結婚しようか、例えひと時の夢だとしても

幸か不幸か。
 それは六月のある日の出来事。

「にゃにゃー♪ 今日も遊びに来たにゃーん♪ んにゃ?」

 現実世界では高校生男子である俺、工藤 勇太(くどう ゆうた)は夢の世界では五歳児程度のチビ猫獣人の姿になれる能力を持っている。今日も今日とてこの異界フィールドの住人であるスガタとカガミの元に遊びに来たのだが――そんな彼の前に見慣れぬものがふよふよと浮いている。はしっと飛びあがりそれを猫手で掴んでみるとそれはなんと美しいベール。雑誌などでウェディングドレスを来た花嫁がその頭に被っている姿を見たことがあるが、まさにソレそのものであった。

「にゃはっはー、こうしてつけてみたら俺様も可愛いはにゃよめさんにゃん! ……にゃーんてにゃ」

 装飾は女性らしくフリルにお花があしらわれたもの。
 面白半分で俺は身に着けてみるがやがてすっと熱が引く。言ってみれば「一人で何をしてるんだ。しかも中身は高校生男子の俺が」という突込みが自分の中で行われたからである。だが。

「にゃっにゃ? あれ、あれれ? は、外れにゃいにゃー!!」

 さぁっと血の気が引く。
 俺はぐいぐいとベールを引っ張るがそれはまるで頭部と一体化したかのように外れない。前屈みになり両手で引っ張り続けても駄目。やがて何でこんな間抜けな事態になったのかと思い出し、じわりと涙が浮き出す。

「にぎゃー!? スガター! カガミー!!」
「うわ、工藤さん。なんでそんな可愛い格好をして……あー」
「お、勇太。お前なんでそんな可愛い格好をし……あー……」
「にゃー! お前ら今説明しなくても俺がにゃにやったのか理解したにゃ! したにゃらこれ取ってにゃー!!」

 二人の名前を呼び、現れた少年――スガタとカガミに俺は抱きつく。
 説明せずとも案内人であるこの二人には何が起こったのか伝わってしまうこの異界はプライバシーと言うものがない。だが緊急を要する今はある意味ありがたい事だった。

「残念ながら僕にはそれが何なのか分かりません。見た目は可愛らしい花嫁さんのベールなんですけどね」
「残念ながら俺にはそれが何なのかわかんねーよ。見た目は可愛い花嫁のベールのくせにな」
「まあ何はともあれ」
「いう事は一つ」
「「 夢の世界といえど怪しいものは拾うべからず 」」
「にぎゃー!! じゃあフィギュアとミラー達に聞くにゃー!!」

 まさかスガタとカガミにも分からないなんて思わず、俺は他にこのベールについて知っていそうな異界の住人である少年と少女の名をあげる。切羽詰っている俺はもうどうして良いのかさっぱり分からない。外したいのに外れないこの状況。しかもこれは女物。一時の気の迷いは非常に心にダメージを与え自業自得と言わざるを得ない。
 スガタとカガミはやれやれと顔を見合わせ、それから一度意思をあわせるように頷きあう。そうしてから俺はカガミの腕にふわりと抱きかかえられ、転移する。一瞬空間を移動する時特有の景色がぶれるような感覚があったが、次の瞬間には目の前にはアンティーク調の一軒屋が建っている。スガタとカガミは扉の傍に貼られている「鏡・注意」の張り紙も無視して扉を開く。ノックもせずに中に入った二人に俺が逆にびっくりしてしまった。

「やあ、いらっしゃい。三人とも」
「ミラー、お前ももう知ってるだろうけど、このベールについて知りたい」
「工藤さんがどうやらこのベールに呪われたみたいなんですけど」
「あのね、君達。急いでいるのは分かるけど挨拶くらいするのが礼儀だよ」
「にゃ、にゃ! こんにちはにゃ!」
「はい、<迷い子(まよいご)>は良く出来ました」

 既に出迎えの格好で立っていたのは黒と緑のヘテロクロミアを持つ短い黒髪の少年、ミラー。
 十五、六歳程度の彼は呆れたようにスガタとカガミに注意を一つする。そしてそれは道理に適ったものだからこそ俺はカガミの腕の中でぺこりと頭を下げた。そして彼の後ろ、応接室からはくすくすと可愛らしい少女の笑い声が聞こえてくる。今度は黒と灰色の瞳を持ち、床に散るほどに長い灰掛かった黒髪を持つ彼女の名はフィギュア。足の悪い彼女は木製のイスに腰掛けながら俺達をそっと手招く。

「初めまして、愛らしい<迷い子(まよいご)>。そのベールについて知りたいのなら、私のところにいらっしゃい」
「は、はじめましてじゃにゃいにゃー……」

 フィギュアという少女は記憶に欠陥を持っており、既に数度会っているというのに未だに自分の事を覚えてくれない。いや、今はむしろ思い出さなくてもいいかもしれない、けど!!
 カガミとスガタはミラーと共にフィギュアの居る応接室へと移動する。口元に手を当てて笑うフィギュアの表情からしてもうこのベールが何であるのか分かっているようだ。

「それで、君は情報に何を差し出す?」
「にゃー! やっぱり来たにゃー! でも俺様差し出すものといってもおやつくらいしかにゃいにゃー!!」
「ふふ、ミラー。今日は本人の物を貰わなくてもいいと思うわ。あたしね、欲しいものはもう決めてあるの」
「おや、フィギュアが欲しいだなんて珍しい」
「ミラー、あたしね。あれが欲しいわ」

 そう言ってフィギュアが指差したのは俺――ではなく、俺の頭に乗ったまま外れてくれないベールだった。

「そのベールは結婚式前夜で亡くなった女性の念が篭った呪いのベールよ。異空間に封印されていた物だけど、何故かこの空間に迷い込んできたのね。<迷い子>ならぬ<迷い物>ってところかしら」
「にゃぁああ!!? 呪いにゃんていやにゃー!」
「でも外す方法――と言うより無力化する方法があるのよ。ふふ」
「は、早く教えて欲しいにゃー!」
「じゃあ、そのベールに込められた想いを成就させてあげなきゃいけないわね」
「――にゃ?」
「そのベールの持ち主の女性は結婚したかった。だから成就させるのは至って簡単よ」
「ま、まさか……」
「花婿が花嫁を思って決して他の女性にそれを付けない様封印していたけれど、貴方がつけてしまったなら仕方ないわ。――と、言うわけで擬似結婚式をしてしまえば良いのよ」
「にゃんですとー!?」

 嫌な予感がぴったりと当たってしまった。
 まさかのまさかのまさかのまさかのー!!?
 フィギュアが楽しそうに笑っていた理由がこれで判明した。確かに女の子ならこういう事は面白がるだろう。そして今回の報酬は無力化したベール。フィギュアもそのベールが欲しいというなら俺は呪いを解くしかない……、の、か?

「って、カガミ! にゃに、俺様をスガタに渡してるにゃー!?」
「いや、なんかスガタとフィギュアでお前のお色直しをするって電波を受けたから」
「お願いだから俺様にも分かるように言葉で喋ってくれにゃー!! って、うにゃぁあああ!!」
「さて、お化粧しましょ。そうしましょ」
「工藤さん。ファイトです。これが終わったら呪いから解放されるんですから」
「ちょ、ミラー!! フィギュアが俺様に夢中にゃよ、いいのかにゃ!?」
「僕はフィギュアが楽しそうならそれでいいからね。さて、僕とカガミは簡易結婚式場でも作ろうか」
「最後の砦が役に立たなかったにゃー!!」

 フィギュア主義のミラーが俺を見捨てた……。
 いや、そもそも言うほど味方でもなかったけどこの対応に俺様はがっくりと肩を落とす。かくして応接室は花嫁の控え室と化し、俺様はもはや空中から色んなものを取り出すこの異界の住人達の手によってそれはそれは可愛らしい『花嫁』に仕立てられ上げられ――。

「ってにゃんで俺様うえでぃんぐどれすなのにゃー!?」
「だって頭に被っているものがベールな上に、取り付いているものは女性の思念なんですもの。ここでタキシードだなんて女性の思念が許さないわ」
「にゃ、にゃぁああ……ま、まさかの人生初女装……が……うぇでぃんぐどれすだにゃんて……」
「大丈夫ですよ、工藤さん。ほら今チビ猫獣人の姿をしているからマスコット的に可愛いですよ! 若いから化粧の乗りも良いです!」
「スガタ! 全然フォローににゃってにゃいのにゃー!!」

 ――俺の、俺様の味方はどこですか。

 えぐえぐと心の中で涙が滝のように溢れだす。
 だがスガタとフィギュアが次々と俺を小さな花嫁に仕上げていくのを止める方法なんて思いつきやしない。そしてどれくらいの時間が経っただろうか。二人が満足げに全身鏡を俺の前に出し、現実を見せ付ける。そこにはちょこんっと愛らしく出来上がった花嫁の姿があった。幼児の姿だから性別も化粧次第で誤魔化しがこんなにも効くものかと内心びっくりする。

「ミラー、こっちは出来上がったわ。そっちの準備は大丈夫かしら?」
「ああ、フィギュア。式場は出来上がったよ」

 そう言いながら閉められていた扉を開いたのは。

「あら、ミラーってば素敵な神父姿」
「年齢も一応二十代後半ほどまで上げてみたけどもう少し上の方が良いかな」
「いいえ、格好いいわ」

 聖書を抱き、典型的な神父服を着た二十代後半ほどの青年に成長したミラーの姿に俺は顎が外れそうになる。いや、知っていたさ。知っていた。ここの面々は外見を自由に操れる事くらい。今更これくらいで驚いてたまるものか!!

「さて花婿の用意も出来ているからそろそろ始めようか」
「――にゃ?」

 そうだ。
 擬似とはいえ結婚式ならば相手がいなきゃ成り立たない。俺は素早くフィギュアとスガタを見やる。ミラーは神父。フィギュアは女性だから論外。ならスガタはと言うと、その姿を二十歳ほどの青年に成長させるが――その正装は黒タキシードだった。
 え、つまり。つまりですね。つまり白タキシードを着ている花婿と言うのは、まさか、まさかまさかまさかまさかのまさかですかー!?

 応接間を出れば俺は目を丸める。
 俺がお色直しをしている間に家の中は造り変えられ、教会の一部と化してしまったのだ。これは心底見事だと思わざるを得ない。そして呆然としている俺はスガタに手を取られ、教会の奥の誓いの場へと足を進ませる。そう、それはまるでスガタが花婿の父親役のように。
 ミラーがフィギュアを抱き上げ、最前席へと転移し彼女を下ろす。一番式が見える特等席だ。
 やがて俺の手は父親役のスガタから花婿役へと――つまり残った一人、青年の姿をしたカガミへと手渡される。ステンドグラスから差し込む光の中、俺とカガミは誓いの場へと足を進める。ここまで来て俺はもう頭の中が真っ白になりそうなくらい混乱し始めた。
 向かい合った俺とカガミ、そしてその間に神父のミラーが立って結婚式が始まる。

「――じゃあ早速。花婿、カガミ。君はこの花嫁を妻と定め、生涯愛し続けることを誓うかい?」
「当然」
「では花嫁、工藤 勇太。君はこの花婿を夫と定め、生涯愛し続ける事を誓うかい?」
「――ち、ちちちちち」

 神父のミラーの言葉は彼独特のもので、形式的にかなり言葉を省いている。
 だけど決して大事な部分は外さず、俺は顔をトマトのように真っ赤にさせながら言葉を必死に紡ごうとする。カガミはあっさりと誓ったけれど、俺はそうではない。だって結婚式だ。どれだけ擬似だって言われてもこの言葉は神聖な言葉で、神様に嘘を付く事なんて出来ない。ベールだって幸せな結婚を望んでいるのだから、ここはカガミのように言えばいいのだけど。

 ああああ、もう心臓の音を止まれ!
 いや、止まったら死ぬから落ち着け!
 どうか、俺の口よ。動いてくれ!

 ベールで隠されているからまだマシだけど、うろたえている俺を皆が見ているしきっと気付いてもいる。
 やがてカガミがすっと膝を折り、そしてまだ誓いの言葉を言い終えていない俺のベールをそっと持ち上げた。その瞬間、ミラーはふぅっと呆れたように小さな吐息を漏らす。

 次の瞬間――花嫁と花婿の唇と唇が触れ合う。

 柔らかなそのキスに俺は最大限に目を見開き、次にぷしゅううっと煙が出るのではないかと言うほど全身を赤らめるとそのまま身体を後ろへと傾け倒れた。だが地面に倒れる前にカガミがしっかりと腕を俺の身体に回し支えてくれた事によって事なきを得る。
 ぱさ、り……。
 そしてあれほど頑固として俺の頭から外れなかったベールがあっさりと落ちる。カガミはそれを拾い上げ、フィギュアへと投げた。

「ほらよ」
「あら、有難う」
「そのベールももう良いってよ」
「ふふ、幸せそうですもの。『どちら』もね」

 カガミの腕の中に抱かれながら俺はぐらぐらと意識を揺らす。
 フィギュアはカガミに貰ったばかりのベールを指先で撫で、そして優しげに微笑む。死しても尚、女性は結婚を夢見ていた。その純粋な呪いは今果たされ――。

「よかったじゃないか。初夜まで要求されなくて」
「……にゃ、にゃぁあああーー!!!」

 からかうカガミの声に俺は意識を取り戻す。もう茹蛸だ。絶対に茹蛸状態に決まってる。俺はぽかぽかとカガミに猫パンチを食らわせながらも、最後にはぎゅうっと抱きつく。
 ぎゅう。
 ぎゅうっと。
 そんな俺達を放置し、ミラーはもう役割は終わったとばかりにフィギュアの傍に寄り、彼女の頭にベールを被せこっちはこっちで幸せそうに微笑みあう。その様子はスガタだけが見ていた。そして最後に彼が言った言葉と言えば。

「六月の花嫁さんは幸せになれるんだよ、よかったね。工藤さん、フィギュア」
「あら、ミラー。あたしと結婚してくれるの?」
「君が望むなら神に誓わずとも生涯を共にするよ」

 かくして『めでたしめでたし』で終わる今回のお話。
 俺はあのベールが俺の想いを知ってくれたから離れてくれたんだろうなと思うと……恥ずかしくて中々カガミの方へと顔をあげれずに居た。

―― Fin…

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
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■         ライター通信          ■
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 Congratulations!
 ……というわけで、見事なプレイングを有難うございましたv
 始終幸せな気分で書き上げさせて頂きましたが、どうでしょうか?
 ギャグコメディという事で今回は漫才ちっくなところが多々入っております。どうか工藤様が幸せな花嫁になれますように!
 あ、カガミはちゃんと工藤様の事大事にしますので(笑)

カテゴリー: 01工藤勇太, その他(蒼木WR), 蒼木裕WR(勇太編) |

二人が困った問題―押し掛け少女

「以前は私の迷いを断ち切って下さって真に有難う御座います。心からお礼を申し上げたいと思い、こうしてスガタ様に会いに参りました」

 深々とお辞儀をする少女。
 彼女はスガタの前に立ち、にっこりと微笑む。だが、スガタの方は「はぁ……」などと気の抜けた返事をする。隣に居たカガミの方をちらっと見遣ると、彼はむぅーっと眉を寄せて機嫌が悪そうだった。

「あの、僕だけじゃなくてカガミも君の案内をしたんだけど」
「あら、そうでしたわね。私スガタ様しか目に入っておりませんでしたわ。申し訳御座いません。ついでにカガミ様も有難う御座いました」
「俺はついでかよ……」

 むっすぅー! と更に機嫌が良くないカガミをよしよしとスガタは宥める。
 少女はスガタの手をぱしっと掴み、唇を綻ばせた。そしてうっとりとした目で見つめる。スガタは自身の唇がひくっと引きあがるのを感じた。

「スガタ様。私、考えましたの」
「な、何を?」
「私、貴方様のお傍に居たいのですわ!」
「「はぁ!?」」

 二人の声がハモる。
 良く分からない展開に二人して首を傾げた。

「私が父との不仲のことを悩んでいた時に与えてくださった的確なアドバイス、案内して下さった時の心優しいお言葉、そして気配り……何よりその私のお好みにジャストフィーットなお顔!」
「俺も同じ顔なんだけど……」
「いえいえいえ、同じ顔付きでもやはりスガタ様とカガミ様は滲み出るものが違っておられますわ」

 少女はきっぱり言い切った。
 何となく腑に落ちないその理由にカガミの不機嫌ゲージがぐぐぐぐぐっとあがっていく。いつ切れるか分からないその状態に冷や汗をかいたスガタは、取り合えず彼の背中を撫でて落ち着かせようとする。
 だが。

「と、言うわけでこの肖子 霞(あやかし かすみ)。本日より、スガタ様の身辺のお世話をさせて頂きますわー!」
「お前、いい加減にしろぉおおおおお!!!」
「か、カガミ落ち着いてぇえええ!!!」

 きゃっと可愛らしく宣言した少女ぶち切れてしまったカガミ。
 どうしようと引き攣り笑いするスガタはこの先を想像して……思わず泣きそうになった。

「スガタ、カガミー♪ あっそびに来たにゃー♪」

 だがそこに現れたのは一人の救いの天使――ではなく、黒耳黒尻尾、猫の手足をもった可愛らしいチビ猫獣人。その獣人の名前は工藤 勇太(くどう ゆうた)。現実世界では立派に高校生として過ごしている彼だが、夢の世界限定で「チビ猫獣人化」が可能な超能力者であったりする。
 そんな風に暢気な調子で登場した彼だが先客もとい霞がいる事に首を傾げ、しかもいつもと違う雰囲気である二人に目を瞬かせた。

「にゃ? お客さんにゃ?」
「勇太、丁度いいところに来た!!」
「にゃー!? にゃんの事にゃー!?」
「ちょっと事態を説明してやるから俺の癒しになれ!」
「わけわかんにゃいにゃー!!」

 そう言われ、カガミによって勇太は腰に抱えられ霞には決して聞こえない場所まで走る。
 そのため来たばかりで何がなんだか分かっていない勇太は頭に疑問符を大量に浮かべるしかないわけで。だが、霞はポジティブだった。それはもう前向きに「これはカガミ様が私のために下さった二人きりのチャンスですわ!」と思い込み、スガタに今まで以上のアプローチを開始した事を二人は知らない。

 一方、それはもう疲労しきったカガミに癒しと言う名の抱擁を真正面から受けた勇太はそのまま事態の説明を聞く。
 つまり少女は勇太同様<迷い子(まよいご)>。
 問題自体は解決したのだが、スガタに惚れてしまった事によりこの異界で暮らしたいと言い出した。その結果「本人に拒まれているために強制送還が行えなくて困っている」……と。
 勇太はぽふぽふと猫手でカガミの背中を叩く。カガミは口調は乱暴でアレなタイプだが基本的に優しい事を勇太は知っている。もちろんスガタだってそうだが、今回霞にとってスガタが恋愛対象になってカガミに関してはおまけ扱いされている事よりも、『相手が帰らないこと』が案内人としては失格だと言われている様でガリガリと精神的ダメージを削ってくれている。

「にゃー……じゃあ、俺様がお話してくるにゃ!」
「マジか?」
「任せとけにゃ!」

 ぴょんっとカガミの腕の中から勇太は飛び降りるとスガタにアプローチしている霞の方へとちょこちょこと可愛らしい擬音つきで彼は寄る。
 霞は霞で勇太の存在に気付くとアプローチを止め、そして不思議な生き物としてマジマジと勇太を観察し始めた。

「えっとにゃ。俺は工藤 勇太って言うにゃ。でにゃ、今カガミからおはにゃし聞いたにゃん。かすみはスガタのこと好きでおうちに帰りたくにゃいって言ってるんだよにゃ?」
「スガタ様ほど素晴らしい方は現実にはいらっしゃらないですもの。スガタ様は案内人ですから私よりも多くの方と接するでしょう? その中に私同様スガタ様の事を好ましいと思う女性が居ても可笑しくありませんわ。だってこんなにも紳士的で、優しくて、気が付く所が沢山あって、女性に対する態度も柔らかく堅実かつ献身的で、私の理想の旦那様なんてスガタ様以外いらっしゃいませんわ。更に言えばスガタ様は私が迷っていた際に乱暴な口調のカガミ様とは違って私好みの顔で囁いてくださいましたの。『君の心は僕がちゃんと案内してあげるからね』って……!! これはむしろプロポーズ! 私の未来はもうスガタ様に預けてしまっても構いませんとあの時心底思いましたわっ! 更に言えば――」
「にゃ、にゃ、すとっぷにゃー!!」
「なんですの! 私のスガタ様への愛の語りをもっとお聞きなさい!」
「……にゃー……」

 一気にスガタに対しての思いを口にした霞の熱意に勇太は押され、別に押されたわけでもないのに思わず足が一歩下がってしまう。前に居るスガタ、そしていつの間にか後ろにいたカガミへと「へるぷみー」の視線を送ってみれば、むしろ「こっちが助けてと言った意味が分かるだろう?」と視線が返された。
 確かに霞の思いは強い。だからこそスガタとカガミは彼女を現実に返してあげられないのだ。ならば今出来るのは説得だけ。彼女の心を現実へと向けることだ。

「あのにゃ。かすみの気持ちはよくわかるにゃ。俺もカガミ大好きだにゃん。でもちゃんとおうちに帰ってるにゃよ。かすみもちゃんとおうちに帰ってまた会いたくなったら会いに来ればいいにゃ」

 ね、カガミー♪と勇太は振り返り、戻ってきていたカガミへとぽふんっと抱きつきすりすりと甘える。
 その様子を見ていた霞は両手を叩き合わせ、それはそれは幸せそうな笑みを浮かべた。

「あら、勇太様はカガミ様の事がお好きですのね。良かったですわ。男性でもそういう趣味の方がいらっしゃるのは一応知っておりましたが、これがもしスガタ様相手でしたら……」
「お、俺の相手はカガミにゃー!! カガミが好きにゃー!!」
「ですからライバルじゃなくて良かったと私は心底幸せですのよ」
「――こ、この子……強いにゃ……」

 だが此処で引いては男が廃る。というか、二人に頼られているのに男として引くわけにはいかない。
 勇太はカガミにぎゅうっと抱きつきながら更なる説得に試みる。格好としては幼児が少年にしがみ付いているようなものだが、勇太の中身は一応高校生男子。どれだけ精神年齢が低くなっていようが基盤は変わらないのだ。

「あのにゃ、かすみ。スガタとカガミは求めればちゃんと応えてくれるにゃよ」
「<迷い子>限定で、ですわよね」
「そんにゃことにゃいにゃ! 二人はちゃんと呼べば現実世界にもやってきてくれるにゃ。俺様がそこは保証するにゃん!」
「まあ、勇太様。私が欲しいのはスガタ様だけですので、呼ぶのはスガタ様だけですわ。そこは間違われると拗ねたくなりますの」
「……にゃ、にゃにはともあれ、この世界に居たいというかすみの気持ちはわかるにゃ。でもかすみにはかすみの現実を大事にして欲しいにゃ。お父さんと仲直りしたというなら家族がいるんだよにゃ? じゃあ、そっちの生活も大事にしつつ、スガタの事を本気で想っているならスガタはちゃんと応えてくれると思うにゃ!」

 キラキラと純粋な瞳で勇太は訴える。
 まっすぐと霞を捕らえ、笑顔で口にするのは現実的なお話。現実とこの世界とを行き来している勇太だからこそ言える言葉だった。事実、霞には『家族』がいる。この世界に居るという事はその家族や友人らを捨ててしまう事に繋がってしまう。それは決して望ましくない事。
 スガタとカガミは異界の住人だ。だからこそこの場所で存在し続ける事が出来るが、何がきっかけで霞は現世に戻れなくなるか分からない。

 霞は勇太の言葉にうっと言葉を詰まらせる。
 やはり『家族』という言葉が効いたようで、スガタはその僅かな変化を見逃さなかった。

「あのね、霞ちゃん。工藤さんの言う通りだと僕も思うよ。ここで過ごす事を君が本気で望むなら僕らは――僕は止めることが出来ない。だけど案内した時にも言ったように『君には君だけの未来』がある。家族、友人、それに君が得るはずの幸せ……今の君にそれらを捨てさせて僕はこの世界に留まってもらっても僕は全然嬉しくないよ」
「スガタ様……」
「ごめんね。今の君は僕のせいで『迷って』しまっている。本来なら案内人である僕のために迷わせるなんてしてはいけない事だ。だから僕はちゃんと言うよ――霞ちゃん、辛い事があったら僕を呼んで。逢いたくなったら僕は君の傍に行くよ。だから君は君の世界でちゃんと幸せを探そう、ね?」
「……っ、スガタ様……!」

 少女はスガタの言葉に涙を溜め始め、そして両手を顔に当てて泣き出した。
 だがやがてその姿は薄くなっていく。説得が効き始めた証だ。彼女は自分の意思で現実に戻ろうとしている。しかしまだ決定打に欠けているのか、その姿はゆらゆらとした陽炎のよう。
 皆が見守る中、スガタはおぼろげな霞に手を伸ばす。そして彼にしか浮かべられない――霞が一番スガタを好きになった理由の一つである笑顔を浮かべた。

「また、逢おうね」
「――はいっ……!」

 そして霞は今度こそ残像も残さずに消えていく。
 向こうの世界では霞は涙を流しながら目覚める。その気配をスガタとカガミは感じながら事態が収まりを見せた事に対してほうっと息を吐き出す。唯一勇太だけが少女の様子が分からずに目をぱちぱち瞬かせた。そして。

「カガミ、すあま食べたいにゃ!」
「……ほれ」
「わーい!」

 ご褒美と言うかのようにカガミは空中から小皿に乗ったすあま三つを取り出し、勇太の前に差し出す。彼はそれを受け取ると嬉しそうにはむはむと頬張り、そして今は一人で霞が居た場所を真剣な表情で見つめるスガタを見る。そして一言。

「スガタは天然たらしにゃ?」
「あのなぁ……」

 その言葉に頭を痛めたのはスガタではなくカガミだったのは何故か。
 何はともあれ現実を大事にすると約束した霞がスガタを現実で想い、呼び出す機会が増えたかどうかは――今誰も知らない。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、久しぶりの依頼です。
 今回はご参加有難うございました!

 カガミとの仲良しを見せ付けて、現実に帰っても大丈夫だという事を知ってもらう計画にちょっと燃えました。めらめらと!
 霞はまだ子供です。残念ながら子供の考えで異界に留まりたいと考えたけど、現実を見たことによりそのうちスガタの存在は不要になり、忘れていく可能性の方が高いかなっと。

 今回は本当に説得の協力有難うございました!

カテゴリー: 01工藤勇太, その他(蒼木WR), 蒼木裕WR(勇太編) |

綻び結び8

「あっ、駄目だって……っ無理……っいくらなんでも……」

 俺は自分の口元を押さえながら声を耐える。
 だが、背後の男は俺をしっかりと押さえつけ、目の前の男は「銜えろ」といいながらソレを差し出す。口を噤んで拒絶すると無理やり唇を開かされ、押し込められた。ぐっと息が詰まる。苦しい。なんでこんな事に。なんでこんなに無理やり……。もっと優しくしてくれたらちゃんと口を開くのに――。
 俺は何とか隙を見て、ぷはっと呼吸を吐き出す。

「だから、……そんなに食べられないって! エビフライ!」
「あほか。いい加減起きろ」
「あでっ!!」
「カガミ。工藤さんは怪我人なんだから労わってあげなよ」

 急に頭に衝撃が走り、今まで俺を押さえつけていた男達の姿が消えた。
 代わりに視界に入ってきたのは黒と青のヘテロクロミアを持つ鏡写しのような青年二人……スガタとカガミだった。彼らは今常の少年の姿ではなく、青年の姿で俺を覗き込んでいる。そう、俺は覗き込まれていて――自分がやっとベッドの上に寝転がっている事に気付いた。

「ああ……今、幸福絶頂な夢見てたのに……って、アレ? ここは……?」
「病院です」
「病院だな」
「――ぃ、っでぇえええ!!」
「工藤さん、怪我した事を憶えてますか?」
「あの集落で起こった色々な事を憶えてるか?」

 腹部に走る痛み。
 それは現実のもので俺は病院服を捲り、そこに巻かれていた包帯を確認する。痛みの発信源を見つけるとはぁぁぁっと深い溜息が零れ、俺は改めて身体をベッドへと深く沈みこませた。額に手を当てながら見上げる天井の色は少しだけくすんだ白。カーテンも白。清潔感溢れる白に囲まれたそこは確かに病室のようだった。
 とりあえずスガタとカガミは俺が起きた事を医師に報告すると、一人の初老の医師が看護士を一人連れてやってきた。身体検査と幾つかの質問を受け答え終えると彼らは一言「安静にするように」と言って去っていく。

「実はですね、あのお医者様の記憶を少しだけ記憶を操作させてもらいました」
「ミラーの『貫手』はかまいたちみたいにすぱっと切れるもんだからな。現実的に見てそれは事件性が高いもんに見えるし、警察と関わると面倒だからさ。ミラーが医師の記憶を操ってきちんと『事故』として処理してくれた」
「ミラーの操眼(そうがん)はそういう点では本当に強いですからね」
「便利アイテム、便利アイテムってな」

 スガタとカガミが楽しそうに病院での記憶操作に関して説明してくれる。
 なるほど、だから医師は特に深く怪我に付いて突っ込んでこなかったのかと納得した。だけど俺が今気にかかっているのはそこじゃない。なんとか上半身を起こそうと腕に力を込めてみると場所が腹部なだけあって起き上がることが困難。折れた体勢はつらいと判断し、結局ベッドに寝転がる形に留まってしまう。

「なあ……あの後、『男』はどうなった?」
「それについては工藤さんには知る権利があるから僕達からお話を致しましょう」
「それについてはお前が誰よりも知るべき権利を有しているから話してやるよ」
「じゃあ、さっさと話してくれ。う……傷に響く」
「あの後、集落で男は工藤さんより先に目を覚ましました。そして能力の事をすっかり忘れていましたが、一応精神状態は『正常』にまで戻りましたので少し安静させた後、莚さんが案内人の務めとして集落の外へと案内されました」
「能力自体を封じたわけじゃないから何かのきっかけであの『男』もまた能力が戻るかもしれないけど、記憶してない以上今は使えない状況にあるわけだな。一応男が住んでいる場所を見に行った時は一般人らしく暮らしてたぜ」
「そして工藤さんは怪我の事がありましたので、僕らが保護者となりこの病院へと運び込み」
「そしてお前は怪我のせいで三日三晩熱と戦って、先程目を覚ましましたとさ」

 めでたしめでたし、と続きそうなフレーズで彼らは経緯を語る。
 俺は三日も眠っていたのかと呆然としてしまう。個人的には一晩くらいのつもりだったのに、睡眠って怖い。ああ、でも本当に終わったんだなという実感がやっと湧いてくる。
 殺そうと俺を襲ってきた男。けれど、俺と同じように研究所に対して恐怖を抱いて泣いていた男。完全に怨めたら良かったけど、同環境で育った俺にはあの男がどれほど怯えていたか痛い程に分かってしまう。
 スガタとカガミが「一般人らしく暮らしていた」という報告をしてくれた瞬間、思わず笑みが零れた。

「そっか……あいつもこれからは普通に暮らせるといいな」

 どうか幸せに。
 何にも怯えず、能力者であっても受け入れてくれる人を見つけて幸せになれますように。
 それがオリジナルからイミテーションへの……俺から男への最後の願い。
 もし怪我が治ったら自分の目でも男の様子を見に行こう。俺を見た瞬間、思い出しちゃまずいからこっそりこそこそと遠くから男を見守りたい。

「しかし筵にはいっぱい迷惑かけちまったなー。でも最後はちゃんと俺がケジメ付けたからな」

 えっへんと胸を張って俺は偉ぶる。
 強がって見せる俺を見て、カガミは俺の額を指先で弾いた。

「って! 何すんだよ!」
「お前は無茶しすぎなんだよ。男の精神に潜ってなにかあったらどうすんだよ」
「そ、そん時はそん時でー」
「馬鹿か! んのやろ、くすぐってやるっ」
「ごめんって! 感謝してるって! だから……傷触るなって!」

 ぎゃー! と俺は笑いと共に悲鳴をあげる。
 だってカガミってば怪我人の脇をくすぐってくるんだもん。傷が開いちゃう、止めてー! きゃー! などと騒ぎながら俺はカガミに元気を貰う。まるで傍目的にはカガミが俺を襲っている格好。その姿を見ているのはスガタ一人で、彼は腕を組み、右手を口元に当てながらくすくす笑っているだけで止める気はないらしい。

 ああ、でも。
 俺は確かにあの時男の中で力尽きた。
 つまり、今自分の身体に精神を戻しているってことは誰かに引き上げてもらったんだよな。それはスガタかカガミかフィギュアかミラーか……大穴の大穴で莚か。
 うーん、誰もが出来そうなところが恐ろしい。下手したら男の中で同化し、『俺』という存在が消え去ってしまっていた事を思うと、本当にあの時は無茶をしたと思う。カガミが怒る……っていうかくすぐってくるのもまあ、分からなくもない。

 やがて攻撃も止み、ぜぇはぁと荒い息を付きながら俺は仰向けになる。
 じわりと汗がにじみ出て少しだけ気持ち悪かった。

「今回はフィギュアにもいっぱい助けて貰ったなー……」
「彼女は基本的に優しい人ですから」
「ミラーと違って裏表ないし」
「え? ミラー? ……あいつは……」

 思わず俺は腹部の包帯を押さえ、ミラーと対峙した時の事を朧気ながら思い出す。
 誰よりも現実的で、俺の中に居た『男』へ向けていた憎悪。肉体的にも精神的にもダメージを与えられたあの戦闘を記憶の中で巻き戻すと正直もう二度と相手にしたくない。
 彼は案内人たちの中で一番しっかりとした意志を持って、攻撃を繰り出す。敵と見なしたものには容赦なく攻撃の手を放ち、絶体絶命の場面でも起死回生してくるのだ。

 あの時彼が現れなかったら俺はカガミをどうしていただろう。
 守護一辺だったカガミをもしかしたら殺し――――。

「あいつ……俺の事嫌ってないよな?」

 それにはスガタはにっこりと、カガミはにやりと笑う――それが答え。
 医師には記憶操作をし、俺のフォローまで入れてくれたミラー。彼が大事なものはフィギュアという少女。その少女に害さえ及ぼさなければ彼もまた<迷い子(まよいご)>の味方のはずで。

「……はぁ、今度何か菓子折りでも持っていくかな……」
「あ、僕みたらし団子希望」
「俺はいちご大福」
「お前らの希望を聞いてんじゃねーよ!! あの二人にはむしろクッキーとか洋菓子だろ!」

 その時、病室には三人の笑い声が木霊した。

■■■■■

「なあ、ミラー」
「なんだい、カガミ」
「取引に出したアイツの<切り札/カード>。あれを持っているのは今、お前だろ」
「……なんだ。そんな当たり前の事を聞きに来たのかい。そうだよ、彼の記憶。『大事な母親との思い出』という名前のカードは今僕の手の中にある」

 そう言ってミラーは鏡張りの部屋の中、その手先から一枚のカードを取り出した。
 口元にトランプのようなカードを当てながら黒と緑の瞳を持つ少年は小さく笑う。

「カガミ、これが欲しいのかい?」
「アイツが其れを出したなら俺は別に貰う必要はないね」
「じゃあどうしたんだい?」
「取引材料にそのカードを出したあいつは<切り札/カード>を失った。だけどフィギュアはともかく、お前はそれに見合った情報を渡していない」
「――正論だね。確かに戦闘には参加したけどあれは結局僕本人の意思によるものだ。ならばあの戦闘はカウントされない。記憶操作も同じくね」
「そして付け加えるなら、あの時勇太に渡した情報の三分の二は俺達が既にアイツに渡していた」
「それも正しく」
「だから、あえて言おう。<切り札/カード>に見合った情報をお前達は勇太に渡していないと――」

 青年の姿でカガミはミラーへ真実を突きつける。
 取引は等価交換で行われるもの。今回の一件ではそれを成されていないと彼は言う。ミラーは<切り札/カード>を人差し指と中指とで挟み込み、そしてそれをまっすぐカガミの前へと突き出した。その表情はとても柔らかく、でもどこか寂しげで。

「彼はそう時間が経たぬうちに『失った現実』と対峙しなければいけない時が来る。だからね、カガミ。それまでどうかこの<切り札/カード>の存在を忘れぬように」
「勿論だ」
「その時が来たなら、僕は今度こそこれに見合った代価を支払うよ」

 <切り札/カード>に描かれた絵は聖母。
 そこに描かれているのはとても工藤 勇太に似た女性の寝姿。ミラーの傍で二人のやり取りをイスに座って見ていたフィギュアがくいっと手を持ち上げ『惹手』を使い、カードを手元へと引き寄せる。
 そして彼女は両手でカードをそっと包み込み、やんわりと微笑んだ。

「ねえ、ミラー。この綺麗な<切り札/カード>は一体誰のものかしら」

 ―――― 彼女はもう全てを忘れている。

―― Fin…

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
【共有化NPC / 莚(むしろ) / 男 / 18歳 / 逸れ者を導く事実上の案内人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、最終話です。
 お疲れ様でした!! 結構長いお話となりまして、でも綺麗に終わったので幸せです。
 工藤様には色々苦労が重なったりと苦難たっぷりのお話となりましたが、楽しんでいただけましたでしょうか?

 さて最後の会話の通り、ミラーとフィギュアは今回正しい取引を成しておりません。
 それがスガタとカガミが引っかかった点です。それゆえに、フィギュアは忘れていますが、ミラーは今後最低一回は取引無しで何かを手伝うなり、情報を渡すなりしてくれます。

 次なるお話……どんな旅路になるか楽しみにしつつ今回は失礼致します。では!

カテゴリー: 01工藤勇太, 綻び結び, 蒼木裕WR(勇太編) |

綻び結び7

「カガミ、何をしているんだい?」
「手を繋いでんだよ――視えたから」
「君の能力……僕らよりほんの少しだけ強い『未来を見る能力』の事かな」
「分かってんなら、もう良いだろ。身体は三人に任せて俺も行く。フィギュア一人で潜らせんのもお前にとっちゃ不安だろうしな」
「あのね、カガミ。分かってるだろうけど、僕は君が傷付いてもそれなりに悲しいんだよ」

 それは少年と工藤 勇太の手が重なった時のある二人の案内人の会話。

■■■■■

 意識の淵に『男』は居た。
 頭を抱え、ガチガチと歯を噛み鳴らしながら彼はしゃがみ込んで震えている。その周りには複数人の白衣の人影が彼を囲んでいた。男も女も関係ないその姿。皆口を開いて何かを喋り掛けている様に見える。だがその声は俺には届かない。――男には届いていても。
 覚えている研究員達の姿そのものに俺は怯む。
 研究員達の顔はまるで影が掛かったかのように暗く、正しい顔が描かれていないのは何故だろう。それは男が研究員に対する恐怖からか、それとも憶えられない程に追い詰められた結果描くことを放棄した結果か。
 彼らは唇を動かし続ける。
 男は髪に指先を突っ込み、ガリガリと頭皮を引っ掻きながら何かを呟き続ける。
 最初こそ何か喋りあっているように見えた。……けれど、男が一切顔を上げないという事は会話が成り立っていない一方的な責め苦を味わっているのだと察する事が出来る。

―― これを何とかしねーとあいつに近付けねーって事か。

 正直俺も研究員達に近付きたくない。
 此処は『男』の深層意識。殆ど同環境で育った俺と男はやはり共鳴してしまうところが多い。研究所。実験。成功と失敗。生存と廃棄。繰り返される惨劇。能力の有無。――研究所での存在理由。それら全て全て、俺も男も通ってきた道だからこそ俺の心も萎縮しそうになって胸元を強く握り込んだ。
 だがこの場所で攻撃能力を使用すれば男の精神が傷付いてしまう。それだけは避けなければいけない。心が壊れるという事はとても……悲しい事。
 どうしてだろうか。その時の俺は何も分からないままにそう、『思った』。
 何かの隙間が……ぽっかりと穴を開いた感覚が胸を痛める。

 やがて意を決して俺は白衣の影に触れた。
 その指先は最後の瞬間まで震え、怯えていたけれど――。
 そして流れ込んできたのは、声、だった。

『オリジナルを捕獲せよ。それが無理なら殺せ』
『我々の命令は絶対』
『失敗すればお前は廃棄』

 研究員達が口々にしている事が今なら聞こえる。
 そして『男』は首を振って怯え続けていた。廃棄されたくないと、殺されたくないと。それでも命令は『絶対』で……。
 俺はぐっと呼吸が詰まる音を聞く。一気に流れ込んできた思念は自分に苦痛を与え、身体が傾きかけるが、なんとか足を踏み留めて俺は耐えた。男は拒み続ける。嫌だと。止めてくれと。子供のように泣きじゃくりながら研究員の形をした<研究所の『命令』>に逆らい続けるのはどれだけの精神を必要としたのだろう。

 一度壊れてしまったかわいそうな男。
 俺を殺そうとした男だけど、……俺もこいつを殺そうとしたけれど、それは本当に研究員達の掌の上で踊らされていた結果なのだと今はただ歯軋りするしかない。
 『命令』が具現化したもの達――研究員を睨むと俺は叫んだ。

「負けるかっ……お前らの……思い通りにはならない!」

 それは意思の強さ。
 能力ではなく、意識の強さこそがこの精神世界で成り立つ。その証拠に、俺が触れていた研究員の一人が消し飛び、それを見た研究員達が一斉に俺を見つめた。
 ――ああ、ぞっとする。人と「ヒト」という括りに当て嵌めてただの動物扱いしてきたコイツラが本当に憎いよ。
 それはお前もだろう?
 涙でぐしゃぐしゃになった顔をしているお前もだろう?

「後はお前がこいつを消すんだ!」
『オリジナル……?』
「俺の名前は工藤 勇太だ。知ってんだろ! オリジナルなんて名前なんかじゃねーよ! 此処はお前が作ったただの妄想の世界だ。現実の世界じゃお前はもう研究員の命令なんか聞かなくて良いんだよ!」
『オリジナルを連れ戻せ……そうじゃないと俺が……』
「打ち勝てよ! イミテーションだからなんだっ、お前はお前でそれ以上でも以下でもねーんだよ! こんだけ暴れる元気があるんだったら研究員達をぶっ飛ばせる力くらいあるはずなんだ!」

 俺は研究員に囲まれている男に伝える。
 俺は何も出来ない。出来る事は伝える事だけ。――ただ伝えに来たんだ。能力者だって幸せになれるし、普通の生活を送れることを。研究所に怯えなくてもすむってことを……。
 男は震えていた身体を持ち上げるとぐしっと涙を袖で拭う。怯える男に俺の言葉が届き、彼は強い視線を研究員達に向けた。そう、本来ならこの精神世界で一番強いのはこの男だ。引きこもった精神を引き出す事が出来たならば彼は俺よりも『強い』。
 力なら惜しみなく貸そう。
 男が消していく研究所の人間たち――それは過去の記憶の具現化。
 ひとかけら、またひとかけら、消え去っていく過去の恐怖。

『ぅ――わ、あぁああ! 俺はもう、お前らなんかに殺されてなんかやるもんかっ!』

 そして最後に残った研究員を『男』は激しささえ伴う意思の力で消し去るとぜぇぜぇと肩で息を付いていた。だが精神力を過剰に消費している自分達はこの場所に存在するには……もう限界だった。

「さぁ、『上』に行け! 皆が引っ張りあげてくれるはずだから!」

 俺は男の腕を掴むとそのまま上層へと飛ばすため力を振るう。
 それは攻撃能力じゃないから相手の精神を傷付ける事はない。だが、俺自身の精神疲労は今までの非じゃなく、それが最後の力だった事を地面だと思われる暗闇の中にぐらりと倒れ込みながら気付いた。

「……はは……ヤバ……。俺、浮上する力……残ってないや……」

 倒れた身体はより深い意識の水底に落ちていく。
 地面は泥沼の様に柔らかく変化し、ずぶり、ずぶりと僅かずつ俺が侵食されていく。それは人間の体温をしていて、目を伏せればとても心地よかった。

■■■■■

 ず……ずず、と引き出す身体。
 限界まで力を使った彼を引き上げ、その腕の中に横抱きにし愛しげに微笑むのは――黒と蒼のヘテクロミアを持つ青年。

「王子様の登場までお姫様は眠っているのが通説かしら?」
「その冗談笑えねーから」
「王子様のキスで目覚めるのもロマンらしいけど」
「フィギュア……そんな戯言よりお前はお前の遣るべきことがあるだろ」
「――そうね、欠陥品は欠陥品らしく――彼が怯えていた全ての欠片を回収してあたしの中に封じるわ」
「結果、男はお前が記憶を渡さない限りはもう過去への恐怖を思い出すことが出来ない」
「そしてあたしは欠陥品ゆえに記憶保持が出来ない」
「完全なる証拠隠滅」
「カガミ。欠陥品には欠陥品にしか出来ない使い方があるのよ。これはミラーにも渡さない……あたしだけの特技なの」

 地面に長い髪の毛を円を描くように散らした黒と灰色のヘテロクロミアを持つ足の悪い少女は一つ、また一つ、指先で地面をなぞり、時折散った欠片を「惹手(ひきて)」を使用しながら集めた。最後に山になった欠片達を優しく掌の上に乗せると彼女はすぅっとそれを灰色の瞳で見つめ、やがて己の胸の内へと吸収した。

「お疲れ様、<迷い子>達。次目を覚ます時はきっと幸せな夢を見れるわ」

 その胸に両手を当て、少女は今自分の中に存在している男の思念(かけら)を優しく抱きしめた。

―― to be continued…

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
【共有化NPC / 莚(むしろ) / 男 / 18歳 / 逸れ者を導く事実上の案内人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、七話目です。
 『男』の過去と対峙し、あくまで自力で『男』を引き戻させる選択。
 それを視たカガミもまた潜り、先に繋がっていたフィギュアは此処で欠陥品としての役割を果たします。
 さて、力尽きてしまった工藤様は責任を持って青年カガミがお持ち帰りを致します。どうやって目覚めるかは工藤様の希望次第で(笑)

カテゴリー: 01工藤勇太, 綻び結び, 蒼木裕WR(勇太編) |

綻び結び6

 莚の案内で俺には見えない糸の先を巡り、山場を進む。
 ミラーと対峙した時に負傷した傷が酷く痛むけど、それでも俺は前に進まなきゃいけないんだ。途中スガタとカガミがバランスを崩しよろけた俺を支えてくれる。彼らには自己治癒能力があるけれど、俺には人並みの治癒能力しかないから結構な深手だ。一歩、また一歩進む度に裂かれた肉から血が滲み出てくるのが分かって歯噛みする。一応応急処置はしているものの、それでも回復しきったわけじゃない。

「……あいつも迷子なんだよな」
「工藤さん?」
「勇太?」
「これから俺はあいつと決着を付ける。……どうなるか分らないけど……」
「それは貴方が行おうとしている事に対しての不安ですか?」
「それはお前がやろうとしている事に対しての不安か?」
「ああ、不安だし怖いさ。でも俺もあいつもあの研究所で育って、特にあいつは俺みたいに純粋な能力者じゃなかったからもっと酷い扱いを受けたんだ」
「…………オリジナルと」
「イミテーションの差、だな」
「俺頑張るからさ――あいつを……救って欲しい……」

 俺の身体を支えてくれるスガタとカガミにそう言い切ると、今度は枝渡りをしているミラーとそんな彼に抱かれたフィギュアへと顔をあげる。彼は俺の視線を見つけると、すっと音も無く地面へと降りてきた。

「ミラーもフィギュアも見届けて欲しい……俺達の行く末」
「貴方が行うべき行為はそれしかないと言うのなら、あたしはそれを見届けましょう」
「君がその行為を行った後の残骸処理くらいは此処に居る四人でも出来るさ」
「あら、それはあたしが仲間外れ?」
「フィギュアはそれまで覚えていられないと思うよ」
「――そうね。それでもあたしは<迷い子(まよいご)>達を導くの」

 二人との会話の中浮いたフィギュアの寂しそうな表情が印象的だった。
 彼女は俺が『男』に乗っ取られ暴れまくった後、また『記憶を失いかけた』。フィギュアの異変にいち早く気付いたミラーが記憶を額合わせで渡し、今も彼女は俺の事を覚えていてくれるが、そうでなければまたしても「初めまして」と彼女は笑っただろう。

 やがて集落が見える場所まで辿り着くと莚は即座に集落の異変に気付く。
 それに対して即彼は行動を起こそうとしたが、俺が片手を真っ直ぐ横に伸ばして先を制し、続いて唇を開いた事により足を止めた。

「まず……筵。ごめんな……あんたの集落に迷惑かけちまってさ」
「ああ、すっげー『害悪』を呼び込んでくれやがってびっくりだ」
「でもこれから俺はちゃんと俺の手であの男と決着を付けるから……あんたにも俺の事見てて欲しい」
「……そうだな。集落の案内人として俺は俺のやるべき事を行おう。あんたが何をするかは知らねぇが、命は犠牲にすんじゃねーぞ」
「俺だって死にたくねーよ」
「もう良いだろ。自分で死亡フラグ立てるような真似をするくらいなら、この糸の先の男を何とかしやがれ」

 もう莚を止める理由は無い。
 先に言うべき言葉は全て言った。スガタにもカガミにも、ミラーにもフィギュアにも、そして集落の人間の莚にも。
 だからこれから俺が行おうと思っている事に対して後悔はしない。この身を削る結果になったとしても遣るべき事は決まっている。

 道は記されているのだ。
 俺には見えない莚の指先で絡んでいる男の思念体。これが案内してくれる先は集落。そして進んだ先は――一軒の空き家だった。莚曰く近年死んだ独り身の爺さんの家だったらしいが、引き取り先がなく放置されたままだったらしい。彼は絡めていた指先を大きく開き、そしてまるで糸を解放するかのように手を広げた。

 俺は少し埃臭い板戸に手をかける。
 もう『男』は隠れる事など出来ない。そして俺も存在を隠すことなどしない。お互いに晒しあい、惹かれあうかのように。
 そして勇気を持って開いた先、其処に居たのは土壁に身体を寄りかからせ、ヒューヒューとか細い呼吸を鳴らし今にも命途絶えてしまいそうな『男』の姿だった。集落に導いた時の元気の良さはそこには無く、だらりと垂れ下げた両手、放り出した足、項垂れている頭……呼気さえなければまるで死体のようだと思ってしまう。

 これが力を使いすぎた『反動』。
 イミテーションであるが故のデメリット。自分に傷を付けながら使う能力は文字通り自身の精神力を削る。彼は多くの集落の人間を操り、更に言えば『オリジナル』である俺を乗っ取り、その純粋な能力を使用すると言う暴挙に出た。その功績は研究員達が見ていれば褒め称えるだろう――何故ならイミテーションがオリジナルに勝った瞬間だったのだから。
 だけど『男』は誰にも賞賛されずに今にも朽ち果てそうではないか。俺が近付いても指先をほんの僅かぴくりと動かしただけで、その身体を動かせそうに無い。

「カガミ」
「分かってる」
「これからあいつの精神の中に入って来る。俺の体、宜しくな」

 男の左手に己の右手を重ね、自分も隣へと座り込む。
 お互いボロボロだな――なんて俺は自嘲する。肉体も、精神も、もう限界手前。俺は目を伏せ、テレパシー能力を応用した精神共鳴<サイコレゾナンス>で男の精神世界に入る。
 ぱたり、ともう一方の腕が地面に落ちたのが、俺の現実世界で聞いた最後の音だった。

■■■■■

「フィギュア、何をしているんだい?」
「手を繋いでいるのよ」
「その意味を僕は知っているけれど、君がその手を繋ぐ行為を僕は良くは思わないよ」
「でもね、ミラー――あたしはそれでも案内人なの。<迷い子>が居たら導いてあげるのがあたし達の存在理由。……それにあたしは『欠陥品』。でも欠陥品にしか出来ない事があるって知ってるかしら?」
「――――愛してるよ、フィギュア。君が壊れても僕が君を描こう」

 それは少女と男の手が重なった時のある二人の案内人の会話。

■■■■■

 潜っても潜っても壁が存在する。
 情報が足りなかった。コネクトという能力を所有している以上、コイツにも他の能力があると考えるべきだった。実際この男はフィギュアの精神を弾き、追い出した経歴がある。男には微弱ながらテレパスが備わっており、今防衛反応として外敵と見做されている俺を強く阻む。だがここでサイコキネシスを発動させる事は出来ない。それを発動させた瞬間、男の精神は崩れ去り『内側からの死』を意味するからだ。
 ゆっくり……それは本当に水滴が岩を削るほどの遅さではないかと言うほどのスピードで俺は潜っていく。

―― こりゃ結構……マズイ、かも。

 ただ静かに潜るには限界がある。
 精神力が消耗されていく速度は意外と速くそれゆえに俺は焦り始めた。

 そして俺はある光景を眼にすることとなる。
 それは以前男が呪具を使って俺を攻撃した時の情景。男の視線は俺を見ている。俺を見て、その心に命令による恐怖とオリジナルに対抗出来るかどうかの不安を抱きながら、彼はやがて『俺』を襲った。
 だが俺もただ襲われていたわけじゃない。そうだ、思い出した。

『なんだよ、お前。まさか――』
『……帰ろう。お前の居場所に。……皆待ってる。……研究員の皆、お前が欲しいって』
『――うわぁあぁぁああああ!!』
『帰ろう? あの場所に――ぁ、ははははは!!』

 男が笑って口を開いた研究所関係の言葉。その言葉に俺は過敏に反応し、攻撃してきた男に衝撃波や念の槍を飛ばした。だが男はそれを待っていたというように唇を歪ませる。――ふっと消える攻撃は空間と空間の狭間を通り抜け、『俺』の背後へと現れたのだ。

 『コネクト』。
 呪具で狂ったように空間を繋ぎあい、俺を死の世界へと追いやろうとしている男の高笑いが聞こえる。繋ぎあった空間達は鏡のように男を取り巻き、俺が攻撃しても『俺』の傍に空間が繋がれ最終的には俺は崩れ落ちた。
 オリジナルがイミテーションに負けた瞬間、それを遠くから見ていた研究員達は拍手をし賞賛していた。……だが呪い返しによって『男』が精神発狂を起こすと彼らは見捨てたのだ。

 潜っていく。
 俺は同時に思い出し、男の記憶を垣間見る。
 ああ、その記憶の底にあるのは――――幸せか、不幸せか。それは男だけが今も尚心に抱いている。

―― to be continued…

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
【共有化NPC / 莚(むしろ) / 男 / 18歳 / 逸れ者を導く事実上の案内人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、六話目です。
 今回はやっと元凶の男までたどり着く事が出来ました。男の精神に潜るという選択。以前の事件の真相もここでやっと垣間見えて(ほろり)
 救ってやりたいと言って下さる工藤様は本当に優しいなと思わずにはいられません。

 ではでは次をお待ちしております。

カテゴリー: 01工藤勇太, 綻び結び, 蒼木裕WR(勇太編) |

綻び結び5

『いやだあぁああああ! 殺さないで!』
『次は上手くやるから、止めて、殴らないで、蹴らないで!』
『失敗作じゃない、失敗なんてしてないから。ほら、見てよ。ねえ、俺を見てっ!!』
『ぅ、う、う……どうして殺さなきゃ殺されるんだ。もう嫌だ、嫌だ嫌だ!』
『なあ、なんで、なんでこんな場所に連れて来たんだよ、父さんっ!』
『俺を見て、ほら、上手く出来てるでしょう? だからまだ失敗作なんかじゃないからっ』
『お願いだから……お願いだから…………、俺は死にたくないよぉ』

 ある一人の男の目線で「俺」は泣き叫んでいた。
 俺にこんな記憶はない。目の前でぐちゃりと倒れていく実験動物。男はそれらから逃げるように実験部屋の隅に寄り、攻撃能力を持った他の能力者達が薬物を打たれ攻撃性を増した動物を殺していくのを涙の溜まった目で見ていた。
 役に立たない能力者。
 『コネクト』――空間と空間を繋ぐ能力は戦闘時の使用には向かない。それでも男は足掻き続けていた。同じ能力者達と相談し、タイミングを合わせて空間移動能力を所有しない者達を飛ばして攻撃させる。その反動の大きさに頭にダメージを喰らい何度吐き戻したか分からない。
 だけど。
 殺らなきゃ殺られる。
 研究所の戦闘実験ではいつもそうだった。実験が終わると白壁に最低限の家具しか置かれていない室内へと戻されて男は一人狂いそうな己と戦っている。両手を頭にあて、がちがちと歯を噛み鳴らしながら、自分を売った父親を呪い、いつか訪れるのであろう死への恐怖を耐えていた。

―― あぁ、こいつもそうだったんだ。

 俺は生粋の「オリジナル」だった。
 だけど薬物投入で無理やり脳から力を引き出された「イミテーション」達は研究実験の成果に応えられなければ、命令に従わなければ廃棄されていく。それは死ではない。まるで命の吹き込まれていない人形をゴミ箱の中に棄て去る様に研究所の人間の目は冷たく、「こっちへおいで」と言われる度にイミテーション達は死に物狂いで声を荒げ、暴れていた事を思い出す。

 俺は繋がった『男』――莚曰く集落の『害悪』の原因である人物の記憶を垣間見ながらぎりっと奥歯を噛む。
 そうだった。
 思い出した。

 俺も、   母親に連れられて、   此処に、   来たんだった。
     彼も   父親に連れられて、     研究所に、     来たのだ。

■■■■■

 俺は自分の手にある透明の刃<サイコクリアソード>を構え、少年――ミラーへと襲いかかる。
 ミラーは素早くその場を強く蹴り勢いよく斜め後ろへと下がる。それは先程俺がのサイコキネシスによって木の幹に打ち付けられたカガミから気を逸らせる為だろう。実際カガミよりもミラーの方が能力が上だという事を俺は知っている。
 スガタがカガミの傍に寄り、彼を支えている状況を可笑しく思い俺は笑みを浮かべた。

「悪いけど、手を抜いていると僕の方が厳しいからね。本気でいかせて貰うよ」
「殺さなきゃ殺される……そうだよな、それが特殊な能力を持った俺達の定めだよ。そんなの最初っから分かってたさ。来いよ。さあ、さあ! お前を殺して、次はそっちの奴らを殺すんだからさぁあ!!」
「君がそれまで男からの精神圧迫に耐えられたならね――『歪手(ゆがみて)』」

 ミラーが左手を動かし己の前の空間を歪ませる。
 どこまでも冷静沈着のまま彼が自分と対峙する事に癪で俺は彼に切り掛かるが、『歪手』によって歪められた空間は俺の傍に開かれた。自分の剣が消えた瞬間、それは真横から自分を切り裂く。自業自得の事態に俺は慌てて透明の刃<サイコクリアソード>を手放しつつ、また後ろへと下がった。
 傷が付いたのは腕だ。咄嗟の判断で剣を手放した事が幸いし、怪我は大きくない。かすり傷といっても良いだろう。皮膚を裂き血が流れ落ちてくる。痛みがまだ自分の中にあることに何故か驚く。
 ――そうか、まだ俺は人形ではなかったのか。傀儡と化していたと、もう既にこの身は己の欲望に侵食され、暴走していたと思い込んでいたから意外だった。
 くくっ、と喉で笑う。ミラーはそんな俺を目を細めて眺め見ると今度は彼の方から距離を詰めてきた。

「――貫手(つらぬきて)!」
「っ!」

 右手を滑らかな動きで動かしそこから衝撃波を繰り出す少年。
 そんなミラーからの攻撃には俺は力の壁を張って攻撃を無力化させる。まるで先程のカガミと俺の攻防を思い出す。あの時は俺は攻撃手だったのになぁ、なんて笑ってしまうのはどうしてだろう。もう分からない。何も分からない。

 だけど確かなことがある。
 ミラーは強い。
 この中の誰よりも攻撃能力が高く、一歩間違えれば俺は即死させられてしまうだろう。ミラーは何度も何度も腕を振るい、俺は壁を何度も張りなおす。次第に能力により疲労が溜まり始め、俺は息が荒れるのを感じた。

「悪いけど、攻撃は最大の防御だというしね。君には攻撃する時間を与えない事を選ぶよ」
「ち、っくしょー!」
「まだ叫べるなら力を削っておかないと――貫手!」
「ぅ、ぁあああ――!」

 やがて壁を張るのが遅れ、俺は真正面からミラーの攻撃を一気に受けてしまう。そのせいで着ていた衣服は真横に裂け、その下に潜む身体を切り裂いた。
 痛い。痛い。痛い。
 倒れなかった事が唯一の救いか……それとも不幸か。俺は自分の肌に手を這わせる。其処にはぬるりとした温かな赤い血液の温度が付着し、死を思わせた。恐怖の思想が俺を侵して行く。

 敵わない。
 敵うはずがない。
 相手は相手の護るものが有り、俺はそれを傷付けた。
 ――『俺』、が傷付けた? ああもう分からない。分からない。誰が彼の『大事な彼女』を傷付けたのか。それは俺だったのか、それとも俺じゃない誰かだったのか。
 でもミラーは俺を傷付けてくる。
 俺を敵と見なしている。
 氷のような視線が痛くて、俺はガチガチと歯を鳴らし始めた。ミラーはもう一撃とばかりに右手を用意し、更に左手を滑らせて目の前の空間を歪ませている。

 ほら、彼は本格的に俺を殺す気なんだ。そうに決まっている。
 恐怖を感じているのは誰だ。
 オリジナル?
 イミテーション?
 俺?
 男?
 接続された意識の中、二つの異端がぶつかり合って狂気が脳内で反響していく。

「これで――おしまいだよ。貫……」
「――っ、ミラー待った!!」
「カガミ!?」

 ミラーが振り上げた腕をカガミが掴み止めた。
 僅かな衝撃こそ起これどそれは今までの連続攻撃のものよりかは弱く、俺に辿り着く前までに消滅してしまう。カガミはミラーの腕を放り出すと俺の方へとやってくる。
 ……そうか、やっぱりお前も俺を殺そうとすんだよな。じゃあ俺もそれに応えよう。身体がふらふらでも最後まで戦って戦って死に終えるなら充分だろう?
 だけど、展開は意外な方向に流れる。

「こんの、どあほっ!!」

 攻撃されたのは頬だった。
 拳で殴られた顔は右を向き、俺は呆気に取られてしまう。

 ――そしてその一瞬の隙をフィギュアは見逃さない。
 素早く意識を集中させて『透眼』と呼ばれる彼女の灰色の目に宿る能力を発動させる。そして俺の中に『俺』を見つけると彼女は右手を前へと差し出す。その刹那、彼女の身体のバランスが危うくなるがそこは莚がしっかりと支え、事なきを得た。

「惹手(ひきて)! ――さあ、<迷い子(まよいご)>達。潔く自分の居場所へ戻っていらっしゃいな」

 優しげな少女の囁き。
 導かれる声に深層意識に堕ちていた『俺』は表層まで浮き上がり、自分の中に存在していた『誰か』がそんな俺を引きとめようと手のようなものを伸ばしたのを感じた。だがフィギュアの力に敵わないと手は諦めると次なる場所へと移動を始める。

―― この身体はもう使えない。

 それが最後に聞こえた俺の中にあった『男』の声。

■■■■■

 地面に座り込んだ身体、気付けば自分の肌は幾つかも傷を負っていた。
 いや、どうして付いたのか覚えてはいるのだけれど、その時は夢でも見ているかのような感覚で実感がなかったから仕方が無い。でもこうしてフィギュアに自分の身体の主導権を取り戻させてもらうと改めてミラーによって攻撃された自分の有様に肩が垂れる。

「もう少し加減しようとか思わなかったのかよ」
「悪いけど本気で僕を殺そうと思う相手に手を抜くのは失礼に値すると思うよ。それが例え君ではなく思念体の『男』だとしても」

 決して反省などしないと言うような素振りでミラーはつんっと顔を背ける。
 そして両手をフィギュアの方へと広げ、彼女には優しい笑みを浮かべると次の瞬間には少女はもう彼の腕の中。ああ、もう。この幸せカップルは自分だけの世界に浸りやがって。莚が呆れたように木から飛び降りてくる様子がなんだか寂しそうじゃないか。
 俺はカガミへと視線を上げると、彼はじっとその蒼と黒のヘテロクロミアで見下ろしてきた。

「ヘマしてごめん」
「ほんとにな」
「でもお前俺の事ぼけって言ったろ。どあほとも」
「言った。それの何が悪いんだ。実際問題色々暴れ捲くったじゃないか」
「ぐさ。おい、今思い切り言葉の矢が刺さったぞ」
「刺さっとけ」

 戻ってきた俺に容赦ない言葉。だけどその表情は安心しきったもので、俺も傷を負った痛みこそあるものの笑うことが出来た。

「おい、そろそろ行くぞ。『掴まえた』からな」
「へ?」
「見えるヤツには見えるけど、此処にソイツと繋がってた糸が絡んでる。追えば『害悪』まで案内してくれっかも」

 そう言って莚が己の人差し指を立てて見せる。
 残念ながら俺には見えないが、他の四人には見えているらしい。確かにいつまでも休んでなんかいられない。立ち上がってこの事態に決着をつけなければ。
 莚が何もしていなかったわけじゃない事が分かり、俺は感心する。さすがこの集落の案内人。カガミ達とは違う目線で物事を見ることが出来る俺と同じ人間だ。

 さあ、終わらせよう。

 ちくりと胸を痛めるのはカガミからの言葉によるものなのか。それとも『何か』を失った代償なのか。
 それすらも思い出せない俺は今はただ前を行く事にした。

―― to be continued…

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
【共有化NPC / 莚(むしろ) / 男 / 18歳 / 逸れ者を導く事実上の案内人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、五話目です。
 今回の一件はVSミラー! 容赦ない展開にちょっとドキドキしつつ、工藤様大丈夫かなと思ったりもしたり。
 彼はカガミと違って攻撃=最大の防御体質なのでガンガン行きます。でも周囲の人間に信用が無い訳ではないので、そこら辺の連係プレイなどはまたどこかで見れれば。

 次は糸の先、恐らく男との対峙となるでしょう。
 今後の展開を楽しみにお待ちしております。

カテゴリー: 01工藤勇太, 綻び結び, 蒼木裕WR(勇太編) |

綻び結び4

―― 殺さずに済む方法など、どこにあるんだい?

 男の声が俺を意識の深層へと誘う。
 プ ツ リ 。
 そして『暗転』。

 意識が途切れる音がこんなにも鮮明に聞こえたのは初めてだった。

「スガタ、お前は莚を護れ」
「分かったよ」
「莚、お前は案内人としての務めを果たせ」
「しゃーねーな。……死ぬなよ? まだガキなんだから」
「てめえより年上だっつーの」

 俺が俺ではなくなっていく。
 彼らの前にあるのは既に工藤 勇太(くどう ゆうた)と言う名前の人形。意識の淵へと深く沈まされ、『害悪』の侵食されていく。何が原因でこうなったのか――それを考える術は俺にはない。あるのは目の前の『敵』を倒す事だけ。

 そうだ。倒さなきゃ。
 俺は倒さなきゃいけないんだった。
 研究所に繋がる者を、一人も残さずに……。

 フッ……と手の中に宿る力を剣に変えた透明の刃<サイコクリアソード>。それを一振りし、きちんと形作れているか確かめる。洞穴の壁を衝撃波で軽く削ると俺は満足げに唇を持ち上げる。それに呼応するように、俺の中の『誰か』が哂っていた。
 そうだ、殺さなきゃ。
 殺さなきゃ、俺が殺されてしまう。
 俺は構えを取ると一気に目の前の一人の少年――カガミへと剣の切っ先を突き出した。

「勇太っ! 何乗っ取られてんだよ、ぼけ!」
「殺さなきゃ……」
「はぁあ?」
「誰も殺さずに済む方法なんてない。だから俺は殺す。殺すんだ。お前もあの研究所に目をつけられた人間だろう? ほら、あいつらに滅茶苦茶にされる前に俺がこの手であの世に送ってやるよっ!!」
「ちっ、こりゃ中途半端に記憶を利用されてやがるな」

 以前カガミは俺と一緒に居たせいでその能力を研究員達に見られ、そして同じ「能力者」だと認定されてしまっている。俺はそれを覚えていて、救う道は彼を殺す以外ないと何故か思い込む。その時の姿は青年だったが今俺の道を塞ぐのは少年。しかし俺の中の『誰か』――コネクトで俺の精神を乗っ取っている『男』は徐々に記憶回路にまでその触手を伸ばし、俺を混乱に導き始めていた。

「おい、カガミ。そいつ例の取引で失った大事な記憶の隙間を狙われたみてーだぞ」
「更に言えばそれを埋めるように都合のいい記憶を埋め込み、工藤さんを困惑させているみたいです。特にカガミの事に関しては工藤さんの中で強く根付いているから――っ」
「スガタ、もう少し下がるぞ。……まずいな。ソイツを乗っ取ってる男はソイツの所持する記憶を介して力を増幅させてる……スガタ、『読める』か?」
「やってみる!」
「こっちは別方向から探ってやるよ」

 スガタは莚を護りながら俺へと視線をキッと向けた。
 現実世界では若干弱まってしまうカガミとスガタの能力だが、それでも探る事くらいは出来る。俺はカガミに刃をつきつけ、カガミは見えない壁を作りながらそれを弾く。攻防でいうなら俺は攻で、彼は防。カガミは決して俺へと攻撃を繰り出そうとしない。力を失った透明の刃<サイコクリアソード>がゆらりと手の中から消えるとまた力を固め、新しい剣を作り出す。
 何度でも切り掛かる俺。
 何度でも防ぎに掛かるカガミ。
 力と力のぶつかり合いによって生じる衝撃波が洞穴の中で風を巻き起こし、そして力を受け止めているカガミの足をずずっと後方に追いやっていく。その強さは残った足の食い込み痕を見れば一発である。

―― そうだ。殺せ。殺してしまえ。
    そいつは俺を滅しようとしたんだ。お前だってその内殺される。
    生かしておく理由なんてどこにもないだろう?

 そうだ。殺さなきゃ。
 カガミは以前俺を殺そうと襲い掛かってきた。未来の世界で哂いながら俺に攻撃を繰り出し、沢山傷付けられて、俺も沢山相手を傷付けた。そんな相手をどうして今まで信頼していたんだろう。どうしてあんなにも大事に思えたんだろう。<迷い子(まよいご)>だからって殺されない理由なんてない。いつだって俺は日常の中怯えて生きていかなきゃいけない存在だって――ほら、覚えてるじゃないか。
 早く殺さなきゃ。
 カガミを殺さなきゃ研究所の人間に奪われてしまう。スガタ達を殺さなきゃ俺が殺されてしまう。莚は俺を『害悪』だと呼んだ。それは――決して良いものの尊称じゃない。

「うあぁあああ!! 死ねよ、死ねって!」

 俺は一旦攻撃を止めるとその場に立って両手に力を込めてサイコキネシスを暴発させ、辺りの空間を一気に吹き飛ばす。それはカガミが張っている壁ごと弾き飛ばし、スガタと莚をも巻き込んで荒れる旋風と化す。油断していたカガミは地面に叩きつけられ、そのまま勢いよく地面に身体を擦らせながら最終的には木に思い切り背をぶつけ止まる。そのダメージが強かった事は彼がその場にくたりと倒れ込んだ事によって分かった。
 スガタは莚の手を掴み、反射的に木々の上へと飛び上がり事なきを得たが、それでも陣形で言うなら前衛であったカガミを負傷させた事は大きな成果だと俺は喜んでいた。

「ああ、もうっ! 『男』は工藤さんの記憶を読んで、どうして自分が呪い返しにあったのか思い出してしまった」
「ああ? 呪い返し?」
「工藤さんは今回の原因である男に呪具を使われて、生死の淵をさまよった事があるんです。その時に僕達の世界に飛ばされ、そして魂を其処に閉じ込められかけた。……結果として工藤さんが勝ち、男に呪い返しを行い彼が精神崩壊を起こした事で事態は収束したはずなんですが」
「なるほどな、精神崩壊を起こしても尚、抗えない『命令』にアイツに対する恐怖心が今回の事態を引き起こしてるっつーわけだな。超面倒くせー……」
「莚の方は何が読めた? 読んでいないはずがないでしょう。此処は貴方の管轄なんだから」
「――……確かにな。……こっちは男の思念体っつーのか、そういうもんの糸がおぼろげながら見える。あの工藤っていう男の頭に繋がっているほっそーい糸だ。集落の方へと向いているが途中で切れてやがるのは何か画策をしているとしか考えられない」
「工藤さんにだけ気を払っていられないという事?」
「もしくは罠でも仕掛けてるかもな」
「――カガミ、聞こえたよね。聞こえてるよね。そういう事だから、僕達は一旦集落の方へと行きたいんだけど……」

 木の枝の上で二人が見抜いた事実を語り合う。
 それは口に出されており、感応能力を持っている全ての人間が聞き取ってしまった。カガミは当然のこと。テレパシー能力を持つ俺にもそれは聞こえており、何故か舌打ちをしてしまう。どうしてだろう。俺のことじゃないのに、まるで自分自身の能力を暴かれた感じがするのだ。
 カガミは木の幹に手をかけながらゆっくりと立ち上がる。ぺっと唾液を吐き出せば彼は口内を切ったらしく、そこには赤みが混じっていた。

「流石に俺にコイツを引き付けておけっつーのは無理じゃね?」
「だよね、ごめん。……莚、貴方は先に行って下さい。流石にカガミ一人じゃ此処は抑えられないから僕が残――」

 スガタがそう言いながら枝から足を一歩踏み出す。その軽やかさはまるで枝の先に足場があるかのよう。だが当然そこにはそんなものは存在しておらず、彼は綺麗に落下し、そしてふわりと着地する。だがその視線はカガミや莚へではなく、丁度俺とカガミとの中間地点へと向けられていた。
 俺は古い透明の刃<サイコクリアソード>を捨て、新しく、そしてより凝固させた剣を出現させると其処にいる新たな『敵』を睨み付ける。

 ゴシックドレスシャツに七分丈の黒パンツ、それから編み上げブーツ姿のどうみても十五、六際程度にしか見えない少年は、それでも俺を黒と緑という色違いの瞳でまっすぐ見ていた。
 その腕の中には足の悪い少女が抱かれており、こちらもまた俺をその黒と灰色のヘテロクロミアで不安そうに見つめてくる。

「ミラーにフィギュア?」
「やあ、スガタにカガミに莚。戦闘中に邪魔をして悪いね。ちょっと彼に用事があって来させてもらったよ。――そうそう、莚。ちょっとフィギュアを預かってくれないかな?」
「おいおい、いいのかよ。お前のお姫様を他の男の手に渡してさ」
「そこの二人に渡すよりよっぽど安全だもの」

 ミラーは言うや否や莚の方へとフィギュアを転移させる。フィギュアはそれを心得ていたのか、座らされた場所――大きな木の枝の上でこけないようバランスを取った。彼女の身長よりも長い髪の毛が枝に絡みそうになりながらも重力に従い下へと垂れ下がる。莚はそんなフィギュアの様子を見ながらさり気無く彼女が安定するよう計らった。

「お前――、この中で一番俺を殺そうとしてるヤツ、だな」
「そうだね、僕がこの中で一番君が憎いよ。それはとても正しくて、けれど不正解」
「殺されるくらいなら殺してやる……っ!!」
「工藤 勇太。君から貰った取引材料は『母親の記憶』。それは母親を愛している君にとってとても重いカードだった。だからフィギュアは決して手を抜かずに君の敵の正体を、居場所を突き止めたんだ。でも僕は何もしていないからね。個人的にはフィギュアを苦しめた時点で君に接続している『男』をめった刺しにしてやりたいところなんだけど、取引材料の重さゆえのおまけも兼ねて此処は僕が相手になろうか」
「――誰だ。俺には母親なんていない。そうだ、研究所に渡したという母親ならいた。ふっ、あは、あはははは!! そうだ、その後にあの人がどうなったかなんて俺は知らない――何が母親の記憶だ、何が取引だ。――……お前が俺を殺すなら、それより先に」

   「『―― 殺してやる。』」

 どくんっと心臓が高鳴る。
 頭の中の声と俺の声が重なった瞬間、高揚していく精神。カガミよりも能力が強いミラーを相手に俺は戦わなければいけない。より戦略的に効率的に力を使用して相手を滅さなければいけない。スガタがカガミの傍へとじりじりと寄り、ダメージの具合を観察するが俺はそれよりも余裕の表情を浮かべたミラーへと目を細め、そして狂気的に口端を持ち上げた。

 誰が犠牲者で。
 誰が害悪の存在で。
 誰が被害者で。
 誰が正義を貫くのか。

 その答えを当て嵌まるピースは今もまだふわふわと形を変えて当て嵌まる先を探していた。

―― to be continued…

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
【共有化NPC / 莚(むしろ) / 男 / 18歳 / 逸れ者を導く事実上の案内人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、四話目です。
 今回の一件はVSカガミ! という事でやっぱり攻撃出来ないんですよね。感情攻撃的タイプと見せかけて実は一番状況を見るタイプでもあるので、時間稼ぎも兼ねてカガミと莚に工藤様の現状を視て貰う作戦に出ました。
 そして最後に次に繋がるであろうミラーの登場。
 片割れであるフィギュアを置いていくか迷った結果――流石にあれだけの状況下で目の届かない場所には置いていかないだろうと判断し、彼女も登場です。

 次がどうなるのかどきどきしながらお待ちしております。では!

カテゴリー: 01工藤勇太, 綻び結び, 蒼木裕WR(勇太編) |

綻び結び3

「初めまして。<迷い子(まよいご)>、今日はどんな御用かしら?」

 ああ、またか。
 俺は床まで付くほど長い灰掛かった黒髪を持つ足の悪いゴシックドレスの少女、フィギュアにそう挨拶されちょっぴりガクッと肩を下げる。今、木製の椅子に座って俺を見つめる彼女には記憶欠陥があり、物をあまり覚えられない。コンピューターなどに例えて言うなら彼女の記憶メモリーは常人よりかなり少なく、かつリセットが頻繁に掛かっているという事だ。
 これで何度か俺は彼女と対面しているはずなのに、まだ記憶して貰えていないという事実にそろそろ心が泣けてきた。だがミラーが「彼は確かに<迷い子>だけど初対面じゃないよ」とフォローを入れる。まさかの彼からの言葉に俺は下げていた顔をばっとあげた。
 以前彼らにとって俺は『害悪の存在』になっていた事を思い出す。
 今追っている男が呪具を使い、このフィールドのバランスを崩し俺を殺そうとした時彼らを――否、フィギュアを思い切り巻き込んでしまったのだ。フィギュアを誰よりも大事にし、愛しているミラーにとってそれはそれは腸が煮えくり返る事態だっただろう。結果ミラーはキレてしまい、村人同様操られていたカガミを躊躇なく攻撃し、その原因を暴力的に取り除いた。仕方が無かったとは言え、あの時の彼の冷徹さを俺は忘れていない。
 フィギュアの額にこつんとミラーが額を当てる。この光景は数度見た記憶があり、記憶の受け渡しをしているのだとすぐに分かった。

「……まあ、そんな事があったのね。本当に欠陥品でごめんなさい」
「いや、良いんだけど。俺はアンタがあまり物を覚えられないの知っているし」
「でも覚えるように頑張ってはいるのよ。何回か出逢ったり、共通の接点があれば優先的に記憶出来るようになったもの。――こんにちは、莚(むしろ)。貴方は元気にしていた?」
「それなりに」

 俺の後ろに立っていた莚にフィギュアは戸惑うことなく挨拶をする。
 つまり彼女にとって優先的に記憶出来た人間なのだろう。同じ案内人であることも関わっているのかもしれない。現実かつ「集落」と「夢」、管轄は違えど導くという行為は彼女にとってさぞかし覚えやすいだろう。

「早速だが情報が欲しいんだ」
「それは『男』の?」
「それは『彼』のかしら?」
「二人はもう俺が此処に来た理由を分かっているだろ。この場所に居れば二人……いや、スガタ達を入れて四人が一番感応能力が強くなる。なら俺が誰を示している事くらい分かる筈だ」
「だけどね、物事には形にしなければ成り立たない言葉もある」
「そうよ。取引でも口約束で人を縛りきれないように、ただ思うだけで通じてしまうならば私達に声は不要だわ」
「貴方が必要な情報を僕らは与えよう」
「貴方が知らない情報をあたしは引き寄せましょう」

 「「 でもその代わり貴方は何をこの場に取引材料として出す? 」」

 彼らは『案内人』――だが同時に『情報屋』でもある。
 情報は無償ではない。そんなボランティアはどこにも落ちてなどいない。そして彼らが欲するのは決して金銭ではないのだ。二人が欲するのは依頼人の『大切な何か』。それを的確に指定してこない事が二人の取引の微妙なところ。試されているのだと察するに容易い部分である。
 重要なのは依頼人が差し出すものの価値かつ覚悟。二人が情報を提供するにあたって同価値、もしくはそれ以上だと判断すれば依頼人はこの二人からより多くの真実を得られる。そして彼らもまたそれに見合った仕事を行ってくれるのだ。
 勇太はこくっと唾を飲み込む。
 『男』の情報は重要だ。彼らが知り得る限りの全てを俺は欲している。等価交換こそ世の基本。俺の大事なものは沢山有り、どれも失うことは痛みに繋がるだろう。
 だけど――。

「俺の取引材料は――」

 ミラーとフィギュアへとしっかりと紡ぎだす俺の<切り札/カード>。
 彼らは俺の言葉に驚愕し、目を大きく見開く。だけど後には引けない――引かないと決めた。研究所に関わるもの全てを壊さなければまた別の害悪が産まれる。だから差し出したカードは俺の中の最強最悪のもの。諸刃の剣であるそれを聞くと、ミラーとフィギュアは互いに顔を見合わせ、そして少女は右手をそっと持ち上げた。

「その報酬はあたし達にとっても重いもの。それでも契約を進めるというのならば――責任を持って、貴方に利益を与える情報を提供すると誓うわ」

 俺は右手を持ち上げ彼女の手に手を重ねる。
 喪失は怖い。だけどこれ以上の損失は出したくない。大事なのは被害を最小限に抑えること。その為ならばなんだって差し出してやる。少女は指を折り込み、俺もまた少女の手を柔らかく握った。
 その時の俺は情報のやり取りに必死でスガタとカガミが後ろで何かを考えていた事など全くわからなかったけど。

■■■■■

 応接室にあるローテーブルの前に置かれたソファーに俺は座るよう指示される。
 ミラーは空中から既に淹れたての紅茶が入ったティーポットとカップなどが乗ったトレイを取り出し、香りよい紅茶を人数分注ぎいれ、皆に配る。元々二人だけの住居だ。そんなに座るような場所が多くあるわけがなく、莚やカガミ達は俺の後ろで適当な場所に寄りかかったり棚の上に座っていた。フィギュアとミラーと対面した俺は今までカガミ達に貰った情報を彼らに話す。するとフィギュアは目を細め、そして少しだけ険しい表情を浮かべた。

「『男』の能力は大体把握しているようね」
「だけど『男』の能力によって何が行えるかまではどうやら二人には入手出来なかったようだ」
「力不足なのは充分に承知しておりますよ」
「お前らみてーにまだまだ熟練者じゃねーんでね」
「あたし達にだって限界はあるわ。二人とも、覚えておきなさい」
「「 はーい 」」

 フィギュアの言葉にスガタは素直に返事を、カガミは少しだけ拗ねたように返事をした。
 やがてフィギュアは目を伏せ、そしてくたりとミラーへと寄りかかる。「何を」と俺が問おうとすればミラーが唇に人差し指を乗せ、静かにするようにと示唆した。
 一分ほど経っただろうか。やがてフィギュアはその黒と灰色のヘテロクロミアを開く。だが彼女の身体は大きく傾いて。

「フィギュア!?」
「っ――弾かれたわ」
「無理やり『入った』んじゃないだろうね?」
「――……ミラー、あたしが今から貴方に情報を渡すわ。貴方はあたしの代わりに彼に伝えて」
「フィギュア!」
「……大丈夫よ。大丈夫。元々『欠陥品』ですもの……――『完成品』の貴方があたしをまた作ってくれるなら…………」

 彼女はそう言いながらまた力なく目を伏せた。
 ミラーは一瞬戸惑いの表情を浮かべた後、フィギュアの額に己の額をくっつける。早くそうしてしまわないと彼女の中から『記憶』が『消去』されてしまう。……そして彼女から彼へと渡った情報はミラーが保持をする。それが彼らの関係性。
 体勢を横抱きに変え、ミラーは腕の中で呼吸をする眠り姫を愛しく抱く。そして彼女が今しがた潜って調べてきた事柄を彼は口に出した。

「フィギュアは君の提示した取引材料に見合った情報を探ってきたようだ。そのお陰でまた少し記憶が剥げてしまったみたいだけどね」
「だ、大丈夫なのか、それって!!」
「僕が記憶する限りは彼女の欠陥は補う事が出来る。君に心配してもらわなくても結構。――それよりも大事な事を今から伝えるから貴方はちゃんと聞くように」

 そう言われてしまえば俺は口を噤むしかない。
 目の前の少女が何を探ってきたのか、それを聞く権利を俺は持っているのだから。

「まず一番重要な事を教えよう。『男』の行動を止めるには二つ方法がある。一つ目、『男』に貴方を殺させる。二つ目、肉体的でも精神的にでも構わない。貴方が『男』を殺すかだ」
「どっちにしろ穏便には片が付かないって事かよ……っ」
「要するに今『男』が抱いている脅迫概念――工藤 勇太を殺さなければいけないという意識を排除してやれば良い。方法は自分で考えるがいいよ」
「もしこのまま放置した場合どうなるんだ?」
「いずれ集落の住民は『男』の精神支配を受ける事になるだろう。止める事を選ばないというのならばそれは間違いなく訪れる未来だ」
「あのさ、俺一つ疑問があるんだけど」
「どうぞ?」

 ミラーは自分の分のティーカップを取り、フィギュアを抱きしめながら飲む。
 俺は彼の説明を聞いて浮かんだ事を恐る恐る口にした。

「『男』の能力って『コネクト』っていって空間と空間を繋ぐ能力だって聞いた。だけど精神感応力は弱くて、それほどじゃないってカガミ達は言っていたんだけど……」
「それは正しい」
「じゃあ、どうして『男』のその弱い能力が脅威になりえるんだ? 人間だって抵抗力がある。精神侵食を拒めば『男』に対抗出来るはずだろう?」
「確かに。人には自衛反応がある。本来なら拒絶反応を起こし最悪ぶつかりあって狂っても可笑しくないんだ。だけど気にならなかったかい? 何故アレほどまでの人間が拒絶する事もなく貴方を殺しに来たのかと」
「――まだ何か秘められた情報があるって事だな?」
「君は今回、取引材料にレアカードを出してきた。今の僕にはそのカードを拒む理由はないから今からその質問には答えよう。……正しくはフィギュアが男の精神からもぎ取ってきた答えだがね」

 カツンっと音を鳴らしながらミラーはカップをソーサーに下ろし、そしてテーブルの上に置いた。そして一度未だ目覚めぬフィギュアを強く抱きしめると、俺へと視線を向ける。その視線に――俺は背筋が凍るような寒気が走った。殺意ではない。憎しみではない。ただただ、見つめられただけなのに伝わったのは真剣さと後戻りの出来ない取引の重要さ。
 ミラーは口を開く。俺は唇を閉じた。

「『男』の能力の本当の恐ろしさは『コネクト』ではない」
「――どういう、こと?」
「彼が君にとって脅威になるのはそれと精神感応力をミックスしたものにある。確かに彼の精神感応力は弱い。君よりも弱い。そして僕らの中の誰よりも弱いよ。だけどそこに空間を繋げるコネクトを混ぜればどれだけ小さな能力でも『男』は脅威に変えることが出来る。……そうだね、精神も空間なんだ。そう考えてくれた方が貴方にとっては理解しやすいだろう」
「――っ、つまり『コネクト』によって人々の精神の中に容易に入る事が出来るって事か! それも拒絶反応も起こさず、自分の有利なように……ッ」
「そういう事。今の『男』は以前とは違い、自身の精神の一部を対象の精神の中に転移させ、自分の分身のようなものに仕立て上げる事が出来る。覚えているかい? 以前カガミやスガタが操られていた時に靄のようなものがあっただろう。アレが思念体だ」
「あれ、が……」
「他に何か質問は?」
「ある! 男の場所だ! 今あの男はどこにいる!?」
「――……」
「ミラー、教えてくれよ! それともまだ取引材料が足りないのか!?」
「――……いんだ」
「なに?」
「分からないんだ。フィギュアが記憶を渡してくれた時に僕が躊躇したせいか、それとも男がフィギュアを弾いた際に居場所を消したのかは分からない。だが、確実にフィギュアは男の居場所を掴んでいたけれど、情報は抹消されてしまった」
「そ……んな」
「集落の中に居るのは間違いないんだけどね。コネクトの能力を侮っていたよ。僕も一緒に潜るべきだった」

 ミラーは己を悔いるように眠り姫を見下げる。
 彼女を護るのが彼の役目といっても過言ではない。もちろん本来の役目はそうではないが、彼は少なくとも周囲にそう思わせるほどフィギュアの事を大切にしている。だからこそ彼は悔いていた。大事な情報を自分の一瞬の判断の遅さで失ってしまった可能性がある限り彼は後悔し続けるだろう。記憶出来ない少女の片割れだからこそ、尚の事。

「んじゃ、もう用はねえな」
「莚?」
「こいつらから引き出せる情報がないって言うんだったら戻るしかない。此処に居ても時間の無駄だ」
「本当にもう何もない?」

 俺は最後の問いかけとばかりにミラーへと声を掛ける。その言葉には声での返答はなく、頷きだけが返って来た。

「戻れば否応なく分かるさ。それまでに集落の奴らが耐えてればだけどな」

 莚の言葉に俺は唇を噛む。
 時間が刻々と過ぎていくに付き、『男』は自分を追い詰める準備を完成させていくだろう。ならば、もう――。

 スガタとカガミは此処に訪れた時同様空間を開く。
 俺達はそれを通ってまた集落に向かうしかない。解決策は自分で考えろとミラーは言った。自分か男か……本当にどちらかを抹消するしか方法は無いのだろうか。
 俺は空間を通り抜けながら必死に考えを巡らす。どこかに穴はないか。どこかに隙は無いか。どこかに害を無害に変える方法は無いのか――そればかりを考えて。

―― 殺さずに済む方法など、どこにあるんだい?

 その時……男の声が、声無き音で聞こえた。

「工藤さん?」
「勇太?」

 現実世界に戻ってきた俺達はまたあの洞穴にいる。
 だがスガタとカガミ、それから莚がいきなり頭を抱えた俺を不審に思い振り返った。

―― 殺さずに? 殺さずに? 殺さずに? 殺さずに?
―― 生かしたまま? 生かしたまま? 生かしたまま? 生かしたまま?
―― どちらも? どちらも? どちらも? どちらも?
―― 害悪を無害へ? 害悪を無害へ? 害悪を無害へ? 害悪を無害へ?

 痛い。痛い。
 何かが潜り込んで来る気配。胃が圧迫され俺は地面に膝を付き、込み上げてきた物を地へと吐き出す。ピチャッと汚らしい音を立てながら吐き出したそれは嘔吐物。消化し切れなかったものが醜い姿となり地面を汚しているのだけが俺の最後に見た光景。

「工藤さん! まさか――」
「ちっ、莚。俺達の後ろへ!」
「ったく――本当に面倒な『害悪』だな」

 プ ツ リ 。
 そして『暗転』。

 意識が途切れる音がこんなにも鮮明に聞こえたのは初めてだった。

―― to be continued…

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
【共有化NPC / 莚(むしろ) / 男 / 18歳 / 逸れ者を導く事実上の案内人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、三話目です。
 今回の一件で工藤様は最終的に男に精神を乗っ取られ……そしてミラーが『男』へ憎しみを抱きました。工藤様が敵の手に落ちてしまったという状況をどう潜り抜けるのか。
 次を期待してお待ちしております!

カテゴリー: 01工藤勇太, 綻び結び, 蒼木裕WR(勇太編) |

綻び結び2

―― 殺されたくないなら、殺して、こい。

 遠くから頭に直接語りかけてくる誘いの言葉。
 現在スガタ、カガミ、莚と共に武器を持った集落の人間達に囲まれた俺達四人は各々構えを取る。
 人々の殺意は俺に一点集中で向けられ、そして誰かの唸り声を合図に彼らは各々の武器を俺達に……否、俺へと襲い掛かってきた。

「殺せるわけねぇじゃん!」

 だが、俺は『ソレ』を拒む。
 集落の人間を殺して、目的である敵の男に近付くのは得策ではない。俺は自分の能力であるサイコキネシスを利用し、人々が襲い掛かってくる前に素早く見えない壁のようなものを張る。しかし咄嗟の事に手加減が出来なかったため、瞬間的に傍にいた人間達は数名弾き飛ばされ地面に転がってしまった。
 壁といっても持続性のあるものではないため何度も何度も作り直す。そして今回の一件に関しては俺が招いた事。集落の人間である莚(むしろ)という人間は元々「何かあれば自分で対処しろ」と釘を刺したくらいだ。
 スガタとカガミも俺よりも莚の方へと付いたという事は、ある程度は俺自身で対応しなければいけないという事だ。彼らにとっての優先順位は<迷い子(まよいご)>である俺ではなく、今回は莚。庇護対象が違うという事は莚という人間には俺のような攻撃的な能力はないのかもしれない。だがそれを聞いている暇などありなどしないのだ。

「くっそ、数が多すぎる! ……気絶させるしかねぇかっ」

 本来ならばテレパシーで対象を決定した上でサイコジャミング(精神汚染)を行うがそんな余裕はない。吹き飛ばされた人間も時間が経てば直に立ち上がり、再び殺意を持って俺に襲い掛かってくる。その度にサイコキネシスを発動させていれば自分の方がいずれ力尽きてしまうのは目に見えているのだ。

「カガミ! スガタ! 筵の精神のガードを頼む!」
「「 了解 」」

 冷静な応答がとても頼り甲斐がある。
 彼らなら大丈夫という信頼――それだけの関係性くらいは自分達の仲で構築されているのだから。

 スガタとカガミは莚の身体に触れ、それからすぅっと目を細める。
 莚は莚で俺が何を行うかなど分かっていないだろう。だがスガタとカガミが心に呼びかければ彼は素直に心を開き、受け入れることは容易に想像出来た。傍目的にはなんの対策も取らず、ぼうっと突っ立っているようにも見える三人。だがその精神は頑丈に壁を作り上げ、強固されていく。

 そして、俺は放つ。
 ギッと唇を噛み締めながら自分の腕を掴み、それから決して見えない力で周囲の人間に無差別にサイコジャベリング(精神汚染)を行った。それは無理やり精神を開かせる方法。心を強制的に揺さぶり、気絶へと追い込む手段。何の能力も持たない人間達にはそれを防ぐ術など当然あるはずもなく、襲いかかろうとしたその身体をまるで時を止めた人形のようにぴたりと止めた後、やがて支えを失ったかのように次々に地面に倒れていく。武器を手にしていた人達が少なくとも目に見える範囲では居なくなり、一息つく。
 隣を見やればスガタとカガミ、そして二人によって精神を護られていた莚もまた俺の無差別攻撃を受けたであろうが、「対抗する力」を壁で彼らは己の精神を守り抜くことに成功していた。

「……ごめん」

 一般人に攻撃用能力を使用した事に酷く罪悪感を覚えてしまう。
 元々『男』に操られており、最初から精神を侵されていたとはいえ『ソレ』に対してまたも人々の精神に負担をかける行為は本来喜ばれる能力ではない。なんせ自分の中を勝手に弄られ、知らぬ間に人殺しの命令を与えられていた人達だ。それを防ぐためとはいえ今度はその対象から殺すな、と精神圧迫を受け気絶させられてしまったのだから彼らは少なくともこの短い時間の中で二度自分の中を弄られたこととなる。
 それはどれほどの苦痛だろうか。それとももうその苦痛すら分からないほど彼らの本心は沈まされていたのか……今は分からない。

「また誰か襲ってきて同じ事になっても困るからどこかに身を隠したい。どこかそういう場所ないか?」
「山の方に行けば集落の人間はそう簡単には追っては来れないと思うが、それでいいか」
「ここら辺のことは地元の人間のあんたの方が詳しい。任せる」
「んじゃ、道無き山へと案内すっか。……しかしうっせー音だったなぁ」

 莚は俺の願いに対して了承の意思を見せてくれほっとする。
 しかし彼は今自分のこめかみに手を当て、不愉快そうに顔を顰めていた。俺はスガタとカガミへと視線を向ける。彼の精神をガードしてくれと言ったのは俺だ。姿形は少年とはいえ二人の力を信じてはいないわけではないが、何かしら俺の力が及んでしまったのではないかと冷や汗が出てしまう。

「莚は『特殊な人間』ですからね。僕らがいくらガードしても彼なりの能力を持てばある程度は感応してしまうんですよ」
「集落の中でもアイツは特別な立場の人間だからな。俺らがガードしてもアイツが見ようと思えば『視』てしまうし、『聴』いてしまうんだよ」
「だけど能力を見聞きしても僕らを拒まぬ限りは彼は安全圏」
「拒む気配はなかったから莚が今、不愉快になっていてもそれはアイツの責任」

「「 集落においての彼は【逸れ者】を導く案内人なのだから 」」

 案内人。
 それはスガタとカガミのような道先を指し示す者の尊称。場所が違うのだからスガタとカガミとは違う方法で莚は案内をするのだろうが、なんとなく心強く思えた。目的が決まれば莚の行動は早い。倒れた人間の一人へと近付き、今は臥せっているある一人の男の額に手を当てる。そしてそっと指先で撫でた後、男の状態を確認し彼は立ち上がる。

「後遺症とかはなさそうだ。――行くぞ」

 調べていたのは二度も精神感染を受けた人間達の無事。
 莚は身を翻すと集落の外、つまり山へと足を向ける。集落の周辺には高密度の霧が漂い、中を守護するようにしていたが、それを潜り抜けて外へと出れば最初に俺が飛ばされてきたような大自然の山の中へと突入する。『道無き』と彼が比喩したように、莚は人々が踏み固めた道を進んだかと思えば途中明らかに獣道としか思えない場所を突き進む。それに逆らう権限は俺にはなく、時折腕や足に引っかかる木の枝や長く伸びた草に邪魔されながらも先へ進んだ。スガタとカガミは自分の身長の事もあるのか、獣道に入る瞬間に木の枝に飛び上がり、まるで忍者かなにかのように枝渡りをしつつ俺達と行動を共にする。

 やがて身を隠せるような洞穴へと辿り着き、俺は思わず「おー」とちょっと疲労した声で感激の声をあげる。
 まあ歩いて疲れたのは仕方がない事だ。洞穴は中に入れば少し右へと曲がっており、入り口から差し込む光は奥の方まで照らし出さない。だがそれは好都合。こちらからは身を潜めれば洞穴に誰か来た場合すぐに分かるが、向こうからは洞穴に入らない限りはこちらの状況は分からないという事だ。
 莚は先に中へと入り、隆起した岩の一つに腰掛ける。俺もまた歩いた疲れを取るため岩壁に背をあて、そのまま地面にずるずると座り込んだ。

「……ち、っくしょ……殺したきゃ俺んとこ直に来ればいいだろ」

 集落の人間達からの攻撃はなんとか防いだ。
 だがこれで終わるなら苦労はしない。犯人である男は未だにあの集落の中に身を潜め、もしかしたら『三度目』の精神汚染を始めているかもしれない。人の精神へと入り込むのは容易ではない。だから力で強引に開かせる。本人の意思など関係なく、――ただ、能力者が望むままの傀儡とするために。
 だがそれは非常に危険性の高い行為だ。下手に弄りすぎると廃人へと化すだろう。

「なんで、なんで他の奴らを巻き込むんだよ! 俺んとこきて、真正面からぶつかってくんだったら俺は幾らでも受けて立つのにッ!!」

 精神汚染ではないが、俺もまた精神的に追い込まれ始めていた。
 自暴自棄に入りそうなほど気が滅入り、己の頭を抱えて身を縮める。だが、俺の言葉を遮ったのは観察者のような瞳で見ていた莚ではなかった。

「男の能力値的に勇太に敵う訳がないんだよ。さっきも告げた通りアイツが持っている能力は『コネクト』、空間と空間を繋ぐ能力」
「カガミ……」
「それに精神感応能力を重ね合わせたとしても、元々勇太ほどの容量がないアイツは真正面から戦う事は自滅を意味する。だからお前をこの場所に飛ばし、この集落の特異性を利用してアイツはお前を追い詰める事に決めたんだろうな」
「どういう事だ?」
「まずお前は他者からの奇異的な視線に極端に怯える。そして自分が『能力者』である事によって起きる弊害を好まず、もし無関係の人間だったとしても巻き込んでしまった場合自分のせいだと思い込むところがあるだろ」
「う……だって」
「そこを狙われてんだよ。精神的ダメージも敵の作戦の内だ。……ならもう仕掛けられちまったもんは仕方ない。むしろ切り抜けて見せるくらいの男気を見せてみろってんだ、な?」

 洞穴の入り口から入ってきた少年カガミ。
 彼はずばずばと俺の痛い部分を言いきる。しかし彼の性格を知っている俺はむしろそれは救い。座っている俺の前に彼は立つと、俺より小さな手をぽんっと俺の頭に乗せそのままぐしゃぐしゃとかき回した。莚は腕を組んだまま俺達のその様子を若干呆れたように見ていた気がする。だが最後の人物――スガタが洞穴に入ってくると莚は顔をあげ、彼へと視線を向けた。

「ここに来る間ずっと上から見張っていたところ、追いかけてきてる人は居ませんでした」
「そうか」
「僕達二人の『網』を抜ける人間がいるならそれは特殊な分類でしょう。ですからあくまでただの人間は、と付け加えさせてくださいね」
「それで充分だ。集落の人間の中には厄介な奴らも多いからな。今回はそいつらが紛れ込んでなかっただけマシだ」
「本当に……。でも莚さんのように特別な役割を与えられた人間にはそう簡単にはあの男の洗脳は効きませんよ。カガミも言った様に能力が弱すぎますからね」

 分析、という言葉が似合いそうな会話。
 そうか、スガタとカガミが枝渡りをしていたのは背後からの追跡者が居ないか見ていてくれた為か。俺はなんとなく自分の頭を撫でるカガミの方へと手を伸ばし、その腰へと腕を回す。細い腰だけど頼り甲斐のある彼らには本当に感謝しか出来ない。座っている俺はカガミの丁度腹部あたりにこつんっと額を当てる。それから覚悟を決めると三人へと顔を持ち上げた。

「俺はあの男の情報が欲しい。ミラーとフィギュアの所に案内して欲しいんだ」
「夢の情報屋んとこか。……確かに、今回の件に関しては集落の人間よりそっち側の奴らの方が情報には強そうだ」
「ミラーとフィギュア、あの二人ならカガミ達よりもっと詳しい情報を持っていると俺は思ってる。違うか?」

 言われるとスガタとカガミは首を左右に振る。

「悔しい事ですが、僕らより彼らの方が能力値が上です。僕らより先に案内人を勤め、そして更に彼ら固有の能力でより真実に近い情報を引き寄せる事が可能なのですから」

 スガタの説明は俺の意思をより強固なものとする。
 俺は一度カガミから腕を解くとその場に立ち上がり、付いてしまった土埃を払い落とす。

「よっし、じゃあ案内頼むぜ!」

 カガミの肩に腕を置き、そのまま元気良く親指を立てて笑いかける。
 今は凹んでなどいられない。憂鬱な気分になればなるほど相手の思う壺。ならば味方が居るというこの状況は俺にとって『最善』だ。
 俺は笑ってみせる。
 大丈夫、まだ打つ手はある。
 ミラーとは以前色々有り、辛辣な言葉を投げかけられた記憶があるがそれも甘んじて受け入れよう。それほどに自分は今まで皆の助けを受けてここまで来れた事を身に染みて感じているから。

―― 大丈夫。世界はまだ閉じていない。

 スガタとカガミが壁に手を当て、そこからゆらりと開かれていく『夢』。
 そこは彼らの、そしてミラーとフィギュアの管轄フィールド。あの男が此処まで追いかけてくる勇気があるというのなら、それに立ち向かおう。俺達は既に目の前に見えているアンティーク調の一軒屋へと真っ直ぐ足を進める。そして「鏡・注意」と玄関に貼り付けられたお馴染みの張り紙を見た後、扉を叩いた。

「いらっしゃい、<迷い子(まよいご)>。そして僕らとは違う案内人よ。さあ、中へどうぞ」

 出てきた十五歳くらいのゴシックシャツを身に纏う黒髪ショートの少年――その前髪の奥に潜む瞳の色は黒と緑のヘテロクロミアだった。

―― to be continued…

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
【共有化NPC / 莚(むしろ) / 男 / 18歳 / 逸れ者を導く事実上の案内人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、続きですv
 ミラーとフィギュアの元へということで、今回は此処でストップ。
 しかし次は恐らくフィギュアから例の恒例の言葉が投げかけられる可能性が……。

 情報を探す選択に二人を選んでもらえた事が正直嬉しかったです。
 以前の事件が事件でぎすぎすしていたので、何か緩和すればいいなぁと(笑)

 ではでは次をお待ちしております!

カテゴリー: 01工藤勇太, 綻び結び, 蒼木裕WR(勇太編) |

綻び結び1

「お前はどこから迷い込んだ馬鹿だ? こんな『異常』を持ち込みやがって」

 甚兵衛を身に纏った彼――筵(むしろ)は相手を見ると共に辺りを漂う瘴気に顔を潜めた。

 其処は東京の外れ、広がる森の霞の奥にひっそりと位置付く、大きな集落。
 あやかしと人とが細々と身を寄せ生きる其の場所では、物の怪に憑かれた者達も決して少なくは無い。

 あやかし、人、物の怪憑き――。

 三種三様の様を見せる閉ざされた其の空間は、時に微睡み不安定な意識を齎す。
 其処に在る者は何時、何処からか寄り添い、其々何かしらの強い想いを持つ者、周りから外れた異端の者――。

 そして是と言った自我を持たぬ者は時に外界より紛れ込み、住み人を誘う天然のあやかしに因って生ずる、集落へ集まる異常な障気に抗えず、痛ましくも、大切な何かを忘れ逝き変貌を遂げて行く。

 然う、其処は全てを放棄され、存在や形すらも忘れ去られた神の隠し場。

「この集落の外への案内が必要なら俺もしくは後ろのガキ共が、何か失われし情報が必要なら書庫の守り人か夢の情報屋の元へと案内してやる。だが忘れるな。此処ではあんたが一番の<問題児>だ」

 筵はそう言うと悪い気を纏う相手を睨み付ける。
 その後ろでは左右の瞳の色が違う双子らしき少年二人が困ったように肩を竦めていた。

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 それはほんの三十分ほど前に戻る。

 休日で良かったと心底思う。
 でなければ自分は本当に男の事をどうしていたか分からないから。
 買出しに出かけようと家を出たその先――その男を見た瞬間、ぞくりと背筋に寒気が走るのを感じた。

 見覚えのあるその顔は過去に二度見た記憶があり、その内一回は自分が相手に殺されかけ、もう一回は自分が相手を殺そうとした時だった。
 最初の出会いは呪具を使った暗殺を目的とし男は俺を襲いかかってきた事で、その結果自分は生死の縁を異界でさまよう羽目になった。あの一件後、知人による「呪い返し」が行われ、男は精神崩壊を起こした。
 二度目はその男が実は「研究所」から差し向けられた能力者であることが判明し、俺自身も「研究所」に再び狙われたため精神を蝕まれ、結果として男を殺さなければいけないという脅迫概念を抱いた時。ベッドの上で眠っていた男は俺を見た時、怯えた目をしていた。能力者といっても薬物投薬によって引き出された「人工的な能力」であった為、俺の様に元々能力者ではなかった彼にとって俺の殺意は相当恐ろしかっただろう。
 だが結果として俺は男を殺せず、けれど切羽詰った心は圧迫を抑えきれず病室を破壊して……そのまま男がどうなったのかは不明のままだった。

 だから男が自分の住んでいる場所の傍の道で笑いながら俺を見ていた時は、ぞっと……した。
 互いに一度ずつ殺そうとした仲。
 病院から出ているという事は回復したのだろうか。だが相手は言葉をまともに告げられなくなるほど精神が崩壊していた人物だ。警戒心が張り詰める。

―― こっちに来い。

 不意に頭の中に響く声。
 テレパシー能力を使用していない状態で聞こえてきたその声は確かに目の前の男のものだろう。強い思念により強制的に精神感応能力を開かされ、聞かされる声は頭痛を及ぼし、俺は額を思わず手で覆う。だが何か声を掛けようとするも次の瞬間には男は駆け出してしまった。

「待てっ!!」

 それは逃走か、それとも何かの誘いか。
 何にせよ作戦の一部に違いない事は分かっており、俺は舌打ちする。ここで相手を放置する事は出来ない。そうした場合、以前のように襲撃を喰らう可能性が高いからだ。病院から抜け出している事はほぼ間違いないだろう。完全に回復したようには見えなかったが、何を目的に動いているのかはさっぱり分からない。
 俺は男を追いかけるため走り出す。テレポートで先回りし捕まえても構わないかと考えたが、人の目が今は無いと言っても相手の行き先に誰もいないとは限らない。男が変わらず「研究所」関係で自分を狙っているのならば能力を多用すればするほど「オリジナル」としての価値が上がってしまう。

―― こっちに。
      ―― 他の人間を巻き込みたくないなら。
   ―― 駆けて来い。今度こそ殺しに。

 男が走り去った後の残留思念らしきものが俺に語りかけてくる。
 それは強い意志による意図。ピリッと肌が震えるのを感じた。
 何を企んでいる? 何を望んでいる? 生け捕りかそれとも殺し合いか。

「何にせよ、ろくな状況じゃねーって言うのは分かるけどな!」

 路地裏へと男は俺を誘う。
 角を折り曲がる男を衝動的に追いかけた俺はそこで待ち伏せていた相手に気付けず、伸ばされていた手の先から何か『歪み』が生じている事に気付けずにいた。改めて対面した瞬間は僅か。だけどその一瞬だけ見えた男の目は――殺意を凶悪なまでに宿らせていた。

 ぐらりと揺れる。
 景色が揺れて、最終的には強風のような圧迫を受けたので俺は咄嗟に己の片手を持ち上げ顔を防いだ。

―― 殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。

 ガンガンと頭を打つような痛み。言葉による精神攻撃は相手からの無意識の産物。
 そして俺は気付いたら明らかに地元ではない『その場所』へと立っていた。鬱蒼と茂る森。それは明らかにコンクリートに囲まれて生きる自分には珍しい景観。血の気が引く音を聞きながら俺は男の存在を探す。だが目に見える範囲には木々が広がっているだけで、人間らしきものの気配はない。

「飛ばされ、た?」

 嫌な汗がたらりと垂れる。この場所がどこなのかも分からないという事はテレポートを使用した場合、変な場所へと出てしまう可能性が非常に高い。
 相手の能力がなんだったのかも分からないが、今のところ肉体に異常は出ていない事が幸いだ。試しにサイコキネシスでそこらへんにあった石を浮かばせ使用出来るか遊んでみた。結果は成功。
 能力封印系では無かったことだけが幸いし、ほっと息を吐き出す。
 次いで俺はそのままサイコキネスを利用し、自分を浮き上がらせると手始めに木の太い枝へと足を下ろす。上の方から辺りを見渡してみれば何か見つかるかもしれないと考えた上でだ。もし見つかっても「木登り」と理由付けられるが、相手には不審がられるだろうなと内心乾いた笑い声を立てる。

「お」

 そして俺は見つける。
 高密度の靄のようなものに囲まれてはいるが人の住んでいそうな集落を。
 その場所は歩いて五分必要かどうかというところ。つまり、距離自体は近い。

―― 殺してやるから、こっちに来い。

 これは幻聴か。それともさっきと同じ男の思念か。……笑っていたあの男の声が脳裏に再現される。

「他には何も見当たらないなら、行くしかないよな」

 挑戦状を叩き付けられたと俺は受け取り、通常の人間なら多少は躊躇するであろう高さからひょいっと飛び降りる。地面に到着する寸前で力を使ってふわりと加速を止め、俺はまるで階段から一段降りる程度の軽やかさを持って地に着地した。

■■■■■

「――と、言うわけで俺は今此処にいるわけです、はい」

 場所は集落の入り口手前。
 青年の後ろにいたのは既知であるスガタとカガミ。彼らは俺の話を一部始終聞くと、莚と紹介された青年の肩に手を置き、そして後ろを向きながら溜息を吐いた。今の彼らは少年体。青年の肩に手を置くには高さが必要だったがあまり気にはしていないようだ。
 莚は目を細め、そして二人をそっと見下げる。その表情は険しい。

「なんだ、手前らの関係者か」
「関係者といわれれば関係者で」
「<迷い子(まよいご)>と言われればその通りとしか言うしかねーわけで」
「そしてその『害悪』にも僕らには心当たりがあるわけで」
「『害悪』もとい男が何故このような行動を起こしたのかも推測は容易で」

「「 つまり、これは一種の脅迫概念の成れの果て 」」

 スガタとカガミが莚に俺との関係を簡単に説明し、そして以前起こった出来事に関しても伝えてくれる。特にスガタの方が懇切丁寧に話してくれたものだからその話術には感動を覚えてしまう。

「男の持つ能力は『コネクト』」
「『コネクト』は空間と空間を繋げる能力の事」
「以前は呪具を使ってその能力を増幅させて僕らの管轄世界にまで繋いできましたが今は違います」
「例の事件以後、勇太への殺意からかそれとも研究所からの「命令」がまだ生きているせいか男は呪具を使わなくても空間を思うように繋げる様になってしまった」
「その分使用時は負担も増えているはずですが、今回のように現実世界同士であるならまだその負担は軽めでしょうね」
「だが男の精神状態はまだ正常ではない。恐怖、焦燥、危機感……勇太を殺さなければいけないという圧迫は男を集落へと招き寄せ、今紛れ込んでいる」
「そして……その男の状態を莚さん達の言葉を借りて言うのなら」

「「 【逸れ者】もしくは【壊れ者】 」」

 俺は二人の説明を聞いてまたしてもじわりと汗が浮き出すのを感じた。
 やはりあの男は自分を殺そうと狙っていたのだ。それも今の説明からして病院から抜けだしてまで、だ。それはどれほどまでの恐怖で、それはどれほどまでの焦りで、それはどれほどまでの精神圧迫だっただろう。追い詰められた男は何をしでかすか分からない。
 早く捕まえなければ。

「俺はその男を見つけなきゃなんねーんだ。どうか、この通り! 集落を案内してくれ!!」

 ぱんっといい音を立てながら俺は両手を叩き合わせ、少し前屈みにさせた頭の前に突き出す。
 腕を組んだままだった莚はそんな俺を見下ろし、そして嘆息する。

「何が起こっても自分で対処しろ。それが前提条件だ」
「もちろんだ!」
「ついて来い。集落は今不穏な空気が漂っている――この言葉だけでお前への危険性は察しておけ」
「助かる!!」

 莚は言うや否や集落の中へと足を踏み込ませる。
 俺はそんな彼に感謝の言葉を掛けながら後を追った。だが、莚は数歩歩いただけで止まってしまう。それにあわせて俺もまた歩みを止め、そして訝るように相手の背中を眺め見た。

「早速、前提条件発動だな」
「ぇ」
「これはまた多くの方が凶悪な思念に取り付かれてしまったようですね」
「あの男が執念深いんだろ」

 スガタとカガミもまたその空気を察し、彼らは莚の前に立つ。
 日本家屋が立ち並ぶ田舎の光景はどこか懐かしさを覚える。――その影から人々が何かしら農具や包丁、日本刀などを持ってこっちに向かって姿を現さなければ。
 人数にして十数人。
 集落の人間である莚はチッと舌打ちをし、それらの人間の中に知人が含まれていることを苦々しく思う。

 ―― 殺されたくないなら、殺して、こい。

 遠くから聞こえる誘いの言葉。
 人々の殺意は俺に一点集中で向けられ、そして誰かの唸り声を合図に彼らは各々の武器を俺達に……否、俺へと襲い掛かってきた。

―― to be continued…

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【共有化NPC / 莚(むしろ) / 男 / 18歳 / 逸れ者を導く事実上の案内人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、新しい話の始まりとなります。
 発注文を読んだ時は「なるほど、あの話をこの集落にこう繋げるのか」と感心させて頂きました。
 次は戦闘になるか人々を思い逃走か……また楽しみに待っております。
 ではでは!

カテゴリー: 01工藤勇太, 綻び結び, 蒼木裕WR(勇太編) |