第9夜 最後の秘宝

午後9時5分。
 後夜祭は和やかな雰囲気が漂っていた。
 中庭には木が組まれ、火がくべられる。火の粉がパチパチと飛び散り、その音に合わせて、一組、また一組と火の周りで踊り始める。
 音楽科の生徒達も発表の時の重厚な音楽から一転、伸び伸びとダンスに合うような楽しげな音楽を奏で始め、昼に感じたピリッと引き締まった雰囲気とはまた違う雰囲気に彩を添える。
 でもなあ……。
 工藤勇太は屋台の苦い紅茶で喉を湿らせながら、ダンスの輪からギリギリ離れた場所で、この様子を見ていた。

「おーい、工藤君ー! 今一人?」

 と、自分を呼ぶ声が聞こえて振り返ると、クラスメイトの女子達だった。

「んー、まあ今は一人かなあ」
「じゃあさ、あそこで踊らない? 一緒にさ」
「あー……」

 クラスメイトの女子の顔が気のせいか赤いのは、何も火の赤い灯りだけのせいではないらしい。
 でもなあ……。
 勇太は困ったように首を傾げた後、手をパンッと合わせた。

「ごめんっ、今から用事なんだっ」
「えー……後夜祭に用事って釣れないなあ」
「ほんっとうにごめんっ、記事書かないと駄目なんだ」
「あー……新聞部だもんねえ。怪盗騒動も大変そうだもんね、頑張って」
「うん、用事終わったら踊ろう!」
「あはは、待ってるねー」

 クラスメイトは割と分かってくれる子で助かった……。勇太は笑って手を振って去っていく彼女を拝むようにもう一度手を合わせた後、さてと気を取り直す。
 ちょうどゴミを捨てに行っていた海棠秋也が戻ってきた。

「……今女子から誘われてたのか?」
「あー、うん。嬉しいんだけどねえ……」
「そうだな」

 秋也が複雑そうに目を伏せつつ、「さっき耳に挟んだ」と話題を切り替える。

「自警団は特別塔に詰めているらしい」
「あー……立入禁止区域に指定されている?」
「ああ」

 確か特別塔は化学室や生物室、家庭科室など、移動授業用の教室が入っている塔である。
 そして、最上階には生徒会室がある。
 さしずめ、生徒会室に茜三波がいるのだろう。

「でもどうする? 立入禁止区域にされているのなら、自警団と鉢合わせると厄介だが……」
「まあ、これは得意分野かなあ」

 少なくとも、学園内ならテレパシー能力はあまり暴走したりはしないのは、何度も実験をして分かっている事だ。

「自警団の先回りは、俺の能力でできるからさ」
「ああ……」

 前に話をしていたせいか、秋也は納得したように頷いた。

「じゃあ、特別塔の方に行ってみよう!」
「ああ」

 こうして、勇太と秋也はひっそりとフォークダンスの輪から離れ、灯りの落ちた道へと走って行った。

/*/

 午後9時20分。
 勇太は足音を殺しつつも、階段を足早に駆け上がっていた。この時ばかりはテレパシーの偉大さを思い知っていた。少なくとも、自警団の裏をかけるのだから、走っていても鉢合わせる事がないのだ。
 最後の階段を昇り終えた時、聖祭が始まる直前に取材に入った生徒会室の重い扉が見えてきた。

『どうして』
  『どうして』
『脇役は嫌』
 『脇役は嫌』
   『見て欲しい』
『私だけを見て欲しい』
  『主役でなければ見てくれないの』

 扉の向こうからは、顔をしかめんばかりの思念の声が溢れ返っていた。そして、明らかに三波の声も混じっている。でも、三波と思念以外の声は聴こえないと言う事は、まだ怪盗は到着していないらしい。
 勇太はメールで秋也に報告を入れる。

『副会長は生徒会室にいる。でもまだ怪盗は到着していないみたい。怪盗は見つかった?』

 数分も経たずに、着信ランプが点滅し、思わず勇太は手でそれを隠す。これで自警団に見つかったら、何のためにここまで来たのか分からなくなってしまう。

『まだ見つからない。でも多分声が聞こえているのなら、そっちに向かうはずだ』

 それならいいんだ。
 勇太はズボンのポケットに携帯をねじ込むと、ノックもなしに扉を開け放った。
 灯りもついていない生徒会室には、自警団服に身を包む三波の姿があった。

「……ここは今日、立入禁止区域に指定しているはずですが」
「知っています。でも今日は俺は、あんたと話をするためにここまで来ました」
「……」

 三波に刻まれている表情は剣呑としたものだったが、それは不安げに揺れている。
 勇太は黙って扉を閉める。

「副会長は……最後の秘宝を持ってはいませんか?」
「え……?」

 棘のある返事。
 それでも勇太は屈しない。
 聞こえているのだ、これだけの思念を。それに当てられて色んな人達が嫉妬に駆られているのも。嫉妬し続けて苦しくない訳がない。

「あんたの気持ちは分かる。苦しいのは。会長の事を想って、会長に振り向いてもらえないって悩むのは。でもそれは間違ってる」
「……!」

 三波が目を見開くのに、勇太は尚も言い募る。

「……だからと言って、怪盗を傷付けていい道理なんかないはずだ」
「……さい」

『うるさい』
  『黙れ』
 『黙れ』
   『黙れ……!!』

 思念が泣き叫ぶ。
 ひりひりするような悲痛な声だ。
 それでも……やめる訳にはいかない。

「……信じてもらえないかもだけど、俺は人の心が読めてしまうから、だから、あんたの気持ちは分かる。だから……」
「黙れ……!」

 三波が椅子を思いっきり引っくり返す。でもそれは勇太まで届かない。……彼女自身もまた、分かっているのだ。本当は人を傷付けていい道理なんてないと言う事は。

「……怪盗を捕まえて、それで会長の気持ちを繋ぐって言う方法じゃなくって、真っ向勝負から言ってみた方がよくない? ほら、あの人、きっと言われるまで気付かないよ」
「……」

 声は静かになった。
 思念の声もまた、なりを潜めた。
 と……思念の声の出所に、勇太はようやく気が付いた。
 苦痛の表情を浮かべる三波の傍に寄ると、三波はビクリと肩をハネさせる。

「あー、ごめん。怖がらせるとか、そう言う事じゃなくって」
「え……?」
「んー……」

 取材に行った時、どうして気付かなかったんだ。
 勇太は三波の髪に触れると、三波は信じられないような物を見る目で見てきた。あー、本当に悪い事した。でもすぐ終わるから。
 彼が三波から抜き出したのは、前髪を留めていたヘアピンだった。
 触ると本当に普通のヘアピンにも関わらず、時折文句ったらしい思念の声が聞こえる。
 どうしてこれが秘宝になっちゃったんだろう。
 これは後で理事長にでも聞いてみればいいのかな。
 勇太は秋也の言葉を信じて、怪盗を待つ事にした。
 と、カーテンがなびく。
 振り返った先には、仮面越しにこちらを見る黒鳥の姿をした少女がいた。

「ああ、ちょうど渡したいものがあったんだ」

 そう勇太は笑顔でヘアピンを差し出した。

<第9夜・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122/工藤勇太/男/17歳/超能力高校生】
【NPC/海棠秋也/男/17歳/聖学園高等部音楽科2年】
【NPC/茜三波/女/16歳/聖学園副生徒会長】
【NPC/怪盗オディール/女/???歳/怪盗】

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■         ライター通信          ■
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工藤勇太様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥~オディール~」第9夜に参加して下さり、ありがとうございます。
お見事でございました。その一言に尽きます。これで三波の問題は解決できそうです。お付き合い下さり、本当にありがとうございます。

第10夜も公開中です。
一応物語終了条件は揃っているのですが、エンディングシナリオが出るか、継続として第11夜が出るかはまだ分かりません。
よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。

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一番星にはまだ遠い

もうそろそろ後夜祭が始まる。
 気付けば随分と暗くなっていた。まだくべられてはいないが、組み木に火を付けられるのももうすぐだろう。
 工藤勇太は「ふう……」と溜息を吐きつつ、ふと中庭の端に目をやると、聖栞がのんびりと歩いている事に気が付いた。理事長館は中庭にあるのだから、ここを彼女が歩いていても違和感はないのだが、少しだけ気になった。

「あっ、あの! こんば……いや、こんにちは、でしょうか?」
「あら、工藤君」

 栞はすぐ勇太を見つけて、微笑んで会釈した。

「聖祭、楽しんだかしら?」
「そりゃもう。色々見られて面白かったですし。あの……」
「はい?」

 空は夕焼けの名残を残して、濃紺の雲が見える。やがて、完全に日が沈めば見えなくなるだろう。

「ありがとうございます。これ……」

 そう言いながら、勇太はルーペを取り出した。以前お茶会の時に栞に渡されたものだったが、もし「椿姫」の会場の思念に当てられていたかもしれない。
 栞はこの事を見越して渡していたのだろうか。

「これのおかげで、思念に当てられずに済みました」

 そう言ってお礼を言う。
 栞はくすりと笑う。

「いいのよ、あなたのおかげで、あの子楽しそうだから」
「……彼から聞きました、その、家系の事とか……」
「あら、意外ねえ」

 栞はよっぽど嬉しいのか、いつも笑みをたやさない人ではあるけれど、ころころと笑い続ける。
 勇太はそれに呆気に取られて見ていた。

「あの子、自分から自分の事を他人に語る事なんて滅多にないから。せいぜい幼馴染位しか、同い年の友達もいなかったしねえ」
「はあ……」

 自分は観に行けなかった「眠れる森の美女」に出ている彼女を思い起こす。そうか、彼女も知ってたんだな……。

「でも、弟さんはどうにかなったとも聞きました。だから、今回は純粋に最後の秘宝さえ回収できれば終わるとも」
「そうね。あなたみたいな人がいてくれたから」

 栞は嬉しそうに目を細めた。
 自分みたいってどう言う意味だろう……と勇太は首を傾げる。
 栞はにこにこ笑ったまま続けた。

「本当は、魔法や奇跡、事件って言うものはささいな事からだから。そのささいな事にさえ気を付けていれば、誰だって使えるし、誰だって助けられるものなのよ?」
「えーっと……俺が彼を助けたいって思ったのと同じように、誰かが弟さんを助けたいって願った結果だったって事ですか?」
「そういう事」

 その話を聞きながら、勇太は少しだけ思いを馳せる。
 本当にたまたま。本当にささいな思い付きで出会ったけど、もし踏み込もうって思わなかったら、友達になる事もなかったのかな。
 理事長の言うように、彼も俺の事友達だって思ってくれていたらいいけど。

「……本当にありがとう、工藤君」

 勇太の思考は、栞の一言で打ち切られた。
 それで思わずぶんぶんと手を振った。

「いやいや、俺特に何もしてないですよ! 俺が色々突っ込んだ事言っても、優しかったんで」
「ふふ……そこがあなたのいい所かもしれないわね。
 でも本当に、あなたが友達になってくれてよかった」

 栞はくすくす笑いながらそう言う。
 勇太は、頬が熱くなるのを軽く首を振って覚ますと、ずっと考えていた事を口にする。

「俺……、彼の手助けがしたいんです。彼を助ける事が怪盗の事や、のばらさんを助ける事に繋がるんじゃないかと思うんです。……全てうまく行くかは分らないけど… でも笑ってくれたんです。彼のその笑顔、もう失くしたくはないから俺、やれる事はやります」
「……そうね」

 栞はにこにこ笑ったまま、勇太の頭に手を伸ばした。
 そのまま、軽く勇太の頭を撫でる。

「え……? 理事長?」
「その優しさ、忘れないでね? できればそれを誰かに分けてあげればいい。いい? 想いは力。想いは形。想いは魂。 問題をややこしくしているのは、人の想い。でも問題を解決できるのも人の想いだから」
「……それってつまり」
「私のヒントは終わり。もうそろそろ一番星が出るわね」
「えっ?」

 その言葉に、思わず勇太は空を仰ぐ。
 雲が多くて、星が出ているのかどうかよく分からなかった。
 理事長の言った事って、つまり……。

「副会長がどうして思念に当てられたかを考えろって事、だよね……」

 気付けば栞はひっそりとその場からいなくなっていた。

<了>

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もうすぐ夜が来る

まだうっすらと日は残っているが、やがて夜の闇が来るであろう、そんな黄昏とも言うべき時間。
 そんな空の下、中庭にはカラカラと聖祭の実行委員が持ってきた木が積まれていた。夜になると同時に火をくべ、後夜祭が始まるのだ。
 工藤勇太がこっそりと辺りを見回すと、周りは既に演目を終えた生徒、屋台回りではしゃぎすぎた生徒、聖祭の準備期間にできたのか寄り添い合っているカップルなどが見えた。
 少なくとも、後夜祭を楽しもうとしている生徒達の表情は明るく見える。

「お疲れ様」
「あっ、お疲れ様。海棠君」

 海棠秋也は屋台からアイスティーを2つ買って来ていた。1つを勇太に手渡すと、勇太は「ありがとう」と会釈して一口飲んだ。
 今日1日走り回った喉に、アイスティーの冷たさが染みた。

「ぷはあ、生き返る~」
「それ、大げさ」
「ははは、そうかもしれない」

 そうからから笑い合う。
 思えば、最初に会った時はこう笑い合う事もなかったかもしれない。珍しくリラックスした秋也の顔に、周囲は少しだけ驚いてこちらを見ているが、もう秋也は気にする素振りを見せない。
 吹っ切れてよかったな。そう勇太は思う。
 思いながらも、自分がメールで送った事は説明しておかないといけない。
 そう思いながらアイスティーを飲んでいたら、じゃりっと氷の粒を飲み込んでしまい、目を白黒とさせた。

「……大丈夫か?」
「あはは……平気平気。それより……メール読んでくれたよね」
「……」

 秋也は軽く頷いた。

「うん、ありがとう。……結構大変だったんだよね、思念に当てられる人が続出して。何かすっごく怒ってた」
「……工藤は大丈夫だったのか?」
「ああ、それは……」

 ポケットを探ると、いつかもらったクリスタルガラスのルーペが出てきた。

「これがあったから、大丈夫だった」
「そうか……」
「でもその中で気になったんだけどねえ」

「あの子」。勇太がそう口を開くと、秋也はピクリと眉を動かした。

「何と言うか、随分と変わった子だったなあって思った。もっと友達の影に隠れてる子かなって思ってたけど。あの子……思念の声が聞こえているみたいだったんだよね……でなかったら「何とかしないと」なんて思わないはずだよね? だってオペラ上映中の真っただ中だったんだからさ」
「……」
「あともう1つ」

 秋也が黙って耳を傾けている中、勇太はもう1つ気になった事を伝えた。

「あの子の口から「怪盗」の言葉が出たんだよね。どう思う?」
「……あいつは」
「ん? 海棠君?」
「……何でもない。とりあえず、副会長を止めないといけないな」
「そうだね。でもどうしよう、君の弟も多分ここに来ると思うんだけど……」
「それはない」
「へっ?」
「うん、それはない」

 そうはっきりと言い切る秋也に、勇太は目をぱちくりとさせた。

「どういう事?」
「……弟を説得してくれた人がいるから。だから、弟はこの件には関わらない」
「……」

 秋也は必要がない事は言わないが、数少ない言動では嘘はつかない人間である。少なくとも、勇太は短いとは言えども彼との付き合いの中でそれを学んでいた。

「そっか。なら副会長だけで大丈夫か。副会長、回答の事相当嫌っていたみたいだけど、大丈夫かな……」
「怪盗が怪我しない程度に手を出せばいい。ギリギリまでは怪盗の方が何とかするだろ」
「……」

 まさかなあ。と勇太はちらりと秋也を見ながら思う。
 秋也はちびりちびりと飲むアイスティーは、未だに半分ほど残っていて、さっさと飲み干した自分と比べると飲むペースが遅いようだ。
 まさか海棠君。怪盗の正体について、既に感付いてるんじゃあ……?
 ……まあいっか。
 今晩をどうにかしたら、教えてもらえるだろうし。
 そう思う事にした。

<了>

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幕間の出来事

化粧を落とす間もなかったのか、楠木えりかは普段のぼんやりとした印象から一転、やけに見栄えのする顔立ちをしていた。もっとも、舞台化粧は遠目から判別できないと駄目なので、ぼんやりした顔立ちで舞台に建てる訳がないのだが。
 まじまじと眺めながら、工藤勇太はえりかに声をかける。

「随分急いでたみたいだけど、もしかして知り合いが出てるの?」
「えっと、はい」
「ふうん……音楽科に知り合いがいたんだねえ」
「あはは、工藤君は取材ですか?」
「んん? うん、そうだよ。時間が被ってるから、皆で分担分担」
「へえ……珍しいなあ、てっきり怪盗の取材してるからこっちに来ると思ったのに」
「んん?」

 えりかの言葉に、勇太はまじまじともう一度えりかを見直す。
 副会長が最後の秘宝を持っている可能性が高いのを知っているのは、少なくとも自分と秋也、恐らくは理事長位だと思っていた。何で一般生徒のはずの彼女がそんな事思うんだ。

「どうしてそんな事思ったの?」
「えっと……何回も副会長、怪盗捕まえたいみたいだったし、その……怪盗を嫌ってるみたいだったから」
「……えりかちゃん、副会長と知り合いなの?」
「そうですね……副会長とは」
「……」

 意外過ぎる言葉に、勇太は黙る。
 まさかこんな所で、えりかと副会長に接点があるなんて思いもしなかった。
 でも……新聞部でわざわざ取材しなかったら、副会長が怪盗を相当嫌っているなんて情報、こっちだって持ってなかったのに。
 ただの知り合い?
 それとも……。
 そう考えている間に、会場の灯りは少しずつ落ちてきた。

「始まるみたいですね」
「うん」

 そうひそっと声を掛けあった後、舞台の幕は開いた。

/*/

 パンフレットの解説によると、「椿姫」と言うのはヴィオレッタとアルフレードの身分違いの恋の話だと言う。
 好き同士だったが、身分の高いアルフレードのために身を引き、周りから了承を得て再会できた時には、ヴィオレッタは既に結核で余命が幾ばくも無い時だった。
 それでも再会したアルフレードにヴィオレッタは満足げに「新しい力が沸いてくるよう」と伝えてこと切れる。
 そのヴィオレッタの友人フローラが、副会長の演じる役である。
 前奏曲が流れる。管楽器で奏でられる演奏が物悲しく、曲が終わると同時に、ゆっくりと幕が開いた。
 舞台のパーティーの中、和やかな雰囲気で歌が始まる。
 勇太はそっとテレパシーで何か拾えないかと、力を使い始めた。歌は声を張れば張るほどに、自分の中に溜まっている感情が露出しやすい。それを拾えないかと狙ったのである。

『悔しい』

 ん……?
 この華やかな舞台に似つかわしくない感情が拾えた。

『どうして』
  『どうして』
『脇役は嫌』
 『脇役は嫌』
   『見て欲しい』
『私だけを見て欲しい』
  『主役でなければ見てくれないの』

 それは、彼女自身の感情なのか、嫉妬に引き摺られてしまった感情なのかが分からなかった。
 ただ、その彼女の感情が、徐々にこの会場を包んでいくのが分かった。

『悔しい』
  『どうして自分は駄目なんだろう』
 『テストの点よくなかった』
   『フラれた』
『どうして自分だけ』
  『どうして自分だけ』

 これ……まずくないかな?
 その声は、もう彼女の声だけではなかった。会場にいる人達もまた、嫉妬に引き摺られ始めたのだ。
 勇太はおろおろして辺りを見回した。客席には光源はないが、舞台の華やかな光源のおかげで、充分事足りる。

「え……?」

 えりかの頬には涙が線を作り、アイメイクが少し崩れていた。

「えっと、大丈夫……?」

 勇太は思わずポケットをまさぐってハンカチを取り出すと、えりかは驚いた顔でそれを受け取った。

「すみません、ありがとうございます」

 舞台の邪魔にならないよう、声を潜めて会話をする。
 この場面の歌はこのパーティーに乾杯する歌だから、全く悲しい場面ではないはずなのだ。

「どうかしたの? いきなり泣き出して」
「すみません……ただ、悲しくなってきちゃって」
「ん? 確かにこの話は悲劇だってパンフレットにもあったけど……」
「いや、人の心ってままならないなあって」
「ん……?」
「すみません、舞台に集中しましょう」
「え、そうだね。ごめん……」

 まさか……。
 勇太はえりかがハンカチで涙を拭くのを見ながら思う。
 まさか、この子今会場で流れてる声、全部聞こえてた……? ありえないとは、言いきれなかった。

『何とかしないと……』

 ん……?
 勇太は拾った思念に戸惑う。これは、えりかの思念だ。
 何とかって、これを……?

/*/

 舞台が終わった頃、勇太はどうにか気力を振り絞って携帯を取り出した。
 メールで報告しないといけない。

『副会長、やっぱり秘宝を持ってるみたい。秘宝の感情に会場の人達があてられててまずかったみたい。俺は大丈夫だったけど。
 そう言えば「椿姫」で楠木さんに会ったよ。』

 そう打って送信する。
 と、自分にメールが来ている事に気が付いた。新聞部からだ。

「あっちゃー……」

 言い訳考えないとなあ。

『椿姫見に行ってました。すごくいい舞台だったよー! 後でレポート送ります』

 何とかお茶を濁そうと、それだけ打って送信してみた。

<了>

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第8夜 祭りの一幕

午前7時10分。
 聖祭の来客時間は9時30分から。
 学園生徒達は当然それまでに用意を終えておかないといけない。

「おはようございまーす!!」

 工藤勇太はそんな最終準備に取り掛かる生徒達をすり抜けて、何とか新聞部部室にやってきた。新聞部優先と言う事で、勇太は何とか普通科の展示係を免れたのだ。

「おはようございます。今日は忙しいですから頑張りましょう」

 既に来ていた小山連太は、部長から渡された予定表を、勇太にも渡してくる。
 勇太は、その分単位で細かく書かれた予定表にげんなりとする。

「ええっと……これ本当に……今日のスケジュールなの?」
「そりゃそうっすよ。聖祭は1番の修羅場なんですから」
「……小山君詳しいね」
「初等部からこれっすから」
「ははは……」

 しかし困ったな、と勇太は思う。思っているよりびっしりと詰められたスケジュールだと、なかなか海棠君と連絡が取れないかもしれない。
 仕方ない。メールでやり取りするしかないか。でも何とか時間取らないと、海棠君の演奏に間に合わないかもなあ……。……まあ、暗闇だったら、テレポートするのもありかな?

「とりあえず取材、頑張りましょう」
「エイエイオー!」
「はは」

 こうして、慌ただしい新聞部員達の聖祭の幕が開いた。

/*/

 午前11時45分。
「白鳥の湖」はバレエの中でももっとも名の知れた演目と言う事で、席は開始前になったらすっかり埋まってしまっていた。
 その舞台裏で、既に真っ白な衣装に身を包んで舞台袖からブルブル震えて見ている少女がいた。

「こんにちはー、楠木さーん」
「はっ、はいっ……! 小山君と……ええっと、確か前にお茶会で」
「こんにちはー、新聞部の工藤勇太でーす。確か、雪下さんの代役ですよね? どのような経緯で決まったんですか?」
「えっと……」

 真っ白な衣装の楠木えりかは、もじもじしながら立っている。
 華奢な身体つきはバレエ科女子の共通だが、本来だったら踊るはずだった雪下椿のような自己主張するタイプではなく、人に自然と合わせてしまうタイプのように勇太には見えた。

「……椿ちゃん……雪下さんが怪我しちゃった時に急遽代役立てようってなった時に、役決まっていなかった子が限られていたので……私とか、かすみちゃん……友達です、位しかいなかったんです。だから、成り行きとしか……」
「ふむふむ。だとしたら、初めての主役ですよね、楽しみにしていますよ」
「がっ、頑張ります……!」
「うん、頑張れ!」
「はひっ!」

 勇太はあまりにガチガチになっているのに、思わず応援してしまうが、これ取材になってるのかなあ……と思ってしまう。
 隣をちらりと見ると、連太は椿を通して彼女とは知り合いらしく、「まあリラックスしていきましょう。多分雪下がきつい事言ってると思うけど、あんまり気にせず」と返していた。
 そうこうしている内に、舞台袖から漏れる光が弱くなり、やがて消えた。
 もうホール内は真っ暗になり、音楽科による「白鳥の湖」の序曲が流れ始めている。これを聴いた瞬間、ガチガチに震えていたえりかの表情が消え、引き締まったように見えた。

「それでは……もうそろそろ始まりますから」
「頑張って下さいー」
「頑張れー」
「はい」

 そのままとことこと持ち場へと走って行って……こけた。
 そのままタイツに伝線していないか確認し、問題ないと分かったようにそのまま走って行った。

「……大丈夫なのかな、あの子」
「さあ……楠木さんいつもああなんで」
「いつもだったんだ」
「ええ……」

 それを2人は怪訝な顔で見送りつつ、新聞部の取材席へと移動した。

/*/

 午後2時30分
 勇太は連太を幕間の闇の中で見事置いてけぼりにしてしまい、そのまま音楽科の演奏風景を見ていた。
 海棠秋也は目を一瞬閉じて精神統一した後、そっと鍵盤に手を掛ける。
 彼の響かせるピアノの音色は、何かを思い出させる音をしていた。それは優しい音色であり、時に寂しい、時に嬉しい、そんな不思議な色を帯びていた。
 勇太はそれを見守っていた。
 海棠君……これが音楽科の最後の演奏なんだよなあ……。
 勇太は、海棠から聞かされていた。

「全部終わったら、バレエ科に戻ろうと思う」

 バレエから遠ざかっていたのは、過去のいざこざが原因であり、音楽は確かに好きではあるけれど、ライフワークにはなりえないと言う事を、泊まりに行った日に聞かされた。
 最後の演奏はきちんと覚えておこう。
 確かに趣味でこれからもピアノを弾く事はあるだろうけど、本気の演奏は恐らくこれが最後だろうから……。
 彼の手が鍵盤から離れるまで、その音を勇太は一心に浴び続けていた。

 演奏が終わった後、勇太は入口で海棠の出待ちをしている生徒達を「取材ですからごめんなさーい」とすり抜けた。
 こんな時に新聞部でよかったと、勇太はつくづく思った。
 新聞部の腕章を付けている間は、関係者以外立入禁止と言われている場所にも入れる。もっとも、流石に生徒会が立入禁止地区にしている場所に入るのはリスキーではあるので、あくまで関係者以外立入禁止の場所だけだが。

「こんにちはー、新聞部の取材でーす」

 高等部の控え室に入ると、舞台用タキシードから制服に着替え終えた海棠が、不思議そうな顔で勇太を見上げた。

「取材か。お疲れ」
「うん。海棠君もお疲れ! すごくいい演奏だったよ」
「そうか……それならよかった」
「ところでさ……」

 勇太はひそっと海棠に囁いた。

「バレエ科に転科するって話は、どうするの?」
「もう決めた事だから。聖祭が何事もなく終わったら、そのまま転科するつもり。もうその事は叔母上にも話した」
「そっかあ……スカウトの人達残念がったんじゃないの?」
「まあな……」

 小さな声でひそひそと話す2人を、着替えていた生徒達は、少し驚いた顔で見ていた。
 海棠は無愛想だが、別に話せば普通に返すし、本来は根が優しい人間だと言う事は、あまり知られていないようだった。
 勇太は周りをちらちら見つつ、にこりと笑った。

「うん。じゃあ決めた事なら、俺も応援するよ」
「ありがとう」

 海棠はふっと笑うと、それこそ周りはざわっとどよめいた。
海棠は周りがどうしてどよめいたのか分からず、ただ少しだけ首を捻るだけだった。それを見て、思わず勇太が笑い出したのに、眉間に皺を寄せ、「何で」とだけ呟いた。

「そう言えばさ、次高等部の演目だけど……」
「……正直、桜華のものを見に行くか、声楽に行くか迷ってる」
「え……?」
「……副会長、声楽専攻だから」
「ああ……」

 海棠は音楽科でピアノ専攻。副会長の茜三波が声楽専攻な事も、同じ塔にいるために知っていたのだろう。

「……守宮さんに悪くないの?」
「見に行くって約束したし」
「んー……」

 仕方なく、勇太は携帯をパチンと見せた。

「じゃあ、俺が見てくるよ! 何かあったら報告するから」
「……ごめん」
「いいって!」

 本当なら、海棠君と見てみたかったけどなあ。さっきも「白鳥の湖」途中で抜けちゃったし。
 勇太はそのまま人ごみに紛れて、声楽科の「椿姫」を見に出かけて行った。

/*/

 午後3時55分。
 声楽科の演目は、バレエ科に比べるといささか地味と思われたのか、さっきまで見た人ごみよりも緩いように見えた。

「すーみません、失礼しまーす」

 勇太がゆらゆらと空いている席を求めて歩いている時に、見覚えのある子が舞台を真剣に見ているのに気が付いた。

「あれ? 楠木さん?」
「あっ! 先程ぶりです!」
「うん、先程ぶり……でもバレエ科の舞台見に行かなくて大丈夫なの?」
「えっとその……謝りましたから、先輩達には」
「ふうん……?」

 慌てて見に来たのか、白いバレエ衣装の上にカーディガンだけ羽織り、化粧すら落としていないのだけが、いささか気になった。

<第8夜・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122/工藤勇太/男/17歳/超能力高校生】
【NPC/海棠秋也/男/17歳/聖学園高等部音楽科2年】
【NPC/小山連太/男/13歳/聖学園新聞部員】
【NPC/楠木えりか/女/13歳/聖学園中等部バレエ科1年】

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■         ライター通信          ■
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工藤勇太様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥~オディール~」第8夜に参加して下さり、ありがとうございます。
今回は楠木えりかとのコネクションができました。よろしければシチュエーションノベル、手紙などで絡んでみて下さい。
海棠の話は、先日のお泊まり回で書く予定だったのに、入りきらずに削ってしまい、このような形で伝える事となってしまいました。大変申し訳ありません。

第9夜も現在公開中です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。

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突撃! 隣の副会長!!

早朝とも言うべき時間帯。
 まだ生徒達の登校時刻まで余裕があり、歩いている生徒のほとんどは聖祭の準備を務めているどこかの学科の責任者達だ。
 その人気のほとんどない校内を、工藤勇太は走っていた。

「おはようございまーす! 今お時間よろしいですか?」
「どうぞ」

 落ち着いた声は、間違いなく副会長の茜三波であった。
 勇太は耳を澄ませる。

『取らないで』
『私から取らないで』
   『取らないで』
『彼を取らないで』

 やっぱり。
 勇太は頷きながら、「失礼しまーす!!」と元気に声をかけてから、生徒会室の扉を開いた。
 三波は制服姿で、お茶を淹れている所だった。

「申し訳ありません。今生徒会長は見回りに……。あら? 昨日の新聞部の方ですよね?」
「はい! 新聞部の工藤です! 昨日は怪盗騒ぎ、大変でしたよね~」
「ええ……」

 昨日とは打って変わって、三波の言葉にはトゲがなく、ただ困ったような顔をした。
 三波は困った顔をしつつも、「よろしければどうぞ」と、自分用と一緒にお茶を用意してくれた。

「わー、ありがとうございまーす」
「どうぞ」

 三波が淹れてくれたのは紅茶で、少し甘酸っぱい匂いがした。
 勇太はそれをフーフーと冷ましつつ、三波の勧められるままに席に座った。

「それで……昨日の何をお話すればよろしいんでしょうか?」
「ああ、そうですね!」

 勇太はメモ帳を取り出すと、それを机に広げる。

「副会長さんは、怪盗と対峙した時、どんな気分になりましたか?」
「…………」

 気のせいか。
 生徒会室の室温が、2・3度下がったような気がした。
 あっ、あれ……? 勇太は思わずブルリと身体を震わせた。

「……ようやく、邪魔者を排除できると思いました」
「邪魔者って……昨日もおっしゃっていましたけど、怪盗が邪魔なんですか?」
「そりゃそうですよ。会長の手を煩わせる怪盗なんて嫌いです」
「うーん……」

 どこまで突っ込んで質問したものかなあ……。ちらりと頭に小さな部活の先輩の事が浮かぶが、今日は聖祭準備のインタビューに行っているのだから仕方がない。
 勇太はゆっくりと言葉を選んでみた。

「いつから、そこまで怪盗の事が嫌いなんですか?」
「最初は学園が明るくなっていいな位でした。盗まれるものも……悪いですけれど、あまり私達の生活には関係ない、支障のないものばかりでしたから」
「なるほど……でも、今は嫌い、なんですよね?」
「はい」

 言い切ったなあ……。
 でも変だな、昨日怪盗は2つある秘宝の内の、1つは盗んだはずなのに。もう1つは今副会長がどこかに持っているにしても、昨日とあんまり反応が変わらないのは、何でなんだろう……?

「……よろしかったら、その嫌いな理由、教えてもらえませんか? これは俺の個人的興味なので、記事にはしません」
「…………」

 三波の視線が怖い。
 が、「いいですよ」と短く返事をして、言葉を探すように目を伏せた。

「きっかけは、舞踏会でしょうか?」
「ああ……もしかして、イースターエッグ……?」
「恥ずかしいんですけどね……」

 三波の頬がうっすらと赤くなる。
 これは……。こんな反応を、勇太は見た事があった。確かお茶会で出会ったバレエ科の子だ。あの子と同じ反応をしている。
 その瞬間、何故ここまで三波が怪盗を毛嫌いしているのかが、分かった気がした。

「大丈夫ですよ。きっと」
「……? 何がでしょうか?」
「多分ですけど、副会長が思っている程、悪くはならないと思いますから」
「はあ……」

 勇太はお茶を飲み干すと、「ご馳走様でした! インタビューありがとうございます!」と言ってから、生徒会室を後にした。

/*/

「昨日、理事長館に泊まりに行った子がいたんだって……!」
「何それ! 海棠先輩と一つ屋根の下!?」
「いいなあ~」

 誰かに勇太が出て行くのが見られたらしく、既に噂になっていた。
 ははははは……。もし泊まりに行ったのは自分ですと言ったら、後輩達に袋叩きにされそうで、とてもじゃないが勇太は言い出す事などできなかった。
 今朝の使えそうなインタビューはそのまま怪盗記事担当の小山連太に流しておいた。そして、自分の推測をそのまま海棠にメールで送っておいた。

『副会長、多分まだ秘宝持ってる。多分それは嫉妬の感情』

 そのまま送信しておいた。

<了>

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ここではないどこかに

ダンスフロアは、つい数時間前の物々しさはなく、ただ真っ暗で天井を見上げれば天窓からわずかな星明かりが落ちてくるだけだった。
 そこに移動した工藤勇太と海棠秋也は辺りを見回した。
 勇太は耳を澄ませるが、あれだけうるさい程に騒いでいた思念の気配が、既に薄れていた。

「思念が……見つからない?」
「……誰かが持って行ったとかはないのか?」
「うーん、どうなんだろう。あっ、そうだ」

 勇太は海棠を見ると、海棠は床に膝をついて、手を触れさせていた。残っている思念の魔力を探っているのだろうか?

「何か残ってた?」
「……変な気がする」
「変って?」
「……今まで、思念が完全に残っているか、怪盗に思念が浄化されて消えているかのどちらかだったのに……どうしてわずかだけ気配が残っているんだ?」
「えっ……?」

 勇太はもう1度耳を澄ませる。目をぎゅっと閉じ、耳に意識を集中させる。

『取らないで』
『私から取らないで』
   『取らないで』
『彼を取らないで』

 ここで海棠を待っていた時に聴こえた声よりはわずかに小さくなっていたが、確かに残っている。でも……。

「思念って、秘宝としてこの場にあったはずなんだよね? 何で声が移動してるの?」
「……単純に考えたら、秘宝が移動したとしか考えられないけど……」
「あれ……?」

 勇太は首を傾げる。
 あの場で秘宝は副会長が用意していた物だけだったはずなのに、何で副会長が用意した物だけじゃなく、もう1つの方の秘宝を持って帰れるんだろう?

「あのさ……確か海棠君は、怪盗を助けたんだよね?」
「ああ」
「怪盗は、何を副会長から盗んでいったの?」
「……確か、卒業生が作った鏡」
「鏡?」
「…………」

 海棠は頷く。
 なるほど。それを持って行ったんだ。

「あのさ、この場に副会長が持っていた物の中で気になった物はない?」
「いや? 副会長は鏡以外だったら、フェンシングの剣しか持っていなかった」
「じゃあそのフェンシングの剣とかは?」
「それは多分違う」

 海棠は軽く首を振る。ますます分からない。
 海棠は床からようやく立ち上がって続ける。

「フェンシングの剣は、フェンシング部の物だから。フェンシング部の剣はつい最近全部新しく買い直されているから。秘宝の条件が学園にある古い物だとしたら、あの剣はカウントされない」
「うーん……じゃあ他の人が来て持って行ったとか……?」
「少なくとも、あそこには痺れ薬を撒かれていたから、副会長以外はいなかったはずだけど。俺がここに来た時も、ダンスフロア内に入ってきた生徒はいなかったはずだけど」
「ん……だとしたら、副会長が持って行ったって考えるのが自然なのかな」
「……あくまで推測だけど」

 勇太は首を傾げると、海棠は口を開く。

「副会長は、気付かない内に持って行ってしまったんじゃないか?」
「気付かない内に? そんな事ってあるのかな……」
「いや、思念だから。逆もあるのかなって思っただけ」
「逆って言うと……?」
「副会長の最初から持っていた古い物に憑いたとか」
「憑いたって、そんな幽霊じゃないんだから」
「付喪神だって元の形から変わってしまうんだから、ありえないとも言い切れないと思うけど」
「うーん……」

 まあ、ありえない事がありえないのは、この学園で起こった様々な現象を考えてみれば、納得できる話かもなあ。
 勇太はそれだけ思った。

「まあ、しばらくは副会長の様子を見た方がいいかなあ……」
「そうかもな……俺はしばらくしたら忙しくなるけど」
「そっか。音楽科の演目があるんだったっけ。じゃあ俺が取材名目で見に行ける時に様子見に行っておくよ」
「ああ、頼む」

 2人はそのまま、何事もなく理事長館へと戻って行った。

/*/

 気付けば時計は既に12時を過ぎていた。

「ああ~、明日も早めに部活行かないと駄目だったんだっ!」
「そうか……じゃあ、おやすみ」
「うんっ、おやすみ! あっ、泊めてくれてありがとう!」
「いや?」

 海棠が珍しくふっと笑って自分の部屋へ戻っていくのを見ながら、勇太もあてがわれた部屋へと戻って行った。

<了>

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秘密会議

既に夜も更けていた。
 今晩は月もない夜で、カーテンを薄く開けて見上げる空は、頼りない星だけが瞬いて見えた。

「寝間着、これでよかったか?」
「うん、ありがとう」

 風呂を借りた工藤勇太は、海棠秋也に案内され、客室のベッドに座っていた。
 寝間着で借りたルームウェアに着替えさせてもらった勇太は窓を見る。海棠も普段の制服姿から、ラフなシャツとスウェット姿になっている。

「もう自警団も帰ったかな?」
「流石にもうこんな夜更けだったら帰ってると思うけど」
「そっか。大変だね」
「本当に」

 そう言いながら、勇太は尚も窓を気にした。

「どうかしたか?」
「うん……そう言えばさ、海棠君の会った怪盗、あの人は痺れ薬撒かれてたみたいだったのに、大丈夫だったの?」
「多少吸っていたけど、多分もう大丈夫」
「そっか……でも自警団も随分強硬手段に出たんだね。あの副会長さん、随分怪盗に対して怒っていたけど……そう言えば」
「何?」

 勇太は思い出してポンと手を打った。

「怪盗って結局何か盗んだの?」
「俺は何を盗んだのかまでは知らないけど……怪盗は「1つに逃げられた」って言ってた」
「やっぱりそうだったんだ……あのさ、ダンスフロア」
「ダンスフロアがどうかしたのか?」
「うん……あそこから、声が2つ聴こえたんだよ」
「……2つ?」

 海棠が眉を潜めると、勇太は大きく頷いた。

「うん。……あくまでこれは、俺の推測だけどさ」
「うん」
「もしかして、怪盗も副会長も気付かなかっただけで、あの場に思念、2つあったんじゃないかな?」
「……でも俺は気付かなかったんだけど」
「あれ? ……でも、確かに声が2つ聴こえたんだよ。1つの声は、『憎い』『憎い』って、あからさまな恨んでいる声。もう1つは『取らないで』『取らないで』って声だった」
「…………」

 海棠は人差し指を唇に押し付けながら、考え始めた。
 あれ、俺変な事言ったかな……? 勇太は少しだけどぎまぎしたが、やがて海棠は口を開いた。

「前に叔母上が言っていたけど」
「うん」
「この学園にある秘宝は、7つの感情なんだって」
「7つの感情……それって前にも言っていたよね?」

 7つの感情と言われても、ぴんと来ずに勇太が首を傾げると、海棠はこくりと頷く。

「聖書だったら大罪とも言われるけど、どれも人間を人間たらしめる感情だから、それを全部捨てたら人間じゃなくなるから必要なものなんだと。
傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲……学園だと、若いから抑えられない感情がぶつかり合うせいで、魔力が蓄積されて秘宝になったと言っていた」
「あれ……じゃあ、君の弟が秘宝を欲しがっているのは……」
「多分、今ののばらは、幽霊として存在しているだけで、人としてのものがないんだと思う。身体も、魂も、何もかも足りないから。だから秘宝を欲しがっているんだと思う」
「……どうやったら、彼を止められるかな。……一応訊くけど、怪盗ロットバルトは、君の弟でいいんだよね」
「ああ……正直……」

 そこで、海棠は言葉を濁した。前に比べれば大分しゃべるようにはなったが、話したくない事や言葉が詰まった時、黙る時間が長いのは変わってはいない。
 勇太はじっと海棠を見ると、ようやく海棠は口を開いた。

「……弟は、織也は。俺の事嫌いだから」
「……えっ?」

 勇太は返って来た言葉の意外さに、思わず戸惑うしかできなかった。
 どうしてのばらさんを生き返らせたいのと、海棠君嫌うのが結び付くの。それが分からず目を白黒とさせていると、海棠はゆっくりと続ける。

「のばらをどうして生き返らせたいのか、俺も正直分からない。弟がのばらを好きだったなんて、考えもしなかったから」
「…………」

 兄弟の溝は深い。
 同じ時間を過ごしたはずの兄弟なのに分からないって事は、よっぽどの事だと思うけれど。

「……どれか、1つ優先させるものを決めよう」
「優先?」
「うん」

 勇太は頭をどうにか働かせようと、こめかみの辺りをくるくると引っ掻いた。

「守宮さんを助ける、のばらさんを解放する、弟さんと和解する。全部繋がっているものだけれど、全部同時進行だったら多分全部がこけると思うから。だから、1つ優先させるものを決めれば、どうにかなると思うんだ」
「……俺は」

 海棠は少し俯くと、意を決したように言葉を返した。

「……俺達の問題に、周りを巻き込み過ぎたから。弟と話をしたい」
「うん、分かった。じゃあ頑張ろう。あっ、そうだ。もう眠いかな?」
「いや?」
「うん。……あのさ、もう自警団帰ってるなら、1度ダンスフロアに行ってもいい?」
「? どうするんだ?」
「うん。もう1つの思念、どうなったんだろうって確認したいんだけど」
「ああ……構わない」
「そっか。じゃあ捕まって」
「こう……か?」

 勇太が立ち上がると、海棠も立ち上がって肩を掴む。

「うん。じゃあちょっと跳ぶから」

 2人は、そのまま無人のはずのダンスフロアへと跳んだ。

<了>

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とばりの夜

 工藤勇太は、ただ心配していた。
 海棠秋也が、怪盗を助けに行ってしまったのだから。
 しかも、よりによって悪名高い怪盗ロットバルトの姿になって……。

「どうしよう……これじゃまずいよなあ……」

 一応ダンスフロアに意識を集中させてみるが、明らかに人の声ではなく、思念らしき声が2つ聴こえる以外に、目立った反応はない。強いて言うのなら。

「チェックメイト、怪盗」
「あなたのおかげで、どれだけ迷惑かけたか、分かっているの?」
「さあ、あなたがどんな人なのか、見せてもらいましょうか?」

 昼間に会った副会長の声が、やけにぞっとする程冷たく、彼女以外の声が聴こえないと言う点だった。
 怪盗の声が聴こえない……でも、副会長は明らかに怪盗に対してしゃべっていると言う事は、怪盗を何らかの方法で拘束したって事で、いいのかな?

「それ、まずくないかな……」

 更に意識を集中させて、気付く。

『痺れて……立てない』

 弱々しい心の声を拾った。
 まさかとは思うけど……あそこ痺れ薬撒かれてる……? って、そんな所に海棠君行ったのなら余計まずいんじゃ……!
 勇太はおろおろしつつ、ひとまず意識を集中させる。
 テレパシーではなく、テレポートだ。

/*/

「痛っ」

 テレパシーで声を聴いたが、幸いな事にもう怪盗を連れて海棠は脱出したらしい。
 でもどこに行ったんだろう……? 勇太は持ってきたものを眺めながら、きょろきょろとしていると、曲が流れてくるのに気が付いた。
 チェロの音だ。
 もしかして……。勇太は少しだけほっとしつつ、そのまま聴こえる方角へとテレポートした。
 聴こえてくる方角は、理事長館だ。
 最後に勇太は、耳を澄ませた。

「ん……?」

 『取らないで』
『私から取らないで』
   『取らないで』
『彼を取らないで』

 思念の声は、1つになっていたが、その声だけは、いつまでもダンスフロアから漏れ聴こえていたのだ。
 これは、どういう事なんだろう……。
 勇太は少し溜息をつくと、そのまま黙って、理事長館目掛けて跳んだ。

/*/

 勇太が理事長館へと跳ぶと、少しだけ目を大きくして、海棠は動かしていた弓を止めた。

「工藤?」
「あっ、ごめん。驚かせて……でもよかった、無事だったんだ」
「ああ……」

 少しだけすっきりした顔で、海棠はチェロを肩から降ろした。

「怪盗は大丈夫だった?」
「薬で少しやられているようだったけど、無事だったみたいだ」
「君は? しびれ薬撒かれてたみたいだったから心配してたんだ」
「いや、俺はそんなに身体がしびれる程吸ってなかったから」
「そっか……本当によかった。でもさ、今回、これで本当に時間稼ぎになったの?」
「多分」
「多分って……」
「叔母上はまだ帰って来てないから」
「……その叔母上って」
「俺はここに住んでるんだけど」
「……ああ」

 ようやく少しだけ納得した。
 理事長館に住んでいるのは1人しかいなく、そこに住んでいるとなったら、彼の叔母が誰かと言うのは明白である。

「そっか、全然知らなかった」
「単に俺が寮にいられないから、ここに住ませてもらっているだけだけど」
「そうなんだ?」
「まあ……のばらの事で色々あったから」
「そっか……」

 少しだけ遠くを見るような目をしたが、勇太が前に感じたような、どこか悲しい雰囲気は海棠からは抜け落ちていた。
 勇太はそれに少し安心する。

「じゃあ、もうそろそろ俺帰るよ。用事も終わったし、ずっとぐだぐだしてたら、今度こそ自警団に捕まって反省室行きだから」
「自警団がうっとうしいと思うなら、うちに泊まっていけばいいと思うけど」
「……ええ?」

 少しだけ驚いて、勇太は海棠を見る。
 海棠は相変わらずの無愛想な顔で、少しだけ首を傾げるばかりだった。

「うわあ……俺、あんまり人ん家に泊まったりしないから……じゃあお邪魔していいかな?」
「どうぞ。どうせここなんて、叔母上と俺しか住んでないし、2階だったら空き部屋もあるから」
「わあ……わあ……」」

 勇太は海棠に通されるままに、理事長館の門を潜った。

<了>

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第7夜 捕らわれの怪盗

午後1時10分。
 生徒会室に向かっていたら、バタバタと自警団服を着た生徒達が走っていくのとすれ違った。

「随分慌ただしいね。普段は廊下走るの率先して怒るのに」
「そうですねえ……、今回アポ取るのも随分渋られましたし」

 自警団の背中を眺めながら、工藤勇太と小山連太はそのまま階段を昇る。
 元々生徒会にインタビューをしようと言い出したのは勇太だった。普段なら割と融通の利く連太も、今回ばかりは生徒会のムードを読んで渋ったが、何とか拝み倒してアポを取ってもらったのだ。

「でも何でそこまで渋るの? 聖祭の邪魔になるから?」
「それもありますけど……今回怪盗を捕まえる捕まえないって言い出したのは、どうも副会長らしいですからねえ……。あんなに怒らない人が怒るって、よっぽどの事じゃないですか。怖い怖い」
「ふうん……」

 副会長ってそう言えばどんな人か知らないな。
 会長がものすごく厳しいって言うのは有名だけど、副会長は悪くも言われない替わりにすごくよく言われる事もないしなあ。
 そう思っていたら階段を昇り切り、生徒会室が見えてきた。

「こんにちは、新聞部です」
「どうぞ」

 返って来たのは落ち着いた女子の声だった。

「あれが副会長?」
「ですよ」

 連太はそっと「失礼します」と声をかけながら、扉を開けた……。

「こんにちは、聖祭で慌ただしい中、お時間をいただきありがとうございます」
「こんにちは、新聞部も大変なんですね」

 出てきたのは、制服ではなく自警団服を着た女子生徒だった。
 美人ではないが特にブスでもない、ただやけに自警団服が似合う事だけが印象的だった。

「えっと、初めまして。新聞部の工藤勇太です」
「生徒会副会長を務めています茜三波と申します」
「あの……確か今晩怪盗を捕まえるとか聞いたんですけど……」
「ああ……」

 落ち着いた声が、やけに冷たく感じた。
 あれ? 勇太はそこで気が付いた。

『憎い』
 『憎い』
   『憎い』
 『取らないで』
『私から取らないで』
   『憎い』
  『憎い』

 声が聴こえるのだ。
 どこから……? 思わず勇太は視線を彷徨わせるが、声のありかは分からない。

「……聖祭までに、決着つけたかったんですよ。本当に」

 三波の声が語る。
 先程まで感じた穏やかな雰囲気は完全に拭い去られ、今目の前にいる人物が誰なのか、分からなくなる。

「それは……聖祭を怪盗に荒らされないためですか?」

 連太はいつものように手帳を広げてペンで三波の言う事を書きとめる。勇太はあまりにも変わらない連太の態度に、少しだけほっとした。

「そうですね、邪魔ですから」
「ですか……そう言えば、会長は今日は見当たりませんが、どちらに行かれたんですか?」
「会長ですか? 今は聖祭の打ち合わせで、理事長の方へ顔を出しているはずです」

 あれ?
 勇太はそれに違和感を持った。そもそも今日は怪盗捕まえるために、聖祭の準備は今日は休みと生徒会から触れ回っていたはずなのに。
 普段、怪盗討伐に力を入れているのは会長の方なのに、何故今晩捕まえるのに、自警団を使っていないのか。

「今回会長は参加しないんですか?」
「するはずですけど、私は会長の手を煩わせたくはありません」
「そうですか……」

 結局、それだけ聞いていたら、昼休みは終了してしまった。

/*/

 午後9時20分。
 今日は部活も聖祭の準備もなく、早々と生徒達は下校させられてしまった。今学園内にいるのは自警団と……一部の生徒だけである。
 勇太は理事長館に用事があると言ってやり過ごした。
 自警団は変な顔をしたが、理事長館に住んでいる海棠秋也と一緒にいるのを見たら何も言わなくなった。
 2人はそのまま、体育館の方へと向かっていた。海棠の言う魔法の気配と、勇太の言う思念の気配のする方角が、体育館の方だったのだ。
 体育館の方は既に自警団が集まり、入れそうもない。2人はそのまま近くの茂みに隠れた。

「そうか……、副会長がそんな事を」
「うん。多分副会長が盗むはずのものを持っていると思うんだけど、どれが怪盗が盗む予定のものかは分からなかった」
「しかし……、それなら怪盗は確実に来るはずだな。怪盗も声が聴こえるらしいから」
「え……そうなの?」
「多分。これは俺が前に怪盗に会った時に思った勘」

 海棠が怪盗と会った事があるのは初めて聞いた気がする。でも今は関係ないか。

「でもさ、時間稼ぎって何をするの?」
「怪盗を助ける」
「怪盗って……オディールを?」

 秋也は頷く。
 秋也は珍しく制服の下にバレエ衣装を着ていた。
 黒いバレエ衣装は、気のせいかロットバルトに似ているような気がする。

「確か、工藤は思念の声が聴こえるんだったな? 今は?」
「うーん……ちょっと待って」

 目を閉じ、意識を集中させる。
 体育館の地下。そちらに声が集まっているような気がするのだ。

『憎い』
 『憎い』
   『憎い』
 『取らないで』
『私から取らないで』
   『憎い』
  『憎い』

「……声が、地下に集まってる気がする」
「ダンスフロアか、フェンシング場のどちらかか……」
「でもフェンシング場は前、怪盗が盗みに来てたみたいだから、違うんじゃないかな」
「だとしたら、ダンスフロア1択だな……」

 ちらりと勇太が体育館を見上げる。確か前は、天窓を割っていたような気がするけど、怪盗はまたそこからダンスフロアに行くのかな。

「あのさ……こんな時で何だけどさ。1つ打ち明けたい事があるんだ」
「? 何?」
「実はその……俺思念の声が聴こえる以外にも、できる事があるんだけど……」

 海棠は少しだけ目を丸くした。

「……すごいな」
「いや、すごくはないけど」
「でも何が使えるんだ?」
「んーと……テレポートとか、サイコキネシスかなあ? 行った事がない場所だったら精度は落ちるけど、行った事があって地図を把握している場所なら、確実に行ける」
「…………」

 海棠は少し黙って遠くを見た。
 あれ? もしかして、引いた?
 勇太はおずおずと海棠を見ていたが、やがて海棠は口を開いた。

「ダンスフロアに、俺だけ送り込むって事は、できないか?」
「えっ……君だけを?」
「うん」
「んーっと……ダンスフロアだったら体育の時間まで行った事あるし、サイコキネシスの応用でだったら、移動できるかなあ?」
「そうか。ありがとう」
「でも……どうするの?」
「ここで、怪盗が向かうのを待ちたい」
「えっ、うん……」

 勇太は気のせいか、少しうずうずするのを感じた。
 そう言えば、初めてな気がする。誰かの役に立つように、超能力を使うのは。
 やがて体育館の方に、影が跳んでくるのが見えた。

「あっ……怪盗?」
「らしいな」

 影は天窓を見ると、それを丁寧に開け、そのまま下へと飛び込んだ。

「もう行く?」
「ちょっと待て」

 そのまま海棠はパサリと制服を落とし、それを勇太はぎょっとした顔で見る。
 海棠の着ている衣装は、どう見てもロットバルトの衣装であり、更に海棠は持っていた仮面を被ってしまったのだ。

「ちょっと待ってよ! それロットバルトの格好じゃない! そんな格好してどうするの!?」
「その方が陽動になるから」
「そりゃそうだけど! でも捕まったらどうするの!?」
「その時は」

 海棠は口元をふっと緩ませた。

「俺をそのまま、理事長館にでも飛ばしてほしい」
「……分かった」
「体育館に送ってくれるか?」
「分かった。どうなっても知らないからな?」

 勇太はそのまま意識を集中させる。
 頭の中にダンスフロアのイメージを作り、そこに海棠を飛ばすイメージを作り、そのまま力を込めた。

「本当、大丈夫だといいんだけど」

 しかし、勇太は1つだけ気がかりだった。

 『取らないで』
『私から取らないで』
   『取らないで』
『彼を取らないで』

「……声、2つ聴こえるんだけど」

 勇太は海棠が無事戻ってくるまで、気が気ではなかった。

<第7夜・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122/工藤勇太/男/17歳/超能力高校生】
【NPC/海棠秋也/男/17歳/聖学園高等部音楽科2年】
【NPC/小山連太/男/13歳/聖学園新聞部員】
【NPC/茜三波/女/16歳/聖学園副生徒会長】

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■         ライター通信          ■
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工藤勇太様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥~オディール~」第7夜に参加して下さり、ありがとうございます。
今回は茜三波とのコネクションができました。よろしければシチュエーションノベル、手紙などで絡んでみて下さい。
声が2つ何故あったのか、一体盗まれるはずだったものは何だったのかは、海棠あたりに聞いてみれば分かるかと思います。

第8夜・第9夜も現在公開中です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。

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