(あいつが見たら、喜ぶ……かな?)
フェイトはまず、そう思った。
「動画でも撮って、送ってやりたいとこだけど……そんな余裕なさそうだな」
同じ姿をした、7人の少女。まるで鏡を並べたかのようである。
淡く緑色に発光する14個の瞳が、その輝きを一斉に強めた。
目に見えぬ力が7人分、塊となって、押し寄せて来る。
穂積忍が、いつの間にかフェイトの前に立っていた。少女たちを見据え、何かを掲げている。
独鈷杵である。それが、
「ナウマク、サマンダ……ボダナン! インダラヤ、ソワカ!」
穂積の真言に合わせて、同じく目に見えぬ力を発した。
帝釈天の、法力。楯、あるいは結界の形に発生していた。
そこへ、少女7人分の念動力が激突する。
部屋が、いや廃工場そのものが揺れていた。
様々な実験機器類が、火花を発して砕け散り、ちぎれ飛んでいた。細かな機械の残骸が、宙を舞う。
その破壊の光景の中で、虚無の境界の研究員が笑っている。
「我が娘たちの力の前に! もはや神仏にすがるしかないと見えるな!」
いや。あの研究施設の壊滅によって、虚無の境界からはすでに除名された身であるのか。
「だが神仏は冷酷、人間を救いはせぬ! 世界を、人類を救うのは、もはや大いなる虚無の滅びとそれによる霊的進化のみ! さあI01から07、美しき滅びの巫女たちよ! 愚か者どもに救いをもたらしてやるが良い!」
「はい、お父様」
「はい……お父様……」
「はぁい、お父様ぁ」
「はい! お父様!」
口々に応えながら、少女たちが瞳を輝かせる。
エメラルドグリーンの眼光が計14本、念動力の嵐と共に襲いかかって来る。
それを穂積が、独鈷杵1本で止めている。フェイトを背後に庇う格好でだ。
「地味で楽しくない仏教系の法術修行だが……真面目にやっといて、良かったぜ」
「さっきまでと逆だな。あんたが、弾避けになってくれてる」
呟きながらフェイトは、左右2丁の拳銃に、攻撃の念を込めた。
「つまり、俺に汚れ役をやれと……そういう事だな」
「出来るか?」
弟や妹を撃ち殺すような戦いになる、と穂積は言っていた。
フェイトの遺伝子から生まれ、フェイトの面影を強く残した、7人の少女。妹、と言うべきなのだろうか。
いや違う。自分が合計8人いるようなものだ、とフェイトは思う事にした。
妹を撃てるわけがない。だが自分自身ならば。
「いくらでも撃ち殺せる……かなっ!」
フェイトは、引き金を引いた。左右2つの銃口が、火を噴いた。
銃撃が、穂積の身体をかすめるようにして宙を裂き、少女たちを襲う。
7人分の念動力と、帝釈天の法力。
ぶつかり渦巻く2種の力を、フェイトの念を宿した銃弾の嵐が、まっすぐに切り裂いて奔る。
そして少女たちを直撃した。
否。直撃の寸前、7人とも姿を消していた。
「予知……それにテレポート!? まさか」
驚愕するフェイトを取り囲むように、少女たちはフワリと姿を現した。
「A01……私たちの、お兄様?」
「って言うかぁ、むしろお父様?」
「違う違う。お父様は、あっち」
「あっちが、本当のお父様……」
「こっちは、偽物のお父様。だから、こうっ」
少女たちが、様々な方向からフェイトを睨み、緑色の瞳を輝かせる。
「ぐっ……う……ッ」
フェイトの身体は、宙に浮いていた。
足場を求めてばたつく両脚が、拳銃を握る両手が、メキッ……と歪な方向に捻れてゆく。
胴体が、雑巾の如く絞られつつある。目に見えぬ、巨大な手によって。
少女たちの念動力が、不可視の手と化して、フェイトの身体をあちこちから掴み、捻り、引きちぎりにかかっていた。
悲鳴を噛み殺しながらフェイトは、己の肋骨に亀裂が走る音を聞いた。体内各所で、血管が破裂する音もだ。
「…………ッッ!」
食いしばった歯の間から、吐血の飛沫が溢れ散る。
こんなものではないだろう、とフェイトは思った。
穂積の法力と激突し、その余波だけで室内全ての機械類を破壊した、少女たちの念動力。
彼女らが7人がかりで人間1人を壊しにかかれば、フェイトなど一瞬にして砕けちぎれて終わりである。こんなふうに苦しむ暇など、ないはずだ。
「偽物のお父様、しぶとい……」
「古臭いプロトタイプのくせに、頑張り過ぎ……」
「生意気……」
「ウザい!」
少女らの声から、フェイトは人数を計算した。
6人。1人、欠けている。恐らく、最も強力な念動力者が。
7人のIナンバー、その中核と言うべき1人が。
首は動かせない。眼球だけを動かして、フェイトは辛うじて視界の隅に捉えた。
穂積忍が、少女の1人と向かい合い睨み合っている、その様をだ。
「俺にハニートラップを仕掛けようったって無駄だぜ。お嬢ちゃん方じゃあ、まだまだ」
右手にクナイを、左手で独鈷杵を握り構えながら、穂積が不敵に笑う。
「俺はな、もっと乳が垂れてて下腹も弛んで、生活の苦労みたいなもんが滲み出た人妻じゃないと駄目なんだよ」
「お父様に刃向かう者、滅ぼす……」
全く成立していない会話に、元・虚無の境界の研究員が割り込んだ。
「そうだI07、その男を殺せ! かつて虚無の境界の崇高なる研究を潰してくれた張本人……その首級を捧げれば、彼女は振り向いてくれる。私を、認めてくれる」
「おい、知ってるか?」
I07、と呼ばれた少女と対峙したまま、穂積が呑気な声を発した。
「女に言わせるとな、男からのプレゼントってのは基本的にハズレばっかりなんだそうだ。俺の生首なんてのは、その最たるもんだと思うがなあ」
「……黙らせろ、I07!」
「了解……」
I07の両眼が、翡翠色に燃え上がる。
念動力が迸り、穂積を襲う。が、先程と違って1人分である。
独鈷杵を振るい、穂積は念動力を打ち払った。目に見えぬ力が、バチッ……と音を立てて砕け消える。
防御と同時に、穂積は右手を一閃させていた。クナイの投擲。
I07の白くしなやかな細身が、ゆらりと回避の舞いを披露する。予知能力。かわされたクナイが、機械の残骸に突き刺さる。
穂積が、最も手強い敵を1対1で引き受けてくれているのだ。
その間、フェイトが為すべき事は、1つしかない。
「うっ……ぐ……ぉおおおおおおおおおおッ!」
血を吐きながら、フェイトは雄叫びを上げた。
翡翠色の瞳が、烈しく発光する。念動力が燃え上がり、全身から迸る。
フェイトを雑巾の如く捻っていた6人分の念動力が、全て砕け散った。
I01から06までの少女たちが、様々な方向に吹っ飛んで壁や床に激突し、動かなくなる。
何人か、あるいは全員、死なせてしまったかも知れない。
一瞬だけ、そんな事を考えながら、フェイトは拳銃を構えた。
I07が、こちらをハッと振り向く。
振り向いた少女に、フェイトは銃口を向けていた。
躊躇う資格など、自分にはない。
ここへ来るまでに、彼女の兄弟たちを、ことごとく討ち滅ぼしてきたのだから。
だがフェイトは、引き金を引けなかった。
脳が、その命令を発する前に、掻き回されていた。
目に見えない手が、頭蓋骨の中に入り込んで来て脳髄を掻き回している。そんな感覚だった。
「ぐっ……こ、攻撃的テレパス……こんな力まで……っ」
辛うじて拳銃を保持した手で、頭を押さえながら、フェイトは膝をついた。
そんな様にI07が、エメラルドグリーンの眼光をじっと向けている。
「お父様を脅かす者……許さない」
「て……テレパスで、ぶつかって来てくれたのは……ある意味、チャンスかな……」
フェイトの両眼も、緑色に輝いている。
「……あんたの心に……こっちからも、働きかけられる……」
同じ色の眼光と眼光が、ぶつかり合った。
激しい翡翠色の眼差しと共に、強烈極まる思念が、フェイトの心に激突して来る。
(お父様を、守る……お父様を脅かす者、生かしておかない……)
それ以外の思考を、与えられていないかのようであった。
脳に、何かしら細工をされているのかも知れない。
(その細工を……打ち砕けるか?)
フェイトが自問している、その間に穂積が動いていた。
「ようし、そこまでだ。親孝行なお嬢ちゃん」
元・虚無の境界の研究員。その細く非力な身体を、同じ細身でも強靭に鍛え込まれた穂積の腕が、背後からガッシリと捕えている。
「ひっ……き、貴様……」
怯える研究員の喉元に、クナイが突き付けられていた。
「俺みたいな一般人は置いてけぼりの超能力戦争は、そこまでにしといてもらおうか」
「お父様……」
「……まさしく忍者の戦い方だよな、穂積さん」
人質というのは、正々堂々と戦って殺し合うよりも平和的な手段である、とフェイトは思う事にした。
「た……助けろ。速やかに私を助けろI07、何をしている!」
穂積に掻き切られそうな喉から、研究員は辛うじて声を発した。
「私は、彼女に認めてもらうまで死ぬわけにはいかんのだぞ!」
「そう……それでは認めてあげましょう」
声がした。
倒れていた少女6人のうち、3人が、ゆらりと立ち上がったところである。
「お……おお、I01! それに04及び05……よくぞ生きていた、さあ私を助けろ」
怯えながらも尊大な研究員を、I01が見据える。
緑色……ではなく赤い瞳が、禍々しく輝いた。
研究員を捕えたまま、穂積が独鈷杵を掲げ、叫ぶ。
「ナウマク……サマンダ、ボダナン……うおおおおっ!」
帝釈天の法力が、発生しながら砕け散った。
「穂積さん!」
フェイトは駆け寄った。
吹っ飛んで倒れた穂積が、弱々しく片手を上げる。
「生きてるぜ……俺はな」
帝釈天の法力は、砕け散りながらも穂積1人を辛うじて守った。
もろともに吹っ飛んだ研究員は、すでに息をしていないどころか人間の原形をとどめていない。死体と言うより、人体の残骸である。
「お父……さま……」
I07が、呆然と声を発しながら、弱々しく座り込む。
そんな仲間を一瞥もせずI01、それにI04とI05、計3人の少女は微笑んだ。
「私の身体は、1つしかない……同時に動いてくれる分身が、いくつか欲しかったところ」
「私は、あの研究を見捨てたわけではないのよ? 研究で生まれた子が自力で育ってくれるのを、待っていただけ」
「本当に、よく育ってくれたわA01……いえ、貴方が苦難の末に自分で選んだ名前を、尊重しましょう」
違う、とフェイトは感じた。
瞳を、翡翠色ではなく鮮血のような真紅に輝かせた3人の少女。すでに、Iナンバーの実験体ではない。何者かが、彼女たちを支配している。
「いつか私の所へ……来る事が出来るかしら? フェイト」
「あんたは……!」
この場にいない1人の女性が、この場にいる少女3人の口で、言葉を発しているのだ。
その1人の女性とは、何者なのか。
フェイトがそれを訊く前に、穂積が言った。
「そこそこ当たりのプレゼント、貢がせてから切り捨てる……さすがは虚無の境界の女王様だよな、おい」
虚無の境界の、女盟主。
滅びの神『虚無』に仕える、女神官。
各国IO2が総力を挙げて居所を探っているにもかかわらず、影すら踏ませずに存在感のみを発揮し続けている女性。
「いつか直接、貴方たちとお話がしたいわ。だから……生き延びて御覧なさい」
少女3人が、ふわりと背を向ける。
「おい、待て……」
フェイトが声をかけようとした、その時には、3人ともいなくなっていた。
4人の少女が、残された。
うちI02、03、06、この3名は倒れたまま動かない。生きているのか、屍なのか。
「お父様……」
辛うじて声を発しているのは、I07のみである。
「…………許さない、I01……04、05……よくも、お父様を……」
崩れるように座り込んでいた細身が、よろよろと立ち上がった。
「許さない……私は、お前たちを……絶対に……」
自分と同じだ、とフェイトは思った。
この少女も、憎しみから始まろうとしている。
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