灰色の翼-Ⅰ

草間興信所。依頼がある度に色々な能力者と出会っているという武彦の元には次々と依頼が舞い込んでいた。ある者は危険な、ある者はくだらない内容。そんな中でも群を抜いて依頼が多い怪奇現象の類に武彦は頭を抱えて悩んでいた。そんな折に飛び込んできた不可解な依頼。
「…むぅー…」紫煙を吹き上げる煙草を咥えながら、武彦は調査依頼表を並べて唸っていた。「どういうこった…?」
「こんちわー」勇太がドアを開けて中へと入って来る。「どうしたんです?」
「ん、来たな…」武彦は勇太を見る事もなくそう言って再び唸る。「んー…」
「…?」勇太が向かい合っている椅子に座り、顔を覗かせる。「別々の依頼なのに、内容が一緒…?」
「そうなんだよ」武彦が漸く顔をあげる。「あ? なんか随分いつもと雰囲気違うな」
「へっへー、これ」勇太が自分の服を引っ張る。「中学卒業するから、今度から高校生になるんだ。だから制服が新しいんだー」
「あ、そう」
「ちょっと! もうちょっと感極まったりとか…―」
「そういうのは叔父さんに頼め。俺はそれどころじゃない」
 むっすーと顔を膨れさせる勇太を気にせず、武彦は再び依頼表を見つめる。
「ったくさぁ、せっかく見せに来てあげたのにさぁー…」ブツブツと文句を言いながら勇太も調査依頼表を見つめる。「…天使?」
 勇太の目を引いた一文は非常に引っかかる言葉だった。調査の依頼内容はそれぞれに怪物退治だの調査依頼だのと内容が違う三枚の依頼用紙。
「…『灰色の翼をした天使の調査依頼』と『灰色の翼をした悪魔を撃退して欲しい』…。どういう事?」
「これを見ろ。三枚目の依頼には『村人が見る幻覚の調査』だ。同じ場所、同じ村から依頼が回ってきてな。どういう事かと頭を抱えてるって訳なんだが…」
「意味解らないね…」勇太が首を傾げて呟く。
「少なくとも、何が起きているのか調査に向かうしかないって訳だが…」武彦は勇太を見つめる。「…いやぁ勇太、新しい制服似合ってるよなぁ」
「…な、何で棒読みなんですか…?」
「うんうん、お前も大きくなったなぁー。こんなモンだったのに」人差し指と親指を武彦は差し出す。
「人じゃないですけど、それ…。っていうか何を…」
「さぁ、大人になった勇太君。行こうじゃないか、春休みの卒業旅行に連れてってやろう」
「…は?」勇太は依頼表の紙を見つめる。「…まさか…」
「そう、素晴らしい離れ島、“凰翼島”へ」
「…やっぱり…」

――。

 半ば強引に武彦に連れられ、勇太は船に揺られている。既に船は東京から遠く離れた太平洋を渡っていた。
「…“凰翼島”なんて島あるの…?」船酔いになりつつある勇太はぐったりとした様子で武彦へと声をかけた。「草間さん~…?」
「地図上には表記されていないんだがなぁ。どうやら元々は個人所有の島みたいだ」
「ふーん…」勇太は相変わらず顔を蒼ざめさせたまま聞き流す。「…うっ…!」
「…『船上から魚に餌をあげないで下さい』、って書いてあるぞ」

 勇太にとっては何時間もの苦痛との戦いに感じる様な船旅が漸く終わりを迎えた。すっかりとやつれた勇太は武彦の後ろをゆっくりとついて歩く。
「さて、まずは旅館で荷物を置いて情報収集といくか」
「…あい…」
 旅館はそれぞれの依頼から同じ場所が指定されていた為、迷う事はない。武彦は早速旅館への道のりを調べ始める。
「…っ!」勇太が違和感を感じて顔を上げる。「…何だ…?」
「どうした?」
「…声がする。何を言っているのかは解らないけど、悲しそうな声…」勇太が周囲を見渡す。「歌声…みたいな…」
「…どうやら、お前を連れて来たのは正解だったみたいだな…」武彦が呟く。「どっちにしても依頼主から話を聞かなきゃ解らないからな。旅館で話を聞くぞ」
「…うん」
 武彦の後を再びついて歩く様に勇太は歩き出した。勇太の感じる違和感は確かに徐々に強くなっている。何処か泣き出してしまいそうな高音の歌声。勇太は何だかとても寂しい気持ちを胸に抱いてその音を聞いていた。
「草間さんには聞こえないの?」
「あぁ。恐らくお前の特殊な能力に干渉している音なんだろうが、普通の人間である俺にはどうやら聞こえないみたいだな…」武彦が立ち止まって耳を澄ました。「歌声みたいだと言っていたが、どんな声なんだ?」
「…何て言えば良いんだろう。どうしようもなく切なく寂しいんだ。聴いている俺が泣きたくなる様な…」勇太が胸を押さえる。「…何とかしてあげなくちゃ…」
「…そうか。もし気になるなら旅館に着いたら別行動するか? 俺は依頼主と会って情報を集めるつもりだが」
「うん…」

 旅館に着いた武彦と勇太は仲居に案内されるままに部屋へと向かった。
「こうして旅館に泊まるのは、あの事件以来だな」武彦が荷物を置きながら懐かしそうに口を開いた。
「あぁ、俺が誘拐された時だね」勇太が笑いながら言う。「もう二年ぐらい前の事だよ?」
「まぁそうなんだけどな」
「なんか草間さんオヤジクサ…」
「この野郎…」
 二人がそんなやり取りをしていると部屋がノックされる。武彦が返事を返すと、一人の男が立っていた。
「わざわざ来て頂いて、有難う御座います」男は深々と頭を下げると武彦の手を取った。「退治依頼を出した八代と申します」
「あぁ、草間興信所の草間です、よろしくお願い致します」
「草間さん、俺はちょっと一人で動いてくるよ」
「あぁ、夜には戻って来い」
「はーい」

――。

 旅館を後にした勇太は目を閉じて耳を澄ました。
「…あの山の方からだ…」勇太が目を開け、正面にそびえ立つ山を見つめた。
「霊峰、凰翼山に行くのかい?」歩いている勇太に向かって一人の老婆が声をかける。
「おーよくさん?」
「あの山の名前だよ。この地の神が棲んでいる神聖な山でね。祠に繋がる洞窟の前の神社でしっかりとお清めしてもらわにゃならんよ」
「へぇー…。祠って、神様が祀ってあるって事ですか?」
「いや、あの山に棲まう天使様の祠じゃよ」
「天使…」勇太は調査依頼の“天使”という言葉を思い出していた。「天使って本当にいるんですか?」
「ホホホ、ワシらが若い頃は天使様を見たという者もおったが、時代が変わったのか、天使様を見る者はいなくなったのぅ…」
「…そうですか…」
「ただ、天使様は歌を歌っているというお話もあったのぅ」
「歌?」
「あぁ、そうじゃ。島の異変や繁栄は天使様の歌によって変わると言う話があったのじゃ」
「…天使に歌…。なんとなく繋がりは見えてきた、かな…」勇太はそう言って呟いた。「有難う御座いました。早速行ってみます」
「気を付けるんじゃよ。天使様の祠は人の“心の奥”を試すと云われておるからの」
「はーい」
 勇太は再び歌声に耳を傾けた。先程のお婆さんが言っていた言葉を思い出しながら、勇太は考えていた。
「悲しげな歌を歌っているって事は、やっぱり何かあるって事…なのかな…」

――。

「…それで、退治して欲しいという依頼でしたが…?」
「えぇ…。この島に天使がいるという伝説はご存じですか?」八代と名乗る男が口を開く。
「えぇ。この島の名前にも由来する“翼”を持った天使ですね」
「はい。昔はこの島にも天使がいるという話や、実際に見たという人々も数多くいたのですが、近年ではまったくそういった話を聞く事はありませんでした」
「風化しつつある伝承、といった所ですか?」
「私も以前はそうだと思っていたんですが、そうではないんです」
「…というと?」
「最近、灰色の翼をした天使様を見たという話が出始めているのです。その天使が現れた所では人がおかしくなってしまったり、神隠しにあってしまったり…」
「成程…。つまり、悪魔というのはあくまでもそう表現しているだけという事ですね…」武彦が煙草を咥える。「ちなみに、その“悪魔”とやらの情報は何かあるのですか?」
「えぇ。どうやらこの地に伝わる伝承にそれらしい事は書いてあるそうなのですが…」八代は溜息を吐いた。「何しろあまりに古い伝承の書物ですので、細かい事は解らず…」
「…破損、ですか?」
「えぇ」八代がまた深く溜息を吐く。「こうなってしまっては、あの悪魔を何とか退治するしかないと思いまして」
「…退治する事が必ずしも正解だとは思えませんが、とりあえずその書物を見せて頂けますか?」
「えぇ。天使様の祠に続く洞窟があるのですが、その目の前に神社があります。そこに行けば書物もある筈ですが、今日はもう日が遅い。夜道を歩くには危険です…」
「解りました。では、明日伺ってみます」
 八代が部屋を立ち去る。武彦は自分で吐いた紫煙を見つめ、静かに溜息を吐いた。
「天使か、悪魔か…。どっちにしても人為的な要素も気になるが、情報が少なすぎるな…」武彦が時計を見つめるが、時刻はまだ三時。「勇太が何を掴んで来るのかが鍵だな…」

                                   Case.2 to be continued…

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危険因子

大浴場から武彦が戻っている最中、丁度逆側の通路から主人が歩いてきた。
「おはようございます、草間様。昨日はよく眠られましたか?」作り笑いを浮かべて丁寧に対応をする。
「えぇ、おかげ様で。ただ、連れの男の子が昨夜は部屋に戻らなかった様ですが、何処かで見掛けたりしていませんか?」
「いえ…、私は見ておりませんが…」主人が顔を横に捻り、少し考え込んで口を開いた。「もしや草間様、山の中のトンネルを通られたのですか?」
「トンネル…?」武彦は思い出す。「…通りましたよ(まぁ正確には土砂崩れで通れず、片付いた後にテレポートで飛び越えたんだが…)」
「やっぱり…。あそこは昔から天狗の住処と言われてましてね…。神隠しが起こると有名なんですよ…」
「タクシーの運転手もそんな事言ってましたが、どうやらそんな謂れがある様ですね」
「そうなんですよ…!」主人が力説する。「あそこを通って来た連れの子が狙われたかもしれません…」
「な、なんだって…!?」
「村の人間にも探す様に伝えておきます!」
「はい、お願いします…!」
 武彦はそう言って主人に軽く頭を下げて歩き出した。口元に手を当てて震えながら歩く武彦の姿を見た主人は、口元を吊り上げ、そのまま歩いて行った。
「…ぶはっ」主人と話をした廊下の角を曲がり、誰もいない事を確認してから武彦は思わず息を噴き出した。「やれやれ。信じると思ってるのかね…、あの狸ジジイ…」
 武彦はさっさと従業員室とロッカールームに仕掛けた盗聴器を回収しに向かった。幸いにも朝食の準備やらでバタバタしている為か、回収作業は難なく終わり、武彦は自室に戻って会話を再生させていた。
「…成程、勇太はやっぱり拉致されたか」
 録音されていた内容を一通り聞いた武彦はそう呟いて考え込んだ。武彦は録音されたテープを持ち、再び部屋を後にした。

――。

 勇太が目を開けると、そこは薄暗い洞窟の様な場所だった。身体は縄で固定され、ゴツゴツとした岩肌の感触を感じる。口もガムテープで塞がれ、どうやら自由に動けそうにない。
「―って言われてもなぁ…」
 奥から二人組の足音が聞こえてくる。勇太を襲った連中の内の二人だと、勇太はテレパシーを通じて思念から探り出した。
「仕方ないだろうが、わざわざ殺すのも可哀想だろ…。どうにか逃がしてやりたい所だな…」男がそう言って姿を現した。それに続いてもう一人の男が歩いて来る。「お、坊主起きてたのか」
 勇太はムスっとした表情で男達を睨み付ける。男達は何だかやりきれない表情を浮かべ、お互いに目を向き合わせる。そんな中、勇太はサイコキネシスでガムテープを剥がした。
「オジサン達さぁ、ここ何処? 今何時?」
「あれ? ガムテープで口止めてた筈なんだが…」一人の男が不思議そうに勇太を見つめる。「まぁ良いか…。ここはこの地に眠る氏神様の祠だ」
「氏神様? 昨日俺を襲った時もそんな事言ったでしょ」
「ん、あぁ」もう一人の男が口を開いた。「突然凄い力で引き剥がされて壁に叩きつけられたからな。あれは人の仕業じゃねぇ…」
 どうやら昨日勇太に吹き飛ばされた男達の様だ。縛られた縄もサイコキネシスを使えば簡単に外せるだろうが、男達からは敵意や殺意を感じる事もない。勇太はとりあえずこのまま情報を集める事にした。
「…どうでも良いんだけど、腹減ったよ。今何時なのさ?」
「おぉ、朝飯持って来てやったんだ」男がパンを二つと牛乳パックを一つ、勇太の前に持って来ると、勇太が食べられる様に手の縄を解いた。「すまねぇな。小さい子供を巻き込んで、こんな事するのは反対だったんだがなぁ…」
「…何で俺、こんな所に連れて来られたの?」勇太が手の自由を確認し、パンの袋をあけた。「それに、祠って言う割には汚くない?」

――。

「―とまぁ、盗聴させて頂いた内容のテープがここにある訳だ」
 自室に呼び出した宿屋の主人に向かって武彦がテープを再生させてから言い放った。主人は暫く俯き、静かに溜息を吐いた。
「…いつから、私が怪しいとお気付きに…?」
「今回の依頼を俺みたいな駆け出しの私立探偵に依頼してきた時から、おかしいと思ってたさ。旅館の大事に、原因が怪奇現象なら探偵の出る幕ではないだろう」武彦が咥えていた煙草の先から舞い上がる紫煙を見つめてそう言うと、再び主人を見た。「テープの中に入っていた会話の内容と、他の客間の掃除の行き届いてない扱い。最初からこの旅館を売るつもりで、探偵もお手上げだというお墨付き欲しさに俺を呼んだな?」
「…さすがは、プロの探偵ですな…」
「どうしてこんな事を…?」武彦が探偵ドラマを見ていて言ってみたかったセリフをここぞとばかりに口にした。「こんなに良い旅館なら、宣伝や営業でもっと…」
「…ここの村は元々、氏神様を祀っている氏子…。つまり、この土地で生まれ育ち、この土地で結婚していく様な暮らしを続けていた。だが、時代は移り変わる。村からは若者がいなくなり、外から訪れる観光客も年々減りつつある…。村の事を考え、活性化させる為には、資金が必要だった」
「それなら、普通に旅館を売れば良いのでは?」
「それでは先祖や親戚に申し訳が立たない…。私はここを売って、この土地を活性化させる為に、ショッピングモールを建てる。その事に先代である両親や親戚は反対していた…。だからこそ、正当化する理由が欲しかったんだ…」
「そうだとしても、勇太…つまりは俺の連れを殺せと命じた。その時点で、もう取り返しがつかない罪を犯している」武彦が突き刺す様にそう告げた。「勇太は何処に…―」
 武彦がそう言おうとした瞬間、突如大きな地震が起こる。食器が揺れて音を立て、電気がグラグラと揺れる。ミシミシと鳴る建物の音。
「まずい! 連日続いた天気のせいで山が地滑りを起こす可能性がある!」主人が声をあげた。「あ、アンタらが通って来たトンネルの中に、氏神様の祠があるんだ。そこに、連れを監禁してる!」
「…チッ!」

――。

 
「岩盤が崩れて落ちて来るぞ!」
 地震の震動でガラガラと崩れ始めた祠内で上から岩が降って来る。勇太は手を翳して岩を空中で止めてみせた。足に縛り付いた縄を外し、立ち上がる。
「な…、岩が止まった…?」男が落ちて来ない岩を見上げて口を開いた。
「…ったく。ねぇ、オジサン達。俺がこうして止めてる間に早く出てくんない?」
「お、お前がやってるのか?」
「そう。だから、早く出てよ。オジサン達にいられても、邪魔なんだけど」
「あ、あぁ…!」
 男達が祠を後にする。すると、同時に更に岩盤が崩れ、出入口は封じられ、更に大量の岩が勇太へと襲い掛かる。
「フン!」勇太が気合いを入れる様に岩を次々に止め、ゆっくりと壁際に降ろそうと試みる。「…クソ、ダメかぁ…」
 大きな岩盤から順に落ちて来ている為、どうにか無事にやり過ごす為に岩を降ろそうにも、あまりに量が多すぎる。とは言え、テレポートをしようとサイコキネシスの気を緩めたりすれば、その瞬間に岩盤の下敷きになるかもしれない。
「…こ、これって結構ヤバい…」勇太が呟く。
 確かにテレポートで移動さえすれば、なんとか助かるだろう。だが祠の長さも距離も解らない。その上、男達がちゃんと避難出来たかも解らない状況だ。勇太に与えられた選択肢は、ただもう少し時間を稼ぐ事しかなかった。
「…げっ!」
 更に上から土砂が流れ込む。勇太へとその重みが更に増す。万事休すかと思ったその瞬間、光が溢れだした。光が収束すると、昨日の少女が勇太の目の前に姿を現した。
『不思議なチカラを持った少年。私が岩を止めてあげましょう』少女がすっと上へ手を翳すと、勇太の身体にかかっていた土砂の重みによる負担が軽減され、消え去った。
「キミは、昨日の…?」
『はい。二度、お会いしましたね』少女がニッコリと笑う。『そして、二度。私は助けられました』
「ど、どういう事?」勇太はぜぇぜぇと息を切らしながら少女を見つめた。
『一度目は先日の入り口の土砂を取り除いてくれた事。あのおかげで、祠の中に霊気が流れ込み、神気が充満して私は助かりました。そのお礼に昨日行ったのですが、人が多く、なかなか言えませんでした』
「え…、って事はキミがあの温泉の…?」
『はい。お風呂で裸を見られました』
「ちょ! あれはその!」
『冗談です。あそこに入り込んだのは私ですし、山の神気が混ざり易い天然温泉は私にとっても回復に適していたので』少女はまたニッコリと笑う。
「じょ、冗談にならないよ…」勇太が顔を紅くして呟く。
『…そして、二度目は今。アナタは私の子らを身を挺して逃がし、私の家を守ってくれました』少女はそう言って祠にある神棚を見つめた。
「へ…?」
『私はこの地に住まい、祀られし土地神。氏神、と呼ばれている存在です』
「え…えぇ!?」勇太が口を開く。
『不思議な少年、ありがとう。アナタのおかげで、私も、子らが罪を犯す事もなく、事は収束しています』
「へ? いや、そんなお礼言われても…」
 勇太はポリポリと頬を掻いて照れ隠しに視線を泳がせた。そんな勇太を見て、再び氏神はニッコリと笑っていた。
『では、どうやら迎えが来ている様です。戻りなさい、少年…』
「え…、迎え…? うわ!」
 光が勇太を包み込み、勇太は思わず目を閉じた。

 ―勇太が眼を開けると、そこはトンネルから出た先の道路脇だった。武彦が勇太に向かって歩み寄った。
「ったく、鬼鮫とも渡り合う様なヤツが、あっさり捕まるんじゃねぇ」
「うっ…。言い訳も出来ない…」勇太がそう言ってトンネルを見つめた。「ねぇ、草間さん。神様って、いるのかな?」
「さぁな。神に会ったとでも言うつもりか?」

                    ――「多分、ね」

                                  Case1. Fin

カテゴリー: 01工藤勇太, Case1, 白神怜司WR(勇太編) |

勇太の勇は勇気!

「じゃ、先行ってきまーす」
 勇太はルンルン気分で大浴場へと向かった。が、あくまでも探偵業の付き添いである事を思い出した勇太はテレパシーを使って思念を探す。怪しそうな波動や思念があれば、後で調べに行こうと思っていたのだ。勿論、武彦を連れて。

「おぉ! ひっれぇー!」
 大浴場で腰にタオルを巻き、勇太は大声で叫んだ。誰かがいたらただのはた迷惑な子供だが、テレパシーで思念や波動を探っていた為、誰も入ってない事は解っていた。
 頭を洗い、身体を流し、お湯の中へ身体を浸ける。その瞬間、勇太の顔は一瞬で幸せそうな顔へと表情を変えて空を見上げた。満月が空で煌々と輝いている。
「うへぇ~…、きもちいぃ~…」と、変な声を出しながら視線を落とすと、女の子が入っている事に気付いた。「ぶはっ!」
 思わず動揺してお湯の中に顔を突っ込み、勇太は考えていた。
「…(ちょちょちょ、ちょっと待った! ここ混浴!? 混浴だっけ!? 落ち着かなきゃ変なヤツって思われるかな!?)」お湯から顔を出して勇太は何気なく女の子を見るが、女の子は相変わらずの表情で勇太を見ていた。「…(見られてる…! こ、このまま知らんぷりしてる方が良いのかな…?)」
 慌てる勇太とは裏腹に、女の子は動く事もなく勇太をじーっと見ていた。勇太はあまりにも気まずさを感じながら、周りをキョロキョロと見てみたり、「き、きもちいいなぁー」と声を出してみるが、やはり反応はない。
「…(気まずい…!)」勇太はそう思ってもう一度お湯の中に顔を突っ込んだ。「…(よ、よし! 顔をあげて声をかけて話しちゃえば気まずさも減る筈…! って、何言えば良いんだ~…! 歳聞けば良いかな? ナンパみたいで嫌だし…。 『何処から来たの?』って聞いたら親戚のおじさんみたいだし…!)」
「ぶはっ!」お湯から顔を出して勇太は眼も開けずに言葉を続けた。「ね、ねぇ! 君も泊まりに来たの!?」
 勇太の声が響くが、少女からの返答はない。恐る恐る目を開けてみると、少女の姿は忽然と消えていた。
「あ、あれ…? 潜ってる内に上がっちゃったかな…?」勇太はキョロキョロと周りを見渡して呟いた。「…ヤバい、お湯に潜り過ぎた…」

――。

「あっぢぃ~…」
「そんなにのぼせるまで入ってる事もねぇだろうに…」
 のぼせてダウンしている勇太を見て武彦は紫煙と呆れを吐き出しながら呟いた。フラフラになって出て来た勇太と武彦が入るタイミングが一緒だった為に、部屋まで連れて帰ってもらったのだった。
「…調べもの、なんか進展ありましたぁ~?」
「あぁ、それなんだがな。おかしいとは思わないか?」
「えっ! もう何か見たの!?」ガバっと起き上がって勇太が問いただす。
「違う。この依頼そのものがおかしいって事だ」勇太のリアクションを軽く流して武彦は言葉を続けた。「怪奇現象の類なら、わざわざ遠方の探偵を呼ばずに霊媒師やらを呼んだ方が良いに決まってる。そんな仕事を駆け出しの探偵事務所に投げて来るなんて、解決する気がある様に思えないんだが…」
「自分の事なのにボロクソ言ってるね…」勇太が冷やかなツッコミを入れる。「って事は、怪奇現象なんて無いかもしれないって事だよね!?」
「ない、とは言い切れないがな」ニヤっと笑いながら武彦はそう言って勇太に釘を刺した。「って事で、飯食ったらまた調査だ。二手に別れるからな」
「…二手に?」
「あぁ。二人いるのに一緒に回ってたら終わらないだろうが」
「…い、一緒に回ってあげるよ? ホラ、俺の能力ならちょちょいのちょいだし…ね?」
「…怖いのか―」
「―違う」即答。
「…ちょちょいのちょいなら、何か変わった事とか気付いてないのか?」明らかに笑いを堪えながら武彦が尋ねるが、勇太は生憎、背を向けて涼んでいた。
「んー、特に変な波動とかは感じなかったんだよねぇ…」
「そうか、それなら仕方ないな…」
「うん…。二十近くの気配はあるみたいだし、旅行客一人ずつ聞いて回る訳にもいかないし~…」
「二十?」武彦が尋ねる。「そんなにいるのか?」
「うん。まぁ俺達と従業員の人とかも合わせて正確には十五人だったよ?」勇太がやっと身体を起こして武彦を見る。すると、武彦が何やら難しい顔をして考えている。「どうしたの?」
「勇太、さっき顧客名簿とかチラっと見てきたんだけどな?」
「うん?」
「今日、ここに泊まってるのは俺とお前だけだ」
「…ハ…ハハハ、嫌だなぁ…。だとしたら従業員いっぱいだねぇ、この旅館~。アハ、アハハハ…」
「ちなみに、従業員は七人だそうだぞ」
「…あ、あとの六人は…?」勇太ののぼせて紅く染まった顔がみるみる青ざめていく。
「…飯食ったら早く調べるぞ」
「あの、あとの六人はぁぁ~~~…?」
「失礼しまーす、お食事をお運びしましたー」割って入る様に仲居が料理を運んで来る。
「はーい、どうぞ~」武彦が勇太の嘆きを無視したまま仲居を通して飯の準備をせっせと手伝い始める。
「え、ちょ…。草間さん、聞いて?」
「あぁ、そうだな。うまそうだな」
「うわぁ…」

 武彦は食事中の勇太の悲痛な叫びも全て無視してみせた。さすがに膨れっ面を浮かべていたが、御飯に熱中し始めるとすっかり機嫌を良くしていた。
「さて、そろそろ行くか」武彦が食後の一服を済ませた所でそう言った。
「く、草間さん…? ホントに別々に…行くんだ?」勇太が表情を強張らせながら尋ねた。
「あぁ。さっさと終わらせて、ゆっくり温泉楽しみたいだろ? だったらお互い別々に動いた方が調べる方が早く終わるじゃねぇか」
「うっ、そりゃそうだけど…ね?」勇太が言葉を詰まらせる。勇太のモジモジとした動きに武彦は気付いていた。助け舟を出す様に口を開いた。
「…怖いなら怖いって―」
「―断じて否!」即答。
「…なんかあったらテレパシーで呼べば良いだろうが。行くぞ」
「…ふぇい…」
「お前は大浴場側に向かった逆の道にある東側を調べてくれ。俺は西側を行く」
「はーい…」
 勇太の脱力した返事を背に、武彦はさっさと部屋を後にしてしまった。武彦にバカにされたくないという気持ちから、勇太も勢い良く部屋を出て行った。

――。

「東側…ねぇ…」
 武彦に言われたままに進んだ勇太はビクビクしながら見て回っている。老舗旅館の独特な和の雰囲気を感じる。勇太はそんな事を考えながら少しばかりオドオドとしながら周りを見回す。
「…へ…、変なのが来たらサイコキネシスで吹っ飛ばしてやる…って…、お化けを飛ばせんのかな…?」怖い状態独特の独り言を呟く。
 テレパシーを使って人の思念や位置を探索してみる。
「…そこの部屋、空き部屋だよ…な?」勇太がテレパシーを使って中を探ると四人分の思念がそこにある。「お、お化け…かな…?」
 生唾を呑む様にゴクリと音が鳴る。勇太は手で戸を開けるのが怖いが為にサイコキネシスでドアを開ける。
「…だ、誰かいるよな…」勇太が中を覗き込むが、部屋の明かりはついていない。「ちょっと~…、勘弁してよ~…」
 鬼鮫との戦いや武彦との戦いの時の勇太は何処にいったのやらと言われても仕方ないぐらいのへっぴり腰で勇太は中へとゆっくり進んでいく。奥の客間に進んだ所で、突然背後から誰かに抱きつかれる。
「うおあああぁぁ!」勇太が反射的に抱きついてきた相手をサイコキネシスで吹き飛ばす。勇太が振り向くと男が倒れている。「はぁ…はぁ…、人…?」
「な、何が起きたんだ…!?」
「う…氏神様の神通力か!?」
「うじがみ?」
――バチィッ
 勇太が尋ね返した途端、スタンガンによって意識が途絶える。勇太は倒れ、気絶をしそうになりながらぼやけた少女を再び見掛けて呟いた。
「あ…、あの時の…―」

 ―武彦は西側にある従業員用の部屋に入り込み、盗聴器を仕掛けて部屋へと戻っていた。途中、普段は客間になっているであろう部屋に入り込み、机に指をなぞらせる。
「…やっぱりな」
 なぞらせた指を見ると、埃が指に付着している。武彦の読み通り、どうやら随分と長い事使われていない様だ。
 武彦はそれらを写真に撮り、自分の部屋へと戻った。
「…勇太のヤツ、まだ戻って来てないのか」武彦が呟く。「ったく、何処ほっつき歩いてんだか…」

――。

 朝が訪れた。
 どうやら勇太は部屋に戻らなかったらしい。時刻はまだ朝の六時だと言うのに、布団は昨夜武彦が寝る前に用意された時と全く同じだ。
「…強行手段を取る様な連中が相手かもしれないな…」武彦が煙草を咥えて外を見つめた。「勇太が…危ない…! …って、そりゃないな」
 小さく含み笑いをしながら武彦は部屋を後にした。呑気に大浴場へと向かう事にしたのだった…―。

                          Case1. to be continued…

カテゴリー: 01工藤勇太, Case1, 白神怜司WR(勇太編) |

新人探偵

IO2から武彦が離れて探偵事務所を開業させてから一か月程過ぎた頃。勇太は武彦に連れられて新幹線に乗り込んでいた。
「おわぁ…、俺新幹線乗るの初めてだ…。あっ、お弁当売ってくれる人とか来るのかな!?」
「うるせぇぞ、勇太」
「だ、だって! 新幹線って言えばお弁当売りに台車押してくるお姉さんでしょ! 名物でしょ!」
「あんなモンを名物と言うのか…。まぁ定番と言えば定番だがな」
「うおー、はえーなー! あ、草間さん! 向こう着いたら卓球勝負しよ!」
「聞いてねぇな…」
 勇太のテンションの高さや舞い上がる素振りは十二歳相応の姿だと、武彦は勇太の素振りを見ながら溜息混じりに何処か嬉しそうな表情を浮かべた。

 ―今回の探偵業は正直不可解な依頼内容だった。
 『経営している旅館での怪奇現象を調査・解決して欲しい』という類。霊媒師でもない、一介の。しかも新人探偵である武彦に舞い込んで来る様な依頼内容ではない筈だった。明らかに不思議な事件だが、武彦にとっても初めての探偵業でありながら、旅館に泊まる料金がタダだと言うのであれば願ってもいない仕事だった。

「―怪奇現象、ねぇ…」
「ん? 何か言いました?」
「いいや、別に…」
 若干の不安を胸に抱きながら、武彦は外を見つめていた。勇太はそんな杞憂を抱いた武彦の心情など露知らず、煙草が吸えなくて不機嫌になっているのかと勝手に推測していた。

――。

 ―神奈川県箱根町。
 関東の温泉街として由緒ある町並びに、独特の温泉文化が根付いている。勇太は初めて訪れたこの町をキョロキョロと見回し、第一声を放った。
「ここが箱根かぁー…!」キラキラと目を輝かせながら勇太が呟く。「すっげぇ田舎だなぁ、ハハハ」
 空気を読まずに堂々とそんな事を口走る勇太にあちこちから冷たい視線が送られる。武彦は勇太の頭を軽くひっぱたき、メモ帳を取り出してさっさとバス乗り場へ向かった。
「…勇太、テレポートで俺を連れていけ」武彦がバスの時刻表を見るなり勇太に声をかけた。
「へ? 知らない場所だし、せっかくこんな所まで来たんだからバスで行きましょうよ…。それも楽しいかもですよ」
「ほう…。この寒空で雪が降り出すと予報されている季節に、一時間以上バスを待つ覚悟がお前にはある、と言う事か…」
「はぁ!?」勇太が時刻表に駆け寄った。「…ホントだ…」
「しょうがない、タクシーにでも乗るか…」武彦が近くのタクシー乗り場へと進み、声をかけた。
「置いて行かないでよね!」勇太が慌てて武彦を追って走り出した。

 走り出して間もない頃、勇太と言えば、窓の外を流れる景色を見て口を開けて「おわー」とか「あ、湯気!」とか一人で盛り上がった様子を見せていた。
 タクシーはどんどんと駅前の栄えている雰囲気の場所から離れ、山へと走っていった。段々くねくねと曲がった山道を走りながら、途中途中にある旅館やホテルの雰囲気が、勇太の中にある目的地への期待を更に募らせる。
「しっかし、久しぶりに乗せたよ、その旅館に行くっていうお客さん」ふとタクシーの運転手が口を開いた。
「珍しいんですか?」武彦が尋ねる。
「んー、十年ぐらい前の先代の女将と館長だった頃はそれなりに客も来ていたみたいだけどねぇ。夫婦揃って事故で亡くなってからはめっきり客足も遠のいちまったなぁ」
「まぁ駅からも離れてますしね…」
「いやいや、箱根って町は駅の近くとか有名な旅館よりも、老舗の町旅館の方が由緒ある町なんだよ。立地条件なんて商売理由にはならねぇのさ」
「あとどれぐらいで着くんですか!?」突然勇太が話に割り込む。
「んー、そうだなぁ。この山超えてトンネル抜けりゃ早いんだが、あのトンネルもちっとばかし有名でな」タクシーの運転手がニヤっと笑う。「“神隠しトンネル”って謂れがあんのさ」
「神隠し?」
「…何それ?」
「中に入って抜けた先が冥府だとかあの世だとか、何しろ違う世界に連れてかれるって謂れがあってなぁ」
「成程、よくある作り話ですね…」武彦が溜息混じりに切って捨ててみせる。「…? おい、どうした?」
「へっ!?」明らかに挙動のおかしい勇太に武彦が声をかけると、素っ頓狂な声を上げて勇太がビクっとしながら返事をした。「なっ、何!?」
「ほら、そろそろ見えて来るぞ」
 タクシーの運転手がそんな事を言う。気が付けば大通りと言われる様な道路から離れ、随分と狭めな道を走っている様だ。
「く、くくく草間さん…?」
「DJみたいな喋り方だな。なんだ?」
「か、かかっ、神隠しって…?」
「まぁ人間が突然消えたり何だったり、そういった怪奇現象だな。昔っからそういう類の話はよく耳にするが…」
「あっちゃー、トンネルがなくなっちまってるなぁ」
「トッ、トンネルごと神隠し!?」勇太が運転手に喰ってかかる。
「ん? いやいや、この先がトンネルなんだがね。先日の大雨で地滑り起こしてあのザマじゃ、通れないねぇ…」頭を掻きながら運転手が呟いた。「まいったなぁ、このトンネル抜けないと、あの旅館に行く道ないんだよねぇ…」
 あまりに勇太の発言が武彦のツボにハマったらしく、武彦は腹を抱えて笑いを堪えていた。バツが悪くなった勇太は停車したタクシーから降りて土砂や岩を見に行った。武彦もまた降りてきて煙草に火を点けた。
「やれやれ、こいつは撤去されるまで待つしかなさそうだな…」
「おーい、このトンネル抜けりゃすぐなんだけど、戻るしかないだろうよ~」
「だとさ。勇太、行く―」
「―嫌だ」
「…あ?」
「せっかくの旅行だし、タダだし! こんな土砂、俺がどかすよ」勇太の目が真っ直ぐ土砂に向けられている。
「…やれやれ、まぁそれが出来るのが一番有難いけどな」武彦が紫煙を吐きながら呟く。「運転手さん、トンネル抜けてどれぐらいで着けるんです?」
「んー、歩けば十分ぐらいだなー」
「解りました。ここで良いんで、戻っちゃって下さい。お金はここで払いますんで」武彦がそう言って運転手にお金を渡す。
 運転手は山の中に放っていく事を心配していたが、武彦がさっさと帰れと言わんばかりに言葉で捻じ伏せる様に運転手を引き返させた。
「さて、勇太。人の気配もないし、やるのか?」
「うん、頑張れば温泉はもっと気持ち良い筈だから!」勇太が手を翳す。「温泉パワー!」
「何だ、そりゃ」

――。

 土砂を片付けるのに時間は大してかからず、勇太はぜぇぜぇと息を切らせながら前を見つめた。サイコキネシスを利用して次々と土砂をどかし、近くにあった倒木で土砂を塞き止め、トンネルが姿を現した。一段落したと武彦が思った瞬間、勇太は武彦を掴み、トンネルを超えた先へとテレポートをした。
「…いやぁ、片付いたね?」
「…そうだが、トンネルをテレポートでわざわざ越えなくても、二十メートルもないぐらいしか―」
「―さて! 温泉何処かなぁー!」
「…神隠しが怖いのか…」
 さっさと歩いていく勇太の背を見つめながら武彦は呟いた。
 見渡す限りの田舎道。畑や川が広がり、点々とした民家しかないその光景はまさに田舎の小さな集落の様だ。そんな中、随分と物々しい雰囲気で大きく建つ旅館は意外とすぐに見つかった。歩いて十分と言っていたが、目と鼻の先にある。

「いらっしゃいませ、当旅館へようこそ。草間興信所の方でいらっしゃいますね?」
「えぇ、そうですけど…」
 旅館に着いてすぐに深々と頭を下げて出迎えたのは中年の男だった。
「お待ちしておりました。私が依頼主、当旅館の主人です。さぁ、どうぞ。まずは荷物を部屋まで運びながらご案内させて頂きます」
「あぁ、そうでしたか。私、草間興信所の探偵、草間―」
「―草間さん、早く行こうよー!」
「…あぁ」
 社交辞令の挨拶は勇太の一言であっさりと終わりを告げた。

 部屋へ案内された二人は予想以上の広さと綺麗な部屋に思わず唖然とした。和室ならではの雰囲気と、独特な匂いが漂う室内。勇太は大喜びで部屋の中を見て回った。
「こちら、“月の間”が草間様に使って頂くお部屋となります」
「こんな良い部屋を御用意して頂けるとは。有難う御座います」武彦がそう言って椅子に座ると、主人は部屋の説明を一通り始めた。
「…それで、着いて早々に申し訳ないのですが…」
「あぁ、依頼された件についての内容ですね」
「はい…」武彦に向かい合う様に主人が座った。「この旅館は、ご連絡させて頂いた様に怪奇現象が起きていまして…」
「それの調査・解決でしたね。具体的にはどんな事が起きるのですか?」
「怪奇現象…!!?」部屋探索を終えて戻ってきていた勇太が、さながらドラマのワンシーンの様に荷物を落としながら尋ねた。「く、草間さん…? そんなの聞いてない…よ?」
「そうだったか?」
「そうだよ! 『箱根の老舗旅館のお泊り付きの依頼だぞ』って言っただけで…―」
「―そのまんまだろ?」
「ぐっ、依頼内容ぐらいしっかり聞いておけば良かった…っ」勇太がうなだれる。
「それで、具体的には?」武彦はそんな勇太を放ってそう言って話を戻した。神隠しの一件を見ていれば、勇太がそう言った類が苦手なのはすぐに解る。
「えぇ…。誰もいない部屋から子供の笑い声や走る音が聞こえたり、物が落ちたりと不可思議な事象が多くて…。そのせいでお客様の足も遠のき、今ではこうしてひっそりとした静かな旅館に…」
「…そうですか…。解りました、調べてみましょう」
「あ、有難う御座います」主人が再び深く頭を下げた。「もしも解決出来なくても、最悪書面で証明さえして頂ければ…」
「…えぇ、構いませんよ」

「草間さんの嘘吐き…詐欺師…鬼、悪魔ぁ…」
 主人が退室した後、勇太は呪文を唱える様にブツブツと文句を言い続けた。
「はぁ…。とりあえず風呂行くぞ、勇太」
「…行く!」

                          Case.1 to be continued…

カテゴリー: 01工藤勇太, Case1, 白神怜司WR(勇太編) |

乱れる心-Ⅱ

「ば…化け物…っ!」
 唐突に起こった勇太の心の暴走に、周囲は沈黙に包まれていた。そんな沈黙を砕く様に少年の一言が響き渡る。
「きゃー!」
「アイツ、何かしやがった!」
「化け物だっ!」
 周囲の生徒達の恐怖の入り混じった叫び声が一斉に響き始める。勇太はハっと我に返って周囲を見回した。非難や罵声の入り混じる声を気にも止めず、周囲の倒れた木々を見つめる。
「…(こ、これを俺がやった…?)」
 背筋を走る悪寒。もしも能力の矛先が周囲の木々ではなく、同じクラスの生徒や先生だったら…。そんな事を思うと、手が震えている事に気付く。
「…(…怖い…! 嫌だ…!)」勇太の顔が青ざめていく。「ご、ごめん…」
 勇太が近寄ろうとした瞬間、生徒達が泣き出し、逃げる様に距離を取った。勇太はそんな生徒達を見つめて足を止めた。
「く、来るな! 化け物!」
「そうだよ…、どっか行けよ…!」
「…うっ…ひっく…」
 次々に湧き出る負の感情。声なき心の声ですら、勇太の心に直接聞こえて来てしまう。痛い。勇太はそんな事を思いながらギュっと自分の胸を握った。
「や…めてよ…」勇太が頭を抑える。
「来るな…来るなぁ!」
 歩み寄ろうとした勇太に、親友だった少年の表情が歪んでいく。叫び声が胸を突き刺す。
「…(嫌だ…! こんな所にいたくない…っ!)」
 勇太の心に応じるかの様に、能力が発動する。勇太はその場から空間転移を使って消え去ってしまった。
「も、もしもし…! 警察ですか…!」
 教師の一人が携帯電話を手に電話をかけていた。

――。

「お疲れ様です!」
 周囲が勝手に道を開いていく。相変わらずのサングラスに冷たい雰囲気を放つディテクター。そんな彼が周囲の違和感に気付き、足を止めた。
「事件か?」
「え、ハイ」思わずディテクターと呼ばれるエージェント最強の男が声をかけてきた事に身を強張らせながら一人の男が答える。「何でも、巨大な力を持った子供が姿を消したとかで…」
「…子供が?」ディテクターが少し考え込む。「場所と通報人は?」
「はい、都立の小学校の教師でして、遠足中だそうです」
「遠足、か…」
「ハイ。情報が曖昧ではありますが、急ぎバスターズを送り出し、記憶操作と能力者の保護に当たらせていますが…」
「資料をもらおうか」
「は…? しかし、わざわざこの様な小さな案件、ディテクターさんの手を煩わせる必要は…―」
「―二度も言うつもりはない」
「は、はい! どうぞ!」
 男から資料を受け取ったディテクターは何も言わずにその場を去った。
「通報時刻は十時台…。もう保護されていても良い頃だが…」自室に戻ったディテクターは資料を見つめながら呟いた。既に時刻は二十時を過ぎている。「バスターズに勘付くだけの実力か、相応の能力か…」
 過ぎる少しばかり懐かしい記憶。
「元・特殊銃火器武装部隊、第一中隊隊長及び特殊銃火器武装部隊主任、工藤…。あの男の甥も、確かこれぐらいの年だったな」
 ディテクターが立ち上がり、歩き出す。

 ディテクターは基本的に危険ランクの高い仕事をこなす、ジーンキャリアや実戦部隊と共に動く。能力者の確保に実戦部隊のバスターズが動く事もあるが、基本的にはディテクターやジーンキャリアが動く事は特殊な例を除けば皆無だ。

 そんな彼がこんな小さな案件を気にかけていたのは、昔いたある男のせいかもしれない。

 部下の面倒を見る人柄としても温厚な男、工藤 弦也。彼の存在は、少なからず名前すら捨てた“ディテクター”の心を揺さぶっていた。

 ディテクターとして生きている一人の男が、唯一自らこのIO2で声をかけていた。工藤はそんなディテクターに対しても、まるで若い後輩を見ているかの様に接してきていた。口調は敬語で、物腰も柔らかいが、そんな気すらディテクターは感じていた。

「山中での少年の捜索活動はどうなった?」
 数時間も経った頃、ディテクターが再び先程の部署を訪れた。時刻は既に日付も変わり、深夜となっている。
「ハッ! 少年の保護、生徒や各関係者の記憶操作は無事に完了。現在は能力の暴走状態も見られず、安定している模様です」
「収容したのか?」
「ハイ。名前も名乗らず、今身元を照会しているのですが、何しろ人との関わりを拒んでいる様で…」
「人との関わりを拒む?」
「ハイ。捜査官が部屋に入ろうとしても、強い力で扉を抑え付けている様でして…。人の力の範疇を超えて、能力を使役しているのではないかと思われます」
「…やれやれ、引きこもりか」
「催眠ガスで眠らせる事は可能ですが、今の精神状態では再び能力を暴走させる可能性も考えられます。そうなってしまったら、下手をすれば自殺にも似た行動をするのでは、と…」
「…監視室の映像は?」
「ノイズが走っていて、映りません。音声はお互いに届く様なんですが…」
「…俺が話そう」
「え…、ディテクター。子供と話すのは…」
「ガキは嫌いだがな。暫く誰も入れるな」
「は、ハイ!」
  IO2には特殊な能力を持った危険な存在、或いは人に害をなした能力者を取り調べる際に興奮状態を抑える為の独房がある。本来ならバスターズが一時的に気絶させて連れて来るケースもあるのだが、特例がある。それは、子供の能力者と身元不明能力者のケースだ。この両方は気絶させて目を覚ました場合、その場で混乱状態に陥る可能性がある。
「…モニターはやはり駄目か」
 独房を映し出すモニターは砂嵐の状態のままだ。ディテクターも想像はつく。能力による周囲への干渉。電子機器はこれだから面倒だ、と思いながらマイクに顔を近づけてスイッチを入れた。
『起きているのか?』
 突如室内に鳴り響いた、ボイスチェンジャーを通した野太い声。
「…誰…?」薄暗い独房の中で小さな影が答えた。
『我々はお前の様な能力者を保護している団体だ』ディテクターの声が室内に響き渡る。『特殊な能力を利用し、人前でそれを使ったな?』
「違う! あれは…っ」少年が顔をあげる。緑色の瞳が、絶望したかの様に暗く濁っている。「…俺が悪いんだ…」
『…幾つか質問させてもらう。答えなければ、そこから出れないと思え』
「……」
『名前は?』
「…工藤 勇太…」
 勇太の答えに、ディテクターはマイクをオフにして小さく溜息を漏らした。予想していた面倒な事態が起こっている。思わずディテクターは舌打ちをしてマイクを再びオンへと切り替えた。
『…工藤 弦也の息子、いや、甥だな?』
「っ! 何でそれを!」勇太が立ち上がる。
『心配するな、我々は敵ではない。が、もしもお前がここで何か問題を起こそうものなら、あの男にも責任を取ってもらう必要がある』
「…っ! お願いだから…、叔父さんには迷惑をかけないで…!」勇太が弱弱しく願う様に呟く。「もう二度と人前で使ったりしないよ…。もう二度と…」
 スピーカーから聞こえる勇太の声に、ディテクターは無表情のまま暫く黙って考え込んだ。
 能力者の実に大半は力を抑えきれず、暴走させてIO2に保護される。しかし、その半数が心の疲弊によって自らの命を絶つケースも少なくはない。まさに今、このスピーカーから聞こえる声の主は後者に当たる。ディテクターはそんな事を感じながら、再びマイクへと顔を近づける。
『…力を使った事、後悔するのは構わない。むしろその方がこっちとしては好都合だ』ディテクターが淡々と話しかける。『だが、お前が二度と使わないと口にするだけの言葉を、何を以って我々が信用出来る?』
「…それは…っ!」勇太が俯く。
『お前を引き取った男に言われなかったのか? それとも、お前はその現実を甘く捕らえていたのか?』
 ディテクターの痛い程の言葉が勇太の胸に突き刺さる。確かに叔父はいつも能力を使うなと言っていた。そんな叔父と擦れ違った事もあった。スピーカーから流れる声はそんな自分を見抜いたかの様に淡々と告げた。
「…もう…使わないよ…っ!」勇太の頬を一筋の涙が伝う。「信用してたのに…こうなっちゃうんだ…! もう、俺は使わない…、信用もしない…!」
 スピーカーから流れる勇太の声。泣いているのは明白だ。相変わらずのモニターには映らないが、声の震え方でディテクターは勇太の心を理解していた。
『…少し待っていろ』
 ディテクターが携帯電話を取り出す。

 数十分後、IO2東京本部の門の前で煙草を咥えているディテクターの元へ、一人の男がやってきた。
「…お久しぶりですね」
「挨拶はいらない」ディテクターが紫煙を吐き出して言葉を続けた。「解っているな? これは…―」
「―職務規定違反、ですね」
「あぁ。解っているならさっさと連れ出せ。これが俺のIDカードだ」
「…何故、そこまでしてくれるんです?」
「…俺はガキが嫌いだ。さっさとどっかに行ってくれた方が清々する。そんな厄介なガキがアンタの引き取った子供なら、連れ帰ってもらうのが一番手っ取り早い」
 弦也が小さく笑う。
「…有難う御座います、ディテクター」
「さっさと行け。IDカードは取りに行く」
 ディテクターに弦也が深く頭を下げる。が、そんな弦也に背を向けてディテクターはさっさと夜の闇の中へと歩いていった。

「……」
 独房の中、勇太は一人で考えていた。
「…(…俺は誰も信用しない…。誰とも関わらない…)」言い聞かせる様に勇太が心の中で呟く。「…(…信用しても裏切られる…。信じて話しても、意味なんてない…)」
 勇太の頬をまた一筋の涙が伝う。勇太は誰にも見られていないにも関わらず、そんな涙を自分から隠す様に顔を俯かせた。

「…もう何も、見たくない…」
「そんな事言うな、勇太」
 不意に呟いた一言に、勇太が顔を上げる。扉を開けて、息を切らせて目の前に現われた弦也が静かに笑っている。
「…あ…っ」
 隠して拭った筈の涙がボロボロと零れる。
「…帰ろう」弦也が手を差し出す。
「…っ! ごめん…なさい…っ! ごめんなさい…!」ボロボロと泣きながら、勇太が請う様に何度も謝った。

 弦也はそんな勇太を抱き締め、静かに頭を撫でていた。

FIN

カテゴリー: 01工藤勇太, 幼少期(白神WR), 白神怜司WR(勇太編) |

乱れる心-Ⅰ

放課後の校内に、吹奏楽部の練習する楽器の音が鳴り響く。閑散とした校内に響く音は、風と共に校内を吹き抜ける様に流れていく。
「…さて、今日の練習はここまでにしましょう」
 吹奏楽部が集まる音楽室で、眼鏡をかけた若い音楽の先生が手を叩いて告げる。「はーい」と返事をしてそれぞれに楽器をしまう生徒達の中、叔父からもらったトランペットをいそいそと手入れして片付ける。
「工藤、帰ろうぜ!」
「ん! ちょっと待ってー」

 ――小学六年生。勇太の叔父の勧めによって吹奏楽を始めた勇太は、次第に周囲とも打ち解けられる様になったせいか、随分と明るい少年になっていた。叔父が心の中で自分の教育方針に満足する様に頷いて話を聞いていた叔父の顔は、笑顔だった。
 そんな勇太にも、親友と呼べる様な友達が出来た。同じ吹奏楽部で同じクラスの少年だ。彼はホルンを担当している少年で、どちらかと言うと仕切りたがる積極的な性格をしている少年だった。

「工藤、明後日の日曜暇?」
「え? 暇だけど、何で?」
 校舎から寮へと続く帰り道、不意に少年に声をかけられた勇太はキョトンとした表情で尋ね返した。
「俺のお父さんがテレビ局で働いてんだけど、収録の見学に連れてってくれるんだ」少年が嬉しそうに勇太に話す。「マジシャンが色々なマジックショーするんだってさ! 見たくねぇ!?」
「…あ、ごめん…」勇太の表情が曇る。「今度の日曜日、俺叔父さんと出掛ける約束があるんだった…」
「ちぇー、なんだ~」少年が残念そうに呟く。「じゃあさ、お土産買って来てやるよ!」
「う、うん! ありがとう」
「じゃ、俺こっちだから。また月曜日な!」
「うん、じゃあなー!」
 少年が正門へと続く道を歩いて行く。勇太は振っていた手を降ろし、そのまま俯いた。
「…テレビなんて…」勇太がギュっと拳を握る。
 幼い頃の事なんて、細かい部分まで憶えていなかった。だが、テレビに出て、ちやほやされていたと思ったら、インチキだ何だと弾圧され、勇太の母はそれが原因で心を傷つけてしまった。それ以来、勇太はあまりテレビを見ない。寮の自室にはテレビなど無く、わざわざテレビを観る為に食堂広間に集まる生徒達を横目に、勇太はいつも自室に真っ直ぐと戻っていた。
「…アイツには悪い事したけど、しょうがないよな…」勇太は自分に言い聞かせる様に呟いた。
 彼との関係を壊したくない。だから、なるべくなら一緒に遊んだりもする。それでも今回だけは勇太も曲げる事が出来ない事情だ。過去を思い出したせいで、勇太の表情から明るさが消える。勇太も明るくはなった。とは言え、まだ小学生の少年だ。不安定な育ち盛りの心は、僅かなブレにも耐えれない程に脆い一面を持っているのも無理はないかもしれない。だからこそ、叔父はいつも電話をして勇太と話をする。その日も、夕食と風呂を済ませた勇太の持たされている携帯電話に電話がかかってくる。
『勇太、今日も学校は楽しかったか?』
「…うん、いつも通り」心配かけまいと明るく振舞う。「今日さ、吹奏楽部の練習で、新しい曲やったんだ」
『そうか』叔父が小さく笑いながらそう言った。『勇太』
「何?」
『何かあったら、遠慮なく言うんだぞ。私はお前の父親だ。親子なのに――』
「―遠慮する必要はないんだぞ、でしょ?」勇太がクスっと笑って叔父の言葉を遮ってそう言う。「大丈夫だよ」
『…そうか、なら良いんだ』
「うん。じゃあ、俺新しい曲ちょっと練習するから切るね」
『あぁ。早く寝るんだぞ』
「叔父さんも、ね」
『大人の時間はこれからなんだ』叔父が電話越しに笑う。『冗談はさて置き、明日と明後日は私も仕事だから会えないが、また夜に電話する』
「うん、おやすみ」

 携帯電話を閉じて、叔父は小さく溜め息を吐いた
「…何かあった、か…」
 僅かな変化にも気付いている。昔の仕事柄、そういう部分には敏感な叔父ではあるが、勇太が話さないなら、無理に聞き出す必要はない。“父”として、見守ってやろうと小さく胸の中で誓っていた。

「工藤が行けないってさー」
 少年が家で父に告げる。広々としたリビングのソファーの上でつまらなそうに彼は足をバタバタと動かしながらテレビを見つめていた。
「そうか、用事があるなら仕方ないさ」少年の父が優しく告げる。
「でもさー…」
「やれやれ、しょうがないな…。お父さんの部屋にある好きなテープを特別に見せてあげよう」
「ホントに!? やった!」
 少年の父は少年を連れて自室へと向かう。普段は勝手に立ち入ってはいけない部屋に入れる少年は、まるで探検でもしているかの様な気分で父の部屋を見回した。
「すっげぇ…」
 一面に並べられたラベルの貼られたテープを見つめて少年は眼を輝かせる。
「今度観に行く為に、マジックでも観るか?」
「あ、そうする!」少年が綺麗に五十音順に並べられた棚のマ行を見つめる。「超能力少年…? マ行じゃないよ?」
「あぁ、それか」少年の父がテープを手に取る。「ちょうどお前と同い年ぐらいの男の子が、昔テレビで超能力を披露した事があるんだ」
「超能力って?」
「ガラスの中の物を指示された通りに動かしたり、色々だったなぁ…。まぁ、その少年はインチキだったかもしれないと世間から弾かれてしまったけどね…」
「インチキだったの? お父さんも観た事あるんでしょ?」
「あぁ。もうそのテープは他じゃ観れない。全てのテープを処分する様に言われていたからね。ただ、彼は本物だったよ。当時私もこの番組の収録に携わっていたんだけどね。誰も何も仕掛ける事もしなかった。あれには驚かされたよ」
「じゃあこれ観たい!」
「よし、約束だからな」少年の父がビデオデッキにテープを差し込み、再生する。
「…あれ…、これって…」

「工藤ってさ、超能力使えんだろ?」
「…え?」
 土曜日。突如寮の部屋まで来た少年が唐突に尋ねた。勇太の心臓が強く脈打つ。
「昨日、お父さんがビデオ見せてくれたんだ。超能力少年っての。あれお前だよな!?」興奮混じりに眼を輝かせて少年が問い詰める。
「……それは…」勇太が思わず戸惑う。能力を使ってまた転校する事になれば、目の前にいる彼との友情も、うまく行きだした学校生活も全てがダメになってしまう。それでも、目の前にいる親友の彼なら、或いは…。勇太の中に淡い期待にも似た感情が生まれた。「…誰にも言わないでくれるなら、教える」
「言わないから! やっぱお前なの!?」
「…うん」勇太が机に向かって手を翳す。すると、机に置いてあったシャーペンがフワフワと浮かび上がる。
「す、すげー!」大興奮とも言える少年を勇太は窺う様に見つめていた。「なぁなぁ、もっと大きい物とか浮かべらんないの!?」
「出来るよ」勇太が今度は机に手を翳す。すると、机にあった本が一斉に宙へ浮かぶ。
「すげーじゃん! お前、本物だな!」
「う、うん…」
 怖がられる。そう思っていた勇太の嬉しい予想外な反応。彼は勇太を見てまくし立てる様に次々と「あれは動かせる? あれは?」と注文をつける。勇太がそれに応える度に、彼は喜んでいた。それは、勇太が求めていた反応だったのかもしれない。

 ――包み隠す必要がない相手を、勇太は見つけた気がした…。

 だが、一週間と経たない内に勇太の能力は周知の事実となってしまっていた。学校での周囲の自分に対する反応が、おかしくなっている事を裏付けたのは、ある日の昼休みの出来事だった。
「工藤、ごめん!」
「え…?」
「俺さ、内緒だって言ってたお前の事、友達に喋っちゃって…。そしたら、いつの間にか皆に伝わっちゃったみたいなんだ」
「…そんな…」
「でさ、皆見たがってるんだよ。軽いので良いから、皆にも見せてやってよ」
 少年と勇太の会話に、クラス中の視線が集まる。渦中の勇太に自然と注目が集まるのも無理はない。
「…出来ない」
「え…?」
「教えちゃダメって言われてるから…」勇太が小声で言う。「だから、出来ないよ」
「ちょっとぐらい良いじゃん!」少年の雰囲気が変わる。「お前がやってくんないと、俺が嘘吐きって思われちゃうし…!」
「そうだよ、工藤」少年の横から他の少年が声をかけた。「力見せてくれれば、誰も嘘吐きなんて思わないんだからさ」
「…出来ないよ」
「なんだ。やっぱり嘘だったんじゃないか」
「アイツ、親がテレビ局で働いてるからってさ。嘘ばっか言うんだよなー」
「サイテーだね」
 教室中から非難が集まる。勇太はある意味慣れていた。やっぱりか、とでも言う様に勇太は何も言い返そうともしない。
「お前のせいだからな!」少年が勇太を睨んで教室を走り去る。
「……」
 勇太は何も言えず、少年を見つめている事しか出来なかった。

 噂は尾ひれをつけて駆け巡った。いつの間にか、勇太がグルだったとの話まで出始め、勇太までもがクラスの人間達から無視される様になっていた。親友だった少年もそうだ。勇太と一緒に嘘を吐いた。そう思われ、誰からも相手にされなくなった。
 そんな状態で行われる登山遠足は、勇太にとっても親友の少年にとっても、何も面白くはない。
「はぁ、工藤と同じ班なんてサイアク」女子の一人が口を開く。
「ホントだよね。まぁ嘘吐きなんて相手にしなくて良いし」他の女子が口を揃えて勇太を見つめる。
 人間なんて、そんなもんだ。勇太はそんな事すら思いながら何も言おうとせず、ただ遠足の最後尾を一人歩いていた。そんな勇太に向かって、一人の少年がズカズカと歩み寄った。
「お前のせいで、俺まで仲間外れにされて…」親友と呼んでいた少年。彼は涙を溜めながら汚れた服で勇太に叫んだ。「こんな事されるなら、お前なんかと友達にならなきゃ良かった!」
 何かされた事は明白だった。だが、勇太の中には怒りが生まれていた。元はと言えば、周りに言わなければ良かった。だが、そう責める事をしなかったのは、勇太が責めたくない一心で耐えていたからだ。
「…い…」勇太が俯いて何かを呟く。
「お前が力を見せてれば良かったんだ! そうすれば、俺も嘘吐きって言われたり、いじめられたりしなかった! 全部お前のせいだ!」
「…るさい…」勇太の拳が震え出す。それと同時に、周囲の木々がザワザワと騒ぎ出した。風も吹いていないのに木々が騒ぐ光景に怯える生徒もいる。周囲の生徒が笑いながら勇太達を見ている中、教師が駆け寄ろうとした。
「お前なんて…――」
「―うるさい! 黙れ!!」
 勇太の声と共に、とてつもない衝撃波が生まれ、周囲の木々が薙ぎ倒される。悲鳴が入り混じる中、勇太が少年を睨み付けた。

 勇太の心は、既に御せない所まで暴走を始めていた。

                                         to be continued….

カテゴリー: 01工藤勇太, 幼少期(白神WR), 白神怜司WR(勇太編) |

最愛なる家族

「―工藤主任、いました!」
 武力行使は正直好かない。抵抗されれば死傷者が生まれ、抵抗されずとも憎まれ役を買って出なくてはならない。私はそんな事を思いながら、普段は強行突破の任務を行う。だが、あの日だけは違った。
「…この子が…?」
 今でも憶えている。虚ろな表情を浮かべながら、緑色の瞳をした少年が私を見つめた。そして、その表情は寒気がする程、私の兄の幼い頃と瓜二つな顔をしている。まるでタイムスリップをして過去に渡ってきてしまった様な、そんな気分にすら陥る。
「工藤主任、事務手続きや医療検査がありますので、暫くこの子は施設に送る予定になりますが、宜しいですか?」
「あ、あぁ。勿論だ…。連れ出せ」
「ハッ!」
 正直、この時の部下の言葉は私を安堵させた。あまりにも兄に瓜二つな顔。私の心を見透かす様な、あの目つき。私は思わず胸を抑えながら、溜息を吐いた。
「…兄さん…」

 朝の陽射しがカーテンの隙間を縫う様に部屋を明るく照らし出す。随分と懐かしい夢を見た。私はそんな事を思いながら、身体をベッドから起こした。カーテンを開け、身体に朝陽を浴びる。雀の囀りや、揺らめく陽の光を身体に浴びながら、私は窓を開けた。東京とは違う、澄み切る様な朝の静けさが心地良い。

 季節は初夏。これから鬱陶しい梅雨に入ると思うと憂鬱な気分にもなるが、長い冬を抜けた事を実感するには丁度良い。
 早々にスーツを身に纏う。私は今、IO2の機関を離れて一般の警備会社に就職している。IO2は“虚無の境界”と呼ばれる危険な組織を危惧し、その息のかかった施設にいた勇太を危険視している。私は勇太を引き取り、守る為にもIO2を離れた。とは言え、IO2への定期連絡を怠る事は出来ず、今でも勇太を危険視するIO2の体勢には慣れているが…。それでも私は勇太と共に生きる事を選んだ。そこに、後悔はしていない。
「…これで三度目の転校、か」
 どうにも順風満帆とはいかないらしい。私はそんな事を思いながら顔を洗った。
 この日、勇太は寮付きの小学校に三度目の転校が決まっていた。原因はそう、能力使用による騒動だ。うまく誤魔化す事は出来るが、IO2にも報告をしなくてはならない。私はその度に、数少ない寮付きの学校にコンタクトを取り、勇太を転校させてきた。今日もまた、その慣れつつある作業を行う。

 勇太は既に小学校四年生。十歳にもなれば、自分が特異である事にも気付く。しかし、持って生まれた能力を使う事を禁止する私の意見を理解するというのは簡単な事ではないらしい。勇太にとっては非常に理不尽な話だろう。己の身の上に降りかかる理不尽な転校。その理由を勇太自身はあまり理解していない。

「何で? 別に能力使ったっていいじゃん」
 三度目の転校を決定したあの日、私は勇太と能力の使用に対して話をした。正直私も焦っているのかもしれないが、勇太はふて腐れる様に私にそう告げた。
「力のない者は未知の力を恐れるものなんだ」
「俺は怖がられる様な事してないよ」勇太が私の顔を見ずに呟く。「ジャングルジムから落ちそうになったアイツを助けただけじゃんか」
「それでも、なんだ」この時の私は随分と困った表情を浮かべていただろう。「勇太がやろうとした事は間違っていない。友達を助ける事が出来るのは、勇太だけにしか出来ない事だったろう」
「だったら良いじゃん!」
「それでも、能力を人前で使ってはいけない」
「意味解らないよ!」
 ジレンマだ。私は勇太が人を助ける為に能力を駆使した事を知っている。私だって、本当は褒めてやりたい。だが、私は一人の男ではなく、勇太の父だ。教えるべき事を教える為なら、私は強引にでも話をするしかない。葛藤が続く心を必死に堪えながら、私は部屋を走って出て行く勇太を見つめていた。

 なるべくなら東京という街には住みたくなかった。私はなるべく都心から離れ、勇太をかくまう様な生活をしてきた。しかし、寮付きの小学校はそうそう存在しない。私は意を決し、再び東京の街へ戻る事にした。幸い、仕事の関係上、私も東京への転勤を希望するチャンスがあった。荷物を整理した私と勇太の普通より少なめの荷物を引越し業者に委ね、私達は再び東京の街へと戻ってきた。
 道中の勇太ときたら、私からすれば随分困った拗ね方をしてくれたものだ。私の言葉に口を開かずに指をさして答えたり、頷いてみせたり。昔の勇太に比べれば、今の方が可愛げがある気すらするが、勇太は東京までの車の中、道中は一言も喋ろうとはせずにムスっと外を見つめていた。

「学校は明日からだから、今日からここがウチだぞ」私の言葉に、勇太はマンションを見つめて興味津々といった顔をしながら私を見る。が、怒っているアピールはどうやら続くらしい。勇太はまたプイっと外へ顔を向けた。
 私の後に続く様に勇太がついてくる。が、部屋に入るなり靴を脱ぎ捨てて私の前を走り去る。やはり早く中が見たくてウズウズしていたらしい。勇太の表情がそれを物語っている。
 引越し業者が私達が来るより先に来て荷物を運び入れてくれていた。私と勇太がついたのは、事後の荷物チェックをしている最中だった。
「それでは、有難う御座いましたー」
 私に鍵を返し、引越し業者の面々はぞろぞろと帰っていく。私は勇太に勇太の部屋の場所を教え、私は私で自分の荷物を整理していた。勇太はとりあえず家の中を見回るだけ見回り、私が荷物を整理している横でプラプラと様子を見ていた。
「お、懐かしいな」私が不意に手を伸ばし、ケースを開ける。そこには金色に輝くトランペットが昔のままの姿で横たわっていた。「こんな事でもなければ、持っている事すら忘れていただろうなぁ」
「…ラッパ?」不意に勇太が近寄って来て尋ねる。
「トランペットだよ」私は笑いながら答えた。「興味あるのか?」
「べ、別に…」とは言いながら、勇太の目はチラチラとトランペットに向けられている。
「よし、勇太。今度の学校で吹奏楽部でも入ったらどうだ?」
「え? やだよ~」
「そうか…。じゃあもうこのトランペットは吹かないし、処分してしまおうか…」
「え…?」
「勇太が吹いてくれるならこれをあげても良いんだがなぁ」
「勿体無いよ、捨てるの…」
「そうだがなぁ。楽器はどうしても使う人間がいないとダメになってしまう。私が使わないまま、勇太も使わないなら持っていても仕方ないからな」
「…ダメになっちゃうなら、やる」
「いや、楽器に興味ないなら無理にやれとは…―」
「―やる!」勇太がトランペットをふんだくり、声をあげる。
 私の方が一枚上手な様だ。私は勇太がどう言えば答えるか解っている。だからこそ、勇太はちょっとした興味を持っただけのトランペットを使わせられる。一つの楽器の音が合奏によって一つの音楽になる時の素晴らしさ。それを私は知っている。それは人間関係とさして変わらない。今の勇太にはそれを気付いてもらいたい。私は勇太にトランペットを押し付ける事に成功した。
 とは言え、勇太は練習する事はあまり好きではないらしい。最初は随分と嫌々やっている様な表情を浮かべていたが、その度に私が「嫌なら捨てるから辞めても良い」と言えば、その度に勇太は「やるってば!」と反論する。何でも卒なくこなしてきた幼い頃の兄とは、顔は似ていてもそういう所は似ていないらしい。そう思うと私は思わず笑ってしまった。

 新しい学校に入り、さほど離れていない寮に勇太が移った。やはり一人で暮らすには、このマンションの2LDKという造りは広く感じる。私はそんな事を思いながら、再び仕事に追われる日々を送る事となった。そんな折、私が休みの日、勇太が家へと帰ってきた。
「発表会?」
「うん。今度、吹奏楽部の発表会があって、俺も出るんだ」勇太が私に向かって自慢げに言う。
「へぇ~、随分頑張ったじゃないか」私の言葉に勇太の顔がほころぶ。「来週の土曜日か…」
「うん…」何か言いたげに勇太が俯く。
「…仕事だが、二時なら抜けれるかもしれないな」私には解っていた。勇太がこんな表情をするのは、私に何か言いたい時だ。甘え下手な勇太だが、隠すのもどうやら下手らしい。「私も見に行くよ」
「…っ! で、でも仕事は…―」
「―大丈夫だ、何とかしよう」
「…うん!」
 とは言ったものの、果たしてどうなるものか…。

 そうして当日、私は仕事を無理言って途中抜けさせてもらい、発表会の会場へと向かって車を走らせた。既に開始時間から数十分経ってしまっているが、勇太のいる学校の演奏時間に間に合わせる事さえ出来れば、と私は急いだ。
 会場へ走る。どうやら勇太はこれから出番の様だが、緊張しているせいか私が間に合わなかったせいか、随分落ち込んだ表情をしている。
「はぁはぁ…!」息を切らしながら、整える。「勇太ぁ!」
 会場内が一斉に私を見る。勇太のクラスメイトも勇太も、私を見て驚いている様だ。
「頑張れ! 勇太ぁ!」
 私を見るなり恥ずかしそうに勇太が俯く。

 どうやら、私も随分お騒がせな性格らしい。勇太よりも目立っている私は、何も考えずにただ手を振って応援していた…。

                                          FIN

カテゴリー: 01工藤勇太, 幼少期(白神WR), 白神怜司WR(勇太編) |

手を繋ごう

「特殊銃火器武装部隊、第一中隊隊長及び特殊銃火器武装部隊主任、工藤主任」背後から突如声をかけられる。
「よしてくれませんか。その長い呼び名は私には不釣合いな程に堅苦しい」笑う様に振り返る。「ディテクター」
「実験動物の経過はどうか、報告書を提出する様にとの上層部の指示です」
「ははは…、実験動物ですか…」困った様に笑う。「元気ですよ。ただ、私の言葉に返事もせず、部屋の隅からじっとこっちを窺っているので、接し方には困りますが…」
「俺はそんな事に興味はない。用向きは伝えた。上層部を怒らせると面倒だぞ」カツカツと踵を踏み鳴らしながら、ディテクターと呼ばれる男は歩いて行った。
 相変わらず不気味な雰囲気を持った男だ。私は溜息混じりに自分のデスクへと戻って行く。IO2エージェント最強の男。彼の素性を知る者は我々の様な末端の兵には知らされる事はない。何処か不思議な男で、いつも煙草の臭いを身に纏っている。

 私は自分のデスクに戻り、パソコンを起動させた。デスクトップ左に位置するアイコンの群れから、『経過観察報告書』と書かれたファイルを開く。
 “工藤 勇太”。それが、ディテクターが実験動物と称した私の甥っ子。本当の事を言えば、私はこの作戦に参加するべきではなかった。何故なら、私は最初知らなかったのだ。私自身に、まだ“家族”がいるとは。ついデスクに座って天井へと顔を向け、考え込む。

――。

「今回の実験施設は今までに類を見ない規模と資金で人体実験を行っていると思われる。よって、特殊銃火器武装部隊の諸君には武力制圧を以って、これを制圧する!」
 主任として全銃火器武装部隊集会で私はそう叫び、声を荒げた。
「ご苦労、主任」
「ハッ!」私に一声かけた若いエリート。不本意でも我々は立場が上の者に服従しなくてはならない。
「尚、今回の作戦には工藤主任“以外”の者に参加をしてもらいます」男の言葉に会場内は騒然とする。
「…っ!? どういう事ですか?」
「工藤主任の血縁者が施設にいるとの情報が入っています。工藤主任の甥っ子になるそうですが…、事実関係は取れていないのですか?」
「…っ! …確かに私には兄がいましたが、今は連絡も取れず、消息を絶っていますが、それと私は…っ!」
「そのお兄さんの子供だと有力視されている子供がいるんですよ」男がそう言い放つ。「その事については後程、召喚尋問がかけられるでしょう。では諸君、予定通り明日の決行に備え、今日はゆっくり休んで下さい」
 男の一礼と共に、部下達が何かを言いたげな表情をしながら会場を後にしていく。無理もない。ここで私を行かせてあげてくれとでも言おうものなら、自分の首を切ってくれと差し出す様な物。IO2はその秘密主義のシステムによって、その秘密を守れない可能性のある者、言わば反乱分子を切って捨てる。合理的且つ徹底された管理が根付いているのだ。私は思わず歯を食い縛った。
「工藤主任、二時間後に第三会議室へ来て下さいね」若いエリートの男が嘲笑うかの様に肩を叩く。
「…はい…~っ」

 二時間後、私は言われた通りに第三会議室の前へと足を進めていた。特殊銃火器武装部隊のメンバーは上層部の目が届かない所では私の肩を持ってくれたが、私の憤りは収まる事はなかった。
「失礼します」暗く重い空気に包まれた室内へ私は通された。
 ここは通称、尋問部屋。第三会議室とは名ばかりの、罪を犯した隊員を裁く為に呼び出す部屋。呼ばれる事はあるまいと思っていた私が、この場所へと呼び出された。
「特殊銃火器武装部隊、第一中隊隊長及び特殊銃火器武装部隊主任、工藤。キミがここへ呼ばれた理由は他でもない。キミの兄の件だ」先程の壇上での男が再び私の前に立っていた。「我々は社会の体裁などは気にしないが、キミの兄がこの人体実験を行っている組織と関係を持っているのではないかと危惧している」
「…どういう…事ですか…!」ギリっと拳を握り締めた。
「キミの兄をこの施設で見たという目撃情報もあがっているのだよ。キミの近親者なら、キミもこの組織と関係があるのではないか?」嘲笑う様に私に向かって言い捨てる。「だからこそ、我々はキミをこの任務から…――」
「―疑うというなら構わない!」私は立ち上がり、辞表を叩き付けた。「私に甥がいるのなら、私が救ってみせる! もしもそれが気に入らないと言うなら、これをこの場で受理し、私を追い出してみせるがいい!」
 私の言葉にしばしの沈黙が流れた。男は驚き、言葉にならない様な顔をして私を見ていた。
「好きにさせてやれば良い」不意に背後から声をかけられた。
 気配もなく暗闇の中に座っていた男が煙草に火を点け、天井へと紫煙を吐き出した。
「ディテクター、キミまで何を…」
「ディテクター?」その名に私は覚えがあった。若くしてIO2最強のエージェントとして名を知らしめた男の呼び名。極度のスモーカーで、人との関わりを気嫌うと言われる謎の男。
「下手な真似をして、事件を闇に葬ると言うつもりならその場で俺が撃ち抜いてやる」サングラス越しに冷たい殺気を感じる。「好きにやらせてやれば良い」
「しかし…っ!」
「どうせこの男はここを辞めてでも行くだろうよ」
「…っ! あぁ…」
「…~~っ! 解りました…。ディテクター、キミの措置に任せよう…」
 ディテクターが部屋を後にし、私はディテクターを追った。一言、挨拶を言うつもりだった。
「有難う御座いました、ディテクター」
「礼を言われる事はしていない。下手な真似をすれば俺がお前を撃つ。それだけだ」

 ―これが、ディテクターと初めて会った日の事だった。あの時から不意に姿を見せては何かを言って彼は私の前から姿を消す。理解するには至らないが、彼なりに私を気に入ってくれているのかもしれない。

 勇太は酷い状態で発見された。身体は痩せ細り、注射のせいか傷だらけにされた腕と、身体に点々と広がる痣の数々。後の検査によると、薬物投与によって瞳が緑に変色し、信じられない事かもしれないが、性的虐待の実態が判明した。私が勇太に触れる度に極端に身体を強張らせる理由は、性的虐待によるものだそうだ。

 ―私は、勇太を助けたい。それは、兄という存在に振り回される私と同じ様な苦しみを、あの子にまで味あわせたくないからだ…。

 あくる日、私はやっと休暇を取り、勇太を連れて遊園地へと遊びに向かった。が、勇太はどうやら全然楽しくないらしい。私は勇太を楽しませようと必死に色々な場所へと連れて歩いた。そんな折、穏やかだった天気が一変し、強風が吹き始め、観覧車が止まってしまった。
「乗り込む前で良かったな」私が勇太にそう言った瞬間、再び突風が襲い掛かった。
 その瞬間、止まっていた観覧車が強風に煽られ、子供が外へ放り出されてしまった。落ちる寸前の所で何とか子供がしがみつく。
「…っ! 勇太、ここで待ってるんだぞ!」勇太にそう告げ、私は一目散に観覧車へと登っていった。
 大勢の観衆の中、私は子供の元へ辿り着き、子供を抱き上げた。ホっとしたのも束の間、再び突風が私達を襲い、吹き飛ばした。
「くそ…っ!」私は手を伸ばすが、子供を抱いたまま外へと投げ出された。せめて子供だけは守らなくては、と思いながら私は子供を抱き締め、勇太を見つめた。その瞬間、勇太が手を伸ばす。
 二人が地面に直撃する寸前、ふわりと二人の身体が浮き上がり、地面へと降り立った。周囲からは騒然とした叫び声やら拍手やらが巻き起こり、幼い子供の両親が駆け寄ってきて私に何度も頭を下げた。私はすぐに勇太の元へと駆け寄った。
「…助けてくれたのか?」私の問いに、勇太は何も言わずに小さく頷いた。「ありがとう」
 何処となく、勇太が微かに笑った様に見えた。
「帰ろうか。晩御飯は何がいい?」いつも聞くが、返事の返らない問い。私が前を見て歩き出そうとした瞬間、勇太が私の手を取った。
「…エビフライ…」
 どうしようもなく、だらしもなく泣いてしまいそうだった。私と勇太はその日、初めて手を繋いで帰路へとついた…。

                                    FIN

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大人の事情

 燃え広がる炎が天井付近へと立ち昇る。
「クソッ…! 早く消さなくては…!」男が急いで火を消すべく、消火活動を始めた。「時間がない…。気付かれる前に…―」
「―ドラマチックな展開な所で悪いんだけど…」声と共に炎が一瞬にして球体の中へと包まれた。水が宙でプカプカと浮かび上がり、炎をあっさりと消火した。「何してんの?」
「…は、ははは…。なぁに、ちょっと料理をしようとしていたんだがな…」苦笑いを浮かべながら、中年の男性がバツ悪そうに勇太へと振り返った。
 春休み。久しぶりの休暇が取れた事で、叔父が勇太の家へと日帰りで遊びにやってきた。忙しくしている人なのでなかなか会えないが、勇太にとっての家族だった。家事はからっきしダメで、仕事一筋に生きている男。それが勇太にとっての叔父の印象の大部分を占めている。それでも、幼少期の事から、勇太は叔父に感謝してもしきれない程に感謝している。
「はぁ…。ま、ファミレスでも行く?」消火活動とは名ばかりのボヤ騒ぎをあっさりと片付けた勇太が叔父にそう言うと、叔父はタハハと苦笑いをしながらその意見にあっさりと賛同した。

 ―いつものファミレスに着く。店員に案内されるままに勇太は席へと移動し、座ってメニューを見る。水を持ってきた店員を叔父が呼び止める。
「勇太はエビフライセットで良いんだろ?」叔父が唐突にそんな事を言い始める。
「かしこまりました」
「ちょ、何でいつも外食するとそうなんのさ!」
「ん、違うのか?」叔父と店員の顔に?マークが浮かぶ。
「……」
「じゃあエビフライセットとこの日替わりランチで」叔父はそう言うと店員はかしこまりました、とメニューを持って席を後にした。
「ったく、子供扱いしてさぁ…」
「何を言ってるんだ。お前、他に何も頼もうとしなかっただろう」
「……むぅ…」
「ハッハッハ、そう膨れるな」叔父はそう言って勇太を優しく見つめた。「学校はどうだ? 友達ともうまくいってるのか?」
「うん、それなりに…」
「勉強はどうだ? こう見えても叔父さん勉強得意だったから、教えてやるぞ?」
「だぁ、もう! 俺の事は良いからさ! 叔父さんこそ結婚しないの?」
「バカ言うんじゃない。お前が立派に大学出て生活するまで、叔父さんは良いんだ」
「良くないよ。叔父さんだってもう良い歳だろ? 俺は俺でバイトもしてるんだし、大丈夫だって」
「だめだ。学生なんだから勉強が本分だろう。叔父さんは今はお前の事が心配だから、結婚なんて考えたりはしてないさ」
「そうやって俺を理由にしてさぁ…。本当は相手いないんでしょ」
「…よし、勇太。一度きっちり厳しく躾けた方が良さそうだな…」
「望む所だよ…」
「…ぶっ、アッハッハ!」叔父が先に我慢出来ずに噴き出してしまった。「いや、許してくれ。ついお前とこうして会って話せるのが楽しくてな。口うるさくなってしまった」
「…ったく、叔父さん変わらないなぁ…」
 二人のやり取りはまるで親子そのものだった。言い過ぎても笑って許し合える関係。そんな関係だからこそ、勇太は減らず口を叩いていられる。叔父もまた、勇太のそんな性格を解っていた。

 メニューが運ばれた後も、二人の会話はごく日常的な親子間の会話だった。学校や友達。バイトの事なども聞かれたが、勇太はそれをうまく避けながらバイトの内容の話まではしようとしなかった。それはそうだ。叔父は勇太が草間興信所で働いている事も、武彦の事も知らないままだったのだから。ちなみに勇太にとっての草間興信所は、“草間会計事務所”という名前で叔父に知らせていた。

――。

 食事を終えた二人はファミレスを後にして駅へと向かっていた。叔父は仕事柄、大型の連休はなかなか取る事が出来ない。勇太はそんな叔父の仕事の詳しい内容までは知らない。叔父に引き取られてから、転々とした生活を送る事が多かったせいで忙しいという事以外にあまり気にかける事はなかったのだった。
「…ん?」不意に向こうから歩いてきた男が勇太を見て歩みを止めた。「よう、勇太」
「あ、草間さん…」勇太は声をかけてきた武彦を見て思わず表情を強張らせた。
「知り合いか?」叔父が勇太に声をかける。
「あっ、あ~っと…。ほら、俺がバイトしてる先の所長さんだよ」乾いた笑いを必死に捻り出す勇太は武彦へとテレパシーを送った。
『適当に話合わせて下さい!』
「あぁ、草間会計事務所の所長さん、でしたか。甥がいつもお世話になっております」
「へ…? あぁ、とんでもない。こちらこそ、彼にはいつも色々な案件を手伝ってもらってますから」ジロっと勇太を軽く睨み、武彦はそう言って作り笑いを浮かべていた。
「どうでしょう? 甥と言うよりは、私にとっては息子同然。しっかりと働いていますか?」
「ちょ、叔父さん!」顔を赤くして勇太は言葉を遮らせようとするが、叔父はお構いなしに武彦へと詰め寄っていた。
「えぇ。若いのに随分と立派な青年だと、私は思っていますよ」
「く、草間さんまで…!」
「勇太、叔父さんは所長さんにお前の話を聞く義務があるんだ」叔父はそう言って武彦に顔を向けた。「ほんの少し、お時間よろしいですかな?」
「えぇ、構いませんよ」武彦はそう言って叔父について歩いた。
 三人はすぐ近くの公園へと入った。冬が終わり、風が暖かい。勇太にとって初めて武彦と会ったこの公園は、今でもたまに訪れる想い出の場所だった。
「勇太、コーヒーを買ってきてくれないか?」叔父はそう言って千円札を渡した。「草間さんもコーヒーで?」
「あぁ、頂きます」
「うん…」武彦と叔父を二人きりにする事を心配しながら勇太は近くの自販機へと小走りで向かった。
「…お久しぶりですね」叔父が声を潜める。「アナタに会うのは、あの子の救出をしたあの時以来になるのですか…」
「やはり憶えてましたか」武彦もまた声を潜めて会話を交わした。「勇太はアナタの仕事を知らないのですか?」
「…なるべく影の世界から引き離そうと思っていたのですがね…。五年前の大きな虚無の動向の時から、アナタのお世話になっている事は知っていました。尚更、私の仕事は改めて言う時が来るまで言わずにいるべきかと…」
「…そうですか…。お互いに、隠し事をあの子にするのは心苦しい所もありますね」武彦はそう言って煙草に火を点けた。
「ははは、まさかアナタと勇太の事で語り合う日が来るとは思いませんでしたよ」
「まったくですね」
 二人の間に穏やかな時間が流れる。勇太という存在を中心に、家族の様な繋がりすら感じる。武彦も叔父も、そんな事を感じていた。
「買って来たよ~って、何の話してたのさ?」
「いや、別に?」武彦が軽く笑って紫煙を吐いた。
「大人の都合ってヤツだ」叔父もまた、軽く笑っていた。
「…? 意味わかんねぇ…」小首を傾げながら勇太は呟いていた。

 頭上に咲き誇る桜が、春の訪れを物語っている穏やかな暖かい日の物語り…―。

                                   Fin

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

ライターより。

いつも有難う御座います、白神 怜司です。

何やらインフルエンザという事で、
体調の具合はいかがでしょうか?

インフルエンザは私も去年かかりまして、
何も出来ない歯痒さや体調の辛さは解ります…。

という事で、超速で書かせて頂きました、
異界とこちらを納品させて頂きました。

体調が落ち着きましたら読んで下さいね。

それでは、お大事になさって下さい。

白神 怜司

カテゴリー: 01工藤勇太, 幼少期(白神WR), 白神怜司WR(勇太編) |

好敵手なるべく

「よう。お前も通院命令か?」武彦が声をかける。
「…フン。貴様に関係ないだろう、ディテクター」鬼鮫がそう言うと、武彦の手に持っていた桐の箱に目を移した。「見舞いか?」
「あぁ、そんなトコだ」
「…見舞いとして、良い品を選ぶセンスはある様だな」鬼鮫がそう言って武彦の横を通り過ぎていく。
「…? なんだ、鬼鮫のヤツ。このメロン知ってやがったのか?」

――。

 武彦が帰った後の病室で、勇太は一人静かに外を見つめていた。IO2や虚無の境界。武彦の問いかけに、勇太はただ自分の意志を伝える事しか出来ずにいた。それが正しい事なのか、間違っている事なのかは勇太には未だ解らなかった。
「…失礼してるぞ」
「どわぁ!」
 突如ベッド横から野太い声。IO2のジーンキャリアである鬼鮫がそこには立っていた。予期せぬ来訪者に、勇太は思わず口を開けて声なき声を出し続けていた。
「…どうやらメロンは気に入った様だな」部屋に置いてあった筈のメロンがなくなっている事に気付いて鬼鮫が声をかける。
「えっ!? あれアンタが持って来てたの!?」
「あぁ。何度か来ていたのだが、なかなか時間が合わなかった様だからな。部屋に置いて帰る事が多くてな」
「…(やっべぇ…、草間さんにあげちゃったよ…)」
「どうした? 顔が随分引き攣っているが?」
「あ…アハ…ハハハ…! メロン! メロンね! 美味しく頂きました! あの鮮やかな緑色は良い! 美味い! アハハハ!」
「…俺が持って来ていたのは夕張メロンだが…?」
「…あっ…?」しまった、と勇太は顔を強張らせた。
「…さっきまで誰か来ていた様だが、ディテクターか?」
「え? う、うん…」話題が逸れた事に安堵していた勇太は何も考えようともせずにそう答えた。「ど、どうして知ってるのさ?」
「さっき擦れ違ってな…」鬼鮫は静かに鞘に収まった愛剣を握り締めた。「桐の箱に入った、偶然にも俺が貴様にやったメロンを抱えて歩いていたのでな…」
「ぶっ! ちょ、ちょっとタンマ!」明らかに殺気を放つ鬼鮫から逃げる様にベッドから身を引く勇太は手を出して叫んだ。
「貴様、俺のメロンをディテクターにやったな…? 俺のメロンが喰えねぇって言うつもりか…?」
「だぁー! メロン嫌いなんだよ!」
 鋭い音を立てて剣が引き抜かれる。鬼鮫の眼光はトレードマークとも言えるサングラス越しからも伝わる程の鬼気迫る殺気を放って勇太を見据えていた。
「良い度胸だ…。やはり相容れぬ様だな、小僧…」剣を構えて勇太へと切っ先を向けた鬼鮫は静かにそう呟いた。「やるか、小僧…」
「…お、鬼鮫さん~? 顔がマジ…本気と書いてマジですよ~…?」
「いつかの戦いも、お互い決着が着いていないからな…。それとも、臆病風に吹かれたか?」
「…なんだって?」勇太は鬼鮫のちょっとした挑発に容易く乗っていた。「良いよ、望む所だ…!」
「おもしれぇ…。今日こそ貴様の泣きっ面を拝ませてもらおうか…」
「へっ、返り討ちにしてやるよ!」勇太がテレポートをして一瞬で鬼鮫の背後へ回りこむ。「喰らえ、新能力のグラビティー…―」

 ―ガッ! バチコーン!

「いってぇ!」
「ぐっ…!」
 不意を突かれて勇太と鬼鮫が一撃を喰らう。
「…な・に・し・て・る・の?」ニコニコとした笑顔の看護婦がそこには立っていた。とは言え、相当な青筋が表情を走っている事から、危険な域にいる事は一目で推測出来る。
「ちょ、いや! それにしたって、バインダーで平手打ちなら解るけどさ! 何で俺だけ角!? 刺さるよ!? 刺さったよ!?」
「…水を差すな」
「アンタ達ねぇ…」一瞬にして強大な殺気が部屋を支配する。勇太も鬼鮫も一瞬にして戦意喪失する程の圧倒的な恐怖が背筋を走る。「バインダーが刺さる? 水を差す? 危ないクスリでも注射してあげましょうかぁ?」
「…いや、おねえさーん…? だれうま~…?」
「…え、遠慮させてもらう…」
「こちとらIO2の病人看て食ってんだ! あんまりナメた真似してっと○○○に××××して注射器で○○○○するわよ!?」
「ヒィィ~…!」

――。

 広がる青い空。白い雲。穏やかな陽気…。勇太はそんな空気を肌で感じながら空を見つめて呟いた。
「あぁ…、生きてるって素晴らしい…」傷だらけの顔で。
 結局、鬼鮫と勇太は散々説教(+お仕置き)された上に、病室を片付けるからと言われ追い出され、行くアテもなく屋上へとフラフラとやってきた。
「…フン、貴様が余計な事をするからだ…」傷だらけパート2が呟く。
 すっかり戦意を削がれた二人はただボーッと空を流れる雲を見つめていた。何とも滑稽かつむさ苦しい光景だが、二人はそんな事を気にしたりはしなかった。
「…小僧」傷だらけパート2、もとい鬼鮫が口を開いた。「あれだけの事があった後だ。傷や後遺症は残っていないのか?」
「工藤 勇太」
「…?」
「俺の名前は工藤 勇太! 小僧じゃない」
「…フン、俺からすれば小僧だ」鬼鮫が少しだけ笑っている様に勇太には見えた。
「あれだけの事って、看護婦さん? 訴えるつもり?」
「…解っていて言っているんだろう…」
「…バレたか」苦笑いする勇太は自分の掌を見つめた。「後遺症かは解らないけど、俺の能力が強くなってる気がする…かな…?」
「ほう、それは良い事だ…」鬼鮫が呟く。「貴様があの程度なら、面白くない所だがな…。強くなれるには越した事はない…」
「…アンタはどうなのさ? 俺が暴走してた時、アンタも死に掛けてたじゃないか」
「フン、甘く見るな。あの程度、どうって事はない。ジーンキャリアである俺にはすぐに治るただの軽い傷だ」
「…便利な身体だねぇ…」
 二人の間を穏やかでゆっくりとした時間が流れていた。
「…貴様はどうする?」
「え?」
「戦いの中に身を投じた者は、その魅力の虜となる。生きる歓び、強者と渡り合う昂揚。超越した能力に、その媚薬はあまりにも甘美だ。貴様はそれを感じなかったか?」
「…俺は…――」
 勇太は少し言葉を濁した。自分の能力の暴走によってもたらされた、あの戦闘。そこに鬼鮫の言う様な感覚はなかった。自分の意志に反した戦いを強いられ、その中で殺して欲しい、と武彦へ願った。しかし、それだけではない。百合との戦いで自らの能力を自らの意志で使う。そして、勝った事。それは勇太に少なからず感動を与えた。人の為に本気で戦う事に、いつもとは違う感覚を感じていた。それは勇太も否定出来ずにいた。
「…少なからず、皆無ではなかった様だな…」鬼鮫が呟く。
「まぁ、ね…。でも、俺は暴力を振るうのは嫌だ。だから、守る為になら戦う。俺にとってのフツーの生活や、大事な人を守る為なら、俺は戦うって決めた…」
「…良い答えだ」再び鬼鮫が笑った様に見えた。
 意外な反応だった。鬼鮫は最初会った頃より丸くなった様な気が勇太はしていた。それは唐突な変化ではなかった。拳を混じりあったからこそ通じる様な、そういう変化かもしれない。勇太にそんな青春思考はなかったが、それでも勇太にとっての鬼鮫という人間のイメージは多少変わりつつあった。
「あ、あのさ…。メロン、俺は嫌いだけど…ありがと…」頬をポリポリと掻きながら勇太がお礼を言う。
「フン、嫌いなら嫌いと言え」
「いや、アンタがくれてるとか知らなかったし!」
「…何処が嫌いなんだ? メロンが嫌いなヤツなんぞ、そうそういないモノと思っていたが?」
「んー、ホラ。あれってさ、汁多いよね?」
「あぁ」
「汁ついたりしたら、かゆかゆー!ってなるじゃん?」
「……」
「味は嫌いじゃないけど、あのかゆーいのがダメでさ~…」
「…やっぱガキだな」
「な、なんだよ!」
「フン…」鬼鮫はくるっと踵を返し、コートを翻らせた。
「帰るのか?」
「あぁ…」振り向きもせず、鬼鮫はそう言って歩き出すが、不意に足を止め、振り返った。
「……?」
「いつか、ちゃんとした決着を着ける。それまで野垂れ死んだりするんじゃねぇぞ」
「…な、なんだよ。改まってさ…」

「俺の好敵手が、また一人増えたという事だ…」

「へ?」
 鬼鮫はそう小さく呟くと、それ以上何も言おうとはせずにその場を立ち去って行った…―。

                               Episode.12.5 Fin

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