東京怪談-Fate-

クラウドゲート(株)による東京怪談。そこに住まう一人の青年の物語。

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魔王フェイト

世の人々は、真実など求めていないのではないか。
馬場隆之介(8775)は時折、そう思う。
マスコミに対し、人々が求めているのは、真実ではなく娯楽。
たとえ真実からは程遠いものであっても、大衆を狂喜乱舞あるいは激怒、すなわち熱狂させる事が出来れば、商売になる。
だから有名人や専門家と称する人々が、暴言を晒しては炎上し、対立を煽る。
「悲しい……悲しいなあ。みんな、そんなのよりアトラスを読もうぜ」
まだ見ぬ新規読者に語りかけながら、隆之介はデジタルカメラを構えた。
人食い陸橋、と呼ばれる場所である。
閑静な団地と団地を繋ぐ陸橋で、昼間でも人通りは多くない。
この辺りで、行方不明者が続出していた。
陸橋の上で人が消えた、という目撃談も割と頻繁に上がって来る。
日々更新されゆく都市伝説の、最先端に近いところにあるのが、この『人食い陸橋』なのである。
月刊アトラスとしては、放っておくわけにはいかない。
真相を突き止める。真相に限りなく近いところまで迫り、記事に仕上げる。次々と生まれてくる新手の都市伝説たちに、上書きされてしまう前にだ。
アトラスは、例えば政治家や醜聞まみれのタレントといった人々を、安直に叩いたりはしない。特定の個人に対する罵詈雑言を書き連ねて、大衆の鬱憤晴らしに加担・迎合するような事はしない。
ただ、通常ではあり得ないものたちを追求するだけだ。
「……宇宙人も、幽霊も、ネッシーも雪男も、オーパーツ作った連中もな、炎上狙いで人を傷つけたりはしねえよ。だからみんなアトラス読めよ」
呟きながら隆之介は、ファインダー越しに『人食い陸橋』を見つめた。
1人、通行人がいた。向こう側から、人食い陸橋を渡って来る。
いや。渡りきらずに、陸橋の中ほどで立ち止まった。
黒いスーツ姿の、若い男だった。外回り中のサラリーマン、であろうか。
陸橋の上で立ち止まったまま、きょろきょろと見回したり、欄干から軽く身を乗り出して下の車道を見下ろしたりしている。
挙動不審であった。自分が警官であったら声をかけているだろう、と隆之介は思う。
「何だい、あのあからさまな不審人物は……って、あいつじゃねえか? おーい!」
隆之介は木陰から飛び出し、手を振り、警官ではないが声をかけた。
やはり、中高生時代の旧友だった。こちらに気付き、目を見開いている。
「……馬場!? こんな所で何を……って、そうか取材か」
隆之介と同い年、22歳という年齢の割に幼く見える顔が、困惑の表情を浮かべている。
「……ここはな、人食い陸橋なんて呼ばれてるけど、ただの陸橋だ。アトラスが取材するようなものなんてない、だから帰った帰った」
「はっはっは、そう言われて帰る記者がいるかい」
隆之介は歩み寄った。陸橋に、足を踏み入れた。
「お前こそ、こんなとこで何やってんの……飛び降りようとしてる、ようにも見えたぞ」
旧友のいる場所、陸橋の中ほどまで進んだ。
「まあ……色々あるけどさ。俺だって、あの専制君主みたいな編集長の下で何とかやってんだ。頑張ろうぜ」
「専制君主か」
「うん。則天武后とかカトリーヌ・ド・メディチとか言われてる。手ぶらで帰ったら俺、処刑されちまう」
「……お前も、仕事だもんな」
旧友が苦笑する。
「俺も仕事だよ。別に、自殺しようとしてたわけじゃあない」
「ほう。そう言やさ、お前の仕事って結局何なの? 前も何か聞きそびれちまって」
霧が出ている事に、隆之介は気付いた。
閑静な団地の風景が、見えない。目の前にある旧友の姿さえ、ぼんやりと霞んでいる。
「こいつは……!」
旧友が、息を飲んでいる。
何が起こっているのか、隆之介にはわからない。ただ、おぼろげに思える事はある。
「おい……これって、まさか……人食い陸橋……?」
「逃げろ馬場……いや、もう遅いな。俺から離れるなよ」
旧友が、隆之介の腕を掴んだ。
凄まじい力だった。
高校卒業後この男は一体どれほど身体を鍛えてきたのだ、と隆之介は思った。
(お前……ほんとに今どういう仕事やってんだよ……)
などと隆之介が思っている間に、濃霧は晴れた。消え失せた。
そこは陸橋の上、ではなく、川をまたいだ普通の橋の上であった。
飛び込めば自殺が出来る車道は、小さな川と化していた。思わず顔を浸して飲んでしまいたくなるほど澄みきった水。せせらぎが耳に心地よい、春の小川である。
閑静で無機的な団地は、小鳥の舞う森と野原の風景に変わっている。
野原のあちこちに人がいた。
全員、女性……と言うか、女の子である。
オンラインゲームの広告などで嫌になるほど見せられる、あんな感じの美少女たちであった。見るからに魔法を使いそうな少女、水着のような鎧を着た少女。耳の尖った少女、翼のある少女。獣の耳や尻尾を生やした少女。
皆、楽しげにお喋りをしたり楽器を奏でたりしている。
「おいおい……ここ、もしかして……」
まとも精神状態ではとても口に出せない単語を、隆之介は呟いていた。
「……異世界、ってやつか? それも自分以外は全員美少女、うん。わかりやすい」
「美少女……」
「ちなみにアトラス電子版でもよ、こんな感じの広告がしょっちゅう出て来てまあ邪魔なのはわかるけど、しょうがねえんだよ。広告は出さねえと」
「……そうか。馬場には、あれが女の子に見えるんだな」
旧友の両目が、淡く緑色に発光している、ように見えた。

 

 

橋というものには、現世とそうではない場所を繋ぐ、呪術的な意味合いがあるという。
「あんたには、だけど橋を渡りきる勇気がなかった」
フェイト(8636)は言った。
「自分の今いる場所が嫌で、そのくせ未練はあって、新しい場所へ行きたいけれど行く勇気がなくて……橋の途中に、こんな異世界もどきを作り出して、そこへ引きこもって満足している。いや、満足しているわけじゃあないのか。結局まだ不満たらたら」
言葉と共に口元が、苦笑いで歪んでゆくのがわかる。
「……まるで、昔の俺じゃないか」
行方不明者が続出している『人食い陸橋』の調査を、IO2の任務として行っている。
調査任務が、そのまま破壊・殲滅任務に移行する。まあ、いつもの事とは言えるか。
「……何だ……お前は……」
その男が、声を発した。
かつては、人間の男だったのだろう。そうではないものに成り果てた今も、おぞましいほどに、悲しいほどに、ヒトの原形をとどめている。
「そうか……この世界を脅かす、魔王だな? いいだろう、僕は……お前を斃し、この世界を守る。それが……古のさだめによって召喚されし勇者たる、僕の使命……」
「あんたが守るべき世界っていうのは、これか?」
フェイトは見回した。
東西南北どこまでも続く、荒涼たる大地。
そのあちこちに、白骨死体が放置されている。老若男女、様々な骨格。
「……行方不明になった人たち、か」
黒いスーツの内側から、フェイトは拳銃を抜いた。
「あんたの世界に……生きた人間は、必要ないと?」
「みんな生きている! 活き活きとして、可愛くて、僕を癒してくれる!」
人間をやめた男が、ざっくりと裂けた。裂け目のような巨大な口が、開いたのだ。
舌か、臓物か、寄生虫か、判然としないものたちが大量に現れた。
この醜悪な大口が、行方不明者たちを捕食した。骨格のみを残してだ。
残され放置されたものたちを、馬場隆之介がいくらか鼻の下を伸ばしながら撮っている。
「人食い陸橋ってのはアレか、みんなが夢見る異世界への入り口だったってワケかあ?」
「……こんなものは異世界じゃあない。ただの……何だろうな」
フェイトの言葉に、この荒涼たる空間の創造主たる怪物はいよいよ激昂した。
「黙れ魔王! ここは僕が、聖なる姫巫女によって召喚された異世界だ! 僕はお前を斃し、この世界を! みんなを守る! それが勇者の使命だああああ!」
巨大な口から吐き出されたものたちが、無数の毒蛇の如く暴れ伸びて牙を剥き、フェイトを襲う。隆之介にも襲いかかる。
「お、おい何やってんだ……何だよ、それ……」
隆之介が呆然と呻く。おぞましい怪物の姿は、見えるようだ。
「馬場、伏せろ!」
とりあえず、そう叫ぶしかないまま、フェイトは引き金を引いた。
「なあ、それ……拳銃、だよな? 本物の……」
呆然と、隆之介が呟く。
その言葉通り、本物の拳銃を左右2丁ぶっ放しながら、フェイトは身を翻す。フルオートの銃火が、全方向に迸った。
溢れ出した臓物のような寄生虫のようなものたちが、フェイトあるいは隆之介に食らい付こうとしながら、ことごとく銃撃に薙ぎ払われて砕け散る。
「お前……」
以前アメリカで死ぬような目に遭った隆之介が今、その時に負けず劣らず信じ難いものを目の当たりにしているのだ。
夢、とでも思ってもらうしかないまま、フェイトは眼前の怪物を見据えた。
巨大な口から身体の中身を吐き出し伸ばし、それらを暴れさせ、片っ端から撃ち砕かれながら、怪物は喚き叫んでいる。悲鳴、怒号。
その哀れなほど醜悪な有り様に、フェイトは緑色の瞳を向けた。
「橋ってものが本来、持っている呪力に……あんたは、引っかかってしまったんだな。異世界へ行きたい、なんて日頃から思っていたせいで。もちろん、それ自体は悪い事じゃあない」
エメラルドグリーンの眼光が、燃え上がり、溢れ出す。
そしてフェイトの眼前で、力の塊となって発現する。
「念願の異世界には、だけど誰もいなかった。あんたをちやほや扱ってくれる誰かが、1人もいなかったんだ。だから、あんたは……それを外に求めてしまった。そうなったら駄目だよ、こうやって排除するしかなくなってしまう」
撃ち尽くした。
弾倉が空になった2つの拳銃を、フェイトは左右それぞれの手で水平に構えた。
眼前で燃え盛る力の塊に、銃口を押し当てる。
攻撃の念を燃やし猛らせながら、フェイトはしかし口調静かに言葉を発した。
「違う場所へ行きたいって思う事、確かにあるよな……辛いよな」
引き金を引く。
攻撃の念が、力の塊に撃ち込まれる。
フェイトの眼前で激しく燃え盛っていたものが、発射された。
エメラルドグリーンの、彗星であった。
それが、喚き叫ぶ怪物を直撃する。
この世界の創造主が、破裂爆散し、消滅してゆく。
それは、この世界そのものの消滅でもあった。

 

 

陸橋の欄干を背もたれにしていた隆之介が、目を覚ました。
「う……あれ……?」
「……大丈夫そうだな馬場。お前、いきなり倒れたから心配したぞ」
フェイトは言った。
「救急車、呼ぼうかとも思ったけど……馬場がしょっちゅう気絶するのは、まあ昔からの事だもんな」
「……何故か、お前と一緒にいる時ばっかりな」
言いつつ隆之介が、デジタルカメラを覗き込む。
「……何にも、映ってねえ……」
「何だ。夢の中で、何か撮ってたのか?」
「……夢……なのかなあ……」
隆之介が、周囲を見回している。
陸橋の上、閑静な団地の風景。それらは、気を失う前と変わりはしない。だが。
「…………何だぁ、こりゃあ……」
大量の白骨死体が、散乱していた。
陸橋の上に、周囲に、横たわっている。欄干から垂れ下がっている。
「おおい、これって……」
「俺も知らない。いきなり出て来たんだよ」
フェイトは言った。
警察が現場検証を行ったところで、これら白骨死体が『いきなり出て来た』以外の結論が導き出される事はないだろう。
「どうする? 馬場」
「何がだよ……」
「多分、誰かがもう通報してる。もうちょっとしたら警察が来ると思う。この辺きっと監視カメラもあるし、俺とお前が犯人扱いされる事はないだろうけど……少しの間、身柄を拘束されるかもな。逃げるなら今のうちだ」
「……死体が、見つかったんだぜ」
隆之介は言った。
「その上、警察のご厄介になれる……もう、そいつをネタに記事書くしかねえだろ」
「……お前、プロだなあ」
「そのくらいやらねえとな、うちの武則天様は許しちゃくれねえよ」
隆之介は、途方に暮れたように頭を掻いた。
「まさかよ、アトラスの取材でリアルに人死にが見つかるたぁ……そりゃ俺も、アメリカじゃ死にかけたけどよ……」
「……あれは、大変だったな」
「フラットウッズモンスターも、人面犬も小さなおじさんも、ファティマの聖母様もな……人殺しはしねえよ……」

カテゴリー: 02フェイト, その他(小湊WR), 馬場隆乃介 |

阿修羅の誕生

「はい、そこまで」
軽やかに手を叩きながら、その女教師は言った。
穂積忍(8730)は、我に返った。
少年たちが、血まみれで泣きじゃくっている。
同じクラスの男子生徒が、3人。日頃、何かと忍に因縁をつけてくる連中だ。因縁だけでは済まず、殴り合う事になった。
3人とも、辛うじて自力で歩いて帰る事の出来る状態だ。
この女教師が声をかけてこなかったら、救急車や警察が来るところまで自分は止まらなかっただろう。
そう思いながら、忍は睨んだ。女教師は、ただ微笑んでいる。
クラスの担任である。受け持ちの男子生徒がこうして放課後も教室に残り、喧嘩などしていたら、それは止めるだろう。
だが、と忍は思う。
「……止めねえで見てやがったな? このババア」
「さて」
30歳は超えているだろう。40代に入っているかも知れない。忍の母親の享年よりも、恐らくはずっと年上である。
そんな女性教諭が、泣きじゃくる男子生徒3人を慰め、なだめ、帰らせた。忍は1人、教室に残された。
女教師が、まじまじと見つめてくる。
「強いのねえ、穂積クン」
「……親父に、鍛えられてるからな」
余計な事を言った、と忍は思った。
一介の教師に、あの父親をどうにか出来るわけがないのだ。
忍は、教室を出た。
女教師は、ただ言葉をかけてくる。
「うっかり、お父さんの事が口に出ちゃったのよね」
耳を貸さず、忍は廊下を駆け去った。声だけが追いかけて来る。
「誰かに助けを求めたいんじゃないの本当は? ねえ、頼ってくれていいのよ?」

 

 

「……本当に、頼ってくれていいのよ?」
布団の中で、忍の細い身体を抱き締めながら、女教師は囁いた。
「いっぱしの男ぶってる忍クン……私に言わせりゃ、まだまだ子供。もっと大人を頼らなきゃ」
「うるせえぞ、ババア……」
「そのババアにねえ、むしゃぶりついてイイ声出してたのは一体どこの誰かなあっ」
「くそったれが……不覚だぜ……」
あれから何となく、この女教師と行動を共にする事が多くなった。
気が付いたら、このような関係に陥っていたのである。
「こないだ……学校、休んだよね? 忍クン」
いつの間にか、名前で呼ばれるようになってしまった。
「……やっぱり、お父さん?」
「学校の勉強なんざクソの役にも立たねえ……んな事してる暇あったら強くなれって、な」
こんな話も、するようになってしまった。
「そうやって忍クン、鍛えられてきたんだ。細く見えてガッシリしてるもんねぇ君」
女教師の手が、忍の全身あちこちを撫で弄る。この馴れ馴れしい愛撫にも、忍は抗う事が出来ない。
「……忍者、だぜ……信じられるかよ今時……」
この世で最も忌まわしい単語を、忍は口にしていた。
「穂積家は、忍びの家系……らしいけどよ、今この時代に生まれた俺には関係ねえ。なのに、あのクソ親父……忍びの技を、絶やすな。俺が物心ついた時から、それしか言わねえ……」
幼い忍に父は、あらゆる忍びの技術を叩き込んだ。
「俺、頑張ったんだぜ先生。いろんな技、頑張って覚えてよ、やって見せてもよう……親父の野郎、褒めてもくれねえ……」
忍が何をしても、父は満足しなかった。合格点をくれなかった。忍に、罵声と暴力を浴びせた。
「わかってるよ……そんなクソ親父に逆らえねえ、俺が一番クソだってな……」
「……傷だらけ、だね。忍クン」
忍の全身を丹念に触診しながら、女教師は囁いた。
「学校側から出来る事はないけど……ねえ、私個人としてなら」
「やめろ……」
忍は震えた。
息子の修業鍛錬を妨げるものに対し、あの父は容赦をしない。それが女性であっても、暴力で黙らせに来るだろう。
「こいつは俺自身の問題だ。余計な事するんじゃねえぞ、先生よう……」
自分は、父に逆らえない。
この女性を、父から守る事が出来ない。
それを思うと、忍は震えるしかなかった。
震える忍を、女教師はただ抱き締めた。

 

 

それから数日後に、父は死んだ。
滑らかに切り刻まれ、内臓が綺麗さっぱり消え失せていた。
状況から単独犯人の仕業である事は間違いなく、忍も一時的に身柄を拘束され、容疑者に近い扱いを受けた。
(俺が犯人だったら、どんなにいいか……)
忍は、そう思った。
世の中には、あの父親を超える化け物がいる、とも思った。
憎悪か愉悦か判然としない暗い炎が、穂積忍の心に点った瞬間であった。
釈放された忍が学校に戻った時には、あの女教師は姿を消していた。一身上の都合で退職、という事になっていた。
忍も、学校に行かなくなった。
卒業もせず、社会の底辺で獣のような暮らしを始めた。雇われて暴力を振るう。そんな仕事で食いつないだ。
父に叩き込まれた技が、大いに役立っている。
いくらかは感謝してやっても良い、と最近の忍は思わなくはない。
ともかく、忍はクナイを構えた。忌々しい話ではあるが、父の形見である。
現在、忍を雇っている組織の構成員が、次々と殺されていた。
今も目の前で、殺戮が行われたところである。
荒事に慣れた男たちが、滑らかに切り刻まれている。あの時の、父のように。
虐殺の光景の真っ只中に、その女は優美に佇んでいた。
寒気がするほどに美しく、そして若い。まだ少女と呼べる年齢ではないのか。
忍の方から、声をかけた。
「……久しぶりだな、おい」
「お父さんの内臓ね、不味かったけど栄養あったわ。ほら見て、三百年くらい若返っちゃった」
少女が微笑み、牙を剥く。
忍は微笑み返そうとしたが、顔が歪んだだけだった。
「もしかして……俺を、狙ってたのか?」
「忍クンのね、心臓も肝臓も胃腸も食べちゃいたかった」
何故それを実行しなかったのかを、少女は語ろうとしない。
「……私と、また一緒にならない?」
「悪いな先生。俺、年増じゃねえと駄目になっちまった。あんたのせいだぜ」
忍は低く身構え、駆けた。疾風の如く、踏み込んで行った。
「……若返るような女は、御免だ」
クナイが一閃し、少女の身体のどこかを切り裂いた。
否。裂けたのは、忍の身体であった。
「ぐぅッ……!」
血飛沫を散らせて、後退りをする。
肩に、胸板に、脇腹に、ざくざくと裂傷が刻み込まれている。
辛うじて、内臓には達していない。だが浅手とも言えない。
忍は、膝をついた。
少女は、片脚で立っている。しなやかな美脚の片方が、高々とあられもなく跳ね上がって爪先を空に向けている。
その足先は、鋭利な猛禽の鉤爪だった。
「私は、姑獲鳥……」
美しい背中から翼を広げながら、かつて女教師であった美少女は鉤爪を着地させた。
「子供をいじめる親は、許さない……」
「俺は……」
忍は、ゆらりと立ち上がった。
「……あんたの子供に、されちまうとこだったのかな」
「出来なかった……独り立ちした忍クンが、私を殺しに来る……それが、楽しみになっちゃたから」
姑獲鳥は血を吐き、頽れた。
忍の手に、クナイは無い。姑獲鳥の胸に、深々と突き刺さっている。
忍は、かつての女教師をそっと抱き上げた。
血まみれの唇で微笑みながら、姑獲鳥は静かに息絶えた。
「先生……俺、あんたに生き方、決められちまったよ。この先も、あんたみてえなのと戦うしかねえ」
戦う度に、忍の心で彼女が微笑む。
「……独り立ちなんて、出来やしねえよ」

カテゴリー: 小湊拓也WR(フェイト編), 穂積・忍 |

何も起こらなかった夜

山間にあるペンションは、管理する者がいなくなってから結構な時間が経っているのかすっかり荒れ果ててしまっている。床は腐り壁は朽ち果て、館の中は埃にまみれていた。
観光客が訪れ賑わっていた頃の面影など、今や見る影もない。部屋には、奇妙な模様のいたずら書きまでされている始末だ。
そんな誰もいないはずの寂れた廃墟に、場違いな程に賑やかな笑い声と騒がしい複数人分の足音が響く。ガラの悪い若者達が、はしゃぎながら廊下を歩き、ふざけた様子で廃墟の写真を撮影してはケラケラと笑っていた。
最近巷で囁かれている噂を聞き、面白半分でここへと訪れたのだろう。霊を呼び出せるという噂がある廃墟となったこのペンションは、彼らのような若者達にとっては肝試しにうってつけのスポットに違いなかった。
「危ないから帰りなよ」
ふと、若者達の鼓膜を知らない声がくすぐった。どうやら、このペンションには先客がいたらしい。
いつからそこにいたのか、どこからともなく現れた一人の青年は、まるで彼らの行く手を阻むように薄汚れた廊下へと立っていた。まだ若く、穏やかな雰囲気の青年だ。若者達のように、酒を飲んだ帰りにふざけたノリで噂になっている心霊スポットにやってきた様子でもない。
罰ゲームか何かで、こんなところに一人でこさせられているのだろうか。そう思った若者達は、バカにするように青年の事をあざ笑う。もちろん、青年の紡いだ帰れだなんて忠告を聞くつもりなんて彼らにはない。
「本当に危ないんだ。面白半分で踏み入れていい場所じゃない」
それでも、やんわりとした態度で諭してくる青年に、ついには若者の一人が手をあげた。若者の振るった腕の動きに合わせて、青年の身体が揺れる。
「――これ以上は、無理か」
説得を諦めたのか、困ったような顔をして青年はそう呟き、その場を立ち去って行った。邪魔者がいなくなった、と気を良くした若者達は肝試しの続きへと戻る。
彼らの酒気を帯びた笑い声は、ますます大きくなっていくのであった。

 

 

若者の内の一人が、「おい、見てみろよ」ととある一室の壁を指差した。まるで濁った血のような赤色で描かれた、奇妙な模様のいたずら書きがそこにはある。まるで、何かの魔法陣のようだ。
どうせ、自分達のような者を驚かせるために、かつてここに似たような目的で訪れた者が書いたのだろう。若者達は、こんなの自分にだって書けると宣い始め、そのいたずら書きへと持っていたスプレーで適当に模様を書き加え始める。
それを見て、別の若者は楽しそうに笑い、ネットに載せようとスマートフォンを構えた。しかし、その笑顔が、次の瞬間には固まる。
若者達の背を、その時確かになぞったのは悪寒であった。次いで目の前に広がった非現実的な光景に、彼らはしばし言葉を忘れ呆けてしまう。
模様が光り、『それ』は姿を現した。ゆらゆらと蠢く、異形。かろうじで人の姿をしてはいるものの、醜くおぞましい姿は、こちらを見やるその視線は、そしてまとっている殺気は――確実に生きているもののそれではない。
……誰かが呟いた。悪霊だ、と。事実、それは悪霊であった。
人の身を失い、この廃墟をさまよう亡霊。悪霊の口元が、不気味に歪む。まるで笑っているかのように。目の前にいる獲物を見て、歓喜するかのように。
そして、それは牙を向ける。突然非日常に足を踏み入れてしまい、未だ混乱している若者達……自らを呼び出した、哀れな獲物に向かって。
逃げなくては、そう思うのに若者達の足は震えてしまい言う事を聞いてなどはくれなかった。走り出そうとした足はもつれ、その場へと転げてしまう。腰を抜かしたまま後ずさる事しか出来ない若者に、容赦なく悪霊は襲い来る。
――死ぬ。咄嗟に若者はそう思い、目を瞑った。だが、訪れるはずの衝撃は、どうしてかいつまで経ってもやってはこない。
恐る恐る、若者は目を開けた。依然として目の前にいる悪霊の姿に再び悲鳴をあげながらも、目を閉じる前にはいなかったはずの存在が増えている事に若者は気付く。
若者を守るように、悪霊と対峙している2丁拳銃を構えた一つの影がそこにはあった。
「だから言っただろ? 帰りなよ、って」
黒いスーツを身にまとったその影は、先程若者達に帰るよう促した青年に違いなかった。あの時確かに殴ったはずなのに、その頬には怪我一つない。青年……フェイト(8636)は、若者達に殴られたフリをし大人しく退散したものだと思わせて、影からずっと様子を伺っていたのだ。
フェイトの構えた拳銃から出た対霊弾が、悪霊の身体を撃ち抜く。緑の瞳で睨むように標的を見据え、慣れた手付きで悪霊へと攻撃をくわえていく彼の目つきは、先程の大人しそうな青年とは別人なのではと疑ってしまいそうになる程に厳しく鋭かった。
悪霊も負けじと攻撃を返すものの、フェイトはまるで相手の次の動きを読んでいるかのように颯爽とかわしてみせる。否、読んでいるかのような……ではない。実際に彼は読んでいるのだ。超能力者のフェイトは、悪霊の次の一手すら見通せる。
未だ何が起こっているのか把握出来ていないのか、目を丸くしたまま呆然としている若者達をフェイトは一瞥した。今から見せる光景は、一般人には少し刺激が強いかもしれない。だが、どうせ今宵の事は――彼らの中ではなかった事になる。
フェイトの使う超能力が、若者達が不用意に足を踏み入れてしまった非日常を一層色濃いものへと変えていく。フェイトが触れる事なく物は動き、悪霊の穢れた魂もまた目に見えぬ力によりねじ切られるのであった。

 

 

「もう大丈夫だよ。気配は完全に消えたから、安心して」
腰を抜かしている若者達に、穏やかな笑みを浮かべフェイトはそう告げる。
この後やってくる予定の記憶処理班によって、若者達はしかるべき処置をされるであろう。彼らの中で、今夜足を踏み入れてしまった非日常はすべてなかった事になる。フェイトの事も今の言葉も、彼らの記憶からは消えてしまうのだ。
それでも、今怯えている彼らを少しでも安心させるために、とフェイトが紡いだ声はどこまでも優しいものであった。
世の中には知らない方が良いものも存在する。先程現れた悪霊のように、闇に潜む常識とはかけ離れた存在はその最もたる例だ。彼らのような若者達が知る必要はなく、覚えている意味はない。
――この闇を知るのは、IO2エージェントである、自分くらいで良い。
「帰る時は、気をつけなよ。もうこのペンションには悪霊はいないけど、夜の山は危ないから」
フェイトの言葉に、若者達は今度こそ素直に頷きを返すのであった。

 

 

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
エージェントであるフェイトさんのとある一夜、このようなお話となりましたがいかがでしたでしょうか。
お気に召すお話に出来ていましたら、幸いです。何か不備等ありましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、このたびはご発注誠にありがとうございました。またいつか機会がありましたら、その時は是非よろしくお願いいたします!

カテゴリー: 02フェイト, しまだWR |

Mind does not change

朝が来た。
普段どおりの穏やかな朝であったが、フェイトにとっては慌ただしいものとなった。
「な、なんで目覚まし鳴らなかったんだ……っ」
目が覚めてスマートフォンへと手を伸ばし、画面で時刻を確認すると、笑えない時間であった。
慌てて飛び起きたフェイトは、身支度も適当にそんな独り言を漏らしながら部屋を出て、朝食なしの状態だ。
「……ああ、もう……っ アメリカに居た頃のほうが、ちゃんと起きれてたな……っ」
アパートの階段を駆け下り、その先も走りながら独り言を続ける。
途中で何かに気づいて、彼は視線をわずかに落とし口を噤んだ。

――ユウタ。起きろよ、朝だぞ。

そう言って、起こしてくれる存在がフェイトには居た。
テーブルの上には毎日必ず朝食が用意されていて、彼はそれを食べて出勤していた。
「恋しいなぁ……」
トーストと卵料理とベーコン。それからコーヒー。
シンプルながらも温かい朝食を作ってくれていた人物は、元同僚であり、恋人でもある一人の男性だ。
料理上手で顔が良くて――何から何まで良く出来た男であった。
そんな彼が、何よりの存在として選んでくれたのが自分だった。

 

――いつでも会えるさ。

 

そう言って、笑って送り出してくれた彼の顔を、忘れた日など無い。
あの言葉を笑顔が記憶に強く残ってるからこそ、寂しくともやっていけるのだ。
「……っと、まずい、遅刻しそうだったんだっ」
いつの間にか歩みが止まっていたフェイトは、再び走り出して職場へと向かった。

IO2日本支部は、本部に比べるとかなりの人手不足であった。
それ故に、フェイトに割り当てられる任務が多く、休暇も潰されてしまうことが多々ある。
「あぁ……流石に腹減った……」
職場について早々に任務を与えられたフェイトは、やはり今日も一人きりでそれをクリアした。
朝食抜きだったために、一息ついたところで腹の虫が鳴く。
「やっぱり何か食べておこうかな……午後も任務あるしな……」
そんな事を言いつつ、フェイトは腕時計に視線をやった。
午前11時過ぎ。朝食というには遅すぎるが、何も食べずに午後を迎えるよりは良いと判断した彼は、馴染みの喫茶店へと足を向けた。
「いらっしゃいませ」
ドアベルを鳴らして扉を開けると、奥から優しい声が出迎えてくれた。
長い付き合いになる知り合いは、この喫茶店のマスターを務めている。美形のマスターとして近所では有名だ。
「そろそろ、来てくれると思ってましたよ」
マスターがにこにこと笑いながら、フェイトが注文をする前にホットサンドとコーヒーが差し出された。
「妻が作っておいてくれたんです」
「今日、寝坊しちゃって朝抜きだったから嬉しいです! 早速ですけど、頂きます!」
フェイトは目の前の朝食に手を合わせ、元気よくそう言ってから温かいホットサンドを口にした。そしてコーヒーを飲んでから、大きなため息を吐いた。
「あ~……生き返る……」
「相変わらず、忙しそうですね」
カウンターごしに立つマスターがそう言った。その表情は心配顔だ。
「うん……最近、ちょっと色々立て込んでて……」
「勇太君は昔から頑張りすぎるところがありますから、無理はダメですよ」
マスターの言葉は、穏やかな声だった。
彼の優しさを頷きと共に受け入れて、再びカップに口をつける。
「……確かに、余裕なんてなかった気がする……。会いたい人にも会えないし」
「おや、それは初耳ですね」
「あ、いや……ええと、その……」
マスターの言葉に、フェイトは焦って言い繕おうとした。うまく纏まらずに、言葉の並びが悪くなってしまう。
対するマスターはそんな姿のフェイトを見ながら、楽しそうに微笑んでいた。
「あ、そうだ。……マスター、ごちそうさまでした。また改めて来ます!」
「ええ、待っていますよ」
マスターと話しているうちに、フェイトはとある事を思いついてしまった。
そして彼は慌てるようにして立ち上がり、テーブルの上にモーニング代をきちんと置いて、小走りで店を出ていく。
マスターは笑みを崩さず、そんな彼を見送ったのだった。

 

23時過ぎ。午後からの任務がようやく終了した。
「つ、疲れた……」
アパートの部屋に戻ってこられたのは、それから更に30分が過ぎた頃だった。
さすがのフェイトにも、疲労が見える。
上着を脱いで椅子の背もたれにそれを置くと、内ポケットから何かがするりと滑り落ちてきた。
「あ、と……こっちに入れてたんだっけ……」
フェイトは床に落ちたそれを慌てて拾い上げ、そのまま傍のベッドへと倒れ込んだ。
思っている以上に、疲れが出ているらしい。
「……シャワー……浴びなくちゃ……」
言葉が既にたどたどしい。見る間に瞼が重くなっていき、フェイトはそのまま眠り込んでしまう。
そこから時間は流れ、やがて朝になった。
窓の外から、鳥のさえずりが聞こえてくる。
それをぼんやりとしながら聞いていたフェイトが、ゆっくりと意識を覚醒させていた。
――ピピピピ……。
スマートフォンが鳴った。
その音が合図になったかのように、フェイトは体を起こしてそれを手にする。
「!」
画面に浮かんでいる文字を見て一気に覚醒した彼は、慌てて通話ボタンを押して耳にそれを持っていく。
『モーニン、ハニー』
何ヶ月ぶりになるのか。
耳に心地よい声があった。すぐには聞くことが出来なくなってしまったその声の主は、ニューヨークから電話を掛けてくれていた。
「おはよう。そっち、まだ夜でしょ?」
時計を確認しつつ、フェイトはそう言った。もちろん、嬉しいという感情は抑えつつだ。
向こうとは13時間も時差がある。相手側は当然、夜の時間帯だ。それでも、夕方の任務がちょうど終わったくらいかと考えていると、だいたいそんな時間帯だと返事があった。
『そっち、どうだ?』
「うん、昨日はちょっと苦労したかな。でも、そっちにいた頃とあんまり変わらないよ」
何気ない会話であっても、こんなにも嬉しいと感じる。
そう思いながら、相手の声に張りがないような気がして、フェイトは顔を上げた。
「なんか、元気ない?」
『いや?』
問いかければ、即答であった。
逆に取れば、こういう時の『彼』は、嘘をついている。
「何かあったんじゃないのか」
『……そうだなぁ。お前が居ないからな』
「!」
そう返されて、フェイトは瞠目した。
彼もまた、もどかしいと感じているのかもしれない。
当たり前なのだ。嫌いになって別れたわけではないのだから。
「俺だって……寂しいよ」
『わかってる』
元々、研修期間としての本部配置だった。
その決められた時間が終わりを告げたために、本部から日本支部へと異動してきた。それだけの事だったのに、あちらで得たものは、フェイトが思っていた以上のモノであったのだ。
『なぁ、ユウタ』
彼がフェイトを呼ぶ。プライベートの時は、いつも本名を呼んでくれた。彼が呼ぶその響きが何より好きだと思いながら短い返事をする。
『好きだよ』
「……うん」
――俺もだよ。と心で続けながらの返事だ。
どんなに離れていても、自分の気持は変わらない。
相手もきっと、同じだろうから。
『会いに行くからな』
そんな言葉に、フェイトは小さく笑った。
彼が会いに来てくれる前に、自分からのサプライズを用意した。当日までは明かさないつもりだ。
そして彼は、寝落ちる直前に床から拾い上げてそのままでいた、あるものへと指を伸ばした。
昨日、喫茶店で思いついた事のそのものでもある。
彼の指先にあるものは、一枚の航空チケットであった。

 

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【8636/フェイト/男性/22歳/IO2エージェント】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
お久しぶりです。この度はご依頼ありがとうございました。
視点違い的なお話を書かせて頂けて大変嬉しかったです!
少しでもお楽しみ頂けましたら幸いです。
また機会がございましたら、よろしくお願いいたします。

紗生

カテゴリー: 02フェイト, 紗生WR(フェイト編) |

銃と剣と盾

虚無の境界が、また何やら企んでいるらしい。
あの連中のやる事は、ただ1つ。とにかく人を殺す、それだけだ。
連中いわく、人は死ねば霊的に進化する、ものであるらしい。
奴らのしでかす大量殺人は、だから救済なのだ。進化の遅れた、かわいそうな人間どもに対する、極上の親切なのである。
そんな親切行為を、虚無の境界はまたやらかそうとしている。
それを潰せ、というのが今回の俺たちの仕事である。
俺の、IO2見習いエージェント68号としての、いくつ目の仕事になるのか。半人前なりに、俺も場数を踏んでいるという事だ。
俺の上司は、フェイト(8636)という文系の中坊みたいな男で、そんな見た目に反してえらく強い。頼れる隊長である。隊長と言っても隊員は俺1人で、仕事中はまあ2人で暴れ回っているだけだ。それで片付く仕事ばかりなので、助かる。
今回、もう1人エージェントが投入されるという話は聞いていた。俺の、2人目の上司という事になるのか。
ムカつく奴だったら、ぶちのめす。それだけだ。
思いつつ俺は、ずかずかと待機室に踏み入った。
「うーす……あれ、フェイト隊長。早いっすね」
行儀良く椅子に座っていたフェイト隊長が、俺の声かけに反応し、こちらを向いた。
1つしかない瞳が、じっと俺を見つめている。左目が、黒いアイパッチで覆われていた。
俺は言った。
「ものもらい、ですか隊長。それとも中二病か何か? あと急に髪伸びちゃって、しかもポニーテールたぁ……男のポニーテールって、たまーにいますけど。いやもしかして女装っスか!? 何かの罰ゲーム? 一体何やらかしたんですかフェイト隊長」
「色々と、な。停職処分を受けた事もある」
明らかな、女の子の声。
「それはそれとして、私は隊長ではない。エージェントネーム、I・07。イオナ(8751)と呼んでもらおう。この度のミッションに同行する事となった。よろしく頼む、訓練生68号」
フェイト隊長によく似た少女が、立ち上がった。
立ち上がった身体は、細い。いくらか凹凸には乏しいものの、しなやかに起伏したボディラインは、黒いスーツの上からでも見て取れる。
「あ、こりゃどうも……」
俺は、半ば呆然と敬礼をした。
やはり、どう見ても女の子だ。そして割と可愛い。俺は何故、一瞬でもフェイト隊長と見間違えてしまったのか。
「すまん、遅くなった」
そのフェイト隊長が、いささか慌てて待機室に駆け込んで来た。
「顔合わせは、済んでいるかな2人とも」
「……本当に遅かったな、お兄様」
エージェント・イオナが言った。
「慣れないデスクワークに忙殺されて、時間の使い方が非効率的になっているのではないのか」
「……デスクワークじゃないよ。お前のお師匠が、また色々やらかして独房に叩き込まれている。ちょっと話を聞いてきたんだ」
「あの男……今度は何人、殺したのだろう」
「まあ、その話は後だ。もしかしたら今回の任務とも関係あるかも知れないけど……68号、俺からも紹介しておく。お前の先輩のイオナだ」
「はい。あのイオナさん、隊長の事……お兄様、って呼んでましたよね今。ご兄妹なんスか?」
「そうだ」
「血は繋がってない。いや、繋がってるのかな……その話も後。色々あったんだよ」
まだ仕事前だと言うのに、フェイト隊長は何やら疲れている。本当に色々あったのは間違いなさそうだ。
俺は、1つだけ訊いた。
「あのう、お2人とも……身内が同じ職場にいるって、何か色々やりにくくないっすか」
「作戦を説明する。ちゃんと聞けよ68号」
咳払いをしつつ、隊長は言った。
「ある山中の廃工場に、虚無の境界の戦闘部隊が身を潜めている。大半は、こないだ戦った連中とほぼ同タイプの人型ドローン。ただ指揮官みたいな奴が1人いるらしい……生かして捕縛するかどうかは、まあ成り行き次第だな。出来たらする、程度の認識でいい。自分の命優先でな」

 

 

金属製の骸骨、としか表現しようのない人型ドローンの群れが、一斉に右手をこちらに向けてくる。
それら右手が、マズルフラッシュを発した。五指の形をした銃身・銃口。
フルオートで吹き荒れる銃撃の嵐を、68号が全身で受けた。
がっしりと大柄な身体を包む、機械の甲冑。その表面各所で、血飛沫のような火花が散る。
微かによろめく68号の背後で、イオナが剣を抜いた。少女の細い腰に結わえ付けられた鞘から、光が走り出す。一見たおやかな右手が、日本刀の柄を特に重そうな様子もなく保持している。
一閃した刃は、名刀・妖刀の類ではなく無銘の数打ちだ。
傍目には、イオナが68号の背中を抜き打ちで叩き斬った、ようでもある。
だが、68号は無傷だ。
銃撃を行っていた人型ドローンたちが、ことごとく真っ二つに滑り落ちてゆく。滑らかな金属の断面を晒しながら。
自分が真っ二つになっていない事を、68号が恐る恐る確認している。
「お、俺……大丈夫、なんスよね?」
「障害物にも、味方にも人質にも遮られる事なく……私が敵と認識したものだけを、両断する。それが念動力の斬撃だ」
イオナが言った。
「68号……防壁の役目、感謝する。無事か?」
「平気っす。こいつ大したもんですよ、鉄砲玉は屁でもねえ」
機械鎧の胸板を、68号は軽く叩いた。
「それより気を付けて下さいイオナさん。こいつら、ぶん殴り合い斬り合いの方が強いっす!」
「だろうな。そうでなければ、わざわざ人型にする意味がない……」
まだ大量に生き残っている人型ドローンたちが、両断された仲間の残骸を蹴散らし、高速で踏み込んで行く。金属製の骨を己の身体から引き抜き、剣にして振り構えながらだ。
68号という防壁を迂回し、イオナに斬りかかろうとする人型ドローンたち。迂回させまいとする68号。それでも迂回して来た敵を、ことごとく斬り捨てるイオナ。
乱戦となった。自分も加勢するべきなのだろう、とフェイトは思う。
眼前の敵が、しかしそれをさせてくれなかった。
「我らが行動を起こす前に……よくぞ嗅ぎ付けたものだな、IO2の犬ども」
迷彩柄の軍服をまとう、1人の男。その身体が、メキメキと痙攣している。
人間の皮が破けつつある、と思いながらフェイトは会話に応じた。
「ここから市街地に出て、大量殺人でもやらかすつもりだったんだろう。いや、つもりって言うより……そういう命令を受けていたんだろう」
「愚民どもを、大いなる霊的進化へと導くために……」
「その命令を、だけどあんたは実行せず、IO2に嗅ぎ付けられるまで待っていた。こうやって俺たちが来るか、虚無の境界に粛清されるか、ってところだったんだな」
「犬が、世迷い言を……!」
「あんたに、人殺しは出来ない」
左右2丁の拳銃を構えながら、フェイトは言った。
「一時の気の迷いで、虚無の境界に入っちゃったんだろう。まだ遅くはない、辞めろ!」
「犬がっ、世迷い言をォオオッ!」
男の迷彩服が、ちぎれ飛んだ。
太く長い、鞭のようなものが複数、跳ね上がって宙を泳ぎ、フェイトを襲う。
「このようなものと化した身で! 虚無の境界以外の、どこで生きてゆけと言うのだ貴様は!」
後方へ跳びながら、フェイトは両手で引き金を引いた。
左右二つの銃口から、爆炎のようなマズルフラッシュが迸る。
銃撃に薙ぎ払われたものたちが、苦しげにうねりながらも牙を剥く。
蛇だった。
男の背中から、両肩から、何匹もの大蛇が生え伸びている。銃撃で顔面を削り取られた蛇の群れ。
それら顔面が、めり込んだ弾丸をポロポロと排出しながら盛り上がり再生してゆく。
フェイトは呟いた。
「ジーンキャリア……」
「以前はな。だが今は違う! 今や俺はIO2の生体兵器などではなく、虚無の境界の栄えある戦士よ!」
大蛇の群れが再び、目視不可能な速度で食らいついて来る。
その襲撃の真っ只中へと、フェイトは踏み込んで行った。
肩で、背中で、黒いスーツが裂けちぎれる。大蛇の牙に、噛み裂かれていた。踏み込む速度があと僅かでも遅ければ、皮膚も肉も食いちぎられていたところである。
2つの銃口が、男の胸板に押し付けられる。
エメラルドグリーンの両眼を激しく発光させながら、フェイトは引き金を引いた。
銃弾が、ジーンキャリアの肉体に突き刺さる。それが、手応えとして感じられる。
フェイトは背を向けた。
男は硬直している。大蛇の群れが、鎌首をもたげたまま震え固まっている。
「きっ、貴様……何をした……」
「弾と一緒に、俺の念動力を撃ち込んだ。それが、あんたを体内から拘束している。筋肉にも骨格にも内臓にも神経にも、俺の念動力がガッチリ絡みついてるよ」
フェイトは言った。
「少なくとも今から24時間……そのくらいで消える念動力だ。その間あんたは指一本、その蛇一匹、動かす事は出来ない」
「だからよ、大人しくしとけって」
68号が、動けぬジーンキャリアに拘束衣を押しかぶせる。
人型ドローンは1体残らず残骸と化していた。滑らかに切り刻まれ、あるいは豪快に叩き潰された残骸。
動いているものがいない事を確認しつつ、イオナが言う。
「お兄様……その男は」
「ジーンキャリアの技術を売り流した連中がいるらしい。IO2から虚無の境界へ、密かにね」
嫌な話を、フェイトはしなければならなくなった。
「その連中を、上層部の許可もなく皆殺しにしちゃった人がいるわけなんだけど」
「……それで、独房か」
「その人の親友が、ジーンキャリア技術のサンプルとして虚無の境界に売り渡された。で、危うくテロをやらかすところだったと。それがまあ、今回の任務の全容だ」
「殺せ……」
拘束されたジーンキャリアが、呻く。
「俺は……人を、殺したのだぞ……もはやIO2には居られない、虚無の境界で戦うしか」
「逃走中の凶悪殺人犯を、捕まえようとしてうっかり力加減を間違えただけだろう」
フェイトは言った。
「……そのくらいなら、俺もやった事ある」
「俺も、そのうちやるかも知れねえと」
68号が笑う。
「ま、そんな話はやめやめ。それよりイオナ先輩、仕事も終わったし、一緒にお茶しませんか?」
「良かろう。行くぞ」
「ちょっと待てえええええ!」
フェイトは思わず、悲鳴のような声を発していた。
68号が、笑顔を向けてくる。
「ああ、もちろん隊長もご一緒に。色々あったって話、聞きたいっすよ俺」

 

 

当然と言うべきか、お茶だけで済むはずもなかった。
とある、食事も出来る喫茶店。
大盛りのオムライスを、イオナが上品に平らげたところである。68号が拍手をしている。
「おおお、パねぇっすよイオナ先輩。カレー屋の大食いチャレンジとかもいけるんじゃねえですか」
「興味はないな。それより、お兄様」
綺麗な口元をナプキンで拭いながら、イオナが訊いてくる。
「あの男の、処遇は?」
「身柄、預けた。ある人にね」
「お兄様の、数多い知り合いの……人間ではない方面?」
「想像に任せるよ。とにかく上には、生きたまま捕縛出来なかったと、そう報告しておいた」
「……死体を回収するよう、命じられていたのでは」
「そうだったかな。まあ忘れたよ、もう。それより俺も何か食べようかな」
どうせ勘定は自分が持つ事になるのだ、とフェイトは思った。

カテゴリー: 02フェイト, 小湊拓也WR(フェイト編) |

教官フェイトの日々

「うおおおおおおおおお!」
威勢良く吼えながら、その若者は拳銃をぶっ放し続けた。嵐のようなフルオート射撃。
建物の陰に潜んでいたテロリストが、頭蓋を撃ち砕かれて死んだ。
人質に取られていた子供たちが、銃撃に薙ぎ払われ砕け散った。
実に見事な皆殺しである。
フェイト(8636)は手を叩き、叫んだ。
「ストップ! やめろ馬鹿、人質まで殺してどうするんだ!」
「え……人質ってゆう設定だったんすか?」
大柄な若者である。細身のフェイトと一緒にいると、人間が熊を連れ歩いているようにも見えてしまう。
そんな若者が、自身の作り上げた殺戮の光景をきょろきょろと見回している。
半ば破壊された市街地のあちこちで、テロリストや子供たちの死体が、ぼんやりと薄れ消えてゆく。
立体映像だった。
IO2の、戦闘訓練施設である。
「設定とか言うな。訓練ってのはな、実戦の心構えでやるもんだぞ」
「すんません……」
若者が、巨体を縮める。
自分は偉そうな事を言っている、とフェイトは思った。
目下の相手に、偉そうな口をきく。こればかりは慣れない。単身、虚無の境界の拠点にでも突入する方がまだ楽だ。
思いつつ、フェイトは言った。
「なあ68号。お前、殴り合いは得意だよな? だから射撃の腕も悪くはないよ。パンチ当てるのも弾を当てるのも、距離が違うだけで基本は同じだからな」
人を、数字で呼ぶ。これも慣れない。
エージェントネームの受領が認められない訓練生には、番号しかないというわけだ。ここIO2日本支部は、そういうところだけは滑稽なほど徹底している。
「あとはな、弾を当てていい相手と駄目な相手を見極める事だ。特に虚無の境界の連中なんかは、しょっちゅう人質を取るからな。よし、もう1回やってみようか」
「うっす」
訓練設備に、再びスイッチが入った。
近くの建物の3階で、1人の狙撃兵が銃を構えている。
訓練生68号は、そちらに向かって拳銃をぶっ放した。狙撃兵が蜂の巣になった。
「おるぁああ虚無の境界のクソッタレども! 人質とか取ってんじゃねえぞテメエらよおお!」
「それは味方の狙撃手だろうが……」
フェイトは、頭を抱えるしかなかった。

 

 

「うおおおおおおおおお!」
威勢良く吼えながら、フェイトは拳銃をぶっ放し続けた。嵐のようなフルオート射撃。
動く白骨死体のような怪物が1体、2体、銃弾の嵐に粉砕されて飛び散った。飛び散ったのは人骨の破片、ではなく機械の残骸だ。
IO2の戦闘訓練施設、ではない。某県の市街地である。
立体映像ではない生身の一般市民が、悲鳴を上げて逃げ惑う。
そこへ、機械の骸骨たちが無数、群れを成して襲いかかる。
虚無の境界の、人型ドローンの群れ。
金属製の鉤爪で人々を斬殺せんとする彼らに、フェイトは左右2丁の拳銃を向けた。そして引き金を引く。
銃撃の暴風が、人型ドローンたちを撃ち砕く。
機械の破片が乱れ飛ぶ中、人々は無秩序に逃げ回っている。
彼ら彼女らを怒鳴りつけながら、
「うるぁああ一般市民の皆様方! もうちっと落ち着いて避難しろやあ!」
鉄の塊のようなものが走り出し、まだ大量にいる人型ドローンの群れに突入して行く。
甲冑型の装着兵器に巨体を包んだ、訓練生68号である。
「あっおい馬鹿、突出するな……」
フェイトの声など、聞こえてはいない。
機械装甲をまとう左右の拳で、68号はフックやストレートを繰り出してゆく。ハンマーを振り回すようなパンチが、人型ドローンを3体、4体と粉砕する。
「フェイト隊長! 俺やっぱ拳銃とかよりコッチの方が性に合うっスよ、おらおらぁ! オラオラオラオラオラうぐっぶ」
5体目の人型ドローンが、反撃に出ていた。人骨標本のような身体のどこかから骨を1本、引き抜いて振るったのだ。
金属製の骨が、剣と化していた。
その斬撃を食らった68号の巨体が、前屈みにヘし曲がる。機械の甲冑に守られた肉体は、斬れない。外傷は付かない。だが衝撃を完全に防げるものではない。
前屈みになった68号に、人型ドローンたちが全方向から骨の剣を叩き込んでゆく。
血飛沫のような火花を噴射しながら、68号は袋叩きにされていた。
全ての人型ドローンが、68号を切り刻みにかかっている。
フェイトは、逃げ惑う人々の避難誘導に専念する事が出来た。
「結果オーライという奴かな……生き延びたら飯おごってやる、頑張れよ68号!」
叱咤激励の声を投げながらフェイトは、転んで泣いている女の子を助け起こした。
襲撃の気配が、その時、全身を打った。
女の子を背後に庇ってフェイトは振り返り、拳銃の引き金を引いた。
銃弾の直撃を喰らった何者かが、吹っ飛んで着地する。銃撃のダメージを全く感じさせない、軽快な動き。
人型ドローンの1体である。ただし、他のものたちと比べて装甲部分が広く分厚い。運動性能も段違いである。
左右それぞれの手で骨の剣を構える、その1体と、フェイトは対峙していた。
「こいつらの、親玉……部隊長、ってところか」
女の子が、母親とおぼしき女性に連れて行かれるのをチラリと確認しつつ、フェイトは後ろへ跳んだ。
機械の斬撃が、左右立て続けに襲いかかって来る。
かわしながら、フェイトは引き金を引いた。同じく左右立て続けに。
人型ドローンの装甲が、ぱちぱちと火花を散らす。
無傷の機体が、手練れの剣士の踏み込みを見せた。左右2本の特殊金属剣が、目視不可能な速度でフェイトを襲う。
鋭利な衝撃を、フェイトは左手に感じた。
拳銃が、真っ二つの残骸と化していた。拳銃ではなく左腕を切り落とされるところであったのだ。
残った右の拳銃を、両手で握り構えながら、フェイトは敵を見据えた。
緑色の瞳が、燃え上がるように発光した。
機械の剣士が、左右の斬撃を超高速で打ち込んでくる。
その様にエメラルドグリーンの眼光を叩き付けながら、フェイトは引き金を引いた。
念動力を宿した銃撃が、烈しく迸る。
直撃。
人型ドローンの剣士は、その強固な装甲もろとも爆散していた。
その爆発を背景に、フェイトは振り返った。
「待たせたな、おい……」
68号は、しかしもはや待ってはいなかった。
倒れている。
鎧のような装着兵器は大いに破損し、血まみれの素顔が半ば露わだ。
周囲には、人型ドローンの残骸・破片が散乱している。
「……頑張ったな」
倒れ動かぬ68号に、フェイトは歩み寄った。
「2階級特進おめでとう。お前の事、忘れないよ。じゃあな、天国でのんびり暮らせ」
立ち去ろうとするフェイトの足を、68号は掴んだ。
「……牛タン特上……おごってもらいますよ……」
「……給料日前なんだ。カツ丼とかで勘弁してくれないかなあ」
68号の大きな身体を、フェイトは担ぎ起こしてやった。

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◆氷冷と踊るは誰ぞ03

氷の巨人が撒き散らす異常なほどの低温の霧。
それがメキシコの町を氷漬けにするのにさほど時間はかからなかった。
次々に人々は凍り付き、逃げ惑う事など虚しいというばかりに彼らは氷の彫像となる。
氷の巨人……E-43はアリア・ジェラーティ(PC8537)を体内へ取り込み、彼女の力を用いて自身を強化していた。
その体内でアリアは遠き誰かの過去を見る事となった。

(あれは……誰?)

おぼろげな意識でぼーっと眺める彼女の目線の先にには氷の玉座に座る壮麗な衣装に身を包んだ女性がいた。
周囲には氷で生成されたと思われる氷の騎士達がかしづいている。

「女王様……最終防衛ライン、突破……されました。申し訳……ござい、ません」

辛さを出さぬ様にと兜で見えない唇を噛み締め、騎士は女王に頭を垂れる。
女王は座ったままで表情を変えずに言う。

「良い。お前たちはよくやった……あとは任せ、一足先に……逝くがいい」

女王が手をかざすと、騎士を包んでいた氷の鎧は崩れ去り……白骨となった遺体がその場に転がった。
アリアはその光景を黙ってみていたが女王と目が合う。

「そうか……君は……ふふ、最後に不思議な事に出会うものだな。これは独り言だ、聞いても聞かぬとも構わぬ」

女王はゆっくりと立ち上がり、窓辺へ歩いていった。アリアもそれに続く。
眼下には人の騎士だろうかごうごうと燃える松明を掲げ、氷の城に殺到する騎士たちの姿がある。
みな、怒号をあげ一気に城へとなだれ込んでいた。

「見えるか。あれは元々私の城下の住人達だ。隣国との戦いの折り、私は……氷の力を用い、それを防いだ。だがその時、止むを得ず味方もろとも殺してしまった。私は……氷の力を制御しきれなかったのだ。侵攻してきた隣国への、友を殺された恨み、親しき者を失った悲しみ、それら怒りに任せ、振るったせいであろう」

アリアの方を向き、女王は自らの王冠を外す。
そしてそれを彼女に被せた。

「同じ轍を踏んではならんぞ、我が遠い……遠い、子孫よ。どのような苦境にあろうと諦めてはならん。禍つ力と言われようとも、この力は使い方次第で人々を笑顔にできる。私は……それに気づくのが遅かった」

その言葉を聞き、アリアの意識は遠のいて風景が白く白く、なっていく。
微かに女王の言葉が聞こえる。

「ふふ、お前の様に……氷菓子など、振る舞う店でも……したらよかったのかも、な……」

うっすらと意識を取り戻したアリアは自身が身動きできない状態である事に気が付く。
四肢は拘束され、体に何かが接続されている違和感が伝わっていた。
少しでも気を抜けば意識は闇に沈み、また気を失ってしまいそうな状態である。
E-43は腕を振り上げ、建物を潰そうとした。
だがその動きは緩慢となり、建物の寸前で腕が止まる。
E-43の放つ極低温の霧がたちまちに建物を氷漬けにし、倒壊は免れたものの建物は全体が氷に包まれた。
メキシコの町は氷の巨人によって常夏の町とはもう言えない様相に変わっていったのである。

 

 

 

 

「そうか……やっかいな事になっちまったなぁ」
「え、どういうことですか」

メキシコに向かう道中、空港へと急いでいた草間・武彦(NPCA001)と工藤・勇太(PC1122)であったが、誰かからの連絡を受けた武彦が車を停止させた為、勇太は不思議に思い聞いたのである。
急ぐのなら車を飛ばしてでも空港へ行くべき事態だからである。

「あのE-43とかいうデカブツ、メキシコの町で大暴れだそうだ……しかも出現場所がアリアの向かった工場、想定スペック以上の氷の力……あとは言わずともわかるな?」
「まさか……あいつの中に、アリアちゃんがッ!」
「そう、そのまさかだ。……ったくただの人探しのはずだったんだがなァ……仕方ない、お上じきじきの指令だ」

武彦は懐からサングラスを取り出すとそれをかけた。
彼の表情はすっと変わり、目つきはかなり鋭くなった。ふぬけた探偵といった様子はもう見えない。
それは彼がIO2の仕事として今回の件を認識した証でもある。

「都市空間危機状況制圧用二脚機動装甲車『ブラスナイト』を申請、予定通りにヘリでのピックアップ後、現地へ向かう」

車から下りながらディテクターとして武彦はIO2へとその旨を連絡した。
ほどなくして戦闘用のヘリが降下し辺りに強い風を巻き上げながらその扉を開ける。
いきなりの行動に唖然としている勇太へ武彦はヘリの中から手を伸ばす。

「どうした、来ないのか? アリアはあの状況から見て寄生が浅い……まだ助ける猶予はあるぞ」
「え、あ……はい、行かせてくださいっ!」
「いい返事だ。よし、メキシコまで急げ。時間がないぞ!」

二人を乗せたヘリは空高く飛びあがるとメキシコへ向かっていくのであった。

 

 

 

 

メキシコの町上空。

「あれだ、このままブラスナイトで降下、空中戦を仕掛けある程度のダメージを与えてアリアを引き剥がすぞ」
「わかりましたっ、俺も……俺の力で、あの子を助けます!」

ブラスナイトに乗り込んだ二人はヘリの後部ハッチが開いたのと同時に氷の巨人直上から地上目掛けて降下する。
ブラスナイトは人型の戦闘兵器である。人の姿を模している為、様々な武装が搭載可能だ。
今回も背面バックパックに滑空用のウイングを装備し腰にはアサルトライフル型の霊力を弾として撃ち出すライフルを。
腰部サイドのウェポンラックには切断用高周波ブレードを装備していた。
腰に装備されたアサルトライフルを右手で構え、ブラスナイトはその照準をE-43の右腕に合わせる。
だが彼らが照準を合わせるよりも先にE-43は氷の塊を降下するブラスナイト目掛けて放った。
武彦はすぐさま照準を氷の塊に合わせるがそれを勇太が止める。

「だめだっ! あの中には……柚葉(NPCA012)ちゃんがいる!」
「なんだとっ……!」

腰に戻していては間に合わないと判断した武彦は咄嗟にアサルトライフルを手放し、柚葉入りの氷の塊を両手でキャッチする。
勇太の力を用いて氷漬けとなった柚葉を即座に解凍するとブラスナイトの中に収容する。

「げっほげほ、武彦! 勇太! 大変だっ! あいつの胸の中に……アリアがッッ!」
「胸部か……場所はわかったが、くっ、こうも攻撃が激しいと近づくことすら容易ではない……っ!」

会話している間も地上からはE-43が投擲する氷の塊が絶え間なく投げられており、回避軌道を少しでも間違えば途端に撃墜されてしまうだろう。
ブラスナイトはすれすれでそれらを回避しつつ、なんとか高度を下げている状態であった。

「俺が……俺が氷は防ぎます! 武彦さんはその間にアリアの救出を!」

勇太の提案に乗り、ブラスナイトは滑空用バックパックを切除、姿勢を頭を下に向けた高速での降下体制へと変え、腰部サイドにマウントされていた高周波ブレードを右腕に装備した。

「グゥゥッガガガアアアアア!」

吼える様に咆哮したE-43は口を開け、氷の槍を連射してブラスナイト目掛けて放つ。
だがそれらは勇太が辺りに散らばる氷の破片をサイコキネシスで集め、精製した氷の壁によって全てが防がれた。
武彦は勇太を信頼し、ブラスナイトの高周波ブレードをE-43目掛けて突き立てる事だけに集中する。回避軌道は頭から捨てていた。
E-43の氷の槍が勇太の氷壁を突き抜け、ブラスナイトの左腕を吹き飛ばす。被弾により体勢が崩れそうになるが勇太はサイコキネシスのフィールドを展開しブラスナイトの体勢を安定化させる。
しかし過度な負担が彼の口の端から一筋、血を垂らした。

「……ぐっ、あっ……お、俺に構わず……アリアちゃんを……!」

至近距離まで接近したブラスナイトを撃ち落とそうとE-43は腕を振り回すがブラスナイトは紙一重でそれを躱し、両足の底面にセットされた姿勢固定用アンカーをE-43の胸部側面へ打ち込んだ。
完全に張り付いたブラスナイトは高周波ブレードを用い、Eー43の胸部を浅く切り開く。中には触手の様な物にからめとられたアリアが見えた。
勇太はフィールドを維持しながらアリアをサイコキネシスで引き寄せる。
コードのような触手をぶちぶちと引き千切り、勇太はブラスナイトのコックピットへアリアを収容する事に成功した。

「アリアちゃんっ!」
「……う、あ……ここは……」
「もう大丈夫だよっ! 勇太が助けてくれたの!」
「そう……あ、あいつ……止めないと……っ!」

アンカーを引き抜き、E-43から急速離脱したブラスナイトであったが離脱の際に右足を損傷、半壊しながらもなんとか少し離れた位置へ着地した所であった。
救出に使った高周波ブレードはE-43の硬い氷の装甲によって半分から折れ、使い物にならなそうであった。
ビービーとけたたましい警告音が戦闘続行が厳しいことを告げている。操作画面にはアラートが幾重にも重なって表示されている。

「こいつも限界が近い……手はないのか……っ」
「大丈夫……私も力を貸す、みんなで……やれば……いけるよ……っ」
「俺も、いけますよ。まだ、姿勢制御はできますっ!」
「武器には私が変化する!」

消耗し疲労していたアリアであったが、力を振り絞りブラスナイトの損傷個所や失った右腕を氷で生成する。
自力での姿勢制御が難しくなっているブラスナイトの姿勢は勇太がサイコキネシスのフィールドで覆う事で安定させた。
柚葉はぎゅうぎゅう詰めのコックピットから飛び出しブレードの折れた刀身の代わりとなった。耳と尻尾が出ているのはご愛敬である。

「いくぞっ!」

ブラスナイトは姿勢低く地面を疾駆する。
E-43は核となっていたアリアを失い、体を自壊させながらも腕を振り上げて突っ込んできた。
勇太がブラスナイトを傾け、武彦は脚部ローラーを展開、勇太の制御で反時計回りに円移動する。
腕の一撃を避けたブラスナイトはがらあきとなったE-43の胸部コアユニットに柚葉の変化した高周波ブレードを突き刺した。

「グゥゥゥアアアアアアアーーーッ!」

断末魔の叫び声をあげ、E-43は氷の瓦礫となってがらがらと崩れ去っていった。
膝をつき、煙を上げるブラスナイトの元へ戦闘ヘリが降下してくる。
ブラスナイトの回収はIO2に任せ、勇太とアリア達はヘリへと乗り込んだ。

「私……メキシコの町に……酷いことを……こんな……」
「アリアちゃん、大丈夫。君のおかげでみんなは救われたんだよ」
「え……?」
「誰も死んでないんだ。氷漬けで仮死状態になっていただけで、誰一人死んでないんだよ。アリアちゃんがきっと無意識でやったんだと思う」

そこで彼女は女王の姿を思い出していた。彼女の言葉。諦めるなと。

「そっか、できたんですね……私」
「え?」
「いえ、何でもありません。では戻ったらアイスをご馳走します。今回のお礼も兼ねてですが」
「アイス!? やったぁぁぁーーアイスだぁぁぁ!」

柚葉の賑やかな歓声がヘリの中を彩り、彼らは朝日の光で氷が溶け行くメキシコの町を後にするのであった。

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◆氷冷と踊るは誰ぞ02

急速な温度の低温化により氷漬けとなった工場の中をアリア・ジェラーティ(PC8537)と柚葉(NPCA012)は探索していた。
この施設にいるかもしれない懇意にしているアイスの業者を探す為である。
彼との連絡が滞ってからかなりの時間が経っている、最悪の事態も想定しながら彼女達は工場内を歩く。

「なんだ、きさ……がぁっ!?」
「うるさいです、静かにしていてください」

角を曲がった際に鉢合わせた武装した男は武器を構える暇もなくアリアによって氷漬けにされる。
情けないポーズで固まった男を柚葉は蹴転がし、やれアイスを食べれないのはお前らのせいだとか常夏を返せなどと口走っていた。
さして表情の変わらない感じで振り向いたアリアは彼女に先を進むように促す。

「……行きますよ。この様子だと無事かどうかも怪しいので」
「あっ、うんっ。わかったよ」

アリアに促され、柚葉は八つ当たりをやめ彼女の後を追った。
するとまだ凍ってない暖かい部屋に数人の研究者の様な人々がいる。どうやら武装した男に見張られ何かをさせられているようだった。
それは無理やりといった雰囲気で研究者達は仕方なく協力させられているようだった。

(敵を凍らせる? ううん、研究者の人達が危ない……)

どうしようかと思案しているとアリアの肩を楽しそうな笑顔を浮かべた柚葉がぽんぽんと叩く。
それはやっと役に立てるといった風の表情であった。

「ここは任せてよ、しっかりと話を聞きだしてくるからさっ」
「……うん、お任せするね」

よしっと柚葉は研究員へと一瞬で化けた。一見した見た目だけで言えば彼女の変身は完璧である。
そう、ふさふさの尻尾が生えた背後を見なければ。

「あの、ここに配属されたばかりなんですけれど……実は先に知り合いが働いてるみたいなんですよ」
「へぇ、そうなのか。どういう人なんだい?」
「ええ。普段はアイスを売る業者などしているみたいです。長らく連絡を取っていなかったので気になって」
「なるほどなぁ。確かその人なら――」

そこまで研究者が言った段階で轟音が鳴り響く。直後、サイレンもけたたましく工場内で鳴り始めた。
慌てた様子の研究員が部屋の入り口に駆け込んでくる。その表情は切羽詰まったものである。

「おいっ! 大変だッ! まだ調整中の試験体E-43を虚無の境界の奴ら、侵入者を炙り出すとか言って起動しやがった!」
「それは本当か!? あれはまだ未完成な上に制御もままならない……ッ! くそ、おい、みんな逃げるぞッ!」

慌てて逃げ出す研究者達の流れに逆らいながらアリアと柚葉はそのE-43がいるという場所へと向かう。
危険かもしれないが放置もできない。
そんなものが暴れてこの工場を破壊でもされたらそれこそ探索どころではないからだ。

少し歩くと開けた広間の様な場所で天井を破壊し、咆哮をあげる氷の巨人がいた。
足元には武装した虚無の境界の者達の死体が複数転がっている。
その内の一つを拾い上げると氷の巨人『E-43』は瞬時に死体を凍らせ、棍棒上の即席武器としてしまう。
それを振り回すと彼は好き勝手に暴れ出した。
既に壁もその多くが破壊され、工場は外の風雪から剥き出しとなっている。

「だめっあのままじゃ!」
「待って、無策で突っ込んだら……!」

アリアの制止も聞かず、飛び出した柚葉は鋭利な爪を伸ばすと地面をひっかきながらE-43へ真直ぐに突っ込んだ。
走る速度を上げる柚葉は爪を地面からすくい上げる様にしてE-43へ襲い掛かる。
地面と爪の摩擦で小さな火花が巻き起こりそれを媒介に柚葉は数発の鬼火を精製した。

「いっけぇぇぇぇーーっ!」

鬼火はE-43に衝突して破裂し燃え上がるが氷の巨人の発する強力な冷気によりすぐさま鎮火してしまう。
ダメージとしてはほとんど何の効果もないようであった。
飛びのいてその場を離れようとする柚葉であったが時既に遅し、彼女はE-43の発する冷気により防御姿勢のまま氷漬けとなり地面に転がった。
彼女に止めを刺そうと死体で作った氷の棍棒を振り下ろすE-43であったが、彼の棍棒は間に割って入ったアリアの氷の壁によって弾かれる。

「やらせない……次は、私が相手、です」

アリアはE-43を中心に円形に回りながら鋭い氷の槍を生成しE-43目掛けて放つ。
それらは彼の体を削り多数の傷を作るがそのどれもが致命傷には至らない。
どうやら中心に向かう程にE-43の氷の体はその硬度を増しているようだった。
地面を削る様に彼女を狙った氷の棍棒を自身が生成した氷の坂をアリアはスケート選手の様に滑り躱すと上空で氷の刃を作り出し大上段から振り下ろす。
鋭利な氷の刃はE-43の左腕を切断するが痛みという物を感じないのかE-43はその巨大な右手でアリアをがしっと掴もうとするが寸前の所でその手は空を切る。
地面に触れ、アリアは地面の内側から槍状の氷を飛び出す様にいくつも生成するとE-43の足を完全に封じた。
砕け盛り上がった礫片と氷に挟まれ、E-43の下半身は全く動かない。
動転したのか攻撃の手が緩んだE-43の隙を見逃さずアリアは彼の懐に接近し、その手を触れた。

「……一気に決める……です」

体の中心から凍らされ、E-43は苦しむようにもがくがアリアは攻撃を緩めない。
だがその時であった。E-43の胸部が大きく開き、多量の触手がアリアを襲った。

「なっ、ひっ、あっぁぁ!」

触手は彼女をE-43の胸部へ取り込むとぐねぐねと絡み付き、服の内部へと容赦なく入り込むと肌の上を這いまわる。
気持ちの悪い粘質の感触に身を捩らせるアリアは更なる抵抗を試みるが体に力が入らず、何もできない。
首や胸、腰、足などに触手が噛みつき彼女の悲鳴が上がると共にE-43の胸部は彼女の顔だけ外に見える様に出し、閉じる。
一層青白い色を濃くしたE-43は地面が揺れる程の咆哮をあげ工場を後にするとメキシコの町へと向かっていった。

 

 

 

 

一方、草間・武彦(NPCA001)と工藤・勇太(PC1122)は僻地にある虚無の境界の実験施設へと潜入していた。
警備は存外に薄く、彼らは出会う敵を昏倒させながら内部の探索を進めている。
どうやら警備に当たっている虚無の境界の武装兵はあまり注意力の良い方ではないらしく、背後に近づいても全く気づいていない。

「こいつのこれ、使えそうだな。そこのカードキーで施錠された扉が妖しい、勇太頼む」
「はい、開けますよ」

草間が放ったカードキーを受け取り勇太が施錠された扉を開けるとそこには行方不明者達と依頼者の娘がいた。
だが彼女達の目は虚ろであり、どこを見ているかさえ定かではない。
体には投薬の跡や何らかの傷があり、実験されていた事は確かであった。

「こんな……っ!」

静かな怒りを隠しきれない勇太は震えていた。
そんな勇太に草間は声をかける。

「勇太、まずは助けるのが先決だ、いいな?」
「……はい」

草間達が部屋へ入ろうとした次の瞬間、少女達は苦しみだし、その姿を巨人の様なものへと変貌させていく。

「ぐぃぃおおあああああああ!!!!」
「いやだぁぁもう、いやぁああっ!」
「いぎぃぃいいいったすけ、たすけえぇぇぇえっ!」

苦しむ少女達はみるみる内にその姿を変貌させ、巨躯の巨人となり暴れ出している。
お互いに殴り合ったりぶつかっているだけにその知性は高くはないようだ。

「ふははははは! 見たかね、侵入者諸君っ! これが我々の研究成果だよ!」
「お前、この子達に何をしたぁッ!」
「ふふふ、はぁっはっはっは! 凡庸な貴様らにはわからんだろう、この私の崇高な、技法が! よし、特別に解説してやる」

彼が嬉々として語りだすその内容は驚くべき物だった。
それは子供に悪霊を憑依、自我を奪った上で寄生生物を投入し子供の成長ホルモンを暴走させて急激な膨張を促すという物だった。

「くく、元に戻れる保証はないが……まぁ、使い捨ての即戦力と考えれば……実にいい捨て駒だろう?」
「お前……お前ってやつはぁぁぁぁーー!」

勇太が怒りを露わにし攻撃を仕掛けようとしたがそれよりも早く異形の巨人達は研究者を殴り潰した。
その直後、勇太の脳裏に彼女達の嘆きが強制的に流れ込んでくる。
余りの意識の濁流に耐え切れず、勇太は膝をついた。

「がっ、あぁ、くっ……ああっぁぁっ!」
「大丈夫か、勇太! おい、どうしたっ!」
「悲しみ……怒り、ああぁぁぁ、彼女、達の……っ!」

息を荒くしながらもなんとか呼吸を整えた勇太は強い瞳で暴れまわる巨人となった彼女達を見た。

「開放してあげないと……っ」

姿勢を低くし、勇太は瓦礫を自身の右と左にサイコキネシスで浮遊させる。
動く対象を発見した異形の巨人達は彼に襲い掛かるが紙一重で躱す勇太には触れられない。
一つ、また一つと巨人達へ瓦礫を命中させ、勇太は彼女達を行動不能にしていった。
なるべく速度を速くし過ぎず、遅くし過ぎず殺さない様にダメージをコントロールする。
だがその繊細なコントロールが仇となったのだろう、色の違う巨人が彼の瓦礫の一撃に耐え勇太を掴んで地面へと叩きつけた。
強烈な痛みに一瞬、彼の意識は飛ぶ。

「がっ、はっ……!」

無造作に放り投げられ、地面へ突っ伏した勇太の意識は闇に沈もうとしていた。

(ここ、まで……か……)

そんな彼の耳……いや、脳裏に少女の声が聞こえてくる。

(タ、スケ……テ……イヤ、ダアァァァアア、クル……シ、イィイィィイイイイイ……ッ!)

その声で僅かに意識を目覚めさせた勇太は口の端を強く噛む。彼の唇からは一筋赤い血が垂れた。
その痛みで完全に意識を取り戻した勇太はよろよろと立ち上がり、巨人へと向き直る。

「はぁ、はぁ……そうだよな、俺が……なんとか、して、あげなくちゃ……」
「グゥゥガアアアアアアアアアアアアアーーッッ!」

どすどすと地響きをあげながら突進してくる巨人のタックルを勇太はテレポートで躱しその背後に回ると瓦礫数個を続け様に足へと打ち込み、巨人に膝をつかせた。
間髪入れずにテレポートで正面へと転移すると、一際大きな瓦礫をサイコキネシスで浮かしてハンマーの様に使い、巨人の顎下から殴り上げた。
巨人は体勢を完全に崩すと仰向けに倒れ、その姿は次第に小さくなって依頼者の娘の姿に戻った。
一糸纏わぬ姿となっていた彼女に草間が駆け寄る。

「よし、弱いが息はある……。彼女も立派なレディだ、俺のコートを貸そう」

そう言って草間はコートで依頼者の娘をくるむと背負い、立ち上がった。

「勇太、他の子はどうだ?」
「ダメです……みんな、既に遅かったのか……巨人の状態のまま……死んでいます」
「そうか、やはり浸食が進んだ子は……」
「俺が、もっと……うまくやれてたら……この子達も――」
「……メキシコにも別例として氷を糧にする巨人の研究施設があるらしい。この子を届けたら、そこに向かうぞ」
「…………はい」
「勇太――――気負うなよ」
「…………」

俯き、体を震わせる勇太に草間は少女を背負ったままで彼にも歩くように促した。
勇太は頷きそれに従う。

(やりきれねぇだろうがな、勇太。お前は確実にこいつらを救った。苦しみから開放してやったんだ。自分を責めるなっていってやりたいがそこは自身で乗り越えなきゃならねえ、辛いだろうがそれが命のやり取りをする者の覚悟って奴だ)

草間と勇太は依頼者の娘を依頼者に届け、次の目的地であるメキシコの工場を目指す為、その場を後にした。

 

 

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
お待たせしてすいません!
ご依頼ありがとうございました!
3部作の2作目到着ですっ!

ずいぶんと辛いながらも戦わねばならない……そんな所が出せてたらなって思います!

ではまた次回で!

カテゴリー: 01工藤勇太, ウケッキWR |

◆氷冷と踊るは誰ぞ

最近、巷を騒がせている行方不明事件。
やれ怪物を見ただの、巨大な人影を見ただのそんな噂が飛び交っているようだ。
余り綺麗とは言えない事務所の椅子にもたれかかる男の見ている新聞にはでかでかと『また行方不明者、怪物の仕業の噂!?』と書かれている。

「はぁ……ゴシップってのは、好き勝手に書きやがるな……」

男は草間・武彦(NPCA001)。この草間興信所の所長であり探偵である。
武彦は懐から愛用の煙草を取り出すと慣れた手つきで火をつけ、一服。
視線を落とす彼の眼の先には『行方不明者の捜索願』と書かれた書類が置かれていた。

「この手の依頼は人手がいる。役に立つ奴らに声をかけた……で、来たのがお前らだけか?」

そう言う彼の目の前には幼女と見間違う程の小さな体躯の少女と学生服に身を包んだどこにでもいそうな高校生の男子が立っている。
透き通る様な白い肌を持つ青髪の小さな少女……アリア・ジェラーティ(PC8537)は僅かに不服そうな表情を浮かべながら口を開いた。

「……私は、手伝いに来たわけじゃ、ないです。いつも高級なアイスを……届けてくれる業者ちゃん、そのリストに入ってませんか?」
「あー、チベットの山奥から届けてくれるって奴だろう?」
「……違います、メキシコからです」
「――まあ、あれだ細かい事はいいとして、そいつらしき人物は……ふむ、リストにはないぞ」
「そうですか、ではこれで」
「あっ、おい……行っちまった」

それだけが要件だったのだろう。アリアはくるりと踵を返すと引き留める武彦の声など聞こえていないかの様に興信所から出て行ってしまった。
頭をくしゃくしゃと掻き、武彦は溜息交じりに机に置いてあった冷めたコーヒーの残りを一気に飲み干した。

「……ったく、少しくらい手伝ってくれてもいいだろう。ま、こういう時でも慌てないのがクールな大人ってやつだが、な」

武彦はそれだけ言うと自分でコーヒーのおかわりを淹れている。いつもよりまごついている辺り、慌てていないというのは真実ではないらしい。
高校生の少年……工藤・勇太(PC1122)は見ていられなくなりコーヒーの準備を交代した。何度も通っているからだろうか淹れ方についてぎこちなさはなく、その手際は良い。

「アリアちゃんにもやることがあるんだ、今回はあんたと俺で行こうよ。一人で行くよりは断然マシだろ?」
「そうだな、お前と俺で行こう。お、すまない」

勇太からコーヒーを受け取ると椅子に座り、武彦はコーヒーに口をつける。
机に散らばった調査資料を手に取り、勇太はそれらをつぶさに眺めた。

「行方不明、噂……信憑性のない物ばっかだけど、これって共通点がありそうだ……」
「そうそう、狙われているのは全て――」
「――女の子だ、それも小さな」

先に勇太に答えを言われ、武彦は彼にわからない程度にしょんぼりとする。

「あー、うむ。その通りだ」

努めて冷静さを装うが勇太は武彦のその様な所は気にしていない。
目の前の調査資料に集中しているようだった。

「でも、なんでだ。なんで小さいばかりを狙う?」
「そこまでだ、勇太。こういう調査の心得は――――」
「――足で見つける、だろ? よし、現場に行ってみよう、草間さんっ!」
「あ……うん、そうだな、うん……」

手早く身支度を済ませ興信所を勇太は飛び出す。
それに続く草間の背中には僅かな哀愁が漂っていた。

 

 

 

 

「さっむいぃぃいいいいーーーっ! ボクの美味しいアイスは!? 常夏の魅惑的なメキシコはどこいったのさ!?」
「……知らないです。勝手に付いてきたのは柚葉、ですよね」

興信所を後にしたアリアはメキシコまで来ていた。件の業者を探す為である。
少年に見間違う子狐の少女、柚葉(NPCA012)に至っては常夏魅惑の国メキシコで美味しいアイスが食べられると勝手に判断して付いてきていた。
だがメキシコに降り立ったアリア達が目にしたのは常夏とは正反対の極寒の吹雪。
町は氷に閉ざされ、あらゆる物が凍り付いていた。勿論、人の往来はなく店など営業しているわけもない。
アリアはそんな街並みに躊躇することなくすたすたと歩き出した。
氷を自在に操る彼女はこの吹雪にすら動じることはない。

「ど、どこいくのーーっ」
「……業者さんの所です。ただ、吹雪で連絡がつかないだけ、かもしれませんから」
「吹雪って……連絡に影響あるの?」
「そうですね、あまりに強いと……通信設備に影響が出るかも……といった具合です」
「そ、そうなん、だぁ……うう、ボクは寒くて寒くて……限界近いカモ……うぐぅ」

寒さに体を震わせる柚葉を連れてアリアは業者がいるはずのバニラ工場までやってきた
だが様子がおかしい、見知らぬ男が数名倉庫の入り口に立っているのだ。
彼らは武装しておりかなり物騒な雰囲気である。

「う、なんか、や、やばそうな雰囲気だねぇ……っ」
「なぜ彼らがこんな所に……」

どう見ても業者の友人に見えない彼らの姿に彼女は見覚えがあった。

「……虚無の境界。彼らがあそこにいるのなら……業者さんが危ないです」
「えっ、どうしてこんなとこに……あれ、ううぅ、更に寒気が……ってアリアちゃん何してるの!?」

アリアが手を上空にかざすと冷気が彼女の両の掌に凄まじい勢いで集まっていく。
それらは青白く明滅しながらその粒子の数と勢いを増し辺りの温度を急激に下げていった。

「まだまだいるから……全部、まとめて……凍らせます……っ!」

次の瞬間、青白い粒子達が弾け飛びそれらは瞬時に地面を凍てつかせる。
白く凍った地面は真直ぐにバニラ工場の方へ伸びると数秒も経たない内に工場を丸ごと凍り付かせた。
それだけでは収まらない氷は勢いを増し、周囲の建造物や警備に立っていた虚無の境界の者達すら氷の中へと閉ざす。

「まずはこれでいいですね。あとは……業者さんを、救わないと」

 

 

 

 

「またこの暗号……これは、一体?」

草間と共に行動していた勇太は怪しげな印の書かれたボロボロの壁面を眺めている。
わざと埃で汚された壁にはルーン文字の様な赤い印が微かに見えていた。それは僅かに明滅しているようだ。
埃を手で掃うとはっきりと印の形が見て取れる。矢印の様な赤い印は天を指していた。

「被害者の女性の足取りはここで途切れている……ここに来るまでにいくつか見つけた痕跡の近くにもこれがあった……という事は」
「そうだ、何か関連性があるってことだな」

近くを一回りしてきた草間が勇太の元へと現れる。口に火のついた煙草を咥えている辺り、物騒なことは何もなかったようだ。
印の確認を済ませた勇太は立ち上がりながら草間に問いかける。

「こんな廃墟で一体何を……ん、あれは?」

勇太は壊れた戸棚に残された紙片を見つける。
取り出してみるとほとんどの文字は読めなかったが掠れた文字で『虚無の』『研究施設』という文字が読み取れた。
それを見た勇太は苦々しい顔を浮かべる。その文字が示す者達に覚えがあったからだ。

「あいつらが絡んでいるなんて。急がないと……っ!」
「おい、どうした。焦っても何も――」
「だってこんなこと許されるはずがっ! 研究の為になんて……っ」

顔を俯かせた勇太の拳は力強く握られ、爪が肉に食い込む程であった。

「勇太、お前……」
「……っ」

俯いたままの勇太を草間は優しく頭に手を置いた。そしてそのままくしゃくしゃと撫でる。

「わっぷ、ちょ、なにをっ」
「……いっちょ前に一人で勝手に気負うんじゃねぇ。例え、そいつらが何を企んでいようと……これから乗り込んで、終わらせちまえばいい。俺と一緒にな」
「……草間さん」
「そうと決まれば急ぐぞ、居場所は向こうで見つけた資料らしきもんにご丁寧に書いてあったからな」
「――はいっ!」

寂れた廃墟を後にした草間と勇太の二人は、残されていた資料に記されていた虚無の境界が実験施設にしているとされる『偽装倉庫』へと向かうのであった。
草間を追う勇太の顔にもう先程の影はない。
勇太の瞳は彼らの行いを止めなければという強い決意に満ちていた。

 

 

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
3部作という初めてのものを依頼いただきありがとうございます。
実にワクワクする発注文の内容で私もテンションががっておりますっ。
後、2作品残っておりますが、製作しておりますので今しばらくお待ちくださいませませっ!

それでは次回のあとがきで会いましょうっ

ではではー

カテゴリー: 01工藤勇太, ウケッキWR |

爆炎の葬列

製薬会社とは妙に縁がある、とフェイトは思う。
かつて自分が関わった、とある製薬会社は、人目に触れぬところで『虚無の境界』と繋がっていたものだ。
ここは違う。その会社とも、虚無の境界とも、無関係だ。
そう聞かされている。
「……本当に、そうか?」
問いかけてみても答えはない。今、ここにいる人間は自分1人だ。
立ち込める霧の中、微かに吹く冷たい風が、黒のロングコートを揺らめかせている。
その下にまとうス一ツも黒、サングラスも黒。
そんな装いでは、ごまかしきれない童顔。
二十歳をいくつか超えているのに、高校生と間違えられる時がある。それなりに過酷な任務をいくつもこなしてきたが、歴戦の勇士の風格がなかなか身に付いてくれない。
そんな顔を、フェイトはちらりと周囲に向けた。
某県の山奥、であるが平原にも見える。それほど開けた場所である。
霧の中、いくつもの寂れた建物が墓石の如く佇んでいる。
とある製薬会社の研究施設、であるらしい。音信不通となって数ヶ月が経つという。
その数ヶ月の間、本社の人々や警察関係者がこの施設を訪れ、ことごとく消息を絶った。
皆、生きてはいないだろうとフェイトは思う。生きた人間の気配が、全く感じられない。
「最初からIO2に任せてくれれば……ってわけにも、いかないか」
溜め息をつきながら、フェイトは歩を進めた。
IO2のエージェントとして、この場で起こった異変をまず調査しなければならない。
「調べて終わり、ってわけには……いかないよな多分」
フェイトの呟きに応えるが如く、その時。視界の隅で、人影が動いた。
墓石のような建物の中から、その人影はよろりと歩み出し、こちらに近付いて来る。
汚れた白衣に身を包んだ、恐らくはこの施設の研究員であろう1人の男。
よたよたと歩み寄って来る、その動きを見て、フェイトは確信した。
生きた人間の動きではない、と。
腐敗しつつ硬直した筋肉を、無理矢理に動かしている。
それは、死せる人間の歩き方だった。
表情筋の固まった顔面からも、瞳孔の散大しきった両眼からも、意思や感情は読み取れない。
心も死んでいる。脳も機能していない、という事だ。
脳も、神経も筋肉も死んでいる、はずの人間たちが、歩いている。
1人ではなかった。
霧の中から。建物の中から、陰から。死せる人々がぞろぞろと現れ、死後硬直に逆らってバキバキと音を鳴らす。
おぞましい音が、フェイトを取り囲んだ。
「……まあ、こういう事になるよな」
ロングコートの内側で、フェイトは拳銃を引き抜いた。左右2丁。2つの銃口が、死せる人々に向けられる。
脳まで腐り果てた者たちには、恐怖心も存在しない。皆、銃を恐れる事もなく、腐敗した頬を引きちぎって牙を剥く。露出した指先の骨を、鉤爪として振るう。
そして、あらゆる方向からフェイトを襲う。
その襲撃の包囲の真っただ中で、フェイトは引き金を引いた。
銃声が、雷鳴の如く轟いた。
マズルフラッシュが稲妻のように閃いて、濃霧を切り裂いた。
腐敗した肉体の破片が、大量に飛び散った。
血の流れも止まった肉体の群れが、もはや血液とも呼べぬ黒っぽい飛沫をぶちまけながら砕け散る。
生きた人間ならば、身体のどこかに銃弾が当たれば動けなくなる。死にはしないまでも、戦闘行為はほぼ不可能となる。
死せる者たちが相手では、そうはいかない。
死んでも動き続ける肉体を、粉砕しなければならない。
現在フェイトがぶっ放しているのは、だから爆薬弾である。
頭部に命中すれば、頭蓋骨に穴が空く、程度では済まない。首から上が消えてなくなる。
牙を剥いてフェイトに食らいつこうとした屍の1体が、激しく揺らぎながら、そのような様を晒した。顔面に爆薬弾頭を撃ち込まれ、頭部が完全に吹っ飛んで消滅し、だが残った胴体が何事もなく動いてフェイトを襲う。
鉤爪のような指の骨が、掴みかかって来る。
それをかわしながら、フェイトは蹴りを叩き込んだ。
長い脚が、念動力を宿しながら跳ね上がり、首なしの屍をへし曲げて吹っ飛ばす。硬直した肉体が、曲がったまま倒れ込む。
そこへフェイトは銃口を向け、引き金を引いた。
へし曲がった屍が、ちぎれて飛んだ。硬直した手足が、バラバラに飛び散りながら虫の如く這い蠢く。
蠢くだけだ。
逃げる人間を追って襲って殺傷する事は出来なくなった、と見て良いだろう。
ここまでやらなければ、死して動く者たちを無力化させる事は出来ないのである。
「ああ、本当に……死んだ人間と戦うってのは……」
生きた人間ならば、四肢のどれかに弾を当てるだけで戦闘不能になってくれる。上手く頭を撃ちぬく事が出来れば、苦しみもなく死んで動かなくなってくれる。
そんな事を思いながら、フェイトは引き金を引き続けた。
黒のロングコートがふわりと舞い、それに合わせて左右2つの銃口が火を噴きながら弧を描く。
銃撃の炎が、動く屍の群れを薙ぎ払った。
「生きた人間と戦う、よりもさ……ずっと……」
白衣を着た者たち、だけではない。スーツ姿の男、あるいは制服に身を包んだ警察関係者。
男だけではなく、女性もいる。
性別は辛うじてわかる程度に腐敗損傷した、死体の群れ。
死体であるはずの者たちが、動き、歩いてフェイトを襲う。
そうしながら、砕け散ってゆく。
硬直した四肢が、表情のない生首が、腐乱した臓物が、爆炎に灼かれながら散らばり転がり、のたのたと蠢き続ける。
殺戮ではない。死体を破壊するだけの作業だ。
歩き、引き金を引きながら、フェイトは表情を歪めた。微笑んでみたつもりだが、果たして上手くいったのか。
「こういう連中と戦うのってさ、供養とか弔いの意味もあるって……俺、新米の頃に教わったんだけどな」
供養などであるはずもない、単なる死体損壊を繰り広げながら、フェイトはゆったりと歩を進めた。
この研究施設で一体どのような研究そして実験が行われ、それがどのように失敗して、この事態に至ったのか。
それを調査するのが今回の任務なのだが、調べるまでもないのではないか、とフェイトは思った。
「もしかしたら……成功した結果が、これなのかも知れないけどな」
呟きながら、フェイトは引き金を引いた。
生きていた頃は警官だったのであろう男が、爆薬弾頭に撃ち砕かれて飛散した。飛び散ったものが、蠢いている。
この男に、家族はいるのか。祖父母や両親、妻や子供、あるいは恋人。
この蠢くものを、そういった人々に送り届けなければならないのか。
フェイトは思う。
生きた人間を撃ち殺した事は、ある。
念動力を拳足に宿しての格闘戦で、殺人を行った事もある。
すでに生きてはいない人々を爆砕するなど、容易い事であるはずだった。
「生きた人間を……殺す方が、まし……なんて考える始めてるようじゃ末期症状かな、俺も」
呟くフェイトの周囲で、銃撃と爆砕の嵐は吹き荒れ続けた。
虚無の境界とは本当に無関係であるのか、それだけでも調べておくべきか、とフェイトは思った。

 

 

登場人物一覧
【8636/フェイト/男/22歳/IO2エージェント】

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