛は、赤いスポーツカータイプの車を走らせていた。とは言っても、
これはIO2の技術開発部が作った任務に使う為の車であって、その搭載された機能や装備はただの
車とは比べ物になるはずがない。
車に乗って静脈認証を行わなくては動きもしないという特殊な車だ。
携帯電話も支給品を利用するのだが、それの端子入出力部分を車の中にある電子機器の読み取りに
使う端子を繋げ、これでようやく本来の力を発揮する。
–言うなれば自動走行システムを造り上げているのだが。
助手席側のフロントガラスにナビゲーションマップが浮かび上がり、左手のシフトレバーの横に
ある指をはめるゴム製の操作リングを装着し、指を動かすだけでそれらが連動する。
時代はこの数年で更に進化を続けているのだ。
首都高速を走り出した凛だったが、少しして携帯電話が鳴り響いた。凛が「チェック」と口を
開くと、携帯電話の音声がスピーカーから流れた。
『エージェント、凛。成田空港に向かっているな?』
「はい。ジーンキャリア、鬼鮫殿の指示によって行動中です」
『ちょうど良い。今から君が行こうとしている成田空港に到着する便、十五時にロサンゼルスから
到着予定だった旅客機、BJ2100がハイジャックされたと連絡が入った』
「ハイジャック、ですか……。それにしても、その機には多分鬼鮫さんから言われているエージェ
ントが乗り合わせていると思うのですが……」
『その通りだ』
なんとまぁ運の悪い人なのやら、と凛は呆れたようにため息を漏らした。さすがはfateね、と
思わずその名に同意した。
「でも、そんな事で何故IO2に連絡が?」
『エージェント、フェイトから先程連絡が入ってな。犯人は成田に着いてから給油を要求。
その後、金の要求に移るだろうとの事だ』
「そんなの警察の仕事では……」
助ける気がない訳ではないのだが、凛にとっては意味が解らない行動だった。
『いや、エージェント、フェイトが成田に到着と同時に犯人を取り押さえるつもりらしい』
「え!?」
『能力者なんだよ、彼も。そこで、事態の隠蔽を頼みたいそうだ』
「……メチャクチャね、その人……。解りました。私も向こうで作戦指揮下に合流します」
『あぁ、頼んだ』
ただの迎えに行く任務のはずが、どうしようもない事態に巻き込まれる事になったらしい。
凛はそんな事を考えながらため息を漏らすのだった。
to be countinued
□■□■エージェント・Fate - Ⅱ■□■□
想定外の事態は成田空港に向かっている凛にも起こった。
「もう、よりによって渋滞にハマるなんて……」
順調は走り出しだったとは言え、成田空港に着いたのは十五時過ぎ。
既に成田空港はIO2の指揮下に入っているらしく、この車もIO2から発信された誘導信号に従って
特殊な空港の侵入口から入る事になったのだ。
つまり、ここは非常時用の通用口で、一般開放がされていない場所だ。
到着して携帯電話を抜き取り、車から降りた凛を見てIO2千葉支部のIO2
エージェント達が凛に敬礼をした。
東京本部のエージェント、というだけで一目置かれるのだが、その中でも
ヴィルトカッツェと並ぶ程に凛の名前は有名になっている。
「おい、あれって護りの巫女だろ?」
「エージェント、凛だったか……。綺麗な子だなぁ……」
「あの若さで車も持たされるのか……」
(何も私だけじゃないけどね。車持たされてて若くて有名なのは、彼女も一緒なのに)
周囲の声を耳にしながら、百合はある女性の事を思い浮かべていた。
そんな凛の元へ、千葉支部の作戦指揮官であるエージェントが駆け寄った。
「東京本部のエージェント、凛です。状況はどうですか?」
「遠い所、お疲れ様です。今の所、膠着状態が続いていますが、怪我人などは出ておりません」
「報道規制は?」
「はい、手配済みです」
「解りました。エージェント、フェイトからの連絡は入ってますか?」
「はい。実は先程彼はこちらに顔を出されました」
「えぇ!?」
思わず素っ頓狂な声をあげてしまった凛に周囲からの視線が集まる。ハッと我に返り、
凛がコホンと咳払いをした。
「か、顔を出したというのは?」
「はい。こちらとの情報確認に一度機内から離れていらっしゃって、情報を確認した後で
再び機内に戻ったかと……」
「どうやって?」
「解りません。忽然と姿を現したかと思えば、また忽然と姿を消してしまいまして……」
なんて自由な男だ、と凛は思わずため息を漏らした。
自由の国にいたせいなのだろうか、と無理やりなこじ付けを頭の中でくっつけてみるが、
それにしたってやる事が無茶苦茶過ぎる。
「それと、エージェント、凛に伝言を預かっています」
「私に?」
「はい。『凛が来たら俺も動く。その場所に全員送ったら突入してくれ』だそうです」
「……いきなり呼び捨ての上に意味が解らないわよーー」
そう凛が呟いた次の瞬間、凛達の目の前に人が数十名一斉に忽然と姿を現した。エージェント達も
その人々も、一瞬の出来事に目を丸くして時が止まった。
「えっ……?」
「人質の乗客全員だよ。記憶操作班。頼んだよ」
サングラスをかけた男がその中から姿を現した。スーツの上下に、黒いタイトなシャツ。ワイシャツを
着ないで上着を羽織っている若い男。
男が凛に向かって視線を向け、目が合ったと同時に「突入開始」と口を動かした。
訳が分からないまま突入の命令を下した凛に、エージェント達が反応する。すると、エージェント、
フェイトが凛の腕を掴んだ。
「飛ぶよ」
「へ!?」
シュッと音を立てたかと思えば、凛の視界は既に飛行機の中に移っていた。思わず声をあげて抗議
しようかと思ったのだが、能力者である事を考えれば対処出来ない事態ではない。
とりあえず物陰に隠れ、様子を覗う。武装した犯人達が、忽然と人質が消えた事に驚き、慌てている。
突入部隊と合わせて挟撃する予定か、と凛が考えた次の瞬間、フェイトが堂々と犯人達に向かって歩き出した。
『てめぇ、何者だ!?』
『人質は既に解放した。大人しく投降するなら、射殺される事はないと思うけど?』
『な、何しやがった!』
『普通の人間には分からない事かな』
『ば、バケモンが!』
英語での言い合いの後で犯人達が銃口をフェイトに向けたが、胸元からフェイトが銃を取り出し、
犯人グループよりも素早く銃を撃ち落とした。
この動きに誰よりも驚いたのが凛自身だった。かつてのディテクター、草間 武彦の銃の腕を見ているような、
そんな錯覚すら覚えた。
さらにフェイトは素早く犯人達に駆け寄り、体術で一人ずつ気絶させていく。その身のこなしも、
やはり常人のレベルを超えている。
見入ってしまっていた凛の後ろに犯人グループの一人が歩み寄り、凛にマシンガンの銃口を向けた。
『大人しくしろ! こいつがどうなっても良いのか!?』
しまった、と凛が思わず油断していた自分に舌打ちした。
能力を使うにも、符を使わなければならない。あまりに唐突な突入だった為、符はポケットの中に入れたまま。
人質になってしまったのは失態だ、と自分で自分に腹を立てながら両手をあげて立ち上がった。
『撃ってみなよ』
『ーーッ! 何だと!?』
『アンタが撃ったって、その人には傷なんかつかない。つけさせる気もないからね』
流暢な英語の会話だが、凛にも言っている事はなんとなく解る。
挑発された犯人が銃口の引鉄を引こうと指に力を加えるが、銃口はまったくビクともしない。そんな犯人と
凛に向かって、フェイトが手を翳した。
その直後、真後ろから声が聴こえて凛は振り返った。遥か後方に吹き飛ばされ、犯人が倒れていた。
あまりに唐突な出来事に凛が驚き、フェイトを見つめるとその後ろで一人の男が銃を構え、今にも引鉄を
引こうとしていた。
「ーー危ない!」
声が響き渡ると同時に銃弾が回転しながらフェイトの背に向かって放たれた。間に合わない、と感じた凛だったが、
その銃弾はフェイトに当たる事もなく、宙に浮いて動きを止めた。
『な、何でだ……!』
犯人が逆上して銃を乱発する。しかし、全ての銃弾がフェイトの前で宙を漂い、力なくその場に落ちた。
フェイトは混乱する犯人に歩み寄り、首に手刀を当てて気絶させた。
「……うん、五人。これで全員だ」
「あの……、さっきはすみません」
背を向けているフェイトに向かって凛が声をかける。フェイトが振り返って凛に向かって口を開いた瞬間、
慌しくエージェント達が機内に突入してきた。
「お怪我は!?」
「ありません。能力を使ったので、こっちのも記憶操作お願いしますね」
「ハッ! ご協力感謝します、エージェント、フェイト!」
「行こう」
「えっ?」
フェイトに腕を引かれて凛は再びテレポートで車の前に飛ぶハメになった。さすがにあまりに事態が急過ぎて、
凛の頭は混乱している。そんな凛に向かってフェイトが頭をポンと叩いた。
「久しぶりだね、凛」
「え……?」
――薄々は気付いていたのかもしれない。
凛はそんな事を感じていた。テレポートに、あのサイコキネシス。そして、相変わらずのツンツンと跳ねた髪に、
何処かどうしようもなく優しい声。それでいて、この強引なやり方。
そして、その予感が当たってさえいるのなら、あの鬼鮫が何故あんな事を言ったのか、と全てに筋が通る。
サングラスを外したフェイトという名のエージェントを見つめて、凛は目に浮かんできた涙を必死に堪えた。
黒髪に映える、不思議な色をした瞳と無邪気な笑顔を数年前から変わっていなかった。
「……ゆ……うた……?」
「ただいま」
「……ッ! おかえり……なさ……い」
人目をはばからずに凛は目の前に現れた青年に抱き着いた。
――かつて、自分の命を救い、自分が生涯を賭けて共にいたいと願った相手。
――運命に翻弄されながら、必死に生きる事を選び続けていた最愛の人。
そんな彼、工藤 勇太が帰ってきたのだから。
ここから、新たな物語が紡ぎ出されようとしていた……――。
エージェント・Fate Fin
□■□■再会の宴を■□■□
感動とは、どうにも涙腺を緩ませる。
情けない姿を見せてしまったかもしれない、と凛が車を走らせている隣で、
勇太は慣れた手付きで先程使った銃を手入れしていた。
IO2から支給されたこの車が遮光フィルムを貼っていなければきっと混乱が
起こるのではないだろうか、と凛は少々呆れたようにため息を漏らした。
「ずいぶん久しぶりだなぁ、日本も」
「……勇太が高校を卒業して日本を離れた時以来、ですか?」
「うん。『工藤 勇太』って名前は虚無の境界との騒動の時にIO2に知られ過ぎたから、
エージェントネームをつけて海外で研修する。鬼鮫さんの意外な発想だったけどね」
そう、あれはもう四年前の出来事だ。
虚無の境界との騒動はIO2を巻き込んだ大きな戦いになった。その折、クローン技術の
集大成のオリジナルとして名を知られた勇太の存在は、IO2にとっても忘れられない名だ。
不信感を募らせつつあった勇太を支えたのは、言うまでもなく草間 武彦と勇太の叔父で
ある弦也の存在だったが、鬼鮫もまたその勇太の処遇には人肌脱ぐ形となった。
護凰 凛。柴村 百合。
彼女達はその後、IO2の中で優秀な成績を残しながらその名を周囲に知らしめた。
百合は元・虚無の境界という事で半年間の拘留を受ける事になったのだが、その後、
元・ディテクターと勇太の進言によって刑を免れる事になった。
彼女は幸い、誰も殺すような真似もしなかったからこそ、その情状酌量の余地ありという
極めて異例な判断を受けたのだ。
今となっては、護凰 凛は『護りの巫女』として名を馳せ、柴村 百合は『冷笑の仮面』という
よく解らない呼び名がつき、現在に至る。
「じゃ、じゃあ私もフェイトと呼んだ方が良いのでしょうか……?」
「ぶっ、やめてよ。凛にはそんな呼び方されたくないって」
立派に仕事をこなし、『護りの巫女』と呼ばれた凛はその美しさから言い寄る男も多い。
だと言うのに、彼女は振り向こうともせず、そうした姿勢を貫く内に素を出さなくなった。
そんな凛だと言うのに、勇太の前では数年前と何ら変わらない喋り方をしてしまう。その
事実を何処かのエージェントが見れば、きっと卒倒するだろう。
勇太に名前で呼んで欲しい、と言われるだけで、凛の心臓はどうしようもなく高鳴っていた。
車内での会話は凛にとっては嬉しくも心臓に悪いものだった。
高鳴った心臓と、たくさん話したかった言葉を整理して出そうとするのだが、どうにも上手く
いかない。顔が熱く、胸が張り裂けそうな程に苦しい。
そのせいか、勇太のアメリカでの話を聴く事も出来ず、勇太からの現在の日本のIO2の状況や
仕事の質問ばかりに話が及んだ。
「そういえば、百合もIO2にいるんだっけ?」
「は、はい。彼女は遠くに遠征任務に出る事が多いのですが、確か今日は本部に戻るとの事です。
綺麗になりましたよ」
「四年も会ってないからなぁ。凛も綺麗になったし、なんかちょっと会うの楽しみかも」
「ぇ……っと……」
言われ慣れているはずの褒め言葉だと言うのに、どうしてそれを口にする相手が違うだけで、
どうしようもなく恥ずかしくすらなってしまうのだろうか、と凛は俯いた。
勇太に関してはそういった言葉を、昔に比べて自然と口にするようになりつつあった。
アメリカという国での暮らしは、勇太に社交術を学ばせるには良い国だった。天然で女性に
好かれてしまう厄介な性格も相成って、勇太は向こうでも女性から好かれる事が多かった。
それでも、たいした付き合いに発展する事もなかったのは、相変わらずの鈍さ故だったが
本人はそんな事を解っている訳もなかった。
自動走行システム。IO2のみに許された道路交通法の特殊権限がなければ、今の凛ならば大事故を
引き起こす可能性すらあっただろう事に、この時の二人は気付いていない訳だ。
IO2東京本部に着いたのは十七時を回った後だった。勇太の住まいに関しての情報もない上に、
これから先の仕事についての指示は鬼鮫が出す予定だ。
ジーンキャリアとして前線を退く事を望もうとしなかった鬼鮫だが、IO2としてはそれを容認は
出来ない。
――だったらデスクワークもしろ。
それがIO2が鬼鮫の前線続行を認める為の取引内容となった。
カツカツと東京本部内を歩く百合と、胸元にあったサングラスを改めてかけて隣を歩く勇太に、
周囲からの視線はおのずと集中していた。
と言うのも、エージェント、フェイトの名もまた、アメリカから海を越えてその名を知られて
いたのは凛も知らなかった。これには鬼鮫の情報操作が介入していたのだが。
「失礼します」
凛と共に扉を開けて室内に入った勇太の前に、懐かしい面々の顔が映り込んだ。予想だにしていない、
百合と萌の登場と、楓と馨の二人の姿。そして、草間 武彦がそこにはいた。
よりにもよって、パーティーでも始めるかのような大きなケーキと食事。それに、シャンパンやワイン。
極めつけは、パーティー用の三角帽子を被せられた鬼鮫から漂う殺気だ。
昔の勇太なら爆笑して鬼鮫を怒らせる所だが、四年ぶりに会う面々に向かって勇太が敬礼をする。
「工藤 勇太。いえ、エージェント、フェイト。本日付けでこの東京支部に配属されました!
まだまだ一人前とは思っておりませんが、何卒宜しくお願い致します!」
――決まった。これが俺の四年の成長ぶりだ……!
そんな事を思った勇太に誰一人感動する事もなく、爆笑が渦巻いた。これには勇太も拍子抜けする。
「何ドヤ顔してんのよ、アンタは」
最初に声をかけたのは百合だった。
虚無の境界との戦いが終わり、その肉体を完全な人間に戻すという実験に自ら志願し、
それに成功したのは、その近くにいる馨と楓による共同研究の賜物だった。
当時のツンとした印象より、目頭を少しばかり熱くしている百合の姿は、
まさに美人で近寄り難い雰囲気すら感じる程だ。相変わらずウェーブのかかった髪を肩まで伸ばし、
大人になっている。
「ですが、やはり腕は上がったようですね」
次に声をかけたのは萌だった。
四年前の虚無の境界との戦いから知り合ったヴィルトカッツェの少女は、今ではまだ幼いながらも
大人びた印象すら感じさせる。髪を留めていた可愛らしい髪留めだった萌も、今では歳相応に髪を
真っ直ぐ下ろし、少し短い髪と整った顔を笑顔で緩めた。
「おかえりなさい、勇太」
「おかえり」
馨と楓が声をかけてきた。
彼女達とは良くも悪くも色々あったが、結局は勇太が守り通した相手だ。詳しい事はいずれ話す事に
なるだろうが、楓には最初はずいぶんと嫌な想いを強いられたものだ、と勇太は小さく苦笑した。
そして、相変わらず紫煙を撒き上げながら、ちょっとばかり皺が出来た気がする武彦の姿が勇太の目に映った。
「久しぶりだな、勇太」
「お久しぶりです、草間さん」
似合わない敬語はやめろ、と武彦が笑って答えると、勇太は嬉しそうに笑ってみせた。
彼には何年もの間、いつも世話になっていた。自分があるのは彼と、自分の叔父の弦也のおかげだ、
と勇太は心からそう思っている。
久しぶりにあった、歳の離れた兄のような存在が、勇太にはどうしようもなく嬉しかった。
「……笑ったら、コロス」
「だったら帽子取ってもらえますか、鬼鮫さん……」
相変わらずのやり取りを始める勇太と鬼鮫に、周囲は既に腹を抱えている。
こんなやり取りの中でも、鬼鮫はそのサングラス越しに少しばかり優しい目をしている事は誰も気付かない。
改めて勇太はサングラスを外し、顔を笑顔にして告げた。
「ただいま、みんな!」
クラッカーの音が弾ける中、百合は涙を浮かべながら笑い、凛は泣き出した。萌は嬉しそうに表情を緩め、
楓と馨はシャンパンを注いだ。
こんな所で再会を祝したパーティーを行う事など、勿論IO2上層部が許すはずもなかったのだが、
実は鬼鮫が上層部に睨みをきかせた為に敢行されたものだと、後日に聞いた勇太も思わず驚いてしまった。
to be countinued