自覚編

「ねえ、次の日記はカガミの番?」
「ああ、俺だな」

 此処は夢の世界。
 暗闇の包まれた世界に二人きりで漂っているのは少年二人。そんな彼らの最近の楽しみは『交換日記』。だが、交換日記と言っても、各々好き勝手に書き連ねて発表するというなんだか変な楽しみ方をしている。そのきっかけは「面白かったことは書き記した方が後で読み返した時に楽しいかもね」というスガタの無責任発言だ。
 ちなみに彼らの他に彼らの先輩にあたるフィギュアとミラーもこの交換日記に参加していたりする。その場合は彼らの住まいであるアンティーク調一軒屋で発表が行われるわけだが。

 さて、本日はカガミの番らしい。
 両手をそっと開き、空中からふわりとノートとペンを出現させる。
 開いたノートに書かれているのは彼の本質を現すかのように些か焦って綴られたような文字だ。カガミはスガタの背に己の背を寄りかからせ、それから大きな声で読み出した。

「六月七日、晴天、今日は――」

■■■■■

 それはある昼下がりの公園。
 補習授業をサボっていた俺もとい工藤 勇太(くどう ゆうた)がアイスを食べていた時の事でした。っていうか面倒です。こんな良い天気の日に補習なんてやってられません。
 そう、全てはこの天気が悪いのだ!
 よし、責任転嫁に成功した俺は気分良く公園のベンチに座ってのんびり日向ぼっこをしていたわけですが――。

「いや、それって普通にお前が悪いと思うんだけど」
「――うおっ!? カ、カガミ!?」
「補習授業ってあれだろ。例のテストの……」
「うわー!! 大丈夫! 問題ない! ノープロブレム!」
「後で教員に怒られるに一票な」
「う、っぐ……」

 自分が座っていたベンチに突如として姿を現したカガミ。
 しかもその姿は青年のもの。脚を悠々と組み、その上に肘を乗せて顎を支えながら暢気に俺に声を掛けてくる相手に俺は思わず息を詰まらせた。補習授業は確かに高校生にとって大事なものだ。だけど今日だけは――。

「あ、アイス貰ーい」
「食うなよ!!」
「考え事をして溶けるよりマシだろ」

 俺の腕を取り、アイスを一口分口にするカガミに俺が声を荒げる。
 あーあ、俺のアイス……。でも相手がいう事ももっともで、アイスが溶ける前に俺は再びそれを食べ始めた。カガミはと言うと奪ったばかりのアイスに満足したのか口端についたそれを親指でなぞり上げ、ぺろっと舌で舐め取るという優雅さ。
 しかし今日コイツが現れたのはなんでだ?
 何も異常事態は起こっていないし、平和そのもの。――まさか補習をサボっている俺を怒りに来ただけとかそんなオチは。

「ねえよ」
「心の中を読んで突っ込むのホントびびるんで勘弁してください。それがお前の特殊能力だって分かってても驚くんでホント許してください」

 ああ、やっぱりカガミだなぁ。
 少年であっても青年であってもマイペースで、中身の変わらない存在。取りあえず補習に付いてお怒りの言葉が無いのなら俺は学校に帰る必要はないわけだ。
 ふとピンッとある考えが閃く。
 俺はそれからにぃっと笑みを浮かべるとカガミの方へと視線を向けた。当然その視線に気付いたカガミも俺を見る。ちなみにもうアイスは食いきったから狙われることは無い。

「なあなあ、ぶっちゃけ俺ってまだ<迷い子(まよいご)>?」
「ん? ああ」
「ふーん……そっか。まだ俺はカガミにとって<迷い子>かぁ……」
「なんだその笑みは」
「秘密」

 ふふんっと俺は機嫌よく返答を受け取る。
 深い部分までは現実世界では読み取れないカガミは頭に疑問符を浮かべながら首を傾げていた。<迷い子>である事が俺とカガミを結びつける。少なくとも俺はそう思っているからほんわかと心が温まる気がした。

「じゃあ、次。スガタは元気?」
「元気だと思うけど、なんで」
「ほら、例のお別れがあったからさ。アイツ、沈んでんじゃないかと思って……」
「大丈夫だろ。凹んではいるけど、体調を崩すほどじゃない」
「そっかー? でもさ。俺の事はいいからさ、今はスガタの傍にいてあげなよ」
「アイツだって一人にして貰いたい時があるんだよ。それくらいは察してやってくれ」
「なるほど」

 つまりアレか。
 今日は落ち込んでいるかもしれないスガタの傍を離れた理由は、スガタを一人にしてあげるためか。スガタとカガミは繋がっているらしいから完全には離別は難しいけれど、少なくとも目の前から居なくなれば少しは気が楽だろうと……そういう事か。

「カガミもアイス食うか? もう一本くらいなら買ってきても良いけど」
「ん? ああ、つまりこういう事か」
「――って、いきなり手の中にアイス出現させるとかマジで止めて下さい!!」
「だって誰も見てねぇし」
「お前……あの研究員に狙われてたんだぞ……。お、俺と一緒にいると……また怪我するかもしれねーのに」
「あー、そん時はそん時。また返り討ちにすれば良いだけの話だって」

 まるで手品のようにカガミは己の手の中にアイスを二本出現させる。
 その一本を俺に手渡してくれたものだからありがたく俺はそれを頂く事にする。俺の場合はサイコキネシスで現物を引き寄せる能力だけど、カガミの場合は無から有を作り出すから時々その能力の異質性に驚いてしまう。
 まあ大抵はこういう風にくだらない事にしか使っていないので、今のところは問題ないわけだけど。
 俺は冷えたアイスに齧り付く。
 それはバニラアイスで、バニラエッセンスの香りがとても良く味も絶品だった。

「なあ、カガミ。カガミ達もあいつらみてーにいつかどっかに行っちゃったりするのか?」
「それには否定出来ねーな。俺達はアイツらみたいに固定した空間に住んでるわけじゃないから、引越しみてーな事はしないけどお前の前から姿を消す事はあるかも」
「――っ! それは、どういう意味、で?」
「お前が<迷い子>じゃなくなって、俺達を求めなくなったらそりゃあ……いわゆる自然消滅と言うかなんというか……まあ、そういう感じになるだろ」

 カガミもアイスに喰らいつきながら返答する。
 だが最後のほうはごにょりと言葉を濁し、視線が泳ぐ。俺はそんなカガミの態度が嫌で、アイスの方に意識を向け、出してもらったばかりのそれを勢い良く食べきってしまった。
 ああ、心がもやもやする。
 俺がカガミ達を求めないとかあり得ない。カガミ達というか……ちゃんと言ってしまえば――カガミを、だけど。

 少年でもカガミはカガミ。青年でもカガミはカガミ。
 姿形は違えど本質は同じである彼。少年でも青年でも彼が彼である事を俺はちゃんと認めているけれど――。

「な、なあ。なんで最近青年でいる事が多いんだ?」
「お前がこの姿の俺を好きだと思っているから」
「――ぶっ!!」

 直撃。
 クリティカル。
 真っ直ぐな返答に俺は思わずアイス混じりの唾液を噴き出してしまった。ああ、汚い。超汚い。そして俺はきっと今顔が真っ赤だ。それは決して夕陽のせいではなく――――っていうか今夕方ですらないからその誤魔化し方すら無理なわけですがっ!!
 あああああ、もだもだする。足が暴れ地団太を踏んで止まらない。両手で顔を覆いながらこの羞恥に耐える俺を誰か本当に救って下さい。
 確かに俺は少年の姿の時より青年の時の方のカガミの方が気になる。意識する。
 だって……。

『そりゃ、心身ともに繋がってんだよ』

 そう言って俺の身体を撫でたのは青年カガミの掌。
 カガミに翻弄されたあの日の事を思い出し、俺は一層激しく土を踏んだ。きっと後で確認したら其処だけ無駄に踏み固められている事が分かるだろう。

―― 嫌じゃなかったのがなんか悔しいっ!
    ってゆーかアレは夢だ! そう! 夢の出来事!

 カガミが自分のせいで怪我を負い、俺が見舞いに行ってその流れで「カガミが好きだ」と呟いた時――カガミは俺を『抱いた』。
 だけどアレは夢の世界の出来事だからカウントされない。多分。そう。きっと。
 でもカガミは夢の世界の住人だから、きっとカウントしてしまう。プラスマイナスでゼロの出来事になりますか。なりませんか!? っていうかなって下さい!!

「無理だって」
「だから心を読むなー!!」
「俺にとってはどっちも『現実』だからな。――ああ、でもお前が俺の事拒絶するって言うなら記憶ごと抹消してやるけど?」
「ちょっ」

 それはちょっと極論ではないでしょうか。

「何故に脳内では敬語?」
「だーかーらーっ!!」
「悶えるお前って面白いからからかいがいがあるよなぁ」
「勘弁してくれぇええ!!!」

 少年でも青年でもカガミは変わらない。
 だけど青年のカガミの方はどこか意地悪に感じるのは何故だろう。印象のせいか? それともこの姿で俺とヤ……――うわぁぁぁぁぁぁ!!!

「心の中の悲鳴が煩いんだけど、勇太」
「じゃあ読むなよぉ……!」

 最早この相手に何を言っても無駄だろう。
 俺はがっくりと肩を垂れさせると溜息を吐いた。だがこっちだって攻撃されたままじゃいられない。俺にだって意見と言うものがあるわけで。
 バッと顔をあげて指先を相手に突きつける。カガミはにやにやしながら俺を見ていた。もう絶対に今の俺は顔だけじゃなくて首の方まで真っ赤に染まっているんだろう。それが悔しい。

「一応言っておくけどな! あれは俺が怪我させちまったし!」
「背中からぐさりと一発な」
「だ、だから俺はお前がそうしたいって思うならと……それに……夢だし……嫌じゃなかったし……」
「俺にとっては生々しい『現実』なんだけど」
「……わー! もー! なんでもなーい!」
「はいはい、つまりこういう事だろ」
「へ?」

 いうや否やカガミが俺の腕を取った。
 そして突如周囲の景色が変わり、今度はある部屋のベッドに自分達二人が座っている事に気付く。そこは見慣れた俺の部屋。カガミは律儀に自分の靴を脱ぐと玄関へとそれを転移させていた。
 そして――。

「ちょ、マジで!? え、展開が追いつきませんがー――!!」
「お前がアレを夢だ夢だって言うから現実にしてやるって言ってんだよ」
「いやいやいや!?」

 俺に圧し掛かってくる身体は青年体。
 ちゅっと言う音がして俺の唇が塞がれると、声が止まる。そして自分の抵抗が止んでしまった事に俺は驚いてしまう。ぱくぱくと唇が開いては閉じる。
 どうすれば逃げられる? どうすればこの状態を打破出来る?
 ああ、でも。実際問題、本気では嫌じゃないわけで。

「――や」
「や?」
「もうちょっと色んな意味で優しくして下さい……」

 これが精一杯の抵抗だと分かると、カガミは愛しそうに俺を組み敷きながらまた唇にキスをくれた。

■■■■■

「で、結局工藤さんは逃げる事が出来たの?」

 日記を読み上げるカガミに対して呆れたようにスガタは声を掛ける。
 こんな惚気、聞かされる方が疲れるというものだ。カガミは日記を閉じ、そしてにっこりと満面の笑みを浮かべて。

「アレを夢と言い張るならもう一回仕掛けに行こうと思うんだ」
「……工藤さん、頑張って」

 此処にはいない<迷い子>。
 その姿を少年達は思い出しながら思い思いの考えを馳せ、そして今日の発表は静かに終えた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、質問の回+自覚編という事で。
 BL展開来た! と内心喜びつつ、後半はもううきうきと書かせて頂きましたv

 カガミのマイペースさに工藤様が振り回されている様子が愛しくてたまりません。
 本当にいつも有難うございますv
 ではでは!

カテゴリー: 01工藤勇太, 始まりの音, 蒼木裕WR(勇太編) |

それでもさよならは言わない

「スガタん、カガミん。ちょっと重要な話があるんだよねん」
「そ~……なのー、せいざしてねー、ちゃんとねー、きいてー……」
「何、そんな真面目な顔をして。社ちゃんらしくないよ?」
「何、お前にそんな真面目な顔が出来たのかよ」
「一度僕、カガミんのこと真正面から殴りたいと思うんだけど、良いよね?☆」
「止めろ!」

 三日月邸の管理人である三日月 社(みかづき やしろ)とその住人であるいよかんさんに促され、スガタとカガミはある和室にて正座をしつつ、二人の話を聞く。
 三日月邸はこれからこの空間から離れた場所に移動する事。それに伴ってスガタとカガミ達との空間と繋がっていた部分が切れてしまう事。それによって二人と会えなくなる可能性が非常に高い事――つまり人間社会で言う「引越し」をする事になったと、そういう話を二人は聞いた。
 これは寂しい話ではあるが、仕方が無い話でもある。
 スガタとカガミは数え切れない時間自分達の世界を生きてきた。社達と同じように出会い、同じように別れてきた別世界の異界の者も多く居たのだ。
 だからそれを止める事は決してしない。

「「 了解 」」

 ただ二人が発した返答はそれだけだ。

 そして今。
 三日月邸から自分達管轄の異界へと帰った後、スガタとカガミは互いを見合う。
 今は二人きり。社もいよかんさんも居ない、ただの真っ暗な空間に二人は浮いて向き合う。何も言わなくても通じ合うけど、何も言わなくても伝わってしまうのだけれど、それでも口に出さなきゃ答えあわせにはならないから。

「送別会やろっか」
「送別会やるか」
「どうせなら派手に」
「どうせなら皆も呼んで」
「ミラーさんも」
「フィギュアも」
「来てくれるかな?」
「来てくれる事を祈る」
「やり方を教えてくれる人にも声を掛けて」
「知ってるヤツならアイツらに挨拶してもらって」

「「 それでもさよならは言わない 」」

 くすくすくす。
 二人で企む送別会。夢の中で語りかける声に応えてくれる事を――二人は願ってる。

■■【scene1:工藤 勇太(くどう ゆうた)の場合】■■

「え……マジかよ……」

 社といよかんさんと仲の良かった勇太はこれらの話を夢の中で聞いて心底ショックを受けてしまう。まさか二人、じゃない一人と一匹と会えなくなる日が来るとは思っていなかったから尚更である。あの楽しい三日月邸の日々……色々あった事を脳裏に思い浮かべて胸が締め付けられる。
 自分も転校を繰り返してきた身だから余計に分かる。一時的に仲良くなっても、必然的に別れなければいけない状況はとても寂しいものだ。

「よし分かった! 今回はちゃんと送り出してやる! チビ猫獣人にもならねーからな!」

 任せとけと胸を叩きながら勇太は送別会への参加を決意。
 そして二人に連れられるまま、今回の送別会の舞台であるミラーとフィギュアの家へと向かった。

「いらっしゃい。初めまして<迷い子(まよいご)>。今日の用は何かしら?」

 そして早速記憶に欠陥を持つフィギュアに初対面扱いされてしまう――これには少々心の中で涙を流してしまった。
 ミラーが以前勇太関連で研究員が起こした事件に付いて記憶を渡している間、とりあえず室内を眺め見る。相変わらず外見はアンティーク調の一軒屋の癖に壁だけは鏡張りで自分の姿を映し出す。
 今日の姿は高校の制服姿。
 勇太は改めてミラーとフィギュアの方へ身体を向かせると、頬を指先でぽりっと引っ掻きながらこう言った。

「二人なら知ってると思うけど、俺の本来の姿はこっちだから。――改めて今日は宜しくな!」
「フィギュアに害を成さないなら僕は問題ないよ」
「ふふ、楽しい事は好きよ。今日は一日こちらこそ宜しくね」

 ミラーは若干釘を刺すような言葉を口にしたが、フィギュアが優しく言葉を返してくれたので勇太は心底ほっと安堵の息を吐いた。

■■【scene2:飯屋 由聖(めしや よしあき)&阿隈 零一(あくま れいいち)の場合】■■

「お花見に呼んでくれたコ達だもんね。ちゃんとお礼も言いたかったし、僕達で良ければお見送りさせてね」
「なんで1回きりしか会ってない俺らが送別会に……」
「何言ってんの。お花見でお世話になったんだから行くよ!」
「いだ、いだだだだ!」

 零一はスガタとカガミの申し出に若干文句を吐くが、由聖はそうではない。
 お世話になったんだからと零一の耳を思い切り引っ張る。スガタ達が案内した先はフィギュアとミラーが住むアンティーク調の一軒屋。外には「鏡・注意」の張り紙がしてあり、それに零一が訝る様に表情を変えた。
 すると扉をノックもしていないのに中から一人の少年が現れた。黒と緑のヘテロクロミアを持つ様子から彼もまたスガタとカガミの関係者である事が一目で見て取れた。

「いらっしゃい、<迷い子>達。――いや、今回は招待客かな。どうぞ中に入って。既に一人到着しているから」
「あ、はい。お邪魔します」
「……邪魔す――うえ!?」
「わー、変わったお宅だね」
「なんだこりゃ」

 スガタとカガミはあっさりと中に入るのに対し、初めてこの家に訪問する二人は思わず足を止め内装をマジマジと観察してしまう。中に置いてある調度品はアンティーク系。イメージはヨーロッパ地方の田舎の一軒屋と言う感じだ。こう説明してしまえばのどかな印象を持つが、彼らが驚いたのは其処ではない。「壁」だ。
 外に「鏡・注意」と書いてあった通り、四方の壁一面が鏡で出来ており、自分達の姿を綺麗に映し出す。テーマパークで合わせ鏡になった迷路などがあるが、普通人の住む家ではこんな光景は異常である。

 由聖は「変わったお宅」と評したが実際はそれほど気にしていない。――しかし零一はそうではない。びりびりと警戒心を張り出し、左右前後を見渡し、徐々に鏡によって酔い始めてきた。口元を押さえ何とか戻さぬように努めるが、気持ち悪さは回避出来ない。

「異界の連中の思考は理解できねぇ」
「理解されたいとも思っていないよ」
「注意書きはせめてもの親切か?」
「大抵の人は逆に興味本位で中に入ってくるんだよね――もう少し人が避けてくれるような文章を思いつけたら変えるとするよ。君みたいに中に入ってから文句を付けられちゃこっちも面倒だ」

 警戒心丸出しの零一と自身の家に対して口を出され不機嫌になったミラーが正面衝突する。
 だが此処で騒ぎを起こすほど二人は馬鹿ではない。やがて互いにぷいっと顔を逸らし、各々自分の大事な人の傍へと寄り、話を進めることとなった。
 ミラーは奥の椅子に座っているフィギュアの傍に、零一は由聖の傍に。

「駄目じゃない、人様の家に文句を付けちゃ」
「咄嗟に出てくる感想なんだから仕方ねーだろ」
「それでも、駄目」
「いたた!」

 零一の耳を引っ張る由聖。
 その様子を見て足の悪いフィギュアが「あの二人は仲良しさんなのね」と幸せそうに笑うものだから、ミラーの機嫌が少し回復したのを二人はまだ知らない。

■■【scene3:準備準備!】■■

「あの時のくしゃみの人だよね? まさか貴方が来ているなんて思ってませんでした。僕は飯屋 由聖(めしや よしあき)と申します。あの時はろくに自己紹介も出来ずごめんなさい。貴方は?」
「あ、俺は工藤 勇太(くどう ゆうた)! この異空間では初めて逢うよな。もし今度現実世界で逢った時は遠慮なく声をかけてくれよな!」
「じゃあ、工藤さんって呼びますね。宜しくお願いします」

 勇太はあくまで「この異空間では初対面」の対応を取る。
 本当は以前チビ猫獣人の姿で彼と零一には出会っているのだが、現実世界の自分とチビ猫獣人の自分の姿を結び付けられたくない一心で、話をあわせる。
 そんな風に必死な勇太を見て、通りがかりのカガミが口元に手を当てぷっと息を噴き出す。その笑みはとても悪戯っ子の表情で、勇太は思わずキッと睨んでしまった。

―― チビ猫獣人のことは言うなよ! 絶対にこいつらにはばらすなよ!
―― へーへー。了解了解。そんなにも嫌なものかよ。
―― まさか高校生の俺があんな風に甘えたになるなんて知られてみろ! 恥だ!
―― ……ぷ。

 テレパシー能力を使い、勇太はカガミに訴える。
 それはカガミを通じて……否、空間を通じてスガタ、ミラー、フィギュアにも伝わってしまう事で、他の三人も勇太の方を一瞬見てからさっと視線を逸らす。どうやら彼らは内緒にしてくれるらしい。

 勇太と由聖がそんな風に仲良く会話をしながら飾り付けの準備をしていると、零一が後ろから二人の間に身体を割り込ませた。どうやら勇太と由聖の仲の良さにムッとしたらしい。

「おい、こっちの食器はどこに持って行けば良いんだ」
「え、それはあっちのテーブルでしょ? っていうかどうして食器出し担当の零一が此処に来るの」
「う……それは……――っていうか、お前ら知り合いだったのかよ!」
「あ、うん。ほらこの間言ってたでしょ。不思議な人に出会ったって」

 まさか「妬きました」などと口が裂けても言えない零一は誤魔化しに入り、由聖も特に追求する事も無く自分達の出会いを零一に説明する。
 簡単に言うと由聖が悪魔に遭遇した時、偶然其処に現れた勇太に助けてもらった――それだけである。それに納得はしたもののその時「零一に似ているよ」と勇太の事を評した由聖を思い出し、思わず零一は不機嫌な表情のまま勇太を見る。見られた勇太の方はびくっと身体を硬直させ、けれどそこはあえてへらっと笑顔を浮かべ「は、初めまして」と片手をあげた。
 勇太にとって嫉妬云々よりチビ猫獣人=勇太である事がバレやしないかひやひやしているのである。マジマジと観察されればばれる可能性もあり、勇太はささっと逃げるように飾り付けに入った。

「あれ? 今日はあの黒猫ちゃんいないのかな?」

 どっきーん!
 由聖の思わぬ言葉に勇太の心臓が飛び跳ねる。由聖はきょろきょろと辺りを見渡し、チビ猫獣人を探すが、もちろん居るわけがない。だってそのチビ猫獣人は――。

「あー、アイツ今回欠席。アイツは三日月邸の住人じゃねーし、俺らの管轄フィールドの人間じゃねーから仕方ねーよな」
「そっかー。もう一回逢いたかったんだけど、残念だね」

 素早くフォローに入ってくれたのはカガミだった。
 カガミは皿運びが終わった零一に声を掛けて手伝ってもらいながら壁に布を張り、鏡酔いを防ぐ。沢山ある壁を塞ぐのは大変だけど、送別会開始まで時間はまだまだ充分ある。常人の神経では慣れるまで困難だろうと気を使った結果であった。

 さて、ここで零一と勇太を見つめる一つの視線がありまして。

―― 気のせいかなぁ。
    あの猫ちゃんと工藤さん……似てる……よね……?
    あれ? たしかあの猫ちゃんも工藤って名前だったような……あれ? あれ?

 視線の正体は由聖である。
 少し前に行われた花見でであったチビ猫獣人と勇太の姿が被るのは何故だろうかと彼は首を捻る。同じ「工藤」と言う名前。今目の前に居る「工藤 勇太」がもし五歳児くらいまで年齢が戻ったとしたら……。

「由聖、何を考えてんだ?」
「ううん、なんでもない」

 零一に声を掛けられ由聖は首を左右に振る。悩んでいても仕方が無い。今は送別会の準備が重要。いつかまた機会があれば本人に直接聞けばいいことだ――そう由聖は心に決めた。

「さて残りは食事かな。そんなに手の込んだものは作る予定じゃないけど、カガミも居るし量は作れるから大丈夫だよね」
「おう。そうだな。あいつら美味けりゃ割となんでも食べるから」
「え、ミラーとカガミが作るのか!?」
「「 このメンバーの中で他に誰が候補に上がると思う? 」」

 勇太の突っ込みにカガミとミラーが同時に声を揃えた。
 スガタは料理が得意ではないと言う。フィギュアに至っては足が悪く厨房に立つ事すら出来ない。ならば不思議空間もとい、不思議な力でぱぱっと料理を出してしまえば良いと思うのに彼らはそれを拒んだ。

「お見送りをするのに手料理じゃないのはつまらないよ」
「アイツらに鍛えられた腕前を披露するのもこれで最後かもしんねーし、パーッと頑張るさ。その間にお前らは他に出来そうなことをやっといてくれよな」

 そう言って二人は厨房の方へと足を運ぶ。
 その姿を見て勇太はハッとすると。

「待った、俺も手伝うー!!」

 元気よく駆け出す足音。
 そんな彼を微笑ましく見ながら残された四人は、まだ残っている飾り付けや社達に送るメッセージカードの作成などに精を出すことにした。

■■【scene4:送別会】■■

 飾られた室内。
 作り上げられた沢山の料理。
 常ならば見られないパーティの光景に今回の主役である三日月 社(みかづき やしろ)といよかんさんは目を輝かせた。

「うっわー、凄いね♪ これは僕も嬉しくなっちゃうよー!」
「けーき、も、ある~……」
「あ、これはカガミ作かな? どれどれ、今日は厳しく採点しちゃうよん☆」
「お前は最後までその対応かよ」

 そして始まる送別会。
 立食パーティだったため、ミラーはフィギュアの為に好きな料理を皿に取り、彼女の元へと給仕する。さながら彼女専用の執事のように。
 スガタとカガミもまた社といよかんさんに声を掛け、各々楽しそうに笑いあう。これが例え最後になったとしても彼らは悔いを残さぬように。

 そんな二人を――特にいよかんさんと仲の良かったスガタを見て「寂しいだろうなぁ」と勇太は思う。だがスガタはそんな素振りは一片も見せない。いつも通りに接して、いよかんさんを抱きしめて、好きだと公言してるだけ。
 呼ばれた勇太、由聖、零一は仲良しだった四人が別れる事を名残惜しく思う。付き合いが長い分尚更だろう。だが彼らが笑っているなら、自分達が悲観する必要はどこにもない。
 勇太も短い付き合いであったが彼女達と楽しい時間を過ごした。だけどそんな自分よりの何倍も付き合いが長かったであろう彼らが泣かないのだから自分も泣かないのだと決めた。
 ……心の中では涙を流しても、だ。

 やがて時間は進み、送別会も終わりの気配を見せる。
 先に動いたのは由聖だった。彼は社といよかんさんの傍に寄り、視線を合わせる。そして柔らかく微笑むと唇を開いた。

「お花見の時は呼んでくれて本当にありがとうね。とても楽しかったよ。お引越し先でもきっと元気でね」
「にゃはは、元気元気! 大丈夫! そっちも元気でねん☆」
「ほら、零一も」
「まぁ……なんていうか……あん時は世話になったな。あんたら異界のもんは俺ら人間よりすげー力持ってんだろうし、どこへでもやって行けるんだろ? 俺もいよかん見る度にあんたらの事思い出してやるからよ」
「ふくざつー……」
「お前いよかんだろ!? 何も可笑しくないだろうが!」

 由聖に肘で突かれた零一は自分なりに言葉を送ったけれど、いよかんさんからは非常に生暖かい視線が送られてしまった。だが自分は間違っていない。零一はそう己に言い聞かせた。
 そしてそんな彼らに近付いてきた勇太はばっとしゃがみこみ、いよかんさんの針金のように細い腕の先に付いた丸い手をがしっと掴む。次いで深呼吸を数回繰り返してから真剣な眼差しで言った。

「最後のお願いがある。一度剥かせてくれ」
「きゃー……! いよかんごろし~!」
「ちょ、ちょっと工藤さん、僕のいよかんさんに何をする気!? セクハラだよ!?」
「え、これ剥いたらセクハラなの」
「セクハラ発言に取られても仕方ないねん♪ にゃっははー☆」
「――ったく、ほら。これ弁当」
「んにゃ?」

 勇太は手に持っていた自作の弁当を社の腕へと手渡す。
 これには社本人が目を瞬く。そう、勇太はこれを作る意味もあり、厨房へと手伝いに走ったのだ。

「もしかして僕達の為に作っちゃってくれたり~?」
「おう! 向こうで食べてくれよな」
「にゃっははん。胃薬準備してから食べるよん~☆」
「きゃー、……スリル~……」
「バーカ、旨くてびっくりするなよ!」

 そう言って社の額を人差し指でつんっと優しく突く。
 社は貰ったばかりの弁当をそれはそれは大事に自分の胸に抱きかかえると、少しだけ恥ずかしそうに……でもいつもの笑顔で言った。

「皆有難うねん! これ向こうでちゃんと食べるから☆」
「ありがとー……」
「はい、社ちゃん。これメッセージカード。全員から一言ずつ書いてもらったから後で見てちょうだい」

 フィギュアの手から差し出されたのは可愛らしいメッセージカード。
 社はそれを彼女の手から受け取ると、こくんっと一つ頷いた。暫く顔を伏せていたけれど、社は顔を上げ、それから手を振った。

「じゃあ、またね」
「まーたーねー……」

 そう言って彼女達は場を後にする。
 どうか、どうか幸せに。
 どこかの世界でも幸せに暮らして、笑っていてね。

「アイツらならどこに行ったって自由気ままに生きれるさ」

 一瞬だけ寂しそうに呟いたのはカガミ。
 ただ一つ言えるのは――それでもさよならは言わない。

……fin.

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】
【7587 / 飯屋・由聖 (めしや・よしあき) / 男 / 17歳 / 高校生】
【7588 / 阿隈・零一 (あくま・れいいち) / 男 / 17歳 / 高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
【共有化NPC / いよかんさん / ? / ?? / いよかん(果物)】
【共有化NPC / 三日月・社(みかづき・やしろ) / 女 / ?? / 三日月邸管理人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、今回は送別会へのご参加有難うございました。
 今回で三日月邸の方々とはお別れとなります。本当に長い付き合いでしたので寂しい想いからこの話を依頼として出させて頂き、集まってくださって有難うございました。
 心から感謝いたします。
 そしてNPC達にも優しい言葉を頂いて嬉しかったです。
 ではまた別の話でお逢いできる事を楽しみにしつつ失礼致します。

カテゴリー: 01工藤勇太, 蒼木裕WR(勇太編), 集合イベント型 |

三日月邸×花見×巻き込まれ騒動!?

「春ですねぇ」
「春だよなぁ」
「わがしぃー……!」
「いやー、今の季節には三色団子だよね~★」

 スガタ、カガミ、三日月社、いよかんさんの三人と一匹はそう言いながら縁側でお茶を飲む。四人揃ってずずずーっと飲むと一気に心が和んだ。庭には満開の桜が咲いていて、のほほん雰囲気。スガタとカガミの住む異界では絶対に見られない春の景色だった。
 カガミが置いてある三色団子に手を伸ばす。するとその手の上に何かが乗った。なんだろうと見れば、いよかんさんもまた手を伸ばしていたのだ。
 じぃーっと二人が見詰め合う。目の前にある団子は残り一個。
 此処で譲り合いの精神が生まれるかと思いきや……。

「お前果物だろ!? 本来なら食われる立場だろ!? 何ナチュラルに団子食ってんだよ! 遠慮しろよ!」
「あーん……いまさらのこといっていじめる~……くだものはくがいー……! ぼくもー……おだんごたべるぅ~……!」
「あー! カガミんったら謎でナマモノないよかんさんを虐めてる~! と、言うわけで最後のお団子は僕がもーらった!」
「「ずるー!!!」」

 カガミといよかんさんが争っている間にあーんむっと社が残りの一本を一口で食べた。
 生憎、もきゅもっきゅっと幸せそうに食べる彼女に二人……ではなく、一人と一匹は逆らえない。そんな彼女の隣に座っているスガタがこぽぽぽぽっとお茶を注ぐ。こちらもまた幸福そうにお茶を啜っていた。
 見上げれば、ぽかぽかお天道様が三人と一匹を照らす。カガミが「洗濯日和だなぁー」とぼんやり思った。どうやら社にこき使われているせいで主夫根性が身に付き始めているようである。

「そうだ! 春も来たし、こんな日にはお花見なんだよね~!」
「ああ、いい考えですね」
「そうだな、いい考えだな」
「おはなみぃー、おだんごー!」
「そんでもって、外の人を巻き込んでわいわい騒いだら楽しいよねっ★ 僕ってばあったまいいー!」

 両手をぱんっと叩き合わせて自画自賛をする社。
 そんな彼女の発言に二人と一匹は首を傾げた。

「どうやって外の人連れて来るんです?」
「どうやって外の人連れて来るんだよ?」
「なんぱー? へい、かのじょー……?」
「え、そんなの簡単じゃん」

 二人と一匹の疑問を受けた社は立ち上がり、すたすたと歩く。
 そして目の前に沢山並ぶ扉の一つに手をかけ、勢い良く開いた。
 ―――― すると。

「うわっ!」

 扉の向こうからこんにちは。
 そんなイメージで人間がばったーんっと三日月邸に転がってきたではないか。その突然の訪問者にびくぅ! っと怯えたのはいよかんさん。片足をぴっと上げ、両手を軸足の方に寄せた格好で固まってしまった。

「ね、こうすれば簡単でしょ~? それにこうやって集めた外の人間に何か芸をしてもらったら楽しいしー?」

 自信満々の笑顔で社が言う。
 三日月邸に存在する扉は『何処に繋がっているのか分からない』ものや『再度開くと違う場所に繋がっている』ものが多々ある。そんな扉の向こうには当然外の人が居ることも多く、迷い込んでくることも多い。社はにまぁーっと笑うと、扉を閉めてもう一回開いた。

 ばたん!
 ごろごろ。
 ばたん!
 ずっべーん!!

 開く度に外の人間が転がり込んでくる様子に、スガタとカガミは開いた口が塞がらなかった。

■■【scene1:工藤 勇太(くどう ゆうた)の場合】■■

 黒髪短髪、ある事情により瞳の色が緑に変色したある高校生男子、工藤勇太。
 彼は今己が通う高校にて重要なソレを受けている。高校生ならば誰もが経験するもの。無事にクリアすれば少しばかり気が楽になるソレ――つまり、学校の小テストの最中だ。
 彼は机に置かれたそれに必死にシャーペンを走らせる。周囲の生徒も同様だ。だが彼は急に己の身体が後方に引っ張られるのを感じた。それは一個人が悪戯に引っ張ったものではなく、空間自体が彼を引き寄せたといっても過言ではない。そのため行き成り椅子がぶれ、勇太は目を思い切り見開いたまま後ろにすってーんっと転げてしまった。
 受身を取る余裕すら取れず倒れた彼は「痛い」ともなんとも声をあげず、そのままの姿勢で周囲の状況を把握するために視線を巡らせた。

「おい、社」
「はにゃん?」
「おい、いよかんさん」
「いらっしゃ~い……」
「おい、スガタカガミ」
「「 交ぜるな危険 」」

 知り合いである四人が勇太に対して視線を集める。
 そして当の勇太と言えばこの四人がいる状況かつ己がいる場所――つまり日本家屋の一つへと召喚されてしまった事実をなんとなく理解し……。

「…………俺の小テスト終わった……」

 未だそのままの姿勢でしくしくと彼は己の境遇に泣いた。

■■【scene2:レイチェル・ナイトの場合】■■

 腰までのウェーブがかった金髪の可愛らしい外国人の十七歳少女である彼女は今、己の赤い瞳を輝かせ心を喜びに満たしていた。腕は一人の男性の腕に絡ませ、男性の方も彼女の愛らしさにでれでれである。更に男も美麗といっても過言ではなく、少女をエスコートする仕草も手馴れておりレイチェルの気分は上昇するばかりである。

―― 久々のイケメンげっとぉー! うっしゃおらぁ!

 逆ナンパに成功した彼女は心の中でガッツポーズを取る。
 そして「お兄さんの知ってる良いお店に行ってみたいなぁ」と愛嬌を振り撒きながら二人して一件の店に入ろうとする。それはもう雰囲気のいい店で、レイチェルは今日はこのままイケる!! と内心確信したほどであった。
 だが意気揚々と彼女はお店の扉を開いたはずが急に何かに引っ張られる感覚に陥り、そのままふにゃんっと空気が歪むような感覚に襲われる。一体何が起こったのかと周囲を見渡せば、まず今まで一緒にいた男性の姿がない。

「ここはどこ!? イケメンはどこいった!?」

 素の言葉を発しながら彼女は現状を把握しようと必死に左右に首を向ける。
 だが視界のどこにも逆ナンパに成功したばかりの例の男性はいない。むしろ場所は日本家屋のひとつであることに気付き、目が思わず点になる。「可笑しい、確かイタリアンの店に自分は入ったはずなのに……」と困惑し始めた彼女を責める者はいない。

「おや、後ろからいらっしゃいませ」
「お、いらっしゃい。これで二人目の犠牲者だな」
「犠牲者って言い方は悪いよ。参加者って言おうよ」
「だっていきなり花見に強制参加させられんだぜ?」

 ふと二人分の会話が聞こえ、やっと彼女はその相手を認識する。
 双子だと思われる黒髪の少年。しかしよく見ればその瞳の色が左右で違っている事が分かる。レイチェルはその双子を見て自分が逆ナンパした男性の姿を思い出す。確か彼もこんな感じの黒髪の青年で――。

「……縮んだ? ……というか分裂した!?」
「「 そもそもその男とは関係ないんで 」」
「あのイケメンはどこー!!」

 二人が声を揃えて一斉に否定の声を発したが、レイチェルの混乱は止まらない。
 ふとそんな彼らの足元に誰かが倒れている姿が見える。そしてその向こうには推定、女の子だと思われる子供と小さくて細長い何かが次の戸を開こうとしている様子が目視出来た。
 だが彼女の目を引いたのは足元の男。倒れこみ、しくしくと泣いてはいるがどうやら高校生男子っぽい。

「あらちょっと貴方大丈夫!? もしかして頭とか打ったんじゃないかしら。それなら応急処置とか救急車の手配をしなきゃいけないわね」

 二人を押しのけ、レイチェルは倒れている高校生――勇太へと素早く駆け寄る。そしてその姿を見ると内心きゅんっと胸が高鳴った。情けない格好ではあるが、勇太はレイチェルの好みばっちりの相手だったからだ。これは逃す手はないとばかりに介抱しようとあれやこれやと手を貸し、最終的には彼を起こすために身体を密着させるという行為にまで出た。
 だが勇太はそれどころじゃない。見知らぬ女性に介抱されるのは悪い気はしないが、彼にとっては今それよりも大事な時間が失われてしまったからだ。

「う、……俺もう死ぬ」
「えぇぇぇ!? 駄目よ。あたしが傍に居る限りは死なせないんだから!」
「はっはっは、小テストごとき受けられなくなったからって死ぬとかお前ばっかじゃねー?」
「――え、小テス……ト?」

 レイチェルは勇太と双子の片割れの会話に耳を疑う。
 二人からかくかくしかじかと説明を受ければ、なぁんだと内心呆れてしまうのも仕方が無い。だが勇太から離れる事をしない辺りはちゃっかりしていた。

「言ったな、カガミ! お前高校生の小テストがどれだけ後々の期末テストとか内申に響くか知らないから言えるんだ! くっそー! こうなったら俺も花見楽しんでやるー!」

 どうやらレイチェルが介抱している高校生男子は既に彼らと知り合いらしく、言葉からそれなりの付き合いである事が判断出来た。そして先程説明して貰った話の中で自分が「花見」とやらのために強制的に「三日月邸」という屋敷に飛ばされてしまった事も。
 確かに庭を見れば満開の桜。
 通学路にも桜は咲いているが日本庭園という場所での花見はそれはもう絶景で、レイチェルは「これはこれで有りかしら……?」と勇太の方をちらっと見る。どうやら今の彼女のターゲットは勇太の様だ。

「よし、工藤 勇太! 余興としてチビ猫獣人に変化します!」

―― why?

 いきなり何を宣言するのかとレイチェルが首を捻った瞬間、ぽふんっと言う可愛らしい音と共に勇太がその身体を唐突に変化させた。
 服装は白水干に操作、そして外見も中身も五歳児になった彼には猫耳と尻尾、それから手足には見事な猫手と猫足があり、半獣そのものの姿になっている。彼はふふんっと胸を張り、そしてカガミに向かってどかーんっと体当たりに近い抱擁をぶっかます。

「――はっ。ちょっとー!! またイケメンが消えたじゃないー!!」

 レイチェルが勇太の変化に驚く事数秒。
 彼女は心の底から思い切り自身の欲望を口にしてしまう。彼女のターゲット年層は十七歳~二十三歳あたりの可愛い系が好み。スガタとカガミでは若すぎるし、先程までの勇太ならともかく今のチビ猫獣人では論外なのであった。

「もー、なんなのよー! 何が花見よー! 花より男よー!」

 説明を受けて理解して落ち着くが、理不尽にこんな状況になりやや不機嫌になってしまった彼女をフォローするものはまだ現れていなかった。

■■【scene3:飯屋 由聖(めしや よしあき)&阿隈 零一(あくま れいいち)の場合】■■

 彼らは常に一緒だった。
 その浄化能力の高さ故に悪魔に常日頃から狙われる由聖を護る為、悪魔に対抗出来る能力持ちの零一が傍にいる――それが当たり前の光景。だが悪魔から由聖を護るという事はそう簡単な行為ではない。時に傷付き、時に残虐な光景を、悲鳴を聞かなければいけない。更に言えば零一が傷を作る事を良しとしない由聖は、自分が「護られる事」に対して苦渋の感情を覚えていた。
 そして悪魔というヤツは空気を読まない。いつどこで何をしてようが由聖に隙あらば彼を滅しようと襲い掛かってくるのだ。そして今日も――。

「だから君はどうしていつもそうなんだ!」
「そういうお前だっていつも無茶しやがるだろー!」
「無茶なんかしていない! 大体僕にだって悪魔から身を護る方法くらい持って――」
「完全に護れるなら俺だってお前の事心配なんてしねーよ! だけどな、――」

 悪魔との戦闘後、いつもの如く二人が喧嘩していた折だった。
 突如広範囲の穴が足元に出現し、二人はそれを避ける事が出来ず吸い込まれるのを感じてしまった。新たな悪魔の襲撃か!? と零一は構えるが時は既に遅し。

「んぎゃー!?」

 零一は哀れな事にもろに頭から落ちて撃沈する。悶え苦しみながら打ったばかりの頭を両手で押さえ、なんとか体勢を立て直そうとする。悪魔の仕業ならば悠長に転がっていられない。

「いたた~……――……何ここ?」

 しかし隣からは一緒に落ちた由聖がちょっと間抜けた声で同じように起き上がろうとしている姿が目に入った。どうやら彼はまだ無事のようだ。だがまだ安心は出来ない。零一は周囲を見渡す。
 桜が満開の日本庭園と家屋、そしてそこに集う数人の人間と人間っぽいものの存在があった。そしてその中の何人かは現れた零一達を見て「……ああ」と同類を見るような視線を送った。
 零一は本来の癖で彼らから由聖を隠すように前に立つ。まだ警戒心は解けていない。確実にどこかに飛ばされてしまった事には間違いなく、それが出来るのは「人間ではない」と主張しているようなものであったからだ。

「ようこそ、いらっしゃいなのん☆ さあ、そろそろお花見を始めよっか、にゃはは♪」
「はぁ? 花見、だと」
「かくかく、しかじかー……」
「このミカン、喋った!!」
「あーん、みかん……ちがぁう」
「な、何だ!? 悪魔の新たな手法か!?」
「そこの人間! 僕の説明をよぉーく聞くようにねん! じゃないと一人で強制送還しちゃうんだから~☆」

 そうして最後の扉を開いた社といよかんさんが二人に適切な説明をし始める。
 この三日月邸に存在する多くの扉が居空間に繋がっている事。そして暇だったからお花見をしようという事。その為に面白い事をしてくれる外の人間を呼び寄せた事。かつ、現在場に居る異形の者及び呼びつけた人間達の紹介もきちんとする事も当然忘れない。
 その説明を聞いて由聖はふむと一度頷く。零一は目を細め、訝しげな表情を浮かべた。
 最初に声を発したのは由聖の方。彼はにっこりと人好きのする柔らかな笑顔へと表情を変える。

「やぁ。可愛らしい住人さん達だね。僕は飯屋 由聖。宜しくね」
「俺はまだ花見に加わるとは言ってねぇ」
「――と、言ってる無愛想な彼は阿隈 零一。僕達は同じ高校に通う幼馴染なんだ」
「無愛想はともかく、お前は何挨拶してんだよ! もしかしたら悪魔の手先かもしんねえんだぞ!? 見ろよ、あの女と男! 二人とも猫耳なんて生やしてて、しかもミカン――じゃねえ、いよかんが喋ってんだぞ! お前はもう少し状況を警戒し――」
「零一、煩い。さっき……えっと社ちゃんだっけ? 彼女が花見をするために呼んだんだって説明してくれたじゃない。親切に説明してくれたこんな可愛いコ達が悪魔なわけないじゃない」
「お前、なぁ」

 普段から油断しすぎなんだよ、と文句を口に出そうとするが、既に由聖自身が花見に参加する気満々である。猫耳少女に少年。双子少年。それから喋るミカン――ではなく、いよかん。それに。

「あら、イケメン発見ー! やったぁ!」

 連れて来られたメンバーの中に外国人美少女が一人。
 今まで不機嫌だった事が嘘のように彼女は現れた由聖と零一の姿に目を輝かせる。特に可愛いもの好きの彼女的には由聖の方がツボだったらしく、とても丁寧な挨拶と対応をした彼に心を定めた。熱い視線を由聖に送るが彼は鈍く、中々その視線に気付かない。「鈍感なところも可愛いわ」とレイチェルはぐっと心の中で拳を思わず握った。
 当の由聖は花見の準備を始めているスガタとカガミの手伝いをしている。だがふと、カガミの傍に寄り添うようにいるとても小さなチビ猫獣人を見つけると首を捻った。

―― あれ……? この猫ちゃん。どこかで見たような……?

「あの、君どこかで出逢った事ない?」
「にゃ!? あるわけにゃいにゃ! 俺様五歳児にゃん!」
「うん、そうだよね。変な事言ってごめんね。……と、これを向こうの桜の下に運べば良いのかな」

 スガタに確認を取るように言えば、肯定の声が返ってくる。それを受けて由聖はにこにこと機嫌良く団子が大量に乗った皿を桜の下に敷かれた茣蓙の上へと運んでいく。もうすっかりこの雰囲気に溶け込んでいる由聖を見ると零一は一回だけ溜息を吐いた。結局彼が危険に陥らないなら零一も警戒する必要はないのだ。

「ちぇ。――おい、お前ら。こっちの飲み物も運べばいいんだよな」
「宜しく!」

 なんだかんだと自分は由聖に甘いと零一は再認識しながら急須の乗った盆を運びに掛かる。
 背を向けてしまったせいか、カガミの足元にいるチビ猫耳獣人がじぃーっと由聖を見ている事に気付かない。

「なあ、勇太。お前もしかしてあの飯屋って男と――」
「お、俺様は逢ったことないにゃ! 今の姿の俺様にはないにゃー!!」
「あーあー、はいはい。了解した」

 そんな会話がカガミと勇太の間で交わされている事など由聖も零一も当然知らない。
 カガミは『視る』必要すら感じないと思ったのか、ひょいっと勇太を抱き上げると茣蓙の方へと向かう。

 三日月 社、いよかんさん、スガタ、カガミ、工藤 勇太、レイチェル・ナイト、飯屋 由聖に阿隈 零一。この合計八人での花見が今、開始された。

■■【scene4:花見でドタバタ!】■■

―― ふふ、あの双子っぽい二人を見た時はあと五年ってとこかなーって思ったけど、イケメン二人がいれば問題ないわ!

 レイチェルは由聖の右隣に素早く座り、そしてなんやかんやと世話を焼く。
 それはもう「お前はホステスか」と突っ込みたくなるくらいの接待であった。由聖の分のお茶が無くなればすぐに換わりの茶を注ぎ、団子に手を伸ばそうとすれば彼女が素早く由聖の専用の小皿へと運ぶのである。

「有難うございます、レイチェルさん。でも今度は僕がお茶をお淹れ致しますね」
「由聖クンにそうしてもらえたらあたし嬉しいなぁ~。あ、はい。零一クンの分のお茶よ」
「ん、悪ぃ。アリガトな」
「あら、おだんご意外とおいし♪」
「本当に美味しいですね。全然安物の味じゃないし、これはむしろ得したかも」
「俺はスーパーのヤツでも良いけど、やっぱ高級のもんは格別だな。よっしゃ、もう一つ喰う!」
「ああん、零一クンはどれを取るの? あたしが取ってあげるわ」

 レイチェルの接待――それは当然同じようにイケメンと定めた零一にも行われた。彼の場所は由聖の左隣。一人分挟むものの、零一に物を渡す時に由聖にさり気無く近寄れるのも美味しく、良いポジションを取ったものだと彼女は自分自身を褒め称えた。
 零一は由聖ほど柔らかい雰囲気の持ち主ではないが、根は優しい人物ゆえレイチェルの対応には礼を言うくらいは反応を示す。その素っ気無さもある意味彼の魅力であった。それに乱暴な口調ではあるが、言葉数が少ないわけではない。同じ年代という事もあって、それなりに話題に困る事はなかった。三人が三色団子や大福を口に運びながら空を見上げればそこは見事に桜色で埋め尽くされている。

「カガミ、カガミ! 俺様にも団子にゃ!」
「お前自分で食えんだろうが」
「嫌にゃ! カガミの手から喰うにゃ!」

 カガミの膝の上を陣取った勇太は口を広げ、早く早くと団子を請求する。
 仕方なくカガミは目の前の蓬団子を掴むと勇太の口へと運んだ。傍目的には可愛らしいその光景に由聖がぷっと息を噴出す。レイチェルと零一もまた二人の仲良さに和み、茶を啜ったり団子を食べながら眺め見る。ちなみにレイチェルはちゃっかり由聖との距離を詰め始めていた。

「工藤さんはカガミさんの事が好きなんですね」
「皆も俺様を構えばいいにゃ! カモンにゃ!」
「そうねぇ。猫獣人も可愛い生き物よね。元が元だったし、あたしの膝に来る?」
「元って?」
「にゃー! 俺様は可愛い唯の五歳児にゃ! 元なんてないにゃ!!」

 レイチェルは勇太のチビ猫獣人化を目の前で見ているため、彼が高校生だった事を知っている。
 だが由聖、零一はそうではない。勇太は実は過去に由聖に出逢っている為、自分の今の姿と高校生の姿を結び付けられたくないため必死に言葉を誤魔化しにかかった。

―― うーん、工藤さんって本当に何処かで見たことがあるっぽいんだけど……誰、だったかな?

 由聖は時折そう頭の中でよぎる。
 しかし目の前のチビ猫獣人と高校生の勇太を結び付けるには要素が足りなさ過ぎる。此処で感応能力的なものを持っていれば話は別だが、彼には備わっていないため首を捻るばかりであった。

「いよかんさーん。ねー、聞いてよぉ~」
「ん、んぅー? なぁー……にぃ?」
「実はねぇー」

 レイチェルは自分の左隣に居たいよかんさんにも話し掛け、その生態や自身の事柄を話し始める。
 なぞ生物いよかんさん。そのフローラルな香りは食欲をそそると共に外見では癒し効果を放つ。レイチェルの言葉や相談にはまじめにいよかんさんも向き合い、うんうんと頷くばかり。――例えばナンパした男を此処に来たせいで逃した話とか。
 それをいよかんさんがほんっとーに真面目に聞いているかどうかは……残念ながら秘密である。

「零一、まだ警戒してるの?」
「そりゃあな。そもそも異空間に居る時点で警戒すんなって方が無理だっつーの」
「でも皆楽しそうだよ。零一もせっかくだから楽しもうよ」
「普通に招待してくれたっつーならまだマシだったんだろうけどよ。――ま、今更言ってもしゃーねぇ」

 ガシガシと頭を掻きながら零一は張っていた肩の力を抜く。
 いつの間にか喧嘩していた事も忘れ、二人は笑いあう。

「にゃっははー! 皆飲んでるぅ~?☆」
「社ちゃん、お客さん達は未成年だからお酒飲ませてないからね!」
「僕には関係ないもんねー! ふふん!」
「あーあ、テンション高くなっちゃって……」

 あっちでは猫耳少女社とスガタが二人で盃を交し合い。

「お?」
「うー……眠くなってきたにゃ~……」
「テスト勉強で睡眠不足だったもんな。それに五歳児で体力もねーし」
「あぅー……まだ遊びたいにゃー」
「少し休んだ後にまた遊べ。ほら」
「んぅ」

 向こうではカガミが急に二十歳ほどに成長し、チビ猫獣人勇太を膝の上であやし寝かせるという奇妙な光景が見え。

「やーん、うっそー! カガミクンってばイケメンにもなれたのぉ!? は、もしかしてスガタクンも?」
「スガタもねー、なれるよ~……」
「はいはいはーい、あたしスガタクンのイケメン見てみたいー!」

 隣ではレイチェルがイケメンセンサーを発動させ、スガタを青年へと変化させるという状態。
 なんて平和。
 これはなんて緊張感の無い花見。

「こんな状態であいつらが悪魔だとか疑うの面倒」
「ふふ、だよね」

 零一は両手を顔の隣まで持ち上げ降参のポーズを取る。由聖はそんな彼を見て、幸せな笑みを浮かべた。

■■【scene5-1:それぞれ(工藤偏)】■■

 勇太は眠っていた。
 花見の最中にカガミの腕に抱かれ、その体温に安心し深く意識を沈めていた。だがカガミは違う。彼は皆が騒いでいる中、勇太を寝かせるという名目で場を抜け出し三日月邸のある一室へと足を運ぶ。彼が向かった先は三日月邸内の彼の私室。不思議な空間である三日月邸だが、当然移動しない部屋も存在しておりそこはその一室だ。不躾ながら足で障子戸を開き、閉め、そして中に入ると布団の敷かれていない畳特有の香りが広がる和室を見渡した。
 勇太を下ろして布団を敷くべきか迷う。
 だが下ろそうとすると小さな手がきゅっとカガミの服を掴み、離れる事が出来ない。

「ホントに幸せそうな面で寝やがって」

 ふっと青年となったカガミが表情を緩める。
 それから相手の口端に付いた何かのカスを親指で拭い取り、そしてその親指をぺろっと舐めた。布団の敷けない状況。それなのに腕の中には可愛いチビ猫獣人。仕方なく柱へと背を預け其処に座り込むと腕の中の存在を改めて確認する。
 次第に変化の解けていく身体。五歳児だった身体は高校生のものへと変わり、服装も制服に戻っている。よっぽど疲れてしまったのだろう。遊びつかれた様子を感じ取った時から彼が元に戻る予感がしていたカガミはわざと花見席を離れたのだ。
 勇太はあくまでこの場ではチビ猫獣人で居たかったようだから。

「寝てる間に親切な狼に食われても知らねーぞ」

 すっと勇太に掛かる影。
 障子越しに二人の顔が重なったのを見たものは――恐らくいない。

……Fin.

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】
【8519 / レイチェル・ナイト / 女 / 17歳 / ヴァンパイアハンター】
【7587 / 飯屋・由聖 (めしや・よしあき) / 男 / 17歳 / 高校生】
【7588 / 阿隈・零一 (あくま・れいいち) / 男 / 17歳 / 高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【共有化NPC / いよかんさん / ? / ?? / いよかん(果物)】
【共有化NPC / 三日月・社(みかづき・やしろ) / 女 / ?? / 三日月邸管理人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、今回は花見への参加有難うございましたv
 四月末頃に遅咲きの桜を見て思いついたオープニングでしたが、無事開催出来て嬉しく思います。

 さて今回ラストが3つに別れております。
 5-1が勇太様(カガミとのBL要素有)
 5-2がレイチェル様(スガタとのちょっとしたラブ要素有)
 5-3が由聖様&零一様(若干BL要素(風味?)有)
 以上に別れておりますので、興味があれば自己責任で他の方のラストも読んでみて下さい。

 ではまたご縁がございましたら遊びに来てやって下さいませv

カテゴリー: 01工藤勇太, 蒼木裕WR(勇太編), 集合イベント型 |

始まりの音6

 抜き足、差し足、忍び足。
 例の一件の後、養生の為に眠っているカガミの部屋に姿を現したのは俺、工藤 勇太(くどう ゆうた)。普段は超能力高校生なんてやってるけど、ここ三日月邸ではチビ猫獣人として遊びに来る事が多々ある。今回は遊びに来たわけじゃないけど、カガミの希望もあってチビ猫獣人の姿になっていた。
 俺が昔捕らわれていた『研究所』関係にカガミを今回巻き込み、その際彼は大怪我を負ってしまったのだ。俺は起こさないように静かに歩み寄り、和室の畳の上に敷かれた布団の傍にちょこんっと座る。膝を抱え寝顔を見つめながら彼の怪我の原因――自分が自暴自棄になった際、自殺しようとしたのをカガミが止めようとした時俺を抱きしめる形を取った彼の背中を刺してしまったことを思い出す。

「……ごめんにゃ」

 ぽそり。
 そう擬音が付くほど小さな音はきっと今眠っているカガミには届かない。俺は自分を抱きしめる。そして膝の上にこつんっと額を乗せた。

 どうしてカガミはいつも俺を守ってくれるの?
 どうしていつもそんなに俺に優しくしてくれるの?

 ぎゅっと己の手に力を込める。
 あの時カガミは俺を抱きしめてくれた。強く強く抱きしめて、そして囁いてくれたんだ。

―― 俺がお前を掴む。
―― お前の悲鳴は俺が聞く。お前の苦痛は俺が和らげるから。

 あの言葉を聞いて俺は心の底から相手がカガミでよかったと思った。
 感情吐露は俺にとって恐ろしい領域だ。大事な人ほど巻き込めなくて逃げ出した俺。それでも追いかけてきてくれたカガミ。血塗れの手は彼によって掬い上げられ、そして俺の心も一緒に救われた。
 カガミが自分を抱きしめてくれた感覚を思い出す。ふわりと、胸のうちが温かくなっていくのを感じ俺は目を伏せた。

 ほら今思い出しても……嫌じゃない。
 むしろ心地よくて……安心する……なんでかな……。

 すぅすぅと規則正しい寝息を立てる彼の気配を感じながら俺は安心感に包まれる。
 傍に居るだけで幸せになれる存在。
 自分を包み込んでくる大事な、大事な人。あの時彼は初めて自分の事を名前で呼んでくれた。今までは「お前」だとか「<迷い子(まよいご)>」だとかしか呼んでくれなかったのに、あの時は「勇太」って言ってくれたんだ。自分を認識してくれている――それはなんて幸福な事。

 それでも俺はカガミにとって<迷い子>の一人にすぎないけど、ひとつ言える事があるよ……。
 高校生の姿の時じゃ恥ずかしく言えないけど今なら言える。

 こくっと小さく唾を飲み込み、勇気を出す。
 小さな猫獣人だから言えるのか、それとも眠っている相手だから言えるのかは分からない。でも言いたい。この胸の奥に産まれてしまったこの想いを。

「カガミ大好きにゃ」

 大好きだよ。
 高校生の俺じゃ恥ずかしくて本当のお前には言えないけど、今は口にするよ。子供のお前も、青年になったお前も、俺の事を真っ直ぐ見てくれてどの状況下でも俺の事を護ってくれる。カガミはぶれない。外見に戸惑わされず、ただその名が有するように「鏡」のように全てを露呈してくる存在だ。俺が怖がっていた事も、不安に思っていた事も知っていて彼は行動するから、だから――。
 なんて、愛しい。

「ホントか?」
「にゃ!?」

 がしっと小さな腕が青年カガミの腕に掴まれ、思わずぴんっと尻尾が立つ。
 俺は焦って逃げ出そうと足掻くが、しょせんは物理的な力の差は五歳児と青年とでは一目瞭然。ずりずりとあっという間に布団の中に引き込まれてしまい、俺はじたばたと肉球のついた手でカガミを押す。

「――っい!」

 だがカガミが怪我を負っている事実を思い出し、ぴたっと暴れるのを止めた。痛みに顔を顰める相手をこれ以上蹴ったり押したりなど出来ない。全ては自分が悪い。そう全面的に認めているだけあって、強気になど出れない。俺はおとなしくカガミの腕の中に納まることを決意した。

―― どうしよう。ほっとする。

 青年の腕に納まった自分。
 向かい合うように抱きしめられれば、俺はすっぽりとカガミの腕の中に簡単に納まってしまった。抱き枕にしたいのかな? そう考えて静かに静かに身を委ねた。
 嗅覚も猫並みになっているのかカガミの香りがより強く感じられてすりすりと寄る。幸せそうな笑みを浮かべてしまうのはもう仕方ない事だ。
 だがカガミはぐいっと俺を引き剥がす。布団に引きずり込んだのはカガミなのにどうして引き剥がしたのか分からず俺は疑問の視線を送った。

「おい、元の姿に戻れ」
「にゃ? いいけど」

 言われ、素直にチビ猫獣人の姿から高校生の俺へと姿を戻す。衣服は高校の制服だった。
 カガミはそんな俺に対して「よし」と一言呟いてから再度俺を引き込んだ。おかしい。何かが。――何かが、可笑しくないか?
 かぁっと顔に熱が集まってくるのを感じ、俺は戸惑う。だって抱き枕にしたいんだろうと思っていたからカガミの腕の中に居たわけで、高校生男子の俺は抱き枕にはちょっと大きすぎるんじゃないだろうか。っていうか逆に抱き心地は悪いと思う。
 なのに抱きしめられているのは、何故?

 やがてごそっと言う音と共にまずブレザーが肌蹴られる。
 そして次に下のシャツに手がかかり、そこからカガミの手が差し込まれた。

「え? え? えええ!?」
「ボタン引き千切っていいか? 外すの面倒なんだけど」
「何がー!?」
「いいや、えい」
「ぎゃー!!」

 俺の了承なく、カガミがシャツを左右に思い切り開きボタンが飛ぶ。
 畳の上を転がっていくボタンを見て「ああ、なんかごめん」と思ってしまった。ここは夢の世界で、現実世界では俺の制服は無事なんだろうけど――何か理性が邪魔をする。
 体温が俺の身体をゆっくりと這う。
 大事な人の手が、唇が、時々痛みを伴ってそこに痣が付く感覚がして――……。

「って……あれ? カガミ怪我は? 平気なの?」

 引き攣った表情のまま俺は問う。
 この先の行為に関しては拒絶はしない。しない――けど。けど、けど!!

「あー、なんなら舐めてくれるか?」
「なんかフェチっぽいんだけどー!!!」

 そう言って俺を色んな意味で翻弄するカガミ。
 今繋がっているのは身体でしょうか。心でしょうか。上がる息の合間に俺は自分に問いかける。そして俺の上に覆いかぶさっているカガミはと言えば着物を肌蹴させ、隙間から包帯を覗かせている。だけど妙に色っぽさを感じる俺の脳内はもはや重症だ。そんな彼は己の肌も熱の色に染め上げながら笑う。

「そりゃ、心身ともに繋がってんだよ」

 やっぱり心を読む相手には叶わない。
 俺は乱れる息では文句もいう事すら出来ず、ただただカガミにしがみ付きながら相手の背中に爪の痕を残す事にした。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、番外編です。
 はてさて、BLに挑戦という事でどうでしょうか?
 いつも以上にアレな展開なので内心どっきどきで納品させて頂きます。

カテゴリー: 01工藤勇太, 始まりの音, 蒼木裕WR(勇太編) |

始まりの音5

「新たな能力者だ! なんて素晴らしい!」

 研究員が感極まって叫ぶ。
 俺とは違う新たな能力者が見つかって嬉しいと全身で表現し、笑顔を浮かべていた。カガミすら標的に入れやがった初老の研究員を俺は睨み付ける。彼の前には能力者が二人立っていて、上司の命令を今か今かと待っていた。
 俺の傍にはカガミがいる。彼のその背中には俺が自殺しようとした時に止めに入った時に受けた大きな怪我が存在しており、今も尚彼の衣服を赤く染め上げていく。本来の彼ならばすぐに修復出来る傷だろう。だけどそうしないのは目の前の研究員をこれ以上喜ばせないためと容易に予想出来る。ただでさえ「飛んで」きてくれたカガミにはこれ以上負担は掛けられない。

―― カガミには絶対に危害を加えさせない!

 俺はすっとカガミを庇う様に身体を引いた。
 自己修復能力を使用出来ない以上、これ以上カガミが場にいる事は様々な意味で危険だ。自分が研究員達に捕まる事も、カガミの怪我を長引かせる事も得策じゃない。

「カガミ飛べるか? 先にここから離れろ」

 俺は暗に逃げろ、と彼に言う。
 後ろを振り返らずにそう伝えたので、カガミが今一体どんな表情をしているのかなんて分からない。分かっているのは自分が彼を護るという意志を強く抱いている事。その為に自分が一体何をしなければいけないのか――それだけだった。
 まだ若干心の震えが止まらない。
 研究所での日々がトラウマ過ぎて心身ともに怯えが生じているのは悔しい事だ。

―― でも……、自分の為じゃない。
    カガミの為……、大切な存在を守る為にならやれる!

「……アンタも自分の実験研究の成果をみたいだろ? 見せてやるよ!」

 そうして俺は心を奮い立たせる。
 次いですぅっと息を吸い、そして何度か吐き出し深呼吸を繰り返した。俺は願う。心の底から願う。今この場にいる大切なものを護れるのは俺だけだ。
 俺が選択したのは普段無意識に掛けている能力のリミットを外す事。「普通の人間」として過ごす為に調節しているそれを心の中で具現化し、強く願う。

―― 外れろ、外れろ、リミットよ、外れろッ!!

 薬物投与によって研究所時代はリミットの解除を余儀なくされていた事を意識の隅で思い出す。自分が自分では無くなってしまうあの感覚が次第に自身の精神を侵し始めるのを確かに感じていた。ピリピリと肌が痛む。周囲の地面が揺れ、転がっていた小石やらがカタカタ微動していた。

 目の前の能力者達が襲い掛かってくる。
 彼らは人工物。オリジナルは決してイミテーションになど屈しない。
 ゆらりと意識が混濁する。俺は口をくっと持ち上げて彼らに嗤った。カチリ、と何かが外れる音が心の奥で聞こえた――これが合図。

「さあ、戦闘開始だ」

 ドォォォオオンッ!! と激しい爆風が起こり、それと共に周囲が破壊される。
 風によってあっけなく弾き飛ばされた能力者達は身体を地面に擦るように転がり倒れていく。だがそれでも強風の中、俺を捕らえようと立ち上がってくる。それは本当に彼らの意思なのか。それとも研究員によって操られている意識なのか。人形、からくり、傀儡(かいらい)、もしかしたらそんな存在になってしまっているのかもしれない。

「可哀想になぁ。俺の相手をさせられてよう……だが、これも運の尽きだと思って諦めてくれよ。な?」

 俺は手の中に力の塊の剣――透明の刃<サイコクリアソード>を彼らにも見えるよう出現させ、それを強く握り締めながら地面を蹴った。テレポート能力を応用したスピード勝負。彼らは俺の速度に追い付く事が出来ず、ただ攻撃が当たる寸前をかわすので手一杯。一対二であるというのに所詮は薬物によって無理やり能力を引き出された存在に過ぎない。

「おらぁぁ!! お前達の能力はそんなもんかよッ!!」
「――ッく、速い!」
「駄目駄目じゃん。死ねよ。いっそ、死ね。あいつらに飼い殺しにされる人生よりマシだぜ!!」
「きゃぁああっ! 駄目ッ、力の差が大きすぎる!」

 純粋な能力者である俺に敵うものなら抗えば良い。
 同じ様に強く、強く俺は抗おう。この身を怒りに浸しても尚、俺は戦ってみせる。お前達、『研究所』の人間から――!

「流石だね。これでは分が悪すぎる――お前達。一旦引くぞ」
「「はっ!」」
「工藤 勇太(くどう ゆうた)君。君がその能力を保持し、揮えば揮うほど我々にとって君の価値は上がっていく。より貴重な存在として扱われるのだよ。確かに君を連れて行くことも今回の目的ではあったが、それが出来ない場合は能力の記録を優先としていてね……くくっ、君の価値はまた一つ上がった。それに新たな能力者も見付けた。――君はその事を決して忘れてはいけないよ」

 能力者達は上司の命令に従い、俺から身を引く。
 そして研究員を二人で囲むと彼らが保持しているテレポートで逃走を図ろうとした。しかしそれを逃す意志は今の俺の中にはない。『研究所』は排除しなければいけない。俺に害を成すものは、俺の大事な存在を傷付ける者は逃がしてはいけない。

「待て」

 だがテレポート能力を阻止しようとする俺を、更に肉体的に阻む存在が其処には居た。脇の下から腕を差し込まれ、綺麗に羽交い絞めにされた俺は動きを止めざるを得ない。

「もう充分だから落ち着け」
「……カガミ!? まだいたのか!? ……って、あ、あれ……?」

 逃げたと思っていた存在、カガミが俺を抱いている。
 背中から羽交い絞めにしていた腕は柔らかく胸元に回り、そして落ち着かせるように俺の耳元で言葉を綴っていた。小さな姿のカガミではない、青年のカガミは俺よりも大きくてそれだけで少し……いや、大分力が抜けていく。
 カガミは逃げてなどいなかった。ずっとこの場に居続け、俺を見守ってくれていたんだ。心がばくばくと早鐘を打つ。久しぶりに力を最大限まで発揮させた反動か、それともカガミが去らなかった事に対して驚き気が抜けたのか、はたまたその両方かは分からない。
 だが――。

「よか……った」

 理性を取り戻すと同時に俺の身体は崩れていく。
 気絶した俺をそっと横抱きにし、そして優しく胸元に抱き寄せてくれたのは――やっぱりカガミだった。

■■■■■

「はにゃーん。そんな事があったんだねぃ~。お疲れ様☆」
「わがしー、……たべるー?」
「カガミが工藤さんを抱きかかえて戻ってきた時は本当に何事かと思いましたよ。止めに入るだろうとは思っていたけど、まさかあそこまで無茶するとは思ってなかったよ。現実世界じゃ此処より繋がりが薄くなるんだから気をつけてよね!」
「仕方ねーだろ。社の呪い返しが効いてるか確認しなきゃなんなかったし、コイツだって保護しなきゃなんなかったし。ついでに言えばコイツってば自殺しようとしやがるし――幾らなんでも止めるには身体を滑る込ませるしかなかったんだよ」

 場所は三日月邸。
 気絶した俺はそのまま意識だけを引っ張りぬかれ、現在社達三人と一匹の前にて正座の格好を取っている。身体の方はカガミが俺のベッドに寝かせておいてくれたらしいからその点ではほっとした。

「コイツも反省してるようだし、もういいんじゃね?」
「もうっ! カガミってば自己修復出来るからってそれはないんじゃないの!?」
「そうだねぃ~、一応スガタんってば心痛めてたもん~☆ 社ちゃん的にはカガミんにも反省を求めるよ! びしっと!」
「あーん、……おけが、いたーい」
「へーへー。もうあんまり無理しねーようにはするってば。俺も反省したし、コイツもこの姿になって俺に奉仕してくれてるからもうこの話はおしまい!」
「奉仕っていうか」
「なんていうか」

 俺に視線が集まり、うっと息が詰まる。
 ぴるぴると俺の獣耳は震え、尻尾も怯えるように揺れてしまう。そう俺の今の姿はチビ猫獣人。カガミに「子供姿の方が怒られにくくていいんじゃね?」と進言され取らされた姿である。
 三日月邸にいる時はほぼこの姿だから問題ない。そうチビ猫獣人である事はなんにも問題ないのだ。
 ――問題なのは俺が座っている場所。そしてカガミの行動である。

「カガミってば工藤さんの事そんなにも好きなの?」
「膝に乗せて~、猫可愛がりして~、耳を時々噛んで~♪ ――ホント、うざいね! にゃはは☆」
「スガター……、ぼくもおひざ~……」
「いよかんさんなら大歓迎だよ、はい!」

 はむはむはむ。
 俺の猫耳を食むのは青年カガミ。怪我はほぼ修復されているが、まだ一応彼は怪我人である。下手に動けば背中から胸に至った傷が開く……かもしれない。
 でもカガミだからいい。反省は充分した。まだ足りないと言われたならもっとしよう。だがカガミは決着をつけたし、皆も今回の一件より現状の方が気になっているようで。

「カ、カガミ……そろそろ、離して欲しいにゃ……」
「夜はまだこれからなんだけど」
「にぎゃー!!」

 何はともあれ一旦は終幕。
 俺は笑顔を浮かべながらも耳元に吹き込まれる怪しげな言葉に尻尾を膨らませるしかなかった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【共有化NPC / いよかんさん / ? / ?? / いよかん(果物)】
【共有化NPC / 三日月・社(みかづき・やしろ) / 女 / ?? / 三日月邸管理人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、一応これで研究員達との対峙は一旦終了。
 ですが再度襲ってくる事は間違いないでしょう。

 カガミを護ってくれる工藤様に感謝しつつ、カガミもまた自分の好き勝手に絡ませて頂ける許可が出ていて嬉しい限りですv
 ではまたお逢い出来る事を楽しみにしつつ!

カテゴリー: 01工藤勇太, 始まりの音, 蒼木裕WR(勇太編) |

始まりの音4

「俺はお前を写す<鏡>。さあ、この瞳を覗きお前の心の中で『俺』を確固たる存在として認めろ」

 青年はそう口にした。
 俺はその瞳を――黒と蒼のヘテロクロミアを見返して……そこに『過去の自分』が写り込んでいる事に涙を零した。

■■■■■

 本当はずっと怖かった。

『止めて……止めてよぉ』

 本当はずっと怖かった……怖かった……、――でも誰も助けてくれない……。

 人体実験をされることも、研究所の人間が俺を性的な目で見てその行為に及ぶ事も本当は全部怖かった。でも奴らは力があった。自分は子供で、相手は大人。そして子供は大人に逆らってはいけない生き物なのだと、彼らから教えられていた。『刷り込み』により俺は決して彼らには逆らえない。本当は能力を使用して逃げる事だって出来たんだ。動物を嗾けられて殺す事には慣れていた。それと同じ要領で人間にも力をぶつければいい……それだけなのに。

『やだぁ……ひ、っく、やめ、――やぁ!』

 でも刷り込まれた事は子供だった自分には逆らえない事ばかりで、能力を研究員にぶつける事など一切出来ず、されるがままの日々を送っていた。薬物投与、能力増強訓練、動物との対峙……研究員の性欲の発散。
 それらはどんなに嫌だと叫んでも俺の要求が通る事はなかった……。

『…………もう、いい』

 やがて心は疲弊する。
 子供の心が開放的だなんて誰が決めた。そんな事は有り得ない。子供だって人間だ。どれだけ特殊な能力を保持していようが、研究員達と同じように人間……だ。
 そう、俺は『人間』……なのに……。

 諦めるしかなかった。
 あいつらの言いなりになった。
 だってそれしか自分の身を守る術がなかったから。

 室内に押し込められて欲を押し付けられながら俺はただただ時間が過ぎることを祈る。
 点滴を受けている最中は壁や天井のしみの数を数えて過ごし、余計な事は考えないようにした。研究員が圧し掛かってくる間は相手の顔を見ないようにする努力だけ勤める事にして、必死に耐えていた。

―― 誰も俺を『人』として見ない……。

 心が凍っていく。

―― 俺はあいつらの玩具だから……。

 パキパキ、と自分の心を守ろうと冷たい氷が包み込んでいくのが分かった。
 痛みを感じるのならば痛みを感じる回路を切ろう。苦しさを感じるならば苦しさを感じないよう快楽に変換しよう。身体が悲鳴を上げるというのなら、悲鳴をあげないよう慣れてしまえばいい。
 パキ……パキ。
 心が凍っていく音が聞こえる。
 それともこれは心が硬化して壊れていく音か。

 苦痛を身に受け、それでも俺は手を伸ばす。
 何も無いと知っている。
 誰もその手を取ってくれる事などありえないと知っている。
 だけど伸ばさずにいられないのは何故だろう。押し込められた部屋の中、一人ぼっちの空間で俺は助けを乞う。
 もうこの場所には居たくない。
 自分を追い詰めるだけの日々は自分をヒト以外のものへと変えていくから。

『……け、て』

 パキ、パキパキ……。
 それでも心が、心が、心が――最後の足掻きを求めるんだ。

『誰か――俺を、助けてっ』

 あの頃の俺の手は誰も掴んでくれなくて、ただ涙を濡らすだけの毎日だった――。

■■■■■

 ――― だけど。

「俺がお前を掴む」

 はっと沈んでいた意識が急に浮上する。
 俺の手はいつの間にか幼少時代の自分と共鳴していたらしく、どこかに手を伸ばしていた。<念の槍/サイコシャベリン>はいつの間にか消滅し、だけど俺の手は血に塗れていて今目の前に立っている人物を傷付けた事を知る。
 何を求めて伸ばした手か。
 何を期待して伸ばした腕なのか。
 それでもその手を掴んでいる体温が在る事に俺は目を見開き、驚いた。

「お前の悲鳴は俺が聞く。お前の苦痛は俺が和らげるから」

 身体をやや斜めに傾け、俺の手を掴んでくれている青年。
 その特徴的な瞳の中に写っているのは――高校生の自分だった。零れた涙が目尻で溜まり、そして彼の顔が近付いてくる。零れかけた涙がちゅっと吸い取られる感覚。恥ずかしい行為のはずなのに、どうしてか拒めずにいた。

―― あぁ、傍に居てくれたんだ……。

「カ、ガミ……」
「おう」
「カガミ……ぃっ!」
「大丈夫、落ち着け。傍に居るから――俺が此処にいるから」

 そう言ってカガミは俺の頭を包み込むように抱き込み、そして髪の毛を撫でてくれる。その仕草がとても心に良く染み、落ち着いて体中の力が抜けるのが分かった。
 ああ、どうしようか。
 俺はやっぱり弱かった。
 どれだけスガタやカガミを突き放したとしても、俺は最終的には安息の地を求めてしまう。自分の過去を知って尚受け入れてくれる存在を得ようと貪欲になってしまう。
 だって欲しいんだ。
 失われそうになった俺の心が渇望する。欲しい。欲しい。
 俺は、今、目の前のコイツを――。

「なんで……っ、俺に優しくすんだよ! 俺なんか放っておけよ!」

 思わず俺からも抱きしめた。
 抱きしめずにはいられなかった。突き放す言葉とは逆に引き寄せるこの腕。矛盾していると分かってはいるけれど、だってこの手が今欲しいのは――。

 されど、現実はどこまでも残酷だ。

「カガミ、怪我!?」
「あー……今ぐっさりと結構深いとこまで刺さったから」
「う、うわ、そ、それ、お、俺が」
「まあ、お前がやったんだけどよ」
「ごめんっ! 本当にごめん!」
「だけど、お前が『自分を殺す』のだけは俺が見逃せなかったから――いーんだよ、バーカ」

 掌を湿らせる赤い液体。
 カガミの身体は確かに異形だけど、その身体には赤い血が流れている事を俺は知っている。俺は慌ててカガミの背中を見ようと身体を捻る。だが彼はそれを見せまいと同じように捻って逃げた。
 俺が傷付けた。本当は俺が俺を殺すはずだった槍で、傷付けてはいけない人を傷付けてしまった。どうしたらいい。どうすれば許してもらえる?
 わからない。
 わからない、何も。

「――者だ」

 不意に聞こえた第三者の声。
 意識を周囲に巡らせばそこには当然研究員と能力者達がまだ存在している。俺はカガミの前に立ち、それから彼を守るため奴等を睨み付けた。耳に侵入してきた単語、それが聞き違いである事を祈りながら……。

「新たな能力者だ! なんて素晴らしい!」

 しまった、と俺は奥歯を噛み締める。
 カガミは人間ではない。だけど外見は人間以外の何者にも見えない。そんな青年が突如俺の前に瞬時に現れ、そして俺を庇うように攻撃を受けても大したダメージを受けたように見えなければそれはまさに彼らにとって好機だろう。
 そして非常に不味い事にカガミには自己修復能力がある。

―― やばい。コイツら本気でカガミも標的にいれやがった!

 ざわざわと項付近が緊張のせいでざわめく。
 場に立つものの感覚が俺の中に入り込み、彼らはカガミを欲している事を知った。
 だけどそれは絶対に許さない。俺と研究員側の能力者が睨みあう――だけどその後ろではカガミと初老の研究員が大胆不敵に笑っていた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、四話目となります。
 今回は二人だけの世界、という事でこんな感じで。
 話自体は暗いものだと思うのですが、実は抱擁しあう二人が好きです(笑)

カテゴリー: 01工藤勇太, 始まりの音, 蒼木裕WR(勇太編) |

始まりの音3

此処は病院。
 『あの人』が入院している精神病棟。俺は笑う。笑ってなきゃやってられない。だって俺はパンドラの箱の奥に隠されていた『希望』を探さなきゃいけない。その為に逢いに来たんだ。その為にここに居るんだ。
 今回の一件はカガミ達には関わらせない。
 俺自身の意思で動く。誰の手助けも受け取らず、俺は俺の敵を殺そう。

 もう、カガミ達にこれ以上甘えてはいけない……。

「こんばんは、お見舞いに来たよ」

 これ以上頼ったら弱くなってしまう……。
 俺は強くならなくてはならない……。
 だってそうしないと俺は生きられない。過去の自分を受け止めたつもりだったけれど、いざ過去を匂わされれば一気に弱くなってしまう――こんな自分は嫌だ。だから強く。強く。強く。

 ベッドの上に横たわるのは『あの人』――母さんみたいに、精神崩壊を起こしてしまった男。俺を亡き者にしようと攻撃してきた敵だ。
 結果、呪い返しを受けて呪具に心を喰われて自力で生きる事が困難になって……ああ、なんて惨めな結果。
 これは「誰」に対しての呪い返しだ。呪い返しを受けた男は『被害者』。でも俺だってこの男にもう少しで命を奪われるところだったんだ。いや、それともこの男のように死ぬ事も無くただベッドに横たわる生活が始まっていたのだろうか。

「アンタは俺、だな」

 くひっと喉が引き攣る。
 俺は今どんな表情をしている?
 どんな顔で笑っているんだ?
 鏡なんて此処にはない。そして個室部屋を与えられた男以外此処には存在していない。だから俺の顔を見るのは――だぁれも、いない。

「終わらせてやるよ」

 俺の目に生気は宿っているか?
 男の目の様に虚ろじゃないか?
 だけど俺は確かに意思を持って行動する。『研究所』が生きているのならば欠片残さず殺すと――その誓いが俺を突き動かす原動力。
 もしそれが出来なければ……俺が死ぬか。そうでなければ終わらない。

 ほら、花束を手に、最後のお見舞いを。

 ベッドに横たわる男は「ぁー、……ぁー……」等と言葉にならない声を出している。口端からは唾液が垂れ落ち、その様は醜い。心が喰われたら俺もこうなっていたんだろ。アンタは俺をこんな風にしたかったんだろう?
 残念だったな。
 呪い返しによってアンタが俺にすり替わったんだ。
 俺は<念の槍/サイコシャベリン>を作り出し、男に突きつける。終わらせなきゃ、終わらせなきゃ、終わらせなきゃ、終わらせなきゃ……――。

 早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く。
 殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して。
 終わりに終わりに終わりに終わりに終わりに終わりに終わりに終わりに終わりに終わりに終わりに終わりに終わりに終わりに終わりに終わりに終わりに終わりに終わりに終わりに終わりに。

 ―― でも、それは誰の為の心の慟哭だ?

「……出来ないっ」

 振り上げた槍。
 それた切っ先は男の顔の隣へと突き刺さる。枕に穴が開いて中に詰まっていたものが飛び出てくる。そんなものに興味はないけど、少しだけふわっと漏れ出た綿が視界を埋めた。男が俺を見てる。見てる。見てる。見てる。見てる。見てる。見てる。
 男が俺を見てる。限界まで瞼を開いて、その瞳に夜叉と化しかけている俺を、――怯えた表情で見ていた。

「――ッ!! 見るなぁあ!!」

 ああ、そうだよ。
 俺は結局人を殺す事が出来ない。エサを振りまいた時だって人死には決して出さなかった。余計な殺生が出来るほど俺の心はまだ壊れていないんだ。だって俺は生きて――。
 そうだよ。どうせこいつも『研究所』による被害者……実験体、なんだろ……。
 俺と同じだ、俺と同じだ。
 同類だ。かわいそうな人間だ。かわいそうな『人間』だったんだ。だって俺を襲ってきた時、コイツは正気じゃなかった。駒だったんだと考えた方が早い。薬物投入でもされていたかもしれないし、他の能力者が関係しているなら意識を操られていたのかもしれない。

「そんな目で、見る、なぁぁあああ――ッ!!!」

 なんて予定調和の舞台。
 俺は暴発した感情のままに病室を破壊し、テレポートする。あの男がどうなったのかなど定かではない。
 目的地を決めていなかった俺はどこへ飛んだのか、虚ろな目で辺りを見渡す。そこは誰もいないスタジアム。その中心に俺は存在していた。ひひっ、と喉が笑っていた。嗤っていた。身体が震える。自分を抱きしめるように両手を二の腕に食い込ませながら俺はわらっていた。

 どれくらいの時間、そうしていたのか。
 十秒程度だったかもしれないし、数十分だったかもしれない。時間の感覚がなくなってしまったようで俺には時間に経過が分からなかった。
 だがそんな事は大した問題ではない。なぜならそれを凌駕する出来事が俺を襲ってきたからだ。

「やあ、また逢えたね」

 現れた複数の男女が『研究所』の人間だという事はすぐに分かった。
 感応する。無意識に俺の能力が相手の心の内を暴こうと動き始めていた。小さき頃の記憶といっても壮絶な人生を歩まされたあの頃の記憶を完全に抹消する事など俺には出来ない。
 かたかたかた。
 震えているのは何だ。そこら辺の小物が俺のサイコキネシスによって動き出す。だけどまだ暴れるほどじゃない。ただ準備運動でもしているかのように揺れているだけ。ああ、その音だ。その音なんだ。だから決して――決して俺が怯え、震えている音なんかじゃないから。

「な、んのために……、あの男を使った。何のためにあの呪具を俺に使ったんだ!」

 過去の記憶が俺を縛る。
 身体が上手く動かない。だけど目的だけは聞き出したくて強張る身体に鞭を打つかのように精神を奮い立たせた。そんな俺を見抜いたのだろう。元研究員だと思われる初老の男が両手を大きく広げ、そして優しい笑顔で答えた。

「我々は『オリジナル』である君を迎えに来たんだよ。――やはり人工物では君には敵わなかったな。強力な呪具を使ったのにまさか抵抗に成功するとはね。流石だ、工藤勇太君。その能力ますます欲しくなった。そしてその能力を手に入れ、我々は研究所を再建する」
「ッ――そんなこと出来ない」
「もう設備は整った。資金も問題ない。後、必要なのは君だけなんだよ」

 男は指を鳴らす。
 傍に控えていた二十歳くらいの男女二人がそれを合図に動き出す。ぴりっとした感覚が俺の身を襲う。彼らは敵意を抱きながら俺を睨んでいた。
 能力者だ。
 それも薬物投薬されて無理やり脳から引き出した能力を保持した者――人工能力者。俺がオリジナルと呼ばれるならば、彼らはイミテーションと呼ばれる。能力の力量は自分の方が勝っているだろう。だが、俺はそれを彼らに使えるのか? 俺と同じように人体実験の末の犠牲者を。
 もう俺は知っている。どれだけ抵抗しても、あの病院に寝ていた男にしたようにまた殺せないのがオチだ。

「……駄目じゃん。俺」

 あああああ。
 止まらない。
 何に対しての怒りだ。
 何に対しての悲しみだ。
 何に対しての苦しみだ。
 これら全て誰のための感情だ。
 止められない。
 溢れ出てくる俺の中身。

 此処は用意されてた『劇場』。
 踊らされるのは俺の『激情』。

 零れたのは――涙だった。

―― せっかくカガミに記憶を戻して貰ったのに結局無に戻るしかなかったのかな……。

 だって逆らえないんだ。
 能力者達が俺を捕獲しようと動き出しているというのに、過去がいまだに俺の足を掴んで離さない。頬を伝う涙は顎へと流れ、そして地面を濡らした。
 壊したい。
 『研究所』に関わる全てを壊さなきゃいけないんだ。じゃないと俺は救われない。俺はいつまでたっても過去に鎖を巻かれたまま動けないじゃないか。
 だけど出来ない。

「……それでも、お前達の思い通りにはならない」

 光の槍が俺の手の中に出現する。
 <念の槍/サイコシャベリン>を掴みながら、俺は力が入らない身体をふらっと揺らした。攻撃されると思ったのだろう。能力者達は自身の前に見えない念の壁を立てたり、空気を変化させたりと初老の男を守るかのように防御の体勢を取る。
 だが俺は嘲笑した。
 俺が殺すのはお前達じゃない。

「さよなら、俺」

 俺は槍を高らかに掲げるとそれを自身の胸元に向けて突き刺した。

■■■■■

 人は自分を殺した時、どこに行くのだろう。
 天国だろうか。地獄だろうか。それとも無に還るだけなのだろうか。輪廻転生があるなら俺は今度こそ普通の人になりたい。能力なんてなくていい。ただ幸せな人生を歩みたい。

「そのために、俺を使え」

 許して。
 もう許して。
 弱くなりたくない。
 誰かに頼って弱みを見せて、『強がっている自分』が露見する事はとても恐ろしい。滲んだ視界の中、見えるのは人一人分の影。

―― もう終わらせてくれよ。

 <念の槍/サイコシャベリン>で貫いた身体。
 手にはぬるっとした感触が伝う。だけどもそれよりも強い感覚が俺の身を包む。

「拒絶されたら俺達はお前に何もしてやれない――俺を受け入れろ。俺だけはお前に何があっても絶対に丸ごと受け止めてやるから」

 貫いたのは――誰の身体?
 俺を包むこの優しい体温は――誰の腕?
 どうして俺には痛みがないんだ?

「<迷い子(まよいご)>、――いや、勇太」

 お前は――誰?

「俺はお前を写す<鏡>。さあ、この瞳を覗きお前の心の中で『俺』を確固たる存在として認めろ」

 黒と蒼のヘテロクロミア。
 その瞳の中に映る俺は――どうしてそんなにも寂しそうに泣いていたんだろう。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、三話目となります。
 タイトルを変えるか迷いましたが、引き続きこのままで。
 今回は黒幕登場ということで、誘拐っぽく。
 NPC達は拒絶されると能力も使えませんし、動く事が出来ません。それでも姿を現した意味をどこかで汲み取って頂ければ嬉しいです。
 ちなみにとうとうヤツが工藤様を名前で呼びました(笑)

カテゴリー: 01工藤勇太, 始まりの音, 蒼木裕WR(勇太編) |

始まりの音2

『『<迷い子>、どうか、良い選択を』』

 呆然とした俺の耳に入ってきたスガタとカガミの言葉。
 しかし既に意識が白み始めていた俺の耳にはその言葉は重く、そして遠かった。必死に己の身体を支え、気を奮い立たせるので精一杯。カガミが俺を支えてくれているけれど、自分はそっとその手を下ろさせた。自身の手を己の顔へと当て表情をそっと隠す。

「……ちょっと考えさせて」

 その一言が限界。
 返答としては曖昧で、二人にはまた「迷っている」と感じさせてしまっただろう。だけど事実俺は俺が何をしていのか考える必要がある。いきなり伝えられた前回の事件がまだ終わっていない事実に俺は唇を噛み締めた。
 ふらっと二人から離れ、ショッピングモールから一人で出て行く。二人なら俺の医位置を簡単に把握してしまうけれど、それでも「一人」になりたかった。

―― ……そうか、終わってないのか……。

 外は夕方になり、空は橙色をしている。
 やがてはまた僅かにくすんだ色へと変化した後、夜へと姿を変えるであろう空を何気なく見ながら俺は失笑した。
 研究所はとうの昔に無くなったはずだ。それなのになぜ……今になって。
 俺は学生鞄を握り締め、空を睨み付けた。今はまだ人通りの多い時間帯。人々が談笑しながら俺の横を平和な顔をして歩んでいく。俺もさっきまではカガミとあんな風に楽しく喋りながら時間を過ごしていたのに、と胸のうちで思う。無意識のうちに俺の手には力が入り、鞄の持ち手が小さな悲鳴を上げた。

―― 俺はいつまで『研究所』の影に追われなきゃいけないんだ。

 幼少の日、母を騙して俺を実験体として連れて行った奴ら。
 その後、自身に施された数々の実験や経験は俺の傷として心底に根付いている。普段は問題ない。超能力を使っていても、俺にはこの力があるから人の役に立てるのだと幸せになれるから。
 だけど――『研究所』だけは駄目だ。
 今も手を見ればカタカタと小刻みに震えてしまう。心的外傷――トラウマ、PTSDと呼ばれるものが呼び覚まされてしまう。母親は俺を研究所に渡した事で心を壊し、俺は俺で『今の自分』になるまで時間が掛かった事を思い出してしまう。

 だからこそ、スガタとカガミは今回も一緒に居てくれるつもりだろう。
 しかし『研究所』は自分側の問題。いくら彼らが<迷い子>、いや俺に対して保護的であっても彼らの案内を今回は受けたくない。スガタとカガミの導き手はいつだって優しすぎる。自分の過去も現在も未来すらも受け止めてくれる稀有な存在だから。
 だから。

―― ごめんな、皆。
    俺馬鹿だから皆の事巻き込みたくないんだ。

 研究所に関して彼らに迷惑を掛けたくない。
 俺は誰にも――彼らにもコンタクトを取らず一人で行動しよう。きっとこの問題を自分の手で解決したら俺の<迷い子>も終わるはず……。
 自分は彼らにとって沢山居る<迷い子>のうちの一人だ。彼らがどれだけの人間を導き救ってきたかなど知らないが、彼らの様子を見ていればその数が尋常でない事くらいすぐに分かる。

 たかが一人。
 されど一人。

 特別になりたかった。
 特別だと思いたいんだ。彼らにとっても特別だと思って貰えているからこそ今までの触れあいがあるんだと俺は信じている。三日月邸で遊んで、はちゃめちゃな出来事に巻き込まれて、笑って喜んで時に怒ったり泣いたりして過ごした日々は俺にとっては大切な日常だ。
 でも<迷い子>が一人でも減れば彼らの負担も減るだろう。スガタとカガミに逢えなくなる事は寂しいけれど、そもそも迷いに浸っている方が問題なのだ。
 思考が黒へと偏っていく。
 ガードレールに腰掛けながら俺は両手を僅かに開いた脚の間に垂らしながらぽつりと呟いた。

「楽しかった、な」

 一つ頷く。
 右手を見れば先ほどまでカガミと繋いでいた手のぬくもりを思い出し、それを愛しむように左手を重ねた。

「出逢えて良かった……」

 言葉が過去形になってしまう。
 心がマイナスの念に侵されていく。分かっていても止められない。止めるつもりもない。緩やかに湧き上がってくるものは絶望からの怒り、そして研究所に対しての反旗の意思。終わったと思っていた出来事がまた自身を襲うというのなら、それに対抗する手を考えなければいけないだろう。
 考えろ。
 考えろ。
 全身全霊を使って、自分の身を守り、良い方向へと持っていく『最善』を導き出せ。

「大丈夫、俺はまだ戦える。過去も能力も含めて俺は俺の『普通』でいたい。それが俺の『幸せ』なんだから」

 誰にも気付かれないように静かに笑う。
 だがその胸の内はその悲しげな笑顔とは違い、熱を帯びていた。やがて俺は両手を拳にし、決意を固める。

―― まだ『研究所』が完全に消し去っていないのなら……俺がこの手で……!

 俺は今、此処に誓う。
 『過去』が変えられないならば『未来』を変えよう。その為には『現在』を動くしかない。最善を尽くし、愛する人達が二度と脅かされなうよう手を尽くそう。
 ガードレールから立ち上がり、俺は歩みだす。
 これから起こす行動を良い行為だと言う者は数少ないだろう。だけど俺が出来る事はこれだけだから。

 空はいつの間にか夜の色。
 自宅へと帰っていく俺の後姿を、二つの影が見ていた。

■■■■■

「カガミ。大丈夫?」
「何故問いかけんだよ」
「工藤さん、やっちゃうよ」
「アイツの好きなようにすればいい」
「工藤さん、僕達から離れていくよ」
「離れたいと本気で願うなら離れればいい」
「カガミ、工藤さんは」
「愚問を続けるのは止めとけ」

 青年二人が先程まで少年が居た場所で言葉を交わす。
 双子と思われるその青年こそスガタとカガミと呼ばれる者達。工藤 勇太(くどう ゆうた)を<迷い子>と定め、案内し続けている異界の者だ。彼らは人間ではない。だから最低限の干渉しか基本はしない。
 だがそれでも『例外』は存在するのだ。人間が心を持ち、故に喜怒哀楽を感じるように彼らにも心があるのだから。
 スガタはカガミと繋がってしまっている共有感覚を今僅かに恨んだ。だけどその感覚がなければ彼の真意を知る事は出来なかったであろう事は間違いない。スガタは腕を組みながらガードレールに腰掛け、僅かに傾いているカガミの姿を見やる。カガミは薄らと口元に笑みを浮かべていた。

「カガミは本当に、工藤さんが好きなんだね」

 肯定も否定もカガミの口からは落とされない。
 だけど繋がった意思感覚からは拒絶はされなかった。

■■■■■

 後日。
 テレビニュースを占めるのは『怪奇現象』『超能力』『異常事態』などという単語ばかり。科学では到底説明しがたい現象が数多く発生しているというニュースだ。幸いにも死人は出ていないが、この報道によって世間がざわついている事は否めない。

「来い。此処に来い。俺の前に来い」

 『俺』はまた一つ事件を起こす。
 背を向けた直後、後ろでありえない状態からの爆発が発生した。
 事件はエサだ。奴らを己の前に引きずり出すための行為に過ぎない。だからこそ人命を奪う気など最初からない。ただ『超能力』に結びつく派手な行動を起こしていればやがて奴らは仕掛けてくるだろう。

「――早く、俺の前に来い」

 自暴自棄という言葉が似合う現状。
 それでも何食わぬ顔で学校に通い、日常を送る俺。スガタとカガミはあの日以降接触してこない。もしかしたら見捨てられたのか、それとも彼らはまた別の<迷い子>に掛かりきりで俺の事など忘れているのか。
 だがそれでいい。
 俺は一人で問題を解決すると決めた。

 絶望から見えたのは虚無と怒り。
 研究所に関係にあるものは全て排除したいという欲求だった。

 俺は今どこへ向かって歩んでいるのだろう。ああ、お見舞いに行くんだ。
 精神崩壊を起こし、今は療養している『あの人』のところへ行く。ほらいつもの事じゃないか。手には綺麗な花を、顔には笑顔を貼り付けて俺は先を進む。
 タンッ。
 とっくに面会時間を越えていたから、テレポートで病院の廊下に侵入し、降り立った自分。名前プレートを確認せずともテレパシーを応用した感応能力で扉の向こうにあの人が居る事はすぐに分かった。

「こんばんは、お見舞いに来たよ」

 こんな俺を見て『あの人』は笑ってくれるだろうか。どうか、どうか笑って。怖がらないで。貴方に傷付けられた過去も貴方が狂ってしまった事で俺の傷になってしまったから。
 ほら、笑って下さい。

 『あの人』がパンドラの箱を開いた。
 俺はそれを覗き込まされた。

 そこに『希望』はあったのかなど、誰が答えてくれますか?

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、前回の続きとなります。
 今回は最後が微ホラー&精神系。自暴自棄という表現とNPC達から離れ一人で行動する工藤様。研究所がキーワードで心の内に隠していた感情が開けばいいなと思っております。

 NPC二人は裏からこっそりこっそり。
 カガミは意外と工藤様の事に対しては――な対応です(あえて伏せ字)

カテゴリー: 01工藤勇太, 始まりの音, 蒼木裕WR(勇太編) |

始まりの音

それは友人達と下校中の事。

「――え、まさか……カガミ?」
「よ。やっと出てきたか」

 学校の正門付近にて一人の青年が片手を挙げ、俺に声を掛けてくる。この物騒な世の中、正門には警備員が立っており学校は不審者が入らぬよう警備をしてくれている。その警備員に見覚えの有る青年――カガミが尋問を受けていた。俺の姿を見て「彼の知人」だとカガミは伝える。俺の反応に納得したのか、警備員は「正門では待ち伏せはしないようお願いします」とだけ注意をして去っていった。

「え、勇太この人誰?」
「お前こんな知り合い居たの?」
「あ、え、えっと、最近ちょっと縁があって知り合った人なんだ」

 下校を共にしていた友人達がカガミの登場に興味を抱き、質問をしてくる。俺も相手の登場に目を丸くしていたが、友人らの質問に慌てて返答した。間違ってはいない。ただ俺が驚いたのにはもう一つ理由がある。

 一、カガミは夢の世界の住人である事。
 二、カガミはその世界では通常は十二、三歳程度の姿である事。

 そんな彼が今現実世界に姿を現した挙句、外見年齢が二十歳ほどに引き上げられているものだから俺だって驚くしかない。確かに彼は人間ではない為、<基本的には何でも出来る>らしいのは知っている。だが、青年の姿で登場する理由が俺には思いつかず、疑問符が頭の上に沢山浮いた。
 しかし俺の困惑を知ってか知らずか、カガミは俺の手を掴むとそのままショッピング街に向かって歩き出した。

「悪いけどコイツ借りるぞ。今日は俺とコイツの二人だけで過ごしたいから邪魔しないように頼むぜ?」

 やけに意味深な言葉を友人らに向かって吐き出しながらカガミは俺を引き連れて歩く。残された友人達は一瞬あっけに取られて、「あ、はい……」などと間抜けな返答をするしかない。
 さて半強制的に連れ出された俺はといえば繋がれた手の意味が汲み取れず、けれどその手を離す事も出来ずにカガミの隣を歩いていた。ちらっと俺よりも身長の高いカガミの横顔を見やる。普段夢の中で見る少年のような面立ちではなく、やはりどこか『大人』を感じさせるその面立ちに俺は見入ってしまう、が。

「どうかしたのか。それにスガタは?」
「ん、ああ。今は俺一人」
「何かあったのか」
「まだ秘密」
「まだって事は後で教えてくれるのかよ」
「さあね」
「カガミ」
「お、この服お前に似合いそう」
「っ~! 子供服じゃねーかッ!」

 ある子供服専門店の前を通りかかった時、さりげなくカガミがガラスの中のマネキンを指差す。その少年のマネキンが着ていた衣服は紛れも無く幼児用で、現実世界にいる俺はからかわれた事に対してカッとし、僅かに拗ねてしまった。だけどカガミはそんな俺の表情に目元を緩め、幸せそうに笑むとまた更に先へと進んだ。
 相変わらず手は繋いだまま。
 もしかして話題を逸らされたのかと内心思う。しかしカガミは基本的に片割れのスガタよりも感情派であり、行動派でも有る。今俺に対して何も言わないという事はそれなりの理由があるということなのだろう。そう信じるだけの信頼を彼には寄せているからこそ俺は思わず相手の手をぎゅっと握り返した。

「服が欲しいな」
「服? まさか買い物に来たのかよ」
「ああ、そう。青年用の服が欲しくて。あ、いや、実際に買わなくても良いんだけど、デザインを目にしておきたいんだよな。それで『復元』出来るから」
「お前達の能力ってホント便利」
「お前の能力も便利だよ」
「……っ、俺の能力とお前の能力は系統が違うだろ」
「そうか? 三日月邸にいる間だけはお前結構自由自在に変化するようになったじゃん。……ほら、あの夜の事を思い出せよ」
「待て待て待てッ! その発言待てッ!」
「――お、ここのショッピングモール良い感じ。ちょっと俺とスガタの為に見立てろよ」
「カガミ、お前ちょっとは俺の話聞けよ!」
「聞かないー」

 甘い声で誘惑に近い発言を仄めかしつつも彼は俺と繋がっていた手を解き、両手で己の耳をそっと塞ぐ。逃げた体温を追いかけようかと思ったが、余裕の表情で逃げるような動作で多くの専門店が立ち並ぶ建物へと入っていくカガミを見てしまうと思わず拳にして振り上げた手は行き場を失ってしまった。
 三日月邸で逢う時の彼はいつだって少年で、少年だからこそ俺は自分が幼児期に得られなかった『遊び心』や『童心』を思い出してチビ猫獣人となり彼と――否、三日月邸の住人達と遊ぶ。

 だけど今のカガミは違う。
 逢う時に感じる少年の笑顔ではなく、どこか見守られているかのような優しげな微笑。動作も何処か大人びていて、動揺する。子供なら素直に言えた言葉も高校生である今の俺では言えない。三日月邸ではカガミに無邪気に抱きつけるけど、この世界では人の目があまりにも多過ぎて手を繋ぐ事すら俺の思考を奪う。
 友人達は俺とカガミの行動をどう思っただろうか。彼らの目には俺達の姿は友人に映ってくれただろうか。特別な……相手に思われた、だろうか。

 でもきっとカガミは俺の存在を特別視していない。
 だって俺はカガミにとって<迷い子(まよいご)>の一人に過ぎない。彼が出会ってきた多くの迷いを抱えた人間の内の一人、きっとその程度。思わずぎゅっと鞄を掴んでいる手に力が入る。
 何故だろう――この『認識違い』という距離が少し寂しいのは。

「――い。おーい」
「ぅお!?」
「何ぼんやりしてんだ。中に入らないと他の客に迷惑だろうが」
「あ」

 入り口の扉でぼんやりと突っ立ってしまっていた俺に対し戻ってきたカガミが注意の言葉を掛けてくれる。それからカガミによって開かれた扉から相手の手が伸び、俺の腕を捕まえた。そして店の中へと俺を引き込むと、その後ろから入ってきた客に対し「すみません」と一言謝って中へと通していた。
 どうやら俺は通せんぼ状態で立っていたらしい。慌てて俺も頭を軽く下げて謝罪の言葉を吐く。対して気にしていなかった客は「いえいえ」とあっさりとした挨拶を返してくれた。

 掴まれている腕をそっと見やれば、その手は大きくて『大人』を思わせる。少年の手ではない事が違和感を感じさせてならない。
 『少年』なら良かった。
 『子供』なら良かった。
 手を繋ぎあって歩いたって周りの視線なんて気にしない年齢なら良かった。
 カガミは気付いているのだろうか。それとも気付いていて気にしないふりをしているのか。道中俺とお前が手を繋いでいる――たったそれだけの行為を不思議そうに眺め見ていた人間が何人かいた事を……。

「気付いてたけど?」
「――!? 何、を」
「視線。だけど別に気にすることじゃねーだろ。俺はお前と繋ぎたくて手を繋いでただけだし」
「また勝手に人の心を読んで」
「読むまでもねーよ。お前割と顔に出やすいからな。俺が手を離した瞬間から、表情が暗くなった」
「なっ!? そんな事ないっ」

 かっと顔に熱が集まってしまうのは実際のところ図星だったからだ。
 手が離れた時、カガミが先に店に入った時、距離を感じたのは揺ぎ無い事実。だがそれを認める事は『高校生』である俺のプライドが許さない。俺の腕を掴むカガミの手をむんずと掴み返すと、今度は自分が先を行く。

「どこに行くんだ?」
「紳士服コーナー! スガタもどうせ同じ服着るんだろ。精々マネキン代わりに試着を繰り返せ!」
「まあ、同じ顔だし同じ服着るけど」
「じゃあ別にお前のためだけじゃないからな」
「はいはい、知ってる」
「――っ、お前らは一体どんなのが趣味なんだよ!」
「今日のところはお前の趣味で」
「あのな、カガミ自身が少しは何か服の傾向や趣味を主張してくれたって――」

 良いんだぞ、と続けようとした言葉は止まってしまった。

 だって笑ってるんだ。
 俺に引っ張られながらカガミは楽しそうに、可笑しそうに笑っているんだ。こんなのテレパシー能力を使わなくたって分かる。青年の姿の中に見える少年のカガミの幻覚。いつだって彼は『彼』のまま。自分のしたいように動いて、喋って、ぶれる事がない。俺みたいに環境や外見が違うだけで動揺する事もなく、本質的なものだけで触れ合ってくれる。

「お前とこんな風に歩くのもたまには良いな」

 コイツの傍は居心地が良いんだ。
 俺の事全部知っていてくれて、俺の事全部受け止めてくれて、俺の事拒絶してくれない存在だから――だから俺は。

「ばっかじゃねーの」

 少年のような青年、青年のような少年。
 有りの侭で居続けるそんな彼のように中々素直になれそうにない。

■■■■■

 そして一時間後くらいだろうか。
 俺の見立ての服を幾つか試着し、それを繰り返した結果互いに納得のいく服装を見つけた。
 有難う、と素直にカガミは言って俺達は場を後にする。
 カガミは衣服を買う必要がない。ただ見て、感触を覚え、そして『再現』する事が出来るのだから。人気のないショッピングモールの隅で彼は今まで着ていた衣服から俺が見立てた服へとすぅっと衣装チェンジさせる。霧のように服が消えたかと同時に現れる新たな服は先ほど試着室で見たカガミの姿そのものだった。

 青紫のラインが入った長袖シャツに黒ネクタイ、それからベスト。
 すらっと足ラインにフィットする黒スキニーパンツにメンズ靴。何から何まで思いのままに衣服を変化させる様子に正直感心する。

「カガミ」

 そして着替えが終わった丁度その時、俺はもう一人の声を聞いた。

「スガタ。終わったか」
「うん、程ほどにね。そっちこそ、それなりに楽しい時間を過ごせたみたいでなにより。その服似合ってるよ。工藤さんに見立てて貰って良かったね」
「似合ってるって……同じ顔に言われてもなぁ」
「良いじゃない。工藤さんの傍に行くって言いだしたのはカガミでしょう。――ね、その服貰ってもいい?」
「色違いにするか?」
「今回はそうしよっか」

 空中からふわっと現れ、着地した青年――カガミの片割れのスガタは、相棒の服の様子を見てくすっと一笑い。カガミとは違っておとなしめに笑うその表情はとても柔らかい。
 それからスガタはカガミの方へと手を伸ばすと、彼が再現したばかりの衣服を写し取る。触れたその手先から徐々に変化していくスガタの服。それは確かに色違いのラインのシャツに色違いのベスト……と変わっていく。
 写し取った物が色違いだったからだろうか。
 それとも彼らが持つ本来の雰囲気からだろうか。
 「静」と「動」。
 なんとなく俺はその二つの言葉を思い出し、それからこくんっと無意識に唾を飲んだ。

「今回の一件、まだ工藤さんに話してないよね?」
「お前が来てから話そうと思って話していない」
「カガミは約束事とかちゃんと守るから信用してる」
「それで、お前の方はちゃんと確認出来たのか?」
「問わずとも分かるでしょう」
「分かるけどな。それでも口にしないとコイツには通じないから」

 コイツと言ってカガミは俺を見た。
 スガタとカガミは繋がっている、らしい。互いに思っている事、互いに起こった事、互いの全てを把握している存在。双子かと最初思ったけれど、彼らは違う。同じ姿だけれど、双子ではないのだと彼らは言っていた。
 俺は思い出す。
 カガミが此処にきた理由を「まだ秘密」と言っていた事を。
 でも今スガタが現れた事で、それはきっと消化される。そう感じていた。

「工藤さん、話があります」
「ああ、そうだろうな」
「先日の一件を覚えていますね。呪具を使って貴方を襲った男の事、そしてそのせいで僕達の世界に『侵入者』が送り込まれた事を」
「もちろん覚えてるさ」
「今回、僕達は貴方に伝えなければいけません。事件はまだ解決していないのだという事を」
「――え?」

 終わっていないってなんだ。
 俺が襲われて、カガミ達と暮らした日々や自分の能力の事を一切記憶から無くして、一年過ごしたあの事件。そしてカガミが俺をこの次元へと攫ってくれたあの日。終わったと思っていた。
 確かに犯人は捕まっていない。でも社が言うには「『呪い返し』をしておいたから大丈夫」と言っていた。それを信じて俺は毎日を過ごしていたけれど……。

「社ちゃんの呪い返しは確かに効いていました。男は――」
「死んでいたのか?」
「いいえ、生きています。ですが、……心を喰われていました」
「喰われ、……え?」
「呪具を使った上に、社ちゃんの呪い返し。男は例の鏡に心を喰われ、精神崩壊を起こし、今は病院に居ます」
「――なんだっ、て……」

 『精神崩壊』。
 俺はこの言葉の影に一人の女性の姿を思い出す。そして背筋がすぅっと凍るのを感じた。一瞬膝が震え崩れそうになった俺の肩を支えるように、カガミが背後から両手を掛けてくれる。

「今回カガミが貴方の傍に居たのは保護のため。そして僕が動いたのはその事実をきちんと現実世界で確認するためです」

 終わっていない。
 あの事件はまだ終わっていない。
 終わっていないならば続くのか。
 でも犯人は精神崩壊を起こして病院にいるとスガタは言っている。
 じゃあどうして終わらないのか。

 何が動いているのか分からない。
 ぶつぶつと呟いていたあの男。あの「研究所」を思い出させる単語を吐いたあの男。誰だ。アレは誰だ。俺は知らない。知らないはずだ。
 研究所は解散させられ、今は無い。
 それが在った事実すら世間では知られていないはずなのだ。だから俺は知らない。あんな男など――。

「お前はどうしたい?」

 背後から掛けられるカガミの言葉。
 俺は俺自身を抱きしめるため両腕に手を掛けた。抱きしめる。俺を抱きしめる。俺はどうしたいのか、カガミは問いかけた。

 俺は。
 俺は――。

「「<迷い子>、どうか、良い選択を」」

 そして前後で二人重なる声に、俺は始まりの音を聞いた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【共有化NPC / 三日月・社(みかづき・やしろ) / 女 / ?? / 三日月邸管理人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、例の続きというか始まりの話となります。
 ですが今回は工藤様とカガミのデートメインでOKという話でしたので思い切りカガミが幸せモードでお付き合いさせて頂きました(笑)
 ちょっとツンデレ風味という工藤様のプレイングが初々しく、こんな感じのお手手繋ぎデートとなりましたがどうでしょうか?
 確かにやりたい放題な青年とお年頃の高校生ではこんな感じになるかもしれませんね。

 そして最後。
 シリアスとなりましたが、例の事件が終わっていないという事で選択を迫らせていただきました。今後の展開を楽しみにまたお待ちしております。
 ではでは! 

カテゴリー: 01工藤勇太, 始まりの音, 蒼木裕WR(勇太編) |

迷宮編・番外

「ねえ、次の日記は誰の番?」
「次の日記は誰の番だー?」
「だれー?」
「あ、俺」

 三日月邸の和室でスガタ、カガミ、社、いよかんさんの三人と一匹はいつも通り和菓子とお茶を楽しんでいた。そんな彼らの最近の楽しみは『交換日記』。だが、交換日記と言っても、各々好き勝手に書き連ねて他の三人に発表するというなんだか変な楽しみ方をしている。そのきっかけは「面白かったことは書き記した方が後で読み返した時に楽しいかもね」というスガタの無責任発言だ。

 ちなみに本日はスガタの番らしい。
 両手をそっと開き、空中からふわりとノートとペンを出現させる。
 開いたノートに書かれているのは彼の本質を現すかのように些か焦って綴られたような文字だ。彼は皆の方を見る。それから大きな声で読み出した。

「四月十三日、晴れ。今日はドヤ顔の日だった」
「なにそのタイトル」

 思わずスガタが突っ込んだ。

■■■■■

 場所はお馴染み三日月邸。
 ここの管理人は青髪猫耳を所持する少女、社(やしろ)。
 そしてそれに使役? されている伊予間を縦長にした生物、いよかんさん。
 それからしょっちゅう遊びに来ているらしい双子のように姿が鏡合わせの存在の少年二人、スガタとカガミだ。
 ちなみに彼ら二人は左右対称の黒と蒼のヘテロクロミアを持っており、それが彼らの能力の元らしい。

「ふっふっふ、お前ら。俺様は新たな技を覚えた!」

 そんな彼らの前に俺はパジャマ姿のまま仁王立ちする。
 腰に手を当て、胸を張るこの姿は威風堂々と言っても良いだろう。もはや俺の登場になんの違和感も抱かない四人は縁側で茶を啜りながらも、今から俺が何をするのか面白げに視線を向けてくれる。

「いざ変身! 猫獣人!!」

 そしてぽふんっと可愛らしい音を立てながら俺はまるでアニメヒーローのような掛け声と共に、十七歳の姿から五歳程度の子供の姿へと変化を遂げる。あいにく煙などの特殊効果は無いが、それでもこの世界では凡人に等しい俺にとってこの変化は大きな成長である。
 ちなみに小さくなった姿だが、その頭部には耳、臀部には尻尾が生えている。手と足も毛が生えており、今の俺は見事なチビ猫獣人である。もちろん服装操作も忘れていない。

「どうだ! 俺様のこの変化、可愛いだろう!」
「わー、開き直ったね~☆ ボクとお揃いってところがちょいムカー♪」
「ねこー」
「ああ……とうとう受け入れてしまったんですね、工藤さん」
「うわぁ、とうとう受け入れちまったのか、お前」

 四人の反応に対してドヤ顔を決める俺。
 もはや戸惑いなど不要。この姿でならある程度子供化して暴れまわって許されるという事が判明したのだからこれを利用しない手は無いだろう。

 先日、この三日月邸及びスガタとカガミ、そしてフィギュアとミラーが管轄する夢のフィールドに『侵入者』が現れた。その時、俺はチビ猫獣人だったがなんとか己が持つ超能力を使用し解決に至った。
 しかしその代償に失ったものも大きかった。夢の世界から目覚めた俺を待っていたのは『記憶喪失』という事実。そう、侵入者によって俺は己の能力すら全て記憶から消去されただの高校生になってしまっていたのである。全身打撲と大量出血の状態で発見された俺に警察は親身になって調査してくれたが、結果は不慮の事故という形で片付けられてしまった。
 そしてスガタやカガミ達の事を忘れて一年間過ごした。
 能力の事も覚えていなかった俺は本当にただの人間として友人達との楽しい時間を味わい、気兼ねなく生きていく事が出来た。記憶喪失者としてカウンセリングには通わなければいけなかったけれど、それ以外では特に問題はなかった。問題があるとしたらある事ない事を吹き込んでくる友人達の対応くらいのもの。

 だけどある日を境に夢を見た。
 それは声だけの夢。
 俺へと呼びかけてくる――「お前の望みはなんだ?」というそれだけのもの。
 望みは一つだった。失った時間を取り戻す、それだけだ。
 そして俺は力を取り戻したカガミによって導かれ、時間を巻き戻してもらい一年前の『今』へと戻ってきたのだ。記憶を取り戻す事はとても怖かったけれど、抱きしめてくれていたカガミの体温が本当に安心出来て嬉しかった事を思い出す。

 結果、記憶喪失だった時期の事も記憶しつつ、俺は<迷い子>として自覚し、むしろ開き直って『現在』を生きる事を選択した。

「カガミ、カガミ! 俺様かわいいにゃん?」
「はい、カガミん。ご指名だよ~☆」
「なざし、なの~……」
「えー、名指し制度があるなら僕はいよかんさんだけを指名するよー!」
「ええい、スガタ! お前は突っ込むところが違うだろ!」

 ぴょこぴょこっと耳を愛らしく動かしながら俺はカガミに近付く。
 それを他の二人と一匹が楽しそうにからかいながら見守ってくれている。俺に呼ばれた当のカガミはといえば啜っていた茶を脇に置くとふっと口元を緩め笑った。だがその表情は優しいものではなく、どちらかというと悪戯っ子のもので――。

「甘いな」
「んにゃああ!?」

 その一言が聞こえた瞬間、カガミは縁側から姿を消した。そして急に俺の腰に何かが引っかかりそのまま空中に持ち上げられる。ぐっと腹部が押され僅かに息が詰まった。じたばたと手足を動かしつつ上を見上げればそこに居たのは。

「変化はお前だけの特権じゃねーんだぜ?」

 青年カガミでした。
 二十歳ほどに成長したカガミを下から見上げると蒼と黒の瞳が良く見える。彼はそのまま視線を合わせるためか、小さな俺をひょいっと腕に座らせる為体勢を変えた。俺は落ちないよう慌ててカガミの首元にやんわりと猫の手を巻きつける。安定するとカガミは俺の額に額をコツンっとぶつけてくれた。

「ゼロから護ってやるっつったのに一年間も待たせて悪かったな」
「仕方にゃいにゃん。カガミは本当にボロボロだったにゃん」
「ミラーに頼んでもアイツはそのままでもいいっていう考え方だったから動けなくってさ。ホント悪い。――呪具に関しては社がやり返しておいてくれたからもう安心しろ」
「にゃっはーん、まじないに関しては社ちゃんの方が上だもんね~☆ 任せなさい! 今頃あの鏡を使った人間は呪い返しが来てるはっず~♪」
「だからお前は何も気にすんなよな」

 ふんふん、と楽しげに、けれど恐らく怖い事を社は口にする。
 もしかしたら例の男はもう……。
 だがその安否を気遣う気は俺には無い。ただ、気にかかるのは研究所絡みだったら嫌だと思うこと、それだけだ。

「にゃあ、でも俺だって悪かったにゃ! もっと早く記憶を取り戻す努力をしてたらよかったのにゃん! だから、だからにゃ……」

 しゅんっと耳が垂れてしまう。
 猫獣人の時は本当に感情が出やすくてどうしようもない。心からカガミ達の事を忘れてしまっていた期間を申し訳ないと思うけれど、それはある意味『一般人』だった俺にはどうしようも出来ない事だった。俺だってもっと早く思い出していれば……。
 だけどそんな風に落ち込んでいると、ぷっとカガミが息を噴出し、いきなり笑い出した。

「じゃあ、お詫びにフェルト生地みたいな猫耳を触らせろ」
「にゃ、にゃあ!?」
「あ、触るより齧る方がいいや」
「にぎゃぁああ!!」

 いきなり這わされるカガミの唇。
 眼光は緩やかなくせにやってくる事はちょっと卑猥。つーかくすぐったい、マジくすぐったいー!!
 じたじたと全身を捻り、両手両手足で暴れさせながら抵抗するが大人と子供の体格の差が今は憎い。しかし爪を出して引っかくほどでもない。どうやって逃げようか考えるが、耳を甘く噛み、舌をゆっくりと中の方へと差し込む動作にぞわりと全身が震えた。ふるふるふる。「小動物苛め反対ー!」と心の中で思わず叫ぶ。しかし実際の俺は唇を噛み締めて耐えるだけ。

「んぁ、社」
「にゃによん、カガミん」
「いつも俺とスガタが寝てる寝室借りるぜ」
「ごゆっくり~☆」

 つぅーっと唾液の糸を引かせながらカガミが耳から唇を離すと社になにやら部屋の利用許可を求めていた。――その理由が一体何を示すのか、ぼんやりとしてしまった俺には判断が付かずじまい。
 シュンっと行き成り周囲の景色が庭園から和室へと変わる。転移したのだと察するのに少し遅れたが、そのままぽふりと柔らかい何かの上に寝転がらされた俺はさぁっと流石に血の気が引いた。

「カ、カガミ?」
「さぁって、お詫びに色々させてもらうから頑張って耐えろよ?」
「幼児いじめ反対にゃー!!」
「じゃあ元の姿に戻れば」

 柔らかいもの――それが布団の上だと気付いた時には、もう時は遅し。
 覆い被さる大きな影が俺の耳や尻尾を思う存分撫で回して遊ぶ。その手の動きは確かに猫をじゃらして遊んでいるように感じる、感じるのだが……。

「あっ、しっぽは駄目にゃっ……ッ!」
「夜はまだまだ長いんだ。どうせ夢なんだし、思う存分楽しませろよ」

 ひぃぃぃぃ!!
 俺の猫足を掴みそこに舌を這わせて微笑む青年カガミの姿は、まるで悪魔のようでした。

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「――って、それさっきまでの話じゃねーかー!!」

 スパーンッと俺は襖を左右に開きながら音読するカガミに突っ込みを入れる。
 そんな俺の登場に三人と一匹はよっと軽く手を上げながら簡単な挨拶をしてくれた。今の俺の姿はすっかり元の高校生。そして羽織っているのは寝室に用意されていた浴衣である。

「おー、ナイス突っ込みだねん。身体大丈夫かい~? にゃはは♪」
「げんきーいっぱーつ……」
「カガミってヤる時はとことんヤるからね。工藤さん、自愛して下さい」
「――えー、続きを読むぞ。いいかー」
「止めてくれぇぇー!!!」

 カガミが何事も無かったかのようにけろっとした表情で日記の続きを読み出そうとするものだから俺は慌ててそれを引き止める。むしろカガミの傍まで大股で歩み寄り、その日記を奪い取った。羞恥のせいでぜぇぜぇと荒い息が口から吐き出る。これ以上一体何を書いているのかと読んでやろうかとページを開く。
 開いて……俺は固まった。

「カガミん。一体何を書いてたのん~?」
「かちんこちんー……」
「どうせカガミの事だから苛めたこと全部詳しく書き記したんでしょ。はい、いよかんさん。今日のさくら餅はまた格別だよ」
「あー……ん」

 ぷるぷるぷるぷる。身体が震える。
 綴られている文章は確かに詳細だった。それも、ここまで書くかという程の密度で。頬だけだった赤みが首から顔を全体に広がっていくのを感じる。
 カガミへと視線を向ければ、彼は子供の姿のまま俺を見上げてきた。そしてにぃっと、その後ろに数時間前見た青年の姿すら幻覚で見てしまうほどの無邪気に邪悪な笑みを浮かべて彼は言う。

「お前の感度、マジ最高」
「ぎぃ、やぁあああああー――!!!」

 その日の三日月邸に響き渡った俺の悲鳴は本当に色気のないものでした。まる。

―― Fin…

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【共有化NPC / いよかんさん / ? / ?? / いよかん(果物)】
【共有化NPC / 三日月・社(みかづき・やしろ) / 女 / ?? / 三日月邸管理人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、番外編です。
 工藤様とカガミでいちゃらぶ(笑)というプレイングでしたので、ぎりぎりまでいちゃつかせて頂きました。なのであの後の出来事は妄想補完宜しくお願いいたしますv
 ポイントは高校生→幼児だったのに最後の突っ込みの時に幼児→高校生に戻っていたところにあるかと。単にスタミナ切れだったら笑えますが(笑)
 ではでは。またカガミといちゃつきに来て下さいv

カテゴリー: 01工藤勇太, 蒼木裕WR(勇太編), 迷宮編 |