繋がらない言の葉

あれは一体何だったのか……。
 工藤勇太は辺りを見回したが、もうあの独特の甲高い声はもう聴こえなかった。
 海棠秋也は眉を潜めたまま辺りを見回したが、やがて首を振った。

「今の声は……?」
「……あれが、幼馴染の声」
「声?」
「昔、ここで死んだ幼馴染」
「あ……」

 いつかの写真の女の子が勇太の脳裏に閃いた。

「今のがのばらさんって……どう言う事?」
「……時々声が聴こえたりする工藤なら分かると思うけど、うちの学園に結界を張っているのは知っているか?」
「うん」
「……4年前にあの子が死んだ時、弟が……織也って言うんだけど。あいつが納得できなくって、彼女を生き返らせようとした。結果、叔母上の逆鱗に触れて、学園から追放された」
「……ちょっと待って、4年前から彼女はここにいたの?」
「…………」

 海棠は頷いた。
 でもおかしい。それだったら、もっと早くに彼女の存在に気付いたはずだ。確かに勇太には霊感はないが、少なくともテレパシーは使える。残っている声だったら拾う事はできるのに、さっきのさっきまで、彼女の存在に気付かなかった。

「じゃあ、学園に結界を張っていたのは?」
「のばらを学園の外に出さないため」
「外に出さないって……のばらさんに帰ってもらったりはできないの?」
「死者蘇生の魔法は、禁術だから。今は完全じゃないから、ただのばらが幽霊みたいに学園内を彷徨っているだけで済んでいる。でも弟はのばらを完全に生き返らせようとしたら、大変な事になる」
「ちょっと待って。なら、のばらさんに帰ってもらうって事は……」
「…………」

 海棠は首を振った。

「叔母上の魔法は、あくまで結界を張ったり魔法を無効化したりする、対魔法のものだけで、幽霊をあの世に返したりはできない。でも織也は諦めきれなかったから、4年かかって禁術を行使する術を集めてしまった」
「…………。死んだ人を生き返らせるって、どうやるの?」
「…………」

 海棠は珍しく渋い顔をした。
 海棠君は魔法を感じる事はできても、魔法は使えないんだっけ。
 でも知識はあるのなら、もしかすると俺がどこかで力になれるかもしれないけど……。
 海棠がぽつりぽつりとつぶやいた。

「……蘇生対象の魂、7つの感情、1000の魂もしくはそれに類するもの、器」
「それは?」
「死者蘇生に必要な材料。あいつは7つの感情を、うちの学園にある古い物に見立てて、それを起こした」
「起こしたって……もしかして、怪盗が盗んでたものって言うのは」
「多分、その古い物。叔母上曰く日本で付喪神って言われて、100年経った古い物が動き出すのは、物が古くなって扱われた時の感情が刷りこまれるかららしい。多分怪盗はその思念が起こす騒動を収拾するために盗んでたんだろ」
「……それは分かったけど、その1000の魂と器って言うのは?」
「…………。文字通り、1000人分の魂だ」
「……!?」

 言葉が出なかった。
 ちょっと待って。1000人分の魂って、どうやって集める気なのさ。
 そして何より……器って何?

「あの、その器って言うのは……」
「…………。のばらに選ばせたんだと思う」
「ちょっと待って、だからその器って言うのは……?」
「……人間の肉体に、のばらの意志を移し替えて、固定させる魔法だから。完璧に同じ人間にするには、4年も経っているから、のばらの葬式はもう既に終わってしまっているから」
「……っっ!? それって、まずいんじゃ」
「……前に、1つ織也に取られてしまったから、それを器に入れられてしまった」
「ちょっと……入れられてしまった人、まずいんじゃ」
「……桜華が、望んだから」
「桜華って……」

 前にお茶会で出会った、いたずらっぽい女子生徒が頭に浮かんだ。

「それ、守宮さん……!?」
「……知ってたのか」
「それ、絶対にまずいよ! 何とかしないと!」
「……今度怪盗を捕まえるとか自警団が息巻いていたけど」
「えっ?」

 今の話の流れで何でここで出てくるんだろう?
 勇太はきょとんとした顔で、海棠を見た。

「その夜、手伝ってくれないか?」
「何を……?」

 勇太は、ただ海棠を見た。

「時間稼ぎ」

 海棠は、ただそれだけを言って黙ってしまった。
 風が吹く。何故かその風が、肌を粟立たせた。

<了>

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連鎖反応

例えば、最初は1つのボタンのかけ違えだった。
 しかし1つボタンをかけ違えてしまったら、正しい位置にボタンがかかる訳がない。正しい位置にボタンをかけるためには、全てボタンを外して、一からボタンをかけ直すしか方法がないのだ。
 でもそれが服だったらいい。
 人の歴史と言うものは、ボタンのかけ違えがあったからと言っても、全て一からやり直す事はできない。例え服がずれて気持ちが悪かろうとも、それを全て直す事はできない。
 では見なければいいのか?
 見なかった事にすればいいのか?
 それもまた違う。

「気付いちゃったんだから、しょうがないよなあ……」

 必要なのは、かけ違えたボタンを正す事でも、見なかった事にする事でもない。
 間違った事と向き合い、ずれた服だと自覚した上で、堂々とする事だ。
 少なくとも、工藤勇太の場合はそうだった。
 時には自分の超能力で人を驚かせてしまい、それが原因で転校しなければいけなくなっても、それで超能力がなくなればいいと思った事はない。

/*/

 新聞部室のある旧校舎に戻ろうとした時、勇太は思わず足を止めてしまった。

「あ……」
「……? どうかしたか?」

 さっき中庭で聴いた声の主――海棠秋也――の姿があった。
 手には鞄と楽譜があり、さっきまで音楽科塔で練習していた事が伺える。

「やあ、久しぶり」
「まあそうだが」
「…………」

 正直、今の勇太には浮かない表情を取り繕う術がない。
 さっきまで見えた光景が、頭の中をくるくると回る。
 白い少女が死んだ光景。
 それを悲痛の目で見ている海棠と、あともう1人。

「……大丈夫、か?」
「え……?」
「顔色が悪いが」
「ああ……」

 海棠は口数が少ないだけで、別に冷たい人間ではない。
 人に無関心と言うよりも関わるのが苦手なだけの人間だと言う事は、勇太にも何となく分かっていた。

「……とりあえず、どこかに座った方がいいんじゃないか? 部に戻らないといけないなら止めないが」
「あー、うー、うん。そうだね。そうしよう」

 とりあえず、場所を変えない事には話はできないよなあ。
 そう思いながら、いつか2人で会ったオデット像跡の噴水へと赴いた。

/*/

 あちこちから声が聴こえる。
 今は聖祭の準備で大忙しなのだから、喧騒があっても仕方がない。
 そしてこの場に時間を潰しに来る人間も、またいる訳はない。――今ここに来ている2人を除いては。

「大丈夫か?」
「うん……ちょっと使い過ぎただけだから」
「使い過ぎ……た?」
「んー……」

 言っても大丈夫なんだろうか?
 勇太は海棠の顔を見る。
 相変わらず無愛想で無表情な顔をしているが、別に無愛想でも無感情でもない事は知っている。でなければ、4年も前の出来事で傷付く訳はないのだから。
 でもなあ……。
 普通自分の考えている事読めちゃう事がある、なんて言っても困るだろうし。
 でも海棠君。悪い人じゃないんだよね。……大丈夫、かな?
 前に打ち明けてくれた事を思うと、信じてもいいような気がした。
 勇太はまだ頭がぐわんぐわんとするのに、こめかみを抑えて耐え、ゆっくりと口を開いた。

「ん……ちょっと力を使い過ぎたんだ。……テレパシーって言うのかな? 時々人の感情や考えている時が読めちゃう事があるんだ。もっとも、俺もそんなに上手い事使える訳じゃなくって、上手く言えないけど……。んー……」
「…………」

 勇太が要領を得ない説明をする間、海棠は黙って話を聞いている。
 黒曜石のような目に浮かぶのはただ真剣な色だけで、戸惑うように揺れる色も、不気味なものを見るような畏怖の色も、浮かんではいなかった。

「……ごめん」
「何が?」
「いやさ、気持ち悪くない? そう言うの。だって人の気持ちが読めちゃったりするのって」
「別に」
「えっ?」

 あまりにもきっぱりと言った海棠に、思わず勇太は目を瞬かせた。

「別に。うちもそう言う家系だから」
「え……?」
「多分工藤のとは違うと思うけど。魔法使いの家系らしいから。うちの母さんの一族が」
「…………」

 意外な話に、思わず勇太は海棠を2度見た。

「魔法とか、使えるの?」
「弟と違って、俺は何となくそれっぽいものが分かるだけ。叔母上みたいによく分からない魔法を使う事も、弟みたいに学園を追い出される事もない」
「ん……? 弟……?」
「…………」

 海棠はコクリと頷いた。
 もしかして、あの時見えたもう1人の海棠君って……。

「もしかして、双子の?」
「叔母上が情報操作しているから、多分4年前から在籍している人間以外知らないけど」
「ああ……でも追い出されたって……」
「……あの子を」
「ん……?」
「…………」

 海棠の無愛想な表情が、一瞬引き締まった。
 勇太は分からず首を傾げるが、何かが聴こえた。

『あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!』

 甲高い声は、どこかで聴いた事がある。
 ……あれ、この声って、さっき聴いたはずの声。

「ちょっと待って。何で、のばらさんの声が聴こえるの?」
「……弟がやったんだ」
「えっ?」
「死んだ弟が、あの子を生き返らせようとしたんだ」
「……!!」

 勇太は、言葉が出なくなった。

<了>

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ひとりぼっちは辛いから

うーん。
 工藤勇太は伸びをしながら、温くなった缶コーヒーを口につける。買ったばかりの時は冷たくって手を冷やしたのに、今はポタポタ水滴が落ちる缶が気持ち悪いと思う程度で、甘ったるい味もすっきりはせずに喉に絡みついてすっきりしない。
 新聞部は今は珍しく、勇太以外誰もいない。
 できたばかりの原稿を印刷に行ってしまったがために、こうして勇太が留守番をしている。
 のんびりと甘ったるい缶コーヒーを飲みつつも、勇太は考え事をしていた。
 前に海棠君の見せてくれた新聞ののばらさんって、多分前に見えた白い女の子だよなあ。あんなたくさん人がいる前で自殺するなんて言うのは、まあ……。
 小山連太の言葉ではないが、「女子が何考えてるのかはマジで分かりません」って言うのは、彼女にも見事当てはまる。

「そうは言っても、俺も男だしなあ」

 そう思って缶を振る。
 缶にはもうコーヒーは残っていない。仕方ない。面倒だけど捨ててこようかなあ……。そう思いながら席を立ちあがった時だった。
 部室前の廊下の、緩い床板がギシギシと音がし出した。
 あっ、誰か帰って来たのかな。そう呑気に思っていたら。

「失礼しまーす。あっ、この間はどうも」

 ドアを軽く開けてこちらを伺っているのは、雪下椿であった。

「あっ、雪下さん。こんにちはー。小山君は今いないよ?」
「なっ……何であのハゲの名前が出てくるんですか!」
「あはははは……、ハゲは可哀想かなあ」

 顔を真っ赤にしている椿に勇太は笑いかけ、「まあここで座ってたら帰って来るよ」と席を1つ勧めてあげた。
 椿が大人しく座るのを見ながら、何か持っている事に気が付いた。紙袋のようだ。

「それ何?」
「あっ……寮の台所借りて作ってきたクッキーです」
「ふうん」

 随分頑張っている子だなあ。
 勇太はにこにこしつつ、ふと思いつく。
 女子の考えている事は、女子なら分かるんじゃないのかな。

「あのさあ、ちょっと世間話してもいいかなあ?」
「? 何でしょう?」

 椿はまだ緊張しているのか、顔を真っ赤にしたまま、キョトンとした顔で勇太を見返した。
 勇太はさっきまで考えていた事を、口に出してみた。

「うん。例えばだけどさ」
「はい」
「人の面前で告白とかってしたいと思う?」
「なっ…………」

 椿はまたも顔を真っ赤にした。
 うーん。これは失敗したなあ。例え話、もっと別の話題にすればよかった。俯いてしまった椿に「ごめんごめん、今のなし」と言ったら、椿は小さな声で答えた。

「少なくとも私はそんな事しませんよ……自分でもバレバレだとは思いますけど、そんな恥ずかしい事はしません……」
「ふーん、そっかそっかぁ……。ごめん、こっちも考えなしだった」
「いえ……」
「じゃあさあ、もしそう言う事する子がいたとしたら、それは何でだと思う?」
「人の目の前で、告白する女子の心境ですか?」
「うん……」
「…………」

 ようやく赤みの引いた顔をした椿は、人形のように見えた。
 あれだけ恥ずかしがって暴言を吐いたり、怒って人を殴ったりする子とは、少なくとも見た目だけならフランス人形のような彼女からは思えない。
 少し考えるように天井を見上げた後、すぐ勇太を見た。

「好きな人を取られたくなかったんじゃないですか?」
「? 取られたくないから、人前で告白するの?」
「人前で告白するなんて、よっぽどの事がないとしないと思いますよ。だって仮にフラれた時それをクラスの子に見られたら気まずいじゃないですか。もしそれをするんだったら、それは好きな人じゃなくって、周りの人にこの人の事好きなんだってアピールするためにするんだと思います」
「なるほどねえ……」

 アピールねえ……。
 のばらさんが人の目の前で死んだのは、自分が死ぬ事をアピールしたかったのかなあ……。でもそれって、海棠君は自分のものだってアピールするために自殺したの? それは何か違うような気がするな。
 勇太は椿の言葉に首を傾げつつ、ふと思いついた。

「そうだ。今ちょっとここに飲み物ないからさ。買ってくるよ。雪下さんちょっと留守番しててくれない?」
「えっ? でも私部外者ですけど……」
「いいじゃない。小山君ももうすぐ帰って来るし。クッキーに合う飲み物探してくるよ」
「えっ? えっ?」
「ちょっと待っててねー」

 椿が困って立ち上がったのを横目で見つつ、勇太はタタタと走って行った。

/*/

 とりあえず部員分と椿の分のペットボトルのお茶を買い、それを白い袋に入れて手にぶら提げながら、中庭へと辿り着いた。
 今は中庭で大工作業をしている生徒が多く、あちこちに木材を運んでくる生徒や、それに金槌を振るっている生徒が見られた。
 邪魔にならないように端に寄ろうとして、気付く。
 ここ。この場所……。
 そこはちょうど、芝生がこんもりと盛り上がり、そこだけ少し高くなっていたのだ。そこからは中庭をぐるりと見渡す事ができる。
 確か、海棠君の記憶から見えた場所も、ここだったな。
 ここだったらいけるかもしれない。
 そう思い、勇太は意識を集中させた――。

『やめて、お願いだから』
 『どうして――!!』
   『私は貴方を好きじゃない!』

 まだ中等部の生徒らしい男女が喧嘩をしている。
 あっ、あれっ……?
 4年前のこの場所の記憶を無理矢理掘り起こしているから、多少ノイズが入ったように、出てくる映像は鮮明ではない。
 だけれど。
 のばらと言い争っている男子生徒は、どう見ても海棠に見えるのだ。
 あれ……? 海棠君は彼女を死なせてしまった事に後悔しているって聞いたのに、原因は、彼なの……?
 場面は切り替わった。

『それでは、――の演目を披露――します』

 見覚えのある光景が出てきた。
 これは海棠の記憶ではなく、中庭の記憶のせいで、所々ノイズが走っている。
 のばらが死ぬ直前の、最後の踊りが始まった。
 何も知らない生徒達は、学園のエトワールが踊っているのを、何かのイベントかと思って面白そうに眺めている中、緊迫した悲鳴が入る。

『やめろ――――っっ!!』

 そのつんざくような声だけは、ノイズが走る事もなく残っていた。
 そして、勇太はまたもあれっ? と思う。
 そこには、叫んで止めようとする海棠と、人波の中で彼女を立ち尽くして見ている海棠と、2人いたのだ。
 そのまま、真っ赤なイメージが注ぎ込まれた――。

「…………?」

 少しぼんやりとする頭を振りながら、勇太は釈然としないものを感じていた。
 何で海棠君が2人いたんだろう?
 ……あ。
 1つ思い出した。
 いつか理事長の記憶を見てしまった時にも、2人海棠君がいたな。
 あれも関係するのかな。
 少しクラクラするけれど、そのまま勇太は元来た道を引き返していった。
 留守番頼んじゃったしなあ……。そう思いながら。

<了>

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大切な物は失って初めて分かるもの

カンカンとあちこちで金槌が振るわれる音が響く。
 既に目前に迫っている聖祭の舞台セットが作られているのだ。既に各学科も演目用練習にリハーサルが進んでいるらしい。
 何と言うか空気が弾んでいるなあ……。
 いつか怪盗が現れた時は、やけに空気が重くなっていたような気がするけれど、今はそれがなかったかのように、汗をかきつつも楽しそうにしている生徒達の顔を見ると、何となく工藤勇太も嬉しくなった。
 さて。
 音楽科ももう決まっているはずだけれど、今は海棠君いるのかな? 勇太の手にはトランペットのケースがあり、もう片方の手には楽譜を携えていた。
 理事長館の門を潜り抜けると、ピアノの音が聴こえるのに気が付いた。

「ああ、今日はいるんだ」

 それにほっとしつつ、ベルを鳴らそうと思っていた手を引っ込め、手でトントンとノックをするだけに留めた。

「失礼しまーす」

 ピアノは、理事長館に入ってすぐの階段の上。2階の部屋から流れて来ていた。
 今は理事長いないみたいだなあ。まあ、もうすぐ聖祭だから、理事会で話し合いとかもあるんだろうし。そう思いつつ、階段を昇ってみる。
 ピアノの旋律は穏やかで、聴いていると胸がすっとしてくる。
 この胸のすっとしてくる感覚をどう例えればいいのか、勇太にはよく分からなかった。
 ここかな、ピアノの音は。
 2階に上がると、部屋が2つ存在して、階段昇ってすぐ見える方の部屋から、ピアノの音が流れて来ていた。勇太はトントンとドアをノックすると、相変わらずのぶっきらぼうの声で「どうぞ」と返って来た。その返事と同時に、ピアノは最後の箇所を奏で、曲は終了した。

「お邪魔しまーす……」
「……アンタか」
「こんにちはー、海棠君」
「椅子はそこの机のしかないが」
「いいよ、気にしないで」

 中は整理されていると言うには、いささか殺風景な部屋だった。
 海棠の弾いていたグランドピアノの隣には小さな机と椅子。奥にはベッドがある。机に何冊か楽譜が立てかけてあり、机の隣にチェロケースが置いてある。生活感と言う物が全くなく、ピアノに広げている楽譜位しか乱れている所がない。
 勇太がちらりとピアノの上の楽譜を見る。赤いペンでたくさん書き込みがしてある。

「もしかして、これ聖祭で君のする曲?」
「…………」

 海棠は軽く頷く。
 もしかして、邪魔した?

「練習、もしかして邪魔した?」
「いや? 今丁度通しで弾き終えた所だから」
「そっか。ならよかった」
「……この間の曲か?」
「うんっ。弾きたいと言っていた奴」

 勇太は持ってきた楽譜を広げると、海棠はそれをぺらぺらとめくる。

「これなら弾いた事はあるが……工藤はこの曲、通しでは?」
「うん。自分の部分は」
「そうか。少し練習していいか?」
「どうぞどうぞ。俺も下手の横好きでやってただけで、上手く合わせられるかは自信ないや」
「そんな事はない。お前の音はいい」
「ならよかった」

 こうして、2人で練習を始めた。
 片やトランペット、片やチェロ。
 トランペットは高い音は出るが、低い音を伸ばすのには力量がいる。チェロは低い音は出るが、高い音はどうやっても出ない。楽譜も元々この2つで合わせるものではないので、四苦八苦はしたが、どうにか様にはなってきた。
 音が絡み、融け、流れて、奏でる。
 少し下手をすれば不協和音になりかねない旋律も、互いに互いの旋律に合わせるようにすれば、独創的な音を奏でる。
 最後の旋律を終えた時、気のせいか息が乱れていた。

「はぁ~」

 ようやく勇太がトランペットから口を離した時、海棠もチェロを肩から降ろした。
 普段無表情の海棠の表情が、今は少し穏やかに見えた。

「やっぱり誰かと曲を合わせるのっていいなー」
「そうなのか?」
「うん。俺はそう思うよ。いやー」

 勇太はトランペットをケースに片付けつつ、頬をポリポリと掻いた。
 いつか見てしまった彼の心の傷については、未だに触れてはいない。でも未だに引き摺っている所だけは、勇太にも理解できた。
 まあ、相手に踏み込むのに自分だけ何も語らないのはフェアじゃないもんなあ。
 そう思いながら、勇太は口を開いた。

「俺、小さい頃いろいろあって児童養護施設とかに居た事あるんだけどさ。学校行っても人間不信でさ」
「……?」

海棠は勇太の目をまじまじと見た。
 勇太は口元に笑みを浮かべながら、できるだけ暗くならないようにと、明るい声色で続けた。

「そんな時吹奏楽を薦められてさ。最初は嫌々やってたんだけどね。でもさ、一つの楽器の音がそれぞれ集まって一つの音楽になる。そのなんていうか感動したね。なんか皆と一つになれたって気がして」
「…………」
「あっ……ごめん。暗い話になって。でも今日海棠君と演奏できて嬉しかったのは本当なんだ」
「……いや。俺はお前が眩しい」
「眩しい……?」
「そうやって内に篭もっても前に踏み出せる所は、正直羨ましい」
「…………」

 海棠は相変わらず表情自体は浮かんでいないが、少しだけ。本当にわずかだが、口調からは感情が滲みだしているように見えた。

「……そして、心底申し訳ないと思う」
「申し訳ないって……何が?」
「俺は、1番大事なものから、逃げ出したから」

 海棠が目を伏せる。
 そして、棚に差してある楽譜を1冊取り出すと、中から何かを引っ張り出した。
 黄ばんではいるが、何度も新聞部で見慣れてすっかり馴染みの学園新聞だと言う事は、勇太にも分かった。
 海棠が黙ってそれを広げ、勇太に見せた。

『祝・国際バレエコンクール出場』

 その見出しが見える。
 日付は4年前の春。
 そこに書かれていたのは、学園で最年少で出場資格を得たペアの事だった。
 あれ、でもそれが何で……?
 海棠の意図が読めずとも、そのまま勇太は記事に目を通し。

「えっ……?」

 目を、疑った。

『中等部1年バレエ科:海棠秋也さん(13)、星野のばらさん(13)、おめでとうございます』

 それは、明らかに海棠だった。そしてもう1人の少女。
 それはいつかテレパシーで流れてきたイメージにある少女の姿だった。

「……大事なものがいなくなって、自分の持っているものが空っぽになったような気がした。だから、逃げた」
「…………」

 勇太は、まじまじと海棠を見た。
 彼の中では、彼女のイメージは全く擦り切れてはいない。4年経っているのに、今でも彼女が亡くなった事が、心の傷になっているんだ。

「……悪かった。いきなり昔の話をして」

 そのまま海棠は新聞を畳んだが、勇太は首を振った。

「俺は、それでも」
「?」
「話を聞けてよかったと思う。本当に、ありがとう」
「…………」
「海棠君がよかったらだけど、また一緒に演奏してもいいかな」
「……ああ」

 その言葉に、嘘はないようだった。

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第6夜 優雅なお茶会

午後3時10分。
 最近はあちこちが騒がしかったにも関わらず、今日はのんびりとした空気で包まれている。
 うーん……。
 工藤勇太は水泳時の水抜きの要領で、とんとんと耳を叩いていた。
 前にテレパシーを大量に使った影響がまだ残っているみたいだった。まだ頭の中がぐわんぐわんして、平衡感覚がおかしいや。
 さあて。
 中庭に並べられたテーブルを眺めながら、空いている席を探した。
 空いてる席、空いてる席……あっ、あった。
 女の子の多いグループだけれど、男の人も座っているから多分大丈夫だろう。
 そう思ったら勇太は早速声をかけた。

「すみませーん、ここの席空いてますけど、座っていいですかー?」
「はーい、どうぞー」

 女の子が振り返って、気が付いた。
 前にバレエ科で会った子だ。

「あっ」
「あっ」

 勇太とその女の子は、ほぼ同時に声を上げた。
 雪下椿が顔を赤らめたのを、隣にいた少女達が騒ぐ。

「何なに? 椿ちゃん浮気? 浮気?」
「違うわよっ、って、そもそも浮気って誰に対してよ。彼氏いないのに浮気って何?」
「またまたぁ~」
「椿ちゃんもかすみちゃんもその辺で……」

 女の子特有の賑やかさで、思わず勇太も及び腰になるが、それでも声をかける。

「この前は迷子になったの助けてくれてありがとう」
「あっ……いえ」

 椿にしてみたら、自分が小山連太をぶん殴っている所を見られて気まずいんだろう。そして、隣にいる子達も、どうも椿が連太について何かしら思う所があるのを知っているらしい。

「なあに? 先輩に親切に?」
「だから違うってば! あんたもしつこいっ!」
「かすみちゃん、その辺に……」

 女の子達がきゃいきゃい騒ぐのを、向かいに座っていた高等部の生徒らしい少女がにこにこしながら女の子達の会話を止める。

「はいその辺で。お茶回すから、あんまり騒がないの。はい、工藤君もどうぞ」
「いやー、ごめん。ありがとう……って、あれ? どうして俺の事を?」

 どう見てもここのテーブルはほぼ女の子達で固められていて、その女の子達も雰囲気や体型からしてバレエ科の子達だろうに。何で自分の事知ってるんだろ?
 勇太がきょとんとしたまま女子生徒を見ると、彼女はいたずらっぽく笑った。

「うふふ。守宮桜華です。秋也とは幼馴染だから」
「ああ、海棠君から……」
「はい、真ん中にミルクポット置くからね」
「はーい」

 ようやく女の子達も静かにお茶を、と言うよりもお菓子を楽しみ始めた。
 勇太もとりあえずビスケットを取ってそれを齧っていたら、桜華が声をかけてきた。

「工藤君はトランペットが上手いんですって?」
「いやぁ、上手いかどうかはともかく、弾けますよ」
「今日は持って来てないの?」
「いやあ……流石にここでだったら、音楽科の人達もいるのに肩身が狭いかなーって」
「そう?」
「あの……」

 ん? と隣を向けると、椿だった。
 気のせいかやっぱり顔が赤い。隣でやっぱり女の子達が「椿ちゃん頑張れー」と適当な応援をしている。

「新聞部でその……最近どんな活動してますか?」
「活動ねえ……」

 ちらりと端の方を見やる。
 小山連太は今日も新聞部活動として、今日のお茶会のアンケートを配って、書いてもらったものを回収していた。
 本人に聞けたらいいんだろうになあ。難しい。

「まあ今は聖祭の準備かなあ。もちろん当日にはあちこちに取材行くけど。取材の時は誰もいないけど、記事書いている時だったら部室に遊びに来ても大丈夫だよ?」
「……邪魔になりませんか?」
「ならないならない」
「……ありがとうございます」

 うん、頑張れ。
 勇太は内心ぐっと握り拳を込めた。

「あらあら。工藤君人気者ねえ」
「理事長」
「こんにちはー」

 気付けばふらりと聖栞も顔を出していた。
 確かに。女の子率高い席だけれど。好き勝手に話をしていただけだしなあ。

「うふふ。楽しそうね。混ざってもいい?」
「いやいや、理事長。別にここはそう言うのじゃ」
「あら? 駄目?」
「…………っ、もしかしなくても理事長、楽しんでません? 俺の反応」
「あら? 楽しんでいるわよ?」

 栞はのほほんと笑った。

「いやっ! それはっ! 何か違うかなって! ……そっ、そう言えばバレエ科の皆さんは次の聖祭、踊るものとかもう決まりましたかっっ!?」

 栞にからかわれているのが分かると、やっぱり話切り替えないとなあ。
 そう言うと、桜華は少しだけ困ったように笑い、椿はちらっと友達の方を見た。

「高等部は、「眠れる森の美女」をするの」
「へえ……守宮さんが主役?」
「ううん、私は主役じゃなくってリラの精」
「へえ……中等部は?」
「中等部は「白鳥の湖」をするのよ。ねっ?」

 桜華が振ると、椿がこくりと頷いた。
 それを目を細めて栞は見ていた。

「バレエ科の公演、楽しみにしているわ。新聞部もしっかり取材をしてね」
「あっ、はい。分かりました。あっ、理事長」
「なあに?」
「お願いあるんですけれど、いいですか?」
「いいわよ?」

/*/

 午後3時15分。
 お茶会を行っている中庭から少し離れた園芸部の温室。
 その前で勇太の頼みを聞いた栞が、何故か背中を丸めて笑い出してしまったので、勇太ははてなマークが飛んでいた。
 あれ、笑う所なんてあったっけ……。
 ただ頼んだだけなのにな……「今度理事長館で海棠君と演奏したい」って。

「あのー……理事長?」
「ああ、ごめんなさい……。ただちょっと拍子抜けしただけよ」
「ですか?」
「ええ……。理事長館はいつでも好きに使ってくれて構わないわ。応接室に行くまでに1つ部屋あるの知ってる?」
「部屋……ですか?」

 思い返せば、奥に通される時に1つ扉が見えたような気がする。

「普段、バレエフロアで練習しにくい子達用に解放しているんだけれど、聖祭が終わるまではあそこで練習に来る子もいないから、そこでだったら好きにしてくれていいわ」
「わあ……ありがとうございます」
「あと、これ」

 勇太は栞の声に思わず手を広げると、水晶玉のようなものを1つトンと乗せられた。
 これって……ルーペ?

「あの、これ何ですか?」
「今日もふらふらしているみたいだから、能力あんまり使い過ぎないようにお守り。じゃあ頑張ってね」

 そう栞に微笑まれた。
 これそんな力あるの? 勇太がルーペを覗いてみても、せいぜい物が大きく見えたりするだけだった。

<第6夜・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122/工藤勇太/男/17歳/超能力高校生】
【NPC/雪下椿/女/13歳/聖学園中等部バレエ科1年】
【NPC/守宮桜華/女/17歳/聖学園高等部バレエ科2年エトワール】
【NPC/聖栞/女/36歳/聖学園理事長】

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■         ライター通信          ■
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工藤勇太様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥~オディール~」第6夜に参加して下さり、ありがとうございます。
今回は雪下椿、守宮桜華とのコネクションができました。よろしければ手紙やシチュエーションノベルでからんでみて下さい。
また、アイテムを1つ入手しましたので、アイテム欄の確認をお願いします。

第7夜公開も公開中です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。

カテゴリー: 01工藤勇太, 石田空WR |

昔話を少しだけ

その日は聖祭の用意で、学園内も慌ただしかった。
 大変そうだなあ。
 工藤勇太は窓の外を横切る人々を眺めながら、他人事のように思う。
 実際の所、他人事である。
普通科だと普通の文化祭の準備と同じような雰囲気だが、他の学科だと訳が違う。
 元々聖学園は芸術総合学園を称する場所である。故に、聖祭に来客する人物の中には、各界著名人が来るので、その彼らの前で自分の手腕をアピールする事ができる。つまりこれらは、各界に足を踏み入れるためのオーディションやコンペと等しく価値があるのだ。
 もっとも、勇太は自分の科の計画が始まっている事はそこそこ知ってはいるが、実際の準備が始まるのはもう少し後だとも聞いている。だから今は一生懸命練習したり準備したりしている人達を「大変そうだなあ」と眺める事以外にできる事はない。
 今、新聞部には誰もいない。
 連太はバレエ科の取材に出かけているし、他の部員達も以下同文。
 とりあえず書いてもらったコラムを貼り付けといてと台紙を渡されたが、貼り付けたらもうやる事がなくなってしまった。
 だから今は勇太は1人でバックナンバーを漁っていたのだが。

「変だなあ……全部抜かれてる」

 4年前の記事はまるまる1年分、全て抜け落ちていたのだ。最初は見間違いかと思ったが、他の年の分は号外も含めて几帳面に仕舞ってあるが、4年前の記事は号外含めて完全に抜かれていた。
 誰かが意図的に隠したって事でいいのかな……。
 前に拾った思念を思い返しながら思う。
 人死にが隠されちゃったって事でいいのかな……。でも……、人死にだったら余計騒ぎになってもおかしくないのに、何で全部隠ぺいされちゃったんだろう?
 少しだけ目を閉じて、バックナンバーを仕舞っていたケースに手を当ててみる。

『――これは全部―――に』
  『ちょっと待って下さい。これ全部ですか!?』
 『これは――まずいから』

 流石に4年前のせいか、残っている思念も所々飛んでしまっているが、やはり誰かに抜き取られてしまったらしい。
 でも人死によりまずい事って何なんだろう……。
 思考を読み終えても、勇太の中ではてなマークが飛び交うだけだった。

/*/

 勇太は海棠が気がかりだった。
 4年も経っていたら、普通はケースに残っていた思念のようにノイズが生じる。でも海棠の4年前の記憶は鮮やかなままだったのだ。
 どれだけ大事な記憶なんだろう……。
 もしかして、あの死んだ白い子、海棠君と仲のいい子だったのかな……。
 1人で考えても分からない事だらけで、結局あんまり使いたがらないテレパシー能力を使い過ぎてしまった。
 頭の中に情報が入り過ぎて、クラクラしてくる。

「う――」

 よろよろと中庭のベンチに座って頭を冷やしてみるが、まだ頭の中の整理ができずにいた。

「こらっ」
「わっ!!」

 背後から声を掛けられ、思わず勇太はベンチからずれ落ちる。
 芝生に尻餅ついてから振り返ると、聖栞が意外そうに目を少しだけ大きくして、勇太を見下ろしていた。

「あら、本当に大丈夫? 疲れているみたいだけれど」
「あー、大丈夫です。本当」
「そう? あっ、そうだ。新しくお菓子作ったんだけれど、食べに来ない?」
「あー……いただきます」

 勇太はのろのろと立ち上がると、栞はにこにことしながら理事長館へと案内した。
 理事長館の門を潜る時、栞は珍しく少しだけ眉間に皺を寄せた。

「駄目よ、あんまりその能力使ったら。いくら力弱くなっているからとは言っても、そんなにポンポン人の心読んでたら、脳に負担がかかってもしょうがないでしょ」
「あー……すみません」
「まあ、よっぽどの事があったのね」

 そう言いながら、応接室へと勇太を通した。
 テーブルに乗っているのはどうも焼き立てらしいフィナンシェが、湯気を立てて皿に盛られていた。

「すぐお茶出すから」
「あっ、はい。ありがとうございます。いただきます」

 そのままフィナンシェを少し手でつまむと、かじってみる。
 本当に出来立てらしく、ほろりと崩れる食感を楽しんでいたら、すぐにお茶を持って栞が戻ってきた。

「あのー、海棠君の事ですけど」
「あら、秋也?」
「はい。……えっと、海棠君、何か悩んでないかなって。力になれるのでしたら、なりたいんですけれど、上手く調べる事ができなくって」
「…………」

 栞がじっと勇太を見るのに、勇太は必死で視線を合わせ続けた。その視線は、勇太を探っているような、試しているような色を帯びていた。
 流石に力は使い過ぎたから、今はもうテレパシーは使えないが、彼の力になりたいと言う気持ちにも嘘はない。
 やがて、ふっと栞は微笑んだ。

「ちょっと前だけどね」
「前……ですか」

 4年前……だろうな。
 勇太は黙ってそれを聞いた。

「あの子の仲のいい子が亡くなったのよ」
「ああ……」
「でも仲のいい子はあまりにも有名人だったものだから、マスコミは毎日のように学園に詰めかけた。それのせいで、学園内でノイローゼになる子が大量に出たの。そりゃそうね。その子がしたのは、あまりにも劇場的な自殺だったものだから……。だから、4年前の事は学園内では一切伏せられる事になったのよ。学園内でもこの件の事を知っているほとんどの子達は口をつぐんでいるはずだわ」
「…………」

 ああ……。だから4年前の記事は全てどこかに持って行かれちゃったんだ。
 でもなあ。何でその4年も前の事が今もなおこの学園で問題になっているんだろう?

「海棠君は、もしかしてそれを引き摺っているんですか?」
「…………」

 栞は天井をちらりと見た後、こくりと頷いた。

「あの子元々人付き合い苦手だったけれど、あの件以来すっかりそれに拍車がかかっちゃったものだから、塞ぎ勝ちになっちゃって。そのせいか周りも腫れ物扱いするのね。
 ……仲良くしてくれない? 私がそれを頼むのも、変な話だけれどね」
「……これ、俺に話しちゃってよかったのですか?」
「あなたはそれを知ろうとしたからよ。知ろうとしない事は私も教えられないけれど、知ろうとしたなら、私はそれを答えられる」
「はあ……」

 よく分からないけれど、海棠君心配している事は伝わったって事でいいのかな?
 と、頭上からチェロの音色が聴こえてきた。

「あ……」
「秋也、その部屋に普段いるから。たまに会いに行ってあげて。チェロは正直趣味で弾いているから、本人もあんまり外では弾きたがらないみたいだけど、理事長館内でだったら好きに弾いているから」

 チェロの音色はやけに物悲しい。
 確かあの曲は「白鳥」だったっけ。「動物の謝肉祭」の中の曲だったと思うけど。
 勇太は天井をぼんやりと眺めながら、彼の曲に聴き入っていた。

<了>

カテゴリー: 01工藤勇太, 石田空WR |

今も昔も色鮮やかな

「うーん……」

 工藤勇太は首を傾げながら、フェンシング場をうろうろしていた。
 今は学園最大のイベント、聖祭の影響で、フェンシング部も今は部活動は行っておらず、フェンシング場も、どこかの部活の演目用の舞台設置が始まり、今は小休憩らしくて人気がない。
 そこをぷらぷらしつつ、勇太はのんびりと天井を見上げた。
 天窓は先日怪盗が現れた際に割られたらしいが、既に業者が来て天窓の取り換えは行われており、前よりもピカピカ透明なガラスからの光が、燦々と降り注いでいた。
 うーん……。
 意識を集中してみる。ここに何かしらの思念が残っていないかと言うものだったが、何故か気分が悪くなってくる。

『やめて』
 『だから何で』
『お願いだから』
 『…………』

 激しく言い合う声が聴こえる。その声は1人はまだ声変わりしたての少年の声、もう1人はまだ幼い少女の声だった。
 何故かここに残された鮮烈なイメージは、胸がしくしく痛むような悲しみと、ふつふつ沸き上がるような怒りと、真っ赤に染まるイメージが流れ込んでくる。
 どうなってるんだろう……?
 ここで怪盗が宝剣を盗んだんだって思っていたけれど、黒い思念が残っていたはずの思念を掻き消してしまってる……。
 そして何よりも。
 思念を読み取ろうとしてみると、かすかに匂いがするのだ。
 もちろん、匂いがイメージとして勇太に流れてきただけで、実際に匂う訳ではないのだが、その匂いは前に体育館の辺りで嗅いだ匂いと同じものだった。

「……やっぱり、これだけだとよく分からないか」

 勇太はぎゅっと目を閉じた。
 本来ならあまりしないし、自分でもコントロールできる自身はないが。
 でも学園内なら結界があるから、まだギリギリ制御できるかもしれない。
 そう思って、意識を集中した。
 力を一気に解放する。
 勇太の全身の毛孔が開くようなイメージが入り、あちこちからたくさんの思念が流れ込んできた。

『聖学園もうすぐだなあ』
 『バレエ科は3大バレエを公演するんですって』
『最近副会長の機嫌が悪いって』
        『普段滅多に怒る人じゃないのに……』
   『無理! 私には無理だから!』
『もう! この子はうじうじしてさ!』
 『失敗しても構わないからさ』
     『他の学科は言わば就職活動だけども、普通科は暇だよなあ』
『泣くな、そう言うものだ』

 全く関係のない人々の思念の中に、色んなものが挟まっている。
 思念の量が多過ぎて、全部を拾いきる事ができず、勇太の頭は急激に痛くなる。それでも……。

『もうそろそろだっけ?』
 『4年前だっけねえ。4回忌』
『そのせいで「ジゼル」は学園内だと上演禁止になったものね』
   『残念ね』

 さっきの鮮烈なイメージから流れた匂いと同じ匂いのする思念が流れ込んでくる。
 4年前……?
 あの鮮烈な黒いイメージは、4年前の事と関係しているのか?
 でも、4回忌と言う事は、4年前に誰かが死んだと言う事じゃ……。
 ……やっぱり、リミッターがあるとは言えど、全開放させるのはきっついなあ。頭痛くて仕方ないや。
 ……そう言えば。
 1つ勇太は思いついた事がある。
 上演禁止とかの管轄って、理事長だっけ?
 それだけぽつんと思った後、視界が真っ白になる。
 意識が、そこで途切れた。

/*/

「……い。おい」

 誰かが頬をぺしぺしと裏拳で叩く感触を覚える。
 んー……?
 さっきテレパシーを全開放したせいか、まだあちこちから思念が流れ込んでくる感覚があって気持ちが悪い。そろそろテレパシーの感覚閉じないと、また気分悪くなるな……。
 そう思っていて気付いた。
 今、自分の頬をかすかに叩いている人物の思考が、少しだけ流れ込んできたからだ。

『それでは、最後の演目を披露いたします』

 真っ白なバレエ衣装を身に纏った少女が、中庭で丁寧に礼をする場面だ。
 少女は芝生の上とは思えない優美な踊りと足取りで、軽やかに踊る。彼女の周りにだけ重力が存在しないように見え、重力の存在を証明するのは、彼女が跳んだ後に刻まれる芝生を踏むシャクリとした音だけだった。
 踊っている彼女の顔に、勇太は見覚えがあった。
 あれ、この子……。
 それはいつか理事長の思念が流れ込んで来た時に見えた、幼い少女だった。
 最後に彼女がトンと地面に足を付け、彼女の踊りは終わった。
 中庭は拍手に包まれた。
 彼女は一通り踊りきったのに、息一つ切らさず、汗もかかずに微笑んでいた。
 そして、膝を落とした後。何かを芝生の間から拾い上げた。
 ……それは、舞台のセットのように綺麗な細工を施した、短剣だった。

『やめろ――――っっ!!』

 耳をつんざかんばかりの悲鳴が、勇太の頭いっぱいに響く。

「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」

 勇太は思わず大声を出して、そのまま反射的に起き上がった。

「……大丈夫か?」

 傍からボソボソとした声が聞こえ、思わず勇太は振り返る。
 無表情だが、どことなく気を使うように目を細める海棠が、彼の傍で膝立ちしていたのだ。

「あれ? 海棠君? ごめん。俺何か気絶していたみたい」
「……バレエフロアに向かう途中で、誰かの足が見えたから来てみたら……」
「あはははは、ごめんごめん。心配させるつもりはなかったんだ」

 勇太は笑いながら謝る。海棠は少し気を使うように目を細めていたが、勇太自身が特に何もないのでほっとしたらしく、そのまま立ち上がる。

「大丈夫なら、それで構わない」
「うん。ありがとう」

 勇太もゆっくり立ち上がりながら、海棠を眺めた。
 さっきの光景、何だったんだろう。4年前に死んだって言う誰かなのかな?
 でもあの声……。
 最後に叫んでいた声と、白い衣装の少女の声は、ここで言い争っていた少年少女の声と似ているように感じる。
 もしかして、触れて欲しくない事なのかな……。
 勇太は「うーん」と小さく唸って、まあいっかとだけ思う。
 いずれ、訊ける時に訊こう。あんまり触れて欲しくない事だってあるだろうし。

「そう言えば、何でバレエフロアに来てたの?」
「…………う」
「えっ?」
「練習」
「練習って……もしかしてバレエ……じゃあないよね?」
「…………」

 海棠は相変わらずの無表情で、否定も肯定もしない。
 まあ、彼はこう言う人なんだろうな。そう思う事にした。

「そう言えば、練習と言えば。曲。前に調べてみたけれど、トランペットとピアノで合わせるのって、なかなかなくってさ……「カノン」だったらよさそうだなって思ったんだけど」
「ああ」

 表情はそのままだが、雰囲気だけは少しだけ柔らかくなったような気がする。

「ヴァイオリンのパートをトランペットにか?」
「うんそれ!」
「それなら」

 そのまま2人はフェンシング場を後にした。
 でも……。
 海棠君も不思議な人だなあ。音楽科だけれどバレエもしてたんだね。
 勇太はそれだけを胸に留めておいた。

<了>

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泉のコンチェルト

「ふんふんふんふん……」

 工藤勇太はヘッドフォンで曲を聴いている。図書館でCDの貸出も行われており、勇太の最近聴く曲は専らクラシックだった。
 前に海棠と約束したのだ。いつか一緒に曲をしようと。
 しかしまあ……。

「あんまりクラシックでないんだよねえ……トランペットとチェロって言うのは」

 ピアノではある事にはある。
 トランペット協奏曲と呼ばれる類のもので、一見するとトランペット単独演奏でピアノはあくまでも伴奏に聴こえるが、トランペット奏者はピアノの伴奏に合わせるように吹かないと駄目だし、ピアノ伴奏者はトランペットを引き立てるように弾かないといけない。なかなか難しい曲なのだ。
 この曲種は何作かはあり、とりあえず片っ端から聴いているが、なかなか勇太のピンと来るものが見つからなかったのである。今聴いているのは、ハイドンの作曲したものだが、どうも音が重厚すぎて、イメージに合わない気がする。

「うーん……」

 そう思いながら歩いていると、「アン・ドゥ・トロワ アン・ドゥ・トロワ」と言う掛け声がヘッドフォンの外から聴こえてくるのに気付いた。
 勇太がヘッドフォンをずらすと、気付けばバレエ科塔まで歩いて来てしまっている事にようやく気付いた。バレエ科塔の窓が大きく開けられており、そこから見えるのは、高等部の生徒達が廊下でバー練習をしている姿だった。
 普段は体育館の地下にあるダンスフロアで練習しているが、バレエ科塔は中に入れば練習用にあちこちにバーと鏡が設置され、塔内ならどこででも練習ができるようになっていた。
 そう言えば。
 勇太はヘッドフォンを首に引っ掛けながら、ふと思い出す。
 前にバレエ科の子と揉めたとか聞いたけど、あの子と仲直りできたのかな。それに……。

「そういや、あんまり知らないんだよなあ、「白鳥の湖」の話って」

 そう思ったら、自然とバレエ科塔へと足が向いていた。

/*/

 バレエ科塔の中は、不思議とどこかでいつも軽やかな曲が流れているのが耳に入る。
1階、2階と登ってみて、ふと小さな小部屋があるのに気が付いた。「図書室」とある。図書館で借りた方が本の種類は豊富ではあるけれど、図書館に行くのが面倒くさい人用に各学科塔に図書室は存在する。もっとも、学科に関係ありそうな本しかないので、本当に本が好きな人間は図書館へ赴くが。
 勇太が図書室へとそっと入ると、中には綺麗な絵本からバレエ雑誌、技術書が少し埃が被って本棚に詰め込まれているのが見えた。ここは忘れられているのかさぼっているのか、図書委員はいない。まあ図書委員がちゃんと管理していたら埃を被る事もない訳だが。
 パッと目を引くのは、最後に誰かが読みかけのまま置いて行ったらしい特徴的な服を着た男女が踊っている絵の描かれた絵本である。あれは、「白鳥の湖」の絵本だろうか。
 勇太はそれの埃をペチペチと掃うと、それをペラペラめくって読んでみる。

 昼間は白鳥になる呪いをかけられた王女オデットと王子ジークフリートは夜の湖で出会い、恋に落ちる。
 真実の愛を告げられなければ呪いの解けないオデットのために、婚約パーティーで彼女に愛を告げると約束するジークフリート。
 しかしオデットに呪いをかけた悪魔ロットバルトはジークフリートを欺き、オデットと瓜2つな自分の娘オディールと婚約するように仕向ける。
 かくして呪いが解けないと絶望したオデットは自害し、ジークフリートも後追い自殺をする。2人の真実の愛によりロットバルトは滅び、オデットと共に呪いにかけられた乙女達の呪いは解けたと言う。

 随分とこう……。
 勇太は絵本を閉じ、本棚に差しながら首を傾げる。
 絵本って言っても全然子供向けじゃないよなあ。哲学的過ぎる内容だし。
 確か怪盗は2人とも「白鳥の湖」に登場する悪魔から取ってるんだよねえ。でもこの2人の関係って何なんだろうなあ。別に敵対している訳じゃないみたいだけど、協力関係はないみたいだし……。
 でも……。
 この場合オデットとジークフリートの役割をする人ってどこにいるんだろうなあ。
 考えてみたものの、勇太にはいまいちピンと来る事はなかった。
 しかしまあ。何で自分もこう、怪盗を追いかけちゃっているのかなあ。別に小山君みたいに新聞記事にしたい訳でもないし、むしろ俺がうっかり見つかるリスクとか高くなりそうなのになあ。
 まあでも……。
 変な事の多い所だけど、ここは結構気に入っているんだよねえ。だから、ここの生活を邪魔するような事はしてほしくないなあ……、多分それが1番の理由かな?
 でも前のロットバルトみたいに、人を傷つけるような人は嫌だなあ。人が傷つくようなら、それは阻止したいし。
 勇太はそう合点する。
 さて、何かバレエの本1冊だけでも借りて帰ろうかなあ……。
 そう思っていた時に何かが棚から落ちてきた。

「いでっ!! ……何これ」

 落ちてきたのは、「白鳥の湖の考察」と書かれたレポートだった。ぺらぺらめくってみると、レポート用紙を束ねて、硬めの装丁を施している。大学部のレポートか何か……かな? 表紙裏を見てみると、一応貸出許可は出るらしく、図書館マークの判子が押されている。
 ……まあ、役に立つのかは分からないけれど。
 勇太はレポートの裏にあった貸出票に記入すると、本来なら図書委員の使うカウンターに入れて、それを持って帰る事にした。

/*/

「おかしい。ここどこだろ」

 ひとまずレポートを読んでみようと思ったのに、どうやってバレエ科塔から出ればいいのかが分からない。渡り廊下に出たら、そのまま普通科塔に出れると思うんだけど……。階段を昇って、気付けば一際広いスペースに出てしまった。あれ……ここどこだろう。
 この階は教室の他にバレエ科の個人レッスン用の部屋があった。
 と、そこから音楽が流れているのに気付く。
 あ、誰か練習しているのなら、道を訊けるかな……。
 そう思って部屋を覗き……。

「あっ」

 レオタード姿で練習している少女がいるのが見えた。
 勝気そうな眼差しで、バーに手をついて、脚を綺麗に伸ばす少女。音楽に合わせて跳ぶ姿には、体重と言うものを全く感じさせない。
 その子は見た事がある。舞踏会で連太を思いっきり殴っていた子だ。

「あの……」
「? 誰?」

 勝気そうな子は大きな目を少しだけ伏せて、こちらを見た。

「ええっと、迷子。です」
「迷子って……別の科の人ですか?」
「うん。そう。新聞部の工藤勇太です。……ええっと、練習中ごめん。ここからどうやったら出たらいいかな?」
「新聞部……」

 その子は恥ずかしそうに顔を赤らめる。ああ、小山君の知り合いだって分かったからかな。
 その子は指を指した。

「あっちの階段を1つ降りたら、そこから普通科塔に出る渡り廊下があります……」
「わあ、ありがとう。あっ、そうだ」

 勇太は頭を下げた後、その子を見た。気恥ずかしいらしく、まだ顔は赤い。

「君の名前教えてくれる?」
「……雪下椿です」
「雪下さんか。教えてくれてありがとうー」

 勇太はもう1度頭を下げると、元気に階段を駆け下りて行った。

<了>

カテゴリー: 01工藤勇太, 石田空WR |

勇太のお悩み相談室

「あっ」
「あっ、こんにちはー」

 今は3限目と4限目の間。
 工藤勇太はちょっと喉が渇いたから1階の自販機でジュースを買いに来ていた。取り出し口に手を突っ込んでジュース缶を取り出した所で、隣の自販機でジュースを買っている小山連太と目が合った。ちなみに隣の自販機は紙パックのジュースである。
 そう言えば同じ学科なのに案外会わないもんなあ。まあ高等部と中等部だったらそもそも階違うもんなあ。
 勇太の階は2階、連太の階は6階。高等部3年から順番に階が当てられているのだから、そりゃ会う訳がない。その階のせいで、中等部は何でもかんでも早く済ませると言う手段を身に付けないと遅刻する訳だから、そもそもほとんどの中等部生徒は昼休み以外自販機は使わない。

「珍しいね、君が自販機使うなんて」
「いやあ、今日は公欠扱いなんで。だから自分は授業出なくっても大丈夫っす」
「ああ、そっか」

 新聞部の記事を書いている間は公欠が適用される。
 公欠目当てで新聞部に入りたがる者も多いが、生半可な気持ちじゃ朝に夕に記事を書き続ける新聞部の活動についていく事ができないので、結局は新聞部に本気で入りたかった生徒だけしか残らない。
 連太はこの間の怪盗騒動の事の記事をまとめているらしかった。
 自分より年下なのに、熱心な子だなあ。
 勇太は割と連太の事が好きである。出会い方はそもそも書いていた新聞記事をばら撒くと言う最悪な出会い方で、ほぼなし崩し的に新聞部に入ったものの、新聞部の活動は思っているより楽しいし、連太との付き合いも気楽でいい。

「そう言えばさあ。ちょーっと前の事だけどさ」
「んー、何でしょう?」

 連太は自販機にもたれつつ、紙パックにストローを刺す。彼が買ったのはリンゴジュースだった。勇太は炭酸オレンジのプルタブをキュッと開けながら思いついた事を言ってみる。

「いや、何で殴られてたのかなあって」
「殴られてた? 誰が?」
「小山君。前、ほら舞踏会で女の子に殴られてたじゃない。あれ何?」
「――っ!!」

 連太は顔を真っ赤にして、その後咳き込み出す。
 あっ、あれ……?
 勇太は慌てて連太の背中をさすり出す。

「あれ、ごめん。これって聞いちゃ駄目だった事だった?」
「ゲホッ……、いやあ、まさか見られているなんて思ってなかったんで」
「何、もしかして痴情のもつれでもあったの?」
「いやあ……、女子が何考えてるのかはマジで分かりません」

 ようやく落ち着いたらしい連太は、気を取り直してジュースで口を湿らせる。
 勇太は首を傾げながら、自分も炭酸に口を付ける。口がシュワッとして気分転換にはちょうどいい。

「いやあ……小山君って案外うぶ?」
「って言うか中等部で痴情のもつれなんてよっぽどの事がない限りある訳ないでしょ」
「まあ、それもそうだねえ……」

 まあいくら連太がませていても13な訳だから、そりゃそうか。
 でも女子の考えている事って何だろう。

「じゃあ、あの殴ってきた女の子知り合い?」
「まあ……顔見知りっすねえ」
「へえ。可愛い子だったじゃない」

 思い返すと、白いドレスを着ていたような気がする。デビュタントだったのかな? でも中等部の子が何で舞踏会に入れたんだろう。新聞部の子では……なかったし。

「いや、全然可愛くありませんよ、あいつは」
「あいつねえ……」
「こっちの顔を見た途端に殴ってきたんですから。知り合いと歩いていただけだったのに」
「えっ? 何それ。君舞踏会で誰かと一緒にいたの?」

 それは今初めて聞いたんだけど。
 そう思って勇太は思わず訊くと、連太は困ったように眉を潜める。

「いや、取材で知り合った人が、中等部だったから舞踏会に参加できなかったんで。だから自分の招待状あげただけっすよ」
「…………」

 基本的に、舞踏会に参加できるのは、招待状を持っている人間か、高等部以上、新聞部の人間だけである。それ以外は何か裏技を使わないと入る事は叶わないのだが……。
 もしかしてその子が怒ったのは、自分以外の人に招待状あげたからなんじゃあ……。
 連太は分かってなさそうな顔をしている。

「うーん、よく分からないけど」
「はい?」
「それ多分、その子に謝った方がいいんじゃないかな?」
「殴られたのは自分ですけど……」
「いやそうなんだけど」

 多分その子、小山君に気があるんじゃないのかなあ……。まあ全く伝わってないから、殴られた所で「何だこの暴力女は」になるんだけれど。
 連太は勇太の言った意図が分かってないらしく、困ったように首を捻っている。

「いや、多分遅いって事はないから、仲直りしたいんなら謝れば?」
「……いや、確かにあれから感じ、ものすごく悪いんすけど……」

 それ、相当怒ってるんじゃあ……。
 でも連太の言い方から察するに、今でもそこそこ交流はあるみたいだから、まだ完全に決裂している訳でもなさそうだし。

「……分かりました。話聞いてくれてありがとうございます」
「うん、頑張れ。でもさ、何であの子舞踏会にいたの? 小山君と同い年って事は、まだ舞踏会に参加できないんじゃあ……」
「ああ。あいつバレエ科でも成績いいんで。デビュタントのお手本で踊ってたみたいっす」
「なるほど」

 そのまま連太は頭を下げると、飲み終えた紙パックをゴミ箱に放り込むと、走って行った。
 うーん、青春してるなあ。
 勇太はそれを目を細めて見送った。
 しかし……。

「そっかあ。バレエ科なら抜け道があったんだ……」

 そういやバレエ科の人の事ってあんまり知らないもんなあ。
 怪盗もバレエ科関係でだったら舞踏会にも入り込めたのかもしれないなあ。
 それだけほむほむと頷きながら考え、ジュース缶をぽいっと捨てた。
 そろそろチャイムも鳴るし、帰ろうっと。そのまま階段を駆け上がった。

<了>

カテゴリー: 01工藤勇太, 石田空WR |

第5夜 2人の怪盗

午前8時15分。
 今日も新聞部は記事を書くのに精を出していた。
 朝の刷りたての新聞のインクの匂いが充満した部屋で、工藤勇太はできたばかりの新聞を読んで少し目を見開く。

「予告状、来ていたんだ?」
「はい、来てましたがまあ……正直今回はどうやって取材したもんかなって思ってますよ」

 勇太はいつも怪盗の記事を精力的に書いている小山連太が珍しい事を言うので、思わず目をぱちくりとさせた。

「そんなに盗まれたらやばい物なの?」
「いや、どちらかと言うと、新しく出てきた怪盗の方です」
「ああロットバルトだっけ?」
「はい」

 連太はいつも持ち歩いている分厚い手帳を開いて、ペラペラとめくると、1つのページを見せた。

「怪盗オディールは学園限定でしか盗難を起こしていないみたいですけれど、怪盗ロットバルトは違います。この街周辺の美術館でも起こしていますが、その……」
「何?」

 何となく嫌な予感がするなと、勇太は少しだけヒヤリとする。
 連太はまたペラペラとページをめくる。

「警備に当たっていた人の中では、倒れて起きない人が出ているって事なので」
「ああ、どんぱちとかするのに躊躇しない人なんだね……でもさ、その人も外で盗みをすればいいのに、どうしてこの学園で盗みを働こうなんて思ったんだろうね? 価値とかだったら、美術館の物の方がよくない?」
「まあ学園内で怪盗が盗んだものの半分はかなり価値ありますけど、もう半分は全く価値のないものなんですよね……確かに妙ですよね」
「えっ、何て?」
「だから半分は価値ない……」
「いや、その前」
「……? まあ半分は価値あるものなんですよ」
「いや、それ初耳なんだけど」
「ああそっか。先輩は最近学園に来たばかりだから……」

 連太はいつか盗まれているのを見たイースターエッグの写真と、オデット像の写真を手帳から取り出した。

「イースターエッグもオデット像も、それぞれ別の学園の卒業生が作ったものなんですよ」
「へえ……寄贈品だったんだ」
「で、どちらもものすごい芸術家として大成しまして、もし盗まれずにそのままコレクターに売却していたら……」

 そう言いながら手帳の空きスペースに数字を書き出す。
 勇太は連太の書き連ねるゼロの数に唖然となった。

「……そんなに?」
「はい。理事長が全部断っていましたけど」
「ふうん……」

 勇太はまじまじと新聞を読み返した。
 今晩、フェンシング部に来るらしいと言う事は、心に留めておいた。

/*/

 午後12時30分。
 昼休みに、いつか海棠に出会った噴水に来てみたが、いないようだった。
 この辺りも程よく人が捌けているから、てっきり人付き合いの好きじゃないらしい彼はここにいるのかなって思ったけど。
 そう思いながら、ベンチに座って買って来たパンとお茶で昼ご飯を食べ始めた。
 海棠君と言ったら、前彼が演奏していた曲は「白鳥」だったっけ。
 空を見上げるとのんびりと雲が横切っていくのが見え、それを見上げながら物思いにふける。
 海棠君ってどこかで見た事あったなと思ったら、前に理事長の思考を覗いた時にいた顔なんだよなあ。でもあの時は2人映ってたんだよね……。
 って事は、あの2人って双子なのかもしれないなあ。そう考えたら、何で双樹の王子なんて通称が通っているのかの説明もできるし。でも……。それならもう1人はどこに行ったんだろう。少なくとも理事長の思考を見た限り、2人が揃って映ったって事はどこかにいるんだろうけど。
 それにしても海棠君は……。
 勇太はパンを咀嚼し、ごくりと飲み込む。
 何と言うか自分と似てるんだよなあ。関わるなって、自分に対して警戒心露にしている所とかが。
 でも悪い人ではない気はするんだけれど……。
 まあそれより今晩来る怪盗なんだけれど。
 勇太は海棠の弾いてきた「白鳥」の事を考えた。確かこれはバレエでも踊られる曲らしいけれど……。確かオディールは「白鳥の湖」の登場人物のオディールの格好を扮しているからそう呼ばれているんだっけ? 彼女自身は特に名乗っていないみたいだし。じゃあロットバルトも「白鳥の湖」の登場人物からって事でいいのかな?
 うーん……。
 勇太は小さくなったパンのかけらを口の中に放り込んで、一気に飲み込んだ。
 すごく曲解かもしれないけれど、その怪盗ロットバルトは、何と言うかもう1人の海棠君。双子の片方な気がするんだよなあ。でも見てみない事には何とも言えないけれど。

「まあ、考えるだけじゃあ駄目かな」

 とりあえず今晩行ってみよう。
 予告状が来ているのは、フェンシング部で展示されている宝剣だっけ?
 フェンシング部に行けばいいのかな?
 場所は昼間の内に調べておけば、行けるかなあ……。
 勇太はパン屑を手で叩いて掃うと、体育館の方へ、場所の確認に出かけた。

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 午後9時43分。
 既に学園内は一部を残して人はいない。今晩は自警団からの通達により、生徒達は強制的に早く下校させられていた。
 そんな勇太はのんびりと時計塔にいた。
 本来ならすぐにフェンシング部部室に行く所なのだが、今晩は自警団がピリピリしているようなので、怪盗が襲撃してくる瞬間に行った方がよさそうだ。

「でも知らなかったなあ……」

 自警団の感情が高ぶっているせいか、心の声が筒抜けだった。

『盗まれたら会長も気を悪くするだろうから』
 『フェンシング部部員としては、無くなったら先代に申し訳が』
『何でよりによって怪盗が2人も』
  『今晩は副会長の機嫌も悪いし……会長が怒り狂った場合、誰が止めるんだか……』

 どうも心の声をまとめた限り、生徒会長はフェンシング部の部長らしい。
 なるほど、だから今晩はこんなに警備が厳重なんだ。
 しかし妙にピリピリした空気があるのは、どうも自警団だけが原因じゃない気がするなあ……。
 勇太は心を読んだりするのは苦手だが、ここまで肌を刺す程のプレッシャーを、生徒会長の圧力だけとは思えなかった。
 もしかすると、怪盗ロットバルトが原因なのかな……。
 それとも……。

「宝剣のせいなのかな……」

 宝剣から漏れ出た思念がプレッシャーとなっているのかもなあ。
 そう思い、そろそろ宝剣の方へと行こうとしたが……。

「ん……?」

 勇太は思わず自分の耳を触った。
 いきなり今まで漏れ出ていた心の声が、急激に減っていく事に気が付いたのだ。
 何だろう……。
 思念がいきなり消えるって事は、皆気絶するなり死んだなりしている……?
 そう言えば連太が言っていた気がする。「警備に当たっていた人の中では、倒れて起きない人が出ているって事なので」と。

「もしかして、これの事……?」

 だとしたら助けに行った方がいいのかもしれないけれど、2次災害になりそうな気もする。
 仕方ない。体育館近くだったらまだ大丈夫かもしれない。
 勇太はそのままテレポートで体育館付近へと跳んだ。

「うっ……」

 勇太は思わず鼻を抑えた。
 そこは、森の奥の露に濡れた草を大量に敷き詰めたような、謎の匂いで充満していたのだ。この匂いを嗅いだらしい人達が皆気絶している。
 勇太はひとまずポケットのハンカチをマスクのようにして鼻から下を覆い、周りで倒れている自警団員を抱きかかえた。

「もしもし、おーい……」

 鼻に触れると、少なくとも息はしているし、首元の脈も問題はない。ただ気絶しているだけらしい。
 よかった……。
 少しだけほっとするが、耳元でうるさい位の声が聴こえたので、思わず耳を塞ぐ。

『貴様の道具ではない!』
 『ふざけるな、こちらを何だと思っているのだ!』
『不愉快だ!』
 『帰れ!!』
   『帰れ!!』
  『帰れ!!』

 その声は肉声ではない。思念だ。
 もしかして、宝剣の思念……?
 それは、体育館から大量の光となって、飛び出していったのだ。

「……一体、体育館の中で何が……」

 そこを飛び出していく影を見た。
 1つは、黒いチュチュを纏った少女。
 そしてもう1つは、黒い悪魔の格好をした青年のものだった。
 2人は光を追いかけて、そのまま見えなくなってしまった。
 気付けば、周りの濃い匂いは薄れていた。

<第5夜・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122/工藤勇太/男/17歳/超能力高校生】
【NPC/小山連太/男/13歳/聖学園新聞部員】

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■         ライター通信          ■
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工藤勇太様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥~オディール~」第5夜に参加して下さり、ありがとうございます。

本来なら怪盗ロットバルトの元へと直行するべきでしたが、テレパシーにより状況がある程度分かってしまうのがあだとなってしまったようです。
理事長の思考の中の人とは、またどこかでニアミスするかもしれません。

第6夜も現在公開中です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。

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