卒業式ごっこ

0.
「………」
「…ハ~イ!」

 目と目があったその瞬間、草間武彦(くさま・たけひこ)は思わず扉を閉めてしまった。
 が、相手も躊躇なくその閉められようとした扉をガッと掴むと体をねじりこんできた。
「酷いではないですカ~!? お久しぶりの再会だと申しマスのに~」
「俺はおまえなんか知らん。記憶にない。すべては黒歴史!」
「…ちゃんと覚えててくれたのですネ~!? 嬉しいデ~ス!」
 ガバッと草間に抱き着いたピンクのハデハデ、性別不明、国籍不明、住所不定。
 名を『マドモアゼル・都井(とい)』と言う。
 突如興信所に現れてはなんだかんだとトラブルを起こしていく厄介者である。
 ここ数年、まったく顔を見せなかったヤツであったが、なぜ今更ここにこいつが来るのか!?
「アタクシ、卒業式へ草間さんをご招待しにきたのデ~ス!」
「卒業式?」
「3月は別れの季節…しかし! 卒業式が学生さんたちだけの特権であるなどというのはオカシイとは思いませんカ~!?」
「オカシイのはおまえの頭だ…」

「とにかく、なんでもいいので卒業式をいたしまショ~! 煙草でもパチンコでも人間でも…好きな物から卒業するのデス!!」

「いや、最後のはマズイだろ!?」

 草間の突込みなどどこ吹く風、マドモアゼルは卒業式の招待状を置くと「それでは、お待ちしてマ~ス☆」と興信所を後にした…。

1.
 どこをどう調達してきたのか…招待状の場所に来た草間と工藤勇太(くどう・ゆうた)、清水コータ(しみず・こーた)、晶・ハスロ(あきら・はすろ)は目を丸くした。
 そこは歴史がありそうな立派な講堂で、文壇の上には大きな生け花と漆器のお盆。
 赤絨毯が敷き詰められた講堂内にはパイプ椅子が数個、ぽつんと置かれている。
「卒業式…?」
 何それ、美味しいの? と言わんばかりの勇太。しかし、面白そうだと思ったから参加してみた。
 いったい皆何を卒業するのか、ちょっと期待する勇太である。
「いいよね、季節感あふれることってさ」
 にこにこと頷きながらコータは講堂内を見渡した。
「タケさんは何か卒業するものがあるんですか?」
 晶がそう訊くと、草間は苦虫を潰したような顔をして煙草を吸い始めた。
「あるか、そんなもん」
「なら…なんで来たんですか?」
「…アイツ、来ないとしつこいから…」
 彷徨う草間の視線。それはいったい何を意味するのか?
 すると、ババーーン! という効果音と共に、マドモアゼル登場!!
「ヲォウ! 皆様ご来場誠にありがとうございマ~ス! アタクシ、本日の司会進行を務めさせていただきます、マドモアゼル都井と申しマ~ス! 以後お見知りおきをっ☆」
 入ってくるなり、草間から順に握手を求め始めるマドモアゼル。
 しかし、草間は拒否した!
 それを苦にすることもなくマドモアゼルは勇太、コータ、晶と次々に握手をすると、文壇の上へと駆け上った。
「それでは只今より、卒業式を執り行うのデ~ス! 卒業するものを壇上に上がって披露してくだサ~イ」
 G線上のアリアが厳かに流れる中、けっして厳かとは言えない卒業式が開幕したのであった。

2.【工藤勇太の場合】
 まず壇上に上がったのは勇太である。
 …まぁ、参加している人ほとんどいないし…まぁ、気楽に行こうか。的な余裕な顔して壇上に上がる。
「ごほん」
 マイクに向かってひとつ咳払いをして、元気に話し始める。
「俺はギャグキャラを卒業する! 超イケメンシリアスキャラになってやるんだ!」
 おぉ~! っとコータと晶、マドモアゼルから拍手が送られる。
 しかし、草間だけは何やら思うところがあるようだ。
「勇太…おまえ、それ本気で言ってるのか?」
「!? 草間さんは俺にできないと思ってんの!?」
 いや~な目つきで草間は生暖かく勇太を見つめる。その視線が痛い。痛いったら!
「そ、そりゃ少なくとも俺は高校入ってから、ギャグキャラ要素多かったけどさ…」
 自分の半生を振り返る。たくさんの思い出たちが走馬灯のように勇太の頭の中を駆け巡る。
 それは少しの涙と共にあふれ出る満ち足りた不幸と悲しき幸せの記憶…。
「異次元に繋がるトイレに落ちてガチムチな三下さんに襲われそうになったりとか…最初の頃は零さんの後ろの気配にびくびくしてたりとか…。友人の双子の姉妹には俺が草間さんに変な感情持ってると思っているみたいだし…」
 そこでいったん言葉を切ると、勇太はカクリと肩を落とした。
「もしかしたら、まだ誤解してんのかなぁ…」
 違うんだけどなぁ…。俺、ただ認めてほしいだけなんだけど。
 大体、普通に女の子が好きだよ?
 可愛い子見ればそれなりに気になるし、大人の色気とかはそれなりにドキドキする。
 …勇太はそんなことを思っていたわけだが、その『それなり』という部分におそらく皆疑惑を持つのだと思うよ?
「おまえ…やたら苦労してるな」
 草間がポンポンと勇太の肩を叩いた。ちょっと涙が落ちそうになった。
「素晴らしい卒業の瞬間デ~ス! 皆さん、盛大な拍手を!!」
 マドモアゼルにそう促されてパチパチと拍手が聞こえる。
 勇太は気を取り直して、マイクに向かう。

「ありがとうございました! 俺、マジで頑張ります!」

3.【清水コータの場合】
 勇太が席に着くと、次はコータの番だった。
 座っている勇太や晶に軽く笑顔で会釈して壇上に上がると、マイクを前に神妙な面持ちで語り始める。
「俺はこいつから卒業するよ…」
 コータは握った手のひらを差し出すと、そっとその手を開いた。
 中からはキラキラと光る小さなガラスでできたビー玉だった。
「ビー玉…ですか?」
 晶がそう訊くと、コータは小さく頷いた。
「ある夏の日にね、海沿いを歩いていたら夕立に降られたんだ。その時俺、ちょっと嫌なことがあって荒んでた。雨宿りに駄菓子屋の軒先に逃げ込んだんだ。ちっちゃいおばあちゃんが無言で差し出してくれたラムネ。無言の優しさが心に沁みたんだ…。あの夏の日…海…突然の雨…その後見た虹の綺麗だったこと…! そんな思い出のビー玉…」
 会場がシーンと静まり返る。
 心の奥を揺さぶられるようないい話だと誰もが思ったに違いない。
 実際勇太もそう思ったのだから。…しかし…

「…なぁんてね! 昨日掃除してたらさ、棚の後ろから出てきたんだよ。ビー玉。だから捨てなきゃと思っただけなんだよね」

 あっけらかんと笑うコータ。その笑顔に悪意はない。
「え? …嘘…ってこと?」
 勇太がそう訊ねると、コータはさらに満面の笑みで答える。
「うん! 卒業式でたいなぁって思ったんだけど、特に卒業するものなくてねー。で、丁度良くこれが出てきたから、とりあえずいい話を付け足してみたんだ!」
 キリッ! という効果音が聞こえそうないい笑顔で、コータは言い切った。
「そ…そうなんですか…」
 晶はかける言葉が見つからないようで、そう言った後に苦笑した。
「スんバラシイ!! ビー玉と物語からの卒業、おめでとうございマ~ス!!」

 パチパチと激しく手を叩くマドモアゼルに晶と勇太は顔を見合わせ、コータは「いやぁ、それほどでも」と照れ、草間はやれやれと脱力したのだった…。

4.【晶・ハスロの場合】
「俺は…自分のヘタレから卒業したい!」
 壇上に上がって開口一番、晶はそう強い口調で語りだし…そしてハッと我に返ったように冷静になった。
「その…もう数年後には二十歳だし、頼りになる男になれたら良いなって…」
 少し視線を落として考える晶。それを静かに聞く勇太とコータ。
 晶の言うことに共感した。勇太もそろそろ高校卒業後の進路を真剣に考えなければいけない時期である。
 頼りになる男に…未来の自分もそうありたいと願う。
 …そしてそれは現実になるのだが…。
「ヘタレって言われるのも、遊ばれるのも男としては頼りない証拠なのかなと」
 そう言うと少し溜息をついて、晶はもう1つ宣言する。
「それから、お化けが怖いのもいい加減どうにかしたい…」
「え!? 晶さん、お化け駄目なんですか!?」
 勇太が目を輝かせて立ち上がった。思わぬ共通点だ。
「恥ずかしながら…そうなんです。お化け屋敷で怖がる女の子を、男が守るのが本来のあり方なのに…!」
「同じです! 俺も…!」
 勇太は晶を見つめると、涙ぐんだ。
「そうか…勇太君も…」
 なぜかそこで親交が深まる2人。男同士の熱い友情の誕生である。

「…というか俺の周りの女の人、強い人が多い気がする…なんでかな?」

 何事かを考えていた晶はぽつりとそう言った。
 その顔は諦めと悟りが入り混じっていた…。

5.
 出席者の宣言が終わり、マドモアゼルが席を立った。
「さて、あとは草間さんだけですネ~♪」
 マドモアゼルがそう言うと、草間はめんどくさそうに言い捨てる。
「俺は何からも卒業しない。煙草もパチンコも人間もやめない!」
「ずるいなぁ、草間さん。俺たちだけに卒業を強要するなんて…」
 コータがそう言うと、勇太もずいっと草間に詰め寄る。
「卒業式に出席しておいて、その言いぐさはないんじゃねーの?」
「俺もそう思います。卒業するものがないのに、何故卒業式に参加を?」
 草間、形勢不利である。じりじりと壇上への階段へと押しやられていく。
 そうこうしているうちに『G線上のアリア』の演奏が終わる。

 と、次に流れてきた曲は『四季より・春・第一楽章』であった。

「こ、この音楽は…!?」
 嫌な予感がする。卒業式とは真逆の明るく弾むようなその音楽。

「さぁ、皆様! 卒業式が終わったら今度は入学式なのデ~ス!!」

『はぁ!?』
「いや、聞いてないし!」
「卒業式だけのはずだったのでは!?」
「入学? 入学のネタ…ネタは…」
 何を言っているのかさっぱり理解できるわけもない。
 ただ1人、マドモアゼルを除いては。
「春と言えば卒業式。卒業したからには今度は入学しなければなりまセ~ン! オゥ? 皆様入学するものを持ってきていないのですカ~?」
 さも困ったようにマドモアゼルは小首を傾げた後、ポンと手を打った。

「そうデ~ス! 今卒業したものに再度入学すれば問題ありまセンね~♪」

「え!? ちょ…うわ!!!」
 勇太が抗議しようと足を踏み出したところに、ナイスタイミングでバナナの皮という超定番アイテム!
 勇太は滑って転んで頭を強打した! クリティカルダメージ!! 混乱する意識…意識が…。
「…ってことは俺はこのビー玉捨てちゃダメってこと? …うん、まぁ、それもありだよね!」
 あははっと笑ってコータはビー玉をポケットにねじ込んだ。
「つまり…卒業はできないってことですか? 都井さん」
 晶がマドモアゼルにそう訊くと、マドモアゼルはにやりと笑った。
「このお話のタイトルをご存知ですカ~? 『卒業ごっこ』…つまり、すべては楽しい遊びだったのデ~ス!!」
 晶の顔から血の気が引いていく。

「ほら見ろ、だからコイツと関わるのは嫌なんだ」
 草間が昏倒した勇太、笑顔のコータ、顔色の悪い晶を見ながら溜息をついた。

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■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 1122 / 工藤・勇太(くどう・ゆうた) / 男性 / 17歳 / 超能力高校生

 4778 / 清水・コータ(しみず・こーた) / 男性 / 20歳 / 便利屋

 8584 / 晶・ハスロ(あきら・はすろ) / 男性 / 18歳 / 大学生

■□     ライター通信      □■
 工藤勇太 様

 こんにちは、三咲都李です。
 お久しぶりの草間興信所の依頼をお送りいたしました。
 勇太様らしい元気さでなんだかホッとしたようなウルッとしたような…。
 アホなNPCに関わっていただきありがとうございました。
 少しでもお楽しみいただければ幸いです。

カテゴリー: 01工藤勇太, 三咲都季WR |

Fantom Crow 後編

1.
『あなたと私が…同じ世界で生きられるはずないのよ』

「話もまとまったし、敵について情報を集めましょうか」
 日高晴嵐(ひだか・せいらん)はそういうと、耳を澄ませた。
 黒いカラスの群れが空を覆う東京。
 それを見上げながら日高鶫(ひだか・つぐみ)は晴嵐の言葉にうなずく。
「これ以上被害者を出さないためにも…」
「僕も頑張ります!」
 小瑠璃(こるり)が小さな手をぎゅっと握りしめた。
「危なくなる前に呼んでよ? 俺が助けに行くから」
 少し不安そうな小瑠璃に工藤勇太(くどう・ゆうた)はぐっと力強くそう言った。
 可愛い女の子を危険に晒すなんてできないよな!
「…勇太、おまえ1人だけ違うとこ向いてる気がする…」
 草間武彦(くさま・たけひこ)ははぁっとため息をつくと、勇太は慌てた。
「ぜ、全然違うくない! 俺は誰も危険に晒したくないだけで…あーもう! 俺も敵探すのに集中するから、草間さん黙っててくれよな!」
 少し赤くなって勇太は息を大きく吸って精神を集中させた。
 テレパスがどこまで使えるのかわからないが、やれるだけのことはやりたかった。
 精神を集中し…なにか…気配が…

『あっちの方向』

 精神を集中させていた勇太の指と、鳥に質問をしていたらしい晴嵐が指した方向は図らずも同じ方角だった。
「勇太は何を感じてあっちだと思うの?」
 鶫の問いに、勇太はゆっくりと目を伏せた。
「邪念…怨念…憎悪…とにかく嫌な感じだ…」
 とても強くて嫌な感情。引きずり込まれたら飲み込まれてしまいそうなほど大きな感情だった。
「胸騒ぎがします…。いきましょう!」
 小瑠璃が走り出すと、それに続けて勇太たちも走り出す。
 胸騒ぎは勇太の胸にも渦巻いき、足はただその不安に押されるように早くなっていった。

2.
 黒い空は、走るうちに黒い街へと変わっていく。
「うわっぁああぁぁ!」
 逃げ惑う人々の群れが勇太たちの行く手を阻む。
「襲われてる!?」
 人の波間に黒い影が見え隠れする。この人々はそれから逃げてきたに違いなかった。
「一般の人たちの避難を…」
 そう言った晴嵐を制止し、草間が叫ぶ。
「避難は俺がやる。おまえたちは行け!」
「怪我人もいるかもしれない。私も…」
 そう言いかけた鶫に草間は言った。
「晴嵐を守るために来たんだろ? なら、晴嵐も含めて人間がこれ以上怪我しないようにおまえたちが諸悪の根源をぶっ潰せ」
「……わかった」
 草間が人々を近くの建物に誘導し始めたのを見て、勇太たちはさらに中心部へと向かう。
 カラスのくちばしが攻撃を仕掛けてきたが、それらを振り払い黒い塊となったカラスの群れの前へとたどり着いた。
 そこは、酷い惨状であたりは黒い羽根と赤い血によって染まっていた。
「…こんな…僕がしっかりしていれば…」
 小瑠璃の顔が苦しげにゆがむ。
 できれば、こんな顔小瑠璃にしてほしくない。
「この…!」
 激情に任せて黒い塊に挑もうとした勇太は、鶫に押さえられた。
「勇太、待て!」
「鶫先輩!? なんで!」
 勇太がそう訊くと、晴嵐が落ち着いた声で答えた。
「勇太君、ここじゃ一般の逃げ遅れた人にまで被害が出てしまうわ。つぐちゃん、近くに大きな公園があるってさっきの子たちが言ってたわ」
「わかった!」
 勇太を諭し、晴嵐と鶫は阿吽の呼吸で動き出す。
 晴嵐は勇太と小瑠璃と共に公園を目指しだす。
「つぐちゃんがあいつを誘導してくれる。つぐちゃんの援護を頼みたいの」
 走りながら晴嵐は勇太にそう言った。
「わかった!」
 勇太は短く返事をすると、公園の入り口に立って鶫を待ち構える。
 晴嵐は、小瑠璃と共に鶫が来るのを待った。
 やがて不穏の空気と共に鶫の気配と魔物の気配が近づく。
「鶫先輩、伏せて!」
 勇太の声に鶫はスライディングのように公園へと走りこむ。
 同時に勇太はサイコジャミングを黒い塊に仕掛けた。
 カラスに効くかはわからなかったが、たとえカラスでも命を消すことに抵抗があった。
『ギァアア!!』
 固まっていた黒い塊から数羽のカラスがぼとぼとと地面に落ちて痙攣した。
 どうやらサイコジャミングは効果があるようだ。
「つぐちゃん」
「わかってる」
 晴嵐の言葉に鶫は勇太の前へと刀を持って躍り出る。銀の髪が風に揺れる。
 勇太はその背に守られながら、サイコジャミングで黒い塊へと攻撃する。
「僕も行きます!」
 小瑠璃は空中に飛び出すと、襲いかかるカラスたちに邪悪を振り払う神聖なる光をもって立ち向かう。
 晴嵐もその背に翼を携えると、空へと舞いあがる。銀色の髪がふわりと風になびく。
「元に戻って! 心を取り戻して!」
 カラスたちが落ちていく。

 それは空が泣いているようにも見えた…。

3.
『愚劣なル人間どもメ…』
 落ちていくカラスとともに、姿を徐々に現したのは人間のような…それでいてどこか禍々しい雰囲気だった。
 そして、その言葉は反撃の合図だった。
 地面に落ち痙攣して横たわっていたカラスたちが一斉に晴嵐たちへと特攻を始めたのだ!
「姉さん!」
「ダメ! 傷つけちゃ…ダメ…」
「てめぇ!」
「やめてください!」
 くちばしが、羽根が、爪が容赦なく4人の体を傷つける。
 カラスたちは悲鳴のような鳴き声を上げてバタバタと地面に落ち、再び特攻を繰り返す。
 そんなカラスたちの体もまた、ぼろぼろになっていく。
「なんでこんな事をするの!?」
 晴嵐は問う。
「おまえ…命をなんだと思ってるんだ!!」
 鶫や小瑠璃もそれぞれの思いが口をついて出る。
『神に逆らイし人間どモ。冥土の土産に聞かせテやる』

『我は嘴太烏。貧乏神だった者ナり。
 その昔、人間の女と恋に落ちタなり。
 我は包み隠さズ、貧乏神であるコとを伝えタ。
 女は…我を拒絶シた。貧乏神であルといウ理由で!
 人間は、傲慢ナり! 人間は、強欲ナり!
 ならば神である我ガ天誅を下してやろウぞ』

「小瑠璃ちゃんと同じ…貧乏神?」
 勇太が呟くと小瑠璃は辛そうに首を振った。
「彼は…闇落ちして魔物になってしまっています。魔物になった貧乏神は…倒すしか…」
『人間に加担せシ貧乏神の末席にも置ケぬ者ヨ。おマえのような者が…世界をダメにすル!』
 むき出しの殺気で魔物は小瑠璃へとターゲットを絞った。
「僕は…」
 動揺しているのか、小瑠璃は動こうとしない。
「小瑠璃さん!!」
 1撃目はすんでのところで晴嵐に庇われ、事なきを得た。
 しかし、魔物はなお執拗に小瑠璃を狙う。
 勇太は、魔物の体から何かが剥がれ落ちてきたのを見た。
 落ちてきたそれを急いで拾い上げると…
「女物の髪飾りだ」
「勇太! 姉さんたちが!!」
 鶫の声にハッと顔を上げると、小瑠璃を抱えた晴嵐が魔物に執拗に追われている。
 再び、髪飾りを見る。古めかしいが、とても大事にされてきたようだ。
「…頼む!」
 一か八か。勇太は髪飾りを握りしめ、サイコメトリーを行った。
 その思いは、溢れるほどの愛と優しさと悲しさだった。

『あなたと私が…同じ世界で生きられるはずないのよ
 神と人ではきっと許されない恋…それにいずれ私は醜く老いて行く…
 私は怖いの…あなたに嫌われてしまうのが
 あなたと共に生きていけないのが』

 勇太は顔を上げた。小さく光る涙を拭いて。
 そして、魔物に叫んだ。
「貧乏神だかとかそんなじゃねーんだよ! あんたこそ、彼女の不安な気持ちを受け止めてやれたのかよ!」
 女性の強い思いをのせ、勇太は魔物へとテレパシーを送る。
 その思いの強さは魔物にだけでなく、鶫や小瑠璃、晴嵐にまで届くほどだった。
『こレ…は…この思イは…』
 魔物の動きが止まった。
 晴嵐と小瑠璃も止まり、鶫は上を見上げる。
「彼女が愛したあんたと今のあんたは大違いだよね。…彼女が今のあんたを見たらどう思うかな」
 晴嵐は小瑠璃を離すと、魔物を真正面に見据えた。
「この子にも言ったことだけど、きっとあなたも何かしらの神様としての役割や存在意義があったからこそ神を冠していた…彼女もそう思ったからこそ身を引いたんじゃないかしら? 私は…彼女のことを知らないけれど、あなたを本当に愛していたと思うの」
 魔物はうつむいたまま、何かを考えていたようだった。
 そして、少しの時間の後小瑠璃を指差した。
『お前、我を消セ。思イを踏みにジり、勝手に憎しみを募らセた我に引導ヲ渡すがいい。我が、我でいられルうちに…』
 小瑠璃はビクッと体を震わせ、晴嵐、鶫、勇太と順番に見つめると意を決したように静かに光の刃を出現させた。

4.
「大丈夫? きっとアイツもこれで良かったと思ってるさ…だから、泣かないでよ」
 小さくなってすすり泣く小瑠璃を前に、勇太は何もできずにオロオロしていた。
 大丈夫なわけないよな…でも、俺…なんて声かけていいかわからないよ…!
 傷ついたカラスたちは晴嵐の手厚い治療により、すっかり元気になった。
「洗脳の方は…大丈夫なの?」
「…何も覚えてないみたい」
 鶫の言葉に晴嵐はそう言った。
 魔物がいなくなったことにより、カラスたちは洗脳が解けたようでそのまま何事もなかったかのように解散していった。
「草間さんにも決着ついたって連絡しないとな」
 勇太はそういうとスマホを取り出して、草間に連絡を取った。
『そうか…あの子のケア、ちゃんとしてやれよ』
 草間の言葉は重く響いた。
「あのさ…小瑠…あ、あれ?」
 勇太が振り向くと、小瑠璃は既にいなかった。
 ぽかんとする勇太に、鶫はポンッと肩を叩いた。

「大丈夫、きっとまた会える日が来るよ。そんな気がする」

 その時までに少しはあの子の傷が癒えてればいいな。
 俺、その時までにあの子が笑ってくれるようなこと、探しておこう…。

 東京の空は、少し雲があったけれど青い空だった。

■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 5560 / 日高・晴嵐 (ひだか・せいらん) / 女性 / 18歳 / 高校生

 5562 / 日高・鶫 (ひだか・つぐみ) / 女性 / 18歳 / 高校生

 8501 / 小瑠璃・- (こるり・ー) / 男性 / 14歳 / 貧乏神

 1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男性 / 17歳 / 超能力高校生

 NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ)/ 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵
 
■□         ライター通信          □■
  工藤勇太様

 こんにちは、三咲都李です。
 この度はご依頼ありがとうございました。
 工藤様の誤解がそのままなのが大変気にかかりますが…まぁ、人生誤解したままの方がいいこともありますねw
 少しでもお楽しみいただければ幸いです。

カテゴリー: 01工藤勇太, 三咲都季WR |

Fantom Crow 前編

1.
 カァ!カァ!
 泣き叫ぶ黒い群れが東京の空を覆う。不気味なまでの黒い空は、全てカラスだ。
「気味悪いな」
 ゴミを出しに外に出た喫茶店のマスターは、そう言って空を見上げた。
 青い空がところどころ見え隠れしている。まるで雨雲のように広がるカラスの群れ。
 日の光さえ遮って、カラスは空を占領していた。
「まったく…害鳥駆除の連中はなにやってんだか…」
 マスターはゴミを置くとグッと腰を伸ばして、首を左右にストレッチさせた。
 長時間の立ち姿勢は年のせいか、だいぶ辛くなってきた。
 マスターは再び腰を伸ばして空を見上げる。
 しかし、そこに見えたのは空ではなく迫り来る黒い塊。
「く、来るな!!」
 容赦のない黒い群れはマスターを飲み込み、赤い血溜りを作り出した…。

 そんなこととは露知らず、1人の少年が放課後の街をぶらついていた。
「なんか最近カラス多いなぁ」
 学校帰りの空を見上げると、あるはずの青空は黒い影に遮られている。
 工藤勇太(くどう・ゆうた)はこれからの時間を考えた。
 今日は部活もないし、割と暇だ。家に帰って家事をやってもいいが、なんとなくつまらない。
 どうせなら草間興信所にいって新しい弁当のおかずでも教えてもらおうか。
 そんなことを考えながら見上げていた空から小さな青い物体が落ちてくるのが見えた。
「なんだ? あれ」
 見慣れぬ物体を追いかけて、勇太は走った。なんだか心惹かれる。
 そうして迷い込んだのは、路地裏の小さな喫茶店の前だった。
「この辺に落ちたと思ったんだけど…」
 キョロキョロと辺りを見回すと、喫茶店のポストに何か青い物が見えた。
 さっきの物体の色に似ている…勇太は近づいてみることにした。
 近づくにつれ、それが小さな鳥だということがわかってきた。
 小さな鳥が目を瞑ってうつらうつらとしている。
 こんな青くて小さい鳥、東京で見たことない…めずらしい鳥だなぁ!
 もしかして、幸せの青い鳥ってヤツなのかな?
 静かに近寄る。鳥は起きない。
 そーっと指先で触れてみる。もふもふしている!
 勇太の指先に衝撃が走る。これは今までにない感覚だ。
 うわ…何コレ可愛いっ!
 もっともふりたい!!
 勇太はその衝動を抑えることができなかった…。

2.
 ポストからそっと手のひらに乗せかえてみる。
 鳥はまだ寝たままだ。よっぽど警戒心がないのか、それとも疲れているのか…?
 もふもふもふもふもふもふ
「…っ!」
 柔らかい! 可愛い! ほっこりだ!
 言葉に出来ない幸せ感。駆け抜けるもふり感。
 地球に生まれてよかった!!
 と、もぞっと手のひらで小鳥が動く気配を見せた。
 じーっと覗き込むと、小鳥は少しずつ小さな瞳を開けた
「あ、目開いた。可愛いなぁ…」
 目を開けても逃げようとしない小鳥に、勇太はさらにもふもふした。
 もう連れて帰っちゃおうか。なんか人間嫌いじゃないみたいだし。
 それにあんだけカラスがいると、こいつ襲われちゃいそうだ。
 カラスって雑食だもんな。
 もふもふしながらそんなことを考えていたら、突然手から小鳥の重みが消えた。
 そして代わりに…小さな子供が降ってきた。 
「…え? …え? ええぇぇぇ!?」
 何がなんだかわからないが、押し倒されるように勇太は小さな子供と路上に倒れこんだ。

「え、あれって勇太くん…よね?」
「あらら。こんなとこでお熱いなー…って勇太じゃん!」
「………」
 どこかで聞き覚えのある声にハッと顔を上げると、勇太は血の気が引く思いがした。
「鶫せっ…晴嵐せっ…草間さっ!?」
「ちょ、何やってんの!?」
 鶫が呆れたようにそう言うと勇太はあわあわと顔を真っ赤にして慌てふためいた。
 人間というのは不思議なもので、焦ると何をしていいのかわからくなったりするものだ。
 勇太もその例外ではない。
「いや、俺別にっ! もふってただけで! 可愛いなって…」
 順を追って話しているつもりが、言葉が足りなくて余計に誤解を招くこともある。
 しかし、焦っている人はそれに気がつかないのだ。
「勇太くん…いいの? 草間さんが見てるよ?」
「えっ!? 何でそこで草間さん!?」
 勇太が驚くと、草間は「問題ない。勇太も大人になったんだな…」と空を見た。
 話の流れが全く読めない! 当事者なのに!
「あんた、草間さんというものがありながら…ま、こうなったら男としてちゃんと責任取らないとね?」
 鶫がニヤリと笑う。
「いや、何それ!? 何の責任!? …あ、ご、ごめんね! 怪我とかない?」
 ハッと勇太が小さな子供を気遣った。
 青い瞳に透けてしまいそうな白い髪が何故か先ほどの小鳥を思い出させた。
「ないです! こちらこそ、僕のせいで…怪我はないですか?」
 勇太はその子供と立ち上がる。
 と、その子供はぺこぺこと何故か晴嵐たちに向かって頭を下げた。
「僕、小瑠璃(こるり)っていいます。彼のせいじゃないんです! 僕が鳥だったのに、急に人間になったから…あ、僕、人間じゃなくて…その、貧乏神だから…」
 消え入りそうな声で小瑠璃は俯いた。
「そうだよね。最初、鳥だったよね…」
 勇太は小さく呟いた。やっぱり見間違いではなかったのだ。
 にしても…へぇ、貧乏神って本当にいるんだ。でも…こんな可愛い貧乏神なら全然OK!
 小鳥だったときも、今も小瑠璃のかわいさは変わらない。
 晴嵐は手を差し出した。俯いていた小瑠璃に見えるように。
「私は日高晴嵐(ひだか・せいらん)よ。初めまして」
 にっこりと笑った晴嵐に、小瑠璃は恐る恐る手を握り返した。
「私は日高鶫(ひだか・つぐみ)。姉さん…晴嵐とは姉妹なんだ。よろしく」
「俺、工藤勇太。ホントに大丈夫だった?」
「あー…俺は草間武彦(くさま・たけひこ)、探偵だ」
 次々と差し出される手に、小瑠璃はなんだか不思議そうに握り返した。

「僕を…嫌がらないんですか? 貧乏神なのに…」

3.
 小瑠璃の言葉に、晴嵐は優しく笑う。
「きっと何かしらの神様としての役割や存在意義があるからこそ、神を冠してるんだと思うの」
 晴嵐とは逆に、鶫はあっけらかんと言う。
「んーこう言っちゃ失礼かもしれないけど、私そういうのあんま信じないんだ。不幸だの何だのって結局は心の持ちようだしさ。だから別に気にしないな。草間さんもそうでしょ? どうせあれ以上興信所が貧乏になるなんてありえないし」
「何でそこで俺を引き合いに出すかな? 鶫ちゃんよ」
 鶫にそう言われて、苦笑いする草間。
 俺の気持ちはもう決まっている!
「俺、嫌わないよ! だって…あ、いや…その…小鳥姿がとっても可愛いし…」
 途中言葉を濁した勇太に、鶫はぴんときた。
「勇太…今『こんな可愛い貧乏神だったら許す!』とか思わなかった?」
「え!? 鶫先輩、超能力…!?」
「勇太君は顔に出やすいのよ」
 うふふっと笑った晴嵐は「で? 心変わりしちゃったの?」と微笑んで言う。
「こ、心変わりって…誰から誰に!? いやいやいやいや、出会って間もなくとかありえないでしょ!?」
 真っ赤になって否定する勇太。しかし、鶫はニヤニヤと笑う。
「僕…僕、皆さんと出会えて嬉しいです…!」
 ぽろぽろと泣き出してしまった小瑠璃に、晴嵐は頬を優しくハンカチで拭いた。
「そろそろ本題入るぞ。晴嵐、鶫」
 そこに割って入ったのが、草間だった。
「え? あ、そうでした」
「ごめん、ごめん」
 鶫と晴嵐はハッと我に返った。
「何かの調査だったの?」
 襟元を正して、勇太が草間に問うと草間は簡単に依頼の概要を話した。
「…カラスの襲撃事件か。そういや最近やたらとカラスが騒いでるな」
 勇太は空を見上げた。上空高く黒い塊がうごめいている。
 つられて、小瑠璃も空を見上げた。目に映るのは黒い鳥。
「あの! 僕、それ知ってます。僕がさっきまで追ってた魔物がカラスを操ってて…あの、上司に討伐しろって言われてるんです」
 語尾を小さくした小瑠璃に、草間の顔色が変わった。
「それ、詳しく教えてもらっていいか?」
「は、はい! あの、僕たちの仕事は人間に害をなす者を排除することなんです。僕の今回の仕事は鳥を操って人間を襲う魔物…だけど、僕の力が足りなくて、逃げられてしまいました。僕は力が弱くなってしまったので、休んでいるところに勇太さんが…」
「なるほど。すべては神の巡りあわせ…ってことか」
 少し考えて、鶫は小瑠璃に言った。

「私たちに協力してくれないか?」

4.
 パチパチとつぶらな瞳を数回瞬かせると、小瑠璃はえぇっ!?と驚いた。
 むしろ勇太も驚いた。
「ぼぼぼぼ、僕が!? み、皆さんに協力? だって貧乏神なんですよ?」
 慌てる小瑠璃に晴嵐は微笑んだ。
「貧乏神かどうかなんて関係ないわ。あなたは現にこうして人々のために危険を賭してくれているわけだし。だから、そんなに自分を卑下する必要はない必要はないと思うな」
「さっきも言ったけど、私は気にしない」
 鶫と晴嵐にそう言われて、小瑠璃は困ったように顔を赤くした。
「待ってよ! 小瑠璃ちゃんにそんな危ないこと…!」
 小瑠璃をさっと庇った勇太だったが、鶫と晴嵐はそんな勇太に一言だけハモった。

『なら、勇太(君)も来ればいい(のよ)』

 思わぬ言葉に勇太の心は揺れ動く。
 それは…そうなんだけど…、俺がいくっていうのと小瑠璃ちゃんが危ないっていうのとは別次元の話じゃ…?
 しかし、日高姉妹のターン!
「皆で負担を分け合えば、きっと危険度も低くなるはずよ」
「そうだよな。危ないと思うなら近くで守ってやればいい。勇太にはその力もあるんだし」
 にこにこと鶫と晴嵐は流水の如く勇太を流していく。
 その激流に勇太はクラクラと頭を抱え込む。
 そ、それは、その通りかもしれないけど…!
「あのっ、僕のことは気にしないでください! 僕、皆さんのお役に立てるなら、それでいいんです」
 必死にそう訴えた小瑠璃の瞳に、勇太はダメ押しを喰らった。
 ここで行かなかったら男じゃない!
「俺も行く! べ、別に小瑠璃ちゃんだけのためじゃないからな! 男手が草間さんだけじゃ頼りないからだからな!」
「…俺がなんだって!?」
 草間の両拳がこめかみにぐりぐりと当てられる。
「うわぁああああ!!」
「俺が頼りないってどの口が言った?」
 逃げ回る勇太と追い掛け回す草間の寸劇を、にこやかに見守る鶫と晴嵐。そして小瑠璃。

 その上空で、黒い塊に混じって怪しげな影が勇太たちを見つめていた…。

■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 5560 / 日高・晴嵐 (ひだか・せいらん) / 女性 / 18歳 / 高校生

 5562 / 日高・鶫 (ひだか・つぐみ) / 女性 / 18歳 / 高校生

 8501 / 小瑠璃・- (こるり・ー) / 男性 / 14歳 / 貧乏神

 1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男性 / 17歳 / 超能力高校生

 NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ)/ 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵
 
■□         ライター通信          □■
 工藤 勇太様

 こんにちは、三咲都李です。
 この度はご依頼ありがとうございました。
 もふ…もふ…羨ましいです。果てしなく羨ましい…。
 少しでもお楽しみいただければ幸いです。

カテゴリー: 01工藤勇太, 三咲都季WR |

とあるネットカフェの風景~ROUND2~

1.
「この間の記事、結構評判よかったみたいだぞ」
 放課後。新聞部に立ち寄ると部長から開口一番そう聞かされた工藤勇太(くどう・ゆうた)は「え?」と思わず声に出してしまった。
 開かずのパンドラロッカー。
 結局推測の域を出ない考察を纏めただけの記事になってしまったのだが、それが意外にも評判だという。
「御伽話みたいで面白かったとさ」
「ははは…」
 愛想笑いをした。が、部長は笑いもせずにピシッと勇太に言った。
「で、次の記事の件だが…」
「え!?」
「…何にも考えてませんでしたって顔だな。いいか? 新聞ってのは記事のネタになりそうなものを常にアンテナ張って見つけなきゃダメなんだよ。ロッカーの話はおまえがたまたま空いてたからやってもらっただけ。本来なら自分でネタとってくるの」
 部長の言い分はもっともである。
 しゅんと肩を落とした勇太に、部長は「…まぁ、そのうち慣れるさ」とポンポンと肩を叩いた。
「しょうがないからもうひとつ、俺が見つけてきたネタやるからちょっと調べてこい」

 一方、オカルト系アイドルSHIZUKU(しずく)はネットカフェでBBSを覗き込みながら面白いネタがないか眺めていた。
 しかし、あるのはいかにも嘘八百を並べ立てたような情報ばかりである。
「このSHIZUKU様の目を欺けるとでも思ってるの?」
 ぶーたれた顔でもアイドルは可愛い。
 カチカチと次から次へと情報を拾っては捨て、拾っては捨て。
 いい加減飽きた頃、1人の客がネットカフェに入ってきた。
「いらしゃいませ、お1人様ですか?」
「あ、はい」
 短い言葉だったが、確かに聞き覚えのある声。
 しかも、ごく最近に聞いた覚えがある。
 カウンターの方を振り向く。細身の今時の高校生。顔はなかなか可愛い。
 …やっぱり見覚えがある!
「おーい! 勇太くーん?」
 偶然の再会。声をかけると高校生・工藤勇太は「げっ!?」と小さく叫び焦って近寄ってきて「しーっ」と人差し指を口に当てた。
「何やってんだよ…まさか荒川の噂もう嗅ぎつけたのか? お、俺の掴んだネタは渡さないぞ!」
 数秒見つめあった後、SHIZUKUはニヤリと笑った。
「へぇ~、なにそれ? 面白そうだなぁ…教えてくれるよね? ゆ・う・た・く・ん♪」
 この出会いは必然だった。SHIZUKUはそう確信した。
 そして、勇太は自分が墓穴を掘ったことを悟ったのだった…。

2.
 最近荒川に物を投げ込むと金の斧・銀の斧現象が起きるという噂。
 ある者はシャープペンシルが高級ボールペンになったり、またある者は10円チョコが100円のスナック菓子になったという。
「あー…そういえば、さっきそんな書き込み見た気がする」
 勇太から話を聞いたSHIZUKUはカチカチとマウスを動かしてBBSの画面をスクロールさせた。
「あ、そこ!」
 ディスプレイを覗き込んでいた勇太は短く声を上げる。
 SHIZUKUが止めた先には、確かに『【野球ボールが】荒川ゴールデンアックス【バスケボールに】』というふざけたタイトルのスレが立っていた。
「…ゴールデンアックスってそういう意味だったのね…」
 SHIZUKUがポツリと呟いた。
 勇太は画面をスクロールさせながら、有益な情報らしきものをメモしていく。
「プリントアウトした方が早いよ?」
「記者は常に自分の言葉で物事を書くんだ…って先輩に言われたんだよ」
 ペンを走らせながら、勇太がそう言うとSHIZUKUは「今のが受け売りじゃなかったらかっこよかったのにねー」と笑った。
 有益そうな情報を総合すると、場所は荒川にかかる特定の橋の上。
 そして、たまにまったく関係のないものが飛んでくるとか。
 変な声を聞いたが姿は見えなかった…という書き込みもあったが、それが関係しているのかはよくわからなかったので、とりあえずメモしておいた。
「さて、情報も集まったし…俺行くわ」
「あ、待ってよ。あたしも行くよ」
 立ち上がったSHIZUKUに勇太は眉根を寄せた。
「だから、これは俺のネタなの! 雫にはやらないって」
「ひっどーい! アイドルをこき使っておいて、ポイ捨てするなんて…男の風上にも置けない…しくしく」
 アイドルは嘘泣きを始めた! 周りの冷たい視線がHPを削っていく!
 どうする勇太!?

 …諦めて連れてきました。
「ホントにこんなとこに出るのかな~?」
 橋の上から無邪気に川を覗き込むSHIZUKUを後ろから突き落としたい衝動をグッと押さえ込んで、勇太は努めて冷静に振舞った。
「百聞は一見にしかずって言うし、とりあえずなんか投げ込んでみたら反応があるんじゃないか?」
 そう言って勇太は投げ込めそうなものを探す。
 橋の上には小石。こんなものを投げ込んでもしょうがないだろう。
 自分の持ち物…ペンもメモも投げ込めないし…鞄の中身は言うに及ばず…適当な物がない。
「おい、しずk…」
 そう言いかけたとき、SHIZUKUは勇太のポケットからサッと何かを抜き取った。
「あ、これにしよ♪」

 SHIZUKUが手にしたそれは、勇太のスマフォだった…。

3.
「ま、待て! それは俺の…!!!」
 顔面蒼白、頭の中真っ白。
 勇太は慌てて取り返そうとしたが…
「えいっ!」

「ぎゃー!!!!!」

 SHIZUKUは何のためらいもなく、スマフォを川に向かって放り投げた。
 その瞬間、瞬間が勇太の脳裏にコマ撮り写真のように焼き付いていく。
 今テレポートを使ったら…俺まで川に落ちちゃうよ。
 俺のスマフォ、おまえテレポート使って俺のとこに戻ってこいよ。
 俺ができるんだからおまえもきっとできるよ。
 そしたらおまえ、助かるんだぜ…。

 ぽちゃん☆

「さぁて、何が出てくるかな~♪」
 がくりと崩れ落ちた勇太とは対照的に、ワクワクが隠せないSHIZUKU。
「なんで…何で自分のやつでやらないんだよ! 何で俺のなんだよ!!」
「だって、あたしの投げてもし戻ってこなかったら、誰かに拾われてアイドルのプライベート情報流出の危機じゃない」
 全く悪気を感じさせないSHIZUKU。
 今なら突き落としてもいいんじゃないかな?
 そんな殺意がむくむくと…
「いてっ!!」
 勇太の殺意を打ち消すように、頭に何かがクリーンヒットした。
 かなり痛かった。
「なんだ…? 携帯??」
「携帯? 降ってきたの??」
 勇太が拾い上げたそれは、二つ折りの携帯電話で誰かの使い古しのようだ。
 電源は…入らない。うんともすんとも言わない。
 空を見上げたが、それ以上何も降ってきそうな気配はない。
「俺のスマフォ…」
「ホントに違うものになったね~。どうなってるのかな~♪」
 心底嬉しそうなSHIZUKUとどん底な勇太。
 スマフォ…カスタマイズも全部済ませて、使い勝手物凄くよかったのに…。
 もう…戻ってこない…。
 俺のスマフォはゴミなんかじゃない。まして、川はゴミ箱なんかじゃないのに…。

『みんながそういう気持ちならよかったのに』

 その声は唐突に勇太に話しかけてきた。

4.
 勇太が感じたその言葉は川の方から聞こえた。
 勇太は川を覗き込んだ。そこに小さく光る何かを見た。
 その光は、勇太の体をすり抜けて勇太の肩に止まった。
 光がすり抜けた瞬間、勇太はその光がアザラシであることを理解した。
 昔、この荒川に迷い込んで死んだアザラシの魂。
(なんで…こんなことを…)
 心の中でそう呟いた勇太に、アザラシは言った。
『人間はどうしてゴミを川に捨てるの? 君は言ったよね? 川はゴミ箱じゃないって。ボク、綺麗な場所が好きなんだ。綺麗な川で眠りたいんだ。なのに、みんな川に捨てていく』
 悲しげな叫びに、勇太は対応に困った。
 こういう時はどうしてあげたらいいのだろう?
 優しく…すればいいのかな?
 小さな光をそっと撫でて、勇太は囁く。
(そうだな。綺麗な川がいいよな。人間だって悪いヤツばかりじゃないんだよ。でも…ごめんな)
 きゅうっと小さくひと鳴きして、光は川に飛び込んでいった。

「どうしたの? ボーっとして」
 SHIZUKUが大きな目をぱちくりと、勇太を覗き込む。
 勇太はSHIZUKUに言った。
「今から川の掃除をしよう」
「…え!? 今から!?」
「俺のスマフォが見つかるまで、徹底的にやる! 雫も手伝ってくれるよな?」
 にっこりと勇太が言うと、SHIZUKUはおろおろと視線を泳がせる。
「だ、だって…汚れるし…それに、今日はもう遅いし」
「なら明日でもいいよ? 俺のスマフォを落としたの、雫だもんなー」
 極上のスマイル、プライスレス。
 タダより高いものはない。
 返す言葉もなく、SHIZUKUは勇太のスマフォを探すために首を縦に振るしかなかった。

 後日、高校の新聞には荒川を掃除するオカルトアイドル・SHIZUKUのスクープ写真が載った。
「まさかこんなネタを持ってくるとは…急成長だな」
「いやいや、たまたまです」
 部長に褒められた勇太の手には、SHIZUKUの手によって発見されたスマフォがすっかり修理されて元通りの姿で握られている。
 勇太はもう一度SHIZUKUの映る新聞を見た。

 掃除をするSHIZUKUの後ろ側には、小さく光るアザラシの魂が今まさに天に昇ろうとしているところが映っていた…。

■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男性 / 17歳 / 超能力高校生

 NPC / SHIZUKU (しずく) / 女性 / 17歳 / 女子高校生兼オカルト系アイドル

■         ライター通信          ■
工藤・勇太様

 こんにちは、三咲都李です。
 ご依頼ありがとうございます。
 アイドルとの再会、そして…なんかラブとは程遠いライバルになってますね。
 これは性別を超えた友情の予感!?
 少しでもお楽しみいただければ幸いです。

カテゴリー: 01工藤勇太, 三咲都季WR |

とある日常風景~早春賦~

1.
「…はい。お見事です!」
 草間零(くさま・れい)はそう言うと、パチパチと小さく手を叩いた。
「ほ、ホントですか?」
 工藤勇太が恐る恐る聞くと、零はにっこりと笑った。
「はい。卵も上手に巻けていますし、お野菜の飾り切りもお肉の焼き加減もお上手です」
 作り終えたばかりの弁当を褒められて、勇太ははにかんだ。
 草間興信所の台所を借りて、勇太のための零の弁当講座は既に数回開かれていた。
 少しずつではあるが、勇太の手際もよくなってきて弁当男子は完成間近と思われた。
「…見た目はいいけど、味はどうなんだろうなぁ?」
「!? い、いつからそこに!」
 勇太の背後にいつの間にか所長の草間武彦(くさま・たけひこ)がいた。
 勇太の作った弁当のおかずをひょいっと摘みあげ、草間はそれをパクッと食べた。
「零に言われたまま作ってるんじゃ、まだまだ1人前とはいえないよなぁ」
「なっ! そんなことねーよ! ちゃんと1人で作れるって!」
 思わず反論した勇太に、草間がしてやったりと言わんばかりにニヤリと笑った。
「よし。なら俺にその成果見せてみろ。異論は無いな?」
「…い、いいよ。受けてたつ!」
 何故2人の男は弁当をかけて燃え上がるのか?
 そんな2人を優しく微笑みながら見守る零なのであった…。

2.
「よし。…これなら草間さんも納得だろ」
 日曜日の朝早くから起きて、勇太は台所で1人満足げに頷いた。
 弁当が完成した。2時間くらいかかったけど、勇太の最高傑作が出来上がった。
 今日は勇太の弁当の腕前を披露を兼ねた草間興信所の花見である。
 3人で行くのも寂しいということで、この間依頼で知り合った日高鶫(ひだか・つぐみ)と日高晴嵐(ひだか・せいらん)を誘って5人で行くことになった。
「ふっふっふ…待ってろよ、草間さん。ぎゃふんと言わせてやる!」
 燃え上がる勇太に、勝機はあるのか!?
「…って、もうこんな時間か! 早く行かないと先輩たち待たせちゃうな…」

 待ち合わせは草間興信所前に10:00。約束の時間に勇太はそこに着いた。
「あ、勇太! おはよ!」
「あれ? 俺最後!?」
「おはよう、勇太くん」
 既に来ていた日高姉妹はにこやかに挨拶してくれた。
「遅いぞ、勇太」
「おはようございます。勇太さん」
 相変わらずの悪態をつく草間と笑顔の零。
 4人は勇太が着くと「じゃあ行こうか」と歩き出した。
「この近くにいいお花見スポットがあるんだよ」
「へぇ、この近くにそんなところがあるんですか」
 鶫が意外そうな顔をして草間を見た。草間は得意気にふふんと鼻を鳴らした。
「まぁな。地元のヤツもそうそう知らない穴場だからな。期待していいぞ」
「…どっかの家の庭とか言わないよな」
 ボソッと呟いた勇太の言葉を草間は聞き逃さなかった。
「お、お前! 何で知ってるんだ!?」
 どうやら図星だったらしい。草間はオロオロしている。
「まぁまぁ、お兄さん。そんな勿体つけたいい方したら誰だって気付いてしまいます」
 零が冷静に草間に止めを刺した。草間は完全に肩を落とした。その後姿は哀愁漂うおっさんにしか見えない。
「どうしたんですか? お兄さん」
 純真無垢なくりくりとした瞳を草間に遠慮なくぶつける零。
「零さん、コワイ…」
「草間さんの自信を打ち崩すなんて…零ちゃん、恐ろしい子…」
「…姉さんも零と似たところあるから、気をつけてね?」
 高校生3人がそんなヒソヒソ話をしていると、草間はある1軒の家を指差した。
「ここだ、ここ」
 草間の示した家は特に変哲も無い古い家だった。

3.
「いらっしゃい草間さん。さぁ皆さん、奥へどうぞ。よく来てくださったわ」
 出てきた老婦人は愛想よく、裏庭へと5人を招き入れた。
 外からはパッと見わからないほど、庭は奥へ細長く続いていた。
「不思議だ…別世界みたい」
 鶫が辺りを見回してそう言った。
 勇太も庭に入った瞬間から、まるで別世界に迷い込んだような気分だった。
 咲き誇る梅の根元を彩る水仙の花。菜の花のつぼみも黄色くはちきれそうだった。
 街中の音もここでは不思議と聞こえない。
「東京にこんな場所が残ってたなんて…」
「綺麗ですね、晴嵐さん」
 鳥の戯れを見つめる晴嵐に零も微笑んだ。
「いいとこだろう。な? 期待していいって言っただろ」
 少しだけ自信を取り戻したらしい草間は「驚くのはこれからだぞ」と付け加えた。
 さらに奥へと入っていくと突然前が開けた。
「わぁ…!!」

 眼前に現れたのは、樹齢何百年とありそうな立派な枝垂桜だった。

「すげー…こんなの初めて見た」
 圧倒的な存在感を前に、勇太はただ驚くばかりだった。
「だろだろだろ!! その反応が見たかった!」
 完全に自信を取り戻した草間は「よし、花見開始だ!」と宣言した。
 広げられたブルーシートの上に、各自持ち寄った弁当やらお菓子やらを広げていく。
「お菓子ならよく作るんだけど、普通のお料理は母の手伝いや家庭科でくらいしかしたことないの。だからあまり自信ないんだけど…」
 そう言って晴嵐は大きめのお弁当箱2つとバスケットを取り出した。
 1つ目に入っていたのはおかず。唐揚げ、卵焼き、里芋とイカの煮物が綺麗に並んでおり家庭的な印象だった。
 2つ目はおにぎり。何故か突出して大きく不恰好なおにぎりが混ざっている。
 バスケットの中からはサンドウィッチとクッキー、マドレーヌなどの焼き菓子が出てきた。
「つぐちゃんと2人で作ったの」
「…これだろ、これ。あと、このクッキーも」
 草間が不恰好なおにぎりとクッキーを指差した。鶫は「正解」と頷いた。
「じゃ、それ草間さんの物ってことで」
「え!? 俺? 何でそうなる!?」
「いやいや、胃袋に入っちゃえば一緒でしょ? 基本は姉さんが作ってるから保証するよ。要は味が良ければいいんだって」
 鶫先輩すげーワイルド…なんて思いながら、勇太は自分の持ってきた弁当を開けた。

「どれどれ。勇太の弁当は…おぉ!?」
 勇太の弁当を覗き込んだ草間の目の色が変わった。

4.
 アスパラとそら豆のごまマヨあえ、人参の飾り切り、ピーマンの肉詰め、かぼちゃの天ぷら。
 そして何より頑張ったのは稲荷ずしだった。
 ちゃんと揚げを煮るところから作った自信作だ。
「勇太…お前…これ本当に1人で作ったのか?」
「なっ!? 俺以外に誰かが作ったとでも言いたいわけ!?」
 バチバチと火花を散らす草間と勇太。そんな2人を見て鶫と晴嵐は首を傾げた。
 零はそれに気がつく、訳を説明した。
「勇太くん、零さんにお弁当の作り方を習ってたんですか?」
「はい。とっても上手に作れるようになりました」
「へえ、零に教えて貰ったんだ。凄いなー上手くできてんじゃん。私なんかよりもよっぽどいいお嫁さんになれそうだ」
 鶫のその言葉に、勇太は即座に振り向いた。
「ちょ、鶫先輩! 誰が嫁に行くんですか、誰が!」
 ほんのちょっと余所見をした隙に、勇太の弁当を草間がつまみ食いする。
「…うん。ま、及第点だな」
「か、勝手に食っといてその言い草はなんだよ! ていうか、俺まだ食っていいとか言ってないし! 素直に美味いって言えよ!」
 草間のほうを向いた勇太の手元から、今度は鶫がおかずを奪っていく。
「早速味見ー…ん~、もうちょっとスパイス効いてる方が私は好きだなぁ」
「鶫先輩まで!?」
 零が持ってきた飲み物を注ぎながら、晴嵐は勇太ににっこりと微笑んだ。
「落ち着いて勇太くん。…ところで、勇太くんはどうして零ちゃんに教わろうと思ったの? もしかして…」
 そう言った後、晴嵐は飲み物を勇太の前に置くとヒソヒソと鶫と内緒話を始めた。
「もしかして!? 何!? なんでそこで声潜めるんですか!?」
 しかし、晴嵐と鶫は勇太のほうへ視線を向けたまま内緒話をやめない。
「勇太さん、この飾り切りとっても綺麗にできてますね。ピーマンの肉詰めもちゃんと火が通っていて美味しいです」
 ハッと振り向くと零が、勇太の弁当を食べていた。
「零さん…ありがとうございます」
 心底嬉しさが滲み出る。今日頑張ってきた甲斐があった。勇太はそう感じた。
「ねぇ草間さん。勇太くんのお弁当、本当のところはどうでした?」
 唐突にそう質問した晴嵐に、鶫の作ったおにぎりに手を伸ばしかけていた草間は顔を上げた。
「ん? 美味かったぞ」
「…ですって。勇太くん。よかったね」
 突然話を振られた勇太は、思わず本音が出てしまった。
「え…あ…そっか。よかった」
 今日の目的が達せられた安堵感から思わず笑みがこぼれた。しかし…
「見た!? つぐちゃん!」
「見た!? 姉さん!」
 日高姉妹の反応に、勇太は何かマズイ対応をした気がしたが、後の祭りだった…。
 

5.
「道ならぬ恋…私応援するから!」
「いや、誤解だって! 俺は別に草間さんのことなんて…」
「誰も草間さんのことなんて言ってないよ? 勇太…やっぱり…」
「ちがっ…草間さんもなんか言ってよ!」
 お互いのお弁当を食べながら、話に花が咲く。
 …あんまり咲いて欲しくない話題だけども。
「…勇太、すまない。お前の気持ちに俺は…こたえられない」
「俺が欲しいのそういうんじゃないし! 否定してくれよ!」
 零が桜を見上げてお茶を飲む。
「こういうのを平和っていうんでしょうね」
 まだまだ宴は終わらない。綺麗な桜の下で幸せな時が過ぎていく。
「ずっとこの時間が続けばいいですね」

「終わっても、またやればいいだけですよ」

 零の小さな呟きに勇太もまた小さく呟いた。
 その呟きは枝垂桜をさわりと揺らした。

 春は、もうそこに…。

■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 1122 / 工藤・勇太(くどう・ゆうた) / 男性 / 17歳 / 超能力高校生

 5560 / 日高・晴嵐(ひだか・せいらん) / 女性 / 18歳 / 高校生

 5562 / 日高・鶫(ひだか・つぐみ) / 女性 / 18歳 / 高校生。

 NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ)/ 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵

 NPC / 草間・零(くさま・れい)/ 女性 / 不明 / 草間興信所の探偵見習い
 

■□         ライター通信          □■
 工藤・勇太様

 こんにちは、三咲都李です。
 この度はPCゲームノベルへのご参加ありがとうございました。
 今回はお花見ということで、大変楽しく書かせていただきました。
 少し時期が早いのですが、枝垂桜を見に行っていただきました。
 ツンデレ…ていうか、すでにツッコミになってる気が…大丈夫だったでしょうか?
 少しでもお楽しみいただければ幸いです。

カテゴリー: 01工藤勇太, 三咲都季WR |

とある日常風景~夕暮れクッキング~

1.
「おう、どうした?」
 いつものように草間興信所のドアを叩いて入ると、所長の草間武彦(くさま・たけひこ)は所長の机にどっかりと座っていた。
 新聞片手にタバコをくわえて、いつものように横柄な態度だ。
「いらっしゃいませ。今日は何かご用でしたか?」
 奥のキッチンからひょいと顔を出した妹の草間零(くさま・れい)はにっこりと笑う。
「いや、用っていうか…まぁ、なんていうか」
 モジモジと思わず手に持っていた紙袋を後ろ手に隠す。
 しまった。またタイミングを逃した。
 工藤・勇太(くどう・ゆうた)は愛想よく笑い返してみたものの、内心焦った。
 なんかこの間も同じことやった気がする。
 俺、タイミング掴むの下手だな…なんて思いながら、勇太はじりじりと後ろに下がっていった。
「な、なんでもない。やっぱなんでもない! それじゃ、俺帰るから! またね、草間さん。零さん」
「待て! 同じ手はもう食うかよ。用があるんだろ? 男らしく言え!」
 前回と同じく逃亡しかけた勇太の頭を、草間は鷲掴みにして一喝した。
「お兄さん! 暴力はいけません!」
 零がそうたしなめたが、草間は一向に手を離そうとしない。
「これは暴力じゃない、教育的指導の一環だ」
「…っ、わかったよ。わかりましたよ。言えばいいんでしょ? …だから離してくださいよ…」
 草間が手を離すと、勇太はコキコキッと首を2~3回左右に鳴らした。
 容赦のない草間の攻撃のおかげで、身長が少しくらい伸びたかもしれない。
「で、何しにきたんだ?」
 改めてそう聞かれて、勇太はひとつ大きく深呼吸をしてから少し草間から視線をそらせた。
「…零さんに…料理を教えて欲しいと思って…」
 語尾が段々と消えていく。それにつれて勇太の顔は赤く染まっていった。
「…料…理?」
 プッと草間が吹き出す音が聞こえた。
 この人の前で言ったらこうなるであろうことは、わかってたんだ。
「べ、別に料理くらい出来なくても…」
 そう見栄を張ろうと思ったが、勇太は少し考えてふぅっとため息をついた。
「…今まで俺さ、学校のお昼は購買のパンばっかで、家でも料理ってほとんどやらなかったんだ。でも、1人暮らしなんだし、やらなきゃと思って…最近弁当くらいなら作れるかなって、作ってみたんだけど…」
 勇太はそう言って、携帯を開くとフォルダから画像を探した。
 そして探した画像を零と草間のほうに向けた。
「…なんかさ、不味そうなんだよね」
 画像には弁当箱に入れられたご飯とおかずが整然と入れられて写っている。
 卵焼き、ソーセージ、から揚げ、肉団子。ご飯の真ん中には梅干がひとつポツンと乗っている。
「肉ばっかだな。それにこげてる」
「彩りがよくないですね。お野菜もありませんし…」
「…ってことでさ。下手なりに頑張ってみたんだけど、どうにもならなくなったんだ。零さん。料理、教えてください!!」
 勇太は深々と零に向かって頭を下げた。

2.
「そうですね…うまく教えられるか不安ですけど、やってみましょうか」
 にっこりと零が笑ったので、勇太はパァッと顔を明るくした。
「ホントですか!? やった!! あ、俺エプロン持参できたんです」
 持っていた紙袋の中からがさっと取り出したのは薄緑のシンプルなエプロン。
「…なんだ、手土産じゃなかったのか」
 残念そうに呟いた草間に、勇太はにやっと笑い「すいません」と謝った。
「材料は今興信所の冷蔵庫にあるものでかまいませんか?」
「はい。大丈夫です」
 早速キッチンに向かう2人…の後を追う草間。
 完全に蚊帳の外である。
「草間さんは味見役お願いします。…くれぐれも邪魔しないでくださいよね?」
「…なんだよ。ラブラブの2人には俺が邪魔者ってことか?」
「ちょ!? だ、誰がそんなことを! 大体俺と零さんはそんな関係じゃ…」
 そう言って口をつぐんだ勇太に、零が援護を出した。
「お兄さん、勇太さんをいじめないでください。じゃないと、今日の夕ご飯抜きにしますよ?」
 零にそういわれ、草間は渋々とオフィスに戻っていった。
「べ、別にいじめられてたわけじゃ…」
 勇太は赤くなって俯いた。
 するとふふっと零は笑って、勇太に聞こえるか聞こえないかの声で囁いた。
「わかってますよ」

 冷蔵庫の中から零は色々なものを取り出した。
 人参、卵、ほうれん草、カブの甘酢漬け、それに冷凍してあったハンバーグらしきもの。
「お弁当の基本は『五味・五法・五色』といいます。でも、正直これを全部やるのは難しいので、今日は5色だけにしますね。…あ、5色は『赤・黄・緑・白・黒または茶』なんですよ」
「5色…」
 なるほど。いわれてみればキッチンの上に出された食材はまさに5色揃っている。
「お弁当は時間との勝負でもあります。でも、ちゃんと段取りを考えれば大丈夫ですよ」
 零はまず鍋にお湯を沸かし始めた。
「では、勇太さんはその間に人参を千切りにしてもらえますか?」
「え? 千切り? こ、こう?」
「えーっと…人参をスライスしてですね、スライスし終わったらそれを細かく刻む切り方で…」
 見本にと、零は少しだけ人参の千切りを見せた。
 それはとても上手で手早く、まだまだ勇太には到達し得ない域の技だった。
「零さんにこんな特技があったなんて…」
「そ、そうですか?」
 素直に感想をのべた勇太に、零は照れくさそうに頬を染めた。

3.
 キッチンから聞こえる楽しそうな声…。
 新聞を広げてはみたものの、草間はその声が気になってとてもじゃないが新聞の内容など頭に入ってこなかった。
 チクショー。俺をないがしろにしやがって。
 草間はため息をひとつつくとダンッと立ち上がった。
 味見役なんだから、作っている今こそ俺の出番じゃないのか?
 ていうか、それくらい食わせてもらっても罰は当たらないだろ。
 ふらふらといい匂いに釣られるように、草間はキッチンへと歩き出した。

「ほうれん草は茹でたあと色を綺麗に保つ為に水にさらすのですが、栄養素が流れてしまうので色が気にならないようでしたら水にさらすのをやめてもかまいません」
「へ~…で、これ次どうすればいいですか?」
「すりゴマとお醤油で和えます。すると…ほうれん草のおひたしの完成です! あ、お好みで砂糖を加えてもおいしいですよ」
「おぉ! 簡単だ!」
 和気あいあいと会話しながら弁当を作る2人の背後に恐ろしげな影がさす。
「楽しそうだなぁ、おい」
「うお!? びっくりした!」
 突然背後から現れた草間に、勇太はドキドキした。
「どれどれ、俺が味見を…」
 ひょいっと今出来たてのおひたしを草間がつまんで口に入れた。
「あ!?」
「ん~…んまい。さすが零だな。上出来だ」
「ちょ、俺が作ったんだぜ!?」
 そう主張した勇太に、草間はニヤリと笑った。
「なんだ? 勇太くんは褒めて欲しいのかな~?」
 意地悪そうな顔でこちらを眺める草間に、勇太はウッと声を詰まらせた。
「べ、別にそんな訳ないじゃん! 男に褒められたって嬉しくないね!」
 しかし、そんな勇太の強がりとは裏腹に草間のニヤニヤは消えない。
「…と、とにかく! 味見役は大人しく完成するまで待ってろよな! …絶対美味いもん作るから…」
 草間の背中を押してキッチンから締め出すと、零がニコニコと勇太に微笑んだ。
「大丈夫ですよ。勇太さん、ちゃんと美味しいものが作れています。私が保証します」
 そういわれて、勇太は「どうも」と赤くなって俯いたのだった。

4.
「ハンバーグは作りおいて冷凍しておくと朝焼くだけで済みますし、お漬物や佃煮などの保存がきくものを常備しておくと楽になります」
 人参の千切りをドレッシングで和えただけの簡単な人参サラダに、卵焼き、ほうれん草のおひたし、カブの甘酢漬け、ハンバーグとご飯を綺麗にお弁当箱の中に詰めて、零のレッスンによる勇太作のお弁当が2つ完成した。
「とっても美味しそうです。さ、お兄さんに味見をしていただきましょう」
 お茶を手早く入れて、零は2つの弁当箱をお盆に載せてはいっと勇太に手渡した。
「え? お、俺が持ってくの!?」
「自信持って、お兄さんに美味しいって言ってもらいましょう」
 にっこりと笑った零は、厳しくもあり、優しくもあり…。

「お、俺が作った弁当、食べてみてよ」
 草間の前にドンとお茶と弁当箱を置くと、草間はふむっと座り直して箸を持った。
「卵焼き、形崩れてないか?」
 文句言いながらもむしゃむしゃと箸が止まらない草間を、勇太はジーっと見つめていた。
 そして、静かに完食すると草間は箸を置いた。
「…どう、だった?」

「あぁ、美味かった。ま、見た目がもう少しよけりゃ、嫁にいけるな」

 ホッとしたのも束の間、勇太は草間の最後の言葉に引っかかった。
「なんだよ、嫁にいけるって! 俺は男だ!!」
「世の中『主夫』なんて職業もあるんだ。諦めずに弁当作り頑張れ」
「主夫になんか、ならねーし!!」
 食後の茶をすする草間に、勇太は食ってかかった。
 すると、ニコニコと佇んでいた零が、まだ中身が入っている弁当箱を勇太に差し出した。
「折角ですから勇太さんも食べてください。そろそろお夕食の時間ですし」
「え?」
 あっけにとられた勇太に、零は「どうぞ」と座るように促した。
「だって、これ、零さんの分じゃ…」
「私の分は問題ありません。これは勇太さんが食べてください」
 勇太が零の手から弁当を受け取ろうとした瞬間…
「そんなに遠慮するなら俺が食ってやるよ」
 草間がひょいっと弁当を取り上げた。
「あんた、さっき食ったじゃん!!」
「探偵は食えるときに食っとかないとダメなんだよ!」
「かーえーせーーー!!」

 その日の夜、家に帰った勇太は忘れないうちに零のレシピを冷蔵庫に貼っておいたのだった…。

■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 1122 / 工藤・勇太(くどう・ゆうた) / 男性 / 17歳 / 超能力高校生

 NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ)/ 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵

 NPC / 草間・零(くさま・れい)/ 女性 / 不明 / 草間興信所の探偵見習い
 

■□         ライター通信          □■
 工藤・勇太様

 こんにちは、三咲都李です。
 この度はPCゲームノベルへのご参加ありがとうございました。
 お弁当作り。たまに作る分だと楽しいのですが、毎日となると…。
 少しでもお楽しみいただければ幸いです。

カテゴリー: 01工藤勇太, 三咲都季WR |

とある日常風景~吹奏楽編~

1.
「おう、どうした?」
 いつものように草間興信所のドアを叩いて入ると、所長の草間武彦(くさま・たけひこ)は所長の机にどっかりと座っていた。
 新聞片手にタバコをくわえて、いつものように横柄な態度だ。
「いらっしゃいませ。今日は何かご用でしたか?」
 奥のキッチンからひょいと顔を出した妹の草間零(くさま・れい)はにっこりと笑う。
 工藤勇太(くどう・ゆうた)は思わず持っていた荷物2つを後ろ手に隠して、つられて笑顔を作った。
「いや、用っていうか…まぁ、なんていうか…」
 もごもごと歯切れも悪く次第に顔が赤くなっていく勇太に、草間は怪訝な顔をした。
「言いたい事があるならはっきり言えよ?」
 新聞を置いた草間に、勇太は慌てて頭を振った。
「な、なんでもない。やっぱなんでもない! それじゃ、俺帰るから! またね、草間さん。零さん」
「え!? 勇太さん!?」
 今来たばかりだというのに、くるりと踵を返して勇太は階段を駆け下りていった。
「…なんかあるな…」
「なにか…ですか?」
 小首を傾げた零と机に頬杖をついた草間は、勇太の尋常ならざる態度にふむっと頷いた。

2.
 駆け下りた階段の下で、ため息交じりにひとつ大きく息を吐いた。
 手荷物2つを地面に置いて、その片方の学校の鞄を開いた。
 折れないようにクリアファイルに入れてあった2枚の紙を、そっと取り出した。
『吹奏楽部・第25回定期演奏会 日時:2/11(土)PM5:00~』
 はぁ~っとまた大きなため息をひとつついて、勇太は肩を落とした。

―― 「草間さん。これ悪いけど貰ってくれないか?」
 ぷいっと赤い顔して俺は2枚のチケットを差し出す。
 草間さんはそれを受け取る。
「なんだこれ? 定期演奏会??」
 草間さんが不思議そうにチケットを眺める。零さんもそれに釣られて草間の手元を覗き込む。
「ち、チケットさばく為だから! 来てほしいとか言ってないからな! 絶対言ってないからな!」
「でも、せっかくですから是非行かせていただきますね」
 零さんがにっこりと笑ってそう言うと「そうだな」と草間さんも笑って… ――

 頭の中で何度もシミュレーションして、ここに来たはずだったのに…。 
 実際にはうまくいかないものだ。思い出すだけで恥ずかしくなる。
 2枚のチケットをクリアファイルに入れて、また鞄の中に戻す。
 公園に寄って帰ろう。アレを吹けば少しは気も紛れるかもしれない。
 勇太はとぼとぼと歩き出した。

 勇太は広めの公園に着くと、適当なベンチに陣取った。
 荷物を置いて、今度はもうひとつのケースの中から楽器を取り出した。
 金色のトランペットだ。
 ベンチを背に立ち、トランペットを待機位置にして背筋を正して息を整える。
 頬を膨らませないように、マウスピースを口に当てると勇太は奏でだした。
 曲は『sing sing sing』。ビッグバンドでもなじみの深い曲だ。
 勇太は昔からトランペットに興味があって、吹奏楽部にちょくちょく遊びに行ってトランペットを借りていた。
 それはみるみる上達し、いつの間にか部長に見込まれて今回の定期公演で助っ人をする羽目になっていた。
 しかも、ソロパートというでっかい仕事をつけて…。

 1曲分のパートを吹き終わると、勇太はベンチに腰掛けた。
 星空が綺麗に見える。練習はこれ以上無理だな。
 勇太は帰り支度を始めた。
 トランペットのつば抜きをして、はずした部品にグリセリンを塗ってまた元に戻して今度は全体を丁寧に拭く。
 楽器は丁寧に扱わないといけない。
「…ん?」
 ふと見ると、鞄のファスナーが開いていた。
 俺、さっき閉め忘れたのかな。
 周りには誰もいなかったし、何か盗られている心配はなさそうなのでそのまま鞄を閉めて勇太は帰路に着いた。
「…そうだよなぁ。そもそも俺、2人にトランペットの話したことないし…俺のシミュレーション、そもそもがダメだったんだな。ソロパートがあるなんて、余計に言いづらいし! …これでよかったのかもなぁ」
 自分に言い訳をしながら、勇太は知らぬ間にため息をついていた。

 そんな勇太が去った公園の木の陰で、ボッと突然ライターの火がつき誰かがタバコに火をつけた…。

3.
「緊張してない?」
 ポンと肩を叩かれた勇太は「あぁ、大丈夫」とにやっと笑った。
 広い舞台の上では、いくつものパイプ椅子が並べられている。
 定期演奏会、当日である。
「さすが工藤君だ、俺が見込んだだけの事はある」
 勇太の肩を叩いた部長はニカッと笑うと他の部員にも次々と声をかけていく。
 どうやらああやって部員の緊張を解していっているようだ。
 所定の位置につき、舞台の開演を待つ。
 程よい緊張感が勇太を包む。これくらい緊張してた方が、逆に気が引き締まるし心地よい。

『これより~第25回吹奏楽部、定期演奏会を始めます』

 緞帳が静かに上がっていく。
 観客席は真っ暗だったが、盛大な拍手と共に吹奏楽部を迎えてくれた。
 指揮を務める顧問が左の舞台袖から颯爽と現れると、部員は全員起立した。
 そして深々と礼をする。さぁ、舞台の幕開けだ。
「…さーん! 勇太さーん!」
「あ、こら! 零!!」
 観客席からそんなやり取りが聞こえた。
 ザワッとした観客が振り返る方向を、勇太も目を凝らして見た。
「勇太さ…もが」
 叫ぼうとする妹を押さえつける草間武彦と、口を押さえられてなお手を振り続ける草間零の姿。
「な、なんでー!?」
 思わず口に出してしまってハッと我に返る。
「『勇太』って…工藤君のこと?」
 前に座っていた部長が振り向いたので、勇太はあわてて首を振った。
「ち、ちが、ちが…」
「顔赤いけど…大丈夫?」
 落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け!!
 何でいるんだ? どうして知ってるんだ?
 いや、今はそんなこと考えている場合じゃない。
「あれはじゃがいも! あれはじゃがいも!…」
 なんとか意識を演奏に集中させないと、俺絶対間違える!
 指揮者が手を上げる。勇太もそれにならってトランペットを構えた。

4.
「よう。ソロパート上手かったじゃないか」
 定期演奏会終了後の楽屋にひょっこりと草間と零が現れたので、勇太は慌てて2人を廊下へ連れ出した。
「な、なんでいるの!? 俺教えてないし、どこから…」
「この間おまえが俺の事務所に来たときに様子が変だったから、ちょっと尾行させてもらった」
 シレっとそう言い、にやりと草間は笑った。
「鞄から何か出してため息つくし、公園でトランペットなんぞ吹き出すし…」
 全部見られてた…!? そう思うと顔から火が出そうだった。
「まぁ、そんなわけでおまえが一生懸命練習しているところを邪魔しないように、俺はお前の鞄を探ってみたわけだ」
 そういうと、草間はぴらりと定期演奏会チケットの半券を取り出した。
「で、これが出てきたのでありがたく頂戴しておいたってことだ」
 開いた口がふさがらない…とはこのことか。
 確かにあの日、鞄が開いていたのを不思議に思ったが、まさか草間にチケットを盗られていたとは…。
「人の持ち物に勝手に触るなんてアリですか!?」
「元々おまえ、これ渡す為に俺んとこに来たんじゃないのかよ?」
 はい、その通りです。…なんて、素直に言えるわけもない。
「お、俺は…べ、別に来て貰っても嬉しいとか、思ってないからね!」
 思わずそう口にして勇太はハッとした。
 草間の後ろで零がしょんぼりとした顔でこちらを窺っていた。
「勇太さん…やっぱりご迷惑でしたか…?」
 ヤバイ! そ、そんなつもりで言ったわけじゃ…!?
 アワアワする勇太を、草間はニヤニヤと意地悪そうに見つめている。
「…いえ、嬉しいです」
 勇太が観念してそう言うと、零はパァッと明るい笑顔になった。
「よかったです! 私、勇太さんの演奏聞けてとっても嬉しかったです」
 そういうと零は手にしていた紙袋を「はい」っと勇太に差し出した。
「? なんですか?」

 不思議そうに紙袋の中を覗き込むと、中には青と白の花で作られた花束が入っていた。

「俺はいらないだろって言ったんだがな。どうしても持っていくってきかないんだ」
 草間はふっと笑うと、零を見た。
 どうやら零の一存でこれを持ってきたらしい。
「プリザーブドフラワーっていうんです。私が勇太さんの為に頑張って作りました」
 プリザーブドフラワーは美しい姿で長時間保存することが出来るようにされた花のことだ。
 紙袋からガサガサっと出すと、零のアレンジらしい可愛らしい全体が見えた。
「男の人ならやっぱり青がいいかなと思って青と白で作ってみたんです」
 零が小さなウサギのピックを指差した。
「このメッセージも私が書いたんですよ」
 『For You ta』ウサギのピックにはそう書かれていた。
 どうやら零は勇太の『ゆう』を『You』と勘違いしたようだ。
「零さん…いえ、ありがとうございます」
 隣で草間が笑いをこらえている。どうやらスペルミスには前から気付いていたのかもしれない。
 だが、勇太にそれを指摘できるわけがなく、ただ草間を横目で睨むくらいの抵抗しか出来なかった。
「よかったです! 喜んでもらえて」
 何も知らない零はニコニコとただ嬉しそうに笑っていた。
 
 俺、草間さんと零さんが見に来てくれて…とても嬉しかったんだ。
 勇太は青い花束を見つめながら、にっこりと微笑んだ。

■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 1122 / 工藤・勇太(くどう・ゆうた) / 男性 / 17歳 / 超能力高校生

 NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ)/ 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵

 NPC / 草間・零(くさま・れい)/ 女性 / 不明 / 草間興信所の探偵見習い
 

■□         ライター通信          □■
 工藤・勇太様

 こんにちは、三咲都李です。
 この度は『とある日常風景』へのご依頼ありがとうございます。
 トランペット! 吹奏楽! 意外な特技ですね♪
 部活に入ってる学生さんはなんだか青春を謳歌しているように見えます…まぶしい。
 そして零さんからのプレゼントはアイテムとしてお届けします。
 少しでもお楽しみいただければ幸いです。

カテゴリー: 01工藤勇太, 三咲都季WR |

smile punch

1.
 1月の空は低い雲に覆われ、しとしとと雨を降らせている。
 そういや、所長は傘持ってったのかな?
 工藤勇太(くどう・ゆうた)は作っていた書類から目を逸らして、窓の外を見た。所長はさっき、タバコがきれたとかいって外出していった。…勇太に依頼の報告書を押し付けて、逃亡した…とも言える。
 事実、勇太の目の前には山のように積まれた白紙の依頼報告書が置かれている。本来それは所長の仕事だ。
 損している気がする…でも、所長命令は絶対だ。
 そう思いながら、勇太は報告書を一枚一枚手で書いていく。
「すいません…工藤さん。お兄さん、早く帰ってきてくれるといいんですが…」
 草間零(くさま・れい)がマグカップをお盆に載せ、奥の台所から出てきた。
「ははは…いつものことですから…」
 零の後ろから何かが勇太を覗き込んでいるのを感じ、勇太はぞわぞわっとした。
「コーヒーを入れましたから、少し休憩してください…ってわ!?」
 足がもつれて、盛大に零の体が前のめりになった。
 思わず体が動いて、勇太は零を抱えるとまるでスローモーションの様に床に叩きつけられた。
「く、工藤さん!? 工藤さん!! …勇太さん!!」
 激しく頭が揺れる。零の慌てた声が遠のいていく。
 あれ? …いま、俺のこと、なま…え…で…

2.
「あのワンちゃんのためにも、今は泣いてください」
 零さんが微笑んで、頭を優しく撫でてくれていた。
 俺は次々に流れ出る涙を制服の袖で拭いながら、ただ下を向いて悔しさと悲しさを押し殺そうとしていた。

 今回の依頼は、捨てられた野良犬の保護だった。
 野良犬を見かけたという近所のおばさんが犬好きで、見るに見かねて草間興信所を訪ねてきた。
 正直簡単な仕事だと思った。保護して、新しい飼い主探してやればそれで仕事は終わると思っていた。
 だけど…俺の思っていた以上のことが起こっていた。
 小雨の降る中情報を聞きまわった。犬は人を威嚇し、襲うまでになっていた。
 そして夕闇が迫る中、毎日出没するという路地裏で犬を見つけた。
 犬はすでに犬の形をしていなかった。
 よく見たら、犬の体には自然界ではありえない裂傷が無数に深く刻まれていた。
「動物虐待かよ…最悪だ」
 俺は犬と対峙し、屈みこんだ。
「おいで。もう心配ないから、一緒に行こう」
 俺は優しく語りかけながら、犬の目をまっすぐに見た。犬の目は不信と狂気、そして絶望の影に染まっていた。
 その目を俺は知っている気がした。
 人間に裏切られながらも、まだ信じようとして裏切られ、ついには絶望と狂気に乗っ取られてしまった。それは昔の俺の目だったのかもしれない。
「大丈夫だよ。来いよ、一緒に」
 その絶望から助け出してくれる人もいる。俺はそれを知っている。
 だから、俺はその犬をどうしても助けたかった。
 だけど…。
『ガゥアアアア!!!』
 突然襲い掛かってきた犬に、俺は思わず身を引いてサイコキネシスを使ってしまった。
 空中に縛り付けられたように動けなくなった犬は、悶えてがなりたてる。
『人間など死んでしまえ! 死んでしまえ!!』
 犬の叫ぶような心がどす黒く蝕まれていくのがわかる。
 形相がさらに歪み、もう元には戻れないであろう事が窺い知れた。

 …俺は、目を閉じて「ごめんな」と呟いた。

3.
 俺は、助けられると思っていた。
 いい人間だっているのだと、あいつに教えてやりたかった。俺が、あいつを助けてやれるのだと思っていた。
 だけど、そんなことは幻想だった。
 草間興信所に犬の亡骸を運んで、所長に頭を下げた。
「保護…できませんでした。すいませんでした」
 それだけ言うと、俺は興信所の扉を開けて廊下に出た。
 誰の顔も見れなかった。俺の顔を見られたくなかった。
「待ってください! 工藤さん!」
 追ってきたのは零さんだった。
 その時の零さんは、まだ俺より背が少しだけ高かった。
「あの…工藤さん…」
 零さんが何か言いたそうに言葉を探している。俺に気を使っている…見ただけでわかる。
 それに…零さんに近づくといつもゾワゾワして、俺は落ち着かない。
「慰めてくれなくていいですよ。俺が悪いんだし、あの犬だってもっと生きていたかったはずなのに…俺が助けてやれなかったから…」
 下を向いて唇を強くかんでいないと、今にも涙が出そうだった。
 俺はここで泣かない。泣いていい理由なんかどこにもない。
「工藤さんは、優しいのですね」
 零さんが優しく微笑んでいた。俺は顔を上げた。
 なんで零さんがそんなことを言うのか、理解できなかった。
「生きているものには、全て幸せになる権利があると私は思います。ですが、それが生き続けることとは限りません。生きてこその幸せもあれば、生きているからこその不幸せなこともあると思うのです」
 零さんはどこか遠いところを見ているようだった。俺にはわからない、悲しそうな目をしていた。
 そして零さんは優しく言ったのだ。

「工藤さんは、魂を救ってあげたのですよ。今は泣いてください。悲しむ人がいれば、あのワンちゃんの憎しみも薄れるはずです」

 俺に泣けと言った零さんは、優しく頭を撫でてくれた。
「…見られたくないのなら、私は向こうに行きましょうか」
 零さんが引っ込めかけた手の袖を、俺はぎゅっと握った。
「…ここに…いてください」
 俯いたまま、俺はボロボロと流れていく涙を止められなかった。

4.
「…太…ん! 勇…さ…ん!! 勇太さん!!」
 零の声が勇太の耳に徐々に大きく聞こえ始めた。
「あ…れ???」
 温かな手と温かな床の間で勇太は目を覚ました。どうやら気を失っていたらしい。
「よかった! 10分も意識がなかったので…よかった…」
 零の顔がやけに近くに見える。
 …って! 俺、零さんに膝枕されてる!?
 慌てて身を起こそうとした勇太に、零は「急に起き上がっては駄目です!」と強引に勇太を寝かせた。
 零は勇太の頭を撫でながら「大丈夫ですか? 痛みませんか?」と何度も聞いた。
「大丈夫です。すいません。迷惑かけたみたいで…」
「いえ。元はといえば私が転んだのがいけないのですから、勇太さんのせいではありません」
 にっこりと微笑む零に、勇太は気になったことをひとつ聞いた。
「あの…俺のこと『勇太さん』って…」
 すると零はハッとすると、しどろもどろに言い訳を始めた。
「そ、それは…あの…気を失ったときは、とにかく意識を回復させるのが大切で…あの『工藤さん』だと、どこの工藤さんかわからないかなって思って…あの…ダメ…でしたか?」
 よくわからない言い訳をして赤くなった零に、勇太は笑った。
 零の後ろの気配が、これまた困惑しているのがなんとなくわかった。
 あぁ、そうか。
 俺、怖がってばかりいたけど、もしかしてこれは零さんを守っているのかもしれない。
 そう思ったら、ゾワゾワが消えた。
「ダメじゃないですよ。零さんが呼びやすいほうで呼んでください」
 勇太がそう言うと、零は嬉しそうに顔をほころばせた。
 零の後ろの『何か』も嬉しそうだ。
「零さん」
 ゆっくりと息を吐いて起き上がり、勇太は零の瞳を見た。
 そして勇太は最上級の笑顔をで言った。

「いつもありがとう」

 零はきょとんとした後に、にっこりと笑った。
「こちらこそ、いつもありがとうございます」
 零さんの笑顔にいつだって助けてもらっていた。
 これからもその笑顔に救われていくのかもしれない。
 それでも零さんは、きっと気付かないんだろうな…。

 その笑顔になにより強い力があるかなんて…。

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春に染まる雪

さっむいなぁ…今日は一段と寒い気がするや…。
 大晦日の夜、商店街の店はシャッターが下り始めていた。
 心なしか人通りも少ない辺りを見回して、工藤勇太は少し寂しくなった。
 今年の年越しも1人か…。
 勇太はトボトボと歩き出した。
 叔父は仕事で今年も一緒に過ごすことは出来ない。
 …まぁ、毎年のことだし、仕事なんだからしょうがない。
 コンビニで年越し蕎麦でも買って帰るか…。
 商店街を抜けて、コンビニのある通りに出る。
 少し歩くと小さな公園が左手に見える。
 ふと動く影にその公園に目をやると、見覚えのある人物の顔が見えた気がした。
「…あれ?」
 思わず二度見して、勇太は公園に足を踏み入れた。
 街頭の薄暗い明かりの下で、近づくにつれはっきりと顔が見えてくる。
「零さん?」
「…え、工藤さん?」
 草間零(くさま・れい)は、一瞬びっくりしたようだったが笑顔になって走りよってきた。
「ど、どうしたんですか? こんなところで…」
 一瞬ぞわっとした気持ちを落ち着かせるように、勇太は零に訊ねた。
「年越し蕎麦と御節を買いに行こうと思ったんですが…お兄さん、お仕事が急に入ってしまいまして…」
 それでも笑顔で語る零は「工藤さんはどうしたんですか?」と小さく首を傾げた。
「俺は…その…」
 そう言いかけて勇太の頭にふとある考えが浮かんだ。
「…? どうしたんですか?」

「零さん、もしよければ俺と年越ししませんか?」

 思わず口に出して、零をふと見ると思わず背筋が凍る気がした。
 零の純真無垢な瞳が…そしてその後ろの『何か』が勇太の動向を見ている。
 やましい気持ちで誘ったわけではない…ないが…俺、ヤバイこと言った!?
 もしかして所長に怒られたりする!?
 いやいや、怒られるだけならまだしも…殺される!?
 焦りと逃げ出したい衝動に駆られる勇太に、零はゆっくりと花が咲くように笑った。
「いいんですか? 嬉しいです!」
 零の背後の『何か』も影を潜め、勇太は大きく息を吐いた。
 どうやら無事に年を越すことが出来そうだった…。

 さすがに勇太の自宅に招くのはマズイと思ったので、草間興信所に零と共に向かうことにした。
 途中、コンビニに寄って蕎麦と天ぷらの食材、お菓子に飲み物を買っていった。
「おいしいお蕎麦、作りましょうね」
 ウキウキとした零の足取りが、勇太の顔をついつい笑顔にする。
 『なにか』の影も今は見えない。
 誰かと歩く夜道は、少し寒いけれど悪い気はしなかった。
「俺も手伝っていいですか?」
「はい! 手伝ってくださいね」
 足取りも軽く草間興信所に着くと、勇太と零は早速年越し蕎麦作りを始めた。
「では、天ぷらを作ります。工藤さんは小麦粉を水で溶いてもらえますか?」
 エプロンをつけて零はてきぱきと、野菜を刻み始める。
 水で…溶く…?
 どばっと小麦粉をボウルに入れて、ざばっと水を入れてグイグイッと力を入れてかき回し始める。
「あ、そんなにかき混ぜては駄目ですよ。優しくかき混ぜてくださいね」
 零が包丁の手を止めて、勇太にアドバイスをした。
「あ…そ、そうなんですか?」
 やっぱり料理は苦手だ…勇太が少し気を落としていると、零はふふっと微笑んだ。
「やっぱり誰かとお料理するのは楽しいですね。工藤さんが今日誘ってくれて本当によかったです」
 気恥ずかしいような、くすぐったいような…そんな気分になって、勇太は照れたように笑い返した。

 零と一緒に作った野菜の天ぷらを蕎麦の上に乗せて、年越し蕎麦は完成した。
 事務所の応接セットまで運び、小さなストーブに火を入れてそこで食べることにした。
「うお! 美味いです!」
「工藤さんが頑張ってくれたおかげですね」
 勇太が蕎麦をすする傍らで、零はニコニコと肘をついてその様子を見つめている。
 零は勇太よりもかなり少なめの量の蕎麦を食べただけだった。
 小食なんだな、零さん。
 ズルズルと食べる勇太はそんなことを思いながら、体の芯まで温めるように汁まで飲み干した。
「ご馳走様でした!」
「いえいえ、お粗末さまでした」
 零が片付けようとしたので勇太は自分の食器を持って一緒に片付けをした。
「年が明けるまで、あと少しですね」
 零がそう言ったので時計を見ると、針は11時30分を回ったところだった。
 勇太と零は飲み物とお菓子を用意すると再び応接セットまで運んだ。
 テレビをつけると、丁度『紅組の優勝です!』などと歓声の上がっているところだった。
「工藤さんは、今年はどんな年でしたか?」
 その声を聞きながら、零はくりくりとした瞳で勇太に質問した。
「そうですね…俺は…充実してたかな」
 学校のこと、母さんのこと…いい事ばかりではなかったけど、人と関わりをもてた1年だったと思う。
 そうやって勇太はひとつひとつの出来事に思いをはせた。
 人の温もりを信じることは間違っていない…そんな風に思えた1年だった。
「…いい1年だったんですね」
 零はにっこりと微笑んだ。
 瞬間、勇太はハッとして赤くなった。
「いや、あの…」
「隠さなくてもいいですよ。工藤さん、とってもいい顔してます」
 ニコニコと笑って諭す零。
 …敵わないな、零さんには。
 俺に兄弟が…姉がいたら、こんな感じだったのかな?
 一緒に買い物したり、料理作ったり、他愛もない話をしたり。
「…? どうかしました?」
 パチパチと零が瞬きをした。
「な、なんでもないです…」
 思わず零を見つめていた視線を窓にうつすと、白い物が目に入った。
「あ! 雪です!」
 勇太の視線に気がついた零が立ち上がり、窓を開けた。
「どうりで寒いと思った」
 冷たい冷気と共に白い雪がふわりふわりと部屋の中に舞い降りてくる。
「雪…積もるんでしょうか?」
 零が空を見上げながら呟いた。
「積もるかもしれないですね」
 勇太も窓際に近寄ると、零の隣でそう呟いた。
 静かに降る雪を見上げていると、まるで暗闇に吸い込まれそうだ。
「この雪が、春を連れてくるんですね」
 零が小さく呟いた。
 2人で黙って夜空を見上げていると、どこかともなく鐘の音が響いてきた。
「除夜の鐘ですね。この近くにお寺なんてあったんだ」
「今、何回目の鐘なんでしょうね?」
 テレビを見ると、厳かに鐘を突く仏閣の風景が映し出されている。
 テレビからの鐘の音と、窓の外から聞こえる鐘の音。
「綺麗な音ですね」
 目を閉じて零は鐘の音に聞き入っている。
 雪の中でどこまでも響き渡る鐘の音は、確かに心の中にまでも響いてくるようだ。
 …と、「明けましておめでとうございます」とテレビから声がした。
「年が…明けましたね」
「明けましたね」
 窓際で2人、そう呟くと思わず顔を見合わせた。

「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いしますね」
 ほのかに赤く染まった頬で零はにっこりと笑った。
「おめでとうございます。あの…こちらこそよろしくお願いします」
 ぺこりと頭を下げた勇太の頭にうっすらと雪が積もっていた。
「工藤さん、頭に雪が…」
 零が手を伸ばして、勇太の頭の雪を払おうとした。
 その時…!

 ぞわぞわぞわ…!!!

 思わず身を引いた勇太に、きょとんとした零の顔…の後ろに『何か』がいた。
 それは『今年もよろしく』というように、ニヤリと笑ったように見えた…。

 少しだけ打ち解けたように思えた…のに…。
「どうかしましたか?」
 零の屈託のない笑顔に、勇太はただ今年最初の笑顔を何とか作ったのだった。

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デリケートな関係

1.
 工藤・勇太(くどう・ゆうた)は、今困っていた。
 大音量のブザーを鳴らして開いた扉の奥に所長の姿はなく、いるのはその妹・草間零(くさま・れい)だった。
 すっかり日も落ちた真冬の草間興信所で、勇太は凍るようにただ立ち尽くしていた。
「あら、工藤さん。いらっしゃいませ。今日はどういったご用でしたか?」
 にこにこと対応する零の視線に邪気はない。
 しかし、勇太は視線をやや逸らし気味に言った。
「い、依頼の報酬を受け取りに来たんですけど…所長は?」
 直視するのは躊躇われた。
 零が怖いわけではない。零に恋心を抱いているから…などという理由で直視できないわけでもない。
 怖いのは…
「申し訳ありません。お兄さんはただいま急な用事で出掛けています。すぐに戻ると思いますので、事務所でお待ちになってはいかがですか?」
 そういって招くように道をあけた零は、にっこりと笑う。
 その背後に、黒い揺らめくような影が勇太には感じ取れた。

 怖いのは…このなんとも言いがたく背中がゾワゾワする零の纏う『何か』だった…。

2.
「外は寒かったでしょう? 温かい飲み物を持ってきますね」
 ソファに促され座った勇太に、零は一礼して奥へと消えた。
 はぁ~っと思わず大きなため息が出てきた。
 自分が息をするのも忘れるほど緊張していたことに、ちょっと驚いた。
 零と知り合って3年ほど経つが、未だに慣れないこの緊張感。
 所長の義妹…それが勇太の知る零の全てだ。
 中3の修学旅行でちょっと東京を留守にしている間に、草間興信所の一員になっていた零。
 初めて会った日も、にっこりと笑っていた。
 でも、あの時から既に背後にうごめく『何か』が存在していた。
 今もそれは健在で、いつだって悪寒が走る。
 …だからって、嫌いなわけじゃないんだ。
 むしろ零さんとは仲良くしていきたいと思っているんだ。
 俺が信頼する所長の妹さんだし、なにより零さんは俺を普通に扱ってくれる。
 頭ではわかってる。
 だけど…だけど…!

「おまたせしました。コーヒーお持ちしました」
 ハッと我にかえると、零がトレイの上にマグカップを1つ載せて戻ってきていた。
「あ、ありがとうございます」
 またしゃっきりと背筋を伸ばして、勇太はお礼を述べた。
 鳥肌が立つ自分を戒める。
 しっかりしろ、俺。
 相手は普通の女性じゃないか。
 何を…何をビビる必要があるんだ!
「いただきます」
 コーヒーを飲もうとする勇太をじーっと見つめる零。
 …はっきり言って飲みにくい…。
 ごくりと一口飲むと、温かい液体が体の緊張を少しだけ和らげてくれた。
「どうですか? お味…」
 キラキラした瞳で零が質問してきたので、勇太は思わず身を引いた。
 正直言って、緊張のし過ぎで味など全くわからなかった。
 どう答えるべきなのか?
 正直に言ったら傷つくだろうか? 嘘を言ったら見抜かれるだろうか?
 瞬間の考察を経て、勇太は言った。
「お、美味しかったです」
 なんとか笑顔でそう返すと、零は「よかった~」と心底嬉しそうに笑った。
 間違ってなかった…俺の答え…間違ってなかったよ!
 思わず心の中でガッツポーズをした。

3.
「そういえば、工藤さんは学校から直接いらしたんですか?」
 勇太の向かいに座った零が、屈託のない笑顔でそう訊ねた。
「はい。新聞部の活動があったので、帰宅してからでは遅くなるかなって」
「新聞部??」
 零が小首をかしげた。
「えーっと…あ、これ。こういうの作ってるんですよ」
 目の前の机においてあったスポーツ新聞を手に持って、勇太は説明した。
「これを作ってるんですか?」
「あ、いや。似たものであって、これを作ってるわけじゃないです」
「…えっと、つまり…これの偽物を作っているということですか?」
「ち、違います! 作り方が一緒なんです。内容は学校に関してのことで…」
 慌てて勇太がそう解説すると、零はうーんと頭を捻った。
 その途端、勇太はハッとした。
 零の背後の『何か』がざわめき広がったように見えたのだ。
 な、なにが起こった? 俺なにかした??
 もしかして、零さんの感情によってこの『何か』は反応するのか!?
 勇太が走る戦慄におののいていると、零はようやく納得したのか「なるほど」と呟いた。
「わかりました! 学校の新聞を作っているんですね?」
 満面の笑みでそう言った零の背後では、『何か』がもそもそっと影を潜めた。
「そ、そうです…その通りです」
 がっくりと肩を落とした勇太は、胸を押さえた。
 心臓が止まりそうな勢いでドキドキしていた。
 零の感情を波立たせてはいけない。
 それが、今の自分にできる最大の防御だと思った。

 所長…早く、早く帰ってきてくれよ!

4.
 グ~ッと腹の虫が鳴った。
 気が付けば時計は6時を指しかかっていた。
「お腹…空かれているんですか? 何か持ってきましょうか」
「いや、別にそんなに空いてるわけじゃ…」
 そう言いかけて、再びグ~っと鳴る。
「ふふ。今持ってきます。ちょっと待っててくださいね。いい物があるんです」
 立ち上がった零は、軽やかに奥へと消えていく。
 本日二度目のため息を勇太はついた。
 どうして…どうして鳴った、俺の腹!
 地団太を踏んで悔しがりたいほど、自分の腹に腹が立つ。
 頭を抱えたくなる衝動に駆られながら、少し経つと零が戻ってきた。
 おのずと背筋を伸ばしてしまう勇太。
「クッキーを作ってみたんです。…ちょっと形はいびつになってしまいましたけど…」
 皿の上に載せられた、ちょっと焦げた不揃いな形のそれからは確かにクッキーの匂いがした。
「どうぞ。召し上がってください」
 ニコニコと差し出されて、勇太は1つ手に取った。
 そして、そのまま口に放り込んだ。
「おいしい」
「本当ですか!? よかった~! いっぱい食べてくださいね。まだまだありますから」
 見た目に反して美味しかったそのクッキーだったが、皿を空けるごとに零が追加でさらに持ってくる。
 途中でバターがくどくなってきて、胃もたれを起こしそうだ。
 だが、キラキラとした瞳で見つめる零が…なによりその後ろの『何か』が勇太に期待を寄せている。

 見ないでくれ! 俺をそんな目で見ないでくれ!
 なんで所長は帰ってこないんだ! 俺を見捨てるつもりなのか!?

 段々ささくれ立ってくる気持ちが、ついに勇太の勇気に火をつけた。
「れ、零さん!」
「はい?」
 屈託ない笑顔の零とぞわりと悪寒を走らせる『何か』に向かい、勇太は最大限の勇気ある言葉でこう言った。

「…コレ、持って帰ってもいいですか?」

5.
 時刻はついに7時になった。
「すいません。お兄さんには私から工藤さんが来たことを伝えておきますので…」
 申し訳なさそうに見送る零に、勇太は「いや、また来ますから」と言った。
「あ」
 零が唐突に小さく叫んだ。
 そして、勇太の髪に手を伸ばした。
 瞬間、また勇太にゾゾゾゾゾッと走る寒気。
 そして…
「ゴミ、付いてましたよ」
「あ、ありがとうございました!」
 勇太は草間興信所を背に走り出した。
 後ろを振り向かず、ただまっしぐらに。
 勇太は感じ取ってはいけないものを感じた気がした。

 零が髪の毛のゴミをとってくれた瞬間、後ろの『何か』がニヤリと…笑った様な…。

 クッキーの袋を握り締め、ひたすらに今は草間興信所から離れることを考えた。
 今は…今だけはこの場を逃げることを許してくれ!
 明日からは、きっとまた普通に戻るから…今だけは!!

 そんな勇太の背中を見送っていた零は、ふと背後に何かを感じて振り返った。
「あぁ、お兄さん。お帰りなさい。今工藤さんがいらしてたんですが…丁度帰ってしまわれました」
 にっこりと笑った零の後ろの『何か』がもやっと揺れた。

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