迷宮編・7

―― お前の望みはなんだ?

 その声の持ち主は問いかける。
 ぼんやりとした輪郭で、俺よりも年齢の高い声色で訊ねてくる。
 ゆらり。ゆらりゆらりと漂う影。

 だけどそれは問い続ける。

―― お前の望みはなんだ?

 はっと目を開き持ち上げた手。
 掴めない輪郭の先。むくりと起こした身体は緊張のためか汗ばんでいて気持ち悪い。

「俺の、望み、は……」

 時計を見やればまだ起床時間には早い時刻。
 しかし夢のせいかもう眠る気にはなれない。俺は上半身を起こし、額に手を当てる。今も耳に残るのはあの鮮明な声。

「『俺の望み』ってなんなんだろ」

     ―― これは<ゼロ>から始まる物語。 ――

■■■■■

「勇太ー! 今日の飯はパンだろ。一緒に購買に行こうぜー!」
「おう、ちょっと待って。今レポートの最終行なんだ!」

 俺、工藤 勇太(くどう ゆうた)、十八歳。何処にでもいる平凡な高校生男子だ。
 だけどその成り立ちはちょっとだけ変わっている。実は約一年前に事故に遭い、以前の記憶の殆どを欠落しているのだ。俺が覚えていたのは日常生活に差しさわりのない程度の一般常識と母親の存在だけ。その母親の存在も最初は思い出せなかったが、やはり日々を過ごしていくうちに自分の母親がどんな人間か分かって来た。
 俺の保護者を担ってくれているのは叔父という男の人だけど、彼は俺がどんな生活をしてきたのか思い出さなくてもいいと言う。教えて欲しいと問いかけたその時の表情が憂いに満ちていたし、精神病院に入院している母親の事もあるからこそ俺もあまりその辺に関しては口を出さなくなった。

 さて前述通り、以前俺は事故に遭ったらしい。
 その時の俺は通学路からやや離れた場所にある道路の端で全身打撲あーんど大量出血で倒れていたのだとか。しかしその付近を警察が調査しても、バイクや車に撥ねられた様子や喧嘩の痕跡がなかったのだと言う。警察が言うに喧嘩なら殴り返した跡や抵抗した痕跡が残るのだとか。
 ただ唯一、俺が倒れていた家の庭壁が歪に壊されていた事だけが何かの証だったと言う。だがそれは車やバイクのものとは一致しないらしく、警察の方でも『事故』なのか何か他に原因があるのか判断が付かないまま一年が経ってしまった。挙句俺の記憶がさっぱり抜け落ちてしまった為、調査結果を『事故』だと結論付けるしか無かったというのが虚しい現実だ。
 実際は事故よりも『通り魔による暴行』の線が強いが、いかんせん俺の記憶がない以上裁判を起こす事すら出来ない。

 そう。俺の過去の記憶は『あの日』から『止まって』しまっている。

「なあ、お前らさ。『お前の望みはなんだ?』って問いかけられた事ってあるか?」

 俺はレポートを提出し終え、友人ら数人と購買部に買出しに行き、そのまま屋上に出て昼食を食べる。弁当持ち込み組の友人は箸をがじっと噛みながら俺の問いに首を傾げた。ちなみに俺は本日の飯であるやきそばパンを齧る。

「それ最近お前が夢に見るってヤツか?」
「ん、そう。最初は声だけだったんだけど、最近だんだんと姿が見え始めてきたんだよなぁ」
「どんな姿よ」
「なんかまだぼんやりとしてはっきりと答えられねーんだけどさ、俺らよりちょっと年上ぽい男、……? 声から判断するにだけどよ」
「色っぽいお姉さんだったら欲求不満だと突っ込んでやったのに」
「あのなぁ。俺この夢のせいで最近マジ不眠気味なんだってば」
「そういやさっきの授業で寝てたせいでお前レポート提出遅れたんだもんな、ざまあ!」
「怒るぞ」
「っていうか、男に対して欲求不満なのか? まあまあ、俺は同性愛にも偏見はないと公言している。さあ話してみたまえ!」
「そしてお前は以前から電波過ぎて突っ込みにくいんだけど!」

 牛乳パックを握り込み、こめかみに血管を浮き上がらせる。
 そんな俺の怒りが通じたのか、からかいはある程度の収まりを見せ俺は再びストローに口付ける。

「いっそ、お前の望みをソイツに言ってみたらいいじゃん。夢の中の出来事なら問題ないだろー」
「そーそー、ただの夢なんだし」
「…………それで解決すると思うか?」
「それで解決しなかったら医者に行けば良いじゃん。俺達に相談し続けてもなんの解決にもなんねーって。やっぱ専門医の方が的確な判断してくれるってば」
「あー、うん。分かってる。一応カウンセリングの方にも夢の話はかるーくしてみたんだけどさ」

 記憶喪失者である俺。
 日常生活はなんなく暮らせているけれど、やはり不安が付きまとい一ヶ月に一回、多い時でも二回程度その手の病院に通わせてもらっている。
 だけど『そろそろ通院は要らないかもしれない』と先生は言った。

『君が本当に知りたい過去なら良いけれど、君は過去を思い出そうと努力するたびにどこか辛そうな表情を浮かべているよ』

 医者の選択は二つ。
 どこまでも失った記憶を追いかけていくか、それとも今を前向きに生きていくか。

「勇太ー! そろそろ戻らねーと次体育だから着替え間に合わなくなんぞー!」
「おうよ、今行く!」

 この青い空の下。
 談笑しながら友人達の輪に交じり、一気に駆け下りていく階段。一歩一歩確かに己の足で地を踏み込んで走っているのに、何故だろう。この現実がどこか浮ついて感じるのはどうしてなのだろうか。

■■■■■

「彼女が欲しいとか明日の晩飯の用意、とか? ……うわー意外に望みって少ないもんなんだなー」

 そしてその夜、俺は一人暮らしをしているアパートの中で自分について考え始めていた。指折りで願い事を口に出してみるけれど、それは全て他愛の無い事過ぎて正直自分自身に呆れが出てしまう。

「やっぱり過去……かな」

 ベッドの上で俺は足を抱きこみながらぽそりと呟いた。
 夢の中のあの声に願う言葉、自分の力ではどうにも出来ない事象を叶えてもらうならそれしか願い事が浮かばなかった
 確かに失った過去を思い出すのは怖い。
 でも夢の声を聞いてから無償に寂しさを感じる。それはとても大切な何かを忘れてしまった感じで、心にぽっかりと穴があいているのだ。

「俺は何を失った?」

 右手を差し出しぐっと指を折り拳作る。額にこつんとそれを押し付ければ、『声が聞こえてきた』。

「お前の望みはなんだ?」

 ぴりっと神経が張り詰める感覚。
 これは夢じゃない。今俺は起きている。起きているのに――。

 うっすらと何者かの姿が俺の丁度一メートル先程に出現する。『ソレ』は意外にも少年の姿だった。十二、三歳程の少年が俺を見ている。
 浮いている様子からしてまさか幽霊? ――そんな考えが俺の脳裏に思い浮かぶ。だがそれを否定したのは目の前の少年ではなく、俺の<心>だった。
 視界がぼやけて見える。
 すとんと床に足を付けた少年が俺の方へと寄り、それから自分より小さな手を差し出す。その指先が目の端に引っかかるのを感じて、俺は己が泣いている事を知った。

「お前の言う事何か聞くって約束だろ? 何驚いてんだよ。再生に時間が掛かったからお前を迎えに来るの遅れたけど、やっと約束果たせそうで良かった」

 突然部屋に人が現れたら人は驚愕するだろう。
 でも俺は少年の事は一切怖くなかった。むしろ懐かしささえ……。
 弟のようで兄のようで……そして家族のような存在、場所……。
 ああ、溢れてくる――この願い、は。

「今、俺は幸せだよ。でもそれを捨てても、怖い過去を思い出しても取り戻したいものがある……」
「……あの時、俺が<ゼロの可能性>から護りきれなかったのはお前がそれを僅かでも望んでしまっていたからだ」
「<ゼロの可能性>?」
「未来の一つ、今のお前の状態の事だ。つまり、過去を忘れてしまう事」
「――俺、アンタの声を知ってる」
「ああ、何度も呼びかけた」
「幼い声じゃなかったけど、アンタ、だよな?」
「お前が望むなら姿を変えてやっても構わねーけど? でもそれよりも先にお前の願いを叶えるか」

 少年は俺の額に手を翳す。
 僅かに俺はこの格好に戸惑いを覚えた。何か以前にもこうして手を翳された時、非常に危険を感じたような気がして……。だが少年は笑う。
 彼は笑う。
 黒と蒼のヘテロクロミアの瞳を細めて――まるで鏡みたいに俺の過去を映し出すかのように。
 戻っていく。
 時が流転していく。
 記憶が戻っていく感覚に俺は胃を圧迫されるような感覚に襲われた。幼い頃自身の超能力のせいで研究員に実験体にされていた事。性的虐待を受けていた事。母親が気を病み、精神科に入院している事。何もかも全て戻っていく。

 一年前のあの日、俺は偶然出逢った。
 帽子を深く被り、ブツブツと何かを呟いていた男。その言葉の中にあの研究所に縁のある音が混じっていた事を俺は覚えていた。そして男は襲い掛かってきたのだ。肉体的なものじゃない、俺と全く同じ能力者だったことを覚えている。何が目的かだったのかは今となっては分からない。だけどその男が持っていたのは鏡だった。俺の眼前に突きつけられた鏡はそのまま肉体から精神を分離させ、意識を吸い込み――――。
 そして、未来は<ゼロ>へ。

「『カガミ』、……ッ」
「ああ」
「帰りたいっ」
「分かってる」
「俺、俺ぇ、皆のとこ、帰りたぁ――っ……!」

 俺は両手を前に真っ直ぐ伸ばし、少年へと抱きつく。
 だが俺に触れたその肌は少年ではなく――。

「こんな乱暴な攫い方、二度としねーからな。覚えとけ」

 しっかりと俺を抱きとめてくれる『青年』の腕。
 その俺よりも大きな腕に自分は心からほっとし、そして大声でしゃくり上げた。二人の身体がベッドへと倒れ込み、『落ちて』いく。きしりと悲鳴を上げたのはベッドのスプリング。

 俺はしがみついて泣く。
 彼は俺を抱きしめて髪を撫で、背を叩き、あやしてくれる。

「あー……しばらくこのままの格好で大丈夫だから少し力を緩めろって」

 一年前巻かれていた包帯が今俺の腕に存在している事、それが事実。
 青年――もといカガミの言葉に全身でしがみついていた俺はほんの少しだけ反応が遅れ、気付いた時には顔を真っ赤にし相手の肩に顔を押し付けたのは……他の皆には秘密。

―― Fin…

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【共有化NPC / いよかんさん / ? / ?? / いよかん(果物)】
【共有化NPC / 三日月・社(みかづき・やしろ) / 女 / ?? / 三日月邸管理人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、第七話であり最終話となります。
 記憶を無くした未来からの復帰となりました。

 今回はもはやNPC一人しか出ておりませんが、感謝の意を込めて登場人物に全員の名を連ねさせて頂いております。
 長い話となりましたが、発注有難うございましたv

 ちなみにNPCがカガミonly指定でにやりとしたのは言うまでもありません。これから先、ヤツとはどこまでも色々やって下さい^^
 では。

カテゴリー: 01工藤勇太, 蒼木裕WR(勇太編), 迷宮編 |

迷宮編・6

道は既に開けている。
 ミラーが強制的に靄に開かせた一本道。それは暗闇の中で唯一「進むべき先」と認識出来るものだった。ミラーと彼が抱えたフィギュアは先にその道を歩んで行ってしまう。前回の戦闘によって重症を負ってしまったカガミの再生を待とうとスガタと俺は考えたが、カガミはある程度動けるようになると身体を起こし先を進む事を選択した。

「にゃ~……やっぱり無理は駄目にゃ」
「でも行かねーともっと酷い事が起こる可能性が高い」
「カガミ、それはどういう事?」

 俺はチビ猫獣人のままではあるが、カガミの身体を必死に労わりながら彼の横を歩む。視線は鋭角。上目遣いのこの身長差が今が憎い。本来の姿ならもっとカガミを支えてあげられただろうに。俺はぎりっと唇を噛み締める。せめて、俺が持つ能力の中に回復能力があればよかったのにと心から思った。
 一方、同身長であるスガタはカガミに己の右肩を貸しながら問いかける。
 スガタと違い、カガミの能力は先を見通す事が出来る能力を保持しているのだ。その彼が自分の怪我を耐えてまでミラーを追いかけるには理由があるはずだ。カガミは何とかくっついた己の右手を見下げながらため息を吐き出す。

「ミラーは基本的に理性型のスガタ、お前に近い。だが、その本質はある条件下に置いて非常に暴走型と言えるだろうな。なんとなく分かるだろ」
「それはフィギュアって言うおんにゃのこのことにゃん?」
「もちろんそれもありますよ。彼は生まれた頃から彼女と共に存在していたという事ですから――真偽はともかく」
「だが、それよりもより深く根付いた本能的な物がアイツを揺らがす」
「それは僕達も同じ」
「それは俺達も同じ」

「「 この異界フィールドを脅かす<ゼロ>を彼は決して赦さない 」」

 青年声では有ったが、彼ら二人の声が揃うその口調が妙に懐かしくなってしまった。
 あの時三日月邸で皆と離れ離れになってから一体どれくらいの時が経ってしまっていたのだろうか。時計も役に立たないこの世界では己の感覚だけが頼り。しかし昼も夜も分からない、そして意識さえしなければ腹もすかないこの世界ではもはや数日経っていても可笑しくないのではないか。俺はカガミの服の裾をきゅっと握り込む。右手を見ていた彼はその行為を不安と取ったのか、俺の頭に手を乗せてくれた。だがぴくりっと指先が何かに反応を示す。

「――暴れてるな」
「――暴れてますね」
「それは『侵入者』にゃ!?」
「というより」
「も」
「なあ?」
「……予想はしていたのですが」

 その二人の飽きれた様な――けれど虚しさを湛えたような目を俺は忘れない。そして察してしまった。否、これで察しない方が馬鹿だ。やがて訪れる道の最終地点。其処には一つの扉が存在していた。それは扉というよりも正しくは三日月邸に良くある襖だ。スガタはカガミから腕を放し、カガミは己の身体の具合を確かめるように肩からぐるりと腕を回す。そして俺の身体を襖の直線状に並ばないよう首根っこを引っ張った。

 襖に手を引っ掛けたスガタが頷く。
 それに同意するようにカガミと、そして俺は同時に首を下へと下ろした。
 そしてその先に待っていたのは――。

「にゃーはっはっはっは☆ 社ちゃんの攻撃に不可能はにゃーい! いっけー、いよかんさん軍団ー!!♪」
「「「「「おー」」」」」
「もっと元気よーく!」
「「「「おー!!」」」」
「よし、悪の少年を倒すべく行くのだぁー! にゃははははー!」

 ……。
 その向こうに繰り広げられていた光景はあながち、普段と変わりありませんでした。

「じゃねーよ! メッチャうぜーことになってるし!」
「うわー! いよかんさんが大増殖してるー! 僕の元祖いよかんさんはどこー!」
「お前も落ち着け! それよりミラーの方が危ないだろうがっ!」
「はっ、そうだよね。これって一種のハーレムなんだよね。……じゃない、ミラー大丈夫!?」
「…………君達、邪魔しに来たの? 突っ込みに来たの? 暇人だね」

 三日月邸を背にこれまた十八歳ほどに成長した美少女――三日月 社(みかづき やしろ)が嬉々として右の人差し指を対面しているミラーへと指差す。そして命令を下すのは常ならば『三日月邸には』一匹しか居ないはずのいよかんさんだった。彼らは今、スガタの言う通り一目では数え切れないほど増殖していた。その数軽く見積もっても百匹以上!
 俺達の出現に社は、そして多くのいよかんさんはざっと一斉に視線を向けた。その量の多さに俺はぞわわわわっと背筋に何かが走り、猫尻尾がぴんっとはねた。

「気持ち悪いにゃー!!」
「切っても払っても増殖するんだから本当に迷惑だよね、このクダモノ。しかも増殖したせいで本体が分かりにくくなってる。ある意味一番面倒くさい」
「ちょっとミラー、切っても払ってもって」
「何か問題でも?」

 くっとミラーは己の足元へと視線を僅かに向ける。そこにはぐちゅぐちゅと無残にも果物が切り裂かれ程よい柑橘系の香りを放つ光景が広がっていた。
 人間じゃなくて良かった。俺は心底マジでそう思う。
 しかも命令を受けたいよかんさん達はミラーに恐れることなくまた攻撃を仕掛ける。基本的に手に持っている先割れスプーンやフォークなどで戦っているのがこれまたファンシー。

「ミラー、むやみやたらと攻撃しては駄目よ。本体を見つけなきゃ――きゃあっ!」
「ちょっと、そこの果物。フィギュアの髪の毛を引っ張るなんて死んで詫びてくれるかい?」

 ミラーの腕の中でフィギュアが進言する。その瞬間、彼女の長い髪の毛がいよかんさんの一匹に引っ張られ、そのまま攻撃に転じようとした。だがそれをミラーが赦すわけがない。素早く足をそのいよかんを蹴り飛ばし、その挙句細長い胴体を靴のそこで思い切り踏み潰したのだ。ぷぎゅるという可愛らしい擬音とは裏腹に、その胴体から出てくる液体のえぐいことえぐいこと。果肉が飛び散る様に俺は一瞬、同情の念が浮いた。

「ぎゃあああ! いよかんさんがぁー!」
「――さてっと、これ以上スガタが崩壊しないように処置をするか。おい、正気に戻れー」
「うわああん、スガタ~……」
「大丈夫。本体は一体ずつだ。社に憑いているアレと元祖いよかんさんに憑いているモノの二体。それを探し出して引きずり出してしまえば終わりだ。分かってるだろ?」
「それは分かってるけど……これだけ気配が密集していると探り出しにくいんだ」

 くっと悔しげにスガタが顔を歪める。
 俺は目の前の光景に呆気に取られていたが、ハッと意識を浮上させるとカガミの腕をひしっと掴んだ。

「俺が探るにゃ!」
「お前が?」
「テレパシー能力で、探ったらいいにゃ! さっきあのおんにゃのこと一緒にスガタに憑いていた靄っぽいもにょを一緒に探したにゃん。アレのやり方ならまだ覚えているから出来ると思うにゃ!」
「なるほど、それならいけっかも」
「やらないよりマシにゃー! 俺様だって皆の役に立ちたいにゃん!」

 だってここは俺にとっても大事な場所だ。
 安息の地だと言っても構わない。夢だと一括りにしてしまう事が今回の一件で良くない事は分かった。俺の存在が彼らにとってどうあるべきかは分からないけれど、それでもただ居るだけの存在にはなりたくない。
 守りたいんだ。
 居心地のいい場所を。
 護りたいんだ。
 傷付いた彼らをこの手で。

「頼んだ」
「頼みましたよ」

 そして彼らは応えてくれた。
 一斉に駆け出すスガタとカガミ。
 スガタはいよかんさんに囲まれているミラーの方へ。不本意ながら、ミラーはフィギュアをスガタの腕へと引渡し、自由になった手でいよかんさん軍団を捌いていく。フィギュアに害を成されたと見なした彼にとっては『裁く』、だったのかもしれないけれど。
 そしてカガミは社へと飛んだ。
 地面を蹴り上げ、一直線に少女の元へと跳躍する。その勢いのまま彼は傷付いた足を振り上げ、容赦なく少女を攻撃した。だが社も身軽な少女だ。攻撃してくるカガミの蹴りをふわりと後方に下がる事であっさりと避けた。

―― あたしは社を攻撃するわ。貴方は貴方の出来る事をなさい。

 戦闘が繰り広げられている中、フィギュアの声が俺の脳内へと届く。
 スガタを元に戻した時同様のその現象にもう俺は驚かない。そして俺からは前回同様なにも応える事はしなかった。彼女が社を攻撃するというのなら俺がするべき対象はただ一つ。いよかんさんを探す事だけだ。

 頼む、頼む。
 俺の中の「力」よ。この大勢のいよかんさんの中から本体に宿っている原因を探し出してくれ。目を伏せ、俺は集中して気配を探る。みんなの姿が透け、輪郭だけ浮き上がる。飛んでいるあれはカガミ。あっちでいよかんさんをなぎ払っているのはミラー達。
 そして意外かもしれないけれど、いよかんさん軍団の中には『空洞』だった。社によって何か憑依させられているのかもしれないと思っていたけれど、そんな事はない。ただの空っぽ。つまり傀儡。だが、その中でも確かに一匹だけは存在しているはずなのだ。
 探せ。探せ。
 皆がこれ以上傷付く前に。
 これ以上何も破滅へと走らないように。

―― !?

 三日月邸の裏庭。
 軍団よりも外れた先に『本体』は存在していた。たった一体で元々細い目をより虚ろにさせながら立っている一体のいよかんさん。ゆらりゆらりと不安定な動きでそれは確かに――『俺』を見ていた。視線が交わる。
 輪郭だけが浮き彫りになった空間で唯一彼と俺だけは立体の世界。

「見つけたにゃぁああ!!」
「させないっ!」

 俺はテレポートで本体の方へと転移する。
 叫び声に反応し、社がカガミを放置し彼女もまた転移しようとするが……。

「お前の相手は」
「貴方の相手は」

「「 俺だろ?/あたしでしょ? 」」

 カガミとフィギュアの声が重なり合い、二人は大胆不敵に微笑んだ。

 そして勝負はその瞬間、勝者と敗者へと別たれる。
 倒れる少女といよかんさんの身体。よろけたその社の肢体をカガミは抱きとめ、フィギュアの方へと視線を向けた。彼女の手の中には鏡の破片が存在している。その中に居たのは当然いつもの少女姿の社だった。
 俺はいよかんさんを抱きしめ、ふぅっと息を吐き出す。そしておそるおそる己が手の中に存在しているもの――鏡の欠片を眺めればそこにも倒れ込んだいよかんさんの姿があった。

「決着が付いた様だね」
「うわぁああん、いよかんさんー!」

 ばたばたばた。
 一斉に倒れだすいよかんさん、だったもの。攻撃していたいよかんさんもどきは今はもう球体のただのいよかんへと姿を変え、地面に転がった。操るものが無くなれば傀儡が倒れるのも当然。フィギュアはため息を吐き出し、それからスガタの胸元へと脱力するように身体を寄りかからせた。
 が。

「――そういえば君の処置がまだだった」
「ぎくっ!」
「フィギュアにしてくれた事のお仕置きはどうしようか」
「いやいやいやいや、あれは不可抗力で!!」

 ミラーの背後からゆらりと黒いオーラのようなものが見えるのは何故だろうか。
 その気配がスガタを一気に圧迫し、彼はさぁっと顔色を青く染めた。俺は素早くいよかんさんを抱えたままぽふぽふと獣の足でスガタの前まで駆け出す。そして盾になるべく、二人の間に入った。

「違うにゃ! スガタが大好きにゃのはいよかんさんにゃ!」
「ふぅん。でもスガタは別に女の子も嫌いじゃないよね?」
「ちがうにゃ! ただちょっとキスをしてちょっと力をいっぱい使わせちゃっただけにゃっ」
「そのキスって本当に不可抗力だったのかなぁ。だって自分が強ければ反発出来たじゃない――と、言うわけでお仕置き決定」
「わーっわーっ! ちょっと待つにゃ! その時の状況をテレパシーで送るからちゃんと知って欲しいにゃー!!」

 俺は慌てていよかんさんをスガタの方へと若干投げるようにして手渡すと、あの時の事をミラーへと渡す。己の中に他者の意識が入り込んでくるという行為が不愉快だったのか、ミラーが一瞬眉根を寄せる。
 だが俺が全てを伝え終えると、飽きれた様に腰に片手を当てた。やがてミラーはスガタからフィギュアを受け取ると、彼女は少年に腕を回す。彼らは彼らでその密着に安堵を得たのか、少しだけ表情が和らいだ。

「<迷い子>にフォローされるとはまだまだ未熟な案内人だね。まあいい。今回は崩壊に至らなかっただけ良しとしよう」
「じゃ、じゃあ、お仕置きはなしにゃん?」
「っていうか――アレに突っ込む気が失せた」
「にゃあ?」

 アレとは一体何か。
 俺はミラーの視線の先、つまり自分の後ろを振り返る。そこには。

「すーがーたー!」
「ああ、もう。いよかんさんったらー。僕と別れてた間そんなにも寂しかったの?」
「あーん、あーん! 怖かった、のー!」
「僕もいよかんさんに会えなくて寂しかったよー!!」
「もっとぎゅー!」
「うん、失った時間をこれから埋めようねっ」

 ざー。
 砂が。
 口から砂が吐ける。

 いつの間にかスガタといよかんさんお得意の「二人のためだけに世界はあるの」フィールドが形成され、そこに漂い甘ったるい雰囲気に俺は出るはずの無い砂が口から出てくる気がした。確かにこの状態のスガタを見せられてはミラーも説教やお仕置きをする気が失せるだろう。
 しかもスガタは二十歳の青年の姿で、辺りに漂う香りは柑橘系のもの。
 そう、……恐らくミラーに潰されたフローラルないよかんの、だ。

 俺は集めた三枚の鏡の破片をフィギュアに手渡す。
 彼女はそれらを見合わせ、その中に存在している普段の少年少女達の姿を見てほんの僅か目元を細めた。

「これで四枚の欠片――『侵入者』が揃ったわね。……世界崩壊のきっかけは防がれた」
「フィギュア、苦しくないかい?」
「ええ、大丈夫。大丈夫よ。だってあたしはもうすぐ忘れてしまうもの」
「僕が覚えているよ」
「あたしはもう今回の事を忘れてしまうかもしれないけど……ミラー、覚えていてね。愛してるわ、ミラー。あたしをずっとずっと……作り出してね」
「もちろんだよ」

 そしてこっちはこっちでまたしても甘い雰囲気を漂わせ始める。
 本当なら『侵入者』についてもう少し詳しく聞きたかったけれど、これを壊す程俺は気の利かないヤツではない。ならば行く先は一つ。

「カガミ!」
「んぁ?」
「もう大丈夫にゃん!?」
「ああ、もう平気」

 社を縁側に横たえながらカガミは片膝を立て、右手でがしがしと己の髪の毛を掻いた。俺は自分が今チビであることを利用し、そんなカガミの身体へと飛び込む。小さな身体に大きな身体。普段とは全く逆の俺を受け止めてくれるカガミの腰に両手を回しすりすりと懐く。

「よくやったじゃん」
「当たり前にゃ!」
「今度お前のいう事何か聞いてやんねーとな。借りを作んのは本意じゃねー」
「マジで!? マジで俺様のいう事聞いてくれるにゃ!?」
「まあ、出来る範囲なら?」
「やったにゃー! にゃににしようかにゃー♪」

 俺を抱き上げてくれるカガミの腕。
 すっぽりと収まってしまう幼児体系の俺の頭の上にカガミは顎を置く。今回の一件で一番傷付いたのはカガミだろう。それは肉体的にも、精神的にも……だ。だけどその時の俺はまだ事態の重さに気付いていなかった。
 何故ならうきうきと猫の手を折ってやって欲しい事を考えていたのだから。

「<迷い子>。さあ、これを覗いて頂戴」
「それって?」
「これが完成形の『侵入者』。貴方を――いいえ、<迷い子>を夢の住人へと変えてしまう呪具よ」
「呪具って」
「さあ、見なさい。そしてもう終わらせましょう」

 四枚の破片を繋ぎ合わせた鏡をフィギュアが持ってきた時、俺は恐る恐るそれを見た。そこに移っていたのは当然俺だった。猫耳の生えた俺と顎を乗せたカガミ。だがそれは次第に歪み、ある光景を映し出す。ベッドの上ですやすやと眠る高校生の俺の姿は常と変わらないように見える。
 だが次の瞬間、カガミの表情が悲しげなものへと変わった事を俺は忘れない。ぎゅっと力強く回してくれたカガミの腕。その感触を俺は――。

「これが君の現実だろう?」

 そのミラーの言葉をきっかけに俺は抗えない意識の水底へと落ちた。

■■■■■

 

 ピッ……ピッ……ピッ……。
 電子音が定期的に鳴る。
 耳に伝わるそれは何の音?

 バタバタと誰かが走り去っていく音。
 何故そんなに急いでいるのか俺にはわからない。
 だけどふわりと目を開いた先、そこにあったのは見慣れた光景だった。そして慣れた香り。そう、母さんを見舞いに行く時に嗅ぐ独特のあの……。
 そして再び急くような足音が帰ってきて俺はゆるりと首を横へと向けた。

「やあ、おはよう。三日ぶりのお目覚めはどんな気分かな? さて、っと……そうだな。君は自分が事故に遭った事をまず覚えているか聞こうか」

 ベッドに横たわる俺にそう話しかけてきてくれたのは白衣を着た初老の医師だった。

―― to be continued…

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【共有化NPC / いよかんさん / ? / ?? / いよかん(果物)】
【共有化NPC / 三日月・社(みかづき・やしろ) / 女 / ?? / 三日月邸管理人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、第六話となります。
 一応異変に関してはほぼ収拾いたしました! お疲れ様です!!

 今回の話は現実世界で呪具(もしくはそれに順ずるもの)に無意識、もしくは意識的に工藤様が関わってしまった事により起こった異変でした。
 例えば肝試しとか、もしくは他人に呪いを掛けられたとか色々解釈は出来るかと。

 と、言うわけで前回の話で出た『記憶を失うほどの事故』はここに繋がります。
 記憶があるのかないのか――そこが問題です。ではでは。

カテゴリー: 01工藤勇太, 蒼木裕WR(勇太編), 迷宮編 |

迷宮編・5

「俺、工藤 勇太(くどう ゆうた)。十八歳の現役高校生! 常日頃から『リア充になりたい!!』と恋人持ちのダチに叫ぶ日々を送っているちょっと寂しがり屋の男の子。絶賛恋人募集中!」
「勇太よー、それ誰に言ってんのさ」
「なんか主張しておかねーと駄目っぽくね!? だってやっぱ可愛い彼女とか欲しいじゃんー! 青春してーよぉー!」
「やっぱ女の子とそれなりの仲になるのは良いぞ。アレやコレやソレや」
「アレやコレやソレって……」

 ごくり。
 勇太の唾が飲み込まれる。友人の言うアレやコレやソレをもやもやと頭の上に浮かべそして言葉の先を期待し、言葉を待つが。

「ま、頑張れ」
「教えてくんねーのかよ!」
「実践経験の方が良いじゃん。お前こそ気になる女の子とか居ないのか? あ、別に俺は男でも気にしないから。偏見ないから安心して暴露していいからな」
「お前の思考回路がどうなっているのかが俺にはさっぱり分からねーよ」

 昼休みの教室で俺と友人が語り合う。
 その内クラスメイトが集い集め、昨夜のドラマの話や話題の歌手の話題へと移行していく。しかし青春まっさかりの男子高校生にとっても恋愛の話は興味あるもの。恋人持ちからは、勇太の肩にぽふっと手を置かれイイ笑顔を浮かべられたり、同じく独り身の友人らと「けっ」と拗ねてみたり。
 それはなんて平和な日常。
 一般高校生が過ごすに相応しい一コマ。

「いやー、しかし俺さ。一年前の事故のせいで記憶喪失になってガチで自分の事が分からなくなった時はマジで焦ったけどよ。今じゃ割としっかりと生活出来てんだからやっぱ人間って凄いよなぁ」
「そうそう。親友の俺の事も『誰?』とか言ってたもんなー。あん時はショック療法で直してやろうかと、こう、拳を、なぁ?」
「ちょっ! いじめかっこわるい!」

 別の友人の背中に隠れながら勇太は逃げる。拳を作った友人は「冗談だっつーの」とけらけら笑いながらその手を下ろした。
 勇太は笑う。
 笑う。
 それは一般的な人間として。
 己の事をすっかり忘れ、過去を捨て去った人間として。

―― だけど『彼』は後悔していなかった。

■■■■■

「これは『工藤 勇太』――お前がいずれ辿るかもしれない未来。むしろ最善かもしれない未来の一つ。そしてこの可能性を選択した場合、お前は<迷い子>の定義から完全に外れる」

 『無限回廊』とフィギュアが呼んだ暗黒の道を歩んだ先にはスガタの宣言通りカガミが存在していた。彼は今スガタと同様に二十歳程の青年の姿へと成長を遂げている。彼らに成長という概念があるというのならば、だが。腕を組み、面白げに目の前で繰り広げられている一般高校生の日常へと彼は視線を向けたまま俺達を見ようとしない。存在に気付いていることは台詞から明白だ。
 スガタは姫抱きにしたフィギュアを落とさぬよう改めて抱き直す。そして俺を庇うかのようにそっと体の角度を変えた。

「カガミ」
「スガタ。お前も分かっているんだろう。<迷い子>がどうしてこの世界に迷い込んでくるのか。大なり小なり人という生き物は迷いを抱く。時に選択肢を迫られ、行く先を選び抜いて人生を歩んでいく。だけどソイツが抱く能力は異能で、それゆえに迷いも大きい。ならば『失えば』終わりだ」
「カガミ……じゃないね。カガミならもっと工藤さんの性格を考えて言葉を吐くもの」
「姿見というものは便利だな。中身が違っていても一瞬は騙す事が出来る。幸いにもその女は眠りについているようだし、俺の力を使用するには最適だ」
「にゃっ! お前カガミじゃにゃいにゃん!?」
「さて、未来を現実にするか」

 ふっとカガミが姿を消す。
 ざっと地をする音を立てながらスガタが構えた。しかし彼の腕の中には眠り姫。俺もまたチビ猫獣人とはいえ、体勢を整えた。小さな身体は小回りがきくけれど能力を操るにはちょっと不便。そしてカガミが出現したの丁度俺の後ろ。

「にゃぁあ!!」
「工藤さん!?」
「記憶操作は俺よりも適任者がいるんだが、ソイツは今必死にお姫様を追いかけてきてる途中だからな」

 青年となったカガミの影が身体に掛かり、自分の顔の前には彼の手が翳される。スガタはカガミの行動に気付くのが遅れ、表情を強張らせた。フィギュアはまだ目覚める気配がない。俺はぎりっと小さな歯を噛み締めながら、何回りも大きいカガミを睨み付けた。

「俺の、記憶を消すのにゃ?」
「辛い事、悲しい事をゼロに変えるだけだ。安心しろ。お前の未来はさっき視たとおり『保証されて』いる」
「アレは今までの俺をすべて否定する未来じゃにゃいか! こんにゃのいやにゃ!」

 ぶわっと俺の中に燻る怒りの炎が敵意という形でカガミを襲う。
 サイコキネシスを応用した能力、真空の刃が目の前のカガミの姿をしたカガミでないものを切り裂く。だが、肉を裂かれても彼は抵抗するわけでも避けるわけでもなくただわらっていた。……嗤って、いた。

「それで?」

 カガミの目が狂気染みた色へと変わるのを俺は確かに視た。
 痛覚がないわけじゃないだろうに、彼は痛がる素振りなど一切見せない。むしろけろっとした表情が余計に恐怖を心に植えつける。

「お前には『俺』を攻撃する事しか出来ないじゃないか。誰かを傷つけて、誰かの心を壊して、己の心すら押し殺して挙句の果てにこんな夢の世界に依存して暮らしている。――だからもう終わらせてやる。そして行けよ。ゼロの世界へ」
「止めて、カガミッ! それは僕らが手を出すべき領域じゃない!」
「――そんなの絶対にいやにゃ!!」

 俺の頭をボールか何かを掴むかのように大きな手が被さり、力が込められる。その痛みが明確に伝わってきてサイコキネシスの暴走を招く。目の前のカガミが切り裂かれて、血を零す。皮膚を裂き、抉られた肉は骨を垣間見せる。
 違う。こんな事がしたいんじゃない。だけど本能は逆らえない。だって記憶を失いたくないのだと全身が叫んでいる。血液が怒りに熱をあげ、沸騰しそうだ。
 たしかに辛い事はいっぱいあった。でも自分を作り上げて来たのは今までの出来事があったから。いろんな出会いがあり、いろんな経験をして自分なりに昇華して力に、強さにしてきた。
 それをすべて失って得るものとは『幸せ』と呼ぶのだろうか。

「記憶を消すなら、僕が消したいな」

 不意に暴風と言っても過言ではないほどの激しい風が辺りを覆う。そして次の瞬間、俺の頭を掴んでいた手が――落ちた。手首からすっぱりと切れたその光景に俺はぞわっと背筋に寒いものが走る。首を振ればごとりとソレは抵抗無く地面に落ちた。
 拘束から解き放たれた俺は慌ててスガタの足元へと逃げる。風がやめば其処には一人のゴシック服装の少年が存在していた。ふわりと空中に姿を浮かばせ、決して地面に足先を付けないその様子は冷静に見えるけれど、今しがたの能力の使い方を思えばそれは間違いだとすぐに分かる。

「ミラー!!」
「悪いけど、僕は今色んな意味で手加減が出来ないほど怒っているんだ。スガタ――とりあえず君の処罰は後でね」
「うわ。やっぱり来た……」
「そして<迷い子>。君についても少し論議が必要だね。『侵入者』を連れて来た挙句、フィギュアに害を成し、僕らの管轄内のフィールドを歪ませかけた行為は少々目に余る」
「そ、その『侵入者』ってにゃんにゃんだにゃ!」
「説明は後……さて、カガミ。僕はフィギュアのように優しくはないんだ。悪いけど強制的に排除させて貰うよ」
「にゃー!! カガミを傷つけちゃ駄目にゃー!」
「君、ちょっと煩いよ」

 俺は自分の能力の暴走を少々棚に上げつつも抗議する。
 だが手首をすっぱりと切ったミラーの攻撃の方が容赦がなく、冷淡さがあった。これが超えられない壁なのかもしれない。同種だと彼らは言う。同じ夢の世界の住人で、同じように迷い込んできた俺のような人間を導いている者達の立場からしたらこれらの行動は『正当』なのかもしれない。だけど。

「アイツの記憶、消してやればいいのに」
「僕もそう思うよ」
「酷ぇよな。兄弟と言ってもいい俺に対しても遠慮なく攻撃かよ。ほら、見事に右手が無い」
「だって君はカガミだけどカガミじゃないもの。本質を見失わなければ何を戸惑う必要性があるの? ……と、言うわけで」

 瞬間、ミラーはその右手を目にも止まらぬ速さで横へと滑らせる。
 俺はただ見ていることしか出来なかった。

 ミラーはカガミの胸元を切り裂く。
 それはスガタに対してフィギュアが行った行為と同じ意味合いを持っている行動。だけど精神的なものと、肉体的障害とは視界が違う。距離を瞬間的に詰めたミラーは避けたカガミの胸元に指先を纏め、尖らせた手先をのめり込ませる。ずぶずぶと入り込んでいくそれはまさにホラー光景。スガタが俺にそれを見せないように立ち塞がってくれるけれど、自分はそれを拒んだ。だって見なければいけない気がしたんだ。部外者だとか言われても、俺は先を恐れない。
 やがてずるりと真っ赤な血に塗れたミラーの手が何かを抜き出す。それは血液に塗れていたけれど、今俺の手の中に存在しているスガタが入っている鏡と同じものだという事が直ぐに分かった。
 そしてカガミはヒュー……ヒュー……とまるで肺に穴を開けられた人間のように掠れた呼吸を零したかと思うとそのまま場に仰向けに倒れ込んだ。

「ひっ――カガミッ!!」

 俺はスガタの足元から飛び出し、ミラーとカガミの元へと駆け出す。
 生きている。
 口から血を吐き、右手は失い、胸を貫かれ、全身を俺の能力によって裂かれても彼は『生きていた』。
 ミラーは倒れた青年の姿を見てから、手の中の鏡へと視線を下ろす。その鏡の中に収められているのは一人の少年。青年同様倒れ込んで苦しげに呼吸を繰り返してはいるが血塗れではない。それに手もくっついていた。
 彼は空中から刺繍の成された綺麗なハンカチを取り出し血を拭い去るとその鏡を俺に手渡してくれた。俺は涙が浮き出して、零れそうになる。だけど滲んだ景色の中、青年の方のカガミの体から靄のようなものが逃げ出すのを俺は見つけた。おそらくスガタの時に逃げ出した時と同種なのだろう。前回は逃がしたが、今度はミラーがそれを許さない。

 靄に対して視線を向けると彼は「操眼(そうがん)」を使う。
 非常に力を使う能力ではあるが、力の弱っている相手を己の言いなりにさせる力だ。その説明をスガタから受けた俺はミラーに対してより一層怯えにも似た感想を抱いてしまう。それが伝わってしまったのかスガタは「普段は使わないんですよ」と小さなフォローを入れた。

「さて案内してもらうよ。三日月邸まで」

 そのミラーの言葉を合図に、一本の<道>が開いた。

 スガタの腕の中からミラーは愛する少女を受け取ると俺達の方も見ずに歩き出す。
 置いていかれると感じたが、カガミがまだ倒れたままだ。しかも彼は現在重症を負っている。俺はおろおろとミラーとカガミを交互に見やった。

「……未来は」
「カガミっ」
「未来は、複数の道を……巡る。一択、じゃ、ない」
「しゃ、しゃべっちゃ駄目にゃー!」
「お前の、記憶、……が消える未来……は、ただの、可能性の……一つ、だろ?」

 ああ、ここに居るのはカガミだ。
 どれだけ外見が変わっても中身はいつものカガミだ。俺は安心からか、ぼろぼろと涙を零す。それを見たカガミは右手を持ち上げる。だがその先には――。

「カガミの再生には少し時間が掛かりますね」

 切れた手を持ってくるという光景はちょっとシュールだ。
 スガタはカガミの手を持ってくると切れたその先に触れさせ、それから両手で繋ぎ目を隠すように包み込む。スガタは目を伏せ、そして祈るようにその手を持ち上げた。

「あー……来い」

 右手が使えないカガミは心底だるそうに、だけど少しだけ困った笑みを一つ浮かべて左手で俺を招いた。当然それを拒む理由が無い俺は素直にカガミへと寄る。そしておそらく右手でしようとしてくれた行為……頭を撫でてくれた。そしてぽそぽそと何かを口にする。だがそれは上手く音が聞き取れず首を傾げてしまった。カガミはふぅっと吐息を吐き出した後、俺の首に腕を回しそのまま肩元に抱き寄せ、そして自分を安心させてくれるかのように肩を二度叩いてくれる。

「<ゼロ>から、護って……やるから、ちょっとだけ、……待ってろ」

 そしてカガミはにぃっと大胆不敵に笑むと己の身体を休めるため、その瞼を下ろした。

―― to be continued…

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【共有化NPC / いよかんさん / ? / ?? / いよかん(果物)】
【共有化NPC / 三日月・社(みかづき・やしろ) / 女 / ?? / 三日月邸管理人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、第五話となります。
 未来の可能性の一つへと飛んで頂きました。能力の事も一切忘れ、こんな風に明るく生きている工藤様はどうでしょうか?
 その裏側を詳しく書く事は今回出来ませんが、もし機会があれば。

 さてミラーと合流です。
 折角フォロープレイングを頂いたのに、展開上活かせずぎりぎりしております(涙)

 次は三日月邸へと行きます。
 流れで分かると思われますが出てくるのはもちろん彼女達です。

カテゴリー: 01工藤勇太, 蒼木裕WR(勇太編), 迷宮編 |

迷宮編・4

いつだって考えていた。
 いつだって膝を抱えて考えていた。
 与えられた部屋は『子供部屋』。
 この研究所に居る皆に与えられる無駄な家具の無い共通した部屋。

 いつだって考えていた。

 研究員の手が俺の頬を優しく包み顔を寄せる度。
 俺は――『何か』を考えていた。

■■■■■

『今日はこの子と遊ぶんだよ』

 そう言って研究員が連れてきたのは明らかに尋常な様子ではない大型犬だった。グルルルルッと激しい唸り声を漏らすその口元には皮製のベルトが今は取り付けられている。しかしそれを一度外せばむき出しの犬歯が誰かを襲う事は簡単に予想が付いた。

『この子はキミの事を好きだと思ってくれているみたいだね』
『すき?』
『そう好き。だから自分のものにしたいと思ってキミの事を食べたがっている』
『食べた……が、る?』
『そういう人も居るんだよ。この犬も同じ――さあ、今からキミの元へとこの子を放つよ。勇太君、キミはどうしようか?』

 研究員に連れられてやってきた部屋はガラス張りの部屋だった。
 そして壁の一部には格子が取り付けられており、幼い子供と犬はその格子越しで見詰め合っている。数々の投薬によって変化した目の色は緑。
 しかしそこに移す現実は子供でもきちんとしたもの。研究員がベルトを解き、自動で上がった格子から犬を解き放つ。その瞬間、犬は子供目掛けて走り出す。

 これが好き?
 牙を剥き、泡を吹きながら狂気染みた瞳で若干五、六歳であろう子供を襲おうとしているこの犬の感情の何処が『好き』なのか。
 子供には理解出来ていた。無意識に伝わる犬の感情――それは彼が持つテレパシー能力によって鋭敏に感じられる。犬は好きだとは思っていない。研究員によって投与された薬物によって精神を無理やり興奮させられ、子供を食わせようとしているだけだ。

 子供はすっと手を上げる。
 それは小さな手だった。
 だがそこから見えない攻撃が放たれる。――ビシャリッ! ……そう、物音を立てて犬の頭部が飛び散り、汚らしい脳髄を垂れ流したかと思うと『犬だったもの』は勢いをつけて子供の前へと倒れ込んだ。壁に散る赤い血液。それはガラスへも飛び、そしてその向こう側……マジックミラー越しにデータを取っていた研究員達から小さな悲鳴が上がる。否、悲鳴をあげたのはまだ慣れていない者達だけ。研究所を立ち上げ、深く超能力研究所に携わっている者達はむしろ己の両の手を叩き合わせ、子供の能力を褒め称える。

『素晴らしいね』

 彼らは口にする。
 子供は研究所に連れて来られた当初はこのような犬への態度も柔らかかったし優しかった。自分が噛まれる事もあり、負傷した事も少なくない。けれど引き取られてから数年たった今日。彼は最初こそ怖くて仕方が無かったこれらの『実験』に対して何も感じなくなっていく。

『彼はなんと言う名の子だったかな?』
『えー、工藤。工藤 勇太(くどう ゆうた)ですね。サイコキネシス、テレポート、テレパシー能力が現在確認されています』
『その力、我らの元でもっと伸ばしてあげようじゃないか。多くの実験を彼に与えなさい。母親の許可は取ってある。問題ない』
『了解しました』

 子供はいつも考えていた。
 何の意味があるのだろうかと。
 大人の言う事だから従わなければいけないと無意識に彼は動いている。だけど子供はいつだって考えていた。研究員に手を繋がれまた子供部屋へと戻される。その間際、犬の死体を目にし、それが研究員達によって掃除されていく様子を見つめながら……――子供はそれでも無意識に求めていた。

■■■■■

「工藤さんの過去は悲惨ですよね。薬物投与による人体実験、能力増強、凶暴化させた動物をけしかけられてそれを殺す日々」
「――にゃんでこんにゃのを見せるのにゃ!」
「ああ、それから研究員達に身体を触られたでしょう?」
「おまえっ」
「彼らの手は温かかったけれど、流石に身体の方の負担はきつかったでしょうね。なんせまだ十歳にも満たない子供相手に欲情するような方々だったようですから」

 スガタが面白げに俺の過去を晒しだす。
 場面が変わり、手を繋いでいた研究員が個室へと昔の俺を連れ込みそして首筋に唇を寄せている姿が見えた。それを直視したくなくて俺はふいっと顔を逸らす。年齢こそ、今のチビ猫獣人と大差が無いからこそ目に入れたくない光景だ。
 研究所に来た頃はまだ能力の開発がメインだったから、研究員も優しかった。積み木を浮かせて見せたり、部屋の中を瞬時に移動したり、伏せられたカードの文字や記号を当ててみたりと本当に子供遊びの延長戦だったのだ。だけど次第に研究員達はエスカレートしていった。実験は苦痛を伴うものへと変わり、そして元々見目も自分で言うのもなんだが悪くない方だったため、その筋の研究員から「好きだよ」と囁かれ抱きしめられる。
 抱擁だけなら良かった。けれどその先にあったのは――。

「スガタ、止めなさい。<迷い子>が混乱しているわ」

 先程まで青年と化したスガタに口付けを受けていた少女、フィギュアが己の頬を包む彼の手に手をかけそれから叱咤するように強く言い切る。その灰と黒の瞳はスガタを睨み付けており、嫌悪の色を乗せていた。

「工藤さんは<迷い子>の定義から外れかかっていますよ」
「それでも彼は貴方を、いいえ……貴方達を探しているの。確かに彼は<迷い子>としてこの世界に存在しているのではなく、工藤 勇太として存在を確立させてしまいかけている。でもそれとこれとは話は別だわ」

 幻影が研究員と昔の俺を如実に再現する。
 ベッドに重なる身体。意味を知らない子供はそれが犯罪であることも分からず、そして研究によって疲労した精神はただただ命令に従う機械人形のように四肢から力を抜くだけ。

 不意にフィギュアが俺の手を掴む。

―― 今から透眼(とうがん)を使用して貴方に情報を届けるわ。

 直接頭に響く声。
 この世界では珍しい心の声での呼びかけだった。俺は返事をしようと己のテレパシー能力を発動させようとする。だがその瞬間彼女は制すように掴んでいた手に力を込めた。

―― スガタの能力はまだまだあたしには勝てない。
    だから<迷い子>、貴方はあたしの声だけを聞いていて。
    能力を使用した時点で貴方とあたしの会話がばれてしまうから。

 俺はそれに納得の意味を込めて手を握り込む。
 ぴるっと耳が震え、それから少女に身を寄せた。もしまた何かスガタが行動しようとしたら彼女を守るのは俺しか居ない。普段彼女を守っているのはあの少年、ミラーだ。だけど彼と彼女は今引き離されている。俺が頼れるのが彼女だけのように、彼女もまた俺だけが頼り……だと信じたい。

「スガタ」
「――まさか、ねえ、うそでしょう? 僕に対してその能力を使うの? あはは、貴方がこの子供に対して? 同じ同類なのに使うんだ。へぇー」
「スガタ、貴方ではあたしに勝てない」
「それはどうでしょうね。だって僕は」
「『侵入者』――スガタを取り込んでもあたしには全て透して見えるのよ」

 灰色の瞳が青年を映し出す。
 そしてその能力が発動し、彼女は彼の精神へと潜り込んだ。ぐらりと少女の身体が崩れそうになる。俺は慌ててフィギュアの肩に手を添え、肉体を支える――と、同時に。

「にゃぁっ!? にゃんだこれー!!」

 スガタが暴かれていく。
 人間の輪郭だけが浮き彫りになり、その奥に何かの欠片とそれを包み込む靄の様なものが見えた。丁度胸元付近だろうか。少女の能力が自身の精神と同化して俺にも何が起こっているのか伝わる。しかし慣れていない能力の共鳴は精神をひどく揺さぶり、頭痛が起こり始めその痛みに唇を噛んだ。
 フィギュアはそろっと右手を持ち上げ、そして何かを引っ張る。

「惹手(ひきて)っ!!」
「させない――!!」
「ッ、くぅ、……」

 彼女が叫んだ瞬間、スガタの中にある何かが俺達側へと移動したように見えた。だがそれを遮る力が働いており、スガタよりも力が強いという少女でも完全には引き寄せる事が出来ずにいた。それを察した俺は素早く能力を重ねる。上手くいくかは運次第。俺のこの力が彼女に添えるかは分からないけれど、本能が「やれ」と叫んだ気がした。
 ふわっと全身の毛が上方へと浮き上がる感覚。ゆっくりと髪の毛が浮いて、そして俺はテレパシー能力を応用した能力、精神共鳴≪サイコメトリー≫を使用した。だがそれだけではない。とても難しい応用だが、そこに俺は更にサイコキネシスを上乗せする。

「今にゃ!」
「悪いけど、スガタ。貴方をあたしの支配下に置かせてもらうわ」

 肉体的攻撃ではなく、精神的に補佐するのは難しい。
 だけど彼女の誘導もあり、それは成功する。自分達の目の前に突如出現したのは鏡の破片だった。そして肉体から出てきたそれはフィギュアの手の中へと収まる。
 一方身体の方はその瞬間、糸の切れたマリオネットのようにその場に崩れ落ち、指先を痙攣させながら俺達の方へと片手を伸ばしてきた。

―― ソレを返せぇ……! 返せ、返せ……ぇ……。

 声になっていない、声。
 だけど伝わってしまうその声。
 青年の印象は無くなり、ぎょろりと目だけが動き、まるで異形のようだ。だが動力源の無くなった機械仕掛けの人形のようにそれはやがて動きを止める。靄が肉体から抜け出し、そしてどこかへと四散していく。あれをどうしたら良いのか分からなかった俺はそのまま見ているしかない。ただ、伸ばされた手がぱたりと落ちた瞬間だけ、俺はひくりと表情が引きつらせた。

「スガタ、起きなさい」

 フィギュアが声を掛ける。
 それは倒れている肉体にではなく、手の中にある鏡の欠片にだった。俺は彼女の手元へと視線を下ろす。そして。

「スガタにゃん!」

 己の膝を抱きこむように丸まって眠る少年の姿が其処には映し出されている。
 フィギュアは欠片をそっと俺の猫手へと置くと、ふぅっと全身の力を抜いた。脚の悪い少女にとって動けない事はかなりの痛手だ。もし肉弾戦に移行していた場合、彼女を抱えて俺は移動出来たのだろうか。

「スガタ、スガタ起きてくれにゃあ!!」

 俺はぺふぺふと獣の手で鏡を叩き、少年の姿のままのスガタを起こそうとする。この呼びかけで良いのか分からなかったけれど、フィギュアが止めないのだから良いのだろう。やがてその声は届き、少年は目を開く。

「あ、れ……僕、何をし」
「みぎゃぁぁぁぁ!!!」
「うわ、何、この悲鳴!」

 びびった。
 マジでびびった。
 だって起こそうと思ったのは鏡の中の少年だったから。
 まさかその少年が鏡の中で目を覚ますと同時に同じように肉体の方まで起き上がるとは思っていなかったから。
 その行動が可笑しかったのか、フィギュアがくすくすと口元に手を当てて笑う。俺の悲鳴に驚いた青年カガミは反射的にその両手を己の耳に被せていた。俺はフィギュアに飛びつき、尻尾を膨らませて威嚇する。ふーふーっ! と本当に猫のような行動に自分でも突っ込みを入れたい。

「スガタ、あたしはもうそろそろ限界……」
「え、フィギュアがどうしてここに」
「後は……自分で、探しなさい……」

 倒れそうになる身体を俺は慌てて支える。だけど全体重を支えられるほど俺は力が強くなかった。青年の姿をしたスガタが倒れ込んでしまった少女の背中に腕を回し、そしてさらりと垂れ下がる髪の毛ごと起こす。
 俺はおろおろとその場で右往左往し動揺する。
 『欠陥品』だとミラーに言われていた少女がこうして倒れてしまったら、自分が出来る事が何なのかわからなくて。
 しかも今目の前に居るこのスガタが本当にあのスガタなのかが分からないからこそ不安で仕方が無い。俺は手の中の鏡を見やる。その写る少年もまた、誰かを抱き起こすような格好をしていた。だがその腕の中にはフィギュアはいない。全く同じ動きをしているだけの、人形みたいだった。

「なるほどね。『侵入者』か」
「す、スガタだよにゃ? 本当にスガタにゃんだよにゃ?」
「ええ、僕は貴方の知っているスガタ本人です。まあ、外見は違いますけどね」
「うえ、うぇ、みんにゃどこに行ったにゃー!」
「あーあー、泣かないで下さい。はい、鼻チーン」
「ん、んぅ」

 相変わらず不思議空間から出現させてくるティッシュを青年カガミはつかみ出し、俺の鼻へと押し当てる。俺は遠慮なくそれに甘え、垂れそうだった鼻水をそれに吸わせた。
 スガタは腕の中に少女を抱えながら、己もそっと目を伏せる。もう彼には今この空間で何があったのか分かったのだろう。ただ俺がここに居るだけで伝わってしまうものがあるのだから。
 そして彼はふぅー……っと非常に長い息を吐き出しながら真剣な面立ちで俺を見た。その表情があまりにも真摯だったから俺はこくりと唾を飲む。

「さて、一つ問題があるんですよね。カガミの居場所は僕が分かるからいいとして」
「にゃら、にゃにが問題にゃ?」
「――この状況、ミラーに知られたら僕……絶対に殺される……」
「そこにゃのかよ!!」

 裏拳でびしっと突っ込みを入れる俺様。
 でも考えてみれば少女を口説いた?挙句にキスをして、更に気絶させるほど力を使わせたとなれば確かにあの少年は怒りそうだ。スガタはフィギュアを抱き上げ、それから彼女の頭を己の肩の方へと寄せる。それから天を仰ぎ、遠い目をした。

「あーあ、フィギュアはもう記憶してないでしょうし……消されたら本当にどうしよう」
「だ、大丈夫にゃ! 俺がフォローするにゃ! まかせろにゃ!」
「本当ですか。その言葉信用して良いんですよね?」
「もちろんにゃ!」

 えっへんと胸をはり、そこを猫手で叩く。
 うむ、自分で言うのもなんだけど普段よりかはちょっと頼りない気はするけれど、それでも一部始終見ていたのだから俺が一番の目撃者だろう。
 何はともかく、外見年齢は違えどスガタはちゃんと戻ってきてくれたみたいだし、問題は他の三人である。

「工藤さんは本当に優しい人で嬉しいなぁ」

 ほわんっとした笑顔が俺に向けられる。
 手の中の鏡でもいつものスガタが笑っていた。

「では『無限回廊』を通って、今度は未来へとカガミを探しに行きましょうか」
「未来?」
「そう、この姿は平行世界の僕のもの。これから行くのは工藤さんが選ぶかもしれない未来の可能性の一つ。そこにカガミはいる」
「……にゃんで俺の未来にゃんだー」
「さあ? あの場所に居た現実世界の人間が工藤さんだったから、とか? 残念ながら僕には良く分からないんですよね。力及ばずで悔しいですよ……」

 ぎりっと歯軋りをするスガタ。
 いつもより年齢が高いせいかその威圧感が増している。彼が歩けばフィギュアの髪の毛も地面と思われる場所ぎりぎりで浮きながら移動していく。俺は置いてけぼりを食らわないように二人の後ろを追いかけた。
 そして、俺はミラーのように拒絶されない事が嬉しくて少しだけ尻尾を揺らし、えへへっと小さく微笑んだ。

―― to be continued…

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【共有化NPC / いよかんさん / ? / ?? / いよかん(果物)】
【共有化NPC / 三日月・社(みかづき・やしろ) / 女 / ?? / 三日月邸管理人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、第四話となります。
 今回は最後がいつものテンポに戻ったかなっと!
 スガタがミラーに何かされそうになったらフォロー宜しくお願い致します(笑)
 そして青年スガタですが、本物でした。現在鏡の中と工藤様の傍に居る彼と別れているように見えますが、ちゃんとどちらもスガタです。

 次はあるかもしれない未来へと行きます。
 カガミの能力である『現在経路とちょっとした未来を見る事』が関わってきます。なので次は工藤様が歩むかもしれない未来(願望)が垣間見れたら良いなと願いつつ。

カテゴリー: 01工藤勇太, 蒼木裕WR(勇太編), 迷宮編 |

迷宮編・3

どうか忘れないで。
 あなたがここに居る意味を。
 どうか覚えていて。
 あなたがここに来た意味を。

 あなたが夢の世界に求めているものが何なのか決して忘れないでいて。

■■■■■

 俺は目の前で二人の男女を見る。
 彼らは互いに目を伏せ、額をくっつけてそのまま固まってしまったかのように静止していた。二人だけの空間の中、俺は自分用に注がれた紅茶をすすり飲みながら僅かに居心地の悪さを感じてしまう。クッキーを口に運んでも美味しさよりも感触だけが舌の上に伝わってしまって申し訳ない気持ちになるのはなぜだろうか。

『あら、初めまして<迷い子(まよいご)>。貴方の名前は何かしら?』

 そう、彼女は俺に言った。
 数十分前に出会ったばかりの長い黒髪の足の悪い少女、フィギュアはその灰と黒の瞳でチビ猫獣人となっている俺を真っ直ぐに見つめ、微笑みかけてくれた。
 だけど。

『悪いけど、彼女は記憶能力も欠陥品なんだ。もう君の事を忘れてしまったようだね』

 <欠陥品>と少年――ミラーは言う。
 彼女はこの夢の世界でも俺の住む現実世界と同様に何かしら欠陥が出てしまった人なのだと。
 しかしそんな欠陥など気にも留めず、彼は室内へと足を踏み入れて彼女へと寄り添い、そして頬へと手を寄せた。その仕草がとても愛しそうなものだったから、彼らを取り巻く空気に飲み込まれそうになり、俺は一旦ごくりと喉を鳴らした。
 そしてミラーは彼女を抱き上げ、そして抱き上げられた本人であるフィギュアは「こちらにいらっしゃい」と俺に手招きする。結果的に元の部屋に戻ってしまう形になり、先ほどまで座っていた今の自分にとっては少々高めの椅子に俺はよいしょっと腰を下ろす。

 壁際に寄せられた安楽椅子に人形のように座ったフィギュアはミラーと額を合わせる。
 何をしているのかと問いたかったけれど、その問いかけが彼らを邪魔してしまいそうで俺は心中を誤魔化す様に少し冷えてしまった飲み物を口に運んだ。やがて彼らはそっと離れ、それからミラーが目元を細めゆるりと笑みを浮かべた。対してフィギュアは女性特有の柔らかな目のラインを悲しげに歪めると、俺の方へと視線を向ける。
 薄い唇がやんわりと開く。
 俺はこくんっと、口内に含んでいた紅茶を胃へと落とした。

「ミラーがキツい物言いをしたようでごめんなさい。そしてあたしと貴方は既に出会っていたのね。――驚いたでしょう。でももう大丈夫よ」
「う、にゃ。思い出してくれたにゃ?」
「ええ、ミラーがあたしに記憶をくれたから」
「くれ、た?」
「そう。あたしの代わりにミラーは色んな事を覚えてくれて、そして彼特有の力を使ってあたしが失ってしまった記憶をさっきみたいに額あわせで渡してくれるの。――あたしは<欠陥品>だから」
「にゃあ……」

 そう言うと同時に彼女は己の足を見下ろす。
 其処には細い指先を組んだ両手があり、欠陥品と彼らが言う少女の『脚』があった。フィギュア自身の意思ではほぼ動かす事が不可能なその部分は確かに俺の世界で言うならば障害者にあたるかもしれない。だけどそれを<欠陥品>とまるで「物」のような言い方をする事に腹が立った。
 生まれつき肉体に障害がある人物はこの世に数え切れないほどいる。けれど、生きているのにそんな風に表現する彼らの心中が理解出来ない。どう声を掛けたら良いのかと俺は口ごもる。しかしそれよりも先にフィギュアは指先を解き、そして俺の方へとドレス裾を垂れ下げながら細い手先を差し出してくれた。

「ミラーの言葉に傷付いてくれて有難う。嬉しいわ」
「……」
「スガタとカガミ、あの二人に関してもいつも仲良くしてくれてるみたいで良かった」
「……ッ」
「だから、ミラーは貴方に冷たくしてしまったのね。行き先を失わないように」
「どういう、意味、……にゃ?」

 おいで、と手先が誘う。
 俺はカップをテーブルの上に置いてから椅子から飛び降りる。身長が足りないのだから仕方が無い。そして傍らに寄り添ったままのミラーへと視線を向ければ彼は少しだけ困ったように眉間に皺を寄せた。
 差し出された手に俺は手を重ねる。
 少女の手は小さいと思ったのに、今の俺よりかはやっぱり大きかった。それをもう一方の手で包み込まれるとどうしていいか分からない。毛の生えた柔らかな獣の手。そこに乗る少女の手の意図を俺は掴めずに居る。

「私達は貴方が欲しい情報を断片的にでも教える事が出来るわ」
「ほんとにゃ!?」
「ええ、本当よ。それはミラーも言っていた通りのこと。私とミラー……それからあの子達が管轄するこのフィールドの中に入ってきた侵入者は確かに迷惑ですもの」
「じゃあ、教えてほしいにゃ!!」
「でもその前に――」
「フィギュア、駄目だよ」

 ふっとミラーはフィギュアの口元へと手を下ろし、言葉を制した。
 背後から優しく止められた言葉の先はきっと俺が今一番欲しているもの。だけどミラーは相変わらず教えてはくれない。キッと強く強く、俺が睨み付ければ彼は僅かに双眸を細める。緑と黒のヘテロクロミア。そこに映っている俺は『夢の住人』だった。
 けれど、フィギュアは己の唇を覆う掌に指を引っ掛け、やんわりと下へと下げる。ミラーが明らかに不愉快そうな表情を浮かべたけれど、彼女には逆らえないのかそのまま素直に手は下りていく。

「ミラーが言いたい事、あたしが言うわ」
「フィギュア」
「彼は夢の世界に依存し始めている。夢という世界は現実には基本的に影響しないものだもの。何が起こったとしても、彼自身が現実世界で目を覚ましてしまえばそこで『終焉を迎える事が出来る』。それはあたし達にとって寂しい事よ。置いていかれる寂しさを誰よりも貴方は知っているもの――あたしが『欠陥品』だから」
「それでも僕は君を選ぶよ」
「<迷い子>、貴方は選択しなければいけない。確かにこの夢の世界でスガタとカガミ、そして三日月邸の方々と遊ぶのは『とても楽しい夢』だわ。だけど依存してはいけない。貴方には貴方の行くべき場所があり、生きるべき居場所があるの」

 彼女はミラーよりかは確かに噛み砕いて俺にもわかりやすいように説明してくれる。そしてその言葉に惹かれ、俺は次第に目元に涙が溜まりそうになって、あわてて袖で拭う。やっぱりこの姿は精神逆行が激しいらしい。いつもより感情の起伏が大きく揺れ動き、俺は混乱しそうだ。
 少年は少女を「選ぶ」と口にした。
 この世界で『生き物』がどんな風にして生まれるのかなど分からない。だけど昔、俺の殺した人格が命を有したように、きっと彼らも何かしら核があったに違いない。それはもちろん……スガタとカガミにも。

「貴方は、貴方達が言うところの『現実世界の住人』。そしてあたし達は『夢の世界の住人』」
「分かってるにゃ」
「でも少しだけ角度を変えてみて欲しいわ。貴方にとってこれは夢でも、あたし達にとってこの世界は決して夢ではないの。あたし達は生きている。……『あたし』は生きている……鏡張りのこの部屋の中から上手に外を歩く事が出来なくても、あたしはこの世界を『現実』として捕らえて生きているの」
「……それは、つまり……その」
「夢はいつか消化されてしまうもの。記憶の彼方に追いやられて、消えてしまう泡沫のような世界だわ。この世界の住人達はそんな闇から生まれ、そして存在すら認知されずに多くは消えていく――寂しさをその胸に抱えながら」

 不意に包まれていた手が持ち上げられ少女の額へと押し当てられた。

「あたし達は反射する」
「僕達は君の心を映し出す」
「スガタは誰かの姿」
「カガミは誰かの鏡」
「あたし達はまだ貴方と親しくないけれど、貴方がこの世界を愛してくれている事だけは凄く嬉しいと思うの。貴方があの子達を想ってくれている……その感情だけであたしは幸せなんだもの」
「だからこそ僕はフィギュアとは正反対の鏡を演じよう。貴方がこの世界を愛す度に<迷い子>としてではなく、『工藤 勇太』として存在が確立し始めている。……それはつまり非常に不味い話なんだよ。それはつまり――本来居る場所からの逃避に近い状態だ」

 彼らはスガタとカガミが交互に言い合うあの口調とほぼ同じテンポで言い切る。
 俺は瞬きを一つし、そして、ツー……っと何かが頬へと落ちていくのを感じた。

 現実逃避ではないと思いたかった。
 ただ彼らにあって、過ごす日々が楽しくて、可笑しくて、現実世界ではその思い出を胸に生きていけたから幸せだった。だけど彼らにとって夢こそが現実。そして現実世界にも存在を確立させる事が出来る彼らにとって『どこにも虚像の世界は存在していない』のだ。
 現実世界は厳しい。
 それは重々身にしみてこの十数年生きていた。夢の中とはいえ暖かく迎え入れてくれた彼らにとって俺の存在は――。

「うん……わかったにゃ」

 ここは俺の生きる世界ではない。
 ミラーは言った。俺の力を借りずとも彼らは彼らでどうにか事態を収拾させることが出来るであろうという事を。悔しいけれど、俺が現実世界に戻る事こそが『最善』なのだ。
 俺の言葉にミラーが手を伸ばす。そして額へとかざす様に少年の手は頭へと下りた。それを見ていた少女はふぅと一つ息を吐き出し、そして真横の壁もとい鏡へと目を寄せる。そして『気付いた』。

「――ミラー!」
「くッ! 歪手(ゆがみて)!!」
「にゃ、にゃぁあ!?」

 少女は両手を伸ばし、俺を羽交い絞めにする。苦しくて手足をばたつかせてしまうけど、その後にいきなり正面の壁鏡に大きなヒビが入り、そして弾けて割れた。
 大きな破片が自分達を襲い、ぶつかると思われる瞬間ミラーが左手を大きく振った。それは空間を捻じ曲げる彼の特殊能力。鏡は自分達には当たらずに居たが、それはフェイクだと俺は後で知る。

 抱きかかえられていた俺にしか見えていない背後からの侵入者。
 鏡に映っていた少女が――本来ならば脚の悪いはずの少女が両手を伸ばし、本人を絡めとる。しかもフィギュアだけではない。映っていたのは俺とミラーも、だ。
 三対の手が彼女を襲う。

「きゃぁああ!!」
「フィギュアッ!!」
「ミラー、。<迷い子>をッ」

 彼女はそう言って俺を少年へと突き飛ばそうとした。だがそれは叶わない。既に彼女と俺は二人纏めて伸びてきた手によって絡めとられ、『引き込まれ』る。
 俺は反射的にサイコキネシスを使用し、場に留まろうと努力するが。

 ――にぃたぁりと『俺』は笑った。

 寒気が駆け抜ける。
 以前の非ではない『自分ではない自分の姿』に気味が悪くてぶわっと毛並みが総毛だった。やがて俺と少女は鏡を通り抜けていく。背後を見やれば其処にはミラーが一生懸命鏡だと思われる場所を叩いている姿が見受けられる。だけど彼には既に自分達の姿が見えていないのだろう。必死に叫び、拳を叩きつける。その動きは声が届かないパントマイムのようで、俺は目を見開くしかない。
 フィギュアはそんな俺を安心させようと力強く抱きしめる。脚の悪い少女が、カタカタと恐怖に怯えるように身を震わせた。

 引き込まれた暗闇は……ここは、どこだ?

「――『無限回廊』」

 少女が呟く。
 自分達を引き込んだ腕はもう消失しており、俺と彼女の二人きり。暗黒の世界に、二人きり。

「ぁ、あ、……ごめんなさい」
「にゃ、にゃあ? にゃんでにゃくのにゃ!?」
「忘れてしまう。ミラー、早く傍に来て。あたしを忘れないで。あたしを作り出して。お願い、怖い。あたしは、あたしは――!!」

 少女は俺から手を離し、両手を組み合わせ祈り始める。
 『忘れてしまう』。
 その言葉がフィギュアの唇から零れ、俺も焦り始めてしまった。冗談じゃない、今ここで現状を忘れられてしまっては俺も元の世界に戻る事など出来ないじゃないか。だけど少女は混乱している。俺も相当のものだけど、彼女自身も怯えている。

―― でも、『何』に?

「<迷い子>二人、みぃつけた」

 聞き覚えのある声に俺は弾かれる様に顔を持ち上げた。
 そしてそこにいる人物――スガタに俺はぱあっと満面の笑みを浮かべて。

「さあ、この世界に居るための存在意義を僕と一緒に探しにいこう?」

 俺は目を丸めた。
 彼は確かにスガタだった。
 だけど自分の知っているスガタではなかった。だって彼は俺から見て十二、三歳の姿のはずだ。まだ少年と呼べる年齢のはずなのだ。だけど今目の前に立っているこの人物は――二十歳くらいの青年だった。
 蒼と黒のヘテロクロミアに、優しげな表情。
 彼は俺へ……否、少女へと近付き頬を包む両手は大きくて力強い。そして少女へと唇を寄せ、怯える瞳に己を写し込ませると囁いた。

「さあ、『工藤 勇太』の過去の夢へ――堕ちようか」

 少女に口付けが成される。
 何度も何度も角度を変え、淡い息が漏れるようになるまで。

 やがて暗黒は俺の記憶の中から一つの場面を取り出し、ぐにゃりと姿を変えた。

―― to be continued…

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【共有化NPC / いよかんさん / ? / ?? / いよかん(果物)】
【共有化NPC / 三日月・社(みかづき・やしろ) / 女 / ?? / 三日月邸管理人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、第三話となります。
 今回も展開上ギャグにはならず申し訳ありません;
 チビ猫獣人のままだったので何とかフィギュアと一緒に引き込めたのは、とある空間。

 そして登場した青年スガタ。
 本物かどうかは明かせません。ただスガタの能力が『過去を垣間見る事』なので、ここから少しずつではありますが謎々のピースを集めて頂けると嬉しいなと思います。

カテゴリー: 01工藤勇太, 蒼木裕WR(勇太編), 迷宮編 |

迷宮編・2

「ミラー、誰かが迷い込んでくるわ」
「<迷い子(まよいご)>だね」
「でも様子が可笑しいの」
「どんな風に?」
「<迷い子>はあたし達のフィールドに本来なら訪れるべき人物ではないわ」
「では『異常』だ」
「……そうね。でも<迷い子>はやってくるのでしょう。大事なものを探しに」
「来るね。もうそこまで来ている。……僕はお茶の用意をして来るよ」
「あたしはもう少し視てるわ」

 そして少女は目を伏せる。
 自分の能力を使用し、己の前にある障害物など難なく透視し、訪れるであろう<迷い子>の様子を伺うために。

 それは彼がやってくる数分前のある二人の会話。

■■■■■

 暗闇の中の一軒家。
 それが例えば森の中なら分かる。しかしここは真っ暗闇しかない『夢の世界』。スガタとカガミに出会う為に訪問する世界だ。
 だがその世界に初めて建物が存在している。
 もしかしたら彼らとは別の世界に迷い込んでしまったのかもしれないけれど、それでもスガタとカガミ、そして社といよかんさんと別離してしまった俺はその一軒家に近付くしか選択肢が無かった。

 アンティーク調の建物は一見すると何の変哲も無い建物に見える。
 しかし外には「鏡・注意」の張り紙が貼ってあり、それには眉間に皺を寄せるしかない。だが引き返す選択肢はない。俺はインターホンがないか探すが、この家にはそんなものは無かったので猫の手で扉をノックする。暫く扉の前で待機してみるが誰かが出てくる様子は無かった。
 恐る恐る猫手を使って扉のドアノブに手を引っ掛けると、それは思ったよりも簡単に開いた。つまり、鍵がかかっていなかったのだ。
 無用心だと内心思うが、誰もこんなところに泥棒には来ないだろう。……多分。

「お邪魔しますにゃ~……」

 一声そう告げて俺は中へと入室する。
 その瞬間、誰かが目の前に突如現れ、びくっと肩を跳ねさせた。

「んにゃー!」

 だがそれも一瞬だけ。
 落ち着いて良く見ればそれは鏡に映った自分であることに気が付く。身長も自分が今猫獣人である事も全く同じ。自分が驚いた姿すら鏡の中のソレは全く同じ動作をする。

「あ、俺かにゃ」

 ほうっと胸を撫で下ろす。
 扉を開いた先にあったのは鏡張りの部屋。その壁の一つに自分は引っかかってしまったというわけだ。……罠でもなんでもないとしても。
 床と天井以外の場所すべて鏡張りのその屋敷は確かに『鏡・注意』である。

「いた、いたいにゃ!」

 置いてあるアンティーク家具に手を付きながら前へと進むが、それでも不意打ちで鏡の壁にぶつかってしまう。五感は猫のように鋭敏ではないらしく、そこらへんの感覚は人間に近いらしい。
 そっと反対側の壁へと目を向ける。合わせ鏡の室内には『自分』が何人も存在しており、その全員が自分を見ていた。ぞっと背筋に寒気が走る。もしこの屋敷の住人が自分にとって害のある人物だったらどうしようかと今更ながら思う。
 大体鏡張りの屋敷に人が暮らしているという考えが自分にとっては『異常』なのだから。

「異常とは失礼だね、<迷い子>」
「にぎゃぁー!!」
「そんなに驚かなくても良いんじゃない?」

 不意に呼びかけられ、空中からふわりと誰かが一人降って来る。
 否、降って来たというよりも姿を現したと形容した方が正しいのだが、自分が今チビゆえにそう感じてしまった。
 現れたのは片手にティーセットの乗ったトレイを持つ一人の少年。彼はとんっと足先を絨毯の敷かれた床へと下ろすとそのまま片膝を付き、俺とほぼ視線が平行になるよう屈んでくれた。

「ようこそ、<迷い子>。ご用件は何かな?」
「え、えっとにゃ」
「でもその前にもう一人の住人に逢いに行こう」
「にゃあ!?」
「転移するけど、良いよね。君はそういう能力も保持しているのだから慣れっこでしょう?」

 言うと同時に見かけによらず彼は些か強引に俺の腰に腕を回すと、少年は自分を肩元へと持ち上げる。俺はあわてて相手の首へと腕を回すとそのままきゅっとしがみつく。
 そして――僅かに訪れるくらっとした感覚。それは確かにテレポートした時のあの感覚に良く似ていた。

「いらっしゃい、<迷い子>。おかえりなさい、ミラー」
「ただいま、フィギュア。疲れていない?」
「これくらいなら大丈夫よ」

 やがて鏡張りである事は変わりないが、私室と思われる部屋へと自分達は出た。
 俺は抱きついたまま恐る恐る振り返る。そこには部屋の中央に安楽椅子に腰掛けた一人の少女が居り、俺と少年に微笑みかけてくれた。
 ――そして俺は気付く。

「二人もオッドアイ、にゃ」
「そうだね。僕ら『も』両目の色が違う」
「……むー」
「とりあえずお茶にしよう。君は僕らに用があるのでしょう?」
「いらっしゃい、<迷い子>。おやつの時間にしましょう」

 緑掛かった黒髪短髪姿はどこかスガタとカガミに似ている。
 そんな少年の瞳の色は左が緑、右が黒だ。口調はどこかスガタに似てるけど、それよりもどこか乱暴な印象を受けるのは何故だろう。服装はゴシックドレスシャツに七分丈のアンティークズボンで、あの二人には似ていないけれど。
 そして室内にいる少女。
 彼女の灰色掛かった髪の毛はとても長く、その先は地面へと綺麗に円を描くように散っていた。少女が身に纏うのはその黒髪を引き立てるかのような純白の白ゴシックドレス。フリルの付いたスカートから垣間見える足先にはロングブーツが見えた。
 しかしそこで俺を襲う違和感。最初は何がそうさせるのか分からなかったけれど、よくよく観察してみると正体は判明した。
 彼女は一切椅子から動こうとしないのだ。

 少年は俺を少女に手渡し、少女は俺の髪の毛を優しく撫でる。
 その度にぴくぴくと耳が動いてしまうのは動物のサガだろうか。だって撫でられると気持ちいい。少年はてきぱきと丸いテーブルの上でティータイムの準備をする。平皿の上に乗せられたクッキーが美味しそうでちょっとよだれが口内に溜まった。
 いかんいかん。
 そういうことを考えている場合ではないのだ。

「あ、あの」
「ふふ。あたしの名はフィギュア。彼の名はミラーよ」
「初めましてだね、『工藤 勇太』さん。あの子達がお世話になっているみたいで、僕からもお礼を申し上げるよ」
「――!? やっぱりスガタとカガミの知り合いにゃ!?」
「知り合いもなにもあたしとミラーはあの子達より先にこの異界フィールドの住人だもの」
「君達風に言うと、先輩と後輩にあたる関係だね」

 どうぞ、とミラーと紹介された少年からソーサーに乗った紅茶が差し出される。
 フィギュアと名乗った少女の上で俺はそれを受け取ると、素直にすすり飲む、が。

「にゃぁ!」
「フィギュア!?」

 どうやら今の俺は猫舌、だったらしい。
 いつもなら平気であろう温度に耐え切れず思わずカップから手を離し、紅茶が零れてしまう。零れた中身は白い布の上へと容赦なく落ちて、染み込んで行く。その熱はスカートの持ち主である少女へと襲い掛かるが、彼女は俺を抱き上げそれからそっと床に下ろした。耳がぺたんっと折れ垂れる。流石にこれは申し訳ない事態だ。

「ご、ごめんなさいにゃあ」
「大丈夫。脚はあまり感覚がないもの」
「にゃ?」
「フィギュア、服を着替えよう。その間に僕から<迷い子>にこの場所について説明をしておくから」
「お願いね」

 言うと同時に少女は少年へと両手を伸ばす。
 ミラーは軽々と彼女を抱き上げ、それから別室へと運んでいった。その様子を見ていた俺はまだ耳がしょげたまま。ぺたんっと折れた耳を自分の指で戻そうとするが上手くいかない。幸いにも床には絨毯が敷かれていた為、カップ自体は壊れてはいない。しかしこのままでは染みになってしまう。
 俺はぐっと手を拳にし、それから集中する。繊維から水分を抽出するイメージ。ゆっくりと水滴が空中に浮かび、ふよふよと幾つかの水の塊が出来たらそれを拾い上げたばかりのカップの中に戻す――そうイメージする。宇宙空間の水みたいだと内心思いつつ、「もうこれは飲めないな」と自嘲もした。
 おそらくこれで絨毯は染みにはならないだろう。

「掃除をしてくれたのは嬉しいけどね」
「にゃあ!?」
「フィギュアに火傷を負わせたら本当に怒るところだった」

 いつの間にか戻ってきたらしいミラーに今しがた戻したばかりのカップを取り上げられる。そしてテーブルへとそれを置くと今度はクッキーの乗った平皿を手にし、彼は自分と視線を合わせてくれるかのようにまた屈むとソレを目の前に差し出してくれた。怒られる、と心まで幼児化している今の俺はぴるぴると耳が震える。
 だがクッキーに心を惹かれている自分がいるのもまた事実。
 俺は猫の手でそっとそれを一枚掴むとぱくりと食べた。それはとても素朴な味だけど、さくさくとしていてなんだか懐かしい味という感想を俺に抱かせる。やがてミラーは立ち上がると俺の手をそっと下から掬い取り、それからテーブルの前の椅子へとそっと座らせてくれた。

「君が知りたい情報は僕は知っている」
「ほ、本当にゃ!?」
「ただ三日月邸に関しては僕はあまり詳しくは無いんだ。彼女達と仲が良いのはあくまでスガタとカガミであって、僕とフィギュアではない。既知関係ではあるけれど、三日月邸管理人の三日月 社(みかづき やしろ)やその付近のものに関しては管轄外でね」
「あ、あのにゃ」
「なんだい? ああ、僕が一体どこまで今の状況を知っているのか知りたいんだね」
「――やっぱりお前、スガタとカガミのにゃかまにゃん」

 人が質問するより先に人の思考を読み取って人の台詞を奪うその行為はあの二人そっくり。
 ミラーは新しく紅茶を注ぎいれ、今度は冷ますように忠告をしてから俺の前にカップを指先で押し差し出してくれる。次こそあんな間抜けな真似はしない。俺はふーふーと懸命に息を吹きかけ、紅茶を冷ましてからそっと縁に口付ける。今度は丁度良い温度に緊張していた肩から力が抜けた。

「あのにゃ、あのおんにゃのこ、もしかして」
「ああ、脚が悪いんだ。彼女は欠陥品だからね」
「『欠陥品』?」
「君達人間にも生まれつき何かが欠損した人間が存在するように、僕らみたいな者の中にも欠陥を持って生まれてくる者も居る――それだけの話だよ」
「うにゃー……」
「人間と違って言うほど不便はしていないさ。彼女には彼女特有の能力を保持しているし、……何より僕がずっと傍に居る。そう、生まれてからずっと僕と彼女は一緒だもの」

 ミラーは鏡張りの壁へと視線を向けた。其処には俺と彼の二人が無限に存在している世界が広がっており、加えて彼が呟いた後半の言葉には何か深い意味が含まれているようで、俺は片眉を持ち上げる。
 だがその部分には関わってしまってはいけないような気がして、自分を誤魔化すかのように俺は紅茶を飲みながらまたもう一枚クッキーを食べた。

「しかし不愉快だね」
「にゃ?」
「侵入者、か。三日月邸だけではなく、僕らのフィールドにも干渉してきている。あの猫耳少女の最後の言葉通り、今回の一件は正しく『侵入者』によるものだ」
「それももう、先読みにゃ?」
「僕とフィギュアはスガタとカガミより保持能力が強い。言われた事があるだろう? 君がここにいるだけで僕らは全てを知る事が出来る」
「ッ――みんにゃどこにいったにゃ! 俺はそれを知りたいんだにゃ!」

 机を猫手で叩くとばんっと音が……するかと思えば、ぽふんっと間抜けな音がして何だか悔しくなる。駄々をこねる子供のように何度か俺は木製の其処を叩く。実際問題揺れは確かにあり、テーブルの上の陶器はカチャカチャと音を鳴らした。

「僕はあの子達やフィギュアほど優しくないんだ」
「どういう意味にゃ」
「はっきり言おう。今回の一件は君が関わらなくても解決する。ここは君にとって夢のフィールドだ。現実の世界で君は目を覚ましたらいつも通りの日常を過ごす事が出来るだろう。なんなら僕が君の保持しているスガタ達の記憶を全て抜き取って戻してあげても構わない。ついでにいえばあの子達はあの子達で言うほど弱くは無いのだから、時間があれば戻ってくる事は多分可能だろうね。つまり君の手助けは不要だという事だよ」

 両肘をテーブルに置き、彼はその上に顎を乗せてにこにこ笑う。
 その笑顔が怖くて、ぞっとした。

 記憶を無くす?
 今までの楽しい記憶を?
 彼らと過ごした日々を。
 彼らに助けられた事件を。
 皆と出逢った事全てを忘れ――。

「どうしてそんな意地悪言うにゃ!」

 納得出来るはずがない。
 記憶を消して戻れって。
 自分の助けなんて要らないなんて。

「たしかに俺の力にゃんてたかがしれてるにゃん! でも、俺は――ッ」

 涙が零れそうになってあわてて袖で目元を拭う。
 ごしごしと何度か拭くがそれでも退化した精神は、一層寂しさを加速させ涙は止まらない。ぐっと息を飲み、俺は椅子から飛び降りる。

「もういいにゃ! 自分で探すにゃー!!」

 そう言って俺は駆け出す。
 捜索方法など分からないのに、それでも突きつけられた言葉が痛くてあの少年の傍に居たくなど無くて俺は『逃げ出して』しまった。タタタッと屋敷の中を駆け出す姿を鏡は如実に映し出す。涙が零れている自分、悔しそうに唇を噛んでいる自分。非力だと突きつけられ傷ついた表情を浮かべている自分。
 鏡が教えてくれる実状。
 鏡が突きつける現実。

「誰?」

 そしてある部屋の前を通り過ぎる手前聞こえてきた声。
 それがフィギュアのものだと気付くと猫耳がぴくりと動いた。そうだ、彼女ならきっとあの男より話を聞いてくれるに違いない。優しく撫でてくれたし、自分に対して好意的だったと思う。ひっく、とすすり泣く音を隠す事無く、俺はその部屋の扉を開く。その向こう側もやはり鏡張りの部屋であった事には違いないのだけれど、置いてある家具から少女の私室である事が判明した。

 フィギュアは扉に向くような形でベッドに腰を下ろし、新しい別のドレスに着替えていた。その衣服を身に纏った彼女もまた、雰囲気が違っていて見惚れそうなほど綺麗だった。本来の俺だったら少しくらいときめいたかもしれない。だけど今は子供だから、それよりも優先させたい事があって俺は中に足を進める。足が悪いという彼女は俺の訪問に気付いても立ち上がろうとはしない。それは当然の事だろうと思ったから気にしない。

「――あ、あのにゃ。俺」
「あら、初めまして<迷い子(まよいご)>。貴方の名前は何かしら?」
「……え?」

 黒と灰色の瞳が柔らかく俺を写し込む。
 俺は瞬きを数回繰り返し、その言葉にびっくりしたのか思わず涙が止まってしまった。

「悪いけど、彼女は記憶能力も欠陥品なんだ。もう君の事を忘れてしまったようだね」

 いつの間に追いついたのか、後ろから聞こえてきたミラーの声。
 その言葉に俺は絶望という感情が浮いた。

―― to be continued…

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【共有化NPC / いよかんさん / ? / ?? / いよかん(果物)】
【共有化NPC / 三日月・社(みかづき・やしろ) / 女 / ?? / 三日月邸管理人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、第二話となります。
 今回は屋敷に入るという事で、彼らに出会ってもらう事となりました。ミラーは今回の内容上結構キツい言葉を吐きますが、何かしら感じ取っていただけたらと。

 このシリーズ、どんな内容になるかは本当に工藤様次第なので、先の展開を楽しみにしております。
 しかしチビ猫獣人な工藤様は本当に愛らしいですね(笑)

カテゴリー: 01工藤勇太, 蒼木裕WR(勇太編), 迷宮編 |

迷宮編・1

「ねえ、次の日記は誰の番?」
「次の日記は誰の番だー?」
「だれー?」
「あ、僕だ」

 三日月邸の和室でスガタ、カガミ、社、いよかんさんの三人と一匹はいつも通り和菓子とお茶を楽しんでいた。そんな彼らの最近の楽しみは『交換日記』。だが、交換日記と言っても、各々好き勝手に書き連ねて他の三人に発表するというなんだか変な楽しみ方をしている。そのきっかけは「面白かったことは書き記した方が後で読み返した時に楽しいかもね」というスガタの無責任発言だ。

 ちなみに本日はその言い出し人であるスガタの番らしい。
 両手をそっと開き、空中からふわりとノートとペンを出現させる。
 開いたノートに書かれているのは子供の外見に似合わない達筆な文字。しかしスガタの性格を考えればそれも納得出来るというもの。
 彼は皆の方を見る。それから大きな声で読み出した。

「三月二十八日、曇り。今日は『あの出来事』が始まった日だった」

■■■■■

「にゃー☆」
「にゃーお」
「にゃん」
「またかよ」

 それは夢の中。
 既にお馴染みとなってしまった三日月邸でのこと。

 今俺を囲んでいるのは三日月邸の主、青髪猫耳を所持する少女、社(やしろ)。
 それに使役? されている伊予間を縦長にした生物、いよかんさん。
 それから双子のように姿が鏡合わせの存在の少年二人、スガタとカガミだ。
 ちなみに彼ら二人は左右対称の黒と蒼のオッドアイを持っており、それが彼らの能力の元らしい。

 カガミ以外の三人は俺の姿を見つけると、猫の鳴き真似をしつつ手招く。
 俺はといえば心の中でしくしくと涙を零しながらその手招きに惹かれる様に日本庭園へと出ていた身体を縁側へと移動させた。
 どうして心の中で泣いているかって?
 それはとても簡単な話。

「今日も猫!」
「ちっこい……ね~」
「工藤さん、前回の一件で懲りたんじゃないんですか?」
「お前さー、前回の一件で懲りたんじゃなかったわけ?」
「やーん、らぶりー☆ そう、君は今見事なる」

「「「「 チビ猫獣人!! 」」」」

 びしっと三人と一匹の指先が俺を指し示す。
 見事なる四重唱に俺は思い切り太い言葉の矢に貫かれる衝撃を味わい、よよよと縁側に泣き崩れた。
 手を見ればふわふわの黒い毛並み、掌には弾力のある肉球。顔の横にあった耳は頭部に移動し、意外と自由に動く猫耳がある。それからズボンを押して出てきた黒い尻尾。ちなみに本日も五歳児程度の外見かつパジャマ姿である。

 ねえ、ねえ、俺よ。
 イドという名の《おれ》よ。
 もしあの時みたいに会話することが出来るなら答えてくれ。

「俺は本当にこんにゃ状況望んでんのかにゃ……」

 遠い目をし、自分の胸元に当てて自問する俺を誰も責めない。むしろ面白そうに意地の悪い笑みを浮かべるだけ。ちなみに本日の空は俺のもやもやを表現してくれているかのように曇りだった。
 縁側にちょこんっと座り、空を見上げていると俺の左隣にいよかんさんを膝に乗せたスガタが、右隣にはカガミ、更にその隣に社が腰を下ろし俺を囲んだ。

「まーまー、なっちゃったものは仕方ないない☆ 美味しい和菓子でも食べて元気出すと良いと思うよん♪」
「さくらもちー」
「いよかんさん。はい、あーん」
「あーん」
「ああもう、いよかんさんは可愛いなぁ!」
「にゃはは、スガタうっざーい☆」
「マジうぜぇ……」

 スガタといよかんさんが癒し系オーラを出し、『二人のためだけに世界はあるの!』シチュエーションを作り出す。ソレに対して片割れである社、それからカガミが飽きれた笑顔とげっそりとした表情とで感想を述べる。
 平皿の上に乗せられた多種多様の和菓子が俺の前に差し出され、俺はその中から猫手でも食べれそうな大福を選び出す。みたらし団子も捨て難いけれど毛についてベタベタになる危険性を考えてあえてこっちにしてみた。大福は大福で手に粉が付くがそれは払えば問題ない。
 両手で大福を掴みはむっと口に銜えれば、もちーっと外側の餅が伸びる。それがちょっと楽しくて遊びながら食べていると、両隣からはにやにやとした視線が送られている事に気付きはっと意識を戻す。

「工藤さん、もうその姿に馴染んじゃったんじゃないですか?」
「お前そろそろその姿馴染んできちゃってんじゃね?」

 ぐさり。
 スガタとカガミの突っ込みにまた言葉が刺さる。スガタの上では桜餅を必死に伸ばそうともちーと遊んでいるいよかんさんの姿があった。しかし桜餅では無理だと思うぞ、いよかんさんよ。

「にゃんだかにゃぁ……」

 内心「もういいや」と諦め気味なのも真実。
 というか、実の所この格好でいると大人ぶる必要もなくなんら気兼ねなく楽しくやっていける自分がいるのを自覚してしまっていた。
 それ故に以前に皆に言われた「自分の意思でこうなった」説もあながち間違いではない気がしている。

―― ちぇ。結局俺ってまだまだ甘ったれなんだな……。

 子供時代、一般的な幼児のように公園などで遊んだ記憶がない俺は正直この状況が美味しい。俺の五歳の時代といえば――まだ、研究所に居た頃なのだから。

「なに暗い事考えてんだ」
「にゃっ!?」

 不意に右隣に座っていたカガミから頬を抓られる。
 思わず両手からぽろりと大福を落としてしまったけど、それはスガタが見事に片手でキャッチし、俺の前へと持ってきてくれた。
 この世界は口に出さなくても通じてしまう世界。
 少なくとも住人である三人と一匹には俺の心中が伝わってしまう。俺も自身の能力であるテレパシーで彼らの心を覗けるかもしれないけれど、覗く必要も無いので使用した事はない。
 今考えていたことは幼き日の事。無意識に頬に血の気が集まるのを感じながら目線を泳がせると、社からは下駄を履いた足をふらつかせながら「にゃははん♪」と彼女特有の快活な笑い声が聞こえた。

 だが、そんな彼女の声が止まる。
 ぴくりと彼女の頭部に生えている青い猫耳が何かを感じ取るかのようにひくりひくりと動き、そして勢い良く彼女は立ち上がった。

「社、どうしたにゃ――」
「侵入者……」
「え?」
「皆、構えてっ!!」

 彼女が叫ぶ。
 それと同時にドンッ!! っと激しい音が世界を揺らし鳴らした。それは地震のような縦揺れにも似ていて、けれど次の瞬間それではないと察するには十分な出来事が起こる。

  ―― パリンッ!! ――

 割れる。
 世界が割れていく。
 それはまるで鏡の亀裂から歪んだ虚像を見るかのように。
 社の顔にヒビが入り、彼女が叫ぶ声が遠くに飛ぶように弾けた。カガミが俺を保護するため手を伸ばしてくれるけれどそれは既に遅く。
 そして世界は――。

「ッ――にゃんだぁ!?」

 『割れた』。
 キラキラと粉々になって今まで居た三日月邸はまるで鏡張りの部屋にでも居たかのように四散してしまった。
 そして訪れたのは暗黒。
 ここも見覚えがある。
 スガタとカガミが生息しているという世界だ。
 何度かお世話になっている夢の世界、だ。

 俺は自分の姿をあわてて確認してみるが、相変わらずチビ猫獣人である。
 この世界ならいつもの自分に戻っているかと思ったけれどそうではなかったらしい。がくっと頭を項垂れるもそう落ち込んでもいられない。一体何があったのか状況を把握するため、俺は皆に呼びかける。

「社ー! いよかんさんー! スガター! カガミー!」

 だが声は反響し、反応は無し。
 可笑しい。
 この世界はスガタとカガミのフィールドのはず。それなのに住人であるはずの彼らから俺に対して無反応などと言う事は有り得ない……と思う。

「……まじでにゃにがあったにゃん」

 ぞくりと背筋が凍る。
 連絡の取れない状況下で自分ひとり放り出されてしまえば心が不安で満ちそうだ。これは手段を選んでいられない。俺はテレパシー能力を使用し、辺りに誰かいないか気配を探る。

 そして――見つけた。

「あっちにゃん!」

 走る。
 猫だけど走る。
 にゃあにゃあと変わらない語尾のまま走る。
 ――シリアスなのに! ちょっとシリアスなのに!
 緊急事態なのにこの姿のままだとどうしても雰囲気がギャグっぽくなってしまうのが残念だ。

 やがてたどり着いた其処は真っ暗な空間に一件だけ建つアンティーク調の一軒家。
 店の外には一枚の張り紙が貼ってあった。

「『鏡・注意』?」

 子供の声で素直に読み上げると俺は首を傾げさせてしまう。
 鏡と言えば自分を映し出すもの。
 音だけ聞けばカガミを思い出してしまうけど。

「くっそー、みんにゃどこにいっちゃったのにゃー!」

 その一軒家の前で俺はやけくそ交じりに両手をあげ、上を向きながら叫んだ。

―― to be continued…

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【共有化NPC / いよかんさん / ? / ?? / いよかん(果物)】
【共有化NPC / 三日月・社(みかづき・やしろ) / 女 / ?? / 三日月邸管理人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、今回はまた遊びに来てくださって有難うございましたv
 しかも再びチビ猫獣人v

 ですが、アクシデント発生希望ということでしたのでこんな形で続き物にしてみました。
 最後に出てきたアンティーク調の一軒家。
 工藤様は入るのか、それとも入らずに別の方法で探すのか……次回を楽しみに待っております。

カテゴリー: 01工藤勇太, 蒼木裕WR(勇太編), 迷宮編 |

あの日あの時あの場所で……

「ねえ、次の日記は誰の番?」
「次の日記は誰の番だー?」
「僕じゃないよ~? いよかんさんでしょ?」
「んー、ぼくー……!」

 三日月邸の和室でスガタ、カガミ、社、いよかんさんの三人と一匹はいつも通り和菓子とお茶を楽しんでいた。そんな彼らの最近の楽しみは『交換日記』。だが、交換日記と言っても、各々好き勝手に書き連ねて他の三人に発表するというなんだか変な楽しみ方をしている。そのきっかけは「面白かったことは書き記した方が後で読み返した時に楽しいかもね」というスガタの無責任発言だ。

 ちなみに本日はいよかんさんの番らしい。
 しゅびん! っと背中らしき場所からノートとペンを取り出す。身体より横幅の大きい其れが今まで何処に隠れていたのか気になるところ。彼? はよいしょっとノートを開く。ばふんっと倒れたノートによって起きた風がいよかんさんの顔を撫でた。
 彼? は皆の方を見る。それから大きな声で読み出した。

「三月十五日、せいてんー、きょうはー……」

■■■■■

「にゃんじゃこりゃーあぁぁあああ!!」

 それは三日月邸の一角での悲鳴。
 俺、工藤 勇太(くどう ゆうた)は見覚えのあるその屋敷の庭で思い切り声をあげていた。俺の目の前には日本庭園に良くある石枠で整えられた池が有り、其処には己の姿が映っている。それは当然の事なので問題じゃない。むしろそこが問題ではない。
 問題なのは――。

「にゃんで俺また半獣化してんだにゃあー!!」

 池に映り込む俺の姿は以前この屋敷で行なわれた「かくれんぼ」の時に起こった猫人間そのものだった。
 顔の横にあった耳は頭部に移動し、意外と自由に動く猫耳がある。それからズボンを押して出てきた黒い尻尾。手先だけもこもこと毛が生え掌には肉球。ここまでなら前回と変わらない。しかし今回はまた別の問題が発生していた。

「お、何か気配がすると思ったら暇人だ~☆」
「ひーまーじーんー」
「っていうか、工藤さんですよね。……っぷ」
「お前何なのその姿……ぶは、はははははは!!」

 後ろから声を掛けられ振り返れば其処には三人の子供と一匹の不思議生物が存在している。

 三日月邸の主、青髪猫耳を所持する少女、社(やしろ)。
 それに使役? されている蜜柑を縦長にした生物、いよかんさん。
 それから双子のように姿が鏡合わせの存在の少年二人、スガタとカガミだ。
 ちなみに彼ら二人は左右対称の黒と蒼のオッドアイを持っており、それが彼らの能力の元らしい。

 見慣れた存在に出逢い、ほっと安堵の息を付いた。
 しかしそれは次の瞬間には覆される。何故なら俺の今の姿は先ほど言った様に半獣。そして本来の俺は高校生男子でそれなりの身長を有しているというのに、十二、三歳程度しかない彼らの身長より低いのだ。
 つまり、俺が彼らを見上げているという状態で。

「いにゃぁあああ!! こんな現実いやだにゃあああ!!」
「「そんな貴方(お前)に全身鏡をプレゼント!」」
「現実を突きつけんにゃぁあ!!」

 ハートマークがつきそうなほど楽しげにスガタとカガミが何もない空間から大型の全身鏡を取り出し、改めて俺の姿を見せつける。人間の手でなくなってしまっている俺は肉球の付いた両手を頭に当て叫び声を上げた。そしてそれは鏡に映った推定五歳児くらいのチビ猫獣人も全く同じ姿をしてくれやがった。鏡に映る俺の格好はパジャマ姿。いつも愛用しているそれだ。唯一の救いはそれも一緒に変化対象になってくれたことくらいか。これで服がサイズ変更を起こさなかったら……。

「丸脱げ」
「ぜんらー」
「変質者」
「ショタ」
「お前ら俺の言葉を読んでダメージ与えてくんにゃー!」

 ほろほろほろほろ。
 もう俺の心のライフポイントはゼロよ。

「まあまあまあ、チビ。落ち着くと良いよ。かくれんぼの時にも半獣化したじゃん~☆」
「チビっこくはにゃってにゃかったにゃんー!」
「これはアレですかね」
「アレだろうなぁ」

「「 半獣化が気に入った事に加えてチビ化の願望が有ったとしか 」」

「むしろその逆で、あん時の事は精神的にキテたにゃぁー!!」

 スガタとカガミがうんうんと頷きあう様に俺は即座に否定の言葉を飛ばす。
 なんなの。なんなの。味方は無し!? お前らより今チビっこい俺を労わってくれるヤツなんて誰もいないの!?
 その場に崩れ込み、だばだばと涙を零す。
 ああ、どうしよう。涙で前が見えない。これが夢だと分かっていても知りたくなかった。マジで俺に半獣化あーんどチビ化の願望があったとか信じたくない。

 ぽん。
 ふと誰かが優しく俺の肩を叩いてくれる。そしてそっと細い手が俺の前に差し出され、その上にはハンカチが乗っていた。思わぬ優しさに俺は感動し、その相手をきちんと見るためにハンカチをばっと掴み、ごしごしと顔を拭う。そうしてやっとの思いで俺の心を掬い上げてくれた人物を見ようと顔を上げたその先に居たのは。

「身長ー、ぼくよりー、まだおっきーよ?」
「じ、地味に嬉しくにゃい」

 不思議生物いよかんさんでした。
 がくっと肩を垂れさせ、俺は地面に手を付き項垂れる。そんな俺といよかんさんのやりとりを見てくすくす笑う声がこれほど憎いとは本当に思わなかった。

■■■■■

 場所は変わって和室にて。
 五歳児となってしまった俺の今の姿はここの住人の不思議能力によってパジャマから和服の白水干を着せられている。社と同じ様な格好をしていると思って貰えれば簡単か。
 そんな俺は今この場所の住人の中で一番安全そうな人物――スガタを選び、その膝の上へと腰を下ろしていた。

「ううう、夢とは言え、この状態は不本意にゃのだー……」
「はい、おだんごあーん」
「あーん」
「不本意と言いながらいよかんさんからのお団子を受け取っている時点で精神もちょっと逆行してんじゃねー?」
「うっふぇえー! 食べたいもんは食べたいにゃ!」
「まあまあ、カガミ。工藤さんもそれなりに困っているのはビシビシと伝わっているんだからそんなにからかわなくても」
「だってチビいんだもん~☆ お、良く伸びるねん!」
「社ちゃんもほっぺた引っ張らないの!」
「にゃぁー! はにゃせぇええ!!」

 カガミと社の二人が俺をからかいに走り、スガタがそれをやんわりと止めてくれる。いよかんさんは俺の状態が面白いのか、三色団子を一個ずつ口に含ませ、食べさせてくれるのだが……一体何がどうしてこうなったのか。
 確かにいつも以上に俺はぎゃーぎゃー煩い。しかしそれに対して四人もまた弄り具合が半端じゃない。物珍しいものを見たと口にし、幼児である俺を弄繰り回してくれる。
 頭を撫でる程度なら良い。服を着替えさせてくれる程度なら……まあ、別に奇天烈な服じゃなければ許容範囲。だけど俺の心にダメージをどんどん与えてくれる言葉は正直矢となり胸に刺さって痛い。

「元に戻る方法を教えろにゃー! お前らにゃらにゃにか知ってんだろ!?」
「いやぁ、流石に本人が望んでそうなったっていうならボクの手には負えないなぁ~♪ ね、カガミん!」
「そうそう。今回は別に俺達の悪戯でも何でもないし、本人の心の中にあった『何か』が影響しているみたいだし俺は手出ししねーよ。それはお前も同じだろ、スガタ」
「う、うーん。そうなんだよねぇ。今回はどうやら工藤さんの心の意思っぽいんですよねぇ。望んでこの形態を選んでいるなら僕はこのままで良いんじゃないかと」
「おだんご、らすとー」

 マイペースだな、いよかんさん。
 目の前に出された最後の団子を小さな口で頬張り咀嚼する。喉を詰めないようにね、と釘を刺されてしまうこの状態が情けない。情けなさ過ぎる。
 うりゅっと涙が溢れそう。
 本当に、ほんとーぉおおに俺の心がこの状態を望んでいるのか。だから今回スガタとカガミは何も行動してくれないのか。だが自問しても答えは返ってこない。

「ちっくしょー!!」
「あ、逃げた☆」
「プレッシャーに耐えられなかったんでしょうね」
「プレッシャーに耐えられなかったんだろ。つーかスガタ、ちゃんとアイツ捕まえとけよ」
「ほかくー? これつかう?」

 俺はスガタの膝の上から飛び出し、そのまま三日月邸の廊下へと飛び出る。
 ああ、後方に流れていく涙が切ない。
 そんな俺は飛び出した後にいよかんさんが虫取り網を取り出してきて、ちょっと良い顔をしている事など当然気付かない。

 さて此処で問題です。
 此処は『三日月邸』。数多くの扉が存在し、その扉の向こうには数多の空間が存在する不思議な邸だ。ここに迷い込んだ人に真っ先に忠告される事は「迂闊に部屋を開かないように」、だった。
 そしてそれを利用して以前遊んだ「かくれんぼ」。その時に起こった様々な災難を俺はその時忘れていたんだ。その遊戯中に半猫化したという事も、此処が不思議な邸であるという事も全部全部忘れて、ただただあいつらから身を隠す事を優先させてしまった。

 だから、ただの和室の一つだと思い込んで開いた襖の先。
 その先に。

「に、ぎゃぁああああ!!!」

 まさか、そこがジャングル空間に繋がっていて、其処に居た大蛇が容赦なく俺を食べようとするなんて展開が起こるなんて思わないだろう?

■■■■■

 何かが絡み付いている。
 俺の身体に絡み付いている。
 邪魔だ。
 外れろ。

「ん、じゃ、ま……」

 俺は手でソレを振り払う。
 意外にもそれはあっさりと解け、ぱさりと外れた。その軽い音に俺はやんわりと目を開く。一体何が絡んでいたのかと正体を見れば。

「……何故、虫取り網……」

 肘で上半身を支え起こし周囲を見渡してみれば其処には自分を大事に護るように取り囲む三人と一匹の姿。
 場所は縁側で、夕日が庭園を照らす光景は中々風流。
 そんな彼らは今、自分が眠っていたように目を伏せすよすよと寝息を立てている。何があったのか思い出す。

「あ、大蛇に食われそうににゃったんだった」

 姿と口調が戻っていない事にがくっと肩を落とす。
 しかし蛇に食われそうになった時、助けに来てくれたのは彼らだった。混乱した俺は自分の能力を上手く利用出来なくて、暴れる俺を必死に宥めてくれたのは意外にもカガミだった。
 「大丈夫だから落ち着け」「俺が護ってやるから」「ヘビなんかに<迷い子>を食わせたりなんかしねーから」
 そんな言葉を掛けられた事を思い出す。ふとカガミの腕を見れば俺が引っかいたのであろう無数の引っかき傷があった。それだけ混乱していたのかと自覚すると同時に申し訳なさを感じてしまう。

「寝ろ」

 不意にカガミの腕が俺の頭に伸びてきて、そのままぽふっと乗り更に力を掛けられる。俺はその指示に従うように身体を横たわらせ、瞬きを繰り返す。カガミは目を開いてはいない。けれど、それ以上動く事をやめたという事はまた眠りについたのだろう。

 半獣化にチビ化。
 なんだかんだと忙しない夢だけど、夢だからこそ出逢える人もいる。
 そして夢だからこそ、想定外の事が余裕で起こりうる世界でもある。

―― くそ……。なんか護られるとかくすぐってぇ。

 俺は目を伏せ、僅かに身を丸めながらそう思う。
 きっと僅かに顔が赤いだろうけれどそれはきっと夕日が誤魔化してくれる。この夢はいつまで続いて、いつ目が覚めるか分からない。
 だけど俺を含んだ子供達四人と一匹が縁側で昼寝する夢。

―― ああ、結構これは良い夢なのかもしれない。

「ん、寝るにゃ」

 せめてこの語尾さえ消えてくれればなぁ、と思いながら俺はゆっくりと目を閉じた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【共有化NPC / いよかんさん / ? / ?? / いよかん(果物)】
【共有化NPC / 三日月・社(みかづき・やしろ) / 女 / ?? / 三日月邸管理人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、今回はまた四人に遊びに来てくださって有難うございましたv
 まさかの半獣化&チビ化の文章に最初目が点に(笑)

 こんな彼らとのドタバタコメディでしたが、いかがでしょうか?
 また宜しければ遊びに来てくださいね。
 四人はいつだってお待ちしておりますv(礼)

カテゴリー: 01工藤勇太, 蒼木裕WR(勇太編), 迷宮編 |

xeno-番外-

「あの事件」から数日後。

 俺、工藤勇太は相変わらず超能力少年として日々平和に学園生活を堪能中。
 困った人は見捨てられない性分、ひっそりこっそりちょっとした困りごとを秘密裏に解決しては人の笑顔に癒される毎日を送っている。こう言ってみるとちょっとしたヒーローっぽいけど、実際はこそこそ行なっているもんだから格好良くなんてないんだけど、でもそれが「良い」。
 日常の中に俺が存在出来る――それがどれだけ大事な『毎日』なのか俺は身に染みて知っているから。

 さて、今日は一人で屋上のさらに上にある給水塔の上で弁当を広げた俺様。
 此処は外だから寒いけど空を見上げれば綺麗な青色が見れるし、人気はないし、逆に見下ろせば生徒達がグラウンドで遊んでいる姿を見れたりする――そんなちょっとした心の休息には丁度いい場所なのだ。

 だがそこに現れたる闖入者。
 しかし空中からふわりと姿を現した『彼ら』にはもう今更俺は驚いたりはしない。
 夢の住人だと先日まで思っていた姿あわせの少年――スガタとカガミだ。彼らは今俺が座っているその前で浮いているが、そのままゆっくりと隣へ移動するとその足先を給水塔へと下ろした。流石に浮遊している少年を見られてはゴシップになってしまう。
 彼らが何か喋りだす前に俺は顔を持ち上げ視線を交えるとにぃっと唇を持ち上げた。

「よ。そろそろ来る頃かなーって思ってた」
「現実世界では貴方の心は読みにくいので、その意味を伺っても?」
「この世界じゃお前の心は読みにくいんだから、ちゃんと意味を教えろって」
「カガミ、お前は相変わらず口が悪いな」

 彼らは外見だけは十二、三歳の少年だが『人間』ではない。
 黒と蒼のヘテロクロミアに映る小さな俺を何気なく見上げつつ、俺は自分の隣をぽふぽふ叩く。ここに座れという意味だ。彼らはそれを汲み取ってくれたらしく、俺の右隣にスガタ、そのまた隣にカガミが腰を下ろして三人並ぶ。高校には相応しくない二人だが、この場所なら誰も気にしないだろう。

「最近なんだかぐっすり良く眠れてしまって夢も見ないのでお前らの世界に行けないんだよ。なのでお前らに会えるようずっとお前らの事思ってた」

 俺は弁当の包みをごそりを漁り、その中からある物を二つ取り出す。

「ほらよ」

 橙色をした香りの良いそれを俺は放り投げる。
 緩やかなカーブを描いて二人の元へと落ちていくそれはとても香りの良い蜜柑だった。

「糖度十五のみかんだぜ? 高かったんだからな」

 ニヤリ。
 それは大胆不敵な笑み。
 これは以前、こいつらとその仲間達とで遊んだかくれんぼで俺が所望したものだ。実際問題これが売っているところを見かけた時は本気で目を疑った。しかしその分の値段が半端無く高い。どれくらいかと言うと高校生の財布事情を圧迫しまくってくれたと言えば良いだろうか。それはもうその蜜柑の前で腕を組みながら唸っている俺を見て周囲の人間がどんな目で見ていたか……ああ、考えたくない!

 でも予感がしたんだ。
 そろそろ二人が俺に逢いに来るってさ。
 悩む事数十分――俺はそれをレジへと持っていった。財布からお札が消えるあの瞬間は本当に溜息が零れ出てしまう。

 俺の隣で興味津々で二人は渡したばかりの蜜柑を眺め見る。
 綺麗な色合いをしたそれを空に向けたり、匂いを嗅いだりと彼らはそれなりに楽しそうで与えた俺としてはなんだか心がほっこりした。やがてカガミが爪先を食い込ませ、開き始める。
 中身自体は普通の蜜柑と変わりない。だけど口に含んでみればそれはもう――。

「凄く甘いですね」
「すっげ、甘っ!」
「だろ、だろ、マジ感動もんだろ!」

 ほら、それは皆を幸せにする味。
 一口一口を大事にして口に入れるスガタ、逆に欲のままに口の中に放り込んでいくのがカガミ。姿は良く似ているくせにこういう性格面は全く違う。でも吐き出してくる言葉なんかは同じ系統のもので、そこが余計に彼らの雰囲気を常人ではないと知らしめているわけだけど。
 そんな風にはしゃぐ彼らを横目に俺は開いておいた弁当を膝の上に乗せながら再び食事を開始する。

「あのさ、俺『アイツ』の事あれからちょっと考えたんだ」

 卵焼きを口に含み、咀嚼しながら語る。
 休日ならともかく、高校生の休み時間を考えるとゆっくりとしてはいられない。購買で買った飲み物で喉を潤し、食べ物を飲み込みながら語るのは心情。俺の中の『アイツ』について。

「『アイツ』は……俺の代弁者だったんだな。ずっと抑えてきた感情や行動をアイツがやってくれた……自分で言うものなんだけど俺、子供らしい子供時代を送った記憶があんまりないからなぁ」

 言葉に出した瞬間、胸がざわついた。
 押さえ込むように箸を持っていない左手を胸元に当て、目を伏せて深呼吸を繰り返す。大丈夫。大丈夫。そう心の中で『アイツら』に言い聞かせながら。
 スガタとカガミは俺へと顔を向け、真剣な表情で言葉を聞いてくれている。この世界は彼らの存在するフィールドではない。だから俺が彼ら二人を認識している事――それが基盤となって彼らは『存在』してくれている。二人が此処にいると俺が知っているから、互いに認知する事が出来るのだ。
 故に、この世界は簡単には通じ合えない。
 俺みたいな特殊能力でも持っていない限り、心の中を覗くなんて出来やしない。

 だから言葉を紡ごう。
 思い出を紡ごう。

「かと言って今が大人っぽいかと言えばそうでもないんだけどな」

 少し気恥ずかしくなりつつも俺は笑う。
 箸を落とさぬよう弁当の傍へと横たえ、俺は自分の両手を組んで前にぐーっと伸ばす。筋が伸びて気持ち良い。

「当たり前です。貴方はまだまだ子供なんですから」
「当たり前だろ。貴方はまだまだこの世界じゃ子供の分類に入ってんだから」
「だけど毎日を過ごして」
「色んなふれあいを経験して」
「幸せを感じて」
「悲しさを感じて」
「喜びを分かち合って」
「不幸だって吹き飛ばせるように頑張って生きて」

「「 どんな『過去』も『現在』も『未来』に繋がって迷い子(まよいご)のままでも大人になっていくのが人生 」」

 蜜柑の皮を丁寧に剥きどこに捨てようか迷っているスガタ。
 逆に力任せに剥いたのかボロボロの状態の皮を折り曲げ、汁を飛ばして遊ぶカガミ。

 当たり前の日常の中に紛れ込んでいる彼らとの逢瀬は『非日常』。
 だけど同じ毎日の繰り返しじゃ面白くないし、人外にだって色んな奴がいて――例を挙げるとこの二人みたいに友人みたいに会話してくれるのが良い。
 俺を俺のまま受け入れてくれて拒絶しない。
 ありのままの俺を絶対的な言霊で「工藤 勇太」だと定義付けてくれる彼らの存在に俺は笑うしかない。

「とりゃ」
「ぃっ、ぎゃかあー!! ちょ、おまっ、なにすんだよ!?」
「必殺、蜜柑で目潰し!! ――で、これがお前が作った弁当?」
「俺の悲鳴を聞けー!」

 スガタの膝の上で猫のように身体を伸ばし、俺の方へと折った蜜柑の皮で攻撃してくるカガミ。その攻撃があまりにも見事過ぎて思わず感傷に浸っていた俺は不意打ちを喰らってしまう。知っているか。蜜柑の汁ってあぶり出しに使用するだけが使用方法じゃねーんだぜ。こんな風に攻撃するのも有りといえば有りで――くっ、思わず目から涙が出るほど痛ぇ!

「うーん、この卵焼きはちょっと焦げすぎじゃないでしょうか……」
「つーか塩分多い。塩控えろよ」
「あ、でもこっちのは中々」
「えー、俺はもうちょっと辛さがある方が好きだな」
「――…………お前ら、なぁ」

 人が蜜柑の汁に苦しめられている間中、それはもう楽しげに人の弁当をつまみ食いしている二人。
 それを涙で滲んだ視界越しで睨みつけるが、正直情けない。それは俺を見る彼らの笑顔からもわかる。スガタは変わらずおっとりとしているが目の奥ではからかいの意味を含んだものが潜んでいるし、カガミはむしろ正々堂々と悪戯成功の子供の表情を浮かべている。

 ああ、楽しいよ。
 こんな風に生きていける――その毎日が。

 キーンコーンカーンコーン。
 やがて聞こえてきたじゃれあい終了の合図。
 弁当に色々指導が入ったけれど、俺は自分の好みで作っているのだからコレでいいと思って――……いや、でも塩控えめにした方が確かに健康には良いのか。

「今度は美味しいお弁当を期待してますね」
「今度は俺好みの弁当にして欲しいもんだ」
「今度っていつ逢えんだよ」
「それは貴方の心のままに」
「それはお前の心が呼ぶままに」

「「 僕(俺)達が此処にいる――そう願うだけの簡単なお仕事をしてくれるなら 」」

 これは俺とスガタとカガミで過ごしたまったりな時間。
 空中に溶け消えていく彼らを俺は見やりながら自分もまた教室に戻るために屋上から移動を始める。残された蜜柑の皮を途中ゴミ箱の中に捨てるのも忘れない。
 実際、子供らしい子供とか大人らしい大人とかは分からない。
 目標としている人はいても、それが正しい姿か問われれば否だ。
 だから俺は俺のまま行こう。

「迷い子だって構わない。生きてさえいれば俺は頑張れる、そうだろ? 『俺』」

 俺は自信に満ち溢れながらそう自問し、返ってくる言葉のない心《おれ》を撫でるように左胸を無意識の内に撫でていた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、今回は「xeno-番外-」発注有難うございました。
 あの後の話を頂けると嬉しいですねv

 番外に関しては幾らでも発注して頂いて大丈夫ですので、またスガタ&カガミと遊んで頂けると嬉しいなと、こっそり。

 工藤様と遊ぶ二人はそれはそれは生き生きとした「子供」です。
 それは彼らの存在意義である「相手次第で行動する」という部分から、結論づいた事なのですが、二人は工藤様の事が気に入ってしまったようで度々遊びに来てしまいそうです(笑)

 ではまた逢える日を楽しみにしつつ。

カテゴリー: 01工藤勇太, xeno, 蒼木裕WR(勇太編) |

xeno-結-

―― 殺 し に き た ん だ ――

 ひた。
 ひたひた。
 ひたひたひた。

 静かに忍び寄る影。

 正気と狂気。
 本体と虚像。

「くひっ、ふ……あ、は、は! なあ、もう、終わりにしようぜ?」

 聞こえる。
 これは『俺』の心の声。そして悲しみ。
 スガタとカガミに視界を塞がれていた俺はそっと二人の手を掴み、全てを終焉に向かわせるために心を定めた。俺はもう迷わない。
 ――迷い子(まよいご)――なんかじゃない。

「あぁ、終わりにしよう」

 俺は傷の開いた胸に手を当て、血の滴るそこに触れる度に走る痛みに苦痛の表情を浮かべる。だがこれは現実じゃない。今の俺はきっとベッドに横たわり、いつも通り惰眠を貪っているに違いない。まあ多少は魘されているかもしれないけど、そんな事一人暮らしの人間の生活環境上、誰にも迷惑なんかかけないから問題ないだろう。
 俺は完全に立ち上がる為、手を地面に付く。スガタとカガミがさり気なく傍に寄り沿い、それから俺が倒れないように気を使ってくれているのが少し嬉しかった。

「はは、は、……殺して、いいよな? 『俺』、もうお前に殺され、たくない――何度も、何度も、何度も殺されたんだ!!」
「俺はお前を否定しない」
「お前が辛い時、悲しい時、精神状態が可笑しくなりそうになった時、皆、皆、皆、頑張ってきたんだ。『俺達』はその度に圧し殺されて来た、んだっ!」

 抑圧された人格達。
 生まれる筈だった感情はより強大な力で押さえつけられ息を止めてきた。欠片だったものは夢を見る。生まれたいと。あの光の下――幸せそうに微笑み、全ての人格の上に成り立って君臨する存在を退けて味わってみたかった。

「来いよ、『俺』」

 痛いほどに通じ合う俺達。
 <工藤 勇太>という人物を形作るために必要だったとはいえ、欠片達を殺し続けてきた事実は否定出来ない。誰しもある程度は『自分』を押さえ込まなければ人格異常者と認識され、日常に交じれない。
 だけど『彼ら』は――、一瞬だけとはいえ生じた感情達はそれでも外に出てみたかった。傷を負いながら夢を漂い続け、やがて一人として君臨する程の力を得るほどに。

 あああああああああ。
 早く――殺さなければ。

 『俺』が抱く狂気。
 それは俺が抱く正気の犠牲者。俺は一歩、また一歩『俺』へと歩を進めて近付く。子供のように隠しもせず泣き続けるその存在を俺は――。

「幼い時に受けた数々の傷。それからもう目を背けない」
「――っ」
「だから、共に生きよう」

 俺は両手を『俺』へと回し、精一杯抱きしめた。
 傷付けるつもりなどないと心の底から願いながら、どうかこの願いが通じるように祈り続ける。この『夢』が俺のものであるならば、伝われ。俺はもう拒絶しないのだと。
 研究所での日々、迫害を受けていた日々。
 それを含めて今の俺が在る。その為に礎となった可哀想な『俺』。か弱い欠片――人格が寄り添いあっていた理由は分かる。しかし具現し、生まれたきっかけは分からない。でもそれは問わない。だって此処には俺よりも確実に知っている人物たちが居るから。

「スガタ、カガミ。頼みごとがある」
「一つに?」
「融合を?」
「それが願いなら」
「それが決断なら」
「――ったく、お前らはいつだって俺の先を読むんだから。此処はちゃんと最後までカッコ良く俺に言わせろよ」

 びしっと指を突きつけて指摘すると、スガタとカガミが顔を見合わせ呆れた表情を浮かべた。スガタは僅かに困ったように、カガミは肩を竦めてやれやれと小さな声を漏らしたのを俺は聞く。
 この世界は彼らに全てが通じてしまうフィールド。腕の中、泣きじゃくる『俺』は怯えた気配を消す事無く、まるで幼い日の自分を思い出させた。
 怖くて。
 恐ろしくて。
 研究員達の喜ぶ顔が見れたと同時に奇異的な視線を向けられていた――あのおぼろな日々はやはり俺の精神障害―トラウマ―なのだ。
 だけど乗り越えられたのはその時、存在していたものが有ったからだと今ならはっきりと理解出来る。

「ぅ、ううう……殺した、ぁ」
「ああ、死は身近にあるよな。俺もそこはちゃんと覚えてるよ。それにさ、結構人間なんて死ぬ時はあっさり死ぬ。だったらよ、神様がもういいよって言うまで生きようぜ?」
「『俺』を、殺し――」
「意外にさ。俺はもう――『お前』をちゃんと受け入れられる強い人間になったと思うんだぜ。いや、絶対ぇそうなってやるから」
「……殺して、や……」
「ごめんな俺。……俺、案外自分の事嫌いじゃないぜ?」

 沢山殺したんだな。
 沢山耐え苦しんできたんだな。
 沢山辛い経験をしてきたんだよな。

 ごめんな。
 その言葉だけで赦されるだなんて軽い考えを持ってなんかいないけど、今の俺が存在出来るのは過去を犠牲にしてきたから、何度でも言うよ。だけどその過去をもうきちんと受け止める決意はしている。今この瞬間、俺の腕の中に居るのは――小さな幼子(おさなご)なんだから。
 泣いて喚いて感情を暴れさせて全てから逃げ切ってしまいたかった過去の俺が此処に居る。
 何故だろう。小さくなってしまった『俺』を抱いていると俺の目からも自然と涙が溢れてきた。

「人は皆幸せになるために生まれてくるんだ――だから今後はずっと一緒にいようぜ、な。『俺』」

 次第に薄まっていく小さな子供の姿。
 スガタとカガミは互いに向かい合わせの格好で両手を繋ぎ合わせ、この空間で彼らの能力を駆使し、俺の願い事を叶えようとしてくれているのだろう。より密接に互いの感覚がくっついていくのが如実に判った。

「だけど、どこの世界にも絶対は有り得ないんです」
「心の底からお前に拒絶されれば俺達の力は作用しない」
「だから抱きしめて」
「だから受け止めて」

「「 ――今度こそ殺さず、生きられますように―― 」」

 ああ、力の限り願うよ。
 この子が、俺が『俺』を受け止めてくれるように。ありのままの自分と共に生きる事を選択してくれるように。
 親が子を愛す気持ちってこんな感じなのかな。
 『自愛』という言葉があるけれど、その意味を今やっと思い知った気がする。喪った自分を慈しんで、大事にして、そして絶対的に愛してやれる存在は。

「これからはもう俺がお前を手放さない」

 子供の瞳が俺を見つめる。
 高校生になった俺と研究所に居た頃の『俺』が見つめあう。一番キツい過去の姿をした『俺』を具現され、心が痛む。だけど念じて招く。
 おいで、おいで。
 沢山空を見よう。あの怖い部屋の中から飛び出して。
 沢山皆と笑いあおう。あの怖い人達の手を振り払って。
 子供の背が反るくらい俺は『俺』を抱きしめて念じ続けた。愛してる。俺は自分を愛せる。現実世界で迫害された過去を憎んで尚、今の俺が居るというのならばきちんと受け止められるから。

 そして「それ」はふっとわらった。

 薄れ消えていく『俺』は嬉しそうに幼い両手を俺に向けて伸ばし抱きついて――――俺はそれを抱きしめるために回していた腕が、やがて己を抱きしめる格好になる事を知った。

 ああ、涙が止まらない。
 ぽたりぽたり。
 暗闇の空間に水滴の点を描く。
 一つになったと知った時酷く胸は痛んだけれど、でも自分の望むものがこの先にあると信じて。

「この世界は『夢』ですから、様々な欠片が名も付けられずに散っていて、時を待っているんです」
「この世界は『夢』だから、喪ってきた全てのものが存在しているけれど、けれど普通は存在を認知されずに消え去っていく」
「今回起きてしまった事件は貴方の能力の力と相まって生まれた『欠片の集合体』」
「今回の異常は『無意識の人格達』が微々たる力を合わせ、夢から抜け出そうと足掻き作り上げたもの」
「ただ彼らは外に出たかった」
「だだ彼らは夢から出たかった」
「生まれたかった」
「生きてみたかった」

「「<工藤 勇太>の幸福に触れたい――それが力の暴走と言う名の快へと走った無自覚なる願い」」

 分かるよ。
 目を伏せればまだ同化しきっていないのか、沢山の小さな俺が心の中で両手を伸ばしている光景が見えた。研究所に居た頃、迫害を受けていた頃、今の自分に近い姿をした俺だって存在している。全部を受け止めきるのは大変だ。
 だけど、もう手放さないと決めた。

「迷い子。教えてあげる」
「迷い子。教えてやるよ」
「実はね、僕らも彼らと同じような存在なんです」
「この夢と言う暗闇に漂い続けて、いつだって消滅しても可笑しくない存在なんだ」
「だからこれは僕からの言葉」
「だからこれは……俺からの、感謝」

 スガタがとても嬉しそうに微笑む。
 カガミがどことなく照れくさそうに頬を指先でかく。
 だけど、その先の言葉が紡ぐ唇はやっぱりいつも通り同時で。

「「例え『認識』しているのが夢の中だけだとしても構わない。――自分達と出会い、そして生まれてきてくれて有難う」」

 生まれてきてくれて。
 そうだ。
 そうやって認識しあって俺達は存在していく、生きていく。どこの世界かなんて微々たる問題で、問題なのは『そこに居ると知っている事』なのだから。
 誰からも声を掛けて貰えない存在ほど悲しいものはない。

「ちくっしょ――! 泣かせんな、よ、なぁあっ!」

 俺は泣いた。
 脱力した身体が崩れるように膝を地面に付かせ、そして子供のように上を向き、零れる涙を拭う事無く心のままに声をあげて泣いた。これくらい赦してよ。許せよ。現実じゃこんな恥ずかしい姿を見せにくいんだからさ。
 喉が枯れるまで泣き喚いて、いつの間にか胸に付けられていた傷も修復されてしまった頃、ぐしっと俺は目尻を手の甲で拭いそれから胸元に手の平を押し付けて深呼吸を繰り返す。

 目を伏せてももう、彼らはいない。
 だけど確かに俺の中に存在している『俺』達。
 いつか表面に出てくるかもしれない人格達を抱きながら俺はこれからを生きよう。

「あー……喉いてぇ」

 呟いた言葉と共に俺は両手を高く伸ばす。
 そこに在るのは満天の星空――ではなく、ただの暗闇だった。俺は自分の身なりを正してみようと願ってみる。服が元に戻ればいいな、という感じで。
 それはあっさりと叶い、復元された寝間着姿を確認すると両手を拳にし、うしっと一回軽く気合を入れてからスガタとカガミへと身体を向ける。

「ふふ、元気になったようで何よりです」
「あれじゃね? 自分からのキスが力の源になったとか」
「カガミ! まだそのネタ引き摺るの!?」
「だってナルシストってそんな感じじゃん! 自愛とか思っちゃったりしてる辺りちょっとなー」
「そういう意味で思ってたんじゃないって知ってるくせに、どうして迷い子を変な風に弄るのさ!」

 スガタがカガミに注意をし、カガミは楽しそうに耳を指で塞ぎながら軽くかわす。そんな子供達の戯れる姿を見つつ、弄られた当人である俺はびしっとカガミに人差し指を突きつけた。

「うるせー。キスはもう良いんだよ。あれはアイツがしたくてしてきた事なんだから色んな意味でノーカウントなの! っていうかこの間のかくれんぼの報酬の糖度十五のみかん、忘れてないからなー!」
「お、また挑戦しにくんのか? 楽しみぃ~」
「今度こそ捕まえてくれる事を楽しみにしましょうか」
「くぁー! ホント、あとちょっとだったのにな! お前らが騙すからいけない!」
「だって」
「そう言うのも」

「「作戦の内なのだから」」

 俺を含む三人で交わす以前この異界で起こった事件を元にした楽しい会話。
 俺を<工藤 勇太>と認識してくれる二人。
 二人を<カガミ>と<スガタ>と認識する俺。
 そうだよな、こうやって生きていくんだ。今までも――これからも。

―― 殺してもいいよな?

 いつかまたあの声が俺の内側から呼びかけられるかもしれない。
 だけど今はもう道標が存在しているから大丈夫。
 また同じような事が起こっても俺は歩き続けよう。そっと俺は『俺』に語りかける。

「生まれてきてくれて有難うな」

 これは『俺』に悩まされた『迷い子達』の物語。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、今回は「xeno-結-」に参加有難うございました。
 そしてとうとう最終話でございます。

 一つになると決断し、それを『彼』が拒まないよう説得しながらの終焉。
 たった四つ。
 だけどその四つの物語で工藤様が得たものはきっと今後『彼ら』に幸せも苦痛も与えるでしょう。

 それでもいつだって前向きに歩いてくださると信じて、今回はこれにて締めさせて頂きます。

カテゴリー: 01工藤勇太, xeno, 蒼木裕WR(勇太編) |