xeno-転-

「なあ、殺していいか?」

 けたけたけたけたけたけた。
 それは笑う。嗤う。哂う。
 目を見開いた俺ではない『俺』が。

 ああああああああああああ。
 ドッペルゲンガーが出た。
 同じ姿。
 同じ声。
 鏡合わせの様な自分と相手。

 聞こえる声。
 自殺衝動にも似た激情は胸を焦がし、痛みを齎す。

「――ああ、今度こそ『夢』、か」

 暗闇の空間で俺は寝間着姿で立つ。
 学校で倒れたあの後、調子が戻らなくて俺はベッドの住人と化していた。別段熱があるわけでも無いのだが、身体の動きが鈍く時折吐き気のようなものが身を襲う。病院で見てもらったところインフルエンザでは無かった事だけが救い。
 何かしら精神的なものが胃腸に来ているのだろうというのが医師の診断だった。担任からも「ゆっくり休め」と有り難いお言葉を頂いたのでそれに甘んじて自宅にて眠っていた――そのはずだった。

 だが今、俺は『夢』にて『アイツ』と対峙している。
 学校に現れ、俺のふりをして友人らを混乱させ、挙句学校の窓ガラスをサイコキネシスでぶち破るという所業をしでかしてくれた張本人。あの時、俺の身体へと近付いて密着し、そして入ってきたもの。

「あぁ、もうめんどくせー……好きにすれば?」

 同化しているのだと、思う。
 俺と『コイツ』の存在自体が今分離出来ていない状態なのではないかと。

 俺の発言が気に入ったのか、『俺』は目を細め近付いてくるとそのまま力を指先に込め、尖らせた刃の爪のようなものを作り出すと俺の胸元を一気に斜めに引き裂いた。元々そんなに厚着をしていない寝間着は難なく破られ、その下の肌着も遠慮なく裂かれてしまえば肌が露出する。四本筋の傷が浮かび上がり、そこから伝う血。
 その痛みはまさに現実―リアル―だ。

「――ぃっつう!?」

 そして足払いのような力が掛かり、俺は暗闇の空間に押し倒された。
 またこの展開かよと半ば自嘲しつつも馬乗りになった相手の姿を見やれば、『俺』は指先に付いた血を美味しそうに舐め取っており、愉悦の表情を浮かべている。しかし血を舐め尽くせばまだ足りないとばかりに今度は俺の肌へと舌を寄せ、そして這わせた。
 何故だろう。
 それは幸せそうな表情で、まるで母親の乳を吸う赤子のようなもののようにすら思える。親から子へ与えらえる惜しみないもの。そんなものを俺は与えてはいないが、狂気染みていない『俺』は心から幸せそうに微笑んでいた。

「――」
「何か言っ――んぅ!?」

 不意打ちで『俺』が何かを囁く。
 その声は聞き取れず俺は聞き返そうとしたその瞬間、『俺』が俺に唇を重ねてきた。

―― うげっ。

 ぬるりとした肉の柔らかな感触に背筋が凍る。
 しかし俺はその口付けに対して反抗しない。ただされるがまま、相手のなすがままに身を任せるだけ。一体『コイツ』は何をしたいのか……知りたくて。
 その舌先が唇を這うと鉄の味がした。覚えのあるそれはまさに血の味。そうだった。コイツは俺の胸元を今裂いて、舐めていたんだったなどと今更ぼんやり思う。
 甘えている?
 それともからかってる?
 嫌がらせなのか、それとも意味のある行為として俺に唇を重ねてきているのかなど分からない。けれど、離れない唇はキスという行為を続け続けた。
 だからか。ぼんやりと俺は思う。
 この口付けの中、思考が溶かされていく感覚が――心地よくて。

『死にたい』

 そうさ、俺には自殺願望があった。
 いつか俺が俺を殺しに来る日が来たっておかしくないと妄想するほどに。

『あ、ねえ、どうしてこんな事をするの? ぁ』

 俺が研究所にいた頃、今と同じようになすがまま、言われるがままだったさ。その時の一部の研究員に似たような行為を受けた事も……幼さ過ぎておぼろげだけど覚えている。その意味さえ知らなかった幼い日。ただただ大人達が何故自分にあんな触れ方をするのか、疑問視していただけの毎日。

 まさに希望もなく絶望的な日々。
 そんな俺がそこから救出され、突然一般世間に放り出されたんだ。
 この力を使って面白可笑しく暮らしたって良いくらいの代償を受けて来たはずだ。

 今の『コイツ』を見ているとそんな事を思い、心が廃れていた時期を思い出す。
 ああ、口付けが止まない。これはどういう意味を持つ行為なのか――顔が近すぎて相手の表情すら見えやしない。湿った舌の温もりは自分のものなのか、それとも俺のものなのか。混ざっていく温度。これが恋人関係の相手なら嬉しいところだったけれど。

「殺してもいいよな? もう『俺』は解放されたいんだよ」

 もう何度目だろう。
 その問いを投げつけられるのは。
 戯れにじゃれている合間に問われる音。圧し掛かっている身体は重いが振り払えないほどではない。力を使えば簡単に振り払えるだろう。だけど俺の両頬を包み込むその手は――どうにかなってしまいそうな程温かくて。

「違う」

 唇が離れた瞬間を狙い、俺は否定した。
 『俺』は顔を離し、自分達はやっと互いの顔を見れる距離まで間を設ける。『俺』が俺を見下げている光景。鏡越しでもなんでもない。立体化したそれは本当に俺の内面だ。だけど、この存在が俺を殺したがる理由は自殺願望なんかじゃない。

「好きにしろと、確かに俺は言った。でもそれは殺されてやるって言う意味じゃねえ。それじゃ俺の欲しいものは手に入らない。俺の欲しいものは人の愛情だろ?」

 家族。
 友人。
 俺を取り巻く様々な人達によって俺は生かされ、俺もまた彼らの人生の歯車の一つになるために生きている。
 笑って。
 泣いて。
 怒って。
 喜んで。
 俺の中でとても大事な人を不幸にしてしまった事も確かにあったけれど、それでも俺は――。

 頬を包んでいる『俺』の手に俺は手を重ねる。相手はびくっと何故か怯え、表情が苦痛に歪んだ。払い除けるなら払い除ければいい。だけど俺はもう決断している。この先言うべき言葉を。

「あぁ、素直になるさ。俺は生まれて来てありがとうって……そう言われたくて生きてる」
「やめろ」
「俺の力は人を不幸にする為じゃない。誰かの為だって……せめてそう思いたいじゃないか」
「違う違う違うっ!! 俺は、俺は――!!」

 バシッと良い音を立てながら『俺』は手を振り払い、俺に乗っていた身体を立ち上がらせた。僅かに浮き上がりながら今まで頬に触れていた手を今度は己の顔に押し当て、表情を押し隠す。否、感情を押し隠す。
 痛い。
 俺と『俺』の感情が通じ合っているためか、自分にも息を圧迫させる痛みが押し寄せてきて、俺は口をぱくぱくと開いては閉じ酸素を求めた。
 だが視界の端に影が見える。揺らいだ空間。そして形成されていく、輪郭。

「大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃねーだろ。自分とキスだぜ」
「カガミ、僕はそういう事を言っているんじゃないの」
「俺は同じ顔したお前とキスしたくねーもん」
「馬鹿なの?」
「素直な感想だっつーの」

 すっと姿を現す二人の少年達。
 倒れたままの俺の傍にしゃがみ込み、脱力しきっている俺を起きあがらせてくれるために手を貸してくれた。それに甘え、俺は上半身を起こし片足を立てその上に右手を乗せ嘆息を一つ吐き出す。それを確認してから黒と蒼のヘテロクロミアも今混乱しきっている『俺』を見て、そして外見年齢相応の小さな手が後ろから俺の視界を塞ぐ様に片方ずつ被さってくる。

「迷い子(まよいご)、どうか良い選択を」
「迷い子(まよいご)、お前の選択次第で『アレ』は変わる」
「彼は貴方の心の迷いの欠片」
「彼はお前の心の隙間を埋めていた小さな欠片」
「記憶の隅で一瞬だけ湧いた感情の欠片が寄り添いあって出来た『貴方』」
「<工藤 勇太>の今を形成するために無数の人格の中、切り捨ててきた幼き日の『お前』の集合体――時に人は『アレ』をイドやエゴ、超自我と呼び例える。だけど今回は、」

「「無意識の本能的正体――<id>、それがアレの正体」」

 暗闇のフィールド。
 此処はスガタとカガミと初めて出逢った夢の世界。彼らが傍にいてくれる……それが今の心の支えになり、俺は冷静に事態を受け止めた。
 大丈夫。
 二人は言っていたじゃないか。此処は何も話さなくても全て通じてしまう世界なのだと。それに『アレ』が俺であるならより一層俺の思いを感じ取っているはずだ。

「おい、分かるか?」
「やめろ」
「俺の言いたい事、分かるな?」
「嫌だ、嫌だ。『俺』を殺さなきゃ駄目だろ。こんなの嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だっ」
「それでも俺はお前に言うぜ。もうお前には伝わっているだろうけど」
「嫌だぁああああ――――!!」

 絶叫と共に風が吹き荒れる。
 サイコキネシスによって起こされた真空の刃が俺達を襲う。だがそれが届く前にスガタとカガミの力によって消滅させられてしまった。此処は現実じゃない。ならば優勢なのはこの夢の住人である彼らに決まっている。
 『俺』がどれだけ暴れようと、泣き喚こうと、この空間だけは――全て吸い取ってしまうのだから。

「俺は、」
「ひっ、く、やだ、やだぁ……殺したい。殺す、殺さなきゃ、殺される、だから、だから」
「お前を――」
「言うなぁぁあっ――!!」

―― ねえ、殺してもいいだろ?

「「過去に苦しんだ『迷い子達』よ。どうか、良い<選択>を」」

 暗闇の中、耳を塞いでも頭の中を犯すのは『 誰 』の声だ。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、今回は「xeno-転-」に参加有難うございました。
 とうとう第三話。テンポ良く発注して頂けましたので此処まであっという間に過ぎてしまい、びっくりです。
 そう言うわけで正体が明らかになりました。若干精神分野となりますが、いわゆる人間の無意識の本能。不快を避け、快へと走るものの具現――それがイドであり『何か』でありました。

 このシリーズで出した能力の応用に名をつけるなら精神的防御壁(サイコシールド)とか透明の刃(サイコクリアソード)とかでしょうか。(ちょっと長い?)

 さて、シリーズ終了まであと一話。
 最後までお付き合い頂けましたら嬉しく思います。

カテゴリー: 01工藤勇太, xeno, 蒼木裕WR(勇太編) |

xeno-承-

「お前、あの時の態度はなんなんだよっ!!」

 お昼休み、飯を食っていた俺に対していきなり友人にそう声を荒げられたのが今回の始まり。

「え? 何?」

 間抜けにも俺は箸を銜え、声を掛けてきた相手に対して顔を合わせながら疑問符を浮かべる。しかしその態度が気に食わなかったのか、余計に怒りを買ってしまったらしい。ずかずかと友人は足を踏み鳴らして近付いてくると、激怒の表情を浮かべたまま俺が今弁当を広げている机の上に両手をバンッ!! と勢い良く叩き付けた。

「ついさっき俺が次の授業に提出する課題に関して声を掛けた時、『はっ、馬鹿じゃね? んなの自分で考えろよ』とか言ったのはお前だろ!」
「はあああ? 俺昼休みの最初っからここにいたし」
「嘘付くんじゃねえ! あれは間違いなくお前だった!」

 友人が断言し、今度は俺の方が眉根を寄せながらこめかみに青筋を立てる。
 一体何を言っているのだ、コイツは。俺は間違いなくこの場所から動いていないというのに。
 しかしそう説明しても友人は間違いなく『俺』だったと言う。相手の主張通りの行動をする性悪な自分を想像してげんなりする。俺はそこまで口は悪くない……はずだ。その間も切々と語る友人をどうしようかと考えていれば、今度は勢い良く教室の扉が開かれた。
 バンッ! と壁に叩き付けられる戸。
 それを開いたのはクラスメイトの一人で、ソイツはぎろりと俺の方へと眼球を気味悪く動かしながら睨みつけてくる。しかもゆらゆらと何か怒りのオーラが見えます。見たくないそんなものが見えます。っーかそんなもんを背負っているように見える相手が俺の方へと早足で近付いてきてくれやがっています。
 ――ああ、これはもう嫌な予感しかしない。

「工藤っ! お前『お、いいもん持ってんじゃん。ちょいと借りてくな』とか言いながらいともあっさりと俺の大事なエロ本持っていくんじゃねええええ!!」
「え、それ俺じゃねえし!! つーか、んな事大声で言うな! 先生に叱られてぇのかよ!!」
「返せよっ! 無修正なんだぞ、あれ!」
「なにそれ、俺も見てぇ!」
「ほらお前じゃねーか」
「違うわ、ぼけぇええ!!」

 そう、「無修正」という言葉に反応してしまうのはやはり現役高校生という若さゆえの発言だ。
 しかも話を聞くにソイツもどうやら相手が持ってきていたというエロ本を『俺』が勝手に奪って笑いながら走り去ったのだと言う。「返せよぉ!」と漫画で言うなら滝のような涙を零しながら訴えてくるクラスメイトに対して俺はげっそりと表情を暗めた。
 一体何がどうなっているのやら。俺は二人の訳の分からない主張を無視するため、弁当を手にしながらその場を立ち、それから隙をついて逃げ出す事にする。

「あ、工藤! 逃げんな!」
「お前ぇ、マジであれ汚したら殴るからなっ!」
「だからお前はいろんな意味で言葉を控えろぉおお!!」

 後ろから聞こえる声はやがて届かなくなる。
 弁当を抱えて廊下を走る俺はさぞかし滑稽だろう。周囲の視線が痛い。俺としては超ひっそりと暮らしていたいだけなのに、なんなんだ。今日は厄日か。

「あ、工藤君見ぃつけた」

 ずさっと俺の行く手を塞ぐ女子が一人。
 その笑顔は――はい、予想通り目が笑っておりません。
 しかもその右手を勢い良く振り上げられ――。

「女子のスカートを捲り上げるなんて、マジ最低男っ!!」
「ち、ちがう! 誤解だ!」
「問答無用! アレは確かに工藤君だったんだからッ!」

 バチーンッ! ととてもイイ音が廊下に響き渡る。
 同時に俺の左頬を襲うひりひりとした痛み。平手打ちを受けたのだと理解するまで一瞬間があく。行く手を遮っていたクラスメイトの女子は「これに懲りたら悪戯は止めなさいよね!」などとこれまた俺にとって意味不明な言葉を吐きながら立ち去っていく。俺はくぅぅうと唸り声を上げながらその場にしゃがみ込んだ。

「っぅ、マジで一体何なんだよ。俺は何もしてないっつーのに!!」

 しかし、これだけ冤罪を受けながらも弁当を落とさぬよう頑張ったことは正直褒めて欲しい。左頬を襲う痛みにぶっちゃけ涙目になるが、それは瞬間的なものですぐに引っ込んだ。
 自分の知らない場所で一体何が起こっているのか、俺は考え始める。
 だがその思考を遮断させられる出来事が次の瞬間起こった。

「きゃあああああああっ!!」
「うわぁあっ!?」
「な、何だこれっ!!」

 パリン!
 パリンッ!
 パリンッッ!!

 視線の先――つまり、廊下の奥の方から窓が一枚一枚割れ、俺の方へと向かってくる。

「っ、危ない!!」

 破片が生徒達に降りかかる光景を見て、咄嗟的に俺は『力(サイコキネシス)』を発動させた。
 それはさりげなくガラスの破片の軌道を変える小さなものだったけれど、『さり気なさ』を装う為には繊細な精神力を必要とし、どちらかと言うと大胆な攻撃が得意な自分にとっては苦手な分野とも言える。しかし現状そうは言っていられない。
 一枚。
 また一枚。
 割れて。
 散って。
 ―― その向こう側に見えた人物に俺は目を見開く。

 惨劇を可笑しそうに見ているその姿は――『俺』、だった。

「あんの、野郎ッ!!」

 怒号をあげると同時に俺は一旦階段の方へと身を寄せる。そして視線だけは『アイツ』にあわせたままテレポートした。

―― ったく、やめてくれよ…! 力の事バレたくねぇんだよ!

 このままだと同じ姿をした『俺』は俺になってしまう。
 ただ同じ姿をしている――それだけで被害が自分に向く事は今までの生徒達の態度で身に染みた事。疑いもしない彼らを騙せるほどの人物の心当たりはある。しかしそれは自分でも信じがたい事であったからこそ、僅かに戸惑った。

―― つーか、なんで『アイツ』が現実世界に?
―― アレは夢の中だけじゃないのか?
―― ああ、くそっ。なんにしても『アイツ』を止めないと!

 ああ、誰がアイツの存在を信じるものか。心霊現象マニアでも無けりゃ喜びやしないこの状況に俺は舌打ちし、テレポートで飛んだ先に見つけた『俺』の肩を掴む。

「さあ、来て貰うぜ」

 それは誰も見ていない二人だけの顔合わせ。
 その時間が一秒もあったかどうかすら分からないのは、俺が再びテレポート能力を使い、誰もいないであろう屋上へと飛んだからだ。
 この学校の屋上は冬である事も有り、基本的に人がいない。
 俺と『俺』はその場所へと降り立つと、二人向かい合う。――俺が驚くほど良く似たその顔、体格、そして表情。友人達が勘違いしてしまうのも無理は無かった。

「これで役者は揃いましたね」
「これで役者は揃ったな」

 ふと、聞こえる二人分の声。

「スガタ、カガミ!?」

 ふわり、と空中から薄い姿を現し、足先を冷たい石タイルの上に降ろす時には彼らは実体を持ってその場に在った。今まで夢の世界でしか出逢った事の無い住人達が今現実世界へとやってきて、俺の目の前へと存在している。
 それとも俺の方が夢の中に迷い込んで、「学校に行っている夢」を見ているのか。
 混乱。
 困惑。
 焦燥。
 交じり合う感情を否定したのは、やっぱり彼らだった。

「ここは貴方の住む現実世界」
「ここはお前の住む現実世界」
「今まで生きてきた人生の場所」
「これから生きるべき人生の場所」

「「さあ、選択した迷い子(まよいご)。捕縛を始めよう」」

 タンッと地を蹴る音が聞こえたかと思えば俺の隣を風が通り抜ける。それが二人が走り抜けた空気の流れなのだと気付くのにやや時間が掛かった。二人の少年は『俺』へと攻撃を仕掛ける。しかし『俺』はにやりと不敵な笑みを浮かべ、見えない膜を張るような形で彼らを『弾』いた。

「っ――! サイコキネシスは面倒だな」
「攻撃にも防御壁にも使用出来るからね」

 くるりと身体を反転させ、彼らは大したダメージも受けぬまま屋上へと舞い戻る。丁度俺のやや手前でありながら両脇で挟むように降り立ってきた彼らに視線を向ければ、スガタが少しだけ振り返った。

「事を荒げたくないなら、昼休みの間に終わらせましょう」
「ああ、当然だ!」
「僕達が、『アレ』が夢の存在であるかどうかなど今の貴方には関係ないはず。ここに存在している――それだけが貴方に必要な情報です」
「違いねえな」

 柔らかめな口調を持つ少年もといスガタの言葉に俺は気を引き締める。
 その間中カガミの方は『アイツ』が不穏な動きを見せたら対処出来るようにとずっと前を向いたままだった。
 俺はすっと右手を持ち上げる。
 そして指一本、人差し指を向け突きつけた。

「お前、俺を殺すんじゃないのかよ! こんなコソコソと悪質な事すんなよな! 正々堂々と戦え!」

 それはまさに宣戦布告。
 濡れ衣を大量に着せられた怒りも相まって、俺は叫ぶ。

「つーかテメェはなんなんだよ! 俺の日常を壊すなら徹底交戦だ!」

 だがきょとんとした目を向けてきたのは『俺』、だった。
 それは純粋に意味が分からないと目で問うように。
 軽く首を傾げて疑問符を浮かべるその様子は自分にも覚えがある。先程友人達が俺に怒涛の勢いで詰め寄ってきた時に浮かべていたであろう表情に近しいものだという事くらい、分かっていた。
 『俺』が両手を持ち上げ、そしてこきっと首を右へと傾ける。
 それはどこか人形染みていて、瞳には正気と言う言葉は映っていなかった。

「俺は『お前』、だよ」

 瞬間、歪んだのは何だ。
 表情か、空間か、存在それ自体か。

「カガミっ! 捕まえて」
「ッ、くそ速ぇっ!!」

 そして『アイツ』は消える。
 カガミは捕獲の為に手を伸ばす。スガタは俺を護るかのように傍に身体を置き対応するが――『俺』は誰よりも速かった。
 テレポートを使用して正面に現れた顔は同じ高さのまま怒り狂う寸前の俺の顔をその瞳に映し込み、そして俺の身体に密着するかのように。

「迷い子、逃げろっ!!」
「逃げて下さいっ!!」

 ぞっとした寒気が全身を駆け抜けていく。
 ――それは『通り抜けられた』感覚。いや、違う。違う。これは――。

 同化、だ。

「くそ、逃げられた!」
「大丈夫ですか、気分は? 体調は?」

 既に『アイツ』はここに居ない。ならどこに行ったのか。消えたのか。それともまだ俺の知らない場所で悪戯を起こす為に居るのか。夢の世界に行ったのか。それとも、それとも――?

「ぁ……」

 どくんっと脈打つ心臓。
 スガタとカガミが必死に俺に呼びかけてくる声。ぎゅう、ぎゅうと締め付けられる臓器。がたがたと震える身体は寒い。
 それは何故か。
 わからない。
 わからない。
 何も。
 なにも、かも。

「っ、人が来る。カガミ一旦引こう」
「仕方ないな。おい、迷い子忘れるな」
「カガミ!」
「『ソレ』は――お前だ」

 ―― ああ、日常が侵されていく。

 彼らが消えると同時に白む意識。
 そして駆け寄ってきた複数人が俺を呼ぶ。それは間違いなく俺を探していたあのクラスメイト達の呼び声で。
 断続的な 「工藤、どうして」 声が 「保健室へ」 俺の 「真っ青だ」 耳を通って 「救急車を呼んだ方が」 脳に響いて 「連絡を」 侵食していく。

     ―― 俺は『お前』、だよ ――

 はっきりとした音色だけが俺を追い詰めて。

 ああああああああ。

 びっしょりとかいた汗は保健室のベッドのシーツに染みを作る。
 次に目を覚ました時、俺は真っ先に鏡に映る俺が本当に『俺』なのか確認したのは言うまでもない。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、今回は「xeno-承-」に参加有難うございました。
 現実世界に現れた『何者か』。それによって引き起こされた事件の数々と、奇妙な発言達。
 そして今回のラスト。

 宜しければ最後までお付き合い頂けましたら嬉しく思います。

カテゴリー: 01工藤勇太, xeno, 蒼木裕WR(勇太編) |

xeno-起-

ドッペルゲンガーが出た。
 今、自分の目の前に。

 同じ姿。
 同じ声。
 鏡合わせの様な自分と相手。

 だけど。

 ―― 殺していいかい?

「そこの迷い子(まよいご)! そいつを見てはいけない!!」
「そこの迷い子(まよいご)! そいつを見んじゃねえ!!」

 くきっと首を折る様に横に倒した『自分』と同時に声が聞こえた。
 それは『誰』のものだ。

 此処は暗闇の空間。
 自分の住む現実世界とは違う場所だと言う事はすぐに分かった。そしてこの場所に覚えが在り、自分に声を掛けてくれた人物達が見知った人間である事を知ると俺は最初こそは『自分と同じ姿をしている俺』に驚いたが、これもまた夢なのだろうと自嘲気味に笑った。

「よ。久しぶり、スガタ、カガミ」
「挨拶より先にそれを避けて――!!」
「え」

 スガタが俺に対して手を伸ばす。
 しかしその前に俺は『見えない何か』によって勢い良く吹き飛ばされる。壁の無いこの暗黒の世界では床と思われる場所に身体を強く擦りつけ、やがて身体中が消しゴムのように削れるのではないかと言うほどの痛みに顔を顰めると俺はぐっと息を飲みながら『力』を使い、反発を始める。
 サイコキネシス。
 自分ともう一人の『俺』の力がぶつかった瞬間、場に強い風が吹き、空間が歪むのを感じた。

「なあ、お前は自分が嫌いだろう? だから俺が殺してやるよ」

 『俺』が嗤う。
 だから俺も嗤う。

 倒れた身体を起こし、俺は片手を前に翳し力を使い続けるが相手も同じ動きで圧力をかけてくる。力は均等。互いに引かず、押さず。風が巻き起こり、髪の毛が揺れる。短いくせに毛先が肌をパシパシと叩いてくるのが正直うざかった。

「で、お前らよ! コイツは一体なんなんだよ?!」
「それは貴方に殺意を持ってる者」
「それはお前に殺意を持つ者」
「んな事は最初から分かってんだよ!! なんで俺の格好してんのかとかそう言うことを聞いてんだよ」
「今は答えられない」
「今は答えない」

「「何故なら、それはまだ『工藤 勇太(くどう ゆうた)』とは関係ないものだから」」

 チッと俺は舌打ちをしてから二人に向けていた視線を『それ』へと向ける。
 服装は学校指定の制服。それは自分も同じだった。ドッペルゲンガーという存在が実在するというのならば俺は今すぐに死ぬのか。いや、実際殺されかけているわけだけれど。

「降りかかる火の粉は払うだけだ。相手が俺自身ならなおさら負けられねぇ」
「ぷっ、ふ、あ、ははははは!! 確かにその通り」

 そう言葉を放った瞬間、『それ』は大きく口を開き高らかに笑った。まるで友人らと冗談でも言い合った時に笑う、その時のように。
 やがて向こうから攻撃が緩み、次第に俺の方の力が押していく。だが次の瞬間――。

「だったら、俺がお前を殺してもいいよな?」
「なんだそれ」
「俺にとってお前こそ『振り払うべき火の粉』、だろ?」

 目の前に現れ、力を発している俺の手を捕らえる『それ』。
 テレポートを使って移動してきた事などすぐに把握出来た。顔一つ分離した距離にそいつは居る。視界いっぱいに自分の顔があるというのは正直どうなのか。俺は不愉快を露わにし、問いかけられた言葉に対して頷く事はしない。掴まれた手を横に勢い良く振り払い除けると俺は相手を睨みつけながら己の意思を口にした。

「――ああ、たしかに俺は死にたいと思っていた時期があった。いや、今だって俺が死ねば世の為になるなら死んだって構わないって思ってる」

 『それ』は俺の言葉に狂気染みた瞳を送り返してくる。
 もし俺が狂ったならこういう表情をするのだろうか――意識の隅で俺はそんな事を考える。しかし視界の端に映ったスガタとカガミの姿を確認し、二人を守るようにじりじりと相手との距離を離し盾になるために移動する。恐らくスガタとカガミにしてみたらあまり必要の無い行為かもしれないけど、俺がそうしたいのだから良いだろう。
 そしてそれが決して二人にとって迷惑でない事くらい知ってる。
 だって二人は笑っているのだ。
 それは純粋に守られているという行為への感謝だと俺に伝わってくる。

 俺はくっと手先を上へ持ち上げ、挑発のポーズを取る。
 『俺』はそれを一瞬きょとんとした目で見たけれど、意味を悟ったのか可笑しそうに腹を抱えて笑った。
 何故だろう。
 逆にそんな『俺』を見て、俺は自分の精神がすぅっと冷えるのを感じてしまった。だからだろうか。

「生まれついて持ったこの力のせいで父は去り母は精神を病み、周囲の人間からは拒絶と迫害を受け……俺は一体何の為に生まれて来たのか。俺がいなくなる事で皆が幸せになるって言うのなら喜んで死ぬ。そう思ってた時期があったさ。……でもさ案外こういう局面に立たされると死ねないね」

 己の境遇を口にし、大胆不敵に笑ってしまったのは。

 スガタとカガミの声が聞こえる。
 くすくすとそれは余裕のある声だったので内心ほっとしてしまう。ああ、コイツらは全然問題ない。此処はもともと二人のフィールド。俺よりも確固たる存在を得ている彼らにはきっと危害は及ばない。
 事実『俺』が殺意を持っているのは自分に対してだけ。ならば俺が強い意志さえ持っていれば何も恐れる必要は無い。

「そう簡単に殺されてたまっか」

 大丈夫。
 俺には、生きる意思がある。

「さぁ、かかって来いよ。死にたいのなら俺がお前を殺してやる」

 自嘲とも取れるかもしれない笑みを俺は浮かべた。
 これから本気で戦うという意思を示すために。

 だがふっと何かに惹かれるように『それ』は顔を上へと向け、それから一瞬困ったように眉根を寄せた。だが次いで吐かれた言葉に俺は驚愕する。

「――俺達のどっちが先に死ぬのか楽しみだな」

 そしてしゅんっと『それ』の姿があっけなく消え去る。
 危険が去る気配を感じたためか、自分がテレポートを使った時もああやって消えるのかと無駄に落ち着いて観察してしまった。
 そして訪れる沈黙の時。

「関わるつもりですか?」
「関わるつもりか?」

 二人が問う。
 破られた静かな時間、動き出した空気に俺はゆっくりと頷いた。

「面倒事は嫌いだが売られた喧嘩は買う。そいつが危害を加えるのなら特に」
 

 俺は決意を固め、彼らにそう告げた。
 ここは口に出さずとも本来なら伝わってしまう世界。初めて彼らに出会った時、そう二人は説明してくれた。だからもう俺の考えなど口にしなくても良いのだけれど、それでも俺は――。

「俺は『自分』からは決して逃げない」

 その言葉に二人は肩を竦め、それから「困った迷い子」だと笑った。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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 こんにちは、今回は「xeno-起-」に参加有難うございました。
 『自分と同じ姿をした何者か』との対峙となりましたがいかがでしょうか。工藤様からは時々過去を思い出しながらも今をしっかり突き進むプレイングを頂きますので今回もそのようなイメージで書かせて頂きました。

 興味を持って頂けましたらまた宜しくお願いいたします。では。

カテゴリー: 01工藤勇太, xeno, 蒼木裕WR(勇太編) |

三日月の迷宮

「あ、いらっしゃーい」
「お、暇人が来た」
「暇な方がまた迷い込んできましたね」
「……あ……ぎせーしゃー」

 開かれた部屋の向こうに居たのは双子らしき少年達と猫耳の生えた少女に……しゃべるミカン!?

「……いよかーん」
「そうだよー、ミカンじゃなくて『いよかんさん』だよっ!」
「いや、そんな人の心読んでやんなよ」
「仕方ありませんよ。そういう世界なんですから」

 びしっと突っ込みを入れる双子の片割れに苦笑するもう一人。
 慌てて後ろを振り返るが其処にはもう扉はない。話の展開的に自分はどうやら『異世界』に迷いこんでしまったらしい。漫画じゃあるまいし、こんなことが日常に落ちてくるなんて誰が思うものか。

「悪かったな! たしかに俺は正月早々ぼっちで暇人な奴だよ! ……ってアレ? ここどこ? いつの間に……。って、あ! お前ら前に会った事あるよな!? ……夢で……。あぁ、これ、夢?」

 そう、あれは夢だった。
 双子のような二人が今目の前にいる事がそう示す。あの時は自分にとって悩み多き時期で、だからこそあのような夢を見たのだと――そう思っているのだが。

「そう夢かもしれない」
「だけど夢じゃないかもしれない」
「現実かもしれない」
「だけど現実じゃないかもしれない」

「「出逢ったその事実が夢かどうかは、全て本人の心のままに」」

 しかし当の双子らしき少年達はあの夢と変わらず声を重ね、語彙を重ね、言葉遊びをする。判断は自分次第。あの時俺は「夢」だと判断した。しかし今回のこれは本当に夢、なのか?
 そんな風に悩む自分を見て彼らはくすくすと含み笑いをする。そして突如声を揃えて言った。

「「「「じゃあ、かくれんぼ開始!」」」」

 ……なんつー無茶苦茶な設定だ。

「と、言うわけでお前が鬼だ。ちなみにルールは簡単。今から俺達がこの屋敷の中に隠れるから、三十分以内に見つけてタッチすること」
「四人全て見つければ貴方の勝ち。一人でも見つけられなかったり、時間が過ぎてしまったり、死にそうになってしまった場合は貴方の負けです」
「あのねー、かったらねー、すきなものあげるのー。でもねー、まけたらねー、ろうりょくぞーん」
「労力損、つまり骨折り損のくたびれもうけ~! にゃははー!」

 四人が好き勝手に『かくれんぼ』の説明をする。
 自分は一体何が何やら分からない。しかし彼らはすでに各自準備体操なんかを始めてヤル気満々、逃げる気満々。

「じゃ、デジタル砂時計をあげるね。この砂が落ちきるまでが三十分で、此処に出ている数字が貴方のHPだから!」
「え、ヒットポイントだと!? いいけど! 暇人だからね、お兄さん! どーせ暇人だから参加しちゃうんだけどね!!」
「本当、まさか正月早々迷い込んでくるなんて――ぷふっ☆」

 猫耳の生えた少女が口元に手を当てて笑う。
 ぴきっと俺のこめかみに青筋が浮いたのは言うまでもない。

「あー、つーか、みかんまであるなんてさすが正月。食っていい?」
「やぁ~ん……! せくはら~」
「……ってぇ!? これイキモノ!?」

 先程説明を受けていた癖にそれをすっ飛ばし、目の前にある細長いミカンに手を伸ばす。しかしそれは良く見れば目があり、口があり、そして針金のように細い手足があって一瞬ぞわっと背筋に悪寒が走った。
 しかしちたちたと愛らしく手足をばたつかせて俺の手の中から逃げようとする様はそれなりに可愛い……かもしれない。そっと畳みに下ろせば、彼?はほっとしたようにぺこりとおじきを返してきた。

「じゃ、開始ー!!」

 その言葉を合図に三人は駆け出す。あっという間に姿を消した後には自分だけが取り残される。ふわりふわりと自分の真横に浮いているのは先ほど半ば強制的に渡されたデジタル砂時計とやら。
 ふと、前を見ればとてとてと短い足を懸命に動かしているいよかんさんとやらの姿。そして彼? は不意にぴたっと足を止め、こちらを振り向かずに呟いた。

「……とびらをあけるときは……きをつけて……ね」

 ……え? 何でそんな意味深長!?

「ちょっと待て!? 死にそうになるかもしれないかくれんぼなの!?」
「ひゃ、っほーい!」

 俺の心、いよかんさん知らず……というかなんというか。
 そうして消えた不思議生物いよかんさん。さんをつければいよかんさんさん。
 ……いや、混乱している場合じゃない。こうしている間にも砂時計の砂はさらさらと落ちて時間は過ぎてしまう。
 強制的にわけもわからず始まったかくれんぼ。

 さて、どこから探そう。

■■■■■

 覚悟はしていた。
 そう、何が起きてもこれは夢で、かくれんぼと言うからには危険な事もきっとファンタジー的な可愛らしいものなのだと。
 しかし覚悟が甘かったと正直思わざるを得ない。何故なら気軽に「きっとこの辺に隠れているに違いない」と一番最初の部屋を開き中に入った瞬間に、俺を襲ったのは――。

「ぎゃー!! 槍! なんで槍の雨が降ってくるわけー!?」

 そう、それはまさに言葉通り。
 上を見るのも恐ろしい勢いで良く鏃が磨かれた槍がそれはもう勢い良く降ってくるのだ。反射的に空間を探し、避けるが掠ったそれは着ていた服を傷めるし、一歩間違えれば命が無い危険な事態である。――夢だけど。
 しかしそこは超能力高校生である俺様。能力こそ公にはしないが、この夢という空間では容赦などしない。

「――っんの!! どっか行きやがれぇええ!!」

 己の能力の一つであるサイコキネシスを使用し、己に攻撃してくる槍を一蹴する。自分に槍がぶつかる直前それは軌道を変え、決して俺を傷つけることはない。そこまでは良い――だがしかし、その槍が降り止む気配は全く無いことが難点である。
 俺は背後を振り返る。しかし其処には入ってきたはずの扉は無い。ならば選択肢は一つ、前進しかありえない。俺は超能力を使って槍の雨を懸命に避けながら先へと進む。
 やがて一つの扉が目視出来る距離に現れ、俺は迷わずその扉に手を掛け勢い良く駆け込んだ。

「ぜぇ、はぁ……あー……まさか、マジで死にそうなかくれんぼだとは思ってもみなかった……」

 扉から出た先はまた元の廊下。
 俺は破けてしまった自身の服を見て一つ舌打ちをした。次からは慎重に事を進まなければ本気で死んでしまう。
 ふと、自分の脇に浮いているデジタル砂時計へと目をやる。

 残り時間は後二十分。
 残りHPは五十。

「うげっ、意外に体力使っちまった! ……しゃーねーよなぁ。うん、まさかの槍の雨だもんなぁ、あはははははは!! ――ちくしょー!! マジであいつら見つけ出すっ!!」

 デジタル時計の数字を確認した途端に乾いた笑いが自分の口からあふれ出して止まらない。それを咎める者も今はいない。というか隠れている。
 俺は能力を使って奴らを探し出すことも考えるが、無駄打ちをすればあっという間にゲームオーバーだ。しかも彼らは彼らで「特殊な存在」である。こっちの手など読みきっているに違いない。

「さっきは一番を選んだから……中間地点を取って十五番とかどうだろ」

 十五、と漢数字で描かれた扉に手をかける。
 これがもしまたさっきのような危険な扉だったらと思うと何故か手に汗が滲んできた。しかしこうしている間にも砂時計の中の砂は刻々と落ちていく。躊躇しても仕方が無い。俺は一回だけ深く息を吸い、吐き出すと扉を開いた。

「あれ?」

 扉を開いて思わず気の抜けた声を出してしまう。
 其処に広がっていたのはいたって普通の部屋だったのだ。ソファーが有り、テレビもあり……と、言ってしまえば一般家庭的なリビング。俺は正直そんな光景が広がっているとは思わなかったためがくりと肩を落とした。

「いや、しかしここは奴らのフィールド! きっと何か恐ろしいことが待っているに違いない」

 はっと顔をあげ、拳を作って気合を入れると俺は今度こそ気を引き締めて中へと足を踏み入れる。
 しかし先程のように槍が降ってくるわけでもないし、何か特別な事が今のところ起こっている様子は無い。はっきり言って拍子抜けである。
 「ここはもしかして普通にかくれんぼステージだったのかな?」――そう思った頃、部屋の隅に何者かの気配。相手も中々のやり手。この機会を逃してはいけない。だから俺は暫く普通に物を探す素振りをし続ける。演技ではあるが、相手を油断させるには有効な手段であろう。
 そして、相手が俺がわざと作った隙をついて別の扉へと逃げようとする瞬間――!

「捕まえたにゃあん!!」
「はにゃ! ちっ、つかまっちゃったよん☆」

 がしっ!! と俺は一人の少女の肩に手を掛ける。
 彼女は嫌そうな顔をするが、指先を一つ鳴らして自分の負けを認めた。いや、それはいい。むしろ望んでいた事だ。隠れた三人と一匹を見つけ出すのがこのかくれんぼの主旨なのだから何も問題はない――問題なのは、そう……問題、なの、は。

「にゃんで、こんな喋り方にゃー!!!」
「にゃはは~!! 半獣化ステージにようこそだよ~♪ そう、今の君は立派な猫人間☆」
「にゃははじゃにゃいにゃん! にゃんで、俺が、こんにゃ目にあってるにゃん!」
「アンタが選んだのが悪いんじゃない~」
「くっ……お前元々猫耳が付いてるからって生意気にゃん……っ!」
「にゃはん☆ じゃあ、ボクは居間でお茶を啜ってるから他の皆を探すの頑張ってね~! じゃ!」

 しゅば! っと猫耳少女、社は片手を振り上げるとこれ以上場にいるのは得策で無いとばかりに部屋から飛び出す。
 ぽつん、と取り残された俺は行き場の無い手を彼女の方に向け、わきわきと指先を動かす。一体何がどうしてこうなった。俺は確かに楽しい夢を見たかっただけなのに……。
 顔の横にあった耳は頭部に移動し、意外と自由に動く猫耳がある。それからズボンを押して出てきた黒い尻尾。手先だけもこもこと毛が生え掌には肉球。

「にゃんじゃ、これー!!」

 心はそれはもう号泣していた。

■■■■■

 残り時間十分。
 残りHP二十。

「もう、俺を解放しろぉおおー!!」

 どうやら思った以上に半獣化のショックが大きかったらしく、半獣化ステージとやらを抜け出した頃にはHPが無駄に減っている。だがもう本当に時間が無い。俺はもうどこに出ても構わないと半ば自棄になりながら最終的には番号すら見ずに勢い良く扉を開き、そして中へと足を踏み入れた。

 【~ようこそ、お花畑へ~】

 そんな看板が目の前に立っている。
 そしてその言葉通りに今度のステージは様々な種類の花が咲き誇る綺麗な花畑だった。更に付け加えるならばその中央には細い腕をそっと天に伸ばし、その手先には愛くるしさに引かれた蝶々がふわりと降りてくる可憐な逃亡者の姿。そう、それはとっても可憐、な……?

「見つけたぞ、いよかんさん」
「――……はっ」
「気付くの遅っ!! 今、一瞬間があったぞ! 何、お前この乙女チックワールドの住人と化してなかったか!?」
「ごめんね、……ちょうちょうさん。ぼく、……いかなきゃ……」
「何そこで今生の別れみたいな会話を蝶としてんのかなぁ!?」

 その言葉は儚く、立ち上がる姿は切なさを残して。
 目尻には光を反射させて輝く涙があり、それがこの場を立ち去らなければいけない逃亡者である者の定めだという想いを引き立たせている。

 ――何度も言いますが外見は果物だけどな!!

「ふふ、こうなったらお約束をしてやるよ。あはは、待てよ、こいつぅ~」
「きゃー……こないでぇ~……!」

 きらきらと輝くお花畑。
 別れを告げ、駆け出す君は逃亡者。
 そんな君を追いかける俺は非情な追っ手。
 相容れぬ定めと分かっていても俺はお前を捕まえずにはいられない。
 何故なら――……。

「おい、食すぞこら」

 ぶきゅる。
 小気味良い音を立てながら俺はテレポートで場を移動し、いよかんさんの頭らしき場所を容赦なく蹴り、倒れたところで思い切り胴体を踏んだ。正面から倒れたいよかんさんはちたちたと細い手足を暴れさせ、俺の足の下から何とか抜け出そうと足掻く。しかし体格の差は非情。敵わぬと悟ると、下からはしくしくと悲しげな泣き声が聞こえてきた。

「ははははは!! これで二匹目捕獲だ!」

 俺は腕を組み、この達成感に心の其処から笑い声を上げる。
 今回のステージでは肉体変化もないし、目的も容易に達成出来た。かくれんぼとしては上々の出来であろう。
 だが、そんな俺の耳元にふっと気配が。

「「しかし残念ながら時間切れ」」

 両耳に一人ずつ。
 ふわりと突如俺の背後の空中から現れた双子? の彼らが告げたのはかくれんぼ終了の合図。彼らは言葉と同時にふぅっと柔らかく息を俺の耳に吹き掛け、背中をぞわわっと何かが駆け抜ける。
 たん、と小さな音が二つ鳴ったことにより彼らが地面に着地した事を知った。

「ああああ、いよかんさん。大丈夫!? もう大丈夫だからね! 僕が助けに来たからねっ!」
「あーん、スガタぁ~」
「本当にもう、乱暴なんだから! あーあーあー! 思い切り踏まれた跡が残っちゃって……くっ、いよかんさんが汚れちゃった」
「おいしくないってこと!? いやぁああん……!」
「大丈夫、食べる時は美味しく食べてあげるからぁ!」
「たーべーなーいーでーぇー!」

 既に「二人の世界」に入ってしまった少年の片割れといよかんさんが抱き合って再会を楽しむ。
 言葉を一歩聞き間違えれば色んな意味に取れてしまいそうなのは俺がそういう年齢だからなのだろうか。それだけなのだろうか。
 正直呆気に取られていた俺の肩にぽんっと誰かの手が乗る。
 それはもう一人の少年。
 そういえば以前の夢では二人から名前を聞いていなかった。

「俺はカガミ、あっちはスガタ。猫耳少女は社(やしろ)で、あの不思議果物はいよかんさん」
「あ」
「質問しなくても分かる。此処は<そういう世界>だから――そう前に説明しただろ」
「あ、ああ。そうだな。そうだった。っていうかゲームオーバーかよっ」
「糖度十五以上のみかんが食えなくて残念だな。まあ、とりあえず居間の方へ行こうぜ」
「……なんか言わなくても俺が欲しかったものとか知られてしまうとかちょっと虚しい」
「糖度十ちょいくらいなら社が用意してるから良いんじゃね?」
「よし、居間に行こう」

 がらりと行われる心境の変化。
 とても甘いみかんを食べてみたかったのもあるが、糖度十も中々良いもの。気分をよくした俺は未だにふよふよと己の隣を漂うデジタル砂時計へと何気なく視線を寄せる。その瞬間、俺はかっと目を見開いた。

 残り時間一秒。
 残りHP十。

「騙されたぁああああ!!!!」

 ピ――――――――ッ!!
 それはデジタル時計から鳴り出す「本当の終了時間」の合図。俺はまんまとこの双子の口車に乗せられた事を知り、その場に思い切り喚き崩れた。

……Fin

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【共有化NPC / いよかんさん / ? / ?? / いよかん(果物)】
【共有化NPC / 三日月・社(みかづき・やしろ) / 女 / ?? / 三日月邸管理人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、今回は三日月の迷宮楼にご参加頂き真に有難う御座いましたv
 頭を使ったり肉体を使ったりとお疲れ様です。最終的には負けエンディングとなりましたが、これはこれで楽しんで頂けましたらと思います。
 しかしお約束のうふふあはは、まてこのやろう~♪な展開の発注文には気合を入れましたのでどうかそこは認めて頂ければ、と(笑)

 ではではまたどうぞよろしくお願いいたします。

カテゴリー: 01工藤勇太, opening(蒼木WR), 蒼木裕WR(勇太編) |

灯り一つともす、願い

「じゃ、良いクリスマスを♪」

 そう口にし、片手を振って俺はその場を立ち去る。
 依頼を終えたのはまだかろうじて太陽が昇っている夕方四時。これならなんとか間に合うと俺は心を浮き立たせながら目的地に向かって歩を進めた。

 本日はクリスマス。
 街はカップル達が楽しそうにいちゃついていたりするけれど、そんなのは俺には関係ない。俺にも今日くらい逢いたい人が居て、今から逢いにいける――それが嬉しくてたまらない。
 途中の花屋さんでクリスマスローズの花束を購入して、それに鼻先を寄せて香りを嗅ぐ。うん、大丈夫。「あの人」の好みそうな花だ。
 ねえ、喜んでくれるかな。
 笑って受け取ってくれるかな。
 笑ってくれるならどんな風に笑ってくれるかな。

「出来れば特別制の笑顔がみたいんだけどね」

 花束を大事に抱えながら歩いて進む。
 だがふと視界の端に「危険」を見つけて俺は思わずそちらへと駆け出した。

「間に合えっ!」

 横断歩道を歩く老人が信号を無視してきた車に轢かれそうになっている光景に眉根をひそめる。走っているだけじゃ間に合わない。そう瞬間的に判断した俺は僅かとはいえ老人までの距離を縮めるために自身の超能力の一つであるテレポートを使う。そして「ひぃっ」と怯え身を固める老人の身体をしっかりと抱きしめると、あくまで自然に若者が助けたと見えるように車ぎりぎりの距離まで移動した。
 はぁはぁ、と息が零れる。車を運転していた若者は窓から顔を突き出し、こっちに中指を立てて何か暴言を吐いてるけど、そんなのは無視だ。今は目の前の老人の方が大事。

「大丈夫ですか?」
「あ、ああ。すまんのう、ありがとう。よければお名前でも」
「や、俺、今すっげー急いでるんで! じゃあな、じいちゃん。今度は轢かれないよう気をつけてね!」

 老人は何度も俺に頭を下げてお礼を告げてくる。だけどそれよりも時間の方を優先したくて俺は走り出す。

「きゃあああ!! マンションから子供が落ちて――!!」

 その声をきっかけに人がそのマンションの方へと視線を向ける。それは俺も同様。何階建てのマンションかは咄嗟の判断じゃ判らなかったけど、子供は確かにベランダのフェンスを乗り越え、柵に両手を引っ掛けてぶら下がっている。今は両手で必死に掴んでいるがバランスを崩して落ちかかっている時点で落下は時間の問題。しかもその場所はかなり高い。やがて子供は力尽き、両手を離した。
 いち早く動いた人間が子供の落下地点まで走っていく。だけどその速度じゃ間に合わない。俺は片手をかざし、必死にその先に力を込めた。

「どうか、助かれっ!!」

 子供が背中から地面に叩きつけられそうになったその僅かな時間だけ、俺はサイコキネシスを使用して子供の落下速度を緩める。そして駆けつけた人間の腕の中にぎりぎり収まったのを確認してから力を止めた。
 速度を減少した分だけダメージは軽減されるだろうが、それでも受け止めた人間は多少苦痛に満ちた表情を浮かべながら、「子供は無事だぞー!!」と叫び、子供を地面に下ろした。子供はうりゅっと涙を浮かべ泣き始めるが、それは確かに無事な証である。
 その瞬間、人混みから歓声が湧き上がる。俺はほうっと息を吐き出した。
 喜びを分かち合いたいのは山々。
 しかし俺が細工したのはばれるわけには行かないので大人しくその場を立ち去る。

 腕時計を見ればまだ走ればなんとか間に合う時間。あの人と逢える時間、だ。
 だけどクリスマス様、いや、神様。イエス様。
 一体どうして――。

「ふぇええ、お母さん。どこぉおー!」

 ……今度は迷子の子供かよ!!

 ねえ、神様、イエス様。運命の女神様。
 どうして聖夜というのに俺にはトラブルが付きまとってくれるんですか。
 乾いた笑いを浮かべながら空を見上げる俺。だけど性格上、困っている人を見捨てられない。俺はふぅっとため息を吐き出しながら周囲に迷子の女の子を探している人がいるかどうかテレパシーで探す事にした。

■■■■■

 結局目的地に着いたのは指定時間を大幅にオーバーした夜。
 面会時間を示す看板の文字が今は胸を締め付ける。
 目的地は――俺の母親が入院している精神科の病院だ。あと少しで逢えたというのに空しく閉ざされた扉が憎い。

 あれから何度か「困っている人」を見つける度に俺は救いの手を差し伸べてきた。いや、そういうと大事に聞こえるけど、ちょっと手助けをしてきただけだ。風船が木に引っかかったのを見つけたらさり気なく持ち主のところまで飛ぶように仕掛けたり、道に迷っている人が居たらテレパシー能力を使用してその人に「直感的に場所が閃く」形で案内したり……と。こんな事をしているから面会時間に間に合わなかったのだと、肩をがくりと落とし内心では落胆してしまった。

「ま、今日くらいはいいよね」

 次の瞬間、俺の姿は消え、ある病室へと現れる。

「母さん」

 一人用の病室、そのベッドの上でその人は寝転んでいた。
 時間を見やれば消灯時間が過ぎた午後十時過ぎ。病人であれば寝ている人がいても可笑しくない時間帯だった。消灯された暗い室内でも街の明かりが窓から僅かに零れ入り、俺には母さんがはっきりと見えた。

「ごめんね、遅くなって。これ、クリスマスプレゼント」

 トラブル続きのせいで僅かに草臥れてしまった花を花瓶に生けながら、俺は「俺」の事を認識していないベッドの上の住人に声を掛ける。前に見舞いに来た時より少し痩せた気がするのは光が少ないせいでいつもより明確に顔が見えないせいだろうか。それともまた発作でも出て物が食べられなくなってしまったのだろうか。
 今度ちゃんとした時間に見舞いに来れたら看護師に母の状態をしっかりと聞こう。

「メリークリスマス」

 相手の睡眠を邪魔しないよう、そう一言静かに伝えた。
 けれど衝動的に湧いた心の空虚を埋めるように母の手に己の指先をそっと乗せすぐに離した。それは「触れる」というには足りない接触で、体温すらもわからない。

 ふと、母さんの目が震えた。

「……母さん?」

 声を発する事はしなかったけれど、母さんはゆっくりと上半身を起こしそれから眠たそうに一度だけ目元を擦った。
 そうしてから自分の方へと顔を向けて――微笑んでくれた。

「母さん……」

 笑っているね。
 今日も笑ってくれるんだね。
 その表情が何を意味しているのかわからない。
 でも母さんはいつだって笑っている。
 心が壊れてしまった人間は、まるで人形のように一定の表情を保つと聞いた事があるけれど、母さんの場合はそれは笑顔の仮面だったのかな。

 ああ、笑っているね。
 笑ってくれて……いるんだね。
 その心の中にはもしかしたら恐怖があるのかもしれないのに。

「花、生けたよ」

 ズキン、と胸が痛む。
 母さんは花瓶の方へと首を向ける事でその意味を理解したのか、少し目を細め顔を伏せた。再び顔を持ち上げてきた時にはまた笑顔。
 ずぅっと、笑顔。
 なのに、俺は泣きたくなった。母さんの表情がいつも貼り付けている笑顔、……だったから。

「ねぇ、俺とデートしよっか?」

 黒い感情を吹き飛ばしたくて俺はそう進言する。
 自分の着ていたダウンジャケットを母さんに着せると彼女はまた笑った。だけどそれも特別のものじゃない。看護師に世話して貰った時に見せるような、そんな反射的な表情だった。
 だって彼女の目は俺を見ていない。俺と言う「子供」をまだしっかりと認識してくれていない。だから俺は母さんに罪悪感を抱く。それと同時に支えてあげたい気持ちも湧いた。

「ちゃんと掴まっててね。――大丈夫、五分で帰ってくるから看護士さん達にも見つからないよ」

 自分よりも細く軽い彼女を背中におぶり、俺はすぅっと息を吸い込む。
 一気に夜空へとテレポートし、そしてその場所で二人で空中浮遊。母さんはくす、と小さく笑った気がした。今彼女は背中にいるからその表情がどんなものなのかは判らない。
 だけどあの笑顔じゃないと良い。
 不安や罪悪感や責務に押し潰されて、壊れてしまった人間の「笑顔」じゃなければいい――俺は、街の明かりを見下げながらそう考える。

「きれいねぇ」
「うん、綺麗だよね」

 今宵はクリスマス。
 家族が、恋人達が、友人同士でなど多くの者達が楽しく騒ぎ、幸せを共有する日だ。あの光一つ一つに幸福が詰まっていて、それらは決して同一ではない。

「いつか、あの灯りの中に俺達も交じれる様になれるといいよね」

 心から母さんには笑って欲しい。
 幸せを身体中で感じ取って欲しい。

 いつだって貴女の幸せを祈っている自分だけど、どうか。
 神様――この日願うこの思いはどうか叶いますように。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

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 こんにちは、クリスマスネタ有難う御座いました!
 今回は前半はトラブルギャグ?、後半はしっとりとという発注を意識して欠いてみましたがいかがでしょう。
 今夜の願いがどうか叶いますよう、心から願います。ではでは。

カテゴリー: 01工藤勇太, opening(蒼木WR), 蒼木裕WR(勇太編) |

弱気の隙間に見た夢

『ごめんなさい……ごめんなさい……』

 女の人が四角い窓の外を見ながら謝っている。
 白い壁、白いカーテン、そして清潔なシーツが敷かれたベッド。その光景には見覚えがある。俺、工藤 勇太(くどう ゆうた)は自分の手を見下げ、ぐっと拳を作ってみた。その感覚はどこか朧で、俺はこれが『夢』である事を知る。何故なら目の前に居る女性の居る場所にはこの年になってから行った記憶がないからだ。

 しかし俺はその女性を――母だと認識する。
 間接的とはいえ俺が原因で病んでしまった女性は両手を前へと伸ばし、何かに救いの手を求めているかのようにまた同じ言葉を繰り返した。

『ごめんなさい……勇太』

 俺は唇を噛む。
 その感覚すら痛みのないただの行為だったけれど、母親の言葉を聞いて湧き上がる感情を制御する術は今持っていなかった。

 俺が覚えておりそして聞かされた話では、自分が五歳の頃に俺の能力――世間一般で言う『超能力』の研究の為に親から引き剥がされた事。
 その頃には何が原因かは分からないが父親は既に失踪していたらしい。母親は一般女性だったために子供を取り返す術を持っておらず、無力さに嘆いていたという。
 そして俺が七歳……つまり二年後に研究所が摘発され、モルモット同然の扱いを受けていた研究対象と言う名の子供達が解放された。子供の頃の記憶なんて薄っぺらいものだけど、確かに不愉快な扱いを受けていた事だけはこの心の中に刻まれている。そしてそれは親であった母親の心を『良心の呵責』という形で蝕み、彼女はその重さに耐え切れず最終的にはその系統の病院へと入院してしまった。

 その後、叔父に引き取られるも厄介者扱いされていた自分は全寮制の学校へと入れられ、今に至る。
 何かのきっかけで能力がばれると同級生やその親に怯えられ、転校を繰り返した。だがどの学校も絶対に『全寮制』であり、保護者がいるとはいえ紙面上の関係だという事を嫌でも思い知らされる。

 一人。
 いや、独り。
 いつだって俺は――ひとり、だった。

 ――目を覚ますと一瞬此処がどこなのか把握出来なくて混乱を起こす。
 だけど額に手を置き、自分が発熱した状態であることを確認すると、その流れで自分が今現在、草間興信所の一室にて寝かされている事を思い出した。
 ふと、頬をぬらす何か。
 それが汗ではなく涙であった事を察すると俺は慌てて手の甲で目を拭った。

 誰も傍にいない。
 物音一つ聞こえない沈黙の部屋の中で俺の心臓がざわめく。ここの所長である草間 武彦(くさま たけひこ)の姿が現在見えない事に対し、不安のようなものが湧き上がってきた為だ。

 そうだ。
 ひとりは慣れっこなんだ。
 これ以上人に頼ってはいけないんだ。
 人に頼りすぎると心が弱ってしまうから――。

 またしても溢れそうになった涙を拭う。
 それから一回ぴしゃりと両頬を叩いて意識をしっかりと奮い立たせると置いていた荷物を手に取り、制服を羽織り外へと出て行こうとする。
 しかし扉のノブに触れたその瞬間に空間は開かれてしまう。

「どこに行くんだ?」

 タイミング良くというか悪くというか草間さんが戻ってきてしまった。
 思わず目を見開いてまじまじと相手の様子を観察するも、そんな不審なことを長く続けらえるわけもなく、結局へらりとした笑顔を浮かべながら俺は自分の後頭部に右手を当てた。

「いや~、大体熱下がったみたいなんでそろそろ帰ろうかと思ったんですよ」
「そんな顔が赤い状態でそんな見え見えの嘘を付かれてもな」
「本当ですってば、結構寝た気がしますし」
「まだお前が来てから一時間も経ってないんだが」
「え」

 俺はその言葉に慌てて壁に掛けられていた時計を見やる。
 確かに二つの針はこの事務所に来てからまだ一時間も時間を刻んでいない事を示していた。草間さんは俺の腕を掴むとそのまま部屋の中に引き戻しにかかる。当然ながら風邪が完治していない状態ではその力に抗う事は出来ず、ふらりとバランスを崩しかけるも室内へと足を動かすしかなかった。
 草間さんは俺をベッドへと戻させるように手に力を込める。どうやら帰してくれる気はないようで、俺はもはや諦めるしかなかった。

「桃缶見つからなかったから適当にスーパーで買ってきたが、文句言うなよ。白桃を買ってきたのに実は黄桃が良いとか」
「あ、じゃあそれでもう一回買い物に行くとかどうですかー?」
「とりあえずてきとーな理由をつけて俺を外に出て行かせようとすんのは止めろ。ほら食え」

 ベッドに縁に座った俺に差し出されたのは白桃の入った小皿。
 フォークまで用意され握らされてしまえば困ったように笑うしかない。食べろと無言と視線で伝えられる。それが通じないほど弱ってはいないから尚更困る。膝の上に小皿を置き、ため息を吐く。スプーンに白桃を突き刺せばそれはとてもやわらかく刺さった。

「甘……」
「ガキには充分だろ」
「子供にも好みがあるんですよ。これ缶詰でしょー、俺あの蜜っていうんすか。あの甘さが苦手で」
「文句言わず食え」
「うー」
「それ食ったら寝ろ。今度こそ大人しくな」

 一口、また一口と白桃を齧る。
 果肉が程よく溶けるように口の中に砕けて、それから喉を通るその甘さは本当は嫌いじゃない。草間さんが部屋にあったイスに腰掛け、俺の様子をマジマジと観察してくるので居心地が悪い。その視線から逃げるように小皿に入っていた白桃を早口で食べ終えるとまたベッドへと潜り込む。寝たふりをして、隙を見て逃げようという考えで、だ。
 しかし何故か草間さんは俺の顔を覗き込むようにベッドの脇に腰を下ろしてきた。ごつごつとしやや骨太の草間さんの手が俺へと伸びてくる。熱でも計るのかと大人しくそれの行き先を目線だけで追いかければ、その手はやがて俺の目じりをなぞった。

「泣いてたな」
「う」
「病気な時ほど気弱になるもんだ。さっさと寝て治して、べそべそ泣かずにすむようになれ」
「じゃあ、逆を言えば弱ってる時に優しくしないでくださいよ」
「弱っている時こそもっと人を頼れと言っている」
「……泣かせたいんですか」
「泣いても構わないとは思うがな」

 目じりに寄せていた指先が今度こそ額へと移動し、汗ばんでしまった額へと張り付いていた前髪をかきあげる。草間さんの表情は自分から見ても心配してくれるもので、ちくりと胸の奥が痛んだ。
 熱を出しても本当なら誰もいない部屋で寝なければいけない。
 いつだって独りで布団の中に包まって、ただ時間が過ぎる事だけを祈っていた。そんな過去を脳裏に貼り付けてしまうと、もう駄目だった。

「意地悪って、言われませ、ん?」
「別に」

 許可が出るとまるでダムが決壊したかのように涙が溢れ出してくる。大粒の涙が零れだしたのをきっかけに筋を描くそれは視界をぼやかせた。

「ほん、とはひとり、とか苦手、なんです、よね」
「そうか」
「風邪とかって、ほんとに、弱気にさせ、ると思い、ませんか」
「まあそうだろうな」
「あー、くそうっ。くやし、いじゃない、っすかー……」

 ぐしっと手の甲で涙を拭きながらぼろぼろと弱音を吐き出す。
 本当は誰かに傍にいて欲しい。いつだってそう願っていた。出来るなら『友人』と呼べる人に。出来るなら『家族』に。
 だけどそれすら叶わない環境に居たから願いを口に出す事すら出来なかった。そんな自分は結構不幸だったけど、それが『当たり前』過ぎて幸せの方が良く分からなかったのも真実。
 だから今草間さんが傍に居てくれる事が本当は嬉しくて、桃缶も実は好物だったりとかする事も言ってしまいたい。だけどそれは弱音とは違うから吐き出さない。

「ま、ガキの間くらいは甘やかされとくのも良いもんだ」

 当の草間さんは俺の事を変わらず子ども扱いするけれど部屋から出て行こうとはしない。
 やがて泣き疲れた事と、やっぱり病気であることが関係して俺が夢に落ちるまでずっと傍にいてくれた事を覚えている。

 朝になって目が覚めればまた一人だったけれど、部屋の壁越しに草間さんの気配を感じればなんだか無性にほっとした。体温計で熱を測り、平熱状態になった事を確認しつつ、念のためにと市販薬を飲まされれば草間さんが「もう弱音を吐いたり泣かないのか?」とやや意地悪そうに笑いながら口にする。口端を持ち上げてにやにやした明らかにからかいのものだったから、逆に俺も肩をやや竦めた。

「あれ、なんの事ですか。俺そんな事言ってましたっけ?」

 しれっと返す言葉。
 それでもその心の中では、弱った心をかいほうしてくれたこの人に対して感謝の念を抱いているのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPCA001 / 草間・武彦(くさま・たけひこ) / 男 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、三度目の続編有難うございました!
 今更ながら何か関係性のあるタイトルをつければ良かったと後悔中です(笑)
 さて、最後の「かいほう」はわざと平仮名にさせて頂きました。漢字を当て嵌めて意味が複数通るようにとの言葉遊びです。
 そういう部分も含めて楽しんで頂けたらと思います。
 ではでは!

カテゴリー: 01工藤勇太, opening(蒼木WR), 蒼木裕WR(勇太編) |

風邪っ引きの憂鬱

「こんにちは、皆様。現在風邪っ引き絶好調な工藤 勇太、十六歳、ちょっと超能力を持っちゃってる高校生男子です。所持能力はサイコキネシス、テレポート、テレパシーとか言っちゃってるけど、得意なのはサイコキネシス。しかし現在風邪のせいで能力の制御が上手く出来なくてテレポート能力暴走中。くしゃみする度にあっちこっちと自分の意思関係なく色んな場所に飛ばされちゃって絶賛不運中な……は、っくしゅ!!」

 とまあ、なんとなく自己紹介風に現実逃避をしている最中に鼻がむず痒くなり、くしゃみが飛び出す。
 危うく自分の身体が引っ張られる感覚がして必死に意識を保って踏みとどまる。そのお陰で今回は飛ばされなかったけれど、頭痛が酷い。額に手を押し当てて眉根を寄せる。
 険しい顔をした俺は今、見知らぬ土地のアパートの屋根の上。二階建てのその場所で胡坐を掻きながらまずこの場所からどうやって降りようか模索中。幸いまだ人気のない場所だったため人には見つかっていない。

 やはり此処は懸命に意識を集中してテレポートを制御して降りるのが一番いいだろう。
 そう思い立ち、すぅっと深く息を吸い込む。だが――。

「ぶえっくしゅ!!」

 途中襲った不意打ちのくしゃみ。
 集中していた意識は一気に四散し、無理やり身体が引っ張られる。本来ならば地面に着陸しているはずの身体はふわりと浮遊し、気が付けばどこか狭い場所へと勢い良く身体を突っ込んでいた。

「ぐる、るるるるる」
「お、おえ?」
「ぐるぅぅぅぅ!!」
「ちょ、ちょっと待った!!」

 突如目の前に現れたのは大型犬。
 辺りを漂う匂いは明らかに獣臭い。しかも突然現れた俺、それも犬小屋に頭を突っ込むという形の不法?侵入に犬は鼻息荒く警戒している。今にも俺に噛み付きそうなその有様に俺はたらりと汗が流れるのを感じた。
 そして俺の制止の声もむなしく、犬は俺へ襲い掛かってくる。狭い犬小屋の中でそんな事態になれば当然避けれるわけもなく……。

「ぎゃああああ!!」

 その後の俺の悲惨さはどうか、皆様で予想して下さい。

■■■■■

「……まあ、お疲れ様とでも言っておこうか」
「う、草間さん。なんか心に痛いです」
「まあ、これでお前がずぶ濡れの格好のまま事務所の前にいた理由が一応分かったから良しとするか」
「はっはっは、あの後必死に逃げた先が池ですよ! 本人の意思関係なくくしゃみでぶっ飛ばされ、池にドボーンって落ちた俺のこのブレイクハート分かりますか!?」
「だからお疲れ様と言ってるだろ」

 俺の目の前で草間さんはマッチを使って煙草に火を付ける。
 ライターが切れたとか言って付けるその様は格好が付いていて、大人の雰囲気を漂わせる。草間さんの口から吐かれ、辺りに漂う煙たい空気が喉を刺激して一度咳き込む。風呂を借りて草間さんのシャツとズボンを借りていた俺は、頭から被せていたタオルを使ってそっと口と鼻を押さえた。

「ああ、悪い。流石に病人の前で煙草はまずかったな」
「いや、構わないんですけど」
「換気扇の下で吸ってくる。一本だけだから少し待ってろ」

 そう言って草間さんは立ち上がり、台所にある換気扇の傍へと寄って喫煙の続きを始める。俺はその様を時折視線を向けて観察していた。

「とりあえず家のもんに連絡を――っと、悪い。違うな。取りあえず体調が落ち着くまで泊まってくか?」
「いや、服が乾いたら帰ろうと思ってるんだけど」
「そのままじゃ無事帰れるか怪しいだろうが。泊まってけ」
「うぐっ」

 草間さんの言葉に息を詰まらせる。
 身体を温めるために出された紅茶のカップを両手で包み込むように持ちながら俺はため息を吐いた。

 草間さんと俺は時々仕事や巻き込まれた怪奇現象なんかでお世話になっている仲。
 俺からしたら年上のお兄さん――というより、友達の感覚。もちろん敬意は払っているし尊敬も信頼もしている。心身共に俺には出来ない事を平然とやってみせるその存在感は結構大きい。
 その為、俺のちょっとした過去も知っている。
 俺が幼い頃に超能力によって研究動物扱いされた事、父親が失踪している事、それから母が今精神病棟に入院している事など。
 だからこそ気遣ってくれている事に嬉しさを感じてしまう。それこそマグカップに口をつけたまま、無作法ながら紅茶にぶくぶくと息を吹き込んで遊んでしまう程度には。

 池に落ちた後、本当に自暴自棄になって叫んだ事を思い出す。
 「今日ばかりは俺がこの世で一番不幸な人間じゃねーか!?」と、そう叫んだような気がする。そして次のくしゃみで飛ばされた先が草間さんの事務所の前。そこに偶然帰ってきた草間さんに引き摺られるように中に入れられて今に至るわけだが。

「風邪の時は取りあえずビタミン摂取だったか? 桃缶程度ならあったような」
「や、マジで構わなくていいんで」
「薬は大人用しかないが構わないよな」
「ちょ、俺一応大人の分類に入ると思うんですけどー!」
「あー、十五歳以上で大人になるんだっけ。お前若干細身だから高校生っつー事つい忘れてたな」
「う……それはひ、酷くないです、か」
「喧しい。大人から見たら二歳差程度なんて大したもんじゃないんだよ」

 一本と、約束どおり吸い終わって戻ってきた草間さんが自分の寝室へと案内してくれる。
 その手には市販品の風邪薬と水の入ったグラスが握り込まれていた。俺はというと紅茶をすっかり飲み干し、誘われるがままに部屋へと入る。自分の部屋とは違う他人の部屋特有の匂いが鼻先を擽り、くしゃみが起こりそうになるがそれは懸命に押しとどめた。
 草間さんの部屋はやっぱりというかなんというか、予想通り煙草の染み付いた香りがする。けれどそれが草間さんらしいと言えばそれまで。
 俺は大人しく布団の中に潜り込み、草間さんに渡された薬を飲んでからベッドの上で横になった。

「調子が良くなったら送って行ってやるから寝とけ」
「はーい……」
「桃缶はどこだったかなー」

 ぽん、と布団を一度叩いてから草間さんは部屋に出て行く。
 俺は肩まで布団を持ち上げ、すっぱりと身体を覆う。自分の額に手を当てれば微熱が伝わってくるのが分かった。
 しかし、久しぶりに病気の時に誰かの看病を受けたような気がする。
 普段は病気にかかっても一人で寝ている事が多いから。

「病気ん時はホント、誰かに助けを求めたくなる気持ちが湧くよな……」

 けほ、っと痛んだ喉から咳が飛び出てくる。
 やがて草間さんが桃缶を発掘しそれを小皿に入れて持ってきてくれるまで、俺は誰かが一緒に居てくれる幸せを暫し一人で堪能する事にした。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPCA001 / 草間・武彦(くさま・たけひこ) / 男 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、続きの発注有難うございましたv
 あの後、やはり色々あったということでこのような形で治めさせていただきました。草間さんに助けを求めるという一文と素直になれないという部分というところがどうか伝わりますように。
 ではではまた機会がございましたらよろしくお願いいたします!

カテゴリー: 01工藤勇太, opening(蒼木WR), 蒼木裕WR(勇太編) |

合わせ鏡の迷宮楼

不安も望みも此処では隠すことなど出来ない。
 隠したい欲望。
 葛藤する理性。

 おいで。
 おいで。

 夢の世界でなら、『貴方』は『自我(エゴ)』を解放出来るから。

「こんにちは、初めまして。さて、君はどうして此処にいるのかな?」
「こんにちは、初めましてだな。で、お前はどうして此処にいるんだ?」

 それが彼らからの最初の一言だった。
 最初の印象は黒。
 それから自分の身体を見てその空間が全くの黒色ではないことを知った。何故なら見下げればきちんと持ち上げた手が見えるし、服も確認出来る。ただ前を向いても何も見えない。表現するなら自身しか確認出来ない……そう言った方が正しく、同時に何もなく誰も居ない世界。

 目の前の少年達の姿を確認すれば年の頃は十二、三歳だろうか。彼らは互いに同じような姿見を持って私を見つめている。同じ、と断言出来ないのは彼らの両目の色からだ。二人は互いに黒と蒼の瞳を持っているが、その埋め込み方が全く逆なのだ。顔立ちは良く似ているので一卵性双生児だろうか。
 ……だが、一卵性でも瞳の色が反転するなど有り得るのだろうか。

 どこの子供達だろう。
 そして此処は一体どこなんだろう。
 彼らは迷子だろうか。もしそうなら助けてあげなきゃ。

 周りを見渡し自分がそう考えあぐねていた頃、彼らは口元を緩ませる。
 それは年齢には不相応に見える不敵な笑みで、一瞬背筋に何かが走った気がした。

「<超能力>がキーワード、なんですね」
「<超能力>が鍵、か」

 
 一人は右手を、もう一人は左手を。
 外側を開くように彼らは手を差し出してくる。俺はその意味が分からなくて躊躇した。戸惑っている俺に対して彼らはまっすぐその不思議な四つの瞳を向けてくる。その瞳の中に映っている俺はさぞかし滑稽だろう。

「貴方には幼少の頃から実験と称して研究者の玩具にされていた過去がある」
「お前はそいつらから逃げて、逃げて、魔の手から逃走して隠れ暮らしてる今と過去がある」
「けれど、貴方はどうしてもその力を使ってしまうんですね」
「お前は困っている奴が居るとどうしても見捨て置けない。それゆえに一般人の力以上を必要とする事柄にはその力を行使してしまうんだな」
「けれどどれだけ隠していても時には知られてしまって」
「恐れられてしまって」
「忌み嫌われてしまって」
「得たと思った瞬間には居場所を奪われ続けて」

「「そして、独り思う。『この<力>は一体何のためにある』のかと」」

 連ねられた言葉にひゅっと呼吸が引くのが分かった。
 自分は一言も能力に関して口にしていない。いや、それ以前に挨拶すら彼らと交わしていないのに、二人は自分が持っている能力についてあっさりと見抜いてしまった。更に自分が抱えている悩みについて露見している。
 驚愕の表情が浮かび上がり、それから瞬きを何度も繰り返す。
 そんな自分を見て彼らは一歩前へと踏み出ると、俺の両手を片手ずつ掴んだ。

「これはあなたの夢」
「ここはお前の夢」
「あなたの中に存在する記憶、願望、何もかもが隠せない世界」
「お前の中に存在する喜怒哀楽、今までの過去、それら全て通じてしまう世界」
「夢には『特別』など何も存在しない」
「夢には『普通』なども存在しやしない」

「「ここは<工藤 勇太(くどう ゆうた)>というヒトが基準の世界だから」」

 その言葉にはっと気付く。
 ここが自分の夢であるのならば「何も無い空間」であることも、彼らが自分の抱えている悩みなどを知っていた事も頷ける。
 そして彼らが自分が産み出したただの虚像であることも……。

「知りたいんだ」

 俺はこの世界に来て初めて唇を開く。
 その音は起きている時とまったく変わらない音質で辺りを響かす。両の手を彼らに更に握り込まれ、交互にその相手を見下ろした。

「俺のこの力が何のためにあるのか――今後俺がどうすればいいのか知りたいんだ」

 それが今一番自分が抱えている問い。
 自問自答と分かっていても口に出さずにはいられない。目の前の子供達が自分が作り出した夢の住人でも、それが答えを出してくれるならばそれに問いかけるべきだと本能が告げている。

 そして彼らは答えた。

「見せてあげましょう、貴方の願い」
「見せてやるよ、お前の願い」
「「その結果、どうするかを選ぶのは自分自身だとしてもそれは必ず力になるから」」

 優しげに微笑む二人の言葉を聞いた瞬間、俺はぐらりと自分の身体が宙に浮くような感覚に囚われた。

■■■■

『っ、なんだよ。お前ホントに気味が悪いな!』

 言葉が耳に入り、身体の内部に入って心に突き刺さる。
 ヒトの言葉はどうしてこんなに的確に胸を痛めるのだろう。

 俺は見ていた。
 『幼い頃の俺』を見ていた。
 見えているのはその小さな背中。正面に立っている人には見覚えがある。確か昔近所に住んでいた年上のお兄さんだ。――ああ、覚えてる。自我が芽生えて間もない頃、そう……力が他人のためになると信じきっていた時期だ。
 この力は神様から与えられた特別な力。
 この力さえあれば誰かが危険な目にあっても助けてあげられる。まるで漫画の中の主人公になったかのような錯覚すら覚えていた頃だ。

 だけど現実は非情だ。
 力――世間一般的に言われている『超能力』を純粋に「誰かを助けるためだけの力」だと思い込んでいたのは幼かった自分だけ。強すぎる力は人に畏怖の感情を抱かせる。自分の力を目の当たりにしたあのお兄さんは最初こそは「凄い」と褒めてくれていたが、徐々にそれが自分に向けられるのではないかと恐怖におびえていた。

『もうここにはいられないの』

 幼い自分にそう言ったのはいつだって母だった。
 いや、時には父だったかもしれない。悲しげなその声が告げる文章は幼心でも『失敗』という文字を浮かばせる。そう、またしても自分は失敗したのだ。
 誰かのために使っているはずの力なのに、その力が強大すぎて周囲の親しい人達を無自覚に傷付けている。それを察するのに時間はそう掛からなかった。

『 俺は一体どうすればいいんだ? 』

 そう自分に問いかけ始めたのはいつだっただろう。
 ベッドの上に寝転がり、夢に入る直前に思いに耽る事が多々あった。人前ではお気楽人間を装っている分、その反動で思い悩む時はとことん悩んでしまうのは自分の欠点かもしれない。

 力を抑える?
 だけど窮地に立たされればそれも「無理」だと自我が告げる。どう足掻いてもこの力は一生俺に付きまとうだろう。それこそ何かのきっかけで力自体を失わない限りは。
 ……俺は『俺』を見ている。
 悩み続けている自分を見ている。けれど結局は戻ってくるのだ。この力を誰かのために使いたい、この力で誰かを救えるならば躊躇無く使うのだと。

『――ありがとう』

 ふ、と背後から落ちてきた音。
 それは感謝の言葉だった。

 俺は慌てて振り返り、その声の持ち主を探す。
 そこに居たのは五歳児程度の自分。そして目の前には救急車へと運ばれていく一人の男性の姿があった。救急隊員によって彼はすぐさま搬送されるけれど、『俺』は救急車が見えなくなるまでずっと視線を固定したまま立ち尽くしている。
 警察の人間が『俺』に何があったのか聞こうとしているけれど、反応の無い『俺』への対応を諦め保護者への連絡を取ると、工事現場へと戻っていった。
 人が集い、口々に言うには工事現場にて事故が在ったらしい。
 クレーンで吊り上げていた鉄板が運悪く風で煽られ、そのあまりの強風にクレーン全体が揺さぶられ鉄板のバランスが崩れワイヤーが切れてしまったらしい。
 その結果、作業員が行き交う道へとその鉄板が落ちてきた、と。
 しかし運よく作業員がその下には居なかった……というのが警察の見解だ。
 だが目撃者である作業員は「一人鉄板に押しつぶされそうになったが、そいつが何かの力によって吹き飛ばされたように見えた」と証言している。それが一人ではなく複数人であるから警察は非常に困った顔をしていた。
 警察としては『鉄板に押しつぶされそうになった瞬間、本人が無意識に避けたがその先にあった壁に強く頭や身体を打ちつけたのではないか』という方が筋が通るというもの。
 だからこそ他に目撃者がいないか探した結果、丁度傍を通りかかった『俺』を見つけた――らしい。

 だけど本当のことなんて言えない。
 乱暴ではあったけれど、サイコキネシスで人間を突き飛ばすという形で男性を救った事なんて。そしてその結果、男性に少し怪我を負わせてしまった事を『俺』は悔やんでいた。
 きっとあの「ありがとう」は他の人間には意味が分からなかったに違いない。
 しかし『俺』にはちゃんと伝わっていた。

 相手が押しつぶされそうになった瞬間、通じた目と目。
 弾かれた身体。子供がびっくりしてあげた声。
 彼が本当に俺の能力を察してあの言葉を口にしてくれたかは分からないけれど、すとんっと胸に落ちてくる。

 それは今の俺でも同じだった。
 ぽつり……、と伝う何か。それが涙だと気付くのに若干時間が掛かった。頬に触れ、指先が濡れた事で気付いたもの。今目にしている光景が本当に過去遭った出来事だったのかなんて覚えていない。なんせ五歳児程度の記憶なんて大したものじゃないのだから。
 それでも胸を打つこれは一体なんなのか。

「う……っ、ぅぁ、あ、あ……!」

 忌み嫌う人もいる。
 自分を異端視する人もいる。
 だけど、だけど――。

「ぅああああ! ふ、ふぇ、ああぁ、ぅ、うぅう……ッ!」

 涙が止まらない。
 マイナスを補うたった一言のプラスが胸を満たす。

 本当は自分だって救われたかった。
 本当は自分だってこの力によって救われたかった。
 だけど自分の力は自分を癒しなどしない。この力が与えてくれたのは癒しではないものばかり。
 だけどどうしてだろうか。感謝してくれた人達の言葉が俺の心を癒し続ける。

 圧迫されていた何かが涙という形で溢れ出る。
 両手で顔を包み込み、俺は心の底から泣いた。
 此処が「夢」で良かったと本気で思う。夢の中でなら俺は素直になれる。心の底から弱音を吐いても良いのだと――俺は『救われて』いた。

 ただ、『普通』が欲しい。
 この力を持っていても怯える事無く接してくれる人がいる……それだけが俺の救いで癒し。

「「なら、きっと大丈夫」」

 自分の中で気持ちが定まった頃合を見計らったかのように二人分の声が聞こえ、俺の身体はサイコキネスを使ったかのように強く『引っ張られ』る。
 ぐらり、と意識がぶれる。
 目の前の光景がノイズ掛かって見えて――……俺は……。

■■■■

 目覚まし時計の音。
 カーテンの隙間から差し込む光。
 額に手を当てた後に目頭へと下ろせばほんのり湿っている目元。

 やはりアレは『夢』だったのだ。
 二人の少年、彼らが導いた夢の世界。そしてみせられた過去。あれは記憶の再生だったのか、それとも俺の望みを具現化したものだったのか。
 俺は両腕を一度頭の上に上げ、それから勢いをつけて振り下ろす。それと同時に上半身を勢い良く起こした。

「っしゃ! 今日も元気にやりますっか!」

 すっとした気分で起床した自分。
 その表情に曇りは一切無い。むしろ爽快過ぎて自分でもビックリするほどだ。抱えていた疑問の靄が消えて解けた、そんな感じ。
 やっぱり俺はこの力を付き合って生きていくのだろう。
 これからも、誰かのために――。

「だって俺はこの力あってこそ、今の俺なんだもんな!」

 その言葉は誰も聞いてはいなかったけれど、強く自分の胸に刻み込むことのした。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、はじめましてv
 今回はゲーノベへ発注有難う御座いました!
 工藤様視点で悩みを色々描写させて頂きましたがどうでしょうか? どちらかというと行動より心情描写多めとなっております。
 工藤様がまた元気に生きていけますよう、心から応援させていただきますね^^

カテゴリー: 01工藤勇太, opening(蒼木WR), 蒼木裕WR(勇太編) |

Sinfonia.44 ■ 宣言

睥睨し合う二人。
 光と闇の力のぶつかり合いは激化の一途を辿り、両者の精神力を容赦なく貪り合うように削り合っていた。
 上下する肩、片膝をついたまま睨みつける勇太と、そんな勇太に対し、腰を曲げるように立っている霧絵。
 互いに消耗は激しく、すでに力は限界に近いまでに落ちている。

「……しぶといわね、工藤勇太」

「そりゃこっちのセリフだよ。そろそろこっちだって限界だっての……」

 まだまだ余裕だ、とでも言えれば良かったのかもしれないが、勇太は生憎そういった強がりを口にして誇張するような柄ではないらしく、霧絵は僅かに毒気が抜かれたように目を丸くすると、やがて小さく笑った。

「……例えばアナタみたいに生きられていたのなら、どれだけ私は救われたのかしらね」

「え――?」

「工藤勇太、そろそろ決着をつけましょう」

 勇太の問いに答えずに霧絵が身体を起こし、両手を広げてみせた。

 ――次でお互いに死力を尽くした一撃をぶつけ合い、決着がつく。
 心のどこかで悟っていた勇太も、霧絵の呟いた一言がしっかりとは聴こえていなかったものの気持ちを切り替え、立ち上がった。

「……俺は、あんたに負ける訳にはいかない。
 この世界を消させるような真似を見過ごす訳にはいかない。
 俺の大事な人達を、あんたの都合だけで消させたりはしない!」

 勇太の身体が強烈な光を放ち、薄暗い部屋の中を烈光が満たした。
 神気が最後に力を振り絞ろうとする勇太の想いに呼応したかのように溢れ、その眩さが力の強さを物語るかのようであった。

「……私も、負ける訳にはいかないわ。
 何人もの犠牲を払ってでも成就させなくちゃいけない!
 ここで負けてしまう訳には、いかないのよッ!」

 対する霧絵の足元には、勇太の光を上から黒く塗り潰すような闇が生まれ、靄を伴うかのような怨念が次々に浮かび上がり、霧絵の身体の周りを縦横無尽に動き始めた。
 白と黒、光と闇がそれぞれを牽制し合うかのようにぶつかう合う中で、霧絵は眩しそうに目を細めながら、勇太には見えないように口角をあげてみせた。

「さぁ、来なさいッ!
 その力もまとめて消し去ってやるわ!」

「おおおぉぉぉ――――ッ!」

 手を翳して放たれた、勇太が以前から使っていた不可視の攻撃――念の槍に神気が相乗するといった形の光の刃が、霧絵に向かって肉薄する。
 霧絵が生み出した闇が霧散するかのように周囲に溶け、消え去っていく最中で、霧絵はそれでも手を翳し、同じく怨嗟と共に具現化した怨霊とその負の力の集合体とも言えるような黒い霧を広げ、勇太の攻撃を迎え撃つ。

 ――――光が弾け、互いに相克し合う力が音を立てて拮抗し合う。
 光と闇がお互いの周囲へと広がり、押し合うような形で押し合う二人の力が互いを喰らわんと一際力を増した。

 そんな中、霧絵は先程と同様に口角をあげた。

 ――この時を、待っていたわ。
 霧絵は心の中で誰に告げるでもなく、そう呟いたのであった。

 幼い頃より宿命に駆られ、今日という日を――自分を担ぎあげた者達の夢の集大成を目前にまで迫ったのだ。
 多くの仲間達が自分に信念を託し、この世を去った。
 多くの者達を自分達の目的のためだけに傷つけ、殺してきた。
 もはや後戻りなど、出来るはずもなかったのだ。

 だが、もしも――――全力をぶつけてもなお、超えられない力が自分に向いてくれたなら。
 その時を、霧絵はずっと待っていたのだ。

「……ファング、アナタの言う通りだったわ。
 私は心のどこかで、この時をずっと……――――」

 いつだって自分のことを気遣っていてくれた。
 幼い自分に仕えるという道を選んでくれた無骨な男。
 そして最期を、自らの手で引き渡してしまった相手。

 自分はなんて自分勝手なのだろうか、と霧絵は自己嫌悪に苛まれたくなるようだった。

 もしもファングが忠告シてくれた通り、止まることが出来たなら。
 或いはその時、ファングは――自分の親のような、兄のようなあの男ならば、きっと許してくれたことだろう。

 でも、それさえ詮無きことだ。
 自分が止まれるはずはなかったのだ。

 世界を呪う者達。
 異能という力によって蔑まれ、社会から爪弾きに遭った者達。
 不幸を起こし、世界を呪った者達。

 進みすぎた。
 歩みを止めるには、あまりに遅すぎたのだ。

 不意に力と力のぶつかり合いが弱まり、勇太の身体から神気の槍の制御が外れた。
 昏い闇を撃ち抜いた光の槍は一閃、霧絵へと向かって闇を切り裂き、貫いていく。

 ――――全てが、一瞬の出来事だった。
 唖然としながらもちらりと勇太の目に映ったのは、目を閉じてその力を受け入れようとする霧絵の姿だった。

「――避けろッ!」

 放出した力の大きさと、その強大さに勇太は叫ぶ。

 ――どうして、受け入れようとしてるんだ!
 霧絵の突然の行動に目を剥いた勇太は、心の中で叫んだ。

 このままでは霧絵は、間違いなく死ぬ。

 自分が人を殺したくないだとか、そういった忌避感よりまず先に勇太に浮かんだ想いは、間違いなく人が死ぬという危機に対するものであった。

「うおおぉぉぉッ!」

 強引に自分の力を上乗せさせて神気の槍の矛先を逸らそうと試みる。
 なんとか僅かに逸れてこそくれたが――しかし当たらない位置にまでは動いてはくれなかった。

 次の瞬間、霧絵の身体を覆っていた闇は完全に晴れ。
 そして光がその場を貫き、烈光が再び部屋の一面を真っ白に染め上げた。

 光の中で、霧絵は襲ってくるであろう衝撃が来なかったことに気付き、ゆっくりと瞼を押し上げた。

「……どうして、アナタがここに……?」

 眼前に佇む大きなシルエットを見上げて、霧絵は震える声で問いかけた。
 目の前に立っていたのは、巨大な獅子。
 烈光の白を背景に立っていたそれは、二本足で佇んだままその背で霧絵を庇うように立ったまま、霧絵の前で両手を十字に重ねていた。

「言っただろう、盟主よ。
 俺はお前を裏切らん。
 もしもお前が死ぬことなく止まれるのであれば、俺が迷う道理などあるまい」

「……どう、して……っ」

「なぁに。
 間違いだらけであった俺の人生だ。
 だが、どうやら最期の最後であの少年に賭けた俺は、どうやら賭けに勝ったようだな。
 あの一瞬で逸らしてくれなければ、今頃俺もお前と共に命を落としたであろうが、な」

「……は、はは。やっぱ死んでなかったのかよ、ファングのおっさん」

 霧絵が死を受け入れ、覚悟したその瞬間。
 あの時、戦いの中で霧絵によって殺されたと思われていたファングが突然姿を現し、霧絵の前へと躍り出たのだ。

 神気という力の、弊害だろう。
 他者を助けたいという心や、そうした清らかな力に反応して威力が軽減したのか。
 そうしたギミックが勇太には到底理解出来なかったが、ともあれ力を使い果たしたこと。
 それに加えて、霧絵が死なずに済んだというこの結果を前に、勇太は思わずへたり込むようにその場に腰を下ろした。

 これは一つの奇蹟だった。

 もしも武彦があと数分でも、この場所の結界を保っていたヒミコを打ち倒していなければ。
 勇太が一瞬の判断で光の槍の軌道を逸らしていなかったら。
 霧絵があの時、ファングの死を確認して生きていることに気付き、止めを刺していたならば。
 起こるはずのなかった救出劇だろう。

「……ファング、どうして……邪魔をしたの……」

「俺もお前も、ただ死んで全てを清算出来るような立場ではないだろう」

「でも……、でも私はッ!
 もう誰にも赦されてはいけないのよ! 全てを背負って、死んで行くしかないのよ!
 どうして死なせてくれなかったのよ!」

「勘違いするな、霧絵。
 ここまで力を貸してくれた者達とて、お前が死ぬことを望んだりはしない」

「――ッ」

「もう、終わりにするんだ。
 あの少年の勝ちだ、霧絵」

 聴いた者の体内に直接響きそうな程の野太い声で、ファングは告げる。
 同時に、頬を涙で濡らしていた霧絵がその場に崩れかけ、ファングによって抱きとめられた。

「……さい……、ごめん、なさい……っ。
 私……私は……ッ」

 ――どれだけ自分は勝手なのだと、罵られても良い。
 それでも、もう。
 歩みを止めてしまっても良いだろうか。

 霧絵の頬を伝って、積年の後悔が涙となってぼろぼろと溢れていた。

 それは懺悔だったのか、あるいはファングに対する謝罪だったのか。
 その時の勇太には分かるはずもなく。

 そして永遠に、勇太にはその真意が分からないままとなってしまうのであった。

 扉の向こう側。
 百合が消えたその先から、突如として――強大な力が膨れ上がったのであった。

to be continued…

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Sinfonia.43 ■ 経験の差

「ふふふ、なんだか滑稽。どこにいるかも分からない私を見つけるなんて不可能なのに」

 くすくすと嗤い声をあげながらあがく武彦の姿を見て、ヒミコは独りごちる。

 能力『誰もいない街』はヒミコの作った独自の世界だ。
 その法は全てヒミコの監視下に置かれ、先程から武彦がどれだけ動き回ってみようとも、ヒミコには一切近づくことも、ましてや離れることも出来ないのである。

 空を飛ぶヘリコプターから世界を見るように、ヒミコはそれを把握していた。
 時には遮蔽物に隠れて見失うが、その時は自分が少しだけ移動してしまえば良いだけのこと。何せその移動によってヒミコが武彦に見つかるはずはないのだから。

 ――――異空間。
 ヒミコがいる場所は、『誰もいない街』ではない空間であった。
 能力者であり管理者でもあるヒミコだからこそ自分の世界の中を自在に動けるが、武彦には例え目の前に立ったとしてもその姿を認識することが出来ないのである。

 一種のパラレルワールドを作り上げる能力とでも言うべきだろう。
 ある意味では、ヒミコの世界に入り込んだ以上、もはやヒミコに抗うことは出来ないのである。
 例え相手が勇太のように【空間転移】を駆使して高速移動を用いたとしても、重力の中で縛られて動いている勇太と、異空間内を自由に動くことが出来るヒミコとでは一瞬にして追いつかれる程に機動力に於いては差が生じるのである。

 再び走り出し、銃を構えて銃撃を放つ武彦の姿を見て、ヒミコは嗤う。
 自分がいる空間と武彦がいる『誰もいない街』の間を繋ぐのは、ヒミコ自身が声を投影する時だけ。そのギミックを知ってこそいれば対処も出来るであろうが、当然そんな仕掛けを武彦が知るはずもない。
 ヒミコはこの能力によって、これまで霧絵の傍を離れない立ち位置を不動の物としている、言わば虚無の境界では頂点にいる強力な能力者であった。

 彼女にとって、この世界はまるで玩具箱のようなものだ。
 投影させた幻影を通し、時折それに実体を織り交ぜて攻撃を仕掛けることで精神を削っていく。自分の攻撃はすり抜けてしまうのに、相手の攻撃はダメージを受けるなど冗談にも程がある。そうして余裕を失わせた上で、ヒミコは嬲り続けるのだ。
 玩具が壊れてしまわぬように、それでもいずれは壊すために嬲る。所詮は食料も何もない世界であり、いずれは飢えが焦りを生み出すのだ。そうなれば「殺してくれ」と懇願する者もいた。
 そうして自分が掌握した世界で、無様に、醜く、だらしなくも助けを請う者を、ヒミコは殺す。それこそが、彼女の『救済』だ。

 ――惨たらしく殺さず、請えばあっさりと殺してあげよう。その時初めて、救われたと思えるのだから。
 実に傲慢かつ救いのない主張ではあるが、ヒミコにとってこれは『救済』であって、処刑ではない。彼女の感性というものは、およそ常人とは交わらない程にかけ離れたものなのだ。

「――さぁ、そろそろ鳴いて?」

 銃を捨ててナイフを持ち、ヒミコは建物の中に再び潜んだ武彦を追いかけ、襲い掛かる。

 ヒミコ本体が舞うように手を振ると、同じく幻影が武彦の薄皮を切り裂いた。
 滲んだ血を見てヒミコは嗤う。
 だが、それは一瞬でピタリと止まった。

 薄皮を切り裂かれ、それでも逃げようともせずに反撃の時を待つ武彦の瞳。
 その輝きが、ヒミコにとっては理解出来ない――苛立ちの対象となった。

「なんで? 絶望しないの? してよ、ねぇ! 絶望しなさいよ!」

 逃げようともしなければ隠れようともしない武彦を見つめながら、異空間でヒミコは舞う。
 恐怖を植え付けるために振るわれた凶刃は武彦の服を、皮膚を切り裂き続ける。
 それでも武彦は動こうともせずに、ただじっと、何かを待っているかのようだった。

 だから、ヒミコは飽きた。

「つまらない。もう、いらない」

 唯一の玩具も、動かなくなってしまったら途端に興味を失う、実に子供らしい反応だと言えた。浮かべていた笑みは消え、無表情でただ淡々と、まるでゴミを捨てるように、ヒミコは手に持っていたナイフを突き立てようと、腕を伸ばした。

 そしてナイフは、武彦の腹へと突き刺され――――

「――油断したな」
「え――」

 ――――直後、鼓膜を破りそうな銃声が鳴り響き、ヒミコの腕に熱が走る。
 
「あ……ぁ……ああぁぁぁッ!」

 ヒミコの叫び声がその場にこだました。
 感じたこともない傷みがヒミコの身体を襲い、混乱だけが脳裏を埋め尽くした。

 何故、どうして。
 どうやって。

 武彦の攻撃がどうして自分に届いたのか、ヒミコには理解出来なかった。

 異空間にいるはずの自分が、何故こんな傷みを受けているのか。
 それを考えるでもなく、傷みに咄嗟に身体を離そうとして――離れなかった。

 腕が、武彦の手でしっかりと掴まれていたのだ。

「な――」
「――お前の敗因は、子供過ぎたこと、だ」

 ヒミコの意識は、向けられた銃口が火を噴いたその瞬間に閉じられることになったのであった。

 ぐったりと力が抜けるようにヒミコの身体がその場に倒れ、武彦は座り込んだ。
 同時に、景色がまるで電波の悪いテレビのようにザザザッと音を立てて揺れ、ガラスが砕けるような音を立てて崩れ落ちていく。
 武彦が背中を預けていたのは、東京駅のホームにある柱だった。
 薄暗いその場所で、ちらりと武彦はヒミコの姿を見た。

「厄介な能力者だったよ、お前は」

 武彦は自分の腹に浅く刺さった傷跡を見て顔を顰めながら、再び煙草に火を点けた。

 ヒミコと武彦の戦いは、はっきり言ってしまえば相性があまりにも悪すぎたのだ。それは、ヒミコにとって、だ。
 能力による攻撃をそのまま反撃に回せるというアドバンテージも、そもそも能力者ですらない武彦にとっては全く意味のないものである。

 だからこそ、ヒミコは――溺れた。
 自らの嗜虐性と、直接的に傷つけるという他者に対する優位性を誇示するような戦い方で、遠距離での戦いが出来ない建物の中であれば、ナイフを使って。
 それこそが、悪手であった。

 武彦――いや、この場合、敵にしたのは〈ディテクター〉だ。
 IO2最高のエージェントである武彦は、これまでの戦いの中でヒミコを観察し続け、再びこの建物の中へと逃げ込むことで、一つの確信を得たのだ。

 それはつまり、攻撃する瞬間だけ身体の一部のみを実体化しているのではないか、というものだ。

 だからこそ、狭い場所を選び、接近戦にもつれ込む必要があった。
 一方的な攻撃が出来るヒミコが自分を攻撃する様は、まさしく快楽殺人犯が獲物を嬲って楽しむそれと同じだ。無駄に手数を増やし、恐怖を植え付け、心が折れる瞬間を待つ。
 ヒミコの嗜虐性とはまさにそれであり、武彦はその手数を観察していた。

 きっかけは、彼女が銃を撃った瞬間だ。
 あの華奢な身体でありながら、反動に対する肩のブレがなく、肘先から手首までしか反動を受けていないような僅かな違和感を感じたのだ。

 銃の反動というのは華奢な少女が撃ち慣れてどうにかなるものではない。
 何年も銃を使い続けてきた武彦だからこそ、そのギミックに気付いたのだ。

 つまり、攻撃の瞬間だけあの身体は実体化するのだ、と。
 それを確信へと変えるために、狭い場所へ、近い距離へとヒミコを呼び出したのだ。
 そして武彦は実体化した箇所を撃ち抜き、混乱して逃げようとしたヒミコに触れ、その予感が当たっていたのだと確信した。

 同時に、ヒミコの慢心が武彦をアシストしたとも言えた。
 ヒミコは身体を具現化して攻撃するが、興味を失って止めを刺そうとした時、反撃されると考えたりもせずに自分を異空間から出してしまったのだ。
 心を折った者達は「ようやく終わる」と死を受け入れる。そのため、反撃する気力などそこにはない。それこそが、ヒミコにとっての「当たり前」だった。

 その油断を指して、武彦は「子供過ぎた」と揶揄したのだ。
 自分の力に溺れ、最後の最後で襲われる危険を理解することも出来ずに逆転される詰めの甘さはもちろん。嗜虐性と残忍さばかりを先行してしまったがために、感情の一切を排することすら出来なかった、戦士としての不甲斐なさを。

「こちとら何年も戦いの中に身を置いてるんでな。ただのお遊戯感覚に負ける程、落ちぶれちゃいねぇのさ」

 薄暗い東京駅の中で告げられた言葉は、咥えた煙草の紫煙と共に霧散する。

 ――――この勝負は、まさしく経験の差が物を言わせた戦いであった。

「さて、これで東京駅に入り込める訳だ」

 腹部を傷つけながらも、武彦は柱に背中を預けながら立ち上がり、暗い駅内を睨み付けた。

「勇太、そっちはそろそろ片付いてんだろうな」

 独りごちる言葉は、この数年の間に知り合った一人の少年へと向けられていた。

to be continued…

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