第4夜 双樹の王子

午後4時15分。
 新聞部にはあちこちから投書が送り込まれていた。

「海棠さんは二重人格である」
「海棠先輩は昔彼女がいたらしいが別れたのがトラウマらしい」
「海棠さんの趣味はチェロであり、ピアノとはまた別に趣味で弾いている」

 などなど、大量の投書が送られてきていた。
 一応怪盗記事担当の小山連太は、これらを送ってきた生徒達の対応に追われていて目を白黒させているのを、工藤勇太は遠巻きになって見ていた。

「しっかし、海棠君の記事ねえ……」

 学科は違うので接点が全くないものの学園では有名人であり、勇太もたまたま女の子達が彼に熱を上げているのを耳にした事がある。
 成績優秀なのに素行が悪い。
 必要最低限しか授業に出ないどころか学園に来る事も珍しいので、彼の事は謎だらけ。
 それがミステリアスで素敵。などなど。
 そして彼を象徴するのが、音楽科の双樹の王子と言う二つ名である。
 自分から王子を名乗る人間などよほどのナルシスト以外でいないだろうから、これも彼のファンが付けた名前なんだろうが、どこから双樹なんて来たんだろう……。
 ようやく生徒の相手が終わったらしい連太を捕まえて、勇太は訊いてみた。

「ねえねえ、小山君」
「んーっ、何すか?」

 連太はあれだけ目を白黒させてた割には元気そうなので、そのまま勇太は思っていた疑問を口にしてみる。

「あのさあ、今回何で海棠君の特集する事になったの?」
「んー、まあ色々あったんですよ」
「色々? 何さ」
「いや、先輩って、いい人なのに何であんなにいつも辛そうなのかなって」
「辛そう?」

 てっきり有名人だから特集記事組む事になったのかと思っていたが、どうも違うらしい。
勇太は首を傾げつつも「何で?」と訊くと勇太は答える。

「いやあ、海棠先輩とは知り合いなんすよ。まああっちが覚えているかは分かりませんけど」
「へえ……それは今初めて聞いた」
「いや、言いふらす事でもないっすから。
前に記事書いてた時、草稿を窓開けっ放しにして飛ばされちゃったんで。書き直そうにも、一晩かけて書いたものとそっくりそのまま同じものが書ける訳もなく、夕方まで探しましたけど見つからず、諦めかけてたら、黙って一緒に探してくれたんですよ。それこそ、生徒会に怒鳴られても無視して」
「なーるほど、それでかあ……」
「何と言うか、先輩の人物像が妄想の上で一人歩きしちゃっているから、それをどうにかしたいなあと思って企画したんですけどねえ……上手く行くといいんですが」
「ふーん。ならさ、俺がネタ拾ってきた場合もさ、怪盗の話ってもらえる?」
「先輩が? うーん……まあいいですよ」
「わー、じゃあちょっと行ってくる」
「はーい」

 こうして、勇太はのんびりと新聞部部室から出て行った。

/*/

 午後4時45分。
 既にうっすらと空が黄味がかってきた中、勇太はぶらりと足を運んだのは、噴水の前だった。前にここにオデット像があったと言うのは連太から聞いたが、今の噴水には何のオブジェもなく、ただ園芸部が育てた植物が精を出すばかりで人気もない。
 初対面の人に根掘り葉掘り訊くのは趣味じゃないから、やっぱり俺流で行くかあ。
 勇太はのんびりと、人気のない噴水に立った。
 実は勇太には秘密がある。
 いや、単に話す必要がないので話していなかっただけであり、秘密と言う程大したものではないのだが。
 彼の手には、トランペットがあった。
 彼は元々は吹奏楽部でトランペットを担当していた。
 流石にプロ志望の音楽科程のものは吹けないし、中学からは転校が多かったせいで、正式な練習は減ったものの、今でも自主練習だけは続けている。
 海棠は確かピアノをたしなんでいると聞いた。
 なら一緒に弾けたらいいんじゃないかなと思ったのだ。彼は噂を信じるのならば、あまり人が多い場所は好きではないみたいなので、ここみたいに人気のない場所だったら会えるんじゃないかなとそう思ったのだ。
 ずっと練習してたとは言えど、人に聴かせるために吹くのは久しぶりだなあ。
 勇太は、トランペットに口を付けた。そして、腹筋を意識した後、流れ始めた。
 流れる曲はアメイジング・グレイス。
 素晴らしき神の恵みと言う意味の讃美歌であった。
 人気のない噴水で奏でられるトランペットの旋律は、夕焼けの光の下で大きく伸びやかに広がった。
 最後の音を大きく伸ばした所で、乾いた音が響いたので、思わず勇太は振り返った。
 頭に芝を付けた男子生徒が1人、拍手をしていたのだ。芝をつけていると言う事はさっきまで芝生に転がって寝ていたのだろうか。

「いい曲だった」

 ぼそぼそとした声だが、率直な感想が延べられ、勇太は思わず頬をかく。

「ありがとう。いやあ、人前であんまりトランペットとか吹かないから」
「…………」
「って言うか、もしかしてここで寝てた? ごめん……起こすつもりはなかったんだけど」
「いや、いい。もう夕方だし。ずっと寝てたから」
「ははは……もしかして、君が海棠君?」
「そうだけど」

 真っ黒な髪に真っ黒な目。
 背が高いのは少し羨ましく思える。

「そっかありがとう。俺は、工藤勇太。いやあ、ピアノ上手いって聞いてたから、独学の俺が褒められるなんて思ってなかったんだよねえ。好きな曲とかはある?」
「曲……「動物の謝肉祭」」
「んー?」

 クラシックにはあまり興味がないので、馴染みのない言葉に少し困る。
 海棠は真っ黒な目で勇太を見ていたが、やがて「そうか」と少しだけ呟き、ベンチの上に置いていた何かを出してきた。
 ベンチの上にあったのは、チェロのケースだった。
 そう言えば、チェロ弾くとか言うのは投書の中にもあったような気がする。

「こんな曲」

 それだけぼそりと言うと、肩にチェロを乗せ、弓を引き始めた。
 伸びた音は夕焼けのせいか、やけに哀愁が漂うように聴こえる。
 アメイジング・グレイスが神への感謝の歌だとすれば、流れる今の曲は、まるで鎮魂歌のようだ。
 最後に音が伸びた。
 勇太はポカン、とした後、思わず手を叩き始めた。

「すごいよ! すごかった。このえっと……」
「「白鳥」」
「えっ?」
「「動物の謝肉祭」の中の1曲」
「そっか! すごかった!」
「…………」

 勇太が興奮しているのを尻目に、海棠はパタンとチェロをケースに片付け始めた。
 そしてケースを肩にかける。
 そのまま、勇太を無視するかのように隣をすり抜けて行ってしまった。
 って、あれ?
 勇太は目をしばたたかせて、海棠の背中を見る。もしかして彼の気を悪くさせたんだろうか、それとも。

「変わってる人なのかなあ……?」

 そう言えば連太は「いい人」と言っていたから、単純に人付き合いが苦手なだけなのかもしれないなあ。
 勇太はそう納得し、そのままのんびりと新聞部へと引き換えして行った。

/*/

 午後5時35分。

「で」

 連太は半眼で勇太を見ている。
 勇太は「あはははははは」と笑って頭をかいている。
 連太の手どころか、汗でも拭ったのか顔までインクで黒くなっている所を見ると、ずっと原稿と格闘していたらしい。対する勇太はいつもと同じさっぱりとした顔で、ただ1つ違うとすれば、思いっきりトランペットを吹いたために少し手が汗ばんでいる位だ。

「結局ふらつくだけふらついて、海棠先輩の情報得られなかったんですか!」
「いやー、はははははは、ごめーん」
「ごめんじゃなくって! ……ああ、もういいですよ。せめて原稿手伝って下さいよ。企画の分の仕分けだけで時間が食って食って……」
「うん、それなら!」

 こうして手の汚れている連太に変わって原稿を触り始めた勇太だが。
 何と言うか、海棠君も変わった人だったなあ。とっつきにくいとも違うし、人を避けてる? よく分かんないや。
 ひとまず、彼のチェロを聴いた事は伏せる事にした。

<第4夜・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122/工藤勇太/男/17歳/超能力高校生】
【NPC/小山連太/男/13歳/聖学園新聞部員】
【NPC/海棠秋也/男/17歳/聖学園高等部音楽科2年】

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■         ライター通信          ■
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工藤勇太様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
大変遅くなって申し訳ありません。
「黒鳥~オディール~」第4夜に参加して下さり、ありがとうございます。
今回は海棠秋也とコネクションができました。よろしければシチュエーションノベルや手紙で絡んでみて下さい。

第5夜公開も現在公開中です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。

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第3夜 舞踏会の夜に

午後3時20分。
 新聞部は軽く舞踏会での打ち合わせをしてから、銘々の作業へと散って行った。

「ふっふっふっふっふ……」
「……どーうかしましたかあ、先輩」

 先程から打ち合わせそっちのけで難しい顔をしていた工藤勇太が、いきなり笑い出したのを半眼で小山連太がツッコミを入れる。手には怪盗関連の情報の投書と、使い込まれた手帳を持っている。
 勇太はキラーンとでも言う擬音を発しながら、いきなり連太の方へと振り返った。

「小山君! 謎はすべて解けたよ!」
「……そうなんすか」

 連太の冷たい返しをそっちのけで、勇太はファイルから何かを取り出し、連太に押し付ける。
 連太は怪訝な顔でそれを読み始めた。

『怪盗オディールは寄贈された鍋を使い、思い出の作品を集め同窓会鍋パーティーをするつもりだった!』

「いやぁ、前に話を聞きに行った時、自分でも信じられない位にひらめいてねえ。いやぁ、自分でも怖い怖い……」
「却下」
「えーっ!? そんなばっさり!!」
「って言うか先輩、妄想だけ書いて紙面埋めたら新聞部の品格が疑われますよ。仮にこの妄想が本当だとしても、せめて根拠位書いて下さいよ」
「えー、小山君厳しい……」
「記事に嘘デタラメだけ書いてどうするんすか」
「えー……」

 まあ連太の言う事ももっともある。言い方が明らかに先輩に対してのものではないと言うのはともかく。

「まあ、自分は先約あるんで、先輩はちゃんと手順通りに行って下さいよ?」
「デビュタントの取材、ねえ……んー、むずい。わざわざ学園内で舞踏会って言うのがよく分かんないんだけど」
「うちの学園、海外留学する人もいますんで、どこ行っても恥かかないようにって事だそうです」
「なーるほどねえ……」

 勇太には普通科で無縁だが、この学園は芸術方面に秀でている。ヨーロッパ方面への留学は十分考えられるからそう言う事なんだろう。確か理事長は就任前はバレエ団で踊っていたとは、どこかで小耳に挟んだ。

「で、怪盗って来るんだ?」
「その可能性は高いでしょうねえ。自警団も厳しく警備するそうですが」
「ふーん」

 あちこち話を聞いている限り、怪盗は何故か想いの強いものばかり集めているけれど……。これは何か言われあったっけなあ。

「つうか怪盗の今回狙っているものって、イースターエッグだっけ? あれって何か言われがあるの?」
「そうですねえ……まあ女子の噂ですけど。舞踏会の時のみ現れて、イースターエッグが展示されている前で踊ったペアの恋が叶うんだそうです。実際は知りませんけれど」
「そうだねえ、相手いない事には」

 なるほど……。
 勇太はいつぞやに残っていた思念を思い出す。
 強い感情が力を持つんだから、噂で広まったものにも、そんな力出るのかな。まあ現物を見ればいっか。

「うん分かった。頑張るよ」
「はーい、お願いします」

 勇太は連太にそう言われてひらひらと手を振られた。

/*/

 午後9時。
 勇太は会場でさらさらとメモを取っていた。
 一応恒例行事の記事ってこんなもんでいいのかなあと思いつつ。
 タキシード姿を着ているが、特に身長が高くもなく、まるで七五三並の着せられた感だよなあ……が自分への感想である。しかし先程用事で出かけていった連太はもっと悲惨だったので、「うん、まだ俺の方がシャーロック・ホームズっぽいよね」と言う事で一応納得しておいた。
 白いドレスの少女達と、燕尾服の少年達が踊っている。
 ウィンナーワルツと言うらしい。勇太も高校生以上は強制参加させられるダンス教室で踊らされた事があるが、好きな子がいるならともかく、やっぱり自分には縁がないものだなと思った。女子は女子で意中の男子と踊りたいらしくあれこれしていたみたいだが、それはさておき。

「まさか、ここまでひどい物だなんて、思ってもいなかったんだけどなあ……」

 誰につぶやく訳でもなく1人でごちる勇太。
 今は生徒会が保存しているらしいのだが、関係者以外立入禁止と書かれた部屋からは、声が筒抜けだった。
 別に肉声ではなく、思念である。

『触って』
 『手を繋いで』
  『私だけを見て』
『愛してる』
 『愛してる』
  『愛してる』

 まるで呪いじゃないか、あれは……。
 思わず耳を両手で塞ぐが、耳を塞いでも別に肉声ではないので聴こえなくなる訳ではなく、延々と声が聴こえてくる。
 自分は聴こえるが、周りは聴こえていないみたいだった。
 さて。
 のんびりと勇太は辺りを見回す。
 ワルツが終わり、デビュタント達が引いて行くのを眺めながら考える(何故か連太が白いデビュタントの少女に殴られているのを見たが、あれは見なかった事にしておいた方がいいんだろう。多分)。
 多分イースターエッグはあっちから来るんだろうなあと、生徒会の面々が出入りしている部屋を見つつ、デビュタントと入れ替わりで入ってきた男女を見やる。
 そう言えば、怪盗はどこからやってくるんだろうなあ。
 ここには天窓はあるけれど、まさかあそこを割って入るんじゃないだろうし、そもそもイースターエッグ登場の場所からは離れ過ぎている。
 ダンスフロアで踊る男女を見やる。
 もしあの中に紛れ込めたら、確かにイースターエッグからは1番近い位置を取れるんだろうけど……。
 特に怪しい人って言うのが見つからないんだよなあ、本当に。まあ怪盗が「私は怪しいです」って言って踊っている訳ないしなあ。
 そう考えながら首を傾げている時だった。
 いきなり目の前が真っ暗になった。
 えっ、停電?
 突然暗くなって視界が聴かない。
 仕方なく、勇太はテレパシーを使い、辺りの声を拾ってくる。

「無粋だな。こんな所で盗みを働くとは」
「……これが大事なものとは分かっている。でも、私にも願いがあるから」

 この怒っている男の人の声は……生徒会長かな。
 じゃあ、この女の子の声が、怪盗かな。
 やがて天井が光る。いや光ったのではなく、天窓が破られて割れたガラスがバラバラ落ちて外の光で光っただけだ。

「んー……」

 勇太はテレパシーの声をまじまじ聴いた。
 どうも生徒会長を出し抜いて、怪盗はイースターエッグを盗む事に成功してしまったらしい。さっきから声が聴こえなくなっているから、それは明白だ。
 声が遠くなる。
 あれを追いかければ怪盗を追えるのかな。
 そう思った勇太は、そのままそっと会場を後にした。

/*/

 午後9時25分。
 勇太は難しい顔で、聴いていた。
 何だこれ……。

「あなたは、どうして起きてしまったの?」
『眠りたかった』
 『眠っていたかった』
  『起きたら独りだった』
『寂しかった』
 『愛して』
  『愛して』
   『愛して』
「……そう。寂しかったから、誰かを探してたんだね」
『愛してくれる?』
「うん。寂しくないよ」

 延々と、怪盗はイースターエッグの思念と話をしていたのだ。
 1つ1つの言葉に返事をして、また語りかける思念に返事をする。
 不毛とも言うべき長い時間を使って、話をしていたのだ。
 てっきり怪盗は想いの強いものを集めているのかなって思ってたら、話をしていたなんてなあ。でも……。
 感謝されるって、話を聞いてくれたからって事なのかな?
 やがて……。
 怪盗とイースターエッグが黙ってしまったのに気が付いた。
 何でだろう……。
 勇太は2人(?)から死角になる場所へとテレポートし、そっと覗いて。
 目を疑った。
 2人(?)は踊っていたのだ。
 さっきのような優雅なウィンナーワルツを。
 片や真っ黒なチュチュに仮面で顔を覆った少女。片やイースターエッグ。
 少女は仮面から辛うじて見える部分は舞台化粧を施していて、素がどんなものかは分からなかった。しかしチュチュから伸びる足や、身体のラインから見て、少女と思っていいだろう。
 ただ怪盗が踊っているだけにも見えるが、何故か勇太には2人(?)で踊っているように見えたのだ。
 やがて、だんだん怪盗の持っていたイースターエッグの輪郭が解けてきた。
 あれ? 勇太は目を疑った。

『ありがとう。一緒にいてくれて』
 『ありがとう』
   『ありがとう』
『さようなら』
「うん、さようなら」

 怪盗の手元から、イースターエッグは完全に見えなくなってしまった。
 どうなってるんだろう……。
 何と言うか、満足して成仏したとか、そんな感じ? でもあれ? イースターエッグって卒業生が作ったものなのに、何で幽霊とかになってるの。
 勇太はやや混乱しつつ、怪盗を見た。
 怪盗は、口元に笑みを浮かべてイースターエッグが消えた空を見送ると、そのまま屋根から飛び降りてしまった。

<第3夜・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122/工藤勇太/男/17歳/超能力高校生】
【NPC/小山連太/男/13歳/聖学園新聞部員】

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■         ライター通信          ■
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工藤勇太様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥~オディール~」第3夜に参加して下さり、ありがとうございます。
怪盗の行動について疑問があれば、適当に追いかければまた詳細は分かるかと思います。頑張って下さいませ。

第4夜公開も現在公開中です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。

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徒労かは分からない

「はぁ~……」

 工藤勇太は深く溜息を吐きながら、ぽてぽてと通学路を歩いていた。
 考える事は3つ。
 理事長って一体何なんだろうなあ……。前に冷や汗かきつつ逃げ帰った面接の事を思い出しつつ考え込む。
 何でこっちが心を読んでいるのを分かったんだろう。あの人も超能力者? でも違う気がする……。
 それに学園内で聴こえた人じゃない声。
 これを怪盗が集めているのは何でなんだろうなあ。多分新聞部にバックナンバーがあるだろうし、先輩達にも聞いて回れば、怪盗が今まで盗んだものも分かるかなあ。
 最後に。
 あの理事長の記憶の中にいた人、誰だろう?
 同じ顔って言う事は、双子か何か……なのかな? 女の子2人は同じ制服着てたから、多分うちの学園の生徒だろうけれど……。
 そう考えあぐねていたら、学園内の門が見えてきた。

「ん……?」

 門を潜った時、ふと勇太はきょろきょろと周りを見回した。
 何かが変わったような気がしたのだ、学園に足を踏み入れた瞬間。
 ええ……と思って、思わず門の外を出てみる。出た途端に、毛穴が広がるような錯覚を覚えた。もう1度入ってみると、その毛穴がきゅっと閉じるような気がする。

「こら、あんまり門をうろうろしていたら登校生徒の邪魔になるから」

 門の前で生徒の登下校を見守っていた風紀委員にたしなめられ、勇太は「ごめんなさいー」と言って、すたこらさっさと門をくぐって駆けて行った。
 うーん。
 走りながら、さっきの感覚を思い出す。
 何だろう、これ。学園内で毛穴が閉じて、外に出たら毛穴が開く? うーん……。
 別に本当に毛穴が開閉するんじゃなくって、気と言うか……。
 ああ、そうだ。思い出した。
 前に理事長の心を探った時は何とも思わなかったけど、1つだけおかしい事があった。
 何であの時、理事長は途中で心読んでいる事分かったんだろう。それに……。普段だったらテレパシーはあんまり使いこなせなくて、やり過ぎて余計に周りの人の心読むのに、どうしてあの時は制御できたんだろう。

「ここでは使える力、思っているより小さくなっている……とか?」

 だとしたら原因って……この学園の中、とか?
 うーん……。
 ひとまず走るのをやめ、ゆっくりと歩き直しつつ、考える。
 ああ、そうだ。その事はひとまず置いておいて、この間のデジカメの写真、まだちゃんと見てなかったから見てみよう。時間は……うん、まだ朝礼まで大分時間あるし。
 そう思うと、踵を返して図書館へと走った。パソコン室は、確か図書館の1階だと聞いたのを思い出したのだ。

/*/

 パソコン室は、流石に今の時間は人もいない。
 立ち上げると、いそいそとデジカメとパソコンを端末で繋げる。

「前の怪盗―、怪盗―」

 写真はパッと出てきた。
 シルエットはオディールの名前通り、黒鳥のよう。真っ黒な衣装で高く跳ぶ姿であった。
 画像大きくとかできないかな。ガチャガチャとマウスをいじってみる。

「んー?」

 いじってみて、気が付いた。
 怪盗自身にではない。時計塔の時計盤にである。時計盤の針の下に穴が空いているように見えるのだ。
 とりあえず時計盤の方をもう少し拡大してみると、穴が空いているのではなく、下に入り口があるのが確認できた。
 そう言えば時計塔の下は結構人が集まってたな。
 時計塔の中に来てたんだ……。
 確か盗んだのは写真部の写真だったはずだけれど、時計塔の中に部室あったんだなあ。でもそんな辺ぴな所に、何であんなにたくさんしゃべるものがあったんだろう……。
 うーん……。
 写真を拡大させてみたが、これ以上は画解度が足りなくてよく分からなくなってしまった。流石に写真を拡大させただけでは、怪盗の顔を割り出す事もできなかった。
 仕方ない。先に他に怪盗が盗んだものが何か、一応部室のバックナンバー見てから考えよう……。
 何か漏れ出ているものはないかな、そう思って一応図書館でうろうろしてみるが、特にそんな気配はなかった。
 まあ、何かが原因で力が落ちているなら仕方ないか。
 そう思って、新聞部へとテレポートした。

/*/

「小山君―、小山……あれ?」

 まだ予鈴は鳴っていないはずなのに、部室には連太はいなかった。
 人気が珍しくない部室の机に、1枚メモがある事に気が付いた。

『印刷所に行っています。御用の方はそこに書置きお願いします』

 そっか、印刷に行っちゃってるんだ。まあ仕方ないか。
 仕方なく奥にあるバックナンバー棚を漁り始めた。
 バックナンバーを集めた棚の青いケースを引きずり下ろすと、蓋を開けて中身を物色する。試し刷りの分を集めたために、修正事項やらが赤いペンで書き込まれていて、やや見辛いが、必要事項が読めない事もない。
 1番最初の事件は、今から1月程前。連太が前に言っていた通り、オデット像である。その次のは何故か食堂の鍋だった。記事に日付と番号が書かれていないが、これは試し刷りをするだけして没になった記事だろうか?

「共通点って何だろ……。全部あの声って事だけなのかな?」

 記事を読んでいると、どうもオデット像は卒業生が卒業制作として置いて行ったもの、鍋は卒業生の寄贈だと言う事は書いてある。卒業年数までは書いていないが……。
 とりあえず机に新聞部の記事の草稿がないかなと思って見てみると、連太の走り書きらしいメモが見つかった。

「『写真部の創設時代の写真を盗んで、怪盗は一体何をしたかったのか。怪盗の行動は今も謎に包まれている』……か。そっか、創設時代って事は大分古いなあ」

 共通点は、卒業生の置いて行った古い物って言う所かあ……。
 物が古くなったら付喪神になるとか言うけど、聴こえた声ってもしかするとそれかなあ?
 でも感謝されるって言うのは何でだろう?
 調べれば調べるほど、ごろごろと謎が出てくるのに、勇太は頭が痛くなった。

/*/

 放課後になって、勇太は思いつくまま学園をふらふらしていた。
 理事長の心の中の人物とは、特に出会わなかった。まあ、人が多過ぎるし仕方ないか。
 中庭に通りかかると、恋人同士がベンチで座っていたり、聖歌隊が歌の練習をしていたりと、随分と騒がしい。目に入るのは、理事長館だ。
 まあ、折角来たし、何で心を読んだ事分かったのか、探ってもいいかなあ。
 そのままふらふらと理事長館へと歩いて行った。

「こんにちはー」

 中に入ると、聖栞はポットとお菓子を入れたバスケットを持っていた。

「あらいらっしゃい。どうかした?」
「いやー、通りかかったもので」
「そう? お菓子とお茶あるけど食べる?」
「はあ……いただきます」

 栞に促されてついて行くと、理事長館の庭についた。生垣で囲まれた庭には、白いテーブルと白い椅子があり、お菓子とポットはその上に置かれた。

【理事長、前は失礼しました】
【いえ別に。ただ力を使い過ぎると、変なものに付け込まれたりするから、それだけは気を付けてね】

 栞はのんびりとお茶を注ぎ、勇太は席に座る。
 その動作の間に、短くテレパシーで会話をした。

【あのう、学園内で力を使うと弱く感じるのはそのせいですか?】
【そうかもしれないわね】

 何で「しれない?」
 栞の顔を見るが、いつかの面接の時のように笑顔で給仕をするだけだった。

<了>

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第2夜 理事長館への訪問

午後3時10分。
 本来なら生徒達はまだ授業中であり、その中うろうろしているのは大学部以上の生徒だろうが、どこにでも特例と言うものは存在する。
 新聞部は、今日も手が真っ黒になるまで原稿を書いていた。
 先日の怪盗騒ぎは、格好の原稿のネタであった。ちなみに新聞部の活動は公休扱いになり、それ目当てで入る生徒もいるが、四六時中原稿を書き続ける事に嫌気が差して辞めてしまう者も後を絶たない。
 それでも構わない生徒だけが、新聞部に所属するのである。
 ……もっとも、例外と言うものもまた、存在するものだが。

「はーい、工藤先輩―、ここ修正お願いしますー」
「えっ、ここも!?」
「はい、そうです」

 工藤勇太は、自分より小さい先輩、小山連太にこき使われて、慣れない新聞の改稿作業に追われていた。
 パソコンを使えば比較的楽に行われる改稿作業も、伝統的作業により(と言うより、新聞を印刷する機械の関係で)、手をインクで真っ黒に、時折真っ赤に染めて行っていた。
 1度タイプしたものを赤ペンで修正、修正した後写植を施す。
 おかげで新聞部はインクの匂いで充満していた。

「はいっ、お疲れ様です!」
「おっ、終わった~」

 原稿は無事、印刷室へと届けられた。
 ヘロヘロになって座り込む勇太。
 何でこうなったのか。
 思えばうっかり小山君とぶつかって原稿撒き散らしちゃったから……。
 でもなあ……。
 そう文句は出て来ても、同時にわくわくしている自分がいる事に気付く。
 あれどうやったんだろう。13時の時計の仕掛け。
 それにさっき校正作業しながら今日の新聞読んだけど、何で変な物を盗んだんだろう。
 盗まれた物が、オデット像なんて大きなものを盗んだかと思えば、写真部の写真が盗まれたなんて言うのは、随分珍妙なものだ。
 もしかすると、盗んでいるものは高価、以外にも意味があるんじゃないかなあ。
 そう考えると、学園内が妙に浮き足立っているのも分かると言うものだ。
 ふと時計を見上げると、もうそろそろ最後の授業が終わるチャイムが鳴りそうな時間だった。

「そう言えば、俺理事長館に来いって呼び出し食らっちゃったんだけど」
「あれ、工藤先輩もっすか?」
「えー、小山君も?」
「はい。あー、何でばれたんだろう……」
「ははは……」

 あれだけ自警団が騒いでたんだから、そりゃ顔割れてても仕方ないよなあと思う。
 でも変だなあ。
 迷子になる位広いのに、何であの日様子を見に行ってた生徒を全員呼び出せるんだろう?
 うーん……。
 まあ、呼び出された以上、それを蹴るのもなあ。

「あのさ、理事長館ってどこ?」
「ああ。理事長館は、中庭にあるんですよ」
「その中庭って、どっち側に進めばあるの?」
「ここからだったら近いですよー。ここを出て、時計塔を背にして真っ直ぐ道を進んだら、すぐ芝生地帯に出ますから。そこにある白い建物が理事長館です」
「ありがとうー。じゃあちょっと行ってくるよ」
「行ってらっしゃーい」

 連太にひらひらと手を振られて、ギシギシと床を軋ませて新聞部を後にした。
 新聞部が部室に使っているのは旧校舎。レンガ造りの塔と呼ばれるほどに高い他の校舎とは違い、床がいずれ外れるんじゃないかと言う位ボロボロな建物であり、唯一の彩りと呼べるものは、壁を伝う血の色をした蔦バラ位である。
 今は新聞部の部室以外は機能してはいない。

/*/

 午後3時35分。
 新聞部を出た所で、こっそりと時計塔にテレポートをした。

「うーん……」

 もうそろそろ下校時刻に入るので、時計盤までは跳ぶ事はできなかったが、時計塔の麓までは誰にも見つからずに跳ぶ事ができた。
 勇太は目を閉じて、時計塔を触る。
 昨日の出来事で残留思念が残っていないかの確認に来たのだ。
 勇太が目を閉じると、確かにあちこちに強い思念が転がっているのが分かる。
 自警団の声や、厳しい声が聴こえる。これは石頭って聞いてる生徒会長の、かな?
 その中で不可解な声が残っているのに気が付いた。

『ありがとう』
 『ありがとう』
  『ありがとう』
『帰れる。あの頃に』
 『また、やっていけるよね』

「……ん?」

 勇太は首を捻った。
 この残留思念の声は、明らかに人ではないのだ。
 しかも何で感謝なんかしてるんだ?

「まさか怪盗は、この声を探し回ってるの……かな?」

 うーん? とやっぱり首を捻るが、そろそろ面接時間だ。そろそろ新聞部に戻らないとなあ。
 まだ道覚えてないし、人がいるかもしれないからむやみに覚えてない場所にテレポートはできないし。
 折角面白くなりそうなのに、また転校は嫌だなあ。
 そう思いつつ、跳んだ。

/*/

 午後3時40分。
 連太に教えられた通りの道を辿ると、確かに見えてきた。
 あー、覚えたし今度からテレポートでショートカットできるなあ、まあ見つからないようにこっそりと、だけど。
 そう呑気に思いつつ、白い建物を探そうとしたが、探す間もなくそれはすぐに見つかった。

「でっか……」

 白い建物って言うから、てっきりもっとこじんまりとしたものだと思ってたけど。
 思ってるよりでかい建物に、少しだけ驚く勇太。
 誰でも入れるようにと言う配慮か、門は開け放たれているから入ってはいいみたいだけれど。
 とりあえず門を潜り、ベルを鳴らす。
 ほどなくして、扉は開いた。

「いらっしゃい。えーっと……あなたが工藤勇太君かしら?」
「はい……」
「初めまして、理事長の聖栞です。最近転校してきたと訊いたけど、ここでの生活は慣れた?」
「えっと、まあ。はい」
「うふふ……まあ立ち話も難だから、どうぞ奥へ」
「はい。お邪魔します」

 思ってるより若っけー。
 出てきた瞬間にこにこと笑う栞を見て、そう感想を持つが。
 同時に「怖ぇなあ」とも感想が出る。
 中に入ると、螺旋階段があり、その階段の奥に部屋が見えた。階段の上がプライベートルームで、奥の部屋が応接室とかかな?
 きょろきょろと辺りを見回していたら、そのまま応接室へと通された。
 本棚にピアノ。ソファーにテーブル。奥には冷蔵庫とガス台が備えてあった。

「じゃあそこに座ってくれる?」
「あっ、はーい」
「転校草々、どうして怪盗見に行ったの?」
「あー……やっぱり自警団とか、新聞部の事怒ってるんですか?」
「あら、もう部活に入ったの」
「あれ?」

 会話が微妙にずれてる? と勇太は首を傾げた。
 てっきり自警団にこの前追いかけ回された事が原因で顔が割れたのかと思っていたけど、違うのか?
 栞は勇太が席に着く間、飲み物の用意をしていた。冷蔵庫に入れてあった赤く透き通った飲み物をグラスに入れ、それをガムシロップを添えて持ってきた。
 その間、ちらりと勇太は栞の心を覗けないかなと試みた。
 何かが流れてくる。
 同じ顔の自分と同い年位の男子が2人、きれいな女子が1人、そして3人より明らかに幼い少女が見えた。そして……。

『あんまりその力、使っちゃ駄目よ?』
『あっ……あれ?』

 ドキリと心臓が跳ね、勇太は栞の顔を見た。
 栞はにこりと笑いながら飲み物をテーブルに並べていた。別に自分が心を読んだ事を
 しゃべっては……いないよな?
 勇太は冷や汗を掻いた。

「ハイビスカスティー出すわね。酸っぱかったらそのガムシロップ使って」
「はあ……ありがとうございます」
「? どうかした?」
「いや、その……」

 まさか心読んだ事気付いたんじゃないよな? また転校は嫌だ~。
 勇太はダラダラと冷や汗を掻きながら、冷やされたハイビスカスティーを飲むが、焦っているせいか味が分からなかった。

「もっ、もしですね、もし」
「なあに?」
「不思議な力を使った人がいたら、その……どうしますか?」
「そうねえ」

 何言ってるんだ自分。
 そう思うが、栞は首を傾げて言葉を探しているのを凝視する。

「力の使い方次第だと思うけど……。まあプライベートを暴いたり、禁術を使ったりするのは感心しないわねえ。それ以外でいい事に使うのなら、まあ放っておこうかしら?」
「はあ……」
「私だから別にいいけど、それ女の子に使ったら嫌われるわよ? 気をつけてね」
「ひっ……はい」

 やっぱりばれてた……。
 つうかこの人何だよ、何でテレパシー使ってるの分かるんだよ……。
 そう思っていたが、栞はのんびりとテーブルに何かを置いた。

「これ何ですか?」
「これ? ここの鍵。何か相談とかあったらここに来てね。まあここには自由に来てもいいから」
「はあ……」

 テーブルの上に置かれた鍵を、まじまじと見た。
 何に使えばいいんだろう、これ。そう思いつつ。

<第2夜・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122/工藤勇太/男/17歳/超能力高校生】
【NPC/小山連太/男/13歳/聖学園新聞部員】
【NPC/聖栞/女/36歳/聖学園理事長】

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■         ライター通信          ■
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工藤勇太様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥~オディール~」第2夜に参加して下さり、ありがとうございます。
今回は楠木えりか、聖栞とのコネクションができました。よろしければシチュエーションノベルや手紙で絡んでみて下さい。
また、アイテムを入手しましたのでアイテム欄をご確認下さいませ。

第3夜公開も現在公開中です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。

カテゴリー: 01工藤勇太, 石田空WR |

第1夜 時計塔にて舞い降りる怪盗

 午後10時54分。

「いたか!?」
「いや、まだ……」
「全く、新聞部の奴らは……」

 夜。
本来なら生徒達はとっくの昔に下校し、早い生徒なら既に家や寮で就寝しているであろう時刻。
 しかし、自警団は厳しくパトロールをし、学園内にいる生徒達を取り締まっていた。
 そして今も、自警団の面々は1人の少年を追いかけている所だった。

「はぁはぁはぁはぁ……」

 時計塔の近く、音楽科塔の影にたたずむ影。
 少年は息切れをしていた。
 そんなの聞いてないよ……。
 遥か先に見える時計塔を睨みつつ、胸を押さえる。
 さっきから自警団から逃げ回って、息が苦しい。

「転校初日から、ハードだあ……」

 少年……工藤勇太は、息を切らしながら、小さい先輩の事を恨めしく思った。

/*/

 午前7時30分。
 聖学園は総合芸術学園を称しており、学科だけでも6つ存在する。
 初等部からそこまで学科が分かれている事は珍しく、全国からこの学園の門をくぐりに来る生徒は多い。
 そして。

「…………。駄目だ。ここがどこか、もう分からない」

 ……この学園の門をくぐった瞬間、迷子が続出するのである。
 勇太もそんな生徒の1人である。

「参ったな、職員室に行きたいだけなのに……」

 学園の案内パンフレットを持って、あっちへふらふら。こっちへふらふら。
 職員室は一体どこなのか。パンフレットの地図部分は手汗でよれよれになっていた。
 早めに来たせいで、生徒達もほとんどいない。
 早めに来たら早めに職員室が見つかって、転校手続きもスムーズに終わるなあ……。そう思っただけだったのに失敗したかなあ。
 勇太は人気のないだだっ広い道を、途方に暮れて見回していた時だった。

「ちょっ! どいて! どいてどいてどいて!!」
「へっ?」

 あ、人の声だ。
 その人に訊いてみよう。
 そう思って振り返った瞬間。
 星と紙束が散らばった。
 勇太とぶつかった誰かは一緒にひっくり返った。

「っ痛~……て、君! 大丈夫!?」
「ててててて……すいません、原稿届けに行く所だったんですけど……」
「えっ、原稿?」
「あー!! 散らばった……終わった……今日の号外……」

 ぶつかってきてへこんでいるのは、キャスケットを被った少年だった。
 勇太は飛び散った紙の一部を拾うと、それは確かに活字で書かれ、写真の配置された新聞の原稿のようだった。

「ごめん……これ全部集めればいいの?」
「はい……あ、すいません、急いでください。印刷まであと10分」
「げっ!!」

 かくして、道に散らばった原稿を拾い集める事となった。

/*/

 午前8時10分。

「号外―! 号外―!! 怪盗の記事だよー!!」

 無事原稿の印刷は終わり、刷ったばかりの学園新聞を配る新聞部。
 キャスケットの少年は小山連太と言う、新聞部に所属する中等部の生徒だった。

「すみません、手伝ってもらって」
「いや、俺のせいで新聞出なかったら困るんだろ?」
「はい……」
「でもさあ。この新聞の怪盗って何?」
「あれ? もしかして先輩知りません?」
「知りませんも何も、俺今日初めてここに登校したばかりだし……」
「あぁー、なるほど」

 連太は号外を広げて見せる。
 そこにはバレリーナの影が塔と塔の間を跳ぶ姿が映っていた。

「これが、怪盗オディールです。最近学園を騒がしているんですよ」
「ふうん……何盗んだとかあるの?」
「騒ぎの元凶はそうですね……学園パンフレットの写真」
「あっ、これ?」

 ちょうど学園パンフレットの表紙には、卒業生が作ったとされるオデット像が映っている。勇太も地図として使用していた物だ。

「それ。その怪盗オディールに盗まれちゃったんですよ」
「えー、これを……」
「おかげで生徒会長はカンカンでして、それで学園内で捕まえるとか何とか言っていますね。今じゃ怪盗オディールは何の目的で物を盗むのかって、推理ゲームが展開されてるって次第です」
「なるほどねえ……」

 勇太はその写真を見る。
 うさんくさいなあ……。それが第一印象だった。
 こんな写真ならパソコンでいくらでも合成できるし。でも生徒会が騒いでるって言うのはただ事じゃないのかな、どうなのかなと、そう思ってしまう。
 勇太は新聞を畳みつつ連太を見る。

「それって、俺も参加できるの?」
「まあ別に申請するものでもないですし、先輩が参加したいならお好きにどうぞ」
「ふうん」
「で、物は相談ですけど」
「何?」
「怪盗の写真。できれば近距離で欲しいなぁ……とか思うんですけど。どうでしょう?」
「え?」
「先輩、転校生なら職員室に行かないと駄目ですよね? 自分案内しますよ? 新聞部に入ってくれるなら……ね?」

 あれ? 俺何気に選択肢ないぞ?
 連太がにこっと笑うのに、思わず勇太は苦笑いで返した。

/*/

 午後9時45分。
 勇太と連太は待ち合わせをして時計塔に向かっていた。

「いいっすか? 怪盗の写真を撮って下さい。できるだけ近くだと嬉しいです」
「で、それって時計塔に出るんだよね? でも13時って一体……」
「9時に出る時もあれば、12時に出る時もあります。13時って言うのは、まあ「一体いつ出るんだ」って悩ませるためのでしょ」
「まどろっこしいなあ……」

 連太が首から大きめのカメラをぶら下げているのに対し、勇太は普通のデジカメである。
 まあいざとなったらテレポートで写真撮って帰ればいいし。でも見つかるのは困るなあと考える勇太。そもそも時期外れで転校したのも、超能力者だとばれて騒がれ過ぎ、前の学校にいられなくなってしまったからである。

「で、小山君はどこで撮るの?」
「ちょっと1人じゃないと撮れない場所です」
「って、俺はどうすれば?」
「んー……」

 ちらっと連太は後ろを振り返る。
 そう言えば向こうから足音が聴こえてくる。

「時計塔は、この筋を真っ直ぐ行けばすぐ着きますが、そこには自警団が張っていますから、気を付けて下さいね」
「えっ、でも俺まだここ土地勘働かな……」
「じゃあ頑張っていきましょう!!」

 そのままどんっと勇太は連太に背中を叩かれた。
 何でそんな殴るの……と思っている先にさっさと連太は行方をくらませてしまった。
 そして。何で連太が逃げ出したのかを悟った。

「ここで何をしている!?」
「ひっ!!」

 軍服のような同じ服を着た生徒達がこちらを睨んでいる。
 さっき小山君も自警団がどうのとか、生徒会がこうのとか言っていたけど、まさかそれ?
 こんな所でテレポートする訳にもいかないし、だからと言って転校初日で問題起こす訳にも……。
 となったら、答えは1つしかない。
 確かここ真っ直ぐ行ったら、時計塔だよな。
 そう覚悟を決めると。

「すいません、新聞部です! ちょっと取材です! それじゃあ!!」
「って、何だ! 新聞部! ちゃんと許可を出せとあれほど……!!」
「すいません知りませんでしたさようならああぁぁぁ!!!!」
「待て!!」

 オトリとして使うなぁぁぁぁ!!
 連太を恨めしく思いながら、勇太は走る事にした。

/*/

 午後10時59分。
 こうして、自警団に散々追いかけ回され、ようやく人目の付かない場所に飛び込む事ができた訳である。
 1時間とちょっとも追いかけ回すなんて、自警団って体力馬鹿しかいないのか……。
勇太はへばっていた。
 目的の時計塔はあれだけど……。
 あそこに現れるって、どこに現れるんだろう?
 ここからだと時計塔の文字盤しか見えず、針はそろそろ11時を刻もうとしているばかりに見える……。

「ん……?」

 目をごしごしとこすった。そしてもう1度見る。
 見間違いじゃない。針は、高速回転をしていた。
グルグルグルグルグルグル。5分。10分。15分。
 やがて時計の針は、12時を過ぎ、さらに、5分。10分。15分……。
 そこで勇太は気がついた。
 長針が1周した瞬間、12のあったはずの数字が、変わっていたのだ。
 1から12までの数字が少しずつずれ、13の数字が出現したのだ。12のあるはずの位置に、13が。
 やがて、針は止まった。
 長針も短針も、ぴったり空の上を見て。

 カーンカーンカーンカーンカーン

 雲隠れした空は、急に晴れ渡り、月の光が眩しく感じた。
 その月明かりの下、時計の針の上に、何かが降りてきたのが見えた。

「あれが、怪盗オディール……? 本当に、いたよ……」

 パンフレットに載っていたオデット像。
 あの格好をちょうど真っ黒に色付けし、鼻から上をすっぽり隠す仮面を被った少女。
 勇太は困った末、一応デジカメの照準を合わせて撮った。
 口元には、笑みを刻んでいた。

<第1夜・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122/工藤勇太/男/17歳/超能力高校生】
【NPC/小山連太/男/13歳/聖学園新聞部員】

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■         ライター通信          ■
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工藤勇太様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
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海の家【マドモアゼル・アクア】~虹色の扉~

1.
 夏の太陽がギラギラと輝く。砂浜が熱い。水着からほっそりと伸びる白い足が眩しい。
「勇太君、ラーメンと焼きそばとおでんとフランクフルト。どれがいい?」
「‥‥一緒に行くよ」
 SHIZUKUに無邪気に顔を覗き込まれて、工藤勇太(くどう・ゆうた)は少しバツが悪そうに笑った。
 この夏、思うところあって海にSHIZUKUを誘ってみた。2つ返事でOKを貰った。
 決心が胸の中にあった。もしかしたらSHIZUKUと過ごすのは最後になるかもしれないと‥‥。
「‥‥ていうかさ、アイドルがそんなに肌出していいのかよ? 日焼けするぞ」
「日焼け止めは塗ってあるよ? 夏に海来て、可愛い水着見せびらかすのは女の子の特権でしょ」
 ふふんと鼻で笑うSHIZUKUは、とてもアイドルとは思えない。普通の女の子だ。
 ひらひらとした可愛らしい水着はSHIZUKUにとても似合っている。
「‥‥馬子にも衣装」
「なんですってぇ!?」
 そんなじゃれ合いをしつつ、海の家に‥‥
「え? ‥‥え!?」
 思わず絶句した勇太。目に飛び込んできたどぎつい看板に嫌な予感がよぎる。
 【海の家 マドモアゼル・アクア】
「イエス! 海の家デ~ス♪」
 暑苦しいピンクの長い髪を揺らしながら、バカでかい麦藁帽をかぶった謎の人は大きな声で客を呼び込む。
「よってらっしゃ~イ、見てらっしゃ~イ! 海の家においでヤす~♪」
 いつかの夏の思い出が脳裏に鮮明に思い出される。
「あ、怪しすぎる‥‥」
「もしかしてヤドカリが出てくるのかな?」
 勇太の視線に気が付いたSHIZUKUも警戒している。見覚えのある謎の人‥‥確か名前はマドモアゼル都井。
 何となく関わっちゃいけない系の人だと思う。しかしあいにく海の家はここしかないようだ。
 店の手前にあるのはお馴染みレンタルアクア用品。浮き輪に足ヒレ‥‥それはいい。それよりも気になるのはそれに紛れてなぜか大きな人間ほどの魚が横たわっている。さらに奥に行くと普通の桟敷席。更衣室、シャワールームとあって、さらに奥に謎の色とりどりな扉が‥‥?
 ふと、勇太の肩にふわっと何かが触れたような気がした。
「‥‥あれ? 人‥‥違い?」
 振り向くとそこには見覚えのない青年と、その横にちまっと一見にして双子と分かる少女たちが佇んでいた。
「お兄ちゃんじゃないですね~」
「うん、お兄ちゃんじゃないね~」
 双子にそう言われて頭の上に盛大に『?』が乱舞する勇太に、青年が首を傾げている。
「‥‥音が似てるんだけどなぁ」
「??」
 青年は何かを考え込むように、目を瞑ってしまった。
「このお兄さんは八瀬・葵(やせ・あおい)っていう名前だよ。私は山丹花(さんたんか)っていうの」
「山茶花(さざんか)です。姉とお兄ちゃんを探しています」
 双子がぺこりとお辞儀をした。双子ならではのタイミングばっちりなお辞儀に勇太も思わず礼を返した。
「あれ? 工藤さん?」
「勇太?」
 聞き慣れた声がした。金髪のメガネ美人と咥え煙草のメガネ中年がこちらに歩いてくる。
「セレシュさん、草間さん!?」
「偶然やねぇ。デート?」
 セレシュ・ウィーラーがニコリと笑ってど直球ストレートをかます。その隣で探偵・草間武彦(くさま・たけひこ)がにやにやしている。
「ち、ちがっ!」
「違います!」
 否定する勇太の隣、SHIZUKUからも強い否定の言葉が出て勇太は少しだけ傷ついた。
 そこまで強く否定しなくてもさ‥‥。
「オゥ!? 団体様ですカ? 団体様ですネ!?」
 ワイワイと話し込んでいた勇太たちにマドモアゼルが顔を輝かせて近寄ってきた。
 しまった! 知り合いに会って気が緩んでいた!
「団体様なら個室にご案内いたしまショー! 虹色の扉にご案内デース♪」
「え!?」
 多勢に無勢‥‥という言葉が全く通じないマドモアゼルに背中を押され、勇太たちは虹色の扉に押し込まれたのだった‥‥。

2.
「いってててて‥‥」
 押し込まれた拍子にこけてしまった。
 真っ暗な部屋の中、一寸先も見えない闇。みんな無事だろうか?
 手をついて起き上がろうとすると、ぐにゃっとした感触に「うわっ!」と声を上げて思わずのけぞる。
 このパターンは‥‥まさか、彼女の胸に触っちゃうパターンか!?
「‥‥やっぱり同じ音なのに‥‥」
 勇太の期待を裏切るように、聞こえてきたのは葵の声だった。
「うわぁ、すみません! 大丈夫ですか?」
 謝る勇太に、葵の声はどことなくのんびり返ってくる。
「‥‥ここ、音がしないね」
「え?」
 勇太は喋るのをやめて耳を澄ませる。‥‥確かに、痛いくらいの静けさがそこにある。
「さっき居た場所とは違うところみたいです」
 少女の声。これは双子の声だ。ただ、どちらの声かまではわからない。
「‥‥俺と、あんたと、その子の3人しかいないみたいだ」
「!? SHIZUKU? セレシュさん!?」
 勇太は叫んでみたが、2人から返事はない。
「『その子』じゃなく、山茶花です。‥‥困りましたね」
 こちらもどこかおっとりとした口調だ。
「あ、俺『工藤勇太』です。‥‥って、冷静ですね、2人とも」
「そんなことないです。巴‥‥山丹花ちゃんを探さないといけませんから」
「‥‥音がない空間は悪くないけど、落ち着かないね」
 冷静な口調で返されて、勇太はやや冷静さを取り戻した。
「ひとまず、どうにかしてここから出ないと」
 勇太はそう言って辺りを見回したが、辺りは闇。そこにいるはずの山茶花や葵の姿すら確認することはできない。
 この状態で使える能力は‥‥テレポート?
 しかし、それでは葵と山茶花を置いていくことになる。
 だとすると、サイコキネシス?
 何を動かすんだ? 動かせるものがあるのかもわからないのに?
 考えれば考えるほどドツボにハマる。SHIZUKUの安否が気になるのに‥‥!

3.
「‥‥迷路に迷った時は壁を見つけて、それに手を添えて一方向に歩くといいんだって」
 葵の声が聞こえた。迷路? この暗闇が?
 すると、山茶花が少し嬉しそうな声を上げた。
「まずはみんなで手を繋ぐのはどうでしょう? そしたら少し心強いですよね」
 女の子と手を繋ぐなんて‥‥そんな言葉が頭をよぎったが、今は非常事態。きっと許されるはず!
「よし。そうしよう」
 闇の中、お互いの声だけを頼りに3人は手を取り合った。
 暗闇の中を壁を探して彷徨う。四方八方暗闇で、落とし穴があっても気が付かないかもしれない。それでも、じっとしているよりはましだ。
「あ、壁がありました」
 山茶花の声に、勇太も手さぐりにその壁を見つける。
「‥‥音が吸収されるね」
 多分同じように壁を触ったであろう葵がそう言った。
「この壁壊したら外に出られるかな?」
 勇太も壁を叩いてみたが、叩いた音すら吸収する壁に、少し不安になる。こんな壁は今まで見たことがない。
「壁の向こうも壁‥‥ということは、ない気がします」
 山茶花の声に勇太は試してみることにする。
「山茶花ちゃん、葵さん。少し後ろに下がって」
 手を引っ張って2人を壁から下がらせた後、勇太は力を集中させた。
 壁だって物質だ。これにサイコキネシスの力を使えば、壊れるかもしれない。
「‥‥音が早くなった」
 葵の声が聞こえた気がしたが、勇太はそのまま壁に集中をした。

 ピキッ

「光が!」
 明るい光が暗闇に慣れた目に刺さる。それは希望の光。
 さらに勇太が集中すると、その亀裂は大きくなり、光は世界を包み込む。
「‥‥いろんな音が溢れてきた」
 境界はどこだったのか。あの壁はどこに行ったのか。
 光に慣れた目に映ったのは‥‥波に戯れるSHIZUKUとセレシュ、双子の片割れ。
「どこに行ってたんだ!? 探したんだぞ!」
 そして、草間の顔だった。

4.
「ソーリーソーリー! お詫びにこちらのBBQをご提供いたしマース!」
 あくまでも『不慮の事故』と言い張ったマドモアゼルは、魚の肉がたっぷりのBBQセットを用意してくれた。
 店に戻っていくマドモアゼルを背に火の番を買って出た勇太は、魚を焼きながらSHIZUKUの無事にホッとしていた。
「‥‥あんま食べる気せんけどな」
 セレシュが苦笑いをしている。何かあったのだろうか?
 とりあえず、食事をしながらお互い扉に入った後の状況を交換してみたが‥‥どうも不可思議だった。
「じゃあ、そっちは扉に入っても別に変わりなかったってことですか?」
「そそ。まぁ、少々人魚的なハプニングはあったんやけど」
 セレシュがちらっと山茶花と共に波打ち際に遊ぶ山丹花を見る。人魚的‥‥??
「まぁ、とりあえず元に戻れてよかったじゃないか」
 草間が呑気にそう言う。どことなく機嫌がよさそうだ。
「‥‥草間さんは水難事故の依頼が解決したんで、気が大きゅうなっとるんよ」
 ひそひそっとセレシュが耳打ちした。なるほど。草間はここに依頼で来ていたのか。
「BBQがタダで食べれるんだし、結果オーライじゃない?」
 SHIZUKUが勇太の肩を叩く。心配したのに、SHIZUKUは何ともないような顔をして魚を一切れ取っていく。
「あのさ、これからもしなんかあったら‥‥俺が出来ることであれば、助けに来るから‥‥俺を呼べよ」
 勇太はこそっとSHIZUKUの耳元で囁いた。セレシュにも草間にも聞かれないような小さな声で。
「‥‥う、うん」
 SHIZUKUが返事をして、魚を食べた。その頬はほんのり赤くて‥‥。
 少し、カッコつけすぎたかな。
 目が合うとSHIZUKUは、赤くなりながらもにっこりと笑った。それに釣られて勇太も笑う。
 ぐぅ~とお腹が鳴った。それでようやく勇太もお腹が空いていることに気がついた。
「俺も食べよっかな」
 そう思い、さらに魚を一切れのせた時、後ろから声を掛けられた。
「オー!? 美味しそうなお魚ですネ~?」
 振り向けば‥‥マドモアゼルがいた。やっぱり笑っていた。
「美味しそうって‥‥今、あんたが今持ってきて‥‥?」
 そして勇太は見てしまった。

 マドモアゼルの肩越しに、店の中に入っていくもう1人のマドモアゼルの姿を‥‥。

「ここはもしかして‥‥」
 セレシュが草間の首根っこを引っ付構えて、店の奥に消えていったマドモアゼルを追う。
「何かありましたカ~?」
 目の前のマドモアゼルが首を傾げて不思議そうな顔をしているが、それに答える気分ではなかった。

「‥‥勇太君、助けてくれる?」
 SHIZUKUの言葉に、勇太は苦笑いしながら頷いた。 

■□  登場人物(この物語に登場した人物の一覧) □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男性 / 17歳 / 超能力高校生

 8538 / セレシュ・ウィーラー / 女性 / 21歳 / 鍼灸マッサージ師

 8757 / 八瀬・葵 (やせ・あおい) / 男性 / 20歳 / フリーター

 8721 / ―・山丹花 (ー・さんたんか) / 女性 / 14歳 / 学生

 8722 / ―・山茶花 (ー・さざんか) / 女性 / 14歳 / 学生

■□        ライター通信         □■
 工藤勇太 様

 こんにちは、三咲都李です。
 この度は『海の家【マドモアゼル・アクア】 - 虹色の扉 -』へのご参加ありがとうございます。
 SHIZUKU指定のほんのりラブな感じで、このオチか‥‥的状況へ。
 きっと皆さんで力をあわせて脱出できたと信じております。えぇ。全力で。
 少しでもお楽しみいただけたなら幸いです。
 ご参加ありがとうございました!

カテゴリー: 01工藤勇太, 三咲都季WR |

とあるネットカフェの風景~分かれ道、けれど道は続く~

1.
 4月。3度目の高校の春を迎えた。
「勇太、また同じクラスだな!」
「おう」
 工藤・勇太(くどう・ゆうた)の前を、いつもと変わらぬ面子が通り過ぎていく。
 いつもの風景だ。見慣れた平凡な日々。
 部活は上級生になったから、アドバイスをくれる人がいなくなったけど後輩も入ってきてなんとか先輩っぽく振舞っている。
 SHIZUKUは相変わらず忙しそうなのに、相変わらずネカフェに拠点に置いてへんな噂を探している。‥‥そして、ガセだってわかると地団太踏んでる。
 勇太はそんな日常を笑顔で過ごしていた。
 穏やかな日々にずっと憧れを抱いてきた。それは、今ここに有る。
 くだらないことで笑って、些細なことで喧嘩して、缶ジュースで仲直りして。
 この先の未来でもこうして『普通』でいられることを望んだ。 
 『普通』でない勇太には『普通』であることが、夢であった。
 友達は取り留めもなく話す。大学の話。就職の話。彼女やバイトや遊びや勉強。どれもこれもが漠然とした未来の話だったけれど、友達の前にあるのは間違いなくその道だった。
 でも、勇太には未来への道がよくわからなかった。
 見えないわけじゃない。望めば手に入るのかもしれない。
 けれど『普通』の中にいてなお、自分の能力を使ってしまう。『普通』を自分で手放している自分がいる。
 それが最善だった‥‥そう言い訳しても、自分で自分は騙せない。
 『特別』な力を行使する自分が嫌だった。イライラする。
 時間は確実に流れていく。

 俺の未来はどこにあるんだろう‥‥?

2.
 ある日、SHIZUKUからメールが届いた。
 コンサートのチケットをネカフェに預けたから、という連絡だった。
 初めてコンサートのチケットを貰って以来、SHIZUKUは何度かこうしてコンサートのチケットを渡してくれた。
「‥‥『ライブハウス』?」
 チケットに書かれたコンサートの詳細を見て、勇太は思わず首をひねった。
 今まで貰ったチケットは、いつもそれなりに有名なところだった。
 なのに、今回はライブハウス? 大きなホールが押さえられなかったんだろうか?
 違和感を感じながら、約束の日にコンサートの会場へ向かった。

 ライブハウスはぎっしりと人がいた。
 けど、いつもと雰囲気が違った。入っていた客が今まで見てきたSHIZUKUのコンサートに来ているような服ではなく、明らかにパンク系であったり、ロック系の少し近寄りがたい服だった。
 1人や2人なら個人の自由、と流すこともできただろうが、客の大半がそんな感じだったので勇太は居心地の悪さを感じた。
 ドリンクを貰って、適当な位置に陣取る。
『ビーーーーッ』
 けたたましい音と共に、舞台の照明がつく。舞台袖から出てきたのは、SHIZUKUではなかった。
『いえー! 野郎ども、今日は俺らのライブに来てくれてサンキューな!』
「‥‥え?」
 勇太は目をこする。何度こすっても舞台に立っているのはSHIZUKUではない。
 観客たちは熱狂し、ジャンピングしながら舞台の上で踊り歌うロッカーたちと熱唱する。
 勇太はチケットの半券を取り出した。日時も、場所も、SHIZUKUの名も‥‥間違っていない。
 じゃあ、俺が見ているのはなんなんだ?
 混乱する頭で考えるうちに、ロッカーたちは歌い終わって手を振りながら舞台を降りていく。
 そして、照明が明るい黄色に変わると元気な聞き慣れた声が聞こえた。
『SHIZUKUでーす! 会いたかったよーー!!』
 跳ねるように舞台に上がったSHIZUKUに勇太はようやくホッとした。
 けれど、大半の観客はそんな勇太とは裏腹に歓声を上げるでもなくドリンクへと流れていく。
 SHIZUKUが頑張ってんのに、なんでお前ら呑気に飲み物飲んでんだよ。
 内心ムカッときながらも、勇太はSHIZUKUに目をやる。
 それほど広くないライブハウスの中、探すのは容易だったのだろう。
 勇太と目が合ったSHIZUKUは、にっこりと笑って小さくウィンクした。

 ‥‥余裕あるな。

 勇太は苦笑いで小さく手を振った。

3.
「来たねー!」
 コンサートが終わった舞台裏。勇太はいつものようにSHIZUKUの元を訪ねた。
 嬉しそうに笑うSHIZUKU。そこは他の舞台出演者と同じ楽屋であった。
「よう」
 他の出演者からの視線が痛い。妙な居心地の悪さを感じながら、勇太はSHIZUKUの近くの椅子に座った。
「‥‥こういうとこでも、やるんだな」
 小さな声でそう言うと、SHIZUKUは少し驚いたようだったがすぐに微笑んだ。
「そりゃあ、やるよ。あたし、まだまだ知名度低いから」
 自嘲したように笑うSHIZUKUに勇太は少しうろたえた。いつもの自信がありげなSHIZUKUとは思えなかった。
「充分だと思うんだけどな」
「そんなことないよ。東京周辺ではそこそこ知られてるけど、まだまだだよ。目指すは全国的オカルトアイドルなんだから」
 にこっと笑って、SHIZUKUは小物やら衣装やらを片付け始める。それでも、口を動かすのは止めない。
「ファンの人がさ、たまにおっきな会場を提供してくれるからおっきなコンサートできるけど、ホントはそんな立場にないもん。いつか自力でおっきなコンサートやるの。テレビにも出たいな。あ、オカルト番組のMCとかもやってみたいな~」
 楽しそうにそう話すSHIZUKUに勇太もなんだか楽しい気分になる。
 こいつ、本当に楽しそうだよな。
 迷わず道を突き進もうと努力するSHIZUKUは、勇太には眩しく感じられた。
「ぷ。オカルトアイドルとか‥‥ガキんちょ‥‥」
 誰かの嘲笑の声が聞こえた。楽屋にいた共演者のうちの誰かの声だった。手が止まったところを見るとSHIZUKUの耳にも聞こえたようだった。わずかにその指先が震えている。
「誰だよ、今の!」
「いいから、勇太君!」
 勇太を制止し、SHIZUKUはさらに急いで荷物をまとめた。
「あの、今日はお疲れ様でした。ありがとうございました」
 深々と礼をして、SHIZUKUは楽屋を後にしようとした。
 その時、勇太は目の端にきらりと光るものを捕えた。その光るものはまっすぐにSHIZUKUへと向かってきた。
「!」
 手でそれを防ごうとしたSHIZUKUを庇うように、勇太はSHIZUKUを自分の後ろに隠した。
 投げられた光るそれは勇太に当たる寸前に、何か別の見えないものに当たって床に落ちた。開封前の缶ジュースだった。
「あ‥‥れ? 今当たった??」
 ざわつく楽屋に、勇太は一瞥をくれた。
「今のが当たってたら、投げたヤツ傷害罪だな。‥‥次はないと思えよ?」
 鋭い視線を残して、勇太はSHIZUKUを連れ出した。
 SHIZUKUに怪我がなくてよかった。
「ありがと。勇太君。でも、無茶しないでよね」
 申し訳なさそうなSHIZUKUだったが、嬉しそうな笑顔だった。

 能力をまた使ってしまった。それはひどい背徳感だった。
 でも、こうして誰かを救う事が出来るのなら‥‥やっぱり能力は俺にとって必要なんじゃないだろうか。
 誰かが傷つくのを見て見ぬ振りして能力を封印してしまうより、誰も傷つかない方がいいんじゃないのか。
 それは、俺が決断するべき道じゃないのか?

4.
 秋、勇太は国際空港のロビーにいた。
 学校には転出届けを出した。転出先はアメリカの高校。‥‥表向きは。
 勇太はIO2に入る事を決断した。
 自分にしかできない事をするために、日本を離れる決意をした。そのための研修を受けに渡米するのだ。
 学校の友人はみんな寂しそうだったが、カラオケで送別会をしてくれた。
 SHIZUKUにも留学するのだと伝えた。ただ、いつ行くとは伝えなかった。
 『普通』の俺と友達になってくれたSHIZUKUに会うと、決心が鈍りそうだった。だから、黙って旅立とうと思った。
「そろそろ行くかな」
 荷物を持って、ベンチを立つ。いつ日本に戻れるかはわからない。
 少しだけ訪れる郷愁の気持ちに、勇太は目を瞑る。

 バコッ!!!

「っ!」
 突然目の中に星が飛んだ気がした。‥‥実際は何かで頭を殴られた。
「みーずーくーさーいっ!」
「!?」
 思いもよらぬ声に頭を押さえて振り向くと、ちょっと怒ったような顔をして立つSHIZUKUがいた。
「な、なんでSHIZUKUがここにいるんだよ!?」
「アイドルの情報網、舐めないでよね」
 腕組みしてふぅっとため息をついたSHIZUKUは、いつものように笑う。
「友達の旅立ちの日なんだから、見送りたいじゃない」
 勇太の持っていた荷物をひったくり、SHIZUKUは「送ってあげる」と勇太と一緒に歩き出した。
「アメリカで何するのかわかんないけど、途中で放りだしちゃダメだよ? 愚痴ぐらいは聞いてあげてもいいけど、挫折して帰ってきたら許さないからね」
「許さないって‥‥具体的には?」
「え!? そ、それは‥‥コンサートのチケット、もうあげない!」
 いつもの会話。最後までSHIZUKUは『普通』に勇太に接してくれる。
「じゃ、ここでいいよ」
「帰ってくるときは、連絡ちょうだいね。いってらっしゃい」
 SHIZUKUは最後まで笑顔だった。

 タラップを踏みしめる。秋の風が優しく頭を撫でる。
 ‥‥IO2に入ればおそらく二度と『普通』には戻れない。
 けれど、その『普通』を守るために勇太は選択した。

 この力で誰かを救えるなら、これが俺の『運命』だ。

■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男性 / 17歳 / 超能力高校生

 NPC / SHIZUKU (しずく) / 女性 / 17歳 / 女子高校生兼オカルト系アイドル

■         ライター通信          ■
 工藤勇太 様

 こんにちは、三咲都李です。
 この度はご依頼いただきまして、ありがとうございます。
 人生の岐路、若者は悩みがいっぱいですね!
 でも、その選択に後悔しないでいただきたいなと思います。
 少しでもお楽しみいただければ幸いです。

カテゴリー: 01工藤勇太, 三咲都季WR |

とあるネットカフェの風景~クリスマスにキミと~

1.
 何度となくその扉を開く。
 しかし、見まわしてみても今日も彼女の姿は見当たらなかった。
「忙しいのかな…」
 がっかりした気持ちはあるものの、自分が来る時にいつだって彼女がいる訳じゃないことはわかっている。
 約束しているわけじゃないんだし…。
 工藤勇太(くどう・ゆうた)はこれまた何度となく開いたスマホの画面を開く。
 登録してある彼女のメルアドを開くと、そこで手が止まる。
 彼女…SHIZUKUとは偶然オカルト関係で知り合い、少しずつ友達になった。
 11月の学園祭には執事喫茶に招待して…あぁ、まぁ、それはあんまり思い出したくないな。恥ずかしい。
 なんだかんだ言って気の合うヤツだなと、勇太はそう思うようになっていた。
 だから、その延長線でちょっとクリスマスの予定を聞いてみようと思っていた。
 …やましい気持ちはない。ちょっと友達とクリスマスに遊びたいだけだ。
 なのに、なぜか毎回メールの送信ボタンを押すのをためらう。
 なんでだろう?
 文面はシンプルにただひとつ。

『クリスマス、なんか予定ある?』

 ただそれだけのメールなのにな…。
 モヤモヤとした心のなにかが、そのメールを送るのを拒んでいる。
 友達に予定聞いて何が悪いんだ?
 自問自答して大きく深呼吸すると、勇太は「よし!」と気合を入れて送信ボタンを押した。
 『送信中』の文字が画面に踊る。…これでよかったんだろうか?
 またモヤモヤとした気持ちが湧き上がって、今更ながらにメールを送ったことに後悔してみた。
 だが、時すでに遅し。
 画面には『送信完了』と表示された。
「…だ、大丈夫だよ…な…」
 別に悪いことは何もしていないのだが、スマホの画面に向かって思わず疑問形の言葉が浮かぶ。
 返事、来るんだろうか?
 そんなことを思いつつ、スマホをポケットに戻そうとしたところでメールの着信音が届いた。
「!?」
 慌ててスマホを見ると、それはSHIZUKUからだった。
 まさかこんなにすぐにメールが返ってくるとは思わず、慌ててスマホを操作してメールを開く。
 SHIZUKUからのメールは、彼女らしい元気なメールだった。

『ひっさしぶり~!
 クリスマスはね、コンサートやるんだ
 年末年始はそのコンサートツアーで潰れちゃう感じだよ(^^;
 なに? もしかして何かいいネタ仕入れた??』

 メールにも拘らず、SHIZUKUの声が聞こえるようで思わず頬が緩んだ。
 しかしその内容に少し肩を落として、勇太は返信を打つ。
『いや、暇だったら遊ばないかなと思っただけ
 コンサート、頑張れよ。仕方ないから、見に行くよw』
 今度は送信ボタンを迷わず押した。期待した答えは返ってこなかったけれど、久しぶりにメールとはいえ会話できたことが嬉しかった。
 勇太のメールに、またすぐに返事は来た。

『来てくれるならチケットあげるよ!
 どうせなら、いい席で楽しんでよね♪w』

2.
 電車は、コンサート会場のある駅へ近くなればなるほど人が増えていく。
 駅に着くころには満員で、雪崩のような人ごみに押し流されながら勇太はコンサート会場へと向かった。
 迷うことはなかった。人の流れは全てコンサート会場に向かっていた。
 …なぜわかったかというと、人々がSHIZUKUの顔入り缶バッチやら団扇やらを身につけていたからである。
 意外と人気あるんだなー…。
 そんな実感の沸かないまま、コンサート会場へと流れ着いた。
 コンサート会場はそこそこ有名なホールで、会場の周りには『チケット譲ってください』と書かれた段ボールを掲げ持つ者も少なからずいた。
 ふと、手元のチケットを見る。
 メールを交わした後、ネットカフェにコンサートチケットを預けたというSHIZUKUからのメールの通りに勇太はチケットをSHIZUKUから受け取った。
 小さな紙きれ1枚。勇太はありがたく受け取ったのだが、あとから値段を調べてびっくりした。
 コンサートチケットは結構財布に打撃を与えるような値段だった。
 あのダンボールを掲げる人たちは、さらにその値段の倍で買うという。
 …すべてはSHIZUKUのコンサートで、SHIZUKUに会いたいがために…。
「………」
 チケットを大事にポケットにしまって、入り口が開くのを待つ列へと並ぶ。寒空の下で、みんなSHIZUKUに会いたくて待っている。
 なんだか俺って実はすごい奴と知り合いだったんだろうか?
 こんなにたくさんの人が彼女1人のためにここに集まり、ステージの上の彼女を見に来ている。
「ただいまより、開場します。前の人を押さないようにゆっくりご入場ください!」
 メガホンを持ったスタッフジャンパーを着た男がそう叫ぶと、ゆっくりと列が流れ出した。
 勇太も、その列の流れに沿って会場に入っていった。

 会場内は外が冬などということを忘れそうなほどの熱気に包まれていた。
 まだ幕も上がっていない状態だというのに、客席を埋め尽くすファンたちは其々にSHIZUKUのファングッズを手に持ちながらウォーミングアップする。
 なんだか自分だけ席に座って待っているのがおかしい気がしてきた。
 俺、ここにいていいの?
 そんな不安が巻き起こるが、ここで席を立つのもおかしな話だ。
 こういう時はスマホに逃げていよう。そうしよう。
 スマホを取り出して、適当にマナーモードにしたり天気予報なんかを見たりと間を潰す。
『ブーーーーーーッ!』
 突然会場に響き渡る大きなブザー。その音と共に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
『みんな! 用意はできたかな!?』
 その瞬間、会場全体が揺れるような大歓声が上がり、思わず勇太は身をすくめた。その大歓声が呼んだかのように光の渦が巻き起こり、華やかな舞台の幕が上がる。
『みんな、元気だったー? 会いたかったよー!!』
 光の舞台の中にいるのはSHIZUKUだ。ふわふわとした衣装を身にまとい、マイクを持って舞台から呼びかけてくる。
 あれは…俺の知っているSHIZUKUなんだろうか?
 勇太は目をパチパチと瞬かせて舞台を食い入るように見る。
 大歓声にも消されぬ彼女の歌声と、オカルト話と、ファンへの笑顔。
 どれもこれもが勇太の知るSHIZUKUであり、また、SHIZUKUとは違う。
 ホントに…アイドルなんだな。
 そんなことを改めて突き付けられて、勇太は席から動けずずっと座って見ていた。
『今日は本当にありがとう! 次がラストの曲だよ!』
 SHIZUKUのその声に勇太はハッとした。
 何となく…今日はこのまま帰った方がいい気がした。
 忘れ物がないかを確認して席を立とうとした時、勇太は腕を掴まれた。

3.
「工藤勇太さんですか?」
 腕を掴んだ女性はそう訊いた。
 誰だ? と思いながら、勇太が頷くと女性は勇太の耳元で早口に説明をし始める。
「わたくし、SHIZUKUのマネージャーをしております。SHIZUKUより工藤勇太さんがこの席にいたら楽屋の方へ連れてきてほしいと頼まれています。一緒に来ていただけますか?」
 予想外の出来事に、勇太は思わず聞き返した。
「俺が? 行っていいんですか?」
「はい。是非」
 ニコリと笑う女性に、勇太はハッと我に返った。
 俺、今帰ろうとしたところなのに…。
 しかし、女性は勇太の問いを肯定ととらえたようで、勇太の腕を取ると素早く移動を開始した。
 あれよあれよという間に会場を出て、バックヤードへと入っていく。バックステージパスなんて、初めて見た。
 ステージではアンコールの歓声の後、SHIZUKUの歌声が響く。
 それをステージ脇から勇太は見る。先ほどまでいた会場を全く違う方向から見ることになるとは…。
「このアンコールが最後になります。もう少しお待ちください」
 女性はそう言うと、楽屋へとSHIZUKUの楽屋へと勇太を案内した。
 ごちゃっとした様々な小物や衣装が乱雑におかれた部屋、華やかな舞台の裏での大変な苦労が垣間見える。
「あまり見ないであげてくださいね。SHIZUKUも一応女の子ですから」
「え、あ! す、すいません…」
 マネージャーの見透かしたような笑顔に、勇太は焦る。
 …実はこの人も能力者とか…ってのはないよな?
 色々な修羅場をくぐってきたであろうマネージャーの洞察力のなせる業だが、緊張気味の勇太にはそこまで頭が回らない。
 やがて、大きな歓声とともに場内アナウンスが流れる。
『本日のプログラムはすべて終了いたしました。お気をつけてお帰りください』
 ざわざわとした空気の動きと、たくさんの雑音が動いていく。
「終わったようですね」
 マネージャーはささっと何やら動き始める。
 先ほど通ってきた舞台の方向からガヤガヤとした大勢の声と足音が聞こえる。
「お疲れ様でしたー!」
 パチパチと拍手を背に、SHIZUKUが楽屋に戻ってきた。
「あ、勇太君! よかったー! 来てくれてたんだね」
 ひらひらとしたステージ衣装と、少しだけ濃い化粧、額の汗がキラキラと眩しい。
「お、おう。お疲れさま」
 ぎこちなく上げた手にSHIZUKUはふふっと笑う。いつもの笑顔だ。
「SHIZUKU、お疲れ様。化粧落として。はい、飲み物」
 手際よくSHIZUKUを鏡の前に座らせて飲み物を置き、マネージャーはそう言った。
「はぁい」
 SHIZUKUもそれに従う。どうやらいつものことのようだ。
「勇太君、どうだった? あたしのコンサート」
 飲み物を飲みながら、SHIZUKUはそう訊いてきた。
「あ…うん…スゲー人気なんだな。びっくりした」
「…それだけ!? ほらほら、こぉんな可愛い衣装着てるのに?」
 SHIZUKUは突然立ち上がり、勇太の前でくるりんっと回ってみせる。
「ま、馬子にも衣装…」
 思わず目を逸らしながら勇太がそう言うと、後ろでマネージャーがプッと小さな声で噴き出した。
「アイドルに向かって『馬子にも衣装』って…」
 ふくれっ面したSHIZUKUの顔を横目で見ながら、勇太は少し顔を赤くして口を覆う。
 …誰が可愛いなんて真正面きって言えるんだよ!
「SHIZUKU、早くメイク落としちゃいなさいったら」
 マネージャーの言葉にSHIZUKUはようやく諦めたようで、ブツブツ文句を言いながらも化粧を落とし始めた。
 マネージャーに助けられた。勇太はホッと胸を撫で下ろした。
 椅子に座って他愛もない話をしながら、SHIZUKUはアイドルSHIZUKUからいつものSHIZUKUに戻っていく。
 そうして、最後に服を着替えると勇太の知るSHIZUKUに戻っていた。
「ふふ~っ、お待たせ!」
 SHIZUKUがいつもみたいに笑った。

4.
「ねぇ、マネージャー。今からちょっと出かけてもいい?」
 SHIZUKUが猫なで声でマネージャーにそう訊いた。
 え? っとSHIZUKUとマネージャーの顔を見比べる勇太に、マネージャーは微笑む。
「元からそのつもりなんでしょ? 派手な行動はダメだからね? …楽しんでらっしゃい」
 マネージャー、話はやすぎね?
「よっし! 勇太君、いこ!」
「お、おい!」
 SHIZUKUに腕を引っ張られ、マネージャーに見送られつつ勇太たちは街へ繰り出す。
 街はクリスマスカラーに彩られて、なんだかキラキラして見えた。
「こういう風に歩くのは初めてだね」
 温かそうなマフラーを巻いて、帽子をかぶったSHIZUKUが笑顔でそう言う。
「…そっか?」
「そうだよ。いつも何か調査してる時だけじゃない?」
「そうかなぁ」
 勇太はよくよく考えてみるが…確かにそうかもしれない。
「あれ、SHIZUKU…?」
 すれ違ったカップルにそう訊かれ、SHIZUKUは振り向いてにっこりと笑う。
「違いますよ~♪ 人違いです♪」
 あまりに堂々というSHIZUKUに、慌てた勇太はSHIZUKUの帽子を目深に被せる。
「すいません! いっつもこいつお調子者で…!」
 なぜか謝ってすたこらさっさとSHIZUKUの手を引いて走り出す。
 小さな公園を見つけて、そこのベンチに2人して座り込んだ。
「…あんな堂々と否定しなくたって…俺、スゲー焦ったよ」
「だって、下手に誤魔化したら逆に怪しまれるじゃん?」
 そう言って顔を見合わせると2人でクスクスと笑いあう。
 ふと、勇太はSHIZUKUと手を繋ぎっぱなしなのを思い出すとパッと手を離した。
「!」
「?」
 一瞬、きょとんとしたSHIZUKUだったが、こちらもハッとしたように自分の手を引っ込めた。
 ちょっとした沈黙が2人の間を流れる。
 …ちっちぇー手だな…。
 細い指と柔らかな手の感触が、SHIZUKUが女の子だと勇太に再認識させる。
 手…手か。
 不意に、昔の記憶がよみがえる。
「そういえば、お前にスマホを川に投げられたことあったな」
「!? な! なんで今その話になるの!?」
 慌てたようにSHIZUKUが勇太に向き直る。
「いや、まさかスマホを投げるようなヤツと友達になるとは思わなかったから」
「あ、あたしだって…その…わ、悪かったわよ…あの時は」
 もにょもにょとバツの悪そうなSHIZUKUに勇太は微笑む。
 色々あったけれど、今ここにいることは幸せだなって思えた。SHIZUKUとここにいられることが…。

 思い出話に花が咲く。
 いつしか、街に白い小さな雪が降り出した。
「今夜は積もるかもね」
「ホワイトクリスマスってやつか」
 見上げた空がどんより暗い。そろそろ別れの時間だ。
「あ、そうだ。これ。クリスマスプレゼント」
 そう言って、SHIZUKUはポケットから小さな箱を取り出した。

「メリークリスマス!」
 
 そう言って、SHIZUKUは恥ずかしげに勇太にプレゼントを押し付けると駆け出した。

■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 整理番号 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男性 / 17歳 / 超能力高校生

 NPC / SHIZUKU / 女性 / 17歳 / 女子高校生兼オカルト系アイドル

■         ライター通信          ■
工藤・勇太 様

 こんにちは、三咲都李です。
 ご依頼いただきましてありがとうございます。
 クリスマス~♪ クリスマスコンサート!
 アイドルは忙しいですからねぇ…。アイテム『SHIZUKUのクリスマスプレゼント』を付与させていただきました。
 中身は…開けてのお楽しみってことで!w
 ご依頼ありがとうございました!

カテゴリー: 01工藤勇太, 三咲都季WR |

男子たるもの常に『執事』であれ

1.
「え? 今日鈴木、休みなの?」
「熱だして寝込んだらしいぜ」
 学園祭の当日。クラスの出し物である執事喫茶の用意をしながら工藤勇太(くどう・ゆうた)はクラスメイトと雑談していた。
「あんなに楽しみにしてたのに…」
「…昨日のアレ、思い出せよ」
 勇太はクラスメイトの言葉にハッとした。
 昨日は前夜祭で、休んだ鈴木ははしゃぎまくっていた。フラダンスにコサックダンス、リンボーダンス、挙句の果てにファイアーダンスまで踊り先生に引きずられるように退場していった。
「…無茶しやがって…」
 そっと涙をぬぐった勇太だったが、ハッと我に返った。
「ちょっと待て。じゃあ…執事役、俺1人!?」
「まぁ…そうなるよな」
「それ無理! 誰か手空いてるやついねぇの!?」
「いないな」
 あっさり切り捨てられて、勇太はどん底に突き落とされた気分になった。
「マジ…かよ…」
「やればできるさ! まっすぐ進めよ! はっはっはー」
 学園祭開始の鐘が鳴る。クラスメイトは軽口叩いて、勇太の肩を叩いて行った。呆然としたまま始まった学園祭。
 しかし、救世主はいつだって現れるものだ。
「勇太さん、お招きいただいてありがとうございます」
「!? アキラさん!?」
 天使降臨! 神は勇太を見捨ててはいなかった!
 優しげな微笑み、甘いマスクの晶(あきら)・ハスロ。彼しかいない!
「お願いします! 執事になってください!!」
「え? ええっ!?」
 突然の勇太の頼みに、混乱する晶。いくら友人の頼みとはいえ、普通はそう簡単に引き受けられるものではない。
「あら…こんなに困って…。アキラさん、お友達の頼みですもの、是非助けてあげて」
「杏樹!?」
「杏樹さん…ありがとうございます!」
 ふんわりとしたゴスロリお嬢様のような東雲杏樹(しののめ・あんじゅ)の一言で、晶は勇太のクラスの執事喫茶を手伝うこととなった…。

2.
「えっと衣装は…あったあった。鈴木の身長と同じくらいだからアキラさんにも着れるはず」
 用意してあった執事の衣装は、バラエティショップで買ったおもちゃみたいな執事の服だ。…学園祭にマジモンの執事服を買う予算などはない。もちろん、勇太も同じ執事の服を着ている。
「これを着ればいいんですか?」
「うん。で、挨拶は『おかえりなさいませ、お嬢様』もしくは『ご主人様』ね。あとは…テキトーにやればいいよ。肩の力抜いてさ」
 そう言って笑う勇太に、晶もややほっとしたように笑う。
 ところが、そんな空気を壊したのは意外な人物であった。
「…そんな態度が『執事』とは…笑止千万です!」
 杏樹が立ち上がる。それは勇太も晶も今までに見たことのないような杏樹の熱血な姿だ。
「そんな生ぬるい対応で『執事』が名乗れると思いますの? 『執事』の『し』の字にもなりません。『執事』たるもの、常に礼儀正しく、誰よりも気を使い、主人に不愉快な思いをさせぬように努力する義務があるのです」
「ぎ、義務?」
 いつもの杏樹らしからぬその言動に、勇太はポカーンである。
「2人とも、そこに直りなさい。私が執事が何たるかを教えて差し上げます」
「杏樹! ま、まっ…」
「お黙りなさい!」
 杏樹を止めようとした晶は、その一言でビシッと姿勢を正す。勇太もそれにならって慌てて姿勢を正した。
「…うふふ、大変良い立ち姿です。では、時間もないことですし…ビシビシいきましょう?」
 にっこりと笑顔は優しく、しかし、その言葉に一寸の隙もなく杏樹の『スパルタ式執事養成講座-超短期決戦-』が始まった。
「勇太さん。常に笑顔で! 話しかける時は必ず一礼の上『お話し中、失礼いたします』とそえるのです」
「こ、こう?」
「アキラさん! 紅茶をお出しするのにそれでは恥ずかしいですよ! もっとさりげなく、優しく」
「は、はい!」
 その時間、およそ10分。だが、晶と勇太には何十時間にも思えるほどの膨大な執事としての知識を詰め込まれた。
「…杏樹さんって…意外と怖い?」
 勇太がぼそりと呟くと、晶は目を丸くして何かを言おうとしたがそれを遮るように杏樹の優しい声が響いた。
「折角のお祭りで勇太さんとアキラさんが恥をかいてはいけませんし、お客さんにも楽しんでいただきたいと思っただけですよ」
 いつもの優しげな微笑み、優しげな口調。
「そ、そうですよね。俺たちのために、ありがとうございます!」
 勇太は即座に謝った。
 そうだ、俺たちのために厳しくしてくれたに決まっているじゃないか! 愛のムチってやつだ!
「私の教えられることはここまでです。あとはこの燕尾服を着こなして、しっかり執事を務めてきてください」
 そう言って、杏樹は2着の燕尾服を差し出した。
「いつの間に…」
 それは、バラエティショップで買ったあの執事服ではなく、本物の執事服。
「さぁ、いつでしょう?」
 にこにこと笑う杏樹に、勇太は深々と頭を下げて早速着替えに走った。

 すでに学園祭は始まっているのだ!

3.
「おかえりなさいませ、お嬢様」
『きゃーーーーー!!!』
 と、黄色い歓声が執事喫茶から何度も上がった。
 カッコいい系執事と可愛い系執事の2人がもてなす執事喫茶の噂は、瞬く間に学園内を突っ走る。
「見た見た見た見た!? なにあれ! チョーカッコいいんですけど!」
「カッコいいだけじゃないって! 雰囲気が! ヤバい! ヤバいよ、あれ!!」
「どっち? どっちが好み?」
「長身のおにーさんもいいけど、弟系も可愛い!」
「ていうか、どっちも欲しい」
『をい!!』
 そんな会話が女子の中で流れるのを聞きながら、他校生であるSHIZUKUは「ん~?」と首を傾げた。
 彼女もまた勇太に招待された1人だった。
「確か、勇太君も執事喫茶やるとか言ってたっけ…学園祭だし、ネタが被ることなんてよくあるよね」
 SHIZUKUは1人、笑った。そう、信じられるわけがなかったのだ。その噂の執事が勇太であることなんて。
「えーっと、この校舎の3階の…」
 階段を上がり、目的の教室を目指す。廊下を行きかう生徒達、次第に大きくなる黄色い歓声。
「あー…もしかして、噂の執事喫茶と隣のクラス? うわー、悲惨…」
 慰めの言葉でも考えておこうか…などと思っていたSHIZUKUだったが、それが大きな間違いだったと知る。
「…嘘」
 女の子ばかりの長蛇の列。知らずにスルーしたら、その列の先に勇太のクラスがあったとは…。
「あら? SHIZUKUさん?」
 教室からひょっこりと見覚えのある顔が現れた。
「杏樹さん!」
「勇太さんに会いにきたのですか? なら、どうぞ。…って、私、部外者なんですけどね」
 ふふっと笑って杏樹がSHIZUKUを教室に招き入れた。
 中では忙しげに働く2人の男の子の姿。勇太と晶だ。
「おかえりなさいま…せ!?」
 SHIZUKUを見つけた勇太の声が動揺する。が、それは杏樹の咳払いひとつで、すぐに笑顔に変わった。
「おかえりなさいませ、お嬢様。テーブルのご用意はできております」
「え!? あ…は、はい…」
 むしろSHIZUKUもいつもと違う勇太の姿に動揺している。
「あっち、アキラさんですよね? アキラさん、この学校だったの?」
 一緒のテーブルに着いた杏樹にSHIZUKUがこっそり訊くと杏樹はにっこりと微笑んだ。
「いいえ。でも、勇太さんが困っていらしたので手助けしてあげたかったんだと思います」
 あくまでも『自発的に』晶がそうしたかのように杏樹は言った。
「そうなんだ…。アキラさん、優しいなぁ…」
「ご歓談中失礼いたします。お嬢様、お紅茶をお持ちいたしました」
 勇太がそう言って紅茶を杏樹とSHIZUKUの前に置く。可愛いマカロンのおまけつきだ。
「どうぞごゆっくり。御用がありましたら、お呼びください」
「あ、はぁ…」
 調子が狂う。勇太の優しげな微笑みなんか見たことない。
 これが執事喫茶の罠!? ハマっちゃう人ってこういう感覚なの!?
 SHIZUKUの混乱する姿に、杏樹はポンと何かひらめいたようだ。
「SHIZUKUさん、折角ですしゴスロリなど着てみません? よりお嬢様らしくなれば執事喫茶をもっと楽しめると思いますよ?」
 蠱惑的な悪魔の微笑み。だが、SHIZUKUにそれが見抜けるわけがない。
「え? で、でも…」
 遠慮するSHIZUKUを杏樹は颯爽と連れ去ると、フリルたっぷりのゴスロリ衣装をあっという間にSHIZUKUに着せた。
「ふふっ、やっぱりよく似合います」
「え!? えぇぇぇぇ!?」
 その速さに、SHIZUKUは流されるまま再び席に着く。
「執事さん、紅茶のおかわりをお願いします」
 杏樹の声に「はい、ただいま」と勇太がやってきて、SHIZUKUの姿を見て呆気にとられる。
「…あらあら、執事さん。顔が赤いですよ?」
 杏樹の言葉に我に返った勇太は、平静を務めつつ紅茶を淹れると一礼して去っていった。
「見ました? 勇太さんの顔」
 杏樹が笑顔でそう言うと、SHIZUKUは楽しそうに笑う。
「お嬢様ごっこも楽しいかも♪」

 そんな女子2人を女の子たちのカメラ攻撃に遭いながらもハラハラしながら見守るお兄さん系執事・晶であった…。
 

4.
 あわや執事のいない執事喫茶になると思われた勇太のクラスの出し物は、勇太と晶の頑張りのおかげで閑古鳥が鳴く暇もなく大盛況のうちに終わった。
「うー…やっぱ普通の格好の方が楽だな!」
 勇太は燕尾服を脱いでいつもの制服に戻った。着なれた制服はやはり楽であった。
「ホントだね。たまにお嬢様やるなら楽しいけど、ふだんはこっちでいいや」
 そう言って笑うSHIZUKUもいつもの格好に戻っていた。
「この後、後夜祭あるんだけどお前も行く?」
「いいの!? …あれ? 杏樹さんとアキラさんは?」
 SHIZUKUの言葉に、勇太はようやく気が付いた。
「あれ? そういや…いないな…」
 いつからいなくなっていたのか…わからない。片付けやらなんやらでバタバタしていたから。
「後夜祭のことは言ってあるし、多分あっちで合流できるんじゃないかな」
「そっか。なら、先にいってよっか」
 SHIZUKUと勇太は後夜祭の会場へと歩き出した。

 一方、暗闇に染まる一教室で椅子に座る杏樹に晶は片膝をついて最敬礼をする。
「ご指導いただき、誠にありがとうございました。杏樹お嬢様」
 杏樹はふっと鼻でそれを笑った。
「学園の出し物としては良いといった所だが…。私への奉仕としては、まだまだだな」
 窓の外から聞こえる明るい生徒たちの声。それとは対照的な冷たい杏樹の声。
 晶はそれでも、片膝をついたまま動こうとしない。
「アイツの様に日常的に自然に出来るようになれば合格だ。まぁ、せいぜい頑張ってくれたまえ。坊や?」
 杏樹の言う『アイツ』が誰だか晶は知っていた。
「俺は…」
 その先のセリフは、花火の爆音にかき消された。

「面白かったね~」
「まぁ、貴重な体験ではあったな…もう絶対やんねぇけど」
 苦笑いを浮かべた勇太に、SHIZUKUが笑った。
 そうして、学園祭は華々しい花火によって幕を閉じたのだった…。

カテゴリー: 01工藤勇太, 三咲都季WR |

無人島de夏休み!~うっかりしてたら命が流星するよ!?~

1.
「オカルトが楽しめるかもよ!」
 知り合いのオカルトアイドル・SHIZUKUはそう言うと胸を張った。
「…で? なんで俺を誘うんだよ?」
 工藤・勇太(くどう・ゆうた)は冷たいジュースを飲みながら、SHIZUKUの話を聞き返す。
「ん? そんなの決まってるじゃない」
 SHIZUKUの言葉に思わずドキッとした勇太にSHIZUKUはにっこりと笑う。
「オカルトを追う同士としてのささやかなセンベイよ」
「…それを言うなら『餞別』じゃないのかよ…」
「揚げ足取るなんて男らしくないよ! 行くの!? 行かないの!?」
 SHIZUKUにそう言われて、勇太はひとつ訊いてみた。
「友達…誘ってもいいかな?」

 晶(あきら)・ハスロと東雲杏樹(しののめ・あんじゅ)、そして勇太とSHIZUKUは無人島へとやってきた。
「意外と素敵なところですね」
 杏樹は可憐な笑顔で景色を楽しむ。晶は物珍しげにあたりを見回している。
「東京から近いのに…こんなところがあるんですね」
 白い砂浜、青い空、透明な海に萌える緑。大自然の塊のような無人島である。
「すげえな! 来てよかった!!」
 勇太はそう叫んだが、少しだけ気がかりがあった。
 それは、他にも誘った友人がいたのだが彼らが集合場所に現れなかったことである。既にスマホは圏外を示しており、連絡を取ることすらできない。
 …しょうがないか。寝坊か何かしたんだろ。
「勇太君、ちょっと!」
 SHIZUKUが船の上から勇太を呼んだ。なんだろう? と行ってみれば、何やら大量の荷物を抱え込んでいる。
「船長さんがこれ持って行けって…」
「なに? これ」
 箱に入ったそれらの中身は見えないが、SHIZUKUが重そうにしているのを代わりに持つ。ずっしりしている。
「船長さん、これ何が入ってんの?」
 勇太の言葉に、船長の声が船内から聞こえる。
「この島で必ず必要になる物デ~ス!」
 …あれ? どっかで聞いたことがあるような声だけど…??
「あ、俺も手伝います」
 晶もそれらを運ぶのを手伝う。なかなかの量を2人で運び出した。
「おも、重かった…」
「なっさけないわねー」
 SHIZUKUの声に、杏樹は優しげに勇太と晶を労う。
「暑いのに大変でしたね。ごめんなさい。お役にたてなくて…」
「そんな! 女の子なんだから、こういう時は男に任せてよ!」
 勇太の言葉に杏樹は優しいまなざしで笑う。SHIZUKUとは大違いだ。
 …と、何かの機械音が聞こえる。振り返ると…
「ふ、船が!?」
 島を離れ行く船の姿。そして聞こえる船長の声。
「明日また会いまショ~! よいサバイバルを~!!」
 ちらりと見えたピンクの長い髪…まさか…まさか!?
「シーユートゥモロー!」
 マドモアゼル都井(とい)が運転する船は、情け容赦なく無人島を離れていった…。

2.
「置いて…かれた?」
 呆然とするSHIZUKUに、真っ青な顔した晶。割と冷静そうな杏樹に勇太はハッと我に返った。
「さっきの! さっきの荷物!!」
 勇太たちは先ほど船から降ろした荷物を開封する。中から出てきたのは意外な物だらけだった。
「なんで…なんで鎧とか盾とか…武器とか入ってんの?」
「RPGゲームの勇者の装備みたいですね」
「これが船長さんのおっしゃる『必要になる物』ですか?」
 わからない。突然異空間にでも頬りこまれた気分だ。いや、現実だけども。
「…食料は!? 水は!?」
 勇太は荷物の中を探しまくったが、それらしきものは一切発見できなかった。
「つまり…サバイ…バル」
「そういうことなのでしょうね。私、ナイフとフォークよりも重いもの持った事がないんですが…」
 杏樹が困ったようにそう言った。
 そりゃ困るよね。バカンスだと思ってたらサバイバルでした! とか。食べ物自分で採れとか、装備の意味とか…。
「そういや、SHIZUKUはこの島の地形って知ってるのか?」
 勇太の言葉にSHIZUKUは即行で首を横に振る。
「…ってことはまず地形を把握した方がよさそうだよな」
「それなら、二手に分かれるのはどうかしら? 島の海岸沿いにぐるっと回って会える地点が必ずあるはずです」
 黒い日傘をくるりと回した杏樹の言葉に、SHIZUKUは頷く。
「そうだね、日が暮れる前になんとかしたいし…勇太君、あたしとこっちに行こう」
「え!? 俺とSHIZUKUで行くの!?」
 驚いた勇太にSHIZUKUは耳打ちをする。
「…馬鹿ねぇ! あの2人、どう見てもいい感じじゃない。2人っきりにしてあげなよ」
 …そういうもんなのか? 杏樹と晶をちらりと見る。
「そういうもんなのか?」
「鈍いなぁ…いいから、行こう!」
 SHIZUKUに手を引かれ、杏樹と晶と別れ砂浜を歩きだす。装備はひとまず置いていく。

 ずんずん砂浜を歩いていくと、やがて木が生い茂げり始める。砂浜ギリギリまで木が生い茂る。密林のようだ。
「なんだか変な島ね」
 SHIZUKUの感想に、勇太も頷いた。さっきまでのバカンス気分が吹き飛んでいたせいかもしれなかったが、なんだか最初に見た島の印象とまるで違う。
「なんか、B級ホラー映画のノリだな」
 おどけた調子で少しでも明るく言うと、SHIZUKUはクスッと笑った。
 が、すぐにSHIZUKUの顔面が蒼白になる。
「…ゆ…あれ…!!」
 SHIZUKUが指差すを方向を見る。勇太は思わず固まった。
「な、なんだ!? あれ!!」
 そこにはのっそりと歩くヤドカリ…ただしバカデカイ。勇太が5人分ほどの大きな殻、勇太が2人分ほどのバカデカイ鋏、勇太が…もういい。とにかくデカイのだ。
「…おい」
「…う、うん」
 勇太の声にSHIZUKUは音を立てぬように後ずさる。
「逃げるが勝ちだ!」
 ダッシュ&ダッシュ!! 力の限りに2人は逃走した。敗走ではない。勇気ある撤退だ。
「くっ…あの装備はアイツら用ってことか…」
 元の浜辺に戻ると杏樹と晶の姿はなく、勇太はSHIZUKUと2人で荷物を漁る。
 鎧、盾…弓があるな、これで行くか。矢はたくさんある。何か不思議な赤い色をした弓矢も混ざっていた。
 震える手元が勇太の焦りを象徴する。あんな敵は初めてだ。ていうか、現実にあるのかよ!
 SHIZUKUは鎧と両手に小ぶりな剣を携えた。機動力重視という訳だ。
「SHIZUKU…生き残るぞ!」
「ここで死んだら洒落にならないもんね…勇太君こそ生き残りなさいよね」
「俺は生き残れるよ!」
「どうだか~?」
 軽口を叩いてみても、SHIZUKUの肩が震えている。怖いのだ。
 それでも行かなければ。いざ、戦いへ!

3.
 ヤドカリもどきはまだ先ほどの場所にいた。大きな鋏…あれで挟まれたらひとたまりもないだろう。
「勇太君、弓でアイツの注意をひきつけて。その間にあたしがアイツに接近して攻撃してみるよ」
「おう! …ってなんで俺がおまえに命令されてるんだよ!?」
「こういう時は女の方が強いのよ!」
 意味わかんねぇ…とはいえ、SHIZUKUの作戦はある意味正攻法。従わない理由はない。
「わかったよ。…無理すんなよ?」
「わかってる。お互いにね」
 そう言ってSHIZUKUと勇太は距離をとる。ヤドカリもどきにはまだ気づかれていないようだ。
 SHIZUKUが位置についたのを確認し、勇太は弓をぐっと引く。
 銃と一緒だ。…多分。視線の先の目標をしっかり捕え…放つ!

 カーン!

 …間抜けな音がした。殻に弓が当たったのだ。
 しかし、ヤドカリもどきの気を引くには充分だった。ヤドカリもどきは勇太を見ると、すごい勢いで方向を変えて密林の中を突き進んできた。
「やべ!」
 勇太は走る。密林の中を。弓を持ったまま、全力疾走。これは疲れる。
 ぐんぐんとその距離が縮まっていき、勇太に巨大な鋏が振り下ろされそうになった瞬間、SHIZUKUの刃がヤドカリもどきを襲った!
 固い殻は無理と判断したのか、SHIZUKUは関節部分を狙って刃を振る。
「オカルトアイドルで鍛えたこの踊りを見なさ~い! アイドル乱舞~!!!」
 なんだよ!? アイドル乱舞って!?
 踊るように、舞うように。SHIZUKUは両手に持った刃を振り回す。
 確実なダメージを与えるそれに、ヤドカリもどきはズーンとその場に崩れ落ちる。
 チャンスだ! 勇太は弓を構えると、ヤドカリもどきの目らしき小さな黒い点を狙う。
 SHIZUKUにだけいいとこやらせるかよ! 男の意地だ。女には負けられない。
 放たれた矢はスパンッといい音を立ててヤドカリもどきの右目にヒットした。ヤドカリもどきは悲痛な叫びをあげた。
 もう片方の目も…勇太が弓を再度引こうとすると、ヤドカリもどきの鋏が勇太を狙って落ちてきた。
「うわっ!?」
 間一髪で避けたが、どうやらヤドカリもどきを怒らせてしまったようだ。すごい勢いでヤドカリもどきは泡を吹いている。
 弓を引き、目を再度狙うがむやみに振り回される鋏に阻まれて当たりそうもなかった。
 どうする!? この武器じゃダメなのか!?
「勇太君、大丈夫!?」
 SHIZUKUの声がする。このままじゃ2人ともやられる!?
 ふと、勇太は何気なく持ってきた赤い矢を思い出した。これを使ってみよう。一か八かの賭けだった。
 弓がしなる。矢が放たれる。

 目の前が、真っ赤に染まった。

「あっつーーーーい!!!」
 燃え上がったヤドカリもどきの傍に居たSHIZUKUが慌てて遠ざかる。
「あんなの使うなら先に言ってよ!」
「俺だってあんなことになるなんて知らなかったんだよ!」
 ヤドカリもどきはそのまま息絶え、この戦いは勇太とSHIZUKUの勝利となった。
 その後、燃えるヤドカリもどきからそこはかとなくいい匂いがしてきた…ということを付け加えておく。

4.
 なぜかぶっ倒れていた晶とバケツを持った杏樹と合流し、それぞれの収穫について情報を交換した。
「水源を確保しました。晶さんのおかげです」
 柔らかな笑顔の杏樹に、SHIZUKUは喜んだ。もちろん勇太も。喉がからっからだった。
「こっちはいい具合に甲殻類の…丸焼きをゲットしたよ」
「甲殻類?」
 首を傾げた杏樹に勇太は苦笑する。
「まぁ、動かせないから一緒に来てよ」
 そして見たのはでっかいヤドカリもどきの丸焼き。偶然の副産物である。
「美味しそうな匂いですね」
 やや青ざめたままの晶がお腹を押さえた。皆腹ペコだ。
「よし、明日のためにみんなで食おう! いっただっきまーす!」

『いっただっきまーす!』

 美味しく焼けたそのヤドカリもどきは、カニのようだがカニでないジューシーな美味さだった。
 サバイバルも悪くない。
「あ、鋏はあたしの!」
「早いもん勝ち!」
「女の子に譲りなさいよー!!」
「2個あるんだから、そっち食えばいいだろ!?」
「そっちの方が大きいもん!!」
 SHIZUKUと勇太のやり取りに晶と杏樹が笑う。楽しい夕食だった。
 しかし、時間は待ってくれない。
「あ、寝る場所確保しなきゃ!」
 SHIZUKUが立ち上がると、晶も勇太も「あっ」と声を出した。すっかり忘れていた。
 しかし、杏樹は1人にっこりと笑う。
「それならいい場所を見つけておきました。ご飯を食べたらそちらに移動しましょう」
「いつの間に…」
 晶の呟きに杏樹は答えず、ただ笑っていた。

 こうして、SHIZUKUと勇太の活躍により夕食を。
 晶の活躍により水を。
 杏樹の活躍により寝床を確保し、無事に夜を過ごすことができた。
 朝日が昇ると、勇太は誰よりも早く起きた。
「よし! 何とか乗り切ったぜ!」

5.
 迎えの船は意外と早く着いた。
「アハハハハ~! 皆さん、お元気そうで何よりデ~ス」
 相変わらずのテンションのマドモアゼルの船に揺られて、東京の港についた勇太たち。
 そこで待っていたのは…勇太の友人たちだった。
「お前ら…どこ行ってたんだよ!?」
「どこって…無人島だけど…?」
 友人たちは顔を見合わせた。その顔は困惑に満ちていた。
「な、なんだよ?」
「いいか? よく聞けよ。お前と昨日ここで俺ら待ち合わせたよな? 俺ら、昨日ここに来たんだよ。そしたら、お前らいなくて、船を出してくれるっていう船長に訊いてみても来てないって言われて、家に電話しても出ないし、スマホも繋がんねぇし…お前らどこ行ってたんだよ!?」
 …???
「何言ってんだよ。俺らが乗ってきた船なら今そこに…」
 振り向いた勇太が見たのは…ただ、広大に広がる海だけだった。
「………」
 次の言葉は見当たらなかった。

 俺たちは、さっきまで一体どこに居たというのか?
 俺たちをあそこまで運んでくれたあの船はいったいどこに行ったのか?
 俺たちは…俺たちは何を体験してきたというのか?

 夏の潮風が、勇太の疑問に答えてくれるはずはなかった…。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 1122 / 工藤・勇太 / 男性 / 17歳 / 超能力高校生

 8584 / 晶・ハスロ / 男性 / 18歳 / 大学生

 8650 / 東雲・杏樹 / 女性 / 999歳 / 高校生

 NPC / SHIZUKU / 女性 / 17歳 / 女子高校生兼オカルト系アイドル

 NPC / マドモアゼル・都井 / 両性 / 33歳 / 謎の人

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 工藤・勇太 様

 こんにちは、三咲都李です。
 この度は流星の夏ノベル、ご依頼いただきましてありがとうございます。
 SHIZUKUとパーティー組んでサバイバル! 皆で生き残ってぇ!!
 ひと夏の楽しい狩りサバイバル、少しでもお楽しみいただければ幸いです。

カテゴリー: 01工藤勇太, 三咲都季WR |