それぞれの思惑

「…こ、これは…!」勇太が病室へ戻ると、そこには随分と立派な桐の箱に入ったメロンが置いてあった。
「お、美味そうなメロンじゃねぇか」武彦が背後から箱を見てそう言うと、勇太は深い溜息を吐いた。
「草間さん、いります? 俺メロン好きじゃないし」
「お、もらって良いならもらうぞ」武彦は上機嫌にそう言ってメロンを忘れない様に自分の荷物と一緒に机へと置いた。

 あの壮絶な戦いの日々から一週間。勇太はIO2の紹介と医療費の負担を受けながら、IO2専用の医療機関で入院生活を送っていた。これと言って身体に異変はないのだが、慎重に治療を受ける様に武彦に言われた為、勇太は渋々それを承諾していた。

「それにしても、随分久しぶりの平穏って感じだなぁ」勇太がベッドから窓を見つめる。「あれから未だ一週間しか経ってないのに、随分と昔の出来事みたいだよ」
「そうだな…。まぁ激動の日々だったからな」武彦が煙草に火を点ける。
「草間さん、病室って基本的に禁煙じゃ…」
「あぁ、ここはあくまでも医療機関だ。煙草吸ったって大事にもなんねぇんだよ」武彦がそう言って紫煙を天井へと吐きだした。「それにしても、IO2への勧誘断ったらしいじゃねぇか」
「ん、まぁね…」勇太がポリポリと頭を掻きながら言葉を続けた。
「あぁ。お前を訪ねてきたエージェントが肩を落としてたぞ。考える素振りもなく『嫌だ』って言われたのは初めてだ、とさ」笑いながら武彦がそう言う。
「ん~~、なんとなく嫌だったんだ…。草間さんは違うけど、他の人達は…さ」
「へぇ…、お前洗脳されてた時の記憶はないんだろ?」
「うん。でも、嫌な“想い”は感じてたから。冷たくて、嫌な感情っていうか…」
「…フ、動物みたいだな」
「あー! バカにしただろ!」
 二人の談笑は暫く続いていた。武彦にとって、勇太にとって。お互いの関係は信頼を築いている。武彦は勇太の仕草が以前とは違う柔らかさを持っている事に気付いていた。少年らしい、年相応の態度。武彦にとっては微笑ましい姿だった。
「…うん、良かったよ」武彦が急に穏やかな表情を浮かべて言葉を続けた。「年相応の顔する様になったな、お前」
「…へ?」
「お前と最初に会った頃、お前は暗く沈んだ所にいる様な気がした。今みたいに笑う事も、感情もなく、な」
「…草間さん…」
「ま、どっちにしてもお前は今みたいに笑える方が良いかもしれないな」
「な、なんだよ…、それ…」勇太がボフっと勢い良くベッドへと倒れ込んで背を向けた。「…でも、さ。アイツは、今もそんなトコにいるのかな?」
「…柴村 百合か?」武彦が煙草を咥えたまま天井を見つめた。
「うん…。アイツの精神の中に入った時、見たんだ。IO2の人間が、虚無の境界を押さえる為に、アイツの家族とも呼べる人達を次々と殺していった」
「…悲しい事かもしれないが、IO2と虚無の戦争はずっと続いている。お互いがお互いを殺し合う事に、疑問すら持たないのかもしれない」
「…それって、おかしいよ…」
「…戦争は、少なからず人をおかしくしていく。お前もその渦中に飛び込まされたら、何かが変わる事だってあるかもしれない」
「それでも!」勇太が起き上がって武彦を見つめる。「殺し合って憎しみ合うなんておかしいよ…。俺と年も近いのに、アイツは俺にとっての…アンタみたいな人がいないなんて…」
「…違う形で、アイツを少なからず救ってくれてるのかもしれない」武彦は勇太を見つめた。「どんな形になっても、それぞれが自分の中に“支え”を持つんだ」
「…草間さんにとっての“支え”って、何?」
「…さぁな…。俺はこれから、そいつを探そうと思ってる」
「どっか行っちゃうのか?」勇太が思わず武彦へと詰め寄る。
「…いや、俺はそれほどの自由は許されてる立場じゃないからな」武彦は笑ってそう言うと、詰め寄った勇太の頭をポンと叩いた。「なぁ、勇太」
「…?」
「お前はこれからも、IO2と虚無の境界に監視され続けるだろう…。だが、お前は変わらずにいられるか?」武彦の顔は真剣そのものだった。
「…解らないよ」勇太が言葉を続けた。「俺はただフツーでいたいだけ。それを邪魔するっていうなら、戦うよ」
「…そうか」武彦が呟いた。「んじゃ、俺はとりあえずIO2に用事があるんでな。コイツはもらっていくぞ」
「ん。メロン嫌いだから良いよ」
 勇太の部屋を後にした武彦は、ある想いを胸に抱きながら病院内を歩いていると、すれ違う様に鬼鮫が歩いてきていた。
「よう。お前も通院命令か?」武彦が声をかける。
「…フン。貴様に関係ないだろう、ディテクター」鬼鮫がそう言うと、武彦の手に持っていた桐の箱に目を移した。「見舞いか?」
「あぁ、そんなトコだ」
「…見舞いとして、良い品を選ぶセンスはある様だな」鬼鮫がそう言って武彦の横を通り過ぎていく。
「…? なんだ、鬼鮫のヤツ。このメロン知ってやがったのか?」

――。

 一か月が過ぎた。勇太はようやく病院での生活を終え、再び寮と学校を行き来する生活に戻ってきた。学校を転々とするのはこりごりだった。せっかく武彦と出会い、これからの生活を楽しめる様になったのに、これを失う訳にはいかない。勇太はそんな事を思いながら心機一転、新しい生活を送ろうとしていた。
「あ、工藤クン。これ、休んでた間の授業の進行状況…」
 久々に学校へと顔を出した勇太に、クラスメイトの一人の女の子が声をかけた。そんな女の子を不憫そうに見つめる周囲の目に、勇太は気付いていた。今までの勇太だったら、たった一言で済ませていたかもしれない。だが、武彦との出会いが勇太を少しだけ変えていた。
「…わざわざありがとな」
「…え? う、うん!」
 ぎこちなくも、勇太は笑顔を作って対応してみた。効果はあった様だ。ノートを渡してくれた少女は顔をぱっと明るくし、ノートを見る勇太の向かいにある椅子へと座った。
「この教科はここのページまでで…―」
「―うへぇ…、随分進んだなぁ…」勇太の反応が今までとは違う事に、クラスメイト達も気付き、近くへ寄ってきた。
「心配しなくても、解らない事とかあったら教えるから」
「そうそう。勉強しようよ、皆で集まってさ! テストももうすぐだし!」他の生徒達が次々と声をかける。
 悪くない。そんな事を思いながら勇太は周りに一歩だけ近付いてみようと思ってみた。ただ牽制するだけじゃなく、自分からの一歩。勇太はほんの少しだけ、大人になった様なそんな気がしていた。

 その日の放課後、勇太はいつものファミレスに姿を現した。武彦に呼び出されたのだった。
「よう、わざわざ悪かったな」武彦が喫煙席で煙草を吸いながらそう言った。
「ううん、どうしたのさ? IO2の監視はもう終わったんじゃ…」
「まぁそう言うなよ」武彦はそう言ってメニューを渡した。
「良いけどさ…。あ、俺エビフライ!」
「だと思った」武彦が店員を呼び、メニューのオーダーを伝えていた。
 勇太は気になっていた。武彦が以前病室で言っていた、探すという言葉。
「俺はこれから、IO2から離れるつもりだ」店員にメニューを伝えて一息ついた所で、突如武彦が口を開いた。「もう許可は取ってある」
「…! やっぱりな…」勇太はそう言って武彦を真っ直ぐ見つめた。「何するのさ?」
「探偵、でもやるかな」武彦は笑ってそう言った。「お前の能力も何かと役に立つから、これから何か依頼がある時は手伝ってくれないか?」
「…え?」
「お前の力を貸して欲しいって言ったんだ」
「…しょ、しょうがないなぁ…」勇太は面倒臭そうに言っているフリをしていたが、口元は喜びで釣り上っている。武彦はそれに気付かないフリをして、紫煙を吐いた。
「それにしても、草間さんってIO2じゃかなり上の人間なんでしょ? よく許してもらえたね」
「あぁ。ある条件を提示されているがな」
「条件?」
「そうだ。虚無の盟主が言っていた、五年後。その戦闘に戻って来る事だ」武彦は言葉を続けた。「虚無はおそらく、これから色々な手を尽くしてくるだろう。お前に対しても、俺に対してもな」
「…うん」
「俺はそれまでに多くの能力者と非公式な形で面識を募るつもりだ。情報もその筋の方が集まり易いからな」
「成程…」
「お前や俺と一緒に虚無と戦えるIO2以外の人間は貴重になってくるだろう。探偵をやりながら、そう言った条件に合う仲間を探すつもりだ」
 武彦がそう言った所で、二人が頼んだ食べ物が運ばれてきた。勇太は早速エビフライにかじりつき、幸せそうな笑顔を浮かべていた。
「良いか、勇太。これから俺達は大きな戦いに巻き込まれる形になる。その時までに、俺は俺で動く。お前はどうするつもりだ?」
「…俺、やるよ」勇太が武彦を見つめて強く呟いた。「俺はもう、フツーを邪魔させない」
「そうか…」

 2007年。草間興信所はこうして設立した。数々の事件を扱いながら、勇太はアルバイトの形を続け、武彦と共に準備を始めた。2012年の災厄と戦う日へ――。

                                 Episode.12 Fin

カテゴリー: 01工藤勇太, Episode, 白神怜司WR(勇太編) |

爪痕

―『ここは、あの子の記憶の中…?』
 勇太が百合の記憶を遡り、目を覚ました。どうやら百合の記憶の奥底で勇太は止まっている様だ。家でも学校でもないそこは、どうやら寮の様な造りをしている。それぞれの部屋はドアで仕切られ、ドアにはその部屋に住んでいるであろう人達の名前が刻まれた紙がプレートにはめ込まれている。勇太はそんな光景を見て、すぐに気付いた。
『ここ…、施設だ…』勇太が呟く。
 勇太も過去に施設にいた頃がある。そのせいか、何処か懐かしいこの光景にはすぐに気付く事が出来た。そんな中、一人の少女が楽しそうに不格好なスキップをしながら院長室と書かれたプレートの貼られた部屋へと小走りしながら入って行った。
「院長せんせ!」女の子が嬉しそうに描いた絵を院長に渡した。「はい! あげる!」
「おぉ、百合ちゃん。これはボクかな?」
「うん!」
「おぉ、ありがとう」優しそうなお爺さんは嬉しそうに笑顔を浮かべて百合の頭を撫でた。立派にたくわえられた口髭を動かしながら、お爺さんは頭を撫でていた。
 百合は嬉しそうに笑っていた。不遇な境遇だとは言え、幸せそうに笑顔を浮かべている。勇太はそんな百合の姿に何故か少し安堵した。

『どうしてこんなに優しい環境にいた子が虚無に…?』勇太は不意に疑問を抱いた。特別な能力も何も持たない子供。親がいない少女が、何故“現在”では自分を殺そうとするのか。

 春の昼下がりだった。施設の外の公園には桜が咲き誇っていた。その後も勇太は百合の過去の姿を追ってみるが、そこに今に至る理由は見当たらなかった。とは言え、ここで遡る速度が止まった事を考える。確かにここに、何かがある筈だ。勇太は諦めずに百合の姿を追った。周りの一緒に預けられた子供達も、元気に楽しそうに百合と話したり遊んだりしている。嵐の前の静けさ。それが勇太の心に強く根付いた印象だった。

 夕刻、世界が紅く染まっていた。鮮やかな紅色に染められた桜が風になびいている。勇太はそこで何かが起こる予感がした。嫌な胸騒ぎが勇太の胸の中へと広がっていく。
 陽が沈もうと藍色の空が広がる。夕陽が山の合間へと隠れようとする頃、唐突に嫌な風が施設の中へと吹き抜ける事に勇太は気付いた。
 唐突に訪れた二人組。スーツを着た二人組の男が施設の前へと気配もなく現れた。彼らは表情を変える事も会話を交わす事もせずに真っ直ぐと施設の中へと歩いて行った。そんな二人組に気付いた職員の男性が男達へと歩み寄る。
「失礼ですが、どういったご用件でしょうか?」職員の男が声をかけるが、男達は立ち止まろうともせずに施設の中へ歩こうとする。「―おい、止ま――」
 制止しようとスーツの男の肩を掴もうとした瞬間だった。職員の男の首が鮮やかな紫色の刃をした刀によって切り落とされた。
「…行くぞ」
 外で何が起きたのかを知らない百合は相変わらず紙に絵を描き続けていた。そんな百合が騒ぎに気付いたのは、同じ施設にいる少年が外で叫ぶ悲痛な叫び声がきっかけとなった。施設の中から次々に児童が慌てて様子を見に走りに行く。混沌としたその光景に、次々に叫び、泣く声がこだまする。百合は恐怖に駆られながら、その現場から離れようと院長のいる院長室へと駆け出した。院長室へと近づいた途端、院長室からは何やら言い争っている様な声が聞こえてきた。
「な、何を言っている…!」
「とぼけるつもりか? お前が――に協力――」
 百合には男達の声がハッキリと聞こえなかった。異常に気付き、半開きとなっている扉から覗きこんでいる事しか出来なかったのだ。
「貴様ら――の犬――!」
 院長が激昂している姿に、百合は恐怖を感じた。いつもは穏やかに笑っている院長とは思えない表情。そして、その次の瞬間だった。院長の身体を冷たく鈍く光る刃が貫く。百合はその光景を見て叫び声をあげる事もなく、ただただ目を見開いていた。膝が笑い、力無くその場に百合は座り込んだ。
「……!」

  ―この瞬間、百合の中の何かが弾け飛んだ。大きく強大な迄の憎悪。

――。

「“柴村 百合”。空間接続《コネクト》の能力者…か…」科学者の風貌をした白衣を着た男がファイルに目を通し、呆れた様に呟いた。「年齢は十三歳…。能力値も問題はない…」
「あぁ…。だが、精神面に問題がある。我々“IO2”を恨んでいるからな、彼女は…。幼い頃の事件がきっかけで、な」スーツ姿の男がそう言うと、煙草を咥えて少女をガラス越しに座り込んでいる少女、百合を見つめた。
「物心ついた頃から家族の様に過ごしていた施設を襲われ、家族はほぼ収監。もしくは処刑された…。生き残った後も我々“IO2”の監視下に置かれているのだからな」科学者の男が淡々と言葉を続けた。「さしずめ、我々は彼女にとっては“仇”だ。憎むべき相手だ」
「しかし、それは“虚無の境界”が“霊鬼兵開発の為の人柱”を育てていた施設だろう? 感謝こそされど、憎まれる覚えはないがな」
「どんな大義名分があれば、お前は肉親を殺されても許せる?」コーヒーを啜りながら科学者の男は再び淡々と言い放った。
「…っ。そうだな。俺達は羨望の眼差しを受ける為に仕事をしている訳じゃない…」
「そういう事だ…」

     ―不意に景色が移ろい、真っ暗な空間に勇太は放り込まれた。

          ―少女が一人。膝を抱えて泣いていた。

   『…知っていたのか…? 自分がモルモットとして育てられた事を…』
               勇太は少女に尋ねた。
           『アンタの記憶の中にある言葉だ…』

 「…それでも良かった。私にはあの場所が家だった。あの人達こそが家族だった…」

『下手すれば、アンタも実験台にされたんだぞ…? それで良かったなんて言えるのかよ…!』

        「言った筈よ。私は私の家族を奪ったIO2が憎い…。憎い!」

           醜悪な憎悪が勇太の精神を汚染しようとする。

   『でも、アンタは“被害者”だった! それを救ったのはIO2じゃないか!』

   「…それが“救い”だと言うのなら、私はそんな物を求めたりしなかった…」

         「―ただ、あの平穏だった時間を…家族を…!」

   「…アナタには解るハズよ。温もりを奪われる事の辛さを…。その憎しみも…」

            ―不意に、勇太の脳裏に母の顔が浮かぶ。

           『出て行け…! 私の中から…出て行け!』

 ―強烈な思念による精神の暴走が始まる。勇太はそのリスクを本能的に感じ取り、百合に触れようと手を伸ばした。
 瞬間だった。勇太の意識が急速に“現実”へと引き戻される…――。

――。

―「…勇太!」
 武彦が勇太の身体を揺さぶりながら必死に声をかけていた。どうやら勇太が行った精神共鳴は外部からの強制的な介入によってリンクしていた部分を砕かれた様だった。
「草間…さん…」勇太が頭を抱えながら立ち上がる。

―「久しぶりね、ディテクター…」

 悪寒が走る。思わず勇太の身体は一瞬で強張り、頬に一筋の冷や汗が滴る。絶対的な力の差。それが勇太を本能的に動けなくさせる要因でもあるが、それ以上に禍々しい空気。絡み付き、勇太の身体を縛り上げる様に這いずる蛇の様な嫌な威圧感が漂う。
「…虚無の盟主たるお前が、まさかこんな所に現われるとは…な」
 武彦の言葉の違和感に勇太は気付いてしまった。あの武彦でさえ、眼前に忽然と姿を現す“巫浄 霧絵”に対するその言葉の端々に緊張感を漂わせている。
「フフフ…、そんなに緊張しなくて良いわ。アナタ達との決着なんかより、もっと大きな目的が近い。この子を迎えに来ただけよ」霧絵は百合を抱きかかえながら相変わらずの嘲笑を浮かべていた。「それと、アナタへ選択するチャンスを与えてあげようと思って、ね」
「チャンスだと…?」
「えぇ…。一度その子からは手を引いてあげるわ」
「―…っ!」
「どういうつもりだ?」武彦は退かずに尋ねた。「お前達の研究に、言い方は悪いがこいつは持って来いの存在の筈だ。それを手を引く、だと? 一体何が目的だ!」
「フフフ…」霧絵が静かに笑う。「五年よ」
「五年…?」
「そう。A001、つまり彼の能力が成熟するには、あと五年はかかる…。私はその時を待つ事にしたわ」霧絵がクスクスと静かに嘲笑い続けた。
「…五年…」勇太が呟く。「十七になった俺を、また狙うって事…?」
「その時、アナタはどちら側にいるのかしらね…?」
「何を…―」
「―ディテクター。私はIO2そのものなんかより、アナタに興味があるのよ」霧絵は勇太の問いかけを無視して武彦を見つめた。「五年後、期は熟す。全てが導かれるままにね…」
「…まさか…!」
「そう、古代マヤ人があげた終焉の予言。メソアメリカ文明の長期暦、2012年12月21日の“虚無への帰還”。そこで全てが解るわ…」

  霧絵はそう言うと、黒い影の中へ飲み込まれる様に姿を消した…―。

                             Episode.11 Fin

■□■□■□■□■□■□■□ライターより■□■□■□■□■□■□■□

こうして私から私信を書かせて頂くのは久しぶりですね(笑)
白神 怜司です。

さてさて、工藤 勇太君、十二歳編。
ついにここに来て十七歳の“現在”を示唆する形で
一段落といった形になります。

長らく続いてしまった十二歳編でしたが、
ここからが“草間興信所と現在の勇太君”へと続く
エピローグとなる訳です。

実を言うと、壮大な“序章”だった訳です(笑)

今後、より一層背景を強化し、
新たなるNPCの登場などもある訳です。

今後とも宜しくお願い致します。
白神 怜司

カテゴリー: 01工藤勇太, Episode, 白神怜司WR(勇太編) |

決断

―深い深い意識の淵で、勇太は夢を見ていた。自分ではない“A001”と呼ばれた自分が、様々な能力を扱いながら鬼鮫と、武彦と対峙している。こんな事は望んでいなかった。勇太は意識の淵で呟く。
 能力の乱用による意識の摩耗。自分ではない“A001”の意識は徐々に弱まり、自分の意志が表に多少は出せる様になっていく。
 シルバールーク改Dによって発射されるミサイルは、サイコキネシスによる防御壁でダメージを受ける事はほぼないとは言え、周囲の民家や家に流れ弾が当たらないとも限らない。そう感じた勇太は振り絞る自我によってミサイルを次々と上空へと誘導し、爆発させた。おかげで地表には着弾させる事はなく、周囲にその傷跡を残す事はなかった。

                 ―『殺して』

 そう願った勇太に武彦が答えた言葉は、誰よりも言ってほしかった言葉。

       ――「お前は生きたいって願ってりゃ良いんだ、勇太ぁ!」

 武彦の言葉は戦闘が終わり、意識の淵に漂う勇太の心の中を温かい優しさで満たしていく。

 深い意識の淵で、勇太は静かに目を開けた。

「…叔父さん、憶えているかな?」

「『幸せになる為に生きろ』って、昔そう言ってくれたよね…」

「でも、それはとても難しくて、無理なんだ…」

「俺がどんなにそう望んでいても、世間がそうさせてくれない」

「力を隠して、周りと距離を置いて…。それが、“幸せ”になる方法」

「…そう思ってた…」

「でも、それは間違いだったって気付いた」

「普通の人で、能力なんて持ってない。それでも、俺より強くて…」

「俺の事なんて子供扱いしてくれちゃってさ…」

「…そんな人が、いるんだよ…」

「俺、この能力を隠す事も、利用される事も、もう嫌なんだ」

「だからさ、俺は守る為に戦う…!」

「叔父さんが望んだ形とは違うかもしれないけど、見つけたから」

「俺だけが出来る、俺だけが創れる…―」

              「―俺の幸せを…―!」

――「なぁにやってるんですか、草間さんてば」
 抱えていた武彦から手を離し、勇太は呆れた様に呟いた。
「お前、大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫」勇太はすっと百合を真っ直ぐ見つめた。「俺の能力と同じ…。確か、アンタの能力は空間操作による銃攻撃だったよね?」
「フフ、そうよ。正確には、その能力も持っているわ」百合がクスクスと笑う。「私はオリジナルのアナタを殺し、オリジナルを超えた存在になる…!」
「…へぇ? それは随分楽しそうなシナリオだね」勇太は挑発しながら武彦の腕を掴んだ。「だったら、ついてきなよ」
 勇太はそう言って武彦を連れたままテレポートを開始した。目指す場所は決めていなかったが、人がいない、民家もない街の近くの山の頂上にある大きな公園。勇太はそこへ行先を決めた。
 テレポートして山頂の公園に着いた所で、百合は得意の空間を繋ぐ能力を使い、勇太の目の前に再び姿を現した。
「鬼ごっこはお終いかしら?」
「ここなら誰かを巻き込む事もないからね…」勇太はテレパシーを応用して周囲に人がいるかを探るが、どうやら近くには誰もいない様だ。「草間さん、手出さないでね」
「…大丈夫なのか? アイツはお前の能力を奪って強くなっている…。以前よりも手強くなっているって事だぞ」武彦がコートの内ポケットにしまった銃へと手をかけながら尋ねる。
「うん。良い事なのかは解らないけど、洗脳されて一度大きく力を解放したせいか、銚子が良いんだ。今の俺なら、負けないよ」
「…そうか。なら、任せるぞ」
 武彦がそう言って勇太の肩をポンと叩いた。勇太は感じていた。その武彦の触れた手が、優しくて温かい。そう、何処か叔父に似ている、と。
「ゴチャゴチャ言ってないで、さっさと死ねば良いわ!」能力を駆使し、百合が先手を取る。
 勇太は一足早く百合の背後へと回ろうとテレポートしたが、予想していたよりも百合の空間接続は早く、手に握っていた銃を勇太の側頭部へと押し当てる。勇太は手を振り翳す事もなく百合の銃をサイコキネシスによって衝撃を生み出し、弾いた。が、それはあくまでも百合の初手。そのまま空間から飛び出た手がサイコキネシスを生み出し、勇太の身体を横へと吹き飛ばす。砂塵を巻き上げながら樹へと叩き付ける。
「あはは! 自分の能力で殺される気分はどう!?」歪んだ笑顔を浮かべ、百合は念の槍を練り上げて叫んだ。「死ね、オリジナル!」
 勇太の創り出す念の槍とは違い、禍々しく暗い紫色の槍が勇太の飛ばされた先へと猛突進した。奥へと続く林も薙ぎ払い、槍は風化するまでその速度を落とす事もなかった。
「は…ははは…! すごい! 私の能力! 私の力がオリジナルを…―」
「―おい、ジャリっ娘」狂喜する百合へと冷静な武彦の声が突き刺さる。「まだ終わっちゃいねぇ。油断しない事だな」
「何…―!」
「ふぅ、飛ばされた時はさすがに驚いたけど、そのまま俺の能力と一緒だね」傷一つ負わずに勇太が横から姿を現した。
「な、何故そんな所に…―!」
「衝撃波は何も攻撃だけに使う訳じゃないって事」勇太は溜息混じりにそう言った。「今の砂塵は、俺が意図的に起こしたものでただの攪乱だよ。ちなみに、その“念の槍≪サイコ・ジャベリン≫”は俺のオリジナル能力だけど、アンタじゃ直線にしか飛ばせない。俺みたいに操れる様になるには、まだちょっと無理があるかもね」
「くっ…!」百合の表情が憎しみで歪む。どうやら霊鬼兵として改良された百合の性格は好戦的且つ直情的になりつつある様だ。「…そんな事、今は必要もない!」
 次々に“念の槍”を空中に練り上げる。本来であれば精神力の消耗は尋常ではない筈だが、百合はそんな素振りを一切現さない。それどころか、力が満ちていく様にすら感じる。
「勇太! 様子がおかしいぞ!」武彦が勇太へと声をかける。
「うん、俺も気付いてる…。能力の乱用は術者の精神力を大きく消費する筈なんだ。なのに、その素振りもない…。隠しているって訳じゃなさそうだし…」
「フフ、霊鬼兵となった私には、周囲の霊気を収束させ、無尽蔵に力を作れる! 例え能力の扱いが負けても、スタミナで負ける事はないわ!」
 百合の言葉と同時に“念の槍”が次々と勇太に目がけて飛びかかる。勇太はそれらをあっさりと避け、百合とは対照的な蒼く澄んだ色をした青い“念の槍”を練り上げ、百合へと攻撃するが、百合もまた新たに槍を練り上げてそれを相殺した。
「相殺…出来るんだ」勇太が何かに気付いた様に呟いた。「…確かに、俺の能力そのまんまコピーしたみたいだね。それでも能力の限界あるみたいだけど…」
「そうよ! キミは自分の能力を呪っていた! だからこそ、私が殺してあげる! キミが呪い、忌み嫌った能力で!」新たに練り上げた巨大な“念の槍”が姿を現す。高さ三メートルに横幅五メートル程の強大な力の塊が、その矛先を勇太に向けて睨み付ける。「死ねえぇぇ!」
「避けろ、勇太!」武彦の叫びも虚しく、勇太は避けようともせずに両手を翳し、人差し指と中指の二本だけを“念の槍”に向かって突出し、外へと向けて構えた。
「―な、なんだと…―!」
 勇太の手に触れた瞬間、禍々しい光を放っていた“念の槍”が勇太の力に呼応するかの様に徐々に青く染まり、動きを止めた。勇太がそのまま両手を広げると、青く光った粒子が飛散していく。
「残念だけど、俺はオリジナルだから。キミが俺の能力を真似ても、俺には通用しない」勇太が静かに呟く。「俺は、この能力をもう嫌ったりしない。俺にしか出来ない、誰かを守る戦いをする為に俺は戦い続ける…!」
「勇太…」
 勇太の瞳に、迷いはなかった。真っ直ぐと百合を見据える。
「…守る…だと…! だったら…! 何故あの時…!」
「…?」
「フザけるな…フザけるなぁ! 壊してやる! お前を壊してやる!」
「…っ!」勇太の頭に痛みが走る。「ぐっ…あぁ!」
「フフフ、精神を壊してやれば、いくらキミでも―!」
「―捕まえたよ」勇太が小さく笑って百合へと視線を戻した。「“精神汚染≪サイコ・ジャミング≫”でしょ? 俺はデータと違って、成長するんだ。やろうとする事、全部ぶっ壊してやるのは俺の方だ!」
「くっ…、あああぁぁ!!」百合が頭を押さえながらその場に跪く。「やめろ…、やめろぉ…! ああぁぁぁぁぁっ…―」

         ――勇太は百合の記憶と心の奥底へと意識を進めた。

                              Episode.10 Fin

カテゴリー: 01工藤勇太, Episode, 白神怜司WR(勇太編) |

霊鬼兵

銃口を勇太に向ける武彦の、何処か寂しそうな瞳に映る勇太の姿はあまりに傷付いている。武彦は感情を押し殺す様に静かに銃口を降ろし、口を開いた。
「殺してくれ、なんて言うんじゃねぇ…」武彦が俯きながら呟いた。「勇太! お前は本当に死にたいなんて思ってないだろうが!」
 間合いを詰め、勇太の振り上げようとした右腕を銃の柄で殴り、勇太の胸ぐらを掴んだ。

          ―『もう…疲れた…。…母さん…』

 武彦に勇太の思念が再び流れ込む。その度に武彦の表情が歪む。何故こんなにも真っ直ぐな少年が、“能力”のせいで争いに巻き込まれなくてはならないのか。行き場のない憤りが武彦の心を蝕んでいた。
「死なせねぇ…! お前は生きたいって願ってりゃ良いんだ、勇太ぁ!」武彦の叫びと同時に、再びシルバールーク改Dからミサイルが放たれる。「なっ…! どうなってやがる!」
 勇太が武彦の腕を払おうともせず、反撃もしようとせず、シルバールーク改Dからのミサイルを再び空へと吹き飛ばし、爆発させる。武彦はその瞬間、勇太に隙が生まれる事に気が付いた。勇太が突然武彦へと振り返り、武彦の身体を念能力で吹き飛ばした。武彦の身体が吹き飛んだ瞬間、念の大きな槍を作り出し、武彦へと真っ直ぐ飛ばした。武彦は吹き飛ばされながらも態勢を立て直し、勇太の作り出した念の槍を横に避ける。
「弾けて貫け…!」念の槍が一瞬にして空中でいくつもの小さな刃へと姿を変える。不意に形を変えた勇太の攻撃が四方八方から武彦の逃げ場を失くさせる様に襲い掛かる。
「しまった―!」
 傷付きながらもなんとか致命傷を避けた武彦に構う事もなく、勇太は人の大きさ程の重力球を作り上げ、武彦へと飛ばそうと構えた。が、シルバールーク改Dの放ったミサイルが再び勇太へと背後から襲い掛かる。勇太は振り返り、重力球で飛んできたミサイルを包み込み、空中へと持ち上げた。

            ―『今だよ。殺して…』

 武彦は勇太の声を聞き、身体の痛みを耐えながら背を向けた勇太へと間合いを詰めた。一瞬の不意を突き、銃口を勇太の身体に押し当てて引鉄を引いた。
「あ…ありが…草間…さん…」頬を伝う涙を武彦は見逃さなかった。勇太が倒れ、意識を失った。
 状況を見つめていた鬼鮫がシルバールークとバスターズへの撤退命令を出した。武彦はすぐに救急隊への応援要請を出し、勇太の銃創を止血し、その場に座り込んでいた。
「これが…、これが! 能力者に与えられる運命だってのか…!」
 天を仰ぎ、武彦は辛そうに声を押し殺しながら小さく叫んだ。

―「霧絵様、A001の洗脳が解けてしまいました」勇太に洗脳をかけた少年が霧絵の元へと歩み寄り、口を開いた。「どうやらディテクターに敗戦し、もう動かなくなったみたいです」
「そう…。オリジナルを失うのは痛いけど、データは取れたかしら?」
「問題ありません。A001の脳波データ、その戦闘能力は既に入手されています」科学者らしい男の一人がパソコンに映し出されたデータを見つめながら答えた。「霧絵様、素晴らしい成果です…! この調子なら…―」
「―楽しそうね。霊鬼兵の成果は期待しているわ」霧絵が近くに立っている百合を見つめた。「アナタの能力、楽しみにしているわ」
「はい、必ずご期待に添えてみせます…」
「では、行きましょう。百合様」科学者らしい男は百合の前を先導する様に歩いて行った。霧絵に見送られながら、百合は男について行った。
「…霧絵様、彼女は“器”には向いてないかもしれません…」勇太を洗脳した少年は淡々と言葉を告げ、大きな椅子に座る霧絵を見上げた。
「そうね…。それでも、この実験は私達には必要よ」霧絵は少年の頭を撫でながら言葉を続けた。「アナタ達も、この実験が成功さえすれば、いずれは大きな力を得るのよ…」
「…はい」
 霧絵の言葉に少年はにっこりと笑顔を浮かべて走り去った。
「フフ…、A001の脳波データと、戦闘データ。必ず霊鬼兵の新たなる力の礎となるわ…。世界はやがて虚無へと還る…」霧絵がクスクスと笑みを浮かべながら呟いた。「籠の鳥、A001…。新型霊鬼兵のオリジナルとなるアナタの事は忘れないわ…」

――。

―「それで、どうなんだ?」武彦が救護班の特殊車輛の前で隊員に尋ねる。
「えぇ、ディテクターの狙い通り、仮死状態によって洗脳は解除されました。しかし、ディテクターの銃は呪物です。攻撃を受けた彼自身、ただの銃創とは違い危険な状態は続くと思われます」
「解っている…。この方法しかなかったんだ。とにかく急いでくれ」
「はっ!」
 隊員がすぐに処置に戻る。
 武彦の苦渋の選択はどうにか実を結んだ。脳に直接命令を下す能力は使役された人間の死か、或いは術者の死か命令。それらしか解呪する方法がない。武彦は戦闘中という余裕もない状況下で、勇太を仮死状態に陥れる事で解呪させるという妙案を思いついたのだった。もちろん、激戦の中で勇太の能力を相手にそんな余裕は本来なら生まれない。勇太の微かに残った、『人を助けたい』という想いがシルバールーク改Dの放つミサイルを無力化させる瞬間、一瞬の隙が生まれる。武彦は賭けに出たのだった。
「随分と思い切った判断だったな…」
「鬼鮫…」
 救護班の特別車輛から現れたのは、同じく治療を受けていた鬼鮫だった。戦況を見守っていた鬼鮫はいつになく静かで穏やかな表情を浮かべながら武彦の横に立った。
「…ディテクター、貴様の判断は甘い」
「解っている…」
「…だが、これで上の連中はあのガキを利用するという方法を延期せざるを得ないだろう。貴様の事だ、それすらも計算に入れていたのだろう?」
「…知っていたのか、お前も」
「あぁ。だが、俺はあのガキを殺すつもりだった。上からの指示に踊らされたくはないからな…」
「お前らしい、かもしれないな」武彦が煙草を咥え、火を点けた。
「上の連中は俺が黙らせてやる」
「…! どういう風の吹き回しだ?」
「勘違いするな」鬼鮫が歩き出す。「俺はあのガキともう一度戦いたいんでな。もっと強くなってもらわないと、退屈だ」
「…あぁ、アイツが目を覚ましたら、そう伝えておく」フッと小さく笑いながら武彦は笑って答えた。

 ―一週間が過ぎようとしていた。

 IO2所属の能力者によって、勇太の身体は重篤状態を脱し、傷も癒えてはいた。それでも勇太は変わりなく眠り続けていた。武彦は勇太の入院が決定した病院の院内で静かに勇太が目を覚ます時を待っていた。虚無の境界が何処から勇太の生存の情報を得るかも解らない。武彦はその危険性を踏まえた上で勇太の近くを離れようとはしなかった。
「今日も眠ったまま、か…」勇太の寝顔を見つめながら、武彦が呟いた。
 容態は決して芳しくない。勇太はなんとか一命を取り留めている状態だ。だが、当の本人は死を望む様な言葉を口にしていた。こういう場合、本人の生きる意志がなければ、回復の見込みは低くなるだろう。
「クソ…―」
 武彦が病室を後にしようとした瞬間だった。まるでガラスが徐々にヒビ割れていく様な音が室内へ響き渡った。
「あら、やっぱり生きていたのね」
「お前は…―!」
 武彦の目の前に現れたのは、柴村 百合だった。以前会った時よりも異質な雰囲気を漂わせながら、百合は勇太の目の前に忽然と現れたのだった。
「…オリジナル…」勇太の頬を触れながら、百合が呟く。「キミのおかげで、私は生まれ変わった…」
「手を離せ」武彦が銃口を百合へと向ける。「何故ここが解った!?」
「あら、無粋なおじさんね」
 瞬間、百合が武彦へと向かって手を翳すと武彦の身体が背後の壁へと叩き付けられる。武彦は突然の衝撃に思わずまともにダメージを受けてしまった。
「こ、この力は…―!」
「そう、私は生まれ変わったのよ…」百合がクスクスと笑いながら武彦へと言葉を続ける。「オリジナルの能力を基に、新型の霊鬼兵として!」
「な…、なんだと…!?」
「死ね、ディテクター!」勇太の能力を模した念の槍が武彦へと襲い掛かる。
「しまった…!」

 避けきれない。そう感じた瞬間だった。突然武彦の視界が全く違う場所へと変わり、武彦の身体を誰かが支えていた。

「はぁ、勘弁して欲しいなぁ…。寝起きっから目の前で暴れるなんて、さ」

 黒い髪に、緑色の瞳をした少年が呟く。呆れて悲観的な事を言う口調は、武彦の知っている姿だった。

「お前…!」思わず武彦は驚いて言葉を失った。

「やっぱり、力が呼応したみたいね…」百合が口を開く。

「…たっぷりお礼、させてもらうよ」

「フフ…。なら、私がキミと同じ力で壊してあげる…! 工藤 勇太!」

                          Episode.9 Fin

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人の価値

何度も嗅いだ事のある独特の煙草の香りが、勇太の理性を目覚めさせようとしていた。空中に浮いている念によって造られた大きな槍が消失し、勇太は何も言わずにじっと武彦を見つめていた。その瞳に生気がない事から、武彦は瞬時に操られている事に気付いた。
「勇太、戻って来るんだ! お前の意志はそんなにヤワじゃないだろう!」
「……う…」勇太が突如頭を押さえながら蹲った。「…ディテ…クター…!」
 その場から瞬時に武彦の目の前へとテレポートをした勇太は武彦の銃口が自分に向いているにも関わらず武彦を吹き飛ばした。武彦は宙で翻し、すぐに銃を勇太へと向ける。が、勇太の周りには球体の何かが漂っている。球体の一つが武彦目掛けて飛ぶ。
「なんだ…!?」咄嗟に横へと飛び、球体に直撃を避けた武彦は球体の正体を確かめるべく、自分のいた位置を見つめ、思わず絶句した。とてつもなく重い何かが地面を砕いた様な形跡がある。
「…“重力球≪グラビティボール≫”」勇太の周りを漂っている歪んだ球体が次々に武彦目掛けて飛んでいく。武彦はそれらを横へと飛び、寸前の所で避ける。
「チ…、どうなってやがる…! あんな能力持ってない筈だってのに…!」武彦が銃を構え、勇太の腕を目掛けて三連発撃つが、全て勇太の身体を避ける様に軌道を変えた。「…成程、空間を操って重力を歪めてやがるのか…。自我も葛藤もなくなって、研究されていた幾つもの力が目覚めつつある…。やがては完全に無慈悲な兵器にでもなるって事か…!」
 武彦は焦っていた。IO2という組織の独特の考え方が武彦を焦らせる。そう、最悪の場合は潜入部隊は殲滅されたと考え、シルバールークを使った爆撃の可能性がある。そうなれば、自分や勇太はともかく、鬼鮫は生きて出られない可能性すらある。爆撃される前にIO2へと連絡をするつもりだったが、今の勇太はそこまでの余裕を与えてはくれない。どうしたものか考えながら、勇太の攻撃を避ける武彦を勇太は容赦なく攻撃し続ける。
「…っ! なるほど、そこが弱点か…!」勇太の攻撃の緩急のタイミングに気付いた武彦は自分の動きを勇太の呼吸に合わせて緩急をつける。すると、勇太の攻撃はさっきよりも浅く、武彦の動きに全くついて来れなくなっていた。

          ――突如、武彦の時計がアラームを鳴らす。
                「しまった…!」

 けたたましい爆音が鳴り響き、建物がぐらぐらと大きく揺れる。天井からは埃が落ち、照明が揺らされている。次の瞬間、壁面が爆風と共に破られ、鋼の身体がその姿を曝した。
「チッ、おい!撃つな――!」
 武彦の制止も虚しく、シルバールーク改Dが放ったミサイルが数発一斉に周囲へと散らばる。

               『――ダメだ!』

 勇太の眠らされている自我が強く発せられる。瞬間、勇太は鬼鮫の目の前へテレポートし、爆発のダメージを背に受けながらも鬼鮫を抱えて姿を消した。武彦もまたその瞬間を目の当たりにしながら爆風によって身体を吹き飛ばされた。

――「…ここは…?」
 鬼鮫が目を覚ます。そこには背中を怪我し、庇う様に自分にもたれかかっている勇太の姿があった。おぼろげではあるが戦闘中に何があったのかを憶えている。鬼鮫は勇太の身体をどかし、立ち上がった。
「…チッ、自我を失くしてると思えば、俺を助けやがるとは…」握り締めた刀を鞘へと収め、鬼鮫は倒れている勇太を見つめた。「…にしても、ここは何処だ…?」
 鬼鮫が周囲を見回す。どうやらここはさっきまでいた研究施設ではない様だ。周囲にあるのは沢山の木々だけ。だが見覚えがない訳ではない。そんな事を考えている時、不意に鬼鮫のポケットに入っていた携帯が鳴り始めた。
「…ディテクターか」
『鬼鮫、無事か?』電話越しに声をかけてきたのは武彦だった。『勇太…、あのガキは?』
「ガキは生きてる。とは言え、背中には酷い傷が残っているがな」
『さっきの爆風か…。良いか、そのガキは殺すなよ』
「フン、お前に言われなくてもこんな虚無の人形相手じゃ興醒めだ。何の為だか知らねぇが、俺を助けて気を失っている奴の隙を突いて殺す気などない」
『良し。何処にいるか解るか?』
「…ここは――」

「――公園? 最初にガキと会った所か?」武彦が走りながら電話越しに尋ねていた。
『あぁ…。今は俺も力の後遺症でロクに動けねぇ。とりあえずこのまま林の中でガキを見張っておくぜ』
「解った、俺も今向かっている所だ」
 武彦が携帯を切り、公園へと向かって更にスピードを上げて走り出した。シルバールークが動き出したのであれば、上層部は徹底的にこの機に虚無と戦うつもりだろう。勇太を助けるには、鬼鮫が気変わりしてくれている今しかない。武彦はそう思っていた。走っていると、ふと自分の携帯電話が鳴っている事に気付いた。
「もしもし?」
『ディテクター。IO2情報部です。どうやら無事だった様ですね』事務的な女性の声が受話器越しに聞こえる。
「何だってんだ? 俺は今急いでいるんだが…」
『標的、工藤 勇太の生死は解りますか?』
「生きてる。どうやら洗脳されている様だがな。それがどうした?」
『了解しました。では、上層部の指示を伝えます。工藤 勇太を確保し、一度戻って下さい。逆洗脳を施し、虚無の盟主を討ち取らせる為に潜入させます』
「どういう事だ…!」思わず武彦が足を止めて尋ねる。「能力によって洗脳されている人間は脳に負担がかかっているケースがある! その上から更に洗脳なんてすれば、勇太は――!」
『――ディテクター、仰る意味が解りません』
「何だと!?」
『工藤 勇太は既に虚無に堕ちた者です。利用出来るのであれば、利用する。出来ないのであれば処分する。これは今までにも例外なく行われてきた“判断基準”です』
「――…っ!」
『上層部の判断は以上です。ディテクター、指示の遂行は絶対です』
「――…か…?」
『はい?』
「人は道具かって聞いたんだ! アイツは傷付きながら、傷付けたくない人を傷付けさせられている…。挙句の果てには捨て駒にしろだと…? フザけるな!」武彦は携帯電話を切り、電源を切って再び走り出した。
 解っている事だった。IO2という組織も、虚無の境界という組織も、お互いの戦いには非情であるべきだ。その為に勇太を使い、二重スパイとして利用出来る可能性があるなら、知らない人間ならば武彦だったそういう判断をしていたのかもしれない。だが、武彦と勇太は既にお互いを知っている。武彦は勇太をそんな駒として扱う事は出来ずにいた。

『起きなさい…』
 突如勇太の目が開き、勇太が立ち上がる。背中に怪我をしている上に、慣れない能力の乱用。既に身体は悲鳴をあげているだろうと言うのに、勇太の表情は相も変わらず無表情のまま、ただ何処かを見つめていた。
「勇太!」
 立ち上がっている勇太を前に、武彦がようやく辿り着く。あまりにも傷付いたその姿は痛々しくすらある。鬼鮫は何も言おうとはせず、ただ勇太をじっと見つめながら刀の柄へと手を添え、構えた。
「…ディテ…クター…」勇太の目が真っ直ぐ武彦を捕らえ、ゆっくりと歩き出す。鬼鮫が刀を抜いた瞬間、武彦が鬼鮫へと叫んだ。
「辞めるんだ、鬼鮫! そいつは俺が止める!」
「…フン、好きにしろ」鬼鮫は刀を構えたまま勇太を見つめるが、勇太はただ真っ直ぐに武彦へと歩み寄る。鬼鮫の存在すら忘れている様だ。
「勇太、今度こそお前を止めてやる…!」武彦が銃を構えると同時に、勇太が重力球を周囲に作り出し、更に右手を空へと掲げ、念の槍を空中に生み出した。が、身体が悲鳴をあげているせいか、空中へと生み出された念の槍はゆらゆら揺れながら消失し、重力球も不安定に動きを見せている。
「辞めろ、勇太…。もう限界なんてとっくに越えている…」
「命令を…守る…!」
「気付いているんだろう!? 能力の使い過ぎで身体に負担がかかれば、お前は気を失う!」武彦が声を張り上げる。
「…命令を…!」勇太がテレポートを開始し、早々に武彦との距離を詰めた。「重力球!」
 武彦は不意を突かれるが、どうにか後ろへ飛ぶ事でダメージを軽減させ、致命傷を避けた。が、勇太の上空から幾つもの念の槍による雨の様な連続攻撃が武彦の身体を襲う。威力そのものは落ちてはいるが、まともに喰らえば致命的だ。武彦は横へと転がりながら体制を立て直し、銃を構える。
「…勇太ぁぁぁ!」三連発の早撃ち。武彦が最も得意とする攻撃だった。しかし、勇太はテレポートですぐに位置を撹乱し、武彦の背後へと回りこんだ。
「切り裂け…!」勇太が刀を振る様に手を振り下ろす。武彦は咄嗟に横へと飛び、直撃を免れるが、コートの一部がまるで鋭利な刃物で切られたかの様に裂けた。避けつつも武彦が勇太の腹へと蹴りを入れた瞬間だった…。

          ――『俺を殺して…、草間さん…』

「…っ!」
 どうやら勇太の思念がテレパシーの様に漏れ出している様だ。触れた瞬間に聞こえてきた、勇太の本心。刹那、ミサイルが武彦の頭上を通り越え、勇太へと襲い掛かる。勇太はミサイルを空中へと吹き飛ばし、上空に大きな重力球を作り、その中で爆発させた。
「…勇太、お前…」
 身体を傷付かせながら、それでも戦わせられているのに、爆発によって誰かが巻き込まれたりしない様に空の重力球の中で爆発させる事で飛散する事を避けている。背中の傷も、能力の乱用も自分にとっては不利にしかならないと言うのに、勇太は洗脳されながらも人を守ろうとしている。武彦はその事に気付いていた。
 武彦は何も言おうとはせず、携帯を取り出し、IO2へと連絡を入れた。シルバールークの爆撃を止めさせた。

          ――「勇太、俺がお前を救ってやる…」

                               Episode.8 Fin

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勇太と武彦

―時は遡る。

 IO2の使いが武彦の元へと訪れたのは、少女の救出に成功した翌日の事だった。
「で、わざわざ何を聞きに来たってんだ?」煙草の紫煙と皮肉が入り混じった言葉を吐き出す。
「観察結果の報告を伺いに」スーツ姿の男は構わず淡々とそう言った。
「観察期間にはまだ時間がある筈だが?」
「状況が変わりました。貴方様の判断を聞きたいとの声が出ています」
「チッ、良からぬ情報だな」武彦が頭を掻きながら溜息を吐く。「素直なガキンチョって所だな。ま、虚無に堕ちる事はないと見て良いだろう」多少無茶をしがちだが、と呆れる様に笑いながら武彦は言った。
「解りました。貴方の意見は上に伝えます」
「って事は、観察期間は終了するのか?」
「いいえ。終了はしません。が、虚無が動き出しているという情報が流れ始めました。あの子を虚無と接触させない為にも、事件からは離れさせ、貴方も接触を中止して下さい」
「どういう事だ?俺は虚無に堕ちる可能性はない、と言った筈だが?」
「上層部の判断です。ディテクターの判断が悪ければ即抹殺。良ければ、虚無の飼い犬になる事を避ける為、事件から遠ざける様に、との事です」相変わらずの淡々とした口調で男はそう言った。
「…解った。御苦労だったな」
「いえ、失礼します」
 男が部屋を後にする。男が帰った後で武彦は溜息を吐いた。
「…やはり、“飼い犬”でいる以上、俺に決定権はない、か…」武彦は咥えていた煙草を灰皿に押し付けた。「やっと笑顔を浮かべる“ただのガキンチョ”になれた所なんだけど、な…」

 ――ファミレスでの勇太との別れは武彦にとっても辛辣な想いだった。勇太が表情を曇らせた瞬間も、それを押し殺そうとする姿も、ディテクターと呼ばれる武彦にとって見抜けないモノではなかった。だからこそ、武彦は心を鬼にして淡々と別れを告げた。

 それから数日、勇太との連絡を取らないまま武彦は独自に“虚無の境界”を調べていた。時折ポケットから携帯電話を取り出してみるが、勇太からの連絡が来る事はなかった。強情な勇太の性格を考えればそれも武彦には解っていた。
「…ったく、あのガキ。勝手な事してなけりゃ良いがな…」
 武彦は気付いていた。工藤 勇太という少年は、真っ直ぐな心を持っている。特殊な環境に育ちながら、それでも人を信じる事。救いたいという気持ち。それらを持つには何か心の支えが必要だ。それはきっと、勇太の叔父と病の母という存在だろう。それ故に危険な部分もある。まだ目を離せる段階ではないのだという事は武彦が一番理解していた。
 マンションの自室に戻り、コートを脱ぎ捨てた武彦は床に寝そべって煙草を咥えていた。もしも“虚無の境界”が本格的に動き出し、何か大きな陰謀が動こうとしているのなら、或いは勇太にその矛先が向く可能性は否めない。柴村 百合という少女が勇太に向かって言った一言、“A001”というコードナンバー。アルファベットと数字から容易に想像出来る事。
「A001…。つまり、“何か”の計画が始まった最初の実験対象か…」
 武彦の胸がざわつく。その瞬間、武彦の頭を頭痛が襲う。

         ――「草間…さん…!たすけ…て…」

「…チッ、あのバカ…!」
 武彦がマンションを飛び出す。勇太からのテレパシーは確かに届いた。だが肝心の勇太の居場所は見当もつかない。そんな事を思った瞬間だった、武彦の携帯電話が鳴る。
「俺だ」
『ディテクター、召集です』電話越しの事務的な声の女は淡々とそう言った。『“虚無の境界”に関して動きが見られました。東京支部迄ご足労お願い致します』
「こんな時にか…。一体何事だ?」
『先日の観察対象者、工藤 勇太が虚無に堕ちたとの情報が入りました。そこに、巫浄 霧絵もいるとの情報が入りました』
「何だと!?」思わず武彦が声をあげる。「…解った。すぐに行く」
 武彦は電話を切り、急いで東京支部へと向かった。

 ――IO2、『International OccultCriminal Investigator Organization』東京支部。
 全世界に拠点を持つ“IO2”の東京支部。それは、日本におけるIO2の総本山と言っても過言ではない。特殊な能力者によって亜空間に建造されたそこには、それぞれの体内に埋め込まれた認証チップがなければ入れない。つまり、外界からの接触はほぼ不可能と言える。
 武彦がIO2の中を歩き、最深部へと足を進める。
『ディテクター…。お前がここに来るのは何年ぶりだ…』
 最深部の個室に入ると何者かの声が脳へと伝わってくる。恐らくは盗聴などを防ぐ為のテレパシー系の能力だろう。IO2はこうして指令を受けるのが常となっていた。
「無駄話に興味はない。さっさと用件を言え」
『やれやれ、相変わらずの狂犬よ…。まぁ良い。単刀直入に言おう。お前の観察対象であった工藤 勇太と言う少年が虚無に堕ちたという報告がNINJAの密偵より報告された。そこに虚無の盟主もおる』
「それは聞いている。俺への用件ってのは保護と盟主の逮捕か?」
『――抹殺せよ』
「何だと…?」武彦は耳を疑った。
『工藤 勇太は既に敵として盟主と共に動いておる。最早、能力者として保護する理由はない。盟主、そして敵対する者は全て抹殺せよ』
「馬鹿な…!俺は報告した筈だ!」
『狂犬とも呼ばれたお前が、そこまで肩入れするのも珍しいのう。だが、既にジーンキャリアがバスターズを連れて現場へ向かっておる。お前もすぐに言って援護をするのだ。現場へのGPSデータは既にお前の携帯に送らせてある』
「ジーンキャリア…?」
『鬼鮫と言ったかのう?』
「…っ!クソ…!」

「さぁ、始めようか…?」
 鬼鮫の鋭い眼光が柴村 百合を睨みつける。
「来たのね、IO2の犬風情が…」百合は不気味に小さく笑っている。「A001、アナタの力のお披露目には不足ない相手のハズよ」
「……」無機質な瞳の勇太が百合の目の前に現われた。
「チッ、あの時仕留めておくべきだったか…。まぁ良い」鬼鮫が刀を抜く。「今回ばかりはお前の抹殺も許可されている。誰も止めちゃくれねぇぞ」
「やれるもんなら、ね…。じゃ、後は頼んだわよ」百合はそう言って勇太を置いて空間を渡った。勇太は頷き、鬼鮫と共にいるバスターズを見つめた。
「バスターズ、あのガキは俺が殺る。あの娘を追え」鬼鮫の言葉にバスターズは姿を消して追走を始めた。「さぁ、かかってきな」
「…ハァ!」勇太は声をあげると念による槍状の武器を空気中に何本も作り上げた。勇太が手を振り下ろすと真っ直ぐ槍が鬼鮫へ目掛けて飛んで行く。
「無駄だ…!」鬼鮫が剣で槍を次々に叩き落した。槍を落とし終えた所で鬼鮫が勇太を睨み付ける。が、勇太は既にそこにいない。鬼鮫は勇太の次の行動を予測し、真横へと飛ぶと槍が鬼鮫の背後から飛んで来て鬼鮫のいた場所へと突き刺さる。勇太はまたすぐにテレポートをして鬼鮫との間合いを取った。
「…鬼…鮫」
「チッ、明らかに自我を失わされてやがる…。つまんねぇ戦い方だ!」鬼鮫が一瞬で勇太へと間合いを詰める。勇太はそれを避けようともせず、力を解放した。
「はぁぁぁ!!!」勇太の力が一気に爆発する。衝撃波は円状に広がり、鬼鮫の身体を吹き飛ばした。勇太はすぐに鬼鮫の目の前へと飛び、念の槍を手に鬼鮫を突き刺しにかかる。
「…っらぁ!!」鬼鮫がバランスを崩した状態にも関わらず、勇太の一撃を剣で弾き、空いていた左手で勇太の服を掴み、壁へと投げて叩き付けた。
「がっ…!」
「死ね!」鬼鮫が衝撃から態勢を建て直し、勇太へと飛び掛る。勇太はテレポートで間一髪の所を避ける。「…クククッ…。手ごたえのある奴は嫌いじゃねぇ…」
「はぁ…はぁ…」背中から地面へと叩き付けられたせいか息が不規則に乱れる。勇太は息を整えながら鬼鮫へと手を翳す。
「おせぇ!」鬼鮫がスピードをあげる。が、その瞬間に鬼鮫が足を止めて頭を抱えて立ち止まる。「ぐっ…、何をした…!」
「“精神汚染”…。お前を壊す…」
「くっ…、厄介な技を…!」鬼鮫が顔をしかめながら勇太を睨む。「…だが、これでどうだ…!」
「…っ!」精神汚染がかき消される。
「これが、俺がジーンキャリアたる所以だ…」鬼鮫の身体が変化している。筋肉が強化され、顔つきが変わっている。「化け物染みているが、本気を出させてもらおう」
 鬼鮫のスピードが爆発的に上がる。その速度は勇太の反応速度を上回っていた。勇太の側頭部へと衝撃が走る。勇太が自分の頭を蹴り飛ばされたと気付く事もなく、吹き飛ばされる。
「…ぐ…くっ…!」勇太が立ち上がり、虚ろになった目で鬼鮫を見つめる。
「ほう、よくも生きているものだ」鬼鮫が刀の切っ先を勇太に向ける。「普通の人間であれば、今の一撃で頭も砕けていたとは思うがな…。暴走した力が通常以上の力を引き出しているのか…」
「う…あぁぁ…!」突然勇太が頭を抱えてもがく。
「フン、力を制御出来ず、力に飲み込まれるか…。脆いな…」鬼鮫が鞘へ刀を収め、構える。「一瞬、一閃でお前の身体を両断してくれる」
「あ…あ…」
 鬼鮫が勇太へと襲い掛かったその瞬間、勇太が顔を上げる。
「………」勇太の身体から力が溢れ、鬼鮫を吹き飛ばす。勇太が立ち上がり、念の槍を空中に幾つも具現化し、次々に鬼鮫へと襲い掛かる。念の槍による雨の様な攻撃が止まると、大きな槍が空中に具現化される。軽く人を押し潰せるぐらいの大きさ。鬼鮫は連続した攻撃に態勢を立て直せず、勇太を睨み付けた。
「…クソ…が…!」
 念の槍が振り下ろされるその瞬間、勇太の頬を一筋の涙が伝う。

           ――「そこまでだ」

 ――何度も感じた事のある煙草の匂いが、勇太の身体の動きを止めた。勇太は念の槍を消す事もなく、その匂いを放った先を見つめる。

「勇太、そこまでにするんだ。でなけりゃ、俺がお前を殺すしかなくなる…」

 銃を構えた武彦が、勇太を見据える。

                        Episode.7 Fin

カテゴリー: 01工藤勇太, Episode, 白神怜司WR(勇太編) |

策略

 勇太に向かって百合は変わらずに手を差し伸べていた。
「どうしたの?怖いの?」
「そんな事ない」勇太は意を決し、百合の手を掴んだ。「もう迷わない。全部知って、俺がお前も助けてやる!」
「そう、それは楽しみね…」
 百合はそう言ってクスっと笑いながら空間に扉を開けた。勇太は百合の後をついて空間に開かれた扉へと足を進める。

「(…何で俺が研究に協力させられてきたのか、能力を使った実験が何だったのか、解らない事だらけだったけど、突き止めてやる…!)」

――。

「―ここは…?」
「“虚無の境界”の東京支部。つまり、本拠地よ」百合がそう言って勇太の手を離した。
「ここが…」勇太は辺りを見回す。
 どうやらここも勇太が幼少期を過ごした研究施設と類似した造りをしている様だ。様々な機械が置かれている不思議な空間。まるで映画や漫画の世界の様だとすら勇太は感じている。
「ついて来て。迷子になるわよ」
「バ、バカにすんなよな!」
 勇太は百合に連れられるまま奥へと歩いていく。薄暗いせいか方向感覚がどうにも掴めない。最悪の場合、テレポートで寮に直接逃げれば良い。
「そういえば、“私を助ける”って言ってたけど、どういう意味かしら?」歩きながら百合が勇太へ尋ねた。
「お前も実験対象の被害者だろ?俺もそうだった。何も知らなくて、俺はただ母さんを助けたくて…」
「確かに、私も実験の対象者だったのは違いないわ」百合が淡々と言葉を続ける。「騙し討ちをするつもりもないから言っておくけど、私は自分から実験に立候補したのよ」
「立候補…?」
「そうよ。それで私は今の能力を得た。A001であるキミの脳から得た情報を基に、私は手を加えられた。嫌々実験に協力してきた訳じゃないわ」
「自分から…?一体何で…!」
「勘違いしない方が良いわよ」百合が振り返る。「さっきも言った通り、“あの人”が私に全てを与えてくれた。だからこそ、私は“あの人”と共に生きる。キミがどんな綺麗言を並べようと、私の意志が変わる事なんてない」
「でも…―!」
「―着いたわよ」百合が戸を開ける。
 勇太が目にしたのは、一人の女性が椅子に座ってこちらを見ている姿だった。女性は勇太を真っ直ぐに見つめて優しく微笑んだ。
「おかえりなさい、A001」
「誰だ、お前?」
「霧絵様に無礼な口をきくな」百合が銃を構えて勇太を睨む。「霧絵様。予定通り、A001を連れて来ました」百合が銃を降ろし、霧絵と呼ばれる女性に向かって跪く。
「霧絵様ぁ?」
「フフ、憶えてないわよね。アナタと会ったのは、アナタが研究所に連れられたあの日だもの、ね。私の名は“巫浄 霧絵”。“虚無の境界”の盟主よ」
 勇太は唖然としていた。武彦から聞いていた、“虚無の境界”というテロ集団。その頭目と呼べる相手が今こうして目の前に立っている。偽物かと思えるぐらい、その姿に威圧感も恐怖も感じない。疑問ばかりが勇太の頭の中を渦巻くが、それを整理している暇なんてなかった。
「アンタが、本当に“虚無の境界”のトップなのか?」
「えぇ、そうよ」否定する事もせず、霧絵は椅子に座ったまま答えた。「それで、一体アナタは何を知りたいと言うのかしら?」
「え…?」
「アナタの心が言っている。答えを見つけたい、と。私に会い、その真実の形を知ろうとしている」
「なら、何でアンタは俺を利用した!?実験に協力しろと、そう言っていた筈だ!」
「霧絵様にそんな口の聞き方をするなと―」
「―良いのよ、百合」銃を構えようとする百合を霧絵が制止する。「彼には聞く権利がある。我々の同胞として働く事になるのだから」
「同胞…?」勇太が聞き返すが、霧絵はクスクスと笑っていた。
「そうね、始まりはテレビ番組だったかしら…。アナタが超能力少年として一躍有名になった頃、世間はトリックを使って操作した、ただのインチキだと思っていたわ」霧絵が淡々と話を続ける。「でも、アナタの披露した特殊な力は、トリックとしての説明なんてつかないモノだったわ。そこで私は確信した。アナタの能力は先天的なモノだと」
「先天的なモノ…?」
「そう。この世界には、今二通りの能力者がいる。一つはアナタみたいに、先天的に目覚める能力を持った人。そしてもう一つは、そこにいる百合の様に、人為的に能力の開発に成功したタイプ。アナタは私と同じく、前者。先天的に手にした能力者」
「だったらどうだって言うんだ!だからって、テロ行為をして良いなんて考えにはならない筈だ!」
「アナタは知らないのよ。この世界がどういう形で今を形成し、この先どういう未来を創り上げていけば良いのか…。それを知らない者はあまりに多いわ」
「何を言っているんだ…」
「数多の宗教や文明が、世界の終わりを口にしている。つまり、人間はそういった先人達の築いた運命の手の平で踊らされているのと同じ。私達はそんな世界を歩かせられてきている。滅びが定められた運命ならば、それを乗り越えずして人間は次なる一歩を迎える事なんて出来ないのよ」そう言った所で、霧絵は立ち上がった。「アナタには協力してもらいたいのよ。我々が新たなる一歩を進むまでの、礎として」
「…断る、と言ったら?」
「誰かがやらなければ、終わらない。アナタを協力させる事が出来るのであれば、そうね…。今までに実験に使ってきた子を、解放してあげるわ」そう言って霧絵は百合を見つめた。百合は何も喋らずに頷き、空間の扉を開き、姿を消した。「勿論、断る様な事があれば、実験に協力させてきた小さな子供達はもっと危険な実験に協力させる。最悪、命を落とす様な実験かもしれないわね」
「きたねぇぞ!人質取りやがって!」
「これは交渉ではないのよ、A001」霧絵は変わらずに淡々と喋る。「ただ、幾つかのプロセスを省略して次の段階へ行ける。それだけの事よ」
「お待たせしました、霧絵様」霧絵が手を伸ばせば届く位置に空間を繋ぎ、百合は子供を三人程連れて現れた。
「なら、こうするだけだ!」勇太がテレポートをして子供達の目の前に姿を現し、子供達を救おうと手を取ったその瞬間、勇太の身体に電撃が流れる。「ぐっ、うあぁぁ!」
 唐突に身体を襲った電撃に、勇太はその場で倒れ込んだ。
「キミの能力と性格を考えれば、そうしようとする事なんて容易に予測出来る」百合が口を開く。「この子達は私と同じ。自らの意志でここにいる子達よ」
「…ぐっ…」言う事を聞かない身体で勇太は百合を睨み付けた。
「さぁ、本気を出しなさい。アナタの能力はそんな程度ではないわ」霧絵が勇太の頬に手を当てる。「実験段階だったあの頃より、基礎体力もついてきている筈よ」
「くっ、どういう事だ…!」
「忘れたのかしら?」霧絵が冷笑する。「アナタの能力は対“IO2”として殲滅能力を引き上げ、殺傷能力を強化した」
「テロの為に…?」
「そうよ」霧絵は百合が連れて来た子供の一人を手招きして呼んだ。「さぁ、この子の記憶を甦らせて、思い出させてあげましょう。人格も捨て、私の道具に戻りなさい、A001」
 霧絵の言葉を聞いて、子供が勇太の頭に触れた。瞬間、勇太の頭を強烈な痛みが襲った。
「ぐっ…!あああぁぁぁ!!」
「フフフ…」

        ―一人で意気込んで、その結果がこれ…なのか…?

            ―俺は、人殺しになるのか…?

              ―そんなの、嫌だ…!
        やっと叔父さん以外にも、認めてくれたのに…。

          ―でも、きっと怒られるんだろうな…

          ―それでも…、アンタなら、きっと…

           ―「草間…さん…!たすけ…て…」

 ―乾いた涙の跡を残したまま、勇太は起き上がった。その眼に、以前の様な光は宿っていなかった…―。

 ―勇太の最後のテレパシーは、あの男にしっかりと届いていた。

「…チッ、あのバカ…!」いつもの煙草を灰皿に押し付け、男は部屋を後に外へ走り出した――。

                           Episode.6 Fin

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勇太の想い

あの研究施設での事件から三日が過ぎた。その間、武彦から勇太への連絡は特になく、勇太は随分と久しぶりに普通の日常に戻った様な気すらしていた。退屈で、なんだか窮屈な日々。そんな折、勇太は武彦に呼び出され、武彦のマンションから程近いファミレスに顔を出していた。
「よう、坊主」
 喫煙席で相変わらずの薄茶色のサングラスをかけて煙草を吸っている武彦が、歩いてきた勇太へと声をかけた。
「こんな所に呼び出すなんて、随分珍しいね」そう言いながら勇太は武彦と向かい合う様に座り込んだ。「どうしたのさ?」
「まぁ、そう急ぐな。話しは食い終わってからでも出来るだろ?」そう言うと武彦はメニューを勇太に手渡した。「好きなモン頼んで良いぞ。俺の奢りだ」
「じゃあハンバーグ&えびフライセット!」咄嗟に勇太の口を突いて出た本音に、一瞬の間が生まれた。気まずくなってしまった勇太は赤面して俯いた。「…やっぱハンバーグだけで良いや…」
「…フッ、何遠慮なんてしてやがるんだ、坊主」武彦が小さく笑って店員を呼び出す。「ハンバーグ&えびフライセットと、ホットコーヒーを」
「あ、じゃあデザートにチョコパフェ…」おずおずと勇太が呟く。
「…まぁ良い。それもついでに頼む」武彦が呆れ気味にそう言うと、店員が笑顔でメニューを受け取って下がった。
 勇太は相変わらず赤面したまま武彦の顔をチラっと見た。
「あ、ありがとう」
「素直に礼を言うなんて珍しいな。熱でもあるのか?」
「なっ、そんなんじゃねぇよ!」思わず勇太が大きな声を出す。店内から視線が集中し、勇太は気まずそうにまた俯いた。「…っていうか、どういう風の吹き回しさ?」
「なぁに、まぁ俺からのお祝いって所だな」
「…?」
 武彦はそれ以上話そうとはしなかった。煙草を吸いながら外を見ている。食事を待ちながら、勇太は考えていた。先日の研究所の一件での圧倒的な武彦の強さ。そして、自分の能力を知りながらもただの中学生として扱ってくれる存在。叔父以外に、そんな人間を勇太は知らなかった。だからこそ、ついついメニューを見て本音が出てしまった。普段なら「いらない」の一点張りだが、武彦だけは勇太の中で何処となく近しい存在にすら感じていた。
 食事を済ませている最中も、武彦は勇太を見て時折笑っていた。
「坊主、もうちょっと落ち着いて食えよな。食い物はお前と違ってテレポートでひょいひょい消えたりしねぇぞ」
「ぼ…ぼんばぼ――」
「――ちゃんと飲み込んでから話せ」
「…ぷはっ、そんな事思ってないよ!」
 こんなやり取りをしながらも、勇太は何だか嬉しかった。きっと、勇太にとって武彦は兄の様な存在だった。それに気付きはしなくても、勇太は徐々に心の距離を縮めつつあった。
 デザートのチョコパフェをつつき始めた所で、武彦は煙草に火を点けた。食事をしている間はヘビースモーカーな武彦も煙草を遠慮していた様だ。勇太はそんな事に気付く事もなかったが。
「さて、と。食いながらで良いから聞け」
「ん?」満面の笑みでチョコパフェをつついていた勇太の顔がまともな表情に戻った。
「“IO2”からの正式な通達が届いた。今回の依頼に関する報酬と、お前へと下った判定だ」
「…どう、なったの?」
「能力や人間性、それに精神的な部分。そこに対しては俺からの報告が裁量の基準になる。先ずは警戒人物という名目は脱した、といった所だな。今後、“IO2”がお前の命を狙うって事はまずないだろう」
「良かったぁぁ…。アンタみたいな奴らに狙われてたら、落ち着いて眠れもしないよ…」勇太は溜息混じりにそう言ってまたチョコパフェをつつく。
「定期的な観察は今後も続くだろうが、とりあえず俺の保護観察状態は解かれる。つまり、もう俺に無理やり付き合わされる心配はないって事だな」武彦の言葉に、勇太の手が止まった。それに気付かず、武彦は言葉を続けた。「今回の事件の捜査も協力しなくて良い。今後は“IO2”が動く」
「…そっか、そうだよね…。俺、もうアンタに付き合わなくて良いんだ、ね」そう言いながら、勇太は俯いた。
「まぁ、そういう事だ。ご苦労だったな」
 勇太のショックは、とてつもなく大きかった。心が打ち解けようとしていた矢先に、武彦から告げられた捜査終了の報せ。それは、今後お互いに関わり合う事がなくなるという事。自分の能力を知り、それでも普通に接してくれる武彦という兄の様な存在。解け始めた勇太の凍った心が、解け始めたが為に痛みを覚える。そして湧き上がる、悲しみが勇太の目頭を徐々に熱くする。
「…大丈夫だよ、慣れっこだから…」不意に勇太が呟く。
「なんか言ったか?」
「ううん、何でもない」勇太が顔を上げると、笑顔を見せた。「はぁ、やっと自由だぁー。もう、いい加減やめてよね、俺の邪魔するのさ。おかげで授業中だって睡眠不足だし、何回怒られたか解らないぐらいだよ」
「悪かったな」

       ――「嫌だ。まだ、アンタと一緒にいたい…」
                そんな事、言えるハズもない…。

「じゃあ、ごちそーさまー」笑顔で手を振って、勇太は武彦に背を向けた。表情が一瞬で暗く沈んだ事に、武彦が気付く筈はない。気付かれない様に、背を向けたのだから。
 不意に、勇太の目頭が再び熱くなる。肩が震えそうになるが、武彦はまだこちらを見ているかもしれない。そんな事を思いながら、勇太は駆け出した。少しでも早く、武彦から離れた所へ行きたかった。そうすれば、こんな悲しみからも逃れられる。そう思っていた。

 ――勇太が無口で無愛想な生活へと戻るまでに、そこまで時間はかからなかった。それでも大きな変化はあった。
「あの女の子、確か俺と同い年ぐらいだった…。何で“虚無の境界”なんかにいたんだ…」
 勇太の疑問は強く勇太の気持ちを揺らした。唐突に勇太の目の前に現れた鬼鮫。そして、武彦。“虚無の境界”と“IO2”。今まで自分だけが持っていると思って生きてきた、超常の能力。それが、知らなかった世界では当たり前の様に存在し、暗躍している現実。

「…もっと、知りたい…」

 勇太の中に必然的に生まれた興味。勇太はたった一人でも、この事件を調べると決意した。

 ――勇太がテレポートを使って訪れたのは、先日の研究施設だった。先日の騒動によって封鎖状態になっている。確かに物理的には侵入は不可能になっているが、テレポートを使う勇太には造作もなく入る事が出来る。もしかしたら、何か事件の情報があるかもしれない。そんな気持ちから、勇太は施設の中へとテレポートによって侵入した。
 先日にあの能力者の少女と戦った場所へと勇太は足を運んだ。
「あら、A001じゃない」不意に背後から声をかけられ、勇太が振り返る。
「お前、この前の…!」
 考えてみれば、至極当然の事だった。空間を操る少女。彼女にとってもまた、物理的な封鎖など意味を成さない。勇太はすぐにでも戦える様に気を張り詰めて少女を睨んだ。
「何しにきたの?わざわざ私に殺されにきたの?A001」
「そんな訳ねぇだろ!それに、俺にはちゃんとした“工藤 勇太”って名前がある!」
「名前…。そんなモノは私だって持ってるわ。“柴村 百合”っていう名前が」クスっと笑いながら相変わらずの挑発的な喋り方を百合は続けた。「で、工藤 勇太。何しにここに来たの?」
「関係ないだろ!そういうお前こそこんな所で何をしてたんだ?それに、俺を殺すんじゃなかったのか?」
「…今の私は何の命令も受けてない。だから、殺してあげたいとも思わないわ」
「…?」少女の言葉に勇太は違和感を覚える。「どういう意味だ?」
「命令があれば、私は相手が誰であろうと救ってあげる」百合の言葉の意味が、勇太には解らなかった。そんな勇太には構わずに百合は言葉を続けた。「人を救うには、人は一度死ぬしかない。“あの人”が教えてくれた真実…。だから私は“殺してあげる”の」
「…何を言ってるんだ…?そんなの間違って――」
「――なら、キミはこの世界が正しいと、そう言い切れる?」百合が挑発する様に相変わらず勇太を見て小さく笑っている。
「え…」
「言える筈ない。だって、キミは何も知らないもの。ただ、今在る物を守ろうとしているだけ…」
 勇太は目を背けた。一度は世界を憎み、世間を恨んだ事もある。だからこそ、百合の言葉が勇太の心を揺らす。そんな勇太の素振りを百合は見逃さなかった。ゆっくりと勇太に歩み寄った。
「…おいでよ、君も。世界は狂っているの。キミにも、見せてあげる。教えてあげるよ…?」
 百合が手を差し出す。いざとなれば、テレポートで逃げる事も可能だ。勇太のその慢心が、判断を鈍らせる。

      ――勇太は手を差し伸べる百合を見つめ、決心した。

                              Episode.5 Fin

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能力者

「虚無の境界…!」
「能力者の詳細までは解らないが、風の噂でな」武彦はそう言ってベッドに腰かけた。「とは言え、空間を捻じ曲げて移動されてるんじゃ、痕跡も残らないな…。追跡は難しいだろう」
「…なら、ここの空間を捻じ曲げれば、犯人がいる居場所へ繋がる可能性があるって事だよね…」勇太が呟く。
「それは言い切れない。例えばここをA地点と考え、逃亡先をBと考える。この二つの空間を繋ぐなら、同等の負荷をかける必要があるだろう」
「移動は出来なくても、痕跡を辿れるかもしれないだろ!」勇太はそう言って空間の歪が出来ていた場所に手を翳す。
勇太の念じる力に呼応する様に家具がガタガタと揺れ始める。
「…マズイ!止めろ、坊主!磁場が歪めば何が起きるか解らないぞ!」
「諦めてたまるかぁぁ!」

「-ったく、無茶しやがる…!」武彦が静まり返った室内で勇太に声をかける。どうやら能力の暴走を起こしかけた所で勇太は気絶した様だ。
「う…」
「気付いたか?」
「見えた…!行こう…!あそこなら飛べる!」勇太は起き上がり、武彦へ手を伸ばした。
「チッ、ガキは元気だな…。着いてからが本番だ。ヘタるなよ、坊主」
「馬鹿にすんなよな!」
「威勢だけは一人前だな…。一瞬見ただけで解るのか?」武彦が勇太の手を掴んで尋ねた。
「あぁ。あそこだけは間違える筈がない…!」

-東京近郊にある廃れた研究施設。
「…まさか、またここに来る日が来るなんて思わなかったよ」
「ここは?」
「…俺が小さい頃にいた施設だよ」睨み付ける様に施設を見つめて勇太は呟いた。
 ここは勇太が幼い頃に過ごした研究施設。鬼鮫と武彦が言う、虚無の境界の関連施設だった場所だった。
「…ここが、か」武彦が煙草に火を点ける。「廃施設となって随分経っている筈だが、どうやら隠れ蓑に使われていた様だな…」
「だったら、俺の手で二度と使えなくしてやる…!」勇太が拳を強く握り締める。
「何にしても、行くぞ」武彦が歩き出した。

 勇太が見慣れ、歩き慣れた施設の中を見回す。どうやら変わっていない様だが、人の出入りはありそうだ。所々に片付けられた形跡がある。
「おい、こっちだ」武彦が不意に声をかけた。
「…っ!な、何だよ、これ…!」
武彦に呼ばれ、ついていった先で勇太の目に映った光景は、異常な光景だった。
「培養カプセル…らしいな…」武彦が目の前にあるパソコンを操作しながら呟いた。「対戦闘用霊鬼兵器…。人間を媒体にする事で、従来の霊鬼兵器よりも知識や容姿をヒトへと近付ける…」
「…C213…。サンプルナンバー…」勇太が呟く。「俺はA001って呼ばれてた…」
「単純に計算すれば、二百人以上がそれからも実験に携わってきたって訳か…」
「…っ!なぁ、アレ!」勇太が不意に声をあげた。「あの子だ!あの家の女の子!」
「よし、保護するんだ。俺はIO2に報告を…-」
武彦の言葉を遮ったのは、突如空中に現れた銃と手だった。間一髪、武彦がギリギリの所で身を横に避ける。
「あれ?今の避けれちゃうんだ?」不意に背後から声がする。「凄いね、今の。普通なら気付けないよ」
「確かにここが敵地じゃなけりゃ、油断していただろうけどな」武彦が銃をコートから取り出す。「生憎そんなに温い生き方はしてないんでな」
「お、俺と同じぐらいの歳…?」勇太が呟く。
 武彦と勇太が振り返った先に立っていたのは、勇太と同い年ぐらいの少女だった。
「失礼だね、A001。キミよりは年上だよ。二年後には、ね」
「…は?」
「だって、今日ここで死ぬんだから」空間に穴が開き、少女の手に握られた銃口が勇太の後頭部に当たる。
「バカ!逃げろ、坊主!」
 武彦の叫び声と共に銃声が鳴り響く。しかし、既に勇太の姿はそこから消え、少女の背後を飛んでいた。
「何しやがる!」そのまま蹴りが少女の頭を真っ直ぐに捉えようとしていたが、勇太の足が消える。「げ…!」
「女の子の頭を真っ直ぐ蹴ろうとするなんて、やっぱりキミは死んだ方が良いね」
 銃弾が真っ直ぐ勇太の身体へと飛ぶ。当たる寸前、勇太の身体が武彦によって投げられる。そのまま武彦は振り返りざまに少女へと回し蹴りをするが、武彦の足までもが何処かへ消え、空を蹴る。
「チッ…」
 武彦が後ろへ飛び、銃を撃って動きを牽制した。
「イライラするなぁ。邪魔しないでよ、オジさん」銃弾をヒラリと避けて少女は武彦を睨んだ。
「悪いがそいつはまだ観察段階でな。死なせちまったら俺の信頼に関わる」
「いってぇ…、何も投げ飛ばさなくても…」頭を抑えながら勇太が愚痴る。
「風穴あくよりマシだろうが。それより、一度隠れる。俺を連れて適当な物陰に飛べ」
「逃げるの?女一人相手に?」
「なんだと!?」
「馬鹿か、お前。簡単な挑発に踊らされるな」
「解ってるよ!」勇太はイライラしながら武彦を連れて姿を消した。
「なんだ、意外と冷静…。やっぱりあのオジさんが厄介かも…」

「クソ、あんな奴、一発ぶん殴っちゃえば…」
「頭を冷やせ、坊主。一筋縄な攻撃を仕掛ければ、最悪こっちが同士討ちする。俺の銃弾も残弾が四発。いつアイツの仲間が来るかも読めない以上、さっさと片付ける必要がある」
「あぁ、解った」
「何だ、思ったより素直に聞くな」意外そうに武彦はそう言って銃を持ち直した。
「アンタの実力は知ってる。あの子を助けるには、言う事を聞いた方が良さそうだからな」
「とにかく、アイツを陽動しろ。援護する」
「あぁ!」
 二手に物陰から飛ぶ。勇太は敵の少女に自分の姿を確認させた瞬間にテレポートで少女の眼前に位置取り、銃を持った右手を蹴ろうと足を振る。が、少女は既に右腕を勇太の真上へと真っ直ぐ空間を繋ぎ、引鉄をひく。銃弾が勇太の脳天目掛けて飛ぶが、武彦が飛んでいる銃弾を撃ち抜いた。勇太はそのまま左手を翳し、サイコキネシスによって少女を吹き飛ばし、少女の背後へとテレポートした。
「くっ…!」
「これならどうだ!」
 再度テレポートをした勇太は少女を連れて天井ギリギリの所に浮いて出現した。そのまま勇太は重力を生かし、少女の身体を地面目掛けて投げ飛ばし、更にサイコキネシスを使って少女を加速させる。背中から真っ直ぐ地面へ降下する少女が能力を使う。地面に叩き付けられるどころか、少女は勇太の頭上へとそのまま空間を繋いで現われ、勇太に体当たりをしようとした。
 武彦の銃から二発の銃弾が真っ直ぐ勇太の真上にいる少女目掛けて飛んでいた。寸前の所で銃弾に気付いた少女は空間を開いて銃弾を転送した。転送された銃弾は真っ直ぐ屋根へと飛ばされる。そのまま少女の体当たりが勇太を直撃するが、銃弾を飛ばす為に態勢を崩していた少女の体当たりは勇太にダメージを与えるまでには至らず、勇太は武彦の横へとテレポートして体制を立て直した。
「はぁ…はぁ…」息切れしながら勇太が膝に手をつく。
「厄介ね、オジさん。あの動きを予測していたの?」少女が地面に着地をして武彦を睨み付ける。
「坊主と能力は違うと言っても、タイプは似ているんでな。推測するのは容易だ」
「でも、当てれないなら意味もないよ?銃弾に気付けば私はそれを全部移動させれるから」
「気付ければ、な」
 少女の頬を銃弾がかすめた。武彦は自分の手に持つ銃口の角度だけを話しながら傾けてノーモーションで撃った。
「え…?」少女が頬から流れる血を手で拭う。
「お前の能力は、位置の計算をするまでの微妙な時間差が生じるみたいだからな。突発的な攻撃には計算する時間がないせいで、俺の背後に銃弾を飛ばすなんて精密な計算は出来ない」武彦が煙草に火を点けて紫煙を吐く。「なら、簡単だ。気付かれずに撃つか、零距離で撃てば良い。それだけの事だ。今のはただの脅し。まだやるなら次は当てるぞ」
 武彦の言葉に沈黙が流れる。勇太も驚きのあまり言葉すら出ずに見つめていた。何も気付けなかった。一瞬の油断。それすらも、武彦にはないと感じざるを得ない。
「フフ…ご名答。でも、オジさんの銃弾はもう空っぽよね…?」
 ニヤリと笑う少女。勇太も思い返していた。確かに、今ので四発目。ついさっき物陰で武彦が言った残弾数だった。しかし、そんな勇太の焦りを他所に、武彦がまたノーモーションのまま銃弾を放った。銃弾は少女の右足をかすめた。
「うっ…!そんな、何故…!」少女の態勢が崩れる。
「そう、今ので五発。俺が坊主に言った言葉を空間を繋げる事で盗み聞きでもしていたんだろう。だからこそ、坊主の攻撃も陽動だと気付いていた。俺への警戒を怠らず、空中での俺の攻撃に対応するだけの警戒心を持っていた」
「まさか…」
「そう、残弾数は嘘に過ぎない。お前の坊主への対処は“解っている攻撃”に対するモノだった。違和感があった」
「策士ね…。良いわ、どうせここにはもう用もないもの…。今日は引き上げてあげる…」
「待て!」勇太が空間を繋いだ少女を追おうとするが、武彦が勇太の肩を掴んだ。「何すんだよ!今なら捕まえられるじゃないか!」
「今優先するのは、被害者の保護だ。放っておけ」
「フフフ、また会いましょうね…。次は絶対殺してあげる…」
 少女の言葉が虚しく響き渡る。施設の中には再び静寂が戻ってきた。
「…クソ…って…、あ…」悪態をついた瞬間、勇太の膝が崩れる。武彦が倒れこむ寸前に勇太を抱きとめた。
「力の乱用による反動だな」
「だ、大丈夫だよ。これぐらい、何とも…!」
「良いから暴れてないで座ってろ。何にしても今回はよくやった。お前が空間を歪ませるなんて無茶をしなければ、あの子は助からなかったかもしれない」武彦が未だ眠っていた被害者の少女を見てそう言った。
「…そっか、あの子、助けれたもんな…」
 勇太の顔に、笑顔が灯った。武彦はそんな勇太の顔を見て、小さく笑っていた。勇太はそれに気付く事もなく、意識を失ってしまっていた…。

「間違いない…。動き出したか…」
 口に咥えた煙草から立ち上る紫煙を見つめながら、武彦はそう呟いた。

                          Episode.4 Fin

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号:1122 / 工藤 勇太 / 性別:男 / 年齢:17歳 / 職業:超能力高校生】

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■         ライター通信          ■
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ご依頼有難う御座います、白神 怜司です。

インフルによって体調を崩し、いつもより納品が遅れてしまい、
焦らす結果となって申し訳ありませんでした(?)

徐々に動き始めます、この戦い…!

面白い作品になれば、と尽力させて頂きますので、
今後ともよろしくお願い致します!

白神 怜司

カテゴリー: 01工藤勇太, Episode, 白神怜司WR(勇太編) |

虚栄の代償

―翌日。
 放課後になり、勇太は明らかに不機嫌そうな顔をしたまま武彦の家のドアの前に立っていた。
「おーい、いるのかー?」ドアをドンドンと叩きながら勇太は声をかけた。「いないなら帰るぞー。バカ探偵ー」
「…お前は何がしたいんだ?」
 不意に横から声をかけられ勇太が振り返ると、煙草を咥え、手にはコンビニの袋をぶら下げた武彦が立っていた。
「何がって…!?」勇太が肩を震わせながら武彦を睨みつける。「アンタのせいで学校で寝て、先生にバレて怒られたんだよ!どうしてくれんだ!」
「…はぁ…」憤りをあらわにする勇太を横目に武彦はドアの鍵を開けて扉を開いた。「人ん家の前で叫んでると思えば…。そんな程度の事でいちいち目くじら立てるな、正直やかましいぞ」
「なっ、人の話聞いてんのか―」
「―そもそも、だ」武彦が勇太を睨む様に見降ろす。「たかが二十キロ圏内の家を探るのに明け方までかかりやがるお前が原因だ。便利な能力も使う人間次第。馬鹿と鋏は使いようとは言うが、お前は鋏程も使えないって事だな」
「あ、あんなにテレポートを連続で使ったの初めてだったから、疲れたんだよ…!」
「なんだ、初日で泣き言か?」
「くっ…、今に見てろよ…!」
 そんなやり取りの中、二人は武彦の家の中へと入って行った。

 二人は早速近隣住所のマップを開き、それぞれにボールペンで記入を始めた。武彦が用意した被害対象者の住む家をチェックしてあるマップには文字の羅列が次々に並んでいく。
「しかし、こうして見ると気の遠い作業になりそうだな…」武彦が呟いた。「二十キロ程度でへばってる様じゃ、調査だけでどれだけの時間がかかる事になるのやら…」武彦の言葉が勇太に次々に突き刺さる。
「だ…だいたい!何でこんなチェックしてるのさ!犯人を捜すのが先決じゃないのかよ!?」
「…はぁ…」勇太の言葉に、武彦は呆れた様に溜息を吐いた。「なら聞くが、お前は犯人が単独か複数か、そして犯行の方法。その全てが解っているのか?」
「それは…」勇太が口ごもる。「捕まえて全部聞き出せば良いだろ?」
「ならもしも、複数の集団による犯行だったとして、一人が帰らない事を知り、誘拐されて未だ生きている子供が殺されたとしても“仕方ない”と片付けられるのか?」
「…!」
「お前の考えは浅すぎる。無駄にリスクを背負うだけだ」淡々とそう言うと、武彦は煙草を灰皿へと押し付けた。
「…じゃあ、夜中に異変が起こる事にさえ気付けば良いんだよね?」
「そういう事になるが、範囲が広すぎる」
「…試したい事があるんだけど」
「試すのは構わないが、それが失敗だったらまた一人被害者が増えるかもしれないぞ?」
「失敗なんかしないね。俺が本気になれば、こんな事件、すぐに解決出来るさ」

 夜が訪れる。勇太が高を括った理由を武彦は何も聞かず、昨夜と同じ場所に訪れた。
「さて、見せてもらおうか、お前の本気とやらを」
「要は、異変が起きれば俺がテレポートで飛べば良いんだろ?簡単じゃんか」得意気に勇太はそう言った。「この街全部の音を聞いていれば、おかしな事があれば気付けるって事だよ」
 勇太が目を閉じて能力を開放する。
「ほう、テレパシーの応用って所か…」
 武彦が煙草を咥え、火を点けた。勇太は高見の見物をしている武彦の鼻をあかしてやるとでも言わんばかりに能力の範囲を一気に広げる。昼間に比べ、人通りの少ない夜中の街中は静まっている。勇太はそう確信していた。
 次々に声や物音が勇太の中へと流れ込んでいく。あまりの声の多さに勇太は頭が割れそうな程の痛みを感じていた。
「く…ぐあぁぁ…!」
「おい、大丈夫か、坊主」
「へ…平気さ…!こんなのどうって事…!」
 強がってはみるものの、あまりに多い音の集合体を勇太自身が全く処理出来ていない。声や音が混ざりあい、聞こえてくるものは酷いノイズにしか聞こえない。意識すら遠くなりかけた所で、ノイズの波を寸断する様に突如勇太の頭の音が途切れた。

       『―さぁ、おいで。君の夢を叶えてあげよう』

「うっ…!」勇太がその場に崩れる。酷い音と能力の使い過ぎによる反動で身体が言う事を聞かない。息も切れ、言葉すら出て来ない。「…西…十キロぐらいの…家。誰かが…」
「何か見えたのか?」
「女の子…が…」勇太はその場に倒れ込んだ。

 
「――う…ん…」
「目が覚めたみたいだな」
 勇太が目を覚ましたのは、武彦の部屋のベッドの上だった。
「…犯人は?」
「逃げられた。俺が駆け付けた時には、少女が行方不明になったと家族が気付き、警察を呼んでいた」武彦が椅子から立ち上がり、勇太の胸倉を掴み、引っ張りあげた。「良いか、坊主。今回の失踪は、昨日と同じ調査を繰り返してさえいれば未然に防げたかもしれない物だ。お前がくだらない意地やプライドで高を括った結果が、子供一人をみすみす犯人に渡す結果を導いたんだ!」武彦が掴んでいた勇太の胸倉を手放した。勇太は何も言えず、俯いている。
「…ごめん…」
「ごめんで済む問題だとでも――!」
「―…ごめん…」不意に勇太の俯いた顔から涙が零れていく姿に武彦は気付いた。「…俺のせいで…」
「…チッ」バツが悪そうに武彦が頭をポリポリと掻く。「明日、犯人の痕跡を調べられる様にIO2に手配した。俺が行くから、お前は家に帰って大人しく待ってろ」

 勇太にとって、武彦に責められる事も仕方ないとすら思っていた。ただ自分の慢心が、武彦の言った通り被害者を生み出す結果になってしまった事。それが、何よりも悔しかった。もしも武彦の言う通りに動いていれば、少女が攫われる前に自分が現場に行けたかもしれない。そう思うと、余計に自分に腹が立った。

「――何しに来た?」
 翌日、武彦が少女の家を調べに行こうと外に出ると、勇太が家の前に立っていた。
「俺も連れて行ってくれ」
「無駄だ。昨日の一件でお前は未だ力が戻ってない筈だ」武彦が勇太の横をすり抜けて歩き出す。
「力は確かに充分には戻ってない…。けど、あの子が攫われたのは俺のせいだ!俺はあの子を助けたいんだ!」
「助けたければ、俺の邪魔をするな」不意に武彦が立ち止まり、勇太へと振り返る。「汚名を晴らしたい気持ちは解るが、今は一刻も早く犯人の情報を手に入れる必要がある。お前が来た所で、足手まといにしかならない」
「…頼む…!」勇太は深く頭を下げた。
「…何の真似だ?」
「俺は、どうしてもあの子を助けたい…!IO2とか、虚無の境界とか、俺の観察結果なんて関係ない…!」
 勇太の言葉に、武彦は黙ったまま勇太を見つめていた。小さく笑った武彦の表情を、勇太は見る事もなく、ただずっと頭を下げていた。
「何が出来る?」
「…え?」勇太が顔をあげた。
「現場にいって、何をするつもりだと聞いているんだ。内容如何では、連れて行かない事もない」
「…サイコメトリーする…」
「サイコメトリー…。触れた対象の物体や人の過去を覗く能力か…」武彦は呟いた。
「知ってるのか?」
「あぁ、そういう能力もある、とだけな。まぁ良い。時間が惜しい。さっさと行くぞ」
「…あ、あぁ!」

 ――少女の家の前。さながらマフィアの様な男がスーツ姿で門の前に立っていた。
「お待ちしておりました、ディテクター」
「あぁ。こいつは今回の観察対象になっているガキだ。このまま中に連れて行くぞ」
「はい。どうぞお通り下さい」
 武彦と男のやり取り。勇太はそんなやり取りを見て不思議に感じていた。
 武彦の言う通り、中立の立場であるならば、本来武彦はIO2はほぼ対等か、或いは外の人間と判断され、見下す様な扱いを受ける筈だ。にも関わらず、IO2の人間が敬語を使って話しをしている。さらには、あの鬼鮫。鬼鮫程の男が、武彦を相手に勇太を譲った。勇太の中に疑問が生まれる。

「ボーっとしてる場合か?」
 不意に武彦について行きながら考え事に耽っていた勇太に武彦が声をかけた。
「あ…、うん。ごめん」
「…素直に謝られるのも違和感だな。ここが少女のいた部屋だそうだ」
 武彦の後をついて歩いた勇太は、家の中にある階段を昇り、二階の奥にある一室へとやって来ていた。
「…多分、犯人はこの部屋にいた筈なんだ。あの時、声がした」
「声?」
「うん、『―さぁ、おいで。君の夢を叶えてあげよう』。昨日、女の声がそう言ってた」
「女、か…。犯人は女なのか…?」武彦はそう言って顎に手を当てた。「とにかく、サイコメトリーしてみてくれ」
「うん、やってみる…」そう言って勇太は少女が使っているだろうベッドに手を伸ばした。「(…何か手掛かりがあるハズだ…!)」
 人の為、誰かの幸せを願って振るう力。勇太は不意に、研究施設にいた頃を思い出しながら手を触れた。あの頃、母を想いながら力を使っていたあの頃の温かい気持ちを蘇らせていた。

 ――昨夜の光景に繋がった。低学年生ぐらいの少女がベッドに横になっている。そこに、突然空間が捻じれる様に扉が開いた。
「(…これは、テレポートじゃない!?)」勇太はそんな事を思いながらその場所をただ見つめていた。
「―起きなさい。私を喚んだ仔…」眠っていた少女が不意に呟いた。「さぁ、おいで。君の夢を叶えてあげよう…」
「(…どういう事だ…?)」
 勇太は目を疑った。不意に空間が捻れ、開いた何処かへと繋がる扉。そして、少女は目を覚ました訳ではない。ただ自分でそう言って立ち上がり、扉の中へ入って行った。空間が再び捻れ、部屋は静寂を取り戻した。

「――それが、俺の見た光景…」
 勇太はありのままを武彦へと説明した。武彦は暫く目を閉じて話しを聞いて考え込んでいた。
「…どうやら、今回の事件は思っていたより大きいみたいだな…」
「え…?」
「空間を繋ぐ能力の持ち主。一人だけ、俺の知っているヤツがいる…」
「一体誰が…―」
「―虚無の境界」勇太の言葉を遮った武彦は、目を開け、勇太を見つめた。「そいつは、虚無の境界の人間だ」

 勇太の前に、再び虚無の境界が牙を剥こうとしていた…―。

                             Episode.3 Fin

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