択一の選択

「草間…武彦…?」
「あぁ」紫煙を吐きながら、その奥から睨み付ける様な威圧感は尋常ではない。武彦が言葉を続ける。「お前、“虚無の境界”のモルモットだったと聞いたが、奴らとどういう関係だ?」
「…アンタも、俺を知ってるのか?」負けじと武彦を睨み付ける勇太だったが、武彦のあまりのプレッシャーに、逃げ出したいぐらいの恐怖すら感じていた。
「そう斜に構えるな。俺がもしお前を消そうと思っていたなら、わざわざお前が起きてから話しをしようとしていない」
「ハッ、どうだかね。情報を得てから俺を殺そうとでもしてるかもしれないじゃないか」
「そんな回りくどい事はしないさ」
「信用出来る訳ないだろ?」勇太が牙を剥く様に武彦を睨み、すぐに動ける様にしゃがみ込む。「でも、甘かったね。こんな所、俺なら――」
「――甘いのはお前の方だ、坊主」武彦が一瞬で銃を勇太の額に突き付けた。勇太がそれに気付いたのは、引鉄を引き、カチャっと音が鳴った後だった。「もしお前が言う様に、情報を得るだけが目的なら相応の手段は俺も持っている。それに、超能力を使う一瞬、お前はその力の制御に集中する為に一瞬の隙が生まれる。俺ならその一瞬の間に、お前の眉間にこいつを撃ち込める」
 冷や汗が頬を伝う。勇太は確信した。この男、草間 武彦には一瞬の隙も油断もない。どう足掻こうと、勝てる気配すらない。
「…解ったよ、質問に答える」勇太はその場に座り込んだ。
「なかなか素直だな、坊主」
「工藤 勇太…。坊主なんて名前じゃない…」
「解った」武彦は表情を和らげ、銃を目の前の机の上に置いた。
「…鬼鮫…。アイツも言ってたけど“虚無の境界”なんて俺は知らない。俺はただ、お母さんを幸せにする為にって言われて実験に協力してただけだよ」
「本当に、それだけなのか?」
「俺だって馬鹿じゃない。嘘なんて言わないよ。アンタみたいな普通じゃない奴に嘘ついても、どうせすぐにバレるに決まってる」
「物分りが良くて助かった。下らないやり取りは好きじゃないんでな」武彦はそう言って手元にあるコーヒーを口にした。「単刀直入に言おう。工藤 勇太、お前は今ある組織から目を付けられている」
「組織…?」
「International OccultCriminal Investigator Organization…。通称、“IO2”」
「IO2…。確か、鬼鮫もそんな組織の名前を…」
「そうだ。アイツはIO2直属のジーンキャリアと呼ばれている。ある方法によって驚異的な力を手に入れた。先天的に持っているお前とは対照的な立場だな」
「それが俺にどういった理由で目を付けてるって言うんだ?」
「…勘違いされても困るので言っておくが、IO2はどちらかと言えば正義側についている組織と言える。一般的な視点で言えば、超常の事件などに対する警察組織と思ってくれれば良い」
「それは無理だね。警察組織と言われるIO2なら、何で俺が唐突に襲われたのさ?」
「順を追って説明するから黙って聞け」反抗的な態度の勇太を武彦は一喝する。「鬼鮫はお前を“虚無の境界”の関係者と睨んでいた様だ。“虚無の境界”とは、世界に滅亡をもたらそうとしている危険な集団の事だ」武彦は咥えていた煙草を消し、また新しく火を点けた。「本来であれば、お前を連れて尋問をした上で処遇について決定する所だったが、好戦的な性格でな。そのせいで話しがこじれてしまったが」
「……」黙ったまま勇太は武彦を見ていた。
「どうした?何か質問でもあるのか?」
「…黙って聞けって言ったじゃないか」
「チッ…、まぁ良い。とにかく、お前の処遇については今後俺がIO2から指示を仰ぐ形になる。何らかのテストを行う可能性もあるが、その時は追って連絡をする。今日は帰れ」
「あのさ、質問だけど…」
「何だ?」
「アンタもIO2の人間なのか?」
「俺は探偵(ディテクター)、中立の立場だ。IO2の犬になる気も、虚無の境界を特別憎んでもいねぇよ」
「そっか…」勇太はそう言うと、テレポートでその場を去った。

 ――自室に戻った勇太は、働かない頭で考え込んでいた。相変わらず鬼鮫から受けた傷は痛み、身体は軋む。その上、目が覚めた時に自分に話しをしていた“草間 武彦”と名乗った男。只者じゃない動き、威圧感。超能力を持った勇太でも敵わない人間。勇太は初めて恐怖を感じた。
「…IO2に、虚無の境界…。意味解んねぇ…」
 ベッドに横たわり、考えながらも勇太はその日、眠りに就いた。

 翌日、学校から帰宅している最中の勇太の前に武彦が姿を現した。
「お前に対する処遇が決定した。細かい説明をしてやるから付いて来い」

「昨日話した通り、お前の処遇を決定する為の条件をIO2は提示してきた。お前にはある事件の解決に協力してもらう」
 武彦の部屋に案内された勇太は昨日と同じ場所に座り込み、話しを聞いていた。
「事件の解決?」
「そうだ。この所、小さい子供の失踪事件が多発していてな。お前には俺と一緒にその事件の解決を手伝ってもらう事になった。それが、お前を危険人物か否かを判断する材料として、IO2は正式にこの一件を俺に委託してきたって訳だ」
「ふーん…。それ、もし俺が断ったらどうなる訳?」
「そうだな。お前を虚無の境界の関係者と見なし、処分する。それが、危機を未然に防ぐ結果だったと言われるだろう」
「はぁ…、俺に選択の余地はないって事ね…」溜息混じりに勇太はそう言った。「解った、協力するよ」
「それがお前が生きる為の唯一の方法だ」武彦はそう言って幾つもの紙が連なっているファイルを勇太の前に放った。「それが今回の事件の詳細だ。目を通せ」
 勇太は武彦から渡されたファイルに目を通し始めた。
「そこに載っている少女達のほぼ全員が、今回の事件の被害者と思われる人数だそうだ。正直、正気の沙汰とは思えんがな…」
「こんなに…?」勇太は愕然としていた。延べ二十名以上の写真とデータが書き込まれている。「でも、違うかもしれないっていうのもあるんじゃないの?」
「確かに、その可能性はある。が、そこのファイルに名前と写真が載っている子は、どれも似た状況下で消息を経っているんでな。恐らく、同じ手口による物だろう」
「どういう事?」
「そこにいる行方不明の子供達は、いずれも“家族が寝静まった真夜中に忽然と姿を消した”という情報が入っている。しかも、外に出て行った形跡はない。どういう事か解るか?」武彦が煙草を咥えながら勇太を見つめた。勇太は答えを探っているが、どうやら見当も付かない様だ。「つまり、何者かの工作が仕込まれている可能性が高い、という事だろ?」
「そうか…」勇太は少しの間考え込む。「でも、外に出た形跡がないのに、どうやって子供を?窓から侵入したとか?」
「まずはそう考えるのが自然だ。だが、マンションに住む子供も今回の事件の被害者には多い。よって、考えられる可能性は、それを可能にする手口を考え込んだ人間の存在、もしくは…」
「俺と同じ、超能力者…!?」
 今までの勇太であれば、その答えには至らなかっただろう。自分だけが特殊な力を持っている。ほんの数日前まで、勇太はそう考えていた。鬼鮫に出会い、草間 武彦と出会った事で、勇太の価値観は少しずつ変わろうとしていた。
「そういう事だ。俺とお前に課された依頼は、内容こそは違うが目的は同じ所にある。いつまでもひねくれてないで、順応しろよ、坊主」
「だから、俺は――」
「――工藤 勇太、だろう?名前で呼ばれたきゃ、それ相応に俺から認められる様になるんだな」
「…解ったよ。アンタに協力すれば良いんだろ?」
 
 ――勇太が武彦の家から寮へと戻った頃には、既に街は夕闇に包まれていた。武彦に言われ、勇太は今回の事件のあらゆる情報を頭に叩き込む様に言われ、数時間もファイルと睨めっこを続けていた。
「…連続少女失踪事件…。真夜中に何の手がかりも形跡も残さずに姿を消してしまう…か…」ベッドに横たわりながら天井を見つめる勇太はそう呟いていた。
 不意に携帯電話が鳴り出した。着信番号は見慣れない数字の羅列。
「もしもし?」
『坊主か。どうやら番号は合ってるみたいだな』
 受話器越しの声の主は武彦だった。
「なっ…、何でアンタ俺の番号を?」
『調べさせてもらった。今後はお前も用がある時はこの番号にかけてこい』
「しれっと言ってるけど、犯罪じゃないの?」
『言った筈だ。IO2は警察組織みたいなモノだと』呆れた様に溜息混じりに武彦はそう言って言葉を続けた。『早速今夜からこの近くに住む失踪対象年齢の少女が住む家を一件ずつチェックする。さっさと外に出ろ』
「ちょっ、ちょっと待ってよ。急過ぎるって…!」
『お前の都合に合わせてたら解決する事件も解決しない。さっさと出て来い』そう言って武彦は一方的に通話を切った。
 勇太は不機嫌な表情でテレポートをして外へと出た。寮の外の路地に出ると、武彦が相変わらず煙草を咥えて立っていた。
「俺はここを中心に西半分を見る。お前は東半分の家をチェックしろ。おかしな動きがあればすぐに電話をかけてこい。とりあえず、今夜は半径二十キロ圏内を全部チェックするんだ」
「二十キロって…、いくら何でも…!」
「最初だから譲歩してやってんだ。それぐらいこなしてみせろ、坊主」
「…だぁ、もう!解ったよ!」
 勇太はそう言うと、すぐに直近の対象の家の近くへとテレポートを始めた。

 こうして、二人に課された任務の火蓋は切って落とされた。

                              Episode.2 Fin

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知らぬままに振られた賽

 東京にある、寮付きの中学校。寮付きの中学校として、日本各地、更には世界各国からの生徒が通うこの中学校に、“工藤 勇太”は在籍していた。
 中学生活に、勇太は特に不自由もなく過ごしていた。勇太の“能力”を知られぬ様に、普通の学生生活を問題を起こさずに過ごす事。それこそが、勇太を支援してくれている父の弟である叔父の期待に応える唯一の方法だった。
「工藤君、これが宿題のプリントだって」同じクラスの女子が勇太に話しかける。
「ん、どうも」勇太はただその一言だけを告げてプリントをさっさと鞄にしまった。
「あ、あのさ。今度、皆で宿題の勉強会を寮の一階にある広間でやろうと思うんだけど、良かったら…―」
「そういうの、俺は行かないから」
「…そう、だよね」
「あぁ…」
 勇太はいつも通りに無愛想に振舞っていた。そのまま勇太は女子生徒を背に歩き出した。そんな態度を取っている自分が、いたたまれないからだ。

 幼い頃、人によって傷つけられた自分。そして、そのせいで精神を病んでしまった母。勇太はそんな過去を未だ引き摺っていた。人を信用すれば、いずれまた、傷付けられるかもしれない。それが、勇太にとっては怖かった。

 だからこそ、自分の心が多少痛んででも、勇太は人にわざと冷たく接した。近付かれない様に。

 

「こんな塀も見回りも、俺には関係ないもんね…っと」
 超能力者である勇太には大きく三つの力がある。サイコキネシス(念動力)にテレポート(瞬間移動)、そして苦手ではあるがテレパシー(念話)である。勇太はその内のテレポートを使い、容易く門限に厳しい寮から抜け出していた。
 一人を満喫したいと言えば聞こえも良いし、格好も付くかもしれないが、それは勇太の真意とは違った。

 ―幼い頃の研究所での暮らしと似ている、規律だらけの暮らし。それが、勇太にとっては息が詰まるだけだった。

 何をする訳でもないが、ただ自由に外を歩き回る事が、勇太にとっての一つの趣味だった。そうする事で、生活が似ていても、自分が自由だと実感出来る。それだけが勇太の散歩の理由だった。
「あの…、やめて下さい…!」
 いつもの散歩のコースに入っている公園に勇太が差し掛かった所で、不意に声が聞こえて来た。
「良いだろ、お姉さん。俺達とちょっと遊ぼうよ」
「私、急いでますから…!」
「おっと、そんな逃げる事ねぇだろ?」
「放して…!」
 男が二人掛かりで女性一人をナンパしている様だ。
「いい加減にしなよ、アンタ達。その人、嫌がってるよ」
「…あ?」男の一人が勇太へと歩み寄る。「なんだ、ガキじゃねぇか。格好つけてねぇで、家に帰りな」
「女一人に二人がかりじゃなきゃ声がかけれないアンタに、ガキ呼ばわりされたくないなぁ」
「んだと!?」男が勇太の胸倉を掴む。「一度痛い目にあわなきゃ解らねぇみてぇだな!」
「アンタが、ね」
 勇太の言葉と同時に、胸倉を掴んでいた男の即頭部を落ちていた空き缶が強打する。勇太が操って命中させたのだった。予期せぬ横からの攻撃に怯んだ瞬間、男の手を振り払った勇太は手を翳し、横へ振った。その動きと同じ様に男は横の茂みへと吹き飛ばされた。
「何しやがった!」もう一人の男が勇太へ殴りかかろうと駆け出そうとした。
「無駄だよ」勇太が男の後ろにテレポートし、男を後ろから蹴り飛ばす。勢い良く転んだ男の眼前へ、勇太はまたテレポートした。「あそこでのびてるお兄さんを連れて、さっさと失せてよ」
 勇太がそう言うと、男は恐怖に顔を歪めながら男を無理やり担ぎ、必死に逃げ出した。
「もう大丈夫…―」
「―来ないで…!化け物…!」
 勇太が歩み寄ろうとした瞬間に、女性は脅える様な表情を浮かべてそう言った。勇太は少し寂しく笑って、テレポートをしてその場を去った。
「…あんなガキ、IO2のデータ記録にはないな…」
 木陰から勇太を見ていた図体の大きい男が呟いた。サングラスをしたその風体は、明らかに怪しい雰囲気を放っている。
「“虚無の境界”の人間か否か、調べる必要がありそうだな…」

 数日後、勇太は相変わらず同じ時間に決まったコースを歩いていた。公園に差し掛かった所で、勇太は足を止めた。
「…化け物、か…」
 あの時助けた筈の女性が口にした言葉は、昔聞いた言葉と同じだった。
「…工藤 勇太だな?」
 寒気がした。背後から威圧感のある低い声が勇太の動きを封じる様に放たれた。勇太はその恐怖を振り払う様に振り返った。
「…誰?」
「IO2のジーンキャリアだ」
「…?」
 聞き覚えのない単語を、勇太は理解出来ずにいた。サングラスをかけた、がっしりとした体格の男は不思議な筒状の物を手に持ち、勇太を睨みつけていた。
「超能力者、工藤 勇太。幼少期に数多くのテレビ番組に出るが、世間の弾圧によって姿を消した。その後、ある研究所にて人体実験のモルモットとして実験に協力…」
「…!何でそれを…!」
「そして、その研究所こそ、“虚無の境界”によって造られた研究施設…」
「虚無の…境界…?」
「お前を殺すにせよ取調べをするにせよ、飛び回られては面倒だ」男は手に持っていた筒状の物から刀を引き抜いた。どうやら鞘にしまわれていた日本刀の様だ。「動けなくしてから、話しを聞こう」
 刹那だった。勇太の眼前に一瞬で間合いを詰め、男は刀を振り下ろした。勇太は寸前の所でテレポートをして男の後ろへと回り込んだ。
「…あぶねぇ…。なんなんだ、アンタ!?」
「俺の名は鬼鮫。さっきも言った通り、IO2に所属するジーンキャリアだ」
 鬼鮫と名乗る男は勇太へと振り返ると、また凄まじいスピードで勇太へと斬りかかった。勇太はテレポートで今度はそのまま後方へと飛び、近くにあったベンチを宙に浮かせ、鬼鮫へと目掛けて飛ばした。剣でベンチを斬れば、隙が出来る。勇太はその隙に乗じて背後へ回りこみ、反撃をしようと試みる。
「こんな物で目を眩ませられると思ったか」鬼鮫はベンチを横へ蹴り飛ばし、テレポートした先の勇太へと刀を振り下ろした。
 刀が腕をかすめた。ギリギリの位置で勇太は身体を逸らし、横へ避けれた。避けなければ、腕が飛んでいただろう。勇太はテレポートで木陰へと逃げる様に姿を隠した。
「なかなかの作戦に反応だ。だが、所詮は子供騙しだな」鬼鮫が勇太へと聞こえる様に声をあげた。「戦況を不利と見て、冷静になる為の時間を稼ぐ。それもまた、戦闘において重要だ」
(…はぁ…はぁ…、クソ…!なんなんだ、意味の解らない事ばっかり言って、いきなり襲い掛かってきて…!)勇太は木陰から鬼鮫を見ながら考えていた。(とても正攻法じゃ勝てない…!逃げるしかないか…)
「だが、俺はジーンキャリア。血の臭いに敏感でな」鬼鮫が木陰に隠れていた勇太を睨み付ける。
「…くっ!」目が合った。
 次の瞬間、鬼鮫の剣撃が勇太の身体を吹き飛ばす。木陰から広い空間へと吹き飛ばされた勇太は一歩も動けず、意識を保つのが精一杯なまま、鬼鮫を見た。
「手ごたえのねぇガキだな。取調べるにしたって、この程度じゃ生かす気にもならねぇ。くたばれ、小僧」

(…俺、死ぬのかな…?)

(…死にたくない…。お母さんを、残して…)

(…死にたくない…!)

「う…ああぁぁぁ!!!」
 鬼鮫が刀を振り下ろそうとした瞬間、鬼鮫は背後へと一気に吹き飛ばされ、公衆トイレの壁へと叩き付けられた。力の暴走。勇太に既に理性はなかった。
「くっ…、なんて潜在能力してやがる、あのガキ…」鬼鮫が倒れていた勇太へと視線を移す。が、そこに勇太の姿はなかった。「しまった…!」
 衝撃が鬼鮫の背を走る。背後から壁を突き破り、勇太の放ったサイコキネシスが鬼鮫を吹き飛ばした。
「…やってくれるじゃねぇか!」鬼鮫が立ち上がり、勇太へと殺気を放つ。「楽しくなってきたぜ!」
 勇太が構える隙もなく、鬼鮫は今まで以上のスピードで勇太へ詰め寄り、横へと刀を薙ぎ払った。勇太の身体を鬼鮫の刀が強打する。サイコキネシスの防御膜がなければ、あっさりと断絶されていただろう。それでも、勇太の身体は吹き飛ばされ、あばらからは鈍い音が聞こえた。
「うあぁぁ!」勇太はあまりの痛みに胸を押さえる様に倒れこんでいた。
「虚無の境界に肩入れする前に、ここでお前を殺す!」
 鬼鮫が間合いを詰め、勇太の首を斬り飛ばそうとした瞬間。銃弾が鳴り響いた。鬼鮫の刀は銃弾によって横に逸らされ、地面を叩き斬っていた。
「…何のつもりだ…?」鬼鮫が銃声の鳴った原因を睨み付ける。
「何のつもりか、それは俺の台詞だ」煙草を咥えた男が鬼鮫を睨み付ける。
「…ディテクター…!」苦々しげに鬼鮫は吐き棄てる様に言葉を呟き、刀を鞘へとしまった。
「お前のIO2に対する報告では、『能力者を見つけた。尋問する』という内容だった筈だ。今の攻撃、俺が止めなければそこにいる小僧は死んでいたぞ」
「…こいつは工藤 勇太。十年近く前に人体研究をしていた、虚無の境界によって造られた研究施設のモルモットだった小僧だ」
「だとしても、どう処理するのか決めるのはお前が決める事ではない」煙草の煙を吐き、男は勇太へと近づく。「このガキは俺が預かる。上にも俺から報告しておく」
「…チッ、興を削がれた。勝手にしろ」

 この夜の出会いこそが、勇太の人生を変える大きな事件だった。

「…ん…ここは…」
「よう、目が醒めたか」煙草を咥えた男は勇太を見て声をかけた。
「…アンタは…?それに…、鬼鮫とか言う奴…!アイツは!?」
「まぁ落ち着けよ」男はそう言って勇太に缶コーヒーを渡した。「俺は敵じゃねぇ。とりあえずそれ飲んで、昂ぶった気持ちを静めろ。色々話したい事がある」
「…アンタ、何者なんだ…?」

「俺は草間。草間武彦だ。よろしくな、坊主」

                           Episode.1 Fin

カテゴリー: 01工藤勇太, Episode, 白神怜司WR(勇太編) |

It’s Show time

「――クリスマスのプレゼントに?」
「はい。我が孤児院で催事を行いたいのですが……」

 どんな無茶ぶりだろうか、と武彦は小さくため息を漏らした。まったくもって探偵の仕事ではないのだが、などとも言える相手ではないのだ。
 相手としてやってきたのは、この近くにある『白雪学童施設』、いわゆる孤児院の院長だ。何かと仕事を頼んでくれるのは有難いのだが、それが探偵業務とは関係ない仕事が九割を占める。

 ――その上、この人は少々特殊な力を保有した、『能力者』に精通している。

 彼は異能の力――つまりは超能力やら魔法やらには理解がある。
 それを子供達に見せた所で、それはトリックや仕掛けにしか見えないだろう、との考えから能力者達に精通している武彦にこんな依頼を頼んだのだ。

 ――つまりは、ショーをしてくれ、と。

「衣装はなければこちらで用意します。そうですね、出来れば2人ぐらいでやって頂ければ幸いです」
「2人ねぇ……。俺は付き添いで良いんだな?」
「はい。催しの内容はお任せします。ヒーローショーやマジックなんかでも、おおいに結構です」

 そんな事を告げられ、依頼料に折り合いをつけた武彦。

 子供の夢を盛り上げる為に、一肌脱いでやるか。
 ――と、武彦は思う訳もなく、一肌脱いでやってくれそうな知り合いへと電話をかける事にした。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

「へー、ショーかぁ。楽しそうですね」

 草間興信所に呼び出された少年、工藤 勇太は小さく呟いた。
 彼の記憶にも、今回の状況と酷似した経験がある。

 ――遠い昔、自分のいた孤児院。

 クリスマスには質素ながら、院長達によって催されたクリスマスパーティーがあったのだ。
 
 温かい記憶の一ページとして、それは今の勇太にとっても心の中にしっかりと息づいている。

「それで、もう一人なんだがな」
「草間さんじゃないの?」
「悪いが俺じゃないんでな。もうすぐ来ると思うけどな――」
「――おまたせしましたー」
「あ、凛」

 武彦と勇太が話し合う中、背後から現れたのは護凰 凛だった。

「……凛、何で巫女姿なの?」
「催し、と聞いたのですが……?」
「ワザとだよね!? 敢えてのトライだよね!?」
「あら、バレましたか」

 たはーとため息を吐いた勇太に、凛は相変わらずふふっと笑っているだけだった。凛はどちらかと言うと、勇太を驚かせたりツッコミを入れさせたり、というのが好きなだけで、ただそれだけの為に今回も巫女姿で登場するという冒険を繰り出したのだった。

「っつー訳で二人共、頼んだぞ」
「さぁ、行きましょう、勇太。街はすっかりクリスマスムードですよ」
「クリスマスムード漂う中で巫女姿っておかしいからね!?」

―――。

 孤児院に着いた勇太達は、早速控え室と称された一室にそれぞれ通され、院長によって用意された衣装に身を包んでいた。
 来る途中で凛と話した結果、とりあえずは勇太の能力を使ったマジックショーという事に話が落ち着き、院長には伝えてある。

 勇太は衣装の中から“いかにも”と言わんばかりの燕尾服を手渡された。

「うへー、なんか恥ずかしいな……」

 鏡を見つめながら勇太は小さな声で呟いた。そんな折、部屋をノックされて返事をする。

「勇太、入って良いですか?」
「どうぞー」

 凛の声に勇太が返事をして、勇太が振り返る。

「ぶっ! な、ななな、何て格好してんのさ!!?」
「似合いますか?」

 勇太の目に飛び込んで来たのは、何故か露出度が高く、肩から透明の肩掛けを垂らし、半袖の申し訳程度の袖。そして下はミニのスカートを履いたサンタの衣装を来た凛だった。
 胸元を露わにし、足は膝まである赤いブーツ。頭にもしっかりと帽子を被り、凛が勇太に見せるようにクルっと回って見せた。

「だめーっ! そんなの子供に悪影響過ぎるよ!」
「似合ってませんか……?」

 瞳を潤ませながら、勇太に向かって凛が歩み寄って手を取り尋ねる。
 思わず視線が下へと落ちていく勇太がブンブンと首を振り、真っ赤な顔で凛を見つめた。

「いや、似合ってないって言うか、その、似合ってるけどさ!? こ、子供には悪影響って言うか、大人にもちょっと悪影響っていうか!?」
「……ふふ、こんな服があったので、勇太に見せようと思っただけです」
「へ……?」
「これは勇太の前だけでしか着ませんよ。こんな露出度の高い服、私も恥ずかしいですから……」

 顔を赤くして凛がクルっと振り返る。

「え……、俺の前だけって……」
「なんでもありませんよ。着替えて来ますね」

 ドアを閉められた勇太はしばらくの間顔を真っ赤にしてその場で立ち尽くしていた。

 結局、大幅に露出度の低くなった黒いパンツスーツに何故かウサ耳を頭につけた凛が、勇太と共に準備を終えて舞台裏とも呼べない廊下へと歩み寄る。
 室内からは子供達がジングルベルを歌う声が聴こえ、何処となく懐かしい気持ちになった勇太は、小さく微笑んでいた。

「では皆さん。今日はみんなの為に、マジックをしてくれるお兄ちゃん達が来てくれてまーす! みんな、拍手ー!」

 わーっと歓声が上がる中、勇太と凛が部屋の中へと入って行く。

「今日はみんなの為に、色々な魔法を見せちゃいまーす!」

 わーっと再び上がる歓声。子供達の前で勇太が手を振って答え、凛がステージ上でその横へと立ち、一本の黒塗りのステッキを勇太に手渡した。

「ここに、タネも仕掛けもない普通のステッキがあります。では、これからこのステッキを浮かしてみたいと思います!」

 勇太がクルクルと回していたステッキを自分の目線より少し上に飛ばし、サイコキネシスを使ってステッキを空中で浮かして止めた。

 おぉーっと歓声が上がる中、何人かの子供達がつまらなそうな顔をして口を開く。

「あんなん何か仕掛けてるに決まってるよ!」
「それだけー!?」
「他に何か出来ないのー!?」

(むっ、な、なかなか目が肥えた子供がいる……)

「はーい、今からこのコップの中に、コインが瞬間移動するマジックも――」
「――見飽きたー!」
「そういうのテレビで見たもん!」

 凛の言葉を子供達が遮る。さすがに凛もこの状態は予想していなかったのか、笑顔が引き攣っていく。

「……ならば、今日はみんなにとっておきの“大魔術”を見せちゃおうかな……?」

 勇太がステッキを落とし、子供達に向かって手をコキコキと鳴らしながら怪しい笑みを浮かべる。

「はーっ!」

 勇太が子供達に向かって手を翳すと、子供達の身体が徐々に浮かび上がる。

「うわー!?」
「何これー!」
「すごーい!」

 アハハハと子供達が大はしゃぎする中、凛は思わず勇太を見つめて小さく笑っていた。
 何処かやり過ぎな感も否めないが、勇太が楽しそうにしている笑顔を見て、凛はそれはそれで何処か満足気な顔をしていた。

「ねーねー! これってタネあるのー?」
「タネ教えてー」

 そう来たか、と凛が少し困ったように勇太を見つめると、勇太は少しの間目を閉じ、真剣な表情で考えこみ、やがて目を開けた。

「……マジックです(キリッ)」
「質問の答えになってなーい」
「マジックですから(キリリッ)」

 このやり取りをしばらく続ける、勇太と子供達の押し問答だった。


――
―――

「いやー、終わったねー」
「ふふふ、勇太も楽しそうでしたね」

 すっかり暗くなった夜道を歩きながら、勇太と凛は何処か満足気な顔をして歩いて帰る。

「……俺さ、小さい頃にクリスマスのパーティーってやった事あるんだ」
「……そう、だったんですか」

 凛は知っている。勇太の過去を。
 昔勇太から聞かされた幼少期。それを思い出させる事になってしまう事を考えた武彦が、今回は勇太の同行を凛に任せたのだった。

「クリスマス、とか俺にはあんまり思い出ってないけど、パーティーは楽しかったんだ」
「……今日みたいに、ですか?」
「ま、俺が小さい頃は超能力使ってサプライズしてくれる人なんていなかったけどね」

 勇太が笑顔を浮かべて凛を見つめてそう答えた。

 凛はその笑顔を見て、それが作り物ではないと実感していた。遠い空を見つめながら、懐かしい幼少期に思いを馳せる。
 大人であればそれは普通かもしれないが、凛の隣りを歩いている勇太はそういった優しい思い出は少ないのではないか。

 凛はただ、今日という一日を勇太にも楽しんで欲しい。その為だけに武彦からの話を引き受けた。
 恥ずかしい格好をしてみたのも、その一環だ。

「……今年もホワイトクリスマス、とはいかなそうだね」
「それでも、特別なイヴにはなりそうです」
「ん? って、おわっ!?」

 勇太の冷えた頬に凛がそっと唇を寄せた。

「勇太と一緒にクリスマスを過ごせるなら、それは私にとっては特別ですから」
「……え……ぁー……っと?」
「さぁ、勇太。行きましょ」

 勇太のポケットに入れた手を凛が追うように、勇太のポケットへと手を入れてきゅっと握り締めた。
 恥ずかしそうに顔を背ける勇太だったが、凛もそれを見ようとはせずに何処か俯いている。

「え……っと、凛……――」
「メリークリスマス、勇太」

 不意に勇太の顔を見つめた凛が、寒さのせいか頬を朱色に染めて笑顔で勇太を見上げて声をかける。

「……うん、メリークリスマス」

 ぎこちない勇太の言葉に、凛がクスクスと口に空いた手を当てて笑う。勇太は自分がしていたマフラーを外し、勇太も空いた手で凛の首にかけた。

「……寒いから」
「……はいっ」

 クリスマスのイルミネーションで飾られた街へ、二人はまるで恋人のように寄り添って歩いて行った。

                              FIN

カテゴリー: 01工藤勇太, opening(白神WR), 白神怜司WR(勇太編) |

吸血鬼に永遠の眠りを

廃墟のビルの中、満月の輝く夜に似合わない激しい爆音が鳴り響く。

「―ぐっ…こんな仕事、引き受けるべきじゃなかったな…」
 左肩に受けた傷を右手で止血しながら、武彦は生温かい自分の血の感触を味わっていた。

「フ…、人間風情がこの私と戦おう等とは嗤わせる」
 ツカツカと革靴の音を鳴らしながら、おおよそ人とは思えない恐ろしい形相をした
吸血鬼が武彦へと歩み寄る。

「…あぁ…、全くだ…。吸血鬼なんて、常人が勝てる様な相手じゃねぇよ」
 諦めたかの様に笑みを浮かべた武彦が吸血鬼たる相手へと告げた。
「伝説上の生き物退治なんて依頼、受けなきゃ良かったと後悔してるさ」

「ならば後悔と共に血肉を屠ってくれる」
 吸血鬼が詰め寄り、鋭い爪を振り翳す。

 高額な資金を積まれ、武彦が引き受けた吸血鬼退治。やはり一筋縄で片付く様な
相手ではない。
「…とまぁ、一人だったら無理な仕事だったろうな」
 武彦は自分の背後に立つ人物の気配を感じ、静かに呟いた。

*************************

「やれやれ、遅かったじゃねぇか…。勇太」
「わぁ! 草間さん大丈夫? 俺、今絆創膏しか持ってないけど…使います?」
「馬鹿な事言ってる場合か」武彦の冷たいリアクションが勇太へと拳を振り上げる。
「冗談だってば~」タハハと笑いながら勇太が武彦の拳を避け、吸血鬼を睨み付けた。「まぁ後は俺がなんとかしますから、そこで休んでて下さい」
「ほう、若いの。随分威勢が良いではないか」吸血鬼がクックックと笑って勇太を睨み返す。
「かかってきな! 万人受けする血液型O型の俺が相手だ!」
「バカ野郎…」武彦が思わず溜息混じりに呟く。「お前、そんなに調子良さそうな事言って、吸血鬼相手にどう戦うつもりだ?」
「え? どうしたらいいですかね?」
「おま…っ! さっきまでの自信は何だったんだ!?」
「い、いや、てっきり草間さんが秘策を持ってて、足止めしてればどうにかしてくれるのかな~って…、あははは…」
「フフフ、余興は終わりかな? 行くぞ!」
 吸血鬼が勇太へと真っ直ぐ向かって来る。勇太はテレポートを使い、吸血鬼の背後へと回り込んだ。
「とりゃああ!」勇太の蹴りが吸血鬼の背を捉えようとした瞬間、吸血鬼が姿を消す。
「甘いぞ、小僧」耳元に声が聞こえ、勇太の身体に衝撃が走る。吸血鬼の強烈な蹴りで勇太が壁へと叩き付けられる。
「勇太!」
「…いっててて…、動き早いなぁ」叩き付けられ、壁が崩れる程の衝撃に襲われたと言うのに、勇太は平然と立ち上がって制服についた埃をパンパンとはたく。
「ほう…、無傷とは…」
「甘く見ないで欲しいなぁ」勇太が深呼吸をして両手を左右に広げた。「これならどうだ!」
 具現化される巨大な黒い球体が浮かび上がり、吸血鬼めがけて飛ぶ。
「破壊力重視か、その程度のスピードでは私は捕らえられんぞ」
 武彦も吸血鬼の言葉に同感した。相手が動きの遅い敵ならまだしも、吸血鬼のスピードには到底追いつけないだろう。そんな事を思った瞬間、勇太はニヤリと笑った。
「はっ!」勇太が球体へと手を翳すと、球体が砕け、四方八方へと急に速度を上げて飛び散った。
 武彦と勇太の周りだけは避け、砕け散った球体はコンクリートで造られた柱や壁面を押し潰す様な形跡を残し、周囲一帯全てへ爪痕を残した。
「グラビティボールの改良版。油断したね。さっさと避けなかったからだよ」勇太がへへへっと笑いながら吸血鬼へと告げる。確かに吸血鬼の身体には幾つかの傷跡が残っている。飛散した球体の欠片が吸血鬼の身体にも傷を負わせていた。
「見事だ。だが、この程度の攻撃、大した事はないな」吸血鬼がそう言うと、傷が再生する。
「う、ズルい…」勇太が再び手を翳す。「なら、再生出来なくなるまでやってやる!」
「そうはさせん」吸血鬼が一瞬で間を詰め、勇太へと鋭く尖った爪を振り下ろす。
「そう来ると思った!」テレポートでギリギリの所を避け、勇太が手を翳す。念の槍が無数に召喚され、吸血鬼へと襲い掛かる。
「甘い!」一閃。吸血鬼が手を振り払っただけで強烈な衝撃が生まれ、念の槍を消し去り、勇太が吹き飛ばされる。「小僧、吸血鬼の本来の強さを知らないと見える」
「ぐっ…くそ! 草間さん、アイツ強いよ!?」立ち上がって吸血鬼を指さしながら武彦へと勇太が叫ぶ。
「バカ野郎、吸血鬼で弱いヤツなんているか!」武彦が思わず大声を張り上げて立ち上がろうとするが、傷が痛んで思わず顔を歪める。
「妖魔や妖怪。そういった亜種の混ざる者達と私を一緒にしない事だ!」再び腕を一振りする。地面を抉りながら爪から放たれた斬撃が勇太へと向かって一直線に襲い掛かる。
「こんなもん!」勇太が斬撃を腕で振り払う。「へっ! 俺の能力なら、いくらでも防げるもんね!」勇太はサイコキネシスで腕を覆い、斬撃を薙ぎ払ってみせた。
「面白い…」吸血鬼が腕を振り、斬撃を放ちながら勇太へと歩み寄る。勇太はそれを避けては薙ぎ払い、直撃を免れながら機会を窺っていた。
「かかった!」勇太がぐっと右手を突き出すと、周囲に散っていた先程のグラビティボールの破片が再び姿を現し、吸血鬼めがけて収束する。「おまけだ!」
 勇太が左手を振り下ろすと、念の槍が次々と具現化され、グラビティボールの目の前へ現われた。一瞬で鋭利な刃が重力を纏って吸血鬼の身体へと次々と突き刺さる。
「“鉄の処女”《アイアンメイデン》。今思い付いた新技だよ」勇太がグラビティボールとサイコシャベリンを組み合わせた新技、“鉄の処女”を成功させ、その場でヘタリと座り込んだ。「これならいくら吸血鬼でも…―」
「―残念だったな」“鉄の処女”の中から声が響き渡り、一瞬にして勇太の攻撃は霧散してしまった。
「…は、はは…。タフだね、アンタ…」
「あれでも生きてやがるのか…」
 勇太と武彦は思わず呆れた様に呟いた。吸血鬼の身体に空いた無数の穴が一瞬で消え去る。
「実に良い技ではあったが、私にはまだ届かない様だ」吸血鬼が勇太を見つめる。「その能力に敬意を表し、本気を出させてもらうぞ」
「え、ちょっと! そういう敬意いらないから!」
 勇太の声とは裏腹に、吸血鬼が力を込める。禍々しい気が周囲に充満していくのが解る。身体を縛り付ける様な恐怖が蔓延している。
「…っ! 勇太! ヤツと目を合わせるな!」武彦が叫ぶ。
「目?」思わず勇太が目を見てしまう。紅く光る瞳が勇太の目に映ると同時に、勇太がガクンと項垂れた。
「ほう、魔眼を知っていたのか、人間。なかなか博識だな」吸血鬼が武彦へと振り返るが、武彦は顔を見ずに吸血鬼の胸元へと視線を落とした。
「吸血鬼の能力の一つだったからな。魔眼ってのは、他人に幻覚を見せたり操ったり、そんなタチの悪い能力だったか…」
「その通り。さぁ、小僧。私の僕となり、その男を殺せ」
「…はい…」勇太が虚ろな瞳をして武彦へと歩み寄る。
「クソ、確か魔眼の効力は宿した吸血鬼が死ぬか、太陽の光りに触れるまで消えない…! 夜が明けてもここじゃあ…」武彦は周りを見つめた。
 どうやら外は既に朝を迎えようとしている様だ。しかし、この廃ビルの中には朝陽は入って来ないだろう。そんな事を考えていると、武彦の身体が何かによって縛り付けられた様に動かなくなってしまった。
「くっ、勇太…!」武彦の身体を縛っていたのは勇太のサイコキネシスによるものだった。勇太が武彦へと手を翳し、武彦へと歩み寄る。
「死ね…!」勇太が手を振り払うと、武彦はそのまま吹き飛ばされ、壁へと叩き付けられる。
「…っ! ぐはっ…!」武彦が倒れ、勇太を見つめる。
「仲間に殺されて死ぬのはどうだ、人間よ」吸血鬼と勇太が吹き飛ばされた武彦の元へと歩み寄る。吸血鬼が武彦の近くで足を止め、見下しながら冷笑を浮かべる。
「…くそったれ…。勇太、後で憶えてろよ…」
「後などない。ここで死ぬのだからな…。やれ」
「嫌だなぁ、そんなに怒らないでよ。ちゃんと受け止めたでしょ?」吸血鬼の背後から勇太が声をかける。
「なっ…!」思わず吸血鬼が振り返ると、勇太が手を上へ振り上げ、巨大な念の槍を造り上げていた。「貴様、魔眼を受けながらどうやって…!」
「残念でした。自分に精神汚染かけたから、アンタの術は届いてないよっと!」勇太が念の槍を投げつける。間一髪の所で吸血鬼が横へ避けるが、腕を切り落としたまま念の槍が壁へぶつかる。「爆ぜろ!」
 勇太がそう叫ぶと、念の槍が拡散し、コンクリートの壁を砕いて外の光りがビルの中へと差し込んだ。広げた指先を丸めながら、勇太がニヤリと笑って吸血鬼を見つめた。
「吸血鬼って事は、太陽の光り浴びたら終わりでしょ?」
「…っ!」
「これで終わりだ!」勇太が手を握り締めると、念の槍が幾重にも収束して鏡の様に光りを反射させる。
「ぐっ…があぁ!」吸血鬼の身体に太陽の光りが当たった瞬間、吸血鬼の身体は砂の様に崩れ出す。「くっ…、おのれ…!」
「草間さん!」
「美味しい所もらう様で悪いが、俺にも奥の手ってのがあるんでな!」武彦が銃を胸元から取り出し、吸血鬼を撃ち抜いた。
「ぐっ…、これは…!」
「銀を溶かした液体で造ったペイント球だ。お前には有効だろう?」
「…ぐっ…フッ…ハハハ…! 見事だ、人間…!」吸血鬼の身体がみるみる灰となって崩れていく。「また会おう…! 私は死の王…! いずれ貴様らの命、必ず屠ってくれる…!」
 高笑いを残し、吸血鬼は灰となって散っていった。勇太は灰へと歩み寄り、武彦へ振り返った。
「どうします、これ? 塩でもふっておきます?」そう言って勇太は笑いながら武彦を見つめた。
「バカばっかり言いやがって…いってて…」武彦も漸く表情を緩め、勇太へとそう言って再び座り込んだ。「…ぼろぼろだな」
「ホントですよ…」勇太も漸くその場に座り込み、呟いた。
「勇太、絆創膏くれ」
「え、嫌ですよ。俺使いますもん」
「…年上をちったぁ敬えよ、勇太…」
「普段は年寄り扱いするなって言うクセに、こういう時だけは都合良いですね…」
「…この野郎、良いからよこせ」
「い・や・だ!」
 激しい戦いが終わった直後だというのに、ここで再び戦いの幕が切って落とされようとしていた。
「良いだろう…、そのひねくれた態度。改めさせてやる…」
「もう今の俺だったら負けませんよ?」

 灰となった吸血鬼がいる事をすっかりと忘れたかの様に、二人にとってのいつもの日常が戻って来ようとしていた…。

                                     FIN

カテゴリー: 01工藤勇太, opening(白神WR), 白神怜司WR(勇太編) |

少女の心に巣食うモノ

「だぁかぁらぁ…!」武彦の眉間に皺が寄る。「そこの張り紙!読めねぇのか!?」
 武彦の指差す先に貼られた、『怪奇ノ類、禁止』の張り紙は、もはや左上の画鋲が落ち、無残な形のまま壁から剥がれかけていた。

 親子で武彦に向かって頭を下げる姿は、まるで借金の取立てをしている武彦に延期を求めている様にすら見える。零は昨日観たテレビの中の時代劇の影響でそう感じていた。

「…酷いです、お兄さん」
「俺か?俺が悪いのか!?」

「お願いします…!この子の心に巣食った“悪魔”を、取り払って下さい…!」

 聞けば、少女はある日から突然、蝋人形の様に表情を変えなくなったという。心配になった母親は、何件もの病院を連れて歩いたという。しかし、診断は“異常なし”との事。それでは納得が出来ず、母親はある心霊現象の専門家に診せに行った所…――。

「この子の心は凶悪な悪魔に憑かれている」と言われたそうだ。

 どうすれば良いか尋ねた所、何故かここ草間興信所を訪ねる様に言われたそうだ。

「何故そこで俺の名前が挙がるんだ…」武彦が愚痴りながら携帯電話を手にした。

 とりあえず、道連れにしてやる、とでも言わんばかりに、
 
 武彦はある人物へと電話をかけた。

——————————————–
 

「―って訳で勇太。お前の能力ならどうにか出来るんじゃないかと思った訳だ」
「んー…」説明を受けた勇太は暫く考え込む様に腕を組んだ。「試してみる価値はあるかもしれないけど、成功するか解らないですよ?」
「八方手詰まりな現状よりは、可能性でも模索していくしかないんでな」紫煙を見つめながら武彦は続けた。
「そっか…、そうですよね」勇太の顔が明るくなる。「で、もし幽霊とか悪魔だったら、俺がヤバい気がするんですけど?」
「その時はその時だ。そっちに詳しい奴に任せるさ。まずは原因を調べないとならねぇからな」
「…草間さん。今さらっと俺の身の危険については触れずに話し逸らしましたよね…?」
「…さて、そろそろ行くぞー。少女を苦しませているままってのは俺のポリシーに反するからな」
「ひでぇなぁ…」

 草間興信所からタクシーで二十分程走った先にある閑静な住宅街。武彦と勇太はとある大きな屋敷の前でタクシーを降りた。
「まさか、このバカデカい家があの依頼人の家、なのか…?」
「すげぇ…、門から家まで歩かなきゃいけない家なんて初めて見ましたよ、俺…」
 高い塀に囲まれた敷地内の奥に、大きな館が見えている。勇太は口を開けたまま中を覗き込んでいる。武彦はそんな勇太に構わず、門に取り付けられたインターホンを押して反応を待っていた。
『はい?』
「あぁ、草間興信所の草間 武彦ですがー…」
『奥様からお話しは伺っております。どうぞ中へお進み下さい』インターホンの声の主はそう言うと一方的に接続を切った。それとほぼ同時に、門が自動的に開く。
「金持ちって凄いですね…」開く門を見つめながら勇太は呟いた。
「あぁ、一度はこんな暮らしを味わってみたいもんだがな」
「んー、でも、草間さんは今の生活の方が良いんじゃないですか?」
「まぁ確かに、窮屈かもしれないけどな」
「それもありますけど、似合わないですよ、草間さん」
「…この野郎」
 勇太なりの仕返しだった。

 家の中へは依頼人である少女の母親が案内を務めた。幾つもある部屋に、途中で見かける雇われた使用人。さながら、中世の貴族の家でも見ているかの様な気分に、勇太はなんだかむず痒い感想を抱いていた。
「こちらが娘の部屋です」
 部屋に入ると、少女はベッド脇にある古い椅子に座っていた。年の頃は勇太よりも少し幼い感じがする。部屋にかけられた制服が、都内でも有数の名門女子学校の生徒である事を物語っている。
「娘の名前は有希と言います。都内の有名校、白桜の中等部に通っておりますが、三ヶ月程前からこうして一切の言葉にも反応をしなくなってしまい、意識もあるのか解らなくなってしまいました…」
 武彦が有希の顔を覗き込んだ。
「ふむ…。確かに、意識がない様にも見えるな…」
「お願いします。一刻も早く、娘を元に戻して下さい…」
「勇太、どうにか出来そうか?」
「やってみる」
「どうかお願い致します…。私は片付けなければならない仕事がありますので、御用の時は廊下にいる使用人に声をかけて下さい」

「で、何を試すんだ?」
 有希の母が出て行って数分後、武彦は痺れを切らして尋ねた。
「俺の能力に、テレパシーがあるのは草間さんも知ってますよね?」
「あぁ。って言っても、あまり得意じゃないって聞いた記憶があるが…」
「そう。俺にとって、テレパシーは一番扱いが難しくて、苦手なんです。だけど、あの能力の波長を少し変えて、対象と自分の意識をリンクすれば…――」
「――成程。そういう考え方も出来るのか…」ブツブツと武彦は考え始めた。「だが、理論上は可能だろうが、実際そこまで細かい変化を出来るのか?」
「はい。“精神共鳴”と呼ばれる能力です。研究所にいた頃、実験で何度かやった事があるんです…。ただ、この研究は完成する前に中止になりました。下手をすれば、相手の精神に侵された俺の精神が崩壊してしまう可能性もあるから」
「なんだと…?」
「だから、もしも俺が一時間、いや二時間。二時間経っても目を覚まさなかったら、殴ってでも起こしてもらえますか?」
「ダメだ」武彦が真剣な表情を浮かべて勇太を見つめた。「そんなリスクをお前が負うのなら、この仕事は降りる。元は畑違いな仕事だ。そこまでする必要はない」
「気持ちは嬉しいですけど、俺はやりますよ」
「何を言って…――」
「――俺じゃなきゃ、この子は助けられないかもしれない!心配してる家族がいる…。俺は、この子を見捨てたりしない!」
 沈黙が流れた。武彦は勇太の目を見つめるが、勇太の目は真っ直ぐ武彦を見つめていた。武彦は諦めた様に溜息を吐いた。
「一時間半だ」
「…え?」
「一時間半経ってお前が目を覚まさなければ、俺はお前を無理にでも起こす。良いな?」
「…はい!」
 勇太はそう言うと、少女の手を握り目を閉じた。“精神共鳴(サイコ・レゾナンス)”が始まろうとしていた。
「行きます…!」

 ――勇太が目を開けた。何もない空間に勇太は立っていた。
「誰?」
 不意に声をかけられ、勇太はすぐに構える様に手を振り翳しながら振り返った。そこには、有希が座っていた。
「初めまして。俺は工藤 勇太」溜息を吐き、警戒を解いた所で勇太はそう言って有希を見つめた。「君の世界に入らせてもらった」
「そう。何しに来たの?」
「君を現実に連れ戻す為に来た。君のお母さんも心配している」
「あの人が心配しているのは、私じゃない。私だけど、“私”じゃない」
「どういう事…?」
「あの人は、“自分の出来損ないの娘”が問題を起こしているから不安なだけ。“有希”が心配な訳じゃないわ」
 冷たい感情が勇太の心にも流れ込む。有希の言葉の意味を、共鳴する事で共有している勇太は誰よりも解っていた。この子が抱いている感情は、どうしようもない悲しさに埋もれている。勇太はそんな事を感じていた。
「そんな事ない…。君のお母さんは――」
「消えて…!」
 有希の言葉によって勇太は身体に衝撃を受けた。精神の世界では、感情や想いがそのまま攻撃にも防御にも変わる。勇太の身体からは力が抜け、勇太はその場に崩れ落ちそうになりながら有希を見つめた。
「違う!君は、そんな事をしたい訳じゃない筈だ…!」
「違わない!これは私の意志!あの人が憎い!だから苦しめてあげるの!」有希の顔に歪な笑顔が浮かび上がった。「憎い…憎い!あの人が私を壊していく!だから私が壊してあげる!」
 勇太の身体に、とてつもなく冷たく重い感情が流れ込む。

          ――「何で、私を見てくれないの…?」

「これは…!」激しい有希の精神波の中に、有希の記憶が混じっている。

          ――「何で、私を認めてくれないの…?」

「私が!私が壊してあげる!あの人を…!私が!」
 狂っている。そうとすら思わずにいられない程、有希の顔は歪に歪んでいた。狂気に満ちた笑顔。だと言うのに、頬を伝っていく涙。勇太はその意味を理解した。激しい精神波に身体を傷つけられながら、勇太は必死に有希へと一歩ずつ距離を縮めていく。
「邪魔するな…!邪魔するなぁぁ!」一層強く暗い感情の波が流れ込む。勇太はその波に傷付きながら、それでもまた一歩踏み出した。
「もう、良いんだ…」勇太が有希を無理やりに抱き締めた。
「くっ…!邪魔を…!」
「もう良いんだよ…」勇太が更に強く抱き締めた。「認めて欲しくて、なのに、認めてくれない…。それが、辛かったんだろ…」
「お前に…何が――」
 有希が勇太の腕の中で、その動きを制止した。勇太が有希の過去を見た様に、有希もまた、勇太の過去を見た。勇太が叔父に引き取られた、あの日の記憶。
「辛くても、苦しくても…!諦めちゃダメだ…!」
「――うっ…」
「アンタは頑張ってきた…!俺が、認めてやるから…!こんな事で折れずに、…生きろ!」
「うっ…あぁぁ…!!」

「――もうすぐ、時間だな…」武彦は腕につけていた時計を見つめながら呟いた。
「うっ…」
「勇太…!気が付いたか!」武彦が勇太の身体を揺すりながら叫ぶ。
「大丈夫…。さすがに、ちょっとしんどいけど、バッチリ成功したよ。もうすぐ目を醒ますと思う…」
「解ったから少し休んでろ。俺は依頼人に報告してくる」
「うん…」

 少し経った頃、武彦と依頼人である有希の母が部屋へと戻ってきた。有希は目を覚まし、母に抱き締められながら涙を流していた。有希の母もまた、無事に意識が戻った事に喜び、涙を流していた。
「あの…」勇太が静かに口を開いた。有希の母が勇太へと振り返った。「認めてあげて下さい、有希さんの事…」
「え…?」
「信じられないかもしれませんけど、彼女の記憶を見たんです」勇太は構わずに静かに続けた。「テストの点とか成績とか、頑張ってもうまくいかなくて…。なんとかなっても、それをアナタが認めてくれなくて…。それが原因で、有希さんの心は閉ざされていったんです…」
「そんな…。有希、本当なの?」
 有希はその問いに、ただ静かに頷いた。声を殺しながら、有希の母は口を手で押さえた。
「誰かに認めてもらうだけで、それを実感するだけで、人は変われると思います…。だから…」
「ごめんなさい…、気付けなかったのね、私」有希を抱き締める母の手が、更に強く有希を抱き締めた。「ごめんなさい、有希…」
 少し困った様に泣きながらも笑う有希とその母の姿を見つめながら、勇太は自分の母の姿を思い出していた。

 不意に有希と目が合い、勇太はニカッと明るく笑ってみせた。

 ――自分も、いつかこういう風に母と接する日が来れば、どれだけ幸せなのだろう。勇太はそんな事を思いながら、沈んだ心を胸に秘めながら――。

「よくやってくれたな、勇太」帰り道で沈んだままの気持ちを抱いた勇太の頭を、武彦は叩く様に撫でた。「さすが、俺が認めた男だ」
「褒めなくて良いんで、報酬に色付けて下さいね」
「このガキ…、妙にしおらしいと思って下手に出てりゃ…!」
「いつも通り、ですよー」

 再び、勇太はニカっと明るく笑顔を浮かべた――。

                                 Fin

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号:1122 / 工藤 勇太 / 性別:男 / 年齢:17歳 / 職業:超能力高校生】

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■         ライター通信          ■
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いつもご依頼頂き、有難う御座います。白神 怜司です。

相変わらずの工藤 勇太クンを書く事を楽しませてもらいました。
思春期・多感な時期ならではのキャラクター性が出せたと思いますが、
いかがでしたでしょうか?

気に入って頂けると幸いです。

それでは、またお逢い出来る日を愉しみにしております。

白神 怜司

カテゴリー: 01工藤勇太, opening(白神WR), 白神怜司WR(勇太編) |

忘却の手鏡

「おや、こいつは…―」
 不思議な品の中で、一つの鏡が光を放っていた。派手な装飾によって縁を飾られた由緒ある手鏡として蓮の元へと辿り着いた物。
「…“忘却の手鏡”。所有者の過去を視る事が出来る神秘の鏡…。この子も役目を終えようとしている」蓮は縁を撫でながらそう呟いた。「最期の過去は、誰を映し出そうとしているんだろうね…」
 ここ、アンティークショップ・レンへと廻り着く物はこうした不思議な現象を生み出す物は珍しくない。
「この子に残された時間は少ないみたいだね…」蓮はそう呟きながらある人物の顔を思い出していた。

 蓮の思い付きは大胆な物だった。先日、偶然店を訪れた一人の来客者。特に何を手にする訳でもなく帰ったが、蓮にとっては印象の強い客だった。容姿などが特殊な訳ではないが、頭に浮かんだ人物。蓮はクスっと笑い、“忘却の手鏡”を手に取った。
「“思い付き”というのもまた、一つの廻り合わせ…」

 蓮はそう呟き、手鏡をある場所へと送った。いつもの“ツテ”を使い、何処とも誰とも知らぬ、ただ偶然に訪れた“ある人物”へと…――。
 蓮から添えられたメッセージカードはたった一言。

       『gift to you』

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 ―勇太は納得なんてしていなかった。あの黒狼の決断。勇太自身とは真逆な生き様を選んだ黒狼の意志…。そして、自分は生き残り、まだ抗っている。己の進んで来た運命に翻弄されまいと、ただ何処かにあると願う幸福を求めて。

「…俺は、ただ欲張りなのかもしれない…―」

 勇太には解らなくなっていた。自分がやっている事が無駄な事なのか。黒狼の判断は正しかったのか…。多感な年頃である勇太にとって、黒狼の選んだ死はそれ程に大きく勇太の心を揺るがせていた。

 そんな折、あの廃工場での一件から一月と経たない内に、勇太の家にある荷物が届けられた。

「アンティークショップ・レン…?」何処かで見た事のある名前に首を傾げ、送り先を確かめてみる。間違いなく勇太に宛てられた物で間違いはない様だ。
 とりあえず、と勇太は箱を空け、中身を確認する。『gift to you』と書かれたメッセージカードには、裏面にも他には何も記入されていない。勇太はそのまま中に入っている手鏡へと手を伸ばした。

「うわっ!?」

 手を触れた瞬間、鏡の鏡面が光を放つ。勇太は咄嗟に腕で顔を覆う。

『貴方が私の最期の記憶を飾るピース…。さぁ、心の奥に眠る記憶を見せて下さい…』

――「さぁ、勇太君。私と一緒に行こう」見知らぬ男が幼い勇太の手を掴んだ。
「…お母さん…!お母さん!」
「…ごめんなさい。…勇太、ごめんなさい…」
 手を伸ばす勇太を見つめながら、勇太の母は涙を流している。
「さぁ、勇太君。君はお母さんの為にも、私と一緒に行くんだよ」男は優しく声をかけた。
「…おかあ…さん…」

  勇太は、引き取られたのだった。“特別な力の研究対象”として…――。

 物心がつく頃には、勇太はこの“特別な力”を当たり前の物として受け入れていた。まるで手足を動かす様な感覚で対象物を操ったり、制御が出来ず、意図しないままにテレポートをしてしまい、迷子になって捜される事もあった。そして、ふとした瞬間に両親の心の声を聞いてしまう事もあった。

 ―そんな力を、母は受け入れてくれていた。

 ―そんな力を、父は徐々に畏れていった…。

 善悪を知らない勇太は両親の本心を読み取る度に、得意気にそれを言い当てていた。母はいつもその力を褒め、頭を撫でてくれていたが、父はそんな勇太を睨み付ける様な眼差しで見つめ、無言で何処かへ行ってしまっていた。父の態度や行動を見ていた母は、勇太を庇う様に抱き締めていた。

 勇太が三つの時、父は何も言わないまま失踪した。

 母は気丈に振舞っていたが、勇太には解っていた。むしろ、解ってしまったのだ。母の心がいつも悲痛に泣いていた。それでも、しっかりしなくてはならない、と言い聞かせる様に、勇太にはいつも通りに明るく優しい母で在った。幼いながらも、勇太はそんな母の意志を知り、気付いていないフリをし続けてきた。
 しかし、父という存在がいなくなり、生活は一変していた。母が父に代わって働きに出る時間が増え、いつも疲れきった表情で家に帰る。徐々に笑って話をしたり、勇太を抱き締める事もしなくなっていた。勇太は一人、家でテレビを見つめながら毎日を過ごしていた。

 そんな折、勇太が見ていたテレビ番組で超能力特集が取り沙汰されていた。勇太は自らが持つ特別な力を、初めて“特別”な物だと理解した。

 ―それから間もない頃、勇太はテレビに映っていた。母に頼まれ、勇太は能力を披露する。次々と色々なテレビ番組に出て、その度に勇太は有名になっていた。母が笑う事が多くなり、勇太は自分の能力で母を救う事が出来たと喜んでいた。

 そんな勇太を、世間はインチキだと批判を始めた。

 勇太やテレビ局への弾圧は日に日にエスカレートし、ついにはテレビ局側も勇太を使う事を取り止めた。残された二人は、周りから白い目で見られる様になり、母はまた笑わなくなってしまった。
 買い物をしに商店街を歩いていた二人に、ある男が石を投げた。
「インチキ野郎共が!いつまでもこの町にいるんじゃねぇよ!」
「お母さん!」
 母の顔に当たった石は額を割り、血を流させていた。周囲の大人達もまた、勇太達をただ白い眼で睨み、怪我をした母を助けようとはしない。
「…何で…!」
「そんな詐欺師、誰も助けたり庇ったりしねぇよ」石を投げた男が笑いながら勇太を見た。「ホラ、坊主。悔しかったら得意の“超能力”でやり返してみな」
「勇太…だめよ…」母は額を押さえながら、勇太を抱き締めた。「そんな事をしてはダメ…!」

 ―心臓が強く脈打つ。

「出来る訳ねぇか、インチキなんだからなぁ」
 見ていた周りの人がクスクスと笑っている。

 -胸が熱い。

「うわああぁぁぁぁ!!!」
 勇太が叫んだ瞬間、男は目の前の八百屋に陳列された商品に突き飛ばされる。周囲の人々が一瞬の出来事に戸惑っている中、勇太が手を翳す。商品棚で倒れていた男が空中へと持ち上がり、ジタバタしている。
「ま…マジかよ…!おい!降ろしてくれ!」
「勇太!ダメ!」
 二人の言葉は勇太には聞こえていない。勇太は男を地面へ叩き付けようとした。
 ―瞬間、バチっと音が鳴り、勇太は気絶した。
「やれやれ、こうなっては仕方ありませんね…」男が勇太を抱き上げる。「ここは一度撤収しましょう。御心配なく。私共はアナタ達親子の味方です」
「味方…?」
「はい。とにかく、家へ戻りましょう」
 母はそう言われ、男達と共に家へと戻った。

 -母は勇太を預ける事を選んだ。研究協力費という形でお金を受け取り、勇太を手放した。それでも良いと、勇太は思っていた。母が笑ってくれる様になるのなら、それでも良いと…。

 しかし、時が経つに連れ、勇太の心は壊れていった。

 数々の実験に薬品の投与。実験動物として扱われ、自分の名ではない研究対象のサンプル番号で呼ばれる日々。研究者達はただのモルモットとして勇太を扱い続けた。

 勇太が七つになる頃には、既に勇太が研究所に来たばかりの頃の面影は消えていた。瞳は数々の薬品の投与によって緑色に染まり、元気で豊かだった表情も感情も、残ってはいない。淡々と過ごす日々。言われるがままに実験に協力するだけの、無表情な機械人形。

 ―そんなある日。ついに政府は、この人体実験を行う研究所を摘発するべく、特殊突入部隊を投入した。研究所はあっさりと制圧され、勇太は施設へと身を移す事となった。

 -数ヶ月が過ぎた頃、勇太の元に一人の男が訪ねてきた。
「勇太君、待たせてしまって申し訳ないね」男は椅子に座って待っていた勇太の向かいにある椅子へと腰掛けた。「やはり、相変わらずの様だね…。あの施設にいた時と同じ目をしている」
「…おじさん、誰?」
「あぁ、失礼。私は工藤。君のお父さんの弟だ」工藤と名乗る男は勇太を見つめた。「研究所へ潜入した時、私も部隊の一員として君と会っているんだがね」
「お父さん…の、弟…」
「そうだ。今日から君の保護者となる訳だ。よろしくな」
「…いらない」
「…え?」
「…僕にはお母さんがいる…。保護者なんていらない…」
「…知らないんだな、まだ」工藤は溜息を吐いた。「勇太君、君のお母さんは、もう君を育てる事が出来る状態ではない」
「…なんで?」勇太の瞳に、薄ら感情の火が灯った。
「幼い君に、何をどう説明したら良いのか…」
 工藤はありのままを説明した。勇太が研究所に引き取られた後、勇太の母は“息子を金で売った”として更に世間からの厳しい弾圧の標的にされた事。そして、当の本人である母も良心の呵責から耐え切れず、自殺未遂を繰り返し、今となっては精神病院に入院してしまっている事。
「―…という訳だ」
「…お母さんは幸せに暮らしているって…、あの人達が言ってた」
「…それは君を騙す為の嘘だろう」
「…僕が実験に協力していれば…、お母さんはずっと幸せだって言ってた…」徐々に勇太の瞳から涙が溢れていく。
「…勇太君…」
「…僕は…僕は…!」勇太の頬を涙が伝う。「…お母さんを苦しめて…いたんだ…」
「違う、勇太君。気をしっかりと持つんだ…」工藤は勇太を強く抱き締めた。「自分を犠牲にして頑張ってきたんだ。自分を責めちゃいけない…」
「…意味ないじゃないか!」勇太の感情が蘇った。工藤を押しのけて勇太は泣きながら叫んだ。「お母さんを守りたかった…!なのに!苦しめて、結局は僕が壊した!僕なんて生まれて来なければ良かったんだ!僕なんて死んでしまえば良いんだ!」
「勇太!」
 工藤が勇太の頬を叩いた。勇太は空っぽになってしまった頭のまま、項垂れていた。工藤はそんな勇太をまた強く抱き締めた。
「…お前は優しい子だ…!どんな事があっても、心を強く持て!生きるんだ!」
「…だって…僕のせいでお母さんが…。う…うわぁぁぁ…!」

 ―意識が現実に戻る。不思議な夢を見ていた様な気分で、勇太は目を開けた。手元にあった手鏡が光りを失い、ただの手鏡となっている。どうやらこの手鏡の力のせいで過去を見ていた様だ。
「もう、随分経つんだなぁ…」勇太はそう言って手鏡を見つめた。
 叔父が勇太の面倒を見る様になり、学費や生活費。そして、母の入院費まで工面していた。その条件として、と、叔父はまたあの言葉を口にした。

「お前は優しい子だ。だからこそ、こんな所で折れず、心を強く持て。そして、幸せになる為に、生きる事。それが、私がお前達を支える条件だ」

「幸せになる為に、生きる事…。叔父さんもなかなか厳しいよ」勇太は笑って呟いた。「迷ってたのが馬鹿みたいだ」

「あの黒狼は死を選んだ…。けど、俺はもう迷わないよ」

「正しいとか、間違ってるとか、解らないけど…」

「生きろって言われた。生きてて良いって、言ってくれる人がいた」

「だから、俺は今日も生きていくよ」

――そう心の中で呟いた勇太の表情は、一度失ってしまった筈だった笑顔を浮かべていた。

「明るく、笑いながらさ…――」

                                 Fin

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤 勇太 / 性別:男 / 年齢:17 / 職業:超能力高校生】

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■         ライター通信          ■
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この度はご依頼有難うございました。白神 怜司です。

今回で二度目のご依頼、本当に有難う御座います。
前作“闇夜の狼”からの心の葛藤に
今回の“忘却の手鏡”に繋げ、自分なりに結論を出す、という形で書かせて
頂きました。

気に入って頂けると私も嬉しいです^^

それでは、またいずれお逢いする日を楽しみにしております。

白神 怜司

カテゴリー: 01工藤勇太, opening(白神WR), 白神怜司WR(勇太編) |

闇夜の狼

「…月のない夜に廃工場に現われる狼の様な姿をした悪霊、ねぇ…?」草間は煙草に火を点けて向かって座る一人の男を見つめた。

「えぇ。是非調査をお願いしようと思いまして」

「…こういった仕事にゃ手を出したくはねぇんだがな…」頭を掻きながら草間は呟く。
「でもお兄さん。今月はこのままじゃお金も…。これ以上生活が圧迫するのは…―」雫が草間の横から声をかける。
「―お前にはそこの紙の字が読めねぇのか?『怪奇ノ類 禁止!!』だって…―」
 二人のやり取りを見つめていた男が、唐突に小切手にスラスラと数字を書いた。
「ごっ、五十万…!!?」雫は思わず眼を疑って声をあげた。
「これは前金です。成功報酬でこの二倍お支払いしましょう」
「――困っている方の力になるのは、私達探偵の責務…!任せて下さい!」

「お兄さん、聞いてるんですか!?」雫は男が帰った後で小切手を眺める草間に向かって声をあげた。
「なんだよ、さっきから大声で」
「五十万なんて金額に、さらに成功報酬だなんて…絶対裏がありますよ!」
「…んな事ぁ解ってんだよ。…だからこそ、この仕事は“アイツ”に協力してもらうのさ」
 草間はテーブルの上に置いていた携帯電話を手に取り、誰かに電話をかけ始めた。
「“アイツ”って、まさかあの方ですか?」
「あぁ。“アイツ”なら、万が一の事態にも対応出来るだけの“力”があるからな。」

「もしもし、ちょいとばかり力を借りたい。そうだ、この仕事、おまえの力が必要だからな。」

——————————————–

 草間興信所―。仕事の話を聞いた“工藤 勇太”は溜息混じりに呟いた。
「俺の力はあくまでも物体に対する干渉であって、霊的事象にまで通用するかなんて試した事ないし、期待しないで下さいね?」
「まぁそこは心配すんな。どうもきな臭いからな」
「きな臭い…?」
「あぁ。怪奇現象じゃなく、人為的な現象ならお前の力は頼れる。調べるにしても何にしても、今回の依頼はお前が適任なんだよ」
「…じゃあ、依頼解決したらこっちに回す報酬、少し上乗せしてくれます?」少し考え込んだ後で勇太が口を開いた。
「…なかなか商売が板についてきやがったな、勇太…」
「へへ、おかげさまで」
「わぁーったよ。こっちも引き受けちまった以上、やらなきゃならねぇんだ。約束してやる」
「毎度ー♪」
「ったく、遠慮ってモンを少しぐらいは…」ブツブツと武彦が呟きながら煙草を消した。
「嫌だなぁ、遠慮してますって♪」
「まぁ良い。とにかく、今夜は曇りだそうだからな。ちょうど良い。午後九時に廃工場前で落ち合うぞ」
「わっかりましたー」

 午後九時前。廃工場前に勇太は訪れた。
「よう、来たな」
 相変わらずと言うべきか、武彦は煙草を咥えて待っていた。テレポートを使って突然目の前に現われた勇太に驚きもしない。
「こんばんは、草間さん。先に着いてたんですね」
「あぁ。だが、そう簡単には入れそうにないな」武彦が目を向けた先は大きな扉に取り付けられた太いチェーンと南京錠の鍵だ。
「ですね…。ぶっ壊します?」
「いや、狼とやらの正体が解らない以上、不要な音を立てるのも危険だ。俺を連れて飛べるか?」
「はいはいっと」勇太は軽く返事をして草間の腕を持って目を閉じた。テレポート。空間が歪む様な感覚が一瞬広がるが、すぐにそれは収まる。デメリットと言えば、この歪む感覚という一点に限る。
「潜入成功、ですね」勇太が目を開けた傍、武彦は蹲っている。「草間さん…!まさか敵!?」
「…違う…、テレポートの違和感で酔った…」
「…そっすか」
 ハードボイルド探偵はどうやら乗り物には弱いらしい。勇太はそんな事を思いながら辺りを見回した。
「…どうやら、入ってすぐに感動のご対面って訳じゃないみたいだな」若干顔を青白くした武彦が立ち上がる。
「でも、この建物不気味ですね…。幽霊とか出て来たら嫌だなぁ…」
 ブツブツと呟きながら勇太が見つめる壁面には、何やら奇妙な魔法陣めいた模様が赤いスプレーで描かれていた。
「『怪奇ノ類、禁止』の張り紙は、いつになったら効果を現すのやら…」溜息混じりに武彦が呟く。「何にせよ進んでみるしかないか…。いくぞ」
 武彦の言葉に頷き、勇太は静かに武彦の後ろをついて歩き出した。そんな時、物音が工場内に鳴り響いた。二人はビクっと肩を強張らせて歩みを止めた。
「な、なんだ勇太。意外と怖がりなんだな…」
「そ、そんな事ないですよ。草間さんこそ、固まってるじゃないですか」
「冗談言うんじゃねぇよ。俺はただ…その、ガスの元栓閉めたか気になってだなぁ」
「零さんがいるじゃないですか」
 沈黙。二人はそのまま何も言わずにまた足を進めていく。

「…ここが最深部みたいですね…」勇太が扉の前で目を閉じ、集中する。「この中から異質な物を感じます」
「ヤバそうだ…――」
「草間さん!」勇太が武彦の手を掴み、念じる。ドアが勢い良く開いた先から一匹の黒い狼が飛び掛ってきた。
 間一髪。狼の牙が武彦の手へと噛み付こうとした瞬間、二人は廃工場の外へとテレポートしていた。
「な、何だったんだ、今の…」早まる心臓を押さえつける様に手を当てた武彦が呟く。
「何とか逃げれましたね…」
「助かったぞ、勇太」
「安心するには早いみたいですよ」武彦が勇太の言葉に振り返る。廃工場の窓から黒狼が飛び降りて来た。
「やれるか?」
「そう言われても、あれ大きすぎやしませんか?」
「あぁ…、日本で狼なんてのは珍しいが、その上あのサイズはな…。人狼か?」
「魔獣ですよ」突如背後から声をかけられ、武彦は即座に振り返った。
「お前は!」
「知っているんですか?草間さん」黒狼と睨み合ったまま勇太が声をかける。
「この仕事を依頼した張本人だ」
「依頼者?」
「そうです」不気味な雰囲気を漂わせた初老の男が微笑んだ。「我らが開発した“魔獣”の能力値を測る実験の協力をして頂く為にね」
「騙したのか…。フザけやがって!」武彦が殴りかかろうと男へと走り出す。
 それと同時に黒狼が勇太を飛び越え、武彦へと一直線に突っ込む。
「クソ、間に合え!」勇太が手を翳して武彦を横へと吹き飛ばした。黒狼の鋭い爪が武彦の腕をかすめ、地面に降りる。
「ぐっ、あぶねぇ…」出血した腕を抑えながらなんとか態勢を整えた武彦が呟く。勇太が武彦の横へと駆け寄った。
「あの黒狼厄介ですよ…」
「あぁ。やれるか?」
「…狼は俺が動きを封じます」勇太が前へ歩き出す。「報酬期待してますからね、草間さん」
「ったく、解ったよ。俺は男を押さえる!」
「さぁ、まだまだこれからですよ。行け!」
 男の声と同時に黒狼が走り出す。黒狼の振り翳す爪が勇太を捕らえようとした瞬間、勇太は黒狼の後ろへとテレポートした。
「喰らえ!」勇太が黒狼へと向かって手を翳し横へと振ると、黒狼は吹き飛ばされる様に数メートル先の工場の壁面へと壁にヒビが入る程の衝撃で叩きつけた。「まだまだぁ!」
 近くに落ちていた廃材の鉄パイプ数本を宙に浮かせ、怯んでいる狼を取り囲む様に突き刺した。動けなくなった黒狼は唸りながら二人を睨み付けている。
「一丁あがりっと」
「な…、なんだと!」
「お前の相手は俺だ!」武彦は動揺している男へと走って間合いを詰めて殴りつけた。倒れ込む男の腕を掴んで取り押さえた。
「我らの傑作が!クソ…離せ!」
「離せと言われて離す馬鹿が何処にいるってんだ」武彦は更に腕を締めて男を制止した。
 勇太はそんなやり取りを尻目に黒狼を睨んでいた。いくら柵を作って包囲したにしても、ワゴン車クラスもある身体をした黒狼ならいつ突破してきてもおかしくはなかった。だと言うにも関わらず、黒狼は動こうとする気配すらない。

 『殺してくれ』

「…え?」勇太の頭に声が走る。
「どうした、勇太」
『どうか殺してくれ…』
「あんた…なのか…?どういう意味だ!」黒狼を見つめて勇太が叫ぶ。
『私は人間だった…。そこにいる男達の手によって、実験動物として合成獣にされたのだ…』
「実験動物…!」勇太の心臓が強く脈打つ。
『そう。もはや私の声は誰にも届かない。意識も支配されつつある。助かりはしないだろう』
「勇太?」武彦が異常に気付く。
「さぁ、我らの兵器よ!戦え!こいつらを殺せ!」
「黙ってろ」武彦が手刀で男の首を殴り、気絶させた。
『少年。私の想いが聞こえるのだろう?ならば私を…』
「嫌だ…!」肩を震わせながら、勇太は呟いた。「…アンタ、人間だったんだろ…?…利用されて、道具にされて…。死ぬしかないなんて言うなよ…!」
『…少年。魔獣として人を殺める前に…。人として私を死なせてくれ』
「俺には出来ない!」涙をぼろぼろと零しながら勇太は地面へと膝をついた。「アンタの気持ちは解る…。痛いぐらい解るんだ…」
「勇太…」立ち上がった武彦が勇太の肩に手を置いた。
「実験動物として扱われる辛さが…憎しみが!そんな理不尽な不幸ばかりだからこそ、そのまま死んじゃダメなんだ…!」
 勇太の辛い過去の記憶が蘇る。力の所為で多くの実験をさせられてきた事。恐怖から、怪物を見る様な目で自分を見て来た人間達の瞳。
 そんな勇太を、何処か悲しげな瞳をした黒狼が見つめていた。
「それでも、俺は生きてる!生きていれば、いつか幸せにだってなれるって、そう思うから…!だからアンタだってきっと…!だから、殺せない!殺したくない…!」
『…だが…、時間がない』
「でも!」
『私の最後の声を聞いてくれ、少年』
「ダメだ…諦めちゃダメだよ…!」
「勇太、一体何が…――」
 黒狼が大きな咆哮をあげ、二人の会話を遮る。同時に、ヒビの入った工場へと何度も当たりを始めた。
「やめろ…やめろよ!」
「勇太、待て!」
 駆け寄ろうとした勇太を武彦が押さえつけた。瞬間、工場の亀裂は広がり、崩れ落ちる外壁が黒狼に向かって次々に空から舞い落ちる。
「うわああぁ!」武彦の制止を振り切れず、勇太は叫んだ。

――『君の様な人間がいてくれて、良かった。ありがとう』

 工場の崩落が収まった。舞い上がった砂煙を勇太は涙を拭おうともせずに見つめていた。
「…勇太」背後から武彦が声をかけた。
「草間さん…、俺…」
「誰にも届かない声が、お前には聞こえた」草間が優しく続けた。「それだけで、救われるモノもあるんだ…」
 武彦には聞こえなかった黒狼の声。だが、勇太の言葉から何を話していたのかは武彦には容易に想像出来た。
「だけど…っ!何も出来なかったんだ…!何も…!」
 泣き崩れる勇太を、武彦はそっと抱き締めた。

 数日後、草間興信所―。
「結局、成功報酬なんてものは嘘だったって訳だ。まぁこの五十万はしっかり受け取れたけどな」
「報酬、上乗せしてくれるんですよね?」
「あぁ、よくやってくれたな、勇太」
 武彦が差し出した封筒を勇太は受け取った。
「お、いつもより厚い…毎度」そう言って勇太は封筒をポケットに突っ込み、立ち上がった。
「あれ、勇太さんもう行くんですか?」零がお茶を持って来た所で声をかけた。
「うん。じゃ、草間さん。また宜しくお願いしますね」
「あぁ」
 勇太はそう言うと、テレポートを使って何処かへと移動した。武彦は零の出したお茶をすすり、溜息を吐いた。
「どうしたんです?成功報酬はなくなったけど、良かったじゃないですか。無事に解決出来たんだから」零はそう言って微笑んでいた。
「あぁ、依頼だけは、な…」
 そう呟いた武彦は、窓から外を見つめていた。何処か悲しげな表情のまま…―――。

                                                               Fin

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号1122 / 工藤 勇太 / 性別:男性 / 年齢:17歳 / 職業:超能力高校生】

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■         ライター通信          ■
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長いお話になってしまいましたが、この度はご注文有難う御座いました。
新人ライターの白神 怜司と申します。

いかがでしたでしょうか?
プレイングの内容から、草間武彦との関係性ややり取りに着目し、
若干ダークな過去を持ちながらも前向きに生きる少年の内面を表に出す内容に
させて頂きました。

気に入って頂けると幸いです。

それでは、また工藤 勇太という一人の物語を書ける日を楽しみにしております。

白神 怜司

カテゴリー: 01工藤勇太, opening(白神WR), 白神怜司WR(勇太編) |

ギャラリー

<雫と勇太>
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<フェイト>
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<フェイト>
6217_tk01pczen_8636_0001
<ダグラス>
7062_tk01pcsingle_8677_0001
<廃墟にて―フェイト―>
5095_tk01pcwestup_8636_0001
<フェイトとイオナ>
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<フェイトとクレイグ>
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<フェイトとダグラス>
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<フェイトとアデドラ>
7085_tk01pctwin_8668_0001

カテゴリー: ギャラリー |

花咲ける青年

「はァ?!」
 草間は素っ頓狂な声をあげた。

「それが依頼内容ですか?」
「そ、困ってるのよ、アタシ。もうすぐペンションの開店日だってのに、妖しげな声が聞こえたり、事故が起きたりしてるのよ。これじゃ、店始めたってお客が来なくなっちゃうわ。ねえ、お願い!貴方の貴重な人脈をちょっと貸して欲しいの!!」
「別にそれは構わないんだが・・・・・・」
「本当ォ!」
 女は草間に飛びついた。首根っこを捕まえると、ぶちゅう~とキスをする。
「うげぇ!」
「まッ、失礼ね!・・・・・・まァ、いいわ。でもね、『いろんなモノが見えるペンション』って、麓の人が云ってるの聞いちゃったのよ。これじゃ、お客来なくなっちゃうかもしれないじゃない!」
 ある意味、繁盛するんじゃないかと草間は思ったが、いわない事にした。
 その噂で来るのは、ミステリー好きの人間か、オカルトにハマった奴だけだろう。そんな中にマトモな客がいるとは、到底思えなかった。
「『ロマンチックな夜♪』をイメージして建てたのよ!高い買い物なんだから、絶対、モトを取ってやる!」
「はァ・・・・・・商売に燃えるのはいいことですね」
 半ば呆れたように草間はいった。
「だからね、オープニングパーティーは華やかにしたいのvv」
「そうですね・・・・・・」
「だ・か・ら」
 女経営者はスタッカートのリズムで云うと、白檀の扇を広げてヒラヒラさせる。

「オープニングを飾る、素敵な男の子が必要なのよ♪ちなみに、チークタイムがあるから二人一組のチケットですからね! を~っほほほほほほvv」
 哄笑う女の顔を、草間はげんなりと見つめた。

●Let‘s Go♪
 その日、東京は晴天に恵まれた。
 一緒に現地へ向かう仲間を待ちながら、「雲ひとつ無いというわけじゃないケド、晴れた冬の空ってのもいいなv」と、俺は思った。
 これから旅行に向かう家族連れが横を通り過ぎていく。俺はそれを眺めた。

 俺、工藤勇太。17歳。親元から離れ、東京で一人暮らしてる。理由は俺の力のせいだ。カッコいいのかどうなのか、俺は超能力者だった。よく子供って、超能力者になりたいっていうけど、俺はお勧めしないね。苦労ばっかだし、普通が一番幸せかもしれない。まあ、俺は俺が好きだし、自分は自分だからあんまりそのことは気にしてない。ってか、気にしてたらやってけないって。だから、今のままで十分かもしれない・・・・・・ってことにしておこう。
 都内で一人暮らしをすると、当然、生活費は足りなくなる。(物価高けえんだよ!馬鹿総理大臣物価下げろ!!)まぁ、ぶっちゃけた話、こづかい稼ぎのために参加したのが依頼に対する動機ってやつかな?
別段、すっごく欲しいモンがあるってわけじゃないし、生活苦ってわけでもない。ただ、後で金に困るのもなんだし、将来のこと(っても、なりたいモンは無い)考えると、貯金は必要かなぁ~と思ったりしただけだ。後で欲しいモンが出るかもしれないし。美形の男子が条件(俺でいいの??)ってのが気にはなるけど。まぁ、そんなわけで依頼を受けることにした。
 そんで、ここは東京駅。
 東京の玄関であり、東京の顔でもある。(周知の事実か・・・・・・)
 例に漏れず、東京駅の『銀の鈴』で待ち合わせだった。時間はまだあった。約束は8時だからだ。
 まあ、東京人にとっては旅行への入り口というか、スキー天国の窓口というか、俺的にはそう考えてる。時間には余裕があったが、朝の五時頃に目が覚めてしまい、早く出て来たのだ。しかも、昨夜は一時になっても寝付けず、結局、寝たのはそれから三十分後だった。
 旅行前に寝付けなくなるなんて、自分はまだ子供なんだなあと実感した。17歳になったのにと思ってみても、すぐに大人になれるわけでもないらしい。それがちょっと俺には悔しかった。でも、それは仕方ない。現実ってモンだ。
「あ~、やっぱ早すぎたなあ。・・・・・・仕方ない、コーヒーブレイクでもすっか」
 意気揚揚とボストンバックを降ろし、チャックを開けた。何だか、コーヒーブレイクなんてつまらない事がすっごく楽しく感じられるから、旅行ってのは不思議だ。半ばウキウキしながら財布を取り出す。小銭を出すと、自動販売機につっこんだ。コーヒーのロング缶を選んでボタンを押すとガコンッと音を立て缶が落ちてきた。缶の温もりを手のひらで楽しみながら、おもむろにプルタブを引いた。
 ゴクリ。
 あぁ、うめぇ~~~♪などと思いながら飲み干す。
 これで仲間になる奴が良い奴だったら最高だな。早く来ないかなと考えていたところで声を掛けられた。
「あのう・・・・・・」
「ん?」
「草間さんのトコの人ですか?」
 そういって声を掛けてきたのは・・・・・・美少女だった。
 いきなり俺の顔は火照った。賭け値無しの、文句無しの美少女だ。俺の心臓はギャロップを始める。今まで異性に興味が無かったと言えば嘘になる。だけど、決して気が多いほうじゃない。決して!!
 だけど、そんな『色恋沙汰は苦手だ』っていう、俺的ジョーシキもぶっ飛んだ。それだけ彼女は魅力的だったんだ。
 長い睫毛は大きなアーモンド形の瞳を縁取っている。しかも瞳は深紅の色。整った鼻梁に小造りな顔。腰まである銀色の長い髪を三つ編みにしていた。
――すげぇ、本当にいるんだアルビノ(先天性白子)って。
「はじめまして、李・如神(ルーシェン)です♪」
――うわあぁ~~、可愛い声だ。しかも、唇が可愛いっ!うう・・・・・・今回はいい旅になりそうだぁ。
 その子は濃い小豆色のロングコートを羽織っていた。中には、いわゆる巷でゴスロリ服と言われる服を彼女は着ていた。黒いベストとフリル付の白いシャツにシングルのネクタイ、裾が広がり気味のロングズボンと云ういでたちだ。ベレー帽がちょこんとその小さな頭に乗っかっている。
――うわー、赤くなるな自分!今、俺は耳まで赤いに違いない!!・・・・・・・
「あのう・・・・・・」
「・・・・・・はっ・・・あ、ごめん」
「いいえ、草間さんの依頼を・・・・・・・」
「そうそう、俺だよ。他の人はまだだけどね。寝付けなかったんで、早く来たんだ」
「そっかぁ~、よかった♪」
「あ、あんた・・・・・・じゃなかった!き、君一人?」
 こんな可愛い子に『あんた』なんて云っちゃいけないよな。俺は慌てて言い直した。
「うん。実は・・・・・・相手居たんだけど」
「え?」
「人数余っちゃうから、一人で行ってもらったの」
「人数が余る?すっぽかしたのか?」
「うん。だって、彼、陰陽師だから人型に相手してもらえるし、あなたは そーゆーのは出来ないって、草間さんが言ったから・・・・・・」
「え・・・・・・それって俺のため?」
「うん。だって、あの人一人でも仕事は出来るし」
「悪いじゃん、相手に・・・・・・」
「うーん、チケット余っちゃうしねvv・・・・・・大丈夫、大丈夫♪」
 そう云って彼女は笑った。
 俺の頬が心なしか緩む。俺は「神様、この幸運を有り難う!」なんてことを心の中で叫んだ。
 随分小さい子だったから、歳を聞くとなんと13歳っていうんで、何か俺は納得した。彼女のちょっと子供っぽい喋り方も、そのせいだったんだと実感。(俺は13歳の女の子に赤くなったのかぁ!?)
 俺と4つ違いか・・・・・・
 ん?ってーと、その歳で何らかの能力があるとかそーゆーことになるな。いや、能力に年齢は関係ないか。俺だってガキん時からそうだったし。じゃあ、この子は何が出来るんだろ?
「ねぇ、貴方は何が出来るの?」
 聞いてきたのは彼女のほうだった。
「え・・・・・・」
 つきんと胸の奥が痛む。
 昔、同級生たちに何度も質問された内容と同じセリフ。
『ねぇ、勇太は何が出来るの?』
 それを俺の頭がはじき出したとたんに、記憶の歯止めが効かなくなる。
『工藤君はチョーノーリョクシャなんでしょ?』
『えー、何でもわかっちゃうの?怖ーい!』
『勇太が友達ってゆーのやめようぜ』
 それが強大な力と知ったとたん、友好は疑心へ、好奇は恐れへと変わった。そして、知人たちは勝手気ままな傍観者へと変じ、離れていった。
――皆・・・・・・勝手だ・・・・・・
 押し込めたはずの感情が吹き上がる。
 あぁ、そうか。俺にとって結構重い問題だったんだ・・・・・・超能力。ホントの気持は自分には隠せないんだな。
 ずっと抱えてるこの思いは、意外にも深く俺の心を穿っていたらしい。小さな鉛を飲み込んだようなこの気持が表情(かお)に出ていたのか、彼女は心配そうに見つめていた。
「どうした?」
 俺は笑った。とてもぎこちなく。
「いけなかったかなぁ・・・・・・訊いちゃって」
「そんなこと無いさ・・・・・・俺は超能力があるんだ。色々出来るんだぜ!」
「すごぉ~~~い♪」
 俺は胸を張った。
 それは嘘じゃない、本当だ。結構強い力で、サイコキネシスやテレポート、テレパシーなんかも出来て、応用まで利くスグレものの能力だ。本当は少しぐらい誉めてもいいのかもしれない。一度だって、人を傷つけることに使ったことなんか無いんだから。
「君はどうなんだい?」
「え?」
「なんか出来るんだろ?草間さんに呼ばれたんだから」
「んとね・・・・・如神ね・・・・・・呪禁官なの」
「えぇっ!?呪禁官?国家公務員じゃんか」
「そうみたい」
 こんな稼業を請け負う俺だ。東京に裏の裏のまたその裏の世界があるぐらい知っている。その中でも警視庁第99課(魔戦制圧課)の特殊呪術禁令捜査官は有名だった。『違法呪具』や『魔法』『召喚』等を取り締まるのが 特殊呪術禁令捜査官、通称、呪禁官の任務だ。
 こんな子がその一人だなんて、俄かには信じられない。
 この子には呪禁官であることが当たり前になっているのか、どういうことかわからないのか、上司の文句をいい始めた。
「・・・・・・でもね、レポートとか多くって、学校に行くのも大変なの・・・・・・あーあ、部長は関係ないだろ!って云って、宿題させてくれないんだモン」
 ぷぅ~っと如神はふくれた。
 そんな横顔を見ていると、可笑しくって、俺は何だか楽になった。
「いいじゃないか、今日から二泊三日は軽井沢のペンションで過ごすんだし。ご馳走だって山ほどあるさ」
「それだけが救いかもね♪」
 顔を見合わせて二人で笑いあった。
 すると後ろから『お待たせしました』って声が聞こえた。他のメンバーのご登場らしい。俺はそいつらを見て、あんぐりと口を開けてしまった。 そりゃそうさ!誰も彼もが選りすぐりの美形だったんだから!!
 その中には見慣れた長身の男がいた。俺は何処かで見た覚えがあると思って、記憶を辿った。その男はにこやかに笑う。いい意味での営業スマイルだ。何故かってーとそいつは俺に向かって「野郎は死ね」とはっきり云ったからだ。なんかそれでも腹が立たないのは何でなんだろう?あぁ、そうか。それがコイツの能力ってわけね。わかったわかった・・・・・・
 と思ったとたんにコイツが誰だか思い出した。見たことがあると思ったのは間違いじゃなかった。それもそのはず、ニッコリ笑って女尊男卑言い渡すコイツはモデルの『湖影・虎之助』(こかげ・とらのすけ)だった。食料を仕入れにいそいそとコンビニに通う俺にとっては、日常の一部ともいえたかもしれない。週刊のテレビ雑誌や、週刊誌に出てれば否が応でも覚えてしまう。
 あとは俺と同い年ぐらいの奴で、名前は神薙春日(かんなぎ・はるか)。こいつもまた・・・・・・美人だ。っても、勿論、男。湖影・虎之助のお相手と知って、俺はたまげた。あの湖影・虎之助がホ○??それは・・・・・・初耳だ。
 なんぞと思っていたら、湖影・虎之助がこっちを睨んだ。
「いいたいことがあるなら云え」
「湖影・虎之助さん、プライベートに首は突っ込めないっしょ?」
「何を考えてる?・・・・・・俺はノーマルだ。春日は依頼のために来てもらっただけだ」
「え、でも・・・・・・男の二人組みでの依頼じゃ・・・・・・」
「馬鹿。それを言ったら、こっちのお嬢さんとお姉さんはどうなるんだ?」
 というなり、如神ともう一人、腰まである赤毛のウェーブヘアのお兄さんを指した。
「私は女だ」
 きっぱりとその人はいった。
「男に間違えられるのには慣れてるからな、気にしてないよ。俺は羽柴・戒那(はしば・かいな)。・・・・・・よろしく」
 折り目正しく羽柴さんはいった。
「し・・・・・・失礼しました」
「いやいや」
「こっちは俺の連れで・・・・・・」
「斎・悠也と申します。えっと、あなたは?」
「俺は工藤・勇太です。この子は・・・」
「あのねー、俺ねー、李・如神だよッ♪」
「お、俺!?女の子がそんなこといっちゃ・・・・・・」
「え~っ、だってこのお姉さんも使ってるよぉ」
「・・・・・・・・・・・・」
「だめなの??」
 じっと俺を子犬みたいな見上げる。あぁ、ちくしょう。なんでこんなに可愛いんだ!怒れないじゃないかぁ(泣)
「・・・・・・・・・・・・いいよ、わかった」
 俺は諦めた。彼女には敵わない。
「さあ、時間がありませんから新幹線に乗りましょう。先は長いんですから、これからいくらでも話せるでしょう?」
斎さんが云った。
「1,2、3と・・・・・・全部で6人。全員揃いましたね。では・・・・・・」
「待て、悠也。一人足りない」
「え?」
「俺は7人と聞いていたが」
「そうですか?」
「あのね、彼・・・・・塔乃院(とうのいん)さんは先に行ってるって・・・・・・」
 如神がおずおずと云った。
「単独行動ですか・・・・・・仕方ないですね」
 少し斎さんは考えたが「まあいいでしょう」といった。今、揃っている必要が無いといえば、まぁそうだし。俺にゃ関係ない。
 俺たちは一路、軽井沢へと向かった。これから何が待ち受けているのかはわかんないけど、楽しめることだけは確かだった。

●えぶりばでぃ・かも~ん!
「いらっしゃぁ~~い。ウッワァーォ!なんて素敵な子達なのォ!!」
 ペンションに到着し、瀟洒な造りの階段を俺たちが見上げていた時、その声はやって来た。ズダダッともドダダダダッともつかぬ地響きが轟く。
 準備に忙しいスタッフの間を縫って、緑の巨大な旋風が目の前で止まる。 それはエメラルドグリーンのパンツスタイルでやって来た。
 俺はオーナーを初めて見たが、彼女(?)がオカマだとはっきりわかった。
 そりゃそうだ。ゴッツイ顎に彫りの深い顔。ジャイアント馬場に引けを取らない長身ときたら、オカマだと思わないほうがおかしい。
 俺たちの登場にオーナーは、目に涙さえ浮かべていた。
「嬉しいわ・・・・・・よく来たわねvv・・・・・・」
「この度はペンションのオープンパーティに招いて下さって有難う御座います」
 羽柴さんはそういって、オーナーに鮮やかな花束を渡す。ピンクの薔薇と白ユリの花束だ。アクセントに小さな青い花が入っていた。
「アタシ、この組み合わせが好きなのよォ」
 オーナーはニコニコだ。
「だけど、よくわかったわね」
 そこに斎さんの必殺のトークが入る。スムーズで嫌味の無いリズムだ。
「はい。草間さんのところにお見えになった時に、着ていらしたスーツの配色を伺ったんです。白地に金のウール地だったと・・・・・・シャネルですね?」
 斎さんは優雅そのものって感じに笑って云った。背が高くて、スマートで賢そうで、羨ましい限りです。ホント。
「それだけでわかったの?」
「はい」
「最高のプレゼントよ・・・・・・草間ちゃんに感謝しなくっちゃ・・・・・まあ!」
「はじめまして、マダム」
 これまたナイスな微笑で応えたのは、モデルの『湖影・虎之助』、その人だ。おーおー、アンタはメインディッシュってわけね。いい根性してるよ。
「ンンまぁ、本物?」
「はい・・・・・・マダム」
 男としては最高のボディーとルックス。おまけに良く通るバリトンヴォイスで、とりを勤めるのはミスターモデルマン。いいね。憎いよ、このォ。
 オーナーは更にご機嫌になった。
「あら?おチビちゃんもいるのね」
 オーナーは如神に笑いかけた。
――おい、隣に立ってる俺のことは無視かよ。
「こ・・・・・・・こんにちは」
 如神はおずおずと花束を渡した。
 如神のは白い薔薇に赤く丸い花とミントの葉が入ったミニブーケだ。(彼女曰く、赤い花はストロベリーキャンドルと云うんだと)
 如神はオーナーの頬っぺたにキスをした。
 おッげーぇ!そんなモンにキスなんかしなくていい!!穢れるだろうが。
「可愛いわね・・・・・・いくつ?」
「13歳」
「そォ・・・・・・いいわぁ、一番輝いてる時期ね」
 ほうとオーナーは溜息をついた。
「あの・・・・・・調査のほうはオープンパーティが始まるまでさせて頂いてもよろしいですか?」
「え・・・・・・えぇ、勿論よ。但し、私の部屋には入っちゃダメよ」
「ありがとうございます」
「お部屋はニ階の隅から4つまでスイートルームになってるから、そこから二番目までの三部屋を使って頂戴ね・・・・・・はい、これが鍵」
「あの・・・・・・もう一人・・・・・・・」
 如神は俺の影に隠れて言った。
「もう一人って、塔乃院さん?」
「はい」
「彼なら買出しに行ってくれたわ。何だか悪いわぁ、手伝わせちゃって・・・・・・あ、帰って来たみたいね」
 後ろのほうで、カタンと音がした。
 ドアの前にバケットを詰め込んだ麻袋を抱え、黒ずくめの男が立っていた。身長は湖影・虎之助と変わらないぐらい、いや、それ以上にデカイ。2メートル近いんじゃないだろうか。
 長い長髪が腰まであっても、どことなくひ弱な感じがしないのは身長のせいだけではなさそうだ。
一言でいうと、野獣。そんな感じ。目が笑ってないからわかる。何考えてんだか知りたいけど、ここで心を読むわけにはいかない。
「マダム、お待たせしましたね」
「悪いわね・・・・・・・買い物行かせちゃって」
「いいえ」
 穏やかそのものってふうにそいつは笑った。
「そうそう、この子が塔乃院さんを探してたのよ」
「あぁ・・・・・・如神か。そいつが今回のお前のパートナーか?」
 いわれて、如神は俯いた。
 あぁ、そうか。如神は俺のためにこいつをふったのか。如神、俺に気ィ使ってんのかな?
「この人は・・・・・・同じ職場の・・・呪禁官の塔乃院・影盛(かげもり)さんです」
「警視庁第99課の塔乃院・影盛です。よろしく・・・・・・」
 塔乃院さんはふっと頭を下げた。
 俺のコートを握り締める如神の手に力が入っている。
 ちょっと俺は不安になって声をかけた。
「どうした?」
「何でも無いの・・・・・・は、早く行こう、勇太。調査しなくっちゃ・・・・・・」
 そう云うと如神は俺の腕を引っ張った。俺は慌ててオーナーから鍵を受け取る。引っ張られるまんま、二階へと向かう。去り際、いぶかしむオーナーに「職務に対して真面目なんですよ」と説明している塔乃院の声が届いた。
 フォロー入れるなんて意外だ。
 色付のサングラスの向こうに、何処か獰猛さを感じたのは俺だけだったのだろうか。

●犯人の影
 周囲の目を気にし、俺たち7人は散策と見せかけて調査を始めた。俺と如神、斎さんと羽柴さん、湖影さんと神薙さんの三手に分かれ、風水関係と霊的磁場に異常が無いかを斎さんが調べた。その間、霊の仕業である可能性の高さを考慮して、湖影さんと神薙さんグループは周囲の霊が関係していないかどうかを調べることになった。
 俺たちはというと、警護と散策って感じだ。何でかって言うと、俺がサイコキネシスとか物理的な力のほうが強かったんで、如神の足を引っ張る形になったからだ。
「はぁ~~あ、俺やることないじゃんか」
「そんなことないよ・・・・・・力の使われ方が違うんだもん、しょうがないよぉ・・・・・・でもね、物理攻撃になったら、敵わないと思うよ。そうなったら守ってね♪」
「おう!」
「えへへ♪」
 まったく・・・・・・おだてやがってぇ、こいつめ。
「じゃ、護符を貼っとこうね」
 そういうなり如神は10センチ×20センチ四方の紙を取り出した。図形と漢字がビッチリ書かれた紙だ。それを目立たない所に貼ってゆく。
「へぇ、意外と簡単なんだな」
「うん・・・書いちゃった後はね」
「じゃ、書くのが大変なのか?」
「うん、そうだよ。時間がいっぱいある時に書き溜めしとくんだけどね。一日に10枚が限度かな」
「惜しげも無く貼っちゃっていいのか?」
 何だか勿体無く感じて俺はいった。
「何かあったら大変だもん」
「そっか・・・・・・」
 勿体無いなんてこと思った俺が浅はかでした。
「そうだよな、如神は公務員だもんな」
「保険は出ないけどね」
「マジ!?」
「うん、出ない」
 そんな大事なことを如神はあっさり言った。普通、年金も保険も出るだろうに。
「どうしてなんだ?」
「お仕事がお仕事だから。危険が多いでしょ?」
「だろうな・・・・・・」
「怪我で済むのって、殆ど無いの」
「あぁ・・・・・・」
「怪我する前に死んじゃうし」
「怪我する前に・・・・・・・・・・・・・・って、怪我で済むことが殆ど無いだってぇ??」
 俺はあっけにとられた。怪我で済まないから保険は出ない?ってーと、それは警視庁第99課に配属されたら【最後】ってことか??
「人間じゃない人っていうのもいるし」
「人間じゃない人・・・・・・」
 あぁ、何だか言葉が出ない。人間じゃない人ってのは【人】じゃないだろう、【人】は人間のことなんだから。あーうー・・・・・・
 立ち上がらなくなったパソコンのOSみたいっていうのか、HDDっていうのか、回らない頭ン中がぎゅるぎゅるいってる。
 だめだ、考えるのはよそう。
 俺は如神にくっ付いて、神札を貼ったり、掃除をしたりした。(穢れは魔を呼ぶんだと。俺んち掃除しなくっちゃなぁ)
 そうこうしてる間に湖影×神薙ペアが戻ってきた。何だか難しい顔してるけどなんかあったんだろうか。
「どお、収穫ありました?」
「あったにはあったんだが・・・・・・・使役霊がな・・・」
「使役霊?」
「いや、気にするな」
 スマイリーな表情に落ちた、不安の影。俺はそれを見逃さなかった
かの湖影さんが不景気な顔をなさってるぞぉ♪ふっふっふ・・・なんて不謹慎な笑いをぐぅっと堪えつつ、俺は訊いた。
「パーティーまで休憩しましょう」
「何で?捜査は??」
「ちょっと考えるべきことがありそうだ」
「は?」
「そういうことだ・・・・・・少年」
 馬鹿にされたのか、相手はただそう云っただけだったのか、俺が訊く間もなかった。湖影・虎之助と神薙・春日は部屋に帰っていった。

 再び俺たち7人が集まったのはパーティーが始まる一時間前だった。
 さっきの捜査で神薙・春日の気分が悪くなったのが理由で、湖影さんたちは休憩していたらしい。俺の前に姿を現した時も神薙・春日の顔色はすぐれなかった。
「そっちはどうでした?」
 出し抜けに斎さんは訊いてきた。それに対して俺は「別に」とだけ答えた。だって、何の収穫も無かったんだからしょうがない。
「別に?とは・・・・・・責任感の無い返事だね」
 ちょっとムッとした感じのか、軽い怒りを含んだ声。しまった、言い方を考えるべきだった。
「す、すみません・・・・・・」
「まあいいでしょう・・・・・・それでは情報交換といきましょうか」
 おもむろに彼はいった。
「まず、俺たちは使役霊を発見した」
 そう云ったのは湖影さんだ。
「そうは強くないが・・・・・・どうも・・・・・・」
「どうも?」
 俺は混ぜっ返した。俺を無視して湖影さんは続ける。
「手ごたえが無い」
 つまり、アンタが強過ぎて相手にならんてことかい?
「抵抗が無いってことですか?」
 斎さんは眉をひそめた。
「そうだ」
「じゃあ、何で神薙さんは・・・・・・」
「使役霊が拘束者を吐く前に自滅したんで、春日の『予見』を行なった・・・・・・そうしたらこうだ」
「神薙さん、何を見たんですか?」
 春日はかぶりを振った。
「・・・・・・思い出せない」
「思い出せない?」
「いやだ・・・・・・・思い出したくないんだ!!」
「思い出したくないほどのもの・・・・・・一体何なんでしょうかね」
 斎さんの金の瞳に妖しい光が灯った。
「俺としては不本意ですが、ここは戒那さんに協力してもらいましょう」
「俺は構わないが・・・・・・記憶を拒否するほどのものとは何なんだろうな」
 羽柴さんは腕を組んだ。腰まであるウェーブヘアが揺れる。
「納得いかないことがまだある・・・・・・使用人のことだ」
「使用人?」
「あぁ、おかしいじゃないか・・・・・・逃げ出さないなんて工事現場のおっちゃんたちは『変な声』なんか聞いてないって云っていたしな」
「え・・・・・・あっ!」
「わかったか、少年?」
「つまり、計算の内ということさ」
 今までずっと黙っていた塔乃院さんが口をきいた。相変わらずの無表情が俺の神経を逆撫でる。
「建築会社に昨日行って来たが、事故のあったショベルカーに細工痕あった。ちょっとしたものだ、だが工事現場の人間ではわからないものだ・・・・・・・ついでに」
「ついでに?」
「ツクモガミが憑いていた」
 ツクモガミは愛着を持って使ってやった物たちが命を得た霊の総称だ。
「本来なら百年は使ってやらないとそうはならない。今度の相手はそういう相手らしいな」
「つまり、霊を作り上げ、変化させると・・・・・・それは違法ですね、塔乃院さん」
 斎さんは感慨深そうに云った。依頼遂行というよりは、奴さんの手の内のほうが気になるみたいだった。
 俺はこんがらがった頭を整理しようと試みる。
「えぇと、使役霊が拘束者を吐く前に自滅、オマケにそうは強くなくて、使用人も逃げ出さない。工事現場に見えない細工とツクモガミときたら・・・・・・」
「犯人はオーナーだね、勇太」
 見上げて如神が云った。
「まさか・・・・・・」
 それは自分のペンションに火を放つような行為に等しい。自分が稼いだ金で作り上げた夢の御殿をぶち壊すのはないんじゃないかと思う。それに、俺たち(俺は無視されたが)を歓待したオーナーの目に嘘は無かったはずだ。本当に喜んでたし。
「何で、如神はオーナーを犯人だと思うんだ?」
「他に喜ぶ人がいないから」
「え??」
「俺も如神ちゃんの意見に賛成ですね」
 といったのは、斎さん。
「草間さんに何て依頼してました?オーナーは・・・・・」
「変な声が聞こえて・・・・・・」
「違いますよ、その後です」
「『オープニングを飾る素敵な男の子が必要』だっけ・・・・・・あっ!」
「そうです。少なくともオーナーは喜びますよ、お客もでしょうけどね。 オーナーは男にしか興味が無いんですから」
「そうか・・・・・・」
 気がついて、俺は脱力してしまった。そうか、『男に来て欲しかった』んだ!
 つまり、信用させるために、事故を起こした。変な声が聞こえると云ったのは、オーナーの口から聞いた事で、使用人は否定してる。勿論、事故は起きてる。でも、ちょっとした細工だったし、オーナーが術者としての能力があるなら、ツクモガミだって使役できるだろう。
「ったく、一体全体何考えてんだ、あのオーナーは!」
「まぁ、詳しい話は後で本人の口から聞くとして、もう時間だから、ホールへ行くか」
 湖影さんが提案した。
 俺もその意見には賛成だ。昼も喰わずに調査してたら腹が減って腹が減ってしょうがない。
「オーナーをとっちめるのは俺にやらせてもらおう」
 羽柴さんはどこか嬉しそうに言った。さすが、女だてらに大学の助教授やってるわけじゃない。度胸も知性も一級品だ。俺にそんな推理も智慧も無いから、ここは一つセンセイにお任せして、のんびりさせて貰おう。
「証拠物件を発見したんだ」
 大学助教授センセイはそういって口角の端を上げた。
「うおっ、やった!」
「でも、このことはどうぞ御内密に・・・・・・・」
「なんでだよ」
「楽しみは後でにしましょう・・・・・・時間も無いですしね」
「ちぇっ!おあずけかよ・・・・・まぁ、いいや、期待してるよセンセイ」
「任せとけ」
 ミーティングは終わった。

 パーティーの立食に期待しつつ、俺たちはホールへと向かう。
 今夜だけのパートナーは大きな襟の裾がスワローテイルになってる白いシャツを着(袖は末広がりになってる!)、白地のフレアーキュロットとブラックのニーソックスを履いていた。
 俺はというと・・・・・・蒼いタートルネックのセーターに黒い綿パンツという出で立ちだ。金はかかってないけど、俺には似合ってると思う。いいよ、正直言ってみっともないと思ってますよ。如神が隣で可愛いカッコしてるからな。まあ、いいや。仕事で来たんだし、我慢我慢。
俺たちは手を繋いで、笑いあってから、ホールの扉を開けた。

●パーティーナイト
パーティーは大盛況だったというべきだろう。湖影さんの周りには女の子が群がっている。勿論、目当ては一夜の恋人の座だ。長い髪なのにしっかり男に間違えられている羽柴・戒那さんは嫌がりもせずに女の子と踊っている。さっきまで気分がすぐれなかった神薙・春日も、今は元気そうだ。俺たちはずっと年少であったせいもあって、お姉さん方の声は掛からずにいた。かえって俺としてはありがたい。周りは年上ばっかで落ち着かないのに、ダンスを踊れなんて云われたら堪らない。体育は得意だけど、ダンスに関しては自慢じゃないが全然ダメだった。
 だから、会場のあっちこっちと皿とフォークを持って移動した。オードブルの皿を如神と一緒に二人で突付き回し、普段はお目にかかることの無いご馳走に舌鼓を打った。
「次はデザートかな」
「うーん、アイスと杏仁豆腐とチョコのケーキがあるよ」
「おー、チョコケーキかいいなぁ」
「フランボワーズのムースとバニラのソースのセットになってるよ♪」
「う~ん、悩むな・・・・・・如神はどっちを喰う?」
「チョコケーキ!」
「よし!やっぱ、俺はアジアンでいこう」といって、俺は近くにあったカクテルサーバーから杏仁豆腐を取った。一口啜ってみると、冷やされてヒンヤリとしたシロップが舌を滑ってゆく。
「う・・・・・・美味い」
「勇太ぁ、チョコケーキ貰ってきた♪」
「んじゃ、外で食うかな」
「うん」
 俺たちはガーデンテラスの方へ出た。
 真っ白いタイルを敷き詰めた庭は月夜の下で輝いていた。ギリシャ風の柱が庭のいたるところに点在している。今は冬だから枯れているが、植えてあるのは高弁咲きの薔薇の木だ。きっと夏に来たら庭中に咲き乱れ、本当に綺麗な庭園になるだろうと思う。あっちこっちに置いてあるオブジェも品が良くって、きっと高いんだろう。
 あのオーナーは意外とセンスがあるんじゃんないだろうか。
「わ~ぁ。ここ、綺麗だね、勇太♪」
「そうだな、センスあるよな・・・・・・きっと、オーナーは綺麗なものに対して理想が高いんだろうな」
「??・・・・・・どうしてそう思うの?」
「だってさ、まぁ、犯人かもしれないんだけどさ。何だか・・・・・・・」
「何だか?」
 俺たちが来た時のオーナーの表情が脳裏に浮かんだ。
 心底、嬉しそうだった。自分の理想のミューズならぬ男神ともいえる人物たちが自分の城にやって来たんだから。きっと、オーナーは生まれながらの美の信奉者なだけだったんだ。自分に無いものを求め過ぎただけなんだ。
「オーナーは理想の自分になりたかったんだと思うよ。理想の自分になって、思うまま生きて、恋をして、友人を作って・・・・・・何だか、俺にはそう思える」
「うん・・・・・・わかる」
「わかる?」
「うん。だってパーティー前にお腹へって、こっそりキッチンへ行ったの。そしたら、オーナーが『アタシが作ったおやつなのよ。貴方とお相手さんにね♪』って、クッキーくれたの・・・・・・悪い人じゃないと思うんだけどな。本当に春日をビックリさせたものを見せたのはオーナーなのかなあ?」
「そうだな」
「ね?」
 そう云うと如神はチョコケーキを一口食べた。
「む!・・・ングッ・・・・・・・ゲホゲホッ!!」
「どうした?」
「・・・・・・これ、コニャックが入ってる・・・・・・」
「酒?何だ、そんなことか」
 そう言いつつ、杏仁豆腐のお代わりを貰いに行こうと立ち上がった俺が見たものは・・・・・・

 黒くうねる暗黒の人型だった。
 背にゾクリと戦慄が走る。
「何だ・・・・・・」
「集団霊?・・・・・・今まで何もいなかったのに」
 いきなりそれは襲ってきた。すかさず俺は避ける。間一髪だ。
「喰らえ!!」
 俺は思いっきり念を叩きつけた。プルリと身を捩らせただけで、何の打撃を与えられない。
「勇太、こっち!」
 如神は叫ぶと俺の腕を掴んで裏庭のほうへ走ろうとする
「何でだよ!」
「ここじゃ、お客さんに気付かれちゃうよ」
「わかった」
 俺たちは手に手を取って走った。運良くあいつらは俺たちを敵と思ってくれたのか、こっちの陽動に乗ってくれた。
「如神、札は?」
「ごめん、殆ど無いよ!」
「何だって!」
「お昼にペンションに貼っちゃったから・・・・・」
「何ィ!!」
「大丈夫だから」
 ポケットから如神は小瓶を取り出し、中身を奴等にぶっかけた。
「オン・アミリティ・ウン・ハッタ・・・・・・帰命したてまつる。甘露尊よ、祓いたまえ、清めたまえ」
 ジュッと音を立てて、液体が蒸発した。苦悶の表情を浮かべ、奴等はのたうち回る。如神はそのまま小石を拾い、残りの神符に包んだ。
「勇太、これを思いっきり念で叩きつけて!!」
「わかった!・・・・・・・うおおおおぉぉぉッ!!!」
 俺は渾身の力を込めてその符を叩き込んだ。やっと来た出番だ。しくじる気なんて更々無い。頼まれたって、手加減なんかするもんか!符が霊に捻り込んでいく様を思い描き、ありったけの念をぶつけた。小石にかかる重力を千倍ぐらいにしてやる!
「ナウマク・サンマンダ・バザラダン・センダ・マカロシャダ・ソハタヤ・ウン・タラタ・カン・マン」
 それに向かって如神が詠唱する。
 神符が光の矢となって集団霊を貫いた。
「遍満する金剛部諸尊に礼したてまつる。暴悪なる大忿怒尊よ。破砕したまえ。忿怒したまえ。害障を破摧したまえッ!!!」
 ゴォッ!と吹き上げられた炎は奴等を飲み込んだ。
「一切調伏!!」
 叫びと怒りに打ち震えながら、段々と霊は小さくなり・・・・・・そして消えた。

「やったな、如神」
「違うよ、勇太だよ。勇太がやったんだよ」
「馬鹿いうなよ」
「だって本当だもん。自分でやるとね・・・・・・念が弱くて、御不動様をなかなか呼べないの」
「またまたぁ♪」
 俺は握手を求めた。二人一緒でだけど、役に立って本当によかった。
 気が抜けたのか如神はその場にへたりこんだ。頑張ったんだモンな、普通そうなるさ。まだ小さいのに健闘したと思うよ。
 如神を支え、立ち上がろうとしたその時、背後からガサッという茂みを除ける音が聞こえた。塔乃院だった。
「ちょっとは出来たようだな・・・・・・如神」
「見てたんですか?」
 俺は憮然として訊いた。
「ああ・・・・・・」
「何で手助けしてくれないんだよ!」
「助けを期待するなら、この世界に足は突っ込むな」
「う・・・っせーなっ!」
「お前には用は無い」
「何だとォ!」
「・・・・・・来い、如神」
 塔乃院影盛は俺の存在なんて完っ璧に無視して、如神に近づいた。表情に出てはいないが、なんか相当頭にきているらしい。俺はコイツに危険なものを感じた。
「すっぽかしのお詫びがまだだ・・・・・・先輩にそういう態度を取れと学校で教えられたのか?それとも、宗家のばあさんに、陰陽寮の現生神と謳われた『祥門須磨子』(ひろかど・すまこ)に、そう仕込まれたか?」
「・・・いいえ、違います・・・・・・」
 如神はうな垂れていった。
「何様だってんだ!!」
 俺は叫んでいた。だってそうだろ?大の大人が身長差が40センチはあるだろう子を、しかも中学になったばっかの子にねちねち言うなんて、ムカツク!!最低だ!
「俺が・・・・・・」
「勇太・・・・・・」
「俺のためにふったんだから、許してやってくれよ!」
「いいよ、勇太」
「俺が嫌なんだ!」
「だからといってお前は関係無いな、用があるのは如神だ・・・・・・来い」
「・・・・・・はい」
 ぽつりと如神は言った。
「行くなよ!」
「ごめん、勇太・・・・・・先に部屋に帰って・・・・・・」
「だって、俺のために・・・・・・」
「これも勇太のためなの!」
「わっかんねえよ、全然・・・・・・俺が話しつけてやる」
「ダメぇ!!」
 叫んだ如神は真剣そのものだった。
「あの人は危険なの!勇太じゃ敵わないの」
「あいつが何だってんだよ!」
「死ぬより酷いことになるよ・・・・・・だって彼は・・・・・」
「如神、それから先は機密事項だ!!」
 ピシャリと塔乃院が言った。口答えを許さぬと目がいっている。
「はい・・・・・・」
 小さく聞こえるか聞こえないかの声で如神は答えた。
「ケーサツの事情かよ。アイツが何だってんだ」
「いいの・・・・・・約束やぶったの、こっちだモン」
「だからって・・・・・・だからって、あいつンとこ行くのかよ。何があるかわかんないじゃないか!・・・それこそ死ぬより酷いことってのが・・・」
「大丈夫・・・・・・」
「如神!」
 塔乃院の声だ。
「今、行きます」
「待てよ!おい、おいったら!!」
 そっと振り返ると、立ち止まり、また駆け出していく。塔乃院の視線を恐れるかのようだった。
「ったく・・・・・・何がどうなってンだぁ?」
 俺は頭を振った。
「わっかんねえよ・・・・・・如神」
 俺は呟くしかなかった。

●使役者の結末
 翌日になって、容疑者こと、オーナーの【申し開き審議を開催】(命名:羽柴さん)をすることにした。如神が気分が悪いといったので、午後から始める事にした。

「大丈夫か、如神」
「う、うん・・・・・・気にしないで・・・・・・」
「声、枯れてるみたいだな」
「風邪だよ、きっと」
 如神がそういって笑ったが、どうも気になる。元気が無いし、さっきから溜息ばっかついてる。そうこうしてる間にオーナーがニコニコしながら登場した。
 これから吊るし上げをくうってのに呑気だなと思ったが、まぁ、オーナーは安心しきってるんだろう。バレてないという思い込みがそうさせているのかなとも思う。
「・・・・・・原因はわかったの?」
 悪びれもせずに言う。
 我等が助教授センセイは「ええ・・・・・・」と答えた。
「犯人は貴方です」
「そうよ」
あっさり0-ナーは認めた。
「何故ですか?」
「ごめんなさい、アタシ。成功させたかったのよ・・・・・・ちょっと嘘でも云って、綺麗な子借りて、アタシが男の子が好きってのもあるけどね、成功したら万万歳だもの。だから、声が聞こえるとか嘘云ったの」
 オーナーはそういうと肩をすくめた。
「大掛かりなお芝居だって思うでしょうけど・・・・・・」
「それだけじゃないですよね?」
「え?」
「あなた・・・・・・もしかして【アニマル・テイラー】(動物操者)じゃないですか?・・・・・・昨日、これを発見したんです」
 虫の入った瓶を斎さんは見せた。アニマル・テイラーとは動物を自分の一部のように扱える術に長けた人間のことだ。しかし、人間のような複雑な思考を持つ存在は扱えず、使えてもその動物に認識できる範囲しか行動できない。【アニマルテイラー】は警視庁魔導防犯課にその旨を登録せねばならないことになっている。
「それは・・・・・・」
「しかも、霊まで使役出来ますね」
「わ、私が【アニマル・テイラー】なのは認めるわ・・・・・・でもそれしか出来ないわよ!」
「それは嘘です」
「嘘なんかついてないわよぅ!!」
 オーナーは叫んだ。
「そりゃ、アタシは未登録の【アニマル・テイラー】よ。そんでもって、オカマよ!・・・・・・でもね、そこまでしてアタシが自分のお金無駄にしようと思うわけないじゃないのようッ!」
「・・・・・では、あの使役霊は誰が・・・・・・」
「知らないわよ」
「じゃあ、俺と如神が倒した集団霊は?磁場が悪いわけでもないのにそんなのが現れるっていったら、誰かがやったとしか・・・・・・」
「アタシじゃないわ。魔法学校じゃ術なんて殆ど出来ないオチコボレだったんだから・・・・・・そのことは草間ちゃんが証明してくれるわよ」
 皆は黙ってしまった。再度調査をしたものの、証拠になりそうなものは発見できるわけも無く、使役霊と集団霊に対する疑問が残ったが、調べることも出来なかった。草間さんに電話をしたが、やはりオーナーがいう通り、オーナーは筋金入りのオチコボレで有名だったそうだ。就職先のないオーナーは仕方なく新宿のオカマバーで働いていたらしい。
 草間さんは「パーティーが成功したんだったらそれでいい」といってくれたが、俺は気になってしょうがなかった。気になるといえば如神のことも気になった。顔色が悪いのにやたらはしゃぎまくってるからだ。
「勇太、勇太!」
「何だよ、寝てたほうがいいんじゃないか?」
「いいの!心配しないでいいよ。今度いつ、お休み貰えるかわからないから遊びたいの・・・・・・お買い物しようよ!」
「買い物~?」
「うん!すっごく美味しいジャム屋さんあるんだよ。あぁ、そうだ!パンも買っていこう!!」
 ・・・とこんな調子なんだ。心配するなってのが無理だよな。

 電話で草間さんが依頼終了と告げ、俺たちはフリーになったんでそれぞれに休暇を楽しみ、東京に帰ることにした。俺は如神に付き合い、大量の買い物(すげえ買うんだ、これが!)を済ませ、東京行きの新幹線に乗って帰ってきた。
 別れ際、如神は住所と携帯電話の番号を書いたメモを俺に渡した。
 「また遊ぼう」って言った如神は幾分元気に見える。俺もノートの切れっ端に殴り書きをして渡す。それから名残惜しくなって、終電まで喫茶店で話し込んだ。結局、昨日の夜のことは話してくれなかった。いつか話してくれればいいなと思ったがグッと堪えて他愛も無い世間話に花を咲かせ、別れた。
 東京駅から意気揚揚と出発した俺は、今度はセンチメンタルな気分になって帰ってきた。いつもと変わらないネオンサインが夜に華を咲かせ、テールランプが東京の血管であるかのように流れている。人気の無い歩道橋を渡って、俺は家路についた。
 事後処理や使役霊たちのことは草間さんが片を付けてくれるだろう。何だか役に立てなかったような、立てたような、すっごく楽しかったような・・・・・切ないような
 むしゃくしゃしてるわけじゃない。満たされているわけでもない。無いものを渇望したいわけでもない。

 哀しいわけじゃない・・・・・・でも

 俺をこんな気持にさせる街、東京。
 この街の中で、俺は自分自身の凍てついてしまった【心】という時計を見つけ出せるだろうか?

 いつしか俺は声をあげて泣いていた。

   END
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0164  / 斎・悠也  /  男 / 21 / 大学生・バイトでホスト-
0867 / 神薙・春日 / 男 / 17 / 高校生/予見者
1122  / 工藤・勇太 /  男 / 17 / 超能力高校生
0689 / 湖影・虎之助/ 男 / 21 / クラス 大学生(副業にモデル)
0121 / 羽柴・戒那 /  女 / 35 /  大学助教授
(PC名五十音順)
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■         ライター通信          ■
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 はじめまして、朧月幻尉(ろうげつ・げんのじょう)と申します。この度は依頼に参加いただきまして有り難うございます。今回は勇太の持つ活き活きとした表情を書きたかったもので、普段はあまりやらない形式で書かせていただきました。(本当はもっと短いのです)
 勇太に大変好感を持ちまして、最もらしく書きたいと切望して書きました。謎が謎を呼んでいる最後ですが(如神と塔乃院の間に何があった!)、これも一つの東京怪談のあり方かなと思いましたがいかがでしたでしょうか?

 私信にて感想等をいただけますと、今後の参考にもなりますので、宜しかったらフォームにてメールをお願い致します。
 発注を戴き、誠に有り難う御座いました。

P・S: ちなみに、ハーブ入りのブーケをタッジー・マージと言います。如神はこれを渡したのですね(^^)

カテゴリー: 01工藤勇太, 朧月幻尉WR |

第10夜 仮面の下の素顔

午後11時23分。
 それは聖祭の後夜祭の時。かの生徒会室での話し合いが終わった直後にまで話は遡る。
 カーテンがなびいた先にいた黒鳥の少女に、勇太は笑顔でヘアピンを差し出すと、彼女は手を伸ばすのをためらっている様子に見えた。

「これじゃあ駄目だったかな?」
「そうじゃないの。ただ……どうしてすぐに返してくれるのかしらと、思っただけ」
「ああ……」

 勇太はますます笑みを深め、あっさりとこう言った。
 怪盗との距離は近く、今だったら彼女の思考を読む事も、彼女の正体を暴く事も可能である。が。勇太はそれをしなかった。それはあまりにもナンセンスな事であり、彼女の正体を暴くと言うのが、この一連の騒動の幕引きにはあまり美しくないものだと思ったのだ。

「これで、のばらさんを救って欲しい。
 もう学園を解放しよう。
 結界なんていらない場所に戻そう。
 想いは留めるものじゃない、届けるものだ。
 解放して征くべき場所へ」

 そうはっきりと伝える。
 ちらりと背後を見た。勇太の言葉に声を失っている三波に対して微笑む。この手の事にそんなに向いてるとも思えないけど、そんな自分にも分かりやすい位、生徒会長の事想ってるなら、伝えないのは損だ。
 少しためらった後、黒鳥はようやく手を伸ばし、ヘアピンを受け取った。

「ありがとう──」

 彼女は至極丁寧に膝を折り曲げて礼をする。その様は黒鳥の羽ばたきによく似ていた。

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 正午。
 聖祭も終わり、学校も浮足立った雰囲気から一転、ごくごく稀にしか存在しないぼんやりとした雰囲気が漂っていた。例えるならば、長期休暇明けの少し気の抜けた雰囲気。たまにならばそんな空気も悪くないと、勇太はのんびりと理事長館を目指した。
 理事長館の門を潜ると、珍しく門の下には栞が立っていた。

「あれ、こんにちは理事長。どうしました?」
「いえ。そろそろじゃないかしらと思っただけね」
「そろそろって?」
「あなたが来る時間よ」
「すごいな、超能力みたいだ」
「うふふ……超能力とは少し違うけどね、女の勘かしら」

 どうぞ。そう言いながら勇太はすっかり慣れ親しんだ理事長館の応接室に通された。
 いつかご馳走になったハイビスカスティーを出されて、それを飲みながら勇太は昨日の事を語る。栞はそのあらましを事細かに聞いては頷き、聞いては頷いていた。

「──と、言う訳なんです。……あの、のばらさんは、助かったんですか? あと海棠君に守宮さん。副会長も気になるかなあ」
「そうねえ。じゃあのばらさんの所にちょっと行きましょうか」
「え? 行ける……んですか?」
「ええ。今だったら大丈夫じゃないかしらね」

 今だったら……か。
 グラスの中で、カランと氷が音を鳴らした。その音を聞きながらグラスをテーブルに置くと、栞に着いて行く。
 理事長館から離れて少し。普段見慣れた新聞部のある古めかしい旧校舎の裏に、苔むした場所が存在した。しなびた噴水の立ち昇るそこに、真っ白な少女が腰かけていた。
 妖精のようなロマンティックチュチュを身に纏い、そこに足をぷらぷらとさせている幼い少女は、星野のばらであった。

「えっと……君がのばら……さん?」
「そうよ? あなたはお節介な記者さんね?」

 甲高い声で挑戦的な目つきで見られ、それに勇太は思わず「うっ」と言葉を詰まらせる。彼女が海棠が長年ずっと後悔し続けた相手なのかと思うと、色々と複雑な感情が込み上げてくると言う物だ。色んな肩書きを並べられてはいるが、今目の前にいる彼女が、今の星野のばらととらえるべきであろう。

「えっとさ、気分はどう?」
「どうと言う事はないわね。私は生きてないし、死んでもいない。でも、『ここにいていい』って許してもらえた」

 彼女は手を広げると、陽の光を受けて彼女の手が、身体が透き通って見えた。彼女自身に否があるのかどうかは、結局の所勇太には分からない。
 彼女を中心に色んな事があったが、彼女もまたそれで苦しんでいたようにも見えて。

「うーんとさ、これは別の人にも言った事だけどさ」
「なぁに?」

 のばらが小首を傾げて勇太を見るのに、勇太は少しだけ息を吸う。身体全体の毛穴が開くような、そんな錯覚を覚えつつ、身体全体で今までに出会った人達に想いを馳せる。
 この会話は、皆が知るべきだ。
 会った人達皆に届くよう、テレパシーの準備を済ませてから、ようやく勇太は口を開いた。

「皆が皆、誰かを大事に想ってるだけで、それが結果的に誰かを不幸にしてしまっただけだと思うんだ。
 想いは留めるものじゃない、届けるものだ。
 解放して征くべき場所へ」
「まあ……」

 のばらが顔を綻ばせて、目を細めて笑う。その様は年よりももっと幼く見せた。

「私、まだここにいてもいいの? 私死んでるわよ?」
「いたいって願うんだったら、いてもいいんじゃないかな」
「うふふ……ありがとう」

 ありがとう。
 あの晩にも聞いた。今日にも聞いた。
 何度聞いてもその言葉は素敵な物で、勇太の胸に染み入った。
 どうか、いい幕引きでありますように。
 そう、勇太は心から願った。

<第10夜・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122/工藤勇太/男/17歳/超能力高校生】
【NPC/茜三波/女/16歳/聖学園副生徒会長】
【NPC/怪盗オディール/女/???歳/怪盗】
【NPC/聖栞/女/36歳/聖学園理事長】

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■         ライター通信          ■
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工藤勇太様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥~オディール~」第10夜に参加して下さり、ありがとうございます。
お見事でございました。回答、確かに受け取りました。これにより最終シナリオに移行が決まりました。
三波とのばら、そしてオディールへのご配慮に感謝いたします。

最終シナリオは7月第1週公開予定です。最終シナリオの参加、お待ちしております。

カテゴリー: 01工藤勇太, 石田空WR |